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長文ですが和訳をお願いします

Andrew Blackman had been a keen rugby player ever since he was a schoolboy.
Of course he had received plenty of injuries over the year,
but eveyone knew it was a tough sport.
You might even say a little pain was all part of the fun.

The fun ended one day in autumn when he was carried away from the field unconscious.
It had been a particularly hard match.
Ron Sullivan,a forward on the other team,
had been tacking very aggressively and pushing too early in the scrums.
At times the referee,Mr Simmonds,had great difficulty in controlling the play.
Suddenly ten players had collapsed on top of Andrew during a scrum and the next thing he renembered was when he
was in hospital unable to feel his legs.
Eventually doctors broke the news to him:
his lower body was permannently paralysed. He would never walk again,let alone play rugby.
Even worse,he would have to give up his job.

When he recovered from the shock Andrew decided to do something about his situation.
To be sure rugby was a violent game,but he left there was no excuse for an injury such as his.
In his opinion both Sullivan and Simmonds had behaved irresponsibly and he decided to sue them for negligence.
Many of his fellow players were surprised by his decision.
Of course they felt very sorry for Andrew.
No one could doubt that he had been unlucky.
But if you play a violent sport you have to accept risks.
No one could be blamed for his unfortunate accident.
Surely the court would not penalise Sullivan or Simmonds.

投稿日時 - 2011-07-16 01:06:56

QNo.6878449

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質問者が選んだベストアンサー

    アンドルー・ブラックマンは、小学校の時からラグビーがうまかった。その間何回と無く怪我もした。しかし荒っぽい競技と言うことは誰も知っていた。少し位の痛みは、楽しみの一部とさえ言えたかも知れない。

 しかしある秋のこと彼が意識を失って競技場から運び出されるに至って、笑っては済まされなくなった。
これは特に荒い競技だった。敵方のティームのフォワードだった、ロン・サリバンは、非常に攻撃的にタックルし、スクラムでは早く出すぎた。審判のシモンズさんが、試合の統制に苦しむ時もあった。スクラムの途中、急に十人もの選手がアンドルーの上に崩れ落ち、彼が意識を回復した時は、足の感覚を失って病院に居た。
    結局、医師たちは、彼の下半身は永久に麻痺した、という知らせを彼に伝えた。もう彼はラグビーが出来ないばかりか歩くことも出来ない。もっと悪いことに、彼は仕事も失うことになった。

    ショックから立ち直ったアンドルーは、自分の境遇に何かをしなければと決意した。ラグビーが、荒っぽい競技であることは分かっている。しかし自分が受けたような障碍は許されるべきではないと彼は考えた。彼はサリバンもシモンズも無責任に行動し、ネグリジェンス(過失)の罪で二人を告訴することに決めた。この決定を聞いて彼の友人の多くは驚いた。アンドルーに同情したのはもちろんである。彼の運が悪かったことは誰も疑わない。しかし荒っぽい競技をすればリスクも受け入れなければならない。彼の不運な事故を起こしたと誰にも責任を負わせることは出来ない。サリバンやシモンズが有罪だとする法廷はある訳が無い。

投稿日時 - 2011-07-16 07:48:17

ANo.2

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回答(2)

ANo.1

男子生徒の頃からずっと、アンドリュー・ブラックマンは熱心なラグビー選手でした。もちろん、彼は1年の間に多くの怪我をしました、しかし、誰もが、それが厳しいスポーツであるということを知っていました。少しの痛みは、すべて楽しみの一部であるとさえ言えるかもしれません。

その楽しみは、秋のある日、彼が意識不明でフィールドから運び去られたとき、終わりました。それは、特に激しい試合でした。相手チームのフォワード、ロン・サリヴァンは、非常に攻撃的にタックルし、スクラムのときはあまりにも早くから押し込んできました。時々、レフェリーのシモンズ氏はプレーをコントロールすることがとても困難でした。突然、10人のプレーヤーが、スクラム中に、アンドリューの上に倒れこみました、そして、次に彼が覚えていたのは、病院で、自分の脚の感覚がない時でした。結局、医者はニュースを彼に知らせました: 彼の下半身は、永久に麻痺していました。ラグビーをすることは言うまでもなく、彼は二度と歩くことはなかったのです。更に悪いことに、彼は仕事をやめなければなりませんでした。

彼がショックから立ち直ったとき、アンドリューは自身の状況について何かしようと決心しました。たしかに、ラグビーは激しいゲームですが、彼は自分がしたような怪我の言い訳がないと感じました。彼の意見では、サリヴァンもシモンズも無責任にふるまいました、それで、彼は彼らを怠慢で告訴することに決めました。彼の仲間のプレーヤーの多くは、彼の決定に驚きました。もちろん、彼らはアンドリューをとても気の毒に思っていました。誰も、彼が不運だったことを疑うことができませんでした。しかし、激しいスポーツをするならば、危険を受け入れなければなりません。誰も、彼の不運な事故で非難することはできませんでした。当然、法廷はサリヴァンやシモンズを罰そうとはしませんでした。

投稿日時 - 2011-07-16 07:09:29