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解決済みの質問

「違反を犯す」と「規則を犯す」。文法的に。

いつもお世話になります。

A) 規則を犯す。
B) 違反を犯す。

違反の意味は規則を犯す事とあります。

実際、「違反を犯す」の方を多く使いませんか。どうでしょうか。
でも「違反」を「害する」という構文になりませんかね。

文法的に(コジツケではなく)整合性が取れるのでしょうか。

論理的ではない日本語の特徴ですかね。

「を」という助詞が曲者なのでしょうか。日本語らしからぬものがあるというか。

他にも例がありますか。

広く、ご教授よろしくお願いします。

投稿日時 - 2011-09-24 08:26:50

QNo.7030802

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

#62の補足事項に応じて、です。
1.新聞社・報道機関のスタイルブックについて
“正しい日本語”を標榜して校閲部を設け、校正ハンドブックを以て記者の“拠り所”を明記する、この「朝日新聞の用語の手引き」の例もあれば、片や校正部こそあれ“正しい日本語”の判断は行わないとして、オックスフォードを始めとする外国の辞書作りのような「用例主義」に徹する某出版社のスタンスもあります。何れにせよ結局は「読みやすく、分かりやすく、通じやすい文章」を目指してはいるのでしょうが、そのスタイルの堅固対軟弱、あるいは固陋対柔軟の如何はまた受取り手のスタンスとも係わりましょう。
ですから、自分には伝統の重さ・大切さに拠る語義・範例主義を課し、他人様には今日的応用に富んだ用例主義を─その両面からの視点を以て言葉の用法のゆれや変遷を学ぶことができれば、と。

2.漢熟語に関わるコロケーションの難しさ
この手引きの「誤りやすい慣用句」では、狭い意味での慣用句だけでなく通常の連語関係も含めたあれこれを載せています。
1)慣用句…一般には用いることが稀な特定の語句が含まれていたり、語句同士の繋がりが表層のそれとは別の意味を帯びたりして、しかもその表現は固定されており、勝手な変化は許されない。「道草を食う」は「道草を食べる/いただく」では誤用となる。「咽喉から手が出る」「顔が広い」など身体を指す語が多用されている点も見逃せません。
2)連語関係…特に親和性の高い語同士の組み合わせに、一定まではいかないが幾通りかの制約が存在します。特に漢熟語と漢単語動詞との組み合わせでは結びつきの強弱だけでなく、語義の重複や混合また重層に代換など表現の正用から誤用まで濃淡さまざまなレベルが生じてしまい、その用法の可否判断には大きく時代差や個人差が現れることになります。
3)一般の自立した語句の文法上での関係
係り結びがらみの「全然」「てっきり」「いまいち」といった副詞類の選択、「荒げる」「おさがわせ」など動詞の語形の誤り、「たにんごと」「しょたいけん」など漢字の未熟といった、さまざまな誤用やゆれが起こっています。

3.朝日新聞版「誤りやすい慣用句」の具体的点検
1.「×犯罪を犯す →○罪を犯す
※重言である。刑法でも「罪を犯す」とあり「犯罪を犯す」という言葉はない。」
・「犯罪を犯す」は「犯」という単語が2度使われている、そして刑法では用例がないという理由です。では「法を犯す」、その結果再び「罪を犯す」といえるのか。それこそ一番の重言ではないのか、については何の分析もない。ここではただ用例主義に化している。

そもそも、漢単語「おかす」の多義性は極めて難解なのだと思われます。
原義:人間としての基本的な禁忌をおかす。
触(ふれる/おかす)…おきてを犯す。また、こわいものにあたって、害を受ける。
触犯…禁じられている事柄を犯す。犯触。
触穢(しょくえ)…禁忌すべき物事に関係して、からだなどがけれること。
  干(ほす/おかす)…障害を越えて突き進む。
   干犯…法律や、人の権利・領土などをおかす。
  姦/奸(よこしま/おかす)…道理を犯す行い。悪事。また、その悪事を犯した人。
   姦軌…道理にそむいている。また、そのような人。
  冒(おおう/おかす)…上にかぶる。またおおいかぶったものを押しのける。
   冒犯…おかす。押しのけてすすむ。しのぐ。
   冒禁…禁令をやぶる。
  ざっと見ても「おかす」の漢語はどの場合に何を当てたら順当なのか、まだまだ不明な箇所が多いので、単に重言と切り捨てがたい学習課題が残っている次第です。

2.「×車の轍(わだち) →○わだち(「車の」は重言)」
・「わだち」はそのまま「輪立」すなわち車輪の通った跡でしかなく、だからこそ「車轍(しゃてつ)」という熟語もあるがこれも「車輪の通った跡」でしかなく、どんな車両の「車輪」なのかには及んでいない。鉄道の、飛行機の、自動車の、馬車の、荷車のといった修飾は欠かせないのだから、少なくとも「その車の轍」は必要な用法である。
車両とその付属でしかない車輪とを「車」の字で混同して重言と思い込んだとしか思えない。ここでは用例主義を用いてもおらず、「語義」での誤解を犯して(冒して)ないだろうか。

3.「×平均アベレージ
※「平均」か「アベレージ」かどちらか一つでよい。両方同じ意味だから重言である」
・「平均」の意味では頭音に強拍があり、強拍が3音目の方は「水準」の意味となるので、前後の流れやアクセントも考慮しないと単純に重言では片付けられない。

4.「×思いがけないハプニング
※「ハプニング」は「思いがけない出来事」の意味だから重言となる。」
・”happening”は「毎日の出来事(everyday happenings )」のように出来事一般、せいぜい偶発事であり、ただ大文字” Happening ”のみは、1959年ニューヨークでアラン・カプロウが仕掛けた「ハプニング・ショー」に始まる市民巻き込み型演劇ムーブメントが起こったことから、一時代「予測不能」の意味を付加した過去があるに過ぎない。その後は”hap”と遣っており、”happening”ではむしろ俗語で麻薬を意味する場合もある。「思いがけない~」なら”event”こそ原子炉の偶発的な機能停止の出来事を指すし、そもそも「椿事」であれば”accident”の方であろう。

5.「×射程距離に入る →○射程内に入る
※「程」は「距離」の意」
・「程」は一定の長さや道のりを指すから射程で、その銃砲の到達有効性能を表わすが、一方「距離」は二つの地点間の長さを表わすとともに、へだたり程度の意味もある。「双方の主張にはなお距離がある」など。ターゲットがその銃の性能射程に入ったかどうかの、隔たりとしての距離を計測して、結果として正確な「射程距離」がはじき出されるのである。測距儀や着弾スコープで「射程」を測ってはいない、もちろん射程性能を前提としたターゲットとの隔たり度合いとしての距離を測っているのある。
だから、だから「射程距離」が重言ではなく、「射程距離に入る」はもちろん「射程内に入る」も表現があいまいで、「射程圏内に入る」と普通にはいうだろう。風向きと風力、ターゲットとの高低差などを踏まえて射程距離を概算するもので、ターゲットとの隔たり具合を単に「射程」などと誰がいうだろう。もちろん重言ではない。

6.「×数珠つなぎになった車に次々と飛び火しながら引火していった
※「次々と引火する」のを「飛び火」という。重言である。」
・例文がお粗末すぎるのですが、単に「数珠つなぎになった車」群であれば、それは大渋滞での形容レベルでしょう。相次ぐ車両同士の多重衝突事故の場合では「数珠つなぎ」どころか、クラッシュの連続でガソリンタンクから燃料がこぼれ出したり、漏れて気化状態になっての熱による引火が一般的に想定されよう。「飛び火」は火の粉が舞う状態であり、材木など積載したトラックでもなければ普通には生じない。電気系統からのショートから火花が生じたとしてもこれはスパークであって「飛び火」とは呼ばない。この記述が不自然なのであって、引火と飛び火は重言ではありえない。

以上、同「手引き」に掲載されたおおよその重言に触れてみました。
何が正しく、どれが間違いなのかを云々する以前に、まずは分かりやすい文章を書こうという意思が前提にあって、漢熟語の語義の多様性やコロケーションの難しさを自覚して謙虚に学習を心がけることが何よりだと思っております。

投稿日時 - 2011-10-12 15:14:07

お礼

>『以上、同「手引き」に掲載されたおおよその重言に触れてみました。
>何が正しく、どれが間違いなのかを云々する以前に、まずは分かりやすい文章を書こうという意思が前提にあって、漢熟語の語義の多様性やコロケーションの難しさを自覚して謙虚に学習を心がけることが何よりだと思っております。』

とても勉強になりました。非常に勉強家の回答者さんがそうおっしゃるのですから首肯いたします。

今後ともよろしくお願いします。

投稿日時 - 2011-10-21 19:48:52

ANo.63

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回答(48)

ANo.65

#64です。

>「違反を犯す」は「違反」と「犯す」の意味の差が少ないのです。「旅行に行く」のように同じ要素を持つ繰り返しというよりも、ほぼ同じ言葉を繰り返しているのです。

なるほど。
言われてみればたしかにそうかもしれませんね。
大変勉強になります。
ただ、教養が無いと言われても、わたしはどうしても「違反を犯す」に違和感を覚えないんですよね。^^;

ちょっと違うかもしれませんが、「一夜漬けを漬ける」を考えてみました。
この場合、(通常は[一夜漬けにする]なのでしょうが、)「一夜漬けする」という動詞も可能だと思うのですが、このように動詞的に「一夜漬け」を捉える感覚があると、どうも不自然に感じます。
しかし、「一夜づけ」という名称の漬物を常時食べているような場合、名詞扱いが身に付いていて不自然には感じないような気がします。

お言葉に甘えて、勝手に自分の考えをまとめさせていただくと、
「というもの」といった本質的な(あるいはおっしゃるところの概念的な)要素が表面化するようなシチュエーションにおいては、重言と思えるものであっても、その不自然さを軽減したり、むしろ適切表現となり得る。
そういったシチュエーションにおいては、結果目的語という動詞的な働きを超えて名詞化された状態と無意識下で認識されている。
のようになりそうです。

あとは、質問者さんとみなさんとの遣り取りで勉強させていただこうと思います。
ありがとうございました。
    

投稿日時 - 2011-10-16 22:21:16

お礼

私には鑑賞能力すらありませんが、歳時記の更新など楽しみにしています。
今回は、お蔭さまで、楽しく勉強することができました。議論が偏向しないで済みました。非常に感謝しております。
お世話になりっ放しですが、今後ともよろしくお付き合い下さい。大変ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-10-21 20:00:46

ANo.64

#61です。
お返事が遅くなり失礼いたしました。

>「違反を犯す」の重言的違和感については、「反」の意味を繰り返して、表に戻る感じがするからなのですが、いかがでしょうか。結果目的語の観点からお願いしたいのですが。

ご質問文でもおっしゃっているように、
違反に反する→違反をしない
という意味になってしまうのではないか、ということですね。

私としては述べてきましたように、シチュエーション次第で不自然にはならないと思っているので(逆に言うと、不自然なシチュエーションも当然ある、という立場です)、
不自然ではないシチュエーションであっても不自然に感じるとすれば、案外語感の問題なのかもしれない、と思ったりもします。
音として、ハン・ハンの繰り返しになっているので。
注射を射す、旅行に行くなども不自然と感じない方は多いと思われますが、仮に、
注射をしゃする、旅行にこうする などといった発音になっていれば違和感を覚える方は増えるような気もします。
  

投稿日時 - 2011-10-15 00:10:20

補足

No.64までの真摯的な回答者さんにお礼申し上げます。ありがとうございます。

hakobuluさんが失礼であった事は一度もありません。お気楽にどうぞ。
お返事の義務も強要もありませんので、互いの知識向上がすべてと致しましょう。


「違反を犯す」は「旅行に行く」とはちょっと違いまして、それが「旅行に行く」に違和感を感じない理由になると思います。「旅行」は「旅に行くこと」であり、続く「行く」は、それだけではどこに行くのかが不明です。両者は等しい意味内容ではありません。
「違反を犯す」は「違反」と「犯す」の意味の差が少ないのです。「旅行に行く」のように同じ要素を持つ繰り返しというよりも、ほぼ同じ言葉を繰り返しているのです。それが引っ掛かるのだと思います。

「注射」は「打つ」ですよね。これには重言性を感じ難いですね。

投稿日時 - 2011-10-16 02:20:39

ANo.62

#59です。
>もちろん重言の構文が異なりますが(後者はサ名詞が後にくる、馬から落馬した型です)。

1.重言の度合い
そもそも戯れ歌「昔の武士の侍」のパターンも幾つかありますが、基本的には漢熟語の音読みと訓読みでの重複表現を連続させていますので、分離すれば2つの文章になります。

<古(いにしえ)の昔の武士(ブシ)の武士(もののふ)が、山の中の山中で馬から落ちて落馬して、女の婦人に助けられ顔を赤らめ赤面し、家(うち)に帰って帰宅して仏の前の仏前で、短(みじ)か刀(かたな)の短刀で腹掻き切って切腹した。>
A.漢語体
「古(いにしえ)の武士(ブシ)が、山中で落馬して、婦人に助けられ赤面し、帰宅して仏前で、短刀で切腹した。」
B.和文体
「昔の武士(もののふ)が、山の中で馬から落ちて、女に助けられ顔を赤らめ、家(うち)に帰って仏の前で、短(みじ)か刀(かたな)で腹掻き切った。」

このように、二傾向の文章を混在させた形での重文では、このような和漢語体だけでなく、矛盾表現重複や頭音重複遊びもよくあります。
「雨の激しい月夜の昼間、一人息子の三人姉妹、山に登って川流れ、大慌てで悠然と、焼け死にながら生還した。」
「四郎の尻(しっぺ)に虱(しらみ)が四匹、しっかりしがみついて白くなって死んでた。」

とまれ、これが単に「馬から落馬」の程度であれば、新情報を加え、助詞の格に気を付ければ撞着は免れます。
「どの馬<で>落馬したの(どの馬<から>落ちたの)」「落馬したのはその黒い馬さ」「あの黒い馬のせいで落馬したんだ」
「いにしえの昔」の場合でも、万葉の頃の「去にし辺」は経験を超えた遠い過去を示し、「むかし」の方は話者の経験した過去の時点や時期の事柄を「思う」ことを意味するという点からすれば、「昔といっても私の過去ではなく、それよりずっと以前の…」を指しており、その点では「いにしえの昔」も「むかしむかし」も決して単純な重言ではなく「たんと昔」の慣用表現なのだとも見做せます。
逆に「武士(ぶし)の侍(さむらい)」という言い方ではその相違点がむしろ気になるところ、「武士(ブシ)の武士(もののふ)」ならばそのまま重言で笑えます。

重言でも漢字で書いたものと耳で聞いただけでは、その過誤のレベルにも自ずから大きな差異があってもおかしくないし、また時代と共に許容範囲にズレが生じてくるのも尤もでしょう。
湯たんぽ(湯湯婆)、覚悟の自殺、戦後以来、離発着、諸刃のやいば、波紋を投げる、話題を集める、視点を向ける、取り敢えずの応急処置、ぐっすり熟睡、慎重に熟慮、突然の卒倒、台風の被害を蒙る。

これらを通して考えてみると、自己の言い方や文章表現や、またプロの文章では気になるところは辞書で確かめて、その漢熟語に習得しようと心がける、一方相手の会話表現はもちろんネット書き込み程度では大らかに受け止める、というスタンスでありたいものです。

2.漢熟語と動詞での縁語の度合い
1)<ニ格>を取るサ変自動詞…単に事実を陳述。
 「~に違反した」…用言の対象を限定で修飾する。
2)<ノ格><デ格>を取るサ変自動詞(統語的)…事実表明に含みが入っている。
 「~の違反をした」…体言の手段や事由を限定で連体修飾する。
 「~で違反をした」…体言の手段や事由を限定で連用修飾する。
3)粗野ないし俗な表現で他動詞化させ、違反の結果としての科罰への意識)
 「~で違反しちまった」
 「~で違反をやっちまった」
 「~で違反をやらかした」
4)一般的な他動詞による違反の結果としての罪責の所在の確認
 「私が~の違反行為をしてしまった」
 「私は~で違反行為をやってしまった」
 「わたしは~で違反を犯した」
この「~違反行為を…」がいささか長く言いにくくもあり、代わりの他動詞もどうやら見つかりにくいため、結局「犯した」という言い方が手取り早くも止むを得なくもある事情が見えてきます。
違反は「違犯」ではないので、そのままの重言ではないともいえますが、文章上で気になる場合は「をおかす」と漢字を避ける手もあります。
スポーツ場面で「もう一度反則をおかすと退場だぞ」「あの選手はルール違反をおかしてペナルティボックスにいます」など、ペナルティがらみなので違反や反則の責任の所在を明らかにするために「おかす」という表現をとることで明解性を伝えたいのではないでしょうか。
また、「犯罪」という漢熟語は、動作のない抽象名詞として「的」を付ければ形容動詞化するだけに、そこには「犯」の動詞的意味は希薄となり、あくまでも「法の規定を破ることで刑罰規定の対象となる罪」と捉えれば「犯罪を犯す」もまた「罪を犯す」と同義に近いでしょう。

投稿日時 - 2011-10-09 14:55:12

補足

重言は慣用句になってしまえば仕方ないと落着させられるかもしれませんが、
No.49でご紹介して頂きました「誤りやすい慣用句」について、
これは「慣用句ではないもの」も収録されているのでしょうか。つまり慣用句みたいに使われているがそんな慣用句はないという事例ですね。
それとも「罪を犯す」は慣用句なのでしょうか。

★「罪を犯す」が「犯罪を犯す」という難のある句の原形である、原形を堅守できなかった、ただそれだけの事件ということでしょうか。

厳密にはこの新聞社の手引きが正しいと考えるべきでしょうか。違反を犯すは使いそうになっても止める方が正統なのでしょうか。この手引きの存在に引っ掛かります。ご紹介くださり感謝しております。

私も時間をかけながら言語学方面の論文など掻い摘んでいるところなのですが、回答者さんのお示しになられた用語や観点のわけがようやく見えるようになってきました。


お示しの誤用例ですが、話題を集める、は話題を探すなら良いのでしょうか。波紋を投げかけるは聞きますし、戦後以来は私も強引に使う事がありました。終戦以来ですかね。
これらは使いたい漢熟語があってその誘惑に論理力が負けたのだと思います。
★A★「違反を犯す」の議論も、論点は「犯す」の方ではなく、どうしても入れたい単語「違反」の採用にあるのではないでしょうか。


「違反を犯す」と同じ構造をしているもので有名な句がありますでしょうか。

「違反する」=「犯す」になりえると思うのですが、同等の関係にある漢熟語を、和語が結果目的語にする例です。
「規則に違反する」と「規則を犯す」のように同じ意味になるものです。

★B★「違反を犯す」これは何に違反するかを厳密に表現できない苦肉の策なのかもしれません。難の規則を犯しているとは一言で言えないから、う~ん、「違反を犯す」です。(しょうがないじゃん的な説明が妥当なのでは?)
同じ言葉を並べて曖昧文をそう見えないように整形しているのです。どうでしょう。

投稿日時 - 2011-10-10 15:07:51

お礼

多彩な用語を挙げて下さり、自習に役立ちます。私は権威主義ではないので用語に説得力を認めないのですが、勉強と思考の整理には大変有用です。貴重なご教示ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-10-21 20:05:26

ANo.61

#60です。

前回の最終行、

・俳句についてお尋ねがありましたが、これは専ら鑑賞専門です。

はどのようにお感じになられたでしょうか。
これは副詞的な重言でしょうが、基本的には、

・俳句についてお尋ねがありましたが、これは鑑賞専門です。
あるいは、
・俳句についてお尋ねがありましたが、これは専ら鑑賞の対象となっております。

などとすべきでしょう。
ここでの「専門」は「もっぱら関心を向けている事柄」という意味になります。
「限られた分野の学問や職業にもっぱら従事すること」という意味もありますが、いずれにしても、「専ら専門です」が自然な場面を思い浮かべるのは難しいようです。
これは、重言という要素は無論あるわけですが、それよりも、「専門ということ」「専門の本質」「専門の概念」ということについて述べるようなシチュエーションに私たちは出会う機会がほとんどないからではないでしょうか。
しかし、可能性として全くないとも言えないような気はしています。

ご質問の内容からは、やや横道に逸れてしまったような気もしますが、重言の不自然さ、あるいは自然な重言ということに関して、構造としては基本的に同一なのかもしれません。
  

投稿日時 - 2011-10-05 12:54:34

補足

面白いです。

日本人は、漢語と和語の牛飯にしないと旨いと感じない味覚なのでしょう。肉だけかぶりついていられない。肉肉肉という食べ方の日本人が増えている感じもしますが、私は肉飯飯ですね。


「専ら」を最初につけたくなりますね。「ちょっ」とした味付け、カレーに福神漬けみたいな。舌が漢語のスパイスに鈍くて、漢語だけでは十分伝わらないのかもしれません。またお口直しがいるとか。

我々は漢字の字義をほとんど考えずに、極論すれば当て字に近い音感でしか理解出来ないかもしれません。


いろいろ調べているところですが、日本語はどうも論理的じゃないような感じがしてきました。


俳句は文語的だから、私は鑑賞すらできないのです。現代語でないと分りません。ですから鑑賞できるのがすごいという意味で書きました。

鑑賞もそうですが、論理的に判断しない場合は、シチュエーション(←忌)次第というか、その人の脳ミソの感じ方次第になりますよね。実際、語感はそうなのですが。
日本人はナーナー過ぎますね。
「自衛隊は憲法違反を犯している」



「違反を犯す」の重言的違和感については、「反」の意味を繰り返して、表に戻る感じがするからなのですが、いかがでしょうか。結果目的語の観点からお願いしたいのですが。


本当に、いろいろとありがとうございます。

投稿日時 - 2011-10-05 13:36:24

お礼

俳句は言葉を大事にするものですからね。教育的に学習すれば日本語に対する姿勢を正すものになるでしょうね。

投稿日時 - 2011-10-21 19:54:38

ANo.60

#58です。

時名詞という言葉があるのですね。色々と勉強になることが多いスレです。

>また「違反を犯す」の結果目的語についてはどう思われますか。

結果目的語というものは他の方のお陰で初めて知ったので、少し検索してみましたが、
・湯を沸かす
・穴を掘る
などが良く例に挙げられているようですね。
変化した後の状態を目的語としてとる場合で、元々そういった名詞があるわけではなく、動詞及び文脈によってそのように呼ばれる場合がある、ということなのでしょう。
沸かした結果として湯が出き、掘った結果として穴が出来る。
に倣えば、
「犯した結果として違反(という事象)が形成される」
という解釈も可能でしょうから、結果目的語ととらえることは可能なように感じます。(文法的にどうなのかはわかりませんが)

辞書に忠実に整理すると、
・湯を沸かす→「水を煮えたたせて熱くしたもの」+「熱を加えて水などを熱くする。また、煮えたたせる。」
・穴を掘る→「深くえぐりとられた所。くぼんだ所。」+「地面に穴をあける」
・違反を犯す→「法規・協定・契約などにそむくこと」+「 法律・規則・倫理などに反した行為をする。」
といった名詞+動詞の構造。

>重言は動詞性の重複というよりも意味の重複になると思うのです。部分的にでも重複を嫌うものだと思うのです。

とおっしゃるのはそのとおりだと思います。
そして、示唆されているように、結果目的語であるというだけで重言の免罪符になるとは思えません。
ただ、全てのシチュエーションにおいて重言が嫌われるとも思いません。

・湯を沸かす
・穴を掘る
が自然な表現と認定されているのは、結果目的語という名称が与えられているからということだけではなく、ほとんどが重言をむしろ必要とするシチュエーションで使われる場合が多いからではないでしょうか。
重言にしろ、結果目的語にしろ、その免罪符は、あくまでシチュエーション次第です。
「湯を沸かす」は、あくまで「湯という熱いもの」が必要な場合に限られます。
「カップラーメンを食べるので湯を沸かす」とは言っても、
化学の実験での、
「さあ、では(この)水を沸かすとどうなるか見てみましょう」などというシチュエーションで、(湯を沸かす、が 水を沸かすことと同義だからといって)
「さあ、では湯を沸かすとどうなるか見てみましょう」とはあまり言わないでしょう。
本質と言っても、おっしゃるところの概念と言ってもいいかもしれません。
また、名詞である湯にしても穴にしても、沸かす・掘るといった動作性はかなり減衰している(話し手なり聞き手の意識から後退しかけている)と捉えることができるように思われます。
この意味で重言は可能になるが、たとえ結果目的語であっても、必ずしも全てのシチュエーションで可能になるとは限らない、ということです。

「(そこにある)お湯を(さらに)沸かす」の場合は結果目的語ではなく通常の目的語となるでしょうし、また同時に重言ともならないですし、極めて稀ではありますが問題のない表現でしょう。
これも含めてシチュエーションの問題です。

シチェエーションついでにというか、骨休めにお伺いしますが、質問者さんは「あげいも(揚げいも)」をご存知でしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%92%E3%81%84%E3%82%82
一応、(一部のでしょうが)北海道名物と言われています。
あげいもの製造と販売をしている店員が、明らかに揚げいもというものを知らなそうな道外からの観光客に販促しています。
「今、とてもおいしい揚げいもを揚げていますが、いかがですか」
これは、観光客の「揚げいもって何?」という質問を予想しての無意識的な表現です。
「揚げいもという商品」「たぶん、はじめて聞く名前だと思うのですが、揚げいも というもの」というニュアンスです。具体的な個別の商品を指しているわけではありません。

一方、販売員同士では、
「今日はわたしが揚げいもを揚げる係だったね」よりも、
「今日はわたしが揚げいもを作る係だったね」のほうが確率の高い会話内容ではないでしょうか。
揚げいもというものを熟知している者にとっては、くどく感じられる不適切な表現として受け止められることと思います。

俳句についてお尋ねがありましたが、これは専ら鑑賞専門です。
   

投稿日時 - 2011-10-05 00:56:16

お礼

こちらこそ勉強になっています。ありがとうございます。

日本語は使用者ごとに拡張性が違ってくるのですね。自然言語とは結局通じるかどうか、伝達が最上の正義なのでしょうね。人や時代によって意味が保存されなければそれはそれで支障がありますが。

投稿日時 - 2011-10-21 19:40:02

ANo.59

#44への回答です。
あれこれの辞書類など、開いたまま足元に撒き散らし状態で、いちいち当たりながら掘り起しています。

[1]
「4.改めて…」については私の言い回しです。これは、「1.補足の関係」において上に述語(他動詞)で下に目的語(事物の名)が来る一番基本的な関係に限定して分かりやすくしたため、その他の「補足の関係」を「4.改めて…」として仕訳した次第です。
こちらは述語(自動詞)+補語(内容や事情の説明語)の関係などを意識しています。(上が目的語で下が述語の関係は女犯くらいなので省きました。)

犯法について、そのまま法を犯す(目的語+他動詞)ですが実は、法に背く(補語+自動詞)ともみなしうるのか。犯罪は、罪を犯す(目的語+他動詞)なのか犯した罪(形容語+名詞)のどちらが主か。このような視角から動詞は「犯す」なのに、「法を犯す」「罪を犯す」「過ちを犯す」の役割の違いが説明できるのではないかと考えた次第です。
なお、漢語が二字以上の熟語となった場合の基本構成の分類については、大方の漢和辞典の付録部に簡潔にまとめられています。

[2]
補足は補足説明ですから、「限定的な「内容説明」」で結構です。ただ他動詞の取る内容は目的語で、自動詞などの取る内容は説明語といった位置づけ上での差異の認識は必要でしょうが。

[3]
多くの辞書に記載があっても、その出所は一緒の源泉からの孫引き同士でしかなかったりしますから、必要な場合は別角度の記述を見つけるまで他の辞書を探し続けます。
今回の場合でも、それが「新明解」や「現代国語例解」ですし、実は悩んだ例としては小学館「国語大辞典」において「おかす」の項で「法を侵す」「過ちを犯す」と記載されていたことです。「犯す」といえば何よりなのが「過ち」という精神的負い目や自己責任意識なのではないかと感じた事の個人的裏付けでもあります。

部下が「ミスしました」とサ変名詞でフツーに躱そうとすると、「この程度のミスはニ度と犯すんじゃないぞ」と自覚を促すパターンです。
国語辞書に記載がない場合では、まずコロケーション辞典で用例確認します。
【違反】─が 絶えない。増える。経る。 ─を 犯す。摘発する。取り締まる。 ─に 問われる。 ─違反 重い。軽い。交通。明白な。…」(三省堂「てにをは辞典」)
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/ja/tenioha/

そこに記載があれば、用例辞典や類語辞典などにもあたります。それでも見当たらないものはとりあえず誤用の可能性が高いとしてお蔵入りします。もちろんこの調べを通して得た知識において納得が行かなければ、幾つの辞書に凡例があるものでも避けます。

[4]
これは引用が短いのでわかりにくいのですが、完全に逆説的言い方になっています。
この続きには「こういう場合には、何らかの注記(たとえば本来の語義からは越脱した誤用であるむねの)が必要なところだと、私は思います」とあります。新傾向を載せるにせよ載せないにせよ、とかく日本の辞書作成の「えらぶった曖昧さ」は困ったものだということでしょうか。

[5]
このくだりは、半ば冗談交じりの記述でもあるので、ちょうどこの10月1日付の新刊として出版社を遷して発売されたばかりですから、立ち読みでもいかがでしょう。
http://www.shinchosha.co.jp/book/116831/

[6]
漢語には「天地人」のような事物を表わす名詞と、「往来/去就」といった動作語、「大小/強弱」という形状を表わす形容語といった区分がありますが、その実、「同一の語が名詞としても、動作語・形容語としても用いられ、簡単には区別し得ないところに中国語の著しい特色がある。…ただし、意味・用法が異なるに従って、アクセント、すなわち四声(平・上・去・入)の違いが生じることもある」(角川小辞典「日本の漢語」)ということです。

名詞に「する」を付けてサ変動詞化する(違反する)。「をする/行う/起こす」などをつけて統語的に動詞化する(犯罪を起こす)。また「的」をつけて動詞性を強める(犯罪的)。
これらのやり方は動作性名詞だけでなく、どれとでも簡単に動詞風にすることができる(青春する/主婦する/朝シャンする)ので、逆に言えば簡単に「する」が取れて「サ変名詞」に化しもします。このサ変名詞化したことで、もはや当初の名詞は今や別物に「変色」しているのではないか。
それはつまり、その語が持っていた特有のコロケーションが崩れてしまったため、その特有の意味を恢復させ、明確化させるために、あえてその名詞に含まれている語意を動詞で付加し意味の明確化を果たすために、あえて重言性の稚拙さを選んででも…というケースが、特に演説や会話語ではよくあることです。
「そりゃ大変だ。ただちに皆を集めて鳩首談義しよう!」「ホント、本当なんです!二度と再び万引きは犯しませんからどうかご容赦ご勘弁お願いします。」

[7]
語法のマナーとは多岐に及ぶため漠然としすぎて難しいですね。
まず基本となる文章作法では、論旨の明解性とコロケーションの遣いこなしが大切でしょうから辞書などで誤用を避ける努力は欠かせないでしょう。会話では相手次第ですから、適度の敬語の遣いこなしこそが第一で、あとは説得性と親和性次第でしょう。
サ変動詞が頻繁に現れるのはむしろ、新聞記事やTV報道レポートなどで、とりわけ見出しには名詞のサ変活用部を切り取った体言止めが多いので、意味の蝋化現象が頻繁に見られるでしょう(「ヤンチャする」「暴行する」)。いずれにせよサ変名詞は簡単で便利なだけに、その結合性が弱く蝋化を来たしやすいので、「テニヲハ」の遣いまわしがもっと見直されても良いのではないでしょうか。

[8]
私の個人的な意識では「犯す」という言葉は「あやまちを犯す」がもっとも親和性が高く、それ以外では、「法に背く」「規則を破る」「犯罪(名詞のみ使用)」「犯行に及ぶ」「違反する」といった表現などが自然に思えます。

[9]
そう思います。違犯・違叛・違背といった熟語が消えて違反一本化したことで、それらの意味合いまで含めて多用された結果、個人レベルでの約束違反、また組織の意志・命令違反や業界の協定違反かられっきとした犯罪行為や法律違反まで、余りに広範な意味負担が掛り、そのためそれらの構文上の縁語関係までちぐはぐになり、その用法解釈においてどんどん個人差・世代差が拡大しつつということではないでしょうか。

投稿日時 - 2011-10-03 13:56:09

補足

向学心に感服しています。圧倒されましたし、その中で優しいご指導を受けて、反省もしております。英語関連の本は必要に迫られて持っていても日本語関連の本を所蔵している人は多くないような気がするのです。国文学科からの因縁のようなものでしょうか。私はそういう読書をしてこなかった事を気付かされました。どうして日本語関連の所蔵家になられたのでしょうか。ご自身ではどう思われます。「>[5]井上ひさしの日本語相談」のご紹介ありがとうございます。これがもうお買い求めになられて手元にあると言うことでしょうか。日本語相談シリーズで著者によって議論が分かれたりもするのでしょうか。
回答者さんはタバコも酒もやらず本(国語関連)を迷わず買う感じですか。私は前々から、スポーツの類をマスコミや政治家や政府が振興する愚民化運動を全廃して、とりあえずは国語の趣味を広げるべきだと思っているのです。スポーツは野心の教育と馬車馬の育成です。国語は論理的な国民作りになります。


No.58の閑話休題以降に書いている議論ですが、私に対してご教授して頂けないでしょうか。よろしくお願いします。

kine-oreさんの本回答に関しても、前回答に関しても、精読中です。


(No.49の7-3)
>C「そりゃ友達だから応援は惜しまないけど、さすがに選挙違反を犯すってわけにはいかないだろう。」
この例文をサ変動詞化すると
・D「そりゃ友達だから応援は惜しまないけど、さすがに選挙違反するってわけにはいかないだろう。」

違いが出ますね。どうでしょう。

★また「《ブティックの》店を閉店した」は面白いですね。どういうことなんでしょう??文法的な説明は存在せず、心理的問題ですかね。国文法はやれやれですね。

(No.3の補足)の最後の引用文は、いきなり「違反を犯す」から始まります。
>「違反を犯すことがないよう、自分の行動を再点検してみましょう」
どうでしょうか。「違反を犯す」はヘンであるというご意見も寄せられていますが。「店を閉店した」とはまた違いますよね。もちろん重言の構文が異なりますが(後者はサ名詞が後にくる、馬から落馬した型です)。

投稿日時 - 2011-10-04 13:32:42

お礼

>「[5]
このくだりは、半ば冗談交じりの記述でもあるので、ちょうどこの10月1日付の新刊として出版社を遷して発売されたばかりですから、立ち読みでもいかがでしょう。」


ご紹介、ありがとうございます。読みました。「朝シャンする」の話ですね。

投稿日時 - 2011-10-21 19:34:09

ANo.58

#50です。
浅学非才の思いつきに応じてくださり恐縮です。^^;

>違反を犯すについてそのような形で検討するとどうなるのでしょう。

そうですね。
違反は、「反し違える」の名詞形でしょうが、名詞形になった段階で動作性は薄まっていると思われます。
わかりやすい例で言うと、
「君、違反するなよ」

「君、違反をしてはいけないよ」
と言うのでは、明らかに前者のほうが強い表現でしょう。

違反という言葉の成り立ちについては知りませんが、少なくとも動詞と名詞の作用という点ではそのように言えると思われます。
また、薄まったということは守備範囲が広まったということも言えるでしょう。
「違反を犯す」に関して、「違反をしたという個別の具体的な行為」に近いものへの言及ではなく、「違反というもの自体 / 違反という言葉が示しているところの本質」について述べる際に適切な表現ではないか、ということはすでに述べてきたところですが、おっしゃっていたところの「概念」という解釈が適用されるにふさわしい熟語であることも含め、「守備範囲の広がり」はひとつの理由となり得るようにも感じられます。

守備範囲の広さは、しばしば内容の濃さに反比例するでしょうから、それを補うために、「違反」という名詞の守備範囲の利点は温存しつつ本来の動詞としての役割を強調すべく「犯す」が再登場する。
ということになると思います。
温存するのは、むろん、その本質・概念について述べるためですから、そういったシチュエーションでこそ適切なのであって、それ以外では不自然な印象を与えることになるでしょう。
  

投稿日時 - 2011-10-02 22:07:09

お礼

hakobuluさんは着眼点が良いし、明るくて助かります。
国語にご興味が強いのでしょうか。現在のプロフィールに嗜好の違いが表れているのですが、自己紹介にご掲載の俳句は一つして私には分りません(^^)俳句をおやりになるのですか。
私は俳句よりも狂歌もどきです。パロディ調ですが、その軽い言葉のパッチワークから、わたくしの深い道徳観を読み起してもらえるとは限りません。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6995670.html

「名詞」
どうも日本語では名詞がなおざりにされているのでしょうかね。リンク先では、一見、長い文章で説明されているようですが、名詞の一般分類について全然説明していません。特殊例しか説明していないのです。余談ですが、以下に「時詞・時名詞」という特殊例もあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%A9%9E
次は、時名詞ですよね。
「路線バスの「次止まります」について」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6987252.html

閑話休題。No.57のお礼における私の議論やこれまでの質問内に見られる質問に何かお考えがありましたら私に対してご指摘・ご教授をして頂きければ有り難いです。

ご例示された、

>「君、違反するなよ」
>と
>「君、違反をしてはいけないよ」

の違いはまさに(サ変動詞を作る)動詞性名詞と普通の名詞の対比になると思います。


また「違反を犯す」の結果目的語についてはどう思われますか。


動詞性の重複による重言は無くせたとしても、重言は動詞性の重複というよりも意味の重複になると思うのです。部分的にでも重複を嫌うものだと思うのです。

しかしながら、結局、結果目的語ということで、重言議論を決断した方が良いのでしょうか。
これまでは重言になっているが、認められている例をご教示していただきましたが。
逆に、結果目的語を使った重言でそれは認められない重言という文を例示はしてもらえませんでしょうか。

本件に対する結果目的語の観点をゆっくりで構いませんのでご教授をお願いできませんでしょうか。

投稿日時 - 2011-10-04 12:39:43

ANo.57

12です。
これ自体も投稿するか迷ったのですが、この御質問へはこれでお終いにしようと思います。
勝手で申し訳ありません。

動作性名詞というのは動作を表す名詞なのですが、例えば解答という言葉は、「問題等に
答えること」という動作性名詞である場合もありますが、「解答を答える」での「解答」は、
「答えそのもの」を表す抽象名詞です。
先の回答では「動詞の結果」と簡単に書きましたが、もう少し詳しく書くと、「違反を犯す」の
場合の「違反」は、動作よりも「法律や規則等を違えたことによって生じた結果、状態等」を
表す抽象名詞である結果目的語である、と考えられます。
「ルール違反を犯す」等のように、違反を形容する言葉が付くと、抽象名詞として
より認識しやすくなるので、「違反を犯す」はダメと言う人でも、許容しやすいという現象が
起きるのではないでしょうか。
要するに、「違反を犯す」は、「答えを答える」のように重言ではないということです。

私は、何の条件もない場合には「違反を犯す」を使いませんが、それは重言とは関係無く、
ただ、「犯す」という言葉が、普段使いをするにはやや大げさな感じがするのに加えて、
「違反する」という、使いやすい言葉があるからというだけのことです。
硬い感じの文にしたかったり、悪いことをするというニュアンスを強調したいときなどであれば、
別に気にすることなく使うと思います。

それから、主語の主観を忖度する必要性は感じません。
普通の人なら違反を「目的」にしないというだけで、反社会的な人であれば違反を目的に何か
するかもしれませんし、普通の人でも否定形で、違反を「犯さない目的」にできますので。

投稿日時 - 2011-10-02 20:59:48

お礼

なるほどと思いました。このご指摘は詰めていきたいと思います。boko10choさんに回答を強請するものでも反旗を翻すものでもありません。協力的なご回答大変ありがとうございました。

印象と違って、結果目的語は多いのでしょうかね。思いつきですが、結果目的語にしない場合は、遵守を犯す?「犯す」も、結果目的語しかとらない動詞ではありませんよね。それがややこしいです。


>「「ルール違反を犯す」等のように、違反を形容する言葉が付くと、抽象名詞として
より認識しやすくなるので、「違反を犯す」はダメと言う人でも、許容しやすいという現象が
起きるのではないでしょうか。」

修飾による心変わりについては、そういう分析が正しいように思います。ただ抽象名詞と動作性名詞というのは共通することがないのでしょうか。説明の為に動作性がないという意味で「抽象名詞」を使われたのでしょうか。それとは別に一般的に抽象名詞とはそういうものなのでしょうか。


★「違反を犯す」に重言を感じるのは、動作ではなく、論理矛盾についてですよね。

たとえば否定を二回重ねたらマズイだろうという。抽象的だから、結果目的語だから論理的にも重ならないということでしょうか。お湯を沸かしても、穴を掘っても、論理的に矛盾していないと思うのですよ。お湯を沸かせますし、最後は「お湯を沸かしている」状態になりますし。私としては、それらの結果目的語と「違反を犯す」を分けようとする議論をしているですが、拘泥している無駄とも、直感的に正しい取捨とも、感じるところなのです。


>「硬い感じの文にしたかったり、悪いことをするというニュアンスを強調したいときなどであれば、
別に気にすることなく使うと思います。」

分りました。そういう回答が助かります。回答者さんは公的な文書にも使うということですね。

投稿日時 - 2011-10-04 08:28:28

ANo.50

#41です。

>いずれにせよ「旅行に行く」は使いますねえ。こんな重言を使っていたのですね。日本語やれやれです。そんなことは気になりませんか?
>、旅行となって、「旅行する」で留めておけばいいものを、「旅に行く」の構文に舞い戻り、「旅行に行く」と平気な顔で重言している、いうなれば親のこと子知らずになったように思います。
>>★漢熟語(漢語の熟語)を使おうとするから生じる問題ですよね。整合性よりも機能性を優先したということになるでしょうか。そうなると言語は本質的に論理的でないということですね。

やはり「重言」というのは悪として誕生した熟語のようですね。
まあ、わたしも基本的に違和感を覚えるという点では同感ですが。
ただ、重言が生じるには生じるなりの理由があるのだと思います。
むろん、誤用というのも多いでしょうが、果たして本当にそれだけだろうか、という検証を行なうことは無駄ではないでしょう。
今更ですが辞書で確認してみると、
・同じ意味の語を重ねた言い方。「豌豆豆(えんどうまめ)」「半紙の紙」「馬から落馬する」など。じゅうごん。
となっています。

重言の生まれる背景として、単なる無知・勘違いという以外に、自然に湧き出る心理というものが作用している場合も多いような気がします。
その心理をどのように捉え評価するか、ということになるのでしょう。
その正当性を認めれば論理的と言えるでしょうし、正当性がないとか、あっても定まった基準として明示できないとなれば論理的でない、ということになるのでしょう。

「旅行=旅に行くこと」として、本当にイコール記号で結べるものだろうか、と考えてみたいと思います。
「旅行」は動詞的意味を持つ名詞ではあり、動詞性名詞などと呼ばれるらしいですが、この「的」「性」が示すように、動詞としての機能を「旅に行くこと」などと同じように明確に持っているわけではないでしょう。
つまり、「旅行≒旅に行くこと」と捉えるのが自然ではないかと思われます。
「旅行」は、動詞機能の欠落が伴なっているからこそ、動詞的、動作性などといった表現が冠せられているはずです。
この欠落性を補うために、本来の動詞を敢えて復活させることが有効な場合もある。
という可能性に着目するのは論理的とは言えませんかね・・・。
それとも、多少、こじつけめいてきたでしょうか。

「旅行する」は、他の土地へ出掛ける。
「旅行に行く」は、他の土地へ「旅行という(楽しい / 切ない / 気楽な / 心弾む )もの」をしに出掛ける。
このような違いがあり、この使い分けは日本語表現として必要なものではないか、という感想を持ちます。

投稿日時 - 2011-10-01 22:00:13

お礼

なるほど。こじつけというか、欠落の証明の仕方ですよね。それは「置いて置くとして」

>「「旅行=旅に行くこと」として、本当にイコール記号で結べるものだろうか、と考えてみたいと思います。」

サ変名詞「旅行」を採用したまま、「旅行する」には欠落している「旅に行くこと」の構造が持つ意味や文体を使おうとしたのでしょうね。

「欠落」と「復活」というように説明目的の断言をしてもらうと、見えて来ますね。

違反を犯すについてそのような形で検討するとどうなるのでしょう。もちろん私なりにも考えてみますが。


その他、この質問内に見られるテーマでご意見等ありましたらどうぞご教授ください。

投稿日時 - 2011-10-02 20:03:51

ANo.49

#44の続きです。

5.「自発性のある動詞」について
「刑法上で、人間の自発的な意思のあらわれとしての身体の動作、または動作をしない状態。民法上は法律行為。」(小学館「国語大辞典」)
この「自発的な意思のあらわれ」を帯び得る動詞といったイメージを念頭に入れて使っています。

6.コロケーションと重言について
語と語の結びつきが特定の語彙を構成していく、その特定の縁語関係(コロケーション)には様々なレベルがあるとされています。名詞に「~する」もしくは「~をする」を付けて合成語にする場合でも、更には特定の動詞と組みわせる場合にも、その名詞の含意を考慮しいたずらな重言的表現は避けるべきでしょう。
「行為」という名詞の場合は「行為する」「行為をする」のままでは曖昧ですが「行為を敢えてする」「行為を始める/やってのける/つぐなう」とか、「行為に及ぶ/出る/走る」などとは親和性が高いでしょう。
同様に「犯行」の場合も「犯行する」「犯行をする」だけでは不自然で、「犯行を重ねる/くらます/認める」や「犯行に及ぶ/踏み切る/走る/かかわる」などが挙げられます。

由緒来歴のある故事成句や、結合して独自の意味あいとなる慣用句ではその用法の正誤・可否が辞書などでしかるべく確認できやすいのですが、連語の結合性の緩めな縁語関係では一般的な辞書には記述が乏しいこともありコロケーションの当否や「はずれ具合」が不分明な場合が多くなりがちです。(参考:三省堂「てにをは辞典」)

重複表現については、報道のように公共性の高い立場に立ったものとして「誤りやすい慣用句」(「朝日新聞の用語の手引き」)のように相当の厳密性が求められます。
「×犯罪を犯す→○罪を犯す」

一方、日常会話レベルでは、次のような考え方ももっともな思いがします。
「類語を反復することで相手にそのことを強調しよう、そのことを印象づけようとするのではないか。べつに云いますと、似かよった意味の言葉を並べてその意味の滞空時間を長引かせようとするのではないか。もうひとつ、語呂の良さ、云いやすさをつくりだすために、意味の似かよった言葉をならべるときもあるのではないでしょうか。「後悔するなよ」と云うより、「あとで後悔するなよ」と云うほうが調子が整って云いやすいと思うからです。──という次第で、筆者は重複表現をまちがいだとは考えておりません。いやむしろ、会話の中へもっと盛んに取り入れて。意味をしっかり相手に伝えるべきだと思っています。」(朝日文庫「井上ひさしの日本語相談」の「「一番最初」「いま現在」は間違いか」の項)

7.「犯す」という動詞のコロケーションについて
1)過(あやま)ちを犯す…宗教的規範や道徳に背き、精神性の側面の高い罪業をなす。
「われら、いかなる罪を犯して、かく、悲しき目を見るらむ」(「源氏物語 明石」)
「天の益人等が過ち犯しけむ雑々の罪事は…」(「祝詞・六月晦大祓」)
このように、「罪を犯す」「過ちを犯す」といった、犯す行為の内容を補語として取る形の用い方は、和語として古くから使われており、今でも一番人口に膾炙した縁語関係だと思います。

2)犯法…法を犯す…法律に背いたことをする、法を破る行為をする。
この「犯科」「犯法」「犯禁」など、中国での出典も明らかな熟語なのですが、それだけにどうしても改まりすぎるきらいがあるのか、近頃の日常生活では漢文訓読調交じりでの「法を犯す」以外はあまり接しません。
一般には「掟に背く」という古風な言い方から、「規則を破る」とか「校則を無視する」、さらには「ルールに違反する」といった”翻訳調”に至るまで、でしょうか。

3)犯罪を犯す、違反を犯す
「犯罪を~」とした縁語では「~起こす/構成する/実行する/やってのける」といった調子で、いかにも第三者的であったり俗語的なものになりやすく、といって「犯罪(を)する」とも言えず、「犯罪を為す」や「犯罪に走る」もしっくり来ず、はっきりと「自発的な意思のあらわれ」を帯び得る動詞としては、つい「犯罪を犯す」といった重複的ミスを犯したくなります。修辞学でいう「冗語法」としての強調用法とみて、これは今では許容範囲なっているでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%97%E8%AA%9E

一般的には「違反する」とサ変動詞にして使うのが普通ですが、文章の流れで「違反を~」と主格に立てた言い方では「~取り締まる/摘発する」といった繋がりはあっても、当人の「自発的な意思のあらわれ」を帯び得る動詞がなかなか探せません。そこで明確化を目的にした場合にその構文上の一部として「違反を犯す」という言葉が挿入されていても違和は感じないでしょう。
http://rules.rjq.jp/tensu.html
「そりゃ友達だから応援は惜しまないけど、さすがに選挙違反を犯すってわけにはいかないだろう。」
このように「違反」に特定の新しい情報が加われば、その時点で「余分な重複表現」であることが薄れ、強調手法を加味した自然な会話表現になるのではないでしょうか。「店を開店する」→「新たにブティックの店を開店したい」のように、です。


>「を」という助詞が曲者なのでしょうか。
「(水で)お湯を沸かす」「(磨いだコメで)ご飯を炊く」といった用法については次の記述が分かりやすいでしょう。
格助詞「を」は、「他動的意味をもつ動詞に対して、その動作・作用を受けるもの、その作用によって作り出される目的語を明確に示す。」(「広辞苑」)

投稿日時 - 2011-10-01 13:32:05

補足

この回答のお礼文を一部、訂正します。

「犯罪を犯す」は人口に膾炙していないっていう異口同音は古式ゆかしいと捉えるべきなのでしょうか。

投稿日時 - 2011-10-10 14:26:36

お礼

>『重複表現については、報道のように公共性の高い立場に立ったものとして「誤りやすい慣用句」(「朝日新聞の用語の手引き」)のように相当の厳密性が求められます。
「×犯罪を犯す→○罪を犯す」』

そうですか。「朝日新聞の用語の手引き」までお持ちなのですか。
恐れ入りました。

活字命ですし、記事は、著作権など、将来の会社の資産として残るものですからですね、君子危うきに近寄らずなのでしょうね。誤報はしても誤用はするな、みたいな格言があったりして。


>『このように、「罪を犯す」「過ちを犯す」といった、犯す行為の内容を補語として取る形の用い方は、和語として古くから使われており、今でも一番人口に膾炙した縁語関係だと思います。』

膾炙してないっていう異口同音は歴史と乖離していますかね。

お世辞ではなく、自習する上で大変参考になっております。言語や辞書や専門家についての私の認識が変わってきました。少しは考えらるようになりました。引き続き勉強して行きたいと思います。本当にありがとうございます。

投稿日時 - 2011-10-10 13:56:52

ANo.46

 要するに「名詞+する の形で構成される動詞化する名詞」のことでしょ。「体言化した動詞」英語の動名詞と変わらない。動名詞は現在分詞であり「~すること」です。この程度の事なら中学生や高校生でも知っている。それを大袈裟な表現をしているだけで張り子の虎と同じ。権威主義では相手を納得させることなど到底不可能なこともこれまでの人生経験からお判りでしょう。
 この概念によるならば「違反」は「違反する」が動作性名詞として成り立っていると説明されます。そして件の「違反を犯す」は「違反することを犯す」となります。
 表現としてはオカシナものとなる。が一方「違反」には「何に違反するのか」との「何に」が「文言」として明示されていないものの「違反」という行為自体が既に「規則に抵触する」との認識を前提として含んでいることから、認識過程としては「違反行為をはたらいた」との理解も成り立ちうる。それゆえ「言葉の機能」に即して考えるなら「違反(行為)を犯す」もシチュエーション次第で使われ得る、とも話させていただいた次第です。単に文法解析を披露しただけでは説明になるとは限りません。
 「お茶する」と同様です。「お茶を飲みながら会話をする」行為が省略されただけです。大学の研究室で見られる「飯行こか?」は時としてリクルーティングの意味も含みます。これは話し手と聞き手の間に認識が共有されていることを前提とする会話だから成り立つ。つまりシチュエーション次第といえる現象です。「お茶する」も本来の「お茶を飲んで一息入れる」から「茶飲み話をする」「茶話会」へと変化してゆき、それの行き着いた結果が「お茶する」となっただけ、でも「お茶を飲む」本来の形は残されている。
 結末がはっきりとしているテレビドラマのようなスタイルに終止しても意味はありません。「結果に至るプロセス」がしっかりした論理構造を有することで結論を正当なモノとして提起できるのではありませんか?。

投稿日時 - 2011-09-30 12:02:39

補足

「茶」はサ変名詞に成った!すごい食品です。

投稿日時 - 2011-10-02 16:55:20

お礼

「違反する」それとも「お茶する」

この考え方は面白いですね。

「お茶にする」が原形ですよね。

「お茶」の意味だけではなく、文法的にも違う文になっていくのでしょうか。


柔軟な着眼点についてのご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-10-02 16:53:18

ANo.44

#37です。

「能を以て不能に問い、多きを以て寡なきに問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若く、犯されて校(むく)いず。」(「論語 泰伯」)
「才能が有るのに無いものにたずね、知識ゆたかであるのに乏しいものにたずね、有っても無いように、充実していてもからっぽのように、害を受けてもしかえしをしない。」(金谷治「岩波文庫版」訳)
この「犯而不校(おかさるるもこうせず)」では、他人の領域に侵入し相手の不為益な害を及ぼすという意味からして、「犯」の持つ多様性あるいは多義性ということでしょうか。

とまれ、補足での問い合わせ事項について、箇条で触れてみたいと思います。
1.辞書の時代性と記述の有効性
私の場合は「万葉集辞典」「古語大辞典」、「邦訳日葡辞書」、「江戸語の辞典」、明治期の「言海」、大正期の「大字典」、昭和初期の「齋藤和英大辞典」など、その時代ごとの日本語への導入案内辞書を頼りに多角的にその語彙の変遷を辿るように心がけています。つまりは何より学習本位のスタンスで居ますから、現代の一巻の辞書での記載の有無にこだわる意識はありません。
ただ、次のような意見は十分説得力があると思います。
「近ごろ一部で盛んに用いられている語法を、既成事実だから仕方がないという立場で事後承認したものですが、この語法の時代性も、社会的階層性も、なんら辞書の説明には反映していませんから、すでにしてこの語義は普遍性をもったものとして辞書のお墨付きを得たことになります。」(朝日文庫「大岡信の日本語相談」の「辞書も「一定の」誤用は認めます」の項より)

2.サ変動詞と重言性の相関
動作性の名詞に「する」を付けてサ変動詞として用いるやり方は至極便利ですが、その名詞としての語義を残したままの動作性を明確にするには、「~を行う」という言葉を足して動作名詞のチェックをするという「井上式反応測定法」があります。(朝日文庫「井上ひさしの日本語相談」の「「動作名詞」が決め手のサ変動詞化」の項)
これを反転させて読み取れば、サ変動詞をより明確化させるには「…行う」といった「…する」よりも一層行為性の濃い動詞を付加するということに繋がるのではないでしょうか。そして、その濃さからして、「違反する」→「違反を行う」→「違反を犯す」という明確化の連鎖が求められるケースがあり得るということでしょう。
これについては後の6.にて検討を続けます。

3.犯罪+行為
これは、既に触れておりますが、「3.修飾の関係」での「犯罪(ハンザイ:犯法した罪)」が本義で、それが後に動詞化して「4.改めての補足の関係」での「補語を取る動詞としての」「犯罪(ハンザイ:犯法した、その罪にふれる)」という二重の意味が混在する語意となっています。つまり「法を犯したという罪」であり、そのような「罪を犯す行為」でもあるという名詞と動詞の語義の混在性です。したがって「犯罪を行う」が認められるなら、この場合の「犯罪」は動作名詞であり、その濃さを強めれば「犯罪を犯す」という表現も決して「悪しき重言」として単純に退け得ないのではないでしょうか。一方、これは動詞なのだとみる観点だけからすれば、「犯行を犯す」の類の明らかな重言なのだと感じてしまわれるものでしょう。

4.違反する
出典の「後漢書」では、「違反」は「違戻(いれい)」とも遣われ「たがえもとること」の意とされます。(講談社「大字典」)
教文に、ひいては約束や相手の意志に「違え悖る応対」という広い意味があり、その中でも掟に背くものは「違憲」、法律に「違え悖る応対」をした場合には「違犯:法規を犯すこと」など、実に多くの「違…」の熟語が存在しますので、「違反する」だけでは、それが掟は法規を犯し罪となるかは詳らかにはできず、曖昧ゾーンにあると思われます。そもそも「イハン」は「違叛」とも表すという説(「学研漢和大字典」)や、「違反」は別儀で「イヘン」と読み「契約を履行しないこと」の意味との指摘(「広辞苑」)もあり、当用漢字規制時代の煽りで一層「ゆれ」が齎されてしまっていますが、とにかく「違反する」だけでは罪を犯す「違憲」「違犯」であるかは未詳のままなのだとはいえるでしょう。上司の指示に「違反する」「違背する」レベルもあるでしょうから。

長文になっていますので、まずはここまでで、5以下は日を改めて、と。

投稿日時 - 2011-09-30 02:25:36

お礼

ご教授ありがとうございます。

さまざまな本からの引用をご紹介いただきまして大変勉強になっています。これらの本は、kine-oreさんがすべてお持ちで、ページを繰ってお調べいただいたということでしょうか?感服している次第です。今回の掘り起こした物というよりもまず記憶に残っていたということでしょうか。勉強する者にとっての励みにしたいと思います。


【1】「4.改めての補足の関係」は一般的な文法上の区分なのでしょうか、回答者さんの説なのでしょうか。「改めての補足の関係」が文法の教科書用語であれば、この機会に教科書用語の一つとしてぜひ暗記して置きたいのです。今後の参考にする上で、すべての説明において、どこからどこまでが誰の見解なのかを聞き手である私の方としても明確にしながら勉強して行きたいので、宜しくお願いします。

【2】(No.37)「4.改めての補足の関係」について浅学の私は今一つ理解できていないままです。その構造について一般的な形というのでしょうか、私がこの関係を応用できるような関係式を説明していただけませんでしょうか。
例に挙げられた「犯罪(ハンザイ:犯法した、その罪にふれる)」ですが、これは「罪」だけでいいものを、「犯法」の意味の「犯」を付けたということでしょうか。「修飾」ではなく、「補足」ということですよね。「補足」というといろんな補足があると思うので、「補足」より限定的な「内容説明」としてはいけませんか。その方が整理がつきやすいと思うのです。

【3】(1.について)>「その時代ごとの日本語への導入案内辞書を頼りに多角的にその語彙の変遷を辿るように心がけています。つまりは何より学習本位のスタンスで居ますから、現代の一巻の辞書での記載の有無にこだわる意識はありません。」
お心掛けは書家を尊敬せずにはいられなくさせる内容です。願わくは私もそうありたいと思います。
「有無にこだわる意識はない」ということですが、多くの辞書に記載があった場合や、「一巻の辞書」にも記載が無かった場合、回答者さんとしては、その状況をどう参考にされるのでしょうか。

【4】(1.について)質問者さんの説ではない物を聞くのも恐縮なのですが、引用の「辞書も「一定の」誤用は認めます」の項についてですが、次の部分がよく分かりません。
>「この語法の時代性も、社会的階層性も、なんら辞書の説明には反映していませんから」
これを受けて、その辞書の判断では「語義に普遍性がある」としています。「反映していない」という否定の条件だけで(つまり普遍的な条件がないまま)、どうして普遍性が出るのかが分りません。

【5】(2.について)>「「~を行う」という言葉を足して動作名詞のチェックをする」
ですが、具体的にどうやるのでしょうか。私も付ける動詞に困った時は「行う」を付けてはいますが、チェックになるというのが分りません。たとえば「愛」はサ変名詞ですよね。「愛を行う」はおかしいですから、「行う」を足して使えるならば、問題なしということで、上手く使えなくても、サ変名詞ではないとは言えないのですよね。問題あり(使えない)を調べるテストではないのですよね。

【6】(2.について)>「サ変動詞をより明確化させるには」
サ変動詞は「~する」でそれ以外にありませんよね。「違反を行う」にサ変”動詞”はありませんよね。
「サ変動詞を明確化」とは、「サ変名詞の動詞性を明確化」ということになるでしょうか。

【7】(2.について)
語法のマナーとして「~する」のサ変動詞を減らした方が良いというのがあるのでしょうか。そのサ変名詞を残しながら、そのマナーを守ろうとして、サ変名詞を用いながらも、サ変動詞化しないという結果になるということでしょうか。それはマナーを天秤にかけた場合、冗長を避けるマナーを踏み外しかねませんでしょうか。つまりマナーというものが危険防止のため配慮をまとめたものであるとすれば安全性を損なうアベコベなマナーになります。

【8】(3.について)これはこれまでの体系的なご説明をよしとすれば、「犯罪を犯す」についての正論の結論として採択したくなります。もう少し勉強させていただきたく思います。ありがとうございます。しかし今回学ばせていただいて思うのですが、言語というのは数学と違って、剛柔の二面性がありますね。私は、言語問題の是非について、多数決的に処理したり、井上さん的に柔を強調したりしない方が、個人的に今回のような新天地的な発見があっていいと考えます。いかがでしょうか。No.37の岩波書店の説明文で私が納得してしまったら何も成長しなかったし、何の感動もなく、今後、これに関して考えるのを止めるだけになります。
ただどうしても話が抽象的になってきますね(笑)

【9】(4.について)これが今回の主題なのですが、違反の意味が実は、はっきりしていないというご説明でよろしいでしょうか。


長文乱文で申し訳ありません。
気長にお付き合いいただきたいです。今後もご教授して戴ければ幸いです。ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-10-02 15:54:40

ANo.43

 たびたび申し訳ありません、#6及び42です。
「覚える」との感覚機能との関連でみるならば「不快感を覚える」「揺動感を感じる」などを日常の中で使ってしまうケースもありますが、感覚は知覚であると同時に認識でもありうると思われます。「違和感を感じる」と「違和感を覚える」では認識としての位相に違いはあるのでしょうか。個人的には位相がないとも思われます。また別に「くどい」などの印象もあるとは言えません。こうした点では「文法よりも言語としての本質が優先される」ことに目を向けることもアリかなとも思えます。

投稿日時 - 2011-09-29 23:06:58

補足

「感覚を覚える」についてのレスありがとうございます。
他の回答者さんもご意見ください。
既出回答者への反論ではなく、反対の意見の説明を論じていただければと思います。


お示しの「動揺感を感じる」は「動揺感を覚える」ではなくてですか。「動揺感を感じる」が良くて「不快感を感じる」はダメというご意見でしょうか。その理由が機能面に由来するということでしょうか。

私的には「不快でした」「不快感を覚えました」ですね。
「不快を感じる」は使いますか。

「○○感を覚える」と「○○感覚」は生理学的にも論理的にも交換するのは難しい関係にあるような気がします。既出回答で刑法の特徴が述べられていましたが、字そのものもさることながら、和語に直した際の論理性は、前と後の異なる用語の内容をそれぞれ正確に把握できているかにも関りますね。専門用語の払い下げ問題とでも呼びましょうか。いわゆる素人が日常語にするリスクを犯したのですかね。和語に直すのはリスクがありますよ。というか言葉が混乱してしまうのでしょうかね。科学用語と日常用語をちゃんぽんにした文のように。

使用者ごとの知識体系の違いが影響するでしょうね。しかし使用者任せだと語法の真偽を問える一般法則がないことになりますよね。

もちろん私としては日本語としてどうかの説明を中心に求めています。

間違いや学問的に不適当な言葉遣いがありましたら遠慮なくご指摘ください。勉強になりますので。

投稿日時 - 2011-10-01 09:52:00

お礼

とても参考になっています。例外を除く質問者同様、私も質問しているのは、本当に分からないからです。
ご指摘のように英語など外国の問題はあります。なるほど★「舞を舞う」も繰り返しですね。舞の字義が「漢語+和語」ですね。今後はキmチの発音問題など朝鮮語の影響力も出てくるでしょう。
言語に限りませんが回答者TANUHACHIさんの実直な親切さが随所で活かされています。
「外国人に日本語の作文を直されて」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6985860.html
作文と作為には因縁があります。外国人が質問者当人で、回答者の口を借りて、人身口撃を達成すれば、ペナルティーを貰うのは、親切なあなた呑みです。量を量るどころか、謀られましたね。外国の質問者に踊らされたのです。外人は回答者TANUHACHIdanceを楽しんで誉めてつかわした。世界的にもそういう根性の文化は特定されます。真贋を問うまでもなくあれは質問ではありません。差別というのは悪い言葉でも悪い事でもありません。それに悪いというレッテルを貼って日本語を一つ使い物にならなくした連中が日本語を騙るのを止めさせるべきでしょう。
TANUHACHIさんは漢字を多用されますね。その訳を自己申告されたので納得しました。読みずらいと思っていましたから(笑)メールの場合、手書きとは違って、漢字表記を選ぶ習慣があれば、変換機能で仮名のチェックも出来ます。読み辛いにならいないと読みづらいではありませんからね。しかし相手は漢字教養を強要されます。手書きの時、漢字は画数が多いから崩さないと大変ですね。
短縮式の若者言葉に対して日本人は言葉を短縮するのが好きなんて理由付けがされていましたが、その圧縮された言葉を解凍(展開)する時に元の語義データが失われるのでしょうね。漢字の使用は、文字数を少なく出来る事と語意を特定する事と文章を読み易くする事に効果を発揮すると思います。

★「数を数える」これもなるほどです。ジズラのみならず。おとまでにています。こういうばあいにしんぶんやしょうせつではしゅっぱんしゃは数をかぞえるとするけいこうがここじゅうすうねんけんちょにみられるとおもいます。かいとうしゃさんとははんたいにかんじをさけるけいこうがしゅりゅうになっていることをどうおもいますか。「数を数える」は「かぞえる」の当て字に「数」をあてたのが不用意だったのではありませんかね。削除要請ではなく「漢字を充てる」は「充てる」でいいのでしょうか。漢字で埋め尽くしていく文意にはなると思いますが。

「あてる」も「はかる」もいい言葉なんですが漢字表記を考えると不安感に苛まれます。

「動作性名詞」なるお題目を挙げるだけなら小学生でも出来ます。それは説明と言いませんね。題目だけあげて説明が続かないのは贋物です。何一つ説明できない証です。ググッただけでまとめることさえできないみのほどしまづのかいめいゆかいはんにはてつついすべきでしょう。
快刀ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-10-02 08:17:02

ANo.42

 #6です。文法の問題に関しては残念ながら知識を持ち合わせていませんので、質問者様の問い掛けに十分なレスポンスをお返しできませんが、ここまでの議論を見ていて「認識と認識を表現する過程での言語表現のあり方」の問題であるかのような気がしています。
 漢語としての「反則」に送り字を附した表現が「(規)則に反す」であるならば逆に「違反を犯す」を漢語で表記した場合にどうなるか。少なくとも「違反」だけでは送り字を充てることは困難でしょう。もしここに送り字を充てるならば何らかの形で対象を記す必要があることになります。
 しかし「違反」という表現の内部に「規則」なり「規律」といったそこに前提が含まれると理解するなら、それを表記としては「省略」することが認識上では「内包させる」ことと同義となり言語表現としての機能を発揮しているとも理解出来るでしょう。
 つまり「違反」の表記は既に「違反行為」として認識されているのであり、「違反行為をはたらいた」「違反行為をした」ことと認識の上では同じ事になります。
 しかしながらこれは「ほれ見なさい」「素養のある日本人なら」などと頑固な老人がしたり顔で自慢げに我田引水的な論理のすり替えをしているのとは本質的に異なります。結論が一見同じであってもそこに至るプロセスに矛盾があるのですから、「ほれ見なさい」などの言葉には真贋を問うほどの価値もありません。
 百歩譲って「動作性名詞」なる概念が確立されているならばその根拠を示さないことには理解もされないでしょう。同時に「多勢が使っているから正しい」などの論理も実際には説得力としての根拠があるか否かも不明のままです。年寄りの頑固さにも困ったモノです。
 ここで一つ思い浮かんだのは「数を数える」「音を聴く」の表現です。「動作性名詞」ならば「動詞」の中にその具体的な行為を示す文字があるはずです。この様な表現に敢えて目的語を累ねるには「伝える側の何らかの意図」が内在しているとも考え得るとするのは早計でしょうか?。「数える」「聴く」には何れもその行為が別に表記されています。「量を量る」とはいっても「量を数える」などとは言いません。「着物を着る」「服を着る」なども同様です。「テレビをみる」もモノとしてのテレビ装置を見るのではなく、テレビで放送されている番組を観るとの意味であることに異論があるかと問われれば疑問の余地はありません。
 これはあくまでも個人の見解ですのでお気に障れば削除を要請していただきたいのですが、僕は出来うる限り漢字を充てる表記を心掛けています。同じ「みる」であっても「見る」「観る」「視る」「覧る」「診る」「看る」などシチュエーションにより使用される文字も異なる性質を有していることに起因します。現在の文法学は明治維新以後にもたらされた言語学とりわけても英語学の影響を多大に受けてもいます。そのため英語表現にみられる“dancing”などは「舞を舞う」などの重複を伴う表現になってしまう可能性もあるでしょう。これも「ダンスする」や「踊る」で意味は伝わりますが、歌舞伎で或シーンを観ていた外国の観客に隣の友人が“dancing on the seashore”として伝えた光景を和訳するなら「波打ち際でダンスをしている」「波打ち際で舞を舞う」では明らかに異質なものを感じてしまいます。欧米の人間にとって波打ち際で踊るのはフラダンスやポリネシアンダンスなどのイメージがあり、波打ち際で能のようなスタイルの舞踊をすることは想定にはあるかといえば疑問です。

投稿日時 - 2011-09-29 17:45:00

お礼

ご回答ありがとうございます。
ご指摘のように外国語との兼ね合いはポイントでしょうね。
「舞を舞う」はどうしょうもないですね。マの音まで重複します。舞以外を舞う可能性があるからでしょうね。

外国語(漢語)から多義性を日本人が度外視しているというのが姿勢が日本語の論理面を弱くしていると思います。

TANUHACHIさんは漢字を多用されますね。その訳を自己申告されたので納得しました。読みずらいと思っていましたから(笑)メールの場合、手書きとは違って、漢字表記を選ぶ習慣があれば、変換機能で仮名のチェックも出来ます。読み辛いにならいないと読みづらいではありませんからね。しかし相手は漢字教養を強要されます。手書きの時、漢字は画数が多いから崩さないと大変ですね。漢字の使用は、文字数を少なく出来る事と語意が特定する事と文章を読み易くする事に効果を発揮すると思います。

★短縮式の若者言葉に対して日本人は言葉を短縮するのが好きなんて理由付けがされていましたが、その圧縮された言葉を解凍(展開)する時に元の語義データが失われるのでしょうね。

★「数を数える」これもなるほどです。ジズラのみならず。おとまでにています。こういうばあいにしんぶんやしょうせつではしゅっぱんしゃは数をかぞえるとするけいこうがここじゅうすうねんけんちょにみられるとおもいます。かいとうしゃさんとははんたいにかんじをさけるけいこうがしゅりゅうになっていることをどうおもいますか。「数を数える」は「かぞえる」の当て字に「数」をあてたのが不用意だったのではありませんかね。「漢字を充てる」は「充てる」でいいのでしょうか。漢字で埋め尽くしていく文意にはなると思いますが。

「あてる」も「はかる」もいい言葉なんですが漢字表記を考えると不安感に苛まれます。


★漢字に注目すると重複がたくさんあるんですね。勉強になりました。

投稿日時 - 2011-10-02 16:42:44

ANo.41

#35です。

>★「食事を召す」「被害を被る」の他にありませんかね。
たとえば「感覚を覚える」はやはり宜しくないでしょうか。「○○感を覚える」ですからね。どうでしょう。

「何となく妙な感覚を覚える」などですね。
いいんじゃないでしょうか。個人的には抵抗ありません。
あと、
「注射を射す」「旅行に行く」「平均に均す」なども可能だと思うのですがどうでしょうね。
たしかに重言表現なのでしょうが、
「注射をする」「旅行をする」「平均をとる」とは明らかに異なるニュアンスが表現されていると思います。

たとえば、「旅行に行く」は、「旅行というものに行く」というニュアンスを表現したい場合に使われるのではないか、と推測します。
「旅行という本質的性格に関連させた表現」と考えても良いでしょう。
「旅行する場合には事前に宿を予約するようにしている」は重言ではありませんが、こうした本質的性格に関連させているというニュアンスはありません。
あくまで、「一行動としての旅行」というニュアンスでしょう。

それに対して、
「旅行に行く場合には事前に宿を予約するようにしている」の場合は、
「旅行【という楽しい本質を持っているもの】に行く場合は~」というニュアンスを表現できると思います。
この場合の「本質」はおっしゃるところの「概念」とほぼ同義と捉えることが可能であろう、ということは先に申し上げていたと思います。
  
>「違反を犯す」を否定する人もいますが、否定できないと言えるだけの正当性がありますかね。

そうですね。
私の場合はあくまで個人的な感覚で回答していますので、忸怩たる思いはありますが、学術的根拠に基づく証明は難しそうです。
  

投稿日時 - 2011-09-29 16:40:42

お礼

感覚を覚えるは認可おりましたか。

「注射を射す」「旅行に行く」「平均に均す」は見事ですね。まったく気づきませんでした。

この三つを検討しただけでも個別の事情が大きいような気がします。それだと体系的な学問にはなりにくいですね。ちょうど生物学や医学がそれらの応用の説明に無力になるように、文法が現実の用語を説明できないのです。

ご説明の方がなんとも分かりにくいですが。
>『たとえば、「旅行に行く」は、「旅行というものに行く」というニュアンスを表現したい場合に使われるのではないか、と推測します。』

「旅行」は「旅」ですね。タビだと足袋(タビ)履いて三度笠になってしまいそうで、トレンディーな旅や業務としての旅を差別化するための造語は、一文字では熟語にならず、「行」をつけて、旅行となって、「旅行する」で留めておけばいいものを、「旅に行く」の構文に舞い戻り、「旅行に行く」と平気な顔で重言している、いうなれば親のこと子知らずになったように思います。もちろん歴史的に和語「旅する」と漢語「旅行」のどちらが先なのかは知りませんがね。


★「旅行」も「規則違反する」と同じように「海外旅行する」になりえますね。しかし「海外旅する」と言えない、そう思うのはなぜなんでしょうか。


サ変名詞「旅行」が、サ変名詞「旅(する)」と同じに棚に並んでしまった。好きな方を使える時、あっさりしている旅行を選んで、旅行に行くとなる。「旅行」が一般化し、「旅」の方が特殊な用語になってしまった。


いずれにせよ「旅行に行く」は使いますねえ。こんな重言を使っていたのですね。日本語やれやれです。そんなことは気になりませんか?和語で、「旅に行く」では旅情がでて仕舞って扱いにくいのでしょうかね。ある意味、和語の心を取って置きにし、守っているとも言えますね。なんだかんだでただただ無批判に重言やむなしですかね。


★漢熟語(漢語の熟語)を使おうとするから生じる問題ですよね。整合性よりも機能性を優先したということになるでしょうか。そうなると言語は本質的に論理的でないということですね。どうでしょう。国語にうるさい先生やネットの誤用叩きなどは、言語は論理的だという大義名分でなされているものだと思いますが。

投稿日時 - 2011-10-01 08:11:51

Ano,32です。

ほれ、「違反を犯す」なんて誰も言わんでしょ。
「違反」と言う名詞には動作が内蔵されているってことを知らんのかな。
そういう類のものを動作性名詞って言うんだよ。
それに「犯す」なんて動詞をさらにのっけたら、くどくておかしいだろ。
それくらいのことがわからんかなぁ。

投稿日時 - 2011-09-28 13:08:15

お礼

No.47までの協力的な回答者さん、ありがとうございます。



★No.37さんによると「違反を犯す」なんて例が(三省堂「新明解国語辞典第3版」)に載っているのですよ。



なら、のっけから「動作性名詞」って言うんだよ、と組み換えてみました。




国語には精通されているとのことですが、

>「Ano,32です。」は英語ですか。

今後の投稿人生に支障はないと思いますが、こういう作業は私にとって健全ではありません。

投稿日時 - 2011-09-30 14:53:48

ANo.38

No10&31です。
質問者様からいただいた補足の中のご質問にお答えします。

>個人的には、規則を破るを使うというのは、なるほどです。しかし役所の文言には採用されないでしょうからね。破るが文学的だからでしょうか。

そもそも役所の文言に「規則」と言う言葉はあまり出てこないように思います。
役所が取り扱う規則は「法律」「法令」「条例」「規定」など別の言葉で言い表されているのが一般的かと思います。

ですので、この部分についてはコメントを差し控えます。

>規則に反するはどうでしょう。規則に違反するや規則違反するはダメでしょうか。

いいと思いますよ。
私も場合によっては使うでしょう。

>★「犯罪を犯す」はよく耳にすると思うのですが、違いますか。違和感がありますか。私は違和感は少なくて、(字面上)論理的くどいさを考えてしまいます。

この点に関しては、たぶん私の感覚は質問者様のものと同じかと思います。
私も「犯」と言う字が2度出てくるのでくどさを感じます。
そのくどさ、つまり「同じことを2度言わなくてもいいのになあ」という感覚を「違和感」と表現しました。

投稿日時 - 2011-09-28 06:42:40

補足

No.38さんまでの協力的回答者様に感謝申し上げます。

この現象については、「○○違反を犯す」の用例の普及がまずあって、その一般型として「違反を犯す」の用例を生んだと憶測します。


私が命名しますと、この現象名は「断頭式一般化」です。「断頭式一般化の重言問題」です。


同じ事を4回言っても飽き足らない詐欺師が、なぜか異様に外国語の重言を敵視するという漫才の症例もあります。

「併合豊臣秀吉」の恨みでありませんが、ハンにはいつまでも再犯する業の深さがあるようです。

間違いなく断言できる真実は、日本語は日本人に利益をもたらす日本人の文化です。ハングル言語とは似ても非なるものです。

「違反を犯す」は日本人のための国文法を犯していると言えるでしょうか。

投稿日時 - 2011-09-29 04:26:51

お礼

ご回答ありがとうございます。

「法律を破る」も「法令を破る」もたぶん役所で使いませんよね。コメントを要求するものではありません。

「犯罪を犯す」は字面がくどいのですね。新聞など文書で使われますかね。

そう言われれば違和感を感じる、否、違和感を覚えるというのとは、注意していない時の語感はまた違いますよね。気にならなかった時の感覚は。
たまたま私は「違反を犯す」を使おうとした際、未然に、気になってしまったのです。そして、これまで気にしていなかったんだと思いました。

投稿日時 - 2011-10-01 07:23:37

ANo.37

A)は大方の国語・漢和辞書に載せられている標準用法ですが、一方、B)の用例を挙げている手元の辞書では、少な目ですが次の引用のように記載されています。
「違反を犯す」「選挙違反を犯す」(三省堂「新明解国語辞典第3版」)
「交通(選挙)違反を犯す」(小学館「現代国語例解辞典」)

まず、「犯」という漢語の繋がり方についての幾つかの構造の交差があるように思えます。

1.補足の関係…掟や定めた枠などを意味する名詞に対し、<無視し、破る>意味の「犯(ハン)す」として、目的語をとる動詞として上に置かれる。
犯令(ハンレイ:命令にさからう)、犯法(ハンポウ:掟を無視する)、犯則(ハンソク:規則をやぶる)

2.並列の関係…対等または対立の組み合わせ。
違犯(イハン/イボン:背く+破る)、犯触(ハンショク:破る+おかす)

3.修飾の関係…「(犯令)した」の形で連体形をとり形容詞的に名詞を修飾する。
犯人(ハンニン:犯則した人)、犯罪(ハンザイ:犯法した罪)

4.改めての補足の関係…並列や修飾の関係から<ふれる、抵触する>意味での「犯(おか)す」として、補語を取る動詞としての使用。
犯罪(ハンザイ:犯法した、その罪にふれる)、違犯(イハン/イボン:違反(イヘン/イハン)した、その罪にふれる)

このように、本来は「A) 規則を犯す。」のように規則や法律を「犯(はん)す」という<無視し、破る>意味での用法だったのでしょうが、並列の「違犯」や形容の「犯人」などの用法を経て、あたかも「犯した罪」として形容だった「犯罪」が同時に「罪を犯す/法に触れること」という使われ方も成立したように、それはさらに「犯罪を犯す」という用例となり、更にはその犯罪の種類別に「~違反を犯す」という、きわめて広義的な意味合いをもつに至ったものでしょう。

これには漢語の繋がり方の多様性だけでなく、「おかす」という同訓の「侵す」「冒す」との語意の融和や混淆もまた考えられます。おまけに文章語と会話語とのズレもあって、「違反(イヘン/イハン)を犯す=違犯」というようケースのように、「ハン」という音が「反(叛)」と混同をきたしやすい面もあるのでしょうか。

気を配りたいことは、漢語の熟語は、それ自体に解釈多様性を秘めており、それだけに漢文訓読には古来さまざまな用法が交差する通りですが、それを「…をする」更には「する」を付けてサ変動詞化させた場合、会話語としては容易で便利ですが、改まった言い回しが必要な場合や文章語では「犯罪行為(犯行)する」とは言えず、また「違反する」では遵法性の有無の視点が軽微に流れてしまいかねないという側面もあるでしょう。
ちなみに、明治期の辞書「言海」では「違反」という字はなく類語は「違背」であり、「違犯」は「ヰボン:法度ヲタガヘオカスコト」とあり、この場合には「違背する」なら「違背を犯す」で法度破りだとの明確性が出せそうですが、「違犯(ヰボン)を犯す」と用いたら当時の用法としては重言と見做されるのではないでしょうか。

今日的な用語用法としては、重言風の”稚拙さ”よりも、徒な「漢熟語のサ変名詞化」を避け且つ表現の明確性を得る場合において、あえて「犯罪行為(犯行)する」→「犯罪を犯す」に、「違反する」→「違反を犯す」もしくは「違犯をする」という表現が求められてくる事情も考えられます。
あるいはそうすれば当然罰せられるべき「(犯罪行為を)おこなう」という実行行為を強調・確認する意味での、「…する」より確かな自発性のある動詞としての「…を犯す」の用法としての「犯罪を犯す」「違反を犯す」という言い方が生まれており、それが社会的に「ゆれ」ているとみられるのでしょう。

「たとえば、「犯罪を犯す」という言い方は、まったく問題のない表現である。語源はどうであれ、現在の使用意識としては、「犯罪」は「罪を犯す」という意味の複合語だという意識は希薄であり、全体がひとかたまりの語として意識されている。したがって「犯(す)」」がダブっていても、重言とは言えない」(岩波書店「日本語使い方考え方辞典」)

投稿日時 - 2011-09-28 01:59:14

補足

お手数をお掛けして恐縮です。

1.庶民的な新明解国語辞典ならではなんでしょうかね。Aのような定番の例を除けば、辞書ごとの引用が共通していない言葉の方が多いと把握しておいて宜しいでしょうか。つまり多くの引用はせいぜいどれか辞書一つにのみ見つかるようなものだと。ですから新明解しか乗せていたなかったことをもって実際の使用頻度も低いと見なすのは間違いであり、どれか一つの辞書に乗っている時点で日本語として十分に認知され普及していると考えて構いませんよね。

2.違反はサ変名詞だが、違反行為はサ変名詞ではないのですよね。成り得ない理由は4字だからでしょうか。行為がついているからではないでしょうか。行為の付加はサ変動詞の名詞化と表現できるような気がするのですが。サ変名詞になるならないかはどう決まるのでしょうか。違反は動作(~する)の意味(=行為)が含まれていないから「する」を付加できる、つまり
意味が「~行為」であるものは成らないとして宜しいでしょうか。犯罪の意味は行為のようのです。

3.私の手持ちの辞書では、犯罪とは刑罰の対象になる行為。犯行とは犯罪行為とあります。すると意味上で、「行為」が重複します。つまり、犯行とは、犯罪行為の略であり、直訳的には、刑罰の対象になる行為の行為になります。犯罪行為と犯罪の違いはなんのでしょうか。犯罪行為も犯罪もサ変動詞にならないのでしょうか。

4.ご意見は、公的な場でのサ変名詞の使用を避けるのではなく、サ変名詞でない名詞のサ変動詞化を避けるという意味でしょうか。
あらたまった文言ではサ変動詞を避けるべきなのでしょうか?サ変動詞にしたがる傾向がむしろ高いように思うのですが。規則を破るよりも違反するが採用されるように思います。そのサ変動詞「違反する」を使わない理由がよく分かりません。

5.kine-oreさんのご推論としては、サ変名詞でない熟語のサ変動詞化を図りたい時に、「する」の意味を持つ適当な動詞をあてがった結果ということでしょうか。サ変動詞として認められない「犯罪行為する」からの変遷はそれで納得できます。しかし「犯行する」や「違反する」はサ変動詞として成立していますよね。これを「犯行を犯す」にするのはサ変動詞化を避けた言い換えですよね。その理由が「自発性のある動詞」とのご説明ですが、「自発性のある動詞」とは回答者さんの表現でしょうか。どのような意味になりますか。

6.「日本語使い方考え方辞典」によれば、「犯罪を犯す」はまったく問題ないのですよね。その説明に従って、ダブっていない「違反を犯す」はそれこそまったく問題ないとして宜しいでしょうか。
しかしながら「違反する」は言いますが「犯罪する」とは使われないように思うのです。
つまり「犯罪」はサ変名詞ではない。一方「違反する」はサ変名詞ですから事情が違ってきます。「犯罪を犯す」と「違反を犯す」は説明が異なってくると思うのです。

7.以上、「違反を犯す」にはサ変名詞やサ変動詞の理由は使えないように思いますがどうでしょうか。

まとまっていませんが、投稿を優先しました。よろしくお願いします。

投稿日時 - 2011-09-28 18:05:24

お礼

多くの資料を丁寧にご紹介くださり、大変参考になります。
私は権威志向はないのですが、岩波書店「日本語使い方考え方辞典」の引用は、本当にありがとうございました。

★「ダブっても重言とは言えない」という主張は通用するのですね。これは専門家の間でも通用しているのでしょうかね。この文責者の独善ではなく。


ほぼ同じ議題についての専門家の落としどころが分かるとは思ってもいませんでした。
kine-oreさんのお蔭です。

投稿日時 - 2011-09-30 17:50:08

ANo.35

#33です。

補足を拝見しましたので続投させていただきます。

>「は」と「を」の差はどうなるんでしょう。

投稿前にも一応考えてみたのですが、意味の重複という点では同じなので特に論点がずれるとは思いません。
また、
「お食事を召し上がりますか(食べますか)」
でも、
「お腹が空いているでしょうから何か食べますか」
という意味ではなく、
「通常セットになっているお食事というものがまだ召し上がれますがどうなさいますか」
といったニュアンスで言ったと解釈することに、そう無理はないと思われます。

・食事をする→食事の中身に着目している→食べるという行為をする。

・食事を召し上がる(食べる)→「宿にはつきものの食事というもの」として捉えている→「宿にはつきものの食事というもの」に対して、食べる(召し上がる)という行為を実行する。

こういった違いでしょうか。
たしかにややこしい説明ですね。

>また、多義性の影響もあるかもしれませんね。

そうですね。「召し上がる」ではなく「召す」の場合はそうかもしれません。
ただ、これは他の例の場合も同じことが言えそうに思うので、同類項として取り上げることに特に支障はないように思う次第です。
  

投稿日時 - 2011-09-27 17:17:04

補足

★No.38さんまでの常識ある回答者さんありがとうございます。


hakobuluさんのような回答者ばかりだったら快適な質問サイトになるでしょう。愉快犯的会員は全員の迷惑です。いろんな意味で、他の回答者をパクっているだけです。国語に興味ないのに国語カテに投稿するのはいけませんね。


★「食事を召す」「被害を被る」の他にありませんかね。
たとえば「感覚を覚える」はやはり宜しくないでしょうか。「○○感を覚える」ですからね。どうでしょう。
正当性の説明ではなく、原因についてになりますが、日本人の好きな短縮に関係してそうな気がしてきました。短縮暴走の申し子かもしれません。

「違反を犯す」を否定する人もいますが、否定できないと言えるだけの正当性がありますかね。質問の解決はそれ次第です。

投稿日時 - 2011-09-29 03:54:49

お礼

むずかしいですね、ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-09-30 17:25:27

ANo.34

#33です。

>私の感覚論としては、「違反する」の犯罪性(罪の認識や因果)を強調する時に「違反を犯す」と表現するのだと思っているところです。

そうでしたか。
数学の例もわかりやすかったです。
>違反そのものの中身ではなく、違反の概念の外へ、発展させている

とおっしゃる点ですが、「違反そのものの中身ではなく」という視点は共通しているように思います。
ただ、後半は私の場合、「違反の概念そのもの について論じている」と表現したいところです。
また、犯罪性の有無・強調などには特に留意しません。

同じような手法で恐縮ですが、もう少し補足させていただくと、たとえば助手席に乗っている人間が、スピード違反をしている最中の運転者に対して言うに適切は表現は、
「違反をするのは良くない」だと思うのです。
目の前の個別の(具体的に特定できる)違反について述べているからです。
ここで
「違反を犯すのは良くない」
と言うと不自然になると思います。

一方、適切な例文になっているかどうかは別にして、小学校当たりの授業の場面を想定してみます。
このシチュエーションで、
「世の中には色々な規則があります。守りましょう。違反をするのは良くありません」
という表現は何かしっくり来ないような気がしませんか。
あくまで、「違反と名づけられているもの」に関して述べているからです。
目前で発見した校則を守っていない児童に対して注意をする場合には、「違反はするのは良くありません」で良いと思いますが。

こういった意味で「違反という概念」という表現をお借りしたいと思いますが、この場合には、
「世の中には色々な規則があります。守りましょう。違反(という良くない概念全般についてですが、それ)を、犯す(という形で行なう)のは良くありません」
のようにするほうが納まりが良いのではないか、と思うわけです。
我ながらややこしい説明だと思いますが、こんなところでしょうか。
    

投稿日時 - 2011-09-27 16:52:17

お礼

煮詰まりそうで……

ご協力、ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-09-30 17:18:05

ANo.33

#28です。
またまたおじゃまします。^^

すでに挙がっているかもしれませんが、
「反則を犯す」なども許容範囲だと思うのですが。
むろん、先述しましたように、シチュエーション次第です。
〇反則を犯すと退場になります。
×きょうの試合でハンドの反則を犯してしまった。
前者は「反則というもの」について述べており、後者は「個別の具体的反則」について述べています。

あと、
「食事を食べる」はどうでしょうかね。
たとえば旅館などに夜遅く着いたような時、仲居さんが客に対して、
「お食事は召し上がりますか(食べますか)」などと言うのは左程不自然ではないように思います。
通常は、
「お食事はなさいますか(しますか)」なのでしょうが。

食事が済んだころを見計らって言う場合には、
「お食事はお済でしょうか」
が自然でしょう。
今その客が食べた(個別の)食事について述べるからです。

しかし、先の場合は、「旅館の宿泊に通常セットになっている食事というもの」という捉え方が可能なので、「食事を食べる(召し上がる)」でも違和感は軽減される、あるいはむしろ好ましい表現とさえ言えるように思うわけです。

一素人ですので学術的根拠はありませんが、この感覚はそれほどおかしなものとは思われません。
「違反を犯す」に違和感を覚える方が多いのは、実際問題として日常的生活において、違反を「違反というもの」という本質として捉える必要が少ないからではないでしょうかね。
  

投稿日時 - 2011-09-27 14:27:50

補足

お礼を書いた後の補足になります。

「は」と「を」の差はどうなるんでしょう。

また、多義性の影響もあるかもしれませんね。

投稿日時 - 2011-09-27 16:29:22

お礼

粘った甲斐がありました。

◎「食事を召す」は、「違反を犯す」と同類の構造でしょうね。

hakobuluさんは閃きに優れてらっしゃる。


腰を折ろうにも折られそうにない人なので、私見を述べますと、ご解説の方に関しては、異論があります。回答者さんの論理は今一つ飲み込めないのですが、それはそれとして、私の感覚論としては、「違反する」の犯罪性(罪の認識や因果)を強調する時に「違反を犯す」と表現するのだと思っているところです。犯すを付加する場合についての回答者さんの説は言うなれば違反という概念の表在化なのですかね。その論理(説明の仕方)について行けていないのですが、私は、違反自体には規則から外れるそれ以上の意味がないので、いわば良いも悪いもないので、悪い事をした意味を匂わせたり、違反した場合の報いとつなげる表現に思うのです。違反そのものの中身ではなく、違反の概念の外へ、発展させているのだと考えます。
たとえば数学の規則に反する場合、違反していると言えますが、違反を犯すとは言い難いです。それでもその結論の有用性を説こうという相手には(それは認められないとする対立的立場から)違反を犯していると(無効性を)説教するのに使えると思います。違反を犯すの場合は、犯してんだよ、違反したら、犯したことになるんだからね、という感覚論です。これは回答者さんの論理に部分的に共通する気もします。ただ私の感覚論で終わってしまうのでは「違反を犯す」の正当性を確立できないと思っています。強力な弁護が欲しいのです(笑)



協力的な回答者さん達に感謝しております。

★「食事を召す」についての考察や、その他の例がありましたら、ご教授ください。

投稿日時 - 2011-09-27 15:48:58

ANo.31

No10です。
他の回答者の皆様の回答とそれに対する質問者様のお返事、ずっと拝見していますが大変勉強になります。

今までのやり取りを見ていると、重言を文法的に正しい表現と見なすかどうかが今回のご質問の解決にあたっての大きなポイントなのかなと思います。

個人的には、重言は同じことを2度表現してくどいので好ましくないが、「意味的に」間違った日本語とは言えないのではないか、また重言を使うほうが好ましい場合もあるのではないかと考えます。

たとえば
「馬から落馬する。」
という文は日本語として好ましくない表現とは思いますが、間違った表現であるとは私には言い切れません。
「牛から落馬する。」と言えば明らかに意味上の間違いというか矛盾がありますが、「馬から落馬する。」という表現に「意味上の」間違いはないと思います。

この場は私が質問する場ではないのですが、
「馬から落馬する。」
が好ましくない表現である理由として
・重言である
・普通の日本語話者はこういう表現はしない
・語感が良くない
以外の理由をあげられる方がいらっしゃいましたらご教示いただきたく思います。
私にはこれ以外の理由は思いつきません。

「馬から落馬する。」は実際には使う人のほとんどいないであろう極端な例ですので、よく見る例を挙げると、
「犯罪を犯す。」
という表現があります。
これも重言ですが、よく見る表現ということは一定の市民権を得ているということでしょう。

「犯罪を犯す。」という表現が広まった理由を愚考してみます。
この表現を重言にならないように言い換えれば
「罪を犯す。」
となりますが、この表現は「法律違反である犯罪行為をする」以外に「犯罪行為ではないが道徳上、宗教上正しくないとされる行いをする」ことも意味します。
なので、「法律違反である犯罪行為をする」ということを一言で言いたいときには「罪を犯す。」以外の表現を使いたいところです(一連の文章の中で使う場合は、適切な文章を書けば文脈からどういう意味か判別がつくでしょう)。
「犯罪をおこなう。」なら重言にはなりませんが、「犯罪を犯す。」のほうが重言ではありますが「犯す」という動詞を使うことによって「悪いことをする」という意味が強調される、だから使う人がいるのだと考えます。

ネット上でこういう記事も見つけました。
http://www.asahi-net.or.jp/~qm4h-iim/ktb018.htm
重言はくどくてみっともない表現になることが多いですが、場合によっては有効な表現ということですね。

さて、ご質問の
「規則を犯す。」
「違反を犯す。」
はどうなのでしょうか。
どちらも「意味上の」間違いはないと思います。
この表現が日本語として間違っているとしたら、多くの日本語話者が使わない表現だからでしょう。

ちなみに、私は先の回答で「違反を犯す。」という表現は正しいのではないかと回答しましたが、自分が表現するときには「規則を犯す。」も「違反を犯す。」も使いません。
「規則を破る。」「違反をする。」と表現します。
しかしながら、他人が「規則を犯す。」「違反を犯す。」と表現するのを見聞きしてもさほど違和感は感じませんし、間違っているとも思いません。規則や違反を「犯す」なんてちょっと大げさなことを言う人だなあ、と感じます。
「『違反を犯す。』なんて教養のある人間は言わない」と言う回答者様がいらっしゃいますが、私はやや教養に欠けるようです(笑)

「犯罪を犯す。」にはかなり違和感を感じますが通用度を考えると許容範囲かな、「馬から落馬する。」はだめだろう、というのが私の感覚です。

投稿日時 - 2011-09-27 09:47:24

補足

nebnabさんのお蔭で、こちらこそ勉強になっております。臆せず、どんどん貴重な愚考を拝読させて下さい。発想や着眼点に質問サイトの価値があります。非常に公正な思考をされていると思いますので頼りにしています。


個人的には、規則を破るを使うというのは、なるほどです。しかし役所の文言には採用されないでしょうからね。破るが文学的だからでしょうか。
規則に反するはどうでしょう。規則に違反するや規則違反するはダメでしょうか。


★「犯罪を犯す」はよく耳にすると思うのですが、違いますか。違和感がありますか。私は違和感は少なくて、(字面上)論理的くどいさを考えてしまいます。

私の感覚という投稿は参考になりますので、私的にその感覚が生じる説明を、遠慮なく、今後ともお聞かせください。

ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-09-28 04:34:52

お礼

何の議論でもそうですが、形式主義に陥らない正直者の回答が一番の参考になります。ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-09-28 04:37:44

ANo.29

#22・26です。

> 最後の段落については異論がありまして、国語学的立場というか、論理的な国語表現を選択する務めが公人にはあると思います。

おっしゃるとおりです。ただし、省庁間の問題は、たいへん難しいようです。国語問題は「文科省/文化庁」の指示に、他の省庁が従うべきだと思うのですが、なかなか、そういきません。「句読点の打ち方」だって違うのです。所得税の通知は「,」区切りですが、固定資産税の場合は「、」です。私たちは「3年6ケ月」のように使いますが、裁判所は「禁錮3年6月(ろくげつ)」と言います。

> 違反を犯すはいいのでしょうかね。

もし「使っていい」と言われても、私は使いたくありません。テレビのキャスターは平気で「今の現状」と言いますが、やっぱりヘンだと思います。
個々のケースについて研究すると、とても時間が必要なので、怪しいと思ったら「言い換え」をすることにしています。幸い、日本語は言い換え方法が比較的豊富だと思います。

投稿日時 - 2011-09-26 22:01:55

補足

この場をお借りして補足します。


「1.チリプロフィール」
http://www.jica.go.jp/seikatsu/pdf/America/Chile-p.pdf
7-3交通違反(2)罰則、罰金
>「軽度の違反を犯した時は切符が切られ、運転免許証が一時的に取り上げられる。」
>「All Rights Reserved, Copyright(c) 2011 Japan International Cooperation Agency」


「ヒト及び家畜衛生に関する責務」
http://www.alic.go.jp/content/000003787.pdf
>「3.137 移送許可適用の要件は第3.164-3.176節で議論する。本規則6の違反を犯した者が可能な抗弁について、下記の議論を参照のこと。」
この文書にはこのパターンが多数に見られます。


「第6章 生活の安全の確保と環境の浄化」(昭和56年 警察白書)
http://www.npa.go.jp/hakusyo/s56/s560600.html
4 質屋、古物営業の現状
>「また、55年は、台帳記載義務違反等の質屋営業法違反で5件、4人、台帳記載義務や許可証返納義務違反等の古物営業法違反で326件、260人を検挙した。都道府県公安委員会では、このような違反を犯した営業者に対しては、許可の取消し又は営業停止処分を行っているが、55年の処分件数は、質屋2件、古物商50件(うち取消し24件)となっている。」


税金が日本語環境の悪化に使われています。若者の言葉づかいは表現の自由です。試験も資格も税金も権力も関係しません。日本を良くする責務もありません。日本を悪くしているのは官尊民卑の愚民です。



★回答を見て感じた事、官尊民卑の人が多い。そういう権威主義者の話はあてになりません。


公正な日本語の議論をよろしくお願いします。

投稿日時 - 2011-09-27 00:24:01

お礼

とても勉強になっています。具体的でいつも参考になります。

怪しい時の言い換えは私もそうですね。ただ安全な言葉遣いに絞りますと、ワンパターンになって、それはそれでというのもあり、今回の質問によって皆さまの力添えを得ながら、安全確認している次第です。

報道の言葉はそんなにひどいですか。新聞や原稿読みでもいろいろ難が見つかりそうですね。プロの商売道具なのにね。私は、新聞コラムの日本語が作文のお手本になるという世間の常識は間違いだと思っています。

使っていいと言われても使いませんか。役人よりも保守的で、素晴らしいです。言語はある程度ケジメをつけないといけませんからね。実際の役人は安泰な身分なので、どいつもこいつも根がチャラチャラしていますからね。役人の文書はダメだということでしょうね。チマチマした慣習のチェックが専門ですよね。官尊に支えられた無謬性の仕事をしている実態について再認識しないといけませんね。

マスコミも役所もあてにならないということですが、

★たとえば誰を基準にすべきなんでしょうか。
現代の日本語に正しい寄る辺無しですか。


いつも大変貴重なご意見です。今後ともご教示のほどお願い致します。

投稿日時 - 2011-09-28 04:20:50

ANo.28

#20です。

>「違反した」「違反を犯した」では意味が違うと思いませんか。言葉が違えば別の文であるというのが鉄則になるのではないでしょうか。

全く同感です。
うまく伝わっていなかったかもしれませんので、#20にお示ししたところのシチュエーションに関して補足させていただきます。

⇒「違反というもの」「違反そのもの(自体)」について述べるシチュエーションの場合は可

〇そもそも違反を犯しやすい性格の人間というものがおり~。
〇違反を犯すという行為は社会的に見て~。
#3の場合も全て、『違反というもの』と置き換えられるシチュエーションなので可と考えるわけです。

⇒「違反をしたという個別の行為」などに関して述べる場合には適さない

×彼、(スピード)違反を犯して罰金払うはめになったらしいよ。
などは不可と思います。
このシチュエーションでは、「違反というもの」に置き換えるのは難しいからです。
〇彼、(スピード)違反をして罰金払うはめになったらしいよ。
と表現するのが妥当です。

>状況という場合分けにつながるのも、意味が違うから、物が違うから、そうなるのではありませんかね。
シチュエーション次第ではなく意味が違う。

基本的には、これにも同意しますし、その線で述べたつもりです。
私の勘違いでなければ、視点を変えると同じことを言っていることになると思われます。

つまり、あれこれ考えた末に「違反を犯す」と表現するわけではないでしょう。
シチュエーション次第で、そのように(無意識的に)表現してしまうわけです。
では、なぜ「規則を犯す」「違反する」と言わないのか、といえば、それは、その時のシチュエーションが、そういう表現が適切であるような意味を持っていなかったからです。

「シチュエーション次第=シチュエーションの内包する意味が違う、物が違う」
このように受け取っていただければ良いかもしれません。

>それとは別に文法として重言になっているのでは、そのあたりがまだ納得できません。

縷々述べてきましたので、ここでは、
「スピード違反というもの」あるいは「スピード違反という禁止事項」を犯すことはできるが、
「スピード違反」は「する」ことはできても犯すことはできない(重言になる)ということではないでしょうか。
と述べるに留めておきます。
  
  

投稿日時 - 2011-09-26 17:14:50

お礼

応答型の質問サイトの正しいあり方です。回答者さんからその恩恵を受けております。ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-09-28 03:55:40

ANo.26

#22です。少しだけ補足させていただきます。

一般の法律では
(A)……をしてはならない(または、しなければならない)
(B)前条の規定に違反したものは……に処す
のようにリンクしています。

ここでは、「(A)条に違反した」という形をとり、起訴状や判決文などには、必ず(A)が引用されます。
ところが、「刑法」には、(A)に該当する「人を殺してはならない」という条文がないのです。そのため「どの法令に違反したのか」が記述できません。これは「罪刑法定主義」の立場からいえば「罪が定義されていないのに刑だけが存在する」という矛盾となります。

殺人の場合には「違反」の対象が「普遍的道徳律」であって、「引用」する条文がないので、「…に違反」ということができません。「抵触」ならば「該当」の意味にとれますから、処罰規定(B)(人を殺したものは…)だけを挙げて処罰の判決をすることができます。

このように、本来「違反」と「該当」を使い分けなければいけないのですが、このような「国語学的立場」を厳密に法律の世界に持ち込むと、プラスが少なくてマイナスが多いと思われるので、「刑法199条違反」といったような表現がまかり通っているのだと思います。私は判決文の実物をあまり見ていないので、詳しくは知りません。このような国語学的な誤りを犯しているのは、マスコミだけかもしれません(キャスターの大部分は「被告」と「被告人」、「告訴」と「告発」の区別さえ知っていません)。

投稿日時 - 2011-09-26 14:16:24

お礼

補足ありがとうございます。

易しく説明していただきまして一発で理解できました。
これは馬鹿学生だった人でも法学部出なら知っているトピックスなのでしょうか。それとも回答者さんのご発見でしょうか。

本題の派生的な話題ではありますが、勉強になりました。

最後の段落については異論がありまして、国語学的立場というか、論理的な国語表現を選択する務めが公人にはあると思います。むしろどんなに非効率であっても、実際、裁判も取調べもチンタラやっている訳でし、厳密さを優先すべきです。何より、チェック機関的な立場にあるマスコミが誤解を広めるような文章で報道するのは犯罪に匹敵します。私は知らぬが仏で、気にして来ませんでしたが、新聞でも、刑法1条違反のような表現がまかり通っていたのでしょうか。
刑法は罪人に適用する刑を記したものですよね。「普遍的道徳律」というか、犯罪かどうかは司法機関が決めるということですよね。いやはや恐ろしさが倍増しますよ。マスコミは反体制なのに馬鹿ですね。言葉の専門家がその程度では、役人に敵うわけありません。というか国民を馬鹿にしてるんでしょうな。刑法○○違反と銘打って、罪人叩きの民衆に餌をやっているだけなのだから丁度いいのでしょうね。それに気づかされました。ありがとうございます。なるほど、そういう観点があって、便利という発言をされたのですね。

本題に戻ると、刑法以外のケース、義務を規定しているような規則についてなら、違反を犯すはいいのでしょうかね。良いような気になってきているところなのですが、すっきりしない言葉の組合せですね。回答者さんに入れ知恵されたせいで、刑法に関しては、違反を犯すが、二重におかしな表現に感じられてきましたよ。つまり寄る辺ない表現になりました。だって刑法を犯すも間違いでしょ。裁判官が不正をする話になってきますよ。

参りましたね。用心の要る言葉遣いでは。

重言になる目的語と動詞の組合せが他にありませんかね。

投稿日時 - 2011-09-26 15:37:01

回答者の回答を批判(それも間違った)するようなことはしなさんな。
結論:軽微な違反を犯したというかい?
物分かりのいい人はこれでわかる、これでおしまい(爆)。

投稿日時 - 2011-09-26 10:42:50

お礼

回答ありがとうございます。No.3の補足質問を見てから回答されているんですよね。

足しにならない回答者の面倒を見るのが質問者の仕事じゃないんだからお願いしますね。その不要な手間は素直かどうかだけの問題なのですよ。

No.3の補足質問に国連安保理の決議がありますね。重大な違反を犯す個人って書いてありますね。その反対の例が軽微な違反ってこと?役人の用法は正しいのかどっちなのかを言えばいいんですよ。


ぜんぜん説明できないからですよね「おしまい(爆)」さんには。そういう人の書き込みパターン(爆)ですよ。

結論:物別れです。

投稿日時 - 2011-09-26 13:31:02

前回の回答の通りです。

>自分が使うかどうかの原理主義になっていませんか

失礼なことを言いなさんな。
皆が使う日本語が正しいのです。
文法とは皆が使う日本語を法則化したものです。

投稿日時 - 2011-09-26 07:18:57

お礼

言葉を誤解されないで下さい。皆が使う日本語の証拠が主観的だから原理主義になっていませんか。原理主義は別に悪い言葉ではありませんよ。原理主義を非論理的な皆が悪い意味でしか使っていなくても本来の意味に変な色はつけられていません。

正しいかどうかではなく、論理的かどうかを聞いているのです。言語の慣習法的な側面は周知の上で議論しているのですよ。分っているんですよ。そんなことは。
そうやって法則化した日本語文法というものは論理的に正しいのですか。

白黒はっきりした具体性のある意見が必要なのです。

No.3補足質問に見られる役人の日本語は正しくないということですね。

投稿日時 - 2011-09-26 07:41:10

ANo.22

「抵触」と「違反」は同じ、としておくほうが便利なのでしょうね。もちろん「国語の問題としては大いにヘン」です。
「刑法違反」もヘンです。刑法には「人を殺してはいけない」とは書いてありません。しかし「処罰に値する行為をする」のは「抵触」です。そこで「ゴッチャにしておくほうが便利なのだと思います。

投稿日時 - 2011-09-25 21:14:49

お礼

回答ありがとうございます。
何がヘンなのでしょうか。抵触と違反が同じになっている事が、ヘンの主語ですか。ヘンというのはどういうことでしょうか。

便利ならば考える量を減らせると思うのですが、「違反を犯す」は「抵触を犯す」の意味ということですか。

回答者さんの意見としては、誤用されているということですね。誤用を正すべきだになりますよね。

「刑法違反」がおかしいとする場合、正しい言葉は何ですか。
他の法律違反は問題なく刑法違反だけおかしいのですか。

投稿日時 - 2011-09-26 03:20:57

Ano.19です。

>あなたが使わないということですよね。役人が使っているのですし矛盾しない日本語としてはそうなりますね。

私以外の日本人もほとんど使いません。
役人がすべて日本語の練達者とは限りません。

「法令違反を犯す」
かなりの人がこのような使い方をしています。
だから、間違いとは言えないでしょう。
日本語とはそういうものです。

投稿日時 - 2011-09-25 19:41:08

お礼

ありがとうございます。ほとんどならほとんどと書かないと。論理的説明を求めています。文法との整合性を聞いているのです。自分が使うかどうかの原理主義になっていませんか。

投稿日時 - 2011-09-26 03:00:52

ANo.20

#13他ですが、またお邪魔します。
結果目的語という言葉があるのですか。
わたしも参考になりました。

いずれにせよ、「違反を犯す」が文法的に正しい表現であることはたしかなことのようですね。
「目的語」とは、基本的に「他動性の動詞の表す動作をこうむる人や事物を表す語」と定義されているようですが、「他動性の動詞の表す動作の結果として出現する人や事物を表す語」と定義できるものもある。
ということになります。

文法的整合性は取れるということになりますので、質問者さんの第一段階としての疑問
>文法的に(コジツケではなく)整合性が取れるのでしょうか。

については解決されたものと思われます。

次は、
>論理的ではない日本語の特徴ですかね。

という問いに対して回答者は見解を述べる段階に入っていると言えます。
結果目的語なのだから正しいのだ、というだけでなく、そのイレギュラー的な成り立ちに論理性があるとすればどういったものか、その構造についても皆さんの意見が聞けないものかと期待します。

私の場合は、#13を参照していただきたいと思いますが、「違反を犯す」は、常に正しいとは限らない。
あくまでシチュエーション次第である。それを無視して使うと「論理的でない日本語」と判断されても止むを得ない。
「違反というもの」「違反そのもの(自体)」について述べるシチュエーションの場合は可で、「違反をしたという個別の行為」などに関して述べる場合には適さない、ということではないかと思います。
  

投稿日時 - 2011-09-25 17:54:58

お礼

何度も回答ありがとうございます。言葉の自律性を感じているところです。


「違反した」「違反を犯した」では意味が違うと思いませんか。言葉が違えば別の文であるというのが鉄則になるのではないでしょうか。

状況という場合分けにつながるのも、意味が違うから、物が違うから、そうなるのではありませんかね。
シチュエーション次第ではなく意味が違う。


それとは別に文法として重言になっているのでは、そのあたりがまだ納得できません。

投稿日時 - 2011-09-26 03:28:58

>実際、「違反を犯す」の方を多く使いませんか。どうでしょうか。

使いません。
ただし、違反の前に「規則」などの言葉がはいれば、その限りではありません。

投稿日時 - 2011-09-25 17:46:09

お礼

ありがとうございます。あなたが使わないということですよね。役人が使っているのですし矛盾しない日本語としてはそうなりますね。

前提条件の多少よりも、
その限りではない文法的理由を説明して下さい。

投稿日時 - 2011-09-25 19:18:15

ANo.18

違反の場合は、「違反をする」でもいいですね。「違反を犯す」とはあまり言わないような。でも、使うような…
「おかす」と打って漢字を探した時、(罪・法を)犯すとありました。「法を犯す」のパターンでいけば、「規則を犯す」。「罪を犯す」のパターンでいけば、「違反を犯す」。罪や違反には、悪いことという意味も含まれているわけですが、更に犯すとしても構わないと思います。
日本語では、外来語(漢字の熟語も含めて)に、似た意味の動詞をつけることが多々あります。ま、「罪を犯す」は犯罪の訓読なのですが。

投稿日時 - 2011-09-25 15:18:40

お礼

回答ありがとうございます。回答者さん自身は使われませんか。


重大な違反を犯す。

ルール違反を犯す。

犯罪を犯す。

反則を犯す。

規則に違反する。

規則違反を犯す。

どうでしょう。

No.3の補足質問などもご参考に。

投稿日時 - 2011-09-25 15:55:26

ANo.15

日本語というものは、文法が先に作られていて、その文法に基づいて、みんなが喋っているわけではありません。
しゃべりが先にあって、それに一定の法則が認められることから、その法則をまとめて文法というものを作ったわけです。

「罪」と「違反」はニャリーイーコールです。
「罪を犯す」・・・OK。
「違反を犯す」もOKになるはずだ。・・・・これは間違いです。

「違反を犯す」なんて、教養のある人は誰も言いません。
誰も言わないことは、変な日本語と言うことです。
美しい日本語ではありません。

「罪」と「違反」はニャリーイコールです。
だから「罪深い」も「違反深い」も成立すると言ったら、嗤われます。

文法とはそういうものではありません。

投稿日時 - 2011-09-25 10:05:12

補足

No.3の補足質問(役人の文章)についてはどうですか。ニャリー貴婦人。ご意見下さい。

公示の文言にも登場しちゃった言葉なんですよ。税金使って日本語を乱したらいけませんよね。



>「誰も言わないことは、変な日本語と言うことです。」
これを美しい日本語に言い換えるとどういう文になりますでしょうか。

投稿日時 - 2011-09-25 10:33:30

お礼

ありがとうございます。誤解なきようお願いします。

投稿日時 - 2011-09-28 03:36:42

ANo.14

他の回答者さんから既にご指摘があったように、ご質問者は「結果目的語」や「結果主語」を知らなくて不思議がっているだけです。江戸時代の人々でさえ気づいていました。

十返舎一九の東海道中膝栗毛
〔引用開始〕
喜多「飯をたいたら、粥になってしまうわな。米をたくといえばいいに」
弥次「ぱかァぬかせ。ハヽヽヽヽ」
と、この間に女が煙草盆を持ってくる。
喜多「モシ姐さん、湯がわいたらはいりやしょう」
弥次「ソリャ人のことをいう。うぬが何にも知らねえな。湯がわいたら熱くてはいられるものか。それも、水が湯にわいたらはいりやしょうとぬかしおれ」
この間に宿の女、
女「モシお湯がわきました。お召しなさいませ」
弥次「オイ水がわいたか。ドレはいりやしょう」
〔引用終り〕

投稿日時 - 2011-09-25 09:43:53

補足

回答者の江戸時代からの引用は焦点がズレているだけです。江戸時代の人々でさえ、結果目的語に気づいていましたか。



「飯を炊く」は「米を炊く」ですが、


「違反を犯す」は「~を犯す」どうなりますか??

投稿日時 - 2011-09-25 10:20:07

ANo.13

#9です。

>成長を記録するの場合が行為で、成長の記録を取るの場合が物ということはありませんかね。

そうでしょうね。
違反する、と違反を犯す(違反をする)の違いと同じだろうと思います。
違反する・記録する という動詞と「違反・記録 + を~する」という用法を比較してみると、後者のほうが「違反する・記録する」といった動詞を強調的に表現しようとする意図があるように見えます。

>記録を録るでは記録した物の記録を取ることになるまいか。

そのような意味になる場合もありますが、しかし、一般的的な意味で使用するのが不適切である、とは言えないと思います。
この場合も、「記録というものを録る」と考えれば、そう不自然さはないでしょう。
そういったシチュエーションで使いさえすれば自然です。
しかし、おっしゃるように、
>ややこしさを避けるように、別の表現を用いる

ほうが妥当でしょう。

>★「反則を犯す」は、どうですか?

回答者さんは「ルール違反を犯す」などを使ってもいいと思われますか。

これもシチュエーション次第ではないかと思います。

「このエリアで反則を犯した場合ペナルティーキックが相手側に与えられる」
などという説明の場合は不適切でしょうね。ここは、
「このエリアで反則をした場合ペナルティーキックが相手側に与えられる」
とすべき。逆に、
「反則を犯してしまった彼は、レッドカードを受け、憮然とした表情でピッチの外へと退出した」
などは適切でしょう。

「ルール違反を犯す」の場合も同様ですが、
「ルール違反というもの」「ルール違反そのもの(自体)」について述べるシチュエーションの場合は可で、ルール違反をしたという個別の行為に関して述べる場合には適さない、という印象を受けます。
まあ、しかし、厳密な区分は難しいかもしれませんね。
微妙なシチュエーションが色々と想定されるでしょうから。
しかし、基本的には、こういった要素によって表現が選択されているのではないか、と思います。
        






  

投稿日時 - 2011-09-24 21:40:11

お礼

不適切ではないというご意見ですね。逐次、はっきりされているのが助かります。

投稿日時 - 2011-09-28 03:50:11

ANo.12

御質問は、結果目的語についてなのかなと思ったのですが、違っていたらすみません。

結果目的語というのは、その動作の結果が目的語になっているというものです。
目的語と言うと、動作の対象(「犯す」であれば「規則」等)というイメージがあると思いますが、
例えば、「ケーキを焼く」などと普通に言うと思います。
でも、実際に焼く対象は「ケーキの材料」で、完成品の「ケーキ」ではありません。
つまり、「焼く」という動詞が、「ケーキ」という、動作の結果できるものを目的語にしています。
「違反」は「犯す」という動詞の結果であり、このようなものは、「湯を沸かす」「穴を掘る」
「絵を描く」等、たくさんあります。
(英語でも「bake a cake」と言うように、結果目的語はあります。)

投稿日時 - 2011-09-24 21:32:17

補足

回答ありがとうございます。
★回答者さんは「違反を犯す」は結果目的語構文(←その文は何というべきでしょう)だから一般的に正しいという意見ですか?

★結果目的語であれば重言が許されるということでしょうか。許されている例を見つけたいのですが、思い浮かびません。

いずれにしても結果目的語という議論に便利な概念をご紹介して下さり、再勉強になっています。
そういう法則が作れるほど、論理的ではない言い回しが多いということでしょうか。

湯を沸かす=水を沸かす

汚名挽回は名誉挽回を言いたい人の間違いですので、汚名挽回が名誉挽回になるような法則を発明すれば説明できてしまいます。起点目的語と呼びましょうか。

法則名・作用名があるだけで納得してそれは正しいとなる人が95%ではないでしょうか。

「副助詞類の早使い」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6987310.html

というような問題解決の仕方は方便ですよね。その日本語が論理的でないのなら論理的ではないのです。現象名を手に入れただけで論理的な説明になっていないのですから。コソ弁して怒られた学生が研究者になって早食い遺伝子を発明するようなものです。

結果目的語に関しては、目的語になっている物の変化が境界のない、移行的なものになるのではないでしょうか。生地を焼く、土を掘る、線維を紡ぐ、水を沸かすは、それぞれ、パン、穴、糸、湯が結果ですが、境界がはっきりしません。途中から実際、パンを焼いたり穴を掘ったり湯を沸かしたりしていますよね。
生地を焼いてもパンになるとは限らず、土を掘っても穴を作っているとは限りませんからね。こういうものは英語でも結果目的語なのでしょう。しかし湯を沸かすは、日本語ですね。
★やはり日本語は論理的じゃないような。
「絵を描く」はポイントですね。これを結果目的語構文にするのは実用的に納得できます。同じ文意を論理的に表現するには、言葉を多く必要としますからね。一文では済まなくなります。そこらあたりの妥当性が、言葉の承認に関係するでしょうね。

★ひょっとして目的語という言葉は行為の目的(目標)から来ているのでしょうか。対象ではなく。

例示された結果目的語は結果と言ってもその結果を目的しています。違反を犯すについて、結果は違反になりますが、その結果を目的にはしていませんよね。結果目的語という概念の端っこに潜り込んだ感じもするのですが。そうやって裾野が広がっていくのでしょうか。

絶対おかしいなどという感じの前半回答者さんもいるのですが、結果目的語で終了してしまっていいのでしょうか。

それならば、結果目的語の例は、「湯を沸かす」「違反を犯す」「穴を掘る」にしてもらいたいですね。

ありそうで出てきませんよね。「違反を犯す」は掘り出し物でしょう。

投稿日時 - 2011-09-25 09:57:59

お礼

ご指摘には助けられています。おかげ様で多角的に検討する道が拓けました。
boko10choさんを見習って、他にも論点が見つけられると思います。
遠慮などご無用ですので何かお気づきの事があればまたどうぞご指摘ください。

とても勉強になりました。ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-09-28 03:27:17

ANo.11

#8です。

>No.3補足質問についてはどうなりますか?

「武力紛争下において児童を標的とする国際法の重大な違反を犯す個人等に拡大することを決定した」
「叉は法令違反を犯す前の予防的なものとなるよう努めるものとする。」
「このような数字をみると,少年は,人口の割合には,業務上過失致死傷や道路交通法違反を犯す率が低いように思われるが~」
「違反を犯すことがないよう、自分の行動を再点検してみましょう」
は、いずれも適切な表現だと感じます。
理由は#8で述べたように、
『(このシチュエーションにおける「違反」という語は、)誤解を怖れずに言えば、「違反」という要素にはあまり着目されておらず、「行為」のほうに重点が置かれている』
と考えるからです。

では、なぜこのような表現方法を選択するのか、という点に関して少し補足すると、「違反」という言葉よりも「犯す」という言葉に重点を置いたほうが文意を適切に表現できるからではないか、と思います。
「武力紛争下において児童を標的とする国際法の重大な違反をする個人等に拡大することを決定した」
「武力紛争下において児童を標的とする国際法の重大な違反を犯す個人等に拡大することを決定した」
の2文を比較してみれば、その差は明確になると思います。

>回答者さんの説明はスピード違反を犯すは認めないのですよね。理解できないのですが。論理的に間違いではないが感覚的に不自然ということですか。

シチュエーション次第ではないだろうか、というのが私の考え方です。
警官が停車を命じた車に近寄り、ウインドウを下ろさせながら、「今、スピード違反を犯しましたね」というのは不自然だろう、ということを述べました。

しかし、何かの論評などでの
「スピード違反、という規則に反した行為をする(=犯す)人の心理としては~」
などという表現、あるいはご提示の
「叉は法令違反を犯す前の予防的なものとなるよう努めるものとする。」
などという使い方は自然でしょう。

どちらも、「違反行為」は人間の行為のひつつにすぎない、という無意識的な認識に基づいて述べているシチュエーションだからです。
違反が目前で行なわれているような場合は、
「違反というものを(犯した)」と述べるような余裕は無いわけで、
「違反をした」と述べるほうが、感覚的に考えれば自然でしょう。

>論理的に間違いではないが感覚的に不自然ということですか。

まず、感覚的にですが、個人的には「違反を犯した」は間違いではないと判断しました。
では、「規律を犯した」は間違いなのかと言えば、そういうわけではありません。
文法的には不整合が生じるわけですが、文法といえども、そもそもは人間の感覚に基づいているはずです。
「違反を犯した」が間違いでないとすれば、その理由を推測する必要があるので、それに関して私見を展開させていただいた、ということです。

  
  

投稿日時 - 2011-09-24 20:56:18

お礼

回答ありがとうございます。ご自身の是非をはっきりさせる態度が何よりも素晴らしいです。意見を投じる第一条件です。見習います。

投稿日時 - 2011-09-28 03:47:45

ANo.10

「違反を犯す」という表現は間違いであるという意見が多いですが、辞書を引いてみた結果、この表現も正しいと私は判断します。

まず、「犯す」を辞書で引くと

>法律・規則・倫理などに反した行為をする。「罪を―・す」「誤りを―・す」

とあります。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E7%8A%AF%E3%81%99&stype=1&dtype=0&dname=0na

つまり、「罪を犯す」という言い方は普通です。
これは日本人が日常日本語を使う中での感覚と一致するかと思います。

次に「罪」を辞書で引いてみると、「違反」に近い意味で

>道徳・法律などの社会規範に反する行為。「―を犯す」

とあります。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E7%BD%AA&stype=1&dtype=0

同じ辞書で「違反」を引くと

>法規・協定・契約などにそむくこと。違背。「ルールに―する」「選挙―」

とあります。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E9%81%95%E5%8F%8D&stype=1&dtype=0&dname=0na

つまり、「罪」も「違反」も法などの規範に反する行為のことを指します。

ですから、「罪を犯す」が正しい表現ならば「違反を犯す」も正しい表現だと思うのですがいかがでしょうか。

一方「法を犯す」という表現も正しいようですので
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E7%8A%AF%E3%81%99&stype=1&dtype=0&dname=0ss
「〇〇を犯す」というときの「〇〇」には「法律・規則・倫理などに反した行為」と「これから反しようとする法律・規則・倫理など」の両方が入ることができる、と考えざるを得ません。


「違反を犯す」に違和感を感じる方は、質問文にあるように
「違反=規則を犯す事」
とも定義できますので、「馬から落馬した」と同じような違和感をお感じになるんでしょうね。
そのお気持ちは私もわかります。
でも、私が上で引用した定義によると
「罪=社会規範を犯すこと」
とも言えますので、もし「違反を犯す」という表現が間違いなら「罪を犯す」という表現も間違いということになりますね。

投稿日時 - 2011-09-24 20:26:27

お礼

回答ありがとうございます。


「違反を犯す」と「罪を犯す」と「法を犯す」

の比較はどうなるのでしょう。

投稿日時 - 2011-09-25 16:07:38

ANo.9

#8です。

ふたつ上の質問に出てきていますが、

記録を取る

なども同様の用法ではないかと思います。

記録=将来のために物事を書きしるしておくこと。

ですが、この場合の「取る」は、

取る=(手で)うまく動かして、事を行う。処理する。

という意味であるはずで、同じ要素の重複と言えるでしょう。
  

投稿日時 - 2011-09-24 18:10:29

補足

回答ありがとうございます。記録の意味には、記録する行為と、記録した物の二通りがあると思います。
成長を記録するの場合が行為で、成長の記録を取るの場合が物ということはありませんかね。
記録を録るでは記録した物の記録を取ることになるまいか。記録を録る意味の場合は、ややこしさを避けるように、別の表現を用いるでしょうが。


★「反則を犯す」は、どうですか?

回答者さんは「ルール違反を犯す」などを使ってもいいと思われますか。

投稿日時 - 2011-09-24 19:25:09

お礼

回答ありがとうございます。いろいろと考えられますね。ご助言、参考にします。

投稿日時 - 2011-09-28 03:41:25

ANo.8

「違反」はたしかに「規則を犯す事」という意味でしょうが、「違反行為(自体)」という意味もあるのでしょう。

それで 違反行為(自体)とは何か、ということなのですが、あくまで「人間の行為のひとつ」ということに重点が置かれているような気がします。
誤解を怖れずに言えば、「違反」という要素にはあまり着目されておらず、「行為」のほうに重点が置かれている。

「違反行為」は人間の行為のひつつにすぎない、という無意識的な認識があるので、この意味で「違反」が使われる場合には、「違反を犯す」という表現も間違いとは言えないと思われます。

警官が停車を命じて、「今、スピード違反を犯しましたね」というのは不自然。この場合はあくまで「今、スピード違反をしましたね」と表現すべきです。
しかし、何かの論評などで、「スピード違反、という規則に反した行為をする(=犯す)人の心理としては~」などという表現は可能でしょう。

他では、ちょっと違うかもしれませんが 手配をかける などの場合にも同様のことが言えるように思います。
  

投稿日時 - 2011-09-24 17:46:28

補足

No.3補足質問についてはどうなりますか?

道路交通法違反を犯すなどのような。

回答者さんの説明はスピード違反を犯すは認めないのですよね。理解できないのですが。論理的に間違いではないが感覚的に不自然ということですか。

なにか文の全体的な問題のようにも思えてきました。

投稿日時 - 2011-09-24 19:39:00

お礼

ご回答ありがとうございます。連語というのでしょうかね。

投稿日時 - 2011-09-28 03:38:54

ANo.7

#4です。

>マシンガンみたいに否定が入りましたが、ほんとに使われませんか?これまでの人生でも。

ハイ。今までそのような言い方をしたことはありません。
日本語の教養の無い人は、言う可能性はあります。

投稿日時 - 2011-09-24 11:18:25

お礼

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-09-28 03:32:57

ANo.6

 こんにちは。「違反を犯す」、本当にオカシナ表現ですね。これは「違反=法に抵触する行為」であることから「法を犯す事=違反」との意識が生じたことが短絡的に「規則=守るべき事」と「規則を破ること=違反」が混同されることで生じた短絡的な発語であると僕は思います。
 似たような慣用表現の誤りに「汚名挽回」の事例がありますが、名誉は回復するものであっても汚名は回復するものではない事は明らかです。近年、日本語の乱れは老若男女を問わずに見られる現象であることだけは確かです。

投稿日時 - 2011-09-24 10:24:28

お礼

こんにちは。

★No.3の補足質問、どうですか。

「交通規則に違反する」と「交通規則に反する」

汚名挽回などの四字熟語は論理より記憶の問題になるでしょうね。組み立てるものではなく、完成品ですから。私はあまり気になりません。

厄介なのは、重言を避けるという一般規則を守っているかどうかです。汚名返上は検索などで修正可能ですが、違反を犯すの是非は、難しいでしょう。そういう次第です。

ルール違反を犯すのようには使われていませんでしたか。


回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-09-25 08:39:46

ANo.5

「違反を犯す」は使い方に問題があります。

名誉挽回と汚名返上を混濁して、
汚名挽回と言っている人と同じようなものですので、
「違反を犯す」という使い方はしません。

違反という言葉を使いたいのであれば、
助詞は「に」に変更したほうがよろしいかと思います。

・条約に違反(を)する。
・規則に違反(を)する。

投稿日時 - 2011-09-24 09:26:41

お礼

回答ありがとうございます。




おっしゃるように「規則に違反した」などと言います。しかし「違反を犯した」は言わないのでしょうか。


★「規則に違反する」と「規則に反する」


はどうなんでしょう。


「規則に違反する」は正しいのでしょうか。
「交通規則に違反する」なら正しいでしょうか。


「交通規則に反する」とも言えます。

どれが正しいのでしょう。

投稿日時 - 2011-09-25 03:07:19

ANo.4

B)違反を犯す・・・使いません。変な日本語です。
違反を害する・・・変な日本語です。
違反そのものが害ですから。

投稿日時 - 2011-09-24 08:52:03

補足

皆様ありがとうございます。マシンガンみたいに否定が入りましたが、ほんとに使われませんか?これまでの人生でも。

投稿日時 - 2011-09-24 10:07:08

お礼

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-09-28 03:34:26

ANo.3

「違反を犯す」は「違反の中に犯すという意味が含まれている」ので文法上もおかしいですね。
冗談では使いますが、真剣な会話中では聞いたことはありません。


頭痛が痛い
車に乗車する
車から降車する
目視で見る
歯を抜歯する

投稿日時 - 2011-09-24 08:49:17

補足

回答ありがとうございます。冗談じゃないよ(笑)

「対コンゴ民主共和国武器禁輸措置等に違反した者等に対する資産凍結等の措置について(追加)」(外務省。平成23年2月18日)
htp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/congomin/sochi.html
>「 また、国連安保理は2006年7月31日、移動の制限及び資産凍結等の措置を、武力紛争下において児童を標的とする国際法の重大な違反を犯す個人等に拡大することを決定した。(決議第1698号)」
(問い合わせ先。外務省中東アフリカ局アフリカ第一課)

「公示
旅客自動車運送事業の感作方針について」(平成21年9月30日。関東運輸局長神谷俊広以下支局長の皆さん)
http://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/page3/date/kijyun/kansa_housin.pdf
>「叉は法令違反を犯す前の予防的なものとなるよう努めるものとする。」


「三 少年の交通犯罪」(昭和47年版 犯罪白書 第三編/第二章/三)
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/13/nfm/n_13_2_3_2_3_0.html
>「このような数字をみると,少年は,人口の割合には,業務上過失致死傷や道路交通法違反を犯す率が低いように思われるが,自動車の運転免許には,年齢の制限があり,大型免許は原則として二〇歳,普通免許等は一八歳,二輪免許,原付免許等は一六歳に,それぞれ達しなければ与えられないこととなっているうえ,社会的にも経済的にも,少年が自動車を運転する機会は,成人に比べてあまり多くないことを考慮すると,低率であるとはいえない。」

「倫理観の官民格差」(国家公務員倫理審査会事務局。平成22年12月)
http://www.jinji.go.jp/rinri/syukan/pamphlet22.pdf
>「その前に考えよう!」(補注:フクロウの挿絵があるところ)
>「違反を犯すことがないよう、自分の行動を再点検してみましょう」


ちなみに質問者は公費で投稿していませんので誤字脱字文法違反は勘弁してください。

投稿日時 - 2011-09-24 15:15:16

お礼

回答有り難うございました。

他にもご意見がありましたら遠慮なくご投稿ください。

投稿日時 - 2011-09-28 03:31:59

ANo.2

「違反を犯す」は、間違った使い方です。
違反そのものが規則を犯すという事であり、「犯す」の使い方が二重になってしまいます。
「違反をする」「違反になる」が正しい使い方でしょう。

投稿日時 - 2011-09-24 08:44:08

補足

No.7さんまで回答ありがとうございます。皆さんへの質問です。これまでに「ルール違反を犯す」のように表現されたことはありませんでしたか。正直なところを知りたいです。よろしくお願いします。

私が回答者さんたちに求めているのはあくまでも「違反を犯す」についてのご教授ですが、

C.殺人をする。
D.殺人を犯す。

はどうでしょうか。使い分け方がありますか。

投稿日時 - 2011-09-24 12:22:00

お礼

ご回答有り難うございます。
またご意見ありましたらお願いします。

投稿日時 - 2011-09-28 03:29:53

ANo.1

Bの「違反を犯す」はあまり聞いたことがありません。「違反をする」とはよく聞きます。

重言で有名なのは「馬から落馬する」です。

投稿日時 - 2011-09-24 08:39:24

お礼

皆さん、お歌を歌いましょう。

ありがとうございました。ご教示、とても参考になりました。

投稿日時 - 2011-09-24 10:51:14

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