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死刑廃止論者の意見

死刑廃止論者の意見で、僕を唸らせ納得させられるものが一つもないのですが、どなたか死刑廃止の究極の理由って説明つきますか?

投稿日時 - 2011-10-17 22:24:53

QNo.7078251

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回答(6)

ANo.6

死刑と言う呼び方が問題なのです、廃止すべきです。

仮に人殺しの場合、被害者の遺族に一億円賠償させたとしてもそれは被害者の手には届きません。
遺族は一億円で被害者を売ったのと結果的には同じになります、気持ちの受け取り方次第ですが結果は同じ。
罪人を絞首台につるし上げても被害者は生き返りません。
但し、意気阻喪した遺族を生き返らせることができます。
もし、それで遺族が生き返らないとしても人間が人間を裁き死に至らすのはいけないことです。
誰に命じられたとしても死刑斧を振り下ろした処刑人は殺人をすることになります。
命じられたとしても、筋が通っていたとしても、従い選択したのは自分ですから。

正確に言うと死刑によって被告人を、被害者と神に黄泉で引き合わせます。
そこで審判を下すのは神です。
なので「死刑」ではなくて「神の裁判への案内」です。
無罪ならば死の淵から生還するはずです。魔女裁判がそうでした。

「死刑」を一刻も早く廃止し、「神罰のテーブルへご案内刑」を代替で導入するべきです。
決して死刑はいけません。


もしも無神論的に考えるのであるならば、上記の魔女裁判から「神」に関する記述を抜いたものが近代的な死刑です。そもそも神は人間の発明した概念なので現実にはいません。

神ではなく人が人を裁くのです。人間はいろんな考え方を持っているので公平にさばくにはガイドラインが必要です。
人が裁くと言うよりはガイドラインに忠実に従って結果を求めるだけのシンプルな作業であるべきです。とは言え現実には裁判官と言う人間の裁量が大きく影響してしまいます。
しかもそのガイドラインはだれが作ったのか?人間ですね。つまり突き詰めると誰かの思惑や都合なのです。
なので、正確な裁判を行えるガイドラインが確立し、裁判官の裁量などと言うさじ加減の入る余地のない裁判になれば死刑はあっても構いません。

東京裁判では見事にそれらの点で滑稽な裁判になり沢山の同志を葬られてしまいました。
日本人が敗戦責任を問うのならばまだしも、アメリカが勝てば官軍と言わんばかりに軒並み死刑です。

死刑の危険性は伝わったでしょうか?原発と同じく完全に掌握していなければ手を出さないに越した事は無いのです。原発は国益を考えて仕方がないので運転した方がいいかもしれませんが、死刑は国益につながるでしょうか?
他では替えのきかない絶体無比なものなのでしょうか?

死刑は良い事なのかもしれないとしても、手を出さない方がいい事でもある。と言う事ですね。

投稿日時 - 2013-06-06 17:18:52

ANo.5

>死刑廃止論者の意見

刑務官のに仕事を確保するため。

自分が犯罪を犯したときに死刑になりたくないため。

日本が犯罪に甘い国だと思わせて不良外国人を入国させて
警察の仕事を確保するため。

投稿日時 - 2011-11-11 12:54:27

ANo.4

死刑の威嚇力が今一はっきりしない、という
ところにあるのではないですか。

威嚇力があるかどうか解らないのに死刑にする
のは乱暴だ、人権無視だ、ということではないですか。

投稿日時 - 2011-10-18 19:06:33

死刑制度の廃止か、存置かの議論は、宗教的・文化的な考えに基づくところが大きいと言われます。

キリスト教の教えでは、
「人の命は神からの授かりもの」であって、「神だけがその人の命を奪うことができるのであって、人が奪うことはできない」というのは、多くの人に当然に受け入れられる考えだそうです。

そのため、少し話は異なりますが、キリスト教圏の国では、例えば中絶手術が違法又は極めて限定的な状況のみ認められる、又は合法だが数万人規模の反対デモが起きてたりするそうです。

しかし、多くの日本人にとっては、例えば「切腹」というある種の「名誉ある死」というものを肌感覚として理解できてしまいますし、少し言いすぎかもしれないが、婚姻関係に無い男女の間に子供ができた場合には、中絶手術もある程度当然に選択肢に入るのであって、「人工的な死」に対して、それほど否定的な考えを持っておらず、死刑制度についても未だに存置しているのでは、と考えられます。

しかし、ある統計によれば、世界の人口のうち約35%がキリスト教の信者であり、国連総会においてもキリスト教圏の国が多く、その結果(?)死刑廃止条約なるものが採択されており、国連拷問禁止委員会は日本に対し死刑執行停止を求める勧告を行っているそうで、国際社会との関わりという観点についても、少し考える必要があります。

投稿日時 - 2011-10-18 11:50:14

ANo.2

 私は廃止論に同調するものではありません。

 冤罪が100%無いとは言い切れないと言う事がまずあるでしょうね。

 もう一つ、これは唯一耳を傾ける指摘だなと思ったのが、20年ぐらい前に聞いた高坂正堯(廃止論者では有りません。)の言葉。「死刑執行と言う実務を誰かに担わせることをどう考えるのか。死刑制度の議論には、この点もはずすべきではない。」というもの。

投稿日時 - 2011-10-18 00:25:53

廃止論者というほどのものでないですけど、一番の理由として考えてみると、やっぱり、社会が自国民である個人を抹殺する、というのに無理があるのでは。人間は1人で生きては行けない社会動物です。お互いの相互作用で成立しています。不況になれば、犯罪も増えます。責任を100%個人に押し付けられれば、死刑も良いですが、エデンの園のような社会はあり得ないですから。我々の死刑の延長線上には、タリバンや北朝鮮や中国での死刑があると思います。日本の政治が素晴らしい、自由、平等、公平で、差別が無く、誰にでも均等に機会が与えられている、というのなら、確実に、誰もが死刑に納得すると思います。

投稿日時 - 2011-10-17 23:33:25

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