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朝晩仏壇に手を合わせていたら・・・?

私の家には、(1)父方の祖父母、曽祖父母、並びに先祖代々之霊位を祀った仏壇、(2)父のキリスト教式祭壇、(3)母方の祖父母を簡略的に祀った私的仏壇 の3つがあり、毎朝毎晩手を合わせています。
私自身と母はカトリック、妻と子供はいわゆる無宗教ですが、私は宗教に拘らず先祖は大切と思っていますし、第一、キリスト教の他、仏教や神道はじめ宗教一般に深い共感を持っています。

仏壇の前では、祖父母、曽祖父母の戒名を、朝は一番年長の曽祖父から順番に、夜は逆に一番若い祖母から順番に唱え、併せてその日命日を迎える先祖の戒名も唱え、
朝はその日のご加護をお願いし、夜は感謝の言葉を付け加えます。

父の祭壇の前では、カトリックの天使祝詞というお祈りを唱え、親しげに語りかけることもあります。

今日は、過去帳によると、大正元年(1912年)の本日11月11日に生まれて即日亡くなった父の長兄の満99年目(つまり100回忌)の命日でしたので、特別に般若心経を唱えました。

正確には、「神への祈り」とは又違うのですが、「先祖との対話」は、私にとって大切な励ましになっています。先祖たちが束になって、今生きている我々家族を助けていてくれるという安心感があります。

同様に朝晩の先祖への拝礼を欠かさない方、或いは反対に、宗教なんてくそくらえ!と思っている方、率直にどう思われますか?・・・別に「えらい」とほめてほしい、と言っているわけではないのですが・・・。

又、以前にも質問したことがありますが、特にキリスト教信者の方の感想を求めます。

投稿日時 - 2011-11-11 23:14:37

QNo.7127721

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

私はカトリックです。でも神父との意見が合わず、今はフリーですし、むしろ神道に傾倒しています。家の宗派は曹洞宗ですが、浄土真宗の考え方が好きです。

聖書を読めば分るようにアブラハムも先祖の墓の近くに立ち寄ったときには詣でています。カトリックだって崇祖の念は同じなんです。

もともと仏教に神は存在しません。仏と神は別物であり、仏は人間の最終到達の形を表しています。他の如来や菩薩、天なども同じです。
また厳密に言えば神と創造主も違います。一般人がキリスト教で神と言っているのは創造主であり神の定義では違うものなんです。だから祈りの中で「神」とは言わないでしょう。必ず「父なる神」全能の神」などと形容句がつきます。キリスト教で「神」というのは略号なんです。
真の神の定義(人智を超えた存在)で言えば、天使や聖人らも「神」の範疇なんです。

敬神崇祖、これはその宗教、信仰においても同じもので、その表現が異なるに過ぎません。言葉や表現の違いだけで差別するのは良くないですよね。つまり信仰の形式だけで否定するものは自らを否定するに等しいのです。
この事は無宗教や科学信奉者と信仰を持つものの間でも同じです。
無宗教といったって決定的な根拠など無いのですから大差ないんです。科学なんて自然の数億分の一も解明していないんですから、これも同じです。

敬神崇祖の念を大切にして、それぞれの方々の喜ぶ形でそれを表す事は善い行いだと思いますよ。

投稿日時 - 2011-11-12 15:44:46

補足

すみません。お礼の冒頭にいきなり、私の過去問を表示しましたが、このNo.2さんへのお礼に書いているような疑問が、ずっと長い間私の中にくすぶり続けています。

投稿日時 - 2011-11-12 20:28:34

お礼

キリスト教の皆さんは仏壇をどうしているのでしょうか?http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4619869.html

michael-mさん、私の洗礼名もmichaelミカエルです。
実はこのサイトのハンドルネームもこれにしようかと思いましたが、あなたとバッティングするのでやめました。
前にも今回と似たような質問への回答で同席したり、私の質問へも回答を頂いていますね。
大体、私と似たようなお考えをお持ちのようで、共感するところ大です。

家の宗教まで曹洞宗で、同じです。又、私は禅の他、高野山真言密教や神道にも関心があります。
近頃、カトリックの門脇佳吉神父などの書かれた道元や親鸞、日蓮など日本仏教とキリスト教について書かれた本も読みました。カトリックには、このように、他宗教に理解のある聖職者が大変多いですね。

お考えの細部については若干私と異なる所もありますが、(例えば、「真の神の定義(人智を超えた存在)で言えば、天使や聖人らも「神」の範疇なんです。」という所→聖人もあくまで人間ですし、天使も神ではありません。)イメージとしては理解できます。

カトリックには、先祖の祀り方などについて「祖先と死者についてのカトリック信者の手引」という小冊子があり、(1)先祖を祀ることは重要であることには変わりはない。(2)他宗で法事をすること自体を排除するものではない・・・といったかなり融通のある考えが述べられていますね。

投稿日時 - 2011-11-12 20:15:58

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回答(2)

ANo.1

非常に良い習慣だと思います。

朝と晩に感謝の気持ちを心の中でも言葉にすると、それは絶対に心に良い影響を与えるはずです。

心の鍛錬(良い心を持つ為の)のようなものだと思います。

投稿日時 - 2011-11-11 23:29:10

お礼

私も、感謝の言葉や、先祖を思う心を以て、先祖と対話していれば、自分や家族に良い影響があると思っています。
有難うございました。

投稿日時 - 2011-11-12 19:16:47

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