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解決済みの質問

人の人生を背負うということについて

私には唯一無二のかけがえのない親友がいます。
これ以上の友人はいないし、寧ろいらないとまで初めて思うほど「尊敬できる大切な人」です。


もしも、その友人が事故かなんかで体が動けなくなったり、障害が残るようなことがあれば
私は彼女の手となり、足となり、彼女を一生涯支えるつづける!と考える間もなく断言出来ます。
そして、その時、私が結婚することになったら
私は彼女も一緒に受け入れてくれる人でなければ結婚しないと思います。

彼女(親友)の人生ならば、背負うことが出来る。

と私は思っていますが、

親友はそうではないと言います。

「友人の人生は背負えないけれど、恋人の人生は背負える。」

その意味を聞くと

恋人はいずれ結婚して家族を作る人だから生涯を共にする
ということで、恋人の人生は背負えるとのことでした。

それも理解できますが、

そしたら友人の人生は背負えないのか?

という疑問が私の心の中に湧きました。


私の中での彼女の存在は
親友や恋人という総称で例えるよりも
まず「とても大切な人」という言葉がふさわしいと思っています。

今のところまだいませんが、
これから先に出会う「結婚相手=人生を共にし、人生を背負える相手」
も彼女と同じ「とても大切な人」の枠の中に入ると思います。

もし将来の結婚相手が「友人の人生までは背負えないよ」
(前記のもしもの話の続きで)
と言ったら私はその人と結婚はしないと思います。

二人とも「大切な人」である。
しかし、たまたま先に出会ったのは友人だった。

だからです。

私は
「とてつもなく大切な人ならば、友人の人生も、恋人の人生も共に背負う。」

というのが私の考えで、それを説明しましたが理解はしてもらえませんでした。


彼女が言う意味もわかります。

比較するものではないし、天秤にかけることはできないという意味も入っていると思っています。
一般的には彼女の意見の方が正しいのかもしれません。

しかし
「友人の人生は背負えないけれど、恋人の人生は背負える」
と言われる度に「まだ見ぬ恋人>私」なんだ。
と思うと、本当に悲しくなりました。

それは
恋人が出来たら捨てられてしまうのではないか、
だとしたら私はいったい何なんだろう。

元々は恋人も、私も、家族でもなければなんでもなくて
出所は他人で一緒なのに、

恋人とは結婚するから彼の人生は背負います。
だからあなたの人生はもう背負えません。

って、どうしてなんだろう。

と、すごく悩んでいます。


彼女に出会えたことはとても感謝していますし、本当に大切な存在です。

彼女の見解も正しいのだとは思いますが、
何度説明してもわかってもらえず、すごい寂しさ、孤独感でいっぱいです。

悩みすぎて、

もしかしたら私はレズなんじゃないか?依存症なのかな?

とまで考えてしまう程です。


皆さんは、

大切な人の人生を背負うことについてどう思われますか?

やはり恋人の人生だけしか背負えませんか?

私がこう思うことはおかしなことなのでしょうか?


長文でたくさん書いてしまいましたが、最後まで読んで頂いた方ありがとうございます。

どなたか、教えてください。

よろしくお願いします。

投稿日時 - 2011-11-12 22:10:40

QNo.7129443

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

おばさんです。


気持ちは充分解りますよ。


<親友>とは何か…と、悩んだ時、私サイドの考えは<親友のためなら何でもできる!>でした。

私ってレズ?…背筋がひやっとしたのを覚えています。

ですが、そこまで親友の事を思える!…これだけの事だったのです。

あくまでも自分の気持ちの親友を思う<覚悟>だけに過ぎなかったのです。


だってそうでしょう…。

背負われた親友の気持ちに立ってみたら…、まるで彼女個人の<尊厳>とか<生き方>とか<がんばり>とかを<まるっきし無視してる>事になるんだから。

親友って、<お互い>が<お互い>の事を認め合って、尊重し合って、友情を深めていくんだよね!

貴女だけが親友を背負ったとしたら、貴女は親友の事なんか何にも認めていない事になっちゃう!

今の親友だからこそ、貴女は自分をなげうってでも<背負う覚悟>なんでしょ?

でも、そこには背負われる親友の気持ちとか、頑張りとか、生き方とか何も考えていないよね。

貴女が反対に背負われる立場で考えてみて。

大切な親友から背負われる事が、どんなに自分にとって<みじめ>で、<恥ずかしくて>、<辛い>か…。

親友が大切な人だから尚の事、甘えちゃいけないんだ!って、頑張る自分がいない…?

そう気がついた時に、親友を思う事は、自分の揺るぎない覚悟さえあれば良いんだ!って、気付いたんだ。

そして親友には親友の人生がある。

彼女にとって、私がいつまでも大事な<親友>になっていられるようにがんばろう!って。

そうして、彼女と親友でいられるためにも恥ずかしくない生き方をしなきゃ!って。

そうしたら、す~っと気が軽くなってね。

今まで心のどこかでちょっと辛かった、親友の他の友達の話とか、恋バナとかが<良かったなぁ~>という感じで受け止めながら聞く事が出来たんだ。

その時に気持ちの中できちんと<友達>として彼女を<区切る>事が出来たんだと思う…。


だから、お金を貸して…とか、品物を買って…とか自分の<欲>のために言ってくる人は、友達なんかじゃない。

どんなに困っても、私に<すがって?>きた段階で、相手は私との<友達関係>を解消したんだな…と、受け止め距離を置く。

どんなに困っても、手を差し伸べる事は<友達>として公平じゃなくなるから、手を差し伸べる時は友達を辞める覚悟でしなければ…と、心得るようになった。

友達なら、友達のプライドも守ってあげなくちゃ。


今お幾つなのかな?

むか~し、高校生の時に一人で真剣に、悩んで、悩んで、苦しんで、苦しんで…、その時に出した結論が今でも変わらずに私の友達論です。

今、たくさんの宝物=友達が、私の誇りですよ!

惚れる位に大好きだった親友は、今でも私の特別な大事な大事な親友のままです。

ご参考までに…。

投稿日時 - 2011-11-13 18:01:15

補足

ご回答ありがとうございます。

まさに私も背筋がひやっとしました!

>親友が大切な人だから尚の事、甘えちゃいけないんだ!って、頑張る自分がいない…?
 大切なことを忘れていました。
 気づかせてくださってありがとうございます。

>惚れる位に大好きだった親友は、今でも私の特別な大事な大事な親友のままです。
utyatopiさんのような親友になれるようにします!

ありがとうございました!

投稿日時 - 2011-11-15 13:57:12

お礼

補足ではなくお礼に書くべきでした。
すみませんでした。

すっと心が撫で下ろされる思いでした。
高校生のときにutyatopiさんが感じた気持ちを
全く同じように私も今思ったのだと思うと理解してくださる人がいたことに心強く思い、
そして救われました。

ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-11-15 14:02:58

ANo.10

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回答(10)

ANo.9

「刎頸の友」って奴ですね。回答者も探していますw「君のためになら首をはねられても後悔はしない」という深い友情関係を言いますが、この誓いをした人物同士は生涯の間友情を全うしました。この誓いをした人物を模倣して行われた誓いは破綻して一族を殺し合う運命を迎えました。

「友とは背負うものではなく、共に歩むものである」と格言チックに回答者の考えをまとめましたが、質問者様の考えとご友人の考え方は大きく異なっています。人生を背負わなくても、わざわざそれを口に出さなくても、真に共に歩む2人ならば問題ないでしょうね。わざわざそれを確約しようとすることに回答者は危うさを感じます

刎頸の友の前者は「君のために・・・」と何度も口にはしなかったでしょう。後者は何度もすれ違ったために想いが大きくずれてしまった。質問者様の「刎頸の友」が多くの言葉や誓いを必要とするなら後者のようになるでしょうね

投稿日時 - 2011-11-13 06:26:45

補足

ご回答ありがとうございます。

刎頸の友の全文を読みました。
こんな言葉があるのは知りませんでしたし、とても勉強になりました。
ありがとうございます。

おっしゃる通りだと思いました。
後者にならないようにしたいと思います。

投稿日時 - 2011-11-15 13:52:50

お礼

makaay5さんへもお礼でコメントするべきでした。
使い方がわからずスミマセン。

大切な言葉を教えていただきありがとうございました。

投稿日時 - 2011-11-15 14:04:21

ANo.8

質問者さんが悩んでるのは、友情についてではなく
自分が好きで、尽くしたいと思っていた相手から
いざというとき、同じだけの反応が返ってこなかったら?!
という不安なのではと思いました。

契約関係が欲しいのかも。
私はこれだけのことを保障しますから
あなたも保障してくださいと。

あと、かなり若い人で、そのご友人以外に
実際世話する対象とか、持ったことが無いんだろうなと思いました。
極端な言い方すれば、暇で自由、というか。

私も20代だった経験があるので(笑 多くの人がそうですが)
わかる気がするんですが
若い時の急がしさなんて、個人的なことが多いです。

そりゃあ親や親戚から制約をうけることが無くは無いけど。
結婚したり、年をとった時の比ではないです。
時間的束縛だけじゃないんですよ。
それ以上のことは、経験しないと響かないので書きません。

それでも、窮乏したとき、50万しか預金がないのに
全額何も言わずに渡してくれた・・・とかの話は聞いたことがあります。

質問者さんは今のうちから
「もしあなたが窮乏して、50万しか私が持っていなくても
絶対50万渡すわ どう思う?」
って言わずにはおれないのでしょうか。

そんなに大事な相手なら、必要とされたとき、渡してあげればいいだけ
と思うんですけど。

投稿日時 - 2011-11-13 05:09:21

補足

ご質問ありがとうございます。

20代後半で若くはないですが、
実家にいる間から親のいない子供を育ててきて
世話する対象も、人を養い、育てるという経験もしています。
今現在も暇ではありませんし、考えることも養わなければならない対象もたくさんあります。

だからこそ血縁関係を超えて、【大切な人】という思いが違うのかもしれません。

>質問者さんは今のうちから「もしあなたが窮乏して、50万しか私が持っていなくても絶対50万渡すわ どう思う?」って言わずにはおれないのでしょうか。

逆に言われると悪い気はしませんし、少なくとも考えてくれているのだと安堵を得ます。
子どもも父や母を喜ばせるために
「大きくなったら大きな家ぼくが買ってあげるね!」と喜ばせるために言います。
両親はそれができない、またはそんなことしなくてもと思いますが、
少なからず自分たちを喜ばそう!好きなんだ!将来が楽しみ!と
期待、喜び、安心、希望・・・その一文で色んなことを思うと思います。

それと同じ気持ちです。


>そんなに大事な相手なら、必要とされたとき、渡してあげればいいだけと思うんですけど。

上記で書いたことに偽りの気持ちはありませんが、この一文を呼んでそうだなと思いました。


ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-11-15 13:50:33

>「まだ見ぬ恋人>私」なんだ。 と思うと、本当に悲しくなりました。
このひと言で見切りました。

あなたは、友人のことを「これ程までに大切にしているんだぁー」 という自分の姿に酔っているだけです。

誰かを本気で大切に想う(=愛するも含む)こととは、その相手が自分に向けている感情には左右されないものです。
血縁関係にある間柄が、この感情に近いと思います。(所謂、無償の愛=見返りは期待しない)

なので、相手の感情をこれ程までに気にしている段階で、「???」 って思ってしまいました。
あなたは見返りを期待(と言うより「要求」)しています。(これ最悪だよ)


あなたは、そのお友達のことを、「これだけ大切に想っている」と伝えた。 それだけでいいではないですか!
それを、「私がこんなに想っているのだから、あなたも私のことを・・・」 のように執拗に問うのは、まったくナンセンスです。

そんな自分の考えを押し付けるような態度をとって、そのお友達に迷惑だと思わないのかな?
この態度から考えても、あなたの「大切な友人」という言葉に対して疑問符がつきますよ。

自分の言動をいま一度考えて、そのお友達に嫌なことを迫っていたと反省して下さい。

投稿日時 - 2011-11-13 04:08:03

補足

ご回答ありがとうございます。

少しはっとさせられたところもありました。
ありがとうございます。

疑問は
>誰かを本気で大切に想う(=愛するも含む)こととは、その相手が自分に向けている感情には左右されないものです。

血縁者でも無償の愛ではな場合もある。
実子が毎日「お父さん嫌い、お父さん嫌い」と言っていたら今まで無償の愛だったものも
なくなることもあるのではないでしょうか。

そして、逆に
同じ血は流れていないのに養子にした子供へ無償の愛を捧げる人もいて、
養子が「お父さん嫌い、お父さん嫌い」と言っていても無償の愛を注ぐことができる人もいます。

相手の感情により左右される場合はあるのではないでしょうか。

家族でも裏切りや、無償の愛がないのに
友達はそれを築くことが出来ない。
と断言するところに疑問を感じています。

>そのお友達のことを、「これだけ大切に想っている」と伝えた。それだけでいいではないですか!
 深く同意し、反省した部分も多かったです。

ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-11-15 13:38:05

ANo.6

まず夢を打ち砕く回答をお許しください。

結論から言うと、やめておきなさい。

どんなに自分が相手を思っていても、相手も自分と同じだけ自分を思っているとは限りません。
そして「絶対裏切らない」と口にする人に限って、本当に驚くほど簡単に手の平返して裏切ります。

人を信用し、愛する事は素晴らしい事です。
けれどそれは高ぶった一時期の感情でしかないのです。
社会や身の回りは刻々と変化します。
あなたがその方を思う気持ちも、1年、10年、それ以上となると、必ず変わっていきます。

今はその方を思っている事があなたの幸せですから構わないでしょう。
けれど終わりは突然にやってきます。
それも自分にとって一番最悪な形でやってきます。

結局頼れる者は、自分と自分と血の繋がった者だけなのです。



10数年前に、今のあなたと全く同じ事を思っていて、心からの親友だと思っていた人に最悪の形で裏切られた私の言葉が、あなたの記憶の片隅にでも留まってくれる事を願います。

投稿日時 - 2011-11-13 03:01:04

補足

ご回答ありがとうございます。

luminous3さんの言ってくださったとおり、
そうは思ってはいませんが、もしかすると今は夢をみてるところがどこかあるのかもしれません。
本当は10年以上たってまたここで、私が彼女を想う気持ちはまだ変わってません。
と言いたい!と強く願っていますが、先のことは誰にもわかりません。

だから未来へのアドバイスとして記憶の片隅に留めさせていただきます。

ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-11-15 13:21:55

たぶん片思いの親友なんでしょう

しかも設定が仮のお話ですから
面倒くさいのでしょうね

今はそうであっても
将来どう変化していくのかは
だれにもわかりませんからね

結婚だってその時は誰も離婚なんて考えませんが
しかし確かに、結婚した人が離婚するわけですから
これは将来どうなるかはわからないわけです

現在のご意見ですから
これは誰も文句はいえませんし
違うともいえません

簡単なことは
もしその親友からお金を貸してと言われたら
差し上げることです
1万でも10万でも100万でも1000万でも

それはちょっと・・と考えるようでしたら
それは背負うつもりのない
ただの友人関係です

損をしても悔いの残らないのが
本当の愛情です

そこまで本当に考えていらっしゃるのなら
本物です

投稿日時 - 2011-11-12 23:23:26

補足

ご回答ありがとうございます。

考える余地もありません。
1000万円で彼女が救えるのなら、
1億で彼女が幸せなら構いません・・・。

ただ彼女がそういう人ではないので分かりませんが。
現実的な金額何百万単位のお金だったら借金してでも貸します。

投稿日時 - 2011-11-15 13:15:55

とても大切な親友さんなんですね(^^)

ただ、正直言うとたとえ本当に信頼している(されている)親友と言えども、人生を背負われるのは重いですね..。
私的に、いくら仲良くたって信頼していたって、親友は親友のまま。

それ以上でもそれ以下でもないです。

親友を支えたいと言う気持ちは分かりますが、人生を背負うのは親や夫婦間の話しであり、少し違う気がしますが..

投稿日時 - 2011-11-12 23:01:15

補足

ご回答ありがとうございます。

44mamaさんがおっしゃってくださる言葉にも深く納得できるのですが、

>人生を背負うのは親や夫婦間の話し合い

というのが正直わからないんです。

日本には血族者を背負うという無言の重大な任務が課せられていますが、
世界はそうではないですし。

日本でも世の中にはいろんな親や夫婦がいて、
親だから人生を背負わなければならないということもありませんし、
夫婦だから背負わなければいけないということもないですし、
その実証例が離婚だと思うのです。

夫が若いうちに介護しなくちゃいけなくなって
でもその介護に気疲れして支えられなくて離れる人もいます。

親友とは家族ぐるみの付き合いです。
彼女の両親が体調を崩したりしたら付き添っていきますし、
将来彼女が地元から離れて入れ、私が彼女の両親の近くにいたら
看病も介護も引き受けられます。

だから親とか夫婦とか血縁関係を超えての
大切な人という見方をしているのですが、

やはり、それでも友人の人生を背負うという表現はおかしいのでしょうか。
無論、彼女がそれを望んでいないので元子もないですが・・・。

投稿日時 - 2011-11-15 12:44:03

ANo.3

 永く生きてわかったことだけど。
 人生を背負う=その人の責任を負うことになるんだよね。で、友達を背負うと言うことは、共に生活しない人の人生を背負えるか。と言われれば、無理とは「ぜひ言いたい」ね。なぜなら、親友のまだ見ぬ彼以外にもあなた以外の関係する人が居て、その人達を越える存在になってしまうことが、はたして彼女にとって望ましいことなのかと言うことだな。障害が残ってまだ彼がいなきゃ、私がいるから結婚してはいけないことになるんでしょ。
 具体的にこの私が今人生を背負えるのは、家族。で、他の人には絶対背負って欲しくない。我が子や妻が手足を失えば、怖いから麻酔してもらうけど、あげることはいとわない自信は完全にある。でもその家族でも拒否されたりするかも。そりゃ毛むくじゃらの手足を妻娘が喜ぶかどうかは未知数だから、笑い話でサポートに回るか。こうしろああしろ、許せる許せないではなく、どんな形でも受け入れる。
 だけど親友に手足をあげるとしたら。「その伴侶は自分より出しゃばる人を許すだろうか」というと、困ると思うんだな。自分にも大事な人がこれからできるかもしれなくて、それを今から結婚もとばして自分をいちばんにすることが正しいことだと言われるのは、正直嫌いになる要素しかなくて怖いな。
 あなたの彼はどう思うか。「異常と思う」のが一般的。相談されたら、「おかしいんじゃねぇか、逃げた方がいいぜ」と進言する。
 結論としては、おかしくて迷惑千万なことだと思うよ。相手のことをいちばん考えていなくて、それくらい自分が思っていることが正しいんだと証明したいだけに見える。
 私の親友がそうなったら、ただ泣きに行く。自分が障害が残る側なら、来てくれただけでいい。親友ってのは、いちばん何もしなくてもいい存在だと思うんだけど、いかが?

投稿日時 - 2011-11-12 23:00:51

補足

今現在は家をシェアリングし、ともに生活しています。

>あなた以外の関係する人が居て、その人達を越える存在になってしまうことが、
 はたして彼女にとって望ましいことなのかと言うことだな。
 
 望ましいかどうかは私もよくわかっていない部分でした。。。
 
>障害が残ってまだ彼がいなきゃ、私がいるから結婚してはいけないことになるんでしょ。
 
 そんな風に思わせることも、におわせることもしないと思いますが、
 彼女が一人で生活できる見込みができるまではしません。
 もし一人で生活できないのであれば一生添い遂げます。


>具体的にこの私が今人生を背負えるのは、家族。
 
 具体的に今この私が人生を背負えるのは、彼女だけです。
 私も麻酔はしてもらうと思いますけど、腕だろうと足だろうと厭いません。

>それを今から結婚もとばして自分をいちばんにすることが正しいことだと言われるのは、正直嫌いになる要素しかなくて怖いな。

 彼女もそう思ってるのかもしれません。。。

>あなたの彼はどう思うか。「異常と思う」のが一般的。
 これは仕方がないと思っています。
 

>相手のことをいちばん考えていなくて、
 それくらい自分が思っていることが正しいんだと証明したいだけに見える。
 私の親友がそうなったら、ただ泣きに行く。
 自分が障害が残る側なら、来てくれただけでいい。
 親友ってのは、いちばん何もしなくてもいい存在だと思うんだけど、いかが?

 本文にも書いたように親友と呼ぶにはふさわしくないぐらい、親友の前に【とても大切な人】です。
 図ることはできませんが、もし図ることができるのなら
 今現在私の家族を超える大切な人です。
 家族には腕もなんでもあげるのなら彼女にもそれは十分当てはまります。
 だから何もしなくていいなんていうことはありません。

 ただこういう考え方もあるのだと、
 もしかしたら彼女もこう思っているのかもしれないと思いました。
 回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2011-11-15 13:12:57

私は、自分の人生を他の人に背をってほしくない。
犠牲になってほしくないと思ってしまいます。
たぶん、考え方の基本は同じだと思います。
相手の事を一番に考えてしまうからです。

あなたも相手の事を一番に考えているし
友人も、自分の事より貴方の事を考えて、
言っているんだと思いますよ。
もし、あなたに彼ができた時に友人の為に恋愛や結婚を止めたり
しないでほしくてかもしれませんよ。

参考まで....

投稿日時 - 2011-11-12 22:57:06

補足

ご回答ありがとうございました。

本人もそれは強く言っていました。
相手のことを一番に考えてしまう、その思い方が違うのだと改めて感じました。

ありがとうございます。

投稿日時 - 2011-11-15 12:29:27

ANo.1

とりあえず考えだけ述べさせていただきます。

まず、人生を背負うというのが抽象的過ぎるので、
「他者の面倒をその人が死ぬまで見続ける」
という具体的なものとして考えてみます。
>事故かなんかの~のくだりを見る限り、
質問者さんのおっしゃっている人生を背負うということは、
これに近いと思います。

寿命という観点から見ても、
同世代の友人、恋人、ましてや自分の子供の人生など、
とても背負いきれるものではないとわかります。

では少しハードルを下げて、
「自分が死ぬまで他者の面倒を見続け、死んだ後はその責任を誰かに押し付ける」
と考えてみます。
これならば、寿命は関係ありません。

では、面倒を見るということはどういうことでしょうか?
他者の人生を背負っていない人間を考えて見ましょう。

彼は、自分の人生を背負っています。
ゆえに、自分で仕事をし、満足する水準の生活をして、
余裕があれば貯蓄を増やすでしょう。
仕事ができなくなれば、貯蓄を削り、
何事もなければ寿命を迎えるはずです。

人一人の人生を背負うとはこのようなことだと思います。

では、二人の人生を背負って見ましょう。
ただし、一人は仕事をしません。

彼は、二人分の人生を背負っています。
ゆえに、自分で仕事をし、二人が満足する水準の生活をして、
余裕があれば貯蓄を増やすでしょう。
仕事ができなくなれば、二人分の貯蓄を削り、
何事もなければ寿命を迎えるはずです。

さて、二人が満足する水準の生活をするためには、
単純に考えて支出が2倍になります。
そして、いつか必ず仕事ができなくなります。
支出が二倍に増え、少なくなった貯蓄から倍の速度で出費が重なっていく。

果たして、そんな状況で暮らしていけるでしょうか?

結論を言えば、
普通の人は自分の人生しか背負えないと思います。
経済面のみならず精神面においてもです。
それすら難しい。だからこそ支えあう。
他人の人生を背負えると思っている人は、
小気味のよい言葉に酔い、都合の悪い面は自分なら何とかできると、
具体的な解決策もなく、ただ信じているだけのように思います。

ただ、そう思うことはおかしなことではないし、
もっと客観的に考えるテーマではあるかと思います。
そういうことを話し合える仲というのは、うらやましいと思います。

投稿日時 - 2011-11-12 22:52:54

補足

ご回答ありがとうございます。

私の説明不足ですみません。

結婚すれば旦那さんは家族の家計のために働きますよね。
それと同じ感覚で、一生食べさせていかなきゃいけない対象に入っています。
仕事ができなくなっても良いお父さんなら死にもの狂いで
または命に代えてでもどうにかお金を作るでしょう。

それと同じ感覚です。
人の人生を背負うということは、
衣食住、その他のお金だって必要だと思います。

今の生活状況で行けば、大人3人ぐらいは養うぐらいのお金はもらっています。
彼女が必要ならば、そのお金をどう使われてもかまいませんし。

現時点で例にだしたように
もしも・・・のことがあるようなら
彼女の人生を一生背負うと決めた以上、
彼女の老後に必要なお金の貯蓄も行うと思います。

それが例え、親であれ、子供であれ、友人であれ、パートナーであれ、
人の人生を背負う覚悟だと思うのです。

すみません、長々と説明してしまい。。。

投稿日時 - 2011-11-15 12:52:41

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