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締切り済みの質問

仏教では、死後の世界をどう考えているのですか

仏教では、死後も霊魂はいつまでも生き続けるのだと説いているのですか。

仏教にもたくさん宗派がありますが、宗派によって異なるのですか。

たしか、仏陀は死後のことについては無記として、何も記していなかったと記憶しています。

教えて下さい。

投稿日時 - 2012-02-14 12:05:04

QNo.7304460

困ってます

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回答(8)

ANo.8

まず上座仏教徒大乗仏教ではまるで異なる解釈です
仏陀に忠実な宗派は上座だけでしょう
その中で
仏陀は明確に死後の世界を否定したのではなくて
「普通の人は分らなくても構わない」
「それ以前に 今やることが沢山あるのだから今を一生懸命生き心を綺麗にし精進なさい」
とゆうスタンスです
一つの証拠として 仏陀自身の言葉として
悟った場合 自分自身の過去生を明確に思い出すとおっしゃっています

そんな遠い未来の事を考えないで
今日とゆう生を大切にし心を綺麗にし一生懸命人の為に善行をなす
そうすれば自然に豊かになってゆくんだよ とゆう姿勢です

もっと詳しく言えば
上座仏教では霊魂は不滅ではないです それは輪廻してゆくものです
死んでから次の生までの期間は 上座でも チベット仏教でも(例えば死者の書)
だいたい49日間と言われています
しかし 私自身 今生ではまだ死んでいませんので
これは様々な知識の受け売りです 間違っているかもしれません

つまりいつまでも生き続けません
次の生に遷移します
また次の生に遷移した生命体は前世の記憶を無くすのです
皆さんも私も何も憶えていないように・・・

なので上座仏教ではお墓や戒名などなく あんがいあっさり葬られるのです
つまりそこにとどまっているとゆうふうには考えていないからです

しかし上記の考え方は非常に大きな波紋を呼んでしまいます

たとえばお墓や戒名などで儲けている
「金儲け仏教」に成り下がってしまった
大乗仏教とは大きくぶつかってしまうポイントだからです
お金が欲しい大乗仏教では霊魂は永遠でないと 色々と都合が悪いのです

豪勢なお墓で 永遠に先祖の霊がいないことには檀家からの金銭が吸い上げられません

しかし 元々 仏教は極めて質素であり
お金には縁の無い世界なのです

以上 参考になりましたか

投稿日時 - 2012-03-25 20:53:58

お礼

有難うございます。

霊魂は不滅ではない。輪廻転生する。
大乗仏教では、不滅と考える。

金がらみではあっても、不滅と考えるほうが安心できるかな。

投稿日時 - 2012-04-09 06:10:50

ANo.7

死後の世界なんて有ったらいやだと思うけど。
死後の世界って死んで肉体は無いのに意識だけは生前と同じく有ると言う意味でしょ?

あの時スナックで飲んだ酒は旨かったもう一度飲みたい、あの店の寿司をもう一度食べたい、あいつに言い残した事が有るので一度言ってやりたい、あの新作映画見てみたい、教えて!gooの回答が気になる、知人に貸した金を取り返したい・・・・などなどの意識は有るのに肝心の肉体が無いので何にも出来ない。
裸の美女を前にして柱に縛り付けられている二十歳の男性のような状態が永遠に続く訳で男ならこれが如何に残酷かおわかりでしょう?

輪廻転生だって同じ事、もう勘弁してくれ~と言ってもだめ、何しろ六道輪廻の法則らしいから。法則には勝てませんって、でもこれじゃ無間地獄、残酷極まる。

投稿日時 - 2012-03-21 21:50:40

お礼

有難うございます。

死後の霊魂は、清浄なものです。
世俗のことがらに悩まされることはないのでは。

投稿日時 - 2012-04-09 06:13:14

仏教では人間は無始の昔から六道(地獄・畜生・餓鬼・人間・阿修羅・欲天)の六種類の世界に、生まれ死にを繰り返していると説いています。

この六道を輪廻する力は『貪瞋癡』によるといいます。

貪=貪欲(性欲・物欲・自我)
瞋=瞋恚(怒り・恨み・嫉妬・不満など)
癡=愚癡(この世界が空であることを知らない無知。唯物論など)

この『貪瞋癡』を滅尽すれば、六道を解脱して天界に生まれることが出来るといいます。

原始仏教である阿含経にはその修行法が説かれているのです。

仏陀は死後の世界を無記といったのではありません。
解脱した仏陀の死後の世界を聞いたとき、仏陀は無記といって教えてはくれなかったのです。

投稿日時 - 2012-02-29 16:43:34

お礼

有難うございます。

六道を輪廻するのは嫌ですね。
しかし、性欲、物欲、自我を滅尽するのは、難しい。

仏陀は、どうして教えてくれなかったのですか。

投稿日時 - 2012-04-09 06:17:52

ANo.5

信教の自由ですね。

投稿日時 - 2012-02-16 21:39:12

お礼

有難うございます。

投稿日時 - 2012-02-18 10:32:27

ANo.4

>>仏教では、死後の世界をどう考えているのですか

○ 死後の世界を説くものが宗教ですね。死後の世界を外したしたもの、あるいは否定して構築されたものは主義とか道徳、学問と呼ばれます。
だから、どの宗教でも死後の世界が存在しますが、仏教ほど明快なものはありません。死後の世界を一般的に霊界といいますが、霊界を単純に天国と地獄ぐらいに分けているのがほとんどの宗教ですね。
仏教は、チベット仏教や空海上人の真言密教でみられる霊界構造を表現している「曼荼羅」というものがあります。
「曼荼羅」は「仏陀」を中心に如来や菩薩が円を描くように描かれていますが、要は仏陀を中心とするピラミッド構造の投影図になっています。これが仏教の説く霊界構造ですね。ピラミッドのどの位置に自らが存在するかが悟りと呼ばれるものです。これは心の状態で決まるということです。どのような心であればより高い位置に存在できるかについては空海上人の『十住心論』や天台智顗の「一念三千論」などが有名ですね。
仏教とは、霊界があり、それは明らかにピラミッド構造をなしているというのが前提にある宗教なのです。霊界では到底会えない高級霊も地上に生まれると皆、同じ条件になるので、すべての者にチャンスが与えられるということですね。それが転生輪廻ということですね。だから、不死の霊界が主体で、地上生命は勉強のための旅行という位置づけが仏教の教えのポイントですね。
このポイントから人生を鳥瞰すれば苦などなくなるというのが釈迦仏教ですね。
参考になればいいね。
追伸:無記というのはね。勉強もしていない者がわけのわからない質問しても大教授は無視するのと同じことです。無いとか知らないわけではなく回答に値しない、時間の無駄という意味なんですよ。
あの世も無い、死後の世界など信じてもいない者に霊界の話しても無駄なことは明らかだものね。

投稿日時 - 2012-02-16 20:19:38

お礼

有難うございます。

参考になりました。

投稿日時 - 2012-02-18 10:34:51

質問者さんが書かれているとおり、ブッダは「十無記」として、
以下の10個の質問には答えず沈黙しました。

1.世界は時間的に有限であるか。
2.世界は時間的に無限であるか。
3.世界は空間的に有限であるか。
4.世界は空間的に無限であるか。
5.身体と霊魂は同じであるか。
6.身体と霊魂は別ものであるか。
7.如来は死後も存在するか。
8.如来は死後は存在しないか。
9.如来は死後存在し、かつ存在しないか。
10. 如来は死後存在することもなく、かつ存在しないこともないか。

このような形而上学的な議論に耽溺するより、
今ある生の苦しみを解決することを優先しました。(毒矢の例え)

原始仏教ではこのようにしてますが、その後時代を下るにつれ
浄土教や六道に輪廻するなど、死後の世界について
色々なことをいう宗派が出て来ました。

投稿日時 - 2012-02-14 21:02:30

お礼

有難うございます。
死後の世界は、あると信じています。

投稿日時 - 2012-02-15 15:53:33

ANo.2

それまでの古代インド人と同じく
仏陀も、悟りに至らぬ凡夫は
死後、再び 地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天のいずれかの
世界に生まれ変わり、たとえ天界に生まれても
成仏の境涯に至らねば天人五衰という苦しみの果てに死に
また生まれ変わるという六道輪廻を説いています。
六道の世界は、死後生まれ変わる世界であると共に、
人間の心のもちようにより、のぞき、つながる世界でもあります。
(借金地獄、修羅のごとき怒り・・・)



「インド古来の輪廻思想」

 現世のおこない「業(カルマ)」の報いによって、来世、人間界を含む六道世界の生仏に生まれ変わる。 そしてまた、業によって次の世で生まれ変わる-。

 この果てしなく続く再生を、「輪廻転生」といいます。

 輪廻のなかで生きることは苦しみであり、この輪廻から解き放たれる「解脱:涅槃」が理想とされました。 これは仏教以前から現在まで続くインドの思想で、仏教だけでなく、バラモン教、ジャイナ教、アージーヴァイカ教にも同様に広く受け入れられていました。

 生まれながらにして階級が決まるというカースト制度も、この思想に基づいたものです。 しかし、カースト制度を否定し人間平等万人解脱を説く仏陀は、ここで少し違った立場をとります。

 前世の行いによってではなく、人は現世で仏の教えに、導かれ従うことで解脱への道を歩み始め、苦しみ多き現世でも希望の光持ち生きられると説いています。
 解脱へのアプローチの違いが宗派の違いともいえます。
例えば浄土真宗では阿弥陀仏を重んじ、念仏を唱え人生を送ることで、来世で
万人が俗世の憂いから離れ生涯仏道修行に専念できる極楽浄土に転生し、
仏道三昧の生活をして解脱し、そこから涅槃に、あがれると説いています。
仏道修行に

投稿日時 - 2012-02-14 12:50:48

お礼

有難うございます。

投稿日時 - 2012-02-15 15:50:55

ANo.1

西洋の宗教と異なり、仏教の場合は基本的に無始無終です。
だから、霊魂や生命はずっと続くと述べる場合が多いのです。

何の宗派か知らないですが、人間の生き死には、寝て起きての繰り返しと似たようなものだと
祖母から聞かされた事があります。「よりよくなりたければ、その分の因を作らないといけない。
酷い状態で人生を終えると次も酷い状態から始まるかも。一日と一生は規模が違うだけかもな」

そんな感じの話でした。命が平等なのに産まれた時点で差があるのは、そういう事かと
納得させられました。5歳のころかな?

投稿日時 - 2012-02-14 12:46:56

お礼

有難うございます。

投稿日時 - 2012-02-15 15:50:28

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