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解決済みの質問

父親の出生年の謎

私の父親は昭和17年生まれなのですが
本人はことあるごとに「俺は本当は19年生まれなんだ」「2つ年上のやつらと一緒に小学校も中学も行った」と言うのです。

父曰く「お袋が書類を書いたときに字が汚くて7と9を間違えられた」と。

祖母は既に亡く、父親は一人っ子なので真実を確かめようがないのですが
高校や大学ならともかく小学校入学時に2歳も年の違う子がいたらおかしいと思うはずなんですが。

戦中や戦後では年齢の違う子が同じ学年で学ぶことはあったことなのでしょうか?

ちなみに以前、戸籍謄本が必要になり取り寄せたときにはしっかりと「昭和17年生」と書かれていました(笑)

投稿日時 - 2012-03-13 01:05:25

QNo.7359002

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>戦中や戦後では年齢の違う子が同じ学年で学ぶことはあったことなの…

その時代までなら、自宅へ産婆を呼んでの出産がほとんどです。
3月生まれを 4月2日以降に届けたり、逆に 4月2日以降の生まれを 4月1日以前として届けたり、また年末に生まれたら 1月1日にしてしまうなどのことは、しばしばあったようです。
私が子供のころ、1学級 50人なら 1人や 2人はそんな子がいたものです。

しかし、2年も違うというのは聞いたことがありません。
小学入学時点で満 6歳と満 4歳とでは、身体の大きさも脳の成長具合も大きく異なりますから、授業について行けないでしょう。

ただ、満 4歳と言っても 4歳11ヶ月とかなら 6歳 0ヶ月の子とは丸 1年しか違わないわけで、発育が良ければ必ずしも授業について行けなかったとまでは言い切れません。

>父曰く「お袋が書類を書いたときに字が汚くて7と9を間違えられた」と…

いくらその時代としても、年だけ読み違えて月日はそのままというのは考えにくいです。
例えば 19年4月7日を 18年 4月 1日とでも読み誤ったら、学齢では確かに 2年先行します。

>祖母は既に亡く、父親は一人っ子なので真実を確かめようがないのです…

まあそのとおりですね。
せっかく歴史のカテで質問されたのですから、「歴史のロマン」として残しておきましょうか。

投稿日時 - 2012-03-13 09:36:29

お礼

回答ありがとうございます

>3月生まれを 4月2日以降に届けたり、逆に 4月2日以降の生まれを 4月1日以前として届けたり、また年末に生まれたら 1月1日にしてしまうなどのことは、しばしばあったようです。

私もそういうことは聞いたことがありましたが父は6月生まれなので・・・

>せっかく歴史のカテで質問されたのですから、「歴史のロマン」として残しておきましょうか。

質問するカテを「人間関係」「教育」などと迷ったのですが戦中・戦後ということで
こちらに質問させていただきました。

投稿日時 - 2012-03-14 23:07:18

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回答(4)

ANo.4

 
 出生日と誕生日 ~ さまざまにわけあり ~
 
── (昭和22年(1947)以前は)生れてから半年以内に役所に届け
ればよかった。「えー、男の子が生れました」「ああそうですか、いつ
生れましたか」「えーと、一月一日」 こういう調子でよかった。
(略)また、届出の日付は自由に選ぶことができました。
(昭和23年(1948)以後は、十四日以内に)医師、もしくは助産婦の
署名捺印する出生証明書が必要になった。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19920130 卓話《暦の話》
 
── 「実は、ボクには、ふたつ誕生日がある。本当に生れたのは今日
の五月十九日、しかし戸籍上は三月の十九日生れになっている」という
ことなんですね。というのは、親父さんが「早く学校に入れたくて、早
生まれにして戸籍に登録をしちゃった」と。こういうのは昔あるんです
ね「うちのオフクロなんかもそうなんです。本当はね、六月生れなのに
三月生れになっている」いいかげんなもんですからね、昔はよくありま
した。「ですから、一般に、おめでとうございます、といわれるのは三
月のほうなんです。マスコミには、この三月十九日が誕生日ということ
になってるんですが、さすがニッポン放送《朝から大変ツカちゃんです》、
よく調べましたね」って、こういうふうに師匠がいってました。
「で、学校に入ってからは、苦労しました。やっぱり、ひとつ違うって
のはハンディがある」そうです。(19860519)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20070225 三老亭はなし家 ~ 若手の晩年 ~
 
<PRE>
 三遊亭 金馬 4 落語 19290519 東京 /籍=19290319 松本 龍典←小金馬
 中村 梅之助 4 俳優 19300219 東京 /籍=19300218 三井 鐵男/梅雀の父
</PRE>
 
── 19300218 実際の出生日。0219 戸籍上の誕生日。父が出生届に
一日おくれたため、いったん戻そうとしたこともあるが、戦時旅券にも
誤って記載されたので、現在も(この日付で)通している。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040218 19300218-0219 梅之助の出生届
 
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1942.htm
 ↑1942年(昭和17年) ↓1944年(昭和19年)に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1944.htm
 
── 私は、大正十五年一月十九日に、東京府荏原郡入新井町大字不入
斗八百三十六番地で生まれた。しかし、私の誕生日は同年十一月三日で
ある。母が私にそう言ったのである。
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4167123045
── 山口 瞳《血族 1979‥‥ 文芸春秋社 19820225 文春文庫》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19260119 二つの誕生日 ~ 江分利 満氏の優雅な人生 ~
 
── (昭和22年(1947)以前は)「出生日」と「誕生日」の日付が
一致しなくても、六ヵ月以内に届ければよかったので、あとの日付を遅
らせて戸籍上の同腹に見せかけることもできた。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19920613 六月十三日の死と愛
 
 戸籍法改正 19471222 施行 19480101 満年令法 19500101 施行
 

投稿日時 - 2012-03-13 15:42:14

お礼

回答ありがとうございます

色んなお話ありがとうございます。なるほど・・昔はけっこういいかげんだったのですね・・
親の都合や色んな理由で早くしたり遅くしたり(笑)

投稿日時 - 2012-03-14 23:34:42

お父さんが そのように言われるなら、家の中とかでは、そういうことにしておけば良いのではないですか。 特に、ご本人がそう思ってこれまで生きて来られたのであれば、なにもそれを訂正する必要もないです。 人生観の重要な部分かもしれないし、、、
もしも、お父さんが、お母さん(あなたにとっての祖母)から、「お前は、周りの人よりも本当は2つ若いから、、、」と言われて育ったのなら、それなりの事情があったと考えて良いです。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そうしたお父さんの話」とは別で言うならば、
旧戸籍法でも出生後14日以内に出生届を出さねばなりませんでした。出生前の日付で出生届を出しても受理されることはありますが、1ヶ月もバックデートした日付で届けを出そうとしても受け付けられません。6ヶ月以上、2年も前の日付を書いて出したにしても、受理されることはないし、仮に戸籍係がうっかり書き間違っても、それは修正されてしまうはずです。
実際に生まれても出生時に届けずに、しばらく経って、もう丈夫に育つということが確認出来てから出生届をすると、生後1ヶ月、2ヶ月経てからの届け出ですから、本当の出生日での届け出は受理されませんので、本当の出生日よりも後の日付で出生届をすることになります。
そうしたことは、結構あります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%9C%E5%91%B3%E3%81%93%E3%81%84%E3%81%97
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q117191091
17年生まれを、19年生まれとして届けることも不可能ではないです。2歳も狂うと、すこし問題になるかもしれませんが、届け出たときには役所ではわからないでしょう。昭和30年頃までなら幼稚園に行かないのは普通ですから、小学校に上がるときに、体格差や知能差が問題になる可能性はありますが、実は、7歳前後でも、体格差も知能差も個人差は結構大きいので、5歳や9歳の児が混じっても、一律に7歳だと扱えば、それで済んでしまうことが多いです。

投稿日時 - 2012-03-13 10:44:13

お礼

回答ありがとうございます

家族の中では特に訂正するつもりはありません。「あ~また言ってるよ~(笑)」くらいです。
ただ、何かの書類などを本人に書かせると「昭和19年生まれ」と書いてしまいます。

>もしも、お父さんが、お母さん(あなたにとっての祖母)から、「お前は、周りの人よりも本当は2つ若いから、、、」と言われて育ったのなら、それなりの事情があったと考えて良いです。

祖母からはそういう話は聞いたことが無かったんですよね・・・不思議なことに家族の誰も祖母に確かめたことはありませんでした。


NO1の方のお礼にも書きましたが父は体が小さく産まれたようですので同級生達が大きくて年上だと思い込みたかった子供の頃の思いがそのままなのかなとも思います。

投稿日時 - 2012-03-14 23:29:15

ANo.1

昭和17年生まれでは、ありえないでしょう

それに小学校に入学するとき(現制度で入学の1期か2期です)4歳が6歳に混じるには相当の無理があります
(幼稚園の年中組が1年生の仲間に入ることを想像してください)

逆に 年長者が年少者と同じ学年のことはまれには有ったようです(三歳くらいになってから出生届を出し、そのとき生年を1年遅らせる等、ただしそれも昭和の初期頃まで、それ以降は非常にまれな例外)

父上の冗談でしょう(ただし小学校低学年の頃は同級生より体が小さく苦労したことはあったのかも知れません)

投稿日時 - 2012-03-13 07:52:27

お礼

回答ありがとうございます

>昭和17年生まれでは、ありえないでしょう
ですよね(笑

高齢出産で産まれたせいか子供の頃は体が小さかったようです。(今でもそんなに背は高くないですが)
「同級生はみんな俺より頭ひとつ分くらい大きかった」とは言います。

そんなところから同級生は年上だと思いたかったのでしょうか・・・

投稿日時 - 2012-03-14 22:27:49

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