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締切り済みの質問

「惜しまれつつ急逝」は間違ってませんか

最近、「惜しまれつつ急逝した」という表現をマスコミなどで頻繁に目にするのですが、とても違和感を覚えております。
「急逝されたことが惜しまれる」なら理解できるのですが「惜しまれつつ急逝した」はどんな状況下で起こるのか想像もできません。
ネット検索で調べてみたのですが、あまり異を唱える方がいらっしゃらないようでしたので、皆様のご意見をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2012-03-24 21:52:52

QNo.7381838

暇なときに回答ください

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回答(13)

ANo.13

「惜しまれつつ急逝した」という表現をどの時点でしているか、ということによって違ってくると思います。
「つつ」には、「二つの動作・作用が同時に並行して行われることを表す」という辞書説明がありますが、この「同時」という要素に留意されると良いでしょう。

「昨夜、ホイットニーヒューストンが惜しまれつつ急逝しました」
は不自然です。
どなたかもご指摘になっていたと思いますが、急逝とは急に亡くなることに変わりはないので、惜しむという行為を同時にしている暇はないからです。

しかし、
「70年あまり前、エルビスプレスリーは惜しまれつつ急逝しました」
であれば違和感を覚えないでしょう。
これは、「惜しむ」という行為の主体が過去の人々であって現在のわれわれではないからです。
つまり、惜しむという行為と急に亡くなるという行為は、現在に生きるわれわれの頭の中で同時に並行して行われることができるわけです。

テレサテンの例も挙がっていましたが、彼女の死をつい最近のことだと考えている人にとっては「惜しまれつつ急逝した」は違和感を与える表現になるでしょう。
しかし、すでに過去のことだと割り切っている人に対しては、違和感は与えないように思います。
  

投稿日時 - 2012-03-26 21:56:17

お礼

ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-03-29 05:57:44

ANo.12

御質問の場合、『新明解国語辞典(第五版)』の語釈が分かりやすいと思います。
急逝は「『急死』の改まった言い方」となっており、急死の項を見ると、「短期間わずらって死ぬこと」、
「思いがけない事故に会って死ぬこと」とあります。
短くても病床に臥した期間があったり、「事故そのもの」は思いがけないものでも、即死でない場合には、
それによる死は予期できますので、あとは実際に、死の床にあることをその人の友人知人が知って
悲しんでいたのであれば、「惜しまれつつ急逝」という表現に問題は無いと思います。

投稿日時 - 2012-03-26 20:32:05

お礼

ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-03-29 05:57:00

ANo.11

ANo.4の再回答です。

恐らく、質問者様も他の多くの回答者さんも引っ掛かっているのは、どうして急逝なのに惜しまれつつなのかと、事象の前後に疑問を持たれているのだと思います。先の回答ではその分部を説明していませんでしたので、個人的な見解を示します。

まず、「惜しまれつつ」の「つつ」は「~ながら」と同じ意味になります。すなわち、「惜しまれながら急逝した」と言い換えられます。しかし、これだけでは違和感が変らないと思います。
では、「テレビを見ながら歯を磨く」ではどうでしょう? 前半と後半は全く違うことなのに言葉としておかしくありませんよね。これは、No.5さんの回答にあるように、全く関係のない言葉を繋いでいるのです。もう少し詳しく言えば、違う状態を繋いでいるということです。

次に、「惜しまれながら閉店した」「惜しまれながら倒産した」の場合、前者はある程度予測をしていると思われますが、後者は予測などしていないでしょう。しかし、どちらも言葉としておかしくなく、違和感もないと思います。すなわち、「惜しまれるながら」という言葉は、予期に関係なく、事象の後からでも付け加えることが出来る言葉です。

これらを踏まえて頂くと、「急逝」とは「急死」という意味であり、あくまでも死の状態を表していることでしかありません。ですから、その前の「惜しまれつつ」という状態とを繋げているものなので、何ら間違いではないということです。

最近では、米国の有名な歌姫がホテルで急死しました。誰も予期などしなかったことで、全世界を驚かせました。その場合においても、「惜しまれつつ急逝した〇〇さん」で、問題はないということです。

従いまして、前回の回答の通り、説明のくだりによって使い分けているということです。

投稿日時 - 2012-03-26 01:33:04

お礼

またまたよくわからなくなってきました。
ただ、「閉店」「倒産」のくだりは一般的に同義語として使われている気がします。
予測の可、不可はあくまで個々人の眼力によるものという気もするのですが。
すみません。くだらないことにこれだけご意見頂きまして感謝しております。

投稿日時 - 2012-03-26 20:15:14

ANo.10

3nk

No.9さんに賛成です。
「急逝」だから違和感アリ。
「逝去」だと問題ないと思います。

投稿日時 - 2012-03-25 23:41:42

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-04-01 18:32:43

ANo.9

「急逝」を使うから オカシイ。

「惜しまれつつ亡くなった」 で充分。

だれも、「亡くなってほしくはない」と願ってる。
それが、「惜しまれつつ」。
「惜しんでる状態」が 時間的に続いてる。 だから「つつ」。

そこに、「死亡」。

だれだって、死ぬ瞬間は それこそ一瞬。 生物学的には。
だから「急逝」で間違ってはいない。
だけど、「急逝」とは 「突然の死」を強調する場合に使われる。 
「予期せぬ死」の意味がある。

「惜しまれつつ」を持ち出す場合は、「惜しんでいる」状態が続いてたことを示す。
その状態で迎えた死は、決して「予期せぬもの」ではないハズ。

まあ、死ぬとまでは思ってなかったものが、死んでしまった・・・
この場合でも、そうなる前に 闘病を皆にしられている。
だから「惜しまれつつ」。

「惜しまれつつ」は、「死」が大前提。
というか、死ななければ こんなコトバは使われない。

「急逝」は、そんな 惜しまれ「つつ」なところには やって来ない。

投稿日時 - 2012-03-25 15:35:53

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-04-01 18:33:05

ANo.8

A:「まずさ、惜しむのは死んだ後でしょ。だから、
急逝であろうが緩逝であろうが、惜しまれつつ死ぬ、はおかしいじゃん」

B:「何言ってんの? 惜しまれつつ引退、とか言わないの?
引退して欲しくない、引退なんて悲しい、と思うことも "惜しむ" だろ」

A:「なるほど。じゃあそれはそれでいいとして、
急逝ってのは "惜しむ暇もなく逝く" ことでしょ」

B:「じゃあ聞くけど、例えば試合中に昏倒して、病院に運ばれて、チームメイトの
必死の祈りも空しく意識は戻らず、一週間後に天に召されたスポーツ選手を
"急逝" と表現したら、おかしいのか? クソみたいな理屈だな」

・・・という脳内議論を経て、私は「おかしくない派」に転向しました。

投稿日時 - 2012-03-25 15:20:25

お礼

遅くなって申し訳ありません。
ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-03-26 20:05:07

ANo.7

確かにおかしい。と思いつつ、
5さんの回答にも説得力を感じつつ、
イヤやはり「朝食/新聞」も「悪いと思う/タバコを吸う」も
少なくとも「同時」ではあるわけで、
同時でないことに「つつ」はおかしい、などとも思いつつ、
1さんの回答にも共感できます。

投稿日時 - 2012-03-25 14:18:38

お礼

遅くなって申し訳ありません。
私もわからなくなってきてます。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-03-26 20:02:58

ANo.6

確かにおかしい。「惜しまれる急逝(だった)」という表現なら普通だが。

投稿日時 - 2012-03-25 07:32:33

お礼

遅くなって申し訳ありません。
そうなんです。なんだか釈然としないのです。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-03-26 19:59:51

ANo.5

間違っていません

「つつ」には2つの事柄や状態が同時に進行するという意味の他に、
相反する二つの事柄をつなぐという意味もあります
「…にもかかわらず」と言い換えられる使い方ですね

例を上げると、
(1)朝食をとりつつ新聞を読む
(2)体に悪いと思いつつタバコを吸う

体に悪いと知っているのにタバコを吸うというのは相反しますね
(2)の使い方の「つつ」は、相反する二つの事柄をつなぐ意味になります


「惜しい」と「急逝」も相反すると言えます
この場合の「惜しい」は要は死んで欲しくなかったという事ですので、
死んで欲しくなかったという思いと、急逝してしまった事実は相反するものです


つまり、「惜しまれつつ急逝した」のつつは、
「惜しまれる」と「急逝」が同時に進行しているという意味ではなく、
「惜しまれる」と「急逝」という相反する事柄をつなぐ意味での「つつ」だと言う事です


これは「惜しまれながら急逝した」でも一緒ですね

「ながら」も「つつ」と同様、
2つの事柄や状態が同時に進行するという意味の他に、
相反する二つの事柄をつなぐという意味もあります



言葉にはたくさんの意味があり、
同じ言葉でもその意味は状況によって変わります

日本人はこの辺の使い分けを考えずとも出来てるんですが、
深く考えると逆に分からなくなったり違和感を感じてしまうものです

投稿日時 - 2012-03-25 01:57:03

お礼

遅くなって申し訳ありません。
なるほど、だんだんわからなくなってきました。
ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-03-26 19:58:45

ANo.4

どちらも日本語として間違っていないと思います。どこに重点を置くか、あるいは、説明のくだりによって使い分けているのでしょう。

「惜しまれつつ急逝した」と「急逝されたことが惜しまれる」は、前者は「急逝した」に重点を置いていて、後者は「惜しまれる」に重点が置かれています。
また、例えば、「さて、先日、〇〇さんが惜しまれつつ急逝しましたが…」であれば、説明の最初の部分のくだりとなり、「さて、先日、〇〇さんが急逝されたことが惜しまれますが…」ではしっくりきません。
対して、「このように数々の実績を残した〇〇さん、急逝されたことが惜しまれます」のように、説明の最後の部分のくだりにするとしっくりきますが、「このように数々の実績を残した〇〇さん、惜しまれつつ急逝しました」では、おかしな表現となってしまいます。

ですから、どのように伝えたいか、あるいは、時間軸によって使い方が違ってくるということでしょう。

投稿日時 - 2012-03-25 01:05:58

お礼

遅くなって申し訳ありません。
ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-03-26 19:56:44

ANo.3

なるほど。

私は そういう表現を耳目にしたことはありませんが、
確かにオカシイですよね。
急逝とは、「予期せぬ死」。
「惜しまれつつ」は、それを予期してる状態・・・。

でも、「軽いと思われつつも入院してたら、ある日 あっけなく逝ってしまった」
な場合には使われるカモ・・・ですね。

そういう場合ではない時の 「惜しまれつつ急逝した」 に関して。

ある程度の期間 治療してて、それがふいに亡くなられた。

「惜しまれつつ」には、続いている闘病生活を連想させます。
そのことを誰もが知っている。
それが、「急逝した」 という言葉によって、「早すぎる死」を強調したいのでしょう。
誰がみても 「もう もたない」 と感ぜられてても。


よって、こういう表現は ある意味 「お情け」 だと思います。
日本語として変でも。

投稿日時 - 2012-03-24 23:05:46

お礼

遅くなって申し訳ありません。
細かい事にお付き合いいただいてすみません。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-03-26 19:55:04

ANo.2

考えてみました。
病気で長くないことがわかっていた(惜しまれつつ)若い人が亡くなった(急逝)。

投稿日時 - 2012-03-24 22:43:37

お礼

遅くなって申し訳ありません。
回答有難うございます。

投稿日時 - 2012-03-26 19:53:14

ANo.1

確かに間違っているように思えます。

でも言葉はあくまで道具であって、気持や情報を
乗せて運ぶ入れ物にしかすぎないのので
気持ちや情報が相手に正しく伝わったなら
細かいことは大目に見ていいでしょう。

たとえば、「再建に骨を折る」といっても骨折してないし、
「歩きすぎて足が棒になった」と言うけど、足が木に変わった
わけでもないわけで。

投稿日時 - 2012-03-24 22:33:09

お礼

遅くなって申し訳ありません。
おっしゃるとおりですが、どうも気になったもので。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-03-26 19:52:05

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