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Have you ever learned a new word,a word you are sure you have never seen before? But after you learn it,this brand-new word suddenly pops up everywhere-in English and history books,on TV,on the radio,and on billboards,until you feel as though it is following you around? The discovery of the Indus Valley civilizations in the 1920s worked a little bit like that,too.Archaeologists looking at sites that dated around 2000 BCE everywhere from Mesopotamia to Oman to Central Asia began noticing little clues left here and there by members of the previously unknown Indus Valley civilization.
In Mesopotamia,for example,archaeologists dug up the tomb of Queen Puabi of Ur.Unlike the practical Harappans,who buried their dead with a few meaningful ornaments and some pottery but kept most of their things for the living to use,Mesopotamian burials were extravagant.In the case of Queen Puabi,for example,more than 20 servants,including armed guards and musicians,went with her into her grave.Her clothing and jewelry and those of her attendants were decorated with copper,carnelian,and lapis lazuli beads and shell inlay-even though Mesopotamia did not have copper miner or sources for the precious stones and shell.She was also buried with a sled and other wooden furniture-even though Mesopotamia did not have large trees for lumber.So where on earth did the copper,beads,wood,and shell inlay come from? This inscription on a tablet was the first clue.According to the records the Mesopotamians kept,these goods came from a land called Meluhha.The reat Mesopotamian king Sargon boasted that traders from all over came to his city,calked Agade:
The ships from Meluhha,
the ships from Magan,
The ships from Dilmun
He made tie-up
alongside
The quay of Agade.

投稿日時 - 2012-05-21 22:46:16

QNo.7488866

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回答(2)

ANo.2

☆sayshe です。訂正です。

第1段落最後、

>メソポタミアからオマーンそして中央アジアにかけて至る所で紀元前2000年頃に始まった文明の遺跡を調べている考古学者は、それまで知られていなかったインダス渓谷文明の人々によってあちこちに残された手掛かりがほとんど無いことに気づき始めました。

の部分を、

メソポタミアからオマーンそして中央アジアにかけての至る所で紀元前2000年頃に始まった文明の遺跡を調べている考古学者は、それまで知られていなかったインダス渓谷文明の人々によってあちこちに残された小さな手掛かりに気づき始めました。

に変更します。失礼しました。

☆ところで、chiyotomo さんの訳もかなりしましたね。タイプミスは、比較的少ないので助かります。この歴史書は面白いですよ。

投稿日時 - 2012-05-22 07:14:53

ANo.1

これまで一度も見たことがないと確信する語、すなわち、新語をあなたはこれまでに学んだことがありますか?しかし、あなたがそれを学んだあと、この新語が、至る所 ― 英語や歴史書のなか、テレビ、ラジオ、そして、ビルボードに現れ、ついには、まるでそれがあなたを追いかけまわしているように感じたことがありますか?1920年代のインダス渓谷文明の発見もまた、それと少し似た働きをしました。メソポタミアからオマーンそして中央アジアにかけて至る所で紀元前2000年頃に始まった文明の遺跡を調べている考古学者は、それまで知られていなかったインダス渓谷文明の人々によってあちこちに残された手掛かりがほとんど無いことに気づき始めました。
例えば、メソポタミアでは、考古学者はウルのプアビ女王の墓を発掘しました。2、3の意味がある装飾と多少の陶器類で彼らの死者を葬ったが、死者の物のほとんどを生きている人が使用するために残しておいた実質的なハラッパの人々と違って、メソポタミアの人々の埋葬は盛大でした。例えば、プアビ女王の場合、武装した警護の者や音楽家を含む20人以上の使用人が、彼女の墓に彼女と一緒に埋葬されました。彼女の衣服と宝石類、そして、彼女の随員の衣服と宝石類は、銅、紅玉髄、ラピスラズリのビーズや貝殻のはめ込み細工で飾られていました ― メソポタミアに銅鉱山や宝石や貝殻の産地がなかったにもかかわらずです。彼女は、また、そりやその他の木製の家具類と共に埋葬されていました ― しかし、メソポタミアには材木にするための大きな木はなかったのです。それでは、いったいどこから、銅、ビーズ、木材、貝殻のはめ込み細工は来たのでしょうか?粘土版に記されたこの銘が、最初の手掛かりでした。メソポタミアの人々が残した記録によると、これらの品物は、メルーハと呼ばれてる土地から来ました。実在したメソポタミアの王サルゴンは、各地の交易商人がアゲイドと呼ばれる彼の都にやって来ることを自慢しました:
メルーハからの船、
マガンからの船、
ディルムンからの船、
が、アゲイドの波止場に
停泊した。

投稿日時 - 2012-05-22 01:51:37