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解決済みの質問

沖縄県民はなぜ基地の周りに住みたがるのか?

米軍基地ができたときは基地のまわりに民家は少なかったと聞いています。
基地の近くに住むと、
1.騒音がある。
2.飛行機やヘリが墜落したりする。
3.荒くれ兵士が暴行を働いたりする。

こんなことは誰にでもわかります。
ではどうして沖縄県民は島の北部の基地がない地域に住まず、わざわざ基地の周辺に住みついたのでしょう?

投稿日時 - 2012-06-03 07:19:49

QNo.7511570

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

簡単な話です。基地の周りには「仕事がある」からです。

米軍基地をサポートする業者、兵士相手の商売等、基地があるところに需要が生まれます。だから人が集まるのです。

逆に言えば、沖縄というところは長い間「基地需要」に寄りかかり、そこから抜け出せない土地柄だということです。「基地需要」以外に何か県民が自立できるような産業を興せば、危険な基地の周りに住む必要性も無いのですけど、それを国も県もほとんどやってきませんでした。

まあ、他者に依存しがちな沖縄の県民性というのも、大きな要因かもしれません(沖縄の人が読んだら怒るとは思いますが、個人的に沖縄県民は人は良いけど自立の精神に乏しいと感じます)。

普天間基地の移転がどうのこうのと言われていますが、今の沖縄県の産業構造のままでは、たとえこのまま辺野古に移転しても、普天間の住民はそのまま大挙して基地にくっついて辺野古に移住するだけでしょう。

投稿日時 - 2012-06-03 08:26:48

お礼

>簡単な話です。基地の周りには「仕事がある」からです。

でも沖縄県民は基地出て行けの一色です。私は出て行かれたら困るんじゃないかと心配しております。

>沖縄県民は人は良いけど自立の精神に乏しいと感じます

私もそう思います。私は沖縄観光旅行をした翌月、越後の温泉に行きました。越後の旅館の人々は送迎車に向かって「また来てくださーい」と懸命に手を振ってくれました。北国のこの必死さが沖縄県民にはないです。南国の人は性格は良いのですが、ハングリー精神に欠けます。
椰子の実もあるし、暖かい海で簡単に魚もとれるとなると努力しなくなるんでしょう。
その点、新潟なんか雪で生きて行くのがたいへんです。努力を義務付けられた民です。
沖縄県民は日本政府に文句を言ってその援助で暮らす方が楽と考えるんですかね~。大戦では大きな被害を受けたし、米軍基地はあるし、文句を言う材料は揃っています。

>たとえこのまま辺野古に移転しても、普天間の住民はそのまま大挙して基地にくっついて辺野古に移住するだけでしょう。

辺野古なら移れるからまだいいです。グアムなら失業です。沖縄県民はもっと真剣に自分たちのことを考えて発言すべきではないかと思っております。ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-06-04 10:10:14

ANo.1

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回答(6)

ANo.6

知り合いの沖縄出身者に聞いてみました(ただし普天間近辺の出身ではないそうだ)。

(a) 雇用が多い。長距離通勤は困難だった。

一般に、大の大人は仕事もない所にのこのこ移り住んだり、家を建てたりしない。普天間を含む宜野湾市の辺りは、けっこう職場が存在する。これは、本土より失業率が高い沖縄では貴重である。普天間基地だけでなく、沖縄コンベンションセンター(ホテル、マリーナ)、沖縄国際大学などが建設されて大きな雇用を生んだ。
沖縄は本格的な鉄道がなかったので、公共交通機関といえばバスぐらいだった。昔は自家用車も普及してなかったから、職場の近くに住むことになった。

(b) 広い平らな土地は貴重だった。

そもそも日本の国土は(沖縄北部も含め)、山がちである。東京育ちの人だったら、広い平野が当たり前と思っているかもしれないが、地方では山が海の近くまで迫っていることも多い。広い平らな土地は貴重で、水利の都合が付く限り、耕されて農地となった。
普天間の辺りもそれであり、原野というより農地だった。平らだったからこそ旧日本軍が目を付けて、農民たちを立ち退かせて飛行場を作った。それを米軍が接収して、拡張して基地にした。
立ち退かされた人々は、故地(こち)のそばに戻りたかっただろう。仕事が見つかれば戻ってきただろう。また、(a)のように大規模施設が建ったのも、比較的広い平らな土地だったことが一因である。それは宅地化にも便利である。

(c) 米軍基地がとにかく多く、広大である。

米軍はたくさんの土地を接収した(借地料は払っている)。沖縄は所得水準が低めなのに、宅地価格はそれに見合うほど低くない。つまり、県外の人が想像するような、「わざわざ基地の近くに住まなくても、住む土地はいくらでもある」という供給状況ではない。
さて、話は多少ずれるが、養豚場の周辺に住宅が建て込んで、立ち退き要求が起こったケースをふと思い出した。それは、都市近郊農村がベッドタウン化する過程でよくあったことだ。
後から来た住民によって養豚場が迷惑施設扱いされるのは、酷な一面もあるが、結果的に養豚場が移転する場合が多かった。とんかつが好きな人でも養豚場は嫌った。
そのようなとき、「住民のほうこそ立ち退けばいい」と逆襲するのは子供じみている。そんなことを言うのはネトウヨぐらいだろう。米軍もまさか言わない。

投稿日時 - 2012-06-05 04:03:54

お礼

ご回答ありがとうございました。
確かに島の北部には産業がありません。産業のない北部移住案は撤回します。しかしながらそこまで行かなくても普天間の基地から10キロくらい離れれば騒音もないし、治安もいいし、ヘリが墜落することもなく、尚且つ通勤圏です。早い話、高島平とか多摩ニュータウンみたいなものを国の援助で建設するというのは考えられます。沖縄の山は200メートルありません。宅地造成は難しくないと思います。
沖縄の人々は愛すべき人達ではありますが、本土の人間から見たら自助努力に欠けていると思います。問題を別の角度から見ることなく、ただ不平不満を言うだけです。これでは発展がありません。そもそも沖縄県は知事がダメです。知事は代々左翼で中央政府に文句を言う係です。沖縄県を発展させようとかそういう前向きの知事を見たことがないです。沖縄→不平不満を言う人達 という印象があります。新潟県なんか雪が降って寒い。沖縄に較べたら自然は厳しいです。でも自助努力をします。角栄さんみたいな優秀な政治家が出ました。沖縄にも左翼ではない知事が誕生して欲しいです。不平不満ばかり言って成功した人間を見たことがありません。

投稿日時 - 2012-06-05 05:31:20

ANo.5

NO.3.4のKappNetsという回答者はアホですね。(笑)
こういう連中が"たかり"の名人なんですよ。

普天間基地のある宜野湾市は戦前は村だったわけです。
当時の写真を見てもわかる通り、普天間にはほとんど集落もなかった。
それが戦後、米軍基地が出来た頃から人口が増え始め、現在では、九万人を越える市にまでなってます。
当然、市民のほとんどが、普天間地区の地権者であるわけがありません。

もし、KappNetsという回答者が言うとおり、戦前から普天間の集落に住んでいた地権者達が「この土地から離れたくない」と主張して、この地権者達だけが普天間基地の周りに住んでいるのだったら、現在のような過密した住宅街の中に基地があるという状況にはなっていません。
元々の住民だけが基地の周りに住んでいるのなら、現在の基地の周辺には民家がぽつぽつとあるだけでしょう。

それから、nishikasaiさんが質問タイトルで"沖縄県民はなぜ"と書かれていますが、これは少し御幣があります。
なぜなら、沖縄県民の中には、普天間問題で文句を言っている県民を批判している県民も多くいるからです。
その人達を一緒くたに"沖縄県民"とするのは間違いです。
基地問題で文句を言っている沖縄県民と、文句を言っている人達を批判している沖縄県民はちゃんと区別するべきです。

投稿日時 - 2012-06-03 11:14:23

お礼

ご回答ありがとうございました。

>沖縄県民の中には、普天間問題で文句を言っている県民を批判している県民も多くいるからです。

そう思います。私はむしろ本音では6割が基地賛成ではないかと思っています。でも基地反対の勢いが強いので賛成とは言えず沈黙しているのではないかと。
なぜ4割の基地反対派の意見が、6割の賛成派より強いかには、二つの理由があると見ています。

1.本土から派遣されている左翼活動家が沖縄にはたくさんいる。これらの声は大きい。アジ演説も上手い。

2.中国は沖縄の米軍基地が目障りでしょうがない。中国はあからさまには活動しないが、左翼活動家たちに軍資金を与えているのだろうと思います。

投稿日時 - 2012-06-04 10:51:53

ANo.4

http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ合衆国による沖縄統治
に米軍による沖縄占領政策が簡単に説明されています。1945-1972年、米軍に占領されていた長い間に(東西冷戦が激化したこともり)基地は強制接収により拡張されました。特に現在の宜野湾市の伊佐浜と伊江島では集落ごと破壊され、大規模な土地接収が行われた、とあります。島ぐるみ闘争が起きていたのです。このような状況の中で、地域ぐるみでどこかへ移住すれば良いなどというノーテンキな発想が生まれ得たのかどうか。

投稿日時 - 2012-06-03 09:51:19

お礼

ご回答ありがとうございました。
サイトをご紹介くださいましたが、サイトは沖縄統治には関係ない別のものでした。

>地域ぐるみでどこかへ移住すれば良いなどというノーテンキな発想が生まれ得たのかどうか。

もし仮に本土で米軍基地問題が発生し、多くの民が怒ったなら基地に関係ない人達は代替地を県に要求していただろうと思います。そして沖縄の北部は山地といっても海抜二百メートル以下ですから宅地造成は難しい問題ではないと思います。そんなに遠くに行くわけではないのですから基地出て行けではなく北部に代替地を作れと要求すれば良いと思います。基地に出て行かれては困る人が多いでしょう。基地に関係ない人達が代替地に住宅を建ててもらって移り住むことも考えては如何でしょうか。

投稿日時 - 2012-06-04 10:43:46

ANo.3

個々の土地の事情を知らずにあまり単純には語れない気がします。

終戦時に何かの事情で家がなかったからといっても、どの土地にも地権者がいます。沖縄でも同じです。(基地の地権者は今でも賃貸料を貰っている筈です)あなたならあなたの土地をどうされますか? 固定資産税を払いながら空き地にしておきますか? 移住と言っても基地がいつまでも固定化されるという見通しがあったわけでもありません。日本あるいは沖縄を挙げて移住政策が取られたわけでもありません。

日本中の基地機能は縮小され、それぞれの機能の一部は沖縄に移されました。東京の立川にも基地がありましたが、周辺の人々は立ち退いたりせず、結局は基地は縮小され、機能の一部は沖縄に移されたりしました。沖縄の基地問題だけが取り残されたのです。

投稿日時 - 2012-06-03 09:29:04

お礼

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-06-04 10:30:02

ANo.2

沖縄は日本に吸収される前から人口密度は圧倒的に南半分

の方が多かった。北半分は山地で今でも殆どジャングル。

米軍に土地を強制収用されたが、墓のある先祖伝来の土地から

離れ生活の当てもない遠くへは誰も行きたがらない。それでも

やむなく中南米へ行った人も少なからずはいた。

基地から入る賃貸料(当初は極めて安かったが日本復帰後は

日本政府が肩代わりして徐々に上げてきている)、基地での

雇用、軍人・軍属やその家族相手の商売などで生活のためには

基地周辺に集まらざるを得ない事情を理解しましょう。

投稿日時 - 2012-06-03 08:55:22

補足

訂正です。
北国→北部

投稿日時 - 2012-06-04 10:20:52

お礼

>沖縄は日本に吸収される前から人口密度は圧倒的に南半分の方が多かった。北半分は山地で今でも殆どジャングル。

そのようですね。でも沖縄県民の基地に対する怒りは相当強いようです。それだけ怒るなら北国に住むほうが良いのではないかなと思うのです。山地といっても地図で見れば平野です。200メートル以下です。本土なら海抜200メートルなんて山地とは言わないでしょう。

>基地から入る賃貸料、基地での雇用、軍人・軍属やその家族相手の商売などで生活のためには基地周辺に集まらざるを得ない事情を理解しましょう。

理解します。だからこそ基地に出て行ってもらっては困るんじゃないですか。どうしてそんなに反対一色なのかが理解できないのです。ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-06-04 10:17:51

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