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解決済みの質問

突然変異による進化-本当に起こり得るのか?

先日、「神の存在を証明できるか?(改)」にて質問した者です。大変参考になりました。

ところで、今回は上の質問への回答の中に「進化論」についての見解が多かったので、その点を改めて質問させていただきます。

つまり、進化論が正しいと言える根拠を挙げてそれを証明できる方がいらっしゃいましたら、ご回答願います。





ところで、上の質問の際、進化論は突然変異によって生じ得るという回答があったので、No.33で私はこう返答しました。以下にそれを抜粋します。

再度のご回答ありがとうございます。

なるほど、研究者の方なのですね。貴重なご意見に感謝します。ご指摘のスーパー男性などの事例は大変興味深いと思いました。確か、食用バナナの染色体は突然変異によって生じた三倍体となっていて種ができなくなったということを本で読んだことがあります。大抵、突然変異体は奇形であまり有用なものが生じないらしいのですが、この種なしの食用バナナの場合は(人間にとって)有用な結果を生み出した事例として挙げることができると思います。

しかし、スーパー人間にしても三倍体のバナナにしても、結局のところ種の範囲内で起きた変異に過ぎず、依然として種と種を隔てる壁を越えるというのは困難であると考えます。例えば、受精する際に、卵子のバリアを破るための「起爆剤」を精子が持っていて、それを使って精子は卵子の中に侵入できると文献で読みました。そして、その「起爆剤」というのは種によって異なっており、種の異なる精子と卵子では結びつかないようになっているとのことでした。これは一例に過ぎませんが、このように種と種を隔てる壁は極めて堅牢にできているように感じます。研究者の方であれば、もっと詳しい知識をお持ちのことでしょう。

そのような超えがたい種の壁を考慮した時、染色体の違う子を生み出すほどの突然変異が生じるという可能性があるとすれば、一体どのような理屈で生じ得るのか、その理論はどうなっているのでしょうか。多分、そのような事例は未だ報告されていないと思うので、せめてその理論が説明されてしかるべきだと考えます。ご研究なさったND5の変異は「染色体の数が違う子(つまり親とは異なる新生物)を産み出す」ほどの突然変異をもたらすことを本当に示していますか。

(以上、抜粋終わり)




具体的な私の疑問としては、「染色体の数が違う子(つまり親とは異なる新生物)を産み出すほどの突然変異」が本当に生じ得るのかということです。それを証明できる方はご回答お願いします。または、単に意見でも結構です。あるいは、逆に「種を隔てる壁を越えることはできない」ことを証明できる方はいませんか。合わせてご回答お願いします。

投稿日時 - 2012-07-13 08:49:59

QNo.7587631

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

> ということは、例えば、ヨーロッパ人種とアジア人種とでは、すでに系統的に分かれていて、別々の生物にそれぞれ進化しつつあるという意味でしょうか?

ヒトがヨーロッパ人種とアジア人種とに分かれるには、地理的な隔離が必要だった筈です。もし今後何百万年かヨーロッパ人とアジア人を隔離するなら恐らく別の種になって行くでしょう。しかし今のようにグローバル化された世界が続くならそうはなりません。現在は過去にない程急激に種が減っている時代だと思います。恐らくその主な原因は、人間によるグローバル化です。多分100万年も経たないうちに逆にヨーロッパ人種とアジア人種の区別は無くなってしまうのではないかと思います。想像の域を出るものではありませんが。

進化がSNPsだけで起きていることは、無いと思います。例えばSTRPはSNPsよりも突然変異率が高いそうですから、こちらの方がより進化に影響しているかもしれません。何れにしましてもDNAの話題は私自身の興味の中心から外れていますのであまりお役に立てそうにありません。恐らく他に詳しい方が多くいらっしゃるのではないかと思います。進化論やダーウィンの話であれば、お付き合いさせていただきます。
再三申し上げております様に、進化論に賛成するにしても反対するにしても、「種の起原」はぜひともお読み頂きたいと思います。質問者の方はDNAや染色体への興味が強いようですから、もしかするとNo.6で紹介させて頂いたものに代表されるようなリチャード・ドーキンスの著作の方が面白く読めるかも知れません。

投稿日時 - 2012-08-22 01:01:46

補足

この質問を閲覧されている方々へ

回答者の皆さんとの討議によって得られたこれまでの結論をまとめます。



私は突発的な劇的な突然変異は起こり得ないのではないかとずっと尋ねていました。

しかし、進化論は突発的な突然変異が起きたとは考えていないとの指摘がありました。むしろ、進化は断続的に徐々に進行してきたとのことです。

その点はNo.46の回答と、No.49のお礼をご覧ください。



それで、私はもし断続的に進化したのなら、どのくらいの頻度で変化したのか、その1世代あたりの変化値を算出してみました。

No.50のお礼、No.51のお礼後半、No.41のお礼後半などをご覧ください。



現存する生物種が100万種、地球年齢を46億年とした時、
100万=2の20乗なので、46億÷20=2.3億年となり、
少なくとも、2.3億年に1度は種の完全変化が生じたことになります。

人間が次の子を産むのに平均20年かかるとすると、
2.3億年÷20=1150万世代となり、そのうちに種の完全変化が起きたということになります。
100%÷1150万世代=0.00000869565・・・%となり、これが1世代あたりの変化値です。

人間のDNAには30億塩基対あるので、
そのうちの10%の変異で完全変化するなら、
30億×10%×0.00000869565・・・%=1世代あたり26塩基対の変化
同じく、1%の変異なら、1世代あたり2.6塩基対の変異となります。

さらに、ツタンカーメン王の時代(100代以上前)の古代人のDNAと比較が可能なので、
100代前の古代人と比べて現代人のDNAは(1%変異で完全変化の場合)260塩基対の変化が確認されるはずです。


その是非については、討論し尽されませんでしたが、閲覧者の皆さん各人でご確認ください。
関心のある方はNo.50以降のやりとりをご覧いただくとよいと思います。

投稿日時 - 2012-08-23 10:41:46

お礼

ご回答ありがとうございました。

分かりました。私も今しばらく様々な視点から研究を続けていきたいと思います。

他に新たな意見がなければ、近日中にこの質問を終了したいと思います。

それにしても、私はel156さんの紳士的で辛抱強い対応の仕方を私は高く評価しています。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

投稿日時 - 2012-08-22 08:46:45

ANo.69

このQ&Aは役に立ちましたか?

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回答(69)

ANo.68

No.67お礼欄にお答えします。
その文脈での「頻度」はその変異を持つ個体の数が多いか少ないか、という意味だと思います。
(例えば肌が黒い等の)任意の特徴を持った個体がその集団の1%以上の頻度である程度の集合として生じているならSNPsですが、たまたま1個体がその特徴を持って生じた、というだけなら単に突然変異と呼ぶ、ということです。突然変異がある1個体で生じそれで終わるなら進化に繋がることはありません。SNPsとなってある程度の集団としてその特徴がが固定されたなら、それを積み重ねて行けばの進化へ繋がる可能性が出て来ます。

投稿日時 - 2012-08-21 00:30:51

お礼

ご回答ありがとうございます。

>SNPsとなってある程度の集団としてその特徴がが固定されたなら、それを積み重ねて行けばの進化へ繋がる可能性が出て来ます。

うーん、ということは、例えば、ヨーロッパ人種とアジア人種とでは、すでに系統的に分かれていて、別々の生物にそれぞれ進化しつつあるという意味でしょうか?

ところで、「相同染色体」という言葉が出てきたので調べました。
http://www.weblio.jp/content/%E7%9B%B8%E5%90%8C%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93

●同形同大の一対の染色体。同一または対立遺伝子が同じ順序で配列している。それぞれ両親の配偶子に由来するもので、減数分裂のとき互いに接着する。

●染色体のうち相互に同じ由来のもの。有糸分裂の中期には、相同染色体が対合した状態が観察できる。進化的には、同一の祖先に由来する染色体。

●相同性(そうどうせい)あるいはホモロジー (英語: homology) とは、ある形態や遺伝子が共通の祖先に由来することである。

また、「型」の話になってしまうかもしれませんが、この「相同性」が異なっていくのでない限り、SNPsのみでは進化できないと思いました。どうなんでしょうか?

ところで、この討論で、私もすごく勉強になりました。よければしばらくやり取り続けてもいいかな、と思っています。

投稿日時 - 2012-08-21 10:50:03

ANo.67

> 「型」はもうどうでもよいのでは?
> もはや「型」など関係ないのでは?

全くその通りです。
これまで見て来た通り、「染色体の数」も、「壁」も、「型」も、「ヒトの種に固有の遺伝子」も、どうでも良いのです。ここでの「どうでも良い」の意味は、進化論が正しいのか正しくないのかという命題には何の影響もない、という意味です。
「染色体の数」にしても、それが変化し得ないという根拠はありません。むしろ数が変化し得ることはNo.38に示した通りです。
No.38(染色体の数)、No.46(肺)、No.49(種の壁)、No.61(型)、No.63(ヒトの種に固有の遺伝子)など、
これまでの私の説明は、この「どうでも良い」を理解して頂く目的でしてきました。
これらは全て、現存する種を調べてその違いを分類しているに過ぎません。
ここまで来るともう少しだと思います。

> いつかの時点で…変化した
質問者の方は進化を否定しようとされている訳ですから、これは質問者のお考えでは無いはずです。
従いまして、質問者の方は進化論をそのように誤解されている、ということになります。
その誤解を解かなくてはなりません。「…」には何が入っても同じです。

進化を枝分かれした樹に例えることがあると思います。例え話は慎重にしなくてはなりませんが、ここでは進化の概念を理解して頂く為に、古くからあるこの樹のモデルを使ってみようと思います。念のためですが、樹は単なるイメージし易いモデルとして使います。現実の樹の枝とは何の関係もありません。樹の代わりにトーナメント表をひっくり返したものをモデルにしても同じです。
この例えでは、高さ方向が時代で地面に近い程古い時代となります。一つ一つの枝は種に当たります。水平方向の隔たりは種間の違いの大きさを表します。水平方向に遠い種程違いが大きいということです。違いは無数の次元に亘るはずですがイメージし易くするためにまとめて水平方向の空間距離に代表させます。DNAに関わる染色体の数や塩基配列(SNPs)、STRP、VNTR等の違いもも空間距離に含みます。ヒトとチンパンジーの様に近縁の種は高い場所で枝分かれしたばかりですから水平方向にも近く、即ち種同士が似ていることを表します。現存する任意の2種を幹に向かって遡って行けば、過去のどこかの時点で枝分かれをした筈です。
枝の伸びた進化の樹を、所定の高さの水平面、即ちどこかの「時点」でスパッと切ったとすれば、その断面には種と別の種との間に境界がはっきりと認められます。前出の「ヒトの種に固有の遺伝子」は現代という断面でチンパンジーと枝とヒトの枝との境界を求めた結果です。現代という時代の断面に住んでいる私たちからみれば、各々の枝の断面は夫々の特徴(水平方向の特定の位置)をもって各々に独立した種となっています。即ちある断面で見るなら種間には確かに境界があります。染色体の数にしても、夫々の断面で夫々の枝は、夫々の数の染色体を持っています。しかし進化の樹の枝を幹に向かって遡って行くなら枝に添った水平方向の変化は連続的でどこにも不連続点はありません。どこかに二股に分かれる場所があるでしょうがその場所でも水平方向に大きな変化を起こすわけではありません。単に2つの枝の進む路がその点を境に変わるだけで、どちらの路を選んだとしても、枝分かれの点を含めて水平方向の変化は連続的です。染色体の数にしても同じです。それは例えばNo.38のアカネズミのように変化したと予測します。即ち、「北日本の48本のアカネズミも46本のアカネズミもやはり「アカネズミ」には違いない」ようにして、数が変化した時点では大きな変化では無かったはずです。もちろん、本当にそうだったかどうかを検証することは不可能ですが、進化論はそういう仮説です。逆にそうではない証拠を一例でも挙げることができるなら、進化論は崩せます。現存する一つの種の過去の進化に注目して遡るなら、枝分かれした親戚がどうなろうと関係ありません。枝分かれがあるかどうかに関わらず、各々の種の枝は時代が高さ方向に進むにつれて水平方向に地道に少しずつ粛々と変化して行くだけです。

===========================
> もっと具体的な1世代あたりの変化値を示していただければ助かります。
> その1世代当たりの変化値を示す必要がある

No.61> 6') 一世代当たり26~2.6の「塩基対」が変化した

では不十分ですか?具体的というのはどういう意味でしょうか?
元になる数字は質問者様の仮定に依存します。正確な数字はわかりません。
実際には生命誕生は40億年前で、その後暫く単細胞生物の時代が続いたようですから、
最近の変化という意味なら数字はもう少し大きくなるのではないかと思います。
たまたまですが、この数字は、No.59の方に教えて頂いた、
No.59> 10^-8 base/miosis 程度ですから、一世代で 10~30 個くらいは変化する
という事実と良く一致している、ということは、No.61で申し上げた通りです。

投稿日時 - 2012-08-19 23:12:28

お礼

ご回答ありがとうございます。

詳しい解説をありがとうございます。

ところで、ご指摘のSNPsについて調べました。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%A1%A9%E5%9F%BA%E5%A4%9A%E5%9E%8B

「ある生物種集団のゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、これを一塩基多型(いちえんき・たけい、SNP : Single Nucleotide Polymorphism)と呼ぶ。従って、対立遺伝子頻度がこれより低いときに使用するのは基本的に誤りで、そのような物は突然変異と呼ばれる。」(引用終わり)

私も詳しくはないのですが、この文章を読む限りでは、SNPsとは、突然変異よりも頻繁に、ごく普通に起こっている種の範囲内での相違のことだと考えましたが。

多分、ヨーロッパ人種、アジア人種では違いがあり、日本人と韓国人でも違いが生じるというような意味での相違なのかと思いました。

「遺伝情報のわずかな違いのこと。遺伝子を構成する塩基は1000~2000個に1個の割合で個人ごとに違っており、これが体質に影響している。人間は数百万個のSNPを持っている。」(http://www.naoru.com/snp.htmから引用)

このような相違は当然起きるもので、それが起きたからといって種が変化するということはないと思います。あるいはあるのでしょうか? その点、私も詳しくないのですが。

投稿日時 - 2012-08-20 09:20:36

ANo.66

No.64お礼欄> 断続的な進化とは1世代当たりどのくらいの変化が見込まれるのかを示すべきです。
に対しては、

No.61> 6') 一世代当たり26~2.6の「塩基対」が変化したとして、何かの矛盾が生じる証拠は無い。
(少なくともNo.59で頂いた説明によれば、観測されているSNPsの変異率と矛盾しない。)
No.59> 世代間の塩基配列の変化については…一世代で 10~30 個くらい

を参照して下さい。

=======================
それと、No.62お礼欄リンク先、

http://lifesciencedb.jp/houkoku/pdf/B-28_2007.pdf
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2002/020104/index.html

にある「ヒトの種に固有の遺伝子」は、リンク先を読む限り、ヒトとチンパンジーを比較して初めて明らかになるものです。ヒトとチンパンジーの比較結果を根拠にして定義される「ヒトの種に固有の遺伝子」は、ヒトとチンパンジーとの共通の祖先からの進化に関与できません。(No.49の説明を再読ください。)
進化論では、ヒトはチンパンジーから進化した訳では無く、ヒトとチンパンジーとの共通の祖先となる種からヒトやチンパンジーにそれぞれ進化したとします。これは大きな違いです。なぜならヒトとチンパンジーとの間の種は存在しませんが、ヒトとチンパンジーとの共通の祖先とヒトとの間には、実例としてアウストラロピテクスなどが存在するからです。本来無数に存在した筈ですがアウストラロピテクスなどほんの数例しか知られていないのは地質学的記録の不完全性(ミッシングリング)によります。地質学的記録の不完全性については「種の起原」後半の主な論点となっていて、詳しく説明されていますので参考にして下さい。文庫本で買えば上下合わせても2000円以下です。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/種の起原%E3%80%88上〉-岩波文庫-チャールズ-ダーウィン/dp/4003391241/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1345289693&sr=8-2

投稿日時 - 2012-08-18 21:36:03

お礼

ご回答ありがとうございます。

前半の、SNPsの変異率については、あまり詳しくないのでよく分からなかったのですが、とにかくそれによって、断続的な進化が証明できるのでしょうか?

また、もっと具体的な1世代あたりの変化値を示していただければ助かります。

後半の点ですが、私が何度も「型」と言っているのは、例えば、人間には23対の染色体があることはご存知ですよね。これが私が指す「型」というものです。

それは、チンパンジーやその他の生物と比べても違いは一目瞭然です。しかし、人間には共通した「型」がありますが、その中のA、G、C、Tの組み合わせによっては、顔形、皮膚の色などが異なってきます。

ですから、最初の方でも言っていたように、染色体数の違う生物がこれほど多く存在しているわけですから、いつかの時点でその数が変化したということになります。問題は、果たしてそれはどのように起きたのかということです。

しかし、「型」が何であれ、今の人間が太古の人間になる前の祖先と比べて遺伝子に違いがあることは明白です。ですから、ぶっちゃけ、「型」はもうどうでもよいのでは? 私の勉強不足のせいで、十分言葉で説明できなかったことは本当に申し訳ないのですが。

それで、その太古の先祖から今の人間までにどのくらい遺伝子が変化したのか、もし断続的な進化が正しいのなら、その1世代当たりの変化値を示す必要があると私は言っているわけです。もはや「型」など関係ないのでは? (一応説明したつもりですが、これ以上枝葉を議論しても実りがないので)

投稿日時 - 2012-08-19 09:34:15

ANo.65

>No.50お礼欄後半の計算に始まる論理では、進化論が誤っているとも正しいとも言うことができませんでした。

この些細な結論に、疑問の余地がありますか?

投稿日時 - 2012-08-18 10:59:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

それでよいと思います。進化論に関する新しい質問を投稿しようと思いますので、よければそちらの方でもご回答よろしくお願いします。

投稿日時 - 2012-08-18 18:07:49

ANo.64

質問者の方は、No.50お礼欄後半の計算に始まる論理で、進化論に矛盾があることを説明しようとされました。
しかし、No.50お礼欄後半の計算に始まる論理では、進化論が誤っているとも正しいとも言うことができませんでした。
即ち、No.50お礼欄後半の計算に始まる論理で進化論に矛盾があることは説明しようという試みは、成功しませんでした。
この小さな結論に誤りがあるなら指摘して下さい。

投稿日時 - 2012-08-17 23:48:58

お礼

ご回答ありがとうございます。

>No.50お礼欄後半の計算に始まる論理では、進化論が誤っているとも正しいとも言うことができませんでした。

私は私なりの計算方法を挙げて、それを現在の遺伝子研究の成果と比較し、(私なりの)結論を提出しました。

しかし、el156さんが私の計算方法に問題があるというのであれば、断続的な進化とは1世代当たりどのくらいの変化が見込まれるのかを示すべきです。

そのような変化値を示すことは不可能なのですか?

投稿日時 - 2012-08-18 10:06:14

ANo.63

No.62の考え方にはいくつかの問題があると思いますが、焦点を一つに絞ります。
3)でヒトの種に固有の遺伝子の数は、30億塩基対の2%~1%ということですから、3千万塩基対の振れ幅を持っています。
その振れ幅の理由が、
定義が曖昧だからなのか、計算方法が未熟な為か、サンプルとする個体の数が少ないからなのか、わかりませんが、
何れの理由だとしても、元々一千万単位でその数に振れ幅のあるヒトの種に固有の遺伝子が、一世代でたった数対の変化もしないということを、どうやって確認できたというのでしょうか。6)の出典をご呈示下さい。

投稿日時 - 2012-08-17 00:20:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

>何れの理由だとしても、元々一千万単位でその数に振れ幅のあるヒトの種に固有の遺伝子が、一世代でたった数対の変化もしないということを、どうやって確認できたというのでしょうか。

そうではなく、逆に、変化したということが確認されているのか、ということが問題です。つまり、断続的に進化していることがDNAの解析研究によって証明されたのかということです。

今、証明すべき問題は、私の計算方法の正当性ではなく、本当に断続的な進化が起こったと言えるのか、という点です。もし、それが起きたと言うなら、el156さんがこうあるべきだという1世代あたりの進化の変化値をまず挙げるべです。そして、それを現代の研究結果と照らし合わせれば結論が出るはずです。

もうこの討論も千日手っぽくなってきましたし、次の質問にも移りたいと思っていますので、できればこの問題も早く解決したいところです。

ですから、まず、el156さんがこうあるべきであると思う変化値を挙げてみてください。

投稿日時 - 2012-08-17 12:36:00

ANo.62

No.61お礼欄の「型」についての説明を反映させると、質問者様の論理は次の通りとなると思います。

1) 進化論が正しければ、2.3億年あたり平均2種に分岐したことになる。これが正しいとすると、現在観測されている事実に照らしたとき、矛盾を生じないのだろうか?
2) ヒトの染色体には30億塩基対のDNAがある。30億の2~1%(6千万~3千万対)が、「ヒトの種に固有の遺伝子」である。
3) 2.3億年前の祖先から2.3億年かけてヒトに進化したなら、2.3億年前の祖先と現在のヒトとを比べると、その6千万~3千万対の「ヒトの種に固有の遺伝子」の全てが違う筈だ。
4) ヒト(又はその祖先)が次の世代の子供を生む間隔を平均20年とすると、ヒト(又はその祖先)は2.3億年間に1150万世代の世代交替を起こした計算になる。
5) 6千万~3千万対の「ヒトの種に固有の遺伝子」が1150万世代で変化したなら、一世代当たり5.2-2.6対の「ヒトの種に固有の遺伝子」が変化したとことになる。
6) しかし、一方では少なくとも一世代では、6千万~3千万対ある「ヒトの種に固有の遺伝子」は、一つとして変化しないことが、事実として確認されている。
7) だから1)の仮定が誤っている。
8) 従って進化論には矛盾がある。

誤りや不足があれば指摘して下さい。確認して頂いた後で、何処に問題があるのかを提示します。
「ヒトの種に固有の遺伝子」に関し、出典をご呈示頂くか、又はもう少し厳密に定義して頂ければ、もう少し正確な指摘が可能になると思います。

投稿日時 - 2012-08-16 00:47:00

お礼

ご回答ありがとうございます。

上記でよいと思います。

固有遺伝子については、
http://lifesciencedb.jp/houkoku/pdf/B-28_2007.pdf
比較ゲノム解析に基づくヒト固有遺伝情報の同定と機能推定

http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2002/020104/index.html
「理研GSCでは、ヒトゲノムとチンパンジーおよび関連類人猿ゲノムとの比較解析から、ヒト固有の遺伝子型を発見し・・・」

などがありました。

投稿日時 - 2012-08-16 09:20:58

ANo.61

> 2)の「寿命」は「次の世代の子供を生む年齢」というのが正確かと。
了解しました。

> 3)も微妙に異なるとは思いますが
どのように違うか、具体的に指摘して下さい。もしかすると重要かもしれません。

==================
とりあえず3)の件は保留するとして、質問者様の論理は以下の通りとなります。

1) 進化論が正しければ、2.3億年あたり平均2種に分岐したことになる。これが正しいとすると、現在観測されている事実に照らしたとき、矛盾を生じないのだろうか?
2) ヒト(又はその祖先)が次の世代の子供を生む間隔を平均20年とすると、ヒト(又はその祖先)は2.3億年間に1150万世代の世代交替を起こした計算になる。
3) ヒトの染色体には30億塩基対のDNAがある。2.3億年前の祖先から2.3億年かけてヒトに進化したとして、その際に、30億の10~1%(3億~3千万)の「塩基対」が変化したものと仮定する。
4) 30億の10~1%(3億~3千万)を1150万世代で割ると、「26~2.6」になる。
5) 即ち、一世代当たり26~2.6の「塩基対」が変化したことになる。
6) 従って、一世代当たり26~2.6の「人間の型となっている塩基対」が変化したことになる。
7) 従って、一世代当たり26~2.6の「型」が変化したことになる。
8) しかし、一方では少なくとも一世代で型は変化しないことが事実として確認されている。
9) だから1)の仮定が誤っている。
10) 従って進化論には矛盾がある。

==================
各々の数字が適正かどうかは別にして、正しい「論理」は、次の通りです。
1)~5)は上と同じ
6') 一世代当たり26~2.6の「塩基対」が変化したとして、何かの矛盾が生じる証拠は無い。
(少なくともNo.59で頂いた説明によれば、観測されているSNPsの変異率と矛盾しない。)
7') だから1)の仮定が誤っているとは言えない。
8') 従って、この論理で進化論が誤っていると主張することはできない。

以上です。
質問者様の6),7),8)を論理に組み込む為には、No.59の方の指摘にある様に、型の定義と、
型と塩基の関係を、示さなくてはなりません。「型」が質問者様のオリジナルだからです。
もしオリジナルで無いと仰るなら、出典を示して頂ければその出典の定義に従って評価
することも可能です。それが無い限り質問者様の6),7),8)が誤りである可能性を否定
できませんから、即ち9)は誤りです。これは単純に論理の問題です。

投稿日時 - 2012-08-14 21:39:06

お礼

ご回答ありがとうございます。

3)が微妙に異なると言ったのは、人間が現在の形になった時から現在までおそらく少なくとも数千年、しかし、それ以前の2.3億年かけて別の種から人間へと進化したというのが正確かなと思っただけです。

現在、人間からまた別の種へ徐々に断続的に進化しているのであれば、別の種に完全に変化するのに要すると思われる2.3億年÷20歳・・・ということで、1世代当たりの変化値には変わりがないので、よしとしたわけです。

また、補足として、8)の点ですが、ツタンカーメンの話を覚えていますか? 今や現代科学は、3000年前の、つまり100代以上前の古代人と現代人とを比較することが可能です。ですから、26~2.6×100(世代)の違いが確認されるはずです。

そして、私が「型」というのは、正しくは種の「固有遺伝子」とか「固有のDNA」などと言うようですね。最初からそう表現せず混乱させてしまいました。すみません。

それが、人間の場合、30億の塩基対のうちの1%とか2%なのだとか。ですから、少なくともその人間固有の遺伝子が変化しなければ、別の種にはなれないわけです。

突発的な進化ではなく、断続的な進化であれば、100代以上の世代比較をした時に何らかの変化が見られるのではないか?と私は思ったのですが。どうなのでしょうか?

投稿日時 - 2012-08-15 09:10:55

ANo.60

No.50お礼欄後半の計算から始まる質問者様の論理を、その後の修正を加味して整理すると、以下の様になります。

1) 進化論が正しければ、2.3億年あたり平均2種に分岐したことになる。これが正しいとすると、現在観測されている事実に照らしたとき、矛盾を生じないのだろうか?
2) ヒト(又はその祖先)の寿命を平均20年とすると、ヒト(又はその祖先)は2.3億年間に1150万世代の世代交替を起こした計算になる。
3) ヒトの染色体には30億塩基対のDNAがある。2.3億年前の祖先から2.3億年かけてヒトに進化したとして、その際に、30億の10~1%(3億~3千万)の「塩基対」が変化したものと仮定する。
4) 30億の10~1%(3億~3千万)を1150万世代で割ると、「26~2.6」になる。
5) 即ち、一世代当たり26~2.6の「塩基対」が変化したことになる。
6) 従って、一世代当たり26~2.6の「人間の型となっている塩基対」が変化したことになる。
7) 従って、一世代当たり26~2.6の「型」が変化したことになる。
8) しかし、一方では少なくとも一世代で型は変化しないことが事実として確認されている。
9) だから1)の仮定が誤っている。
10) 従って進化論には矛盾がある。

これまでのやり取りの結果、質問者様のNo.50お礼欄後半の計算の意味は上記の通りと理解しました。
誤りや不足があれば指摘して下さい。確認して頂いた後で、No.58お礼欄のご質問にお答えします。

投稿日時 - 2012-08-13 21:46:28

お礼

ご回答ありがとうございます。

大体これで良いと思います。

細かい点を言えば、2)の「寿命」は「次の世代の子供を生む年齢」というのが正確かと。

3)も微妙に異なるとは思いますが、とりあえずよしとします。

ということで、el156さんがこうあるべきであるという計算方法を示していただければと思います。(期待しています。)

投稿日時 - 2012-08-14 08:40:05

ANo.59

ご自分の論の矛盾点についてはなかなかお気づきにならないようなので、助言させていただきます。
1世代に変化する数として出された26という数字は塩基配列の数から計算されたものですから、これをそのまま型の数とするという事はもともと型が30億個ありそのうち10%が変化したと言っているに等しい。要するに塩基の数と型の数は同じであるという主張です。しかしあなたは塩基の変化と型の変化は別物であるとおっしゃっている。全く整合性がありません。
もし議論を続ける気がおありなら、あなたの言う型の定義や型と塩基の関係を明らかにしなければなりません。
el156さんは再三そのことを訊ねていらっしゃるのだと思います。

また塩基配列の差は、最も近縁な種間では1%にも満たないものであり、10%という数字は現実にそぐわない過大な仮定であると言わざるを得ません。
さらに塩基配列の変化のうち最も数が多いのは塩基の置換であり、その他の変化は塩基の置換の10分の1程度の数しかありませんから、もし型の変化に塩基の置換以外の変化が関わっているとするのであれば、1世代で見られる型の変化は1に満たなくなります。
変化するものと変化の大きさをどの程度とするかについて再考する事をお勧めします。

ちなみに世代間の塩基配列の変化については #58 の参考ページに記述があるように 10^-8 base/miosis 程度ですから、一世代で 10~30 個くらいは変化する事がわかっています。

投稿日時 - 2012-08-12 11:37:13

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.58のel156さんの今後のご回答に期待します。

投稿日時 - 2012-08-14 08:41:42

ANo.58

#50> 平均して30億ある塩基対のうちの約260が1世代のうちに変化していなければならない
#51> 遺伝子の固有の「型」のうち、種が完全に変化するのに、もし10%の変化が必要なら、先回の計算を修正して1世代平均26の変化となり
#53> 人間の「型」となっている塩基対が26変化する必要がある

#57> その点で、私が話を「すり替えた」のだとのことですが、(私はそうは思っていませんが)、たとえそうだとしても、
#57> 最初からそのように言っていると考えて改めてその疑問点に答えればよいのではないでしょうか?

そういうことでしたら、型が何者なのかは別として、先の計算で仮に30億ある塩基対のうち10%の塩基対が変化したとしても、
その次に『型が26変化する』或は「型となっている塩基対が26変化する」とする根拠は何も無い、ということです。
10%の塩基対と「型」の関係が説明も定義もされていないからです。
即ち、そういう意味なら、進化論を持ち出すまでもなく、#50お礼欄後半の計算の論理は誤っています。

御参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/多型#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E7.9A.84.E5.A4.9A.E5.9E.8B.E3.81.AE.E7.A8.AE.E9.A1.9E
http://www.genstat.net/takei.html

投稿日時 - 2012-08-10 09:53:36

お礼

ご回答ありがとうございます。

結局私が言いたいのは、「現代の科学の精度をもってすれば、本当に断続的に徐々に進化したのかどうかを(過去の世代の人間と)比較検証できるはずだ」ということです。その点はどうなのでしょうか?

もし、私の計算方法に問題があるのでしたら、こうあるべきだと思われる計算方法をお示しください。

投稿日時 - 2012-08-13 12:47:00

ANo.57

『26もの「型」』の26という数字が何処からやって来たのか、お考えください。
私が申し上げたわけではありません。質問者の方のお礼欄を引用しているだけです。
No.50お礼欄後半の質問者の方の計算は、計算の結果進化論には疑問がある、という意図だった筈だと理解していますが、違いますか?そのお考えは今でも変わっていないでしょうか?
途中で100%を10%に、260を26に訂正した所までは良いとしても、最初の計算で塩基対の数だったはずの26を途中から何の裏付けも無く「型」の数にすり替えて質問を続けられる進め方は感心いたしません。

もし、No.50お礼欄後半の計算から始まった質疑応答を続けることを望まれるのなら、この計算を整理して再度何処に疑問があるのかを明確にした上、最初から疑問を書き直されることをお勧めします。もしお望みでないのなら、No.50お礼欄後半の計算から始まった疑問を何かの形で終わらせて下さい。その後でなら、新たな疑問にもお答えします。

投稿日時 - 2012-08-09 16:48:58

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.54でも書いたのですが、変化が目される対象は30億であり、それゆえに30億のうちの26という数字の出し方に問題はないと思います。

先回考えたアパートの例で考えてみてください。ある部屋の住人(A、T、G、C)が入れ替わるとしても、その部屋そのものが増改築、あるいは完全撤去されたとしても、変化の対象となっているのはその部屋であることに変わりはありません。ですから、住人が変化しても部屋が改装・撤去されても、変化の対象とは要するに「部屋の数」ということに帰結します。

私は最初から後者のつもりで述べていたのですが、el156さんは最初、前者だと思い、後に私が後者に言い換えたというふうに思っているのかと考えたのですが。どうでしょうか?

>途中で100%を10%に、260を26に訂正した所までは良いとしても、最初の計算で塩基対の数だったはずの26を途中から何の裏付けも無く「型」の数にすり替えて質問を続けられる進め方は感心いたしません。

その点で、私が話を「すり替えた」のだとのことですが、(私はそうは思っていませんが)、たとえそうだとしても、最初からそのように言っていると考えて改めてその疑問点に答えればよいのではないでしょうか?

「私がこの計算で言いたかったのは、現代の科学の精度をもってすれば、本当に断続的に徐々に進化したのかどうかを(過去の世代の人間と)比較検証できるはずだということです。」(No.54のコピペ)

結局のところ、この問題に関してel156さんにはこれ以上何も言うことがないというふうに受け取りました。もし、この件に関して終了を望まれるのでしたら、この前言っていたとおり、新しい質問を設けたいとも思っていますので、改めてご回答することを控えていただればよいかと思います。(2日ほど待ってみます。)

投稿日時 - 2012-08-10 09:24:26

ANo.56

『1世代あたり26もの「型」の変化があるのなら』の根拠を示して下さい。
1世代あたり26の塩基対ではなく、1世代あたり26の「型」の変化があるとする根拠です。
問題は其処にあります。

投稿日時 - 2012-08-08 19:11:01

お礼

ご回答ありがとうございます。

私は、そのような型の変化が起こるとは考えていませんが・・・。しかし、「型」が変化しない限り、それはその生物の種の範囲内での変化にとどまるのでは? ですから、種が全く別の種に進化すると言うからにはその「型」が変化する必要があると考えたのです。

投稿日時 - 2012-08-09 08:58:25

ANo.55

一世代で26の塩基対が変化したとすれば何が矛盾するのかを示して下さい。

投稿日時 - 2012-08-08 00:30:59

お礼

ご回答ありがとうございます。

「型」についてもう少し分かりやすくするために、遺伝子を「巨大なアパート」になぞらえてみてください。

アパートの部屋数やその配置に変化はないとしても、その家の中に住んでいる住居人は随時入れ替わることでしょう。この住居人の入れ替わりが「A、T、G、Cの置き換わり」と私が言ったものです。

アパートにもいろいろなタイプがありますが、全く同じタイプのアパートが何棟も並んでいるかもしれません。でも、中に住んでいる住居人(A、T、G、C)はそれぞれの棟で違う・・・、これが種は同じだがその範囲内で差異が生じるということと似ています。

しかし、そのアパートに増改築を加え、部屋の数や配置を変えて以前のタイプとは異なるアパートに改装しようというのが、「型」の変形と私が言うものに対応しています。

それで、1世代あたり26もの「型」の変化があるのなら、100代昔と比較してみると、2600もの違いが認められることになり、その違いは明らかになるはずだ、ということです。

投稿日時 - 2012-08-08 10:12:03

ANo.54

>>「10%の変化」は30億の塩基対の10%ですか? それとも不明な数の「型」の10%ですか?

>前者での方です。人間という種が完全に分化するのに、10%の変化が必要なのであれば、
>30億のうち3億が変化しなければならないことになります。

>「1世代平均26の変化」は、塩基対ですか? 「型」ですか?

>人間固有のつまり人間を人間たらしめている遺伝子情報が収められている箇所という意味です。
>ですから、人間の「型」となっている塩基対が26変化する必要があるということです。

飛躍がありませんでしょうか。
100% ÷1150万世代 x 30億 = 260 を改め、
10% ÷1150万世代 x 30億 = 26
という計算だったはずなので、10%を塩基対だと仰るのであれば、26も塩基対です。
それとも塩基対と「型」の数は同じですか?

もし同じだと言うのであれば、今度は
>問題はその「型」の変化です。核酸の置き換わりのことではありません。
の意味がおかしくなります。

投稿日時 - 2012-08-06 23:26:43

お礼

ご回答ありがとうございます。

>10%を塩基対だと仰るのであれば、26も塩基対です。それとも塩基対と「型」の数は同じですか? もし同じだと言うのであれば、今度は>問題はその「型」の変化です。核酸の置き換わりのことではありません。の意味がおかしくなります。

核酸の置き換わりというのは、ただ単にある箇所のDNAがA、T、G、Cのいずれかに置き換わったということです。しかし、「型」の変化というのは、ある特定の要素を決定付ける遺伝子の場所そのものが変化したということです。

ですから、「型」そのものが変化したとしたら、例えば30億ある塩基対がいくつか増えたり減ったりすることも当然考えられます。しかし、現在対象となっていて変化が目される塩基対は30億ということに変わりはありません。その30億のうちのどの部分が実際に何%変化するのか(増減を含めて)ということですから、私の示した計算で十分だと思います。確かに大変大ざっぱだとは思いますが。

しかし、私がこの計算で言いたかったのは、現代の科学の精度をもってすれば、本当に断続的に徐々に進化したのかどうかを(過去の世代の人間と)比較検証できるはずだということです。ツタンカーメンの時代と現代人との比較もすでになされていますが、それによって断続的な進化の証拠が示されたのなら、すでに進化論の学者によって公表されているはずです。

投稿日時 - 2012-08-07 09:20:11

ANo.53

私がDNAについてもっと良く知っていれば、ダーウィンならどう考えるのかをお答えできる
と思うのですが、浅学のためNo.51お礼欄の質問には上手く答えられないかもしれません。
重要だと思うポイントだけ確認させていただきます。

> 問題はその「型」の変化です。核酸の置き換わりのことではありません。
「型」というのはDNA鑑定などで使われる「型」のことでしょうか。
それとも他にDNAの「型」と呼ばれるものがあるのでしょうか。
一つの「型」はいくつの塩基対で構成されるのでしょうか。
ある「型」を構成する核酸が一つ置き換わった時、それは「型」の変化でしょうか?

> それで、もし、人類を特定する遺伝子の固有の「型」のうち、種が完全に変化するのに、
> もし10%の変化が必要なら、先回の計算を修正して1世代平均26の変化となり、
> 1%の変化が必要なら平均2.6となります。
>
> ところで、ツタンカーメン王の遺伝子が調べられたという話をご存知でしょうか。
> 現代科学は過去の人間の遺伝子を調べることができ、それを現代人と照らし合わせる
> ことも可能だということです。ツタンカーメン王(紀元前1333~1324年)から
> 3000年経ったので、1世代25年として、すでに120世代が過ぎたことになります。
> 遺伝子の「型」が1%変化するのに1世代あたり2.6でしたので、120世代過ぎて、
> すでに312の「型」が変化しているはずです。

「10%の変化」は30億の塩基対の10%ですか? それとも不明な数の「型」の10%ですか?
「1世代平均26の変化」は、塩基対ですか? 「型」ですか?
「1世代平均2.6の変化」は、塩基対ですか? 「型」ですか?
ツタンカーメン王の遺伝子の話は知りません。
ツタンカーメン王の遺伝子の型は何と何処が一致し、何処が一致しなかったのでしょうか。

投稿日時 - 2012-08-05 22:24:13

お礼

ご回答ありがとうございます。

生物の体は「たんぱく質」によってできています。たとえば、髪の毛も皮膚も赤血球などもみなたんぱく質なのです。そして、たんぱく質というのは「アミノ酸」が鎖のように結合してできたものです。それで、人間の体を構成するすべてのたんぱく質は分解すると20種類のアミノ酸からできています。そのアミノ酸がどういう順序で配列されているかによって特定のたんぱく質ができるわけです。

それで、遺伝子情報というのは、要するにたんぱく質の元となる20種類のアミノ酸とその結合の順序を指定したものなのです。DNAはアデニン (A) とチミン (T)、グアニン (G) とシトシン (C)の核酸から成り、それが3つ1組で1種類のアミノ酸を特定する暗号になっているのです。例えば、GAAは、グルタミン酸を意味します。

詳しい表は、http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~konami/simulation/crypto.htmlにありました。ご参照ください。

その暗号をRNA(DNAではない注意!)が読み取り、その情報に基づいて必要なたんぱく質を製造するわけです。




それで、種独特の遺伝子の「型」と私が言っていたものは、各生物の染色体の数が異なっていることからも明らかです。例えば、どの生物か分からないある細胞を見つけたとしても、それを解析すれば、それがどの生物の細胞なのかを特定できます。つまりその違いを識別できるほどの独特の配列、つまり「型」があるということです。

詳しくは、http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/149231/m0u/をご参照ください。


例えば、人間の21番目の染色体を調べるとダウン症や自己免疫疾患、難聴の原因となる遺伝子情報が特定できるのだそうです。

詳しくは、http://ja.wikipedia.org/wiki/21%E7%95%AA%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93にありました。(書きかけらしいですが。)



>「10%の変化」は30億の塩基対の10%ですか? それとも不明な数の「型」の10%ですか?

前者での方です。人間という種が完全に分化するのに、10%の変化が必要なのであれば、30億のうち3億が変化しなければならないことになります。

>「1世代平均26の変化」は、塩基対ですか? 「型」ですか?

人間固有のつまり人間を人間たらしめている遺伝子情報が収められている箇所という意味です。ですから、人間の「型」となっている塩基対が26変化する必要があるということです。

>ツタンカーメン王の遺伝子の型は何と何処が一致し、何処が一致しなかったのでしょうか。

詳しくは、http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-22506620110803
                   http://platinumtelescope.blog69.fc2.com/blog-entry-206.htmlなどが参考になりました。

つまり、3000年前のつまり100代以上前の古代人と現代人とを比較研究できる実例として挙げました。その両者とも共通の遺伝子の型を有していたゆえに比較研究ができたということではないでしょうか。



ですから、突発的な突然変異によるのではなく、断続的に徐々に進化したというのであれば、その変化は常時起きているはずであり、それがごくわずかであったとしても、現代科学は100代昔の人間の遺伝子とも比較できるほどの遺伝子解析が可能なわけですから、その変化を見出すことができるはずだということでした。しかし、この点はもう少し生化学をお互いにさらに勉強した上で議論すべきなのかもしれませんね。


ところで、さらに私が進化論に対して抱いている、しかも根本的な疑問点について、別途質問しようかと思っています。よければ、そちらの方でもご回答いただければうれいしのですが。ですから、よければ次のご回答でこの件はまとめていただけると助かります。(必要なら延長しますが。)

投稿日時 - 2012-08-06 15:02:44

ANo.52

まだやってるのね
どうでもいいけど、例が悪くないかい?

進化論だって何でもかんでも変わるなんて言っていないのだし、
とりあえず進化論の根拠の一つである、恐竜から鳥類への進化を例に取った方がよいと思うけど。

また、高等生物であるほど進化のブレークスルーが難しいのも当然で、
種を超える云々は
原生生物に近い生物で種を超えるのかを研究した後、
高等生物に当てはまるかを研究するのが妥当に思えますけど。

どうも質問者の話は、進化論の研究で培った根拠を無視して、
ご自身に都合がよい部分だけを説明できないと言ってるようにしか読めません。

投稿日時 - 2012-08-05 13:53:06

お礼

ご回答ありがとうございます。

>進化論だって何でもかんでも変わるなんて言っていないのだし・・・

しかし、現存する「すべて」の種はすべて分化(進化)した結果であると進化論は言っているのでは? 事実上、「何でもかんでも」(つまりすべて)変わる(変わった)と言っていると私は解釈しているのですが・・・。

>どうも質問者の話は、進化論の研究で培った根拠を無視して、ご自身に都合がよい部分だけを説明できないと言ってるようにしか読めません。

しかし、私が指摘した疑問点を明快に説明できないのであれば、それはなぜですか? 進化論がもし真実なのであれば、そのような疑問点にしっかり答えることができるはずです。

投稿日時 - 2012-08-06 09:22:29

ANo.51

> ということは、私たちの観察と研究では種は種の固有の「型」を保持するということではないでしょうか?
> 「限定された時間領域の中では」という条件付きでしたが。

世界には昔も今も種は創造されたと考えている方は数多くいらっしゃいますから、種の本質主義を種は一切変わることが無いという意味で使われている方も多くいらっしゃるでしょう。その場合には進化論とは相容れません。
しかし進化を無視できる程に短い現実的時間スケールで種の本質主義を使うなら、それは進化論と矛盾しない、という意味です。そういうスケールでは進化論では大きな変化は生じない筈だからです。種の本質主義自体は種が変わらないことを仮定しますが、種が変わらないことを実例を挙げて証明したり何故変わらないのか理由を説明したりしようとする訳ではありません。質問者の方も同じだと思います。

累積選択淘汰とそれによる変化は常時起きていますし、常時観察されています。私の子供は私と同じではありませんし、日本人全体としてみても、何世代か前の日本人と今の日本人には違いがあります。現代科学の能力を持ち出すまでもありません。その変化のうちどれかが将来の新種の祖先になるのかならないのか、それは現時点では誰にもわかりません。恐らく今は気にも留めていないような些細な変化が未来の新種の祖先になるのでしょう。
「種の起原」からそのまま抜き出して引用するなら、
「私(ダーウィン)は種という語を相互に近似している一連の個体に便宜の為に任意に与えられたものと見なしている…それは…変種という語と本質的に違うものではない…なお変種という語もたんなる個体的差異と比較してみると、やはり任意にただ便宜のために適用されたものである。」となります。もちろんダーウィンは、多くの観察結果を示してそう考える根拠を説明しています。

後半の計算で、種が完全な2種に分岐した時に100%=30億の塩基対が変化した、という仮定は違うのではないかと思いますが、それは別にしても、親子間で260対の塩基対が変異したというのが多すぎるのかどうか、私にはわかりません。少なくともそれが観察可能でも可能でなくても、何も問題は無いと思います。それが将来の進化に寄与するのかどうかは、この時点では誰にもわかりません。観察の結果何かの違いを見つけたとしてもそれが将来の進化の糸口になるのかどうかわかりませんから、注目すべき場所もわかりません。個体差としての違いが見られたという、ただそれだけのことです。

投稿日時 - 2012-08-04 19:54:49

お礼

ご回答ありがとうございます。

>種の本質主義自体は種が変わらないことを仮定しますが、種が変わらないことを実例を挙げて証明したり何故変わらないのか理由を説明したりしようとする訳ではありません。

しかし、現に観察や研究に基づく事実は親から子に遺伝子の「型」が受け継がれることを示しています。その1世代のうちに何の変化もありません。そして、それは次の1世代にも言えることであり、その次の次の世代もまた同じ・・・と考えると、何千万年経ったとしてもその種の遺伝子の「型」は変化しません。

むしろ、観察や研究に基づく事実に反してそのような遺伝子の「型」が変化し得るということが証明されるのでない限り、上記の考えは観察や研究に基づく事実として有効であると言えます。では、遺伝子の「型」がごくわずかでも変化し得るということはどのように証明されているのでしょうか?

>累積選択淘汰とそれによる変化は常時起きていますし、常時観察されています。私の子供は私と同じではありませんし、日本人全体としてみても、何世代か前の日本人と今の日本人には違いがあります。

それは種の遺伝子の「型」の範囲内で起きている変化です。DNAを構成する核酸、つまりアデニン (A) とチミン (T)、グアニン (G) とシトシン (C)が置き換わったというだけで、依然として「型」は変わっていません。

問題はその「型」の変化です。核酸の置き換わりのことではありません。

>後半の計算で、種が完全な2種に分岐した時に100%=30億の塩基対が変化した、という仮定は違うのではないかと思いますが、・・・

確かに。後でよく考えたら、人類という種が他の種に変化するのに100%の塩基対がすべて変化する必要はないと思いました。すみませんでした。しかし、そのうちの幾割かは変化する必要はあると思います。

それで、もし、人類を特定する遺伝子の固有の「型」のうち、種が完全に変化するのに、もし10%の変化が必要なら、先回の計算を修正して1世代平均26の変化となり、1%の変化が必要なら平均2.6となります。

ところで、ツタンカーメン王の遺伝子が調べられたという話をご存知でしょうか。現代科学は過去の人間の遺伝子を調べることができ、それを現代人と照らし合わせることも可能だということです。ツタンカーメン王(紀元前1333~1324年)から3000年経ったので、1世代25年として、すでに120世代が過ぎたことになります。遺伝子の「型」が1%変化するのに1世代あたり2.6でしたので、120世代過ぎて、すでに312の「型」が変化しているはずです。

>観察の結果何かの違いを見つけたとしてもそれが将来の進化の糸口になるのかどうかわかりませんから、注目すべき場所もわかりません。個体差としての違いが見られたという、ただそれだけのことです。

たとえ注目すべき場所が分からなくても、少なくとも変化がなければ、分化も進化もあり得ません。しかし、現代科学の観察や研究は、種固有の遺伝子の「型」が変化し得ることを示していますか、それとも、変化しないことを示していますか?

投稿日時 - 2012-08-05 10:31:39

ANo.50

質問者の方の、「型」あるいは「種の壁」といったお考えは、「種の本質主義」と呼ばれるものでしょう。
短い時間領域では大きな変移を起こすことはありませんから、種の本質主義は限定された時間領域の中では使える理屈になり得ると思います。たとえ話で恐縮ですが、厳密には相対論や量子論が正しいのだとしても、日常のスケールのものごとについて考えている限りでは、ニュートン力学でも十分正確で役に立つ、というようなものではないかと思います。しかし種の本質主義は種が不変であることを根拠無く仮定して其処から出発しますから、種の本質主義の立場から「種が不変であるのかどうか」を吟味することはできません。進化論も一つの「論」ですから仮定から出発するという意味では同じですが、進化論では種の本質主義よりも説明できることが沢山あって、逆に進化論が誤っているという決定的証拠は見つかっていない、ということです。

ダーウィンは「種の起原」の弟二章を費やして、「種」という分類が如何に恣意的で学者によって意見の分かれてしまうものなのかを、実例を挙げて説明しています。ダーウィンによれば、個体差→変種→亜種→種→…という階層は曖昧で本質的な区別はありません。これらは、「個体差」が現実の時間スケールで誰にも観測可能な変化であるのに対し、「変種」や「亜種」は変化の観測は不可能だが類似が強いかったり交配可能だったりする為に多くの人にそれらを変化した親戚関係にあるものと認められているグループであり、「種」は枝分かれの世代が古い為に差異が大きく、少なくともダーウィンの時代には変化した親戚であることを認めない人たちが多かったグループだ、という違いがあるだけです。世代を重ねることによって個体差のうちのいくつかが徐々に変種に発達し、変種のうちいくつかが徐々に亜種に発達し、亜種のうちいくつかが徐々に種に発達する、その変化は段階的ではなく連続的なものである、という仮説です。

進化論を批判される方の中に、実際に「種の起原」を少しでも読まれた方がどのくらいいらっしゃるのでしょうか。批判なさりたいなら是非読んでみられるべきだと思います。「種の起原」の語り口は、大変に慎重で、観察による実例も豊富です。染色体すら知られていなかった時代に書かれたものなのに、今読んでも色褪せることがありません。何より進化論を正しく理解されていない方が多い、と感じています。一度読んでみられれば、進化論を批判されるのだとしても、その切り口が変わるはずです。
「種」について、或は「種の本質主義」については添付URLも参考にしてみて下さい。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/種_(分類学)#cite_note-Mayden-4

投稿日時 - 2012-08-03 22:42:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

>短い時間領域では大きな変移を起こすことはありませんから、種の本質主義は限定された時間領域の中では使える理屈になり得ると思います。

ということは、私たちの観察と研究では種は種の固有の「型」を保持するということではないでしょうか? 「限定された時間領域の中では」という条件付きでしたが。しかし、当初私が指摘していた突発的な(突然変異による)進化ではなく、断続的に徐々に進化していったということであれば、恐らく「常時」そのような変化は起きていることになり、遺伝子情報が極めて精密に解明できるようになった現代科学の能力をもってすれば、そのようなごくわずかな変化でも認められるはずではないでしょうか? 

塵も積もれば山となるわけですが、以前算出した2.3億年に基づいて計算すると、例えば、人間が平均20年で子を産むとして、2.3億÷20歳=1150万世代ということになります。1150万世代ということは、種が完全に変化した状態を100%とした場合、1世代につき100%÷1150万世代=0.00000869565・・・%の変化ということになります。人間の染色体には30億塩基対のDNAがあるとのことですので、30億×0.00000869565%=約260ということになり、人間の場合、平均して30億ある塩基対のうちの約260が1世代のうちに変化していなければならない計算となります。これぐらいの変化は現代の科学の精度であれば、十分観察可能な範囲ではないでしょうか?

投稿日時 - 2012-08-04 10:33:24

ANo.49

No.41で保留させていただいていた「種の壁」について、ここで説明しておきます。
「種の壁」と言う時、質問者の方はその壁を現存種と別の現存種の間に設定されていませんか?
進化論では現存種から別の現存種へ進化することはありませんから、仮にそのような壁があったとしても進化には関係ありません。
現存種と別の現存種の間の違いがどのようにして生まれたのかについて、進化論の解釈を説明することは可能です。しかし進化論ではその違いを生じる際に壁越えを想定しませんから、どのようにして壁を越えたのかと言われても説明のしようがありません。

進化の過程のどこかに質問者が壁だと考えられているものを定義して下さるのであれば、それをどのようにして超えたのかについて一つの否定できない可能性を示すことはできます。しかし、地質学上の証拠が無い限りそれが本当に辿った路なのかどうかを検証することは不可能です。恐らく路は沢山あって実際辿った路は思いもつかないようなものかもしれません。従いまして、仮に一つの可能性を示したとしても、示したものが真実である可能性は低いと思います。前出の染色体数の場合のように、現存種の中に変化の可能性を示唆するものが見つかれば説明はし易くなりますが、それは稀なことです。

投稿日時 - 2012-08-02 07:42:30

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.46の回答にてようやく「断続的な進化」の意味が分かりました。そこで挙げられていた「肺」のように、最初は不完全なものが、徐々に完全なものへと変化していったということでしたね。例えば、「人間にもかつてはしっぽがあったが、それは世代を追うごとに短くなっていき、最終的には完全に消失してしまった」というような説明なのでしょうか? なるほど、ようやく進化論の見解を正確に理解できました。具体的な例が挙がったので理解できたのですが、粘り強く解説してくださったことをまず感謝いたします。

それで、この正確な理解を踏まえてですが、私はやはり断続的な進化というものはあり得ないと考えました。その理由は、「親は同じ遺伝子を持つ子を産む」からです。

遺伝子というのは、生物の固有の特徴を特定する設計図であることはお分かりかと思います。そして、その設計図は親から子に受け継がれるわけです。もちろん、親と子はクローンのような意味で100%すべてが同じ設計図ではありません。しかし、顔や肌の色や身長といった身体的特徴を司る遺伝子の部位は同じ箇所にあり、その部分の遺伝情報に違いがあるに過ぎません。

つまり、人間には人間特有の遺伝子の「型」があり、他の生物には他の生物特有の遺伝子の「型」があるということです。ですから、「ヒトゲノム計画」では、人間の遺伝子情報を解析したわけですが、その特定の部位を調べることで、例えばある特定の病気にかかりやすいとかかかりにくいなどといったことが分かるというわけです。人類にはそのような共通した遺伝子の「型」を共有しているからこそ、そのような解析が有効なのです。

ですから、その「型」の範囲内であれば、様々な変化が起きる可能性はあります。(顔や肌の色など。)しかし、その「型」は厳密に親から子に受け継がれます。これが「種の壁」と私が言ってきたものと考えてよいでしょう。

それで、観察や研究に基づく事実は親から子に遺伝子が受け継がれる時に、その「型」がわずかでも変化するということを支持しているでしょうか? それとも、私が思うに、「断続的な進化」という理論は、前にも述べましたが、まず「生物は進化したに違いない」という考えを大前提とし、「もしそうなら、それは断続的に徐々に進化したに違いない」と言っているのではないでしょうか? そして、「なぜ進化したと言えるのか」と聞くと、「断続的に進化したから」と答えるのでしょうか?

私も専門の研究者ではないので、すべての研究結果を知っているわけではありませんが、今までの観察や研究は特定の生物の遺伝子の「型」をわずかでも変化させる「断続的な進化」を支持しているでしょうか? 

投稿日時 - 2012-08-03 11:51:57

ANo.48

> つまり、「1000万年」などの時間的な要素は全く無意味であり、
> 生化学的に、また物質的に、遺伝子学的に、通常観察されている「遺伝の法則」
> に反して、進化論が主張するような変異が起き得るのかが説明されなければなりません。
> それは可能ですか?

一例でも良いですから、
進化論のどこが遺伝の法則のどこに反しているとお考えなのかを
明確に指定して頂けるなら、説明可能だと思います。
それを明確にして頂けないなら、説明不可能です。

投稿日時 - 2012-08-02 00:53:19

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.49のお礼をご覧ください。

投稿日時 - 2012-08-03 11:52:42

ANo.47

> 「徐々に」というのは物事を曖昧にしているだけであり、
> 長大な時間さえかければ少しずつの変異でも進化できるというのは、
> 理論としてはあまりにも大雑把すぎます。
> 具体的に、いつからどのようにそのような
> 「大きな変異(上で述べたようなエラや性別や肺や羽根ができたような)」
> が起きたのかを説明していることにはならないのでは?

進化論では「どこかの時点」で大きな変異が起きたとは考えませんから、
それを進化論によって説明することはあり得ません。

投稿日時 - 2012-08-02 00:46:14

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.49のお礼をご覧ください。

投稿日時 - 2012-08-03 11:52:54

ANo.46

> 一体どの時点で単細胞生物にエラができ、また雄雌の性別が生じ、
> あるいは肺呼吸になり、また羽根が生えたのでしょうか? 

例えば「肺」がどのように発生したかは、リンク先Wikipediaを参考にして下さい。
進化論では、肺は僅かにしか機能しない初期の状態(リンク先によれば酸素摂取面として機能する消化管腹壁)から完全に機能する肺になるまでの間、少しでも機能の高いものが生き残る様にして少しずつ完成されて行ったと説明します。ですから、少しずつ肺呼吸を利用する割合が高くなって行って最終的に肺だけで呼吸する様になったのです。

> それを「大きな変化」と言わずに何と言いますか?

肺が無い状態と完全な肺がある状態では大きな違いがありますが、それは長い時間と多くの世代を経た結果です。「何処かの時点」では大きな変化はありません。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/肺#.E8.82.BA.E3.81.AE.E8.B5.B7.E6.BA.90

投稿日時 - 2012-08-02 00:42:18

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.49のお礼をご覧ください。

投稿日時 - 2012-08-03 11:53:03

ANo.45

> それは違います。むしろ、私は、「そのような突然大きな変異が起きるのでもない限り、
> どのようにして、単細胞生物が魚に、爬虫類に、鳥などに進化し得るのか」ということを
> 尋ねているのです。

「そのような突然大きな変異が起きるのでもない限り」

という、誰も想定していない仮定は、無駄ですからやめませんか?ということです。
質問者の方は、ご自分のこの仮定に振り回されているように思います。
そのような仮定をすることに何の意味があるのでしょうか。

投稿日時 - 2012-08-02 00:14:13

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.49のお礼をご覧ください。

投稿日時 - 2012-08-03 11:54:08

ANo.44

> 後半の計算についてですが、2.3億年かければ、すべての種においてその期間内の
> いずれかの時期に「種の壁を越える大きな変異」があり得るということで
> 大体よろしかったでしょうか。

全く違います。進化論が正しいかどうかを語る前に、進化論を正しく理解して下さい。

進化論ではいずれかの時期に大きな変異が起きることはありません。
大きな変化は2.3億年の中のどこにも起きません。
進化論ではいずれかの時期には小さな変化しか起きません。
認知しがたい微細な変化が2.3億年の間累積されるだけです。
大きな変化は2.3億年の間の累積結果に過ぎません。
変化の内容は無視して変化の大きさだけを数字で表したとして、一年あたり平均0.001ずつ変化し、2.3億年経った時に23万の変化になっていた、という場合、何処の1,000年を取ってみても、1前後しか変化していない、ということです。

微細な変化がランダムに起るだけなら、累積しても行ったり来たりするだけであまり大きな変化にはならないでしょう。それを大きな変化に方向づけるのが、環境による淘汰圧です。環境の淘汰圧によってある方向に変化が累積されたとしても、目標に対して部分最適になる場所に到達してしまったら、そこで変化は止まるでしょう。変化が止まらないのは目標である環境自体が動いているからです。「環境」のうち最も影響が大きいのは、その生物と利害関係のある他の生物です。

投稿日時 - 2012-08-01 23:57:39

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.49のお礼をご覧ください。

投稿日時 - 2012-08-03 11:54:37

ANo.43

>「平均で」230年に1度の頻度で、ここ最近の2.3億年の間にそのような変異があったのではないかと
>私は言ったのですが、たとえそれが「50万種が100万種に」という場合でも、やはり「平均で」
>460年に1度ということになり、頻度としては人類史の長さからすると十分に観察し得る頻度で
>はないでしょうか。

これはご自分に対しての突っ込みかな?
そろそろ科学カテの新記録ですよね(^^;

「頻度」という言葉から明瞭に判りますが、
ある日突然犬が猫を生むのが進化論という妄想から
早く抜け出せることを祈ってやみません。

投稿日時 - 2012-08-01 19:04:48

お礼

ご回答ありがとうございます。

No.49のお礼をご覧ください。

投稿日時 - 2012-08-03 11:54:47

ANo.42

> 要するに「1000万年」ほどの長い時間をかければ進化は起き得るという考えなのでしょうか?

1000万年は進化論にとっては長い時間ではありません。カンブリア爆発のようなことが起きるにはあまりにも一瞬です。しかし、アウストラロピテクスから現代人までが400~200万年だそうですから、1000万年もあればいくつかの種は生まれるかもしれません。「種の起原」の言葉をそのまま引用するなら、「種は他の(祖先の)種から認知しがたい微細な暫時的変化によって生じた」ということです。少なくともダーウインはそう考えています。まずは進化論を正しく理解して下さい。進化論を正しく理解できない限り、進化論が正しいかどうかを考えても無駄です。

========================
お礼後半の計算について、進化論ではどう考えるか、という質問ですから、進化論ではどう考えるかをお答えします。
他の部分は大雑把に良いとしても、

> ここ最近の2.3億年÷100万種=230年に1度は

という計算が、進化論の考え方と決定的に違います。
その計算は、夫々の種で大きな変移がある時突然起きることを前提にしています。
質問者の方は、「ある時突然進化が起きる」という誤った進化論を払拭できていないように思います。
進化論では、「種は他の(祖先の)種から認知しがたい微細な暫時的変化によって生じた」わけですから、進化がある時起きるということはありません。ここ最近の2.3億年に100万種が変化したことを進化論の解釈で述べるなら、
「ここ最近の2.3億年の時間を費やして、50万種の生物が各々平均2種に分岐した」となります。
3種に分岐したものも分岐しなかったものもあるかもしれませんが、それに要した時間は等しく2.3億年です。

恐らく質問者の方は、ある時突然大きな変移が起きるという事実は無いと考えられていると思います。
進化論も、ある時突然大きな変移が起き、それによって進化が起きたとは考えません。
私も同じです。
誰も想定していない仮定を前提にして質問するのは無駄です。
ある時突然大きな変移が起きたことを前提にする質問はやめませんか?

投稿日時 - 2012-07-31 23:03:05

お礼

ご回答ありがとうございます。

後半の計算についてですが、2.3億年かければ、すべての種においてその期間内のいずれかの時期に「種の壁を越える大きな変異」があり得るということで大体よろしかったでしょうか。

それで、「平均で」230年に1度の頻度で、ここ最近の2.3億年の間にそのような変異があったのではないかと私は言ったのですが、たとえそれが「50万種が100万種に」という場合でも、やはり「平均で」460年に1度ということになり、頻度としては人類史の長さからすると十分に観察し得る頻度ではないでしょうか。

それに、この計算について不思議なのは、種の数が増えれば増えるほど「大きな変異」が生じる数が増えるということです。しかし、事実は最近ではそのような「大きな変異」は見られず、大体は過去にそのような変異は起きたとのこと。それは計算とは合致していないように思えます。それとも進化はすでに止まったということ??

------------------------------------------

>恐らく質問者の方は、ある時突然大きな変移が起きるという事実は無いと考えられていると思います。進化論も、ある時突然大きな変移が起き、それによって進化が起きたとは考えません。私も同じです。誰も想定していない仮定を前提にして質問するのは無駄です。ある時突然大きな変移が起きたことを前提にする質問はやめませんか?

それは違います。むしろ、私は、「そのような突然大きな変異が起きるのでもない限り、どのようにして、単細胞生物が魚に、爬虫類に、鳥などに進化し得るのか」ということを尋ねているのです。(そして、そのような大きな変異は起き得ないのだから、進化論の理論は正しくないのではないのか、ということが言いたいわけです。)

「断続的な進化」が起きたとしても、一体どの時点で単細胞生物にエラができ、また雄雌の性別が生じ、あるいは肺呼吸になり、また羽根が生えたのでしょうか? それを「大きな変化」と言わずに何と言いますか? 

「徐々に」というのは物事を曖昧にしているだけであり、長大な時間さえかければ少しずつの変異でも進化できるというのは、理論としてはあまりにも大雑把すぎます。具体的に、いつからどのようにそのような「大きな変異(上で述べたようなエラや性別や肺や羽根ができたような)」が起きたのかを説明していることにはならないのでは?

つまり、「1000万年」などの時間的な要素は全く無意味であり、生化学的に、また物質的に、遺伝子学的に、通常観察されている「遺伝の法則」に反して、進化論が主張するような変異が起き得るのかが説明されなければなりません。

それは可能ですか? 

投稿日時 - 2012-08-01 10:19:14

ANo.41

これまで確認できていることを箇条書きにしてみます。
 1) 突然変異によって一世代で新種が発生するとは考えていない。
 2) 種の内側で累積選択淘汰は起きている。
 3) 累積選択淘汰で、染色体の数が変わることもある。
 4) 現存種の範囲を超えるような変移は現存の生物の中には見当たらない。
以上、質問者のお考えは進化論と矛盾しません。

今回、2つのことを説明させて頂く必要があるのですが、焦点がぼけて質疑応答が循環することを避けるため、敢えて説明が簡単な方一つだけに焦点を絞ります。

> 通常観察されることに反して、種の範囲を越える変異が起き得るということの方こそが証明されるべきではないでしょうか?

「種の範囲を越える変異」の定義は次回に先送りするものとして、
種が別の種になったと感じられる程に大きな変移が「通常観察される」ことは、進化論から見ればむしろ殆どあり得ません。
観察されない方があたりまえですから、「反して」いない、という答えになります。
「通常観察される」程度の時間幅で、種が別の種になったと感じられる程の変移が仮に自然に起きたとしたら、その方が進化論にとって脅威でしょう。
わずか1000万年程の間に多くの進化が起きたと考えられていた「カンブリア爆発」は、その進化の期間が訂正されるまでの間、進化論にとって謎だとされていました。1000万年というごく短い期間に多くの進化が起きるということになれば、変移はゆっくりしか起きないという進化論の原則が崩れかねないからです。この「わずか1000万年」と比べて、「通常観察される」期間が更にどのくらい短いのかを想像してみられると良いと思います。人為淘汰による強力な淘汰圧が加わっていたとは言え、犬が種の中で変化するのにどれ程の時間を要したでしょうか。No.25の方のショウジョウバエの場合は、交配できなくなるまでにどれ程の時間を要したと考えられるでしょうか。No.38のアカネズミの染色体数がどれ程の時間で変化したのかは不明ですが、恐らく犬が各種に変化するのに要した時間とさほど変わらないのではないかと思います。これらの時間は、前記「わずか1000万年」と比べるとどうでしょうか?

進化論の考え方については何度か説明させて頂いているので上記はお分かりかと思いますが、ご理解頂けないようでしたら再度説明を考えます。ご理解頂けるようでしたら「もう一つ」の説明に移りますのでどちらかお知らせください。

投稿日時 - 2012-07-30 00:13:01

お礼

ご回答ありがとうございます。

要するに「1000万年」ほどの長い時間をかければ進化は起き得るという考えなのでしょうか? 人類史が約数千年と考えた時、そのくらいの時間幅では進化は起きないということですが、例えば1000年かけても起きないことは1万年かけても起きないのでは? さらに、1万年かけても起きないことは10万年かけても、・・・1000万年かけてもやはり起きないでしょう。

ですから、長大な年月さえかければ通常起きないようなことでも起きるとは言えないと思います。なぜなら、種を超えるということは時間的な要素によるのではなく、遺伝子構造の大きな変形という物理的要素が関係しているからです。後者が説明されなければ、1000万年という長大な時間的要素も全く無意味です。

----------------------------------------------------


さらに、これは私の個人的な考えですが、地球ができて46億年とのこと。その後いつ生物が生じたかは分かりませんが、最初の1種類の生物から現存する100万種の動物に分化したとしたら、それまでにどれくらいの頻度で大きな変異が起きたのでしょうか。

100万=約2の20乗なので、20回(世代)の大きな変異があったと単純計算できます。それで、地球年齢46億年÷20=2.3億年となり、1回の大きな変異が生じる年数が出ます。

しかし、「1回」というのは、その当時存在するすべての種の数に当てはまることであり、例えば、最初の変異では1種類が2種類になり、次の2.3億年後には2種類が4種類に、次の2.3億年では4種類が8種類に・・・といった具合です。

それで、現存する動物が100万種として、ここ最近の2.3億年の間にこのすべての種について大きな変異があったと考えることができます。それで、ここ最近の2.3億年÷100万種=230年となります。ですから、ここ最近の2.3億年の間に平均230年に1度はこの地球上でそのような大きな変異があったということになるのです。

であれば、そのような大きな変異があったとすれば、数千年の人類の歴史の中でも観察できるほどの頻度であるはずです。計算の根拠となる数字や計算方法にも異論があるかもしれませんが、進化論の場合、その点をどのように試算していますか?

投稿日時 - 2012-07-30 09:23:11

ANo.40

一点、確認させて下さい。

> その過程である程度の変異が起きることは観察により知られていますが、それは飽くまで種の範囲内でのことにすぎません。

この一文は、変移の原則について述べられているのか、それとも現存する種間に観察される事実について述べられているのか、どちらですか?

即ち、
A. 増殖の過程で起きる変移は種の範囲内でなければならない。
B. 現存種の範囲を超えるような変移は現存の生物の中には見当たらない。

のどちらの意味でしょうか?それともどちらでもない別の意味ですか?
もし前者(A)(或はAB両方を含む)の意味だとすると、No.39後半の回答で説明させて頂いた様に、現存する複数の種間の違いを参照せずに「種の範囲内」を決める「種の壁」の位置を定義して頂かなくてはなりません。後者(B)の意味なら観測される種と観測される変移について事実を語っている訳ですから、これに制約されません。No.39後半をご理解頂いているとすれば後者(B)を意図されているのだろうと思いますが、合っていますか?
後者(B)は、進化論が予測することと一致しています。
前者(A)を意図されているなら、No.39後半の意味を再度説明させて頂く必要があるかもしれません。

投稿日時 - 2012-07-29 07:17:15

お礼

ご回答ありがとうございます。

これはそう難しく考える必要はないと思います。つまり、犬からは犬しか生まれず、猫からは猫しか生まれないということです。しかし、例えば、犬の中には様々な犬種がいて、大きさ、色、模様、性質など様々ですが、やはり「犬」であることに変わりはないわけです。

ですから、私の見解としては基本的にBでよいと思いますが、先回示した「遺伝の法則」から考えるなら、結論はAと考えても差し支えないとも思います。むしろ、通常観察されることに反して、種の範囲を越える変異が起き得るということの方こそが証明されるべきではないでしょうか?

それにしても、どのようにして、例えば単細胞生物が魚に、魚が両生類に、爬虫類に、鳥になり得たのでしょうか。それにはかなりの劇的な変化がなければ難しいと思うのですが。

投稿日時 - 2012-07-29 09:15:31

ANo.39

これまでの質疑応答の結果、質問者の方のお考えも、
 1) 突然変異によって一世代で新種が発生するとは考えていない。
 2) 種の内側で累積選択淘汰は起きている。
 3) 累積選択淘汰で、染色体の数が変わることもある。
という所までは、進化論の考え方と矛盾しないことがはっきりしました。

これを踏まえた上で、もう一度
>「緩やかな変化では…大きな変化をもたらすことはあり得ません」
を、吟味することにします。

今回、「大きな変化」の定義は、「種の壁を超えること」と考えるべきでしょう。
そうすると、「種の壁を超える」とはどういうことか、もっと根源的には「種」の区分とは何かが重要です。
種の内側で累積選択淘汰が働いているとき、少なくとも累積選択淘汰が何かの壁を越えることがあり得ないと主張するなら、その壁が何処にあるのかを明示できなくてはなりません。その理論では、種の内側での累積選択淘汰によって壁際まで近づいた変種があれば、壁を超えられずに変化が停滞するか、又は壁に跳ね返されて変化の方向を変えるようなことが起きる筈です。ある種の中にいくつかの変種がある時、それらの変種の一つ一つが壁に近いのか遠いのか、という観点での分類も重要になって来ると思います。

ここでひとつ、「種の壁」に関して確認しておくべきポイントがあります。これを今回の焦点にしたいと思います。
任意の2つの種を比べたとき、2つの種の間の違いは通常比較的はっきり指摘できる場合が多いと思います。しかしこの違いを「累積選択淘汰が超えることのできない種の壁」の定義とすることはできません。なぜなら、累積選択淘汰が超えられないであろう(又は逆に超えることが可能かもしれない)「種の壁」は、少なくとも、それによって累積選択淘汰が新種を作り得るのかどうかを評価しようとしているわけですから、壁の向こう側の別の種の存在が無くても壁は定義可能でなくてはならないからです。つまり、ここで言うところの「種の壁」は、仮に例えば種が一つしかなかったとしても定義可能なものでなくてはなりません。「染色体の数」はその条件を満たす壁になる可能性がありましたが、前回否定されてしまいました。他にそのような壁を定義することができるでしょうか。この先へ進めるには、種の壁の新しい定義を示して頂く必要があるかと思います。

投稿日時 - 2012-07-27 23:51:06

お礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど。大変論理的な考え方ですね。そのような思考の仕方には私も賛同します。

今回は「種の壁」についてでしたね。要するに、単純にいって「ある生物の子は親と基本的に同じ遺伝子情報を受け継ぐ」という「遺伝の法則」のことです。

しかし、「同じ遺伝子情報」といっても、すべて100%全く同じというわけではありません。なぜなら父親と母親から半分ずつ遺伝子情報を受け継ぐからです。

その過程である程度の変異が起きることは観察により知られていますが、それは飽くまで種の範囲内でのことにすぎません。

ですから、人間のこれまでの観察・研究では、基本的に「子は親の遺伝子情報を受け継ぐ」という遺伝の法則が事実であることが確認されています。しかし、進化論はある特殊な状況下や長い時間を経るなら、そのような普通起きないような変異も起き得ると主張しているわけです。

ですから、進化論は、そのような通常見られる「遺伝の法則」を覆して、新生物が生じるほどの大きな変異が起こり得ると言える根拠をまず挙げるべきだと考えました。

何度も言うように、種の範囲内であれば変異は起きるのであり、私が言う「大きな変化」とは、例えば、単細胞生物が魚になり、魚が両生類になり、次いで爬虫類になり、さらには鳥類になったというそういう変化のことです。本当にそのような「大きな変化」を進化論の理論によって証明できるのでしょうか?

投稿日時 - 2012-07-28 09:24:55

ANo.38

質疑応答のステップを、もう一歩進めることが可能になりました。
質問者の方は、同種の範囲内での累積選択淘汰はあったとお考えだということがはっきりしました。
最も重要な点はやはり、

>「緩やかな変化では…大きな変化をもたらすことはあり得ません」

だと思いますが、ここで、

> 「染色体の数が異なる新生物を生み出すほどの(大きな変化)」

という、質問者の方の「大きな変化」の定義に触れなくてはなりません。
念のため確認しておきますが、少なくとも今時点は、「大きな変化」の定義を、

「種の壁を超えること」ではなくて、
「染色体の数が変わること」であると考えることにしましょう。
両者を混同すると、質疑応答がまた循環してしまう恐れがありますので注意して下さい。

前者であれば「種の起原」を引用することができるのですが、後者ではそれができません。歴史的に、ダーウイン自身は染色体を知らなかったからです。私自身も元々染色体に関してあまりよく知りませんので、できれば前者で話を進めたかったのですが、質問者の方の染色体数への拘りが非常に強いようなので、避けては通れない、と認識しました。

今回は、焦点を、
「累積選択淘汰によって染色体数の変化は起き得るか」
に絞りたいと思います。あえて「種」には触れないように注意します。

染色体に関してはNo.30の回答者の方が大変にお詳しいようでしたので、No.30の回答とそのお礼を読ませて頂きました。私自身はNo.30の回答で十分に説得力がある、と思いましたが、それでもご納得頂けていないようですので自分で検索してみました。染色体の数に関しては結構たくさんヒットするものがありましたが、中でも下のリンク先の内容が参考になりそうだ、と思います。
この文献によると、北日本のアカネズミの染色体数は48本、中部のアカネズミの染色体数は47本、九州や四国のアカネズミの染色体数は46本なのだそうです。本質的にはNo.30の方のタヌキの例と同じだと思います。

質問者の方はこの3つのグループのアカネズミが共通の祖先を持つとお考えでしょうか?
それともこのこの3つのグループのアカネズミは夫々に創造されたとお考えでしょうか?
それともこの文献には何かの誤りがあるとお考えでしょうか?
それともこの3つのグループのアカネズミの染色体数の違いに関して、何か他のお考えがありますでしょうか?

参考URL:http://www.ies.or.jp/publicity_j/mini_hyakka/47/mini47.html

投稿日時 - 2012-07-27 07:21:48

お礼

ご回答ありがとうございます。

文献読みました。なるほど、生物学は奥が深いですね。

「累積選択淘汰によって染色体数の変化は起き得るか」ということでしたが、観察の結果、そのような事例があるのであれば、それを真実とみなすべきだと思います。

しかし、結局、その北日本の48本のアカネズミも46本のアカネズミもやはり「アカネズミ」には違いないのでしょう? 

以前の回答で、「染色体の違い=種の違い」ではないとの指摘がありました。同じ種の中でも染色体の数が違っているものもあるとのことでした。ですから、この事例も種の範囲内で起き得る変異ではないでしょうか?

先回も述べましたが、このように種の範囲内で起き得る事例をいくら挙げても種の壁を越えるほどの大きな変異を証明することにはならないと思います。

投稿日時 - 2012-07-27 08:57:17

ANo.37

質疑応答を次のステップへ進めることが可能になりました。
次の焦点は、No.33お礼欄にある、

>「緩やかな変化では…大きな変化をもたらすことはあり得ません」

になると思います。この一文は、進化論への「正しい反論」としての体裁が整っています。
本題に入る前に、まず、種の壁を超えない範囲の変化について、質問者の方のお考えを
確認しておきたいと思います。
お答えによって次の回答の進め方を変える必要があるだろうと思うからです。
次の質問にお答え頂けますでしょうか。

==============================
1) アフリカの人は肌の色が濃く、北ヨーロッパの人は肌の色が白い。
2) インドの人は白人だが、肌の色はかなり濃い。
3) 農耕民族である日本人は、腸が長く草食に適している。
狩猟民族である肉食主体のヨーロッパの人は、日本人と比べると腸が短い。
4) 病原菌などを薬を使って退治しようとすると、
根絶できない限り次第に耐性を持つようになって薬が効かなくなる。
5) 偶然生まれた好ましい品種を残し、好ましい品種同士を交配することによって、
犬や家畜、穀物などを望みの方向に誘導することができる。 

これらは各々の環境に応じて累積選択淘汰が働いたためだという説明が可能だと思います
(5番目は人為淘汰)が、この説明には同意されますか?
それともアフリカ人、ヨーロッパ人、インド人、日本人は、夫々に創造されたとお考えですか?
或は、肌の色や腸の長さは遺伝しない、とお考えでしょうか?
それとも、このどれでもない他のお考えがありますか?
又、アフリカ人、ヨーロッパ人、インド人、日本人には共通の祖先がいる、
という考えには賛成なさいますでしょうか?

投稿日時 - 2012-07-26 00:17:21

お礼

ご回答ありがとうございます。

順を追って確認していくというこの地道な作業をやはり怠るべきではありませんね。その点において、私はまずel156さんの考え方に賛同します。

さて、「緩やかな変化では…大きな変化をもたらすことはあり得ません」の「大きな変化」とは以前から述べているように、「染色体の数が異なる新生物を生み出すほどの(大きな変化)」であることはご承知の上だと考えます。

それを踏まえて、上の5つの質問ですが、いずれも「染色体の数が異なるほどの大きな変化」を生み出した例とはいえないように思えます。むしろ、それらは「種の枠内での変化」に過ぎないのでは?

とはいえ、私の答えとしては、例えば、黒色人種、白色人種、黄色人種には共通の先祖がいるというふうに考えています。

種によっては、例えば、犬のように、種の中での変化の幅が大変広いものも存在しtます。大きさ、色、模様、性質など、いろいろと異なる犬種がいますが、いずれもやはり人はそれらを「犬」と呼びますし、交配も可能です。

ですから、そのような種の中で変化し得る例をいくら挙げても、種の壁を越えるほどの大きな変化をもたらし得ることを証明することにはならないのではないでしょうか?

投稿日時 - 2012-07-26 09:13:00

ANo.36

質疑応答が循環してしまいますので、焦点を絞ります。
私はここで、進化論が正しいかどうかは、一度も述べておりません。単に進化論の考え方を説明しているだけです。質問者の方が、進化論を正しく理解されていないからです。進化論が正しいかどうかは正しく理解できたその次に主張されたら良いと思います。進化論は突然変異によって生じる得る、という、原質問のお考えは誤りです。原質問にある、「親とは異なる新生物を産み出すほどの突然変異」は、進化論には不要ですし、もし仮にそんなものが進化の原因だったとしたら、進化論を否定することになります。突然変異自体は、観測されている事実です。進化論に突然変異は必要ですが、突然変異は進化論の本質ではありません。「種の起原」を少しでも読まれたことがありますか?

投稿日時 - 2012-07-25 00:25:20

お礼

ご回答ありがとうございます。

一応、el156さんが説明してくださったことは理解しています。その上で私はその理論の矛盾点を指摘してきました。

「どんな劇的な変化も、連続的なゆるやかな変化の積み重ねで説明しよう、というのが進化論の考え方です」とのことでしたので、それに対して私は「本当にそのような緩やかな変化で種の壁を越えるほどの変化をもたらすことができるのか」と疑問を提示しました。

私は「種と種の間には高い壁があり、通常はそれを乗り越えることができない」ということを示した上で、そのような疑問を提示しているのであり、何の根拠もなくでたらめな疑問を示したわけではありません。

「進化論が正しいかどうか」はもしel156さんが進化論を論じる以上、真剣に考慮しておくべきことだと思います。お陰で進化論の考えはさらに正確に分かったのですが、しかし、進化論には矛盾点があることもいよいよ明らかになったように感じています。



ところで、何が正しく、何が間違いかを判別するというのは、特に今回のような壮大なテーマの場合、極めて高い識別力を要しますね。el156さんが何度も真剣にこのようなテーマについて討論するために時間と思考を費やしていることについて、私は賞賛に値すると考えています。

私も真剣にまた率直に意見を述べているので、言葉も論理も鋭いものとなっていたかもしれません。もし、失礼に思った点があったならどうか許してください。しかし、私も人間の起源についての真相に深い関心を抱いており、我々のルーツを説明する今回のようなテーマは真剣に考察するに値すると考えています。

それゆえに、遠慮のない率直な意見も時として出ますが、それは先入観や偏見や盲信など、真実を突き止めるのに障害となるものを打破するためでもあります。たとえ、それが自分にとって不都合な場合も含めて、やはり「真実を真実、間違いを間違い」と認める、まっすぐな考え方を貫きたいと考えています。

投稿日時 - 2012-07-25 09:21:38

ANo.35

まず、私は進化論が正しいのか正しくないのかについて此処で何かを言ったつもりも、言うつもりもありません。正直言うと私自身は進化論が本当に正しいのかどうかにはあまり興味がありません。私の中での進化論の位置づけは、現在の生物や化石上の生物を説明できる、たいへん面白い仮説です。進化論で説明しようとすると矛盾するような事実があるのかどうか、には興味がありますが、今のところそのような事実を私は知りません。ここで回答しているのは、質問者様が進化論を誤解されているようなのでその誤解を解きたい、と思うからです。進化論を批判するのであれば、正しい進化論を批判して頂きたいと思うからです。
従いまして、進化が起きたに違いない、という前提で回答しているのではなくて、終始、進化論ではこのように考える、という視点でお答えしています。進化論を正しく知って頂きたいからです。

積み木の例は、ものには限度がある、という程度の意味でしたら、その通りだと思います。ものには普通限度があります。限度には必ず夫々に理由があります。積み木を高く積めば風や振動で簡単に崩れますし、バランスを保ったまま精密に高く積み上げるには技術的困難もあります。仮にこれらを克服して高く積んだとしても、自重で潰れる恐れもあるでしょう。ジャンボジェットで月まで行こうとすれば、空気が薄くなってエンジンが働かず断念することになります。エレベータなら宇宙まで行けそうだという話もあるようです。ロケットなら月まで行った実績がありますが、火星や金星まで出かけて行って戻って来ることは、現在の技術では多くの面でまだ困難でしょう。各々の限度の原因は夫々に違います。
『種」という分類は、結果です。種の枠内かどうかを、進化が起きている時点で、進化の当事者が知ることはできません。従いまして、少なくとも進化論上は、変化の限度が種の枠内なのかどうかは無意味です。進化論の場合、変化の限度は、No.33前半で述べた通りです。もし仮に環境が変化しなければ、変化は部分最適の小山の頂上で収束します。どっちに変化しても有利にならない場所に収まってしまえば、その先にもっと有利な変化があったとしてもその方向へは進めません。ですから、高等な生物も下等な生物も、偶然選ばれたその方向の中の部分最適解として世界に存在しています。深海の生物が、非常に古い時代から殆ど進化していなかったりするのは、環境が非常に安定しているからだと思います。
逆に言えば、大きなな進化が起きたとすれば、環境が大きく変化したのだろうと推測できます。進化論では、進化は目標に向かうフィードバック制御のようなものですから、その目標となるべき環境が変化してしまうとすれば、進化はその目標に振り回されてふらふらと際限なく変化して行く筈です。特に捕食者と餌生物の軍拡競争のように環境が別の生物だったりする場合には、相乗効果で進化は速く進みます。

投稿日時 - 2012-07-24 01:15:33

お礼

ご回答ありがとうございます。

>『種」という分類は、結果です。

つまり、多様な種の存在を「進化した(分化した)結果」とみなしているということではありませんか? 「それで、進化した(分化した)とすれば、それはこうこうこうなったに違いない」という仕方で論理が展開されていませんか? ただ「進化した(分化した)とすれば」という言葉を書いていないだけです。なぜ、勝手に、種の多様性をいきなり「分化の結果」と結論できるのですか? 分化が本当に生じたのか、そうだとすればどのようにして起きたのかということを証明しようとしているのに、「分化が起きた」という前提で理論が展開されていませんか? 私は「全く異なる生物種が最初は同じ先祖を有しており、しだいに分化した」という進化論の理論はあまりにも突飛すぎると感じていますので、そういった前提に捕らわれませんが、第三者的な立場から見るとそれがよく分かります。

>種の枠内かどうかを、進化が起きている時点で、進化の当事者が知ることはできません。従いまして、少なくとも進化論上は、変化の限度が種の枠内なのかどうかは無意味です。

各生物には種を保存するための様々なシステムを持っています。最初の質問でも、通常、受精の際に他種同士の交配ができないようになっている事例を挙げました。それで、人間が研究し、観察してきた限り、種からは同じ種しか生まれてきませんでした。しかし、進化論はそのような通常起こらないようなことが起きたと想定しています。では、どのようにそれが起きたのかと聞くと、「断続的な変化の積み重ねで」とのご回答でした。

確かに、環境条件などの変化に伴って適応していく能力を生物は持っていますが、問題はそれによって種を越えるほどの大きな変化が本当に起き得るのかということです。しかし、el156さんは「変化の限度が種の枠内なのかどうかは無意味」だとのご回答。なぜそう言えますか? 種と種の間には高い壁があるということを認識してはいないのでしょうか? あるいは無視ですか??

>進化論の場合、変化の限度は、・・・

それ以降の論理は、飽くまで「進化が起きたとすれば、こうこうこうなって起きたに違いない」という論理なので、進化論の考え方を紹介するには十分でも、進化論の信憑性を支持するための根拠として挙げるには不適切だと思います。 

投稿日時 - 2012-07-24 14:02:38

ANo.34

>「ゆっくりと断続的に進化した」

「断続的」という表現は、誤りではないかもしれませんが、誤解を生む恐れがあります。
どんな劇的な変化も、連続的なゆるやかな変化の積み重ねで説明しよう、というのが進化論の考え方です。これは、私の個人的見解という訳ではなくて、進化論の最も普通な解釈だと思います。緩やかな変化にも緩急はあったと考えられますが、不連続な進化が起きた証拠はありません。質問者のお考えもこの点では進化論と同じで、不連続な進化(e.x. サルがヒトを生む)は起きないだろうとお考えなのではないでしょうか。

>「緩やかな変化では…大きな変化をもたらすことはあり得ません」

と仰る理由が、私には理解できません。逆にそういう前提があるのなら、私の回答をご理解頂けないのも、尤もなことです。
小さな変化の積み重ねが大きな違いを生む、ということが、一般にあり得ないとお考えなのでしょうか。

グループ毎に独自に変化する理由は、説明済みですが、補足再掲します。
個々の独立したグループが独自の変化を起こす一つの(消極的な)理由は、No.33前半で申し上げた様に、変化の方向がグループ毎の偶然に左右されて決まって行くからです。もっと積極的なもうひとつの理由は、No.11後半で申し上げた様に、進化の累積選択淘汰の選択理由となるべき「環境」そのものが、時間的にも空間的にも一様ではないからです。

投稿日時 - 2012-07-22 21:53:08

お礼

ご回答ありがとうございます。

>小さな変化の積み重ねが大きな違いを生む、ということが、一般にあり得ないとお考えなのでしょうか。

その「大きな違い」というのは飽くまで種の枠内でのことなのでは? 種と種の間にはそこに立ちふさがる「高い壁」があります。「少しずつの変化で可能」という理論は「積み木をどんどん重ねていけばいつかきっと月にまで届くようになる」というのと同じくらい無理がある理論だと思います。

>グループ毎に独自に変化する理由は、説明済みですが・・・

隔離され、再びあった時に変化が明らかになるという意味は分かります。しかし、先回も述べましたが、そもそもそれぞれのグループはどのように「種の壁を越えるほどに」変化できたのですか? 

「変化の方向がグループ毎の偶然に左右されて決まって行くからです」とか「進化の累積選択淘汰の選択理由となるべき「環境」そのものが、時間的にも空間的にも一様ではないからです」というのは、飽くまで隔離された両グループでは環境条件が違うという意味のことであり、それぞれがどのように「種の壁を越えるほどに変化できた」のかの説明にはなっていないと思います。



いずれにしても、el156さんは「進化は起きたに違いない」という前提で理論を展開しているような気がします。「進化が起きたとすれば、それはこうこうして起きたはずだ」というように。では、進化が起きたとなぜ言えるのですか? それを支持するための根拠として、突然変異とか淘汰などを挙げているのに、なぜ「進化が起きたとすれば・・・」といった前提に基づいて理論を展開できるのでしょうか?

A:進化はなぜ真実だと言えるのか? Q:「突然変異によってそう言える」。 A:では、種の壁を越えるほどの突然変異が起きたとなぜ言えるのか? Q:「進化は真実だから、こうこうこうなったに違いない」。 A:では進化はなぜ真実だと言えるのか? ・・・。そのような論理ではいつまでたっても真相には至らないでしょう。

投稿日時 - 2012-07-23 09:50:13

ANo.33

最初に
 1) 自己複製能力をもつ
 2) 複製は完全ではなく、複製の結果は揺らぐ
 3) 複製は累積して繰り返す
という能力を持つひとつの最初の生命は、必要です。それがどのように発生したのかは進化論で説明できません。

しかしそういうものが一個体発生すれば、増殖するに従ってその生命の特質の幅が広がるとともに、環境資源が有限ならその幅の中でより環境に適合するものが残ります。ランダムな変化が大きな幅で起きればその環境に適合できなくなってしまう方が高確率がですから、変化はゆっくりとしか起きません。環境に適合し難いものは減って行きますから、変化は「適合性の谷」を超えることができません。仮に変化の先にどんなに有利な特質が想定されたとしても、もしその生命がその特質を獲得するまでの間に不利益となるような変化を経験しなくてはならないなら、その道で変化することは不可能です。又変化の方向は偶然に左右されます。有利な変化の方向は一つとは限らず、どの道も選択され得る可能性はありますが、選ばれる道は一つです。どの道が選ばれるかは偶然が左右します。どんなに有利な変化が想定されたとしても、その方向への偶然の揺らぎが無い限り、変化がその道を選ぶことはありません。
このまま環境に何も起きなければその生命は全体として形を変えて行き、偶然選んだ方向の中の最適解としての小山の頂上に達した時点で変化は止まるでしょう。種の分化が起きることもありません。

分化が起きるには、その生命の住む1つの「池」が天変地異などによって2つの池に分断されるなどして、その生命が2つのグループに隔離される必要があります。隔離されたグループは独立して夫々の変化の道を歩み、地質学的な時間を経て再び2つのグループが出会った時に分化が起きていたことに気づきます。ダーウインがガラパゴスで得たインスピレーションは、この「隔離」の考え方だと思います。

投稿日時 - 2012-07-21 13:36:09

お礼

ご回答ありがとうございます。

「ゆっくりと断続的に進化した」という見解ですが、先回も述べたとおり、「染色体の数が異なる新生物」がいつかの時点で登場したのは明らかであり、その時点でまさに「劇的な変化」だと言わざる得ないのでは? 

ですから、el156さんがおっしゃるような緩やかな変化では種の枠内を越えるというほどの大きな変化をもたらすことはあり得ません。

それから、「隔離されたグループは独立して夫々の変化の道を歩み、地質学的な時間を経て再び2つのグループが出会った時に分化が起きていたことに気づきます」とのこと。しかし、隔離されようがされまいが、それぞれのグループはどのように独自に「変化」できたのでしょうか? その説明にはなっていないと思います。

投稿日時 - 2012-07-22 10:04:50

ANo.32

> しかし、進化論はいつかの時点で、通常起こらないような「染色体の数が異なる新生物が生じた」、
> つまり種の分化が生じたと主張しています。

それが違います。「いつかの時点」ではありません。
2つの異なる種というのは、別々に進化した2系統を比べた時に初めて認識される、というのが進化論の考え方です。

たとえ話はあまり良くないかもしれませんが、言語の変化と比べてみて下さい。
一つの言語がいくら変化したとしても、その中に居る限りは、「違う言語」という程に大きな変化を感じることはありません。
ですが、同じ言葉を喋る2つのグループが地質学的な時間、隔離されていたら、それぞれ別々な変化をするでしょう。
別々の言語になってしまったことに気づくのは、その2つのグループが再び出会った時です。

投稿日時 - 2012-07-20 22:53:18

お礼

ご回答ありがとうございます。

その理論では、最初に生じた(恐らく1種類の)生物からどのように分化したのか、という疑問点を解消できないと思います。

投稿日時 - 2012-07-21 10:45:52

ANo.31

なるほど。質問者様は進化論の真偽以上に学問の権威化が問題だったのですね。少々誤解していたようです。
ご安心ください。生物学の場では進化論は絶対の真実とは考えられてはいません。まだまだ不備が多数あることは研究者なら誰もが知ってますし、進化論の完全否定の観点から研究している人もいます。
あくまで「現時点のデータからおそらく進化は実在したのだろう」と考える学者が多いというだけです。
そもそも進化論もダーウィンが提唱した時はマイノリティで異端扱いされて徹底否定されてきました。とくにキリスト教圏では生き物は神が作ったという考えが絶対の真実とされてきた文化ですから。
そんな中で進化論反対派も含めた色々な科学者が長い時間をかけて研究を進めてデータを集めた結果、「進化論は不足部分もあるが合理的だ」と認められるようになったのです。
少なくともなんらかの権威が「進化論は正しい!みんな認めろ!」と無理やり認めさせたものではありません。
そして、だからこそ誰かが進化論を明確に否定するデータを出せば最初は疑う人が多数でるでしょうが、逆に疑うからこそそれを否定するために同じ研究をする人が出てきます。
そして進化論が間違っていることが正しいなら否定派もそのデータを得ることでしょう。そして新しい考え方にパラダイムシフトを起こすのです。
「神による創造」から「進化論」へのパラダイムシフトがかつて起こったように。
質問者様は進化論の権威がそういうデータを握りつぶすんじゃないかと疑うかもしれませんが、それはありません。そういう権力が発生するシステムはありませんですし、そもそも握りつぶしても金銭的な利益が発生しません。
逆に、生臭い話ですが今まで主力だった説をひっくり返すことに成功すれば科学者として莫大な名誉が手に入りますので、可能性があるならそれにかける研究者は多数出てくるかと思います。
特に進化の有無は学術的にも重大ですし、現時点で分からないことが多数あるからこそ世界中で研究が進められています。

投稿日時 - 2012-07-20 21:22:05

お礼

ご回答ありがとうございます。

そうですね、確かに人間の起源については、神が造ったという「創造論」と「進化論」の二つの説があります。

ところで、私は進化論の学者たちが提示している根拠とその考え方は大変科学者らしからぬものと感じています。実際、素人の私でさえも今回のような疑問を抱き、しかもそれにだれも明快に答えることができないというのが現状のような気がします。

これは全く私の個人的な見解なのですが、進化論の決定的な欠陥として、「最初の生命は自然発生によって生じた」という考えがあります。生命と非生命との違いとは何でしょうか。それは生命力が働いているかどうかということです。また、(植物ではなく動物の場合、)人間に顕著にみられるように「精神」とか「意識」、「心」という、物質とは全く異なる目に見えない部分を有している点もそうです。それで、確かに進化論が言うように「最初の生命が原始地球の有機物のスープの中から生じた」としても、それは飽くまで物質的な組成を説明しているに過ぎません。確かに、生命の原材料であるアミノ酸やたんぱく質とかができたかもしれません。しかし、それにどのように「生命力」とか「精神」といった目に見えない部分が加わったのかという点については何の説明もなされていません。

以上の点から、私は進化論は完全に正しくない理論だと考えています。しかし、思考するのは大切ですし、個人個人がそれぞれの信念を持つのは自由だと私も考えています。

投稿日時 - 2012-07-21 10:43:17

ANo.30

他の方も仰っておられますが、染色体数が違うけど同じ種類の生き物はいます。タヌキなんかそうですね。あるタヌキと別のタヌキは染色体数が違いますが、問題なく子孫を作れます。
そして染色体数が同じだけど違う種もいます。ライオンとトラがそうですね。他にも色々います。ある種の鳥と猿の一種とか。
染色体は中に固有の遺伝子配列を持っていて、同じ数の染色体でも中身の配列が違えば違う種になります。

あと、子供の染色体数が親のものと変化する現象はよく見られます。例えば人間ならダウン症候群とかですね。これは生殖細胞が減数分裂するときに発生するようです。


また、人間の各染色体の構造を調べた結果、人間の染色体の1つはチンパンジーの持つ2つの遺伝子が融合して形成されたと考えられています。(厳密には人間とチンパンジーの共通の祖先の持つ2つの染色体が、ですが)。また、他の染色体を調べるとゴリラの持つある染色体が重複して形成されたものもあります。このことから、ヒトとチンパンジーやゴリラには共通の祖先から染色体の数が増減したり、遺伝子が変異して分岐したと考えられています。
ようは、染色体は種によって固有の構造を持つのですが、チンパンジーやゴリラの持つ染色体とヒトの持つ染色体は極めて構造が類似しており、なおかつ内部の遺伝子配列にも共通する部分が90%以上あり、ヒトとチンパンジーで構造が異なる染色体を調べてみると全く別物ではなく、部分的に融合したり重複したりして変化しただけで元々の構造は同じだったことが研究によって分かっています。
特に人間とチンパンジーなんて遺伝子の約98%が同じことが分かっています。


質問者さまはわずかずつの遺伝子の変異では、同じ種からはその種の範囲での変化しないから、1代で大きく変化するはずだ、と仰られておりましたが、1代ごとに少しずつ変化していって、やがて2%ほどの変化になった結果、人間とチンパンジー程度に変化した、という考えはどうでしょうか?

人間にも様々な突然変異が実在します。有名なところでは鎌状赤血球症候群ですね。これはどの遺伝子が突然変異したら発生するかまで分かっています。赤血球の形が通常は円盤状の球体ですが、鎌状赤血球では細い三日月型に変化します。通常では酸素運搬能力が低下するために早死にすることが多いですが、マラリアに対する耐性が高いため、マラリアの発生地域では比較的多数存在します。
これは遺伝子突然変異が環境の淘汰圧によって固定された例と考えられます。今でこそ人類は高度な医療があるためマラリア自体が致命的な淘汰圧にはなりえませんが、もし人類が大した医療もなく、なおかつ全世界的にマラリアが大発生したとすれば、普通の赤血球の持ち主は死に絶え、突然変異によって発生した鎌状赤血球の遺伝子を持つ人間が増えることでしょう。他にも指の数が変わる突然変異、腕の腱がなくなる突然変異、上あごに大量の歯が生えてくる突然変異、筋肉が異常発達する突然変異なども実在します。
突然変異自体はランダムなものなので、生存に有利になる突然変異はなかなか生まれませんが、マラリア発生地域での鎌状赤血球のように環境に対して有利な形質を産むこともあります。
人間は社会や文明が優れているためにこういう突然変異が淘汰圧に関わることはほとんどないでしょうけども、厳しい自然界で生きる生き物なら、ちょっとした病気への耐性の有無や、筋肉の配置の変化、体毛の量の変化などの微妙な突然変異ですら生存に影響しうる可能性は高いと考えられます。そうなれば突然変異が固定され、少しずつ遺伝子が変化していくことは環境と生殖隔離の発生次第ですが、十分あり得ると思います。そういう少しずつの遺伝子の変化が長く続き、遺伝子全体の数パーセントだけの変化が蓄積しただけで人間とチンパンジーくらいの差は生まれる、という風に考えられると思います。
いきなり人間からチンパンジーが産まれるようなことがありえるかと考えると無理がありますが、別々の地域で生きる同種がその地域に対応して少しずつ、毛の量が変化したり、骨の形が少しずつ変化したり、ということが蓄積していけばいずれ別種と言えるほど変化はありえるのではないか、とそう思います。
ハエなんかも別々に繁殖させるだけで生殖不能にまで変化してしまっていますし。

投稿日時 - 2012-07-19 02:32:15

お礼

ご回答ありがとうございます。

まず、「染色体数が違うけど同じ種類の生き物」について、タヌキの例でしたね。これは「染色体数の違い=種の違い」とは限らないということを意味しているということなのだと思います。ご指摘ありがとうございます。しかし、今回の私の疑問点において重要なのは「種の定義」ではなく、進化論が(「染色体数が異なる」と分かりやすく表現したつもりだったのですが)遺伝子情報が異なる種類の生物に分化したというのであれば、具体的にどのようにそれが生じたのか、本当にそうなり得ると言えるのか、という点でした。

「染色体数が同じだけど違う種もいます」というライオン・トラなどに関するご指摘もやはり同じです。それらによっては私が示した疑問点の解消とはならないと思います。動物だけでも100万種いるわけですから、その中に鳥や猿といった全く異なる動物でも染色体の「数だけ」は同じというものもかなりあるのは当然でしょう。

「子供の染色体数が親のものと変化する現象」ということで、ダウン症のことが挙げられていました。しかし、これも基本的な遺伝子情報の実質的な変化はなく、種を越えるということにはならないのでは? でなければ、ダウン症の子は「人間」ではないということになります。

次に、「人間とチンパンジーの遺伝情報が約98%同じである」ということでした。ちょっと調べてみましたが、その点ではいろいろと異論もあるようですね。(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111436156の質問など参考になりました。)

以下は上の質問で参照されているサイトからの引用です。http://www14.plala.or.jp/tm86/newpage3.html

「知能などで差があるヒトとチンパンジーですが、その遺伝子の配列に約1パーセントしか差がないことがこれまで大きな謎でした。しかしそうではないことが最近の研究でわかりました。理化学研究所を中心とする日本、ドイツ、中国の国際研究チームが2004年5月の英科学誌ネイチャーに発表した論文によりますと、ヒトとチンパンジーの遺伝子は実は83パーセントちがうという結果が出ています。チンパンジーの22番染色体を解読し、対応するヒトの染色体とくらべると、塩基の置き換えによる違いは1.44パーセントでしたが、塩基の欠損、挿入は68000カ所もあったのです。両者で比較できた遺伝子231個のうち、全く同じ遺伝子は39個にとどまり、全体の83パーセントに当たる192個の遺伝子にタンパク質のアミノ酸配列にちがいがあり、その192個の遺伝子のうち2割で、タンパク質の構造までもが変わっていたのです。」(引用終わり)

私は専門の研究者ではないので、この是非についてはご判断をお任せします。しかし、いずれにしても、人間とチンパンジーには明らかな違いがあるという事実に変わりはありません。それが遺伝子情報の何%であったとしても、それによる違いは大変大きなものと言わざるを得ません。人間とチンパンジーの間を隔てる壁をどのように越え得るのか、その具体的な論証が必要でしょう。(ただ遺伝子情報が似通っているというだけでは、両者の壁を乗り越え得る論証とはならないので。)

次に、「1代ごとに少しずつ変化していって、やがて2%ほどの変化になった結果、人間とチンパンジー程度に変化した、という考えはどうでしょうか?」とのことでした。たとえそうだとしても、染色体の本数というのは小数ではなく整数で数えるので、1本が、1.1本、1.2本・・・やがて2本になったと言うことはできません。すでに1.1本の時点で2本とカウントされるでしょう。1本+0本だったのが、どのように1本+1本(0.1本でもいいですが)になるのでしょうか? 0と1(0.1)の間には大きな壁があります。

次に、「鎌状赤血球症候群」のことですが、これも上で述べたダウン症の事例と同じで、その病気の人もやはり「人間」であることに変わりありません。そのような程度の突然変異は種の枠内であれば起き得ますが、問題は、それによって種の壁を越え得るかということです。やはり、そのためには緩やかな変化では不可能であり、起きたとすれば劇的な変化が必要なはずです。(というより、別の種が生じること自体が驚くべき「劇的な変化」だと言わざるを得ませんので。そして、それはいつかの時点で起きたはずですので。)

さらに、「ハエ」の話についてはNo.25のお礼でも説明いたしました。よければ、今一度再調査お願いします。

投稿日時 - 2012-07-21 10:22:01

ANo.29

No.6 & 11,18,21の者です

突然変異によって進化が起きた、と申し上げたつもりはありません。
何度も申し上げますが、突然変異では進化を説明できません。
そのような理論をお作りになるのは自由ですが、それは進化論ではありません。
突然変異が進化の原因であるかのような独自の進化論を作り上げて、それを自ら攻撃しても無意味です。

進化論の真価は、自己複製、突然変異、自然淘汰の繰り返しにあります。
自己複製できなければ何も始まりません。
突然変異は、自己複製の同一性に揺らぎを与えます。必須ですがそれ以上でもそれ以下でもありません。
進化の方向を決めるのは自然淘汰です。自然淘汰の強さと繰り返しの回数が進化の速さを決めます。
進化論では、大きな突然変異は、進化の役には立ちません。

染色体の数と機能の関係は、私には良くわかりません。
少なくとも非常に異なる生物間で九十何パーセントかの遺伝子が一致しているという話は聞いたことがあります。その一方で染色体を余計に持つ異常のある個体でも、他の正常な個体とそれほど変わらない外観や機能を持っています。No.21で申し上げた進化の過程での機能の連続性は、進化論が正しいとすれば必須です。No.18のお礼欄では、「進化論では染色体数の変化をどのように説明するのか」と問われたのだとと思いましたのでNo.21でこれに答えたまでです。No.18のお礼欄の意図はそうではなかったのでしょうか。もし進化の連続性が否定されるような証拠が見つかれば、進化論は崩れるでしょう。進化論を強要するつもりはありませんが、ひとつの「論」として正しく知って頂けると嬉しいです。

投稿日時 - 2012-07-18 23:37:57

お礼

ご回答ありがとうございます。

通常、親からは染色体の数が同じ子が生まれます。それは孫の代もひ孫の代も同じことです。

しかし、進化論はいつかの時点で、通常起こらないような「染色体の数が異なる新生物が生じた」、つまり種の分化が生じたと主張しています。

では、それはどのように生じたのでしょうか? 自然淘汰にせよ、突然変異にせよ、そのような通常起こらないようなことがどのようにして起きたのかが説明されてしかるべきだと思います。

染色体、または遺伝子の中の遺伝情報とは、つまりその生物の特定の外見や能力や特性を作り上げる設計図です。例えば、空を飛べる鳥と水の中に住む魚とでは全く外見も能力も異なります。そして、それは遺伝子の中の設計図が異なっていることを意味してもいるのです。

ですから、もっとそれを分かりやすく「染色体の数の違い」と私は表現しました。しかし、先に述べたとおり、通常、親からは染色体の数が同じ子しか生まれません。では、いつどのように、そのような違う生物が生じたのかという問題は「遺伝子情報の違い、染色体の数の違い」という要素を避けては通れないのです。

ですから、私が最初に示した疑問点は当然出るべくして出た疑問点だと私は考えています。そして、進化論者の方はそれに明快に答えるべきだとも。ですから、「突然変異が進化の原因であるかのような独自の進化論を作り上げて、それを自ら攻撃しても無意味です」というご批判は当たっていないと思います。

それから、「No.21で申し上げた進化の過程での機能の連続性は、進化論が正しいとすれば必須です」とのこと。「進化論が正しいとすれば」いう考え方ですが、先回指摘したとおり、進化論の真実性を支持するための根拠を説明するのに、なぜ「進化は起きたのだから(起きたとすれば)」というような前提条件が付けられるのでしょうか?

A:進化はなぜ真実だと言えるのか? Q:「自然淘汰(など)によってそう言える」。 A:では、自然淘汰(など)によってどのように進化が生じたのか? Q:「進化は真実だから、これこれこうなったに違いない」。 A:では進化はなぜ真実だと言えるのか? ・・・。そのような論理ではいつまでたっても真相には至らないでしょう。

もちろん、他の人が進化論を信じることに反対はしませんが、しっかりとした根拠(他の人の正当な疑問にもしっかり答え得る)に基づかない理論を真実とみなすことの危険性を私は危惧しています。(No.28のお礼を見てください。)

投稿日時 - 2012-07-20 12:01:24

ANo.28

となるとだれも分からない原因で種の分化が生じたということになるのでしょうか。

投稿日時 - 2012-07-18 17:08:02

お礼

ご回答ありがとうございます。

少なくとも、現在唱えられている進化論の理論には致命的な間違いがあり、それを歴史上の事実であるかのように扱うことは大変非科学的なことになるのではないかと懸念しています。

過去にも、当時の有力者が「天動説」に固執していたために、真実であった「地動説」が退けられた事例があります。ガリレオがきちんとした観察に基づいて真実を説いたにも関わらず、それはかえって断罪されました。

ですから、明確なしっかりとした根拠もなく、それを真実と確定するのは危険です。そのような思い込みは人類史上よくある間違いの一つです。「科学の発達した現代にそんなことが起きるはずがない」とお思いなら、それは慢心です。

科学が発達し、膨大な知識を習得したにも関わらず、人間の根本的な部分は古代と実質変わっていません。実際、昔と変わらず、人と人とが争い、戦争をし、犯罪を犯し、悩み、苦しんでいるのではありませんか? このように、人間の根本的な性格は昔も今も変わっていません。

ですから、現代にも上で述べたような「思い込み」による間違いは生じ得ます。しっかりとした根拠に基づくのでない限り、それを真実であるかのようにみなすのは大変性急であるということです。

投稿日時 - 2012-07-20 11:26:19

ANo.27

No.10&No.15です。

No.15のお礼より引用
> まず最初にできた生物(一種類)から突然変異によって進化するためには、「異種交配」という方法以外の方法が示されなければ意味がありません。


件の記事には、一種類の生物から異種交配なしに染色体数の異なる生物が生じることも述べられているのですが……
再度、お訊きしますが、本当に件の記事を最初から最後まで読まれていますか?

 染色体数が増える方向:1.染色体不分離 の記事
 染色体数が減る方向 :2. 転座 (Translocation) の記事


失礼な物言いかもしれませんが、二度に渡っていかにも「読んでいません」的なお礼をいただくと本当にガッカリします。

投稿日時 - 2012-07-18 16:31:59

お礼

ご回答ありがとうございます。

「具体的には、特に3つめの記事を良くお読みいただければよろしいかと」とのことでしたので、そちらの方が主かと思って先回のお礼とさせていただきました。

1の記事は、生殖細胞の「染色体不分離」について、「通常、染色体不分離による過剰の染色体を持つことは致命的です。しかし、数十億年の間には生き延びて新たな遺伝子を活用することに成功したものもいたでしょう」と述べています。これは飽くまで「かもしれない」という見解でしかないと思います。

三倍体とか四倍体などの事例も、「染色体数」が増えたというのは、ただセット(組)数が増えたというだけで、実質の遺伝子情報の変化はないということなのでは? (No.25のお礼を見てください。)

2の記事は、生殖細胞の減数分裂時の「転座」についてでしたね。インフルエンザウイルスのH1N1がH1N2とかH2N2などにモデルチェンジするのがそうだと思います。

図の説明として、「このように非常に大きさの異なる二つの染色体が生じる可能性があります。・・・このように劇的な例では、生じた小さい方の染色体は遺伝情報をほとんど持たないためになくなってしまうことが多く、結果的に染色体数が一つ減ることになります」とのことでした。これは実際に観察された、あるいはそのようになり得ることが論証されているのでしょうか。これも「かもしれない」論? それが確認できた後にこの点は評価したいと思います。

3の記事については、先回述べたとおりです。

「進化の過程で染色体の数が変わるという事実はどう説明されるのでしょう?」と1の記事で述べてありました。このように、いずれの記事も、「進化は事実である」という前提がまずあり、では、それはどのように(種の分化が)生じたのか、という仕方で説明がなされています。進化論の真実性を指示するための根拠としての突然変異を説明するのに、なぜ「進化は起きたのだから(起きたとすれば)」というような前提条件が付けられるのでしょうか? 

A:進化はなぜ真実だと言えるのか? Q:「突然変異によってそう言える」。 A:では、種の壁を越えるほどの突然変異が起きたとなぜ言えるのか? Q:「進化は真実だから、そうなったに違いない」。 A:では進化はなぜ真実だと言えるのか? ・・・。そのような論理ではいつまでたっても真相には至らないでしょう。 

最後に、「失礼な物言いかもしれませんが、二度に渡っていかにも「読んでいません」的なお礼をいただくと本当にガッカリします」とのこと。すみませんでした。もう少し具体的なお礼が書けるよう努めていきます。

投稿日時 - 2012-07-20 11:12:28

ANo.26

>私が最初に示した「染色体の数が異なる新生物を生み出すほどの突然変異」が
>生じ得るという裏付けになってはいない

ああ、またこの話ですか。

すでに遺伝病や馬の話も出てますが、鹿もそうだし、日本に住むねずみもいろんな
染色体数のものがいますが多くは交雑して繁殖が可能です。
#犬や猫は知りませんが (^^;

なので染色体数が違う=種が異なる という定義は成り立たないのです。
逆に染色体数が同じでも違う種はごまんといるわけですから、染色体数にこだわるのは
もうやめましょう。

投稿日時 - 2012-07-18 15:46:00

お礼

ご回答ありがとうございます。

では、どうやって種の分化が起きたことを説明できるのでしょうか? それができないのであれば、進化論の理論は根本から間違っているということにはなりませんか? だから、私は進化論は間違っていると思うのですが。それに同意する(せざるを得ない)ということでしょうか。(失礼な言い方かもしれませんが。)

「染色体数が違う=種が異なる という定義」というよりも、もっと重要なのは、現に染色体数の異なる生物が多数存在すること、それが最初に生じた一種類の生物からどのように分化したか(飽くまで進化論の理論ですが)という点です。言葉遊びのようになってそれに流されることなく、最重要な点を見失わないよう願います。

投稿日時 - 2012-07-20 10:12:16

ANo.25

>単純にショウジョウバエの一群を2グループに分け、別々に飼育したら
>やがて交配は可能だが、雑種が不妊になったいうだけのことです。

お分かりだとは思いますが、ちょっとわかりにくいので書き直し+補足

「単純にショウジョウバエの一群を2グループに分け、別々に飼育したら
やがてグループ間の交配は可能だが、グループ間の雑種が不妊になった
いうだけのことです。」

つまり2グループ間で遺伝子の交換が不能になったということです。
これをもって種の分化といってよいかは意見の分かれるところでしょう。
でも世代を重ねれば元とは違った生物が生まれるかもしれないという
可能性を示唆しています。

京都大は 50年(1400世代)の実験をしたみたいですが、100年、1000年といった
世代を超えた観察が必要なんでしょうね。進化論学者は大変だな~

投稿日時 - 2012-07-18 15:07:12

お礼

ご回答ありがとうございます。

しかし、その観察では、他のグループ間では交配ができなくなったというだけで、両グループとも依然として「ショウジョウバエ」なのでは? 

何度も言うようですが、そのような程度の変異は種の枠内であればあり得ると思います。例えば、最初の質問で三倍体バナナのことを書きました。三倍体バナナとはつまり普通に食べる食用バナナのことですが、それには原種のバナナとは違って種がありません。でも、バナナはイモのような地下茎によっても繁殖するので三倍体バナナでも種なしで繁殖できるわけです。確かに三倍体バナナは原種と交配できませんが、それでも、やはり三倍体バナナはただ染色体が三倍体というだけで、原種と遺伝子の設計図は同じであり、結局、人はみなそれを「バナナ」と呼んでいるわけです。

ですから、その別のグループと交配のできなくなったショウジョウバエもやはり「ショウジョウバエ」なのでは? その程度の変異では種の壁を超えて染色体の数の異なる新生物を生み出し得るということの裏付けとしては不十分だと思います。

投稿日時 - 2012-07-19 09:17:39

ANo.24

>遺伝子技術が発達した今、確かに様々な遺伝子操作が可能になりました。
>どのようにかはまだ調べていませんが、ショウジョウバエの種の分化を
>「人工的に」起こしたとのこと。それは自然の中でも生じ得るのと
>同じ条件下においてでしょうか?

単純にショウジョウバエの一群を2グループに分け、別々に飼育したら
やがて交配は可能だが、雑種が不妊になったいうだけのことです。
必要な期間とか世代数は論文を読んでないので知りませんが、比較的
簡単に再現するそうです。
大きな動物と違って世代交代が速い小さな昆虫だから出来る技ですね。

グループ間で遺伝的な差異を交換不能になったことを「種の分化」
としたわけです。
もちろんたかが不妊で種の分化と言えるのかという批判もあります。
#生殖隔離は種の一大特徴なんですけどね。
#もちろん「種」の確たる定義は存在しませんので不毛な議論に
#終わりは無いようです。

この手の実験はその後も世界中で数限りなく行われていて、
日本では京都大学が有名みたいですよ。検索してみてください。

投稿日時 - 2012-07-18 13:20:25

お礼

ご回答ありがとうございます。

ご調査いただきありがとうございます。しかし、ということは、私が最初に示した「染色体の数が異なる新生物を生み出すほどの突然変異」が生じ得るという裏付けになってはいないということなのでは?

投稿日時 - 2012-07-18 15:01:48

ANo.23

たとえば♂と♀のニホンザルの間に一人の日本人が生まれるようなことを想定しているのでしょうか。

投稿日時 - 2012-07-18 10:30:16

お礼

ご回答ありがとうございます。 

ですから、私はそういったことは起こらないのではないかと言いたいわけです。

投稿日時 - 2012-07-18 11:51:44

ANo.22

>>実際、パスツールは自分の仮説をその実験によって証明しませんでしたか?
ですから、なぜパスツールの実験から証明できたと質問者様は考えられたのですか?パスツールの実験手法にはどのような意味があり、そこからどのように考察し、その結果「生命は生命からのみ生まれる」と証明できた、と考えられたのですか?ご説明下さい。まさか、教科書やwikiにそう書いてあったから、なんて言いませんよね?教科書は学生向けに内容をかなり簡略化してますし、wikiは基本的に素人が更新していますから。


というか、単純な話、質問者さまの仰る『証明』と科学の場で使う『証明』の言葉の使い方が全く違うんですけどね。
他の回答者様たちは『証明』という言葉を科学の場における使い方をし、質問者様は一般の生活の場における使い方をしていますね。だから、私は貴方を「科学のど素人」と言いました。
『人間は特にニュートン以降、様々な法則や理論を発見し、その正しさを「証明」し、そして確立してきました。』
証明はしていません。現状、正しいと考えて妥当であろうと認めたというだけです。例えば重さの違う物同士でも空気抵抗を考えなければ同じ速度で落下する、という物理法則がありますが、今日、重さの違う物同士が同じ速度で落下したといって、明日もそうとは限りません。日本ではそうだったとしても、別の地域ではそうではないかもしれません。それは誰にも保障できないんです。でも何度も条件を整えて実験した結果、同じデータが得られたから便宜的に『この法則は恐らく正しいとみなせる』、と仮定してきたんです。これが科学のやり方です。なぜ、これを『証明』と言わずに『恐らく正しい』という曖昧な言い方をしているかというと、実験はあくまで一過性の事実でしかないこと、そして人間の能力には限界がある以上、本当に今までの実験、および観測で絶対的に常に正しい法則を導き出せたとは言えないから、いつかこれを覆すデータや観測結果が出てくる可能性があるからです。




>>進化論についても、未だ証明(論証という方が分かりやすい?)がなされていないのであれば、単なる仮説に過ぎず、それがあたかも真実であるかのように語るには不十分であるということです。
これはその通りです。だからこそ今世界中で進化についていろんな研究者たちが研究しているのですよ。だからぶっちゃけるとOKwebで「進化論が正しいことを、あるいは間違っていることを証明しろ」って言っても誰にも不可能です。というか、ほかの回答者様たちは言葉こそ違えども「進化論は現状の科学的データにおいては最も合理的と考えられるが正しいとは言えない」って答えられてるじゃないですか。それプラス、今の生物学的な内容による「進化論を肯定していると思われる理論や知識」を追加して説明されてます。



>>種の枠内であれば、突然変異はよくあることであり、また突然変異でなくても環境への対応や親近後輩の繰り返しによる変形もあります。それでも、それらは種の枠内で生じることであり、例えば、犬がたとえ様々な種類に変形したとしてもやはりそれは犬であり、他の生物にはなりません。
なぜこう言い切れるのでしょうか?ご説明ください。もちろんできますよね?はっきりと『なりません』と断言されているのですから。まさか、いろんな品種改良された犬種がいっぱいいるけどどれも犬だからです、なんて論理性のない回答をしたりしませんよね?


>>種が違うということは、つまり染色体の数が違うということであり
染色体数が同じでも生殖不可能な別種はいます。染色体数の違い=種の違い、ではありません。


>>「すでに生まれている生物の体中の染色体の数が変化した」ということは困難だと思うので、多分、「染色体の数の違う子を産んだ」という仕方で生じたということを想定しているのだろうと私は考えました。
もう、どこから突っ込めばいいのか分かりません。繁殖のメカニズムを勉強し直してください。さすがにここで教科書レベルのことを解説するのは面倒です。



実際、現在の進化論はまだまだデータ不足で不完全なのは事実ですよ。質問者様のように疑問を持つことは当然だと思います。ですからこうした場で議論をするのは興味深いことですが、根本的な生物学的な知識が不足していては議論にもなりません。これでは噛み合っていないのも無理はないです。

投稿日時 - 2012-07-18 01:18:01

お礼

ご回答ありがとうございます。

まず、パスツールの実験についてですが、これはそれほど議論しなければならないことなのでしょうか? 教科書やウェブで示されている説明で十分だと思いますが。それよりも、alphaXXXさんの方がまず、その実験についてなぜ異議を唱えているかその根拠をきちんと説明するべきなのでは? 

次の「証明」の定義についてですが、これもそれほど議論すべきことですか? もし、alphaXXXさんがここで述べたような極端な考えであれば、一体、「証明」という単語は何を意味するのでしょうか?

次に、「進化論は現状の科学的データにおいては最も合理的と考えられるが正しいとは言えない」とのこと。未だ仮説のはずの進化論はすでに歴史上の事実であるかのように(一部の人々の間では)みなされているような気がします。「最も合理的」とのことですが、私が今回示した疑問点をはじめ進化論の理論には矛盾が多く、とても合理的とは言えないと私は考えています。それに「科学的データ」というのも具体的にどのようなデータで、それが本当に進化を支持しているのかどうか疑問です。本当にそのデータは進化を支持していますか??

次に、「犬」の話ですが・・・。これもそんなに議論しなければなりませんか? もし異議があるなら、犬から別の種類の生物に変化したという事例を挙げればよいのです。実際、そんなことが起きましたか? 普通、単純に、「犬から生まれるのは犬」とだれでもそう言いませんか? あるいは言いませんか?? それは実際、事実ではないのですか?

次に、「染色体数が同じでも生殖不可能な別種はいます」とのこと。それは知りませんでした。もし、よければその具体的な情報を教えていただきたいところです。

次に、「どこから突っ込めばいいのか分かりません。繁殖のメカニズムを勉強し直してください」とのこと。では、進化論では具体的にどのような状況を想定して「突然変異によって進化した」と言っているのでしょうか? 私はそれを具体的に「突っ込んだ」に過ぎません。言葉を濁して曖昧にし、具体的な状況を説明するのを避けるのはなぜですか?

次に、「噛み合っていない」とのこと。上で何度も書きましたが、alphaXXXさんとの議論でかみ合わない多くの原因は「それほど議論すべきでもない、重要ではないこと」を逐一取り上げているからに過ぎないと私は分析します。私が見たところ、alphaXXXさんは「へそを曲げている」ような気がします。それでことごとく私の言葉の一つ一つに不必要に反対しているのでは? もし、私が失礼な言い方をしてしまったのでしたら、その点はどうかお許しください。真剣な議論でつい言葉が過ぎた面があったかもしれません。

それに、私は単なる一般人で科学の専門家でも何でもないので、ご指摘のように「科学のど素人」なのかもしれせん。しかし、もし「根本的な生物学的な知識が不足」しているというのであれば、それをalphaXXXさんがここで示せばよいのでは? それよりもalphaXXXさんが私に対して納得のいく説明ができる理論かあるいはそうする能力を持ち合わせていないということの方が問題なのでは? 

それから、以下はNO.17のお礼でも書いたのですが、繰り返します。

もう一言。とても厳しい反論だとお思いになったかと思います。しかし、他の人と論議を交わす時、自分ではそれまで考えもしなかったような事柄を他の人が考えていることを発見したりするものです。それで、健全な討論により実りある成果を得るには、理性を正常に保つことが求められます。私の反論が幾分礼を欠いた部分があり、それを不快に思ったのでしたら、どうぞお許しください。しかし、それは根拠や理由を挙げてはっきりと自分の見解を示したに過ぎず、別にalphaXXXさんを個人的に憎んで言ったことではありません。どうして対面したことのない人を憎んだりするでしょうか。ですから、感情に流されることなく、理性を保って討論に臨むなら、何がしか得るものがあるでしょう。そうできないなら、ただ後に嫌な感情やしこりが残るだけです。

投稿日時 - 2012-07-18 11:49:52

ANo.21

No.6 & 11,18の者です。

No.18のお礼欄にお答えします。
染色体については私自身あまり良く知りませんし、詳しい回答者の方がいらっしゃるようなので、進化論の考え方からお答えしてみようと思います。
進化によって染色体の数が増減することがあったのだとして、少なくとも進化論的には、増減が起きた際に個体の機能に大きな変化は起きなかったはずです。
もし染色体の数が増えたのだとすれば、増加分の染色体は、増えた最初の時点では僅かな機能しか持っておらず、その染色体の増加よる個体の機能の違いは非常に小さいものだったはずです。
もし染色体の数が減ったのだとすれば、消える前にその染色体は、殆ど機能せず退化してしまっていて、その染色体の減少による個体の機能の違いはやはり非常に小さいものだったはずです。
何れの場合もそうでなければ突然変異した個体が同じ環境で生き残ることが難しいからです。
増減の際その染色体は非常に短い染色体として発生し、また非常に短くなってから消え失せたのか、或は長さが変わった訳ではないが殆ど機能しない状態で発生し殆ど機能しなくなってから消え失せたのかはわかりません。しかし少なくとも機能の観点で見た時に染色体の増減の瞬間に大きな変化があったとは思いません。
もしそうではなく個体の機能が突然に1世代で大きく変化してそれが新たな種を生んだという確かな証拠が一つでも見つかったのなら、ダーウインなら慌てて自説を取り下げたでしょうし、ドーキンスは喜んで宗旨替えをするでしょう。私もそうします。

投稿日時 - 2012-07-18 00:06:14

お礼

ご回答ありがとうございます。

el156さんのこの回答は、「まず進化が起きた」という前提で語られています。「進化は起きた。だから、染色体の数の異なる生物を誕生させた突然変異はこうこうして起きたに違いない」という主旨だと思いますが、それでは進化はどうして起きたのかと聞けば、「突然変異によって起きた。だから進化は真実だ」と言うのでしょうか? 進化論の真実性を指示するための根拠としての突然変異を説明するのに、なぜ「進化は起きたのだから(起きたとすれば)」というような前提条件が付けられるのでしょうか?

それに、染色体の数が違うということはそれほど小さなことでしょうか? 染色体または遺伝子とは要するに生物の物理的構成を暗号によって記した設計図です。その設計図によってそれぞれの生物の固有性が明らかになるのです。それに、この回答ではやはり染色体の数が違う生物が生じたことを証明することにはならず、ただ「そうなったのではないか」と意見を述べているに過ぎません。もちろん、el156さんがそのように考えることに反対はしませんが。

投稿日時 - 2012-07-18 09:30:28

ANo.20

「証明」に関しては質問者さんにもっと勉強していただくこととして、

質問の本題である種の分化の古典的な実験としては
ドブジャンスキーの実験が有名ですよね。

ショウジョウバエの種の分化を人工的に起こした実験です。
#この場合の別種の定義は双方の雑種が繁殖不能であること。

他にも実験や観察例があるようですが、リストを見つけたので載せておきます。
「Some More Observed Speciation Events」
http://www.talkorigins.org/faqs/speciation.html

投稿日時 - 2012-07-17 11:42:19

お礼

ご回答ありがとうございます。

遺伝子技術が発達した今、確かに様々な遺伝子操作が可能になりました。どのようにかはまだ調べていませんが、ショウジョウバエの種の分化を「人工的に」起こしたとのこと。それは自然の中でも生じ得るのと同じ条件下においてでしょうか? 太古の昔、「人工的に」そのような操作ができない状況下でもそれは起き得たということを意味しているのでしょうか?

投稿日時 - 2012-07-18 09:15:36

ANo.19

kaitara1です。遺伝子が変化すればあらゆる変異が可能ということにしておかないと議論がまとまらないと思います。大野さんの遺伝子重複仮説は、ほとんどが失敗である遺伝子の変化の中でまれにでも有益(というか、そのように変わっても別の生き方が保証される)という変化が拾われるあるいは掬われる可能性が高くなる前提(の一つに?)遺伝子の重複があるというものです。必要ないかもしれませんが、一つのたとえを作ります。今ある企業がそれなりの業績をあげて経営が安定しているとします。しかしこのままだと情勢が変化すれば一転して業績が悪化してしまうかもしれないとします。こういう場合、部門が重複できるほどの余裕がない場合、そのある部門の戦略を変えてしまうと、この戦略がうまく働かないと取り返しがつかないことになります。ところがこの企業の中に、ある部門が重複を許すほどの余裕があった場合には、その部門の半分だけを新しい戦略に投入します。このような場合ンでもうまくいく確率が増えるわけではありませんが、失敗したときに、従前の役割を受け持っていたもう半分の部門が支えてくれるので、新しい戦略の失敗が企業の存続を脅かすことがありません。また、逆に、この戦略がうまくいけば儲けものです。この用に同じ働きをもった遺伝が二つあった場合、その一つが変異して、良い場合だけを拾い上げることが可能となるということです。つまりこのような遺伝子重複をもっている遺伝子にとっては変異はこ子の生物にとって直接的リスクにならないということになります。

投稿日時 - 2012-07-17 10:58:50

お礼

ご回答ありがとうございます。

しかし、その理論では種の壁を越えるほどの変化を説明できないように思います。飽くまでそのような変異後の遺伝子が温存されるということは種の枠内での出来事に過ぎないのでは? 

突然変異によって進化が生じたというのであれば、染色体の数が異なる新生物がいつかの時点で誕生したことになり、そのような劇的な変化(種の壁を越えるほどの)がどのようにして生じたのかが重要な点です。何世代にもわたる緩やかな変化ではそのような劇的な変化は期待できないと思います。

投稿日時 - 2012-07-18 09:09:49

ANo.18

No.6 & 11の者です。
「証明」の議論が気になりましたので再度書き込みさせて頂きます。
質問者の方は、「証明」という言葉を、「証拠を挙げる」という意味で使われていませんでしょうか?
私も他の回答者の方と同様、枠組み(フレーム)無限の自然科学の現象を証明することはできない(もしかすると証明ができないということを証明できるかもしれない)と思いますが、証拠を挙げることならいくらでも可能だと思います、

========
本来の私のNo.6 & 11の回答に戻って補足させて頂きますが、質問者の方が、
「「親とは違った新生物を産み出す」ほどの突然変異が一世代のうちに行なわれる」可能性を
肯定されるのか否定されるのかが気になりました。

質問文からは否定されているように感じるのですが、もしそうなら進化論もそれを否定していますので、それは進化論への反論では無いと思います。

投稿日時 - 2012-07-17 00:47:59

お礼

ご回答ありがとうございます。

では、初めにできた一種類の生物から、種の異なる、つまり染色体の数の異なる生物はどのようにして生じたのでしょうか。様々な種に分化したということは、いつかの時点で染色体の数が異なるほどの全く異なった新生物が誕生したということを意味しています。種の枠内でよく見られる突然変異では種の壁を越えるほどの突然変異を証明できないのでは?? 

投稿日時 - 2012-07-17 11:21:23

ANo.17

>数学の時にも学んだと思いますが、「証明」は実験だけによるとは限りません。
何度も書きますが、実験を重ねても証明になりません。
全ての事象について同じ結果となると確認できた時だけ証明となります。
数学は純粋な論理世界なので全ての事象を確認することができます(帰納法とか)

>例えば、「ピタゴラスの定理が正しいことを証明せよ」とか。
これこそ、数式においてどんな数字を組み合わせても同じ解になることが確認できています。

>とにかく、それが真実であるということを納得のいく仕方で論理的に説明すればよいのです。
>科学者の言うことをただ鵜呑みするのではなく、その真実性を確認することを怠るべきではないと思います。
この二文が私には矛盾にしか読めません。
結局のところ貴方が正しいと思えば正しくて疑問があれば間違っていると言いたいんでしょ。
そのさじ加減をあなたが決めて他人を批判してるんだから困ったものです。
貴方が納得することと、証明が成立したとは全く違う話ですよ。

>有名なものにルイ・パスツールによる実験があります。彼はそれによって生命は生命からのみ生まれるということを証明しました。
これは証明ではありません。ほとんどの場合において瓶の中の条件下では微生物が発生しないと確認しただけです。
証明したければすべての原子を、全ての組み合わせて、更に全てのエネルギーレベルを与える無限の作業を行った上でも生命が発生しないことを確認すべきでしょう。
当然、できるわけがないので自然科学では証明ができないのです。

>飛行機が飛ぶためには飛行力学によって綿密に計算・設計されている必要があります。
航空力学は渦理論を根底になりったっていますが、渦理論には小さな矛盾があることがわかっています。
なぜ貴方は科学者の言うことをただ鵜呑みにして、その真実性を確認することを怠るのでしょうか?

やわらかめの本ですがこれでも読んだらどうでしょう
http://www.amazon.co.jp/99%E3%83%BB9-%E3%81%AF%E4%BB%AE%E8%AA%AC-%E6%80%9D%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%BF%E3%81%A7%E5%88%A4%E6%96%AD%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E8%80%83%E3%81%88%E6%96%B9-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%AB%B9%E5%86%85-%E8%96%AB/dp/4334033415

推敲をしていないので乱文ご容赦

投稿日時 - 2012-07-16 23:34:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

>結局のところ貴方が正しいと思えば正しくて疑問があれば間違っていると言いたいんでしょ。そのさじ加減をあなたが決めて他人を批判してるんだから困ったものです。貴方が納得することと、証明が成立したとは全く違う話ですよ。

それはtestman199さん自身にも言えることです。

問題は、疑問を抱くかどうかというよりも、その「理由」や「根拠」です。それによってその疑問が正当なものかどうかが判断できるでしょう。私はそのような理由や根拠を具体的に示して進化論に対する疑問を提示しました。

それに対して、異議があれば、これまたしっかりとした理由や根拠を挙げて反証すれば十分なのではないでしょうか? testman199さんの上の見解は、私の疑問点(理論)に対する反論ではなく、単なる私に対する個人攻撃とも取れるものとなっており、完全に論点をずらしてしまっています。それは私の疑問点に答えることができないから??

「証明したければすべての原子を、全ての組み合わせて、更に全てのエネルギーレベルを与える無限の作業を行った上でも生命が発生しないことを確認すべきでしょう」など、あまりにも極端な見解は、ただ単に私に反対するがための理屈のように感じます。

ルイ・パスツールの実験とピタゴラスの定理を挙げたことについては、No.16のお礼をご覧ください。

それにしても、飛行機は本当に綿密な計算・設計もなしに飛ぶのですか? 飛行機メーカーの人が聞いたら何と言うでしょうか? 「結局のところ貴方が正しいと思えば正しくて疑問があれば間違っている」ということにはなりませんか?

もう一言。とても厳しい反論だとお思いになったかと思います。しかし、他の人と論議を交わす時、自分ではそれまで考えもしなかったような事柄を他の人が考えていることを発見したりするものです。それで、健全な討論により実りある成果を得るには、理性を正常に保つことが求められます。私の反論が幾分礼を欠いた部分があり、それを不快に思ったのでしたら、どうぞお許しください。しかし、それは根拠や理由を挙げてはっきりと自分の見解を示したに過ぎず、別にtestman199さんを個人的に憎んで言ったことではありません。どうして対面したことのない人を憎んだりするでしょうか。ですから、感情に流されることなく、理性を保って討論に臨むなら、何がしか得るものがあるでしょう。そうできないなら、ただ後に嫌な感情やしこりが残るだけです。

投稿日時 - 2012-07-17 11:11:52

ANo.16

>>ルイ・パスツールによる実験があります。彼はそれによって生命は生命からのみ生まれるということを証明しました。
してません。ルイ・パスツールの実験ではこれは証明できません。
貴方はこの一文で「自分は科学のど素人です!」と声高々に宣言しているのと同じですが気づいていますか?
もし、パスツールの実験で生命は生命からのみ生まれるということを証明してみせたというのなら、補足欄にでもご説明ください。
もしできたら貴方はノーベル賞だってとれるくらいの天才です。



>>「ピタゴラスの定理が正しいことを証明せよ」
これはできます。ピタゴラスの定理は数学です。数学は人間の思考上の理想世界の問題なので、可能です。でも生物学は理想世界の問題ではありません。両者の証明をごっちゃにしてませんか?

投稿日時 - 2012-07-16 20:40:18

お礼

ご回答ありがとうございます。

ルイ・パスツールの実験の例を挙げたのは、「自然科学に証明はありません」という回答者さんの見解に対してでした。つまり、実際に実験などによって「証明」されることにより科学的な理論は確立されるということを示したものでした。「突然変異による進化」とは直接関係はなかったのですが。しかし、実際、パスツールは自分の仮説をその実験によって証明しませんでしたか?

ピタゴラスの定理を例として挙げたのは、証明は実験だけによるのではないということを示したに過ぎません。それはたとえ数学でなくても「証明」が求められる場面はいろいろあります。例えば、事件の被疑者が実際の犯人なのかどうかを現場の状況や遺留品、関係者の証言などによって「証明」しなければなりません。それは「人間の思考上の理想世界の問題」ではなく、現実世界の問題なのです。

それで、進化論についても、未だ証明(論証という方が分かりやすい?)がなされていないのであれば、単なる仮説に過ぎず、それがあたかも真実であるかのように語るには不十分であるということです。

投稿日時 - 2012-07-17 10:39:27

ANo.15

No.10です。

お礼欄より引用
>お勧めのサイトの理論のどの部分が今回の私の疑問に答えていたかさらに具体的に教えていただけませんか? 一応読んだのですが。


件のリンク先のブログの記事は3つの記事に連続して書かれておりますが、その3までお読みになられましたでしょうか?
念のため各記事へのリンクを張りますね。

「染色体数の変化と交配の障壁」
http://twigsoflife.blog17.fc2.com/blog-entry-2.html
「染色体数の変化と交配の障壁2」
http://twigsoflife.blog17.fc2.com/blog-entry-4.html
「染色体数の変化と交配の障壁3」
http://twigsoflife.blog17.fc2.com/blog-entry-5.html


当初のご質問
> 「染色体の数が違う子(つまり親とは異なる新生物)を産み出すほどの突然変異」が本当に生じ得るのかということです。
> それを証明できる方はご回答お願いします。または、単に意見でも結構です。


具体的には、特に3つめの記事を良くお読みいただければよろしいかと。

投稿日時 - 2012-07-16 19:13:26

お礼

ご回答ありがとうございます。

お調べいただいてありがとうございます。これは、No.3の回答者さんと大体同じ見解ですね。

しかし、まず最初にできた生物(一種類)から突然変異によって進化するためには、「異種交配」という方法以外の方法が示されなければ意味がありません。そもそもどのようにそのような異なる種が存在するのなったのかを証明するためのものですから。

はい、意見でも結構です。他の回答者さんたちもそうですが、このようなテーマについてまじめに考えるだけでも賞賛に値すると私は評価しています。

投稿日時 - 2012-07-17 10:19:04

ANo.14

ちょっと気になる発言があったのでもう一回。

>なるほど、しかし、「証明」を怠ることこそ「思考の放棄」だと私は考えます。

逆です。証明できないがゆえに思考の放棄をしないようになっています。むしろ『証明』してしまえばそれ以上考えなくなるから思考の放棄につながります。
どんな結論や理論であっても真理とは認めないからこそ追求は続くのです。実際、教科書に何十年も常識として載っている内容に対してそれを否定や修正する論文は多数出ています。
科学者たちは常に疑っているんですよ。
科学者は誰も進化論が絶対の真理だなんて認めていません。それでも現状では進化論を決定的に覆すデータを誰も発見できていないこと、進化論を肯定するデータが多数発見されていることから『進化論は今のところ最も合理的である』と考えられているのです。
進化論を証明するということは進化論は絶対的に正しいと決めつけてしまうことになり、まさしく思考の放棄です。




>さらに、「一番可能性の高そうなものを探ってゆくしかないはず・・・」とのこと。「今一番有力な見解だからそれに従っていればよい」という考え方は歴史上多くの人が陥ってきた間違いです。

これはわざと誤読したのでしょうか?
「一番可能性の高そうなものを探ってゆくしかないはず・・・」というのは実験や観測をして、データを集めて、議論や考察をして、『絶対正しいとは言えないが、現状のデータから一番正しい可能性の高そうな推論を導き出す』ということです。
盲目的に権威に従っとけ、というわけではありません。
現実的には労力の都合で全てのデータを自分個人で出すことは不可能ですので他人の論文を引用します。
でもそれは盲目的に従っているのではなく自分で論文を読んで『この論文は論理的に書かれていて実験方法も適切だから多分信頼できるだろう』となるべく客観的に判断した上で引用するのです。

どうも質問者様は進化論が肯定されているのはみんなが権威に盲目的に従っているからだ、と誤解されているように思いました。
実際、科学に疎い人たちは「学校で習ったから進化論は正しい」と思っている人も多いかとは思います。
でも研究に携わる学者たちはそうではないということを主張しておきます。
そもそも進化論自体はもともと異端で数々の否定派や別の原理の進化論派の学者たちとの議論の中で成立したものですし、現代においても修正は繰り返されているのですから。

投稿日時 - 2012-07-16 14:23:14

お礼

ご回答ありがとうございます。

前半の見解は歴史上の事実に反していると思います。人間は特にニュートン以降、様々な法則や理論を発見し、その正しさを「証明」し、そして確立してきました。そして、そのような新しい法則や理論を土台にしてさら広い領域へと理解を深めることができるようになったのです。ですから、たとえ進化論の正しさやあるいは間違いが決定的に「証明」されたとしても、それによって人間の思考が停止することはないでしょう。むしろ、その「証明」を足がかりに人類はさらに高い領域での思考が可能になるのです。

さらに、後半の見解についてですが、叱責ともとれるご見解です。しかし、そのように言われるのであれば、まず私の示した疑問点に対して的確な答えを提示するだけで十分なはずです。私がraiden787さんの示した回答に異議を唱えたからですか。では、その異議にもきちんと答えればよいのではいでしょうか。なぜそうせずに、あたかも私が現段階での最有力と思われる理論に疑問を持つことを叱責するのですか? 

投稿日時 - 2012-07-17 10:10:50

ANo.13

>しかし、「親とは違った新生物を産み出す」ほどの突然変異があったとすれば、それは一世代のうちに行なわれるはずであり(それを「産む」という行為に依存している以上そうなる)、時間をかけて緩やかに変化したというのは飽くまでその種の範囲内での変化(土地の環境への適応や、近親交配が続いた結果で)に過ぎないのでは?

なぜそのように強く思いこまれているのでしょうか?
質問者さまは権威のある考えに盲目的に従うことはいけない、と言いながらご自分のこの考えに強く固執されております。
何か科学的な根拠があるのでしょうか?
私はこの考えは(私自身の生物学的な知識からすると)間違いであるように思います。もちろん私が正しいという決まりはありません。この考えが正しいという根拠があるならそれは非常に興味がありますし、それが正しいと思えば私は自説を破棄する用意があります。是非、根拠をお聞かせ願いたいところです。



>時間をかけて緩やかに変化したというのは飽くまでその種の範囲内での変化(土地の環境への適応や、近親交配が続いた結果で)に過ぎないのでは?

その通りです。逆に言えば現代の進化論の考えでは地球上のあらゆる生物は1つの種からその種の範囲内で変化した結果、一見全く別の生き物としか思えないように分岐したのです。なぜなら細胞レベルで見れば現状発見されているあらゆる生き物は細菌だろうと植物だろうと人間だろうと全く共通するシステムによって成り立っているのです。
私は動物の臓器に存在する細菌を攻撃するタンパクについて勉強しておりましたが、面白いことに、このタンパクは虫だろうと魚だろうと人間だろうとほぼ同じタンパクなのです。若干形は違いますが誤差の範囲です。
細胞レベルで見れば遺伝のシステムも全く同じ、必要とする栄養も細胞レベルでは同じ、構成物質も同じです。
それなら果たして人間と犬でもなんでもいいですが、何が違うのか?
根本的に、別種、とはどういうものなのか、改めて考えてみてはいかがでしょうか。

質問者様は別種とは根本的に全く別の生き物と思われているようですが、そんなに厳密なものではないのです。
現代の進化論や遺伝学を考慮するとグラデーションのように少しずつ変化していってもいつかは交雑不可能な別種になるということは十分ありえると思います。その根拠については前に答えました。染色体レベルでも遺伝子は変化することは実証されていることと、異種でも不完全な交配が可能な程度に染色体や形質が類似した種がいることです。
ウマとロバは交配可能ですが、その交配は極めて不完全で、子供はかならず不妊になります。その一方でサラブレッドとポニーは交配可能でその子供も問題なく繁殖できます。
正常な交配でもなく、交配不可能でもない、この不完全な交配こそがグラデーション的な変化の経過途中を示しているという風に私は思います。


無論、“証明”は不可能です。
これを覆す観測結果がいつか出てくるかもしれません。であればその時は考えを改めます。あくまで、現状の生物学の知識であればそうなると考えられる、というだけです。

投稿日時 - 2012-07-15 20:10:10

お礼

ご回答ありがとうございます。

>なぜそのように強く思いこまれているのでしょうか?

種が違うということは、つまり染色体の数が違うということであり、仮に種が分化したというのなら、それはいつかの時点で染色体の数の違う生物が生じたことを意味しています。「すでに生まれている生物の体中の染色体の数が変化した」ということは困難だと思うので、多分、「染色体の数の違う子を産んだ」という仕方で生じたということを想定しているのだろうと私は考えました。そうであれば、そのような変化は(子を産むという行為に依存している以上)一世代のうちになされなければなりません。その他に、進化論の学者は「突然変異による進化」について具体的にどのような状況を想定しているのでしょうか?

>私はこの考えは(私自身の生物学的な知識からすると)間違いであるように思います。

一応、上で私がこのように考えた理由を述べましたので、今度は逆に、raiden787さんがそのように考えた根拠を挙げるよう求めます。

>質問者様は別種とは根本的に全く別の生き物と思われているようですが、そんなに厳密なものではないのです

それは設計図として用いられているDNA(によるシステム)や材料であるたんぱく質が同じであるという意味なのだと思います。

しかし、材料(たんぱく質)が同じでも、種が違うということは、設計が全く異なっていることを意味しているのではないでしょうか。例えば、同じ材料であるプラスチックから様々な製品ができるでしょう。プラスチック製の食器をプラスチック製の消しゴムを作っている製造ラインで作ることができるでしょうか。つまり、材料が同じでも全く異なる製品ができるということです。

それと同じように、例えば、翼を持ち、空を飛ぶことのできる鳥と、水の中で生活できる魚とでは明らかに設計が異なっています。確かに同じDNAのシステム、同じたんぱく質という材料でできているかもしれませんが、それよりも重要なのは、そのような全く異なった設計がどのようになされたのかということではないでしょうか。

>その根拠については前に答えました。染色体レベルでも遺伝子は変化することは実証されていることと、異種でも不完全な交配が可能な程度に染色体や形質が類似した種がいることです。

以前にも述べましたが、まず最初にできた生物(一種類)から突然変異によって進化するためには、「異種交配」という方法以外の方法が示されなければ意味がありません。そもそもどのようにそのような異なる種が存在するのなったのかを証明するためのものですから。

投稿日時 - 2012-07-17 09:52:07

ANo.12

kaitara1ですが、自分なりに理解した要点を書いてみます。要するにたがいに同一の二つの遺伝子がそ縄ていれば、一つの遺伝子に変化(変異)が生じてもも。それまでの遺伝子の働きは変化しなったほうの遺伝子によって遂行されます。その遺伝子の変化が有害だったとしても変化しなかったほうの働きによって補われます。またその変化が(確率は非常に低いはずですが)何か有益な結果をもたらしたならばこの変化した遺伝子を温存すれば進化できるというものです。つまりリスクを二分しているということになると思います。

投稿日時 - 2012-07-15 16:49:37

お礼

ご回答ありがとうございます。

ご解説ありがとうございます。しかし、その理論によって、主の壁を越えるほどの、つまり「染色体の数が異なる子を生み出すほどの突然変異」が生じ得ることをどのように証明していますか。

種の枠内であれば、突然変異はよくあることであり、また突然変異でなくても環境への対応や親近後輩の繰り返しによる変形もあります。それでも、それらは種の枠内で生じることであり、例えば、犬がたとえ様々な種類に変形したとしてもやはりそれは犬であり、他の生物にはなりません。

投稿日時 - 2012-07-17 09:32:26

ANo.11

No.6です。お礼欄を拝読して、進化論に誤解があるように思いましたのでお答えします。

進化論では、親とは違った生物を直接生み出す事を想定しません。

もし質問者の方が、親とは違った生物が直接生まれるとお考えなら、それは少なくともダーウインの進化論ではありません。
繰り返しになりますが、進化論には「自然淘汰」が必須です。突然変異で説明しようとするのは進化論ではありません。
進化論が想定するのは、あまり気づかれない程度の、少しだけその環境に有利なだけの、僅かな突然変異です。進化論では(少なくとも主流の進化論では)、進化は連続的な変化だと想定します。そうでないと進化論の考え方は役に立ちません。大きな変化を起こしたひとつの固体が同じ環境で生き残る可能性は非常に低いので、そのような固体が新たな種を作ることは無いと思います。
もし仮に環境が変化しないのなら進化の連続的な変化が何処かで収束する可能性もあるかもしれません。ですが環境が変化する以上、連続的な変化が止まる理由はありません。ある環境で行き着く所まで進化が進んだとしても、環境が変わればまた別の進化が始まります。ここで言う「環境」には、その生物にとっての捕食者や餌生物も含まれます。最も急激に進化が進む場合というのは、「大きな突然変異」ではなくて、捕食者と被捕食者との「軍拡競争」です。お互いが相手の環境となって相乗効果で加速的に進化が進むからです。ミッシングリングの化石が残っていないのは、進化が不連続だからではなく、化石が断片的で化石として残らない場合が圧倒的に多いからです。

この辺りに関して詳細な証拠が必要でしたら、No.6でご紹介させて頂いた「盲目の時計職人」をお勧めします。

投稿日時 - 2012-07-15 16:42:04

補足

申し訳ありません。後半の見解は他の回答者さんへのものでした。前半の部分がel156さんへのお礼です。

投稿日時 - 2012-07-17 09:40:49

お礼

ご回答ありがとうございます。

「連続的で僅かな突然変異」によって、どのように染色体の数が違うほどの生物が生じ得るのでしょうか?

その程度の突然変異は種の枠内であればよく起きていることです。しかし、それによって種の壁を越えるほどの、つまり「染色体の数が違う新生物が生じ得る」という理論の裏付けには不十分ではないでしょうか?

さらに、「質問者様は別種とは根本的に全く別の生き物と思われているようですが、そんなに厳密なものではないのです」とのことでしたが、それは設計図として用いられているDNA(によるシステム)や材料であるたんぱく質が同じであるという意味なのだと思います。

しかし、材料(たんぱく質)が同じでも、種が違うということは、設計が全く異なっていることを意味しているのではないでしょうか。例えば、同じ材料であるプラスチックから様々な製品ができるでしょう。プラスチック製の食器をプラスチック製の消しゴムを作っている製造ラインで作ることができるでしょうか。つまり、材料が同じでも全く異なる製品ができるということです。

それと同じように、例えば、翼を持ち、空を飛ぶことのできる鳥と、水の中で生活できる魚とでは明らかに設計が異なっています。確かに同じDNAのシステム、同じたんぱく質という材料でできているかもしれませんが、それよりも重要なのは、そのような全く異なった設計がどのようになされたのかということではないでしょうか。

投稿日時 - 2012-07-17 09:24:21

ANo.10

私は議論に加われるほどの知識がありませんが、興味がありましたので「染色体数 変化」で検索したところ
以下のブログを見つけました。

「染色体数の変化と交配の障壁」
http://twigsoflife.blog17.fc2.com/blog-entry-2.html

この場での議論も有用と思いますが、ご自身で探してみるのも解決に近づく一つの手段ではないかと思います。

投稿日時 - 2012-07-15 16:14:36

お礼

ご回答ありがとうございます。

お勧めのサイトの理論のどの部分が今回の私の疑問に答えていたかさらに具体的に教えていただけませんか? 一応読んだのですが。

投稿日時 - 2012-07-16 18:46:31

ANo.9

>科学では通常、ある仮説を立て、それを実験によって検証し、
>その正しさを証明することによってその理論
>を確立していくものだと考えていました。

なんか補足が暴走状態ですが、ここだけ、あたりさわりのない範囲でめずらしく長文で(^^;

「証明」はしません。実験結果や観察/観測を積み重ね、仮説が最も
合理的に物事を説明するだろうことを示すだけです。

例えば

仮説=光の速度は集空中では30万キロ/secで一定である。

測定結果=地球上での集空中での測定結果30万キロ/sec だった。

これから言えることは、地球上では正しいが、木星上やアンドロメダ銀河では
違っているかもしれないということだけです。より多くの別の観点の観測から仮説がかなり
真実に近いだろうことは示されてはいますが、100%の肯定は永遠にできません。

また、光の速度が「何故」30万キロ/secなのかは判りません。誰も合理的な
説明を持っていないので証明もへったくれもありません。今のところ測定結果として
受け入れるだけです。

直接的な実験が出来なければ様々な傍証を探るしかありません。
進化論はそうして得られたわずかな知識の集積にすぎません。
#多くの証拠は歴史のはるかかなたに消えてしまっているのでしょうがないですが

進化論は有る程度正しいでしょう。しかし修正されて突然変異以外の
種の分化方法が発見されるかもしれません。

最後に、学者が「最も有力な説に盲目的に従う」なんて、ギリシャ時代じゃ
あるまいし、ありえないです。学者にとって疑うのも給料のうちです。
#わたしの元発言は「探る」だったはず。なんで変えたの?

投稿日時 - 2012-07-15 15:33:11

お礼

ご回答ありがとうございます。

>直接的な実験が出来なければ様々な傍証を探るしかありません。

数学の時にも学んだと思いますが、「証明」は実験だけによるとは限りません。例えば、「ピタゴラスの定理が正しいことを証明せよ」とか。とにかく、それが真実であるということを納得のいく仕方で論理的に説明すればよいのです。

それで、進化論を提唱するのであれば、それが正しいということが証明されていなければ、それは未だ証明がなされていない「仮説」に過ぎません。事実、進化論は未だ進化「論」の域を出ず、多くの学者によって議論されているところなのです。

そのような事を踏まえ、私は突然変異によって種の分化が生じたとする進化論の基本的な見解について疑問を持ちました。種が違うということは、つまり染色体の数が違うということであり、仮に種が分化したというのなら、それはいつかの時点で染色体の数の違う生物が生じたことを意味しています。「すでに生まれている生物の体中の染色体の数が変化した」ということは困難だと思うので、多分、「染色体の数の違う子を産んだ」という仕方で生じたということを想定しているのだろうと私は考えました。

ですから、「突然変異によって進化が生じた」と科学者が言うともっともならしく聞こえるかもしれませんが、では具体的にどのようにそれが生じたのか、そして、それが本当に生じ得るとなぜ言えるかという疑問が生じるのはごくごく当然のことではないでしょうか。科学者の言うことをただ鵜呑みするのではなく、その真実性を確認することを怠るべきではないと思います。

>最後に、学者が「最も有力な説に盲目的に従う」なんて、ギリシャ時代じゃあるまいし、ありえないです。

それは現代でも起きます。上記で説明したように、あまり深く考えずに科学者などの権威者の見解をただ受け入れるだけなら、それは盲目的だと言われても仕方ないのでは? 「探る」とのことですが、私はel156さんのご回答の主旨をその単語だけでなくその文脈から解釈したに過ぎません。「それが今のところ最も有力なのだから、それでいいんじゃないの? 証明なんて必要ないんじゃない?」という風に聞こえましたが。

投稿日時 - 2012-07-16 16:44:21

ANo.8

大きな勘違いをしていると思いますが自然科学に証明はありません
観測の積み重ねはより確実な観測をしただけであって証明ではありません
証明が可能なのは定理が論理的に成り立つ数学だけです

その意味では貴方の言う納得感のある説明をするのは大切ですが
それは説明ではなく、より確かな観測によってなされるべきでしょう
当然そのような研究もなされています
現状ではより上手く説明をする手段がない反面、突然変異論を覆す観測もない状況なだけです

ただし不確実であろうとも観測の結果ともっともらしい根拠で成り立つ研究もあります
遺伝子工学がそうですし、
もっと言えば飛行機など、もっともらしい根拠すらなく飛んでますよ

ちなみに親と違った種を生み出すとありますが突然変異には
本来交配できない種の交配もありますから
親がどうとか緩やかにとかの考えすら意味がないかもしれません

投稿日時 - 2012-07-15 12:32:49

お礼

ご回答ありがとうございます。

「大きな勘違いをしていると思いますが自然科学に証明はありません」とのことですが、そうではないと思います。

例えば、有名なものにルイ・パスツールによる実験があります。彼はそれによって生命は生命からのみ生まれるということを証明しました。あまりにも有名な実験なので詳細は割愛しますが、関心があればお調べください。

さらに、「飛行機など、もっともらしい根拠すらなく飛んでますよ」とのことですが、この真意は一体どういう意味でしょうか? 飛行機が飛ぶためには飛行力学によって綿密に計算・設計されている必要があります。

もし、これがその言葉どおりの意味なら「科学」に対する認識を新たにされるようお勧めします。真の「科学」は、実験などによって真実であると確認された理論に裏付けられていなければならないということです。

投稿日時 - 2012-07-16 14:40:24

ANo.7

科学に証明は必要ありません

科学とは観測できる事実を、最も合理的に説明する学問です。

正しいと言われることが、新たな観測によって覆ることなどよくあります。
もしかすると、突然変異以外による進化の仕組みが見つかるかもしれません。
それが見つかるまでは、突然変異が進化の仕組みについて最も合理性を以った説明なのでしょうね。

投稿日時 - 2012-07-14 22:20:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

科学では通常、ある仮説を立て、それを実験によって検証し、その正しさを証明することによってその理論を確立していくものだと考えていました。

確かに進化などの場合、実験などによる証明は難しいですが、少なくともそれがなぜ正しいと言えるのかということを納得のできる仕方で説明する、つまり証明することは必要なのでは?

No.5のお礼でも書いたのですが、ただ単に「最も有力な見解に盲目的に従う」という考え方は歴史上よくある間違いだと思います。証明を怠らないことによりそのような盲目的な行動を回避することができると考えます。

投稿日時 - 2012-07-15 11:05:52

ANo.6

交配できないほどの突然変異は、仮にその変化が一世代で起きたとしたら子孫を残せません。これに対して何世代かに渡る少しずつの突然変異であれば、結果として際限なく大きな変化を生むことが可能です。何代かに渡る突然変異が環境の淘汰圧によって方向付けられて、結果として交配できないほどに変化します。突然変異は変化の振れ幅を決めますが、それを方向付けるのは自然淘汰です。このどちらが欠けても進化は起きません。
交配できない程の差異を持った2つの種が共存しつつ発生するには、普通、2つのグループが何かの障壁によって隔離される必要があります。そうしないと交雑して薄まってしまうからです。例えば同種のグループの片方が山や海を越えて普通は交流できない2つの地域に分離され、夫々が夫々の環境に適合するように世代を超えて変化した後、再び2つのグループが次に出会った時には全く違う種になっていた、ということだと思います。
================
リチャードドーキンスの「盲目の時計職人」(ブラインド・ウオッチ・メーカー)という有名な本がありますがご存知でしょうか。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/盲目の時計職人-リチャード・ドーキンス/dp/4152085576

投稿日時 - 2012-07-14 11:03:02

お礼

ご回答ありがとうございます。

「これに対して何世代かに渡る少しずつの突然変異であれば、結果として際限なく大きな変化を生むことが可能です」とのこと。これはよく聞く話なのですが。

しかし、「親とは違った新生物を産み出す」ほどの突然変異があったとすれば、それは一世代のうちに行なわれるはずであり(それを「産む」という行為に依存している以上そうなる)、時間をかけて緩やかに変化したというのは飽くまでその種の範囲内での変化(土地の環境への適応や、近親交配が続いた結果で)に過ぎないのでは?

それで、「何代かに渡る突然変異が環境の淘汰圧によって方向付けられて、結果として交配できないほどに変化します」という見解の裏付け(単なる主張ではなく証明)は何かあるのでしょうか? 

投稿日時 - 2012-07-15 10:59:01

ANo.5

>染色体の異常などが生じることは承知していますが、
>しかし、それだけでは突然変異によって進化が生じたということの証明とはならない

この手の学問は実験できないのだから一番可能性の高そうなものを探ってゆくしかないはず。
「証明」などと言い出したらそれは思考の放棄です。

投稿日時 - 2012-07-14 10:11:16

お礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど、しかし、「証明」を怠ることこそ「思考の放棄」だと私は考えます。

さらに、「一番可能性の高そうなものを探ってゆくしかないはず・・・」とのこと。「今一番有力な見解だからそれに従っていればよい」という考え方は歴史上多くの人が陥ってきた間違いです。

例えば、ナチス・ドイツの時代、プロパガンダの波に流されて普通の善良なドイツの一般市民がナチスを熱烈に支持しました。それが「当時一番有力な見解」だったからです。

ですから、私たちは今一番有力かどうかに関わらず、それが真実であると確信できる根拠を挙げてその正しさを証明することを怠るべきではないと考えます。それをやめてただ盲目的に最も有力な見解に従うことこそが「思考の放棄」ということになるでは?? 

投稿日時 - 2012-07-15 10:50:04

故人になりましたが、大野乾さんの「遺伝子重複仮説」は参考になると思います。この仮説によると出来事(遺伝子の変化などの)が起こるためのの変化の確率の大小あるいは必要な時間に関する制約がほとんど問題にならないということが納得できるように思われます。

投稿日時 - 2012-07-14 09:35:13

お礼

ご回答ありがとうございます。

よければ、その仮説の要点を教えてはいただけませんか。

どういった仮説によって「出来事(遺伝子の変化などの)が起こるための変化の確率の大小あるいは必要な時間に関する制約がほとんど問題にならない」ということが言えるのでしょうか。

投稿日時 - 2012-07-15 10:40:33

ANo.3

>>染色体の数が違う子(つまり親とは異なる新生物)を産み出すほどの突然変異

起こりうると思います。
「染色体の数が違う子(つまり親とは異なる新生物)を産み出すほどの突然変異」が本当に生じ得るのか、についてですが、これには染色体数自体が違うほどではないですが、染色体の一部が欠損した子供が生まれる遺伝子異常は実在します。wikiなどで染色体異常で調べていただければ詳細はある程度掴めるかと思いますので細かい説明は割愛します。
多くの場合、染色体の部分欠損の個体は重大な異常が生じていることが多いですが、欠損部位によってははっきりと分かる障害が生じないこともあります。そういう場合は他の事情で偶然染色体を検査したら異常が発見されたという場合が多く、なかなか発見されないようですが、それなりには発生しています。そこで、自然界で染色体の部分欠損が生じた個体が発生し、個体数の減少や生存領域が狭まることによって近親交配が繰り返されるなどの事情によって染色体の部分欠損が保存されることは考えられると思います。さらに生殖隔離が起こり、染色体部分欠損を持たない個体と生殖不能になればこの欠損は完全に形質として固定されることになります。それが繰り返されることでその染色体が生存への重要性を失えばその染色体自身が完全に消えてしまう欠損すら後の世代に保存される可能性も考えられるかと思います。
同じような理屈で染色体が増えることも考えられるでしょう。むしろ増えるほうが起こりやすいかもしれません。失うより追加のほうが生存の可能性が高いでしょうから。
さらにこのような染色体の変化に加えて自然淘汰による形質の変化も組み合わせられることで、染色体も形質も全く違う新しい種が産み出されていくということは考えられるのではないでしょうか。
なので、遺伝子や染色体のわずかな変化と生殖隔離や淘汰が何万年も積み重なることによって、染色体の数が違う新しい種が産み出されうるということは十分ありえるのではないかと思います。
とは言っても今日明日来年に染色体数が違う新しい種がぽんぽん産まれる、といった単純なことはありえないでしょうが。

この考えの根拠としては実在の異種同士の交配が上げられます。
例えばライオンと虎の子供であるライガーやタイゴン、ライオンとヒョウの間の子のレオポン、馬とロバの間の子のラバなどは有名ですね。
種が違っていても、ある程度近縁種なら繁殖可能なのです。なので
>その「起爆剤」というのは種によって異なっており、種の異なる精子と卵子では結びつかないようになっている
というのは厳密なものではないことが分かります。
さらにいうと馬とロバとシマウマは染色体数が違いますが繁殖可能です。染色体の数が違っていても繁殖が可能、ということは逆に言えば大本は同じ生き物から染色体数の違う馬、ロバ、シマウマの3つの近縁種へと分岐した、と考えられるとは思いませんか?
なお、馬、ロバ、シマウマの間の子は繁殖能力を持たない一代限りの交雑種ですが、ライガーのメスにはごく稀にですが繁殖能力を持つ個体が生まれます。これはライオンと虎は別種とはいえ染色体数が同じであるためと考えられています。数が同じでも完全な相同ではありませんので安定して繁殖させることは不可能ですが。

とまあ、このように考察してみました。自分は一応生物の勉強はしてきましたが、進化の専門家ではないので間違いなどもあるかもしれません。だとすれば申し訳ありません。

なにぶん進化は非常に長いスパンで起こりうるものと考えられ、実際に目の前で実証することは不可能ですので質問者様が求められている「進化論が正しいと言える根拠を挙げてそれを証明」「種を隔てる壁を越えることはできないことの証明」は世界の誰にも不可能かと思いますが、考えを深める一助となれば幸いです。

投稿日時 - 2012-07-13 19:07:01

お礼

ご回答ありがとうございます。

異種同士の交配の例は参考になりました。なるほど、奥が深いですね。

しかし、そもそも(進化の過程で)どのようにして異種つまり種の違う生物に分化したのかという問題を考えているので、この異種同士の交配の例では今回の私の疑問は解消されないように感じました。

それから、「進化は非常に長いスパンで起こりうるものと考えられ・・・」という考えですが、これもよく聞く話ですね。例えば、地球の起源が46憶年÷動物の種類が100万種類=4600年なので、大変大ざっぱな計算ですが(本当はもっと数字が小さくなると思いますけど)、思ったよりもかなりの頻度で(数百万年とか数億年とかではなく)突然変異による進化は起きていることになると思います。

それに、「親とは違った新生物を産み出す」ほどの突然変異があったとすれば、それは一世代のうちに行なわれるはずであり、時間をかけて緩やかに変化したというのは飽くまでその種の範囲内での変化(土地の環境への適応や、近親交配が続いた結果で)に過ぎないのだと思います。それでは種の壁を越え得ることの裏付けには不十分だと思います。

しかし、今回のご回答は大変参考になりました。もっと生物学を勉強してみたいと思いました。

投稿日時 - 2012-07-15 10:37:02

ANo.2

多少の染色体の欠落や冗長はよくあることみたいで、
#ダウン症とか
生物はそれでも生きていられるくらいしぶといみたいですよ。

投稿日時 - 2012-07-13 13:36:05

お礼

ご回答ありがとうございます。

染色体の異常などが生じることは承知していますが、しかし、それだけでは突然変異によって進化が生じたということの証明とはならないのではないかという意味でした。

投稿日時 - 2012-07-14 09:10:05

ANo.1

素人なので、回答になりませんが一言投げかけさせてください。

逆の理論を実証するほうが困難というかありえないのでは。

単に数の問題だけではなく染色体の構造含めて親と100%同じである事の方が特殊なのでは。

投稿日時 - 2012-07-13 12:19:27

補足

まず、下のお礼から読んでください。

以下は抜粋した以前のお礼の重要な点をさらに詳しく挙げたものです。




再度のご回答ありがとうございます。

「地球の全ての生物が同じ遺伝暗号を・・・使っている」とのことで、それが事実であることには同意します。しかし、「種分化しながらそれぞれの系統で徐々に突然変異を蓄積していく事から、種分化の系統樹が描ける」という点ですが、要するに「突然変異の蓄積」により種の分化が起きたということですね。

動物の種によって染色体の数が違うことはご存知だと思います。人間の染色体は46本、チンパンジーは48本とのことです。それで、例えばすでに染色体48本で生まれた動物が途中から46本になる(体中のすべての細胞が)ということは考えにくいので、多分、例えば48本の親が46本の子を産むというようなことを想定しているのかと思います。確かに種の枠内での突然変異が実際に生じることは確認されていますが、親とは違う数の染色体を持つ子を産むというほどの突然変異が本当に生じ得るのでしょうか。あるとすれば、どのように?

それから、進化論の決定的な問題点は、それが理論の段階に留まっているという点です。科学では、まず仮定となる理論を打ち立て、それを実験によって検証しなければ真に科学的な理論とは言えません。進化論は最初に生命が自然発生したという見解です。実際、ある科学者たちはそれを実験室で再現しようと試みたとのことですが、彼らは生命を生じさせることができませんでした。科学者が意図的に考えうる有利な条件を設定してもそれができなかったという事実は、偶然に生命が発生することがないということを逆に証明するものにさえなるでしょう。ですから、生命の自然発生は未だ理論の段階にあり、未だ実験による検証はできていないということです。

ですから、進化を真実とにみなすにはもっと説得力のある論拠が必要であると考えます。これは「曲解」ではなく、当然起こるべくして起きる疑問点であり、それを解決していく過程を経て私たちは本当の真実に到達できるはずです。ですから、自分とは違う見解を無条件に排他するのではなく、ある理論に同意できない場合でも、その理論をきちんを論駁するという丁寧な過程を怠ることがないようにお勧めします。

投稿日時 - 2012-07-13 12:50:16

お礼

ご回答ありがとうございます。

少し誤解があったのかもしれませんね。以下に以前の回答に対するお礼を抜粋します。

動物の種によって染色体の数が違うことはご存知だと思います。人間の染色体は46本、チンパンジーは48本とのことです。それで、例えばすでに染色体48本で生まれた動物が途中から46本になる(体中のすべての細胞が)ということは考えにくいので、多分、例えば48本の親が46本の子を産むというようなことを想定しているのかと思います。確かに種の枠内での突然変異が実際に生じることは確認されていますが、親とは違う数の染色体を持つ子を産むというほどの突然変異が本当に生じ得るのでしょうか。あるとすれば、どのように?

(抜粋終わり)

つまり、言いたかったのは「染色体の構造が100%同じ子を産む」ということではなく、「染色体の数が違う、例えば48本の親が46本の子を産む」というようなこと(突然変異として)が本当に起こり得るのかということでした。

投稿日時 - 2012-07-13 12:47:12

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