こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

神社での参拝、複数賽銭箱がある場合は?

お世話になります。
神社を参拝するとき、正面の大きな神殿の他に
小さめの神殿と賽銭箱が複数ある場合
全てに参拝しないといけないものなのでしょうか?

神様に失礼にならないように
正しいお祈りの仕方を知りたいと思っています。

ご存知の方ご教授いただければ幸いです。

投稿日時 - 2012-07-17 12:37:59

QNo.7595398

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

まず、正しい祈りの方法というものはありませんので先に述べておきます、その理由は後で書きます。
次に渡し個人の方法ですけど、私は一日に複数の神社、時に10社以上回るので、基本的には本殿前の賽銭しか上げません。境内社には頭を下げるだけです。
答えですけど、「心のままに」としか言い様がありません。

解説。
賽銭について、伊勢の神宮には賽銭箱などありませんね。賽銭には二つの意味があります。
一つは世間で言われているように供物としての意味です。でももともとは農作物や漁などの獲物でした。
つまり参拝のたびに供えるものではありません。収穫祭の時だけです。ですから収穫までの間には賽銭などというものは無いのです。
家庭に神棚を備えるようになると家の中でも神饌をささげるようになりました。これは毎日一回、米かご飯を供えます。米は生饌(せいせん)といいご飯など調理したものは熟饌といいます。これは供えてすぐに下げ頂きます。これは直会(なおらい)の模倣です。
このことから街中の神社でも参拝のたびに賽銭を捧げる風習が生まれました。

賽銭のもう一つの意味は「賠償金」です。これは神社で行われる清め払いに起源があります。
お祓いの元はスサノオが高天原で暴れたことに対する罰則と罰金です。祓えを受けるとともに一定の賠償をすることで罪を許された事から祓えを受ける際に賽銭をささげるようになりました。昔は許してもらう罪によって金額が決まっていたそうです。
これと平安時代の厄祓いの風習から生まれた節分の起源となる厄祓いとが一緒になって米を蒔いたものがやがて銭になりました。つまり賽銭を投げる習慣はここから生まれたもので厄祓いなのです。
これは定期的に神社に行ってお祓いをしてもらうためですから、必ずではありませんが祓ってもらう度に賽銭を上げます。

境内には明治時代に合祀された多くの神社が境内社として祀られています。もちろんそれ以前から末社・摂社として祀られているものもあります。これらに参拝するのは自由ですので、必ずしなければならないというほどの拘束はありません。

私達が日常している参拝は略式の参拝です。本来「参拝」といえば現代の昇殿参拝を意味し、これは神社にお願いして祝詞を上げていただき、玉ぐしを奉ずることになります。基本的には手水も拝殿に上がる前に手桶で行うのです。
私達が日常しているのは略式参拝とか自由参拝と呼ばれるもので、昇殿前に巫女から受ける手水も巫女舞の鈴も、そして本来宮司があげる祝詞までセルフサービスでやるわけです。略式の参拝に正しいも何もあるはずありません。

また、昇殿参拝の手順は明治時代に作られた祭式の作法に基づいて作られたものであり、略式参拝の手順は昇殿参拝の手順に従って戦後神社本庁になったときに作られたものです。しかもこれは正式な手順としてではなく、参考例として示されたものです。
私達が日常行う参拝には決められた方法などありません。心を改めて敬神崇祖の念をもち、頭を下げる。これだけが唯一の作法です。
どんなに決められた手順で行おうと、それに意識が行ってしまって髪に感謝する心を揺るがされたり、手順が間違ったといって気を落としては何の意味もありません。
心を籠めて感謝の念を以って頭を下げる、これだけで十分なのです。

神職の中でも厳しい人になると「大和言葉で神職が奏上しなければ紙に通じるはずも無い」といいます。
これは古来の宮中のしきたりに従えば当然の意見でしょうが、人の心を汲み取る神であればこそ、頭を下げるだけで通じると私は考えています。
でも略式参拝したから完全だと考えるのなら不十分だといわざるを得ません。

ですから「正しい祈り方」というのであれば、あえて言えば
まず神社は感謝する場所であって祈願する場所では無いということ。
祈願は人の自然な欲求ですが、それでもまず感謝があってこその祈願でなければなりません。
だから祝詞もまずは神を称えてから祈願文を奏上します。
また長々と願いをあげるのも意味ありません。願いとは神殿の前で思いつくことではなく、常日頃から願い続けていることを言います。そして願いは欲でもあります。
ですから願い事は手水舎まで。そこから先は神様に近づくのですから無心で向かうべきです。じんじゃには「神拝詞」という祝詞が掲げられている場合があります。神様は既に祈願をご存知ですから、この神拝詞を唱えるか、無心で心を開いて神様の気を受けることで十分なのです。
神拝詞がなくても「ありがとうございました」と感謝を述べれば十分なのです。

結論
主祭神である本殿での参拝は通例どおり行えばよろしいです。
摂社、末社、その他の境内社に関しては参拝も賽銭も自由です。

投稿日時 - 2012-07-17 16:25:12

お礼

とても丁寧に教えていただきありがとうございました。
大変参考になりました。

まずは神様に感謝することが大切なのですね。
日々心に留めたいと思います。

投稿日時 - 2012-07-17 17:02:12

このQ&Aは役に立ちましたか?

2人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(3)

ANo.3

やはり、そこのメインであるところにやることが、先ずですね。
メインをやれば、一先ず大丈夫です。

そして、やはりまず神様に感謝をすることですね。

正しい神社の参拝の仕方はあります。
まず、一般的にやられてる、最初の手を2回叩くだけのところから違うのです。
意外と知られていないのです。

実は、今から紹介する本に、神社でのお参りの仕方の全てが載っています。 この内容はズバリです。

それは、たちばな出版さんの

神社で奇跡の開運 http://www.tachibana-inc.co.jp/detail.jsp?goods_id=1202

です。
書店でも並んでます。 主に「哲学」や「文学」などのコーナーに置いてあります。

「本の宣伝か?」と思われるかもしれません。確かにそうなってしまうのですが…
これは、もし神社で本気で正しいお参りをしていくおつもりであれば、是非購入していただいて読み、早速実践していただきたいです。

ここで一部を言ってしまいますが…

ご存知かもしれませんが、神社に居られる神様によって、担当するものが違います。 なので、その担当ではない神様の居られる神社で「人間関係がよくなりますように…」などと祈っても、神様は十分にお力を発揮できない。 ということなのです。
なので、どこの神社で何を祈れば、祈りが最も通ずるかを知るだけでも、ものすごい結果は違うのです。

そして、本は 最後まで読んだら終わりではなく、また最初から読んでみてください。
「あっ」って1回目では気づかなかった事が必ず出てきます。


是非この本を読み、実践していただく事をオススメします。
絶対日常生活で変化が感じられます。

ご参考までに。

投稿日時 - 2012-07-19 23:21:09

お礼

ご回答ありがとうございました。

本の紹介もありがとうございました。
早速読ませていただきます。

投稿日時 - 2012-07-20 16:58:49

ANo.2

世界中のどこの国でも、密教でない公開された宗教の儀式場所では、その宗教に清く尊敬する気持ちで、参拝すれば、神様の失礼にはなりません。靴を脱ぐとか、女性は肌を出さないとか信者にとって失礼はありますが。

投稿日時 - 2012-07-18 03:40:39

お礼

ご回答ありがとうございました。

神様の前での
気持ちが大事なのですね。

参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2012-07-20 17:00:20

あなたにオススメの質問