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死刑反対派の方へ聞きたい事その1(冤罪について)

死刑反対派の方へ聞きたい事その1(冤罪について)

死刑反対派の主張の一つ!冤罪があるから死刑はダメだと言う。
死んだら取り返しがつかない。

まぁ、その意見は分からなくは無いけど逆に聞きたいですが・・・

仮に死刑相当の容疑で捕まった人(冤罪)がいたとしましょう。

現行法なら死刑が言い渡され6ヶ月後死刑にされてしまいます。
その後冤罪と分かっても取り返しつきませんよね?

確かにその通り。それはあってはならないです。

じゃぁ、死刑判決が無かったとしたら・・・・
死刑の代わりに終身刑だとしたら・・・・

死刑執行されずに生き延びる可能性はあります。
が、冤罪と分かる前にそのまま獄中死した場合はどうやって
取り返しがつくのか教えてくれませんかね?^^

死刑反対派の主張は冤罪の時「死刑だと」取り返しがつかない。

じゃぁ、死刑じゃなければ取り返しがつくという事。
さて、私があげた例・・・どうやって取り返しつくのか教えてください^-^

投稿日時 - 2012-08-03 09:16:43

QNo.7624585

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>死刑賛成の前提で考えますが、dragon-manさん自身は 視力剝脱や四肢切断の刑についてどう思いますか?

「目には目を、歯には歯を」は人間が本来持っている人間の自然な感情です。
必ずしも間違いとは言い切れません。
状況を度外視して視力剥奪だけを問われれば、人にあるまじき野蛮な行為と言うほかありません。
しかし、殺人という究極の野蛮がある限り、その代償はあって然るべきです。
文明が進化して、人間が完全に野蛮を断ち切ったら、殺人などと言う野蛮もなくなるでしょう。
死刑などという“野蛮な刑罰”も必要もなくなるでしょう。
でも、残念ながら未だに人類はまだそう言う進化のレベルに達していませんね。
身の毛もよだつ野蛮や残酷が世界中にはびこっています。
一向に減る兆しがありません。
そう言う状況にありながら、人道だけを声高に言うのは片手落ちで、何の解決にもなりません。
人類は人道を口にする前に、世の中の混乱や矛盾をきちんとコントロールしなければなりません。
死刑廃止は、人類がもう少し進歩した後の話でしょう。
いつそうなるかは、まったく疑問ですが。

投稿日時 - 2012-08-03 18:21:22

お礼

追回答ありがとうございます。

何となく歯切れが悪いご意見ですが、一応筋は通っていますね。

投稿日時 - 2012-08-03 18:47:07

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回答(6)

ANo.5

取り返しのつかない刑罰は、生命刑である死刑
だけでは有りませんよね。
懲役、禁固などの自由刑も取り返しがつきません。
人間はタイムマシンを持っていませんから。
罰金などの財産刑も、場合によっては取り返しの
つかないことがあり得ます。
あのとき、罰金で取られたから、運命が変わって
しまった・・・・。

従って、取り返しのつかない、ということを理由
にすれば、およそ総ての刑罰が存立できなくなります。
だから、死刑反対の根拠の一つとして、冤罪の可能性を
挙げるのは、取り返しがつかない、という問題
ではないのです。

死刑賛成派や、どっちか判らない人の感情に訴えて
いるだけなのです。
あの人は、何もしていないのに、国家によって殺された
んだよ。ヒドイねえ。
だから、死刑は良くないよね。
廃止した方がいいよね。

投稿日時 - 2012-08-03 17:23:02

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-08-03 17:26:28

ANo.4

イスラムのハンムラビ法典では、有名な「目には目を、歯には歯を」と言う決まり(法律)があります。
被害者側が加害者に同等の刑罰を与えることが認められているのです。
日本の場合も、明治維新前までは仇討ちが被害者側の権利として認められていました。
被害者側が自らこういう形で恨みを晴らすことが、いわば自然法的に認められていたのです。
明治維新以降、近代法を作り上げる過程で、こういう私憤で罪を裁くことを禁じ、代わりに国家が法律で裁くことにしました。
ですから死刑を含む刑罰には、被害者側の恨みや怨念を国家が代わって精算するという意味合いがあるのです。
死刑反対論にはこういう自然法的な観点が欠落しています。
複雑化した社会は人道的観点だけでは制御不能です。
ただただ人道的にと言うだけでは、人間世界に充満しているもろもろの葛藤や矛盾を解きほぐし、バランスの取れた世の中には出来ないでしょう。
死刑が人道に反するというなら、殺人も同じ程度に人道に反します。
そう言うバランスが取れないのだから、個人に代わって国が処罰するという死刑制度があっても仕方ありません。
冤罪はまた別の問題です。
これをごっちゃにしては何の解決にもなりません。

投稿日時 - 2012-08-03 15:27:29

お礼

ありがとうございます。

ヨーロッパの大半の国で死刑が廃止された理由の一つに、視力剝脱や四肢切断が野蛮なら
死刑はもっと野蛮だという考え方があります。これを死刑反対の理由にしても、死刑賛成者は
素人感情むき出しで 自分が被害者の遺族でも死刑に反対か とか反論されますが、それでは
死刑賛成の前提で考えますが、dragon-manさん自身は 視力剝脱や四肢切断の刑についてどう思いますか?

投稿日時 - 2012-08-03 16:34:03

ANo.3

私自身は死刑存置派ですが、いずれの立場にしても、この議論をする上で、そもそも死刑に関して、認識を間違っている人が多い点が問題かと思います。

死刑反対の根拠は、国家とは、国民の生命や財産を守るべき立場であって、その国が国民の生命を奪うと言う行為が、国家の権限を超えると言うものです。

死刑の賛否においては、国に「国民を殺す権利」の有無と言う問題であって、冤罪云々などは、基本的には全く無関係です。

私の死刑存置の立場は、たとえばアメリカなどでは死刑廃止を行いつつも、現実的には、現場で警察官が犯人を射殺する様な、行政処分的に国が国民を殺す権利行使がある中、国家がより重い責任を負い、覚悟を持って、司法的に死刑と言う判断と執行を行うことには、重大が意義があると考えるからです。

その責任・覚悟・意義などにおいては、冤罪による死刑判決などは、国が責任を持って100%排除されるべきものでしか有りません。

冤罪と死刑を絡めて、死刑を弄ぶと言う行為は、死刑を軽々しく扱うことに他ならず、むしろ死刑廃止論側に近い考え方では?と思います。

一応、質問に即して回答しておきますと、仮に冤罪で死刑囚が獄中死したとしても、それは自然死であって、死そのものに対する責任は無いでしょう。

誤って身柄を拘束した責任や、あるいは、死刑囚の健康管理に対する過失などがあれば、その責任は問われますが、それは「誤って死刑を執行した」とは、明確に区別が出来る責任です。

加えて、我が国では慣習的に、たとえ死刑確定囚であっても、わずかでも冤罪の疑いがある様な場合、刑の執行を行わない・執行を躊躇する傾向が存在します。
我が国の死刑制度は、非常に慎重で厳格であり、独裁国などの死刑とは、明らかに一線を画すものです。
他国の内政干渉などで、軽々しく廃止して良い様な刑罰でもありません。

投稿日時 - 2012-08-03 12:18:42

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-08-03 12:58:24

ANo.2

日本の反対運動はなんでもそうだけど、
冤罪があるから死刑はダメていうのは建前で、
まず、反対するものとして死刑制度を選んで、
反対するためには「冤罪があるから」を理由にするていう論理なので、
そんなことを聞いてもナンセンスですよ。

冤罪があるから死刑はダメなんて考えてる人はいません。
そんな人は冤罪じゃなかったら死刑に賛成しなければいけないからね。

投稿日時 - 2012-08-03 09:59:51

お礼

ご苦労様でした。

投稿日時 - 2012-08-03 11:02:06

ANo.1

>冤罪と分かる前にそのまま獄中死した場合はどうやって
>取り返しがつくのか教えてくれませんかね?^^
そんなこと訊かなきゃわからないんですか?
それだって取り返し付きませんよ。

どっちにしろ取り返し付かないんだから死刑で良いじゃん、なんて杜撰な理屈をおっしゃりたいわけではないでしょうが、

>じゃぁ、死刑じゃなければ取り返しがつくという事
死刑でなければ取り返しのつく可能性が高くなる、という事です。

質問者様は論理学を少し学んだ方が良いですよ。

投稿日時 - 2012-08-03 09:59:28

お礼

ご苦労様でした。

投稿日時 - 2012-08-03 11:01:47

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