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解決済みの質問

三種の神器について

質問が2つあります。

まず前提として、三種の神器はそれぞれ

1.天叢雲剣---熱田神宮にあり、皇居には形代がある
2.八咫鏡----神宮にあり、皇居には形代がある
3.八尺瓊勾玉--古来のものが皇居にある

とされています。
これをもって、剣璽渡御の儀(剣璽等承継の儀)が行われるのは良いと思いますが、
質問1:
もともと天皇の所有物であったはずが、なぜ神宮や熱田神宮に祀られることになったのでしょうか?
また、逆に八尺瓊勾玉だけがなぜどこにも祀られてないのでしょうか?
神宮はそもそも天照大神からの授かりものとの認識からなにかしらの理由があるのかもしれませんが。


次に、wikiからの抜粋ですが、


そもそも実際の儀式に使われるのは三種の神器の「形代」(レプリカではなく神器に準ずるもの)であり、実物については祭主たる天皇自身でさえ実見を許されていないという。このことからも、実物が現存しているかどうかは確かめようもない。

祭主たる天皇自身でさえ実見できないのはなぜでしょうか?

どこかの神社でご神体として公開されている(常に一般公開でなくても)
例もあったと記憶しています。

存在の有無や所持不所持によって何か変わるものではなく、
陛下は陛下ですので、異論を挟む余地は皆無ですが、
質問2:なぜ天皇陛下でさえ実見できないのでしょうか?
陛下自身が控えられているのか、それとも何か他に理由のようなものがあるのでしょうか?

少なくても、安徳天皇までは身につけたり、お側に置いていたはずなのですが。

投稿日時 - 2012-09-11 16:45:56

QNo.7692384

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

>なぜ神宮や熱田神宮に祀られることになったのでしょうか?

 崇神天皇の時代に疫病が流行り、多くの人民が死に絶えた為、その疫病を鎮める為、従来宮中に祀られていたのを皇居の外に移したとされます。
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%87%E7%A5%9E%E5%A4%A9%E7%9A%87

 何となく祟られるから遠くへ厄介払いした様な、酷い扱いだなと思うのは私の思い過ごしでしょうか?

 なお、新羅の僧・道行が天叢雲剣を盗み、新羅に持ち帰ろうとした事件の後、宮中で保管する事に成ったのですが、天武天皇が突然病にたおれ、これが剣の祟りであるとされ熱田神宮に戻されたとの伝説が残っています。
 (それ以外にも、好奇心に負けた神官が剣を見た為、祟りで亡くなったとの逸話も残っている…。)

 あと、崇神天皇ってその諡号から神武天皇と同一説や王朝交替説が有り(詳しくはWikipediaで)、交替説で考えると、前王朝の皇女(豊鋤入姫命)が古いだけで金銭価値が余り無い古い剣や鏡(宝玉たる八尺瓊勾玉は金銭価値が高かったので没収されたのかも…。)を抱え都落ちしていった様にも…。
 (神器が伊勢に落ち着くまで何十年も各地を彷徨う事になりますし…。)

 なお、同時期に倭大国魂神を託された渟名城入媛命は、長岡岬に辿り着いたものの髪も抜け落ち、痩せ細って祭祀を行えなかったと伝えられています。
 (病気の可能性も有りますが、天皇の皇女の扱いにしては辛すぎる旅を経た様に思えます。)

 あと、伊勢神宮って皇祖神を祭る神社の筈ですが、明治天皇が行幸されるまで1000年近く御親拝が無かった事も気になる点です。←行かなかったんですから当然見れない。
 (伊勢に行幸したのに御親拝は行われなかった。熊野などへは何度も有ったのに…。)

 伊勢神宮の皇祖神を祭る神社としての待遇は、壬申の乱で大海人皇子が伊勢の国人の助けを受けて勝利を得る事が出来たからと言う説も有りますし…。

 宮中から外に出された理由で明確なのは「疫病を鎮める為」だけなので、色々と妄想が捗ってしまう訳ですが…。

投稿日時 - 2012-09-14 02:37:46

補足

ちなみに、以前質問したことですが、
そもそもなぜ、アマテラスは伊勢なんでしょう?
九州・高千穂でも、良いのに。
そして、伊勢にアマテラスを祀るなら、
なぜ、10月には出雲へ集まるのでしょう?
大国主はアマテラスに国を譲ったのに。
いろいろな疑問がつきませんが、現実的にはご回答頂いたようなことに
なるんでしょうね。

投稿日時 - 2012-09-14 15:38:18

お礼

ご回答ありがとうございました。

#1の方と違う現実的な解釈です。非常に興味深いです。
古事記、日本書紀、伝記、さまざま資料などいろいろありますが、
どれが一番有力というものはなかなかありませんね。
実際に、現在学校で教えられている歴史には確実に以前と違う内容になっていますし。
そんな中でも、とても腑に落ちる内容でした。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-09-14 15:34:16

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回答(5)

ANo.5

>そもそもなぜ、アマテラスは伊勢なんでしょう?
>九州・高千穂でも、良いのに。
>そして、伊勢にアマテラスを祀るなら、
>なぜ、10月には出雲へ集まるのでしょう?

 以前、NHKなどで「太陽の道」として番組が作られた程に話題になった、神道上の重要な神社等の位置関係がその答えになるかもしれません…。
 (ただ、私は余りにも出来すぎていて、些か懐疑的であったりしますが…。)
   http://www.geocities.jp/yasuko8787/80707-1.htm

 伊弉諾尊が、最初に生んだ淡路島多賀の地に幽宮(かくりのみや)を構えそこに鎮まった事に由来すると言われる、伊弉諾神宮から真東に向かうと、崇神天皇の都(磯城瑞籬宮)が置かれ、更に東に行くと伊勢神宮の天照大神に仕えた皇族女性の宮で有る斎宮が有りました。
 (この間は、北緯34度32分上を数キロ程度の間隔で神社や遺跡が連なっており、当時の太陽信仰[東を復活、西を死]の表れで無いかとも言われています。)

 なお、伊弉諾神宮から

  冬至(太陽が最も力を失う時)の日の出の方角には熊野那智大社があります。
  冬至(太陽が最も力を失う時)の日の入りの方角には天岩戸神社、高千穂神社があります。
  夏至(太陽が最も力を持つ時)の日の出の方角には諏訪大社があります。
  夏至(太陽が最も力を持つ時)の日の入りの方角には、出雲大社があります。
 
 また、伊弉諾神社、元伊勢、伊吹山、伊勢内宮、熊野本宮を結ぶとかなり正確な五芒星を描きます。
 (なお五芒星のほぼ中心に平城京が有る。)

 狙ってやったのであれば、相当な測量技術です。
 (山がちな日本では一定の方向へまっすぐ進むだけでも相当に苦労するだろうに…。)

投稿日時 - 2012-09-15 03:26:03

お礼

ご回答ありがとうございました。

その番組かどうかかわりませんが、テレビで
そんなようことを今まで2度程耳にしました。

出来すぎているのは、偶然か、アマテラスの導きか、分かりませんが、
非常に興味深いですね。

投稿日時 - 2012-09-18 14:15:29

ANo.3

中継ではそりゃあけないでしょ 笑
けど本物使いますよ 本物の神器を天照大神に捧げなければ天皇として認められませんから
論拠はいくらでもあります 貴方が知らないだけです

投稿日時 - 2012-09-12 18:02:48

補足

>論拠はいくらでもあります 貴方が知らないだけです

で、その論拠は、具体的にどれと、どれと、どれですか?

知らないというのは質問した時点で明白なのでそのとおりですよ。
説明ができないのならば、白河夜船です。

投稿日時 - 2012-09-12 22:02:06

ANo.2

天皇が即位するとき ちゃんと本物使いますよ
当然殿上人ではない我ら下人には見ることすらかないませんが

投稿日時 - 2012-09-12 10:33:46

お礼

ご回答ありがとうございました。

>ちゃんと本物使いますよ

これは今生天皇が剣璽渡御の儀(剣璽等承継の儀)をした時に
テレビ中継されたと聞いています。そのときご覧になられたのではないかと
推測します。ちなみに、私はその中継を見ていませんでした。

聞くところによると、その儀の際に用いられたのは木の箱に入った三種の神器であり、
中は分からないとのことでした。中継されるので当然といえば、当然ですが、
ちゃんと本物を使うと断言できる根拠をお示しいただけますか?

投稿日時 - 2012-09-12 17:20:25

ANo.1

大雑把にしか覚えていないのですけれど、
勾玉と鏡はアマテラスが岩戸に隠れた時、連れ戻すために榊の枝に結びつけたものです。
ニニギノミコトが降臨する際に、アマテラスから授けられ、鏡は「私と思って祀れ」とおおせつかっています。
草薙の剣はスサノオが手に入れました。そしてヤマトタケルが東征の折にヤマトヒメより託されて以来ヤマトタケルと守り刀となりました。しかしミヤズヒメに預けたまま息吹山の悪神平定に行き山の神の息吹によって病に倒れました。
ミヤズヒメが剣を守り祀る地として占ったのが熱田神宮の地です。なので剣は熱田神宮にあります。

鏡はアマテラスが「私と思って祀れ」と言ったのでアマテラスの象徴として神宮に祀られているわけです。

勾玉についてはほとんど情報がありませんけど、勾玉が本来地上を統べるものの証、つまり皇統の証という説があります。従って皇室で祀っているわけです。

本来どの神社でも御神体はたとえ宮司でも見れません。というか本来は見れなくて当たり前のものです。しかし仏教の影響でご開帳と称して定期的に見せている神社がある事も事実。
つまり見せるほうが正統ではないということになりますから、たとえ天皇であろうとも御神体は見れなくて当然と考えるべきでしょう。

本来仏教には仏像などというものはありませんでした。今でこそ入魂とか言っていますけど、仏教にも偶像崇拝的な考えがあり、仏像はイメージする為のツールです。だから御開帳もありえる。
しかし御神体は神自身が降り立つ依り代ですから神聖中の神聖なるものです。だから奥深くにあって人の目に晒すべきものではありません。

投稿日時 - 2012-09-11 23:15:36

お礼

ご回答ありがとうございました。

質問2について

>本来どの神社でも御神体はたとえ宮司でも見れません。というか本来は見れなくて当たり前のものです。しかし仏教の影響でご開帳と称して定期的に見せている神社がある事も事実。
つまり見せるほうが正統ではないということになりますから、たとえ天皇であろうとも御神体は見れなくて当然と考えるべきでしょう。

なるほど。私の認識に誤解があったようです。


質問1について

>鏡はアマテラスが「私と思って祀れ」と言ったのでアマテラスの象徴として神宮に祀られているわけです。

これは思い出しました、そんなようなことを神宮関係のテレビで聴いたことがありました。

>ミヤズヒメが剣を守り祀る地として占ったのが熱田神宮の地です。なので剣は熱田神宮にあります。

>勾玉についてはほとんど情報がありませんけど、勾玉が本来地上を統べるものの証、つまり皇統の証という説があります。従って皇室で祀っているわけです。

ということは、剣と鏡については、皇室には最初から形代があったということになりますね。勾玉については不明としても。

源平合戦の際に安徳天皇と共に失われたとか、後から源氏が拾い上げたとかありますが、形代であるならば、あった方が良いに決まっていますが、無くても問題無く後鳥羽天皇が即位したのは納得できます。(勾玉についてはとりあえず除外)

投稿日時 - 2012-09-12 17:15:23

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