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締切り済みの質問

「AおよびB」とは?

「AおよびB」の意味が分かりません。
ただなんとなくこんな感じかな~?位の感性はあるのですが正確な意味がわかりません。
ネット辞書でしらべてもさまざまな意味が出てきてどの様に解釈してよいか分かりません。
つまり私の質問は「AおよびB」という文面が出てきた場合どのよな判断が国語的に正しい判断になるのか?という質問です。よろしくお願いします。

投稿日時 - 2012-10-03 12:16:28

QNo.7729809

困ってます

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回答(86)

ANo.86

#85です。

しょうがないのでもう少し付き合いますか・・・。

1.
>「なにげなく「および」という言葉を聞いたり使ったりしている人限定」です。これは辞書で調べたり正式な意味合い(これも疑わしいので質問しているのですが)を理解していない人限定です。 

言葉というのは、基本的に「なにげなく」使うものですよ?
とくに、この「および」などの場合は、そんな難しい熟語を使うわけではないんですからね。
たとえば、「しかし」という言葉を使うときに、いちいち辞書を引かないでしょう?
それと同じ程度の言葉なんですよ。
はじめてこの言葉を覚えた小学生か幼稚園児なら別ですが、辞書で調べて使う人はまずいないでしょう。

それと、「正式な意味合いを理解していない人限定」という意味がわからないなあ・・・。
正式な意味合いを理解している人は答えちゃいけないの?
それに、みんな正式な意味合いで使っているつもりなんじゃないかな。
仮に、俺は正式じゃない意味で使っている、と思っていたとしても、逆に言うと、その人は正式な意味を知っている、ということになるよね?
【何に関して】多いのか少ないのか、知りたいわけ?
意図が全くわかりませんね・・・。

2.
> いや違うと思う。おそらく弱い者を虐めたいという心理と同じだと思う。宇宙人が飛来したUFOを信じている人で例えると分かり易いと思うけど、その人はなにも宇宙人飛来を疑問視している人に何一つ悪言をしてはいないのになぜか宇宙人が飛来してきたと思っている人の気持ちを萎えさせるためにわざと否定するんですよ。しかもその否定の仕方があたかも「UFO飛来を信じているお前はあほだ!いっひひひひw」と言わんばかりの鬼畜な書き方をしています。
恐らくそのような鬼畜人が書きこむ可能性が高いと思っているわけです。

なるほどねえ・・・。
言いたいことは一応理解しました。
ありがちなことでしょう。
しかし、新しいこと、あるいは少数派というのは常にそういった運命にあるんじゃないでしょうか。
そんなことをいちいち気にしてたら何もできませんよ?
異端者として縛り首や死刑になった時代もありましたが、今は、そういうことはありませんしね。
正しいと思ったことは堂々と主張すればいいでしょう。
そして、それと同等に大切なことは、まちがっているという認識に達したら、屁理屈言わないで、それを認める、ということでしょうね。
いずれにしてもアンケートしてみればすぐわかるでしょう。
それに、アンケート形式にすれば、自分の主張を表明する必要はないわけだから、鬼畜人が鬼畜なことを言ってくる可能性はほとんどないでしょ?
お礼欄でも、余計なことを言わないで、純粋な補足質問をする程度に留めればよいわけです。
自分の意見を言うためにアンケートをとるわけじゃないのですから、割り切りが必要でしょう。

3.
>あとね、大体100人位は回答してくれないと、なかなか結構and、orと混同している人が多い(個人的予測でいうと20~80人の間)と言う予測が出来ないでしょう?

そんな心配は無用でしょう。
回答人数に応じて判断は可能だと思います。
たとえば、20人中5人もいれば十分に多いと言えるんじゃないかな。
10人中だと、やはり3人ぐらいは必要になるかも。しかし、心情的には2人でも多いと感じますけどね。
100人中であれば、10人いれば十分多い。
単純に割合で評価する必要はないでしょう。

4.
>じゃあ「お茶 および コーヒー でも飲もうかな」という会話も「お茶 および コーヒー でも飲もうかと予定してます」という意味になるでしょ?
それでなんでhakobuluさんの感覚でいうと「両方飲むのかな?」という感覚になるわけですか?

この場合は、「今、すぐ飲むもの」です。
「さて、~~飲もうかな」と臨場感を出して表現したのは、そのためなんです。
そこを理解してください。
「予定」ではない、ということです。

5.
<ですから、予定じゃなくて、
A:「あそこの車庫には、今、なんの車が入ってるの?」
と言う場合には、
B:「普通車 および 軽四」
と答えたらおかしくなる。
これは、わかるよね?>

 これも実は分からないんです。今までの説明聞いても分からないです。

そうなんですか・・・。
それであれば、わたしの言いたい内容をteientさんに説明できる能力がわたしには無い、と言わざるを得ませんね。
一台しか入れない車庫なのですから、
『あの車庫には今、「普通車 および 軽四」が入っています』と言えば、おかしいな???と感じるのが普通・・・と言うと、また屁理屈並べると思うので、わたしの感覚なんです。
ですが、それをおかしいと思わない人がいてもいいと思います。
(なんども言ったことですが)それは個人の自由ですから、そう思っていればいいんじゃないですかね?

わたしとしては、「自分の感覚がおかしいと思うんだけどなんでかなあ?」と
teientさんが思っているのではないだろうか?
と思ったので、なぜ、そういう勘違いが発生するのか、について、今まで述べてきたわけです。
ですから、「自分の感覚はおかしくない!!!なぜなら、○○だからだ!!!」とあくまで主張なさるのであれば、どうぞお好きなようになさってください、と言うしかないでしょ?
強い信念で、そのように思っているようですから、そういう人に対して「いや、それはおかしい」と言って納得させようとする気は全くないんです。
自分の考えが絶対間違っていない、という人を納得させることはほぼ不可能ですからね。
「俺はこう思っているが、絶対そうだとは限らないかもしれないな?」
と思う人が質問するはずなので、
理解できなくて困っていることがあると思うからわたしは回答するわけです。
困っていないようですから、回答はする必要はないと判断させていただきます。
こういうことを言っているんですが、この論理は理解していただけますでしょうか?
まあ、無理に理解してもらう必要はありませんけどね。

6.
>反論出来難くなったから逃げるというような感じですねhakobuluさん。ということは私の説は間違いとまではいかない、未だに分からないということでよろしいですか?

5を読んでいただいておわかりになったと思いますが、どのように解釈なさろうとteientさんのご自由です。
ま、引っ込みがつかなくなって、そのように言うしかないのでしょうね。
気持ちはよくわかりますよ。
「間違いとまではいかない」とご自分でおっしゃっているわけですから、少なくとも「間違いとまではいかないが、正しいことを言っているわけではない」という自覚はおありのようで、最低限のことはわかったみたいですね。
回答してきた甲斐はあったと受け止めておきましょう。
これ以上お付き合いできなくて申し訳ありません。
わざと挑発に乗った振りをしてきましたが、本当にこれで最後ということで。
見るとまた何か言いたくなってしまうので、見ないことにします。
待っていても、このスレにはこれ以上回答しませんので悪しからず。(読み直せばわかるはずですから)
どうしてもの質問があれば、堂々と新たに立てると良いでしょう。
では、ごきげんよう。
  

投稿日時 - 2012-12-01 17:59:21

補足

1・>言葉というのは、基本的に「なにげなく」使うものですよ?
とくに、この「および」などの場合は、そんな難しい熟語を使うわけではないんですからね。
たとえば、「しかし」という言葉を使うときに、いちいち辞書を引かないでしょう?>

 なぜですか?なぜそれが分かるんですか?辞書でやwikiなどで調べたのをあたかも元から知っていたかのように知ったかぶる人はいるでしょう。
例えば知らないというのを前提に書くと「恥」という感情が湧いてくる人がいたとしましょう。そうするとその人は調べますよね?そうすると辞書やネット等で調べた結果書き込む筈です。しかも「それはなにかで調べましたか?」と聞けば「いいえ調べてません初めっから知っていました」と嘘をついて自尊心を得ようとする人が出てくる可能性があると言っているわけです。

2・>はじめてこの言葉を覚えた小学生か幼稚園児なら別ですが、辞書で調べて使う人はまずいないでしょう。>

 という意味で質問する上ではあり得る話です。
hakobuluさんは変に頑固ですから例題出しますが勉強しないでテストに挑む場合には個人の認識に委ねられます。なのでテストの回答も個人の認識が出る場合があります。しかしマニュアル化されたテキストを丸覚えして、それに準じてテストを受けた場合は個人的な感覚ではなくテキストを自らに取りこんで書き込む事になりますから、それは教科書やマニュアルそのものです。その教科書やマニュアルであってはならないということです。

3・>それと、「正式な意味合いを理解していない人限定」という意味がわからないなあ・・・。
正式な意味合いを理解している人は答えちゃいけないの?>

 答えても構いませんがその場合「正式な意味を○○で調べたとか」「言語を研究してる教授から教わった」などの文言を言って頂ければ結構です。そうすればその人を省いた数で計算すれば済む話ですので、そういう書き方を【絶対】するという保証が無い限り、なにげなく知っている人の回答なのか分からないでしょう。

4・>それに、みんな正式な意味合いで使っているつもりなんじゃないかな。
仮に、俺は正式じゃない意味で使っている、と思っていたとしても、逆に言うと、その人は正式な意味を知っている、ということになるよね?
【何に関して】多いのか少ないのか、知りたいわけ?>

 ということで1~3に書いたので分かるでしょ?

5・>なるほどねえ・・・。
言いたいことは一応理解しました。>

わかりましたか、よかった~ま、そういうことなんですよ。

6・>正しいと思ったことは堂々と主張すればいいでしょう。>

 だからしてるじゃないですか

7・>そして、それと同等に大切なことは、まちがっているという認識に達したら、屁理屈言わないで、それを認める、ということでしょうね。>

 まちがっているという認識に達してないから屁理屈言ってるんですよ。どうでもいいですけど『屁』は余分です。最低『理屈』と言って下さい。

8・>いずれにしてもアンケートしてみればすぐわかるでしょう。>

 なんで?私の補足欄をちゃんと読みましたか?

9・>それに、アンケート形式にすれば、自分の主張を表明する必要はないわけだから、鬼畜人が鬼畜なことを言ってくる可能性はほとんどないでしょ?>

 なんで?あり得ると思うよ?第一2回程他のカテで質問しましたが案の定、正式な意味を何処かで調べたか、hakobulu賛同主義者か知りませんが書き込んで来ましたよ。どのように知ったのか聞いたら「辞書」とか「ネット」と言わず念仏を聞いて悟ったとか言ってました。まあ本当に念仏を聞いて悟ったのかもしれませんがおそらくその人は何処かで調べて確信した後に書き込んだ可能性が高いですw私の勘は当たるんです。
ただしつこく聞いたら正直に「正式な意味は大学の教授で学んだ」と答えた人もいましたが、その人も相当意地になっていたのか2回目では正直に答えませんでしたよ。3回目位じゃないかな?なら初めから「大学で正式な意味を知って回答書きました」と言えばいいのにそう言わないんですよ。何故だと思います?
知ってる知らないの差を使って優越感を得ようとしたんじゃないかと思う。私の勘は当たるんですよw

10・>単純に割合で評価する必要はないでしょう。>

 まあ確かにそうですけどね、ご自身があまりにも稀だとかいうから疑問に思っただけの話ですから、正直根源はhakobuluさんにあるんですよ。なのでアンケート取らなくても別に私は構わないんですけど、そこまで言うならという感じですかね?分かりますか?誰が根源を作ったのか?

11・>この場合は、「今、すぐ飲むもの」です。
「さて、~~飲もうかな」と臨場感を出して表現したのは、そのためなんです。
そこを理解してください。
「予定」ではない、ということです。>

 またそうやって言葉すり替えの術を使う。予定というのは未確定事項の事を言っているんですよ、その意味では同じでしょ?

12・>『あの車庫には今、「普通車 および 軽四」が入っています』と言えば、おかしいな???と感じるのが普通・・・と言うと、また屁理屈並べると思うので、わたしの感覚なんです。>

 そうです。あくまでhakobuluさんの普遍的認識ですよ。そこを取り違わないように願いたいですね。

13・>そう思っていればいいんじゃないですかね?>

・・・なんだその言草は?喧嘩売ってるのか?『そう思っていればいいんじゃないですかね?』???「おまえ見たいなアホは一生アホのままでいろ」と言われてるみたいで不愉快です。

14・>ですから、「自分の感覚はおかしくない!!!なぜなら、○○だからだ!!!」とあくまで主張なさるのであれば、どうぞお好きなようになさってください、と言うしかないでしょ?>

 そんな事いわれなくても初めっからそう言ってるよ!喧嘩売ってるの!? 喧嘩売ってきてもいいけど買わないよ。

15・>自分の考えが絶対間違っていない、という人を納得させることはほぼ不可能ですからね。>

 これは確かに言えてるな~hakobuluさんの理論がおかしいと言っているのに「おかしくない」と意地を張ってるんでそれを説得させるのは確かに至難の業。

16・>「間違いとまではいかない」とご自分でおっしゃっているわけですから、少なくとも「間違いとまではいかないが、正しいことを言っているわけではない」という自覚はおありのようで>

 そうですよ、でなければ質問してないと思うよ。

17・>待っていても、このスレにはこれ以上回答しませんので悪しからず。>

 やはり逃げましたね。「間違いとまではいかない」と認めたと受け止めます。

では書き込みたくなったらいつでもどうぞ。ご相手致します。まあ書き込まなくてもいいけどね。

18・>読み直せばわかるはずですから>

 その内容が不十分で聞いたんだけどね・・・結局変な意地張られて終わりか・・・

投稿日時 - 2012-12-02 01:46:42

お礼

とりあえず3日まで開けておきますので、それで書かれなかったら。それで終わりということで良いですね?

ではさようなら

投稿日時 - 2012-12-02 01:47:55

ANo.85

#84です。
まあ、何を言ってもたぶん無理だと思うから次の点だけね。

>「正式な意味を知らずに何気なく「および」を聞いたことがあったり使った事があったりする人」をターゲットにする訳ですから、どのようにしてその回答者が辞書や学習で「および」=「and、と、両方」という意味に解釈していない人と分かる訳ですか?例えば「正式な意味を知らない人は書きこまないで下さい」と書いた場合でも、この世の中平然と嘘ついて書きこんで私を攻撃しようという意図のある人がいます。そういう人かどうか見抜くためにはどうしたら良いのでしょうかね?
この2点が解消されれば、今すぐにでもそのような質問をしてみたいところです。

ターゲットは全員じゃなきゃおかしいよね?
だって、全体の中で「および」にorの意味があると思っている人が多いか少ないかを知りたいんでしょ?
賞金および金一封の例を挙げれば全く問題は生じないよ。
自分の感覚が正しいと誰でも思っているわけだから、自分の感覚で答えるしかないよね?
teientさんを攻撃する意図で回答する人がいるというのは被害妄想じゃないの?
teientさんに攻撃される人なら容易に想像つくけどね。
典型的な自己投影ってわけ。
それか、よほど悪いことをやってきたという自覚があるか、どちらかでしょう。
どっちにしても、あの例で全く問題ないと思うけどね。
また、必ずしもこのカテで質問する必要はないわけだから、アンカテなんかでやってみてもいいんじゃないの?
あるいは、他のサイトとかでやってもいいわけだし。
知恵袋とかあるでしょ。
都合の悪い結果が出たら知らない顔をしてればいいんだし、便利でしょ?
  
何を言っても無理だと思うけど、おまけでもうひとつだけ答えてあげますよ。
>じゃあね一台しか入れない車庫に

A:「あそこの車庫にはなんの車が入るの?」
B:「普通車 および 軽四」

という会話はどうなるの?

どちらか一台しか入る事のできない車庫に対して「および」は使ってはいけないということになるんですか?どちらか一方を飲むという意図でなんで「および」が使えないのかという理論が不十分です。

「あそこの車庫にはなんの車が入るの?」というのは、正確に言うと、
「あそこの車庫にはなんの車が入る予定なの?」ということでしょ?
ここに気づかないと正しい認識はできませんよ?
「入る予定」だからこそ、何台でも可能なわけ。
ですから、予定じゃなくて、
A:「あそこの車庫には、今、なんの車が入ってるの?」
と言う場合には、
B:「普通車 および 軽四」
と答えたらおかしくなる。
これは、わかるよね?
そういうことなんです。
あ、わかんないかな・・・。
この質問もついでにやってみると面白いかもね。
ま、がんばってください。
では、ほんとにごきげんよう。
気持ちよく新年を迎える準備をしてくださいね。
  

投稿日時 - 2012-11-29 17:20:00

補足

1・>>「正式な意味を知らずに何気なく「および」を聞いたことがあったり使った事があったりする人」をターゲットにする訳ですから、どのようにしてその回答者が辞書や学習で「および」=「and、と、両方」という意味に解釈していない人と分かる訳ですか?例えば「正式な意味を知らない人は書きこまないで下さい」と書いた場合でも、この世の中平然と嘘ついて書きこんで私を攻撃しようという意図のある人がいます。そういう人かどうか見抜くためにはどうしたら良いのでしょうかね?
この2点が解消されれば、今すぐにでもそのような質問をしてみたいところです。

ターゲットは全員じゃなきゃおかしいよね?>

 ?おかしくないですよ。

2・>だって、全体の中で「および」にorの意味があると思っている人が多いか少ないかを知りたいんでしょ?>

 違います、これが間違っているんですよ。私の補足内容をちゃんと読んでいいるんでしょうか?
「なにげなく「および」という言葉を聞いたり使ったりしている人限定」です。これは辞書で調べたり正式な意味合い(これも疑わしいので質問しているのですが)を理解していない人限定です。 

3・>teientさんを攻撃する意図で回答する人がいるというのは被害妄想じゃないの?>

 いや違うと思う。おそらく弱い者を虐めたいという心理と同じだと思う。宇宙人が飛来したUFOを信じている人で例えると分かり易いと思うけど、その人はなにも宇宙人飛来を疑問視している人に何一つ悪言をしてはいないのになぜか宇宙人が飛来してきたと思っている人の気持ちを萎えさせるためにわざと否定するんですよ。しかもその否定の仕方があたかも「UFO飛来を信じているお前はあほだ!いっひひひひw」と言わんばかりの鬼畜な書き方をしています。
恐らくそのような鬼畜人が書きこむ可能性が高いと思っているわけです。

4・>teientさんに攻撃される人なら容易に想像つくけどね。>

 ??誰?まあ反論が攻撃的と受け止められなくもない書き方をしているので攻撃と勘違いしてる人もいると思うけど・・
しかしながら、私は反論目的であって攻撃目的ではないです。どちらかというと肯定や納得いかない事に関する実証等をしたいという気持ちの方が強いです。まあそれを攻撃されたと勘違いする人もいるけどね!まあその辺は否定しません。肯定します。

5・>典型的な自己投影ってわけ。
それか、よほど悪いことをやってきたという自覚があるか、どちらかでしょう。>

 まあ、悪い事はしてないけど4で書いたとおり、自己主張はしてきたのでそれを踏みにじってやろうと攻撃してくる心の弱い人がteientから攻撃されたと前意識的に勘違いしているというのが正しい見かただと思うね。
まあ多少実験混じりの質問をした事があったり、明らかに私の気持ちを踏みにじる事を目的に回答書いていくる人に対して「お前馬鹿じゃないの?」と反撃はしてきました。そういう理由であるいみ投影とは言えるかもしれませんね。しかしそういうのは投影とは言わず「相手の不当な攻撃に反撃したのでそれに逆恨みして攻撃してくるのではないかという心情です」
「典型的な自己投影」と表現してる時点でteientのレベルは低いとしてhakobuluのレベルは高いと優越感に浸るという典型的な図式がみえますよw。

6・>どっちにしても、あの例で全く問題ないと思うけどね。>
 
 あるって、絶対辞書かネットか何かで調べて書きこむって、それかこのやり取り見た人がhakobuluさんの肩持って私に攻撃してくるかどちらかするって、間違いない。まあ勘だけどね、私の直観は当たるんですよ。

7・>また、必ずしもこのカテで質問する必要はないわけだから、アンカテなんかでやってみてもいいんじゃないの?>

 またそうやって「および」の認識を「両方」に持っていこうと企む、悪い癖ですよhakobuluさん。悪戯にも程がありますよ。

8・>あるいは、他のサイトとかでやってもいいわけだし。
知恵袋とかあるでしょ。
都合の悪い結果が出たら知らない顔をしてればいいんだし、便利でしょ?>

 まあ知らない顔するっていうのは良いかな~と思ったけど、この前そのように無視したらブチギレてきた回答者いたし・・・w第一そのような人ばかり書きこまれても無意味なんですよ。
あとね、大体100人位は回答してくれないと、なかなか結構and、orと混同している人が多い(個人的予測でいうと20~80人の間)と言う予測が出来ないでしょう?
  
9・>>じゃあね一台しか入れない車庫に
A:「あそこの車庫にはなんの車が入るの?」
B:「普通車 および 軽四」
という会話はどうなるの?>

(1)>どちらか一台しか入る事のできない車庫に対して「および」は使ってはいけないということになるんですか?どちらか一方を飲むという意図でなんで「および」が使えないのかという理論が不十分です。

「あそこの車庫にはなんの車が入るの?」というのは、正確に言うと、
「あそこの車庫にはなんの車が入る予定なの?」ということでしょ?>

じゃあ「お茶 および コーヒー でも飲もうかな」という会話も「お茶 および コーヒー でも飲もうかと予定してます」という意味になるでしょ?
それでなんでhakobuluさんの感覚でいうと「両方飲むのかな?」という感覚になるわけですか?

10・>ここに気づかないと正しい認識はできませんよ?>

 そこに気がついたから疑問を投げかけているいる訳です。

11・>ですから、予定じゃなくて、
A:「あそこの車庫には、今、なんの車が入ってるの?」
と言う場合には、
B:「普通車 および 軽四」
と答えたらおかしくなる。
これは、わかるよね?>

 これも実は分からないんです。今までの説明聞いても分からないです。なにが分からないのかと言うと「並列的」というのがメインとして考えた場合矛盾すると感じるからです。
並列的なんだから、「普通車 および 軽四」が今入っていても「普通車か軽四が入っていると思われる」と解釈できるからです。つまり並列というのが「思う」に係っている訳だから「普通車か軽四」という意味で発言してもおかしく無い事になる。
もしこれが「両方」という意味なら「普通車と軽四が入っていると思われる」だから「ああ両方入っている可能性が高いんだな」と感じるわけですよ。
 なので「お茶 および コーヒー でも飲もうかな」と言われた場合「飲みたい気持ちがお茶かコーヒー」なのか「飲みたい気持ちがお茶とコーヒー」なのか分からないと言っている訳です。これはあくまで「並列的」という意味で捉えた場合ですがね。
わたしの予測ですがおそらく「および」という意味は「並列的」「付けくわえ」というのが正式な意味で、辞書を作った人が「並列的」「付けくわえ」という感覚で「及び」が使われているから類似する語として「と」「並びに」などの用語を類似語に入れたんじゃないかと思ったね。
そうすると「または」を入れた意味も納得できる。「または」=「and、orであり(and>or)」というようなニアンスなので「並列的」とか「付け加え」という意味に近いという判断から「または」を類似語にしているのだと思う。つまりorの意味もあるんじゃないかという推測がなりたつ。

12・>気持ちよく新年を迎える準備をしてくださいね。>

 これも私の自由です。お気づかいありがとうございます。

反論出来難くなったから逃げるというような感じですねhakobuluさん。ということは私の説は間違いとまではいかない、未だに分からないということでよろしいですか?

投稿日時 - 2012-12-01 02:11:41

ANo.84

#83です。

1.
>「そばとうどん」の場合は「結果的に両方もしくはどちらか片一方を提供する」となって「お茶とコーヒー」の場合「結果的に両方飲むのが自然である」という感覚になるのかが分からないわけです。

「そばとうどん」の場合は、あくまで【主人が作る能力のあるもの】という意味で「そば および うどん」です。
主人の能力として両方作れるのですから & の意味で言うのは全く自然です。
しかし、【今から自分が飲むもの】という視点で、
「お茶 および コーヒー でも 飲もうかな」と言うのはおかしいでしょ?
ということなんです。
右手にコーヒー左手にお茶という状況を想定しないといけなくなりますからね。

これがたとえば、
「お茶 および コーヒー がわたしの好きな飲み物です」と言うのであれば、全く問題はないわけです。
【好きな飲み物】という視点ですから、「好きな飲み物=お茶 & コーヒー」と言うのは全く自然です。
もう少しシチュエーションを変えるとわかりやすくなるかもしれません。

「休憩時間になりましたので、わたしがみなさんに飲み物をお作りしましょう。A 君はココアですね。Bさんは紅茶と・・・。teientさんは何を飲みますか?」
と聞かれたとしましょう。その場合、
「あ、俺はコーヒーおよびお茶をお願いします」
と言ってはいけない、ということです。
そば屋の主人の場合、どちらか一方を飲むという意図で、
「お茶 および コーヒー でも 飲もうかな」と言えば間違いになりますよ、ということ。
ここには、実は2つの課題があります。
まず、どちらか一方を飲むという意図で「および」は使えない、ということ。
これだけは最低限理解されたほうが良いと思います。
もうひとつは、「両方飲む場合だってあるだろう」とおっしゃると思うので、先に書いておきますが、
どちらの場合も、あくまで【今、自分が飲む物】という視点ですから、「両方頼んで、目の前に両方置いて、交互に飲む」というパターンは除外する必要があるわけです。
少なくとも、そう考えるのが通常の思考です。
両方飲んじゃいかん、と言っているわけではなく、あくまで両方頼みたければ、
「あ、俺はちょっと変わってて、2つを同時に飲む習慣があるんですよ。だはは・・・。そんなわけなんで、面倒ですがコーヒーおよびお茶をお願いします」
ぐらいの注釈をつけて表現する必要があります。
そうしないと、相手には意味が伝わらない、ということだけは覚えてください。

2.
>恐らく「及び」を「andかorか混同している人は多いだろう」という理論証拠を出しました。あくまで憶測ですがね。hakobuluさんも憶測で構いませんので「少ない」と言うのであればその憶測でよいので理論証明を書いて頂かないと私推測を覆す事が難しいと思いますよ。

ご自分で何を言っているのかわかっていないのだと思いますが、あなたの場合は憶測、わたしは事実を言っているだけ。
比較すること自体が間違っているんですよ。
また、何回も言いますが、多いか少ないかは関係ありません。
なぜかというと、「混同」というのは、間違っている、ということでしょ?
多いからいいということにはなりませんよね?
それを認めているんだから、そんなことの理論証明を、しかも憶測でやったと威張ってなんの役に立つわけ?
しっかりしてほしいですね。

3.
>知らない人は知らないんだから、回答すら難しいですよ?以前も言いましたが「正式な意味を知らずに何気なく「および」を聞いたことがあったり使った事があったりする人」をターゲットにどうやって質問するんですか?

簡単ですよ。

「優勝力士には 賞金 および 金一封が授与されます」
というアナウンスがされた場合、優勝力士がもらえるのは次のうちどれでしょうか。あなたの感覚で回答してください。
a-賞金 or 金一封 のどちらか一方。
b-賞金 & 金一封 の両方。
c-a の場合もあれば、 b の場合もある。このアナウンスだけでは確定できない。

このようにして質問すればいいだけです。
全員をターゲットにできるでしょ?
簡単なことですよ。

4.
>自ら「稀だ!」「普通の人はそう感じてない!」「お前が間違えている!」というような挑発的な発言をしておいて、よく言えますね。

ですから、事実を教えてあげただけなんですってば。
冬は寒い、ということを理論的に証明しろと言われてもなあ・・・。
普通の人は冬は寒いと感じるものなんですよ、というしかないわけでねえ・・・。
寒くないと思いたいなら思えばいいですし、でも、寒いのは事実なので暖房はあったほうがいいと思うよ~、と言っているだけなんです。

5.
>それで理論証明になるような推論を書けない様であればhakobuluさんの「稀だ」とか「普通の人は大抵両方という意味で捉えてる」というような推論自体の証明は無し。なおかつhakobuluさんの理論矛盾はあり。という事でしめきらせてもらいます。

いずれにせよ潮時だから、締めたほうがいいでしょうね。
ただですね、ご自分の場合、「どこに書いたか忘れてしまった」と言っていながら人にだけ証明しろと強要するのは、ちょっとおかしくない?
そんな証明できるはずないんだから、本当に証明したのなら、もう一度書いてみなさいよ。
正しい証明なら、思い出さなくたってかけるはずでしょ?
いい加減なことばかり言ってるのは見苦しいですよ?
第一ね、「憶測の証明」なんてものは、単に自分の意見を言っているだけだということに気づかないの?
こういうときに証明なんて言葉を使うのはよくないんじゃないかな。
「俺はこう思う、だから殆んどの人は混同してると思う」と言っているだけなんでしょ?
「はいはい、あなたがそう思うのは自由です」と言うしかないじゃないですか。

「および」を「普通の人は大抵両方という意味で捉えてる」というのは、「冬は寒い」と同じぐらい確かなことなんですよ。
最後なのでもういちどだけ繰り返しますが、
大事なことは、「冬は寒い」と思っている人が多いか少ないか、ということじゃないんです。
実際に冬は寒いという事実がある、ということなんです。
「ハワイの冬は寒くないだろ!!」と言われそうですけどね。
まあ、きりがないのでこのへんにしときましょう。
そのうち、いつかわかりますよ。
    

投稿日時 - 2012-11-27 16:10:59

補足

 あくまでhakobuluさんの見解を正しいとすると

1・>「そばとうどん」の場合は、あくまで【主人が作る能力のあるもの】という意味で「そば および うどん」です。主人の能力として両方作れるのですから & の意味で言うのは全く自然です。>

 それは納得します。

>しかし、【今から自分が飲むもの】という視点で、
「お茶 および コーヒー でも 飲もうかな」と言うのはおかしいでしょ?>

 私の補足をちゃんと読みましたか?
【「『飲もうかな』という思い」を意志したと考えることが出来る】と私は書いたんですよ。
hakobuluさんに分かり易く言えば「飲みたいと思っている飲み物」とい意志の場合ということです。
【今から自分が飲むもの】となれば両方と捉えるのが自然でしょう。そんなこと聞いてるんじゃないんですよ。わかりますか?
「お茶 および コーヒー でも 飲もうかな」と発言した人が

・「飲みたいと思っている飲み物」
という意味で言った場合は「飲みたいと感じている飲み物」が両方

・「今から自分が飲むもの」
という意味で言いう場合は「自分が飲むもの」が両方

それで「思案」の場合には結果確定事項において「andなのかor」なのか聞き手は迷うだろうという事を言っているわけです。
なのでなにもおかしくはありません。

>どちらか一方を飲むという意図で「および」は使えない、ということ。これだけは最低限理解されたほうが良いと思います。>

 ???

じゃあね一台しか入れない車庫に

A:「あそこの車庫にはなんの車が入るの?」
B:「普通車 および 軽四」

という会話はどうなるの?

どちらか一台しか入る事のできない車庫に対して「および」は使ってはいけないということになるんですか?どちらか一方を飲むという意図でなんで「および」が使えないのかという理論が不十分です。

2・>ご自分で何を言っているのかわかっていないのだと思いますが、あなたの場合は憶測、わたしは事実を言っているだけ。比較すること自体が間違っているんですよ。また、何回も言いますが、多いか少ないかは関係ありません。なぜかというと、「混同」というのは、間違っている、ということでしょ?多いからいいということにはなりませんよね?それを認めているんだから、そんなことの理論証明を、しかも憶測でやったと威張ってなんの役に立つわけ?しっかりしてほしいですね。>

>ご自分で何を言っているのかわかっていないのだと思いますが、あなたの場合は憶測、わたしは事実を言っているだけ。>

 事実かどうかは危ういですよ特に「および」の場合はそうだと思います。おそらく辞書から推測して「『と』や『and』と用法は一緒だ」と言いたいのだと思いますが事実は分かりませんよ。

>比較すること自体が間違っているんですよ。>

 じゃあ「殆どの人のが」とか「稀」とか「普通証の人は」とか言わないで貰えます?それを発言するから反論しただけですよ。
その反論にけち付けるんだから「なら証明してみろ」と言いたくなるのが心情ですよ。

>また、何回も言いますが、多いか少ないかは関係ありません。>

 関係ないなら、「殆どの人がhakobuluさん見たいに認識している」ではないと思った訳ですね。それは良い事です。曲がりなりにも自らの間違いに気がついたというのはある意味進歩です。

>なぜかというと、「混同」というのは、間違っている、ということでしょ?>

 hakobuluさんが正しいとするならね、それは間違いと言えますがhakobuluさんの「および」の認識が基準でなければ間違いとは言いい難いです。言うなれば「違う」という表現が的確かと思います。アホじゃなければ分かりますよね?

>多いからいいということにはなりませんよね?>

 いやそうでもないでしょ?話の論点すり替えて人を批判するのは止めて下さい。「良い・悪い」に論点がすり変わっていることに気がついていますか?これがいわゆるS・フロイト的に言う防衛なんだろうかと思っていたりします。

>それを認めているんだから、そんなことの理論証明を、しかも憶測でやったと威張ってなんの役に立つわけ?>

 威張ったのか?誇張したと言って欲しいな、まあいいけど、なんで威張ったのかというとhakobuluさんが「殆どの人はteientさん見たいに間違えない」というような発言をして来たからですよ!

3・>簡単ですよ。
「優勝力士には 賞金 および 金一封が授与されます」
というアナウンスがされた場合、優勝力士がもらえるのは次のうちどれでしょうか。あなたの感覚で回答してください。
a-賞金 or 金一封 のどちらか一方。
b-賞金 & 金一封 の両方。
c-a の場合もあれば、 b の場合もある。このアナウンスだけでは確定できない。
このようにして質問すればいいだけです。
全員をターゲットにできるでしょ?
簡単なことですよ。>

 ん~それはいい案だ、珍しくまともな回答を書いて来ましたね。
しかし、恐らくですよ
1・この質問を見て書く人はおそらく馬鹿が付くほどhakobuluさんの○○商法的な術中に誘導されhakobuluさんを神扱いしていて服従している信者が私に攻撃する目的で書きこむ人がいち早く書きこむ可能性が高いでしょう。そうなると他の人が書き難いという現象が起こるでしょう。
2・「正式な意味を知らずに何気なく「および」を聞いたことがあったり使った事があったりする人」をターゲットにする訳ですから、どのようにしてその回答者が辞書や学習で「および」=「and、と、両方」という意味に解釈していない人と分かる訳ですか?例えば「正式な意味を知らない人は書きこまないで下さい」と書いた場合でも、この世の中平然と嘘ついて書きこんで私を攻撃しようという意図のある人がいます。そういう人かどうか見抜くためにはどうしたら良いのでしょうかね?
この2点が解消されれば、今すぐにでもそのような質問をしてみたいところです。

4・>冬は寒い、ということを理論的に証明しろと言われてもなあ・・・。普通の人は冬は寒いと感じるものなんですよ、というしかないわけでねえ・・・。>

 ほうまた使いましたね、今度からその人の心を惑わすような発言を「言語すり替えの術」と名づける事にしましょう。
私は冬が寒いかどうかを質問してる訳じゃないんですよwwその術に毎回嵌まる程馬鹿ではないと以前いいましたよね。誤魔化そうとする気持ちは素晴らしいですね。まいりました。
まあそのhakobuluさんの言語すり替えの術にまんまと嵌まって信者になる人もいるんでしょうけどね。可哀そうというか幸せな人というかw?w

5・>ただですね、ご自分の場合、「どこに書いたか忘れてしまった」と言っていながら人にだけ証明しろと強要するのは、ちょっとおかしくない?>

 え!?「証明しろ」という発言は強要だったんですか?whakobuluさんが「~が正しいです」「~は勘違いしている」「間違いだ」色々書いてた後で(t)「しかし私はそうは思わないんですけどね」と書いたら(h)「それは自由です」と書かれたからてっきり「証明しろ」と書いても結局証明するかどうかは自由なのかな?知らなかったな~wwそれは失礼しました。あ~そうでしたか、やはり強要的に聞こえましたか?ww

6・>「どこに書いたか忘れてしまった」と言っていながら人にだけ証明しろと強要するのは、ちょっとおかしくない?>

 おかしくないですよ、なぜならhakobuluさんは「以前書きました」で済ませてますからね、それに比べれば穏やかな発言ですよね?何もおかしくありませんよ。おかしいというならhakobuluさんの「以前書きました」という発言は質問者に対して失礼な発言ですな、あまりにもふざけてます。

7・>ずれにせよ潮時だから、締めたほうがいいでしょうね。>

 あ~証明できないから?

8・>そんな証明できるはずないんだから、本当に証明したのなら、もう一度書いてみなさいよ。正しい証明なら、思い出さなくたってかけるはずでしょ?いい加減なことばかり言ってるのは見苦しいですよ?>

 別に書けるけど面倒臭い。「あまり日常的に使われなくなった」「およびの正式な意味を知っていようがいまいが齟齬が生じ難い」これで十分でしょう?

9・>第一ね、「憶測の証明」なんてものは、単に自分の意見を言っているだけだということに気づかないの?こういうときに証明なんて言葉を使うのはよくないんじゃないかな。>

 じゃあ数学者は皆自分の意見言ってるだけで「数学的証明」という表現はおかしいといことですか?
>「憶測の証明」なんてものは、単に自分の意見を言っているだけだということに気づかないの?>
違いますよ、憶測の証明というのは自分の意見を言っているだけとも限りませんよ、証明なのですからそれなりの根拠に基づいて証明して下さいという意味ですよ。単に自分の意見を言ってるだけともいえません。

10・>「俺はこう思う、だから殆んどの人は混同してると思う」と言っているだけなんでしょ?>

 まあね、そう書かれるとあたかも私の意見かのように見えますがそれだけではないですよ、でましたね言語トラップ無意識に使うというところがまた厄介だわ


回答欄に続く

投稿日時 - 2012-11-29 01:45:58

お礼

 すみません補足欄の最後に「回答欄に続く」と書きましたが「お礼欄に続く」の間違いでした。では続きを書きます。

11・>「および」を「普通の人は大抵両方という意味で捉えてる」というのは、「冬は寒い」と同じぐらい確かなことなんですよ。>

 だからそれは何故ですか?と聞いてるんだけど答えられないということは、おおよそhakobuluさんの予測が間違っているかもしれないと心のどこかで思っているのではないですか?

12・>最後なのでもういちどだけ繰り返しますが、大事なことは、「冬は寒い」と思っている人が多いか少ないか、ということじゃないんです。>

 そこを主張して私の意見を覆そうとしたhakobuluさんがよく言えますね・・・あきれるわ


とりあえず反論してくれてありがとう。

投稿日時 - 2012-11-29 01:47:49

ANo.83

#82です。

まあ、わたしはあまり人を追い詰めてはいけない、という論者なんです。
ですから、言いたいことがあっても、大抵のことは自ら引くようにしています。
ただ、相手が勘違いをしているような場合は、相手のために何度でも応じるようにしています。
で、今回の件に関しても、一応、きれいに締め切ることができるような道筋は残して回答してきたつもりなのですが、まだ納得がいかない、ということであれば、それは仕方ありませんね、お互いに。
ですから、何もこれ以上は申しませんがひとつだけ回答しておくと、参考になるかもしれないな、と思う項目があったので、それについてだけ答えておきます。
他のことは今までの回答を(素直に)読み返してもらえば理解できるはずです。
とはいっても私の説明能力がそれほど優れているわけではありませんから、必ず理解できるとは限りません。
そこは、悪い回答者に当たってしまったものだ、と諦めてください。
人間、諦めが肝心なときもあるでしょ?

>だからその「網膜に色素障害のある方」が多いと言ってるんですよ、少ないというならその証拠を出して下さい。と言ってる訳です。証拠を出せないなら、理論証明でも構わないので出して下さい。と言ってるわけです。でなければ納得いかないと言ってるんですよ。

わたしは、「網膜に色素障害のある方」は非常に稀だと思っています。
医者ではないので証明はできませんが。

それに納得いかなければ、信用しなければいいだけじゃないんですか?
なにが問題なのかよくわかりません。
わたしに、それを証明する義務があるんですか?????
非常に稀だということは公の事実なわけですが、それをあなたが知らないだけなんです。
「少ないというならその証拠を出して下さい」とおっしゃいますが、であれば、
多いというならその証拠を出せるんですか?
出せないでしょ?
小学生の喧嘩じゃないんですから、しょうもない論理(もどき)を振り回さないほうがいいですよ?
「および」に関しても、それと同じことを教えてあげているだけなんですが、それを信用できない、と言われれば、あ、そうですか、と言うしかないですよね?
違います?
まあ、もっと言ってもいいですが、このぐらいにしときましょうかね。
いずれにしても、今回はこれで終わりです。

そんなに自説に自信があるなら、堂々と、新しく質問を立ててみたらどうなんで
すか?
何で質問しないの???
自分自身でも、間違いだとわかっているから怖くてできないんでしょ?
怖く無いというなら質問してみろよ!!!なんてことは言いませんけどね。
ただ、人がおとなしく聞いているからといって図に乗るのもいい加減にしておいたほうがいいんじゃないかな・・・ということですね。
ま、今回の件に関しては、これが本当の最後です。
ごきげんよう。
   

投稿日時 - 2012-11-25 20:48:33

補足

>それに納得いかなければ、信用しなければいいだけじゃないんですか?>

 確かにその通りですが、信用してないわけでも信用しているわけでもないんですよ。つまり中性的な認識です。
 なにが納得いかないのかと言えばhakobuluさんの言う「および」を正しいと断定すると「そばおよびうどんが提供できます」の文と「お茶およびコーヒーでも飲もうかな」の理論が矛盾すると言ってるわけです。
 ・そばとうどんの話の場合「『提供できる物』という意味だから」
と恐らく言うでしょう。それはそれで矛盾はないです。しかしならば
 ・「お茶 および コーヒー でも 飲もうかな」といのは
「飲もうかな」に係ってくるわけだから「両方飲むという意味で言ったんだろう」という認識に必ずしもならない筈です。なぜなら「そば および うどん が 提供できる」と言った場合「提供出来る表示」をしただけですから、提供するのは、そばだけだろうがうどんだけだろうが、両方だろうが構わないわけですよね?
ならお茶とコーヒーの議題であったとしても「『飲もうかな』という思い」を意志したと考えることが出来る訳です。「意志した」をあえて「表示した」に置き換えた場合、結局、hakobuluさん的には お茶だけのもうが コーヒーだけ飲もうが 両方飲もうが良いという事にならないと変でしょ?矛盾した感覚になるはずです。しかし「そばとうどん」の場合は「結果的に両方もしくはどちらか片一方を提供する」となって「お茶とコーヒー」の場合「結果的に両方飲むのが自然である」という感覚になるのかが分からないわけです。そばとうどんが結果andとorでありながらお茶とコーヒーが両方でなければ不自然という感覚が矛盾してるのでhakobuluさんの解釈だと変だと言ってるわけです。
 なので普通考えれば andの要素やorの要素が結果的であろうが潜在的であろうが秘めてなければ変ではないですか?と聞いてるわけです。
 とまあ書きましたがまた意地はって「変じゃありません!」とか書かないで下さいね。書くなら理論的な証明によって「変ではありません」と答えて下さい。
 でないと私は分からないのです。

>「少ないというならその証拠を出して下さい」とおっしゃいますが、であれば、
多いというならその証拠を出せるんですか?>

 証拠そのものは少ししか出せませんでした、しかしそれは以前だしました、あとは憶測ですが、理論証明はしてきました、どこに書いたかわ忘れたので示せませんが、「齟齬が生じない理由」と「および」自体をあまり使わないという理由から、恐らく「及び」を「andかorか混同している人は多いだろう」という理論証拠を出しました。あくまで憶測ですがね。hakobuluさんも憶測で構いませんので「少ない」と言うのであればその憶測でよいので理論証明を書いて頂かないと私推測を覆す事が難しいと思いますよ。
 確かS・フロイトはシャーロックホームズが好きだったと聞きます。自らのサイコロジカルな思考と照らし合わせていたのでしょう。ご自身もある程度S・フロイトのサイコロジカルを習得なさっているなら、推論は必須でしょう。最低限推論は書くべきです。でなけらば私はあたかも「及び」を「and、or」と混同する人は少ないという絶対的感覚が理解できません。

>わたしに、それを証明する義務があるんですか?????>

 無論義務はないですが、推論すら書けないとなる「稀」だということを信じることはできません。

>そんなに自説に自信があるなら、堂々と、新しく質問を立ててみたらどうなんで
すか?
何で質問しないの???
自分自身でも、間違いだとわかっているから怖くてできないんでしょ?>

いや怖くはないですが、大抵その質問したとしたら、「hakobuluさま」と思っている人や正式な意味を知っている人が所詮書きこむのが落ちです。知らない人は知らないんだから、回答すら難しいですよ?以前も言いましたが「正式な意味を知らずに何気なく「および」を聞いたことがあったり使った事があったりする人」をターゲットにどうやって質問するんですか?

>ただ、人がおとなしく聞いているからといって図に乗るのもいい加減にしておいたほうがいいんじゃないかな・・・ということですね。>

 なんですか?自ら「稀だ!」「普通の人はそう感じてない!」「お前が間違えている!」というような挑発的な発言をしておいて、よく言えますね。そういうならその挑戦受けて立とうじゃないか!と思って発言したんですけどね?hakobuluさん自身の投影も程々にした方がいいですよ。理論証明だせないならだせない。分からないなら分からない。それでいいでしょう。

投稿日時 - 2012-11-27 00:16:22

お礼

 もしこれが本当に最後の回答でしたら、hakobuluさんの推論や矛盾点は存在するという事になります。それでよろしいですね。とりあえずもう少し待ってみます。それで理論証明になるような推論を書けない様であればhakobuluさんの「稀だ」とか「普通の人は大抵両方という意味で捉えてる」というような推論自体の証明は無し。なおかつhakobuluさんの理論矛盾はあり。という事でしめきらせてもらいます。

ではごきげんよう

投稿日時 - 2012-11-27 00:27:14

ANo.82

#81です。

>「「A、B」の存在が存在しないと「もしくは」は使えないのではない、なので「および」という言葉に「もしくは」が包括されている又は秘めている」という視点はどうなんでしょうか?

鉄でできていますから、自動車には鉄分が含まれている。
と似たような視点じゃないかな、それは。
ですから、どうしても含まれていると思いたければ、そういう視点もあって良いでしょう。
これは、何回も言っているでしょ?
ちゃんと人の言うことを聞く習慣をつけないとね・・・。
いずれにせよ、重要なことはですね、だからといって、
「および」の替わりに「もしくは」という言葉を使うと、非常に不自然になり、間違いと言われても仕方のない状況に陥りますよ。
と申し上げているわけです。
「自動車を舐めると体に良い」とは言わないでしょ?
それと同じようにです。
teientさんは、
「鉄分が含まれているのだから、舐めれば鉄分を摂れる可能性も秘めているじゃないか!!!」
と言っているのと同じなんですよ。
全く同じだと言っているわけじゃないから、揚げ足取り的な反論だけは勘弁してくださいね。ちゃんと本質的な意味を理解してください。
まあ、絶対間違いとは言えないでしょうが、そんな意味で自動車と鉄分を関係づけるような感覚は、普通の人は持っていない、という点が重要なのですよ。
ゆえに、その感覚を押し通そうとすると、必ずコミニュケーション上の齟齬が生じることは間違いありません。
このことだけは押さえておくと良いでしょうね。
ですから、自動車に鉄分が含まれているか否か、はどうでも良い問題なんです。
少なくとも本質的な問題じゃない。
teientさんは、その本質には殆んど触れないで、含まれているのか、いないのか!!!と、一生懸命言ってますね。

「および には もしくは の意味が含まれているのだから、および の替わりに もしくは を使って良い場合もあるはずだ」
という論理展開をしたいんでしょ?
そのためだけに、含まれる含まれる、と言い張っているわけだよね。
含まれるか含まれないのか、というのは、非常に幅の広い解釈になるので、一概に言えないんですよ。
わたしは含まれるとは思わないし、teientさんは含まれると思いたい。
それはどっちでもいいんです。
どっちが正しいとか間違いとかいうことも言えないでしょう。
人間はゲジゲジの仲間である、が正しいとも正しく無いとも言えるのと同じことです。
含まれると思いたければ思えばいいんです。
あ、そうですか、で済む話です。
しかし、
「含まれると捉えると勘違いが発生しやすくなりますよ。含まれると捉えないほうがわたしは良いと思いますよ」
と言っているわけです。
理由は、もう1500万回ぐらい言っているのでわかりますよね。
素直な気持ちで、読み返していただければわかるはずです。
『そうでない見方や使い方をする人が居るのでまったくコミュニケーションが取れないという程のものでもない』
とか、まだ言っているようですが、それは完全な間違いです。
たまたま勘違いしている人同士の間では、間違った会話が成立するというだけの話です。
そんなこと自慢してどうするの?
網膜に色素障害のある方同士では、緑を指して赤と呼んで話が成立するでしょ?
当然ですよ。
しかし、殆んどの人にとっては、緑は緑なんです。
「わたしは、緑が赤に見える体質です」と断るか、あるいは、
「わたしが赤に見えるのは、他の人にとっては緑なんだな」と自分で理解した上で話すか、どちらかでなければ会話が成立しませんよね?
こういうことを言っているわけです。
まあ、今回は、これで予定終了というとこです。
    

投稿日時 - 2012-11-24 18:23:23

補足

今回は気合入れて書かさせて頂きます。

>鉄でできていますから、自動車には鉄分が含まれている。
と似たような視点じゃないかな、それは。
ですから、どうしても含まれていると思いたければ、そういう視点もあって良いでしょう。>

<鉄でできていますから、自動車には鉄分が含まれている>
ここまではいいですが
<含まれていると思いたければ>
ではなくて含まれてるでしょ?
なんで「しょうがねーからそういう表現でもいいわ!糞ったれ―!」みたいな書き方をするんですかね?
変でしょ?確実に自動車に鉄分は含まれてますよ。カーボンとか使われてるならまだしも鉄分が含まれてる自動車は確実に鉄分が含まれてるでしょ!?なんでそこを認めないんですか?意味がわからないです。hakobuluさんこと意地を張っているのではないですか?

>いずれにせよ、重要なことはですね、だからといって、
「および」の替わりに「もしくは」という言葉を使うと、非常に不自然になり、間違いと言われても仕方のない状況に陥りますよ。
と申し上げているわけです。>

いやだからねいままで散々そこで質疑応答してきた訳ですが、それはあり得ないのではないか?と言ってるんですよ。あり得るならまともな証拠を出して下さい。と言ってるわけです。それで「(hakobuluさん)はまともな証拠をだした」というのであれば「私は(teient)はそれは不十分だ」と言っているです。

>いずれにせよ、重要なことはですね、だからといって、
「および」の替わりに「もしくは」という言葉を使うと、非常に不自然になり、間違いと言われても仕方のない状況に陥りますよ。
と申し上げているわけです。>

そりゃ表面は外界に触れてたり塗装されていたりするから体に必ずしもよいとは言えないだけで厳密に言えば鉄をなめれば鉄分が含まれますから体にいいですよ。
でなければ中華鍋で料理して料理を提供することは出来ません。あの中華鍋は鉄分が含まれますがそれがはがれたからと言って体に悪いわけではありません。むしろ中華鍋の鉄分が混じった料理の方が鉄分が吸収されやすく健康には良いです。

>そんな意味で自動車と鉄分を関係づけるような感覚は、普通の人は持っていない、という点が重要なのですよ。>

 ですから<そんな意味で自動車と鉄分を関係づけるような感覚は、普通の人は持っていない>という証明や理論を出して下さい。でないと納得できません。それを出さずに例題だけあげて「これが証拠です。理論証明です」とは成り得難いですよ。そんなんで納得できるような認識は持ってないし、普通の人ならおそらく正確な意味を知らずandかorかそれ以外の意味か迷う筈です。現に親に「およびってどういう意味だと思う」と聞いたところ「および????ん~なんだろう?」という答えが返ってきました。
なぜ普通の人が「および」の意味を確実に「両方」に近い意味に捉えてる思っているのかという証明になっていないんですよ。

>ゆえに、その感覚を押し通そうとすると、必ずコミニュケーション上の齟齬が生じることは間違いありません。>

 これは逆に言えば「および」というのを「両方」や「and」と同等の感覚で生きていたら、その人は必ずコミュニケーションで齟齬が生じるという事が言えるんですよ!

>「および には もしくは の意味が含まれているのだから、および の替わりに もしくは を使って良い場合もあるはずだ」
という論理展開をしたいんでしょ?
そのためだけに、含まれる含まれる、と言い張っているわけだよね。>

 まあそいう事ですが、別に含まれると言う表現が的確でなければ「派生する」でも「秘められている」でもよい訳ですよ。そこが論点ではなく「もはや今となっては「および」は「もしくは」と勘違いされるもしくは同等の扱いをされる位の一般的感覚になっているのではないか?」と聞いただけです。
毎回書いてますが正式な意味はある程度わかりました。といっています。あくまで【国語的もしくは文法的意味】ですからその内容の是非については未だ未解決のままです。と言ってるだけです。それになにを文句つけてるんですか?分からないなら分からないでいいんですよ。プライドが邪魔して「分かりません」と言えないだけではないですか?違うんですか?それとも「わかりそうであり違うような気がしてる」ということなんですか?それとも「確実に違う明らかに普通の人の認識は「と」や「and」と思っている」と思っているですか?もし後者であればその証明か理論証明をして頂かないと納得できないと言ってるだけです。

>含まれるか含まれないのか、というのは、非常に幅の広い解釈になるので、一概に言えないんですよ。>

 まあそうでしょうね。結果的にはそうなると思います。まあこれで回答はでたわけですから、あまりどうのこうのこれ以上言うのもなんですし、とりあえず私なりには、正式な意味ではない意味でのまともな解釈となりました。ただ<非常に幅の広い解釈になるので、一概に言えないんですよ。>というところが多少引っかかりました。

>「含まれると捉えると勘違いが発生しやすくなりますよ。含まれると捉えないほうがわたしは良いと思いますよ」と言っているわけです。>

 これは「含まれないと捉えると勘違いが発生しやすくなりますよ。含まれると捉えたほうがわたしは良いと思いますよ」と言っても間違いではない筈です。もし間違いだというなら理論的証明を出して下さい。出せないのであれば間違いと認められません。私は理論証明だしましたから、私に「出せ」とは言わないで下さい。

>『そうでない見方や使い方をする人が居るのでまったくコミュニケーションが取れないという程のものでもない』とか、まだ言っているようですが、それは完全な間違いです。>

 こういうのはそういう証明を出してから言って下さい。

>たまたま勘違いしている人同士の間では、間違った会話が成立するというだけの話です。そんなこと自慢してどうするの?>

 自慢してるわけ・・・いや自負はしてますが自慢してるわけではありません。そういう意味のみで述べた話ではなく「たまたま」というのがおかしいと言ってるんですよ。これだけ私が証明だしてるのにまだわからない?

>網膜に色素障害のある方同士では、緑を指して赤と呼んで話が成立するでしょ?
当然ですよ。
しかし、殆んどの人にとっては、緑は緑なんです。>

 だからその「網膜に色素障害のある方」が多いと言ってるんですよ、少ないというならその証拠を出して下さい。と言ってる訳です。証拠を出せないなら、理論証明でも構わないので出して下さい。と言ってるわけです。でなければ納得いかないと言ってるんですよ。

>「わたしは、緑が赤に見える体質です」と断るか、あるいは、
「わたしが赤に見えるのは、他の人にとっては緑なんだな」と自分で理解した上で話すか、どちらかでなければ会話が成立しませんよね?>

 そのつもりで喋ってるんですが、なんでそう感じないのか不思議です。単にご自身の感覚が正しいと突き通したいだけではありませんか?

投稿日時 - 2012-11-25 13:16:13

お礼

補足の3項目目間違いました

>いずれにせよ、重要なことはですね、だからといって、
「および」の替わりに「もしくは」という言葉を使うと、非常に不自然になり、間違いと言われても仕方のない状況に陥りますよ。
と申し上げているわけです。>→

>「鉄分が含まれているのだから、舐めれば鉄分を摂れる可能性も秘めているじゃないか!!!」
と言っているのと同じなんですよ。>に変えてください。

散々回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-25 13:21:39

ANo.81

#79です。

1.
<「雨」という意味で「海」という言葉を使うことができないように、
「もしくは」という意味で「および」という言葉を使うことはできない、ということだけ覚えると良いでしょう。>

 まあ正式な意味ではね・・まあ正式な意味でも「厳密にはorが含まれている」みたいない認識の人もいますから、一概に絶対だとは思えないです。
何回も書きますが、正式な意味での用法ではなくて何気なく「および」を使ったり聞いたりしている人において、以外に「and、or」という意味に捉えてる人が多いのではないかと言ったわけです。

そりゃあね、間違った日本語を使っている人は【意外と】いるかもしれませんが、そんなに多くはないんじゃないかな。
しかし、それはどっちでもいいんじゃないの?
何人以上いれば多いとか、いや、その程度では多いとは言えない、なんてことをここで論議して一体何になるんですか?
本質を見失ってはいけないと思いますが、多ければいいという問題でもないでしょ?
ですから、多いと言いたいのなら多いと思っていればいいでしょう。
わたしは多いとは思えませんが、仮に多いとしても、多いからどうしたの?ということになりませんか?

そんなくだらないことはどうでもいいんですよ。
で、肝心なことは理解できたのですか?
『正式な意味での用法ではなくて何気なく「および」を使ったり聞いたりしている人において、以外に「and、or」という意味に捉える人が多いとしても、それは間違いだ』
ということなんですがね。

2.
>しかしhakobuluさんは以前の回答で「おそらく一人も(と言って良いほど)いないと思います。というか、「いません!」。」と答えていますがそれは間違いではないでしょうか?と言ってる訳です。

「さて、お茶およびコーヒーでも飲もうかな」に対して「両方飲むのか片一方飲むのか?」と思う人は一人もいない、と書いたはずです。
正確に引用してもらわないと困りますね。
意味が全く違ってきますからね。
「および」を OR の意味だと勘違いする人がいないなんて言ってませんよ。
勘違いする場合もあるが、それは視点が転換されていることに気づかないからだ、と何回言わせるつもりなんですか?

ま、一度締め切って、頭を冷やしたほうがいいでしょうね。
まったく論理的なコミニュケーションができない状況に陥っていますよ?
そのうち、なにかのはずみで、あ、そうだったのか!と気づくこともあるでしょうから、それまで気長に待つほうが良いでしょう。
長年勘違いし続けてきたことを急に変えるのも難しいでしょうからね。
「なんで勘違いしていた(というより間違っていた)のだろうか?」
と素直に思えるときが必ず来ますから、そのときにはわたしの言ったことを思い出してください。
今は感情的になっているので、おそらくまだ無理でしょう。
勘違い(正確に言うと間違い)であることがわかったら、それを改善していけばいいだけなんですが、「勘違いしてたとしても俺だけじゃないだろ!!!」って一生懸命開き直ってるだけですよね?
本質から外れてしまってます。
わたしとしては十分、回答者としての責務は果たしたと思いますし、今回は、こんなところで失礼したほうが良さそうですね。
どうしてもの疑問があれば、新たに質問を立てると良いでしょう。

本格的な冬に突入しますが、風邪など引かないように、お元気でお過ごしください。
では、ごきげんよう。
   

投稿日時 - 2012-11-23 14:59:45

補足

 もの凄い激情して書きなぐってますが、「一人もいない」と豪語して、私を説得しようとしたのはhakobuluさんですから、その言い訳を私に擦り付けないで貰いたいです。私はそれに対して、「違うと思います」と述べただけですから、なにも本質からズレてません。もしズレたと感じたのならhakobuluさんがズラしたのであって、あたかも私がズラしたかのように責任転換するのは止めて欲しいです。

>で、肝心なことは理解できたのですか?>

 まあできましたよ。

>『正式な意味での用法ではなくて何気なく「および」を使ったり聞いたりしている人において、以外に「and、or」という意味に捉える人が多いとしても、それは間違いだ』
ということなんですがね。>

 そう言われればそうですが、以外にも勘違いして捉えてる人が多いから、もはや勘違いとまでいかないレベルに達しているかどうかの質問を後半したわけですから、それをhakobuluさん的に正しいという見方とは違うという見解をあたかも間違いというのは時期尚早というものです。
 あくまで結論として獲れたものはhakobuluさんの考えは「および」=「and」=「と」という意味で「or」はまったく含まれないと思っている、しかしそうでない見方や使い方をする人が居るのでまったくコミュニケーションが取れないという程のものでもないので正式な意味では勘違いがあったということは認めますが一般的な使用法では未だに「and、or」という用法で使っている人も多大に居るというのが最終的な結論です。

>まったく論理的なコミニュケーションができない状況に陥っていますよ?>

 いやそんなことないですよ、それはhakobuluさんが私の理論に反論出来にくくなったので「まったく論理的なコミニュケーションができない状況に陥っています」とteientに思い込ませる為の偽装工作です。逆に言えばhakobuluさん自身の理論の矛盾点や理論構造の説明に無理が出てきたので止めたいというhakobuluさん信条でありhakobuluさん自身の理論的なコミュニケーションが出来ない状況に陥ってる精神状態の投影だと思いますよ。
 私はあくまで理論的に喋ってますよ。

>勘違い(正確に言うと間違い)であることがわかったら>

 これはわかりましたよ。

>それを改善していけばいいだけなんですが>

 そうですね、本の内容ではorよりandの意味で書かれているという認識に変えますよ。無論それで矛盾があれば「この作者orの意味で書いたのかな?」と捉えるかもしれませんが、正式な意味ではandの意味が有力なので本などの場合andで認識することにします。
 しかし、一般的コミュニケーションのなかでは勘違いしてる人もいるので一概にandやorの意味で捉えるのは辞めときます、その時の空気や状況で判断させていただきます。

 余談ですが、空気を読む事は私はできますが、その空気の善し悪しを考えず一方的に服従したり従順した場合自分自身の精神状態がおかしくなる場合がのでそこだけは、私の勝手にさせていただきます。なので「空気を読め」というような忠告をたまに私にしてきますが、私は空気は読んでます。問題は空気の内容です。お忘れなく。 

>「勘違いしてたとしても俺だけじゃないだろ!!!」って一生懸命開き直ってるだけですよね?>

 いや違います。開き直りではありません。そういう事実があることを説明しただけです。しかも「一人もいません」と言ったhakobuluさんの発言が発端になってますから、私の開き直りという判断は間違えです。

時に
「「A、B」の存在が存在しないと「もしくは」は使えないのではない、なので「および」という言葉に「もしくは」が包括されている又は秘めている」という視点はどうなんでしょうか?

回答する気がないならそれでいいですが、最後に上記の疑問だけに答えて頂いて、あまりにもチンプンカンプンな事を述べるのであればそれで終わりにします。内容がまともであればそれを受け入れて終わりにします。

では回答を書かれるか書かれないかわかりませんので、それではこの辺で終焉という事にします。

投稿日時 - 2012-11-24 01:26:54

お礼

補足の
<自分自身の精神状態がおかしくなる場合がのでのでそこだけは>

<私の精神状態がおかしくなる場合があるのでそこだけは>
に変えてください。

 長い間付き合って下さってありがとう御座いました。そろそろ回答も1・2回で終わるでしょう。それではそれをとりあえず2・3日まって返ってこなかったら終わりにします。長い間ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-11-24 01:35:37

ANo.80

#79です。

わかっているとは思いますが、念のために補足しておきます。

「雨」という意味で「海」という言葉を使うことができないように、
「もしくは」という意味で「および」という言葉を使うことはできない

と述べましたが、これは、あくまで、

【視点を変えないままの状態で】「雨」という意味で「海」という言葉を使うことができないように、
【視点を変えないままの状態で】「もしくは」という意味で「および」という言葉を使うことはできない

という意味。
「コーヒーおよび紅茶があるので、コーヒーもしくは紅茶を飲もうかな」
という表現は可能ですが、「コーヒー、紅茶」というものに対して、前者は「あるもの」という視点、後者は「飲むもの」という視点での表現であることを忘れないでください。
    

投稿日時 - 2012-11-21 13:44:13

補足

ANo79の3

>『【思っている】のが並列的という意図で発言していてなお且つ【飲む】には「どちらか一方」に係っている場合は【飲む】についてはorです。』
と書いていますが、
『何を【思っている】』のですか?
そこをお考えになれば、矛盾したことを言っているのに気づくでしょう。>

・『何を【思っている】』のですか?

 「飲」を思っているんじゃないんですか?
私はそんなことをいってるんじゃなくて、「飲もうと思っているのは、お茶とコーヒーを並列的に思案している」という状態である。と言ってるんです。
なので「『結果的にどちらを飲むのかあるいは両方のむのか』については未確定だ」と言ってるわけです。これで分かりましたか?

投稿日時 - 2012-11-23 12:40:11

お礼

またなんか変なこと言われそうなので書きますが

「お茶とコーヒーどちらを飲もうかな?」
「お茶とコーヒー両方飲もうかな?」

の違いです。

今のところ回答と感じないので「回答ありがとうございました」とは書きませんが
「書きこんでくれてありがとう」

投稿日時 - 2012-11-23 12:43:48

ANo.79

#78です。

1.
>私の場合は「A、B」の存在が存在しないと「もしくは」は使えないのではないか?と述べてる訳です。

それは当然でしょう。
「AおよびB」が存在する。
これはいいですよね。
「A & B」 が存在しているわけです。
そして、この状態があってはじめて、たとえば、
「AもしくはBを選んでください」と言うことができるようになります。
このようなことをおっしゃりたいのだと思います。
雨という存在があるから、海があるのと同じですね。
しかし、大事なことは、「空が曇って海が降ってきそうだ」とは言わない、ということです。
普通は、そんなことをいちいち考えて「海」という言葉を使うわけではありませんが、つまり、「雨を含むもの」という意味で「海」という言葉を私たちは使っているわけではありませんが、
どうしても「海に雨が含まれている」と解釈したければしてもよいでしょう。
ですが、雨を表現するのに海という言葉が使えないことは、はっきりしてるでしょ?

『「および」に「もしくは」が含まれる』と、どうしても考えたければ考えてもいいでしょう。(誤解の元になるのでお勧めはしませんが)
海には雨が含まれているという程度には間違っていないのかもしれませんからね。
しかし、仮にそのように考えた場合であっても、
「雨」という意味で「海」という言葉を使うことができないように、
「もしくは」という意味で「および」という言葉を使うことはできない、ということだけ覚えると良いでしょう。

2.
<『「そばだけ作る」という行為は、そば以外も作れる可能性がある』ということを私は否定したことはありません。>
と書いていて
<『「そばだけ作る能力がある」という事実は、そば以外も作れる可能性がある』ことを否定している。>
という意味が全く意味不明です。これは<そば以外も作れる可能性がある>のを否定しているのでは無いのですか?となれば「そば以外作れる可能性は無い」という意味なのではないのですかね?まったくもって意味不明です。

もっとわかりやすく表現すべきでしたかね。
つまり、
「A さんは被災地でそばだけ作っています」と言う場合、『もしかして、A さんは、そば以外も作れる可能性がある』
と言えますよね?
つまり、「そば以外は作れない」ということはひとつも言っていない。
ここまでは理解できますか?
しかし、
「A さんはそばだけ作る能力がある」と言う場合は、『A さんは、そば以外を作る能力は無い』ということになるでしょ?
もう少し砕いて、
「A さんはそばだけ作れる」としたほうがわかりやすいかもしれませんね。
そのように言っているのに、「じゃあ、今度 A さんに、うどんを作ってもらおうかな」と言う人はいませんよね?
簡単な理屈ですよ。
難しく考えすぎなんじゃないですか?

3.
>【思っている】のが並列的という意図で発言していてなお且つ【飲む】には「どちらか一方」に係っている場合は【飲む】についてはorです。
【思っている】のが並列でありなおかつ【飲む】に対しても並列的な意図で発言している場合【飲む】についてはandという事になります。
なにか間違えていますか?

大いに間違えていますね。
『【思っている】のが並列的という意図で発言していてなお且つ【飲む】には「どちらか一方」に係っている場合は【飲む】についてはorです。』
と書いていますが、
『何を【思っている】』のですか?
そこをお考えになれば、矛盾したことを言っているのに気づくでしょう。
   

投稿日時 - 2012-11-21 13:17:53

補足

>「AおよびB」が存在する。
これはいいですよね。
「A & B」 が存在しているわけです。
そして、この状態があってはじめて、たとえば、
「AもしくはBを選んでください」と言うことができるようになります。
このようなことをおっしゃりたいのだと思います。
雨という存在があるから、海があるのと同じですね。>

 ここを認めましたね。そしたら私の理論を認めたということになりますよ。それで良いですね?

>しかし、大事なことは、「空が曇って海が降ってきそうだ」とは言わない、ということです。>

 それは大いに認めましたよ。以前の補足に書きましたが私は意味的な解釈を詳しく説明すると

・ネット上では「および」は「and」の意味で使うのが通常だが厳密に言えばorが含まれる表現である。
・hakobuluさんは「および」は「and」の意味以外ありない。
・「および」の正式な意味をあまり知らない人は「andかor」良く分からずにつかている。

 と解釈しました。これは以前十分に説明しました。

あくまで今の疑問は「および」の内容の意味について疑問を呈している状態です。と以前補足で書きました。なのでそこを主張されても「ああそうですか」で終わりです。

>つまり、「雨を含むもの」という意味で「海」という言葉を私たちは使っているわけではありませんが、
どうしても「海に雨が含まれている」と解釈したければしてもよいでしょう。>

 【どうしても?】【どうしても】じゃないでしょ!?確実に海に雨となる元が含まれてるでしょ?ここは事実として認めてられないんですか?強情ですね。
 

>ですが、雨を表現するのに海という言葉が使えないことは、はっきりしてるでしょ?>

 まあね、それは認めてますからいまさら・・・って感じです。


>「雨」という意味で「海」という言葉を使うことができないように、
「もしくは」という意味で「および」という言葉を使うことはできない、ということだけ覚えると良いでしょう。>

 まあ正式な意味ではね・・まあ正式な意味でも「厳密にはorが含まれている」みたいない認識の人もいますから、一概に絶対だとは思えないです。
何回も書きますが、正式な意味での用法ではなくて何気なく「および」を使ったり聞いたりしている人において、以外に「and、or」という意味に捉えてる人が多いのではないかと言ったわけです。
しかしhakobuluさんは以前の回答で「おそらく一人も(と言って良いほど)いないと思います。というか、「いません!」。」と答えていますがそれは間違いではないでしょうか?と言ってる訳です。
ネットで検索してみましたか?居ますよ。その質問してる段階での話なので以後はしりませんが、確実にネットが普及した以降そのような違いが分からずまかり通ってきた人生を歩んできた人が結構いるという証明になると思います。
嘘だと思うならネットで「A及びB」、「および」、「意味」、「質問」等で検索して見て下さい。直ぐに出てきます。(特に「社長に言われ」云々と書いてある人のを見て見て下さい)その人達の質疑応答を見ても「おそらく一人も(と言って良いほど)いないと思います。というか、「いません!」。」という事は言えなくなるでしょう。

投稿日時 - 2012-11-23 12:31:24

ANo.78

#77です。

1.
>つまり状況や雰囲気まであやふやであれば「さて、お茶およびコーヒーでも飲もうかな」と聞いた側は「両方飲むのかな?それとも片一方飲むのかな?」と思う人が出てくるという訳です。
正式な意味を知っていようが知るまいがそう思うのが自然だろうし、そう思わず「両方」と思い込む人は、ちょっと想像力が欠けてると思います。なので聞き手が相当な馬鹿でなければ「両方飲むのか片一方飲むのか?」と思う人が多いと思います。

大事なことなので、最後に記しますね。

2.
>よって【Aが最低限一つBが最低限一つ存在すれば】を「および」で表現すれば「A および B がこの世の中に存在する」と言いかえる事が可能な訳です。それで【AとB】が最低限存在しないと「AもしくはB」と表現できないわけですなので【AとB】を「A および B」と言いかえれば「および」という言葉に「もしくは」が表現できる可能性を潜在的に秘めているといえるかな?と思う訳です。

気持ちはよくわかりますが、秘めていないと捉えるのが正しいのです。
人間には最低限「水」の存在が必要ですが、「水が歩いている」とは言わないのと同じです。
喉の渇いたライオンの視点から見れば言えないこともないわけですから、この意味で気持ちはわかります、と述べました。
ただ、そのような視点を想定しないのが普通なので、その意味で秘めていないと捉えるのが正しいのです、と述べたわけです。
要するに、ここの違いでしょうね。

3.
<『「能力」と「(出来る)もの」は別物である』ということは理解できた、ということでよろしいでしょうか。>

 いや理解できてません。それは「別物」という表現より「別の表現」と言った方が的確でしょう。

『 いや違う。「作る能力」=「作る事が出来るもの」という風に変えたら分かりますか?』
とおっしゃった部分に関してのことですね。
これは、明らかな間違いです。
「別の表現」ではなくて「違う表現」、つまり本質において異なるという意味で「別物」なのです。

4.
>>ある人が「私は、そばだけ作れます」と言った場合、その人は「そば以外も作れる」と考えることができる。
という意味ですか?>

 まあそういう意味です。無論そばだけしか作れないかもしれませんが「そば以外も作れる可能性はある」という表現が「そばだけ作る」です。
hakobuluさんの何気ないトラップに毎回引っ掛る程私は馬鹿ではありません。つまり「私は、そばだけ作れます」という表現は「私は」と言ってますから「私はそば以外はつくれません」という解釈になるわけです。
しかし「そばだけ作る」という行為はそば以外も作れる可能性があります。

うまく誤魔化したつもりかもしれませんが、そうはいきませんよ?
『「そばだけ作る」という行為は、そば以外も作れる可能性がある』ということを私は否定したことはありません。
しかし、
『「そばだけ作る能力がある」という事実は、そば以外も作れる可能性がある』ことを否定している。
と言っているわけです。
そこを理解してもらわないと話が噛みあわないわけですが、まあ、これほど言ってもわからないのであれば、やはり、わたしの説明力が不足しているのでしょう。
teient さんにもプライドがあるでしょうから、そういうことにして、今後の回答を控えるほうが、teient さんのためになるのかもしれませんね。
特に質問や反論があれば、また継続してお答えしますが、何回も申し上げているように、teient さんに同意して欲しくて回答しているわけではありません。
ですから、わたしの言っている『文の意味』が理解できるなら、それに同意できるとか、同意できない、という2つのお礼の仕方しかないわけですから、そのようにして質問をしめることはできるでしょ?
現在は、teient さんが反論したいからしているだけであって、それが長引いている理由だということだけは理解なさるほうが良いでしょう。
無駄に悩む必要はありません。
つまり、「文章に対する理解」と「内容に対する理解」は別物だということです。
「文章(表現自体)に対する理解」という意味でまだ質問したければ、何度でもお答えします。
「内容に対する理解」という意味での質問にも、いくらでもお答えしますが、それは、あくまでご自分が質問したいからしているのであって、誰に強制されているわけでもない、という根本を認識する必要がありそうですね。

teient さんが質問したから、わたしは回答しているだけです。
その回答に対して、さらに質問があれば、いくらでも質問してください。
質問したくなければ質問しなければよいだけです。
でしょ?
teient さんが質問を繰り返すから、わたしは投稿しているだけなんですよ?
つまり、
『なにかまたありましたら書きこんで頂いても結構です。』
というのは、わたしのセリフになるわけなんですが、そのことが理解できますか?
まあ、どっちでもいいですが、なにか勘違いしているようなので念のためにね。
ということで、なにか質問があればまた書き込んでください。
いくらでも答えますよ。

5.
>「さて、お茶およびコーヒーでも飲もうかな」と聞いた側は
>聞き手が相当な馬鹿でなければ「両方飲むのか片一方飲むのか?」と思う人が多いと思います。

これだけ述べても、それはあり得ない、という理屈は理解していただけないようですね。
それは、自由でしょう。
ただ、そのように思う人は、おそらく一人も(と言って良いほど)いないと思います。
というか、「いません!」。
「さて、お茶およびコーヒーでも飲もうかな」と聞けば、
「こいつ馬鹿じゃないの?」とほぼ全員が感じるはずです。
2つの意味での、馬鹿じゃないの?です。
・両方一度に飲むなんて馬鹿じゃないの?
・「さて、お茶かコーヒーでも飲もうかな」と言うのが本当なのに馬鹿じゃないの?
このような2つの意味です。
ですから、「両方飲むのか片一方飲むのか?」と疑問を抱く人自体も馬鹿だ、と思われることは間違いありません。

そのような解釈を信じていると他人との意思疎通が阻害されますから、それを防ぐという目的のためだけに、わたしは回答を続けてきました。
せっかく質問したのですから、現段階でわたしの考え方が信用できるかできないかは別にして、それだけは覚えておいていただきたいと思います。
こんなところじゃないですかね。
teient さんは、質問者という立場なのですから、
「わたしは、そうは思いませんが、そういう考えがあることはわかりました」
で済むことですよね?
この場を借りて、まだ、なにか主張したいなら、いくらでも言ってください。
ただ、なるべく同じ質問は避けてくださいね。
無駄に時間を使いたくありませんので。
同じ質問をしたくなったら、わたしの説明不足なのだと諦めて、
「わたしは、そうは思いませんが、そういう考えがあることはわかりました」
と言っていただくとスマートに締め切ることができると思います。
同じ質問だということに気づいているかどうか、という問題はあるわけですが・・・。
いずれにせよ、teient さんが質問するからわたしが回答する、という仕組みであることだけはお忘れにならないように。
  

投稿日時 - 2012-11-20 22:12:23

補足

>気持ちはよくわかりますが、秘めていないと捉えるのが正しいのです。
人間には最低限「水」の存在が必要ですが、「水が歩いている」とは言わないのと同じです。
喉の渇いたライオンの視点から見れば言えないこともないわけですから、この意味で気持ちはわかります、と述べました。
ただ、そのような視点を想定しないのが普通なので、その意味で秘めていないと捉えるのが正しいのです、と述べたわけです。
要するに、ここの違いでしょうね。>

 まったく何を言わんとしてるのか分かりませんが、おそらく正反対の視点をそれは述べている訳ですよね?私の場合は「A、B」の存在が存在しないと「もしくは」は使えないのではないか?と述べてる訳です。
方向的には真逆ではありません、なので「包括的である」か「秘められている」という表現で述べているわけです。無論「派生する」という表現も間違いではありませんが「真逆の視点で派生する」という意味ではないです。

>『 いや違う。「作る能力」=「作る事が出来るもの」という風に変えたら分かりますか?』
とおっしゃった部分に関してのことですね。
これは、明らかな間違いです。
「別の表現」ではなくて「違う表現」、つまり本質において異なるという意味で「別物」なのです。>

 本質が違う?違うというならその本質を教えて欲しいですが、私の視点と異なる本質を恐らく述べるだろうと推測するので言っておきますが
私のいう「作る事が出来る」というのはあくまで「作る能力」もしくは「作る過程を得る」もしくは「知らなくても適当に作ったらそれが出来た」という意味で「作る能力」と言っている訳です。
なので「作る能力があれば作る事ができる」という意味です。なので表現的な問題ではないです。

>『「そばだけ作る」という行為は、そば以外も作れる可能性がある』ということを私は否定したことはありません。>

 そういうニアンスで説明したんじゃなかったんですか?それは失礼しました。

>しかし、
『「そばだけ作る能力がある」という事実は、そば以外も作れる可能性がある』ことを否定している。
と言っているわけです。
そこを理解してもらわないと話が噛みあわないわけですが>

 理解できません。
<『「そばだけ作る」という行為は、そば以外も作れる可能性がある』ということを私は否定したことはありません。>
と書いていて
<『「そばだけ作る能力がある」という事実は、そば以外も作れる可能性がある』ことを否定している。>
という意味が全く意味不明です。これは<そば以外も作れる可能性がある>のを否定しているのでは無いのですか?となれば「そば以外作れる可能性は無い」という意味なのではないのですかね?まったくもって意味不明です。

>ですから、わたしの言っている『文の意味』が理解できるなら、それに同意できるとか、同意できない、という2つのお礼の仕方しかないわけですから、そのようにして質問をしめることはできるでしょ?>

 まあ確かにそうですが以前書きましたが「意味的に理解しました、しかし、内容的もしくは一般的な感覚においての矛盾に置いて未だに未解決のままです。他の人に聞いても良いのですが、おそらくhakobuluさん見たいに吟味して質疑応答にこたえる人は少ないでしょう。」という感じで書きました。まさにその意味で未だにhakobuluさんに聞いています。というより頼っていると言った方が的確かもしれません。 

>現在は、teient さんが反論したいからしているだけであって、それが長引いている理由だということだけは理解なさるほうが良いでしょう。>

 んーーー反論と言われれば反論としか言いようがありませんが違和感や相違点において質疑応答している感じです。それが反論に見えると言う事だと思います。まあそういうのを反論という言うのでしょうけどね、まあそういう意味でしたら確かに反論してるということでしょう。

>無駄に悩む必要はありません。
つまり、「文章に対する理解」と「内容に対する理解」は別物だということです。>

 まあ、そうですねそれは確かに別物ですね、そう言われれば多少気が楽になります。

>>「さて、お茶およびコーヒーでも飲もうかな」と聞いた側は
聞き手が相当な馬鹿でなければ「両方飲むのか片一方飲むのか?」と思う人が多いと思います。>

そのように思う人は、おそらく一人も(と言って良いほど)いないと思います。>

 ネットで探しましたが居ましたね、他の質問サイトでしたが確実に居ました。ただお茶とコーヒーでは無かったような気はしましたが確実に居ました。ただ回答する人は正式な意味を知っている人が回答するだろうと予測していたので案の定正式な意味を書いていました。それもネットで調べたのかどこかで習った暗示なのかそれは知りません。しかし私は今「および」の意味の矛盾と一般的使い方において述べていますのでそこはご了承下さい。


 ということでもう少し「さて、お茶およびコーヒーでも飲もうかな」について述べて見ます。
【飲もうかな】というのは不確定事項です。なので「および」が【思っている】という意図に係っているのか【飲む】に係っているのかによっては意味が大きく異なります。
前回補足で書きましたが、【思っている】のが並列的という意図で発言していてなお且つ【飲む】には「どちらか一方」に係っている場合は【飲む】についてはorです。
【思っている】のが並列でありなおかつ【飲む】に対しても並列的な意図で発言している場合【飲む】についてはandという事になります。
なにか間違えていますか?
であれば聞き手が「飲むのは【お茶orコーヒー】という意味でいったのか【お茶andコーヒー】という意味で言ったのか?」と迷うのが普通です。これは正式な意味を知っている人であろうが無かろうがそう思うのが自然であり、そう思うわない方が違和感があります。
しかしながら「および」を「と」に変えた場合「両方」の意味が強い人が大半だと思われるので【思う】にしろ【飲む】にしろ「両方」という意味で捉えると考えられます。
なので「および」と言われれて「あ両方飲もうと思っているんだな」と感じる人は「と」より少ないと考えられます。その意味で正式な意味を知っていいようがいまいが「飲む」というところに聞き手が「andなのかorなのか?」と迷う人がいると思います。

投稿日時 - 2012-11-21 00:53:10

お礼

hakobuluさんなりのご意見ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-21 00:53:32

ANo.77

#76です。

1.
>なんでですか?意図が違うのになぜ同じ意味に捉える事が出来るんですか?
> なんですか?今度は逸らかしですか?、あくまで正式な意味で発言した場合意図の違いによって聞き手がandなのかorか分かり難い場合が出てくるという意味で言ったんですがね?

「お茶orコーヒーを飲もう」という意図で、「お茶およびコーヒーでも飲もうかな」と言うことはあり得ません。
という意味です。
その理由についてはもういいでしょう。

2.
>つまり「ある場合がある」「無い場合がある」て書いてあるんだから
・その場におらず推測して話している。
・その場にいたとしても経験上推測で話している。
のどちらかでしょ?「がある」という風に話してるんだから・・・意味は分かりませんがおそらく推測する場合使ったりするんじゃないの?
>「~場合がある」なんだから未来において不確定事項になるでしょ?

不確定事項だろうと、推測だろうと、「ある場合」と「無い場合」なんだから一緒にできるわけがないですよね?
「および」というのはあくまで両方ある場合だけに使います。
「一方だけしか無い場合」にはorは使える、という話をしてるんだから、不確定事項だろうと、推測だろうと関係ないでしょ?
「ある場合」と「無い場合」なんだから一緒にできるわけがないですよね?
「無い場合」に関して「ある場合」を適用しようとすることが矛盾なわけです。

3.
<視点を変えれば「OR」の意味になるからといって、「および という言葉自体」に「OR」の意味が含まれているわけではない、ということは共通認識として良いのだと思います。>

 まあいいですよ共通の認識とhakobuluさんが捉えようが捉えまいがhakobuluさんの自由ですからそこななんともいいませんが、私の言っているのはあくまで「含まれてるのに含まれてないかのように見えるのが「並列」だ」と言ってる訳です。わかるかな?わかんねーだろーなー?

瑣末なことはどうでもいいのですが、
『視点を変えれば「OR」の意味になるからといって、「および という言葉自体」に「OR」の意味が含まれているわけではない』
ということはお認めになったようですから、それでいいんじゃないの?

4.
<「能力」と「(出来る)もの」は別物だからです。>

 反論する気にもなれないわ

ここは非常に大事な点なのですが、反論する気にもなれないのは、
『「能力」と「(出来る)もの」は別物である』ということは理解できた、ということでよろしいでしょうか。

5.
<「そば【だけ】作ることは可能」
とは言えますが、
「そば【だけ】作る能力がある」
とは言えない、ということですね。>

 なんで言えないんですか?
言っときますが「【だけ】はそれ以外は出来ないを意味するからです」とかはダメですよ、そういう意味ではないと言ってるんだから

ある人が「私は、そばだけ作れます」と言った場合、その人は「そば以外も作れる」と考えることができる。
という意味ですか?
  

投稿日時 - 2012-11-19 17:24:47

補足

1・>「ある場合」と「無い場合」なんだから一緒にできるわけがないですよね?
「無い場合」に関して「ある場合」を適用しようとすることが矛盾なわけです。>

 だからそうじゃなくて「お茶およびコーヒーでも飲もうかな」と言った場合
・「お茶およびコーヒーを飲みたい気分だ、しかし飲むのはどちらか片一方を飲もうと思っている」(未確定状態)という意図で言った場合と
・「お茶およびコーヒーを飲みたい気分だ、なので両方飲もうかと思っている。しかし飲む時には絶対両方飲むという確証はないが恐らく両方飲むだろう」(未確定事項)という意図で言った場合では
「お茶およびコーヒーでも飲もうかな」という発言だけではなかなか読み取り難いと言っているわけです。つまり状況や雰囲気まであやふやであれば「さて、お茶およびコーヒーでも飲もうかな」と聞いた側は「両方飲むのかな?それとも片一方飲むのかな?」と思う人が出てくるという訳です。
正式な意味を知っていようが知るまいがそう思うのが自然だろうし、そう思わず「両方」と思い込む人は、ちょっと想像力が欠けてると思います。なので聞き手が相当な馬鹿でなければ「両方飲むのか片一方飲むのか?」と思う人が多いと思います。

2・>瑣末なことはどうでもいいのですが、
『視点を変えれば「OR」の意味になるからといって、「および という言葉自体」に「OR」の意味が含まれているわけではない』
ということはお認めになったようですから、それでいいんじゃないの?>

 認めてませんよ。未だ疑問ですよ。無論今となれば右か左か分からない状態になってしまいましたがね。
簡単に言いますとですね、「A および B」という表現が「A、B両方が存在する状態」を肯定しているのは事実です(空想や想像なども含めて)。なので「A および B」と表現した時点でAとBの存在が確定(確定可能性も含める)状態がなければ「AもしくはB」という表現は出来ない訳です。
簡単に言えば「Aだけ」という表現において「もしくは」は含まれません。なぜなら「AもしくはA」という表現が不可能に近いからです。しかし逆は可能です。「もしくは」に対して「だけ」という表現は可能です。「AもしくはBだけがある」という表現が可能なので「もしくは」の中に「だけ」が潜在的に包括されている場合があり、視点の転換などにより発揮される場合がある。という事が言えます。
それを「および」と「もしくは」に代用すると「AもしくはB」というのは「どちらか片一方」という概念なのでどちらか片一方という概念が見方によっては「並列的」や「両方」が存在するという表現はできますがあまり包括している感じではありません。ただし「並列的」「両方」というのは「どちらか片一方」という概念を包括することが可能ではないか?という事を淡々と言わんとしてたのですが、ついに今言えました。つまりそういうことです。
なにを言わんとしてるのかというとこの世の中に【AとB】が存在してないと「AもしくはB」という表現が不可能だと言っているのです。この世の中にAだけ一つしか存在しないと仮定した場合「AもしくはA」という表現は不可能です。まあAが二つ以上あれば可能ですが(例えば左のA、右のAとかのように)もしAが一つだけしか存在しないと仮定すると「もしくは」という用法は使うのは無理に近いでしょう。しかし【Aが最低限一つBが最低限一つ存在すれば】「AもしくはB」と表現する事が可能。
よって【Aが最低限一つBが最低限一つ存在すれば】を「および」で表現すれば「A および B がこの世の中に存在する」と言いかえる事が可能な訳です。それで【AとB】が最低限存在しないと「AもしくはB」と表現できないわけですなので【AとB】を「A および B」と言いかえれば「および」という言葉に「もしくは」が表現できる可能性を潜在的に秘めているといえるかな?と思う訳です。

3・>『「能力」と「(出来る)もの」は別物である』ということは理解できた、ということでよろしいでしょうか。>

 いや理解できてません。それは「別物」という表現より「別の表現」と言った方が的確でしょう。
私の言ってることは「作る能力がないと(レシピ見ながらでも勘でもよいですが)出来ませんよ」と言ってるだけです。
つまり「そばを作る能力の無い人がそばを作るという事が難しい」というのは理論的にわかるでしょ?それを説明するのが面倒なので<反論する気にもなれないわ>と書いたわけです。

4・>ある人が「私は、そばだけ作れます」と言った場合、その人は「そば以外も作れる」と考えることができる。
という意味ですか?>

 まあそういう意味です。無論そばだけしか作れないかもしれませんが「そば以外も作れる可能性はある」という表現が「そばだけ作る」です。
hakobuluさんの何気ないトラップに毎回引っ掛る程私は馬鹿ではありません。つまり「私は、そばだけ作れます」という表現は「私は」と言ってますから「私はそば以外はつくれません」という解釈になるわけです。
しかし「そばだけ作る」という行為はそば以外も作れる可能性があります。

投稿日時 - 2012-11-20 00:10:30

お礼

それなりの答弁ありがとうございます。なにかまたありましたら書きこんで頂いても結構です。

投稿日時 - 2012-11-20 00:11:42

ANo.76

#71です。

1.
>なので「お茶およびコーヒーでも飲もうかな」の意図の違いによっては「お茶orコーヒーを飲もうと思っているのか?それとも、お茶とコーヒー両方飲もうとしているのか?」と側から聞く人は混同する人が大半だと思います。

あり得ません。

2.
>なので発言者しかその意図を知ってないので「両方って意味で言ったんだよ!」ともしキレられたら「ふざけんなよ!両方の意味で言ったのか片一方の意味で言ってるその発言だけで聞き手が分かるわけねーだろ!雰囲気もどっちか分からないようなあやふやな雰囲気だしやがって!ふざけんじゃねーぞ!この野郎!」と逆ギレすると思います。

ですから、正しく意味を把握しておかないと齟齬が生じますよ、と言っているでしょ?
勘違いに気づいてもらい、今後はそのような齟齬が生じないようにするために、今まで長々と説明してきたわけです。

3.
<(ア)「Aが机の上に無い場合がある」、「Bが机の上に無い場合がある」がしかし、(イ)「A、B机の上に両方ある場合がある」と言う場合ですね、すでに、アとイでは視点が転換してしまっているでしょ?アの場合の具体的内容を想像してみればすぐに理解できるでしょう。それを一緒にして「この関係は並列」と言うことはできませんよ?イの場合は並列と言えるけど、アの場合は言えないわけなので。>

 いやいや一緒です。「場合がある」と書いてあるんだから予測の視点ですかね?・・・

ある場合、と 無い場合 ですから、一緒ではありません。

4.
> それは「行く」と社員から言われたら「社長室の社長」という視点で見ると同時に「来る」という意味が含まれるているという表現が可能なのではないでしょうか?

そのとおりです。
かなり近くなっていますね。
これが、【視点を変えると、同じ事柄(ここでは 社員の出社 という事柄)を指しているという解釈が可能になる】ということです。
【視点の転換】というのは、こういうことです。

「行く」という言葉に「来る」という意味は含まれていませんよね?
しかし、
「行く」という発言があった場合、
「行く」に「来る」という意味は含まれていないが、おっしゃったように、
視点を変えると「来る」という意味に解釈できる場合がある、ということになるわけです。

「および」という発言があった場合、
「および」に「OR」という意味は含まれていないが、
視点を変えると「OR」という意味に解釈できる場合がある、ということになるのと同じです。
「行く」「来る」の例でご指摘になったように、
視点を変えれば「OR」の意味になるからといって、「および という言葉自体」に「OR」の意味が含まれているわけではない、ということは共通認識として良いのだと思います。
これを前提にした場合、重要なのは、「および という言葉自体」には「OR」の意味が含まれていないので、視点を変えなければ「OR」の意味で使うことはできない、ということなんです。

5.
> だから意図によって「AおよびB~」と言った場合、そのように「Aのみ」「Bのみ」と分割できる訳でしょ、その分割出来る理由として「A」、「および」、「B」と分解出来るからなわけであって、そういう意味で潜在的に「AおよびB」と言った瞬間に「AorB」の可能性を秘めているのではないですか?

4までで、視点の意味をご理解いただけたと思いますので簡略に述べます。
『潜在的に「AおよびB」と言った瞬間に「AorB」の可能性を秘めている』
というのは全くおっしゃるとおりなんです。
ただ、「分割、分解」という視点の転換がないと、「AorB」という解釈はできない、ということです。
言葉を変えると、目の前に「AおよびB があります」という状態で、「分割、分解」という視点が(新たに)生じてはじめて、「AorB」という解釈が派生的に発生することが可能になるということです。
新たに別の視点が生じてないのに(=視点の転換が行なわれていないのに)「AorB があります」と言うことはできないわけです。
「社長室の社長」という視点を変えないまま、つまり、社長室にいる状態の視点で、「わかった、9時に行ってくれるんだね」と発言すれば不自然になるのと同様です。

6.
>お客が必ず一人で来店するとも限らないでしょう?そうすると家族連れとか同僚や下手するとカップルという場合もあるわけで、一人でも太っている見ると「両方頼む可能性があるな・・」と瞬時に予測できる訳です。

なかなか面白い冗談ですね。
サービス精神を発揮していただいてありがたいのですが違います。
客の視点で「そば か うどんです」と言う場合は、あくまで「お客さん【それぞれ】」の立場(視点)で言っているわけです。
太っている人にしたって、そばとうどんをひとつの丼にまとめて食べるわけじゃないですからね。
片一方のそばを食べてから、片一方のうどんを食べればよいだけです。
ですから、あくまで「どちらか片一方」の意図と考えてよいのです。

7.
> いや違う。「作る能力」=「作る事が出来るもの」という風に変えたら分かりますか?

力強く否定していただきましたが、残念ながら変えることはできません。
なぜなら、「能力」と「(出来る)もの」は別物だからです。

8.
> 【だけ】の意味をなにか勘違いされているみたいですが、私の言ってる【だけ】というのは「そば と うどんを作る事が可能なら、そば【だけ】作ることは可能でしょ?」と言ってるんです

それは当然可能ですね。
ただ、それはあくまで「作るという行為」に関して「だけ」は可能なわけです。
「作るという能力」に関して「だけ」という表現は可能にはなりません。
「そば【だけ】作ることは可能」
とは言えますが、
「そば【だけ】作る能力がある」
とは言えない、ということですね。
  

投稿日時 - 2012-11-18 16:53:23

補足

1・>>なので「お茶およびコーヒーでも飲もうかな」の意図の違いによっては「お茶orコーヒーを飲もうと思っているのか?それとも、お茶とコーヒー両方飲もうとしているのか?」と側から聞く人は混同する人が大半だと思います。>

あり得ません。>

 なんでですか?意図が違うのになぜ同じ意味に捉える事が出来るんですか?無論同じ意味に捉える事が出来る場合もあるでしょうけど必ずしも同じになるという事ではないでしょ?同じになる場合もあれば同じにならない場合もある。

2・>>なので発言者しかその意図を知ってないので「両方って意味で言ったんだよ!」ともしキレられたら「ふざけんなよ!両方の意味で言ったのか片一方の意味で言ってるその発言だけで聞き手が分かるわけねーだろ!雰囲気もどっちか分からないようなあやふやな雰囲気だしやがって!ふざけんじゃねーぞ!この野郎!」と逆ギレすると思います。>

ですから、正しく意味を把握しておかないと齟齬が生じますよ、と言っているでしょ?
勘違いに気づいてもらい、今後はそのような齟齬が生じないようにするために、今まで長々と説明してきたわけです。>

 なんですか?今度は逸らかしですか?、あくまで正式な意味で発言した場合意図の違いによって聞き手がandなのかorか分かり難い場合が出てくるという意味で言ったんですがね?

3・>ある場合、と 無い場合 ですから、一緒ではありません。>

いや一緒だって、またトラップに嵌めて本質から逃げようとする・・・なかなか高度な否無意識的に頭が良いのでしょう。しかし私はそれに騙されませんよ。つまり「ある場合がある」「無い場合がある」て書いてあるんだから
・その場におらず推測して話している。
・その場にいたとしても経験上推測で話している。
のどちらかでしょ?「がある」という風に話してるんだから・・・意味は分かりませんがおそらく推測する場合使ったりするんじゃないの?
また変な事いわれそうなので言っておきますが「Aがある」とか言わないで下さいよ。「~場合がある」なんだから未来において不確定事項になるでしょ?

4・>「行く」という言葉に「来る」という意味は含まれていませんよね?
しかし、
「行く」という発言があった場合、
「行く」に「来る」という意味は含まれていないが、おっしゃったように、
視点を変えると「来る」という意味に解釈できる場合がある、ということになるわけです。>

 ん~なんか引っ掛るけどまあそれも当たってますよ。否定しません。
しかしながら「社長の視点」からすると社員から「行く」と聞いている訳だから「行く」という発言に同時に「来る」を意味している訳であってそいういう意味で含まれているのではないでしょうか?と言っている訳です。

5・>視点を変えれば「OR」の意味になるからといって、「および という言葉自体」に「OR」の意味が含まれているわけではない、ということは共通認識として良いのだと思います。>

 まあいいですよ共通の認識とhakobuluさんが捉えようが捉えまいがhakobuluさんの自由ですからそこななんともいいませんが、私の言っているのはあくまで「含まれてるのに含まれてないかのように見えるのが「並列」だ」と言ってる訳です。わかるかな?わかんねーだろーなー?

6・>重要なのは、「および という言葉自体」には「OR」の意味が含まれていないので、視点を変えなければ「OR」の意味で使うことはできない、ということなんです。>

 なので「および という言葉自体」に「or」が本当は含まれているんだけどあたかも含まれていないかのように見えるので、視点を変えなければ「or」の意味が発揮されないということなんですよ。

7・>『潜在的に「AおよびB」と言った瞬間に「AorB」の可能性を秘めている』
というのは全くおっしゃるとおりなんです。>

 ついに認めてくれましたかT_Tよかったー

8・>ただ、「分割、分解」という視点の転換がないと、「AorB」という解釈はできない、ということです目の前に「AおよびB があります」という状態で、「分割、分解」という視点が(新たに)生じてはじめて、「AorB」という解釈が派生的に発生することが可能になるということです。>

 それはその通りですが「視点の」までは良いですが「転換」がおかしいです。もし「転換」=「分離」という意味で仰っているなら、その通りと認めす。しかし「転換」=「違った方向に変える」という意味であれば認めません。なぜなら私はそのような意味で言った訳ではないからです。あくまであるものを分離しただけです。

9・>客の視点で「そば か うどんです」と言う場合は、あくまで「お客さん【それぞれ】」の立場(視点)で言っているわけです。>

 相当意地張ってますね、なんで提供する側が「お客さんそれぞれの視点で」家族連れの人に言うわけですか?じゃあですよ4人いたら4回言う訳ですか?違うでしょ?無論お客さんそれぞれの意図で言っている場合もあると思います。それは否定しませんが、連れで来た場合、連れに対して何が出来るかを提供するという意図で言っている人もいると思いますよ?

10・>片一方のそばを食べてから、片一方のうどんを食べればよいだけです。ですから、あくまで「どちらか片一方」の意図と考えてよいのです。>

 じゃあ「うどん と そば 両方下さい」とお客さんが言ったらどうなるんですかね?まったく強情と言いますか、その強情が私の反発的感情を湧き立たせると言いますか・・・なんといいますかこれが以前hakobuluさんが言っていた反射なのかなと思います。

11・>「能力」と「(出来る)もの」は別物だからです。>

 反論する気にもなれないわ

12・>「そば【だけ】作ることは可能」
とは言えますが、
「そば【だけ】作る能力がある」
とは言えない、ということですね。>

 なんで言えないんですか?
言っときますが「【だけ】はそれ以外は出来ないを意味するからです」とかはダメですよ、そういう意味ではないと言ってるんだから

投稿日時 - 2012-11-19 01:45:45

ANo.75

>こういうのから抜け出すにはどうしたらいいんでしょうかね?お地蔵さま?

些末な言葉の意味が気になってしかたないのであれば、気分転換に外国へ行ってみることです。

ふさわしい国はイギリスです。

正式国名は「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」です。

イギリスへ行っても、今度は国名についた「および」ってなんだ?とまだ気になるのでしたら、

インドへ行って悟りを開き、「および」という言葉の輪廻からの解脱を目指してください。

投稿日時 - 2012-11-18 06:23:29

補足

>些末な言葉の意味が気になってしかたないのであれば、気分転換に外国へ行ってみることです。>

・・・・金が無いんですけど・・・くれるんですか?


>イギリスへ行っても、今度は国名についた「および」ってなんだ?とまだ気になるのでしたら、

インドへ行って悟りを開き、「および」という言葉の輪廻からの解脱を目指してください。>


相手したくないわ、それでは

投稿日時 - 2012-11-19 00:24:36

ANo.74

こんなことでまだ延々と書き込んでいるとは・・・


及び腰になるよ。


お呼びでない?


失礼しました。

投稿日時 - 2012-11-17 08:55:18

補足

>こんなことでまだ延々と書き込んでいるとは・・・>

まったくです。『俺一体何やってんだろ・・・・』とこのやり取りしてるといっつも思います。

こういうのから抜け出すにはどうしたらいいんでしょうかね?お地蔵さま?

投稿日時 - 2012-11-18 01:06:38

ANo.73

#71の 7 に訂正があります。

×しかし、「社長室の社長」という視点を変えないまま「わかった、9時に来てくれるんだね」と言ったらおかしいでしょ?

○しかし、「社長室の社長」という視点を変えないまま「わかった、9時に行ってくれるんだね」と言ったらおかしいでしょ?

投稿日時 - 2012-11-17 01:55:30

ANo.72

#71からの続きです。

13.
<英語とフランス語を話せる人を指して、「彼はフランス語だけも話せるんですよ」とは言わないでしょ?>

 言うよ

言いません。
どんな時に言うんですか?

14.
 <しかし、後半「なので」以降の結論部分で誤った論理が展開されています。・・・・「そばだけ作り帰ってくる」ことは可能です。なぜならば、「そばだけ作る能力」と「そばだけ作ること」が意味するところは全く別物だからです。>

 別物ではありません。意味が違うのは そばを作る「能力」を指しているのか「こと(作っている状態)」を指しているのかの違いだけです。

そういう違いのことを「意味するところは全く別物」と表現するわけです。

15.
> そりゃまあ そば と うどん を作る能力を持った人は そばだけ【しか】作れないわけではないですよ、しかし「そばだけ作る能力」はあるわけです。なぜならそばとうどん両方作る能力があるから、「そばだけ作る能力は無い」とは言えないでしょう?ということは「そばだけ作る能力がある」と言えるんですよ。「しかしながらうどもんも作れる能力がある」というのが「そば及びうどんを作る能力がある」という意味なんですよ。

「彼は、そば【だけ】作れる人ですが、うどん【も】作れる人です」と言う文章が、日本語として成り立つと思うのですか?

16.
<「被災地で作ったもの」「被災地で作ることができたもの」という視点では、「および」も「だけ」も「もしくは」も、何でも使えます。>

 ということは「および」というのは「もしくは」に代用して使う事ができる場合があるということでよろしいですね!

たぶん勘違いされていると思いますので、もう少し詳しく述べてみます。
・被災地では そば および うどんを作った。
・被災地では そば だけを作った。
・被災地では そば もしくは うどん を作ったらしい。
のように言うことができる。
しかし、いずれの場合も、「本人の能力」という視点では、
「そば および うどん を作る能力」があるからこそできることである。
という意図で述べたわけです。
いくらなんでも、これで、おわかりになったでしょう。
もう違うとは言い張らないですよね。
     

投稿日時 - 2012-11-17 01:49:54

補足

1・>言いません。
どんな時に言うんですか?>

 例えばフランス語が苦手かのように英語交じりでフランス人と会話してるシーンを傍らから2人みていて一人はその人がフランス語ペラペラに喋る事を知っていてもう一人は知らないとすると、知らない人からすると「フランス語喋るときは英語と混じってしか喋れない様だね」と口走って、もう一人が「いやいやそんな事ないんだよああ見えて彼はフランス語だけも話せるんだよ」、「へ~そうなんだ」という会話ができたりするでしょ。

2・>>別物ではありません。意味が違うのは そばを作る「能力」を指しているのか「こと(作っている状態)」を指しているのかの違いだけです。>

そういう違いのことを「意味するところは全く別物」と表現するわけです。>

 そうじゃなくて私が主張したいのは「全くではない」と言ってるんです。全くなら全て別物かのように聞こえるんで、「そうではありませんよ全く別物ではありませんよ」と答えているわけです。つまり「違う部分がある」という表現で言われてるならまだしも「全く別物」と言われる内容ではないのではないか?と言ってるわけです。

3・>「彼は、そば【だけ】作れる人ですが、うどん【も】作れる人です」と言う文章が、日本語として成り立つと思うのですか?>

 また出たhakobuluトラップ、両方作れることを書かず「彼は、そば【だけ】作れる人ですが、うどん【も】作れる人です」確かにね、それは成り立ちませんよ。しかしねご自身も(否私は知りませんが)結構意地張ってると思いますよ。
両方作れる事を発言すれば成り立つでしょ。まあご自身のそのような文章や発言の仕方に「ホロ」っと惚れて流されて行く人もいるんでしょうけど、私も流されそうになりますが、今回はとりあえず安易に流されないように質疑応答してみます。・・・というよりか毎回hakobuluさんとぶつかるとそんな感じかw

4・>・被災地では そば および うどんを作った。
・被災地では そば だけを作った。
・被災地では そば もしくは うどん を作ったらしい。
のように言うことができる。
しかし、いずれの場合も、「本人の能力」という視点では、
「そば および うどん を作る能力」があるからこそできることである。
という意図で述べたわけです。>

>いくらなんでも、これで、おわかりになったでしょう。
もう違うとは言い張らないですよね。>

 いや言いますよ、「被災地では そば だけを作った。」という文章ではうどんが作れるかどうか分からないじゃないですか?

投稿日時 - 2012-11-19 00:47:19

ANo.71

#70です。

1.
<その場の雰囲気で、どちらも言えますから。>言えるなら、なんで「および」に「もしくは」の意味が秘めていると言えないんですか?その辺がよく分からない訳です。

え~っとですね・・・。
ですから、それは視点の転換なんですよ。
どちらとも言える、というのは、主人が自分の視点で言うこともできるし、客の視点で(客の立場になって)言うこともできる、という意味なんですけどね・・・。
今まで散々述べてきたことなんですが、わたしが、どういう意味で「視点の転換」と言っているのか理解していますか?
わたしの「言っている意味」、つまり、「わたしが何を指して 視点の転換 と言っているのか」ということですね、その意味がわからなければわからない、とおっしゃってください。
それがわかるなら、どういう意味で言っていると思うかおっしゃってみてください。
ここまで同じことを繰り返して質問するということは、もしかするとわたしの言っている意味を勘違いしている可能性もありそうなので。

2.
>例えを出しますが、「机の上にAおよびBがあります」と言った場合「必ずしもAとBが机の上になければならない」というのが違和感があるところなんです。

ですから、なぜ違和感があるかというと、勘違いして意味を覚えてしまっているからなのですよ、と申し上げているわけです。

3.
>つまり視点を変えたりすると「Aが机の上に無い場合がある」、「Bが机の上に無い場合がある」がしかし「A、B机の上に両方ある場合がある」この関係は並列的と言えますよね?

この論理には矛盾がありますよ。
(ア)「Aが机の上に無い場合がある」、「Bが机の上に無い場合がある」
がしかし、
(イ)「A、B机の上に両方ある場合がある」
と言う場合ですね、すでに、アとイでは視点が転換してしまっているでしょ?
アの場合の具体的内容を想像してみればすぐに理解できるでしょう。
それを一緒にして「この関係は並列」と言うことはできませんよ?
イの場合は並列と言えるけど、アの場合は言えないわけなので。

4.
>なので「AおよびB」という発言は「A片一方」+「B片一方」=「AおよびB」となっても並列的といえないでしょうか?簡単に書くと「A」+「B」=「A+B」という感じでしょう。

まあ、および にはプラスという意味はないのですが、基本的状態としてであれば、そのように言える場合もあるでしょうね。

5.
>つまり「A+B」=「AおよびB」は並列的、なお且つ「A」+「B」=「A+B」も並列的と思う訳です。この「A」と「B」という「」で括ったのは単独を意味します。本質を言えばそういうことなのですが、hakobuluさん的見解で言うと『「A+B」=「A+B」であるが「A」+「B」=「A+B」ではない』と言われて感じがしてなりません。

「単独」というのはおそらく「だけ」を示していると思うのですが、それが間違いなんです。
「AおよびBがある」というのは、「A そして Bがある」という意味。
「Aだけがあり、Bだけがある」という意味ではありません。
「AおよびB」と言う場合、「Aだけ + Bだけ」という概念は存在しないのです。
なぜなら、「だけ」という概念そのものが「および = &」という概念に反するからです。
「AおよびB」というのは、あくまで、「A & B」なのです。
視点を変えて、「AおよびB」の中から「Aだけを取り出す」ということは、むろん可能ですよ。
しかし、そのばあには「ある」から「取り出す」という行為上の視点転換が為されているからこそ可能になるわけです。

6.
<「自分が作ることが可能なもの」という意味で「そば か うどん」と言ったように勘違いしやすい、というだけの話です。>

 ちょっとよくわからないのですが「か」というのは「もしくは」と同義なんですよね?hakobuluさんの見解では?それでは3・>~>はどういう意味でしょうか?

「客が今注文して食べるもの」という意味(視点)で「そば か うどん」と言ったのに、
「自分が作ることが可能なもの」という意味(視点)で「そば か うどん」と言ったように勘違いしやすい、ということです。

7.
> 視点の転換が抜けているから「および」をorの意味も含まれていると勘違いするというのではなくてですね、視点の転換をするから「および」をorの意味で捉える場合もある訳です。その意味で「含まれている」とか「秘めている」と言っているわけです。

視点の転換をするということの意味がおそらくわかっておられないのかもしれませんね。
視点が転換したら、同じ言葉は使えないんですよ?
自宅の社員「あした9時に会社に行きます」
社長室の社長「わかった、9時に来てくれるんだね」
という電話での会話では、視点が変わっているので「行く=来る」が「社員の出社」という同じ状況を示しています。
しかし、「社長室の社長」という視点を変えないまま「わかった、9時に来てくれるんだね」と言ったらおかしいでしょ?
ですから、
『視点の転換をするから「および」をorの意味で捉える場合もある』までは正解ですが、そのあとの、
『その意味で「含まれている」とか「秘めている」』という箇所が明らかな論理矛盾であることにお気づきになってください。

8.
> だったら「AおよびB」と言った場合【「Aのみ」「Bのみ」は含まれない】わけでしょ?なのにも関わらずなぜに「AおよびB」と言った時「Aのみ」「Bのみ」が派生するのか?と聞いてるわけです。

わかってもらえると思っていたのですが、混乱を防ぐためには正確に表現したほうがいいかもしれませんね。
「AおよびB」と言った場合【「Aのみ」「Bのみ」は含まれない】のは、そのとおりです。
ただし、正確に書くと、
「AおよびB がある」と言った場合【「Aのみある」「Bのみある」は含まれない】
ということです。

なのにも関わらずなぜに「AおよびB」と言った時「Aのみ」「Bのみ」が派生するのか?と言えば、これも正確に書きますが、
「AおよびB がある」と言った時、たとえば「ある」という事柄から視点を転換して、
「Aのみ を持ち上げる」「Bのみ を持ち上げる」
あるいは、
「Aのみ をあなたにあげる」「Bのみ をあなたにあげる」
などという状況が派生することは、当然ある、という意味です。
そば屋の主人の視点では能力的に両方とも作れるわけですが、客が そばだけ食べることができるのと同じ理屈です。

9.
>「客の視点に立てば」という話だったのですが「客の視点に立っても結局『両方』の場合と『どちらか片一方』の場合がある訳だから結局hakobuluさんの【】見解を鵜呑みにすると矛盾が発生すると言っているわけです。

なるほど。
これは良い指摘ですね。
ここには、非常に重要な問題があります。
つまり、そば屋の暖簾をくぐった客が、「なにできる?」と言ったときにですね、
「あ、この客は、そば と うどんの両方を一度に注文するかもしれないな?」と考えるそば屋の主人はいない、ということなんです。
ですから、客の視点で「そば か うどんです」と言ったとしても、それはあくまで「どちらか片一方」の意図と考えてよいのです。

10.
> なのでそのように確認すると・客:「何ができる?」と聞かれた場合・そば屋経営者:「そば および うどん」と答えたらそば屋は そば もしくは うどん というのが片一方【のみ】なわけだから「および」を使った段階で『そばonly』『うどんonly』を客に提供することは無理でなければ、その理論は破綻しませんか?

9と同じようなことなのですが、
そば屋経営者:「そば および うどん」というのは、「自分が作る能力を持っているもの」という視点での発言です。
『そばonly』『うどんonly』というのは、「今、あなた(客)が注文して食べると良いもの」という視点なので客に提供することは可能なんです。

11.
> 「そばを作る」というのは「そばを作る能力」がなければ出来ないだろ!?だったら「そばを作る能力がある」というのは「そばを作る」可能性を秘めてるだろ?なら全く異なってないだろ?

「示している事実が異なる」と言っているんです。
teient さんが言っている「および に ORが含まれている」とか「および は ORを秘めている」というのは正確に言うと、
「および に ORが含まれているから、OR の意味で および と言っても良い場合がある」という意味でしょ?
違ったら言ってくださいね。
違わないとするならばですよ、今、おっしゃっているのは、「私はそばを作る」という代わりに「わたしはそばを作る能力がある」と表現する場合もある、ということになるんですよ?
そういう意味になることをわかって言っていますか?
そりゃあね、「行く」と「来る」だって、移動するという意味では全く異なっていませんよ。
だからといって、「行く」は「来る」と全く異なっていないだろ!って言ってどうするんですか?
要するに無理やり含まれると言いたいだけなんじゃないかな。

12.
> それだと【そばだけ作る能力はない】ことになりますよ、なら【そばだけ作くること】は出来ないでしょ?なのになんでそばだけ作る事ができるんですか?

そば【だけ】を作ることはできませんが、そばを作ることはできます。
「そば だけを作ることができる」と言った時点で、うどんは作れないことになってしまいますから、「だけ」という表現はできないわけです。

続きます。

投稿日時 - 2012-11-17 01:22:04

補足

1・>わたしの「言っている意味」、つまり、「わたしが何を指して 視点の転換 と言っているのか」ということですね、その意味がわからなければわからない、とおっしゃってください。>

 じゃあ正直に言います。わかりません。

2・>>例えを出しますが、「机の上にAおよびBがあります」と言った場合「必ずしもAとBが机の上になければならない」というのが違和感があるところなんです。

ですから、なぜ違和感があるかというと、勘違いして意味を覚えてしまっているからなのですよ、と申し上げているわけです。>

 いやいやそうではなくて、例えばaさんが「机の上にAおよびBがあります」と発言した人の意図がもし「大抵AかBを机の上に置いているので」という意味で「および」を使った場合「AとBは常日頃よく机の上に置いてあるので」=「AかBもしくは両方机の上に置いてある可能性が高いのでA、Bが思い当たるという意図」=「並列的」という意図とで「机の上にAおよびBがあります」と言った場合「andの可能性もあるしorの可能性もA、Bが机の上に置いてありますよ」という意味になりますよね?
じゃあbさんが「机の上にAおよびBがあります」と発言した意図は「両方確実に置いてあることを示す意図」で「および」を使った場合は「and」という意味で使ったんだなと思う訳です。なのでどういう意図で「机の上にAおよびBがあります」と言ったのかによって「and+or」の意味でいったのか「and」の意味でいったのか迷う訳です。なので「お茶およびコーヒーでも飲もうかな」の意図の違いによっては「お茶orコーヒーを飲もうと思っているのか?それとも、お茶とコーヒー両方飲もうとしているのか?」と側から聞く人は混同する人が大半だと思います。なので発言者しかその意図を知ってないので「両方って意味で言ったんだよ!」ともしキレられたら「ふざけんなよ!両方の意味で言ったのか片一方の意味で言ってるその発言だけで聞き手が分かるわけねーだろ!雰囲気もどっちか分からないようなあやふやな雰囲気だしやがって!ふざけんじゃねーぞ!この野郎!」と逆ギレすると思います。

3・>(ア)「Aが机の上に無い場合がある」、「Bが机の上に無い場合がある」がしかし、(イ)「A、B机の上に両方ある場合がある」と言う場合ですね、すでに、アとイでは視点が転換してしまっているでしょ?アの場合の具体的内容を想像してみればすぐに理解できるでしょう。それを一緒にして「この関係は並列」と言うことはできませんよ?イの場合は並列と言えるけど、アの場合は言えないわけなので。>

 いやいや一緒です。「場合がある」と書いてあるんだから予測の視点ですかね?・・・

4・>「AおよびBがある」というのは、「A そして Bがある」という意味。>

 辞書で調べましたが確かに同じですね

5・>「AおよびB」と言う場合、「Aだけ + Bだけ」という概念は存在しないのです。>

 これは補足2で言及した通り発言者の意図により「Aだけ + Bだけ」が派生する可能性があるでしょ?
ここでいう「派生する」というのは「含まれる」とか「秘めている」に代用して「派生する」といってるわけですが ま、この辺はどうでもいいです。

6・>なぜなら、「だけ」という概念そのものが「および = &」という概念に反するからです。>

 ・・・それを正論とするんですか?そうすると矛盾が発生しますよと言ってるんですがね?

7・>自宅の社員「あした9時に会社に行きます」
社長室の社長「わかった、9時に来てくれるんだね」
という電話での会話では、視点が変わっているので「行く=来る」が「社員の出社」という同じ状況を示しています。
しかし、「社長室の社長」という視点を変えないまま「わかった、9時に来てくれるんだね」と言ったらおかしいでしょ?
ですから、
『視点の転換をするから「および」をorの意味で捉える場合もある』までは正解ですが、そのあとの、
『その意味で「含まれている」とか「秘めている」』という箇所が明らかな論理矛盾であることにお気づきになってください。>

 それは「行く」と社員から言われたら「社長室の社長」という視点で見ると同時に「来る」という意味が含まれるているという表現が可能なのではないでしょうか?
なので<『その意味で「含まれている」とか「秘めている」』という箇所が明らかな論理矛盾であることにお気づきになってください。>と言われても微妙に納得いかない。

8・>なのにも関わらずなぜに「AおよびB」と言った時「Aのみ」「Bのみ」が派生するのか?と言えば、これも正確に書きますが、
「AおよびB がある」と言った時、たとえば「ある」という事柄から視点を転換して、
「Aのみ を持ち上げる」「Bのみ を持ち上げる」
あるいは、
「Aのみ をあなたにあげる」「Bのみ をあなたにあげる」
などという状況が派生することは、当然ある、という意味です。>

 だから意図によって「AおよびB~」と言った場合、そのように「Aのみ」「Bのみ」と分割できる訳でしょ、その分割出来る理由として「A」、「および」、「B」と分解出来るからなわけであって、そういう意味で潜在的に「AおよびB」と言った瞬間に「AorB」の可能性を秘めているのではないですか?

8・>「あ、この客は、そば と うどんの両方を一度に注文するかもしれないな?」と考えるそば屋の主人はいない、ということなんです。
ですから、客の視点で「そば か うどんです」と言ったとしても、それはあくまで「どちらか片一方」の意図と考えてよいのです。>

 ・・・-_-;これに説明するのか~・・・アホらし過ぎて説明する気も失せますが・・・まあ分かってないようなので

つまりですね、お客が必ず一人で来店するとも限らないでしょう?そうすると家族連れとか同僚や下手するとカップルという場合もあるわけで、一人でも太っている見ると「両方頼む可能性があるな・・」と瞬時に予測できる訳です。
まあ一人で入ってきて細身の人が「何ができる?」と言われたらまあ「そばかうどんのどちらか片一方を選ぶだろう」と予測できますが、上記の場合も確実に可能性としてはありえる訳だから「お客が何を頼むか?」というのは未確定とするのが一般的でしょう?なら普通「そば また(は) うどん」と答えるべきでしょう?しかしながら、「および」や「もしくは」で代用できるということは「両方」+「そば or うどん」の意味を込めて「および」とか「もしくは」とか使っているんじゃないんですか?しかもそれが一般的にまかり通るなら、もはや「および」=「もしくは」の意味で捉える場合もあるのではないでしょうか?と聞いてる訳です。

9・>そば屋経営者:「そば および うどん」というのは、「自分が作る能力を持っているもの」という視点での発言です。
『そばonly』『うどんonly』というのは、「今、あなた(客)が注文して食べると良いもの」という視点なので客に提供することは可能なんです。>

 いや違う。「作る能力」=「作る事が出来るもの」という風に変えたら分かりますか?つまり「そば および うどん(が作ることが可能)」と言った場合hakobuluさん的には「両方作る能力があるから両方作って提供することは可能だけど、片一方だけ作る能力は無いから片一方だけ作って提供することは不可能」という意味にならないと矛盾するよ?と言ってるんですがね?

10・>そりゃあね、「行く」と「来る」だって、移動するという意味では全く異なっていませんよ。
だからといって、「行く」は「来る」と全く異なっていないだろ!って言ってどうするんですか?
要するに無理やり含まれると言いたいだけなんじゃないかな。>

 ん~まあ言葉自体は確かに事なってますが意味として、可能性として「含まれている」「秘めている」と言っているわけです。別に無理やり含まれると言いたい訳でもないんです。別に「派生する」でも良いんです。ただhakobuluさんの見解だと矛盾が出てくるぞ~みたいな感じです。

11・>そば【だけ】を作ることはできませんが、そばを作ることはできます。>

 【だけ】の意味をなにか勘違いされているみたいですが、私の言ってる【だけ】というのは「そば と うどんを作る事が可能なら、そば【だけ】作ることは可能でしょ?」と言ってるんです

12・>「そば だけを作ることができる」と言った時点で、うどんは作れないことになってしまいますから>

 それは初めにそば職人が「わたしはそばだけ作ることができる」と言った場合の話です、「そばだけ作っている」場合必ずしも「うどんは作れない」ことにはなりません。

投稿日時 - 2012-11-18 00:53:09

お礼

疲れたんで寝ます。あとの回答は後日あいた時間にちょこちょこっと書かさせて頂きます。

投稿日時 - 2012-11-18 00:54:13

ANo.70

#69です。

1.
> なら普通「そば または うどん なら作ることができるよ(提供できるよ)」の方が余程的確な表現な筈ですから、そのように飲食店なりサービス業の人は言う筈ですよね?
 つまり客の立場に立てば「そば うどん 両方 注文する」「そば うどん どちらか片一方 注文する」の視点に立たなければならないから「または」と言う方が「および」「もしくは」「と」「か」より的確な筈でしょ?

そば屋としてどちらが的確なのかは、本質とは関係ないでしょう。
その場の雰囲気で、どちらも言えますから。

2.
> それはもはや間違いとは言えないのではないでしょうか?無論正式な意味では間違いと言えなくもないとは思いますが、一般的感覚においては殆ど「間違いではない表現」位になってると思うんですけどね?

むろん、どちらの表現をしても間違いではありませんよ。
「自分が作ることが可能なもの」という意味で「そば か うどん」と言ったように勘違いしやすい、というだけの話です。
ただ、これはですね、単に客という【自分以外の視点】があることに気づいていないだけなんです。
ですから、【自分以外の視点】が無い場合に、「どれ、コーヒー および お茶でも飲むとするかな・・・」などという勘違いは発生しないわけです。
頭の良い人は理屈っぽく考えてしまい、「および=OR」とまで敷衍してしまうので、「明日301号に入居するのは、A さん および B さんです」まで、OR の意味もあり得ると勘違いしてしまうことになります。
しかし、この理屈の中には「視点の転換」が抜けている、ということに気づく必要があります。

3.
> なんか騙されてるような気がしてならないのですが、「片一方を作る能力がある」が「両方作る能力がある」に含まれていませんか?と聞いている訳です。
もっと詳しく書くと「片一方のみを作る能力【しかない】」この【しかない】と付けると確かにhakobuluさんの言うとおりです。しかし前述した通り確実に「片一方を作る能力」が含まれた発言になっている筈ですよね?
いや言葉変えましょうか?「含まれる」→「秘めている」という形でも結構です。そうすると私の言わんとしてることがわかると思います。

「作る能力」に関して「OR(のみ)」と言っているわけですから、「しかない」という意味になりますよ?
そばしか作れない、あるいは、うどんしか作れない、という意味になるわけですから当然です。
「秘めている」でも同様です。
 OR とは、「片一方のみ」つまり「片一方ONLY」という意味であることを再確認する必要がありますね。

4.
>、「そばとうどんの両方を作る能力のある職人が社会貢献のために被災地に出向き、ある地域でそばだけ作り帰ってきました」というような文章があった場合
 「そばだけ作る能力もある」事を同時に意味しているわけです。なのでorが潜在的に含まれているのではないか?と言った訳です。

「そばを作る能力がある」と、
「そばを作る」は、

示している事実が全く異なります!!!

つまり、視点が違うのです。
「そば および うどん を作る能力のある職人が、被災地で そば だけを作って帰ってきた」
という文は可能ですよ。
しかし、「そば および」と「そば だけ」という表現がひとつの場面で使われているからといって、そこに使われている言葉の意味まで同じになるわけではありません。
「そばとうどんの両方を作る能力がある人」に対して、「そばだけ作る能力もある人」と言うのは矛盾していることになります。
英語とフランス語を話せる人を指して、「彼はフランス語だけも話せるんですよ」とは言わないでしょ?

5.
>hakobuluさんの「および」の見解を正しいと見ると「両方作る能力」は「そば【だけ】作る能力」があってはいけない事になりますよね?hakobuluさんの見解でいうとそうならければ矛盾する筈です。なぜなら「両方(並列的)」という意味は「どちらか片方という意味が含まれない」と仰っていたからです。それが正しければ「そばだけ作る能力」はあってはならない筈です。
 なので「そばだけ作り帰ってくる」ことは、不可能という事にならないとhakobuluさんの「および」の見解と矛盾してしまうのではないですか?と聞いている訳です。その辺どうなんでしょうか?

前半の前提部分は論理的ですし、全くおっしゃるとおりです。
しかし、後半「なので」以降の結論部分で誤った論理が展開されています。
「そばだけ作る能力」という解釈は間違いである、という前提があっても、「そばだけ作り帰ってくる」ことは可能です。
なぜならば、
「そばだけ作る能力」と
「そばだけ作ること」が意味するところは全く別物だからです。
「作る能力」という視点では、あくまで「および」しか使えないわけです。
「被災地で作ったもの」「被災地で作ることができたもの」という視点では、「および」も「だけ」も「もしくは」も、何でも使えます。
  

投稿日時 - 2012-11-16 18:23:36

補足

1・>そば屋としてどちらが的確なのかは、本質とは関係ないでしょう。その場の雰囲気で、どちらも言えますから。>

 いやそば屋としては確かにそうですが、本質をそば屋の例で表現したわけで・・・あのですね・・・意地を張っていると私に言ってましたが、どちらかというとhakobuluさんの方が意地を張っている様に見えますよ。
<その場の雰囲気で、どちらも言えますから。>言えるなら、なんで「および」に「もしくは」の意味が秘めていると言えないんですか?その辺がよく分からない訳です。
ということでそば屋の例は止めて、本質のみで矛盾点を述べて見ます。「および」というのがhakobuluさんの見解では「並列的(両方的)」な意味で捉えている訳ですよね?そうすると「AおよびB」と発言した場合、並列なので「AかBかどちらか」「AとBの両方もあり得る」というのが本来含まれていると見ていいと思います。それはなぜかと言うと単に並列的な発言という意味に過ぎないからです。
ええーー例えを出しますが、「机の上にAおよびBがあります」と言った場合「必ずしもAとBが机の上になければならない」というのが違和感があるところなんです。
つまり視点を変えたりすると「Aが机の上に無い場合がある」、「Bが机の上に無い場合がある」がしかし「A、B机の上に両方ある場合がある」この関係は並列的と言えますよね?なので「AおよびB」という発言は「A片一方」+「B片一方」=「AおよびB」となっても並列的といえないでしょうか?簡単に書くと「A」+「B」=「A+B」という感じでしょう。
つまり「A+B」=「AおよびB」は並列的、なお且つ「A」+「B」=「A+B」も並列的と思う訳です。この「A」と「B」という「」で括ったのは単独を意味します。本質を言えばそういうことなのですが、hakobuluさん的見解で言うと『「A+B」=「A+B」であるが「A」+「B」=「A+B」ではない』と言われて感じがしてなりません。

 と書きましたがこのような数式的表現で書くとhakobuluさん自信混乱しやすいので例題を出したのですが上記に書いた事が分かりますか?

2・>> それはもはや間違いとは言えないのではないでしょうか?無論正式な意味では間違いと言えなくもないとは思いますが、一般的感覚においては殆ど「間違いではない表現」位になってると思うんですけどね?

むろん、どちらの表現をしても間違いではありませんよ。>

 でしょ

3・>「自分が作ることが可能なもの」という意味で「そば か うどん」と言ったように勘違いしやすい、というだけの話です。>

 ちょっとよくわからないのですが「か」というのは「もしくは」と同義なんですよね?hakobuluさんの見解では?それでは3・>~>はどういう意味でしょうか?

4・>頭の良い人は理屈っぽく考えてしまい、「および=OR」とまで敷衍してしまうので、「明日301号に入居するのは、A さん および B さんです」まで、OR の意味もあり得ると勘違いしてしまうことになります。しかし、この理屈の中には「視点の転換」が抜けている、ということに気づく必要があります。>

 視点の転換が抜けているから「および」をorの意味も含まれていると勘違いするというのではなくてですね、視点の転換をするから「および」をorの意味で捉える場合もある訳です。その意味で「含まれている」とか「秘めている」と言っているわけです。
つまり「AおよびB」という表現は「視点を変えればorの意味が派生する」のではなくて「視点を変えればorが含まれる場合が【派生する】」という意味です。この【】を「ある」と変えれば私の言っていることです。この文章を読んでも未だに「含まれる場合」もしくは「秘めている」というのは矛盾だと言えますか?

5・>「作る能力」に関して「OR(のみ)」と言っているわけですから、「しかない」という意味になりますよ?>

 だったら「AおよびB」と言った場合【「Aのみ」「Bのみ」は含まれない】わけでしょ?なのにも関わらずなぜに「AおよびB」と言った時「Aのみ」「Bのみ」が派生するのか?と聞いてるわけです。
hakobuluさんはその答えが「視点の転換があるから」としか答えてないわけですよ、初めは?と思っていましたがその考え方が変わって確かに「視点の転換はある」と分かって「しかしながら何故視点の転換が行われたからって含まれていない(秘められていない)となるんだ?」と思ったわけですが、その答えが
「客の視点に立てば」という話だったのですが「客の視点に立っても結局『両方』の場合と『どちらか片一方』の場合がある訳だから結局hakobuluさんの【】見解を鵜呑みにすると矛盾が発生すると言っているわけです。その矛盾は「含まれている場合がある」もしくは「秘められている」という見解をしなければ成り立たないでしょ?と言ってる訳です。
それでも「成り立つ」と言うのであれば何故なのですか?と聞いてる訳です。

6・>OR とは、「片一方のみ」つまり「片一方ONLY」という意味であることを再確認する必要がありますね。>

 なのでそのように確認すると・客:「何ができる?」と聞かれた場合・そば屋経営者:「そば および うどん」と答えたらそば屋は そば もしくは うどん というのが片一方【のみ】なわけだから「および」を使った段階で『そばonly』『うどんonly』を客に提供することは無理でなければ、その理論は破綻しませんか?


7・>「そばを作る能力がある」と「そばを作る」は示している事実が全く異なります!!!>

 「そばを作る」というのは「そばを作る能力」がなければ出来ないだろ!?だったら「そばを作る能力がある」というのは「そばを作る」可能性を秘めてるだろ?なら全く異なってないだろ?

8・>しかし、「そば および」と「そば だけ」という表現がひとつの場面で使われているからといって、そこに使われている言葉の意味まで同じになるわけではありません。>

 そりゃわかるけど、「そば および うどん を作る」が可能である場合、その後に「そば だけ作る」という行為出来る事を意味してるでしょう?

9・>「そばとうどんの両方を作る能力がある人」に対して、「そばだけ作る能力もある人」と言うのは矛盾していることになります。>

 それだと【そばだけ作る能力はない】ことになりますよ、なら【そばだけ作くること】は出来ないでしょ?なのになんでそばだけ作る事ができるんですか?

10・>英語とフランス語を話せる人を指して、「彼はフランス語だけも話せるんですよ」とは言わないでしょ?>

 言うよ

11・>>hakobuluさんの「および」の見解を正しいと見ると「両方作る能力」は「そば【だけ】作る能力」があってはいけない事になりますよね?hakobuluさんの見解でいうとそうならければ矛盾する筈です。なぜなら「両方(並列的)」という意味は「どちらか片方という意味が含まれない」と仰っていたからです。それが正しければ「そばだけ作る能力」はあってはならない筈です。
 なので「そばだけ作り帰ってくる」ことは、不可能という事にならないとhakobuluさんの「および」の見解と矛盾してしまうのではないですか?と聞いている訳です。その辺どうなんでしょうか?>

 <前半の前提部分は論理的ですし、全くおっしゃるとおりです。>

 ということは矛盾する事を認めたというわけですね?

 <しかし、後半「なので」以降の結論部分で誤った論理が展開されています。・・・・「そばだけ作り帰ってくる」ことは可能です。なぜならば、「そばだけ作る能力」と「そばだけ作ること」が意味するところは全く別物だからです。>

 別物ではありません。意味が違うのは そばを作る「能力」を指しているのか「こと(作っている状態)」を指しているのかの違いだけです。

12・>「作る能力」という視点では、あくまで「および」しか使えないわけです。>

 そりゃまあ そば と うどん を作る能力を持った人は そばだけ【しか】作れないわけではないですよ、しかし「そばだけ作る能力」はあるわけです。なぜならそばとうどん両方作る能力があるから、「そばだけ作る能力は無い」とは言えないでしょう?ということは「そばだけ作る能力がある」と言えるんですよ。「しかしながらうどもんも作れる能力がある」というのが「そば及びうどんを作る能力がある」という意味なんですよ。

13・>「被災地で作ったもの」「被災地で作ることができたもの」という視点では、「および」も「だけ」も「もしくは」も、何でも使えます。>

 ということは「および」というのは「もしくは」に代用して使う事ができる場合があるということでよろしいですね!



とまあ書き返しましたけど、それでも違うと言い張りますか?それならいつでも受けて立ちますよ

投稿日時 - 2012-11-16 23:26:09

お礼

強引な理屈をありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-16 23:27:41

ANo.69

#68です。

1.
> ならば何故「もしくは」を使ったときに両方を許可している訳ですかね?つまり「もしくは」というのは「どちらか片一方」という意味なんでしょ?そうすると「そば屋」の物理的現象が矛盾します。
「そば もしくは うどん なら作ることができるよ」と言っているなら【どちらか片一方を作る事ができる】という意味でなければなりません。(そうですよね?)じゃあなぜ【両方】作る事がそのそば屋さんには出来るんですか?

「そば もしくは うどん なら作ることができるよ」と言う場合は、
【どちらか片一方を(今、あなたが食べるものとして)作る事ができる】
という意味。
つまり、「何を注文しようかな・・・」と迷っている客の立場に立った発言になるわけです。
主人が作れるものの可能性について、「もしくは」を使っているわけではないんですよ・・・。
まあ、このへんは主人自体も勘違いしてしまうところかもしれませんけどね。
なにしろ無意識の視点移動なので。

2.
<「○○だけできる」という意味と「○○と△△両方できる」という意味が、同じ視点で成立することはできません。>

 その通りでしょう。そこは物理的・・・いや理論的に矛盾はありません。しかしそれは『同じ視点』という条件が付くから成立できないわけです。

そうです、『同じ視点』という条件が付くから成立できないわけです。
「自分が作る能力を持っているもの」という視点で、「そば および うどん ができる」と言うことはできるが、
「自分が作る能力を持っているもの」という『同じ視点』で、「そば だけ できる」と言うことはできないわけです。

3.
<つまり、客は「そばだけ注文できる」が、そば屋の主人は「そばだけ作ることができる」であっては困るわけで、「両方つくることができる」でなければなりません。>

なら「そば か うどん なら出来るよ」、「そば もしくは うどん なら出来るよ」という表現は出来ない筈です。

1と2で理解していただいたと思いますが、主人は、「客が今、注文して、今食べるもの」という客の視点に立って言っているわけです。

4.
>また「そば と うどん ができる」、「そば および うどん ができる」となれば「両方作る事は可能だが片一方のみを作ることは出来ない」という意味でなければならないわけだから

そういう意味ではないのです。
「両方作る能力があるので、片一方のみを作る能力しかないわけではない」
という意味なわけです。

5.
>hakobuluさんの言わんとしていることも分かるし言っている意味もわかりますが、それが正しいとすると上記の1~6の矛盾をどう説明しますか?

矛盾のように見えるのは、『視点の転換』という要素を無視しているからでしょうね。
今回の説明でご理解いただけたことを期待しています。
万が一まだ納得いかないようなら、総括を中心に、もう一度読み直してみてください。
わたしとしても、これ以上わかりやすく説明することは、おそらく無理だろうと思いますので、申し訳ありませんが。
    

投稿日時 - 2012-11-15 21:20:06

補足

1・>「そば もしくは うどん なら作ることができるよ」と言う場合は、
【どちらか片一方を(今、あなたが食べるものとして)作る事ができる】
という意味。>

 これは依然聞いたし、100も承知です。

2・>主人が作れるものの可能性について、「もしくは」を使っているわけではないんですよ・・・。>

 だったらよけいhakobuluさんの意見を適用と認めると「どちらかしか作れない」というニアンスに聞こえますが?

3・>つまり、「何を注文しようかな・・・」と迷っている客の立場に立った発言になるわけです。>

 なら普通「そば または うどん なら作ることができるよ(提供できるよ)」の方が余程的確な表現な筈ですから、そのように飲食店なりサービス業の人は言う筈ですよね?
 つまり客の立場に立てば「そば うどん 両方 注文する」「そば うどん どちらか片一方 注文する」の視点に立たなければならないから「または」と言う方が「および」「もしくは」「と」「か」より的確な筈でしょ?

4・>まあ、このへんは主人自体も勘違いしてしまうところかもしれませんけどね。>

 それはもはや間違いとは言えないのではないでしょうか?無論正式な意味では間違いと言えなくもないとは思いますが、一般的感覚においては殆ど「間違いではない表現」位になってると思うんですけどね?

5・>「両方作る能力があるので、片一方のみを作る能力しかないわけではない」という意味なわけです。>

 なんか騙されてるような気がしてならないのですが、「片一方を作る能力がある」が「両方作る能力がある」に含まれていませんか?と聞いている訳です。
もっと詳しく書くと「片一方のみを作る能力【しかない】」この【しかない】と付けると確かにhakobuluさんの言うとおりです。しかし前述した通り確実に「片一方を作る能力」が含まれた発言になっている筈ですよね?
いや言葉変えましょうか?「含まれる」→「秘めている」という形でも結構です。そうすると私の言わんとしてることがわかると思います。

6・>>なら「そば か うどん なら出来るよ」、「そば もしくは うどん なら出来るよ」という表現は出来ない筈です。

1と2で理解していただいたと思いますが、主人は、「客が今、注文して、今食べるもの」という客の視点に立って言っているわけです。>

 やはり<主人は、「客が今、注文して、今食べるもの」という客の視点に立>ったとしても補足3の理由から「か」「もしくは」という表現はhakobuluさん的には違和感のある発言になていると思われます。

7・>>>また「そば と うどん ができる」、「そば および うどん ができる」となれば「両方作る事は可能だが片一方のみを作ることは出来ない」という意味でなければならないわけだから

そういう意味ではないのです。「両方作る能力があるので、片一方のみを作る能力しかないわけではない」という意味なわけです。>

 これもなんか猫だまし食らったような感じがするんですよ、確かにそう言われると「そうかな」と思えてきます。これはhakobuluさんの潜在的能力のたまものだと思いますが、しかしながらその暗示に掛かってしまったら真実を100%見抜く事は出来なくなってしまうのであくまで違和感を消さず疑問を呈してみます。
 まあ意地とかに見えるかもしれませんが、それでも結構ですので疑問を呈して見たいと思います。

 「両方作る能力があるので、【片一方のみを作る能力もある】」と言いかえることは可能ですよね?【】の部分を物理的に言いますと、「そばとうどんの両方を作る能力のある職人が社会貢献のために被災地に出向き、ある地域でそばだけ作り帰ってきました」というような文章があった場合
 「そばだけ作る能力もある」事を同時に意味しているわけです。なのでorが潜在的に含まれているのではないか?と言った訳です。
 しかし、以前それに『【も】があるから』みたいなこと言われましたので「ああそうか【も】があるからか~へ~」と思ったのですがhakobuluさんの「および」の見解を正しいと見ると「両方作る能力」は「そば【だけ】作る能力」があってはいけない事になりますよね?hakobuluさんの見解でいうとそうならければ矛盾する筈です。なぜなら「両方(並列的)」という意味は「どちらか片方という意味が含まれない」と仰っていたからです。それが正しければ「そばだけ作る能力」はあってはならない筈です。
 なので「そばだけ作り帰ってくる」ことは、不可能という事にならないとhakobuluさんの「および」の見解と矛盾してしまうのではないですか?と聞いている訳です。その辺どうなんでしょうか?

8・>矛盾のように見えるのは、『視点の転換』という要素を無視しているからでしょうね。>

 なので今回は無視せずに「作る能力」という視点一直線で語ってみました。それでもやはり「秘められていない」「含まれていない」と言いますかね?わたしは「秘められている可能性がある」「含まれる場合がある」と思うわけですがどうですかね?なにか間違っていますかね?

投稿日時 - 2012-11-15 22:42:08

お礼

hakobuluさん的回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-15 22:47:22

ANo.68

#67です。

まあ、いちいち反論していてもキリがないので、お互いの食い違いにおける本質的な問題に重点を置きながら述べてみます。

1.
>出来れば以前の_____で括った部分を覆す事ができる理論があるなら是非覆して貰いたいのですが?

ご要望ですので、覆すなどと大上段に振りかぶるつもりはありませんが、できる範囲で納得していただけるように述べてみましょう。
まず、自動車にエンジンが含まれているのはたしかに事実です。
象の右足などの例も同様ですが、および には or が含まれていないことを説明するために、この例を挙げたのは不適切だったようです。
先にこうした不適切な例をあげたわたしが悪かったと思います。
子供が象を見て、『「あ、象の右足が歩いてる!」とは言わない、という事実のあること』が大事だ、ということだけを強調的に述べたつもりでしたが、うまく趣旨が伝わらなかったようです。
『「象の右足が動いている」事を同時に含んでいても、「あ、象の右足が歩いてる!」とは言わない』
という点だけ理解していただければよいので、まあ、ここはもういいでしょう。

2.
>AとBが置いてある状態というのは同時にAもしくはBが置いてあるのと同じだと言っているわけです。

これも何回も申し上げていますので、これ以上は言いません。
よく聞いてくださいね。
「AもしくはBが置いてある」というのは、
「Aだけ置いてあっても良い」ことになるんですよ?
つまり、B が無い状態も想定していることになるでしょ?
しかし、「AおよびB」という表現は、そのようなことは一切想定していないのです。
「でも、そこからAだけを持ってきてもいいんじゃないですか?だからA ONLY という意味も含んでいるはずだ」
とおっしゃると思います。
「A OMRY」持ってくることができるのは、「置く」から「持ってくる」に視点が転換しているからこそ可能になる。
そういうことなのです。

3.
>発揮されるというのはその潜在性を持っていなければ発揮されないのと同じです。平たく言うと物質には重力があると言っているのと同じです。重力のない物質はマクロの世界では考え難いです。つまり物質は重力を潜在的に持っていると言える訳です。そういう意味で私は『含まれる』と意地を張って言っている訳です。

おっしゃっていることはよくわかりますし、論理的でしょう。
しかし、論理であればなんにでも適用できるわけではない、ということにも気づいていただきたいですね。
いま、話しているのはコミニュケーションの手段としての言葉についてですよね。
ここを外すと荒唐無稽に話が拡散してしまいます。
端的に言うと、「含まれる」という言葉をどのように解釈するのか、ということです。
この点が大きく食い違っているために水掛け論になっているわけです。
自動車とエンジン、象と象の右足、という比較例は先にも述べましたが適切とは言えないようです。
自動車と鉄分、象と(象牙に含まれている)セメント質、という例が適切ではないでしょうか。
たしかに自動車⊇鉄分、象⊇セメント質でしょう。
しかし、「自動車には鉄分が含まれおり、なめると健康に良い」とは言わないと思います。
つまり、「自動車には鉄分が含まれている」という認識はしないのが一般的でしょう。
むろん、含まれているという主張も間違いではないでしょうが、その論理が言語表現に対して適用するのに妥当であるのか否か。
この点に関する感覚の違いになってしまうんじゃないですかね。

4.
>・「AもしくはBを床の上に置きます。」この場合「Aだけ置く」+「Bだけ置く」+「A、B両方置く」という可能性を秘めている事が分かるでしょうか?

お気持ちはよくわかります。
A も B も目の前にあるわけですからね。
「AもしくはBを床の上に置きます。」と言いながら、「A、B両方置く」ことはむろん可能でしょう。
しかし、この「両方置いた時点」で、すでに「もしくは」という表現は使えない、ということに気づく必要があります。
なぜなら、「もしくは」という言葉は、OR の意味しか持っていないからです。
「もしくは」の意味を曖昧に覚えていると、両方置く場合にも使えそうな気がするだけです。
ご自身の記述内容にある、「だけ」と「両方」は両立しない、という論理的な事実にも合わせて気づく必要があります。

5.
>そばの例で言えば「なにができる?」、{「そば か うどん ならできるよ」or「そば と うどん ならできるよ」}=「そばだけ出来る」+「うどんだけ出来る」+「そばもうどんも両方出来る」を意味しているわけです。

これも気持ちはよくわかります。
何回も申し上げてきたことですので繰り返しませんが、ただ、一点だけ、「○○だけできる」という意味と「○○と△△両方できる」という意味が、同じ視点で成立することはできません。
記述内容には矛盾があることに気づいていただきたいと思います。
客の視点で「そばだけ注文すること」は可能ですけどね。
つまり、客は「そばだけ注文できる」が、そば屋の主人は「そばだけ作ることができる」であっては困るわけで、「両方つくることができる」でなければなりません。
       

投稿日時 - 2012-11-14 15:45:51

補足

1・>>AとBが置いてある状態というのは同時にAもしくはBが置いてあるのと同じだと言っているわけです。

これも何回も申し上げていますので、これ以上は言いません。
よく聞いてくださいね。
「AもしくはBが置いてある」というのは、
「Aだけ置いてあっても良い」ことになるんですよ?
つまり、B が無い状態も想定していることになるでしょ?
しかし、「AおよびB」という表現は、そのようなことは一切想定していないのです。
「でも、そこからAだけを持ってきてもいいんじゃないですか?だからA ONLY という意味も含んでいるはずだ」
とおっしゃると思います。
「A OMRY」持ってくることができるのは、「置く」から「持ってくる」に視点が転換しているからこそ可能になる。
そういうことなのです。>

 やはり勘違いなされていた、そういう事で含まれていると言ったわけではなく。「AもしくはB」というのはあくまで辞書の意味で述べている訳ですが、「AであってもBであってもかわまわない」という意味と近いのではないかという意味です。
つまりテーブルの例で言うと「AもしくはBがテーブルの上には置いてある」という発言と「AおよびBがテーブルには置いてる」という発言の上でAとBがテーブルに両方置いてあった場合「AもしくはBがテーブルに置いてある」状態と同じなんですよ。それにプラスして「Aだけテーブルにおいてある場合」、「Bだけテーブルに置いてある場合」の場合も使えるというのが「もしくは」なわけです。
その上で「AおよびBがテーブルの上には置いてある」という発言は「AもしくはBがテーブルの上には置いてある」という意味を含んでいるという意味です。後で「および」が「もしくは」が発揮される場合を述べます。

2・>>発揮されるというのはその潜在性を持っていなければ発揮されないのと同じです。平たく言うと物質には重力があると言っているのと同じです。重力のない物質はマクロの世界では考え難いです。つまり物質は重力を潜在的に持っていると言える訳です。そういう意味で私は『含まれる』と意地を張って言っている訳です。

おっしゃっていることはよくわかりますし、論理的でしょう。
しかし、論理であればなんにでも適用できるわけではない、ということにも気づいていただきたいですね。>

 いやここは気付きました、以前(A⊇B)、(A⊃B)というような表現したときに気付きました。そうですね、なんにでも適用できるわけではないというのはその通りだと思います。

3・>いま、話しているのはコミニュケーションの手段としての言葉についてですよね。>

 いやそんなこともありません。今話しているのは「および」という意味と「もしくは」という意味における関係において話しているのでコミュニケーション手段としての言葉という意味で話している訳ではありません。

4・>>「AもしくはBを床の上に置きます。」この場合「Aだけ置く」+「Bだけ置く」+「A、B両方置く」という可能性を秘めている事が分かるでしょうか?

お気持ちはよくわかります。
A も B も目の前にあるわけですからね。
「AもしくはBを床の上に置きます。」と言いながら、「A、B両方置く」ことはむろん可能でしょう。
しかし、この「両方置いた時点」で、すでに「もしくは」という表現は使えない、ということに気づく必要があります。
なぜなら、「もしくは」という言葉は、OR の意味しか持っていないからです。
「もしくは」の意味を曖昧に覚えていると、両方置く場合にも使えそうな気がするだけです。
ご自身の記述内容にある、「だけ」と「両方」は両立しない、という論理的な事実にも合わせて気づく必要があります。>

 ならば何故「もしくは」を使ったときに両方を許可している訳ですかね?つまり「もしくは」というのは「どちらか片一方」という意味なんでしょ?そうすると「そば屋」の物理的現象が矛盾します。
「そば もしくは うどん なら作ることができるよ」と言っているなら【どちらか片一方を作る事ができる】という意味でなければなりません。(そうですよね?)じゃあなぜ【両方】作る事がそのそば屋さんには出来るんですか?

5・>>そばの例で言えば「なにができる?」、{「そば か うどん ならできるよ」or「そば と うどん ならできるよ」}=「そばだけ出来る」+「うどんだけ出来る」+「そばもうどんも両方出来る」を意味しているわけです。

これも気持ちはよくわかります。
何回も申し上げてきたことですので繰り返しませんが、ただ、一点だけ、「○○だけできる」という意味と「○○と△△両方できる」という意味が、同じ視点で成立することはできません。>

 その通りでしょう。そこは物理的・・・いや理論的に矛盾はありません。しかしそれは『同じ視点』という条件が付くから成立できないわけです。

6・>記述内容には矛盾があることに気づいていただきたいと思います。
客の視点で「そばだけ注文すること」は可能ですけどね。つまり、客は「そばだけ注文できる」が、そば屋の主人は「そばだけ作ることができる」であっては困るわけで、「両方つくることができる」でなければなりません。>

なら「そば か うどん なら出来るよ」、「そば もしくは うどん なら出来るよ」という表現は出来ない筈です。また「そば と うどん ができる」、「そば および うどん ができる」となれば「両方作る事は可能だが片一方のみを作ることは出来ない」という意味でなければならないわけだから
「か」「と」「もしくは」「および」という言葉自体使い方を間違えているという事にならなければなりません。もしそのそば屋が言うなら「そば および うどん を作る事も可能だし、そばだけ作る事もできる また うどんだけ作ることも可能ですよ」と言わないと不自然という話になります。


とまあ色々書いて来ましたがhakobuluさんの言わんとしていることも分かるし言っている意味もわかりますが、それが正しいとすると上記の1~6の矛盾をどう説明しますか?

投稿日時 - 2012-11-15 00:23:26

お礼

毎度検証書きありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-15 00:24:56

ANo.67

#66です。

1.
>まあニアンスや言っている意味は伝わりましたが、その根拠や理論は今一納得行きません。

そうおっしゃるのは最初からわかっています。
だからこそ、
「お互いに感覚で論議しているわけですから、それは仕方ないですよね。
あとは、その感覚に共感できるか否かと言う問題だけが残されていますね」
と言ったわけですよ。

2.
>・・・・感覚で述べていたら限がないです。

学問的根拠をお互いに示せないのだから、感覚で述べていることにならざるを得ないでしょ?
そこは素直に認めないと・・・。

3.
> 「自動車にエンジンが含まれている」のは事実ですよね?

論点がずれていますね。
まあ、わかりやすくするために余計な例を持ち出し始めたわたしも悪いのですが・・・。
今は言葉について話していますよね。
言葉は相手に意味を伝えるためにあるということは同意したでしょ?
瑣末な点を前面に持ち出して述べるのは恥ずかしいと思いませんか?
問題になっているのはですね、じゃあ、
『ぼくは、会社へエンジンで出勤してます』と言うのですか?ということなんですよ?
なんでそれがわからないかなあ・・・。
どうなんですか?
言わないでしょ?
なぜですか?
自動車≠エンジンだからでしょ?
含まれるとか含まれないなんていうのは、前提にすぎないんだから、そこだけに拘っていてどうするんですか?
「自動車にエンジンが含まれている」という主張から、何を導こうというんですか?
「および」の意味に重ねて説明してもらえませんかね?
単に反論したいだけなんでしょ?
まあ、それでもいいけど、いかにも意味があるかのような詭弁を重ねるのは見苦しいから、いい加減にしてもらえませんかね。
なさけないですよ。

4.
>つまり物質は重力を潜在的に持っていると言える訳です。そういう意味で私は『含まれる』と意地を張って言っている訳です。

「お父さん、すまないけど、そこの、重力によってテーブルに固定されている醤油を、重力に逆らって持ち上げて、ぼくに渡してもらえませんか」
などという会話が日常的に交わされているのでしょうね。
まあ、3次元世界では、そういう会話は通常の感覚では通用しない、ということだけ覚えておかれると良いでしょう。
意地を張るのは個人の自由ですし、別に止めませんよ。
ただ、3次元世界の現状認識だけはしておいたほうが、なにかと便利でしょう。

5.
>この場合{「と」⊇「か」}もしくは{「と」⊃「か」}でなければ成立しません。どちらかと言われると今のところわかりません。しかしどちらかであることは恐らく事実です。・

これを覆す事がことができるでしょうか?

今まで何回も十分覆していますよ。
ただ、わたしの説明力の限界で、それが伝わっていない、ということでしょうね。

6.
>なのでもしその銀行員に言い返すなら
t:「両方必要なんですか?それとも、どちらかひとつでいいんですか?」というのが大半でしょう。

理由はもう1000回以上言ってますから、これ以上言いませんが、
少なくとも、そんなことを言ったら「???」という顔をされることだけは事実ですから、それだけは無条件に信用したほうがいいです。
それだけでも質問した甲斐はあるでしょう。
    

投稿日時 - 2012-11-13 00:27:32

補足

1・>>まあニアンスや言っている意味は伝わりましたが、その根拠や理論は今一納得行きません。

そうおっしゃるのは最初からわかっています。だからこそ、「お互いに感覚で論議しているわけですから、それは仕方ないですよね。あとは、その感覚に共感できるか否かと言う問題だけが残されていますね」
と言ったわけですよ。>

 いやだから感覚のみで議論してるわけじゃないでしょ?<共感できるか否かと言う問題だけが残されていますね>というのはその通りですが感覚に共感できるかどうかではありません。理論や根拠に共感できるか否かじゃないですか?

2・>>・・・・感覚で述べていたら限がないです。

学問的根拠をお互いに示せないのだから、感覚で述べていることにならざるを得ないでしょ?そこは素直に認めないと・・・。>

 確かに学問的根拠は無理ですけど、普通に根拠を示す事は可能だし、示して来てるじゃないですか?

3・>> 「自動車にエンジンが含まれている」のは事実ですよね?

論点がずれていますね。>
 
 いやいや全然ズレてませんよ、hakobuluさんからするとズレてるように見えるのです。 

4・>今は言葉について話していますよね。言葉は相手に意味を伝えるためにあるということは同意したでしょ?瑣末な点を前面に持ち出して述べるのは恥ずかしいと思いませんか?>
 
 その瑣末な点が重要なんですよ。

5・>問題になっているのはですね、じゃあ、『ぼくは、会社へエンジンで出勤してます』と言うのですか?ということなんですよ?なんでそれがわからないかなあ・・・。どうなんですか?>

 言っている事も分かるし言わんとしてることも分かりますよ。

6・>言わないでしょ?なぜですか?自動車≠エンジンだからでしょ?>

 いやまったくその通り。それは認めてます。

7・>含まれるとか含まれないなんていうのは、前提にすぎないんだから、そこだけに拘っていてどうするんですか?「自動車にエンジンが含まれている」という主張から、何を導こうというんですか?>

 はあ・・・私も途中でそれは思いましたがhakobuluさんが「そこが重要論点」と仰るから述べているんですよ。

8・>「および」の意味に重ねて説明してもらえませんかね?>

 説明してるつもりなんですけどね・・・

9・>単に反論したいだけなんでしょ?>

 いやそんな事もありませんよ、「単に反発したいだけ」ではありません。「理論的におかしいと思うから反発する部分もある」という事です。

10・>いかにも意味があるかのような詭弁を重ねるのは見苦しいから、いい加減にしてもらえませんかね。なさけないですよ。>

 詭弁じゃないですよ、おかしいと思うから疑問を呈しているだけですよ

11・>「お父さん、すまないけど、そこの、重力によってテーブルに固定されている醤油を、重力に逆らって持ち上げて、ぼくに渡してもらえませんか」などという会話が日常的に交わされているのでしょうね。>

 いや特に交わした覚えはありませんが何か?

12・>まあ、3次元世界では、そういう会話は通常の感覚では通用しない、ということだけ覚えておかれると良いでしょう。>

 3次元というのは時間が含まれてないから静止状態で立体に変化が引き起こりません。故にそれをいうなら「4次元世界では」と言った方がおよそ正しいと思います。

13・>>この場合{「と」⊇「か」}もしくは{「と」⊃「か」}でなければ成立しません。どちらかと言われると今のところわかりません。しかしどちらかであることは恐らく事実です。

これを覆す事がことができるでしょうか?

今まで何回も十分覆していますよ。
ただ、わたしの説明力の限界で、それが伝わっていない、ということでしょうね。>

 覆していると思っているならそういうことでしょう。

14・>>なのでもしその銀行員に言い返すなら
t:「両方必要なんですか?それとも、どちらかひとつでいいんですか?」というのが大半でしょう。

理由はもう1000回以上言ってますから、これ以上言いませんが、少なくとも、そんなことを言ったら「???」という顔をされることだけは事実ですから、それだけは無条件に信用したほうがいいです。>

 いや信用しませんよ、その銀行員が「および」の意味を『「両方」という意味でも「片一方」という意味でも使えそうだ』と思っているかもしれませんよ?

15・>それだけでも質問した甲斐はあるでしょう。>

 まあそうですね、「???」と思われる可能性があるかな~と思いましたね

結局理屈を覆す回答は無しですかね?出来れば以前の_____で括った部分を覆す事ができる理論があるなら是非覆して貰いたいのですが?無いですかね?

投稿日時 - 2012-11-13 21:59:56

お礼

回答か文句かよく分からない文章を啓示して頂きありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-13 22:02:32

ANo.66

#65です。

1.
>。「および」=「もしくは」ではなく【「および」⊇「もしくは」】か【「および」⊃「もしくは」】はないかと思えてきました。
部分集合って知ってますかね?【A⊇B】これは【BがAに含まれる】という意味です。【A⊃B】これは【BがAに含まれる部分もあるが含まれない部分もある】という意味です。
:
「A =言葉」「B =言葉の意味」という前提で話をしているはずです。
この場合に、この数式は適用できません。
つまり、
【「言葉の意味(OR)」が「言葉(および)」に含まれる部分もあるが含まれない部分もある】
という論理は成立しません。
わかりやすく言い換えると、
【「言葉の意味(OR)」が「言葉(および)」に含まれる場合もあるが含まれない場合もある】
という論理は成立しません、ということです。
【「言葉の意味(OR)」が「言葉(および)」に含まれている。しかし、(視点を変えれば)その意味が適用できる場合もあるが適用できない場合もある】
という論理であれば成立します。
このようにおっしゃりたいのだと思います。
それに対して、わたしは、
【「言葉の意味(OR)」は「言葉(および)」に含まれていない。しかし、(視点を変えれば)その意味が発生する場合もある】
と言っているわけです。

大事なことは、まず、
「言葉自体の中に意味が含まれていなくても、(視点を変えれば)その意味が発生することは可能だ」ということです。つまり、
「視点を変えた場面においてある意味が発生するからといって、必ずしも言葉自体の中にその意味が含まれているとは限らない」
ということです。
まず、ここを押さえていただきたいと思います。
具体的には、
【「言葉の意味(OR)」は「言葉(および)」に含まれていない。しかし、(視点を変えれば)その意味が発生する場合もある】
ということは論理的に成立する、という点を押さえていただきたい、ということです。
むろん、
「言葉自体の中に意味が含まれていても、(視点を変えれば)その意味が発生することは可能だ」という論理も成立します。
ただ、ここで言いたいことは、
「(視点を変えれば)その意味が発生する」
からといって、
「その意味が言葉自体の中に含まれている」
ということの根拠にはならない、ということです。

つまり、含まれているかいないかに関しては、お互いに自らの感覚に基づいて論議してきたことになると思います。
言葉の意味解釈について、唯一感覚から離れた根拠となり得るのは辞書解釈ですが、「および」の辞書説明の中に「また」が含まれています。
さらに、「また」の辞書説明の中に「または」が含まれています。
これを以って、「および」の中に「または(OR)」が含まれている、という解釈も可能になるでしょう。
しかし、「A (および)という言葉」に関して、その意味説明に使われている「B (また)」が持っているすべての意味が適用される必要はない。
すなわち、A (および)には「C (または)という意味」は含まれる必要はない。
とわたしは考えます。
なぜそう考えるかというと、その根拠はわたしの感覚である、と言うしかありません。
なぜそうした感覚になるのか、という点については、これは十分すぎるほど述べてきたわけですから、繰り返しません。
まあ、お互いに感覚で論議しているのだ、という点だけはお互いに確認しておいたほうがいいでしょうね。

2.
> そういう事を言っているのではなくて「象が歩く」というのは「象の右足が動いている」事を同時に含んでいる訳です。そういう事を言っている訳です。

わかりやすい例を挙げたつもりですが、かえって複雑にしてしまったでしょうか。
論点はそこじゃないんです。
子供が象を見て、『「あ、象の右足が歩いてる!」とは言わない、という事実のあること』が大事なのです。
teient さんの、このコメントは、
『「象の右足が動いている」事を同時に含んでいるのだから、「あ、象の右足が歩いてる!」と言っても不自然じゃない』と言っていることになるんですよ。
まあ、(変な、とはあえて申しませんが)プライドがじゃましているのだと思いますが、本質を見失ってはいけません。


3.
> これはどういう意味ですかね?『私(t)のコミュニケーションの取り方に問題がある』と言いたいのか?『今質問の議題にはコミュニケーションが取れるか否かが含まれているから重要なポイントである』と言いたいのか?
どちらでしょうか?

両方ですよ。
銀行員:「振込みには、身分証明書 および 印鑑が必要です」
t:「はっきり言ってもらわないと困るのですが?両方必要なんですか、それとも、どちらかひとつでいいんですか?」
というコミニュケーションをしていたら大変ですよ、ということを言っているわけです。

4.
> 11と12はなんとなく重なっている部分があるな~と思ったので書いただけで・・・???まあ別に精神的に苦しくなく、法律的に問題なければ病的ではないんでしょ?ならいいです。

人間というのは、多かれ少なかれ神経症なんですよ。
たとえば、岸田秀は、人間が本能が壊れた動物であることを原因として挙げています。
完全にバランスが取れている人間なんていませんし、バランスなんて簡単に崩れるものでしょう。
「精神的に苦しくなく、法律的に問題なければ病的ではない」というのは真理ですね。
余談ですが、超自我性が強い人でも、自我が強いとは限りません。むしろ弱い場合が多いはずです。
神経症で悩んでいる方は、このパターンが非常に多いと推測しています。
超自我性を多少犠牲にするぐらいの気持ちを持って自分自身を大事にするぐらいでちょうど良いのですが、超自我性を増やしてもらわないと困るような人に限って自分自身を大事にしすぎる傾向があり、世の中うまくいかないようですね。

5.
>外野のヤジがうっとうしくて「これが国会の討論かよ!」と思うと見る気が失せて見てませんが、それでも見ると言うのはある意味精神力が強いというかもめ事好きというか(失礼)

teient さんのほうが純粋で人間としては高等なのでしょう。
精神力が強いというのは褒め言葉か皮肉か不明ですが、素直に褒め言葉ととっておきます。
しかし、視点を変えると「もめ事好き」も妥当です。
かなり正確に分析してもらったことになるでしょう。
今も、国会中継を見ながら書いていたのですが、自民党の馳と田中真紀子の応酬が白熱して、せっかくいいところだったのに、時間切れになってしまい、がっかりしたところでした。
因みに、
「精神力が強いという【か】もめ事好きという【か】」というのは、「or」の意味になるので、どちらか一方である、ということになりますが、
「精神力が強いとも言えるし、もめ事好きとも言える」のように表現すると、さらに正確性が増すことでしょう。
  

投稿日時 - 2012-11-12 17:48:44

補足

1・>【「言葉の意味(OR)」が「言葉(および)」に含まれている。しかし、(視点を変えれば)その意味が適用できる場合もあるが適用できない場合もある】という論理であれば成立します。このようにおっしゃりたいのだと思います。>

 分かっていただけましたか・・・苦労しました・・

2・>それに対して、わたしは、【「言葉の意味(OR)」は「言葉(および)」に含まれていない。しかし、(視点を変えれば)その意味が発生する場合もある】と言っているわけです。>

 そうですね、なんで1があり得ないのかが今一分かっていません。というよりかその説明自体も例題ばっかりで、根拠や理論という程のものでもないと私は感じています。hakobuluさんはそのつもりで書いたのかもしれませんが、おそらく上手く説明できないが違うという感覚であるので例題を根拠にああだこうだいうわけですね。かといって私も例外ではありませんが、そろそろチェックメイトの理論がでそうな気がします。

3・>「言葉自体の中に意味が含まれていなくても、(視点を変えれば)その意味が発生することは可能だ」ということです。つまり、「視点を変えた場面においてある意味が発生するからといって、必ずしも言葉自体の中にその意味が含まれているとは限らない」ということです。まず、ここを押さえていただきたいと思います。具体的には、【「言葉の意味(OR)」は「言葉(および)」に含まれていない。しかし、(視点を変えれば)その意味が発生する場合もある】ということは論理的に成立する、という点を押さえていただきたい、ということです。>

 押さえられませんよ、なぜならその根拠が今一私に伝わっていないからです。私の理解能力の限界なのかもしれませんがとにかく伝わっていない事は事実です。まあニアンスや言っている意味は伝わりましたが、その根拠や理論は今一納得行きません。

4・>ここで言いたいことは、「(視点を変えれば)その意味が発生する」からといって、「その意味が言葉自体の中に含まれている」ということの根拠にはならない、ということです。>

 そんなことないでしょ?

5・>つまり、含まれているかいないかに関しては、お互いに自らの感覚に基づいて論議してきたことになると思います。>

 ?感覚で議論しましたか?結構理屈述べて来ましたよ・・・・まあ後で理屈を書きます。

6・>A (および)には「C (または)という意味」は含まれる必要はない。とわたしは考えます。なぜそう考えるかというと、その根拠はわたしの感覚である、と言うしかありません。>

 ・・・・感覚で述べていたら限がないです。それは一旦やめて、とりあえず。含まれるか否かについてのみ今回は議題にします。
_________________________________

 「自動車にエンジンが含まれている」のは事実ですよね?hakobuluさんはそれに対して『自動車=エンジンではない』と言っているにすぎないんですよ。無論それは事実ですが私はかと言って「自動車にエンジンが含まれていないわけではない、むしろエンジンが含まれている事が前提で自動車は成り立っている」と言ってきた訳です。
それが『視点を変えるとエンジンが派生するのであって自動車にはエンジンは含まれていない』と主張してるのがhakobuluさんなんですよ。ただその理由も分かります。それはなぜかと言うと自動車を傍から見てもエンジンが見えないからです。その傍から見ている状態が『並列』という用語なのです。なので中には「もしくは」というような意味合いが含まれていないように見えるだけです。
例えば「AおよびB」と発言した場合分解すると「A」「および」「B」です。つまり「A」「B」を何らかの意味で繋ぎあわせているのが「並列」なんです。簡単に説明するとAとBが目の前に置いてあるとするとその状態が『並列』であって、その状態はAもしくはBが置いてあるのと同じ状態なわけです。AとBが置いてある状態というのは同時にAもしくはBが置いてあるのと同じだと言っているわけです。
ん~理論的に書きましたが難しい表現だと思いますが、ポテンシャルって言葉を知ってますかね?潜在性を意味するわけですが、発揮されるというのはその潜在性を持っていなければ発揮されないのと同じです。平たく言うと物質には重力があると言っているのと同じです。重力のない物質はマクロの世界では考え難いです。つまり物質は重力を潜在的に持っていると言える訳です。そういう意味で私は『含まれる』と意地を張って言っている訳です。
無論『派生する』という表現も間違いではありませんがその潜在性を「並列」というのは持ち合わせているわけです。これは言葉の用法ではありません。あくまで理論的な話です。
 
 ん~自分でも上記の説明は難しい説明だと思いますので例を出します。

・「AもしくはBを床の上に置きます。」この場合「Aだけ置く」+「Bだけ置く」+「A、B両方置く」という可能性を秘めている事が分かるでしょうか?
そばの例で言えば「なにができる?」、{「そば か うどん ならできるよ」or「そば と うどん ならできるよ」}=「そばだけ出来る」+「うどんだけ出来る」+「そばもうどんも両方出来る」を意味しているわけです。
これで話が通じるなら「か」=「と」になる場合があるという事を意味している訳です。この場合{「と」⊇「か」}もしくは{「と」⊃「か」}でなければ成立しません。どちらかと言われると今のところわかりません。しかしどちらかであることは恐らく事実です。・

これを覆す事がことができるでしょうか?
_______________________________

7>両方ですよ。銀行員:「振込みには、身分証明書 および 印鑑が必要です」t:「はっきり言ってもらわないと困るのですが?両方必要なんですか、それとも、どちらかひとつでいいんですか?」というコミニュケーションをしていたら大変ですよ、ということを言っているわけです。>

 これは以前齟齬が発生しない理屈で述べましたが、まず「はっきり言ってもらわないと困るのですが?」とは私はあまりいいませんし他の人もそんなこと言わないと思います。なぜなら相手はハッキリ言っているからです。その態度をみて「はっきり言ってもらわないと」という発言は出てきませんね。なのでもしその銀行員に言い返すなら
t:「両方必要なんですか?それとも、どちらかひとつでいいんですか?」というのが大半でしょう。それに銀行員が「両方です。」t:「あ!そうですか分かりました」で終わりです。結局tは『ああそうか今の銀行員は両方という意味で言ったんだな』と思いました。ちゃんちゃん。


8>余談ですが、超自我性が強い人でも、自我が強いとは限りません。むしろ弱い場合が多いはずです。神経症で悩んでいる方は、このパターンが非常に多いと推測しています。>

 でしょうね、これはほんと可哀そうです。おそらくそういう人はフロイト用語で言えば超自我性と自我が同一化している人であり、紳士的で平和を望む素晴らしき人なのでしょう。そのような人が神経症で病むというのは不憫でなりません。周りのレベルが低いという事も同時にそれは言えると思う訳ですが、ある意味可哀そうでなりません。もっとその人と似たような超自我性の蔓延した社会であれば神経症で苦しむという事もないのかと思います。まあ私もある意味神経症になったことはあるのですが気持ちがよく分かります。なんとか自殺せずに頑張って貰いたいです。

9>超自我性を多少犠牲にするぐらいの気持ちを持って自分自身を大事にするぐらいでちょうど良いのですが>

 これはおそらく難しい、そんな事が簡単に出来るなら神経症にはなってないです。

10>超自我性を増やしてもらわないと困るような人に限って自分自身を大事にしすぎる傾向があり>

 そうかな?逆じゃないの?いや・・・?どうだろう?自分を大事にするという意味によりますが、もし自分を大事にしてるなら神経症にはならない筈です。また自殺しようとも思わない筈です。そういう意味でちょっとこれだけは何を言っているんだか意味が分かりませんでした。

投稿日時 - 2012-11-12 22:50:03

お礼

回答ありがとうございます。

「礼儀だから書けよ」見たいな事いわれるんで最近お礼かいてます。これで満足でしょうか?

投稿日時 - 2012-11-12 22:51:15

ANo.65

#64です。

1.
> 【視点に関係なく可能にならなければなりません】なるんですよ。

???
それは無理でしょう。
まあ、もういいですけどね・・・。

2.
>あくまで物理的な表現ですが
AとBというのを並列に並べてみると、片一方はAもう片一方はBを同じラインに並べるという感覚が【並列】なんですよ、だから【片一方】という要素が含まれているでしょ?

象には、象の右足も、左足も含まれていますよね?
象に象の右足が含まれているからといって、象を見て、「あ、象の右足が歩いている!」と言うんですか???
そりゃあ、右足が歩かなければ象自体あるけませんから、右足が歩いていない、とは言いませんよ。
teient さんが一生懸命言っているのは、そういうことにすぎないんですよ?
いい加減気づいて欲しいものですね。
「象が歩いている!」という意図で「象の右足が歩いている!」とは言わないでしょう。
しかし、「象≒象の右足」とかいう屁理屈を考えるから、そう言ってもいいように勘違いしてしまうわけです。

3.
> 別に他者との正常なコミュニケーションの取り方を聞いているわけではないのでその辺は一旦置いておいて、

それを置いていたら、とっくに回答してません。
今のteient さんにとっては、その「取り方」が一番、大事なことでしょうね、おそらく。
ま、十分言ってきたわけですから、今さらもういいですけどね・・・。

4.
>【2人がいくつかの同じ番組を見たとした場合、自我脆弱な人は、防衛機制の発動が行なわれる回数(確率)が多くなるのではないだろうか】というのはバラエティにしろ、流行にしろ、ファッションにしろ、それを排出する情報や見た目やその場の雰囲気だけに頼りきっている人間関係形成しか出来ない人は精神不安を引き起こしやすい土台であるという意味で精神的に脆弱な側面をhakobuluさんは推測するという意味で良いでしょうか?

はい、全くそのとおりです。
そういうつもりで述べました。
合っているかどうかはまた別の問題ですが・・・。

5.
<8大宅壮一が言ったのは、おそらく、こういう意味ではなかったかとわたしは勝手に解釈してます。>

 というのは超自我的精神の脆弱化という事ですかね?

まあ、そんなとこです。
大雑把に言うと、動物は本能(エス)のみですが、人間は、その本能を抑制する機能が伴っており、それがよくもわるくも超自我性です。
しかし、本能(エス)だけでも、超自我だけでも人間は生きられません。
両者のバランスを取るのが、あるいは、バランスを取った結果が自我である、と考えるとわかりやすいと思います。
3つの円が均等にバランスを保っているのが正常な状態です。
超自我とエスがほとんど重なっているが、自我だけは自らの円を顕示している状態が犯罪者によく見られるパターンです。
超自我とエスがほとんど重なった領域に対して自我が深く入り込みすぎると神経症になります。
超自我とエスと自我3っつの円が殆んど重なった状態が精神病です。

6.
> え!年齢的におよそ私より年上だと推測しますが、未だに民放のゴールデンのバラエティ番組見てたりするんですか?

はい。-_-;
疲れているときには、なにも考えなくて済むので楽ですね。
日本中が疲れている可能性は大いにありそうです。
疲れている本当の原因を暴露されないために、管理者としての政府や、その疲れに乗じて金儲けしようとする企業が大金を注ぎ込んで成り立っているのがテレビなのかもしれません。
充実感を得られるのは、NHKスペシャル、BSドキュメンタリーですね。
これだけは、唯一(唯2?)価値があると思います。
あと、朝生と国会中継(本会議以外)も好んで見ます。
        

投稿日時 - 2012-11-11 22:19:05

補足

1・>象には、象の右足も、左足も含まれていますよね?>

 ここは認めて頂けましたかよかったです。ちょっとね今考えが変わりました。「および」=「もしくは」ではなく【「および」⊇「もしくは」】か【「および」⊃「もしくは」】はないかと思えてきました。
部分集合って知ってますかね?【A⊇B】これは【BがAに含まれる】という意味です。【A⊃B】これは【BがAに含まれる部分もあるが含まれない部分もある】という意味です。

2・>象に象の右足が含まれているからといって、象を見て、「あ、象の右足が歩いている!」と言うんですか???>

 確かに言いませんが「あ、象の右足が動いている!」とは言えますよね?

3・>そりゃあ、右足が歩かなければ象自体あるけませんから、右足が歩いていない、とは言いませんよ。
teient さんが一生懸命言っているのは、そういうことにすぎないんですよ?>

 確かにその通りです。

4・>「象が歩いている!」という意図で「象の右足が歩いている!」とは言わないでしょう。>

 そういう事を言っているのではなくて「象が歩く」というのは「象の右足が動いている」事を同時に含んでいる訳です。そういう事を言っている訳です。

5・>「象≒象の右足」とかいう屁理屈を考えるから、そう言ってもいいように勘違いしてしまうわけです。>

 これは1の意味を含めて書きますと「象≒象の右足の部分がある」というのが正式な意味です。これを言葉でなおせば「象であれば殆ど象の右足がある」という意味です。
それと同等なのではないか?という意味です。

6・>今のteient さんにとっては、その「取り方」が一番、大事なことでしょうね、おそらく。
ま、十分言ってきたわけですから、今さらもういいですけどね・・・。>

 これはどういう意味ですかね?『私(t)のコミュニケーションの取り方に問題がある』と言いたいのか?『今質問の議題にはコミュニケーションが取れるか否かが含まれているから重要なポイントである』と言いたいのか?
どちらでしょうか?

7・>>【2人がいくつかの同じ番組を見たとした場合、自我脆弱な人は、防衛機制の発動が行なわれる回数(確率)が多くなるのではないだろうか】というのはバラエティにしろ、流行にしろ、ファッションにしろ、それを排出する情報や見た目やその場の雰囲気だけに頼りきっている人間関係形成しか出来ない人は精神不安を引き起こしやすい土台であるという意味で精神的に脆弱な側面をhakobuluさんは推測するという意味で良いでしょうか?

はい、全くそのとおりです。
そういうつもりで述べました。
合っているかどうかはまた別の問題ですが・・・。>

 なるほどよく分かりました ありがとうございます。

8・>しかし、本能(エス)だけでも、超自我だけでも人間は生きられません。
両者のバランスを取るのが、あるいは、バランスを取った結果が自我である、と考えるとわかりやすいと思います。>

 なるほどね、そういわれると【自我】の意味がようやくわかります。あくまでhakobuluさんの見解でしょうけど、S・フロイトの翻訳した論文だと【自我】の説明が非常に分かりにくく
かといって分かり易く書いてある本だと、【自我=損得を勘定する機能】としか書いておらず、「それは部分的な一面だろ!」とツッコミを入れたくなってくるような事しか書いていない本ばっかりだったので【自我】の意味が殆ど分っていなかったんですよ。
【エスと超自我のバランスを取った結果】=【自我】となれば納得できました。教えて頂きありがとうございます。昔感じていた違和感が一つ解消された気分です。

9・>3つの円が均等にバランスを保っているのが正常な状態です。>

 まあかならずしも正常というわけでもないですが・・・これはユング心理学に精通している人なら一回は疑問に思ったことのある事だと思うのですが時間軸が抜けているんですよ、ユング自身も死ぬ前に「自分の理論はまだ何か欠けている!」と言い残して彼の世に逝ってしまいました。おそらく時間に対する理論が抜けていたんではないかと推測します。つまりバランス理論というのは天秤見たいなものではなく。時間軸を横に取ると波見たいなようにバランスを取る訳です。
 ユング自身はバランスが取れている状態が正常、つまりhakobuluさんと同じ見解ですが、実は時間軸を入れると【バランスを崩す】というのと【バランスをとる】というのが人を変え世界をかえ時代を変えていく訳です。そこで初めて正常と言えると私は思う訳です。例えば当時は適用していた理屈も今では適応しない場合、その当時適用していた固定概念を崩す事によって新しい適用を目指すというのが最終的に精神衛生上健康と言える側面があるというのが最近のユング派の言い分です。これは今は亡き河合さんが言い始めた事ですが私も同じ考えです。
 確か【ゆとりの無い教育だからゆとり教育を取り入れようという時代】だったときに河合さんが「ゆとり教育は良いと思う」という前置きで「(しかしながら・・おそらく・・という意味で)今度は勉強がどうのこうの言いだすよw」と言っていました、今まさにそうなりましたねwそうすると今度は「ゆとり教育がどうのこうの」言いだすんじゃないかなと今思っていますwつまり【ゆとり】を求めるなら【勉強はゆっくり伸びる】ことになるし【勉強を無理やり伸ばせば】【精神的ゆとりが少なくなる】という時間的バランス理論を言っているわけです。
 なので【3つの円が均等にバランスを保っているのが正常な状態】という表現でも私はわかりますが、正確には【3つの円が均等に時間軸を含めバランスを保っているのが正常な状態】という意味でよいのかな?と思います。(別にhakobuluさんの意見を否定した訳ではありませんよ、あくまで肯定して時間軸を付けくわただけですのでその辺はご了承下さい)

10・>超自我とエスがほとんど重なっているが、自我だけは自らの円を顕示している状態が犯罪者によく見られるパターンです。>

 そういわれるとそうですよね、自己正当化を裁判所とかでは言ってますよね?中には言い分が良く分かる様な内容の場合もありますが、あまりにもふざけた言い分だなと思うようなものまでさまざまありますね(あくまでニュースで聞く限りですが)

11・>超自我とエスがほとんど重なった領域に対して自我が深く入り込みすぎると神経症になります。>

 そうすると私は周りと比べると神経症気味なんだろうか?(スルーしてください)

12・>超自我とエスと自我3っつの円が殆んど重なった状態が精神病です。>

 ん?そうすると私は精神病なのだろうか?まあいいです。どちらにしろ分からない話ですから・・・

 11と12はなんとなく重なっている部分があるな~と思ったので書いただけで・・・???まあ別に精神的に苦しくなく、法律的に問題なければ病的ではないんでしょ?ならいいです。

13・>> え!年齢的におよそ私より年上だと推測しますが、未だに民放のゴールデンのバラエティ番組見てたりするんですか?

はい。-_-;
疲れているときには、なにも考えなくて済むので楽ですね。>

 ああ~わかりますよ、しかしなにもゴールデンタイムのバラエティでなくてもいいんじゃないですか?(否まあ自由ですけど)今ではネットもありますし、他の事で気晴らしもできますからね・・そういう意味で私はいつの間にか見なくなりましたね・・・否親がテレビ付けっ放しのときは数分見たりしてるときもありますがさすがにマジマジとは見なくなりましたね・・・

14・>日本中が疲れている可能性は大いにありそうです。疲れている本当の原因を暴露されないために、管理者としての政府や、その疲れに乗じて金儲けしようとする企業が大金を注ぎ込んで成り立っているのがテレビなのかもしれません。>

 まあそういうことかもしれませんが、大衆を洗脳したりとかはやめて貰いたいです。ヒットラーみたいな独裁的な感じを感じますから・・

15・>充実感を得られるのは、NHKスペシャル、BSドキュメンタリーですね。これだけは、唯一(唯2?)価値があると思います。>

 そうそう、中の親もNHKとBSよく見てますよ、その横で飯食ってるわけだから見ざる得ないわけで、変に色々な社会情勢知る破目になります。

16・>あと、朝生と国会中継(本会議以外)も好んで見ます。>

 それは偉いですね、外野のヤジがうっとうしくて「これが国会の討論かよ!」と思うと見る気が失せて見てませんが、それでも見ると言うのはある意味精神力が強いというかもめ事好きというか(失礼)まあ、その辺はhakobuluさんのプライバシーにも関わることなので、どうでもいいです。個人のプライバシーを覗く趣味はないので私から内容を聞く事は無いのでご安心下さい。

投稿日時 - 2012-11-12 00:37:52

お礼

 毎回回答ありがとうございます。大分真が見えて来ました。hakobuluさんの理屈とは食い違うかもしれませんが、正確な部分を検証するという一面でそろそろ結論がでそうです。

投稿日時 - 2012-11-12 00:39:26

ANo.64

#63です。

1.
> だからその視点の異なる条件があるから可能になるわけでしょ?それと同等なのではないか?と聞いてるわけです。 

「視点の異なる条件があるから可能になる」というのは、
「視点の異なる条件がなければ可能にはならない」ということなんですよ?
そこに気づく必要があります。
言葉自体に含まれるのであれば、視点に関係なく可能にならなければなりません。

2.
>確かに辞書を中心にすれば勘違いであることは事実でしょうけど、「および」における【並列】においては勘違いではなく確実に【片一方】という要素が含まれています。それが【条件】を付けると発揮されるという事実に辿りつくのではないだろうか?と確信しているわけです。
それでも違うと思いますか?

いや、おっしゃりたいことの意味はよくわかるのですよ。
ですから、「および」という言葉が or の意味を【派生させる】のは、そのとおりです。
そして、その点にお気づきになったのは、teient さんの感性があったればこそでしょう。
しかし、「そのもの自体に意味として含まれていなくても派生させることはできる」という点に気づいてもらいたいと思います。
あまり他の例を挙げすぎると混乱の原因になるのでよくないかもしれませんが、たとえば、
社員「わたしは明日会社に行きます」
社長「明日、君は何時に来る予定かな」
という会話があるとしましょう。
「行く」自体に「来る」という意味は含まれていますか?
いないでしょ?
でも、視点を変えているので、同じ社員に関して「行く」と「来る」という言葉が適用できるのです。
社員が会社に行くということは、社長の視点からすれば、社員が会社に来る、ということです。
だからといって、「行く=来る」とはならないでしょ?
と言っているわけです。
あくまで、わかりやすい喩えです。
『言葉自体に別の意味が含まれていなくても、その別の意味を派生させることができる』
という点だけ確認してください。
反論があるなら、この場合は違うとかへ理屈を言わないで、この論理検証に関してだけ、まず述べてからにしてください。
非常にわかりやすい論理を示したので、これが通じなければ、おそらく、何をどう言っても通じないでしょうね。

3.
>しかしながら「並列」を分解して説明している訳ではありませんから(5)【今】私の考えた理論によると分解すれば{ A+B or A or B or(左記以外の場合)}=「AおよびB」となるのではないかと言っている訳です。

根本的なことをおわかりになっていないと思います。
おっしゃりたいことはよくわかりますよ。
ただ、そのような思考過程をとる人は、3次元世界ではほとんどいない、という点が、最も重要なことなのです。
ですから、くどいほど「発言者の意図」が重要だ、と述べてきたわけです。
辞書云々はあくまで、それこそ派生的なことです。
言語はしょせん感覚ですよ?
その感覚を無視して自己世界に浸っていて、他者と正常なコミュニケーションが取れると思うのですか?

4.
>一方的に受け身でただ見ているだけだから無防備になり易いんだ、そして無防備になり易いから視聴者の無意識にそこそこ働きかけてしまうというわけですね。(2)の解釈はそういうことで良いでしょうか?

そういうことですが、あくまで個人的な見解ですから・・・。

5.
>>一概に否定するわけではありませんが、超自我性がスポイルされやすい、ということは言えるでしょうね。>

 これは超自我性が変形もしくはまともな超自我性が消失していく側面があるという見かたで良いでしょうか?

そういうことですが、超自我性が芽を出す機会を与えられない、といった感じだと思います。

6.
> 【自我が脆弱であればあるほど発動回数は増える】といのはテレビを見る(特にバラエティ番組関連)回数が増えるという意味で良いでしょうか?
また【自我が脆弱】であるほど見る回数が増えると言う意味で述べているのであれば逆に言うと【ソフトウェアがスカスカな人程テレビなどから自我形成をしようと心みる】ということなのでしょうか?

いえ、そうではなくて、ある2人がいくつかの同じ番組を見たとした場合、自我脆弱な人は、防衛機制の発動が行なわれる回数(確率)が多くなるのではないだろうか、という推測です。
自我が脆弱であるほど自分を守るために防衛機制を必要とするわけですから、自我が強ければ、何度番組を見ても防衛機制を発動させる必要性は少なくなるでしょう。
しかし、上でも述べましたが、いくら自我が強くても超自我性がスポイルされていく可能性はあるので、やがて、自我が脆弱になっていく可能性は大いにあるでしょう。
むかし、大宅壮一(だったと思いますが)がテレビは国民の「一億総白痴化」につながる、みたいなことを言ったことはご存知でしょう。
最近見ませんが、娘(映子でしたか)がよく評論家としてテレビに出てましたね。
大宅壮一が言ったのは、おそらく、こういう意味ではなかったかとわたしは勝手に解釈してます。 
まあ、わたしも結構見るので偉そうなことは言えませんが・・・。
    

投稿日時 - 2012-11-10 00:08:15

補足

1> だからその視点の異なる条件があるから可能になるわけでしょ?それと同等なのではないか?と聞いてるわけです。 

「視点の異なる条件があるから可能になる」というのは、
「視点の異なる条件がなければ可能にはならない」ということなんですよ?>

 いやこれはhakobuluさんの例で言えばという話であって

2>言葉自体に含まれるのであれば、視点に関係なく可能にならなければなりません。>

 【視点に関係なく可能にならなければなりません】なるんですよ。あくまで物理的な表現ですが
AとBというのを並列に並べてみると、片一方はAもう片一方はBを同じラインに並べるという感覚が【並列】なんですよ、だから【片一方】という要素が含まれているでしょ?
また「もしくは」というのはその【並列】に並べたAとBから片一方を選ぶ行為なわけですから【並列】が含まれているんですよ。

3>しかし、「そのもの自体に意味として含まれていなくても派生させることはできる」という点に気づいてもらいたいと思います。>

これは分かりますが「及び」や「もしくは」に関しては2に書いたように「及び」の言葉自体に別の意味が含まれてると思う訳です。

4>>しかしながら「並列」を分解して説明している訳ではありませんから(5)【今】私の考えた理論によると分解すれば{ A+B or A or B or(左記以外の場合)}=「AおよびB」となるのではないかと言っている訳です。

根本的なことをおわかりになっていないと思います。
おっしゃりたいことはよくわかりますよ。
ただ、そのような思考過程をとる人は、3次元世界ではほとんどいない、という点が、最も重要なことなのです。
ですから、くどいほど「発言者の意図」が重要だ、と述べてきたわけです。
辞書云々はあくまで、それこそ派生的なことです。
言語はしょせん感覚ですよ?
その感覚を無視して自己世界に浸っていて、他者と正常なコミュニケーションが取れると思うのですか?>

 別に他者との正常なコミュニケーションの取り方を聞いているわけではないのでその辺は一旦置いておいて、他者の「および」の認識関して言えば、本来の意味を知らない人もいますし、法律家であれば法令用語として知っている場合もあるわけです。また本来の意味を知っていてコミュニケーションを取っている人もいる訳です。その多様性が発生しているわけだから「および」の言葉の感覚の違いが発生する理由として述べているわけです。なので「発言者の意図」で言えばAさんBさんCさんDさんEさん・・・と沢山いる訳ですから意図は多様化している筈です。逆に「および」と発言して意図が一つという考えの方が逆に不自然だと思われます。

5>これは超自我性が変形もしくはまともな超自我性が消失していく側面があるという見かたで良いでしょうか?

そういうことですが、超自我性が芽を出す機会を与えられない、といった感じだと思います。>

なるほど、それは言えてるかもしれませんね、ただ番組にもよりけりでしょうけど、バラエティの場合大抵、超自我の芽を出す機会を抑制されてしまうのでしょうね。
妙に納得しました。

6>また【自我が脆弱】であるほど見る回数が増えると言う意味で述べているのであれば逆に言うと【ソフトウェアがスカスカな人程テレビなどから自我形成をしようと心みる】ということなのでしょうか?

いえ、そうではなくて、ある2人がいくつかの同じ番組を見たとした場合、自我脆弱な人は、防衛機制の発動が行なわれる回数(確率)が多くなるのではないだろうか、という推測です。>

 余計分かりにくくなってしまったのですが、【2人がいくつかの同じ番組を見たとした場合】という事は人間関係における精神活動の事を仰っているのでしょうか?
【2人がいくつかの同じ番組を見たとした場合、自我脆弱な人は、防衛機制の発動が行なわれる回数(確率)が多くなるのではないだろうか】というのはバラエティにしろ、流行にしろ、ファッションにしろ、それを排出する情報や見た目やその場の雰囲気だけに頼りきっている人間関係形成しか出来ない人は精神不安を引き起こしやすい土台であるという意味で精神的に脆弱な側面をhakobuluさんは推測するという意味で良いでしょうか?

7>むかし、大宅壮一(だったと思いますが)がテレビは国民の「一億総白痴化」につながる、みたいなことを言ったことはご存知でしょう。>

 ん~なんか自己啓発棚に置いてあった養老さんの本を立ち読みした時に初めてその言葉知りました。しかし養老さんは「総白痴化」というより「総インテリ化」みたいな事が書いてあったような気がします。記憶が曖昧で一昔に読んだ本なので今一記憶にないですが確かそんな感じで書いてありました。
まあ「総白痴化」だろうが「総インテリ化」だろうが世の中の雰囲気が変わる事を示唆したわけですね。

8>大宅壮一が言ったのは、おそらく、こういう意味ではなかったかとわたしは勝手に解釈してます。>

 というのは超自我的精神の脆弱化という事ですかね?
 
9>まあ、わたしも結構見るので偉そうなことは言えませんが・・・。>

 え!年齢的におよそ私より年上だと推測しますが、未だに民放のゴールデンのバラエティ番組見てたりするんですか?それは意外でしたw私も昔はたまに見てましたが最近は殆ど民放でやってるゴールデンバラエティ番組はみませんね。「都市伝説SP」位ですかね最近みたのは・・・

投稿日時 - 2012-11-11 02:14:05

お礼

 回答ありがとうございます。大分要点もはっきりしてきたころなので、そろそろ完璧な結論が私の補足には出ていると思います。それでも「否違う」というのであれば回答を書くのは構いませんが、不毛な水掛け論はお互いに控えるようにした方が効率は速いと思われます。

投稿日時 - 2012-11-11 02:16:55

ANo.63

#62です。

1.
>「20歳」=「1歳+1歳+1歳+・・・」(20歳)なわけですから、「1歳の要素が無い」とは言えないと思います。

それは屁理屈じゃないかな。
そんなこと言ったらなんでもありでしょう。
「山」には「土」の要素が含まれていますよ?
でも、あした土に登ってくる、とは言わないでしょ?
「鉄砲」には「鉄」の要素が含まれていますよ?
でも、犯人は鉄を持って逃亡中です、と言いますか?
teient さんは、鉄砲に鉄の要素が含まれるのだからおかしくない、と言っているのと同じなんです。
しかし、たとえば廃棄された鉄砲に関して、溶かして再利用する、などといった別の視点でみれば、「鉄が溶かされています」などという表現はできます。
同じ鉄砲に関する発言ですが、視点が異なるので別の表現が可能になるわけでしょ?
ですから、鉄砲に関して「鉄が溶かされている」という表現が可能な理由は、「鉄砲に鉄の要素が含まれているから」ではないのです。
あくまで『視点か変わったから』なのです。

では、鉄砲に鉄は含まれていないんですか?
とかいう揚げ足取りは勘弁してくださいね。
あくまでわかりやすくするために例をあげただけなので。
「含まれると考えてしまうと、鉄砲=鉄と同じように、および=or という勘違いが発生してしまう」
ということが要点です。

2.
<4次元の視点を持っている人同士では、そのような意味で使うと良いでしょう。>

 ということは私の言っていることは間違いではないと認めたということですか?

いえ、違います。
4次元のことは4次元のことを知っている人同士でお好きなようにどうぞ、という意味です。
わたしは4次元には無知ですので、間違いだとか間違いでないとかコメントする立場にありません。

3.
<しかし、わたしの勘違いでなければ、普通の人間は3次元に生活しているように思うので、そこに4次元の視点を持ち込まれると話は、たぶんですが、通じなくなると思います。>

 まあ言葉足らずならそうなる場合もあるでしょう。

言葉足らずなら良いですが、最初から勘違いしているわけですから、言葉が足りないのではなく、正確な使い方をしていない、ということになりますね。

4.
>なぜ家庭に置いてあるテレビに対して精神発達における「取り入れ」や「同一視」や「同化」などが引き起こるんでしょうかね?

わたしは彼女の説に詳しいわけでは全くありません。
むしろ、teient さんのほうが詳しいんじゃないですかね。
単なる感想ということでよければ、殆んどの番組(特にバラエティ関連ですね)は視聴者が一方的な情報の受け手になるので、完全受身状態に精神を陥れますから、全く無防備の状態と言えると思います。
全く無防備のところに、本能的、あるいは自我オンリーの情報が続々と注ぎ込まれるわけで、一種の洗脳状態に陥るのでしょう。
一概に否定するわけではありませんが、超自我性がスポイルされやすい、ということは言えるでしょうね。
とはいえ、防衛機制というのは、あくまで自らの弱点を防衛するために発動されるものです。
自らの自我脆弱性を無意識的に認識しているからこそ発動されるわけなので、自我が脆弱であればあるほど発動回数は増えるという構図に着目すると良いでしょう。

5.
>「と」というのは両方という意味で使われている場合が殆どですので【両方】のイメージが強いわけですよ

「と」も、やはり並列です。
言葉を拝借すれば「正式でない場面」では「および」よりも「と」のほうが好まれる、というだけのことでしょう。

6.
>「および」の場合一般的に「と」に取って変わって使われている場合が殆どなので結局「および」のイメージ的に【並列】というイメージが直ぐには湧き難いと考えられます。

5の理由によって、
『「と」に取って変わって使われている場合が殆どなので結局~』という論理は間違いだと思います。
単に『勘違いによって』とするのが適切でしょう。

7.
>今の一般的認識が「および」に対して【並列】の意味が当たり前にはなっていないのではないでしょうか?

たしかに、並列という意味であることには気づきづらいかもしれませんね。
それは、ある程度同意します。
しかし、言葉というのは意味がわからないまま、感覚で使っていることが多いわけです。
意味の説明ができなくても表現はできます。
つまり、理屈で並列とは意識しなくても、感覚では並列として使っていると思います。
いわゆるネイティブとは、そういうものでしょう。
しかし、頭の良い人が、無理やり理屈で解釈しようとすると勘違いが発生する、ということはありそうな気がします。
とはいっても、日本語表現に関する勘違いなどは、巷に満ち溢れていますから、今回のケースもそう特別なことではないでしょう。
    

投稿日時 - 2012-11-09 14:43:25

補足

1>「20歳」=「1歳+1歳+1歳+・・・」(20歳)なわけですから、「1歳の要素が無い」とは言えないと思います。

それは屁理屈じゃないかな。>

 いや屁理屈じゃないですよ。

2>そんなこと言ったらなんでもありでしょう。「山」には「土」の要素が含まれていますよ?でも、【あした土に登ってくる】とは言わないでしょ?>

 それは土が何を指しているかを示していないからその発言が成り立たないだけだであって「および」が「or」の意味で捉えられる場合があるというのとはまた違います。

3>「鉄砲」には「鉄」の要素が含まれていますよ?でも、犯人は鉄を持って逃亡中です、と言いますか?>

 これは2と同じ理屈です。

4>teient さんは、鉄砲に鉄の要素が含まれるのだからおかしくない、と言っているのと同じなんです。>

 まあそういう側面もありますが、あくまで【条件付】が原則なので矛盾はないと思います。

5>しかし、たとえば廃棄された鉄砲に関して、溶かして再利用する、などといった別の視点でみれば、「鉄が溶かされています」などという表現はできます。>

 でしょ?

6>同じ鉄砲に関する発言ですが、【視点が異なる】ので別の表現が可能になるわけでしょ?>

 だからその視点の異なる条件があるから可能になるわけでしょ?それと同等なのではないか?と聞いてるわけです。 

7>ですから、鉄砲に関して「鉄が溶かされている」という表現が可能な理由は、「鉄砲に鉄の要素が含まれているから」ではないのです。
あくまで『視点か変わったから』なのです。>

 いやそんな事はないです。鉄砲に鉄の要素が含まれている事は明らか、その上で視点を変えて表現することが可能なのが「並列」というトリックではないのか?と言っているわけです。

8>では、鉄砲に鉄は含まれていないんですか?とかいう揚げ足取りは勘弁してくださいね。>

 揚げ足取り・・・・揚げ足取りというような意図は無いですけど鉄砲に鉄が含まれているのは事実でしょ。

10>「含まれると考えてしまうと、(1)【鉄砲=鉄と同じように、および=or 】という(2)【勘違い】が発生してしまう」ということが要点です。>

 まず(1)は違います。まったく鉄砲=鉄という表現をしたわけではありません。言うなら「鉄砲=鉄+視点を変えた表現」という風に見て下さい。(2)は確かに辞書を中心にすれば勘違いであることは事実でしょうけど、「および」における【並列】においては勘違いではなく確実に【片一方】という要素が含まれています。それが【条件】を付けると発揮されるという事実に辿りつくのではないだろうか?と確信しているわけです。
それでも違うと思いますか?

11>いえ、違います。4次元のことは4次元のことを知っている人同士でお好きなようにどうぞ、という意味です。わたしは4次元には無知ですので、間違いだとか間違いでないとかコメントする立場にありません。>

 いや違います。今回用いた4次元というのは物理世界のみを言っているのではなく物理世界を表現する場合における4次元を指しているわけです。4次元を知らないかもしれないんで補足しておきますが4次元というのは時間の概念です。また3次元というのは【時間が止まった】縦、横、奥行き、のある立体空間だとイメージしてくれればいいです。
なので我々は3次元と4次元の世界で暮らしている訳ですから、言葉の用法として元のつまり(4)【辞書に書きこむ段階】で【並列】と認知した人が「および」=「並列的」というのを書きこんだ訳です。しかしながら「並列」を分解して説明している訳ではありませんから(5)【今】私の考えた理論によると分解すれば{ A+B or A or B or(左記以外の場合)}=「AおよびB」となるのではないかと言っている訳です。

12>言葉足らずなら良いですが、最初から勘違いしているわけですから、言葉が足りないのではなく、【正確な使い方をしていない】、ということになりますね。>

 【正確な使い方をしていない】これは【11の(4)の時点の辞書に書きこんだ段階=正確】としているわけですよね?しかしながらその(4)時点の矛盾を今つまり(5)の時点で理論的に不十分な説明ではないだろうかと思う訳ですよ。以前矛盾と書きましたが、まあ辞書の言っている事も間違いとも思えないので【不十分】に今後変えさせて頂きます。


13>>なぜ家庭に置いてあるテレビに対して精神発達における「取り入れ」や「同一視」や「同化」などが引き起こるんでしょうかね?

わたしは彼女の説に詳しいわけでは全くありません。
むしろ、teient さんのほうが詳しいんじゃないですかね。>

 そうですかね?それは分かりませんが説明としてはhakobuluさんの方が上手いですよ。

14>単なる感想ということでよければ、殆んどの番組(特にバラエティ関連ですね)は(1)【視聴者が一方的な情報の受け手になるので、完全受身状態に精神を陥れますから】、(2)【全く無防備の状態と言えると思います。】全く無防備のところに、本能的、あるいは自我オンリーの情報が続々と注ぎ込まれるわけで、一種の洗脳状態に陥るのでしょう。>

 なるほど!(1)は本を読んで分かっていたのですが、なるほど(2)の視点には気がつきませんでした。そうか!一方的に受け身でただ見ているだけだから無防備になり易いんだ、そして無防備になり易いから視聴者の無意識にそこそこ働きかけてしまうというわけですね。(2)の解釈はそういうことで良いでしょうか? 
 それでテレビ見ただけで個人差はあれど洗脳がひき起こりやすくなるわけだ、それでテレビ局側はなんとかテレビを見て貰おうと人の心理を逆手に取って引きつけようとしてるわけだ、まあ番組製作側の長年の勘でいつの間にかそうないう風に作るようになったというだけで人の心理を逆手にとろうというテクニックは恐らく知らないでしょうけどねw

16>一概に否定するわけではありませんが、超自我性がスポイルされやすい、ということは言えるでしょうね。>

 これは超自我性が変形もしくはまともな超自我性が消失していく側面があるという見かたで良いでしょうか?

17>とはいえ、防衛機制というのは、あくまで自らの弱点を防衛するために発動されるものです。>

 まあ【適応規制】ともネオ・フロイト派の時代位から言い始めている感はありますね。

18>自らの自我脆弱性を無意識的に認識しているからこそ発動されるわけなので、【自我が脆弱であればあるほど発動回数は増える】という構図に着目すると良いでしょう。>

 【自我が脆弱であればあるほど発動回数は増える】といのはテレビを見る(特にバラエティ番組関連)回数が増えるという意味で良いでしょうか?
また【自我が脆弱】であるほど見る回数が増えると言う意味で述べているのであれば逆に言うと【ソフトウェアがスカスカな人程テレビなどから自我形成をしようと心みる】ということなのでしょうか?
今一hakobuluさんが仰る【自我が脆弱であればあるほど】という意味が理解できていないもので・・・

投稿日時 - 2012-11-09 23:04:10

お礼

回答ありがとうございます。参考になりました。

投稿日時 - 2012-11-09 23:04:31

ANo.62

#61です。

1.
>つまり「2」という数字は1という要素が含まれているのと同じです。結果「1+1=2」なわけです。それをhakobuluさんは『「2」はあくまで「2」であって、あたかも「1」が含まれてるかのように見えるのです』と述べているだけです。ここはおそらくどのように言葉巧みに変形させても覆す事は難しいと思います。もし出来るものならやってもらいたですw。

『つまり「2」という数字は1という要素が含まれているのと同じです。』という前提が不適切なので、それ以降の論理も全く成立しません。
「2」という数字に1という要素が含まれているのは事実ですから否定しませんよ。
しかし、「および」にはorの要素は含まれていない、とわたしは言っているわけですから、「含まれているものとしての 1」と「含まれていないものとしての or 」を比較して「同じです」というのは勘違い、または認識不足ということになります(よね?)。
まあ、この理屈は理解していただいたと思うので、これ以上は言いませんが。
その上で申し上げれば、言葉というものは、相手に何らかの意図なり、意味なりを伝えるためのものですよね?
「彼女はいくつですか?」
と問われて、
「彼女は20歳です」と答える人は、相手に何を伝えたいのだと思いますか?
「生まれてから1年経ち、それにプラスまた一年経って、さらにまた・・・、そして、今、20歳です」という意図を伝えたいのでしょうか?
それとも単に「生まれてから20年経っていること」を伝えたいのでしょうか?
これは当然、後者ですよね?
つまり、「20歳という言葉自体」には「1歳+1歳+1歳+・・・」という意味は無いのです。

2.
<「視点を変えた場合の新しい(あるいは別の)状況解釈」が生じるわけであって、「および」という言葉自体に元からorの意味が含まれていたわけではありません。>

大凡辞書に意味を書いた人もそのような意味で書かれたと思うのですが、そうではなくそう見えるだけです。つまり元々あったのだけど発見出来なかっただけです。つまり4次元の視点で言うと意味認識の始まりの時間が先にあってあとで派生する要素があることに気がついたというところだと思います。なので【元からorの意味が含まれていたわけではない】わけではなく、元々含まれていたのですが、それを認識する人が認識できていなかっただけです。故に【あたかも元々orの要素は含まれていなかったかのように】錯覚してるだけです。つまり元々orの要素は含まれていたというのが結論になるはずです。

1でも述べましたが、言葉というものは、相手に何らかの意図なり、意味なりを伝えるためのものですよね?
ですから、4次元の視点を持っている人同士では、そのような意味で使うと良いでしょう。
しかし、わたしの勘違いでなければ、普通の人間は3次元に生活しているように思うので、そこに4次元の視点を持ち込まれると話は、たぶんですが、通じなくなると思います。
それでいいのだ、とおっしゃっていることになりますから、別に無理やり3次元の考え方をしてもらう必要はありませんけどね。
teient さんも、そういうものだとわかった上で、そのように主張しているのですから、それはそれでいいじゃありませんか。
teient さんがわたしと同じ考え方をする必要はありませんからね。
まあ、これも100万回ぐらいは言ったと思いますが。

3.しかしながらやたらと【含まれる】というのに引っ掛かって来ますがなぜですか?

101回ぐらいは申し上げていると思うのですが、お忘れのようですから、もういちど言いましょう。
『「および」という言葉自体の中に or が含まれている』と勘違いしていることが原因で、
「明日から301号室に入居するのは Aさん および Bさんです」という文を正確に理解できなくなるからです。
これは2人とも入居するという意味であって、どちらか一方が入居する、という意図は全く含まれていません。
「引っ掛かって来る」というか、そこがまさに論点なんですよ?
   

投稿日時 - 2012-11-08 13:21:44

補足

1.>「彼女はいくつですか?」
と問われて、
「彼女は20歳です」と答える人は、相手に何を伝えたいのだと思いますか?
「生まれてから1年経ち、それにプラスまた一年経って、さらにまた・・・、そして、今、20歳です」という意図を伝えたいのでしょうか?
それとも単に「生まれてから20年経っていること」を伝えたいのでしょうか?
これは当然、後者ですよね?>

 無論その通りでしょう。何も否定しません。

 しかし

>つまり、「20歳という言葉自体」には「1歳+1歳+1歳+・・・」という意味は無いのです。>

 というのが間違えているわけです。「20歳」=「1歳+1歳+1歳+・・・」(20歳)なわけですから、「1歳の要素が無い」とは言えないと思います。

2.>4次元の視点を持っている人同士では、そのような意味で使うと良いでしょう。>

 ということは私の言っていることは間違いではないと認めたということですか?

>しかし、わたしの勘違いでなければ、普通の人間は3次元に生活しているように思うので、そこに4次元の視点を持ち込まれると話は、たぶんですが、通じなくなると思います。>

 まあ言葉足らずならそうなる場合もあるでしょう。

>まあ、これも100万回ぐらいは言ったと思いますが。>

 これはボケたんでしょうがツッコミを入れるとすると「そんなに言ってねーだろうが!」となりますが、hakobuluさん的にはそのような言葉づかいは不愉快なわけですよね?私もそう思いますが平然とそのような言葉を使う輩が居るということだけは認識して貰いたいです。恐らくテレビの影響なんでしょうが、なぜ家庭に置いてあるテレビに対して精神発達における「取り入れ」や「同一視」や「同化」などが引き起こるんでしょうかね?一辺A・フロイトの防衛機制に詳しいhakobuluさんに聞いてみたかったんですよ。答える答えないは自由です。

3.>「引っ掛かって来る」というか、そこがまさに論点なんですよ?>

 ああそうでしたね忘れてましたw

また後で気になる部分が発生しだしお礼欄に書かさせて頂きますのでよろしくお願いします。

投稿日時 - 2012-11-09 00:12:36

お礼

 気になる点が出てきたので、書かさせて頂きます。あくまで4次元的な話ですが
「および」にしても「もしくは」にしても条件に「および」≠「もしくは」と書きましたが訂正させてください。
 おそらく同じような条件の場合やまったく同じ条件の場合もあるかもしれないので条件としては【「および」≠「もしくは」の部分と「および」≒「もしくは」の部分と「および」=「もしくは」 が存在する可能性がある】ということにして下さい。明確にはわかりませんが恐らくあると思います。

 あとですね「と」「か」についてですが「と」というのは両方という意味で使われている場合が殆どですので【両方】のイメージが強いわけですよ、しかし「か」の場合はどちらか片一方を選ぶ場合が殆どですので【どちらか片一方】というイメージが強いと思われます。
しかし、「および」の場合一般的に「と」に取って変わって使われている場合が殆どなので結局「および」のイメージ的に【並列】というイメージが直ぐには湧き難いと考えられます。しかし「および」の正確な意味を知っていたり、【並列】の意味で多用に使っている場合「および」は「もしくは」と意味が違うというイメージがスッと湧いてくると思います。
なので一般人からすると「およびってandなの?or?なの?と混同してしまいがちになる」のが恐らく今の日本では普通だと思います。しかしその意味を知っている人は無論知っている訳ですから間違いようは無いので思う存分【並列】と思い込んでいるということだと思います。なので「と」と「か」が「および」と「もしくは」に代用出来る場合があるのに「と」と「か」の意味を間違えないというのは恐らくイメージの強さの問題かもしれません。
それはhakobuluさんも「感覚の違い」と述べているので賛同できると思いますが、そういう意味で今の一般的認識が「および」に対して【並列】の意味が当たり前にはなっていないのではないでしょうか?

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-09 00:28:02

ANo.61

#60です。

1.
>まずトリックは【並列】です。つまり「AおよびB」というのは
{ A+B or A or B or【(左記以外の場合)=(1)】}=「AおよびB」ということがこれで分かりました。

「並列」というのは、 「二つ以上のものが並ぶこと。また、並べつらねること」という意味です。
「二つ以上のものを足すこと。また、合わさっていること」ではありません。
ですから、まず「A+B」という要素は【およびという言葉自体】の意味からは除外しなければなりません。
この論理が理解できなければ、以降の文章を読む必要はありません。
無駄ですから。
理解できたものとして、さらに続けます。

2.
>平たく言うと(A、B)の並列要素は【結果的に】「AとB両方」「Aのみの場合」「Bのみの場合」「(1)」の場合この4つの要素が物理的に派生する可能性を100%秘めているわけです。

これは、おっしゃるとおりで同意できますし、今までずっと言ってきたことでしょう。
【(左記以外の場合)=(1)】}の意味がもうひとつよくわかりませんが、それは大した問題ではないのでしょう。
要するに【結果的に派生する】という点が重要なわけです。
「派生」とは、元の事柄から別れて何か新しいものが生じることです。
「および」の持つ&の意味を元にして、視点を変えれば【結果的に】「AとB両方」「Aのみの場合」「Bのみの場合」という【新しい状況解釈が可能】になることもある、という意味になります。
「視点を変えた場合の新しい(あるいは別の)状況解釈」が生じるわけであって、「および」という言葉自体に元からorの意味が含まれていたわけではありません。
ですから、
>orの要素が含まれる結果になる場合が【必ずどこかで出てくる】。ということになる訳です。

と言いたいのはわかりますが、「どこに出てくるのか?」という点に留意する必要があります。
この点に留意しないと論理的誤謬が発生してしまいます。
「どこに出てくるのか?」と言えば、それは上で述べたように、「視点を変えた場合の新しい(あるいは別の)状況解釈」の中に出てくるわけです。

おそらくteient さんは、『「および」という言葉自体の意味の中に出てくる』という意味で言っていると思います。
ですから、【(orの要素が)(「および」という言葉自体の中に)含まれる結果になる】という認識になるのでしょう。
しかし、上記の説明によって、
『orの要素が含まれる結果になる場合』
というものは、
『「および」という言葉自体の意味の中に出てくる』
のではなく、
『視点を変えた場合の新しい(あるいは別の)状況解釈の中に出てくる』
ということを論理的にご理解いただけたと思います。

【(orの要素が)結果的に派生する】という点ではお互いに一致しているはずです。
ただ、それはあくまで『視点を変えた場合の新しい(あるいは別の)状況解釈の中に派生する』というわけです。
【言葉自体の中に含まれているわけではない】ことを確認していただけたと思いますが、そうすると、全てが氷解することでしょう。

3.
以上で、問題は解決したと思うので他のどうでもよい項目にはいちいち触れる必要はないでしょう。
(必要のある項目がありましたらお知らせください)
たた、基本的な考え方の違いが露呈されている項目と思うので、ひとつだけについて触れておきましょう。

<警察がそのような意図で発言したわけではない、ということが大事です。>

これも辞書的な意味で言っている訳ですよね?これは地動説か天動説かの問題であって、太陽が止まっていると仮定して考えると地球は動いている事になります。しかし地球が止まっていると仮定した場合天は動いている事になります。よって地動説、天動説は両方正しい。というのが正解なわけです。
今回の場合hakobuluさんは辞書を中心に物事を述べているので警察の意図が辞書と同一視しているわけです。しかし私が言いたいのはA警察官とB警察官が必ずしも辞書を中心に発言しているかどうか分からないというポイントです。

「太陽が止まっていると仮定して考える人」と「地球が止まっていると仮定して考える人」の間で会話が成立すると思いますか?
思うなら仕方ありませんが、もし成立しないとすれば、どうすればよいと思いますか?
「A警察官とB警察官が必ずしも辞書を中心に発言しているかどうか分からない」のであれば、辞書を中心に発言するようにすればいいだけでしょ?
また、なぜ辞書を中心に発言してはダメなんですか?
まあ、本題はすでに解決している(ですよね?)ので余談になってしまいますが、ちょっと興味があるので教えていただければな、と思いました。
   

投稿日時 - 2012-11-07 14:37:29

補足

抜粋してかきますね。
2>【言葉自体の中に含まれているわけではない】ことを確認していただけたと思いますが、そうすると、全てが氷解することでしょう。>

 それはありえません。No.59の補足に書いたように、分解すると「および」の言語の要素の中に含まれていると見る事はできると思います。これはご自身が一番初めに言いましたね?しかし、それは【言葉自体の中に含まれているわけではない】のではなく【条件を省くと言葉自体の中に含まれている】となるわけです。つまり「2」という数字は1という要素が含まれているのと同じです。結果「1+1=2」なわけです。それをhakobuluさんは『「2」はあくまで「2」であって、あたかも「1」が含まれてるかのように見えるのです』と述べているだけです。ここはおそらくどのように言葉巧みに変形させても覆す事は難しいと思います。もし出来るものならやってもらいたですw。

 もう少し気になる点を述べますと

1>「A+B」>

これは「A、B両方」という意味なので別段3つ以上ならんでも問題ないです。その部分を「A+B+C」と表現するにすぎません。

2>「視点を変えた場合の新しい(あるいは別の)状況解釈」が生じるわけであって、「および」という言葉自体に元からorの意味が含まれていたわけではありません。>

大凡辞書に意味を書いた人もそのような意味で書かれたと思うのですが、そうではなくそう見えるだけです。つまり元々あったのだけど発見出来なかっただけです。つまり4次元の視点で言うと意味認識の始まりの時間が先にあってあとで派生する要素があることに気がついたというところだと思います。なので【元からorの意味が含まれていたわけではない】わけではなく、元々含まれていたのですが、それを認識する人が認識できていなかっただけです。故に【あたかも元々orの要素は含まれていなかったかのように】錯覚してるだけです。つまり元々orの要素は含まれていたというのが結論になるはずです。

 しかしながらやたらと【含まれる】というのに引っ掛かって来ますがなぜですか?

すみませんが今日は夜中1:13分を過ぎましたので寝ます。

投稿日時 - 2012-11-08 01:13:33

お礼

>これも辞書的な意味で言っている訳ですよね?これは地動説か天動説かの問題であって、太陽が止まっていると仮定して考えると地球は動いている事になります。しかし地球が止まっていると仮定した場合天は動いている事になります。よって地動説、天動説は両方正しい。というのが正解なわけです。
今回の場合hakobuluさんは辞書を中心に物事を述べているので警察の意図が辞書と同一視しているわけです。しかし私が言いたいのはA警察官とB警察官が必ずしも辞書を中心に発言しているかどうか分からないというポイントです。

「太陽が止まっていると仮定して考える人」と「地球が止まっていると仮定して考える人」の間で会話が成立すると思いますか?
思うなら仕方ありませんが、もし成立しないとすれば、どうすればよいと思いますか?
「A警察官とB警察官が必ずしも辞書を中心に発言しているかどうか分からない」のであれば、辞書を中心に発言するようにすればいいだけでしょ?
また、なぜ辞書を中心に発言してはダメなんですか?
まあ、本題はすでに解決している(ですよね?)ので余談になってしまいますが、ちょっと興味があるので教えていただければな、と思いました。>

 余談ですが暇なので、答えさせて頂きます。ついでに今日は0.5円パチンコで儲けたのでビールを飲みながら答えさせて貰います。

>「太陽が止まっていると仮定して考える人」と「地球が止まっていると仮定して考える人」の間で会話が成立すると思いますか?>

 それは成立する場合もあるし成立しない場合もあると思います。成立する場合は相手の視点と自らの視点を切り替える事が出来る人同士であれば恐らく会話は成立します。
しかしながらどちらか片一方でしか物事を見ない場合成立しない場合があるという事になると思います。

>もし成立しないとすれば、どうすればよいと思いますか?>

 これは上記に書きましたように【視点を切り替える】ことでしょうね。

>「A警察官とB警察官が必ずしも辞書を中心に発言しているかどうか分からない」のであれば、辞書を中心に発言するようにすればいいだけでしょ?>

 なぜ辞書を中心にしなければならないのですか?

>また、なぜ辞書を中心に発言してはダメなんですか?>

 無論ダメではありませんよ、しかし今回は1000万回言ってますが「辞書や正式な意味ではなく、そのような正式な意味を知らずに何気なく「および」を使ったり聞いたりする場合」と「辞書や正式な意味の矛盾点」について取り上げているわけだから、そもそも辞書を中心にした議論ではありません。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-09 00:48:45

ANo.60

#59です。

>AとBを並列して挙げた場合【結果的に】「AとB両方、Aのみの場合Bのみの場合、左記以外の事例」が発生する可能性ということです。

「A および B」に並列の意味があるからこそ、
『【結果的に】「AとB両方、Aのみの場合Bのみの場合、左記以外の事例」が発生する』
ということになりますよね?
つまり、「および」に並列の意味しか無くとも、
『【結果的に】「AとB両方、Aのみの場合Bのみの場合、左記以外の事例」が発生する』
ことになります。
あす、もう少し述べてみますが、それまでの間、この点だけで結構ですから、冷静にお考えください。

投稿日時 - 2012-11-07 01:00:17

ANo.59

以下についてもう一度整理したほうが良いかもしれませんので、再度、述べてみます。
若干ですが新しい視点も混じっていると思いますので、ご理解の一助になることを期待します。

例2:「自転車および歩行者は通行可能です」の場合「自転車と歩行者両方で通行するのは可能、(1)【また自転車と歩行者のどちらか片一方が通行することも可能、】ついでに歩行しなくても構わない」という意味に捉えると思います。

前回は、

お考えになる際に、「発言者の意図」に留意して思考展開なさると良いでしょう。
「通行可能です」と言うのは警察ですが、「~ても構わない」と捉えるのは市民ですよね。
つまり、視点の転換が行なわれているからこそ、orの意味に捉えることが可能なわけです。
警察が「どちらか一方は通行可能」とorの意図で言っているわけではない、という点に気づくことが重要です。

と述べました。
これに加えて、今回は、「および」の辞書解釈について再確認してみましょう。
ネット辞書では、
『複数の事物・事柄を並列して挙げたり、別の事物・事柄を付け加えて言ったりするのに用いる語。と。ならびに。また。そして。「生徒―父兄」「国語、数学、―英語は必修」』
のような説明があることはご存知だと思います。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3&dtype=0&dname=0na&stype=1&index=02615700&pagenum=1
つまり、「および」の意味の本質は、【並列して挙げること】や【付け加えて言ったりすること】なわけです。
そして、重要なのは、「両方で」とか「一緒に」とか「同時に」という意味は本来持っていない、という点です。
この点を理解されると(正式ではない場面に関しても)思考が巡らせやすくなるかと思います。

むろん、
「自転車および歩行者は通行可能です」の場合、
「自転車と歩行者両方で通行するのは可能」
つまり、「両方で」「同時に」通行可能だと解釈するのは構いません。
しかし、
警察がそのような意図で発言したわけではない、ということが大事です。
本質はあくまで並列であり付け加えなのです。
英語の「and」の場合、
walk and chew gum
歩きながらチューインガムをかむ(同時性)
bacon and eggs
ベーコンエッグ(一体性)
などのような用法もありますが、明らかにそういった性質の状況でなければ、無理にこうした同時性や一体性の用法を適用させる必要はない、ということになるでしょう。
言葉は心理の表出ですから、「必要もないのに発言者が、そうした用法を適用させて物を言うことはない」と考えるほうが妥当であり、そのほうが懸案の解決に近づきやすいでしょう。

ですから、
「自転車および歩行者は通行可能です」は、
「自転車は通行可能です。ならびに、歩行者も通行可能です」や、
「自転車は通行可能です。それに、歩行者も通行可能です」といった意味になります。
通行可能という条件の中に、そのふたつが並列的に存在するので、市民個人からすれば、「(わたしは)自転車or歩行で通行可能」と解釈することができるわけです。
警察が【市民のみなさんが通行可能な手段】という視点で「自転車&歩行者」と言っているのに対して
市民は【わたしが通行する手段】という視点で(歩きながら自転車に乗ることはできないので)「自転車or歩行者」と捉える。
こういうことだと思います。

そば屋の場合にも触れておきましょう。
「何ができる?」に対する、
「そば および うどんです」は、
「そばができます。ならびに うどんもできます」や、
「そばができます。それに、うどんもできます」といった意味になります。
店でできるものという条件の中に、そのふたつが並列的に存在するので、客側からすれば、「(わたしは)そばorうどんを注文することができる」と解釈することができるわけです。
主人が【この店ができるもの】という視点で「そば&うどん」と言っているのに対して
客は【わたしが注文するもの】という視点で(両方混ぜたものや、両方を食べるわけではないので)「そばorうどん」と捉える。

主人が最初から「そば か うどんです」と言う場合も多いでしょうね。
この場合は、客の視点に立って(客の立場になって)言っていることになります。
「そば および(&) うどんです」
「そば  か (or) うどんです」
は、「何ができる?」という、同じひとつの状況で発せられたものです。
つまり、あるひとつの状況においても、異なる視点に立てば & と or を使った表現が可能な場合もあることになります。
逆に言うと、『異なる視点だからこそ & と or を使った表現が可能だ』ということです。
尤も、「異なる視点」という条件が必要だという認識に関してはお互いに一致していると思います。
しかし、視点が異なるということは、表現する意味も異なるということです。
「そば および(&) うどんです」は「(できるのは)両方です」という意味ですが、
「そば  か (or) うどんです」は「(食べるのは)一方です」という意味です。
主人の視点では「(できるのは)一方です」という意味になり得ないのと同じく、
客の視点で「(食べるのは)両方です」という意味にはなり得ません。
ですから、異なる視点の一方では「および(&)」を使うことはできないことがおわかりになるでしょう。
つまり、「および(という言葉自体)」に「か(or)」の意味は含まれないことになります。
にもかかわらず、「および(という言葉自体)」に or の意味が含まれる、と考えてしまうと、視点が異ならなくても自由に or の意味で使うことが可能になってしまいます。
それで、
「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」という発言を聞いたとしたら「両方飲むのか?それともどちらか片一方を飲むのか?」と疑問に思ってしまうわけです。
だからこそ、『言葉自体には or の意味は含まれない』という点を押さえることが最も肝心なわけです。

投稿日時 - 2012-11-05 22:56:24

補足

1・>>今回は、「および」の辞書解釈について再確認してみましょう。ネット辞書では、

つまり、「および」の意味の本質は、【並列して挙げること】や【付け加えて言ったりすること】なわけです。>

 わかりましたよ。まったくもって辞書の矛盾点が浮き彫りになってきました。まずトリックは【並列】です。つまり「AおよびB」というのは
{ A+B or A or B or【(左記以外の場合)=(1)】}=「AおよびB」ということがこれで分かりました。これは数学的な概念です。AとBを並列して挙げた場合【結果的に】「AとB両方、Aのみの場合Bのみの場合、左記以外の事例」が発生する可能性ということです。これはhakobuluさんも言っていましたから異論はないと思います。
つまりは何を言わんとしてるのかと言えば【並列】というのは同時にどちらか片一方の場合と(1)が可能性として派生しえる場合があるわけです。つまりこれは確定的で不確定ではない要素になるわけです。無論使い方によるわけですが、物理的にはそういうことになります。平たく言うと(A、B)の並列要素は【結果的に】「AとB両方」「Aのみの場合」「Bのみの場合」「(1)」の場合この4つの要素が物理的に派生する可能性を100%秘めているわけです。
つまりorと勘違いしているのではなく、orの要素が含まれる結果になる場合が【必ずどこかで出てくる】。ということになる訳です。【結果的に】が味噌で時間と状況などの問題が全ての要素を含む場合【必ずどこかで出てくる】という訳です。なのであたかも【勘違い】かのように見えたり【orの要素が無い】ように見えるだけであって4次元のレベルで見ると【必ず含まれる】ことになる訳です。
次に「もしくは」ですがこれは今でも悩んでいるのですが、今の思考の現状報告をしておくと、「AもしくはB」というのは【どちらか片一方を選択する】というのが大前提です。これも4次元まで引き上げると{ A or B or A+B or (1)}≒「AもしくはB」という事になると思います。これだけは100%の確証は出来ませんが、あえて理論を言うと
【片一方を選ぶということはもう片一方も選ぶ可能性を秘めていることが4次元レベルにおいて確実】ということになると思います。
多少強引な例だと思いますが「AもしくはBを自分は持っていこうと思っている」という表現の場合極論「AとB両方とも持っていく可能性がある」という物理的原則が発生します。つまり物理的に可能なんだから結果「AとB両方」が含まれる場合があるのではないか?ということです。
そうすると{ A or B or A+B or (1)}≒「AもしくはB」≒ {A+B or A or B or(1)}=「AおよびB」であり条件の違いを考慮に入れると「AもしくはB」≠「AおよびB」である。というのが結論になりそうです。あとは{ A or B or A+B or (1)}=「AもしくはB」これが100%間違いないという論証を示す事が出来れば、確実に「および」と「もしくは」の類似性を100%証明された事になります。
(今回使わせ頂いた≒は「おそらく」という意味で使わせもらいました)

 
 あとはどうでも良い事なのですがとりあえず補足させてもらいます。


2・>警察がそのような意図で発言したわけではない、ということが大事です。>

これも辞書的な意味で言っている訳ですよね?これは地動説か天動説かの問題であって、太陽が止まっていると仮定して考えると地球は動いている事になります。しかし地球が止まっていると仮定した場合天は動いている事になります。よって地動説、天動説は両方正しい。というのが正解なわけです。
今回の場合hakobuluさんは辞書を中心に物事を述べているので警察の意図が辞書と同一視しているわけです。しかし私が言いたいのはA警察官とB警察官が必ずしも辞書を中心に発言しているかどうか分からないというポイントです。

3・>本質はあくまで並列であり付け加えなのです。>

これも辞書中心の考えということですね。それは本当に良くわかりました。ありがとうございます。

4・>

言葉は心理の表出ですから、「必要もないのに発言者が、そうした用法を適用させて物を言うことはない」と考えるほうが妥当であり、そのほうが懸案の解決に近づきやすいでしょう。>

 これは理解できます。

5・>ですから、
「自転車および歩行者は通行可能です」は、
「自転車は通行可能です。ならびに、歩行者も通行可能です」や、
「自転車は通行可能です。それに、歩行者も通行可能です」といった意味になります。>

 そういう風に言葉を換えれば確かにそうなります。が所詮【言葉を換えたにすぎません】あまり理論的じゃありません。

6・>通行可能という条件の中に、そのふたつが並列的に存在するので、市民個人からすれば、「(わたしは)自転車or歩行で通行可能」と解釈することができるわけです。>

 市民からすればではなく発言者の意図でも可能です。

7・>警察が【市民のみなさんが通行可能な手段】という視点で「自転車&歩行者」と言っているのに対して
市民は【わたしが通行する手段】という視点で(歩きながら自転車に乗ることはできないので)「自転車or歩行者」と捉える。
こういうことだと思います。>

 それは言えてますが、【市民のみなさんが通行可能な手段】という視点が条件になってますよね?これが2で書いた理論そのものです。

8・>そば屋の場合にも触れておきましょう。
「何ができる?」に対する、
「そば および うどんです」は、
「そばができます。ならびに うどんもできます」や、
「そばができます。それに、うどんもできます」といった意味になります。
店でできるものという条件の中に、そのふたつが並列的に存在するので、客側からすれば、「(わたしは)そばorうどんを注文することができる」と解釈することができるわけです。
主人が【この店ができるもの】という視点で「そば&うどん」と言っているのに対して
客は【わたしが注文するもの】という視点で(両方混ぜたものや、両方を食べるわけではないので)「そばorうどん」と捉える。>

 これも7と同じです。わざわざ【】で括っているわけですから分かっているのでしょうけどね。実はそこがネックになっているという視点を考えないと事実は見えてこないわけです。

9・>主人が最初から「そば か うどんです」と言う場合も多いでしょうね。>

 そうでしょ?この場合【両方】頼んでも問題ないわけですよね?状況的に?

10・>この場合は、客の視点に立って(客の立場になって)言っていることになります。
「そば および(&) うどんです」
「そば  か (or) うどんです」
は、「何ができる?」という、同じひとつの状況で発せられたものです。
つまり、あるひとつの状況においても、異なる視点に立てば & と or を使った表現が可能な場合もあることになります。>

 おおーーー「もしくは」に「両方」の意味が含まれる場合があるという物理的事例が出た!これで99%否100%理論証明できる位の事例です。

11・>逆に言うと、『異なる視点だからこそ & と or を使った表現が可能だ』ということです。尤も、「異なる視点」という条件が必要だという認識に関してはお互いに一致していると思います。>

 これは以前から理解しましたということは述べているのでいまさら何も言うことはないです。

12・>しかし、視点が異なるということは、表現する意味も異なるということです。>

 これは1にも書きましたが「もしくは」≒「および」であり【条件】により「もしくは」≠「および」となる。この【条件】が違うから結果「もしくは」≠「および」なるだけです。

13・>「そば および(&) うどんです」は「(できるのは)両方です」という意味ですが、
「そば  か (or) うどんです」は「(食べるのは)一方です」という意味です。>

 おそらく主にそういう事を言わんとしていたのかも知れませんが結果必ずしもそうならいのが結果でしょう。

14・>【にもかかわらず、「および(という言葉自体)」に or の意味が含まれる、と考えてしまうと、視点が異ならなくても自由に or の意味で使うことが可能になってしまいます。】
それで、「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」という発言を聞いたとしたら「両方飲むのか?それともどちらか片一方を飲むのか?」と疑問に思ってしまうわけです。>

【】内で括った部分は理解できますがそれ以外は同意できません。なぜかと言うと「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」という表現に条件が書かれていないからです。なので「両方飲むのか?それともどちらか片一方を飲むのか?」と疑問に思って当然な訳です。

投稿日時 - 2012-11-06 23:31:26

お礼

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-11-06 23:31:40

ANo.58

#57です。

1.
>まず私は何回も申し上げてますが、辞書的解釈はよく理解しました、と申しています。(1-A)に書いたようにそこを論点にしている訳ではないと何度となく申しているわけですから、まずそこからは外れて下さい。その上で質疑応答しましょうと何回も述べてます。

「および」には辞書以外の意味がある、ということですか?

2.
>【辞書とか正式な意味を理解しているからそれに洗脳されそうだと思い込んでいる】ということを聞きたい訳じゃないんですよ。あくまで(1-A)のような用法でなぜそのような個人的感覚になったのですか?と聞いている訳です。
(2)で言えば「そば屋」の例や「自転車と歩行者」の例などを挙げてきました。(否「そば屋」はhakobuluさんが初めに挙げましたがその辺はどうでもいいでしょう)つまり【日常的な用法】としてなぜ「or」があたかも【含まれている】もしくは【付属されている】という感覚に至らないのでしょうか?と聞いている訳です。それでもし(3)のような理由であればそれはそれで良いですが、それだとあまりにも不十分な根拠になっている訳だから、あまり理論的ではないです。

個人的な感覚というのは、過去の経験を元にしているということに他なりません。
過去の経験を具体的に言うと、言葉というものは辞書から覚えることもあるでしょうし、何気なくいつの間にか身についているものもありますよね。
しかし、辞書から覚えるにしても、辞書の解説内容をどのように判断するかは最終的には個人の感覚になると思います。
つまり、このふたつの意味を込めての「個人的感覚」なわけです。
そこまで説明したあとに、なぜ?と言われれば、それは説明不可能です、と言うしかないでしょうね。

因みに、teient さんは、なぜorの意味が含まれると考えるのですか?
その根拠を教えてもらえませんか?
むろん、個人的感覚以外の理由をお持ちなのでしょうから、ぜひそれを教えてください。
わたしが今まで説明してきた以上の理論的内容であるはずですから、今後の参考にさせていただきたいと思います。

3.
>(4)ですがその発言者の意図が「andとor両方の意図」で話していたらどうなるんですか?と以前書きました。そこ答えて頂けますか?

「andとor両方の意図」で話す人がいれば、それは論理破綻だということがわかりませんかね・・・。
まあ、後ほど詳しく説明しましょう・・・。

>(5)それはそうですが、警察からしてみれば「自転車、歩行者両方通行可能であり、また自転車のみでも歩行者のもでも通行可能ですよ。」という意味で言っているわけですよね?そうなると「及び」という言語に「or」が含まれるもしくは付属される形があるのではないだろうか?と散々言ってる訳です。意味分かりますか?

まあ、根本的な勘違いがあると思うので、2の内容と合わせて後ほど詳しく説明します。

4.
>視点の転換が行なわれているからこそ、orの意味に捉えることが可能なわけであって、意味が言葉自体に含まれていないのだから(8)【「および=or」】にはならない。こういうことです。>

 誰が(8)みたいなこと言いました?私はそんな事一言もいってませんよ。あくまでそのように可変的になる場合はあったとしても必ずしも(8)だという意味で言った訳ではありません。その意味で以前「および」≠「or」だが「および」≒「or」だと説明したでしょ?

まあ、≠でも≒でもいいんですが、要するにですね、問題は、「および に or の意味は含まれない」ということなんですよ。
それを認めた、ということでよろしいですね?
意味が可変的であってどうするんですか?
含まれるか含まれないかのいずれかに決まってるでしょう?

5.
><1>【勘違い】から派生して今となっては意味が通じる
<2>およびの意味を【勘違い】しているだけであって「および」に「or」は可変的に付属される場合はない。
のどちらでしょうか?もしも<2>であったら断言します!それはhakobuluさんの勘違いです!なぜなら<1>が正しいからです。<1>が正しくないというまともな理論的根拠を示す事ができれば話は変わってきます。しかし今のところはまだですね。

理論的かどうかはわかりませんが、上に述べたことと合わせて後ほどまとめて申し上げましょう。
本質的な誤解が、そこにはあるということです。
少なくとも「意味は通じません」。

6.
> よってもしも「or」の意味で発言していたり聞いたりしているもしくは付属的に発言や聴取している人がいた場合その人達は全て【正式な意味ではない意味で勘違い】してるのでしょうか!?

すばらしい!
事実にもとづく完璧な発言をしましたね。
全くそのとおりです。

7.
>「作る事が可能な食べ物」という意味でも「そば もしくは うどんなら作れます。また両方作る事もできます」という意味で「そば および うどん」と言っている訳であって「作る事ができる」という主人の意図があったとしても「or」が付属される形にならなければ変でしょ?

惜しいですが違います。
「なら」という仮定条件がついたために論点がすり替わっていますね。
「そば もしくは うどんなら作れます」
というのは、
「そば もしくは うどんであれば、どちらも作れます」
という意味。
つまり、この場合も、あくまで&の意味になるわけです。

もっとわかりやすい例をあげると、
「あなたの料理のレパートリーは何?」と聞いてるわけですよ。
それに対して
「そばorうどん」という意図で答えたら、どちらか一方は作れないことになるでしょ?

8.
>>『「および」という言葉自体に「or」という意味は含まれないが、「および」の状況に関して視点を変えれば「or」が適用もしくは(10)【含まれる】可能性を秘めている』
とでもなるでしょうか。>

(10)に含まれると書いてますよ・・

【状況に関して】という箇所に留意してもらわないと困ります。
今は、そこが論点のはずでしょ?
「言葉自体」に含まれているわけじゃありません。

9.
<「適用」と「含まれる」を一緒にしてはいけません。>

 似たような用法で今回言ってるわけだから今回の議題に置いては殆ど同じでしょ。

全く違います。
言葉の意味をいい加減に扱っていては論理的な論議はできませんよ?

10.
>書いてないでしょ?なら一回目です。

まあ、何回目でも構いませんが、いずれにせよ、どう受け止めようと自由だということを言ったまでですよ。

11.
> なんですか?これは?「反論されたくなければ素直に(h)の言ってる事に納得しろ!反論すればそれに反論するぞ!(h)の自説は正しいんだ!ゴタゴタぬかすな!」という気持ちがにじみ出てる表現に見えますが?そうなんですか?

まあ、あまり興奮してはいけません。
冷静に文脈どおりに受け取ってもらえばいいのですが・・・。
【あたかも私の考え方が間違えていてteientさんの考えは間違えだとレッテルを貼られるのはあまりいい気分ではありません】
とおっしゃいましたよね?
「反論」というのは、相手の考えは間違いだという見解に他なりませんから、当然、相手からも、いやあなたのほうこそ間違いだ、という反論も想定しなくてはいけません。
反論すればそれに反論するぞ!
とおっしゃいますが、反論しなくても、相手の見解を打ち消すことによって論議は成り立つんですよ?
論議に否定は必須なわけです。
わかります?
駄々っ子じゃないんですから、なんでも自分の思うとおりになるわけではないことぐらい、理解したほうがいいですよ。
しかし、それをされるといい気分がしないというのであれば、最初から反論なんかしないで、
「それがあなたの見解ですね。わかりました。回答ありがとうございました」で済ませる選択肢もありますよ?
と申し上げているだけです。

12.
>また仮に「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」という発言を聞いたとしたら「両方飲むのか?それともどちらか片一方を飲むのか?」と疑問に思います。

及びにorの意味もある、と信じていれば、たしかにそう思うでしょうね。
しかし、普通は、面白い冗談言うね、と笑われるか、まちがった使い方をしてるな、と思われるか(または言われるか)、いずれかのはずです。
  

投稿日時 - 2012-11-05 22:25:46

補足

とりあえず重要かと思われるポイントだけ書きます。

1・>「および」には辞書以外の意味がある、ということですか?>

 では聞きますが何故辞書が出来たのですか?
まさか辞書が先に出てきた訳ではないですよね?何が先に出てきたのでしょうか?

投稿日時 - 2012-11-06 23:54:49

ANo.57

#56です。

1.
> これは以前書かれたんで良く分かります。ということは【論理的に考えて自分は間違っている、と思えば素直にそれを認める】訳ですね?念を押して聞いておきます。

そのとおりです。
teient さんは、認めたくなければ認めなくても結構ですよ。
それも個人の自由ですからね。


>そうですよね?それなのに何故個人的感覚の根拠を聞くと理論的に回答してくれないんですかね?

回答してるでしょう。
総括2(1-b)(1-c)をちゃんと読んだんですか?
文章の意味がわからなければ、その箇所を引用して質問してみてください。

3.
>例2:「自転車および歩行者は通行可能です」の場合「自転車と歩行者両方で通行するのは可能、(1)【また自転車と歩行者のどちらか片一方が通行することも可能、】ついでに歩行しなくても構わない」という意味に捉えると思います。
(1)は「or」「もしくは」などのどちらか片一方を選択する行為が含まれている見解になります。もし「or」や「もしくは」の用法が含まれていないとするなら(1)が消えます。つまり【「自転車と歩行者両方で通行するのは可能、ついでに通行しなくても構わない」】という見解になります。
よって「or」や「もしくは」などが含まれていたり、代わりに付属されている場合があるという見解否もはや証明をしたと思います。なにか?不備や異論はありますか?

お考えになる際に、「発言者の意図」に留意して思考展開なさると良いでしょう。
「通行可能です」と言うのは警察ですが、「~ても構わない」と捉えるのは市民ですよね。
つまり、視点の転換が行なわれているからこそ、orの意味に捉えることが可能なわけです。
警察が「どちらか一方は通行可能」とorの意図で言っているわけではない、という点に気づくことが重要です。

4.
<「意味が可変的に含まれる・・・」←おかしいでしょ?>

 なにもおかしくないです。私の言っているのは「意味が可変的に「or」や「もしくは」という意味合いが発生する場合があるわけだから「および」に「or」又は「もしくは」が含まれる場合があるのではないだろうか?」と言ってる訳だからなにもおかしくないと思いますよ

「可変的に含まれる」というのは、含まれない場合もある、という意味ですよ?
含まれたり含まれなかったりしたら「意味」とは言いません。
『可変的に「or」や「もしくは」という意味合いが発生する場合がある』なら論理的な文です。
論理的ではありますが、視点の転換が行なわれているからこそ、orの意味に捉えることが可能なわけであって、意味が言葉自体に含まれていないのだから「および=or」にはならない。
こういうことです。

5.
<時と場所、状況等によって、(2)【「および自体」がorの意味も持っているかのように勘違いすることはある】だろう。>

(2)だと思っているわけですか?

300万回ぐらい言ったと思います。

6.
<『&の意味で「および」を使った同じ(元の)視点のままで、orの意味で「および」を使って表現することはあり得ない』ということ。>

 これに反論すればあり得る。と言えると思います。なぜかと言えば(2)から始まったと仮定した場合それが連鎖されている可能性が十分考えられるからです。もしそうでないと言い張るのであればその根拠を示して下さい。

むろん、あり得ますよ。
しかし、その場合は勘違いしていることになるわけですね。
根拠を知りたかったら、「勘違い」で検索すれば3000万回ぐらいは言及箇所がヒットするんじゃないかな。

7.
<主人の視点での「店でできるもの」は「そば & うどん」ですが、
客の視点に立たないと「お客さんが注文するもの」という意味での「そば or うどん」という思考は出てきませんよね。>

 それは言えてますが主人が「および」をどのように認識しているかという視点が抜けています。主人の視点をhakobuluさんがなぜ「and」の意味で使っていると推測できるわけですか?
簡単に言いますと主人が「提供できる食べ物」という視点で答えていたらどうなるんでしょうか?という意味です。

「提供できる食べ物」という視点で「および(and)」と言わないと、どちらか一方は作れないという意味になってしまいますよね。

8.
<最終的に何が言いたいかというと、
『であるから、視点の転換がないにも拘わらず、orの意図で「および」を使用すると誤りになる』>

 それは重々否まあまあ理解してきましたし、理解したという意思表示は以前何回か言ってきました。しかしそれは逆に言えば「視点の転換があれば「および」をorの意図で使用する事に何の誤りもない」と言っているの同義になります。ということは「および」の意味合いに関して「or」が適用もしくは含まれる可能性を秘めていると認めたも同然です。

えっとですね・・・。
『視点の転換があれば「および」をorの意図で使用する状況もあり得る」というのはわたしが言い出したことだと思うのですが・・・。まあ、それはいいでしょう。
いずれにせよ、「誤りもない」と言いたければ言っても構いませんが、「視点の転換があれば」という点だけはくれぐれもご注意ください。
4を読んでもらってすでにお気づきとは思いますが、念のため繰り返しますと、
「および」という言葉自体に「or」という意味は含まれません。
つまり、わたしなりに表現すると、
『「および」という言葉自体に「or」という意味は含まれないが、「および」の状況に関して視点を変えれば「or」が適用もしくは含まれる可能性を秘めている』
とでもなるでしょうか。
「適用」と「含まれる」を一緒にしてはいけません。

9.
>質疑応答なのですから、「そう思うならどういう理由ですか?」や「そのように思われるなら根拠は何ですか?」と聞いても何も問題ないし、それを示せないのであれば【まともな理論や根拠も無い出鱈目な回答】と私は受け止めます。それは自由ですよね?

どのように受け止めようと、もちろんご自由です。
これは何回言ったか忘れるぐらい言ったと思いますが・・・。
まあ、示しているのに示してないと言われるのは辛いですが、これもわたしの表現力不足と諦めることにしましょう。
これも38万回ぐらい言ったような気がしますね。

10.
>しかしながら、あたかも私の考え方が間違えていてteientさんの考えは間違えだとレッテルを貼られるのはあまりいい気分ではありません。そのような表現は極力控えて頂けますか?

そんなにきつい表現をしましたかね・・・?
まあ、そのように感じさせたのならわたしの不徳の致すところなのでしょう。
しかし、そもそも、

『「AおよびB」の意味が分かりません。』

と言って質問しているわけでしょう?
それに対してわたしが回答したわけですから、その内容に関して、最初に反論を始めたのはteient さんということになりますよね?
反論されるのが嫌なら反論しないほうがいいですよ?
まあ、今後の話ですけどね。
わたしは、あくまで自分の信じている内容を回答としてしているだけなのであって、teient さんの考えをどうこう言うのが、本来の目的じゃないことはご理解いただきたいと思います。

11.
>面倒臭いんで単純に書きますが(h)さんが「orの意味に間違えやすい要因」とか言ましたよね?そうなると普通【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのかな?となりますよね?
そいう事です。これで分からなければちょっと医者行った方がいいですよ?

批判する場合は、引用箇所を明確にしてもらわないと論点がずれますよ?
いずれにせよ、そのように思った、ということですね。
それはわかりました、それは、#50でも書きましたが、以下のようなことに関連するのでしょう。
面倒くさいですが抜粋すると、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『「及び」が、<「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語>とは思わない』と言っています。
もしかすると、ここで食い違いが生じたのかな。
「そば および うどん」を「そば or うどん」と間違いやすいかもしれないが、だからといって、「および」という表現を他で使う段階で、or という意味に使うのは間違いだと気づき難いということはない、というのがわたしの言いたいことです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ということなんでしょう。
この意図は何千回も言っていたと思いますが、おそらく、わたしの表現力不足のために、teient さんが勘違いをしてしまったのでしょう。
まあ、回答者の表現力不足を糾弾するおつもりなら、すみませんでしたね、と言うしかありませんけどね。
いずれにせよ、これは要点ではありませんから、考えが変わったわけではないことと、特に矛盾したことを述べているわけでではないことだけご理解いただければ結構です。
この件に関しては、#54でわかりやすい例を出したつもりなので再掲しますね。

『わたしは および を or の意味でも使ったな』と勘違いする心理は自然だ。
と言っているわけです。
しかし、だからと言って、
「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」
などと言うことは稀だ。

あとは、くどくど言わなくてもおわかりでしょう。
  

投稿日時 - 2012-11-04 18:44:44

補足

1・>> これは以前書かれたんで良く分かります。ということは【論理的に考えて自分は間違っている、と思えば素直にそれを認める】訳ですね?念を押して聞いておきます。

そのとおりです。>

 ではその言葉を信じて書きこみします。

2・>>そうですよね?それなのに何故個人的感覚の根拠を聞くと理論的に回答してくれないんですかね?


回答してるでしょう。
総括2(1-b)(1-c)をちゃんと読んだんですか?
文章の意味がわからなければ、その箇所を引用して質問してみてください。>

>(1-a)
まず、大前提として、「AおよびB」は、「A&B」という意味に限定されます。
それ自体、「AorB」という意味は持っていません。>

(1-A)まずこれに対してですが、これはあくまで正式な意味でという意味合いで私は受け止めています。ですから一般的用語としての用法と食い違いがあるのではないかという主題に現在はなっています。

>(1-b)
これはあくまで私の個人的見解、個人的感覚が根拠になっています。
つまり、学問的根拠はありません。
(1)【基本的には辞書見解に対する解釈を元にしています】が、その解釈自体が個人的見解にならざるを得ないので、このような言葉を選択するのが謙虚な表現になると思います。
辞書見解に対する解釈内容は#25をごらんください。
個人的見解、個人的感覚を根拠にするのはおかしい、という見解があっても良いと思いますが、そのように言いたい場合には、たとえば、(2)【どのような根拠であれば有効なのか、具体例をお示しください。】
最終的には、その根拠も結局、個人的見解、個人的感覚であることを証明させていただけると思います。
ただ、本論とは直接的には無関係の不毛な論議になってしまうことは明らかですので、なるべく避けられたほうが賢明でしょう。>

 (1)ですが、まず私は何回も申し上げてますが、辞書的解釈はよく理解しました、と申しています。(1-A)に書いたようにそこを論点にしている訳ではないと何度となく申しているわけですから、まずそこからは外れて下さい。その上で質疑応答しましょうと何回も述べてます。
【何故個人的感覚の根拠】=【AおよびB」は、「A&B」という意味に限定される】+【辞書的な個人的解釈】ということですよね?私の聞いてる個人的感覚の根拠というのは(1-A)の意味での個人的感覚の根拠を聞いている訳ですよ。つまり(3)【辞書とか正式な意味を理解しているからそれに洗脳されそうだと思い込んでいる】ということを聞きたい訳じゃないんですよ。あくまで(1-A)のような用法でなぜそのような個人的感覚になったのですか?と聞いている訳です。
(2)で言えば「そば屋」の例や「自転車と歩行者」の例などを挙げてきました。(否「そば屋」はhakobuluさんが初めに挙げましたがその辺はどうでもいいでしょう)つまり【日常的な用法】としてなぜ「or」があたかも【含まれている】もしくは【付属されている】という感覚に至らないのでしょうか?と聞いている訳です。それでもし(3)のような理由であればそれはそれで良いですが、それだとあまりにも不十分な根拠になっている訳だから、あまり理論的ではないです。

3・>(4)【お考えになる際に、「発言者の意図」に留意して思考展開なさると良いでしょう。】

(5)【警察が「どちらか一方は通行可能」とorの意図で言っているわけではない】、という点に気づくことが重要です。>

(4)ですがその発言者の意図が「andとor両方の意図」で話していたらどうなるんですか?と以前書きました。そこ答えて頂けますか?
(5)それはそうですが、警察からしてみれば「自転車、歩行者両方通行可能であり、また自転車のみでも歩行者のもでも通行可能ですよ。」という意味で言っているわけですよね?そうなると「及び」という言語に「or」が含まれるもしくは付属される形があるのではないだろうか?と散々言ってる訳です。意味分かりますか?

4・>「可変的に含まれる」というのは、含まれない場合もある、という意味ですよ?
(6)【含まれたり含まれなかったりしたら「意味」とは言いません】。>

(6)?????それはどこでどう決まった定義なんでしょうか?それもまた根拠の薄い個人的感覚ですか?

5・>(7)【『可変的に「or」や「もしくは」という意味合いが発生する場合がある』】なら論理的な文です。>

 同じじゃないの?まあとにかく意味合い的に同じにしろ同じじゃないにしろhakobuluさんの言うところの(7)この意味で言っていると思って下さい。

7・>視点の転換が行なわれているからこそ、orの意味に捉えることが可能なわけであって、意味が言葉自体に含まれていないのだから(8)【「および=or」】にはならない。こういうことです。>

 誰が(8)みたいなこと言いました?私はそんな事一言もいってませんよ。あくまでそのように可変的になる場合はあったとしても必ずしも(8)だという意味で言った訳ではありません。その意味で以前「および」≠「or」だが「および」≒「or」だと説明したでしょ?

8・>、「および自体」がorの意味も持っているかのように(9)【勘違い】することはあるだろう。>と思っているわけですか?

300万回ぐらい言ったと思います。>

 (9)はどのように捉えればいいんですか?
<1>【勘違い】から派生して今となっては意味が通じる
<2>およびの意味を【勘違い】しているだけであって「および」に「or」は可変的に付属される場合はない。
のどちらでしょうか?もしも<2>であったら断言します!それはhakobuluさんの勘違いです!なぜなら<1>が正しいからです。<1>が正しくないというまともな理論的根拠を示す事ができれば話は変わってきます。しかし今のところはまだですね。

9・>これに反論すればあり得る。と言えると思います。なぜかと言えば(2)から始まったと仮定した場合それが連鎖されている可能性が十分考えられるからです。もしそうでないと言い張るのであればその根拠を示して下さい。

むろん、あり得ますよ。
しかし、その場合は【勘違い】していることになるわけですね>

 よってもしも「or」の意味で発言していたり聞いたりしているもしくは付属的に発言や聴取している人がいた場合その人達は全て【正式な意味ではない意味で勘違い】してるのでしょうか!?

10・>簡単に言いますと主人が「提供できる食べ物」という視点で答えていたらどうなるんでしょうか?という意味です。

「提供できる食べ物」という視点で「および(and)」と言わないと、どちらか一方は作れないという意味になってしまいますよね。>

 そういうこと言ってるんじゃないんですよ。(はぐらかそうとしないでくださいね)私も不備を見つけましたが結局やはり「or」が付属されないと「そば屋」の会話はなりたたないと断定しました。
つまり「提供できる食べ物」という視点で「および」を使った場合そば屋主人は「そば もしくは うどんを提供することができる、また両方提供することができる」という意図で言っている筈です。そうでなければ「両方提供することは可能だがそばもしくはうどんは提供してません」という意味になってしまいます。
また私の不備を見つけましたが「作る事が可能な食べ物」という意味でも「そば もしくは うどんなら作れます。また両方作る事もできます」という意味で「そば および うどん」と言っている訳であって「作る事ができる」という主人の意図があったとしても「or」が付属される形にならなければ変でしょ?

11・>『「および」という言葉自体に「or」という意味は含まれないが、「および」の状況に関して視点を変えれば「or」が適用もしくは(10)【含まれる】可能性を秘めている』
とでもなるでしょうか。>

(10)に含まれると書いてますよ・・

12・>「適用」と「含まれる」を一緒にしてはいけません。>

 似たような用法で今回言ってるわけだから今回の議題に置いては殆ど同じでしょ。その違いで「(t)の主張は間違えだ」と導こうという作戦の一部だと思いますがそうは行きません。あ!(h)の無意識であって意図はないかもしれませんがね。どちらにしろそのような手口に嵌らないように気を付けてるんで、出来るだけ横道反らししてあたかも(t)が間違えていて(h)の言ってる事が正しいかのように洗脳しようとしないで下さい。

13・>9.>質疑応答なのですから、「そう思うならどういう理由ですか?」や「そのように思われるなら根拠は何ですか?」と聞いても何も問題ないし、それを示せないのであれば【まともな理論や根拠も無い出鱈目な回答】と私は受け止めます。それは自由ですよね?

どのように受け止めようと、もちろんご自由です。これは何回言ったか忘れるぐらい言ったと思いますが・・・。まあ、示しているのに示してないと言われるのは辛いですが、これもわたしの表現力不足と諦めることにしましょう。これも38万回ぐらい言ったような気がしますね。>

 否今回初めてですよ。私が以前【まともな理論や根拠も無い出鱈目な回答】と書きましたか?書いてないでしょ?なら一回目です。38万回も言ってませんよw

お礼欄に続きます 

投稿日時 - 2012-11-05 17:48:54

お礼

14・>『「AおよびB」の意味が分かりません。』
と言って質問しているわけでしょう?
それに対してわたしが回答したわけですから、その内容に関して、最初に反論を始めたのはteient さんということになりますよね?>

 いや初めは反論はあまりしてないですよ、どちらかというと認めましたし、理解しましたよ、ただし【正式な意味】においてです。あくまで(1-A)の意味で今は質問が変わっていると何回言えば理解できるんですか?

15・>反論されるのが嫌なら反論しないほうがいいですよ?
まあ、今後の話ですけどね。>

 反論?あまり反論はしてませよ、そう聞こえたのなら申し訳ありませんが、私は「矛盾」「論破」という所をメインに書きこんできたつもりです。反論はメインではありません。

16・>反論されるのが嫌なら反論しないほうがいいですよ?わたしは、あくまで自分の信じている内容を回答としてしているだけ>

 なんですか?これは?「反論されたくなければ素直に(h)の言ってる事に納得しろ!反論すればそれに反論するぞ!(h)の自説は正しいんだ!ゴタゴタぬかすな!」という気持ちがにじみ出てる表現に見えますが?そうなんですか?
もしそうであれば 独裁者 や 宗教団体の長 や hakobuluさんの感性に従順しない人はムカつく というようなレベルですよ? この世の中hakobuluさんの思い通りに動いている訳ではないということが未だに理解できませんか?大丈夫ですか頭?以前も言いましたが、もしもですよもしもそのよう精神状態であれば一回病院で見てもらった方がいいですよ?これは本当正直心配して言ってます。

17・>『わたしは および を or の意味でも使ったな』と勘違いする心理は自然だ。と言っているわけです。しかし、だからと言って、「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」などと言うことは稀だ。>

 という事は、以前言っていたように「間違いやすい用語」であり「類似性がある用語」である事は認めるが間違えてる人は少ないだろうということですよね?
まあここはどうでもよいので答えなくていいですが、そうなると「【間違い易い】【類似性】と言っておきながらなんで間違える人は稀なんだろうか?」という疑問は未だに消えませんしかし何れどうでも良くなって消えますし、今はそこはメインではありません。
ついでに<「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」などと言うことは稀だ>そりゃ稀ですよ、およびで表現する人が少ないからです。また仮に「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」という発言を聞いたとしたら「両方飲むのか?それともどちらか片一方を飲むのか?」と疑問に思います。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-11-05 17:49:44

ANo.56

#55です。

1.
> 前置きして聞きますがまず本当に変な意地はないわけですよね?

「変な意地」という言葉の意味を勘違いしてませんか?これはですね、
論理的に考えて自分は間違っている、と思えば素直にそれを認める、という意味であって、
論理的に考えて自分は間違っている、と思わなくても素直にそれを認める、という意味じゃないんですよ?
ですから、あくまで論理的に論じることが重要だ、と言ってるわけです。
人に聞く前に自分の書いていることが論理的かどうか検証したほうがいいんじゃないですか?などと子供じみた応答はしませんけどね・・・。
ま、そういうことです。

2.
>>つまり、or の代わりに & が使われているわけではありません。>

 orの代わりでない事は確かにわかりました。しかし&を使ったり聞いたりする場面においてorの意味が含まれていないと考える人の方が稀であって、上記の文章の中にorが思う存分含まれてますよね?それでどうして(1)【含まれたことにはなりません】と言える訳ですか?そこを教えて頂けないでしょうか?

<仮にそんな突拍子もないことを考えるそば屋がいたとしても、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そば」 or 「うどん」 or 「そばandうどん」 です。』
という意味にならざるを得ないわけです。>
という部分に関してですね。

つまり、or の代わりに & が使われているわけではない、という要点はご理解いただいたので簡単に述べますが、
「そばorうどん」の代わりに「そばandうどん」が使われているわけではない、という意味です。
[and]と表記すべきだったかもしれませんが、文の流れからしてわかると思ったので。

3.
>私の言っている【言葉に含まれる】という意味は時と場所、状況等によって可変的にorという意味が「および」に含まれるのではないでしょうか?と10万回言っている訳です。

【orの意味が「および」という言葉(自体)に含まれる】のであれば、
『時と場所、状況等によって可変的にorという意味が「および」に含まれる』
というのは論理破綻です。
「意味が可変的に含まれる・・・」←おかしいでしょ?
「意味が可変的に適用される」なら通じますけどね。
まあ、言いたいことはわかるのでいいですが、「含まれる」の意味を厳密に使用すべき状況です。
結局、「および自体」がorの意味も持っていて、時と場所、状況等によって&の意味として使ったり、orの意味として使ったりすることができる、と言いたいわけですよね。

そうすると、
「&の意味なのかorの意味なのかは、その場の会話に参加している人の阿吽の呼吸でお互いに理解し合うようになっている。あるいは、どちらの意味なのかを相手に尋ねるようになっている」
こういうお考えなわけですね?
「言葉自体にorの意味が含まれる」と考えればそうなりますよね。
わたしは、
「&の意味しかないので、その場の会話に参加している人は意味を即座にお互いに理解できるようになっている」
と思います。
「言葉自体にはorの意味が含まれていない」と考えるからです。
時と場所、状況等によって、「および自体」がorの意味も持っているかのように勘違いすることはあるだろう。
しかし、それは、視点の転換が行なわれたからにすぎず、
『&の意味で「および」を使った同じ(元の)視点のままで、orの意味で「および」を使って表現することはあり得ない』
ということ。
主人の視点での「店でできるもの」は「そば & うどん」ですが、
客の視点に立たないと「お客さんが注文するもの」という意味での「そば or うどん」という思考は出てきませんよね。
最終的に何が言いたいかというと、
『であるから、視点の転換がないにも拘わらず、orの意図で「および」を使用すると誤りになる』
ということなんですが、これも数回ぐらいはすでに述べたことだと思うので、きちんと読めばご理解いただけるでしょう。

4.
>「当たり前だ自由権を侵害されてたまるか」と3万回以上答えました。

ですから、自由に自由権を行使して、「わたしは含まれると思う」と自由に言えば済むことでしょ?
と言ってるんですが、通じていなかったようですね。
わたしは、そう思うなら思うで、それもいいでしょう、と言っているわけですから、何が問題なのかよくわかりませんね・・・。
因みに、わたしにも「わたしは含まれると思わない」と言う自由権はあるんですよね?
もし、無いようなら、その旨お知らせください。
論理の矛盾点を論議するのは構いませんが、最終的にはそういうことなのですから、そこはちゃんと押さえておいてくださいよ、と申し上げているわけです。
まるで、考え方を強制されているかのように、勘違いする必要はありません。

5.
> そこまで言うなら書きますが#54の8の(ア)~(キ)+「『地球が回転してる位の確信があります。』みたいな発言」が根拠です。

ん~~、どうも論理的とは言えないご返事ですね。

(ア)『「もしくは」という意味で「及び」を使った場合、誤用なので、「もしくは」と同等として伝わる可能性は基本的にあり得ない』
(イ)『(及びを使った場合)「どちらか一方をあげると言ったんだ」という理屈は、まだ、おそらく通らない』
(ウ)『及びをorの意味に解する人は稀だ』
(エ)『「および」には&の意味しかない、ということには、それ(地球の自転)と同等程度の自信がある』
(オ)『「及び」が、<「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語>とは思わない』
(カ)『一般人は殆んど「及び」=「両方」で統一認識している、と言わんばかりの表現をしたのはたしかでしょう』
(キ)『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』

の中のどの部分が、
『【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わった』
という意味になるのですか?
と聞いてるんですが・・・。

また、「『地球が回転してる位の確信があります。』みたいな発言」も、
『【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わった』
という意味とどういう関係があるのか、全く理解できないです・・・。
   

投稿日時 - 2012-11-03 15:23:11

補足

1・>論理的に考えて自分は間違っている、と思えば素直にそれを認める、という意味であって、
論理的に考えて自分は間違っている、と思わなくても素直にそれを認める、という意味じゃないんですよ?>

 これは以前書かれたんで良く分かります。ということは【論理的に考えて自分は間違っている、と思えば素直にそれを認める】訳ですね?念を押して聞いておきます。

2・>ですから、あくまで論理的に論じることが重要だ、と言ってるわけです。>

 そうですよね?それなのに何故個人的感覚の根拠を聞くと理論的に回答してくれないんですかね?

3・>人に聞く前に自分の書いていることが論理的かどうか検証したほうがいいんじゃないですか?などと子供じみた応答はしませんけどね・・・。>

 ・・・そうですか、じゃあそういう事にしておきましょう。

4・>「そばorうどん」の代わりに「そばandうどん」が使われているわけではない、という意味です。
[and]と表記すべきだったかもしれませんが、文の流れからしてわかると思ったので。>

 ???今一よく分からなかったのですが、推測して答えます。もしその推測が間違えていたらご了承下さい。
単純に、「および」=and だから 「そばorうどん」の代わりに「そばandうどん」に使えない。つまり「そばorうどん」の代わりに「そば および うどん」に使えない。ということですね?
もしその見解で述べたとした場合。・・・・その前に【orの代わりでない事は確かにわかりました】と書きましたが撤回させて下さい。【代わりに使えなくは無い】という表記にさせて下さい。つまり【代わりに使える場合もある】と思って下さい。
その上で考えると私は「and」を使う場合も「or」が含まれているのではないかと思う訳です。ただし「および」=「and」と捉えていた場合ということになります。
例えで言えば理解してくれると思うのですが
例1:「自転車、歩行者両方は通行可能です」の場合「自転車と歩行者の両方なら通行可能ですがそれ以外の方法では通行不可能です」となると思います。
これが私の言っている矛盾ではありませんか?という本筋です。
例2:「自転車および歩行者は通行可能です」の場合「自転車と歩行者両方で通行するのは可能、(1)【また自転車と歩行者のどちらか片一方が通行することも可能、】ついでに歩行しなくても構わない」という意味に捉えると思います。
(1)は「or」「もしくは」などのどちらか片一方を選択する行為が含まれている見解になります。もし「or」や「もしくは」の用法が含まれていないとするなら(1)が消えます。つまり【「自転車と歩行者両方で通行するのは可能、ついでに歩行しなくても構わない」】という見解になります。
よって「or」や「もしくは」などが含まれていたり、代わりに付属されている場合があるという見解否もはや証明をしたと思います。なにか?不備や異論はありますか?


5・>「意味が可変的に含まれる・・・」←おかしいでしょ?>

 なにもおかしくないです。私の言っているのは「意味が可変的に「or」や「もしくは」という意味合いが発生する場合があるわけだから「および」に「or」又は「もしくは」が含まれる場合があるのではないだろうか?」と言ってる訳だからなにもおかしくないと思いますよ

6・>「意味が可変的に適用される」なら通じますけどね。>

 同じ意味でしょ?

7・>「&の意味なのかorの意味なのかは、その場の会話に参加している人の阿吽の呼吸でお互いに理解し合うようになっている。あるいは、どちらの意味なのかを相手に尋ねるようになっている」
こういうお考えなわけですね?
「言葉自体にorの意味が含まれる」と考えればそうなりますよね>

 そういうことです。

8・>「&の意味しかないので、その場の会話に参加している人は意味を即座にお互いに理解できるようになっている」
と思います。
「言葉自体にはorの意味が含まれていない」と考えるからです。
時と場所、状況等によって、(2)【「および自体」がorの意味も持っているかのように勘違いすることはある】だろう。>

(2)だと思っているわけですか?

9・>『&の意味で「および」を使った同じ(元の)視点のままで、orの意味で「および」を使って表現することはあり得ない』ということ。>

 これに反論すればあり得る。と言えると思います。なぜかと言えば(2)から始まったと仮定した場合それが連鎖されている可能性が十分考えられるからです。もしそうでないと言い張るのであればその根拠を示して下さい。

10・>主人の視点での「店でできるもの」は「そば & うどん」ですが、
客の視点に立たないと「お客さんが注文するもの」という意味での「そば or うどん」という思考は出てきませんよね。>

 それは言えてますが主人が「および」をどのように認識しているかという視点が抜けています。主人の視点をhakobuluさんがなぜ「and」の意味で使っていると推測できるわけですか?
簡単に言いますと主人が「提供できる食べ物」という視点で答えていたらどうなるんでしょうか?という意味です。

11・>最終的に何が言いたいかというと、
『であるから、視点の転換がないにも拘わらず、orの意図で「および」を使用すると誤りになる』>

 それは重々否まあまあ理解してきましたし、理解したという意思表示は以前何回か言ってきました。しかしそれは逆に言えば「視点の転換があれば「および」をorの意図で使用する事に何の誤りもない」と言っているの同義になります。ということは「および」の意味合いに関して「or」が適用もしくは含まれる可能性を秘めていると認めたも同然です。

12・>ということなんですが、これも数回ぐらいはすでに述べたことだと思うので、きちんと読めばご理解いただけるでしょう。>

 そうするとやはり「および」に「or」が適用される場合があったり含まれるような意味に捉える事が可能だということを自ら証明したことになります。

13・>因みに、わたしにも「わたしは含まれると思わない」と言う自由権はあるんですよね?>

 ありますよ、ただ人を騙したり法に触れるような嘘ついたりなどの迷惑行為の場合自由権は利きません。あくまで法の上で自由な訳です。
どうでもいいですが今回は自由権の質問しているわけではなく、質疑応答なのですから、「そう思うならどういう理由ですか?」や「そのように思われるなら根拠は何ですか?」と聞いても何も問題ないし、それを示せないのであれば【まともな理論や根拠も無い出鱈目な回答】と私は受け止めます。それは自由ですよね?

14・>まるで、考え方を強制されているかのように、勘違いする必要はありません。>

 あたりまえです。法を破ってるような強制や嫌がらせ目的の強制、または悪意のある強制、法の上での自由権を侵害するような強制をすれば強要行為ですから民法上違法行為にあたります。(ただし詳しくは知りません。法律家ではないのでそこまでの保証はしかねます)
しかしながら、あたかも私の考え方が間違えていてteientさんの考えは間違えだとレッテルを貼られるのはあまりいい気分ではありません。そのような表現は極力控えて頂けますか?

15・>ん~~、どうも論理的とは言えないご返事ですね。
(ア)『「もしくは」という意味で「及び」を使った場合、誤用なので、「もしくは」と同等として伝わる可能性は基本的にあり得ない』

(キ)『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』
の中のどの部分が、『【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わった』という意味になるのですか?と聞いてるんですが・・・。>

 それ答えなきゃいけないんですか?分かるでしょ?本当に分からないんですか?
面倒臭いんで単純に書きますが(h)さんが「orの意味に間違えやすい要因」とか言ましたよね?そうなると普通【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのかな?となりますよね?
そいう事です。これで分からなければちょっと医者行った方がいいですよ?

16・>また、「『地球が回転してる位の確信があります。』みたいな発言」も、
『【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わった』
という意味とどういう関係があるのか、全く理解できないです・・・。>

 これは確かに私が捉え間違いしたのかもしれませんが「【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】と思っています、その確信は地球が回転してる位の確信があります。」という意味で言ったのかな?と思っただけです。

投稿日時 - 2012-11-04 12:15:12

お礼

 4の最後の方に【ついでに歩行しなくても構わない】と書きましたが【ついでに通行しなくても構わない】でした。訂正します。

誠に回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-04 12:21:11

ANo.55

#54です。

1.
>そうすると
「そば および うどんです」=「【店で出来る物】は そば および うどん です。『ですから、結果として』【お客さんが注文出来るもの】は そば or うどん です。」付け加えるなら「【お客さんが注文出来るもの】はそばandうどんも可能です」と言ったところでしょう。
 つまり「そば および うどんです」に「or」の意味が含まれましたね。

問題点がふたつありますね。
まずですが、含まれたことにはなりません。
そんな意図をつけくわえるそば屋はまずいないでしょうが、万が一いたとしても、それは、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そば」 or 「うどん」 or 「そばandうどん」 です。』
という意味でしょ?

『【お客さんが注文出来るもの】は 「そばandうどん」 です。』
という意味だけで主人が言ったとすれば、それは相当おかしな人になるでしょうね。
両方を食おうと思う客はまずいない、と考えるのが人間の自然の心理ですから、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そば」 or 「うどん」です。』
という意図は一切無視して、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そばandうどん」 です。』
とだけ考えるそば屋は、まずいないんじゃないでしょうか?
ですから、仮にそんな突拍子もないことを考えるそば屋がいたとしても、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そば」 or 「うどん」 or 「そばandうどん」 です。』
という意味にならざるを得ないわけです。
つまり、or の代わりに & が使われているわけではありません。
これで理解できたでしょうか?
  
2.
>つまり「そば頂戴」と言って「あいよ」と答えてコミュニケーションが通じればやはり「or」は含まれることになります。

そんなことは200年前から言ってるでしょ?
ただ、「その状況に含まれる」と「その言葉に含まれる」では意味が全く違う、ということが論点のはずでしょ?
その違いが理解できますか?
それができなければいくら話しても無駄なんですけどね・・・。

「意味が全く違うとは何を意味しているのか」ということに関しては、すでに1万回ぐらい説明してきたと思いますが、わたしの表現力が不足していた可能性もあると思うので、もういちどだけ説明しましょう。
「その状況に含まれる」と考えれば、
『「および」を使ったAという文の状況において、視点を変えればorの意味に考えることが可能なこともあるが、(あくまで「Aという文の状況において」という条件つきなので)常にor の意味に考えることができるわけではない』という解釈が可能になります。
「その言葉に含まれる」と考えれば、
『「および」には、常にor の意味が含まれると考えてよい』という解釈しかできなくなります。
「その状況に含まれる」か「その言葉に含まれる」かというのは、最も根幹の論点になっているわけです。
ここを外すと本質も外した論議になってしまいます。

「表彰状 および 金一封を差し上げます」と言われた場合、後者は、
『「表彰状だけ」なのか「金一封だけ」なのか「表彰状 & 金一封」なのか?』
と悩まなくてはならないことになりますよね。
現在の「および」の国語的意味は、そうした状況にある、とteient さんは考えていることになりますが、それは、1万5千回ぐらい言ってきたと思いますが、個人の自由です。
単に、わたしはそうは思わない、と個人的感覚で言っているだけです。

2.
えっと、ところで8は読んでいただけましたか?

『ですから、言ったと言ってるじゃありませんか。だからどうしましたか?
わたしの言った過去の発言内容は確信してもらったと思いますが、【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですね、という解釈は、どの部分を根拠になさったのですか?』
という意味なんですけどね・・・。
正確に表現しなかったせいで誤解を招きましたかね?

と書いたと思うのですが、これは、

『ですから、言ったと言ってるじゃありませんか。だからどうしましたか?
わたしの言った過去の発言内容は確信してもらったと思いますが、【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですね、という解釈は、どの部分を根拠になさったのですか?』
という意味なんですけどね・・・。
正確に表現しなかったせいで誤解を招きましたかね?
どの部分を根拠になさったのか教えていただけますか?

という意味なんですよ。
またわたしの表現不足のせいで意味がうまく伝わらす、それでお答えになっていないのかなとも思いましたので、念のため正確に意味を書いておきました。
あ、要点じゃないから答える気はない、という意味だったのかな・・・?
まあ、たしかに要点とは言えませんからね。
その場合は、無理に答えてもらう必要はありませんよ。

投稿日時 - 2012-11-02 14:49:27

補足

 前置きして聞きますがまず本当に変な意地はないわけですよね?その上で答えていると受け止めてよいですか?

>問題点がふたつありますね。
まずですが、(1)【含まれたことにはなりません。】
そんな意図をつけくわえるそば屋はまずいないでしょうが、万が一いたとしても、それは、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そば」 or 「うどん」 or 「そばandうどん」 です。』
という意味でしょ?
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そばandうどん」 です。』
という意味だけで主人が言ったとすれば、それは相当おかしな人になるでしょうね。
両方を食おうと思う客はまずいない、と考えるのが人間の自然の心理ですから、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そば」 or 「うどん」です。』
という意図は一切無視して、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そばandうどん」 です。』
とだけ考えるそば屋は、まずいないんじゃないでしょうか?
ですから、仮にそんな突拍子もないことを考えるそば屋がいたとしても、
『【お客さんが注文出来るもの】は 「そば」 or 「うどん」 or 「そばandうどん」 です。』
という意味にならざるを得ないわけです。>

 まずですね何処に(1)【含まれたことにはなりません】というのが上記の文章に示されているのでしょうか?

>つまり、or の代わりに & が使われているわけではありません。>

 orの代わりでない事は確かにわかりました。しかし&を使ったり聞いたりする場面においてorの意味が含まれていないと考える人の方が稀であって、上記の文章の中にorが思う存分含まれてますよね?それでどうして(1)【含まれたことにはなりません】と言える訳ですか?そこを教えて頂けないでしょうか?

>これで理解できたでしょうか?>

 ということで全く理解できてません。

>「その言葉に含まれる」と考えれば、
(2)【『「および」には、常にor の意味が含まれると考えてよい』という解釈しかできなくなります。】
「その状況に含まれる」か「その言葉に含まれる」かというのは、最も根幹の論点になっているわけです。
ここを外すと本質も外した論議になってしまいます。>

 違います。私の言っている【言葉に含まれる】という意味は時と場所、状況等によって可変的にorという意味が「および」に含まれるのではないでしょうか?と10万回言っている訳です。それでも含まれないというのであれば何故ですかと?と100万回位聞いてる訳です。
 まったくもって(2)の意味で言っている訳ではありません。これで私の言っている本筋がお分かりになられたでしょうか?

>「表彰状 および 金一封を差し上げます」と言われた場合、後者は、
『「表彰状だけ」なのか「金一封だけ」なのか「表彰状 & 金一封」なのか?』
と悩まなくてはならないことになりますよね。
(3)【現在の「および」の国語的意味は、そうした状況にある、とteient さんは考えている】ことになりますが、それは、1万5千回ぐらい言ってきたと思いますが、(4)【個人の自由です。】
(5)【単に、わたしはそうは思わない、と個人的感覚で言っているだけです。】>

 まず(5)に対してなぜそのように個人的感覚で予測されるのですか?という風に1万5千回位聞き返したわけですが、それに対して(h)「なら(t)がそう思う理由を述べてください。(h)にだけ理由を聞いて自分は答えないというのは子供の嫌がらせと同じレベルですよ」みたいなことを言っていたので、その(3)の理由を私は答えました。
しかしながら(h)さんは「間違いやすい言語であることは確かだ、しかし間違えた捉えかたをしてる人は少ないだろう」という根拠がかかれていない事しか述べていないわけですよ。それを聞いて「ああそうなんですかだから(h)さんはそう思われた訳ですね」とならないんですよ。(4)は「当たり前だ自由権を侵害されてたまるか」と3万回以上答えました。

>『ですから、言ったと言ってるじゃありませんか。だからどうしましたか?
わたしの言った過去の発言内容は確信してもらったと思いますが、【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですね、という解釈は、どの部分を根拠になさったのですか?』
という意味なんですけどね・・・。
正確に表現しなかったせいで誤解を招きましたかね?
どの部分を根拠になさったのか教えていただけますか?>

 そこまで言うなら書きますが#54の8の(ア)~(キ)+「『地球が回転してる位の確信があります。』みたいな発言」が根拠です。

投稿日時 - 2012-11-03 12:00:52

お礼

 回答ありがとうございます。何万回も答えていただきお手数掛けます。
なにか補足に不備があるから物申したいとか矛盾があるから物申したいという理由がありましたなんなりとお書き下さい。お忙しい中大変ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-03 12:03:11

ANo.54

(#51)

1.
<それならば、「どちらか一方だけしか出来ない場合は何と言うのか?」について、参考までに付記してください。>

 ということなので考えさせてもらいます。

面白い例を色々あげていただきありがとうございます。
また、そばが食べたくなりましたよ。
しかし、これらの例は全てボツです。
「何ができますか?」
「そば ○ うどんです」
この○に「か」の替わりとして入れることができる接続詞は何か?ということに答えないと話がつながらないでしょ?

2.
> めずらしく意見が一致しましたね。というか以外に意見が一致してる場面も多いですよね

気づいていただき良かったですね。

3.
>(1)状況において可変的にorの意味が適用できるのであれば「及び」という言葉の意味の中には「or」の意味が含まれている場合もあると言っても過言ではない。
(2)もはや状況ではなく今となれば殆ど「及び」=「and、or」の用法と遜色ない位の意味で通じる。(あくまで正式な意味を知らない人同士)
というこの二つの意味を込めて『「及び」の意味の中に「or」が含まれる』と言えないだろうか?と私は言っているわけです。

まあ、感覚の違いですから、これ以上言いませんよ。
ただ、(2)の場合、
「あくまで正式な意味を知らない人同士」で意味が通じるのは当然でしょうね。
それはわかります。
「正式な意味を知っている人」と「正式な意味を知らない人」の間では意味が通じないということでもありますね。
ここで、「正式な意味を知らない人」が正式な意味を知ることができれば、「正式な意味を知っている人」との間でも意味が通じるようになりますよね。
その必要性はあまり感じませんか?

4.
<「そばとうどん の両方を一度に注文しなければならない」
「自転車と歩行者が一緒に通行しなければならない」
とおっしゃっているんですね。
これは論理的に想定しづらい状況ですよね。>

 いやそうではないです。もし正式な意味で捉えると「そば、うどん両方が出てくる」という一つのメニューがあると受け手側が思うか「そば と うどんが混合した」という一つのメニューがあると受け手側が思わなければならないということです。
自転車の例の場合は「自転車と歩行者の混合状態のみ通行可能」又は「自転車を手で押して歩く」という風に受け手側は受けとらなければ理論矛盾します。

いや、ですから、『論理的に想定しづらい状況ですよね』と述べたわけです。
矛盾しますよね?
だからこそ、これらの場合には、「別の解釈ができる余地が存在する」ので、& or 両方に捉えることができる状況になっている。
という論理構造です。
女性の場合は矛盾しません。

5.
>しかし「そば および うどん です」とそば屋の人が言った場合大抵【店で出来る物】+【お客さんが注文出来るもの】という意味で言うわけですよね?つまり「【店で出来る物】は そば および うどん です。また【お客さんが注文出来るもの】は そば および うどん です。」というニュアンスで言ったというところまでは理解できるでしょうか?

前半はいいですが、後半の論理展開が違いますね。
「【店で出来る物】は そば および うどん です。『ですから、結果として』【お客さんが注文出来るもの】は そば or うどん です。」
という意図で言うわけですよ。
こういう意図で言っているという「視点の転換」に気づかないと、そば屋の主人本人が、「および」にはorの意味もある、と勘違いする可能性も大いにありますね。

6.
> 分かりますよ、じゃあ<齟齬が生じざるを得ない状況も多い>=<齟齬が仕方なく(やむなく)生じる状況も多い>という意味ではなく<齟齬が生じざるを得ない状況も多い>=<齟齬が仕方なく(やむなく)生じる場合もある>ということですか?

まあ、そういうことですが、女性の例に関して齟齬が生じる、と思うかどうか、ということになると思いますよ。

7.
> 個人的感覚を誇張するのではなく、理論的推測や理論的予測もしくは理論構造そのものをメインにすることはできないのでしょうか?という意味です。つまり個人的感覚で述べるなとは言いませんが質疑応答の場所な訳ですから個人的感覚にしても推測や予測もしくは理論をメインにして頂けませんでしょうか?という気持ちの表れです。

推測や予測というのは、通常の場合、個人的感覚が元になると思いますけどね。
学者じゃないので理論をメインにすることはできませんが、大事なことは、何を元にしてもいいけど、論理的に表現するということでしょうね。

(#52)  
8.
>それで<だからどうかしましたか?>と言われてもな?意味不明?

意味不明ですか・・・。
では、詳細に意味を説明します。
teient さんは『つまり【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですねという意味です。』
と言いましたよね?
それに対してわたしは【変わってませんよ。変わったと言うならそこを指摘してください】と言った。
そして、teient さんが指摘しましたね。
そこで、その指摘された箇所を検証してみると、
(ア)『「もしくは」という意味で「及び」を使った場合、誤用なので、「もしくは」と同等として伝わる可能性は基本的にあり得ない』
(イ)『(及びを使った場合)「どちらか一方をあげると言ったんだ」という理屈は、まだ、おそらく通らない』
(ウ)『及びをorの意味に解する人は稀だ』
(エ)『「および」には&の意味しかない、ということには、それ(地球の自転)と同等程度の自信がある』
(オ)『「及び」が、<「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語>とは思わない』
(カ)『一般人は殆んど「及び」=「両方」で統一認識している、と言わんばかりの表現をしたのはたしかでしょう』
(キ)『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』
ということを私は過去に言っていることがわかりました。
と検証結果を提示しました。

それに対して、「そう思ったんでしょ?」「言ったでしょ」とteient さんは応じましたよね?
ですから、
『ですから、言ったと言ってるじゃありませんか。だからどうしましたか?
わたしの言った過去の発言内容は確信してもらったと思いますが、【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですね、という解釈は、どの部分を根拠になさったのですか?』
という意味なんですけどね・・・。
正確に表現しなかったせいで誤解を招きましたかね?

9.
> 否伝わりましたよ、十分分かりました。

それはよかった。

10.
>しかしhakobuluさんはそのように間違える人は少なくて殆どの人は間違えないだろう見たいな事を言っていたから、その点を述べただけですよ。

なるほど。
まあ、事実を伝えただけなんですが、これも個人的な感覚ですからね。
teient さんは、そうは思わない、ということであれば、それはそれでいいんじゃないですか?

(#53)
11.

×『及びをorの意味に解する人は稀だ』というのは、
○『及びという言葉自体をorの意味に解する人は稀だ』
という意味ですからね。

 『稀』と思っているのになぜ

「視点・立場の転換が行なわれれば、同じ意味であるかのように勘違いしてしまう心理になるのは自然だろう」

 と勘違いし易い場面があることを肯定しつつ『稀』に思うのかが不思議です。しかしここは論点ではないので答えなくてもいいですよ。

いえ、大事な点だと思うので答えさせていただきましょう。
5でも述べたことですが、
そば屋の主人が、
「【店で出来る物】は そば および うどん です。」
と言うとき、
「【お客さんが注文出来るもの】は そば or うどん です。」
という意図も込めて言う可能性は大いにあるわけです。
「【お客さんが注文出来るもの】は そば & うどん です。」
という意図であれば、お客さんは両方注文すべきだ、と思っていることになってしまいますから、そういう意図は持たないわけでしょ?
その場合にですね、視点の転換に気づかないために、
『わたしは および を or の意味でも使ったな』と勘違いする心理は自然だ。
と言っているわけです。
しかし、だからと言って、
「のど渇いたな、どれ、お茶 および コーヒーでも飲むとするか・・・」
などと言うことは稀だ。
と言うことを述べたわけです。
これでどう?
了解?

12.
>一緒にしたくなる私の心理が理解できたでしょうか?

わたしの表現力不足でご迷惑おかけします。
  
  

投稿日時 - 2012-11-01 18:24:49

補足

要点だけのべます。ついでに書きたくなったらお礼欄に書きます。

5>>しかし「そば および うどん です」とそば屋の人が言った場合大抵【店で出来る物】+【お客さんが注文出来るもの】という意味で言うわけですよね?つまり「【店で出来る物】は そば および うどん です。また【お客さんが注文出来るもの】は そば および うどん です。」というニュアンスで言ったというところまでは理解できるでしょうか?>

前半はいいですが、後半の論理展開が違いますね。
「【店で出来る物】は そば および うどん です。『ですから、結果として』【お客さんが注文出来るもの】は そば or うどん です。」
という意図で言うわけですよ。
こういう意図で言っているという「視点の転換」に気づかないと、そば屋の主人本人が、「および」にはorの意味もある、と勘違いする可能性も大いにありますね。>

【後半の理論展開が違う】と仰いましたね?そうすると
「そば および うどんです」=「【店で出来る物】は そば および うどん です。『ですから、結果として』【お客さんが注文出来るもの】は そば or うどん です。」付け加えるなら「【お客さんが注文出来るもの】はそばandうどんも可能です」と言ったところでしょう。
 つまり「そば および うどんです」に「or」の意味が含まれましたね。
また「【店で出来る物】は そば および うどん です。また【お客さんが注文出来るもの】は そば および うどん です。」という意味で作る側が言って、お客さんがどちらか片一方を選択して、その言葉がまかり通った場合、結果「および」という言葉はやはり「or」が含まれる事になるのではないかと思います。
つまり「そば頂戴」と言って「あいよ」と答えてコミュニケーションが通じればやはり「or」は含まれることになります。どっちにしろ「or」が含まれたという証明になるのではないかと思う訳です。なにか異論ありますか?

投稿日時 - 2012-11-02 00:10:12

ANo.53

わかっていると思っていたのですが、どうも怪しくなってきたようで、誤解をされると困るので念のため修正しておきます。

×『及びをorの意味に解する人は稀だ』というのは、
○『及びという言葉自体をorの意味に解する人は稀だ』
という意味ですからね。
視点・立場の転換が行なわれれば、同じ意味であるかのように勘違いしてしまう心理になるのは自然だろう、ということは何度も言っているはずですから、それと一緒にしないようにしてくださいよ。
しかし、だからといって、そのまま他の場面でorの意味で使う人は稀だ、ということです。
    

投稿日時 - 2012-11-01 00:24:29

補足

>×『及びをorの意味に解する人は稀だ』というのは、
○『及びという言葉自体をorの意味に解する人は稀だ』
という意味ですからね。>

 『稀』と思っているのになぜ

「視点・立場の転換が行なわれれば、同じ意味であるかのように勘違いしてしまう心理になるのは自然だろう」

 と勘違いし易い場面があることを肯定しつつ『稀』に思うのかが不思議です。しかしここは論点ではないので答えなくてもいいですよ。

>ということは何度も言っているはずですから、それと一緒にしないようにしてくださいよ。>

 一緒にしたくなる私の心理が理解できたでしょうか?

投稿日時 - 2012-11-01 16:36:58

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-01 16:37:25

ANo.52

#50です。

1.
<【割合がどうのとは言っていません】と言っていますし、『及びをorの意味に解する人は稀だ』と言っていますよね。>

 苦しい言い訳だな~『及びをorの意味に解する人は稀だ』と言ってるじゃないですか。
もうこの時点でそう思っていると述べてるんだから・・・そう思ってたんじゃないの?

そうですよ。
ですから、『及びをorの意味に解する人は稀だ』と言っていますよね?
それがどうかしましたか?
どういう意味で「苦しい言い訳だな~」となるのが皆目検討がつかないので、ぜひ教えてください。

2.
<『一般人は殆んど「及び」=「両方」で統一認識している、と言わんばかりの表現をしたのはたしかでしょう』と言っています。>

 だからそう思っていたんでしょ?

はい、そうですが、それがどうかしましたか?

3.
<『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』と言っています>

 言ってるでしょ!

はい、言ってますが、なにか問題でも?

4.
>その場では間違いやすくても誤用につながることは稀だろう、という意味だったわけです。>

 その【誤用】が何をさしているか分かりませんが【その場で間違いやすい】ということは認めたわけだ?

視点・立場が違えば、同じ意味だという勘違いが発生することはある、ということは最初から認めていたと思うのですが、伝わっていなかったわけですかね・・・。
【その場で「視点・立場の違いから」勘違いしたからといって、及び自体にorの意味があると思って、他の場面でも使う】
これを誤用と表現したつもりです。
まあ、表現力が未熟だったことを責められるのであれば申し訳ないと言うしかありませんが、特に矛盾したことは言っていないと思います。

5.
> メインの討論からはあまり外れていないと思いますが【稀】とか【殆どの人】などの意味で【他の人も間違えていないだろう】という見解は変わったと見ていいですか?

ちゃんと引用してもらわないと食い違いの元になりかねませんので、確認しますが、
『及びをorの意味に解する人は稀だ』
『一般人は殆んど「及び」=「両方」で統一認識している』
『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』
というわたしの見解が変わったか?
と聞いているんですか?
それであれば別に変わっていませんよ。
今まで何を聞いてたんですか?
覚えていませんが、【他の人も間違えていないだろう】と言ったとすれば、それは、大した違いではないと思いますが、【他の人も殆んどは間違えていないだろう】と訂正してもいいですよ。

特に矛盾点がないこともわかったわけですし、お互いの見解も散々述べ合ったわけですし、そろそろ潮時じゃないですかね?
まあ、わたしの表現力不足で色々お手数をかけたようなら、申し訳ないことでした。
別に、見解が一致しなければ地球が破滅するわけではありませんから、気楽に行きましょう。
    

投稿日時 - 2012-10-31 23:51:10

補足

(1)>そうですよ。
ですから、『及びをorの意味に解する人は稀だ』と言っていますよね?
それがどうかしましたか?
どういう意味で「苦しい言い訳だな~」となるのが皆目検討がつかないので、ぜひ教えてください。>

 ご自身も「変なプライドは持ち合わせていない」と言いながら結構もってますね。まあ無意識であることを望みましょう。
hakobuluさんは【認識の変化はない】みたいな事いっていたので、取り上げたわけですよ。しかも【認識の変化があるならそこを指摘しろ】見たいなこと言うから指摘したんですよ。
それで<だからどうかしましたか?>と言われてもな?意味不明?

2~3は以下同文

(2)>視点・立場が違えば、同じ意味だという勘違いが発生することはある、ということは最初から認めていたと思うのですが、伝わっていなかったわけですかね・・・。>

 否伝わりましたよ、十分分かりました。しかしhakobuluさんはそのように間違える人は少なくて殆どの人は間違えないだろう見たいな事を言っていたから、その点を述べただけですよ。

(3)>【その場で「視点・立場の違いから」勘違いしたからといって、及び自体にorの意味があると思って、他の場面でも使う】
これを誤用と表現したつもりです。>

 なんか堂々巡りになりそうなのでこれには答えません。

5・以下同文

投稿日時 - 2012-11-01 16:32:44

お礼

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-11-01 16:32:59

ANo.51

#49です。

1.
>当然でしょうね。
「および」には&の意味しかないからです。
パンとご飯を一度に食べる人はあまりいませんから、違和感を覚えるのは自然な感覚でしょう>

 いやそういう感覚じゃないんだよね・・・パンとご飯を一緒に食べる人もいるかもしれないわけで・・・

ほほう・・・。
「パンとご飯を一緒に食べる」ということに特に違和感は覚えない、ということですね?

>なんというか「パン および ご飯 です」と言われると「パン か ご飯のどっちらかを食べましたよ」っていう感じに聞こえるわけですよ。

まあ、それが普通の感覚でしょうね。
だからこそ違和感を覚えるのだと思いますよ。
「 いやそういう感覚じゃないんだよね・・・パンとご飯を一緒に食べる人もいるかもしれないわけで・・・」というのは思い違いで、
そういう感覚なんじゃないかな・・・。
それに違和感を覚えないのであれば、
「パン および ご飯 です」と言われると「パン か ご飯のどっちらかを食べましたよ」っていう感じに聞こえるわけないでしょ?

2.
(1)「そば および うどんが出来ます」
(2)「そば か うどんが出来ます」
(3)「そばだけを提供することも可能です。また、うどんだけを提供することも可能です。また、両方も可能です。」

 とすると(1)=(3)を想定して発言者側も受信者側も思うわけです。ここまではよいですよね
しかしなながら(2)=(3)でもありますよね?個人的な受け止め方は別として殆ど同じと見て良い筈です。そうすると
(1)=(3)であり(2)=(3)であるならば(1)=(2)となりませんか?

なりません。
(2)「そば か うどんが出来ます」
と言えば、どちらか一方は出来ないことになります。
ですから、
(3)「そばだけを提供することも可能です。また、うどんだけを提供することも可能です。また、両方も可能です。」
と同じ意味にはなりません。
「そば&うどん」が出来なければ、
(3)「そばだけを提供することも可能です。また、うどんだけを提供することも可能です。また、両方も可能です。」
と言うことはできません。

たぶん、
『(2)「そば か うどんが出来ます」
と言えば、どちらか一方は出来ないことになります』
というのが決め付けだと言いそうな気がするので先に言っておきますが、それならば、
「どちらか一方だけしか出来ない場合は何と言うのか?」について、参考までに付記してください。
屁理屈じゃなくて論理的にね。

3.
<「見方によってはorという意味が[及び]が示す状況に含まれる」という意味であれば、まあ、いいでしょう。>

 これが良くて「見方によってはorという意味が[及び]という言葉に含まれる」がダメというのが今一ピンとこないし似てると言えば似てると思いません?

正確に言うと『orという意味が[及び]という言葉自体に含まれる、がダメ』ということです。
たしかに似ていますし、それは否定していません。
しかし、【言葉自体】にその意味が含まれてしまうとすると、全ての状況でorという意味が適用できることになってしまいますよね。
それは、違う、と言っているわけです。
あくまで、状況的に似ているだけなのです。

4.
>hakobuluさん今何歳ですか?

100年前というのはもちろん、かなり前から言っているでしょ、という意味ですよ。

5.
<それを否定しない形であれば、「含まれる」という言葉を使っても意味は同じになるわけですかから、同意しても構いませんよ。>

 ん~そこが難しいところですね。状況から派生して結果意味合いが変わったのではないかと推測します。つまり状況から派生し【及び】という言葉に含まれて流通したのではないかと推測されるわけですから、なんとも言いようがないです。

そういう見解があってもいいでしょうね。
しかし、(いわゆる正式であろうが無かろうが)ほとんどの場面で通用しないことだけは明言しておきます。
あ、これもむろん、個人的な感覚ですけどね。

6.
<男性が「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをあげます」と言ったとき、
女性が「ダイヤの指輪 or 金のネックレスをもらえるんだな」と解釈する必然性はありません。
本来の意味が&であることは共通の認識になっていると思いますが、そうであるのに、わざわざ本来でない意味の「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況を想定する必然性はない、ということです>

> そりゃまあそうでしょうけど、今の質問は本来の意味における矛盾を定義してるわけじゃないわけです。今質問してるのは「本来の意味ではない」もしくは「正式な意味ではない意味」における本来もしくは正式な意味での「及び」の矛盾点を挙げているわけですから、まずそこは押さえていただきたいです。

天皇陛下が、「そば および うどん」と言ったら「そば & うどん」という意味で、
一般市民が、「そば および うどん」と言ったら「そば & うどん」という意味にも使えるし、「そば or うどん」という意味にも使える。
という意味ですか?

>それともしその理論がまかりとおるとすれば「そばとうどん」の例にしても「自転車と歩行者」の例にしても「両方」でなければいけません。しかし片一方でも良いということになるとやはり矛盾が発生します。

つまり、聞き手側の捉え方について言っていることになると思いますが、
「そばとうどん の両方を一度に注文しなければならない」
「自転車と歩行者が一緒に通行しなければならない」
とおっしゃっているんですね。
これは論理的に想定しづらい状況ですよね。
しかし、聞き手側の女性の場合、
「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをもらえる」
は自然に想定できます。
論理に無理がありません。
このような意味で「別の解釈ができる余地は存在しない」という表現を使っています。
しかし、これはあくまでわたしの独断的な表現なんです。
しかも、学問的な根拠もない、単なる個人的な感覚にすぎません。
ひとつのことを説明するには色々なアプローチのしかたがあると思います。
わたしのアプローチが表現力の未熟さも手伝って不適切な表現になっている可能性はあると思います。
納得しづらい、できない、意味不明だ、という感想があっても不思議ではありませんし、どのように思われてもしかたないと思います。
ただ、説明方法は下手かもしれませんが、「および」という言葉自体には&という意味しかない、という個人的な見解を述べているだけです。
信じる信じないはご自由ですし、説明の仕方が納得できないのはわたしの表現能力の問題になると思います。
ここまで話し合ってきたのですから、そういうことになるんじゃないですかね。
お互いに、どうしても相手を説得する必要があって論議しているわけではありませんから、大概のところでけりをつけて、新しい場で再検討されたほうが、有意義な回答を得られる可能性が高いんじゃないですかね。
まあ、質問者と回答者というのは、相性ということもありますからね。
あまり、一人の回答者にこだわりすぎてもエネルギーの無駄遣いになると思います。
その意味も含めて、以後は、本当に回答内容を絞りますので、ご了承くださいね。

7.
> なるほどよく分かりました。しかし前述したとおり私は「正式な意味との矛盾もしくは不整合性」において問いているわけだから、もし正式な見解が正しいとすると&の意味でしか捉える事ができないのでお客は「うどん&そば」を注文しなければならない事になります。しかしそこで自然に「うどん or そば」が注文可能な時点で正式な理論が破綻しているのではないだろうかと問いています。

おっしゃる意味はわかります。
ただ、そば屋の場合、「&の意味でしか捉える事」ができないのは、あくまで主人の【店でできるもの】という視点です。
お客の視点は【自分が注文すべきもの】なので「うどん&そば」を注文しなければならない事にはなりません。
主人は両方作れるるからこそ客は片方を注文できる、という論理的な構造です。
男性は両方あげることができるから女性は両方をもらえる、というのが論理的構造です。
客は片方だけ注文しなければならない必然性がありますが、女性は片方だけもらわなければならない必然性はありません。

8.
>>いずれにせよ、齟齬が生じない場合もあるが、それは偶然そういう状況だっただけであり、齟齬が生じざるを得ない状況も多い、ということさえ伝われば十分です>

以前も書きましたが【多い】とは思い難いです。その理由は以前書きましたので私は書きませんが、ご自身がそのような理由で齟齬が発生する場合が多いと考えるなら井の中の蛙状態ではないかと思います。
無論事実の確かめようが無いのでなんとも言えませんが、なんとなく齟齬の発生が偶然に起こってない場合が多様に存在する筈です。


「せざるを得ない」というのは、「やむなく」「仕方なく」という意味ですよ。

9.
>>え~っと、総括2(#38)は読んでいただいたんですよね?
(1-b)に詳しく書いてありますので読み直してみてください。
書いてある意味がわからなければ、どうぞ質問なさってください。>

個人的感覚を極力主張するつもりですか・・・・・

そのとおりですが、それが何か?
それ以外に何があるんですか?
 

投稿日時 - 2012-10-31 23:16:03

補足

 #51の1はちょっと何言ってるかよくわからなかったんで飛ばします。

1・>(2)「そば か うどんが出来ます」
と言えば、どちらか一方は出来ないことになります。
ですから>

 ここの認識の違いでああだこうだ言い争ってる元の一つなんでしょう。

2・>『(2)「そば か うどんが出来ます」
と言えば、どちらか一方は出来ないことになります』
というのが決め付けだと言いそうな気がするので先に言っておきますが、>

 そうです。そこが今回一つの要点です。

3・>それならば、「どちらか一方だけしか出来ない場合は何と言うのか?」について、参考までに付記してください。>

 ということなので考えさせてもらいます。

・「そば か うどん のどっちか一方なら作る事はできるけど両方は無理だね」
・「そば と うどん のどちらか一方なら作る事はできるけど両方は無理だね」
・「そばだけならできますよ」
・「うどんだけならできますよ」
・A:「そばが出来ます」
 B:「そば以外は?」
 A:「そば以外は取り扱ってないんですよ」
・B:「ここの店なにが出来るの」
 A:「そば もしくは うどん のどちらか一方ですね」
 B:「ん?片一方しかだめなの?」
 A:「そうなんですよ、うちは食制限がありまして一杯までしか提供してないんですよ」
・B:「ここの店なにが出来るの」
 A:「そば および うどん のどちらか一方ですね」
 B:「ん?片一方しかだめなの?」
 A:「そうなんですよ、うちは食制限がありまして一杯までしか提供してないんですよ」

 とまあ今思いついたのを書いてみました。
理論的に書けとか書いてますけど、前々から言ってますけど正式な意味では書いてないですよ。あくまで私は正式な意味が一般的な意味で使われる場合矛盾が発生しているのではないでしょうか?という質問に今は変わってます。

4・>正確に言うと『orという意味が[及び]という言葉自体に含まれる、がダメ』ということです。
たしかに似ていますし、それは否定していません。>

 めずらしく意見が一致しましたね。というか以外に意見が一致してる場面も多いですよね

5・>しかし、【言葉自体】にその意味が含まれてしまうとすると、全ての状況でorという意味が適用できることになってしまいますよね。
それは、違う、と言っているわけです。>

 ここが感覚の違いでしょう。ここでは二つの意味を挙げます。
(1)状況において可変的にorの意味が適用できるのであれば「及び」という言葉の意味の中には「or」の意味が含まれている場合もあると言っても過言ではない。
(2)もはや状況ではなく今となれば殆ど「及び」=「and、or」の用法と遜色ない位の意味で通じる。(あくまで正式な意味を知らない人同士)
というこの二つの意味を込めて『「及び」の意味の中に「or」が含まれる』と言えないだろうか?と私は言っているわけです。

6・>あくまで、状況的に似ているだけなのです。>

 「似てる」と言うのであればそれは連鎖的に「同じ」に可変する可能性を秘めていると思いませんか?

7・>100年前というのはもちろん、かなり前から言っているでしょ、という意味ですよ>

 そういう意味でしたか、てっきり「この質問に回答する前から知ってる」という意味で言っていたのかと思いました。「100年前」という洒落た(?)ジョークを言ってきたので「hakobuluさん今何歳ですか?」と冗談で返しただけです。

8・>ん~そこが難しいところですね。状況から派生して結果意味合いが変わったのではないかと推測します。つまり状況から派生し【及び】という言葉に含まれて流通したのではないかと推測されるわけですから、なんとも言いようがないです。

そういう見解があってもいいでしょうね。
しかし、(いわゆる正式であろうが無かろうが)ほとんどの場面で通用しないことだけは明言しておきます。>

 まあこの感覚の違いが質疑応答を長引かせている要因なんでしょう。あ!これはつまり私は「正式な意味を知らない人同士の間の中で殆どの場面で通用するのではないか」と思っているという事です。

9・>天皇陛下が、「そば および うどん」と言ったら「そば & うどん」という意味で、
一般市民が、「そば および うどん」と言ったら「そば & うどん」という意味にも使えるし、「そば or うどん」という意味にも使える。
という意味ですか?>

 まあ端的に言えばそういうことです。

10・>「そばとうどん の両方を一度に注文しなければならない」
「自転車と歩行者が一緒に通行しなければならない」
とおっしゃっているんですね。
これは論理的に想定しづらい状況ですよね。>

 いやそうではないです。もし正式な意味で捉えると「そば、うどん両方が出てくる」という一つのメニューがあると受け手側が思うか「そば と うどんが混合した」という一つのメニューがあると受け手側が思わなければならないということです。
自転車の例の場合は「自転車と歩行者の混合状態のみ通行可能」又は「自転車を手で押して歩く」という風に受け手側は受けとらなければ理論矛盾します。

11・>「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをもらえる」は自然に想定できます。
論理に無理がありません。>

 まあ確かに自然にそういう風に思う人もいるかもしれませんが、そう思わない人もいるということです。最低限私は疑問に思っている状態だと思っていただければ分り易いと思います。
もう少しここの要点を言いますと「及び」=「&」というのがそもそもの間違えであって、私は『「及び」=「&」だとは必ずしも思わない』と言ってるわけです。

12・>説明方法は下手かもしれませんが、「および」という言葉自体には&という意味しかない、という個人的な見解を述べているだけです。
信じる信じないはご自由ですし、説明の仕方が納得できないのはわたしの表現能力の問題になると思います。
ここまで話し合ってきたのですから、そういうことになるんじゃないですかね。>

 そういうことになると思います。

13・>お互いに、どうしても相手を説得する必要があって論議しているわけではありませんから、大概のところでけりをつけて、新しい場で再検討されたほうが、有意義な回答を得られる可能性が高いんじゃないですかね。


 私は低いと思います。なぜなら正式な意味を知っている人が書き込めば「andのみorの意味はない」で終わりです。また正式な意味を知らない人からすれば「and、or」と答えると思いますがおそらく正式な意味を知らない人が回答を書こうという気持ちになる人は少ないでしょうからおそらく「andのみorの意味はない」と思っている人の勢いに負けて口を閉ざす結果に終わると思います。哲学カテでの宇宙人の質問をした時と同じような結末になる気がします。それであればまだ(他の人と比べて)理由や理屈をまともに書いているhakobuluさんに質疑応答した方がより正確な場所にたどりつけそうな予感がするので未だに質疑応答してるわけです。

14・>あまり、一人の回答者にこだわりすぎてもエネルギーの無駄遣いになると思います。
その意味も含めて、以後は、本当に回答内容を絞りますので、ご了承くださいね。>

 その辺はかまいません、hakobuluさんの自由なので絞ろうが絞るまいがご自由にお書き下さい。

お礼欄に続く

投稿日時 - 2012-11-01 16:12:00

お礼

補足からの続きです。

15.>おっしゃる意味はわかります。
ただ、そば屋の場合、「&の意味でしか捉える事」ができないのは、あくまで主人の【店でできるもの】という視点です。
お客の視点は【自分が注文すべきもの】なので「うどん&そば」を注文しなければならない事にはなりません。>

 これは10に書いたんで私の言いたいことがそのような意味ではないことは少しは分かって頂けたのではないかと思います。
おそらくご自身も人を騙そうという意図は全く無いと思うのですが、トラップを発見したのでそこで理論展開して見たいと思います。(危なかった・・・)
【店でできるもの】という視点でそば屋は言ったわけですよね?ならば確かにhakobuluさんの言い分は正しいと思いますが、そば屋は【店でできるもの】を言っただけで【お客さんが注文出来るもの】という意味がそこには含まれていないわけです。何が言いたいのかと言いますと【店で出来る物】という意味で「そば および うどん です」と言ったのであれば【お客さんが注文出来るもの】は含まれていない訳です。しかし「そば および うどん です」とそば屋の人が言った場合大抵【店で出来る物】+【お客さんが注文出来るもの】という意味で言うわけですよね?つまり「【店で出来る物】は そば および うどん です。また【お客さんが注文出来るもの】は そば および うどん です。」というニュアンスで言ったというところまでは理解できるでしょうか?
もしこの解釈が正しいなら「【お客さんが注文出来るもの】は そば および うどん です。」と言った場合を考えなければなりません。そうすると
もし正式な意味で捉えると【店でお客さんが注文出来るもの】=【「そば&うどん」という一つのメニューが出来ます】と受け手側は認識し、作る側は【そば と うどんの両方】という意味で言ったことになるわけだから【そば と うどん両方】を提供しなければならない事になります。
しかし一般的な捉え方が【そば 及び うどん】と作る側から言われたら大抵【「そば or うどん」もしくは「そば & うどん」が提供できますよ】という受け取り方をする筈です。そうすると正式な意味と正式ではない意味との間で理論矛盾しているのではないか?と思うわけです。

16・>主人は両方作れるるからこそ客は片方を注文できる、という論理的な構造です。>

 10及び15で説明したのでこの理論構造の不足した部分の説明をしたと思われます。

17・>男性は両方あげることができるから女性は両方をもらえる、というのが論理的構造です。>

 これも多少トラップが仕掛けてある事に気がつかないと構造の一部が壊れかけていることに気がつかないでしょう。11でも言いましたが私は「及び」=「両方」という意味で話を進めている訳ではないので「両方あげる」という文であればその通りでしょうがあくまで私は「及び」における矛盾点を今質問しているわけだからあまり関係の無い話だと思います。

18・>客は片方だけ注文しなければならない必然性がありますが、女性は片方だけもらわなければならない必然性はありません。>

 ということでこれも片方だけもらうという可能性は十二分に含まれます。

19・>「せざるを得ない」というのは、「やむなく」「仕方なく」という意味ですよ。>

 分かりますよ、じゃあ<齟齬が生じざるを得ない状況も多い>=<齟齬が仕方なく(やむなく)生じる状況も多い>という意味ではなく<齟齬が生じざるを得ない状況も多い>=<齟齬が仕方なく(やむなく)生じる場合もある>ということですか?

20・>そのとおりですが、それが何か?それ以外に何があるんですか?>

 個人的感覚を誇張するのではなく、理論的推測や理論的予測もしくは理論構造そのものをメインにすることはできないのでしょうか?という意味です。つまり個人的感覚で述べるなとは言いませんが質疑応答の場所な訳ですから個人的感覚にしても推測や予測もしくは理論をメインにして頂けませんでしょうか?という気持ちの表れです。

誠に回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-01 16:13:38

ANo.50

>つまり【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですねという意味です。

やはり勘違いしてると思いますね。
まず、その件に関する流れを把握しておきましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

h:「よって「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高く」ということを否定したことはありませんが?論点を把握していますか?
「可能性が高い」と「割合が高い」の意味を混同していますね。
わたしの認識は最初から変わっていません。

t:だから「割合が高い可能性が高い」という感覚で言ってたでしょ?

h:どの箇所を指して、そう断言するんですか?
検証してみますので、ぜひ教えてください。
いずれにせよ、「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高い、ということを否定したことはありません。

t:どの個所を指しているのかということなので指します。

こういう流れできているわけですが、teient さんが指摘した箇所を以下に検証してみましょう。
わたしの、【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのかどうかを。

●no.26の2・5ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ちょっとどこを指しているのか不明なので飛ばします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●no.19の1ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1.
>何故そう絶対的に思えるのか不思議でしょうがないです。

お気持ちはわかります。
「及びにはorの意味が絶対含まれている」と誰かが断定したら、わたしも同じ印象を持つと思うので。
地球は回っているのと同じ程度の自信はあります。
回っているという根拠をわたし自身は示すことができないが確信はある、という点についても似ているようです。
あとは、その感覚に同意できるか否かでしょう。
お互いに不思議がっていても始まりませんしね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒これは#17から引用しないと意味が把握できないと思います。
『「もしくは」という意味で「及び」を使った場合、誤用なので、「もしくは」と同等として伝わる可能性は基本的にあり得ない』ということです。≫
について、「地球は回っているのと同じ程度の自信はあります。」と述べている。


●no.17の14ーーーーーーーーーーーーーーーーー
14.
>≪時代の移り変わりと共に誤用が誤用でなくなる時期が来ないとは断定できませんが、少なくとも、「及び」に関しては、まだと思われます。≫

hakobuluさんの感覚ででしょ?

もちろんですが、実際問題として、「あなたに、100万円 及び ベンツをあげます」という契約をした場合は、両方ともあげる必要があります。
「どちらか一方をあげると言ったんだ」という理屈は、まだ、おそらく通らないと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒ここは書いてあるそのままの意味ですよね。
『「どちらか一方をあげると言ったんだ」という理屈は、まだ、おそらく通らない』と言っています。


●no.36の4ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4.
> !?そんなに自信があるのですか・・・じゃあですよ「及び」の正確な意味を知らずに何気に聞いていたり使っていた人対象に信憑性を作るため細工をして統計取った場合、1/1000万人位の平均人数しか出てこない見込みですか・・!? 

いえ、割合がどうのとは言っていませんが、
「ダイヤの指輪および金のネックレスをプレゼントするよ」と言われて、「え?どっちをくれるの?」と聞き返す女性はたぶん非常に稀ではないかな、ということになりますかね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒【割合がどうのとは言っていません】と言っていますし、『及びをorの意味に解する人は稀だ』と言っていますよね。


●no.33の8ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
8.
>しかしながら「どの程度の確信の度合いなのか?」という疑問に「地球は自転してる程の自信がある」みたいな事を言っていましたね?(違えば修正してください)【地球は自転してる程の自信がある】=【日本語を利用もしくは聞く認識全ての人は(辞書、法令用語などを基準に)「及び」を「and、or」などとは勘違いしてないだろう。勘違いしていてもごく稀であり1000万人に1人とかそれ位だろう】位の意味でしょうか?

「および」には&の意味しかない、ということには、それと同等程度の自信がある、という意味です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒まあ、これは書いてあるままの意味ですからわかるでしょう。
『「および」には&の意味しかない、ということには、それと同等程度の自信がある』です。


●no.32の3・4ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
3.
>ではこうは考えられないでしょうか?「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」という想像力は働かないでしょうか?

そういう用語もおそらくあるでしょうね。
ただ、「及び」に関しては違います(と、わたしの感覚では、かなりの確信を持って言える、と考えます)。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒ここは、#30の
 <[及び という言葉は、]「間違いやすい」が、「その表現を使う段階で間違いに気づくのが一般的な用語」のひとつになると思う>というわたしの見解を受けての質問から始まっていますね。
『「及び」が、<「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語>とは思わない』と言っています。
もしかすると、ここで食い違いが生じたのかな。
「そば および うどん」を「そば or うどん」と間違いやすいかもしれないが、だからといって、「および」という表現を他で使う段階で、or という意味に使うのは間違いだと気づき難いということはない、というのがわたしの言いたいことです。
ーーーーーーーーー
4.
>たしかご自身は「一般人はみな「及び」=「両方」で統一認識している」と言わんばかりの表現をしていたように記憶してますが?

一般人はみな、というか、殆んどの人は、という意味にお考えください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒『一般人は殆んど「及び」=「両方」で統一認識している、と言わんばかりの表現をしたのはたしかでしょう』と言っています。


●no.39の3ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3.
<この客が勘違いしたまま「及び」を使っていけば、ある程度は連鎖的に増えていく可能性はあるでしょう。>

 そう思うでしょ?そう考えると殆どの人もしくは1/1000万人の人数割合で【両方】という意味で捉えているだろうという推測はおそらく外れていると思われます。

そういう連鎖が一定の割合で生じる可能性はある、という意味です。
無限に連鎖するという意味ではありません。
まあ、割合的にどのぐらいかはわかりませんが、「わたしは、ダイヤの指輪 および 金のネックレスを持っている」と言えば、殆んどの人が両方持っている、という意味に解釈するでしょうね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』と言っています。


以上の『』部がわたしの見解の要旨だと思うので、見やすくするため下に列挙してみましょう。
(ア)『「もしくは」という意味で「及び」を使った場合、誤用なので、「もしくは」と同等として伝わる可能性は基本的にあり得ない』
(イ)『(及びを使った場合)「どちらか一方をあげると言ったんだ」という理屈は、まだ、おそらく通らない』
(ウ)『及びをorの意味に解する人は稀だ』
(エ)『「および」には&の意味しかない、ということには、それ(地球の自転)と同等程度の自信がある』
(オ)『「及び」が、<「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語>とは思わない』
(カ)『一般人は殆んど「及び」=「両方」で統一認識している、と言わんばかりの表現をしたのはたしかでしょう』
(キ)『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』

こうした見解について、
>つまり【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですね

とおっしゃっていることになりますよね。
もし、(オ)だけに関しておっしゃっているのであれば、たしかに食い違いが生じた可能性はあるかもしれません。それは、
<「そば および うどん」を「そば or うどん」と間違いやすいかもしれないが、だからといって、「および」という表現を他で使う段階で、or という意味に使うのは間違いだと気づき難いということはない>
という意味を、わたしが上手く表現できなかったからなのでしょう。
その場では間違いやすくても誤用につながることは稀だろう、という意味だったわけです。
まあ、わたしの表現不足ということにしてもらって構いません。
結論としては、何ら矛盾点はないように思えるのですが、どうですか?
もしあれば、具体的に引用してご指摘いただくと応じやすくなると思います。
      

投稿日時 - 2012-10-31 17:06:09

補足

>【割合がどうのとは言っていません】と言っていますし、『及びをorの意味に解する人は稀だ』と言っていますよね。>

 苦しい言い訳だな~『及びをorの意味に解する人は稀だ』と言ってるじゃないですか。
もうこの時点でそう思っていると述べてるんだから・・・そう思ってたんじゃないの?

>『一般人は殆んど「及び」=「両方」で統一認識している、と言わんばかりの表現をしたのはたしかでしょう』と言っています。>

 だからそう思っていたんでしょ?

>『殆んどの人が&の意味に解釈するだろう』と言っています>

 言ってるでしょ!

>その場では間違いやすくても誤用につながることは稀だろう、という意味だったわけです。>

 その【誤用】が何をさしているか分かりませんが【その場で間違いやすい】ということは認めたわけだ?

>まあ、わたしの表現不足ということにしてもらって構いません。
結論としては、何ら矛盾点はないように思えるのですが、どうですか?>

 メインの討論からはあまり外れていないと思いますが【稀】とか【殆どの人】などの意味で【他の人も間違えていないだろう】という見解は変わったと見ていいですか?

投稿日時 - 2012-10-31 21:19:15

ANo.49

本質に関係ない箇所は、きりがないのでスルーして回答します。
どちらかが自制する必要があるので、その役を引き受けましょう。
触れられていないものの中で、どうしても答えるべきだと思う項目があれば、再度補足してください。

(#47)
1.
>>「か」に&の意味があるのであれば、「パン か ごはんですね」と言われたら「両方召しあがったかどうか」すぐわかるはずですよね。>

だからさ見方や視点を変えたりすると両方になるわけだから「両方」を示してないのであればこの文章ではわからないわけだからさ、それはないでしょ?

なるほど、たしかにそれは論理的な見解です。
失礼しました。

2.
<「今朝、何を食べましたか?」「パン および ごはんです」>と言われても違和感を覚えます。

当然でしょうね。
「および」には&の意味しかないからです。
パンとご飯を一度に食べる人はあまりいませんから、違和感を覚えるのは自然な感覚でしょう。

3.
>>大事なことは、onlyの後です。自転車only通行してもよい とか 歩行者only通行してもよい を肯定しているのであって、自転車only通行可能 とか 歩行者only通行可能 を肯定しているわけではありません。>

これ以前も同じこと書きましたが言ってる意味がわかりません?なにを言わんとしてるんですか?

意味がわかりませんか・・・。
これもわたしの表現不足なんでしょう。
「自転車だけ【で】通行してもよい」と「自転車だけ通行可能」では、意味が異なる、ということなんですが。
これなら通じますか?

4.
>!まあ認識が変わったというのはあるいみ収穫でした。

だれも変わったとは言っていませんけど?

5.
>つまり【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですねという意味です。

やはり勘違いしてると思いますね。
ま、長くなるので後ほど改めて投稿解説しましょう。

6.
>いや混同してませんよ、なぜなら私は事実だと思って語っているからです。w

事実と思っていることが、単なる思い込み、つまり意地だということもありますから、そのへんはお互い、論理的にアプローチしていこうじゃありませんか。

(#48)
7.
<「(1)そばだけを提供することも可能です。」
というのは、とりもなおさず、「うどんを提供することも可能です」という意味になります。
つまり、この場合でもあくまで&なのです。
この文の場合「も」という助詞が鍵です。
「(1)そばだけを提供することが可能です。」
であれば意味が違ってきますからね。
「及び=andでありorは含まれない」という理論に矛盾してはいません。>

「(1)そばだけを提供することも可能です。」の「だけ」を見て下さい。これはonlyでしょ?
そうすると状況的に「そばだけ」提供してる状況と同一なわけですよね?なら見方によってはorというのが含まれるという事になりませんか?

#46をちゃんと読んでいただいたのならわかっていると思いますが、
『主人の立場による「当店ができるもの」という視点の「そば & うどん(ができます)」
と、
客の立場による「自分が注文すべきもの」という視点の「そば or うどん(を注文すれば良い)」
を混同してはいけません。』
ということです。
また、
「見方によってはorというのが含まれる」という箇所はきちんと表現する必要があるでしょうね。
「見方によってはorという意味が[及び]という言葉に含まれる」という意味であれば、違います。
「見方によってはorという意味が[及び]が示す状況に含まれる」という意味であれば、まあ、いいでしょう。
わたしとしては、「含まれる」という表現は誤解を招きやすいのでなるべく使いたくないのですが、「視点・立場の転換」によって、&がorと同じ意味となるように見える状況というものはある、ということは100年前から言ってます。
それを否定しない形であれば、「含まれる」という言葉を使っても意味は同じになるわけですかから、同意しても構いませんよ。

8.
<男性は、「わたしがあげるもの」という視点で「ダイヤの指輪 および 金のネックレスをあげる」と言いました。
男性の視点から見た、「わたしがあげるもの」としての「ダイヤの指輪 & 金のネックレス」という状況は、
女性の視点から見て、「自分がもらうもの」としての「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況にはなりませんよね。>

 なんで?なる場合もあるんじゃないの?例えば両方貰ったとして、「え!両方くれるの!?ありがとー!」と女性が思ったらどうなるの?

それは、その女性が「および」の意味を知らなかっただけです。
orの意味もあると勘違いしていたことになります。
まあ、これは何回もお互いに言ってきたことですのでこれ以上繰り返しても無駄でしょう。
総括2を中心によく読み返していただいて、ご理解につながることを期待するしかありません。

9.
<女性の視点から見て、「ひとつだけは欲しいけど、もうひとつは自分が質屋に入れることができるもの」として、男性の言葉を捉えたならば「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況がある、と判断することも可能でしょう。
しかし、その男性の言葉を【同じ状況という認識】で、そのように解釈をする女性は殆んどいないだろうとわたしは推測するわけです。
それが、「別の解釈ができる余地は存在しない」の意味です。>

 すみません、全然理解できないです。

読み返してみて、かなり煩雑で趣旨が不明確な悪文だと反省しています。
たとえば、次のような意味だとお考えいただければ幸いです。
そば屋の場合、
主人が「そば&うどんができます」と言えば、
客は「そばorうどんを注文すればいいんだな」と解釈するのは自然です。
客の立場としては、「そば&うどん」を食べるわけではないからこそ or の視点を持つのが自然なのです。(この点はたしか以前、理解していただいたと思います)
しかし、
男性が「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをあげます」と言ったとき、
女性が「ダイヤの指輪 or 金のネックレスをもらえるんだな」と解釈する必然性はありません。
本来の意味が&であることは共通の認識になっていると思いますが、そうであるのに、わざわざ本来でない意味の「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況を想定する必然性はない、ということです。
女性の立場としては、男性から視点が変わっても「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをもらえる」のように考えても、その思考内容に不整合は生じません。
そば屋の客が、主人から視点が変わって「そば & うどんを注文すればいいんだな」と考えたら不整合が生じます。
だからこそ、「そばorうどんを注文すればいいんだな」という視点の転換が無意識的に、自然に行なわれるわけです。
女性の場合は、そのような状況とは異なって、別の解釈をする必要性が無い。
これが「別の解釈ができる余地は存在しない」の意味です。

そもそも、これは齟齬が生じるかどうか、から出てきた話でしたよね。
前者の場合は、「(そばの注文というひとつの同じ場面において)別の解釈ができる余地が存在する」ため、視点を変えて、一方は&、一方はorのような解釈をしても、それぞれ「別の解釈をしたのだ」とお互いに捉えることが可能になる状況である。
よって齟齬は生じない。
後者の場合は、「(プレゼントの約束というひとつの同じ場面において)別の解釈ができる余地が存在しない」ため、視点を変えても、同じ解釈しかできない状況である。
にも拘わらず、一方は&、一方はorのような解釈をすると、齟齬が生じる。
この説明でもちょっと自信はないのですが、大体こういうことになると思います。
いずれにせよ、齟齬が生じない場合もあるが、それは偶然そういう状況だっただけであり、齟齬が生じざるを得ない状況も多い、ということさえ伝われば十分です。

10.
<言えることは、なんでそんな感覚になるのだ、などと聞くのは不毛なので勘弁してください、というぐらいでしょうか。
答えようがないことぐらいは理解してもらわないと、永遠に言い合うことになってしまいますよね。>

 今までの見解で限界ですか?ならこれ以上聞いても無駄でしょう。

え~っと、総括2(#38)は読んでいただいたんですよね?
(1-b)に詳しく書いてありますので読み直してみてください。
書いてある意味がわからなければ、どうぞ質問なさってください。

後ほど、5に関して投稿します。 
  

投稿日時 - 2012-10-31 16:41:32

補足

>当然でしょうね。
「および」には&の意味しかないからです。
パンとご飯を一度に食べる人はあまりいませんから、違和感を覚えるのは自然な感覚でしょう>

 いやそういう感覚じゃないんだよね・・・パンとご飯を一緒に食べる人もいるかもしれないわけで・・・なんというか「パン および ご飯 です」と言われると「パン か ご飯のどっちらかを食べましたよ」っていう感じに聞こえるわけですよ。

>意味がわかりませんか・・・。これもわたしの表現不足なんでしょう。「自転車だけ【で】通行してもよい」と「自転車だけ通行可能」では、意味が異なる、ということなんですが。これなら通じますか?>

これ48の1を見て分かりました。なるほどと思いました。なんとも納得いく回答でした。しかし私はそのトリックを見破ってしまたので(hakobuluさんはそう思ってないと思いますが)書きますが

(1)「そば および うどんが出来ます」
(2)「そば か うどんが出来ます」
(3)「そばだけを提供することも可能です。また、うどんだけを提供することも可能です。また、両方も可能です。」

 とすると(1)=(3)を想定して発言者側も受信者側も思うわけです。ここまではよいですよね
しかしなながら(2)=(3)でもありますよね?個人的な受け止め方は別として殆ど同じと見て良い筈です。そうすると
(1)=(3)であり(2)=(3)であるならば(1)=(2)となりませんか?

>だれも変わったとは言っていませんけど?>

・・・以外に頑固なところあるんですね・・・まあ私の知った話ではありません。hakobuluさん自身の問題ですから・・・これ以上はその事に関して首は突っ込みません。

>「見方によってはorという意味が[及び]という言葉に含まれる」という意味であれば、違います。>

 どう違うのかが今一わからないんですよ。

>「見方によってはorという意味が[及び]が示す状況に含まれる」という意味であれば、まあ、いいでしょう。>

 これが良くて「見方によってはorという意味が[及び]という言葉に含まれる」がダメというのが今一ピンとこないし似てると言えば似てると思いません?

>わたしとしては、「含まれる」という表現は誤解を招きやすいのでなるべく使いたくないのですが、「視点・立場の転換」によって、&がorと同じ意味となるように見える状況というものはある、ということは100年前から言ってます。>

 hakobuluさん今何歳ですか?

>それを否定しない形であれば、「含まれる」という言葉を使っても意味は同じになるわけですかから、同意しても構いませんよ。>

 ん~そこが難しいところですね。状況から派生して結果意味合いが変わったのではないかと推測します。つまり状況から派生し【及び】という言葉に含まれて流通したのではないかと推測されるわけですから、なんとも言いようがないです。

>男性が「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをあげます」と言ったとき、
女性が「ダイヤの指輪 or 金のネックレスをもらえるんだな」と解釈する必然性はありません。
本来の意味が&であることは共通の認識になっていると思いますが、そうであるのに、わざわざ本来でない意味の「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況を想定する必然性はない、ということです。>

 そりゃまあそうでしょうけど、今の質問は本来の意味における矛盾を定義してるわけじゃないわけです。今質問してるのは「本来の意味ではない」もしくは「正式な意味ではない意味」における本来もしくは正式な意味での「及び」の矛盾点を挙げているわけですから、まずそこは押さえていただきたいです。
それともしその理論がまかりとおるとすれば「そばとうどん」の例にしても「自転車と歩行者」の例にしても「両方」でなければいけません。しかし片一方でも良いということになるとやはり矛盾が発生します。

>そば屋の客が、主人から視点が変わって「そば & うどんを注文すればいいんだな」と考えたら不整合が生じます。
だからこそ、「そばorうどんを注文すればいいんだな」という視点の転換が無意識的に、自然に行なわれるわけです。
女性の場合は、そのような状況とは異なって、別の解釈をする必要性が無い。
これが「別の解釈ができる余地は存在しない」の意味です。>

 なるほどよく分かりました。しかし前述したとおり私は「正式な意味との矛盾もしくは不整合性」において問いているわけだから、もし正式な見解が正しいとすると&の意味でしか捉える事ができないのでお客は「うどん&そば」を注文しなければならない事になります。しかしそこで自然に「うどん or そば」が注文可能な時点で正式な理論が破綻しているのではないだろうかと問いています。

>いずれにせよ、齟齬が生じない場合もあるが、それは偶然そういう状況だっただけであり、齟齬が生じざるを得ない状況も多い、ということさえ伝われば十分です>

以前も書きましたが【多い】とは思い難いです。その理由は以前書きましたので私は書きませんが、ご自身がそのような理由で齟齬が発生する場合が多いと考えるなら井の中の蛙状態ではないかと思います。
無論事実の確かめようが無いのでなんとも言えませんが、なんとなく齟齬の発生が偶然に起こっている場合が多様に存在する筈です。

>え~っと、総括2(#38)は読んでいただいたんですよね?
(1-b)に詳しく書いてありますので読み直してみてください。
書いてある意味がわからなければ、どうぞ質問なさってください。>

個人的感覚を極力主張するつもりですか・・・・・

投稿日時 - 2012-10-31 20:57:25

お礼

訂正です。

>なんとなく齟齬の発生が偶然に起こっている場合>→>なんとなく齟齬の発生が偶然に起こってない場合>

でした。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-10-31 21:31:30

ANo.48

#46です。

1.
> 「当店ができるもの」という領域で「両方」というのは理解できます。
しかし「そば および うどんが出来ます」と言った場合
(1)そばだけを提供することも可能です。
(2)うどんだけを提供することも可能です。
この両方の意味をも同時に表現していることになるわけですよね?そうすると正式な意味では「及び=andでありorは含まれない」という理論自体矛盾を秘めているのではないかと思う訳です。

「(1)そばだけを提供することも可能です。」
というのは、とりもなおさず、「うどんを提供することも可能です」という意味になります。
つまり、この場合でもあくまで&なのです。
この文の場合「も」という助詞が鍵です。
「(1)そばだけを提供することが可能です。」
であれば意味が違ってきますからね。
「及び=andでありorは含まれない」という理論に矛盾してはいません。

2.
<「ダイヤの指輪 および 金のネックレスをあげる」と男性が言ったら、
「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをもらえる」という意味に女性は解釈します。
「視点・立場の転換」によって、別の解釈ができる余地は存在しないからです。
どちらの立場・視点であっても&という意味は揺るぎません。>

 なんで「揺るがない」のかが分からないと申している訳ですよ。
つまり受け手側が「両方くれるのかな?それともどちらか一方を選んでるのかな?」と受け取る場合もあると考えられるからです。
 逆に発信者側が「及び」を「ダイヤの指輪と金のネックレスのどちらかをあげる予定だ」という意味で使っている場合も考えられます。
そうなると「別の解釈ができる余地は存在しない」とは言えないのではないでしょうか?という意味で以前補足に書きました。どうなんでしょうか?

この場合、重要なのは、
そば屋の主人の、「当店ができるもの」という視点での「そば & うどん」という状況は、
客の、「自分が注文すべきもの」という視点での「そば or うどん」という状況と矛盾していない、という点です。
視点・立場が違っても、【同じ状況】に関しての表現になっているわけです。

男性は、「わたしがあげるもの」という視点で「ダイヤの指輪 および 金のネックレスをあげる」と言いました。
男性の視点から見た、「わたしがあげるもの」としての「ダイヤの指輪 & 金のネックレス」という状況は、
女性の視点から見て、「自分がもらうもの」としての「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況にはなりませんよね。
どちらの視点から見ても&のはずです。
たとえば、
女性の視点から見て、「ひとつだけは欲しいけど、もうひとつは自分が質屋に入れることができるもの」として、男性の言葉を捉えたならば「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況がある、と判断することも可能でしょう。
しかし、その男性の言葉を【同じ状況という認識】で、そのように解釈をする女性は殆んどいないだろうとわたしは推測するわけです。
それが、「別の解釈ができる余地は存在しない」の意味です。
これも言ってみれば、感覚の違いになってしまうんでしょうかね。
わたしとしては極めて論理的に説明しているつもりですが、その論理が個人的な感覚に基づいているわけなので、根拠が無いと思われてしまえばそれまでです。
学問的根拠を持たない素人の辛いところですが、しかたありませんよ。
ま、言えることは、なんでそんな感覚になるのだ、などと聞くのは不毛なので勘弁してください、というぐらいでしょうか。
答えようがないことぐらいは理解してもらわないと、永遠に言い合うことになってしまいますよね。
わたしの申し上げている骨子はおわかりいただけますか?
それ以外の論理的な反論なり疑問はどんどんおっしゃってみてください。
可能な範囲でお答えいたします。
なるべく本質から外れないほうが建設的な論議につながるとは思います。
    

投稿日時 - 2012-10-30 21:20:24

補足

>「(1)そばだけを提供することも可能です。」
というのは、とりもなおさず、「うどんを提供することも可能です」という意味になります。
つまり、この場合でもあくまで&なのです。
この文の場合「も」という助詞が鍵です。
「(1)そばだけを提供することが可能です。」
であれば意味が違ってきますからね。
「及び=andでありorは含まれない」という理論に矛盾してはいません。>

「(1)そばだけを提供することも可能です。」の「だけ」を見て下さい。これはonlyでしょ?
そうすると状況的に「そばだけ」提供してる状況と同一なわけですよね?なら見方によってはorというのが含まれるという事になりませんか?

>>なんで「揺るがない」のかが分からないと申している訳ですよ。

そば屋の主人の、「当店ができるもの」という視点での「そば & うどん」という状況は、
客の、「自分が注文すべきもの」という視点での「そば or うどん」という状況と矛盾していない、という点です。
視点・立場が違っても、【同じ状況】に関しての表現になっているわけです。>

ちょっと言ってる意味が分かんないです。

>男性は、「わたしがあげるもの」という視点で「ダイヤの指輪 および 金のネックレスをあげる」と言いました。
男性の視点から見た、「わたしがあげるもの」としての「ダイヤの指輪 & 金のネックレス」という状況は、
女性の視点から見て、「自分がもらうもの」としての「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況にはなりませんよね。>

 なんで?なる場合もあるんじゃないの?例えば両方貰ったとして、「え!両方くれるの!?ありがとー!」と女性が思ったらどうなるの?

>女性の視点から見て、「ひとつだけは欲しいけど、もうひとつは自分が質屋に入れることができるもの」として、男性の言葉を捉えたならば「ダイヤの指輪 or 金のネックレス」という状況がある、と判断することも可能でしょう。
しかし、その男性の言葉を【同じ状況という認識】で、そのように解釈をする女性は殆んどいないだろうとわたしは推測するわけです。
それが、「別の解釈ができる余地は存在しない」の意味です。>

 すみません、全然理解できないです。

>言えることは、なんでそんな感覚になるのだ、などと聞くのは不毛なので勘弁してください、というぐらいでしょうか。
答えようがないことぐらいは理解してもらわないと、永遠に言い合うことになってしまいますよね。>

 今までの見解で限界ですか?ならこれ以上聞いても無駄でしょう。

>わたしの申し上げている骨子はおわかりいただけますか?>

なんとなくはわかりました。しかしながら最後のダイヤと金のネックレスだけはどうしても分かりません。

>それ以外の論理的な反論なり疑問はどんどんおっしゃってみてください。
可能な範囲でお答えいたします。>

誠にありがとうございます。恩に着ます。

>なるべく本質から外れないほうが建設的な論議につながるとは思います。>

そうしたいです。

投稿日時 - 2012-10-30 22:45:39

お礼

hakobulu様には何回もお手数おかさせて誠にありがとうございます。

投稿日時 - 2012-10-30 22:46:24

ANo.47

#45です。

1.
>「円」の意味で「円柱」という言葉は使えない、ということがわたしの最も言いたいことです。>

 大した問題じゃないならなんで今まで「含まれる」と「付け加える」の違いで議論していたんですか?意味不明です。
まあ「含まれる」でも間違いじゃないということでよろしいですね。

「視点・立場を変えれば」という条件が付く、ということさえ理解していれば、含まれると表現しても構わない、ということになるでしょう。

2.
>そうすると「そのように思わせてしまった自分が悪い」と思わなければなりません。

まあ、それはそのとおりです。
お互いにそうであるべきでしょう。
しかし、teient さんの場合、そのようなことに気づいていませんよね?
それでご忠告申し上げた、というわけです。

3.
>逆にお礼を強要してる方が図々しいと思います。

いつそんなことを強要しましたか?
言葉本来の意味を取り違えていますね。
お礼と礼儀は意味が違います。
まして、強要などしてませんよ。

4.
>結局私の理論を覆せないからイライラして逃げてるだけのように見えるんですよ回答を書かなくなる人っていうのは

なかにはそういう場合もあるでしょうが、そればかりではないでしょう。

5.
>いやいや特に哲学カテなんか酷い人結構いますよ、私なんて結構礼儀正しい方ですよ

その線をぜひ貫いて欲しいものです。

6.
>「超キレル寸前」を「チョキレス」と使う人の会話を聞いて「変な日本語を使うな!日本人ならちゃんとした日本語で喋るものだ!礼儀がなっとらん!」とかならないわけですか?

わたしに対しては気持ち悪いから使わないでくれ、とは言うでしょうが、仲間同士で使っている分には構わないんじゃないですか?
どのような状況でチョキレスを使ったのか、ということがわからないと、礼儀がなっとらん、かどうかは、わからないんですよ。
階段でパンツ覗かれて、チョキレス!と怒ってる女子高生に対して、礼儀がなっとらん!と怒るんですか?
論点が完全にずれていることがおわかりでしょう。

7.
>おかしいな~?今のhakobuluさんなら「意味が違う誤用だ!しかも言葉遣いがなっとらん!「ご飯食べたい」とは何事だ!食べれるだけでもありがたいと思わんか!まったく礼儀がなっとらん!」と説教するんじゃないんですか?

全くの誤解であることは、6の説明をごらんになって理解していただいたことと思います。

8.
>「一方は選ばれせん」と書かれています。つまり「一方は選ばれない」=「否定」とここでは言ってるわけです。
ということは「両方選択肢がある中で片一方を選んだ」⇔「一方は選ばれなかった」ということでしょ?それは「一方を選択肢に入れなかった」とは同等にはならないでしょ?
 あと「言い換えると」と書いてあるんだから・・・

文の述部に着目すると、この文が何を言おうとしている文なのか、ということが理解できるでしょう。
言及しておられる、
「 You or I will be chosen.
君かぼくが選ばれるだろう 」という例文は、「選ばれる」ということに関して述べている文なのです。
ですから、
「君かぼくが」の「か」が一方を否定する意味で使われている、というのは、
『「選ばれる」という行為に対して、君 or ぼく のどちらか一方を否定する意味で「か」が使われている』
という意味になります。
「一方を選択肢に入れなかった」とか入れたとかいうのは、この文における「か」の用法とは関係ありません。

9.
>回答者の殆どが正式な意味を知っていて答えてる場合があるわけだから「正式な意味を知らずに何気なく「及び」を聞いたり使ったりしている」人をターゲットにアンケートがとれたかどうか確信できないでしょう?

論理がちょっと・・・。
そんなことを言ったら、仮にですよ、全員が「わたしはor の意味でも使っています」と回答したら、何と言うつもりですか?
『回答者の殆どが正式な意味を知らないで答えてる場合があるわけだから「正式な意味を知って「及び」を聞いたり使ったりしている」人をターゲットにアンケートがとれたかどうか確信できないでしょう?』
とでも言うつもりでしょうか。
そんな論理なら、アンケートなんかしてもしなくても同じことでしょ?
それとも、自分の気に入った回答が集まったときだけ、やっぱり俺の思ったとおりだということが証明されました、とでも言うのかな?
第一、
「正式な意味を知らずに何気なく「及び」を聞いたり使ったりしている」人であれば、余計に、
「自分は正式な意味を知っている」と思って答えるんじゃないですかね?
実際問題として、teient さんが回答者なら、「わたしはor の意味でも使っています」と答えるはずですよね。

10.
> 私は今大いなる馬鹿に回答を得ようと思っているんだろうか・・・?

そんなことはないと思います・・・と自分で言ってもしかたないか。
馬鹿が自分で自分のことを馬鹿だと言うわけはありませんしね。

11.
>そのようにアンケートを書けば正式な意味を知らずに何気なく「及び」を聞いたり使ったりしている人が回答を書きこむ

と思いますけど、なぜそう思えないのかよくわかりませんね。
「人が」というか「人も」とするほうがよいとは思いますが。

>つまりhakobuluさんはandの意味を誇張してそれを正しいと私に思い込ませたいわけだ、つまり自分の答えを否定されたくないという気持ちの裏付けだ!

これは、ある程度当たっていますが、意図を理解しておられないようですね。
つまり、なるべくわかりやすいようにするために誇張する、といった意味ですよ。
思い込ませたい、というより、論理的に納得してほしいので、論理が明確になるように誇張した表現をすることはあると思います。
自分の答えを否定されたいと思う人はまずいないと思いますが、誇張するのは何のためなのか、という点を理解していただけると有難いですね。
これは、「論理を無視してまで否定されたくない」とは思わない、という意味ですよ。

>なのでそのアンケートでandの意味が多かったことを良い事に「「及び」に「or」の意味が含まれていないと思いこんでいる人が極めて多い」と思いこませようとしてるんだ!

それは誤解ですね。
9をごらんいただくと、おわかりになるでしょう。

>私は騙されない。

あなたを騙すと何かいいことがありましたっけ。
まあ、しかし、そういう心意気を常に持っているのはたいへん良いことです。

>巧妙な手口を使われたような気がしましたが恐らく無意識に自分自身をも騙しているので恐らくなにか反論が返ってくる筈w

いわゆる自己投影ということになろうかと思われます。
投影か事実かという問題になるのですが、破綻した論理を振り回しているか否か、で殆んど推測可能です。

12.
> そりゃ違和感感じるでしょうね、両方召しあがったかどうか言ってないわけだから「?」となるでしょうね

でしょ?
「か」に&の意味があるのであれば、「パン か ごはんですね」と言われたら「両方召しあがったかどうか」すぐわかるはずですよね。
そういう意味が無いからわからないのであって、わからないから違和感を覚えるわけです。
通じない、とのことなので、やはりわたしの説明のしかたが下手なのだと思います。
もう少し端的な例を挙げましょう。
「今朝、何を食べましたか?」
「パン か ごはんです」
これにも違和感を覚えませんか?
つまり、「パン & ごはん」という意味に解釈可能だと思いますか?という意味ですが。

13.
> だから自転車onlyとか歩行者onlyを肯定してることになるんじゃないんですか?

大事なことは、onlyの後です。
自転車only通行してもよい とか 歩行者only通行してもよい を肯定しているのであって、
自転車only通行可能 とか 歩行者only通行可能 を肯定しているわけではありません。

14.
>だから「割合が高い可能性が高い」という感覚で言ってたでしょ?

どの箇所を指して、そう断言するんですか?
検証してみますので、ぜひ教えてください。
いずれにせよ、「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高い、ということを否定したことはありません。

15.
>だから認識が変わり始めたんでしょ?

どのように変わったのかが明記されていないので、答えようがありませんね・・・。
詰問口調で指摘するのであれば、なおさら、根拠をきちんと示さないとね。
論理の通じない水掛け論のきっかけになってしまいますから。

16.
>あの~~念を押して聞きますが、本当にに変なプライド無いですか?実はあるでしょ?

ずいぶんこだわりますが、やはり自己投影のなせる業なのでしょう。
まあ、それは構いませんが。
ひょっとして勘違いしているかもしれませんので注釈しますが、
「変なプライド」はたしかにありません。
しかし、論理の通じない事柄を肯定して持論を曲げるようなことはしない、という
「プライド」はありますよ。
とりあえず、
14の「割合が高い可能性が高い」という感覚で言ってたでしょ。
と言う根拠となる箇所を示してください。
たしかに自分の認識が変わっているな、と思えば訂正しますよ。

17.
>>正式だろうが正式でなかろうが、及びには&の意味しかないんです。>

と意地を張ってるんですね(TT)悲しい

意地と事実を混同していますね。
      

投稿日時 - 2012-10-30 16:18:19

補足

>「視点・立場を変えれば」という条件が付く、ということさえ理解していれば、含まれると表現しても構わない、ということになるでしょう。

それはよかった。

>まあ、それはそのとおりです。お互いにそうであるべきでしょう。しかし、teient さんの場合、そのようなことに気づいていませんよね?>

いや気づいてますよ、あくまで多少ですけどね、あのですねやっぱり年代の違いだと思いますが、私結構まともな書き方をしてると思うんですよ、それをまともじゃないと言われても困るんですよ、まともじゃないならもっとまともじゃない人この世の中にごろごろ居ますから、その人達を先に何とかして下さい。その上でなら私に文句をいう筋合いもあるでしょう。

>それでご忠告申し上げた、というわけです。>

それはお気づかいというか良い迷惑というかありがとうございます。

>>逆にお礼を強要してる方が図々しいと思います。

いつそんなことを強要しましたか?>

確かに直接的な強要はしてませんが強要気味に書かれていた時期がありましたよ。

>言葉本来の意味を取り違えていますね。お礼と礼儀は意味が違います。まして、強要などしてませんよ。>

しかし【そうすべきだ】と忠告したかったから、礼儀がどうのこうの言ったんじゃなかったんですかね?その【そうすべきだ】的口調が強要気味だと思うわ訳です。

>なかにはそういう場合もあるでしょうが、そればかりではないでしょう。>

それは言えてるけどね、まあそういう人が居たりする位の感覚で述べただけです。

>その線をぜひ貫いて欲しいものです。>

だから今までの質疑応答がその線なんですよ。

>わたしに対しては気持ち悪いから使わないでくれ、とは言うでしょうが>

ん?「気持ち悪いから」?「言葉遣いがなってない!この礼儀知らずめ!」と喝入れるんじゃないんですか?

>仲間同士で使っている分には構わないんじゃないですか?>

そんなことないでしょう?回りまわって自分に降りかかってくるかもしれませんよ?是非その辺で屯してるチンピラに注意して下さい。

>階段でパンツ覗かれて、チョキレス!と怒ってる女子高生に対して、礼儀がなっとらん!と怒るんですか?>

そうです!言葉遣いがなってないんだからそこは注意するべきなんじゃないの?パンツ見たのは別の話になるでしょ?

>論点が完全にずれていることがおわかりでしょう。>

自分がズラしたんでしょ?

>:
「 You or I will be chosen.君かぼくが選ばれるだろう 」

「一方を選択肢に入れなかった」とか入れたとかいうのは、この文における「か」の用法とは関係ありません。>

関係あるでしょ?「選ばれるだろう」というのは「あなた か 私」な訳ですから無関係なわけ無い訳ですよ。つまりこれがもし「あなた か 私 どちらかが選ばれどちらかが選ばれないだろう」というのであれば確かにどちらかを否定する意味で「か」というのは使われる事になるわけです。

>論理がちょっと・・・。そんなことを言ったら、仮にですよ、全員が「わたしはor の意味でも使っています」と回答したら、何と言うつもりですか?>

「それは正式な意味ではないです。正式な意味はandでありorは含まれないそうです。しかしご自身がorの意味で捉えていたということは良く分かりました、アンケートに答えて頂きありがとう御座います」といいますが何か?

>『回答者の殆どが正式な意味を知らないで答えてる場合があるわけだから「正式な意味を知って「及び」を聞いたり使ったりしている」人をターゲットにアンケートがとれたかどうか確信できないでしょう?』とでも言うつもりでしょうか。そんな論理なら、アンケートなんかしてもしなくても同じことでしょ?>

言っている意味がわかりませんが・・だからどうやって聞くんですか?と言ってるわけでなにをチンプンカンプンな事を言ってるんですか?

>それとも、自分の気に入った回答が集まったときだけ、やっぱり俺の思ったとおりだということが証明されました、とでも言うのかな?>

否言わないと思います。ただそのような回答が集まったら「ほらみろ俺の思った通りだ」位は【思う】と思います。

>「正式な意味を知らずに何気なく「及び」を聞いたり使ったりしている」人であれば、余計に「自分は正式な意味を知っている」と思って答えるんじゃないですかね?>
 
だからそれは「ネット辞書を見た」とか、「andが正しいですよorの意味はないですよ」とかそのような正式な意味を耳にした人であったり、「hakobuluさんの見解が正しいというバイアスが掛かった人」などを省く訳です。また群衆心理にのみこまれ無いような誘導において個人的感覚で何気なく使っている「及び」の意味を何気なく認識している内容で答えて貰う。というアンケートの質問の仕方をしないと意味が無い訳です。

>馬鹿が自分で自分のことを馬鹿だと言うわけはありませんしね。>

wwwそりゃ言えてるわwwwwでも私はhakobuluさんにそれを聞いた訳じゃなく自分の思っている感覚をそのまま書きだしただけなのでここは答える必要はないです。wwwあまり人に対して馬鹿とか言うのはよくないですね、それを教訓にさせて貰います。

>>そのようにアンケートを書けば正式な意味を知らずに何気なく「及び」を聞いたり使ったりしている人が回答を書きこむ

と思いますけど、なぜそう思えないのかよくわかりませんね。
「人が」というか「人も」とするほうがよいとは思いますが。>

「も」でしょ?「も」だから正確な統計がとれないんですよ。第一アンケートカテに書きこんで返ってくる答えが多くても数十人でしょ?心理統計でいう傾向にあてはまる人数じゃあないよね?そういう意味でも無意味だと思います。

>「か」に&の意味があるのであれば、「パン か ごはんですね」と言われたら「両方召しあがったかどうか」すぐわかるはずですよね。>

じゃあ「パン及びごはんですね」と言われたら「両方召しあがった」ことになるの?

>>つまりhakobuluさんはandの意味を誇張してそれを正しいと私に思い込ませたいわけだ、つまり自分の答えを否定されたくないという気持ちの裏付けだ!

これは、ある程度当たっていますが、意図を理解しておられないようですね。つまり、なるべくわかりやすいようにするために誇張する、といった意味ですよ。>

・・・・やっぱりな・・・・危なかった・・・もしご自身の言うとおりアンケートカテゴリーで質問してandの見解が99%位だったら群衆心理的に反論し難いですかね・・・ホントやめてくださいよそういう罠に嵌めるような真似は・・・

>思い込ませたい、というより、論理的に納得してほしいので、論理が明確になるように誇張した表現をすることはあると思います。自分の答えを否定されたいと思う人はまずいないと思いますが、誇張するのは何のためなのか、という点を理解していただけると有難いですね。これは、「論理を無視してまで否定されたくない」とは思わない、という意味ですよ。>

では理論はそれなりに重要だとお考えなわけであって、間違えていたらそれなりに訂正する気はあるわけですか?

>あなたを騙すと何かいいことがありましたっけ。>

「自分(h)の理論を否定されないようになる」とか「自分(h)の理論の肯定材料になる」とかそういう良い事があります。

>まあ、しかし、そういう心意気を常に持っているのはたいへん良いことです。>

ありがとうございます。hakobulu様におほめいただき、ありがたく存じます。

>いわゆる自己投影ということになろうかと思われます。投影か事実かという問題になるのですが、破綻した論理を振り回しているか否か、で殆んど推測可能です。>

う~ん よくよく考えたのですが意味がわかりませんでした。

>「か」に&の意味があるのであれば、「パン か ごはんですね」と言われたら「両方召しあがったかどうか」すぐわかるはずですよね。>

だからさ見方や視点を変えたりすると両方になるわけだから「両方」を示してないのであればこの文章ではわからないわけだからさ、それはないでしょ?

>そういう意味が無いからわからないのであって>

いやだからここが間違えているんじゃないのか?と聞いてるわけです。つまり<意味が無いから>ではなく<未だに意味が確定していないから>なのではないでしょうか?

>わからないから違和感を覚えるわけです。>

というのが正しいのであって【意味が無い】わけじゃないでしょ?

>「今朝、何を食べましたか?」「パン か ごはんです」これにも違和感を覚えませんか?>

まあ確かに違和感覚えるな~ですが<「今朝、何を食べましたか?」「パン および ごはんです」>と言われても違和感を覚えます。

>大事なことは、onlyの後です。自転車only通行してもよい とか 歩行者only通行してもよい を肯定しているのであって、自転車only通行可能 とか 歩行者only通行可能 を肯定しているわけではありません。>

これ以前も同じこと書きましたが言ってる意味がわかりません?なにを言わんとしてるんですか?

お礼入力欄に続く

投稿日時 - 2012-10-30 22:04:32

お礼

>どの箇所を指して、そう断言するんですか?検証してみますので、ぜひ教えてください。いずれにせよ、「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高い、ということを否定したことはありません。>

!まあ認識が変わったというのはあるいみ収穫でした。どの個所を指しているのかということなので指します。
no.26の2・5 no.19の1 no.17の14 no.36の4 no.33の8 no.32の3・4 no.39の3 見つけきれませんでしたが「地球は回っているのと同じ程度の自信はあります」とまで書いてます。まあ「回っているという確信はありませんが」と書かれているpointで100%ではないというのは伝わりますが、結構な確信があるという見解を持っていると同等の見解だとhakobuluさん自身言ってます。

>>だから認識が変わり始めたんでしょ?

どのように変わったのかが明記されていないので、答えようがありませんね・・・。>

つまり【殆どの人は「及び」をandと捉えorとは混同しない】という考え方が変わったのですねという意味です。

>ずいぶんこだわりますが、やはり自己投影のなせる業なのでしょう。>

どうなんでしょうね?私に聞かれても無意識なんでしょ?投影て言うのは?なら私は答えないですよw

>・・・しかし、論理の通じない事柄を肯定して持論を曲げるようなことはしない、という「プライド」はありますよ。>

まあそれはいいですけど、それが【理論が通じる事柄が出てきても自分の主張を捻じ曲げない】に変わらないことを祈ります

>たしかに自分の認識が変わっているな、と思えば訂正しますよ。>

そうですか是非訂正して下さい。

>意地と事実を混同していますね。>

いや混同してませんよ、なぜなら私は事実だと思って語っているからです。w


hakobulu様には何回もお手数おかさせて誠にもし訳なく思っている所存です。

投稿日時 - 2012-10-30 22:06:05

ANo.46

「正式な意味でない場合はどうなるんですか?」という質問に今は変わっています。
とのことですが、正式であろうがなかろうが、「及び」には&の意味しかありません。

基本的なことは総括2で述べていますのであえて繰り返しません。
ただ、重要な点ですので、ご理解いただくために、もう一度、解説してみます。
前は若干回りくどかったかもしれませんので、今回は簡潔に述べます。
シンプルに論点を絞ったつもりですので、この例に特化してご見解を伺うほうが話は早くすすむものと思います。
ここに特化してわたしも答えるつもりです。
特に必要を感じる場合には個別の項目に関しても答えるつもりですが、意図が重複すると判断した場合にはスルーさせていただきます。
そのほうが論点が明確になりやすいでしょう。
というわけで、似たような例で恐縮ですが、そばが好きなのでまたそば屋の例を出します。

腹が減ったので、そば屋の暖簾をくぐったところです。
客:「おやじ、何ができる?」
そば屋主人:「へい。当店ができるのは、そば および うどんです」
客:「じゃあ、天ぷらそば ひとつね」
そば屋主人:「へい、少々お待ち~」

主人は「当店ができるもの」という視点で「そば & うどん」と言いました。
これは、客の立場からすると、「そば or うどん を注文すれば良い」ということになりますよね。
なぜかというと、「何ができる?」と聞いた本来の目的は、「自分の注文を決めるため」だからです。
「そば & うどん」を注文するためではありません。
この辺の理屈はご理解いただけるでしょうか?

客は「自分が注文すべきもの」という視点で「そば or うどん」と考えるわけです。
主人の発言によって、このような「客の視点からの思考」が発生するのは、客として自然なことでしょう。
主人の立場による「当店ができるもの」という視点の「そば & うどん(ができます)」
と、
客の立場による「自分が注文すべきもの」という視点の「そば or うどん(を注文すれば良い)」
を混同してはいけません。
「何ができるのか?」に対する&を、「何を注文すべきか?」に対するorと勘違いしてはいけない、ということです。
こうした「視点・立場の転換」が(無意識下で)行なわれていることに気づかないと、
店主の言った「そば & うどん(ができます)」が、
客の立場による「そば or うどん(を注文すれば良い)」と同じ意味であるように勘違いしてしまうわけです。
その結果として、「および」にはorの意味もあるのだ、という錯覚が発生することになります。
ある意味で人間として自然な心理でしょう。

このそば屋の例では、錯覚は致命的な齟齬を生じさせるわけではありません。
なぜかというと、結果として客はそばを食べることができるからです。
店主がどのような意図で発言していたとしても関係ありません。
しかし、そうではない例も世の中には多数あります。
言葉を替えれば、『「視点・立場の転換」の行なわれる余地のない状況というものが多数ある』ということです。
くどいように挙げてきた例でいうと、
「ダイヤの指輪 および 金のネックレスをあげる」と男性が言ったら、
「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをもらえる」という意味に女性は解釈します。
「視点・立場の転換」によって、別の解釈ができる余地は存在しないからです。
どちらの立場・視点であっても&という意味は揺るぎません。

以上、簡単ですが、すでに十分意見を交わしてきているわけですから、申し上げていることの意味は(同意する云々ではなくて)通じるものと思います。
今までの総括内容と合わせてごらんになっていただければ幸いです。
  

投稿日時 - 2012-10-29 22:18:45

補足

>主人は「当店ができるもの」という視点で「そば & うどん」と言いました。
これは、客の立場からすると、「そば or うどん を注文すれば良い」ということになりますよね。
なぜかというと、「何ができる?」と聞いた本来の目的は、「自分の注文を決めるため」だからです。
「そば & うどん」を注文するためではありません。
この辺の理屈はご理解いただけるでしょうか?>

 はい理解しました。

>主人の立場による「当店ができるもの」という視点の「そば & うどん(ができます)」>

 「当店ができるもの」という領域で「両方」というのは理解できます。
しかし「そば および うどんが出来ます」と言った場合
(1)そばだけを提供することも可能です。
(2)うどんだけを提供することも可能です。
この両方の意味をも同時に表現していることになるわけですよね?そうすると正式な意味では「及び=andでありorは含まれない」という理論自体矛盾を秘めているのではないかと思う訳です。

>「ダイヤの指輪 および 金のネックレスをあげる」と男性が言ったら、
「ダイヤの指輪 & 金のネックレスをもらえる」という意味に女性は解釈します。
「視点・立場の転換」によって、別の解釈ができる余地は存在しないからです。
どちらの立場・視点であっても&という意味は揺るぎません。>

 なんで「揺るがない」のかが分からないと申している訳ですよ。
つまり受け手側が「両方くれるのかな?それともどちらか一方を選んでるのかな?」と受け取る場合もあると考えられるからです。
 逆に発信者側が「及び」を「ダイヤの指輪と金のネックレスのどちらかをあげる予定だ」という意味で使っている場合も考えられます。
そうなると「別の解釈ができる余地は存在しない」とは言えないのではないでしょうか?という意味で以前補足に書きました。どうなんでしょうか?

投稿日時 - 2012-10-30 09:59:09

お礼

 回答書いてくださって誠にありがいたいです。hakobulu様には何回もお手数おかさせて誠にもし訳なく思っている所存です。ありがとう御座います。心からお礼申し上げます。

投稿日時 - 2012-10-30 10:22:00

ANo.45

(#43)

1.
>円柱を「A及びB」に直すと捉え方や見方によっては「and、or、andとor両方」の捉え方が可能であるから『含まれる』と表現した訳です。

自分で挙げといてなんですが、あまり良い例ではなかったですね。
いずれにせよ、ご自身でおっしゃるように【見方によっては】ですよね?
「含まれる」という表現が適当とは思えませんが、大した問題ではないのでなんでも良いでしょう。
「円」の意味で「円柱」という言葉は使えない、ということがわたしの最も言いたいことです。

2.
>パワハラというのはそのように低姿勢な態度で接したが故に発生している場合があるというのを知らないんですか?

低姿勢な態度を取るべきだ、なんて言ってませんよ。
質問した以上は、答えてもらっている、という基本的な礼儀を忘れてはいけない、ということです。
その上で、堂々と議論すればよいわけです。
議論の上で多少荒い表現になるのは止むを得ないでしょう。
まあ、あまりほじくり出すのは趣味じゃないのですが、たとえば、自分で質問しているのに、「面倒」とか、「ちょっと無駄な時間を過ごしたかなとも思ってますが」などのような表現を「礼を失している」と言っているわけです。
teient さんが誰かに何かを聞かれて説明していたとしましょう。
しばらくして、相手が「なんか無駄な時間をすごしたような気がしますね」と言ったらどう感じます?
「なら、最初から聞くなよ」とむかつきませんか?
わたしはteient さんの性格をある程度理解しているつもりなので、別に腹を立てているわけではないのです。
そうであれば、とっくに回答をやめていることぐらいは理解できるでしょ?
しかし、誰にでもそういう態度を取っていると、疎まれることになりますよ、と忠告してさしあげているだけです。
むろん、これもわたしの個人的感覚なので、信じるも信じないもご自由です。
まあ、これを論じているときりがありませんから、このぐらいにしておきましょう。

3.
>しかしながら余談ですが「チョベリバ」や「チョキレス」はなんでhakobuluさんはいいと思ってるんですかね?

「チョベリバ」の意味は知りませんが、「チョキレス」というのは、「超切れる寸前」を省略しただけです。
「超切れる寸前」と言いたい状況で「チョキレス」と言うわけですから論理的不整合はありません。
どんな省略のしかたをしようが個人の自由だと思います。
しかし、「ご飯たべたい」と言いたい状況で「チョキレス」と言えば、それは正式な意味で言えば誤用だよ、と教えてあげると思います。

4.
>たとえば、以下の辞書では、明らかに、そう言っていると思います。http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=or&stype=1&dtyp …>

 どこに書いてあるんですか?

各項の冒頭に書いてあります。
1(2個以上の選択すべき語・句・節を連結して))
2 ((近似性・不確実性など))…ないし…,かそれとも…
3 ((同格的な語句を接続して))つまり…,すなわち…,言い換えると
すべて一方を否定していることになります。
たとえば、最初の例文
「 You or I will be chosen.
君かぼくが選ばれるだろう 」
の場合、一方は選ばれません。

5.
>そういうなら逆に聞きますけど、何気なくどのように「及び」の正式な意味を知らない人をターゲットに聞けばよいですか?

アンカテの質問を見ましたが、あの質問のしかたで十分でしょう。
そこでorと思っているという答えが無かったということは、そう思っていない人が極めて多い、と素直に解釈するのが論理的でしょうね。

6.
>つまり、「パン か ごはんですね」に対して、
「へえ~。パン と ごはん と両方とも召し上がるわけですね」
と感じる人は、殆んどいないからです。
という意味です。>

 ・・・・私の説明も不足でしたね。つまりその会話自体違和感を覚えないし、【殆どいない】というhakobuluさんの感性自体間違えているのではないでしょうか?という意味です。

わたしの説明不足だったと素直に認めましょう。
以下のように書くべきでしたね。
<「そういうシーンを見たことが無いとおっしゃるのは当然であって、なぜかというと、そういう会話が違和感を生じさせる表現であることを、会話する本人たちがよくわかっているからですよ?」
という意味です。
「パン か ごはんですね」
に対して、
「へえ~。それでは、パン と ごはん の両方を今朝も召し上がったんですね」
と答えれば、違和感が生じることを会話の当事者たちはよくわかっているからですよ、という意味。
つまり、
「パン か ごはんですね」
に対して、
「へえ~。パン と ごはん と両方とも一度に召し上がるわけですね」
と感じる人は、殆んどいないからです。
という意味です。
「両方とも一度に」と捉える人が殆んどいないのは、「か」に&の意味がないことを皆知っているからです>

このように書くと意味が通じるでしょうか。

(#44)
7.
> つまり「勘違い」が原因であるということは「元の意味」とか「正式な意味」において勘違いということでしょ?
まあ以前も書いたんですが、<そこはまあまあ理解しました>と述べて私の今の疑問は「正式な意味ではない正確な意味」と「正式ではない意味」という意味で<そういうのであれば理由はなんですか?>と聞いているわけです。教えて頂けませんか?

おそらく誤解なさっていると思いますが、「勘違い」に正式も、元の意味も関係ありません。
論理的に言って勘違いである、ということなんです。
まあ、もう少し説明を要するようですから、この点に関しては再度述べます。

8.
>例えば自転車及び歩行者が通行可能な道路において、自転車だけ通っていればその状況はonlyです。また歩行者もしかりです。
ゆえに「のみでも」ということは「onlyでも」と同義です。

全く違います。
「自転車だけ通っていればその状況はonlyです」とのことですが、これは、何に対してonlyと言っているのですか?
「通っている」という状況に対してonlyと言っているんでしょ?
これは、視点の転換に気づいていない、ということになりますね。
前半で述べている【通行可能】なのは、あくまで自転車&歩行者ですよね?
これは、「通行可能な範囲に含まれるのは自転車&歩行者です」という意味でしょ?
だからこそ、自転車onlyでも通れるわけです。
「自転車のみでも通れる」と「自転車のみ通れる」とは全く別の意味になります。

9.
<「よって「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高く」ということを否定したことはありませんが?論点を把握していますか?>

・・・・・なんというか子供の言い訳みたいなこと言いますね、以前「殆どの人」とか 1/1000万人の割合の人と同等な感覚です みたいなこと言ってませんでした?
まあ別に認識が変わったならそれでいいわけで、意地もあるでしょうから言い訳しなくていいですよ。私は人をいじめるが趣味ではないので・・・

「可能性が高い」と「割合が高い」の意味を混同していますね。
わたしの認識は最初から変わっていません。

10.
>初めは確かに正式な意味を知りたかっただけなのですが、途中で違和感を感じたので再度「正式な意味でない場合はどうなるんですか?」という質問に今は変わっています。

正式だろうが正式でなかろうが、及びには&の意味しかないんです。
7の内容と合わせ、項を改めて(いつとはお約束できませんが)再度解説してみましょう。
  

投稿日時 - 2012-10-29 17:40:14

補足

>「含まれる」という表現が適当とは思えませんが、大した問題ではないのでなんでも良いでしょう。
「円」の意味で「円柱」という言葉は使えない、ということがわたしの最も言いたいことです。>

 大した問題じゃないならなんで今まで「含まれる」と「付け加える」の違いで議論していたんですか?意味不明です。
まあ「含まれる」でも間違いじゃないということでよろしいですね。

>低姿勢な態度を取るべきだ、なんて言ってませんよ。
質問した以上は、答えてもらっている、という基本的な礼儀を忘れてはいけない、ということです。>

 その礼儀に忠実だから多方面から物事をみることがhakobuluさんは出来ていないのではないでしょうか?
言いかえれば「礼儀が当然」と思い込んでいる状態がそう言わせてるのであって、無論だめとは言わないが「礼儀」を基本にして脅迫するのはいかがなものかと思います。
おそらく年齢の問題でしょうけどね。
 礼儀をわきまえるなら質問者に「質問してくれてありがとうございます」と言って下さい。私は相当な内容でないかぎり書かなければならないとは思いませが?

>teient さんが誰かに何かを聞かれて説明していたとしましょう。
しばらくして、相手が「なんか無駄な時間をすごしたような気がしますね」と言ったらどう感じます?>

 「いや私は無駄な時間を過ごしたとは思いません」とかそのままの気持ちを示しますね。
第一hakobuluさん以前「何処まで自分のせいに出来るか」とか述べてましたがこのような問題は全てhakobuluさんのせいということになりますね。
そうすると「そのように思わせてしまった自分が悪い」と思わなければなりません。

>teient さんが誰かに何かを聞かれて説明していたとしましょう。
しばらくして、相手が「なんか無駄な時間をすごしたような気がしますね」と言ったらどう感じます?
「なら、最初から聞くなよ」とむかつきませんか?>

 別になりませんけど? もし質問内容がteientさんに質問ですと言われればなるかもしれませんが、誰をせきとめたわけでも誰を指図したわけでもなくただの好奇心で書かれた質問になにをムカつくというのですか?
逆にお礼を強要してる方が図々しいと思います。お礼というのはお礼をしたくなるような回答を頂いてお礼の気持ちがでるわけです。
礼儀、礼儀と言いますが礼儀なんて所詮飾り物。第一なんでhakobuluさんが勝手にネット上での礼儀を定義してるんですか?第一なんでそれを半分強要気味に説教されなきゃならんのですか?
ましてやそのような本心ではない礼儀なんてただのお飾りです。お飾りをネット上で「しなければならない」とか「お礼を書け!」とか言われたらどう思います?
「お礼の気持ちにもならないような回答もらってお礼が書けるか!」となりませんか?ものごと多方面から見ないと

>わたしはteient さんの性格をある程度理解しているつもりなので、別に腹を立てているわけではないのです。>

 そうでしたかそれは知りませんでした。性格を知ってて腹立ちが起きないと言うのは人間の理性のなせる技でしょう。

>そうであれば、とっくに回答をやめていることぐらいは理解できるでしょ?>

 いや実はそこが全然理解できなくて、結局私の理論を覆せないからイライラして逃げてるだけのように見えるんですよ回答を書かなくなる人っていうのは
そのイライラを私の性格のせいにするという責任転換をしてると私は推測しますね。

>しかし、誰にでもそういう態度を取っていると、疎まれることになりますよ、と忠告してさしあげているだけです>

 まあ最低hakobuluさんはそう思ったということですね。年齢の違いか・・・それともやたら礼儀を強要されてきたんですかね?特に国語カテに回答なさってますもんねあり得る話ですねーw
どうでもよいですがそのような忠告をするなら民放でも2チャ○ネル掲示板でも見てから言ったらどうでしょうかね?いやいや特に哲学カテなんか酷い人結構いますよ、私なんて結構礼儀正しい方ですよ
クレームするならまずそのような発言してる人をにクレームした方がいいですよ

>、「チョキレス」というのは、「超切れる寸前」を省略しただけです。「超切れる寸前」と言いたい状況で「チョキレス」と言うわけですから論理的不整合はありません。
どんな省略のしかたをしようが個人の自由だと思います。>

 へえーあれだけ礼儀だとか言っておいて「超キレル寸前」を「チョキレス」と使う人の会話を聞いて「変な日本語を使うな!日本人ならちゃんとした日本語で喋るものだ!礼儀がなっとらん!」とかならないわけですか?
それでよく礼儀がああだこうだ言えますね?単純に度胸がないだけじゃないですか?それで私は個人一人でしかも性格みぬいているから赤子の手をひねるように文句をいうとそういうわけですか?

>しかし、「ご飯たべたい」と言いたい状況で「チョキレス」と言えば、それは正式な意味で言えば誤用だよ、と教えてあげると思います。>

「誤用だよ」?優しい言い方だな~?おかしいな~?今のhakobuluさんなら「意味が違う誤用だ!しかも言葉遣いがなっとらん!「ご飯食べたい」とは何事だ!食べれるだけでもありがたいと思わんか!まったく礼儀がなっとらん!」と説教するんじゃないんですか?

>3 ((同格的な語句を接続して))つまり…,すなわち…,言い換えると
すべて一方を否定していることになります。
たとえば、最初の例文
「 You or I will be chosen.
君かぼくが選ばれるだろう 」
の場合、一方は選ばれません。>

 あーホントでしたね、しかし最後見てください。「一方は選ばれせん」と書かれています。つまり「一方は選ばれない」=「否定」とここでは言ってるわけです。
ということは「両方選択肢がある中で片一方を選んだ」⇔「一方は選ばれなかった」ということでしょ?それは「一方を選択肢に入れなかった」とは同等にはならないでしょ?
 あと「言い換えると」と書いてあるんだから・・・しっかりしてくださいよ。ホントに変なプライドはもってないのですか?それを信じていいんですか?

>アンカテの質問を見ましたが、あの質問のしかたで十分でしょう。>
 
 は!?十分な訳ないでしょう。回答者の殆どが正式な意味を知っていて答えてる場合があるわけだから「正式な意味を知らずに何気なく「及び」を聞いたり使ったりしている」人をターゲットにアンケートがとれたかどうか確信できないでしょう?

>そこでorと思っているという答えが無かったということは、そう思っていない人が極めて多い、と素直に解釈するのが論理的でしょうね。>

 私は今大いなる馬鹿に回答を得ようと思っているんだろうか・・・?
否違う!そのようにアンケートを書けば正式な意味を知らずに何気なく「及び」を聞いたり使ったりしている人が回答を書きこむと思い込んでいるのか?
否違う!つまりhakobuluさんはandの意味を誇張してそれを正しいと私に思い込ませたいわけだ、つまり自分の答えを否定されたくないという気持ちの裏付けだ!なのでそのアンケートでandの意味が多かったことを良い事に「「及び」に「or」の意味が含まれていないと思いこんでいる人が極めて多い」と思いこませようとしてるんだ!間違いない。私は騙されない。巧妙な手口を使われたような気がしましたが恐らく無意識に自分自身をも騙しているので恐らくなにか反論が返ってくる筈w

>「パン か ごはんですね」に対して、
「へえ~。それでは、パン と ごはん の両方を今朝も召し上がったんですね」
と答えれば、違和感が生じることを会話の当事者たちはよくわかっているからですよ、という意味。>

 そりゃ違和感感じるでしょうね、両方召しあがったかどうか言ってないわけだから「?」となるでしょうね

>このように書くと意味が通じるでしょうか。>

 あの~~本当に変なプライド持ってませんか?ひょっとして無意識の中に変なプライドもってませんか?正直に答えますよ、通じません。

>「自転車だけ通っていればその状況はonlyです」とのことですが、これは、何に対してonlyと言っているのですか?>

 自転車および歩行者が通れる道ですね

>前半で述べている【通行可能】なのは、あくまで自転車&歩行者ですよね?これは、「通行可能な範囲に含まれるのは自転車&歩行者です」という意味でしょ?だからこそ、自転車onlyでも通れるわけです。>

 だから自転車onlyとか歩行者onlyを肯定してることになるんじゃないんですか?

>「自転車のみでも通れる」と「自転車のみ通れる」とは全く別の意味になります。>

(1)「自転車のみでも通れる」というのは他の条件が含まれている。
(2)「自転車のみ通れる」は「自転車以外は通れない」が表裏一体。

「自転車のみでも通れる」というのは他の条件を示唆する上での表現だが自転車だけが通っていればそれはやはりonlyの状況

>「可能性が高い」と「割合が高い」の意味を混同していますね。>

だから「割合が高い可能性が高い」という感覚で言ってたでしょ?
だから認識が変わり始めたんでしょ?あの~~念を押して聞きますが、本当にに変なプライド無いですか?実はあるでしょ?

>正式だろうが正式でなかろうが、及びには&の意味しかないんです。>

と意地を張ってるんですね(TT)悲しい

投稿日時 - 2012-10-29 23:28:57

お礼

>7の内容と合わせ、項を改めて(いつとはお約束できませんが)再度解説してみましょう。>

 ありがたく頂戴仕る所存です。誠にhakobulu様には何回もお手数おかさせてもし訳なく思っています誠にありがとう御座います。

投稿日時 - 2012-10-29 23:18:24

ANo.44

#41からの続きです。

11.
>しかしなぜ「AおよびB」などの会話を聞いて「andかなorかな?それともand、or両方の意味があるのかな?」という疑問が無意識にでも湧かなかったんですか?

わたしの答えは、総括2の(1-a)および(1-b)にすでに述べていますので、あえて繰り返しませんが、そういう無意識的感覚があることは容易に推測できます。
その原因は、端的に言うと、「視点の違い」に気づいていないから、ということですね。
くどくど同じ事を繰り返すことは(エネルギーの無駄使いになるので)しませんが、今までの内容を再読すれば、ご理解いただけるでしょう。
わたしとしては、十分に意を尽くしたつもりなので、それでわからなければしかたありませんね。

12.
> また<あり得ない>とか使う!おかしいでしょ?なんで断定してるんですか?意味不明にも程がありますよ?あれだけ理由を説明してまだ断定する?

総括2の(1-a)および(1-b)をごらんください。(両方、という意味ですよ)

13.
<「しかし、言葉自体には含まれていない」という点について論じているわけでしょ?>

 hakobuluさんがね、私はそう思ってないですがね、そういうのであれば理由はなんですか?と再三投げかけてきたわけです

総括2の(2-a)および(2-b)をごらんください。

14.
>「ストレートに書け」ということなのでここで書かせてもらいますが

(a)「自転車および歩行者は通行可能です」
(b)「自転車のみでも通行可能です」
(c)「歩行者のみでも通行可能です」
(d)「自転車と歩行者以外は通行不可能です」

と並べました。
 ここで(a)のみ言われた場合同時に(b)~(d)までを意味するだろうと言われた側は解釈する。言う側もその意味で言っている可能性が高い。
 もしここで「および」=「両方でありorは含まれない」と解釈するなら(a)は「自転車と歩行者両方同時通行する場合もしくは自転車を手で押して歩く場合のみ通行可能」と判断せざる負えなくなる。ということは必然的に(a)は(b)~(d)を含んでいるだろうと想定し通行している事になる。故に私は「「及び」にはorの意味が含まれる場合があるのではないだろうか?」と推測したわけです。

例文に関する根本的な解釈の誤りがあります。
(b)「自転車のみでも通行可能です」は、「自転車only通行可能です」という意味ではありません。
(c)「歩行者のみでも通行可能です」は、「歩行者only通行可能です」という意味ではありません。
「も」というのは、「同様の事柄が他にある意を表す」という意味の係助詞です。
この誤った解釈を前提にした、
「ということは~」とか「故に私は~」という論理は成立しません。
反論があるなら、以上を踏まえた上で行なってください。

15.
>(h)「市役所およびコンビニに行けばありますよ」を「市役所とコンビニに両方行かないと電池回収箱が現れてきません」と考える人はまず少ないと推測されます、

そう思う人がいることは別に否定してはいませんが・・・?
 
> よって「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高く「及び」に関しては1・2より「or」が含まれる表現と見る事が可能である。

「よって「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高く」ということを否定したことはありませんが?論点を把握していますか?
そのことは否定はしないが、
というより、状況によって同じ意味に解釈できる場合がある、というのはわたしが言ったことではなかったでしたっけ?まあ、どっちでもいいですけどね、
いずれにせよ、そこに「視点の違い」がある、ということに気づかないと、
>「及び」に関しては1・2より「or」が含まれる表現と見る事が可能である。

などという誤った結論に至ってしまう、と再三再四申し上げています。
総括2、および、どうしても必要なら総括1を再読してください。
伊達で総括したわけではありませんので、かなりわかりやすく書いてあるつもりです。
疑問がある場合は、どの箇所が意味不明か、抜粋して質問していただけると話が早いと思います。
むろん、そこに書かれていること以外質問するな、とういう意味ではありませんよ。
必要ならなんなりと質問なさってください。
ただ、総括である程度まとめたつもりですので、同じ事を何度も繰り返すのは言うほうも聞くほうもお互い疲れますから、総括で示した箇所を番号で示すだけという形で回答させていただく場合も出てくるので悪しからず。
それが理解できない場合は、わたしの説明能力の限界と判断して諦めるのが妥当な対応になるはずです。    

投稿日時 - 2012-10-28 22:44:22

補足

>>しかしなぜ「AおよびB」などの会話を聞いて「andかなorかな?それともand、or両方の意味があるのかな?」という疑問が無意識にでも湧かなかったんですか?

わたしの答えは、総括2の(1-a)および(1-b)にすでに述べていますので、あえて繰り返しませんが、そういう無意識的感覚があることは容易に推測できます。
その原因は、端的に言うと、「視点の違い」に気づいていないから、ということですね。>

 では逆に問いますが視点の違いに気付いたからと言ってなぜ「andという意味だ!」と断定するのですか?もっと言うとなんで視点を変えただけで総括2の(1-b)の感覚に至るんですか?

><「しかし、言葉自体には含まれていない」という点について論じているわけでしょ?>
>hakobuluさんがね、私はそう思ってないですがね、そういうのであれば理由はなんですか?と再三投げかけてきたわけです

総括2の(2-a)および(2-b)をごらんください>

 つまり「勘違い」が原因であるということは「元の意味」とか「正式な意味」において勘違いということでしょ?
まあ以前も書いたんですが、<そこはまあまあ理解しました>と述べて私の今の疑問は「正式な意味ではない正確な意味」と「正式ではない意味」という意味で<そういうのであれば理由はなんですか?>と聞いているわけです。教えて頂けませんか?

>例文に関する根本的な解釈の誤りがあります。
(b)「自転車のみでも通行可能です」は、「自転車only通行可能です」という意味ではありません。
(c)「歩行者のみでも通行可能です」は、「歩行者only通行可能です」という意味ではありません。
「も」というのは、「同様の事柄が他にある意を表す」という意味の係助詞です。
この誤った解釈を前提にした、
「ということは~」とか「故に私は~」という論理は成立しません。>

 いやいやそんなことないでしょう。例えば自転車及び歩行者が通行可能な道路において、自転車だけ通っていればその状況はonlyです。また歩行者もしかりです。
ゆえに「のみでも」ということは「onlyでも」と同義です。
<「も」というのは、「同様の事柄が他にある意を表す」という意味の係助詞です。>まあ正確な意味ではそうですが、というか今初めて「「も」というのが「係助詞」ということを知りました」しかし状況は係助詞ではないわけですから「自転車onlyの状態」「歩行者onlyの状態」が含まれる筈です。
そういう意味で「及び」というのは「or」が含まれるのではないでしょうか?という主張メインの質疑応答です。なので理論成立しないわけないわけです。違いますか?

>「よって「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高く」ということを否定したことはありませんが?論点を把握していますか?>

・・・・・なんというか子供の言い訳みたいなこと言いますね、以前「殆どの人」とか 1/1000万人の割合の人と同等な感覚です みたいなこと言ってませんでした?
まあ別に認識が変わったならそれでいいわけで、意地もあるでしょうから言い訳しなくていいですよ。私は人をいじめるが趣味ではないので・・・

>総括2、および、どうしても必要なら総括1を再読してください。
伊達で総括したわけではありませんので、かなりわかりやすく書いてあるつもりです。>

 まず【伊達】というのは
(1)【イタチごっこ】を【ごっこ】を入力し忘れて【イタチ】を変換したら【伊達】にかわったということなのか?
(2)【伊達に総括した訳ではありませんので】
という意味なのかと一瞬迷いましたが私の推測によると(2)の意味だと思うんで(2)の意味でよいですか?

 総括1にしろ2にしろ元が「正式な意味」「元の意味」もしくは「本来の用途」の比喩で書かれている訳ですよね?(違ったら言って下さい修正します。)
しかし再三に渡って私も説明してきましたが 正式な意味はよくわかりました、しかし正確な意味と正式ではない意味で使う場合はどうなんでしょうか?という質問に変わっています。
初めは確かに正式な意味を知りたかっただけなのですが、途中で違和感を感じたので再度「正式な意味でない場合はどうなるんですか?」という質問に今は変わっています。

>ただ、総括である程度まとめたつもりですので、同じ事を何度も繰り返すのは言うほうも聞くほうもお互い疲れますから、総括で示した箇所を番号で示すだけという形で回答させていただく場合も出てくるので悪しからず。>

それは結構ですがこれで総括をあまり使用しなくて済むと思いますよ。

投稿日時 - 2012-10-29 02:51:47

お礼

質疑応答ありがとうございます。今後もよろしければお願い致します。

投稿日時 - 2012-10-29 02:52:16

ANo.43

#41です。

1.
>「風邪で鼻水が止まらないのですが、何科に行けばいいですか?」で、どちらか一方で構いません、という意図で、
「内科 もしくは 耳鼻咽喉科です」と看護婦さんが言ったとします。
「内科 および 耳鼻咽喉科です」と言えば、両方に行かなければならなくなります。
どちらでも重大な問題は発生しませんが、後者の場合は不要なことをさせられることになるでしょ?
これを齟齬と感じるか否かの差なのかもしれませんけどね。>

 <これを齟齬と感じるか否かの差なのかもしれませんけどね>まったくその通りで、そこを聞いているのが今の質問なのですが、正式には確かに齟齬が発生するでしょうけど正式ではない、あるいは正式に捉えていたとしても齟齬が生じない場合が殆どであると考えれられます。

『「内科 および 耳鼻咽喉科です」と言えば、両方に行かなければならなくなります』
という場合は齟齬が生じている、とお認めになったということですよね。
それで十分ですよ。
それを認めたということは、
「および」には&の意味しかない、ということを認めたことになりますよ?
「および」には、そのような意味しかないのであって、それ以外の意味を「及び」という語に付与させると、齟齬が生じる場合がありますよ、と言っているのがわかりませんか?
わたしとしてはですね、たしかに、あなたがおっしゃるように、齟齬が生じていない(ように見える)状況を否定しているわけではありません。
ただ、それは、単なる(言葉の意味解釈に関する)勘違いによって偶然的に成り立っている状況なのです。
ということを申し上げています。

2.
>理由としては単純に【そのような良い争いを見たことがない】【以前も書きましたが齟齬が生じ難い捉え方を発信者も受信者もする可能性が高い】【「及び」自体あまり使わない】という理由からです。
そういう意味で齟齬が発生し難いと言えるのであって、齟齬が発生する可能性もまったくないわけではないが極めて低いだろうという見解です。

【そのような良い争いを見たことがない】のは、「変な表現をする人だなあ?」と感じても、その場の状況に合わせて、相手の言う内容を想像して対応しているからですよ。
【以前も書きましたが齟齬が生じ難い捉え方を発信者も受信者もする可能性が高い】というのは、単に、お互いに勘違い同士で意味が通じているだけですよ?
【「及び」自体あまり使わない】とのことですが、あまり使わなければどうだと言っているのですか?

3.

>おっしゃるように、その場的には同じと捉えても問題はありません。
なぜなら、状況としてはどちらに捉えても齟齬は生じないからです。>

 でしょ!?そうお思いになられるようになりましたか、説明した甲斐がありました。

ひょっとすると、わたしの話す言葉が、日本語ではないのかもしれませんね。
申し訳ないことです。
『状況としては同じであっても、言葉自体の意味は異なる』ということを散々述べてきたつもりなのですが、うまく伝えることができていないようです。
わたしの表現力の限界を感じますね。
まあ、悪い回答者に当たったと諦めてください。

4.
>なので言葉自体時代と共に変化していくのが当たり前でありそれ自体になにも問題はないわけです。というよりかそれが自然でしょう。

何も問題がないなら、じゃ、なんで質問したの?

5.
>私が好きではない言葉を使ってはいけないという法律はないんだという風に気持ちが変わってから「チョベリバ」という言葉を聞いても何にも感じないようになりました。

わたしは初めて「チョキレス」という女子高生言葉の意味を聞いたとき、お~なんと素晴らしい表現力だろう、と感心したものです。
「超切れるという状態の寸前」という意味のようですが、たぶんご存知でしょう。
teientさんは誤解なさっていると思いますが、「チョベリバ」も「チョキレス」も、これは誤用にはあたりません。
「チョキレス」について言えば、
本来は○○という意味であるのに、他の意味で、たとえば「超うらやましい寸前」などという意味で使うと誤用と評価されるわけです。
しかし、それ以外は単に意味が通じない言葉、というだけの話です。
これは、以前もあげていらっしゃったと思いますが、方言などでも同様の理屈になります。

>『チョベリバ』って使ったからって「誤用言語」って言えるのかな?

とおっしゃっておられますが、わたしも全く同意見ですよ。
ただ、上に述べたような理由で、今までの論点とは全く無関係である、ということのみ、お伝えしておきます。

6.
> 言いたくて回答してるんじゃなかったんですか?
以前【「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」という態度でものを言うのが、大人の世界ですよ。】
と言って置いて「何度同じ事を言いわせるんですか?」という態度はなんなんでしょうかね?大人の世界を語れる立場でしょうか?

え~っと、質問者の立場と回答者の立場を混同してはいけない、という意味なんですけどね・・・。
そりゃ、言いたくなければ回答しないだろ?っつうのは、現状の論理的な解釈であって、それを否定する気は全くありません。
【「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」という態度でものを言うのが、大人の世界ですよ。】
というのは、あくまで質問者の姿勢を、あなたが知らないように思えたので言っただけです。
「立場」という言葉の意味をもういちど辞書で確認しておくことですね。
「どうだ、おれはいい質問をしてるだろ?答えさせてやるから、なにか言ってみろ」といった態度は好ましくないのであって、
「まあ、こんな疑問が浮かんだのですが、みなさんのご見解をうかがわわせていただけませんか?」といった姿勢でないと、世の中渡っていけませんよ?
以前に比べるとかなりマシになりましたが、会話の流れの中で、その辺りの根本的な理屈を取り違えている部分がある。
そのことをわたしは指摘しているだけです。

>第一ここはネット上の世界です。大人の世界を説くなら2○h掲示板や変なブログに物申したらどうですか?個人攻撃して満足するんですか?それではもはや虐めっ子と同じレベルです。

論理の不整合を元に反論しておられるので、それはお互いにとって不幸なことです、という意味で、その論理不整合の箇所を明るみに出し、お互いの納得にいたろうではないか、というのがわたしの本旨ですから、思い過ごしはしないでください。

7.
>辞書で調べたところ「片一方を否定しなんちゃら」とは書いてない訳ですよ。そうなると辞書的にも間違えているし「否定」となるほどのものでもない事も事実です。
それをhakobuluさんが「否定」と強引に決めてるだけだと思います。

たとえば、以下の辞書では、明らかに、そう言っていると思います。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=or&stype=1&dtype=1
わたしが強引に決めているわけではありません。

8.
> 当たり前のように通用するのであれば誤った解釈にはならないでしょう?

ですから、「その場の状況によっては、齟齬が生じない場合もある」となんども言っています。
しかし、だからといって、
「言葉自体も、同じ意味に当たり前のように通用する、と思い込むから齟齬が生じることになる」
と何度言ったらわかるんですかね・・・。

9.
>>何百年か後に、そうした用法が通用するかもしれませんが、現段階では、残念ながらその時期には達していません。>

 なぜですか?その根拠はなんですか?

アンカテで確認したんでしょ?
その結果に納得できないのであれば、それは質問のしかたが悪いと思うのが論理的ですよ?
結果がどう出ようと納得できるように質問しなくちゃ・・・。
全体、どんな質問をしたんですか?
ご要望とあれば例文をお作りしてもいいですが・・・。

10.
>>違和感ありませんか・・・。
そういうシーンが無い(稀)のは当然でしょうね。
違和感が生じるからですよ?>

 だから違和感を感じないといっているわけで、それをなんで私の感情をhakobuluさんが<違和感が生じるからですよ?>と決めつけられるんですか?

表現不足で誤解を招いたようですね。
申し訳ありません。
「そういうシーンを見たことが無いとおっしゃるのは当然であって、なぜかというと、そういう会話が違和感を生じさせる表現であることを、会話する本人たちがよくわかっているからですよ?」
という意味です。
「パン か ごはんですね」
に対して、
「へえ~。パン と ごはん と両方とも召し上がるわけですね」
と答えれば、違和感が生じることを会話の当事者たちはよくわかっているからですよ、という意味。
つまり、
「パン か ごはんですね」
に対して、
「へえ~。パン と ごはん と両方とも召し上がるわけですね」
と感じる人は、殆んどいないからです。
という意味です。

投稿日時 - 2012-10-28 21:59:05

補足

>【「及び」自体あまり使わない】とのことですが、あまり使わなければどうだと言っているのですか?>

 正確な意味を調べようという意欲が削げるでしょ?つまりあまり使わないんだから、正確な意味をしらずとも構わんというわけです。
国語や言語などに関わる人達でなおかつ「及び」を使う重要性に迫られている人に限り調べる率は高まると推測できますがそれ以外の人は正確な意味を調べようとしないだろうという私の推測です。

>申し訳ないことです。
『状況としては同じであっても、言葉自体の意味は異なる』ということを散々述べてきたつもりなのですが、うまく伝えることができていないようです。
わたしの表現力の限界を感じますね。まあ、悪い回答者に当たったと諦めてください。>

 ホントまったく意味がわからなかったんですが、車の中で考えていたんですが、ひょっとすると以下のような意味で述べてます?

(h)・視点を変えると文全体の表現を「A及びB」以外に付け加えなければ(もしくは変化させなければ)いけないので、『含まれるという』表現は不適格である。という見解でしょうか?

(t)・私の見解を述べて見ますね、私は円柱の視点を変えると円や長方形などの要素が派生するので円柱の視点の変えると円に見えたり長方形に見えたりするので円柱そのものには円や長方形の要素が含まれるという意味で『含まれる』と述べたわけですよ。
円柱を「A及びB」に直すと捉え方や見方によっては「and、or、andとor両方」の捉え方が可能であるから『含まれる』と表現した訳です。

 確かに視点を変えて言語化すれば言語は付け加えたり減らしたりしなければ表現のしようがありませんからhakobuluさんの見解は正しいでしょう。しかしながら私の(t)自体も間違っていないと思われませんか?
まあhakobuluさんが言いたい意味自体間違えている可能性もあるのでその場合は 違いますよ と言って下さい。

>何も問題がないなら、じゃ、なんで質問したの?>

それ言われるとなんと答えていいか分かりませんが、参考書の「及び」の意味を正確に知りたいという気持ちが初めです。その後「正式ではない意味では」どうなんだろうか?という興味本位のみで質問してます。正直ここまで長くなる予定はなかったのでちょっと無駄な時間を過ごしたかなとも思ってますが同時に正式ではない正確な意味を知りたくなったというところです。

>わたしは初めて「チョキレス」という女子高生言葉の意味を聞いたとき、お~なんと素晴らしい表現力だろう、と感心したものです。「超切れるという状態の寸前」という意味のようですが、たぶんご存知でしょう。>

 いや知りません。否知らなかったです。

>それ以外は単に意味が通じない言葉、というだけの話です。
これは、以前もあげていらっしゃったと思いますが、方言などでも同様の理屈になります。>

 また同じことを繰り返すかもしれませんが、当人(Qさん)が「A=B」だと思っているのを他の人(Wさん)が「A=A」だと思っていた場合「誤用」と言う表現は不適格なのではないでしょうか?単純に認識の違いであって「誤用」じゃないでしょ?もしそれでも「誤用」を使いたいなら、「正式な意味で言えば誤用です」とか「本来用法と比べると間違えた使い方です」という表現にして頂けませんか?

>【「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」という態度でものを言うのが、大人の世界ですよ。】
というのは、あくまで質問者の姿勢を、あなたが知らないように思えたので言っただけです。>

 なんでそんな事が勝手に決まっているのですか?そんなの個人の自由でしょう?相当な発言を省いては自由でしょう?第一ネットの世界ですからそこを世間と同一視されても困るんですよ。hakobuluさんの感性中心でネット上の世界が動いている訳ではないというのをもう少し自覚した方がいいと思いますよ。

>「どうだ、おれはいい質問をしてるだろ?答えさせてやるから、なにか言ってみろ」といった態度は好ましくないのであって>

 え?そんな態度にみえました?それは失礼しました。個人的には討論してるだけなので、まさかそのように捉えられてるとは知りませんでした。「質疑応答が白熱してるな~」位だと思っていたので悪しからず。

>「まあ、こんな疑問が浮かんだのですが、みなさんのご見解をうかがわわせていただけませんか?」といった姿勢でないと、世の中渡っていけませんよ?>

 どうでもいい話だから飛ばそうかと思いましたが、なぜそう思うのですか?確かに悪くはないでしょうが、そのせいでなめられて同僚の先輩からいじめられるとか、上司が調子に乗って部下をいじめるとか平然と行う糞以下の人間がいる事を知らないんですか?パワハラというのはそのように低姿勢な態度で接したが故に発生している場合があるというのを知らないんですか?

>論理の不整合を元に反論しておられるので、それはお互いにとって不幸なことです、という意味で、その論理不整合の箇所を明るみに出し、お互いの納得にいたろうではないか、というのがわたしの本旨ですから、思い過ごしはしないでください。>

 という事は大人の世界どうのこうのというのは「言っておいた方がいいだろう」という意味で書いたわけですか?それはご忠告ありがとうございます。それが功を奏する場合もあるでしょうから、肝に銘じておきます。しかしながら余談ですが「チョベリバ」や「チョキレス」はなんでhakobuluさんはいいと思ってるんですかね?相当自己中心的な発言で私の発言が問題あるなら女子高生皆hakobuluさんから注意されてなきゃいけないと思うのですが注意しましたか?

>>それをhakobuluさんが「否定」と強引に決めてるだけだと思います。>


たとえば、以下の辞書では、明らかに、そう言っていると思います。http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=or&stype=1&dtype=1

 どこに書いてあるんですか?

>ですから、「その場の状況によっては、齟齬が生じない場合もある」となんども言っています。しかし、だからといって「言葉自体も、同じ意味に当たり前のように通用する、と思い込むから齟齬が生じることになる」と何度言ったらわかるんですかね・・・。>

 それは初めっから分かってますよ、私の言ったのは齟齬が生じ易いか生じ難いかの話です。

>アンカテで確認したんでしょ?その結果に納得できないのであれば、それは質問のしかたが悪いと思うのが論理的ですよ?>

 まあそうでしょうけど、私は心理学者ではないので、それとなく無意識に訴えかけて正式な意味を知る前の「及び」をどのように捉えていたか?というのを探り出すテクニックを知らないし、「及び」ではないですが違う主題で何となくバレないようにやってみたこともありましたが何人かにその意図がバレてオジャンになりました。
そういうなら逆に聞きますけど、何気なくどのように「及び」の正式な意味を知らない人をターゲットに聞けばよいですか?

>全体、どんな質問をしたんですか?ご要望とあれば例文をお作りしてもいいですが・・・。>

 はあええっとQNo.7743032を見れば一発で分かると思います。どうでもいいですがこのアンケートの回答で面白い文章を発見しましたNO.4さんは「「AからBまでが範囲」だからA&B」と思っているみたいですw。これみても分かるように多分・・以外に(and、or)の意味で捉えている人も結構いると思いますがね?

>つまり、「パン か ごはんですね」に対して、
「へえ~。パン と ごはん と両方とも召し上がるわけですね」
と感じる人は、殆んどいないからです。
という意味です。>

 ・・・・私の説明も不足でしたね。つまりその会話自体違和感を覚えないし、【殆どいない】というhakobuluさんの感性自体間違えているのではないでしょうか?という意味です。

投稿日時 - 2012-10-29 01:57:37

お礼

これ書きゃなきゃまた文句いわれそうなので書いておきますが

再三の質疑応答ありがとうございます。今後もよろしければお願い致します。

投稿日時 - 2012-10-29 02:02:46

ANo.42

#41からの続きです。

14.
>>>「車は困るなあ。自転車および歩行者は通っていいよ」「車は困るなあ。自転車もしくは歩行者なら通っていいよ」ならどうなりますかね?

同じことが言えるでしょう。>

 でしょ!言えるでしょ!まあこの辺は変な意地を張らずに正直に訂正したということですか? 

おそらく勘違いなさっていると思いますが、前言と同じ、という意味です。
具体的には、
『どちらも両方通っていいという状況ではあるわけですが、後者の場合には、どちらか一方というニュアンスがありますが、前者には含まれていません。
まあ、これも見解というか感覚の違いというだけであって、どうこう言っても始まらないのでしょう。』
という部分です。
ま、これも感覚の問題でしょうかね。

15.
>今回質問なさったようなテーマは、無意識的な感覚の使い分けに関することなので、なかなか難しい問題が含まれてくるとは思います。>

 それはそうですが、結論を言えば視点を変えれば含まれている状態になっているといえないだろうか?

そのことををずっと述べてきたつもりですが・・・。
まあ、いずれにせよ、その点では一致したわけですね。
ただ、今回の質問の焦点は、
「および」単独で「&」という意味になることはあり得ない。
という点です。
「視点を変えれば含まれている状態になっている」というのは前振りであって、
「しかし、言葉自体には含まれていない」という点について論じているわけでしょ?
それを認めるのか認めないのか、ということを論議しているわけですから、誤魔化そうとしてはいけません。
認める必要はありませんが、論点をずらして解決したかのような物言いをするのは、あまり格好良くありませんね。
        

投稿日時 - 2012-10-27 21:58:09

補足

>おそらく勘違いなさっていると思いますが、前言と同じ、という意味です。
具体的には、
『どちらも両方通っていいという状況ではあるわけですが、後者の場合には、どちらか一方というニュアンスがありますが、前者には含まれていません。
まあ、これも見解というか感覚の違いというだけであって、どうこう言っても始まらないのでしょう。』
という部分です。
ま、これも感覚の問題でしょうかね。>

 そうでしたか、<ま、これも感覚の問題でしょうかね。>そうでしょうね。しかしなぜ「AおよびB」などの会話を聞いて「andかなorかな?それともand、or両方の意味があるのかな?」という疑問が無意識にでも湧かなかったんですか?

>「および」単独で「&」という意味になることはあり得ない。という点です。>

 また<あり得ない>とか使う!おかしいでしょ?なんで断定してるんですか?意味不明にも程がありますよ?あれだけ理由を説明してまだ断定する?

>「視点を変えれば含まれている状態になっている」というのは前振りであって>

前振り?意味不明ですがそういう意味で私は思うのですが?という意味です。

>「しかし、言葉自体には含まれていない」という点について論じているわけでしょ?>

 hakobuluさんがね、私はそう思ってないですがね、そういうのであれば理由はなんですか?と再三投げかけてきたわけです

>それを認めるのか認めないのか、ということを論議しているわけですから、誤魔化そうとしてはいけません。>

 何処で誤魔化しましたかね?誤魔化す意図はないです。

>認める必要はありませんが、論点をずらして解決したかのような物言いをするのは、あまり格好良くありませんね。>

それは視点を変えるとhakobuluさんが論点をずらしているという見方もできるんですよ?
特に問題がなければいいますが論点をずらす意図は全然ありません。

投稿日時 - 2012-10-28 00:25:18

お礼

1・「ストレートに書け」ということなのでここで書かせてもらいますが

(a)「自転車および歩行者は通行可能です」
(b)「自転車のみでも通行可能です」
(c)「歩行者のみでも通行可能です」
(d)「自転車と歩行者以外は通行不可能です」

と並べました。
 ここで(a)のみ言われた場合同時に(b)~(d)までを意味するだろうと言われた側は解釈する。言う側もその意味で言っている可能性が高い。
 もしここで「および」=「両方でありorは含まれない」と解釈するなら(a)は「自転車と歩行者両方同時通行する場合もしくは自転車を手で押して歩く場合のみ通行可能」と判断せざる負えなくなる。ということは必然的に(a)は(b)~(d)を含んでいるだろうと想定し通行している事になる。故に私は「「及び」にはorの意味が含まれる場合があるのではないだろうか?」と推測したわけです。

2・市役所とコンビニの例
 まず訪ねてきた人は電池回収所の場所を知りたくて訪ねてきました。
(e)「市役所およびコンビニに行けばありますよ」
(f)(e)は視点を変えると掲示しただけだと捉えることも可能であり結果「市役所とコンビニに行けば電池回収所がありますよ」ということを言わんとしているという可能性がある。
(g)「市役所もしくはコンビニに行けばありますよ」こう言われれば「市役所かコンビニに行けば電池回収所がある」と言われてるとの同等であると考えられるから状況の視点で行けばほぼ(e)(f)と同じ意味になる。ただ(e)(f)と違う視点から見ると「最低限どちらかに電池回収所はあります」という受け取り方をする人もいるだろうことは容易に想像できる。かといって(e)(f)の可能性を否定するほどのものではない。
(h)「市役所およびコンビニに行けばありますよ」を「市役所とコンビニに両方行かないと電池回収箱が現れてきません」と考える人はまず少ないと推測されます、よって今回の場合「及び」というのが(e)≒(g)と近似値的な意味になる。
 
 よって「及び」と「もしくは」が殆ど同じ意味で使われている可能性は高く「及び」に関しては1・2より「or」が含まれる表現と見る事が可能である。
 1により正確な意味としてはandの要素の意味で使われがちだがorの要素が含まれてるのが正確な意味になる。しかしながら辞書や法令用語的にはあくまで「及び」=「and」であり「or」の意味は含まれない。ということになる。また2より「および」と「もしくは」をほぼ同列でとらえても間違いとは言い切れない表現であることが証明された。
 
 この証明を覆すことが出来る理論はあるのか?あるなら示して下さい!という質疑応答しているわけだから、そこを覆せないのでれば認めればいい話で覆せるのであれば、そこ論破するように書けばいいだけの話です。

投稿日時 - 2012-10-28 11:06:55

ANo.41

#40です。

1.
>視点をある程度変えてようやく派生するわけですから180度違うベクトルの討論をしているわけではないので「あげる」と「もらう」自体の例が不適格なわけです。

なるほど。
ちょっと飛躍しすぎでしたかね。
不適格、という判断が、それほど的外れとも思わないので、ご主張に同意して、この例は取り下げることにしましょう。

2.
>相手が「何処に行けばいいのですか?」という発言をしているのであれば、両方示そうが片一方示そうがどちらでも構わないということになるのではないでしょうか?

そうはなりません。
たとえば、
「風邪で鼻水が止まらないのですが、何科に行けばいいですか?」で、
どちらか一方で構いません、という意図で、
「内科 もしくは 耳鼻咽喉科です」と看護婦さんが言ったとします。
「内科 および 耳鼻咽喉科です」と言えば、両方に行かなければならなくなります。
どちらでも重大な問題は発生しませんが、後者の場合は不要なことをさせられることになるでしょ?
これを齟齬と感じるか否かの差なのかもしれませんけどね。

3.
>【一般的なコミュニケーションの中で】「及び」という言葉をあまり使わなくなっているのではないかと推測します。それは企業と消費者の視点で行けばCMなんか見て分かると思いますが「抽選でこれが当たる!」
で終わっている場合が殆どですし両方をしめすなら「抽選でこれとこれが当たります!」などの様に【と】を使う場合が殆どです。故に【及び】自体をあまり使わない傾向にあると考えられます。故に【及び】を【and、or】という両方の感覚を持っている人が【結構】いると思います。

それはわかりますよ。
否定しません。
ただ、それは、
前者が「抽選で当たるもの」という視点での表現で「および(=と)」を使っているのに対し、
後者は「抽選で私がもらえるもの」という視点で解釈しているからです。
そうした視点の転換に気づかないと、&もorも結局同じことじゃんっ!といった感覚になってしまうわけです。
おっしゃるように、その場的には同じと捉えても問題はありません。
なぜなら、状況としてはどちらに捉えても齟齬は生じないからです。
主催者にとっての、「抽選でこれとこれが当たります!」は、
顧客にとっての、「抽選でこれかこれが当たるんだね!」と同じ結果をもたらすわけです。
しかし、(状況的には同じ)だからといって、言葉の意味まで同じだと勘違いしてはいけない、ということです。

4.
><【その通りですね】というのは、たしかに私もそう思う、という意味になってしまいますが、そんなことは言う必要はない>ん?ちょっと意味が分からなかったのですが、理論展開してるある論点一つにおいて【そう思います】と【そう思わない】は両立しないでしょ?
まあ【teientさんのお考えはそういうお考えなわけですね】【しかし私の(hakobuluさんの)考えはこうです。】なら成立すると思いますけど、まああまり論点ではないのでまあどうでもよい話かもしれませんが、理論展開の場と趣味趣向の場の空気を考えた方良いと思いますよ。

えっとですね、これは空気の問題ではないのですよ。
論点が明確になるように引用していただくほうが良いと思うのですが、
『【そういうお考えもあって良いと思っている】のに【わたしはそうは思わない】というのはやや矛盾した感情表現ですよ。
なぜなら【そういうお考えもあって良いと思っている】のなら【その通りですね】で終わりでしょ?』
という箇所についてですよね。

『【そういうお考えもあって良いと思っている】のに【わたしはそうは思わない】というのは』
全く矛盾していません、ということを申し上げています。
この理屈がわからなければ、何を話しても無駄でしょうね。
ひょっとしたらですが、なんでもいいから反論したい、という妙なプライドが邪魔して、論理の目を曇らせていませんか?

5.
>【納得出来るか否か】では100%納得は出来てないので「何故ですか?」と聞いているんであって、それが「経験上」とか「感覚的に」とか言われても納得できる訳ないでしょ?

あなたが納得しようとしまいとわたしには関係ありません。
「何故ですか?」に関しては、
総括をちゃんと読みましたか?わたしの言っていることが理解できましたか?
と述べるに留めておきましょう。
もう一度読み直せば、「○○だからです」と書いてあります。
それでもわからなければ、「なぜ○○だからなのですか?」と改めて質問してください。
日本語を理解できるのであれば、質問する前にわたしの言っている意味がわかると思いますが、わからなければ答えます。
しかし、同じことの繰り返しになるでしょうね。

6.
> なぜ私が「【なんでですか?】という答弁を繰り広げなければならない」と言ったのかと言えばhakobuluさんが「何度同じ事を言いわせるんですか?」と言ったからですよ、それに対して「同じ事を言わせようという意図はありません」と答えているんだから「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」とは言い難いでしょ?

なるほど、一理はあるでしょう。
ただ、「何度同じ事を言いわせるんですか?」となぜわたしが言ったのか、ということもちょっとは考えてくれると有難いですね。
teient さんが質問したから答えているのであって、わたしのほうから言いたくて言っているわけではないのですよ。

7.
> hakobuluさんが「片一方を否定する意味がorです」と言うからそれに対して答えているのに<そのように解釈するのは個人の自由です>と言われるとな~拍子抜けしました。

お互いに意見が異なることはありますよね。
それについて、散々というか、もう十分にお互いの見解を述べてきたんじゃないでしょうか。
「片一方を否定する意味がorです」
「片一方を否定する意味とは限りません」
「いや、限ります」
「いや、限りません」
・・・。
という会話を延々と繰り返すほど暇じゃありません、という意味なわけです。

8.
> ということは「明確な割合が計測出来ないがhakobuluさんの自己感性の投影を他者にした上で【殆ど】や【(1/1000万人)位はいるだろう】」ということですか?
しかし以前「そういう事です」というような回答を頂いたのでそういうことなんでしょうか?

どっちでも大した違いはないでしょう。
一度、アンカテ辺りで確認してみれば納得できるでしょう。
「みかん および りんご をあげます」と言われて、両方もらえると思う人の割合ですね。

9.
>「AかBを選ぶつもりだ」と言って「AとB」を選んだとしても問題はないわけですよね?

その場合は、嘘をついたことになるので大いに問題があります。
たとえ無意識的であっても、「AかBを選ぶつもりだったが、両方を選ぶことにした」という意図が必要になります。
問題はない、と考えている人もある程度いるでしょうが、それは誤った解釈です。
そうした誤った解釈はテレビなどでも当たり前のように通用しているわけですが、それは日本語の曖昧性のゆえでしょう。

10.
>その上で「及び」を考えると「A及びBを選ぶ予定だ」と言われ「Aだけ選択したとしても」なんら違和感はないし「Bだけ選択したとしても」なんにも問題は起こらないと思います。

その解釈は改めたほうが身のためだと思います。
何百年か後に、そうした用法が通用するかもしれませんが、現段階では、残念ながらその時期には達していません。
お勧めはしませんが、このカテで確認すればすぐに判明するでしょう。

11.
>その上で「及び」を考えると「A及びBを選ぶ予定だ」と言われ「Aだけ選択したとしても」なんら違和感はないし「Bだけ選択したとしても」なんにも問題は起こらないと思います。
それは何故かと言いますと「A及びBのどちらかを選ぶつもりだ」という意味で発言している可能性も十分に考えられるから、同時に「A&Bが選ぶ選択肢であるが結局どちらか片一方を選ぶ」という事が起こっても問題は発生しないと考えれます。

えっとですね。
「A及びBを選ぶ予定だ」と
「A及びBを選ぶ予定として考えている」では意味が違います。
視点が異なる、ということに気づけるといいのですけどね。

12.
【選ばれる対象としては否定された】というのは、「選ばれるという行為の結果として確定する対象としては否定された】という意味なのです。>

> これはご自分の回答を訂正したということでしょうかね?

違います。
わかりやすいように言い直してあげただけです。

>なので結果として【選ばれる対象】としては両方を意味している訳です。

【選ばれる対象】というのは、「選ばれるという行為の結果として確定する対象」を意味しています。

13.
>>「普段、朝食には何を召し上がりますか?」「パン か ごはんですね」「へえ~。パン と ごはん と両方とも召し上がるわけですね」という会話に違和感は覚えない、という意味ですね。>

 そうですね、あまり違和感はないですし、その会話でトラブルが起こっているシーンを見た事もありません。

違和感ありませんか・・・。
そういうシーンが無い(稀)のは当然でしょうね。
違和感が生じるからですよ?

次に続きます。

投稿日時 - 2012-10-27 21:35:38

補足

>「風邪で鼻水が止まらないのですが、何科に行けばいいですか?」で、どちらか一方で構いません、という意図で、
「内科 もしくは 耳鼻咽喉科です」と看護婦さんが言ったとします。
「内科 および 耳鼻咽喉科です」と言えば、両方に行かなければならなくなります。
どちらでも重大な問題は発生しませんが、後者の場合は不要なことをさせられることになるでしょ?
これを齟齬と感じるか否かの差なのかもしれませんけどね。>

 <これを齟齬と感じるか否かの差なのかもしれませんけどね>まったくその通りで、そこを聞いているのが今の質問なのですが、正式には確かに齟齬が発生するでしょうけど正式ではない、あるいは正式に捉えていたとしても齟齬が生じない場合が殆どであると考えれられます。
理由としては単純に【そのような良い争いを見たことがない】【以前も書きましたが齟齬が生じ難い捉え方を発信者も受信者もする可能性が高い】【「及び」自体あまり使わない】という理由からです。
そういう意味で齟齬が発生し難いと言えるのであって、齟齬が発生する可能性もまったくないわけではないが極めて低いだろうという見解です。ただネットで質疑応答やネットによる正確な意味合いが発信されている。ので正式な意味を知る人がやや多くなっているような気はします。

>おっしゃるように、その場的には同じと捉えても問題はありません。
なぜなら、状況としてはどちらに捉えても齟齬は生じないからです。>

 でしょ!?そうお思いになられるようになりましたか、説明した甲斐がありました。

>しかし、(状況的には同じ)だからといって、言葉の意味まで同じだと勘違いしてはいけない、ということです。>

 ここがhakobuluさんと私teientの感性の違いですね、確かに重要場面である場合、つまり法律に触れる場合や契約書を書く場合などは【勘違いしてはいけない】と脅迫気味に言われるのは分かるのですが、それ以外で法律を守った上で【勘違い】しようがしましがそれは個人の自由であり自由権を著しく侵害する脅迫行為にあたるわけです。
それなのにも関わらず【言葉の意味まで同じだと勘違いしてはいけない】と脅迫される筋合いはないわけです。なので言葉自体時代と共に変化していくのが当たり前でありそれ自体になにも問題はないわけです。というよりかそれが自然でしょう。
私の二十歳代の時『チョベリバ』という言葉がでてきましたが、個人的にはあんまり好きになれない言葉でしたが女子高校生の間の一部で流行っているのを耳にしましたが、私が好きではない言葉を使ってはいけないという法律はないんだという風に気持ちが変わってから「チョベリバ」という言葉を聞いても何にも感じないようになりました。ましてや小鳥のさえずりにすら聞こえる位です。
そこで今思えば別に『チョベリバ』って使ったからって「誤用言語」って言えるのかな?と今思います。別に犯罪性ないし、まあ差別化と言う意味ではあまりよくないと思いますが、その言葉自体犯罪性はないだろ?という感じに思う訳です。そうするとhakobuluさんの言う『言葉の意味まで同じだと勘違いしてはいけない』というのもいささかどうなのかな?と思う訳です。どうですか?

>『【そういうお考えもあって良いと思っている】のに【わたしはそうは思わない】というのは』全く矛盾していません、ということを申し上げています。この理屈がわからなければ、何を話しても無駄でしょうね。ひょっとしたらですが、なんでもいいから反論したい、という妙なプライドが邪魔して、論理の目を曇らせていませんか?>

 いやそんなことないです。ちょっと意味がわからなかっただけです。理論展開ということはその理論に対して部分的には可能ですが一部一部全てにおいて肯定と否定を同時にすることは難しいのではないのか?という意味です。つまり中間地点の言い方なら言えるとは思いますけど「A+B=Cじゃないでしょうか」と私が理論展開して【そういうお考えもあって良いと思っている】と【わたしはそうは思わない】と言うのは違和感感じません?
まあどうでも良い話なので飛ばしても構いません。

>なんでもいいから反論したい、という妙なプライドが邪魔して、論理の目を曇らせていませんか?>

 いやそういうことはないと思います。第一肯定している部分は肯定しているし、納得できた部分はちゃんと納得できたと述べてるし、そんな変なプライドは無しで質問してるつもりですがね?。まあそう見えたならすみません。

>もう一度読み直せば、「○○だからです」と書いてあります。それでもわからなければ、「なぜ○○だからなのですか?」と改めて質問してください。>

 え!?結構してきたつもりですが・・・まあストレートに書くと水掛け論とか言われるから避けてきましたが分かりましたストレートに書かせて頂きます。

>なるほど、一理はあるでしょう。
ただ、「何度同じ事を言いわせるんですか?」となぜわたしが言ったのか、ということもちょっとは考えてくれると有難いですね。
teient さんが質問したから答えているのであって、わたしのほうから言いたくて言っているわけではないのですよ。>

 言いたくて回答してるんじゃなかったんですか?
以前【「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」という態度でものを言うのが、大人の世界ですよ。】
と言って置いて「何度同じ事を言いわせるんですか?」という態度はなんなんでしょうかね?大人の世界を語れる立場でしょうか?
第一ここはネット上の世界です。大人の世界を説くなら2○h掲示板や変なブログに物申したらどうですか?個人攻撃して満足するんですか?それではもはや虐めっ子と同じレベルです。
やるなら不正な輩のウヨウヨいるネット上で物申してぶちのめしてきて下さい。その威勢もない人からどうのこうの言われる筋合いはないです。

>「片一方を否定する意味がorです」
「片一方を否定する意味とは限りません」
「いや、限ります」
「いや、限りません」
・・・。
という会話を延々と繰り返すほど暇じゃありません、という意味なわけです>

 そうですか、じゃあストレートに書かせていただきますが、辞書で調べたところ「片一方を否定しなんちゃら」とは書いてない訳ですよ。そうなると辞書的にも間違えているし「否定」となるほどのものでもない事も事実です。
それをhakobuluさんが「否定」と強引に決めてるだけだと思います。
<という会話を延々と繰り返すほど暇じゃありません、という意味なわけです>繰り返すつもりはありません。

>どっちでも大した違いはないでしょう。
一度、アンカテ辺りで確認してみれば納得できるでしょう。
「みかん および りんご をあげます」と言われて、両方もらえると思う人の割合ですね。>

いややりました。しかしその人達は全て「及び」の意味を知っている人が回答してるんで結果andになりました。おそらく何回やろうが知っている人が自己満足したいが故に書きこむ回答が多数でてくるでしょう。そういう意味で無駄です。

>その場合は、嘘をついたことになるので大いに問題があります。>

 というのは辞書的もしくは法令用語的にでしょ?

>たとえ無意識的であっても、「AかBを選ぶつもりだったが、両方を選ぶことにした」という意図が必要になります。>

 そういう意味で書きました。

>問題はない、と考えている人もある程度いるでしょうが、それは誤った解釈です。
そうした誤った解釈はテレビなどでも当たり前のように通用しているわけですが、それは日本語の曖昧性のゆえでしょう>

 当たり前のように通用するのであれば誤った解釈にはならないでしょう?以前国産米の例で出した通りです。中国由来の米をなんで外来種と表記せず販売するのか?というのと似てます。

>その解釈は改めたほうが身のためだと思います。>

 その解釈したら殺されんですか?

>何百年か後に、そうした用法が通用するかもしれませんが、現段階では、残念ながらその時期には達していません。>

 なぜですか?その根拠はなんですか?

>お勧めはしませんが、このカテで確認すればすぐに判明するでしょう。>

 hakobuluさん毎回思うのですがちょっとぬけてますよね?答える人が正式な意味を知らずに答える人は殆どいないと思います。だからこのカテで確認したところで「andの用法であるorではない」と言われて終わりです。
hakobuluさんの言う変なプライドを持ち合わせてる人もいますから、一回アンケートカテで聞きましたがそのような理由だと分かりましたので無意味です。

>えっとですね。
「A及びBを選ぶ予定だ」と
「A及びBを選ぶ予定として考えている」では意味が違います。
視点が異なる、ということに気づけるといいのですけどね。>

 そうでしょ?視点が異なると問題は発生しないでしょ?発生する場合もあるかと思いますが心理的な気遣いや、やましさなどの感情からあまり齟齬は起こり難いと思いますけど?

>違います。わかりやすいように言い直してあげただけです。>

 そうですか・・・お気づかいありがとうございます。

>【選ばれる対象】というのは、「選ばれるという行為の結果として確定する対象」を意味しています。>

 同じ事なのではないでしょうか?

回答に続きます

投稿日時 - 2012-10-28 00:14:39

お礼

>違和感ありませんか・・・。
そういうシーンが無い(稀)のは当然でしょうね。
違和感が生じるからですよ?>

 だから違和感を感じないといっているわけで、それをなんで私の感情をhakobuluさんが<違和感が生じるからですよ?>と決めつけられるんですか?

投稿日時 - 2012-10-28 00:14:58

ANo.40

#39です。

1.
> それで言えば【どこに行けばいいですか】というのは【どこに行けば電池回収所があるのか】というのが質問するがわの趣旨であって、答える側が【市役所およびコンビニにあります】というのは【どこにあるのか】を示した事になるわけだから会話が成立するでしょ?

食い違いが端的に現れているので、非常にコメントしやすいですね。
たしかに、状況としては、
【どこに行けばいいですか】=【どこに行けば電池回収所があるのか】
と言っていいでしょう。
ただ、これは、
【太郎は花子に飴をあげました】=【花子は太郎から飴をもらいました】
が同じ状況だと言っているのと同じです。
そして、状況としてはたしかに同じです。
それを否定しているわけではありません。
しかし、くどいほど述べてきたことが全く通じていないことに今さらながら愕然とするわけですが、
「視点・立場」を変えれば、そのように捉えることが可能になる、ということです。
言葉自体の意味としては、あくまで、
「飴をあげる」≠「飴をもらう」であると同じく、
「行けばいい」≠「ある」なのです。
この場合でも、その場の空気を読めば(また、殆んどの人は読むわけですが)相手の言っている意味は通じます。
しかし、言葉の解釈まで異なった状態のまま覚えてしまうので、【他の場面】で適用できなくなって齟齬が生じるわけです。
総括をよくお読みになった上で投稿いただけると無駄が省けると思います。

2.
> 【そういうお考えもあって良いと思っている】のなら【その通りですね】で終わりでしょ?

それは、誤った論理の展開です。
まあ、簡単な例を挙げると、
「ごはんに味噌汁をかけて食べるのがわたしは好きだ」に対して、「”え~っ?!」と思ったとしても、
【そういうお考えもあって良いですね】と応じることが可能なのと同じ理屈です。
【その通りですね】というのは、たしかに私もそう思う、という意味になってしまいますが、そんなことは言う必要はない、ということです。

>【hakobuluさんがそう思わない】のは勝手ですが
そう思わないのであればその理由を述べないと【そういうお考えもあって良いと思っている】ことにはならいでしょ?

口が酸っぱくなるほど述べてきたはずですが?
それでも述べていない、と感じるのであれば、まあ、わたしの表現力が未熟なのでしょう。
しかし、理由は述べているわけですから、{~ということにはならない」というのは事実とは異なります。
はっきり申し上げると、teient さんは、単に、その理由に賛同できない、と言っているだけなのですよ。
ですから、賛同しようがしまいが、そんなことはわたしに関係ない、と断ってきたわけです。
そのへんの理屈は理解できるでしょ?

>つまり【teientさんのお考えは間違えていると思います】
の表明にしかならないから結果私が【なんでですか?】という答弁を繰り広げなければならないわけです。

え~っとですね。
あなたが質問したから、この論議が始まっている、という根本をお忘れになっていると思います。
「間違えていると思います」と回答されたら、「わかりました。それがあなたのご回答なのですね。わたしは間違えてるとは思いません」で済む話でしょ?
まあ、「しかし、その理由は何か教えてくださいよ」と訊くのは構いません。
そして、それに対してはおそらく数十万語ほども費やして説明してきたはずです。
「【なんでですか?】という答弁を繰り広げなければならない」のではなく、
「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」という態度でものを言うのが、大人の世界ですよ。

3.
>つまり「AかBを選ぶ」でAが選ばれたなら「Bは選ばれなかった」とは言えますがBを何らかの理由で否定しAを選んだ事にはならないのがorの意味だと解釈しています。(正確なorの意味は省きます)

そのように解釈するのは個人の自由です。

4.
>しかしながら
<「わたしは、ダイヤの指輪 および 金のネックレスを持っている」と言えば、殆んどの人が両方持っている、という意味に解釈するでしょうね。>
<わかりませんが>と言って置いて<殆んどの人が両方持っている、という意味に解釈するでしょうね。>となぜ言うわけですか?こういうのが矛盾だと言ってるわけです。

明確な割合はわかりませんが、という意味に解釈していただくと良いでしょう。

5.
>「AかBを選ぶつもりだ」と「AかBのうち、どちらかは選ばないつもりだ」というのは「A&Bのどちらかを選ぶ予定である」と同義になるわけです。

大事なことはですね。
「A&Bのどちらも選ぶ予定である」という意味はない、ということです。

6.
>この【】の部分の【選ばれる対象としては否定された】というのが矛盾点です。つまり選ばれる対象としては初めっからBは含まれていた筈なので選ばれる対象として否定されたことにならない筈。むしろ選ばれる対象には選ばれているとみるのが正解なのではないでしょうか?

お~、惜しいですね。もう一息でした。
【選ばれる対象としては否定された】というのは、「選ばれるという行為の結果として確定する対象としては否定された】という意味なのです。

>よって<orで接続されると、一方は否定されていることになってしまいます。>という見解に誤りがあると思います。(あくまで正式な意味ではありませんが理論的に言うとそなると思いますが?)

「普段、朝食には何を召し上がりますか?」
「パン か ごはんですね」
「へえ~。パン と ごはん と両方とも召し上がるわけですね」
という会話に違和感は覚えない、という意味ですね。

7.
><そのとおりです。状況としては殆んど同じだからです。>と書いていて<ただ、発言の意図やニュアンスは異なります>というのがやや矛盾している。
状況の説明に置いて同じであるのに発言の意図やニュアンスが異なる筈はないです。例で言えば「あ!AをBに置き忘れてきた!」というのと「あ!AをBに忘れて来た」位のニュアンスの違い位で異なってはいないと考えられます。

まあ、このへんはですね。
#38の「視点・立場の転換」と書いている辺りを読み直してみてください。

8.
>「車は困るなあ。自転車および歩行者は通っていいよ」
「車は困るなあ。自転車もしくは歩行者なら通っていいよ」
ならどうなりますかね?

同じことが言えるでしょう。
今回質問なさったようなテーマは、無意識的な感覚の使い分けに関することなので、なかなか難しい問題が含まれてくるとは思います。

9.
>これが感覚の違いというのであればこれ以上は無意味でしょう。

そのようですね。
    

投稿日時 - 2012-10-26 21:44:02

補足

>【どこに行けばいいですか】=【どこに行けば電池回収所があるのか】と言っていいでしょう。ただ、これは、【太郎は花子に飴をあげました】=【花子は太郎から飴をもらいました】が同じ状況だと言っているのと同じです。>

 同じじゃありません。登場人物が違います。
(1)【どこに行けばいいですか】=【どこに行けば電池回収所があるのか】
これは両辺とも質問者側が言っています。しかし
(2)【太郎は花子に飴をあげました】=【花子は太郎から飴をもらいました】
は、左辺はあげる側、右辺は貰う側です。
よって(1)=(2)にはならない。
また「あげる」と「もらう」が「及び」と「もしくは」と同じ理屈にならない理由は
「あげる」は同時に「もらう」が派生するというとは「及び」で言うと「及びを言う側」と「及びを言われる側」が同時に派生するのと同じ意味だからです。
これを「もしくは」に変えれば「もしくはを言う側」と「もしくはを言われる側」という現象と同じです。
しかし「及び」が出た時点で「もしくは」が相反的に同時に派生するわけではありません。視点をある程度変えてようやく派生するわけですから180度違うベクトルの討論をしているわけではないので「あげる」と「もらう」自体の例が不適格なわけです。

>しかし、くどいほど述べてきたことが全く通じていないことに今さらながら愕然とするわけですが、「視点・立場」を変えれば、そのように捉えることが可能になる、ということです。
言葉自体の意味としては、あくまで、「飴をあげる」≠「飴をもらう」であると同じく、「行けばいい」≠「ある」なのです。>

 まず<「視点・立場」を変えれば、そのように捉えることが可能になる、ということです。>ここは認めています。?否初めてかな?ちょっと忘れましたが【認めます!】
<飴をあげる」≠「飴をもらう」であると同じく、「行けばいい」≠「ある」なのです。>ここは分かり易かった、しかしhakobuluさんは以前「電池回収所の場所探し」を例にして言った訳ですよね?
だったら問題ないと思いますよ。何故かと言えば「行けばいい」というのは片一方を示せば良いわけですが、相手が「何処に行けばいいのですか?」という発言をしているのであれば、両方示そうが片一方示そうがどちらでも構わないということになるのではないでしょうか?
それを何故片一方だけを推薦するように示さなければならない理由になるのですか?という意味です。(空気読めますか?)

>この場合でも、その場の空気を読めば(また、殆んどの人は読むわけですが)相手の言っている意味は通じます。
しかし、言葉の解釈まで異なった状態のまま覚えてしまうので、【他の場面】で適用できなくなって齟齬が生じるわけです。>

 それは言えてると思います。珍しく納得しました。しかし<【他の場面】で適用できなくなって齟齬が生じる>場合があるのであってその割合的には【殆どの人】とか【(1/1000万人)の割合の人】に代わる程ではないと思います。
その理由は以前書いたの或る程度省略しますが、もう一つ例を挙げれば【一般的なコミュニケーションの中で】「及び」という言葉をあまり使わなくなっているのではないかと推測します。それは企業と消費者の視点で行けばCMなんか見て分かると思いますが「抽選でこれが当たる!」
で終わっている場合が殆どですし両方をしめすなら「抽選でこれとこれが当たります!」などの様に【と】を使う場合が殆どです。故に【及び】自体をあまり使わない傾向にあると考えられます。故に【及び】を【and、or】という両方の感覚を持っている人が【結構】いると思います。
この【結構】というのは【「殆どの人」、「(1/1000万人)の割合の人」が「及び」を「両方のみの意味」と思っている】とは程遠いという意味であって恐らくhakobuluさんの世間の「及び」における認識の度合いは間違えていると考えられます(空気読めてますか?)
あ!条件書き忘れてました。条件:「及び」の正確な意味を知らない人に限る。

>それは、誤った論理の展開です。まあ、簡単な例を挙げると、
「ごはんに味噌汁をかけて食べるのがわたしは好きだ」に対して、「”え~っ?!」と思ったとしても、
【そういうお考えもあって良いですね】と応じることが可能なのと同じ理屈です。
【その通りですね】というのは、たしかに私もそう思う、という意味になってしまいますが、そんなことは言う必要はない、ということです。>

 <「ごはんに味噌汁をかけて食べるのがわたしは好きだ」に対して、「”え~っ?!」>これは趣味趣向だから、成り立つ話であって、理論の場合はどうなんだ?成り立つか?
<【その通りですね】というのは、たしかに私もそう思う、という意味になってしまいますが、そんなことは言う必要はない>ん?ちょっと意味が分からなかったのですが、理論展開してるある論点一つにおいて【そう思います】と【そう思わない】は両立しないでしょ?
まあ【teientさんのお考えはそういうお考えなわけですね】【しかし私の(hakobuluさんの)考えはこうです。】なら成立すると思いますけど、まああまり論点ではないのでまあどうでもよい話かもしれませんが、理論展開の場と趣味趣向の場の空気を考えた方良いと思いますよ。

>口が酸っぱくなるほど述べてきたはずですが?それでも述べていない、と感じるのであれば、>

 全体的には理解しましたし言っている意味は理解出きていますが、理論矛盾していたり、違和感を覚えるような回答部分があるからそこはどうなんでしょうか?という意味で【そう思わないのであればその理由を述べないと【そういうお考えもあって良いと思っている】ことにはならいでしょ?】と言った訳です。

>はっきり申し上げると、teient さんは、単に、その理由に賛同できない、と言っているだけなのですよ。>

 否そんなこと一言も言ってませんよ、違和感や矛盾点があるから【そこはどうななんですか?】的な補足してきたつもりです。理由に賛同できないというのはある視点で言えば言えてると思いますが、賛同出来るか出来ないかがメインではない。

>ですから、賛同しようがしまいが、そんなことはわたしに関係ない、と断ってきたわけです。>

 そりゃhakobuluさんには関係ないでしょうね、しかしながら「1+1=3が私の見解です」と言われて「(teientさんが)賛同しようがしまいが勝手です」といわれても、「いやいや賛同とかじゃなくて、矛盾や違和感を感じてしょうがない」と言っているのと同じです。
だから<そのへんの理屈は理解できるでしょ?>と言われても確かに【賛同するか否かは】理解できますが【納得出来るか否か】では100%納得は出来てないので「何故ですか?」と聞いているんであって、それが「経験上」とか「感覚的に」とか言われても納得できる訳ないでしょ?

>「【なんでですか?】という答弁を繰り広げなければならない」のではなく、「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」という態度でものを言うのが、大人の世界ですよ。>

 なぜ私が「【なんでですか?】という答弁を繰り広げなければならない」と言ったのかと言えばhakobuluさんが「何度同じ事を言いわせるんですか?」と言ったからですよ、それに対して「同じ事を言わせようという意図はありません」と答えているんだから「【なんでですか?】という答弁を繰り広げさせていただいている」とは言い難いでしょ?

>>つまり「AかBを選ぶ」でAが選ばれたなら「Bは選ばれなかった」とは言えますがBを何らかの理由で否定しAを選んだ事にはならないのがorの意味だと解釈しています。(正確なorの意味は省きます)

そのように解釈するのは個人の自由です。>

 あいた口が塞がらないです。hakobuluさんが「片一方を否定する意味がorです」と言うからそれに対して答えているのに<そのように解釈するのは個人の自由です>と言われるとな~拍子抜けしました。

>明確な割合はわかりませんが、という意味に解釈していただくと良いでしょう。>

 ということは「明確な割合が計測出来ないがhakobuluさんの自己感性の投影を他者にした上で【殆ど】や【(1/1000万人)位はいるだろう】」ということですか?
しかし以前「そういう事です」というような回答を頂いたのでそういうことなんでしょうか?

>大事なことはですね。「A&Bのどちらも選ぶ予定である」という意味はない、ということです。>

 おおーーこれは納得できた。否定する余地はない。しかしながら「AかBを選ぶつもりだ」と言って「AとB」を選んだとしても問題はないわけですよね?無論法令的に問題が出てくる場合はあると思いますが、一般的には問題は出てこないのが殆どだと思う訳です。※法令というのは会社経営なども含める訳なので自分が言う一般というのは会社経営などは含めません
その上で「及び」を考えると「A及びBを選ぶ予定だ」と言われ「Aだけ選択したとしても」なんら違和感はないし「Bだけ選択したとしても」なんにも問題は起こらないと思います。
それは何故かと言いますと「A及びBのどちらかを選ぶつもりだ」という意味で発言している可能性も十分に考えられるから、同時に「A&Bが選ぶ選択肢であるが結局どちらか片一方を選ぶ」という事が起こっても問題は発生しないと考えれます。(条件:と※に書いた事例は省いた上でというおな話です)

お礼欄に続く

投稿日時 - 2012-10-27 15:20:08

お礼

>【選ばれる対象としては否定された】というのは、「選ばれるという行為の結果として確定する対象としては否定された】という意味なのです。>

 これはご自分の回答を訂正したということでしょうかね?
補足で書きましたが確かに【結果】としてはその通りだと思います。しかしながら選ばれる対象としては両方確定している訳です。なので結果として【選ばれる対象】としては両方を意味している訳です。
それを「電池回収箱は市役所もしくはコンビニに置いてあります」と言うなら【電池回収箱は市役所とコンビニに置いてあることは確実である】と示しているのと同じになります。よって【結果的】にはどちらか片一方を選ぶ事になると思いますが【示す】という意味では【両方】を意味しているわけだから【もしくは】にしても【及び】にしても【両方】と【どちらか】という意味として成り立つ場合があると言えるのではないでしょうか?

>「普段、朝食には何を召し上がりますか?」「パン か ごはんですね」「へえ~。パン と ごはん と両方とも召し上がるわけですね」という会話に違和感は覚えない、という意味ですね。>

 そうですね、あまり違和感はないですし、その会話でトラブルが起こっているシーンを見た事もありません。

>まあ、このへんはですね。#38の「視点・立場の転換」と書いている辺りを読み直してみてください。>

 読みましたが、今一つ理論的に説明されてないのでなんとも返答のしようがないです。

>>「車は困るなあ。自転車および歩行者は通っていいよ」「車は困るなあ。自転車もしくは歩行者なら通っていいよ」ならどうなりますかね?

同じことが言えるでしょう。>

 でしょ!言えるでしょ!まあこの辺は変な意地を張らずに正直に訂正したということですか? 

>今回質問なさったようなテーマは、無意識的な感覚の使い分けに関することなので、なかなか難しい問題が含まれてくるとは思います。>

 それはそうですが、結論を言えば視点を変えれば含まれている状態になっているといえないだろうか?

投稿日時 - 2012-10-27 15:20:35

ANo.39

#38です。

1.
h→「自転車および歩行者が通行可能」ということは、「通行可能な条件」の中に「自転車&歩行者」が含まれている、という意味です。
「みかん & りんごを食べることが可能」と言われた場合、両方とも食べる必要がないのと同じで、自転車だけ通行しても良いし、歩行者だけ通行しても良いわけです。>

t→<自転車だけ通行しても良いし、歩行者だけ通行しても良い>という意味が含まれるのであればorの意味が含まれている事になりませんか?と聞いているわけです。

h→<orは一方が否定される前提です。
orが使われた場合、どちらか一方は通行できないことになります。>
という経緯を踏まえた上での
t→ だからその状況が含まれてるんでしょ?
第一どちらかが必ず否定されるのがorの意味ではない筈です。要はor=「どちらか片一方」という意味合いだと思います。

というご見解ですね。
以下にお答えしてまいります。

「その状況」が何を指しているのか明確ではありませんが、「一方だけ通行しても良いという状況が含まれている」という意味であれば違います。
「一方だけ通行してよい」ということは「一方は通行できない」という意味になるわけですから。

2.
>(1-b)
本論とは直接的には無関係の不毛な論議になってしまうことは明らかですので、なるべく避けられたほうが賢明でしょう。>

 というのは、不毛になるとhakobuluさんは思うからなるべく避けて欲しいという訴えと受け取っても構わないですか?
なぜなら個人的には以前も書きましたが横道それるのが必ずしも不毛とは思わないし、水掛け合って理論が解ける場合もあるからだという根拠です。

水掛け合って解決につながる場合もないとは言えませんが、あくまで論理的に運ばないと際限のない会話が続くことになります。
まあ、それも全く無駄とは言いませんが、
「個人的見解、個人的感覚を根拠にするのはおかしいか、おかしくないか」といったようなことを論議しても、きりがありませんから、ある程度の節目をつける、といったことは必要になるのではないか、という意味にご理解ください。
新たな問題点として、新たな質問を建てられるほうが効果的でしょう、という意味も含んでいます。

3.
<この客が勘違いしたまま「及び」を使っていけば、ある程度は連鎖的に増えていく可能性はあるでしょう。>

 そう思うでしょ?そう考えると殆どの人もしくは1/1000万人の人数割合で【両方】という意味で捉えているだろうという推測はおそらく外れていると思われます。

そういう連鎖が一定の割合で生じる可能性はある、という意味です。
無限に連鎖するという意味ではありません。
まあ、割合的にどのぐらいかはわかりませんが、「わたしは、ダイヤの指輪 および 金のネックレスを持っている」と言えば、殆んどの人が両方持っている、という意味に解釈するでしょうね。

4.
>「AかBを選ぶつもりだ」といわれ、結果Aを選べばBは選んだことにならないという事になるわけですがそれがBを否定しAを選んだとはならないのが「or」とか「か」の接続詞なのではないかと言いたいわけです。

これは、敢えてはっきり申し上げますが、ちょっとした勘違いである、と言えます。
「結果Aを選べばBは選んだことにならないという事になるわけですがそれがBを否定しAを選んだとはならない」とおっしゃいますが、
Aを選べば、【Bを選ぶという可能性】は否定されたことになります。
つまり、「選ばれる対象としての存在」を否定されたわけです。
「AかBを選ぶつもりだ」というのは、
「AかBのうち、どちらかは選ばないつもりだ」という意味に他なりません。
おっしゃっている意味はよくわかりますよ。
たとえば、「AもBも優劣つけがたいほどに好きだ。だから、一方を否定するなんてあり得ない」といったような感覚ですよね。
選ばれなかったほうの「存在」を否定しているわけではありません。
しかし、「選ぶ、という行為」は、「どちらかを選ばない、という行為」に他なりません。
「選ぶ」という行為の結果として残れなかったほうは、選ばれる対象としては否定された、という事実は覆すことはできない、ということになると思います。
<orで接続されると、一方は否定されていることになってしまいます。>という見解に誤りはないでしょう。

5.
(1)
>「自転車および歩行者は通行可能です」と言われれば大抵の人は【「どちらか片一方だけが通行していてもかまわない」という意味が含まれている】という意味で捉える筈です。

それは言えますね。
ただ、大抵の人の印象としては、「両方通行できる!」という意味が占める割合のほうが圧倒的に多いことは否定なさらないでしょう。

>これを「自転車もしくは歩行者は通行可能です」、「自転車または歩行者は通行可能です」、「自転車か歩行者は通行可能です」と変えて表現したとしても意味は通じる筈です。

そのとおりです。
状況としては殆んど同じだからです。
ただ、発言の意図やニュアンスは異なりますね。

>【通行可能条件】と【通行行為】というのは条件が抜けているだけであとは同じ意味になるわけで視点を極端に変えているとは到底思えません。

ここが食い違っている点ですね。
まあ、変えているかいないかは個人的な見解の相違になるでしょう。
わたしの考え方は(#16-4)(#17ー11)辺りにに記していますので、必要であればご参照ください。
端的に言うと、
「車は困るなあ。自転車および歩行者は通っていいよ」
と、
「車は困るなあ。自転車もしくは歩行者なら通っていいけど」
のニュアンスの違いですかね。
どちらも両方通っていいという状況ではあるわけですが、後者の場合には、どちらか一方というニュアンスがありますが、前者には含まれていません。
まあ、これも見解というか感覚の違いというだけであって、どうこう言っても始まらないのでしょう。
記述内容に矛盾があるわけではありません。

6.
(2)(2-a)に関する矛盾です。

<主人の発言は、【この店で人気があるもの】は「天ぷらそば & 天ぷらうどん」という意味です。>というのは【この店で人気があるもの】を掲示するという意味と同義と考えてよろしいですよね?
これはhakobuluさんの電池回収所の例でいくと【どこに行けばいいですか】に対して【市役所およびコンビに行けばあります】という会話が成立するしなければいけない事になると思われるので【市役所もしくはコンビに行けばあります】でなければならないという理屈はhakobuluさん自身で矛盾した意味を示した事になります。

全く矛盾していません。
『【どこに行けばいいですか】に対して【市役所およびコンビに行けばあります】という会話が成立するしなければいけない事』
にはなりません。
【どこにありますか】に対してであれば、【市役所およびコンビにあります】という会話が成立するしなければいけない事になります。
「行く」と「ある」の主格が異なることに留意なさると良いでしょう。

7.
(3)(2-c)に関することです。

 <「その異なる見解を持つにいたる原因は、一種の勘違いにある、という結論」が間違いでなければ>
 確かに勘違いから始まっているならば「自転車及び歩行者は通行可能です」という文が「自転車か歩行者、片一方だけでも可能です」という意味がまかり通ると感じる人は皆勘違いしているということになります。そこは否定しません。
しかし<『「AおよびB」には、「AorB」という意味もある』>というのが<異なる見解>と表現するのは時期尚早だと思います。言うなれば【違う見解】と言うべきだと思います。
また<原因が解明されたこと>にもなっていないと思います。

そういうお考えがあっても良いと思います。
わたしはそうは思わないということを述べているだけですので。

8.
>(1)~(4)から結論、【および】≠【もしくは】であるかも知れないが【および】≒【もしくは】である可能性は極めて高いという事になると思います。

(ただし法令用語や辞書的な意味が【および】≒【もしくは】ではないという規定方針であれば、それは省くという条件の上での見解であり、認識の仕方は自由です。)

これが私の今の認識です。

そういうお考えであることはよくわかりました。

9.
> ところで以前No.27の2で<可能なかぎり、矛盾ではないことをわかっていただけるよう説明したいと思いますし、むろん、訂正すべき点は訂正したいと思います。そうした意味での変なプライドは全く持ち合わせていません>と書かれていますが本当にその気持ちは今も続いていますか?

はい。
おそらく、teient さんも同様でしょう。
   

投稿日時 - 2012-10-26 00:58:17

補足

>全く矛盾していません。
『【どこに行けばいいですか】に対して【市役所およびコンビに行けばあります】という会話が成立するしなければいけない事』
にはなりません。>

??

>【どこにありますか】に対してであれば、【市役所およびコンビにあります】という会話が成立するしなければいけない事になります。
「行く」と「ある」の主格が異なることに留意なさると良いでしょう。>

 それで言えば【どこに行けばいいですか】というのは【どこに行けば電池回収所があるのか】というのが質問するがわの趣旨であって、答える側が【市役所およびコンビニにあります】というのは【どこにあるのか】を示した事になるわけだから会話が成立するでしょ?

>そういうお考えがあっても良いと思います。
わたしはそうは思わないということを述べているだけですので。>

 うまく逃げましたね、【そういうお考えもあって良いと思っている】のに【わたしはそうは思わない】というのはやや矛盾した感情表現ですよ。
なぜなら【そういうお考えもあって良いと思っている】のなら【その通りですね】で終わりでしょ?【hakobuluさんがそう思わない】のは勝手ですが
そう思わないのであればその理由を述べないと【そういうお考えもあって良いと思っている】ことにはならいでしょ?つまり【teientさんのお考えは間違えていると思います】
の表明にしかならないから結果私が【なんでですか?】という答弁を繰り広げなければならないわけです。それを【水掛け論】というのであれば発端はhakobuluさん自身が水掛け論をしているのではないでしょうか?

>「その状況」が何を指しているのか明確ではありませんが、「一方だけ通行しても良いという状況が含まれている」という意味であれば違います。
「一方だけ通行してよい」ということは「一方は通行できない」という意味になるわけですから。>

 まあ仰りたいことはわかりますが、そういう意味ではなくて【「一方だけ通行してよい」ということは「一方は通行できない」】という考えが安直過ぎる考えであり時期尚早ではないかと言いたい訳です。
つまり「一方だけ通行してよい」という意味が「一方は通行してはいけない」という表裏一体の説明をしているのではなくて「一方だけ通行することが可能な場合ある」と考えて欲しいです。
つまり「一方だけ通行することが可能な場合がある」ということは「一方は通行していない状態」が表裏一体になているのですが「一方が通行していない状態」というのは「一方は通行してはいけない」という否定要素を持っているわけではないと言いたいわけです。
「選ぶ」で言えば「選ばれてない状態」と考えるといいかと思います。つまり「AかBを選ぶ」でAが選ばれたなら「Bは選ばれなかった」とは言えますがBを何らかの理由で否定しAを選んだ事にはならないのがorの意味だと解釈しています。(正確なorの意味は省きます)

>そういう連鎖が一定の割合で生じる可能性はある、という意味です。
無限に連鎖するという意味ではありません。>

 ん~そうかな~?この辺は微妙な気がします。
あのですね<まあ、割合的にどのぐらいかはわかりませんが>ここはいいですよ、答えとしてどの位の割合か分からないとそう感じてるならそれで良しです。
しかしながら<「わたしは、ダイヤの指輪 および 金のネックレスを持っている」と言えば、殆んどの人が両方持っている、という意味に解釈するでしょうね。>
<わかりませんが>と言って置いて<殆んどの人が両方持っている、という意味に解釈するでしょうね。>となぜ言うわけですか?こういうのが矛盾だと言ってるわけです。

>Aを選べば、【Bを選ぶという可能性】は否定されたことになります。
つまり、「選ばれる対象としての存在」を否定されたわけです。
「AかBを選ぶつもりだ」というのは、
「AかBのうち、どちらかは選ばないつもりだ」という意味に他なりません。
おっしゃっている意味はよくわかりますよ。
たとえば、「AもBも優劣つけがたいほどに好きだ。だから、一方を否定するなんてあり得ない」といったような感覚ですよね。
選ばれなかったほうの「存在」を否定しているわけではありません。
しかし、「選ぶ、という行為」は、「どちらかを選ばない、という行為」に他なりません。
「選ぶ」という行為の結果として残れなかったほうは、選ばれる対象としては否定された、という事実は覆すことはできない、ということになると思います>

 おおーー珍しく意味の分かる理屈を言ってきましたね。しかしここにも矛盾点発見です。
<Aを選べば、【Bを選ぶという可能性】は否定されたことになります。>「AかBを選びます」と書くと分かりやすいと思いますがこの場合【選ぶ可能性はAとBの選択しがある】と言っているのと同義です。
しかしAを選んだ時点で確かにBを選ばなかったことになり「Bは選ばれなかった」という否定が可能でしょう。しかしそれは実行後の結末であって表明している段階では選択肢として「A&B」を示している事になるわけです。
しかしながら<「AかBを選ぶつもりだ」というのは、「AかBのうち、どちらかは選ばないつもりだ」という意味に他なりません。>確かに結果はそのようになるのですが、「AかBを選ぶつもりだ」と「AかBのうち、どちらかは選ばないつもりだ」というのは「A&Bのどちらかを選ぶ予定である」と同義になるわけです。
<たとえば、「AもBも優劣つけがたいほどに好きだ。だから、一方を否定するなんてあり得ない」といったような感覚ですよね。>そういう意味です。


<選ばれなかったほうの「存在」を否定しているわけではありません。
「選ぶ、という行為」は、「どちらかを選ばない、という行為」に他なりません。>ここまではごもともだと思います。
しかし<「選ぶ」という行為の結果として残れなかったほうは、【選ばれる対象としては否定された】、という事実は覆すことはできない、ということになると思います>
この【】の部分の【選ばれる対象としては否定された】というのが矛盾点です。つまり選ばれる対象としては初めっからBは含まれていた筈なので選ばれる対象として否定されたことにならない筈。むしろ選ばれる対象には選ばれているとみるのが正解なのではないでしょうか?
よって<orで接続されると、一方は否定されていることになってしまいます。>という見解に誤りがあると思います。(あくまで正式な意味ではありませんが理論的に言うとそなると思いますが?)

>それは言えますね。
ただ、大抵の人の印象としては、「両方通行できる!」という意味が占める割合のほうが圧倒的に多いことは否定なさらないでしょう。>

まあそうですね。そう思っている人が多いと思います。しかしそう言われるなら逆に「もしくは」や「または」や「か」という接続詞でも同じことが言えるのでしょう。

>そのとおりです。
状況としては殆んど同じだからです。
ただ、発言の意図やニュアンスは異なりますね>

 これもまた違和感を覚えます。<そのとおりです。状況としては殆んど同じだからです。>と書いていて<ただ、発言の意図やニュアンスは異なります>というのがやや矛盾している。
状況の説明に置いて同じであるのに発言の意図やニュアンスが異なる筈はないです。例で言えば「あ!AをBに置き忘れてきた!」というのと「あ!AをBに忘れて来た」位のニュアンスの違い位で異なってはいないと考えられます。

>端的に言うと、
「車は困るなあ。自転車および歩行者は通っていいよ」
と、
「車は困るなあ。自転車もしくは歩行者なら通っていいけど」
のニュアンスの違いですかね。
どちらも両方通っていいという状況ではあるわけですが、後者の場合には、どちらか一方というニュアンスがありますが、前者には含まれていません。>

それは後ずけが違うからそう聞こえんるであって後ずけを同じにしたらほぼ同じ意味に聞こえると思いますよ。
「車は困るなあ。自転車および歩行者は通っていいよ」
「車は困るなあ。自転車もしくは歩行者なら通っていいよ」
ならどうなりますかね?

>まあ、これも見解というか感覚の違いというだけであって、どうこう言っても始まらないのでしょう。>

これが感覚の違いというのであればこれ以上は無意味でしょう。

投稿日時 - 2012-10-26 19:09:54

ANo.38

#25で一度総括しましたが、再度論点を整理したほうが良さそうなので「総括2」 として以下に記します。
短いですし、大したことは書いていません。
また、今までの内容と大差ないとお感じになるかもしれませんが、かなり要点を絞り、視点も変えてみたつもりです。
そのおつもりでごらんいただければ幸いです。

その前に、まず、#37での補足質問に答えておいたほうが良いと思う項目についてひとつ触れておきます。
<自転車だけ通行しても良いし、歩行者だけ通行しても良い>という意味が含まれるのであればorの意味が含まれている事になりませんか?と聞いているわけです。

含まれません。
orは一方が否定される前提です。
orが使われた場合、どちらか一方は通行できないことになります。

では本論に入ります。
1.
(1-a)
まず、大前提として、「AおよびB」は、「A&B」という意味に限定されます。
それ自体、「AorB」という意味は持っていません。

(1-b)
これはあくまで私の個人的見解、個人的感覚が根拠になっています。
つまり、学問的根拠はありません。
基本的には辞書見解に対する解釈を元にしていますが、その解釈自体が個人的見解にならざるを得ないので、このような言葉を選択するのが謙虚な表現になると思います。
辞書見解に対する解釈内容は#25をごらんください。
個人的見解、個人的感覚を根拠にするのはおかしい、という見解があっても良いと思いますが、そのように言いたい場合には、たとえば、どのような根拠であれば有効なのか、具体例をお示しください。
最終的には、その根拠も結局、個人的見解、個人的感覚であることを証明させていただけると思います。
ただ、本論とは直接的には無関係の不毛な論議になってしまうことは明らかですので、なるべく避けられたほうが賢明でしょう。

(1-c)
そのようなわけで、
『ネット辞書でしらべてもさまざまな意味が出てきてどの様に解釈してよいか分かりません。
つまり私の質問は「AおよびB」という文面が出てきた場合どのよな判断が国語的に正しい判断になるのか?という質問です。』
という質問に対する回答は、(1ーa)の内容で完結しています。
この内容に同意する必要はありません。
つまり、
『「AおよびB」は、「A&B」という意味に限定される』というわたしの個人的見解に同意する必要はありません。
ひとつの見解に対して、それと異なる見解があるのはむしろ当然だからです。
今回の場合、『「AおよびB」には、「AorB」という意味もある』というのが異なる見解です。
どんな見解を持とうが個人の自由ですから、それは構わないと思います。
わたしは回答者として個人的見解を述べ終わったわけですし、また、質問者さんも、異なる見解を開陳したわけですから、「学問的根拠をお互いに示せないので当然だが、様々な見解がありますな~」で一件落着でしょう。
あとは、「国語的に正しい判断」を学問的に示してくれる回答者を待つか、新たに質問を立てるしかありません。
いずれにしても、『なぜ、「AおよびB」は、「A&B」という意味に限定される』と思うのか、という質問は不毛であることをまず押さえていただくことが(建設的論議のためには)重要です。

2.
(2-a)
とはいえ、回答とは直接的に関係ないことなのですが、
『「AおよびB」は、「A&B」という意味に限定される』という確信を持っているわたしとしては、なぜ、
『「AおよびB」には、「AorB」という意味もある』という異なる見解が生まれるのか、ということに非常に興味が湧いて、その原因を分析してみたくなったわけです。
端的に申し上げると、その異なる見解を持つにいたる原因は、一種の勘違いにある、という結論に至りました。
むろん、これも個人的な見解であり、感覚です。
なぜ勘違いという結論に至ったのか、という根拠を示す必要があり、それに関して今まで殆んどの字数を費やしてきたことになるでしょう。
新たな視点が得られることを期待しつつ、ここで再度、整理してみたいと思います。

(2-b)
今回は、巷のそば屋を舞台にします。
今、「麺」と書いてある店の暖簾をくぐって入ったところです。
「へい、らっしゃい」
「この店は、なにが人気ですか?」
「天ぷらそば および 天ぷらうどん ですね。揚げたての天ぷらが好評でして」
「それじゃあ、僕は 天ぷらそば にしようかな」
「へい、少々お待ち」

「なにが人気ですか?」と客に聞かれたので、
「天ぷらそば & 天ぷらうどん が人気です」という意味で「天ぷらそば および 天ぷらうどん」と店の主人は答えました。
客としては、
『「天ぷらそば & 天ぷらうどん が人気です」と客であるわたしに言うのだから、この主人は「あなたが今、注文するなら、天ぷらそば or 天ぷらうどん にするといいよ」と勧める意図で言っているのだな』
と解釈するでしょう。少なくとも、そのように解釈して不自然ではありませんし、また、その解釈は正しいはずです。
ただ、
主人の発言は、【この店で人気があるもの】は「天ぷらそば & 天ぷらうどん」という意味です。
その同じ発言に対する客の解釈は、
【客(自分)が今、注文するとよいもの】は「天ぷらそば or 天ぷらうどん」という意味です。
主人は、「この店は、なにが人気ですか?」と聞かれたので、【この店で人気があるもの】を主題にして思考しました。
その発言を受けて、客は、【自分が今、注文するとよいもの】を主題にして思考しました。

ここでは、主題の転換が為されていることになります。
「視点・立場の転換」が為されている、と言ってもいいでしょう。
ところが、この客の例のように、(食べられるという)その場の状況に直接的な影響が無ければ、この「視点・立場の転換」は見過ごされがちです。
むろん、本来とは異なる用法は温存されたままで・・・。
この「視点・立場の転換」に気づかないと、つまり、主人の発言意図を無視すると、
「天ぷらそば および 天ぷらうどん」が、「天ぷらそば or 天ぷらうどん」という意図で言ったように勘違いしてしまうわけです。
その結果として「及び=or」という、本来とは異なる用法も可能だ、と思ってしまう。
客の立場からすれば、主題が【この店で人気があるもの】であろうが、、【客が今、注文するとよいもの】であろうが、ともかく食べられることに変わりはありませんから、齟齬は生じません。
ただ、帰宅後、友人との間で、
「あそこのそば屋、おいしかったよ。特に、天ぷらが揚げたてで最高。明日一緒に行かないか。天ぷらそば および 天ぷらうどん を奢るよ」
「え~両方とも食えっていうの?俺は、どっちかひとつでいいよ」
「だから、どっちかを奢る、って言ったろ・・・?」
「???」
という会話が行なわれることになる。
「天ぷらそば および 天ぷらうどん」は、あくまで、
【この店で人気があるもの】は「天ぷらそば & 天ぷらうどん」という意味であって、
【この店で人気があるもの】は「天ぷらそば or 天ぷらうどん」という意味ではありません。
orで接続されると、一方は否定されていることになってしまいます。
以上は、今までお互いに挙げてきた殆んどの例にも適用できる原理だと思います。
この客が勘違いしたまま「及び」を使っていけば、ある程度は連鎖的に増えていく可能性はあるでしょう。

(2-c)
さて、こうした分析をしたのは回答とは直接的な関係はない、と冒頭申し上げましたが、間接的な意義はあるものと思われます。
なぜかというと、「その異なる見解を持つにいたる原因は、一種の勘違いにある、という結論」が間違いでなければ、
『「AおよびB」には、「AorB」という意味もある』という異なる見解になぜ至るのか、という原因が解明されたことになります。
そうなれば、
『「AおよびB」という文面が出てきた場合どのよな判断が国語的に正しい判断になるのか?』
という当初の疑問も自ずと、しかも、自主的な形で氷解するはずだからです。  
  

投稿日時 - 2012-10-25 18:06:16

補足

>orは一方が否定される前提です。
orが使われた場合、どちらか一方は通行できないことになります。>

 だからその状況が含まれてるんでしょ?
第一どちらかが必ず否定されるのがorの意味ではない筈です。要はor=「どちらか片一方」という意味合いだと思います。

>(1-b)
本論とは直接的には無関係の不毛な論議になってしまうことは明らかですので、なるべく避けられたほうが賢明でしょう。>

 というのは、不毛になるとhakobuluさんは思うからなるべく避けて欲しいという訴えと受け取っても構わないですか?
なぜなら個人的には以前も書きましたが横道それるのが必ずしも不毛とは思わないし、水掛け合って理論が解ける場合もあるからだという根拠です。

>(1-c)
 いずれにしても、『なぜ、「AおよびB」は、「A&B」という意味に限定される』と思うのか、という質問は不毛であることをまず押さえていただくことが(建設的論議のためには)重要です。>

 不毛というのはその理由を聞いても結局hakobuluさん個人の経験や感覚によるものだから不毛だという意味ですね。わかりました、「なんで?」と聞いて答えが「個人的経験」「感覚」しか答えが出せないのであればそれ以上聞いても確かに不毛でしょう。

>(2-b)
この客が勘違いしたまま「及び」を使っていけば、ある程度は連鎖的に増えていく可能性はあるでしょう。>

 そう思うでしょ?そう考えると殆どの人もしくは1/1000万人の人数割合で【両方】という意味で捉えているだろうという推測はおそらく外れていると思われます。

>(2-b)
・・・・・
この「視点・立場の転換」に気づかないと、つまり、主人の発言意図を無視すると、
「天ぷらそば および 天ぷらうどん」が、「天ぷらそば or 天ぷらうどん」という意図で言ったように勘違いしてしまうわけです。
その結果として「及び=or」という、本来とは異なる用法も可能だ、と思ってしまう。>

 重々その説明されて重々否まあまあhakobuluさんの意図はわかりましたが、まず上記に書いたように「AかB」という解釈が【必ずしも片一方を否定している事にならない】のではないか?というのが私の見解です。正式な意味はしりませんがそうでなければ辻褄の合わない現象が多々あるからです。
【】で括った部分が重要で視点によっては否定されている部分もある訳ですが「AかBを選ぶつもりだ」といわれ、結果Aを選べばBは選んだことにならないという事になるわけですがそれがBを否定しAを選んだとはならないのが「or」とか「か」の接続詞なのではないかと言いたいわけです。
何が言いたいのかというと【選ぶ】という選択肢の上では「A&B」な訳です。しかし「AかB」と言っているわけだからどちらか【どちらか片一方を選ぶこと】にはなったとしても、【どちらか一方を否定した】ことにはならない訳です。つまり選択肢から片一方を外した事になったとしても否定はしてない
なのでそもそも<orで接続されると、一方は否定されていることになってしまいます。>という見解自体が誤解なわけです。

 前置きに<#25で一度総括しましたが、【再度論点を整理】したほうが良さそうなので「総括2」 として以下に記します。>と書かれているので私も【再度論点を整理】させて貰います。

(1)「自転車および歩行者は通行可能です」と言われれば大抵の人は【「どちらか片一方だけが通行していてもかまわない」という意味が含まれている】という意味で捉える筈です。
これを「自転車もしくは歩行者は通行可能です」、「自転車または歩行者は通行可能です」、「自転車か歩行者は通行可能です」と変えて表現したとしても意味は通じる筈です。
なぜ意味が通じるのかと言えば同じ「通行可能」という表現の上では【両方】+【どちらか片一方でも通行可能】を意味するからに他なりません。
 これに対して以前【通行可能条件】と【通行行為】とは違うと言っていましたが確かに文字的には違いますが【通行可能条件】を分解してみるとA{【通行】≒【通行行為】}、B{【可能】≒【可能な存在】}、C{【条件】≒【成立事象】}となるわけです。
つまり【通行可能条件】とは【通行行為が可能な存在の中での成立事象】とみていいでしょう。また【自転車および歩行者】を入れれば【自転車および歩行者は(この道を)通行行為が可能な存在の中での成立事象です】と言い換えても遜色ないでしょう。その上で【および】に【or】が含まれないのであれば
「自転車、歩行者【両方】というのが通行行為が可能な存在の中で成立する事象です」というのは「自転車、歩行者【両方でなければ】通行不可能です」と同義にならなくては成立しません。
なので【通行可能条件】と【通行行為】というのは条件が抜けているだけであとは同じ意味になるわけで視点を極端に変えているとは到底思えません。
また【および】が【or】が含まれる場合があると考えなければ
その道は自転車を手で引いて歩かなければいけません。しかし【orの意味が含まれる】と考えれば自転車が一台通る事は可能です。よって【or】の意味が含まれると考えるのが的確であると考えられます。

(2)(2-a)に関する矛盾です。

<主人の発言は、【この店で人気があるもの】は「天ぷらそば & 天ぷらうどん」という意味です。>というのは【この店で人気があるもの】を掲示するという意味と同義と考えてよろしいですよね?これはhakobuluさんの電池回収所の例でいくと【どこに行けばいいですか】に対して【市役所およびコンビに行けばあります】という会話が成立するしなければいけない事になると思われるので【市役所もしくはコンビに行けばあります】でなければならないという理屈はhakobuluさん自身で矛盾した意味を示した事になります。

(3)(2-c)に関することです。

 <「その異なる見解を持つにいたる原因は、一種の勘違いにある、という結論」が間違いでなければ>
 確かに勘違いから始まっているならば「自転車及び歩行者は通行可能です」という文が「自転車か歩行者、片一方だけでも可能です」という意味がまかり通ると感じる人は皆勘違いしているということになります。そこは否定しません。
しかし<『「AおよびB」には、「AorB」という意味もある』>というのが<異なる見解>と表現するのは時期尚早だと思います。言うなれば【違う見解】と言うべきだと思います。
また<原因が解明されたこと>にもなっていないと思います。

(4)【もしくは】がandが含まれる場合があるという見解についてです。

 これは何回も書いたと思いますが自転車と歩行者の例で示した様に「および」と言い換えても意味が通じるという意味でandが含まれていると見ていいです。
また【もしくは】という表現は【示す】という土台の上では【両方選択肢がある】という意味が含まれるのでandが含まれる場合があります。
またandという意味で捉える事も可能だと考えられます。「市役所もしくはコンビに電池回収所があります」と言われれば「市役所とコンビにどちらかに行けば電池回収所がある」という意味に直すことが可能だからです。
またそのような意味で発言者が言っている可能性も考えられます。

(1)~(4)から結論、【および】≠【もしくは】であるかも知れないが【および】≒【もしくは】である可能性は極めて高いという事になると思います。

(ただし法令用語や辞書的な意味が【および】≒【もしくは】ではないという規定方針であれば、それは省くという条件の上での見解であり、認識の仕方は自由です。)

これが私の今の認識です。

 ところで以前No.27の2で<可能なかぎり、矛盾ではないことをわかっていただけるよう説明したいと思いますし、むろん、訂正すべき点は訂正したいと思います。そうした意味での変なプライドは全く持ち合わせていません>と書かれていますが本当にその気持ちは今も続いていますか?

投稿日時 - 2012-10-25 20:59:17

ANo.37

後ほど(明日ぐらい)「総括2」として再度整理して投稿しますので、そちらを今後は参照していただいたほうが良いでしょう。
この欄では、特に個別に回答する必要があると思うものに限って回答します。
コメントは極力総括2のほうでお願いできれば助かります。
本質的には大差ないことを述べる予定ですので。
どうしても必要とお考えになる項目については、その限りではありませんが。

(#35)
1.
<「市役所かコンビニにいくべきです。」と言う場合だってありますからね。
別に怪しくはないでしょう?>

 いや相当怪しいですよ、「市役所及びコンビニです」というのと「市役所及びコンビニ両方にいくべきです。」とでは意味が違います。前者は示しただけと捉える事も可能ですが後者は「両方かなければならない」という口調で喋っているので意味が違います。

『ご自身の理屈で言うと「市役所とコンビニの両方にいくべきです。」というのは「いくべきです」が含まれるから「両方に行かなくてはいけない」という意味になるという話ではないのでしょうか?』
とおっしゃった部分についてですよね。
「いくべきです」が含まれていなければ、
「市役所とコンビニの両方」

「市役所かコンビニ」
という文の比較になりますよね。
この場合の違いは「と」と「か」です。
「と」があれば「両方」という意味を表わせるわけですから、
『「いくべきです」がなくても、「両方に行かなくてはいけない」という意味になる』
ということを述べたつもりです。

2.
< 根拠は拝見しましたが、それはteient さんの感覚でしょ?
まあ、感覚で言うしかないわけですから、それは構いませんが。>

 別に理由を聞いてくるならそれなりに質問の足しになるなら答えようかとも思いますが?

言ってる意味がよくわかりませんが、根拠を教えて下さい、というのは理由を教えてください、という意味になりますよね?
「まあ、本題とは関係ないので無理に答える必要はありませんけどね。」とも申し上げたので、もういいですが、感覚を根拠にするな、と言われても無理だ、ということをご理解いただければ、それで結構です。

3.
> そうですね、生じないと断定はできませんが生じ難いと予測します。その根拠を挙げれば
受け手側が「AとB」の受け取り方が「AとBどちらかをプレゼントしようと思っています」と捉える可能性があるからです。

そのように捉えない場合には齟齬が生じる、ということはお認めになる、ということがわかりました。
そのとおりと思います。

4.
> じゃあですよ海を山と呼んでいる人が居た場合、山という意味でseaを理解した場合どうなるんですか?

偶然意味が合致したらどうなるのか、という意味でしょうかね。それであれば、偶然性に期待しても仕方ないでしょう、と言うしかありませんが、おっしゃっている意味がよくわかりません。

5.
<実際にseaの意味を理解できるかどうかは、本質論としては関係ありません。>

 関係あるから「あげる」と「もらう」の例をだしてるんじゃないの?

seaの意味を理解できないこと自体は誤用とは関係ない、という意味です。

(#36)
6.
>第一「自転車及び歩行者は通行可能です」という議題は未だに論破できてませんよ。

そうですかね・・・。
そうは思っていなかったのですが、一応検証してみましょう。

#30の回答と補足・お礼欄から抜粋すると、以下の部分ですね。
t:『 なぜですか?両方なら自転車走行してる存在と歩行してる人が混合しているか自転車を手で押して歩くかのどちらかでしょ?なんでそこに片一方でも良いという見解が含まれるのですか?含まれた時点でご自身の理論が破綻してると思うのですが?』

h:「そこにある、みかん と りんご、どちらも食べていいですよ(両方、食べることが可能ですよ)」と言われた場合、必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならないのと同じです。

t:<必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならない>
のであればorが含まれている事になるでしょ?否orが含まれる表現になっている事になると思うのですが?
t: ですから繰り返しになりますが、それがorが含まれているという見解につながらないのだろうか?と問うているわけです。必ず両方たべなくてもいいなら同時に「みかん か リンゴ どっちを食べても構いませんよ」という意味が含まれるのではないかと言っているわけです。

これに続いて#32の1で、結構詳細に説明させていただいたつもりなのですが・・・。
ただ、同じ意味なので、みかんの例のほうが説明しやすいと思ったようで、たしかに自転車の例は挙げていませんね。
「なんでそこに片一方でも良いという見解が含まれるのですか?」についてだけ述べてみると、
「自転車および歩行者が通行可能」ということは、「通行可能な条件」の中に「自転車&歩行者」が含まれている、という意味です。
「みかん & りんごを食べることが可能」と言われた場合、両方とも食べる必要がないのと同じで、自転車だけ通行しても良いし、歩行者だけ通行しても良いわけです。
まあ、しかし、論点はなるべく後ほど(未定)投稿予定の「総括2」のほうに絞っていただけると有難いと思います。

7.
> まあそうですね、「間違える」という用語が含まれるのでだめです。
使うなら「違う言い方」とか「違う使い方」とか言って欲しいです。

そうですか。
わかりました。
しかし、「間違う」という意図で説明しないと論理が成立しないような場合には、何とか使うことを許可して欲しいですね。
少なくとも「誤用」という表現は使わないように気をつけますが。
人格に対して使っているわけではなく、あくまでロジック展開上の必要性があるから使うわけなので、そこはご理解いただきたいと思います。

8.
>ん~どうしても説明に必要なら「本来用いるべきではない用法」位なら時と場合によっては使って構いません。しかしそうでない場合には出来る限り使わないよう願います。

極力留意します。
万一勢いで使ってしまったら、お手数ですが指摘してください。
    

投稿日時 - 2012-10-25 00:04:31

補足

1>> じゃあですよ海を山と呼んでいる人が居た場合、山という意味でseaを理解した場合どうなるんですか?

偶然意味が合致したらどうなるのか、という意味でしょうかね。それであれば、偶然性に期待しても仕方ないでしょう、と言うしかありませんが、おっしゃっている意味がよくわかりません。>

 いやそういう意味じゃなくてご自身が 「sea=山」は誤用でしょ みたいなことを言うから、「じゃあ山を海と思っている人からすると誤用と言えるんでしょうか?」という意味です。
所詮「認識の違いでしかないのではないでしょうか?」という意味です。

2>seaの意味を理解できないこと自体は誤用とは関係ない、という意味です。>

 まあ関係ないですよ、しかしご自身が「あげる」と「もらう」の例でいういなら「川」と「river」、「海」と「sea」の例ならどうなるんですか?と言いたくなったという事で【関係がない】とまでは言えないでしょ?
という意味でした。

3>「自転車および歩行者が通行可能」ということは、「通行可能な条件」の中に「自転車&歩行者」が含まれている、という意味です。
「みかん & りんごを食べることが可能」と言われた場合、両方とも食べる必要がないのと同じで、自転車だけ通行しても良いし、歩行者だけ通行しても良いわけです。>

<自転車だけ通行しても良いし、歩行者だけ通行しても良い>という意味が含まれるのであればorの意味が含まれている事になりませんか?と聞いているわけです。

4>しかし、「間違う」という意図で説明しないと論理が成立しないような場合には、何とか使うことを許可して欲しいですね。>

 わかりましたあくまで<「間違う」という意図で説明しないと論理が成立しないような場合>限って許しましょう。

5>人格に対して使っているわけではなく、あくまでロジック展開上の必要性があるから使うわけなので、そこはご理解いただきたいと思います。>

 これ以前も書きましたが正式な意味との対比で説明しているのであれば「誤用」と表現しても間違いとは思わないのですが、今は【正式な意味ではない】意味での話ですから不当な【間違い】やら【誤用】という表現はおかしいと思うと思う訳です。

6>極力留意します。
万一勢いで使ってしまったら、お手数ですが指摘してください。>

 なかなか話のわかるお方ですね、中にはキレて意味不明な理屈書いて終わりって人もいますから貴重な人になりつつあると思います。

では総括2のほうでお会いしましょう

投稿日時 - 2012-10-25 11:43:02

ANo.36

#33です。

1.
>以前木の例で言いましたが、もしあれが材料「木材と造花と偽葉」で自然に生えてる木を模写して立体工作をしたとした場合、これは付け加えなくては成立しませんよね?しかし普通の自然林の場合付け加えなくても葉や花は生えてくるわけです。ということは葉や花というのは木から派生する要素になるのではないでしょうか?と聞いているわけです。

これもまあまあの論理ですね。
ただ、「桜を見たい」と言えば、花が咲いている状態の桜の木を見たい、という意味であり、桜の葉っぱを持ってきて、ほら、これが桜だよ、と言うのはちょっと違うでしょうね。
つまり、「桜=桜の葉」と混同してはいけない、ということが要点になるのだと思います。

2.
> 意味はわかりますよ、しかし私の言っているのは矛盾点があるのではないでしょうか?と言っているわけだから・・・そこを強調されてもな・・・

矛盾点は今のところありません。
すべて論破していますよ?

3.
>>「誤用」は、なんと表現すればいいですか?>

「使い方の違い」と表現していただけますか?

それだと意味が異なってしまいますよ。
seaを山という意味で使うのは使い方の違いだ、はおかしいですよね。
辞書では「使い方を間違えること」となっていますが、それもだめなんですよね?
「本来用いるべきではない用法」と言うことも可能かもしれませんが。
これも同じことになってしまうか・・・。

4.
> !?そんなに自信があるのですか・・・じゃあですよ「及び」の正確な意味を知らずに何気に聞いていたり使っていた人対象に信憑性を作るため細工をして統計取った場合、1/1000万人位の平均人数しか出てこない見込みですか・・!? そりゃ話が長くなるわ・・・

いえ、割合がどうのとは言っていませんが、
「ダイヤの指輪および金のネックレスをプレゼントするよ」と言われて、「え?どっちをくれるの?」と聞き返す女性はたぶん非常に稀ではないかな、ということになりますかね。
「そりゃ話が長くなるわ・・・」って・・・笑わせてくれますね。
サービスですか。
そりゃ、こっちのセリフですよ。
       

投稿日時 - 2012-10-24 01:38:02

補足

1>>以前木の例で言いましたが、もしあれが材料「木材と造花と偽葉」で自然に生えてる木を模写して立体工作をしたとした場合、これは付け加えなくては成立しませんよね?しかし普通の自然林の場合付け加えなくても葉や花は生えてくるわけです。ということは葉や花というのは木から派生する要素になるのではないでしょうか?と聞いているわけです。

これもまあまあの論理ですね。
ただ、「桜を見たい」と言えば、花が咲いている状態の桜の木を見たい、という意味であり、桜の葉っぱを持ってきて、ほら、これが桜だよ、と言うのはちょっと違うでしょうね。
つまり、「桜=桜の葉」と混同してはいけない、ということが要点になるのだと思います。>

 まあそれは言えてると思いますが、花を入れたのがまずかったかな・・・つまり青葉の茂林や森に行って一本の木を見つけたら普通「木がある」と言いますよね?しかしながらhakobuluさんの言い分でいうと「木ではない青葉の木と言うのが正解だ」と言っている感じがするわけですよ
無論間違いじゃないけど別に青葉の茂った木を見て「あ木がある」と言うのが誤用とも思えないのですが?

2>> 意味はわかりますよ、しかし私の言っているのは矛盾点があるのではないでしょうか?と言っているわけだから・・・そこを強調されてもな・・・

矛盾点は今のところありません。
すべて論破していますよ?>

 論破してるなら私は100%納得してなければならないじゃないですか?
第一「自転車及び歩行者は通行可能です」という議題は未だに論破できてませんよ。

3>>「誤用」は、なんと表現すればいいですか?>
「使い方の違い」と表現していただけますか?

それだと意味が異なってしまいますよ。
seaを山という意味で使うのは使い方の違いだ、はおかしいですよね。>

海を山と呼んでる人からしてみればおかしくないです。

4>辞書では「使い方を間違えること」となっていますが、それもだめなんですよね?>

 まあそうですね、「間違える」という用語が含まれるのでだめです。
使うなら「違う言い方」とか「違う使い方」とか言って欲しいです。

5>「本来用いるべきではない用法」と言うことも可能かもしれませんが。
これも同じことになってしまうか・・・。>

ん~どうしても説明に必要なら「本来用いるべきではない用法」位なら時と場合によっては使って構いません。しかしそうでない場合には出来る限り使わないよう願います。

6>いえ、割合がどうのとは言っていませんが、
「ダイヤの指輪および金のネックレスをプレゼントするよ」と言われて、「え?どっちをくれるの?」と聞き返す女性はたぶん非常に稀ではないかな、ということになりますかね。>

 ええ~あり得ると思うけどな・・・「え?どっちをくれるの?」と言わずとも「え?どっちかくれるの?」という会話になんの違和感も覚えませんがね?

投稿日時 - 2012-10-24 17:31:22

ANo.35

#32です。

1.
<あげると発言した人の場合、【食べることが可能なもの】という意図で「みかん & りんご」と言いました。
もらう側の人は、【先に食べるべきもの】という意図で、「みかん or りんご ?」と考えました。
前者の場合、&の意図なので「みかん 及び りんご」と言うことができます。
後者の場合、orの意図なので(意図が異なるので)「及び」を使うことはできないわけです。
「みかん あるいは りんご ?」などでorの意図を表現する必要があります。>

 これは正確な意図の説明でしょ?それは理解もしましたし納得もしましたと再三言っています。本当に分かりやすく書いて頂いてありがとうございます。どういう風に言えば上記の<>で括った部分が理解し納得できたという事が伝わるんでしょうか?

そうでしたか。
<必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならない>のであればorが含まれている事になるでしょ?否orが含まれる表現になっている事になると思うのですが?
とおっしゃったので、まだ理解されてないと思って説明したのですが。
では、
『orの意図で「及び」を使うことはできない』と主張するわたしと同じ考えになった、と理解してよろしいのですね。
つまり、「みかん 及び りんご」という表現は、あくまで「みかん & りんご」の意味しかない、ということをお認めになった、ということですよね。
それであれば、問題解決でしょう。
早く言ってくださいよ。

2.
<しかし、「あげた=もらった」と置き換えはできません。
同様に、「みかん & りんご」「みかん or りんご ?」
と【構造的には似ていて】も、【意図が異なる】ので、&とor の両方に「及び」という言葉は適用できないわけです。>

 重々理解しましたよ。以前から理解していると言っているのになぜそこを言ったのか良く分からないのですが、それは正式な意味合いでという意味で理解できました。と数回述べている筈ですが伝わってなかったですかね?
しかしながら【】で括った部分で考えると構造的に似ていて意図が異なるのであれば同類にすることも可能ではないのだろうか?と思う訳です。

やはり、まだ説明する必要があったわけですね。
正式だろうが正式でなかろうが、「及び」にはORの意味しかない、という点が重要なんです。
「同類」と考えてもいいのですが、それはあくまで『聞き手が、別の文として勝手に解釈したから』なのであって、そのことを見逃すと根本的な誤解が発生してしまうと言っています。
それを問題にしているわけでしょう。
「みかん 及び りんご」という表現が、「みかん OR りんご」の意味として通用しない、ということをまだ理解されていないんじゃないですか?
それを理解してはじめて「重々理解しましたよ」と言えるのですよ?

3.
> これも結果的に【正式な意味では】ということでしょ?
であれば逆に聞きますが『「及び」という意味は【視点・立場・意図などが転換さる】とorの意味に捉える事も可能である』と言えませんか?

良い質問ですね。
それは言えますよ。
ただし、
「orの意味に捉える事も可能である」というよりは、
「orの状況として捉える事も可能である」としたほうが正確かもしれませんね。
2でも述べましたが、それは2つの文に関して比較することになるわけです。
太郎と花子の飴の例を思い出してください。
「飴をあげた」というひとつの状況を「飴をもらった」という状況として見ることは可能ですよね。
しかし、どちらも同じく「飴を」という言葉に続いているからといって、「あげた=もらった」と混同してはいけない、ということを言っているわけです。

4.
>ご自身の理屈で言うと「市役所とコンビニの両方にいくべきです。」というのは「いくべきです」が含まれるから「両方に行かなくてはいけない」という意味になるという話ではないのでしょうか?

それは、なんというべきか言葉に迷いますが・・・誤解です。
「市役所かコンビニにいくべきです。」と言う場合だってありますからね。
別に怪しくはないでしょう?

5.
>「というのは何故ですか?」と聞くと「経験上」とか「感覚」という事でしたね、まあそれ以上その根拠を答えられないのであればそういう事でよいです。

teient さんが、「経験上」とか「感覚」以外の根拠を提示して何か説明したことがありましたっけ?
どの部分か教えてもらえませんか。
今後の参考にさせていただきたいので。
自分のできないことを他人にだけは要求する、というのは子供のやることですよ?

6.
<では、「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」と予測した根拠はなんですか?>

 そのような表現でコミュニケーションをしても齟齬が発生し難い場合が殆どだからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・~。
結果、正式な意味を知っていようが知っていまいが齟齬が生じ【難い】と考えられます。それが「その表現を使う段階で間違いに気づき【難い】一般的な用語」と予測した根拠です。

根拠は拝見しましたが、それはteient さんの感覚でしょ?
まあ、感覚で言うしかないわけですから、それは構いませんが。
また、おそらくですが、「齟齬」の意味解釈が異なるのかもしれません。
しかも、かなり論理矛盾がありますね。一例をあげると、
> 逆に発信側が「AとB」もしくは「AかB」という意味で発言し受け手側が「AとB」と受け取った場合受け手側は「AとB両方可能性がある」と受け取るわけですから結果「!#$%&」がAであろがBであろうが齟齬は生じてない事になります。

という箇所ですが、
発信側が「AとB」もしくは「AかB」という意味で発言し受け手側が「AとB」と受け取った場合、というのは、
発信側が「AかB」という意味で発言し受け手側が「AとB」と受け取った場合、もあることになりますよね。
その場合でも齟齬は生じないですか?
まあ、本題とは関係ないので無理に答える必要はありませんけどね。

7.
><「sea=海」という翻訳が可能ですから・・・>

 !?じゃあ翻訳不可能なら誤用というわけですか?そんなアホな話があってたまるものか!

まあ、冷静にいきましょう。
『「sea」と言う場合、「sea=海」という翻訳が可能ですから、
「正しいと認知されている定義とは異なる定義に基づいて」ある表現をしていることにはなりません。』
と言っていますよ。
しかし、「sea=山」と翻訳すれば誤用でしょ?
そういう意味です。

8.
>その場合英語を知らない日本人同士の喋った日本語の「海」が正しくて英語の「sea」は正しくないのか?という意味です。

お示しの例の場合は、単に、真剣に相手とコミニュケーションしようとする意志がないというケースになりますね。
辞書を買ってくれば済むことですし、辞書が無い場合でも、言葉を理解できないのは、自分の知識不足だからだ、という基本的な原因に気づいていません。
肝心なのは、山という意味でseaを理解したら、それは誤用だ、という簡単なことです。
実際にseaの意味を理解できるかどうかは、本質論としては関係ありません。

9.
>結局「感覚の説明は限界に来てる」という感じですかね?まあそれならそれで聞きません。それ以上答えられない人に無理に答えて貰うのも罪悪感を感じますからやめます。

おやおや、さんざん説明させておいて、これですか・・・。
まあ、やっと理解してもらえたのは幸いです。
また、同じことを言わせないでくださいよ。
面倒なので。
  

投稿日時 - 2012-10-24 01:10:33

補足

1>つまり、「みかん 及び りんご」という表現は、あくまで「みかん & りんご」の意味しかない、ということをお認めになった、ということですよね。>

 いやそこは認めてません。

2>やはり、まだ説明する必要があったわけですね。>

 そうみたいですね。

3>正式だろうが正式でなかろうが、「及び」にはORの意味しかない、という点が重要なんです。>

 それは「andの意味しかない」と言いたいのですか?

4>「同類」と考えてもいいのですが、それはあくまで『聞き手が、別の文として勝手に解釈したから』なのであって、そのことを見逃すと根本的な誤解が発生してしまうと言っています。
それを問題にしているわけでしょう。>

 まあそんなところですかね?

5>「みかん 及び りんご」という表現が、「みかん OR りんご」の意味として通用しない、ということをまだ理解されていないんじゃないですか?>

 正式には理解しましたが正式ではない意味では理解できてないです。

6>それを理解してはじめて「重々理解しましたよ」と言えるのですよ?>

 そうでしたか、じゃあ「まあまあ理解しました」と言っておきましょう。

7>それは言えますよ。>

 言えるということはorの意味が含まれる可能性を認めたという解釈でいいですか?

8>ただし、「orの意味に捉える事も可能である」というよりは、
「orの状況として捉える事も可能である」としたほうが正確かもしれませんね。
2でも述べましたが、それは2つの文に関して比較することになるわけです。
太郎と花子の飴の例を思い出してください。
「飴をあげた」というひとつの状況を「飴をもらった」という状況として見ることは可能ですよね。
しかし、どちらも同じく「飴を」という言葉に続いているからといって、「あげた=もらった」と混同してはいけない、ということを言っているわけです。>

 それはどうかな?自転車の例で言うと「『自転車及び歩行者は通行可能です』という意味は『自転車及び歩行者は通行不可能』という意味も同時に想定できますよね、しかし『通行可能=通行不可能』ではありません『通行可能=通行不可能』と混同してはいけません」と言っているように聞こえます。

9>「市役所かコンビニにいくべきです。」と言う場合だってありますからね。
別に怪しくはないでしょう?>

 いや相当怪しいですよ、「市役所及びコンビニです」というのと「市役所及びコンビニ両方にいくべきです。」とでは意味が違います。前者は示しただけと捉える事も可能ですが後者は「両方かなければならない」という口調で喋っているので意味が違います。

10>teient さんが、「経験上」とか「感覚」以外の根拠を提示して何か説明したことがありましたっけ?
どの部分か教えてもらえませんか。>

 まあ初めは聞かれなかったんで答えませんでしたけどno.32で聞かれんたんでno.32の補足7で答えました。

11>根拠は拝見しましたが、それはteient さんの感覚でしょ?
まあ、感覚で言うしかないわけですから、それは構いませんが。>

 別に理由を聞いてくるならそれなりに質問の足しになるなら答えようかとも思いますが?

12>・・・・かなり論理矛盾がありますね。一例をあげると、
> 逆に発信側が「AとB」もしくは「AかB」という意味で発言し受け手側が「AとB」と受け取った場合受け手側は「AとB両方可能性がある」と受け取るわけですから結果「!#$%&」がAであろがBであろうが齟齬は生じてない事になります。

という箇所ですが、
発信側が「AとB」もしくは「AかB」という意味で発言し受け手側が「AとB」と受け取った場合、というのは、
発信側が「AかB」という意味で発言し受け手側が「AとB」と受け取った場合、もあることになりますよね。
その場合でも齟齬は生じないですか?>

 そうですね、生じないと断定はできませんが生じ難いと予測します。その根拠を挙げれば
受け手側が「AとB」の受け取り方が「AとBどちらかをプレゼントしようと思っています」と捉える可能性があるからです。
その場合いくら発信者側が「A及びB」を「AかB」という意味でAだけプレゼントした場合、受け手側が「『AとBどちらかをプレゼントしようと思っています』という意味か・・・」と解釈する可能性が高いと思われますからAだけ渡されても齟齬が生じ難いと思います。
またトラブルになりたくないという心情であれば余計そのようなバイアスがかかると思われますから、一々「両方よこせ!」とは言わないと推測します。第一「両方よこせ」という図々しさが出てしまうので「そんな図々しい奴に見られたくない」という恥の意識も働くでしょうから、トラブルは起こり難いと思われます。

13>『「sea」と言う場合、「sea=海」という翻訳が可能ですから、
「正しいと認知されている定義とは異なる定義に基づいて」ある表現をしていることにはなりません。』
と言っていますよ。
しかし、「sea=山」と翻訳すれば誤用でしょ?
そういう意味です。>

 ?ちょと意味がわからないので飛ばします。

14>肝心なのは、山という意味でseaを理解したら、それは誤用だ、という簡単なことです。>

 じゃあですよ海を山と呼んでいる人が居た場合、山という意味でseaを理解した場合どうなるんですか?

15>実際にseaの意味を理解できるかどうかは、本質論としては関係ありません。>

 関係あるから「あげる」と「もらう」の例をだしてるんじゃないの?

16>>結局「感覚の説明は限界に来てる」という感じですかね?まあそれならそれで聞きません。それ以上答えられない人に無理に答えて貰うのも罪悪感を感じますからやめます。

おやおや、さんざん説明させておいて、これですか・・・。>

 は?言っている意味がわかりません
しかしここは重要ではないので飛ばしますよ。

17>まあ、やっと理解してもらえたのは幸いです。
また、同じことを言わせないでくださいよ。
面倒なので。>

 同じ事を言うか言わないかはhakobuluさん次第、ついでに言っておきますが同じ事を言わせようという意図は今のところ私にはないですよ

投稿日時 - 2012-10-24 17:41:41

ANo.34

俺んとこの「6.」について少しだけ追加するぜ。


6・>加えて、電池回収という環境美化のための活動はより広くおこなわれるべきものだから、設置場所は多くなってしかるべきといえるよな(文脈4)。
以上の4つの文脈は、いずれもandの意味と整合的だろ。2~4は直接的に整合するし、1は2につながるからこれも整合する。文脈が明らかになるほどに判定をしやすくなるのだから、情報の受け手の大半は「および」がandの意味だと判定する方向に明らかに傾くだろうよ。>


この部分だが、言いたかったことと書いていたこととがずれちまってたな。お詫びして訂正と追加をするよ。

補足にあった「正式な意味」ってのは文脈3の役所での用法を指してると思うが、ここで言いたかったのは、「及び」がandの意味で用いられていることを1~4のすべての文脈が示唆しているってことだ。1~4のどこから出発してもandにたどり着くって趣旨だ。

そうであれば、文脈3を知らなくても、1、2、4の文脈を的確に捉えられていればandだなと判断できる。そういうことを伝えたかったんだ。加えて、文脈が複数存在すれば、ひとつふたつ欠けても意味は十分に通じうる、ということも言えるよな。

誰が、誰に向けて、何のために、どのような状況で、どんな媒体で文や文章を発信したのか。そういった、文や文章に直接には表れてこない諸般の事情状況(すなわち複数の文脈)が分かると、文や文章の意味を判別しやすくなるものだ。そう思わないかい。


俺からの追加はこんなところだ。ここまでの話が思考のヒントになりそうなら、ありがてぇ。

投稿日時 - 2012-10-23 23:54:23

お礼

回答ありがとうございます。

>そうであれば、文脈3を知らなくても、1、2、4の文脈を的確に捉えられていればandだなと判断できる。そういうことを伝えたかったんだ。>

 そうでしたか、確かに【的確】に捉えていればandだと認識するのは当然だと思います。

>加えて、文脈が複数存在すれば、ひとつふたつ欠けても意味は十分に通じうる、ということも言えるよな。>

まあ通じあうということは言えてると思います。

>誰が、誰に向けて、何のために、どのような状況で、どんな媒体で文や文章を発信したのか。そういった、文や文章に直接には表れてこない諸般の事情状況(すなわち複数の文脈)が分かると、文や文章の意味を判別しやすくなるものだ。そう思わないかい。>

 そうでしょうね、判別はしやすいと思いますよ。

投稿日時 - 2012-10-24 20:15:11

ANo.33

#31です。

1.
<&とorの誤用の場合は、「円形の丸い月が出た」という意図で、「円柱のような月が出た」という表現をするようなものだ、ということです。>というのが何をいいたいのか全然理解できなかったです。理解できる人には理解できるのでしょうが、私目にはなにがなんだかさっぱり分からないです?どういう意味でしょうか?

色鉛筆は見方によっては円に見えることがありますが、それをもって、「円=円柱」と認識するようなものだ、という意味です。
「色鉛筆=円柱」は「および=&」と同様に正しい見方。
「色鉛筆=円」は「および=or」と、視点を変えていることに気づかないまま認識している誤った見方。
といった意味です。
このように誤って認識していれば、
「円形の丸い月が出た」という意図で、「円柱のような月が出た」という表現をする結果になるでしょう。
「みかん or りんご をあげる」という意図で、「みかん 及び りんごをあげる」というと誤用になるのは、これと似たような理屈です。
という意味でした。
返ってややこしくしてしまったようならすみません。
この例は無視していただいても構いません。

2.
 個人的な感覚はよろしいのですが、そこが論点ではないわけでご自身がおっしゃっているニュアンスは「結果最終的には私の感覚が正しいと思います」と聞こえるわけです。ならば「なぜ正しいとお感じになられるのですか?」という疑問が湧いて当然ではないでしょうか?「ああhakobuluさんの感覚が正しいのか!へー」と思う人はおおよそhakobuluさんの回答の仕方に誘導されてそう思い込んでいる人ということになると思います。しかしながら私は「ああhakobuluさんの感覚が正しいのか!へー」とまで行ってないので「なぜですか?」と聞いている訳です。面倒くさいので注釈しておきますが「それは私の感覚です」という回答を求めている訳ではないですよ。

えっとですね。
はっきり申し上げたほうがよいと思うので端的に申し上げますが、
「ああhakobuluさんの感覚が正しいのか!へー」とまで行っていようがいまいが、わたしには関係のないことなのです。
「それは私の感覚です」と再三言っているわけですが、#25の総括内容をもういちど確認していただくしかないでしょうね。
それでわたしの言っている意味がわからなければ、わたしの表現力の限界だと思ってあきらめてください。

ところで、#30で、
>『いや、ですから、理由が感覚なんです、と申し上げています。
学問的根拠はない、という正直な回答をしているわけです。
teientさんも、なぜと聞かれて、それはわたしの感覚です、としか言えないことはあるでしょう。
その時に、感覚を聞いているんじゃない、理由を教えてくれ、と言われても困りませんか?』
と申し上げたはずですが、これに対するコメントはありませんでしたね?
なぜですか?

3.
> ですから、海を川と呼ぶ人にとって、「海を海と呼ぶ人とコミュニケーションは必要ない」と思えば、誤用だの間違いだの言う必要はない、と何度も言っています。>

 これはno30の補足に外国人の例で書いたのでよいでしょう。そういう事を疑問にしているわけではないというのがおわかりになると思います。

これは、#32で述べたのでもうおわかりでしょう。

4.
> 「いかがなものか」と言われてもね~そればっかりは個人の判断になるわけで私ではなんとも言いようがないです。

言いようがないと言われれば、そうですか、としか言えませんね。
回答者に対する表現のスタイルについて述べたわけですが、これは個人の感覚なのでしかたないでしょう。
まあ、どちらにしても大したことではありませんから、あまり難しく考える必要はありません。

5.
> じゃあ【違い】と解釈させてもらいます。しかしながら「間違い」「絶対」「誤用」というのはちょっとキツイ言い方に感じます。「違う」という意味とほぼ同等に使っているなら出来る限り「違い」を示して頂くとトラブルが無くて済むかと思います。

なるほど。
「正確な意味がわかりません」とおっしゃるので、誤用の可能性も想定していると思ったのですが、そうでもなかったわけですね。
別に、非難したり馬鹿にしたりしているわけではありませんから、そこは誤解なさらないでください。
面倒ですが、「認識の違い」とでも極力表現するようにします。
勢いで「間違い」とか言ってしまった場合はご容赦ください。
「誤用」は、なんと表現すればいいですか?

6.
> つまりご自身の感性に基づいた認識との違いです。それを私の感性に対して「誤用」とか「絶対」とか「間違い」というのは時期尚早だったのではないでしょうか?という意味です。

「及び」にorの意味もある、というのはteient さんの感性だったわけですか。
「&しかないという理由を言え。感覚じゃわからん」と再三おっしゃるので、まさか、ご自身が感性でおっしゃっているとは、つい気づきませんでした。

>また意味の分からない文句を言われそうなので注釈しますが【違い】というのは{【誤用】、【絶対】、【間違い】}=【違い】という発想が私にはないので申しているだけですよ。

わたしがteient さんと違う発想を持ってはいけない、という意味でしょうか。

7.
> 反論されれば「なぜ?」と思ってもおかしくないと思うのですが?なにか不備でもありましたか?

いえ、そんなことはありませんが、「個人の自由だと思います」の意味が伝わっているなら結構です。

8.
>しかしながら「どの程度の確信の度合いなのか?」という疑問に「地球は自転してる程の自信がある」みたいな事を言っていましたね?(違えば修正してください)【地球は自転してる程の自信がある】=【日本語を利用もしくは聞く認識全ての人は(辞書、法令用語などを基準に)「及び」を「and、or」などとは勘違いしてないだろう。勘違いしていてもごく稀であり1000万人に1人とかそれ位だろう】位の意味でしょうか?

「および」には&の意味しかない、ということには、それと同等程度の自信がある、という意味です。
  

投稿日時 - 2012-10-23 18:44:55

補足

>「色鉛筆=円柱」は「および=&」と同様に正しい見方。
「色鉛筆=円」は「および=or」と、視点を変えていることに気づかないまま認識している誤った見方。>

 視点を変えていることはよくわかりました。「視点を変えることによりorが派生する可能性を秘めている要素が」という認識が何故に誤った見方なのか?という疑問を再三申しているわけです。
以前木の例で言いましたが、もしあれが材料「木材と造花と偽葉」で自然に生えてる木を模写して立体工作をしたとした場合、これは付け加えなくては成立しませんよね?しかし普通の自然林の場合付け加えなくても葉や花は生えてくるわけです。ということは葉や花というのは木から派生する要素になるのではないでしょうか?と聞いているわけです。

>えっとですね。
はっきり申し上げたほうがよいと思うので端的に申し上げますが、
「ああhakobuluさんの感覚が正しいのか!へー」とまで行っていようがいまいが、わたしには関係のないことなのです。>

 そりゃまあそうでしょうね、そこは否定しませんし、した覚えもありません。

>「それは私の感覚です」と再三言っているわけですが、#25の総括内容をもういちど確認していただくしかないでしょうね。
それでわたしの言っている意味がわからなければ、わたしの表現力の限界だと思ってあきらめてください。>

 意味はわかりますよ、しかし私の言っているのは矛盾点があるのではないでしょうか?と言っているわけだから・・・そこを強調されてもな・・・

>「誤用」は、なんと表現すればいいですか?>

「使い方の違い」と表現していただけますか?

>「及び」にorの意味もある、というのはteient さんの感性だったわけですか。>

 無論私の感性でもあったわけですが根拠がないわけでも理由がないわけでもありません。
無論限界はみなそれぞれ違いはありますから、hakobuluさんの感性で答えて「感覚的」が限界ならそれで構いません。
無理強要はしないつもりです。

>わたしがteient さんと違う発想を持ってはいけない、という意味でしょうか。>

 いやそんなことはありません。違う発想をもってはいけない、という法律なんかないですからご自由に

>>しかしながら「どの程度の確信の度合いなのか?」という疑問に「地球は自転してる程の自信がある」みたいな事を言っていましたね?(違えば修正してください)【地球は自転してる程の自信がある】=【日本語を利用もしくは聞く認識全ての人は(辞書、法令用語などを基準に)「及び」を「and、or」などとは勘違いしてないだろう。勘違いしていてもごく稀であり1000万人に1人とかそれ位だろう】位の意味でしょうか?

「および」には&の意味しかない、ということには、それと同等程度の自信がある、という意味です。>

 !?そんなに自信があるのですか・・・じゃあですよ「及び」の正確な意味を知らずに何気に聞いていたり使っていた人対象に信憑性を作るため細工をして統計取った場合、1/1000万人位の平均人数しか出てこない見込みですか・・!? そりゃ話が長くなるわ・・・

投稿日時 - 2012-10-23 23:03:23

お礼

再三ありがとうございます。何回も書いていただいてありがい所存です。

投稿日時 - 2012-10-23 23:08:14

ANo.32

#30です。

1.
><必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならない>のであればorが含まれている事になるでしょ?否orが含まれる表現になっている事になると思うのですが?

ここがわたしの最も言いたいことです。
このことに殆んどを費やしてきたと言ってよいと思います。
「そこにある、みかん 及び りんご、どちらも食べていいですよ(両方、食べることが可能ですよ)」という文の言いたいこと(意図)はなんでしょうか。
『【食べることが可能なもの】という範疇に含まれるのは「みかん&りんご」ですよ』という意図です。
【食べなければならないもの】についての文ではありません。
また、この文の例で言うと、
「そこにある、みかん 及び りんご、どちらも食べていいですよ(両方、食べることが可能ですよ)」
と言われた人が、
「やった~。じゃあ、先に食べるのはどっちにしようかな」などと考えたとしましょう。
この人は、「先に食べるのは、みかん か りんごか。どっちを先に食べるべきか・・・」という意図で、「みかん or りんご ?」と考えたことになります。

あげると発言した人の場合、【食べることが可能なもの】という意図で「みかん & りんご」と言いました。
もらう側の人は、【先に食べるべきもの】という意図で、「みかん or りんご ?」と考えました。
前者の場合、&の意図なので「みかん 及び りんご」と言うことができます。
後者の場合、orの意図なので(意図が異なるので)「及び」を使うことはできないわけです。
「みかん あるいは りんご ?」などでorの意図を表現する必要があります。
意図が異なると同じ言葉は使えない、というのは、一度あげましたが、たとえば、次のような例がわかりやすいでしょう。
「太郎は花子に飴をあげた」は、同時に、
「花子は太郎から飴をもらった」という状況を示していることにもなります。
しかし、「あげた=もらった」と置き換えはできません。
同様に、
「みかん & りんご」
「みかん or りんご ?」
と構造的には似ていても、意図が異なるので、&とor の両方に「及び」という言葉は適用できないわけです。

以前述べたこととも合わせると、「視点が異なる」「立場が異なる」「意図が異なる」といったような場合に、「及び」を使って示された文を、orの意味で捉えることができる、ということです。
しかし、「視点が異なる」「立場が異なる」「意図が異なる」のですから、文の意味も異なるのは当然であり、同じ言葉を適用すると誤った表現になってしまう、ということになります。
結論として、次のようにまとめてみます。
『あるひとつの状況を描写する場合、客観的には多様な見方が可能なわけで、その見方、つまり、【視点・立場・意図などが転換されている】ことに気づかないと、「及び」にもorの意味があるかのような誤解が生じる』
ということになると思います。

2.
>そんなことないでしょ?両方に電池回収所が存在する事を示しただけでなぜ両方に行かなければならないのですか?

「この時限爆弾を解除するには何色の線を切るべきですか?」
「赤色の線と緑色の線!(赤色の線、および 緑色の線!)」と言われたら、両方切らなければ爆発してしまうのと同じです。>

 ん~理論の限界でしょうか?確かに時限爆弾ならそうなる訳ですが、電池回収所に両方行かなければ爆弾が爆破すると言っているように聞こえます。

え~っとですね。
まず、「両方に電池回収所が存在する事を示しただけで」という認識が違っているのです。
『【行くべき場所は!】両方。
と答えたら、両方に行かなくてはいけなくなります。』
と述べましたが、より正確に言うと、
「市役所とコンビニの両方にいくべきです。と答えたら、両方に行かなくてはいけなくなります。」という意味です。
まあ、わかりやすいほうの例を採用していただけばよいわけですから、これはもういいでしょう。
時限爆弾の例をご理解いただいたようなので、それで十分です。

3.
>ではこうは考えられないでしょうか?「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」という想像力は働かないでしょうか?

そういう用語もおそらくあるでしょうね。
ただ、「及び」に関しては違います(と、わたしの感覚では、かなりの確信を持って言える、と考えます)。

4.
>たしかご自身は「一般人はみな「及び」=「両方」で統一認識している」と言わんばかりの表現をしていたように記憶してますが?

一般人はみな、というか、殆んどの人は、という意味にお考えください。

5.
> まあ確かに私の直観でもありますし無意識的にそう思い込んでいたのは事実ですが、その感覚の理由を述べれば3や5の見解という事になりまかね?

『 それは3に書いたように「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」と予測出来るからです。』
ということですね。
では、「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」と予測した根拠はなんですか?
結局、自分の感覚、ということになると思いますから、答えていただく必要はありませんが、わたしの言っている意味が伝われば結構です。

6.
>つまり簡単に言うと「自分の【及び】という認識は他者の【及び】の認識と同じだ」と錯覚しているということでしょうか?

たしかに、殆んどの他者と同じだと思っていることになりますね。
ただ、錯覚ではなくて事実だと思います。

7.
>横道にそれるのを嫌がるのであれば原子力村に閉じこもっているのとあまり違いはないと思います。かといって横道にそれるのが100%良いという意味でもないです。

それは大いに同意しますよ。
しかし、的を外しては何もならないと思います。
外す値打ちのあるような外し方でなければ不毛でしょうね。
「100%良いという意味でもないです」ということで、一応安心しましたけどね。
「誤用」に関しても、不備があるかもしれませんが、一応の定義は示したわけですし、まあ、そのへんはご理解ください。

8.
>>「そうした共通の認知が必要と考える人々」=「正しいと認知」と言いたいわけですよね?
言っている意味がわからないのですが・・・どういう意味ですか?

「誰が正しいと認知しようとするのか」と言えば、お互いに共通の意味に基づいて会話を通じ合わせたい、と考える人々、といった意味です。>

 そんな馬鹿な!だったら英語の意味が分かってない人同士が「海」の事「海」という用語で認識していて、ふと海辺に居る外国人が見えて声も聞こえてるとして、その外国人が海に指さして「sea」と言った場合その「sea」という言葉を使うのは誤用なのか?そんな馬鹿な話があってたまるか!

<「正しいと認知されている定義とは異なる定義に基づいて、ある表現をすること」
と誤用を定義できるのかな、と思います。
誰が正しいと認知するのか、とおっしゃると思いますが、それは、「そうした共通の認知が必要と考える人々」とでもいうことになりましょうか。>
とわたしが述べた箇所に関してですね。
「sea」と言う場合、「sea=海」という翻訳が可能ですから、
「正しいと認知されている定義とは異なる定義に基づいて」ある表現をしていることにはなりません。
「お互いに共通の意味に基づいて会話を通じ合わせたい」と考えれば、「sea」の意味を外人に尋ねれば良いわけです。
しかし、その外人が海を指して「川」と日本語で言っていたら、それは誤用だよ、と教えてあげなければなりません。
「共通の認知が必要」と判断するならば、ということですが。
外人が海を川と言おうが俺らには関係ねえ、と考えるのであれば、誤用だなんだと余計なことを言う必要はないわけです。

9.
> そりゃno.25を見た人は確かに「両方だろうか、一方だけだろうか?」と感じる人はまずいないと思いますが、見てない人や意味が分からないまま、まかり通ってきた人からしてみたらどうなるのでしょうか?という意図です。

まあ、日本語は曖昧ですから、なし崩し的に意味が通じる部分はありますから。
しかし、本来の意味で使ったほうが、違和感なく解釈できたり、スムースに相手に伝わったりする確率は圧倒的に高くなります。
海を川と言う人同士の間では逆に違和感を与えてしまうことになりますが、これは、どちらを取るか、という選択の問題になるでしょうね。

10.
< だから「その人が誤用している」っていうのがhakobuluさんの勝手な決め付けでしょ?

まあ、そう言いたければ言ってもいいですが、お互い様じゃないでしょうかね。>

どうですかね?それは分かりません。

誤用じゃないというのは決め付けじゃない、という根拠を示せる、という意味ですか?

11.
>!?私は繰り返す意図は無かったんですが、hakobuluさんが同じ事を言うので結果繰り返しになっているように見えるということだと思いますよ・・・

繰り返したかどうかは瑣末な問題ですから蒸し返しませんが、
「誤用になる、という事実がある(と、わたしの感覚では思う)」と言っているだけです。
進展云々ではなく、そのわたしの見解をどう判定するか、という問題です。
この2行の意味が伝わっていれば結構です。
  
12.
> ですから繰り返しになりますが、それがorが含まれているという見解につながらないのだろうか?と問うているわけです。

1で述べたのでいいでしょう。
  

投稿日時 - 2012-10-23 17:12:45

補足

1<あげると発言した人の場合、【食べることが可能なもの】という意図で「みかん & りんご」と言いました。
もらう側の人は、【先に食べるべきもの】という意図で、「みかん or りんご ?」と考えました。
前者の場合、&の意図なので「みかん 及び りんご」と言うことができます。
後者の場合、orの意図なので(意図が異なるので)「及び」を使うことはできないわけです。
「みかん あるいは りんご ?」などでorの意図を表現する必要があります。>

 これは正確な意図の説明でしょ?それは理解もしましたし納得もしましたと再三言っています。本当に分かりやすく書いて頂いてありがとうございます。どういう風に言えば上記の<>で括った部分が理解し納得できたという事が伝わるんでしょうか?

2<しかし、「あげた=もらった」と置き換えはできません。
同様に、「みかん & りんご」「みかん or りんご ?」
と【構造的には似ていて】も、【意図が異なる】ので、&とor の両方に「及び」という言葉は適用できないわけです。>

 重々理解しましたよ。以前から理解していると言っているのになぜそこを言ったのか良く分からないのですが、それは正式な意味合いでという意味で理解できました。と数回述べている筈ですが伝わってなかったですかね?
しかしながら【】で括った部分で考えると構造的に似ていて意図が異なるのであれば同類にすることも可能ではないのだろうか?と思う訳です。

3<結論として、次のようにまとめてみます。
『あるひとつの状況を描写する場合、客観的には多様な見方が可能なわけで、その見方、つまり、【視点・立場・意図などが転換されている】ことに気づかないと、「及び」にもorの意味があるかのような誤解が生じる』
ということになると思います。>

 これも結果的に【正式な意味では】ということでしょ?
であれば逆に聞きますが『「及び」という意味は【視点・立場・意図などが転換さる】とorの意味に捉える事も可能である』と言えませんか?

4<『【行くべき場所は!】両方。
と答えたら、両方に行かなくてはいけなくなります。』
と述べましたが、より正確に言うと、
「市役所とコンビニの両方にいくべきです。と答えたら、両方に行かなくてはいけなくなります。」という意味です。
まあ、わかりやすいほうの例を採用していただけばよいわけですから、これはもういいでしょう。
時限爆弾の例をご理解いただいたようなので、それで十分です。>

 <これはもういいでしょう>・・・怪しいな~凄く臭います。まああまりこの辺を責めたところで罪悪感が残るだけなので疑問という形で書かせて頂きますが
ご自身の理屈で言うと「市役所とコンビニの両方にいくべきです。」というのは「いくべきです」が含まれるから「両方に行かなくてはいけない」という意味になるという話ではないのでしょうか?
あまり人を責めるのは趣味ではないのですが責める事でしか事実を言わない人であれば多少責めてみるというのが私の悪い癖でありまして、あまりこのようなやり方は好きではないので嫌なら答えなくても結構です。

5<>ではこうは考えられないでしょうか?「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」という想像力は働かないでしょうか?

そういう用語もおそらくあるでしょうね。
ただ、「及び」に関しては違います(と、わたしの感覚では、かなりの確信を持って言える、と考えます)。>

「というのは何故ですか?」と聞くと「経験上」とか「感覚」という事でしたね、まあそれ以上その根拠を答えられないのであればそういう事でよいです。

6<殆んどの人は、という意味にお考えください。>

 ネット辞書で調べましたが
・大多数・大部分・ 全部とはいえないが、それに近い程度に・
という事ですが、それは「及び」の意味をある程度正確に知っている人を含めるわけですか?もしそういう意味であれば可能性はあると思いますが、そうでなければその可能性は7に書いたように低いと予測します。

7<では、「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」と予測した根拠はなんですか?>

 そのような表現でコミュニケーションをしても齟齬が発生し難い場合が殆どだからです。
例えば「A及びBをプレゼントします。」と言われてAだけ貰ったとします。景品をあげる側からすれば片一方だけ貰われても殆ど損がないからです。なので景品で片一方を貰ってい行った人に対してわざわざ「両方持っていかなければいけませんよ」と言うスーパーやコンビニなどは少ないと考えられます。
「!#$%&ってどういう意味かな?」と聞いて「A及びBじゃないかな?」と言った場合、たとえ本来の意味が「AとB両方可能性がある」という意味であったとしても、言った側や言われる側が本来の意味を知らないで使っているなら「AかB」という意味で使っている可能性もありえるし「AとB」と捉えている可能性もあるわけです。
 例え発信側が「及び=and」という意味を知っいて受信者側が「orかand」のどちらかだろうと考えていた場合「!#$&」の本来の意味がandであろうがorであろうが受信者側が「!#$%&」を見たり聞いたりしても結果「AとB」or「A」or「B」or「AとB以外」以外を見たり聞いたりするわけですから「AとB」or「A」or「B」は「andかor」の意味で捉えているので齟齬は生じません。また「AとB以外」であったとした場合「なんだAでもBでもないじゃないか!?」と思って終わりです。
 逆に発信側が「AとB」もしくは「AかB」という意味で発言し受け手側が「AとB」と受け取った場合受け手側は「AとB両方可能性がある」と受け取るわけですから結果「!#$%&」がAであろがBであろうが齟齬は生じてない事になります。
 発信者及び受信者両方が同じ意味に捉えていた場合は言わずとも分かると思いますが齟齬は生じないわけです。
 結果、正式な意味を知っていようが知っていまいが齟齬が生じ【難い】と考えられます。それが「その表現を使う段階で間違いに気づき【難い】一般的な用語」と予測した根拠です。

8<たしかに、殆んどの他者と同じだと思っていることになりますね。>

 やっぱりね~そんなところだと思いましたよ

9<ただ、錯覚ではなくて事実だと思います。>

 まあ事実か錯覚かはどうでもよい話ですが事実と認めるのは時期尚早・・・でもないかな?インターネットが普及した分大分「及び」辞書的もしくは法令的認識が広まったかもしれないので、辞書或いは法令用語的な意味を正しいと思いこんでいる人が多くなったのかもしれません。

10<外す値打ちのあるような外し方でなければ不毛でしょうね。>

 まあ言えてますけど、外す値打ちがあると思って外す人は意外に少ないと思います。

11<「sea=海」という翻訳が可能ですから・・・>

 !?じゃあ翻訳不可能なら誤用というわけですか?そんなアホな話があってたまるものか!

12<「正しいと認知されている定義とは異なる定義に基づいて」ある表現をしていることにはなりません。
「お互いに共通の意味に基づいて会話を通じ合わせたい」と考えれば、「sea」の意味を外人に尋ねれば良いわけです。
しかし、その外人が海を指して「川」と日本語で言っていたら、それは誤用だよ、と教えてあげなければなりません。>

 そりゃそうだけど、私の言っているのは英語を知らない日本人同士が外人に対して、A君:「No!No!No!No! それは 『シー』ではありません『海』わかりますか?『う』『み』分かりますか?」(No、Yes位は知っているとしての話ですよ)
で外国人から「『uumii』? What do you maen by 『uumii』?」と言われてA君:「こいつ何言ってんだ?頭おかしいのか?海指して「シー」とか言ってるし?意味わかんねーよ・・気持ち悪いな・・・確実に誤った言葉使ってるよな?」、B君:「うん、ちょっと頭イカレてるんじゃねーか?」、C子さん:「話が私たちと通じないのよ、頭おかしい人と喋るのやめようよなんか気持わるいよ」、A君B君「うん、そうだな行こ行こ」すたすたとその場を立ち去った。その後外国人が「What's!?」と思った。
となった場合はという意味であって、その場合英語を知らない日本人同士の喋った日本語の「海」が正しくて英語の「sea」は正しくないのか?という意味です。

13<「共通の認知が必要」と判断するならば、ということですが。>

 ということで12に書いたように「共通の認知が必要」と判断して喋りかけた訳ですが12の例の場合英語の「sea」は誤用になるわけですか?そんなアホな?と言ってるわけです。

14<まあ、日本語は曖昧ですから、なし崩し的に意味が通じる部分はありますから。>

 でしょ? ここは見解が一致しました、あ~よかった

15<しかし、本来の意味で使ったほうが、違和感なく解釈できたり、スムースに相手に伝わったりする確率は圧倒的に高くなります。>

 そうですか?今の時代にそれが言えますかね?ちょっと微妙だと思いますがね?
というのは「漢文の文章が本来使われていた言葉だから漢文で書いた方がスムースに相手に伝わったりする確率は圧倒的に高くなります」の現代バージョンみたいなもので
無論そこまでではないとは思いますが微妙じゃないですか?

文字制限の為お礼欄に続き書きます

投稿日時 - 2012-10-23 22:23:59

お礼

再三回答ありがとうございます。

16<海を川と言う人同士の間では逆に違和感を与えてしまうことになりますが、これは、どちらを取るか、という選択の問題になるでしょうね。>

 「選択の問題」と変えて頂くなら違いを説明していることになりますから理解できます。それは言えてます。

17<誤用じゃないというのは決め付けじゃない、という根拠を示せる、という意味ですか?>

 或る程度は示せます。7に書いてあるので同じ事を2回書く破目になるのは面倒くさいので書きませんが示せますよ。示せる限りという限界は出てくると思いますがね

18<進展云々ではなく、そのわたしの見解をどう判定するか、という問題です。>

 ああそういう意味ですか、なんとなく意味がわかりました。結局「感覚の説明は限界に来てる」という感じですかね?まあそれならそれで聞きません。それ以上答えられない人に無理に答えて貰うのも罪悪感を感じますからやめます。

投稿日時 - 2012-10-23 22:17:31

ANo.31

#27です。

1.
> 簡単に書きますと「丸い鉛筆」と言って話が通じるのと同じようなものです。「丸い鉛筆」をまさか「球体型鉛筆」と思う人は少ないだろうと思う訳です。大抵上から見て丸く見えるから「丸い鉛筆」で話が通るのですがhakobuluさんの言っている事は「【円柱型鉛筆】という表現が本質で【丸い鉛筆】というのは邪道だ!」と言っているように見えるからです。(間違えていたら訂正してもらってもいいです)私の言いたいのは「なんで【丸い鉛筆】という表現がなんで誤用なんだ?」と聞いているのと同じだと思ったら分かり易いかと思います。

これは、非常にわかりやすくて明快な論理でしたね。
珍しく、納得しました。
ただですね、この場合は、【丸い鉛筆】とはどのようなものであるのか、という共通の認識がすでに確立されているからこそ、可能な表現になっているわけです。
&とorの誤用の場合は、「円形の丸い月が出た」という意図で、「円柱のような月が出た」という表現をするようなものだ、ということです。

2.
>2度言うのは面倒です。

意見が一致しましたね。

3.
>hakobuluさんの感覚を聞いているわけではないのですから、疑問は相当湧きますよ。

何度も言うのは面倒です、と言ってもよいのですが、一応繰り返しますと、わたしは、あくまでわたしの個人的な感覚にもとづいて回答しています。
学問的根拠はお示しできないので、そうならざるを得ないわけです。
疑問が湧くのはご自由です。

4.
<海を川と呼ぶと信じこんでいる人は、海を海と呼ぶ人とコミュニケーションはとれません。
それだけのことであって、どちらがどうとかいう問題ではありません。>

 <それだけのこと>なのであれば「誤用」とか「間違いだ」という表現も誤用だと思うのですが?

ですから、海を川と呼ぶ人にとって、「海を海と呼ぶ人とコミュニケーションは必要ない」と思えば、誤用だの間違いだの言う必要はない、と何度も言っています。
そもそも、
『つまり私の質問は「AおよびB」という文面が出てきた場合どのよな判断が国語的に正しい判断になるのか?という質問です。』
という質問をしておきながら、そういうことを言うのはいかがなものでしょうかね。

5.
<現在生活している社会において、なにが「正しいと認知されている定義」なのか?ということについての認識の違いです。>

そう言われれば多少は受け入れますが、「間違えだ」とか「絶対的に」とかは言えないでしょう?

言えますけど、意味は同じですから、お好きなほうで解釈なさってください。

6.
<teientさんも、海を海と呼ぶ社会に住んでいるはずだと思うので、わたしはわたしの感性にもとづいてわたしの認識を述べているわけです。>

 だったらそういう【違い】を述べればいいわけで「誤用」とか「絶対的」とか「間違い」とかは時期尚早だったのではないでしょうか?

おっしゃる意味がちょっとわかりづらいのですが、特にそうは思いません。
『そういう【違い】を述べればいい』というのは、「何の違いを述べればいい」という意味でしょうか。
『「正しいと認知されている定義」なのか?ということについての認識の違い』を指しているわけではありませんよね。
わたしは&が正しいと認知されている定義だと思っていますし、
teientさんはorの意味も含めるのが正しいと認知されている定義だと思っていますから、
この違いは散々言い合ってきたわけですしね。
理解不足で申し訳ありませんが、ちょっとおっしゃる意味が不明でした。

7.
<わたしのほうこそ海を川と呼ぶ人種ではないのか、という疑念が生じることもあると思いますが、そう思うのは個人の自由だと思います。>

 ここまでくれば大分私の言っている事も理解して頂けましたか?

teientさんのおっしゃりたいことは元から理解しているつもりです。その上で、そのお考えに反論してきたわけですし。

8.
<彼女に対して「ダイヤの指輪及び金のネックレスをあげる」と約束したら両方あげる必要が絶対的にありますよ>その【絶対】という言葉がhakobuluさん自体に暗示が掛かっている証拠になるかと思います。

まあ、暗示というか確信に近い(むろん、わたしの感覚に基づく)見解、といったところでしょうね。
そうでなければ、絶対的とか、あり得ない、とかいった表現は使わないことにしているので。
むろん、人間の言うことにはすべて、「~と思う」という意味が付与されますから、その意味での絶対はあり得ないわけですが、確信の度合いを示しているという程度にご理解いただければ、と思います。
     

投稿日時 - 2012-10-23 01:24:22

補足

1.> 簡単に書きますと「丸い鉛筆」と言って話が通じるのと同じようなものです。「丸い鉛筆」をまさか「球体型鉛筆」と思う人は少ないだろうと思う訳です。大抵上から見て丸く見えるから「丸い鉛筆」で話が通るのですがhakobuluさんの言っている事は「【円柱型鉛筆】という表現が本質で【丸い鉛筆】というのは邪道だ!」と言っているように見えるからです。(間違えていたら訂正してもらってもいいです)私の言いたいのは「なんで【丸い鉛筆】という表現がなんで誤用なんだ?」と聞いているのと同じだと思ったら分かり易いかと思います。

これは、非常にわかりやすくて明快な論理でしたね。
珍しく、納得しました。
ただですね、この場合は、【丸い鉛筆】とはどのようなものであるのか、という共通の認識がすでに確立されているからこそ、可能な表現になっているわけです。
&とorの誤用の場合は、「円形の丸い月が出た」という意図で、「円柱のような月が出た」という表現をするようなものだ、ということです。>

 ・・・ものすごく考えましたが全然わかりませんでしたので聞きますが<&とorの誤用の場合は、「円形の丸い月が出た」という意図で、「円柱のような月が出た」という表現をするようなものだ、ということです。>というのが何をいいたいのか全然理解できなかったです。理解できる人には理解できるのでしょうが、私目にはなにがなんだかさっぱり分からないです?どういう意味でしょうか?

2.>hakobuluさんの感覚を聞いているわけではないのですから、疑問は相当湧きますよ。

何度も言うのは面倒です、と言ってもよいのですが、一応繰り返しますと、わたしは、あくまでわたしの個人的な感覚にもとづいて回答しています。
学問的根拠はお示しできないので、そうならざるを得ないわけです。
疑問が湧くのはご自由です。>

 個人的な感覚はよろしいのですが、そこが論点ではないわけでご自身がおっしゃっているニュアンスは「結果最終的には私の感覚が正しいと思います」と聞こえるわけです。ならば「なぜ正しいとお感じになられるのですか?」という疑問が湧いて当然ではないでしょうか?「ああhakobuluさんの感覚が正しいのか!へー」と思う人はおおよそhakobuluさんの回答の仕方に誘導されてそう思い込んでいる人ということになると思います。しかしながら私は「ああhakobuluさんの感覚が正しいのか!へー」とまで行ってないので「なぜですか?」と聞いている訳です。面倒くさいので注釈しておきますが「それは私の感覚です」という回答を求めている訳ではないですよ。

4.><海を川と呼ぶと信じこんでいる人は、海を海と呼ぶ人とコミュニケーションはとれません。
それだけのことであって、どちらがどうとかいう問題ではありません。>

 <それだけのこと>なのであれば「誤用」とか「間違いだ」という表現も誤用だと思うのですが?

ですから、海を川と呼ぶ人にとって、「海を海と呼ぶ人とコミュニケーションは必要ない」と思えば、誤用だの間違いだの言う必要はない、と何度も言っています。>

 これはno30の補足に外国人の例で書いたのでよいでしょう。そういう事を疑問にしているわけではないというのがおわかりになると思います。

5.>そもそも、
『つまり私の質問は「AおよびB」という文面が出てきた場合どのよな判断が国語的に正しい判断になるのか?という質問です。』
という質問をしておきながら、そういうことを言うのはいかがなものでしょうかね。>

 「いかがなものか」と言われてもね~そればっかりは個人の判断になるわけで私ではなんとも言いようがないです。
あくまで私の【国語的】意味と言うのは以前も説明しましたが、【日本語を利用する人的に】と同義であるわけです。無論、理論的な発言もよし、国語の辞書的意味を書くのもよしですが、あくまで私の【国語的】というのはイコール【日本語を利用(利用するといのは聞いてなんとなく理解している人も含みますので発言者onlyではありません)する人的に】と捉えて頂くといいと思います。幅は広くなりましたがそのような感じで質問させて貰っています。なのでそこで疑問点や矛盾点があれば聞きたくなるというのが心情でありまして・・・それをとやかく言われてもなんと返答してよいやらわかりません。

6.><現在生活している社会において、なにが「正しいと認知されている定義」なのか?ということについての認識の違いです。>

そう言われれば多少は受け入れますが、「間違えだ」とか「絶対的に」とかは言えないでしょう?

言えますけど、意味は同じですから、お好きなほうで解釈なさってください。>

 じゃあ【違い】と解釈させてもらいます。しかしながら「間違い」「絶対」「誤用」というのはちょっとキツイ言い方に感じます。「違う」という意味とほぼ同等に使っているなら出来る限り「違い」を示して頂くとトラブルが無くて済むかと思います。

7.><teientさんも、海を海と呼ぶ社会に住んでいるはずだと思うので、わたしはわたしの感性にもとづいてわたしの認識を述べているわけです。>

 だったらそういう【違い】を述べればいいわけで「誤用」とか「絶対的」とか「間違い」とかは時期尚早だったのではないでしょうか?

おっしゃる意味がちょっとわかりづらいのですが、特にそうは思いません。
『そういう【違い】を述べればいい』というのは、「何の違いを述べればいい」という意味でしょうか。>

 つまりご自身の感性に基づいた認識との違いです。それを私の感性に対して「誤用」とか「絶対」とか「間違い」というのは時期尚早だったのではないでしょうか?という意味です。
また意味の分からない文句を言われそうなので注釈しますが【違い】というのは{【誤用】、【絶対】、【間違い】}=【違い】という発想が私にはないので申しているだけですよ。

8.>『「正しいと認知されている定義」なのか?ということについての認識の違い』を指しているわけではありませんよね。>

ん?ちょっと意味が分かりづらかったのですが辞書や法令用語などの意味としての定義と日本語を利用もしくは聞いている人全てにおいての認識の違いを指しています。

9.>わたしは&が正しいと認知されている定義だと思っていますし、
teientさんはorの意味も含めるのが正しいと認知されている定義だと思っていますから、
この違いは散々言い合ってきたわけですしね。
理解不足で申し訳ありませんが、ちょっとおっしゃる意味が不明でした。>

 ん?散々言い合ってきて意味が分からなかったですか?では再三言いますが【辞書や法令用語などの意味としての定義】としてはhakobuluさんの言っている通りだと思います。そこは理解したつもりです。しかし【日本語を利用もしくは聞く認識全てにおいて】は必ずしもイコールではないのではないでしょうか?とたづねている訳です。

10.><わたしのほうこそ海を川と呼ぶ人種ではないのか、という疑念が生じることもあると思いますが、そう思うのは個人の自由だと思います。>
 ここまでくれば大分私の言っている事も理解して頂けましたか?

teientさんのおっしゃりたいことは元から理解しているつもりです。その上で、そのお考えに反論してきたわけですし。>

 反論されれば「なぜ?」と思ってもおかしくないと思うのですが?なにか不備でもありましたか?

11.><彼女に対して「ダイヤの指輪及び金のネックレスをあげる」と約束したら両方あげる必要が絶対的にありますよ>その【絶対】という言葉がhakobuluさん自体に暗示が掛かっている証拠になるかと思います。

まあ、暗示というか確信に近い(むろん、わたしの感覚に基づく)見解、といったところでしょうね。
そうでなければ、絶対的とか、あり得ない、とかいった表現は使わないことにしているので。
むろん、人間の言うことにはすべて、「~と思う」という意味が付与されますから、その意味での絶対はあり得ないわけですが、確信の度合いを示しているという程度にご理解いただければ、と思います。>

 よくわかりました。しかしながら「どの程度の確信の度合いなのか?」という疑問に「地球は自転してる程の自信がある」みたいな事を言っていましたね?(違えば修正してください)【地球は自転してる程の自信がある】=【日本語を利用もしくは聞く認識全ての人は(辞書、法令用語などを基準に)「及び」を「and、or」などとは勘違いしてないだろう。勘違いしていてもごく稀であり1000万人に1人とかそれ位だろう】位の意味でしょうか?

投稿日時 - 2012-10-23 14:29:19

ANo.30

#26です。

1.
> なんで一つの用語には一つ(だけ)の定義が必要なんですかね?英語なんか日本語に直すと3つ位の意味があったりしますし、逆に外国人からすれば「はし」という意味は「箸」と「端」、「橋」という3つ意味が出てきますよ。ちょっと言っている意味が分からないです。

そういう意味ではありません。
「箸」という字の意味が、ある人にとっては「橋」という意味だったら困るでしょ、という意味です。

2.
>理由を聞いるわけで「teientは感覚性を聞いているわけじゃないんだな」となんで暗黙に理解できないのか不思議ですw

いや、ですから、理由が感覚なんです、と申し上げています。
学問的根拠はない、という正直な回答をしているわけです。
teientさんも、なぜと聞かれて、それはわたしの感覚です、としか言えないことはあるでしょう。
その時に、感覚を聞いているんじゃない、理由を教えてくれ、と言われても困りませんか?

>私が問いているのは「及び」と「もしくは」などは近似値を取るから世間的に混同する人が出てくる可能性が高いのではないだろうか?という推測が普通は無意識にでも理解できるわけです

そこが大事なところで、実は要点なんですよね。
ですから、そのように「混同」してしまうとすれば、その原因はなぜか?ということについて、殆んどの字数を費やして今まで述べてきたわけです。
なぜかというと、その見解を聞いて、「あ、そういうことだったのか」と気づく場合もありますし、そうすれば根本的な解決につながるからです。
なので、「財布および時計を購入した」を「買ったのは財布だろうか?時計だろうか?」と「世間的に混同する人が出てくる可能性は低い」というのがわたしの印象ですし、学問的根拠はありませんが、おそらく事実だろうと思います。

>なぜ「間違いやすい」と分かっているのに混同して間違えてコミュニケーション取っているとは思えないと確信しているのか?と聞いているわけです。

「間違いやすい」が、「その表現を使う段階で間違いに気づくのが一般的な用語」のひとつになると思うだからです。

>宇宙人否定派はその根拠としてと(とりあえず)言うのが「科学的にあり得ないからだ」とか「偶然の産物で生まれたのが地球人なんだから他はあり得ない」というような理屈だと話を聞いていて思いました。
つまり宇宙人は存在しないと豪語する人にもそれなりの理由があって言っているみたいです。私からしてみれば子供騙し見たいな理屈に聞こえますが彼らは彼らなりにその理由を述べたつもりでいるわけです。その理由を聞いているのであってhakobuluさんの感性が「そうだと感じるから」というのは以前から分かっていると申しているわけでその確固たる絶対的感覚が派生する理由は何故なのか?というのを聞いているわけです。

「科学的にあり得ないからだ」
「偶然の産物で生まれたのが地球人なんだから他はあり得ない」
という程度のことが理由になるのであれば、
当初、触れていたのと同じ意味でもありますが、「文法的にあり得ないからだ」の一言で済むんじゃありませんか?
そのように言ってもいいですが、なぜ文法的にあり得ないと思うのかといえば、それはわたしの感覚が根拠になってますよ。
総括でも書いたことを覚えていると思いますが、辞書の解説をわたしの感覚で解釈すると、「文法的にあり得ない」となるわけです。
そこで、teientさんは、「感覚でなく理由を言え」とまた言うに決まってますよね?
いつまで、これを繰り返すわけですか?不毛でしょ?
最初に、辞書的には「及び=また」なのだから「及び=または=or」という意味に解釈してもいいはずだ、という意味のことをおっしゃっているわけですから、
逆の意味で言うと、teientさんは、「文法的にあり得る」と思っているわけですよね。
その根拠はなんですか?
ご自身の感覚じゃないんですか?
なぜ「文法的にあり得る」と思うのか理由を言ってくれ、と言われたらなんと答えますか?
まあ、答えようのないことを答える必要はありませんが、「自分の感覚としか言いようがない」とい結論にならざるを得ないのではないでしょうか。

>hakobuluさんの感性が「そうだと感じるから」というのは以前から分かっていると申しているわけでその確固たる絶対的感覚が派生する理由は何故なのか?というのを聞いているわけです。

ひょっとして、「確固たる絶対的」という表現に拘っていますか?
それであれば、「及び」という表現の、わたしの過去の使用経験に対する自信とでも言うしかないでしょうね。

>>「通用する」というのはどういう意味で言っているんですか?
「独断」とおっしゃいますが、それをどのように定義しているのですか?
とわたしがいちいち質問してもいいのですか?>

 別にかまいません。

独断の定義がなくても、今回の質疑の内容に何の影響もないことが明らかだということは理解なさっていますか?
そういう無駄なこともやることに異議はない、とおっしゃっていることになりますが、コミュニケーションのスタイルがわたしとは違うようですね。
わたしは無用な横道にそれることは好みません。

>例えば赤ん坊に対して「てめー日本語喋れ!なに「バブバブ」言ってんだ?言ってる意味がわかんねーんだよ!一般市民と同じような感覚で言葉しゃべれ!」と赤ん坊に言っても無意味ですし、「バブバブ」と喋るのは赤ん坊の勝手です。
何が言いたいのかと言うと標準語だろうが方言だろうが英語だろうが中国語だろうが意味が通じなくて何が悪い?と言ったところです。

同じことの繰り返しになってしまいますが、だれも悪いとは言っていません。
ただ、赤ん坊と大人の間で言葉を理解することはできませんよ、と言っているだけです。

>そりゃまあ180度違うベクトルで話してるなら或る意味誤用という表現も可能かと思いますが「あなた=I」程離れてはいないのではないでしょうか?と述べています。

同じ程度と言って差し支えないほどに離れています。

>>今のところは、
「正しいと認知されている定義とは異なる定義に基づいて、ある表現をすること」
と誤用を定義できるのかな、と思います。
誰が正しいと認知するのか、とおっしゃると思いますが、それは、「そうした共通の認知が必要と考える人々」とでもいうことになりましょうか。>

「そうした共通の認知が必要と考える人々」=「正しいと認知」と言いたいわけですよね?
言っている意味がわからないのですが・・・どういう意味ですか?

「誰が正しいと認知しようとするのか」と言えば、お互いに共通の意味に基づいて会話を通じ合わせたい、と考える人々、といった意味です。

>>他人と同じ認知は必要ない、という人には及びがどんな意味であろうが、関係ないはずです。>

 いやそんなこともないですよ、参考書の認識やら本で「及び」使われたりすると今後どうしようかと思ってしまいます。

それは、「他人と同じ認知は必要だ」とお考えになっているからでしょう。

>暗黙の意図が「及び」と「もしくは」を使い分けている人と殆ど同じに感じている人(数人の単位では無いです数万数十万の単位は楽に居るのではないかと推測されます)が結構いるのではないでしょうか?

#25をごらんになった後は、理解していただいたと思います。
「みかん および りんご をあげます」と言われて、「両方だろうか、一方だけだろうか?」と感じる人は、まずいません。

> だから「その人が誤用している」っていうのがhakobuluさんの勝手な決め付けでしょ?

まあ、そう言いたければ言ってもいいですが、お互い様じゃないでしょうかね。

> まずなんで誤用を認めなければならないのか分からないし、誤用であるならそれなりの理由を述べてくださいと言っているのに「私の感覚」とかでは進展は薄いですよ。

これも繰り返しになってしまうのですが、誰も認めなければならない、とは言っていません。
「誤用になる、という事実がある(と、わたしの感覚では思う)」と言っているだけです。
進展云々ではなく、そのわたしの見解をどう判定するか、という問題です。

> なぜですか?両方なら自転車走行してる存在と歩行してる人が混合しているか自転車を手で押して歩くかのどちらかでしょ?なんでそこに片一方でも良いという見解が含まれるのですか?含まれた時点でご自身の理論が破綻してると思うのですが?

「そこにある、みかん と りんご、どちらも食べていいですよ(両方、食べることが可能ですよ)」と言われた場合、必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならないのと同じです。

>一方は、
>「行くべき場所はどこですか?」と尋ねているわけです。
【行くべき場所は!】両方。
と答えたら、両方に行かなくてはいけなくなります。>

 そんなことないでしょ?両方に電池回収所が存在する事を示しただけでなぜ両方に行かなければならないのですか?

「この時限爆弾を解除するには何色の線を切るべきですか?」
「赤色の線と緑色の線!(赤色の線、および 緑色の線!)」と言われたら、両方切らなければ爆発してしまうのと同じです。

>つまり「A及びB」のみはandの意味のみで他の状況や文全体が含まれるとandやorに変貌すると言いたいわけですね。なるほど合点行きました。

いままで説明してきた甲斐があります。

回答が重複する項目に関しては省いています。
  

投稿日時 - 2012-10-23 00:00:11

補足

1・>「箸」という字の意味が、ある人にとっては「橋」という意味だったら困るでしょ、という意味です。>

 ようやくわかりました。まあこの辺は理解したのでよいでしょう。

2・>「そこにある、みかん と りんご、どちらも食べていいですよ(両方、食べることが可能ですよ)」と言われた場合、必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならないのと同じです。>

<必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならない>のであればorが含まれている事になるでしょ?否orが含まれる表現になっている事になると思うのですが?

>そんなことないでしょ?両方に電池回収所が存在する事を示しただけでなぜ両方に行かなければならないのですか?

「この時限爆弾を解除するには何色の線を切るべきですか?」
「赤色の線と緑色の線!(赤色の線、および 緑色の線!)」と言われたら、両方切らなければ爆発してしまうのと同じです。>

 ん~理論の限界でしょうか?確かに時限爆弾ならそうなる訳ですが、電池回収所に両方行かなければ爆弾が爆破すると言っているように聞こえます。
私は「そんなわけないでしょ?」と言っているのに「いや両方行かなければ爆発する」と言われれば「可能なかぎり、矛盾ではないことをわかっていただけるよう説明したいと思いますし、むろん、訂正すべき点は訂正したいと思います。
そうした意味での変なプライドは全く持ち合わせていませんので、そこは大丈夫なはずです。」と以前言われてましたが本当に変なプライドは持ち合わせていないのでしょうか?・・・・

3・>>なぜ「間違いやすい」と分かっているのに混同して間違えてコミュニケーション取っているとは思えないと確信しているのか?と聞いているわけです。

「間違いやすい」が、「その表現を使う段階で間違いに気づくのが一般的な用語」のひとつになると思うだからです。>


 <「間違いやすい」が、「その表現を使う段階で間違いに気づくのが一般的な用語」のひとつになると思う>
!びっくり仰天です。「間違いやすい」と思っているのに「その表現を使う段階で間違いに気づくのが一般的な用語」だと思っているから「確信がある」と言ってきた訳ですか・・・・
ではこうは考えられないでしょうか?「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」という想像力は働かないでしょうか?
単純にhakobuluさんが「そう思っている、辞書的にもそういう意味だと思う」事を「絶対」とか「確信がある」と言っているのであれば「ああそうですか」という話で終わりですが
たしかご自身は「一般人はみな「及び」=「両方」で統一認識している」と言わんばかりの表現をしていたように記憶してますが?あれはそういう意味ではないということでしょうか?ご自身の見解が「絶対」「確信」ということですか?それなら納得できます。

4・>「科学的にあり得ないからだ」
「偶然の産物で生まれたのが地球人なんだから他はあり得ない」
という程度のことが理由になるのであれば、
当初、触れていたのと同じ意味でもありますが、「文法的にあり得ないからだ」の一言で済むんじゃありませんか?
そのように言ってもいいですが、なぜ文法的にあり得ないと思うのかといえば、それはわたしの感覚が根拠になってますよ。
総括でも書いたことを覚えていると思いますが、辞書の解説をわたしの感覚で解釈すると、「文法的にあり得ない」となるわけです。>

 再三書いていると思いますが
その辺は大いに理解しました。その説明を以前されたときに理解した事は示したと思います。否・・・100%ではないですね、まだ違和感があるのでそこも今は聞いてますね、忘れてましたw

5・>逆の意味で言うと、teientさんは、「文法的にあり得る」と思っているわけですよね。
その根拠はなんですか?>

 それは3に書いたように「間違いやすい」から「その表現を使う段階で間違いに気づき難い一般的な用語」と予測出来るからです。

6・>ご自身の感覚じゃないんですか?>

 まあ確かに私の直観でもありますし無意識的にそう思い込んでいたのは事実ですが、その感覚の理由を述べれば3や5の見解という事になりまかね?

7・>ひょっとして、「確固たる絶対的」という表現に拘っていますか?
それであれば、「及び」という表現の、わたしの過去の使用経験に対する自信とでも言うしかないでしょうね。>

 その理由で「hakobuluさん以外の人もそう思っているだろう」と思っているのですか?やはり自己同一視を他の人に求めてると言ったところですか?
つまり簡単に言うと「自分の【及び】という認識は他者の【及び】の認識と同じだ」と錯覚しているということでしょうか?

8・>独断の定義がなくても、今回の質疑の内容に何の影響もないことが明らかだということは理解なさっていますか?>

 独断の定義がなくては質疑応答に影響が出てくる場合もあれば無くても影響の無い場合もあると思います。

9・>そういう無駄なこともやることに異議はない、とおっしゃっていることになりますが、コミュニケーションのスタイルがわたしとは違うようですね。>

 そうでしょうね100%同じには見えませんね。

10・>わたしは無用な横道にそれることは好みません。>

 必ず無用だとは思いません。無論無用になってしまう場合もあるとは思いますが原子力村というのがありましたが、あれは原子力に対する見解のみを中心に組織された村です。しかし結局福島原発は破綻しました。
なぜでしょうか?それは原子力という筋に従うのみだったからです。違った角度から物事を見る事に重要性があることを証明した瞬間だと私は思いました。そういう意味でも時間はかかるかもしれませんが横道にそれるというのが100%無意味だとは思いません。
好む好まないは自由ですが無意味かどうかは別の話になると思います。横道にそれるのを嫌がるのであれば原子力村に閉じこもっているのとあまり違いはないと思います。かといって横道にそれるのが100%良いという意味でもないです。時間が掛かるわけですから時間短縮のみ目的とするなら破綻するリスクは同時に発生しますが成功した場合時間短縮にはなるでしょう。
例えるなら猛スピードで自動車を運転すれば時間短縮は果たせる可能性は高まりますが同時に事故のリスクも高まると言っていると思って頂ければ幸いです。

11・>赤ん坊と大人の間で言葉を理解することはできませんよ、と言っているだけです。>

 これも4に書いたのでいいでしょう。以前言われて理解しました。
それとも「理解しました、もうなんてお礼申し上げ良いやら本当に恩に着ます hakobuluさまバンざーい」見たいな感じで言って欲しかったんですか?そうならそう言いますよw

12・>「そうした共通の認知が必要と考える人々」=「正しいと認知」と言いたいわけですよね?
言っている意味がわからないのですが・・・どういう意味ですか?

「誰が正しいと認知しようとするのか」と言えば、お互いに共通の意味に基づいて会話を通じ合わせたい、と考える人々、といった意味です。>

 そんな馬鹿な!だったら英語の意味が分かってない人同士が「海」の事「海」という用語で認識していて、ふと海辺に居る外国人が見えて声も聞こえてるとして、その外国人が海に指さして「sea」と言った場合その「sea」という言葉を使うのは誤用なのか?そんな馬鹿な話があってたまるか!

13・>いやそんなこともないですよ、参考書の認識やら本で「及び」使われたりすると今後どうしようかと思ってしまいます。

それは、「他人と同じ認知は必要だ」とお考えになっているからでしょう。>

 まあ遠い意味ではそうですが対面してるのは参考書と本ですから人では無いです。
「筆者が書いたんだから人でしょ」と言われそうなので予め注釈しておきますが【遠い意味ではそうです】というのが【筆者】という意味ですよ。

14・>#25をごらんになった後は、理解していただいたと思います。
「みかん および りんご をあげます」と言われて、「両方だろうか、一方だけだろうか?」と感じる人は、まずいません。>

 そりゃno.25を見た人は確かに「両方だろうか、一方だけだろうか?」と感じる人はまずいないと思いますが、見てない人や意味が分からないまま、まかり通ってきた人からしてみたらどうなるのでしょうか?という意図です。

15・>> だから「その人が誤用している」っていうのがhakobuluさんの勝手な決め付けでしょ?

まあ、そう言いたければ言ってもいいですが、お互い様じゃないでしょうかね。>

どうですかね?それは分かりません。

16・>これも繰り返しになってしまうのですが、誰も認めなければならない、とは言っていません。
「誤用になる、という事実がある(と、わたしの感覚では思う)」と言っているだけです。
進展云々ではなく、そのわたしの見解をどう判定するか、という問題です。>

!?私は繰り返す意図は無かったんですが、hakobuluさんが同じ事を言うので結果繰り返しになっているように見えるということだと思いますよ・・・

字数制限が来ましたのでお礼欄に続きを書かさせていただきます。

投稿日時 - 2012-10-23 12:32:43

お礼

17・>「そこにある、みかん と りんご、どちらも食べていいですよ(両方、食べることが可能ですよ)」と言われた場合、必ず両方とも食べなければならない、という意味にはならないのと同じです。>

 ですから繰り返しになりますが、それがorが含まれているという見解につながらないのだろうか?と問うているわけです。必ず両方たべなくてもいいなら同時に「みかん か リンゴ どっちを食べても構いませんよ」という意味が含まれるのではないかと言っているわけです。

再三申し訳ありませんが私の言っている事に矛盾があればご指摘ねがいます。

投稿日時 - 2012-10-23 12:34:00

ANo.29

続きだ。もう少し付き合ってくれ。


ざっと読んだ限りでは、たくさん出ている例文は「情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでないもの」として整理できるように思ったよ。ふたつばかし取り上げてみるぜ。


ひとつは、「ご来場の方には、みかん および りんご を差し上げます」だ。こいつぁ開催者の発言だよな。これは、情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでない表現だ。

仮にこれをorとしてしまうと、プレゼントはみかんかりんごかのいずれか片方でも構わないことになるよな。こいつぁ辞書とは逆の意味だ。

不特定または多数の来場を予測している開催者が辞書とは逆の意味を発信することは、来場者の多くが一瞬であれ戸惑うし、クレーム等にもつながるおそれがあるよな(文脈1)。

この文脈から、ここでの「および」については情報の受け手がorでとらえることを想定すべきでないといえるだろうよ。想定すべきでないことから、andの意味に固定されるのが本来だ。

もう少し言うと、「及び」を辞書に載ってるandの意味でとらえる人が多いから、もしもorの意味で使われていたとすれば開催者の意図や期待に反して多数の来場者に戸惑いや混乱を招きうることになるよな。意図や期待に反した結果を招きうることばの使い方は、すべきでないといえるだろ。「情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでない」ってのは、そういう意味だ。

そして、発言者の意図や期待に反した結果を招きうるおそれが小さくない使い方を誤用と位置付ければ、ここでの「および」をorの意味で使うのは誤用といえるよな。発信者自身の期待という基準に反するから誤用といえるってこった。


もうひとつは、「電池回収箱は市役所およびコンビニにあります」という市長の発言だ。これも、情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでない表現だ。

ここでは、市長が発言者、市民は聞き手という文脈を的確にとらえるのがいい。

市長が情報の発信者だから、「電池回収箱は、~にあります」は電池回収箱の設置場所についてアナウンスしていることが分かるよな(文脈1)。

その設置場所として具体的に挙げられているのが「市役所およびコンビニ」だ。仮にこれをorとしてしまうと、設置場所は市役所かコンビニかのいずれか片方でも構わないことになる。でも、市長という地方公共団体の長が辞書とは逆の意味を発信することは、多数の市民に混乱を招きクレーム等にもつながるため通常ありえないよな(文脈2)。

それに、公文書など地方公共団体等の発信する情報の中での「および」はandの意味で用いるよう統一化されている。(文脈3)。

加えて、電池回収という環境美化のための活動はより広くおこなわれるべきものだから、設置場所は多くなってしかるべきといえるよな(文脈4)。

以上の4つの文脈は、いずれもandの意味と整合的だろ。2~4は直接的に整合するし、1は2につながるからこれも整合する。文脈が明らかになるほどに判定をしやすくなるのだから、情報の受け手の大半は「および」がandの意味だと判定する方向に明らかに傾くだろうよ。

つーことは、ここでの「および」については情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでないだろ。想定すべきでないことから、andの意味に固定されるのが本来だ。

そして、もしもorの意味で使われていたとすれば、文脈3を理由として誤用と断定できるぜ。統一基準に反するから誤用といえるってこった。


気を付けてほしいのは、文の解釈のように思える市民の「電池回収箱は市役所orコンビニに【行けば】ある」との判断は、実は文の解釈そのものではないってことだ。

この例文は市長発信だよな。そうである以上、この例文の解釈に文脈1は重要だ。電池回収箱は市役所orコンビニに【行けば】ある」は、受け手である市民が文脈1により市長発言は設置場所のアナウンスだと解釈し理解した上で、自己を中心に置き換えて意味づけしたものだ。市長発言の意味解釈そのものではないよな。ここは、回答者さんも混乱しているように見える部分だ。

もしも、市民が市長発言自体を「電池回収箱は市役所orコンビニに【行けば】ある」と解釈したのなら、誰が誰に対して発言したのかを、つまりは文脈1を的確にとらえられていないってことだ。その結果、市長発言の意味解釈自体と、自己にとっての意味づけとを混同したものと考えられるぜ。


以上、考えを深める足しになりそうなことを言ってみたよ。


ちょいと厳しい表現かもしれねーが、「及び」にorやand/orの意味があると思ってしまうのは、もしかすると、文の意味解釈それ自体と、その解釈から派生して想起される自己ないし受け手にとっての意味づけとを混同した結果かもしれねぇ。あるいは、文脈を的確にとらえられていないためかもしれねぇ。

その視点で、もう一度検討してみてはどうだい。

投稿日時 - 2012-10-22 00:03:59

補足

1・>ひとつは、「ご来場の方には、みかん および りんご を差し上げます」だ。こいつぁ開催者の発言だよな。これは、情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでない表現だ。
仮にこれをorとしてしまうと、プレゼントはみかんかりんごかのいずれか片方でも構わないことになるよな。こいつぁ辞書とは逆の意味だ。
不特定または多数の来場を予測している開催者が辞書とは逆の意味を発信することは、来場者の多くが一瞬であれ戸惑うし、クレーム等にもつながるおそれがあるよな(文脈1)。この文脈から、ここでの「および」については情報の受け手がorでとらえることを想定すべきでないといえるだろうよ。想定すべきでないことから、andの意味に固定されるのが本来だ。>

 まあそうなのかな?多い少ないに関しては確かに金銭面に関する内容であったり、法律に触れるようなものである場合正確に書かなければならないので「両方」=「及び」、「もしくは」=「どちらか片一方」という意味でつかわれるべきだとは思いますが、そうでない場合かならずしもandに固定して使っているのかな?という疑問が残ります。

2・>もう少し言うと、「及び」を辞書に載ってるandの意味でとらえる人が多いから、もしもorの意味で使われていたとすれば開催者の意図や期待に反して多数の来場者に戸惑いや混乱を招きうることになるよな。意図や期待に反した結果を招きうることばの使い方は、すべきでないといえるだろ。>

 まあそれは言えてるとおもいますが・・・

3・>そして、発言者の意図や期待に反した結果を招きうるおそれが小さくない使い方を誤用と位置付ければ、ここでの「および」をorの意味で使うのは誤用といえるよな。発信者自身の期待という基準に反するから誤用といえるってこった。>

 まあ<発信者自身の期待という基準>で言えばそう言えなくもないと思います。

4・>もうひとつは、「電池回収箱は市役所およびコンビニにあります」という市長の発言だ。これも、情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでない表現だ。

ここでは、市長が発言者、市民は聞き手という文脈を的確にとらえるのがいい。
市長が情報の発信者だから、「電池回収箱は、~にあります」は電池回収箱の設置場所についてアナウンスしていることが分かるよな(文脈1)。
その設置場所として具体的に挙げられているのが「市役所およびコンビニ」だ。仮にこれをorとしてしまうと、設置場所は市役所かコンビニかのいずれか片方でも構わないことになる。でも、市長という地方公共団体の長が辞書とは逆の意味を発信することは、多数の市民に混乱を招きクレーム等にもつながるため通常ありえないよな(文脈2)。>

 これはどうかな?<市長という地方公共団体の長が辞書とは逆の意味を発信することは、多数の市民に混乱を招きクレーム等にもつながるため通常ありえない>かどうかは実際のところ分からないのではないでしょうか?まあ可能性としては高いとは思いますが・・・

5・>それに、公文書など地方公共団体等の発信する情報の中での「および」はandの意味で用いるよう統一化されている。(文脈3)。>

 これはたしかにその可能性は高いでしょう。公文書作成で齟齬が起こったら大変だからという推測からおそらく「及び」はandの意味でつかっていると思います。

6・>加えて、電池回収という環境美化のための活動はより広くおこなわれるべきものだから、設置場所は多くなってしかるべきといえるよな(文脈4)。
以上の4つの文脈は、いずれもandの意味と整合的だろ。2~4は直接的に整合するし、1は2につながるからこれも整合する。文脈が明らかになるほどに判定をしやすくなるのだから、情報の受け手の大半は「および」がandの意味だと判定する方向に明らかに傾くだろうよ。>

 そうかな?これだけは同意できません。無論そのような正式な意味を知っていてクレームを出した人とか役所の人から「及び」というのは「両方っていう意味ですよ」と言われた人なら言えてますが・・・

7・>つーことは、ここでの「および」については情報の受け手がorでとらえることを発信者が想定すべきでないだろ。想定すべきでないことから、andの意味に固定されるのが本来だ。>

 役所的にということですか?まあ役所なら在りえなくない話ですが・・・

8・>そして、もしもorの意味で使われていたとすれば、文脈3を理由として誤用と断定できるぜ。統一基準に反するから誤用といえるってこった。>

 まあそういう意味では言えるとは思いますが・・・

9・>気を付けてほしいのは、文の解釈のように思える市民の「電池回収箱は市役所orコンビニに【行けば】ある」との判断は、実は文の解釈そのものではないってことだ。
この例文は市長発信だよな。そうである以上、この例文の解釈に文脈1は重要だ。電池回収箱は市役所orコンビニに【行けば】ある」は、受け手である市民が文脈1により市長発言は設置場所のアナウンスだと解釈し理解した上で、自己を中心に置き換えて意味づけしたものだ。市長発言の意味解釈そのものではないよな。ここは、回答者さんも混乱しているように見える部分だ。
もしも、市民が市長発言自体を「電池回収箱は市役所orコンビニに【行けば】ある」と解釈したのなら、誰が誰に対して発言したのかを、つまりは文脈1を的確にとらえられていないってことだ。その結果、市長発言の意味解釈自体と、自己にとっての意味づけとを混同したものと考えられるぜ。>

 まあそうですねあまりこの辺は異議はないです。

10・>以上、考えを深める足しになりそうなことを言ってみたよ。>

 お気づかいありがとうございます。

11・>ちょいと厳しい表現かもしれねーが、「及び」にorやand/orの意味があると思ってしまうのは、もしかすると、文の意味解釈それ自体と、その解釈から派生して想起される自己ないし受け手にとっての意味づけとを混同した結果かもしれねぇ。あるいは、文脈を的確にとらえられていないためかもしれねぇ。>

 そうなんですよ、そこがあるのではないかと思っているわけです。

投稿日時 - 2012-10-23 15:21:27

お礼

お気づかいありがとうございます。

投稿日時 - 2012-10-23 15:21:56

ANo.28

ちょいと割り込ませてもらうよ。別カテゴリーでたまさか同様の質問に出会って、こちらも興味をもって眺めていてな。いくつか話を出してみるよ。ふたりの話の参考になるかもしれねぇ。このサイトが質疑応答の形式をとっているため主に質問者さん向けの内容になっちまうが、それだけじゃねぇってこった。それと、国語カテゴリーってのを意識してっから、ちょいと肩肘張った内容になっちまってる。そこはご容赦。


まずは「誤用」だ。

何が誤用かは、誤用の判定基準ないし誤用の定義づけによるんだよな。その基準ないし定義づけは論者により異なるものだ。ここはふたりの共通認識なのと違うかい。言語学者間でさえ異なっているしな。

だから、基準を示した上でひとつの表現を「誤用」と位置付けるのは間違いじゃない。回答者さんは辞書という基準を示した上で及びをorの意味で使うことを誤用としているのだから、それ自体は間違いじゃない。

はじめのうち基準を示されないままに誤用と言い切られて戸惑ったのが尾を引いてんのかもしれねーけど、後出しとはいえ基準をきちんと示しているのだからそこは受け止めちまいなよ。むしろ、互いに相手の基準ならこれは誤用になる/ならないという話をしたほうが建設的だ。お互いにな。

それと、基準については言語学者間でもある程度のグループ分けはできるし、グループ内ではおおむね一致するものだ。学問的に認めうる基準であれば、それは個人の感覚に収斂させちまったらいけねぇよ。

辞書を基準のひとつにする立場は、言語学者にも何人かいて、ひとつのグループに括れるはずだ。俺の記憶で済まねぇけどな。言語学者を持ち出さないまでも辞書が根拠となっている以上は、個人の感覚にとどまらず少なくない人が認めうる立場だと思わないかい。


次に「文脈」だ。

言葉の意味は文脈により変化するものだ。文脈から意味を絞れるということでもあるぜ。だから、単語や文の意味を理解するためには、文脈を的確にとらえることが重要となるんだ。誤用かどうかも、文脈が明らかになればなるほど判定しやすくなるってこった。

ここでいう文脈は、文や文章構造にとどまらない概念だ。発言者の立場や発言者と受け手との関係、発言された状況、発言の背景、発言の時期・時代、環境など、発言をとりまく一切のことがらを指している。

名前は忘れちまったが、文脈をこの意味で使ってる言語学者がいて、俺もなるほどなと思ったんで使わせてもらったよ。回答の中に出てきた「シチュエーション」は、ここでいう文脈のひとつだな。


いよいよ、「及び」の意味だ。

「及び」は、国語辞典によればandの意味であり、orの意味にはならないよな。ここもふたりの共通概念のはずだ。

ただ、先に言ったとおりで、文脈によってはorの意味で用いられる可能性を否定できないぜ。ここも共通概念だろうよ。

とはいえ、orの意味で用いられていると、その大半は読み手・聞き手を戸惑わせちまう。「及び」は国語辞典からも明らかなとおりandの意味で用いられるのが一般的だから、それと正反対であるorの意味で用いられると読み手等が戸惑っちまうよな。

それでも意味が通じるのは、読み手等が文脈を的確にとらえ、辞書に載っている本来の用法と異なることを察知したからなんだよな。だから文脈が大切なんだ。


誤用や文脈について、例文を拝借してもう少し言ってみるよ。長くなるんで切り分けるぜ。

投稿日時 - 2012-10-21 23:56:40

補足

 以前アンケートの質問で分かりやすい回答を書いて頂いた人ですね。

1・>何が誤用かは、誤用の判定基準ないし誤用の定義づけによるんだよな。その基準ないし定義づけは論者により異なるものだ。ここはふたりの共通認識なのと違うかい。

言語学者間でさえ異なっているしな。>

 そうですね

2・>だから、基準を示した上でひとつの表現を「誤用」と位置付けるのは間違いじゃない。回答者さんは辞書という基準を示した上で及びをorの意味で使うことを誤用とし

ているのだから、それ自体は間違いじゃない。>

 確かにそこまでは大いに理解したつもりです。

3・>はじめのうち基準を示されないままに誤用と言い切られて戸惑ったのが尾を引いてんのかもしれねーけど、後出しとはいえ基準をきちんと示しているのだからそこは受

け止めちまいなよ。>

 私は受け止めたつもりです。

4・>むしろ、互いに相手の基準ならこれは誤用になる/ならないという話をしたほうが建設的だ。お互いにな。>

 ん~「誤用」という表現は相手を否定する意味も込められているので【違い】にしようかと思っています。

5・>それと、基準については言語学者間でもある程度のグループ分けはできるし、グループ内ではおおむね一致するものだ。学問的に認めうる基準であれば、それは個人の

感覚に収斂させちまったらいけねぇよ。
辞書を基準のひとつにする立場は、言語学者にも何人かいて、ひとつのグループに括れるはずだ。俺の記憶で済まねぇけどな。言語学者を持ち出さないまでも辞書が根拠とな

っている以上は、個人の感覚にとどまらず少なくない人が認めうる立場だと思わないかい。>

 思わないですね(あくまで「私は」という意味ですが・・・)

6・>言葉の意味は文脈により変化するものだ。文脈から意味を絞れるということでもあるぜ。だから、単語や文の意味を理解するためには、文脈を的確にとらえることが重

要となるんだ。誤用かどうかも、文脈が明らかになればなるほど判定しやすくなるってこった。>

 まあそれは言えてますね。

7・>ここでいう文脈は、文や文章構造にとどまらない概念だ。発言者の立場や発言者と受け手との関係、発言された状況、発言の背景、発言の時期・時代、環境など、発言

をとりまく一切のことがらを指している。
名前は忘れちまったが、文脈をこの意味で使ってる言語学者がいて、俺もなるほどなと思ったんで使わせてもらったよ。回答の中に出てきた「シチュエーション」は、ここで

いう文脈のひとつだな。>

 まあそういうことですかね?今一シチュエーションと文脈が同一という感覚が湧きませんが、まあそういう事は認めて話は進めています。

8・>「及び」は、国語辞典によればandの意味であり、orの意味にはならないよな。ここもふたりの共通概念のはずだ。
ただ、先に言ったとおりで、文脈によってはorの意味で用いられる可能性を否定できないぜ。ここも共通概念だろうよ。
とはいえ、orの意味で用いられていると、その大半は読み手・聞き手を戸惑わせちまう。「及び」は国語辞典からも明らかなとおりandの意味で用いられるのが一般的だから、

それと正反対であるorの意味で用いられると読み手等が戸惑っちまうよな。>

 そういうわけで混同してる人も多いのではないかと思う訳です。

9・>それでも意味が通じるのは、読み手等が文脈を的確にとらえ、辞書に載っている本来の用法と異なることを察知したからなんだよな。だから文脈が大切なんだ。>

 ん~~そんなところでしょうね。

投稿日時 - 2012-10-23 14:54:35

お礼

お気づかいありがとうございます。

投稿日時 - 2012-10-23 14:54:52