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解決済みの質問

人が怖い…

高校入学直後に不登校になり、現在は通信制の高校に通っている引きこもりです。
学校に通っていた頃の僕は、他人の目に自分はどのように写っているのかということと、人間関係を円滑に進めることしか考えていませんでした。

みんなと話している最中には、この話をどのように盛り上げることができるのかとか、誰をどの程度までいじれば、いじられた側も傷つけずに笑いを取れるかなどと考えて暮らしていました。愛想笑い以外で笑った記憶がありません。笑うべきところで笑っていました。

今までで一度も、異性を好きになったことがありません。しかし、もてたいとは思っていました。それはもてている自分というステータスが欲しいのです。そのためには努力を惜しみませんでした。

友達と呼べるような人も何人かできました。彼女も出来ました。でも、思いが通じ合っていたなんて感じたこともありませんでした。というよりもそのような概念が僕の中では存在しませんでした。

友情や恋愛感情などは、ドラマや映画の中でのみ起こるものだと半ば本気で思っていました。

簡単に言えば、友達はアクセサリ、恋人は性欲を満たしてくれる道具でした。もちろん口に出したことは一度もありません。

喧嘩や争いごとは嫌いでしたが、僕の中には破壊願望がありました。誰かが泣きそうだったら、天然を装い傷つけ泣かせました。真夜中の校舎に一人で入り、机と椅子をハンマーで原型が崩れるまで、ボコボコにしたり、家の窓ガラスを割ったりしました。破壊願望は抑えることもできましたが、抑えずに、実行に移したほうが満たされました。性欲と同じようなものです。
勿論、バレたことは一度もありません。

そして、高校に入学しました。僕は持ち前のこずるさで、すぐに友達が出来ました。女の子とまだ一度も会話していない男子がいる中で、クラス全員の女子とアドレスを交換しました。本来人見知りで、女の子が苦手な僕にはとても辛い作業でした。が、のちのち楽になると、自分に言い聞かせ実行しました。浮き足立った時期が終焉を迎え、クラスが落ち着き始めた頃、僕は学校に行けなくなりました。何が原因なのか、全く分かりません。クラスである程度の位置も確立している。誰とでも分け隔てなく話せている。何となく僕を気に行いってくれている女の子も何人かいる。それなのになぜ学校が怖いのでしょうか。なぜ人が怖いのでしょうか。
メンタルの弱い僕はその原因不明の恐怖に襲われ、気が狂ってしまいました。異常なほど高くて鋭い声で泣き叫び、全身にあざができるほど壁にカラダをぶつけ、体重は5kgほど落ちました。

僕の人生は終わったと思いました。ある程度の大学に通い、ある程度の企業に就職するという将来の展望は打ち砕かれたのです。

時が立ち、そんなとはどうでも良く感じてきました。なぜなら、人が怖いという、大きすぎる悩みが僕の頭の大部分を占めていたからです。そんな僕を見て。優しい両親は精神科医に連れって言ってくれました。先生はもちろん人なので怖いのですが、両親への罪悪感から、決められた日には毎回通院していました。先生に悩みを話しました。いい機会だと思い、心に関する本も何冊か読みました。そしてあることに気がつきました。問題を抱えている子供たちの多くは親との関係がうまくいっていないということです。僕は両親と真剣に向き合おうと考えました。しかし、両親に対する苛立ちは積もるばかりです。そしてある結論に達します。僕はそんなに両親のことが好きではないということです。

さらに時は経ち、あともうちょっとで通信制の高校を卒業することになりました。ニートになるか、社会と関わりを持つか、どちらかの選択を迫られています。人が怖い僕はニートになることを望んでいます。しかし、そんなことは憲法違反です。

僕は人が怖いです。社会が怖いです。学校が怖いです。関わりたくないです。しかし、関わるとなれば、うまくやれるでしょう。でも僕の心じゃ支えきれないストレスが降りかかってきます。

どうすればいいですか?どうすれば人が怖くなくなりますか。

投稿日時 - 2012-11-13 23:38:33

QNo.7796527

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

なんでしょう?回答とは違うのですが
ちょっとだけ引っかかった事があるので書かせて頂きます。

世の中には「人間嫌い・人が怖い」と言う人はある一定数います。
細かく分けてしまえばキリが無いですが
個人的には「本当は人と仲良くなりたいけど出来ない」タイプと「1人が好きで出来る限り人と関わりたく無い」という2つのタイプに分けられると思っています。
(あくまで個人の経験に基づく意見です。別に専門知識があるとかではありません)

で、質問文を読んだだけの印象で言うと、質問主さんは本来「出来る限り1人でいたい人」だと感じました。人と仲良くなりたいけど…という部分が質問文だけだと見当たりません。


ところが質問文で「1人でいたい気持ち」と矛盾している部分があるな と感じました。
それは「周囲と同じ、それ以上できているという実感や評価、それを得る為には他人も必要」と言う感覚がメチャクチャ強いと言う部分です。

例えば本当に人と接したくなくて、人との接触を極力取らない、一匹狼の様な人と言うのは稀にいます。他人に合わせたコミュニケーションなんか嫌い、だから最低限の人付き合いだけして生きていければそれで良い
異性なんて更にもっと訳が分からない生き物だし、別に接したいとも思わないから恋人なんかいらない。性欲は風俗とかで解消ー 

大抵こういうタイプの人は「一般の感覚」が通じないので実際付き合いづらいわけですが、本人にしてみれば「別にかまわない」のですよね。
だから人と違う生活、ある意味低所得でもかまわないと思っている。


しかし質問主さんの場合は違う気がします。
人から認められる、評価される、上手く立ち回る事が生きて行く上で「最重要項目」と感じている。しかし自分自身は本来人に興味が無くて人が怖いと感じている。
その為長年にわたって「ストレス」を貯めてそれがぶっ壊れたんでは無いかと。


じゃあどうすれば良いのか?と言われても難しいのですが(スミマセン)個人的には「何故そんなに周囲の目が気になるのか?」を分析してみても良いのかなと感じます。

投稿日時 - 2012-11-14 02:05:23

お礼

ご回答ありがとうございます。
とても、ためになる回答でした。
僕の質問を理解していただけて、うれしいです。

投稿日時 - 2013-04-15 13:46:39

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回答(4)

ANo.4

実は生きるということは、とても簡単なことなのです。

あなたの本心からやりたいこと、ハートに意識を向けて、

情熱を感じることをただひたすらやり続ければいいだけ

なのです。それだけで、チャンスが見えてきます。

直感が鋭くなって、見えてくるのです。

>>>
人が怖い僕はニートになることを望んでいます。
しかし、そんなことは憲法違反です。

僕は人が怖いです。社会が怖いです。学校が怖いです。
関わりたくないです。しかし、関わるとなれば、うまくやれる
でしょう。でも僕の心じゃ支えきれないストレスが降りかかっ
てきます。


とにかく、自分を信じることです。

人がなんと言おうと自分は自分です。

自分の本心を偽って、やりたくないことをやっても

たとえ社会で成功して、お金持ちになっても

虚しいだけなのです。

まずは、自分の体が何を求めているか、

正確に把握する練習をしましょう。

これは一つの例ですが、

オーリングテスト というのを知っていますか。

基本的には二人でやるのですが、

ひとりでもできます。

まずOKのときのように人差し指と親指をくっつけます。

そのなかに反対側の手の人差し指を入れます。

そして、例えばニートになる自分をイメージしながら、

人差し指でOKの輪っかを破ってみるのです。

そうすると破れなければ、ニートになる方を、

破れなければ、ニートにならない方を、

体が望んでいることになります。

無心な状態で、なんども確信が持てるまで、やってみてください。


そして、今の時代は、「働かざる者食うべからず」という

昔の価値観が崩壊している過渡期になります。

産業革命が起きて以来、機械が人間に取って代わり、人間は

朝から晩まで、仕事をしなくても良くなってきているのです。

技術革新が進むほど、労働者はいらなくなっていくのです。

例えば車一台作るのに何百人分の仕事をロボットが、代わりに行って

より短時間で疲れることもなく、正確に仕事をこなします。

厳しい競争にさらされている企業の経営者にとって、従業員は一部を除

いて、全員パートタイマーの方が、賃金が安上がりです。企業は、

生き残るためにリストラします。これからは、

そういった、パートの人たちや、職を失った人、ニートの人など、の生活を

政府が、ベーシックインカムによって支えていき、食べていけない、という

恐れや不安をなくす必要があります。競争社会とは、

能力や勝つ見込みがある人たちにとって、楽しいだけであって、大多数にとっては、

搾取されるだけのつまらないものです。これからは、競争ではなく、

協力の時代です。義務で働くのではなく、やりたいことを自分らしく

のびのびとやっていけばいいのです。




ですから、ニートになることは、恥ずべきことではなく、働かなくても

よくなった時代の始まり、と考えてください。憲法違反など、無関係です。

自分がやりたいなら、堂々と自分なりにやってください。ニートなどと

いうレッテルは、気にする必用などないのです。

参考 根拠のない安心感


「こんにちは、こうしてお話しができることに感謝します。

今ここからあなたを感じていると 私の心も心細さに潰れそうになります。

不安感で心が張り裂けそうになります。

いま あなたは 暗闇のなか、何も見えずただ立ちすくむしかないと思っています。

広い砂漠の真ん中で、何も見えずどちらに足を出していいのかわからず

一歩も動けないと思っています。

広大な海の波に漂いながら、自分は無力で何もできない・・ただ揺られているだけの

ちっぽけな存在だと感じています。


そこに立ちすくむばかりで 声を限りにただ助けを求めて叫んでいても

誰も助けには来てくれません。


そして 安心を求めてたくさんの情報を得ようとしないでください。

その情報からは安心は得られません。

なぜならば 不安から探す情報ですから、不安を増す情報ばかりが入ってくるからです。

思考はエネルギーです。不安を出せば 不安を感じる現実が目の前に現れます。


外に向かって 何をしてもあなたは安心を得られません。


希望の光、地図、船の操縦桿・・すべてあなたの中にあります。

あなたは すべての鍵を持っているのです。

あなたの中を探してください。必ず見つかります。

もうすでに手に持っているのです。


そして、あなたはとてつもなく頼りになる身体というものを持っているじゃないですか?

あなたの身体は 心の中から聞こえてくる声の翻訳機です。

あなたの身体は 羅針盤です。


自分を信じてください。何度も言いますが、あなたの進路を知っているのは・・・

あなたを導いていくのは・・・あなた以外にはいないのです。


誰かにではなく 自分に助けを求めてください。

自分のハートと自分の身体の中に 答えをつけてください。

あなたの正解は あなただけのものです。他の人と違ってもいいんです。

他の人は あなたとは違う正解(答え、羅針盤)を持っています。

他の人の答えは あなたにとって正解ではありません。

わかりますか? あなたは あなたの答えだけを信じてください。

そして、答えが見つかったら とにかく動き出してください。

答えが見つかっても それに向かって動き出さなければ どこにも行くことは出来ません。

身体を持っているのですから、それを使って歩き出してください。

その冒険を 楽しんでください。


そのためには 感覚をもっと研ぎ澄ますことに集中してください。

今、自分は何を感じているのか? いつも耳を傾けるように習慣付けてください。

頭ではなく 「感じる」ことを大切にしてください。

どちらに足を出していいのか迷ったら、身体に聞いてください。

例えば・・・

身体が緊張したり、”うっ”とした感覚があったら それはあなたのハートが違うと言っています。

反対に 気持ち良くフワっとした感覚、すっきりした感覚があれば 

そちらがあなたにとって行く方向です。


感覚は人それぞれ違いますから、その感覚は自分で見つけてください。


そして 根拠のない安心感は・・大丈夫だという印です。

根拠がないのに なぜか楽しい、安心だ、大丈夫だ、・・と思うのはおかしい・・

ただの逃避だから信じてはいけない・・とマインドが騒いでも無視してください。

マインドは不安、心配・・が大好きなのです。聞かないようにしてください。

そして その根拠のない安心感を信じてそれをたっぷり味わっていてください。

そうすれば それが現実になります。安心感を味わえる現実が起きてきます。


何度も何度も言います。答え、希望、光・・すべては、あなたの中にあります。


この情報があなたに届き、使ってもらえることに感謝します。


あなたに愛と感謝、そして平和の光を送ります。」完

参考2   私の他の回答です
http://okwave.jp/profile/u2352507.html

投稿日時 - 2012-11-14 19:40:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2013-04-15 13:47:07

ANo.2

逃げる先に、明るい将来は絶対にありません。

私の尊敬する恩師が言ってました。

『人生には、長いトンネルに入ったような時もある。けれども、そのトンネルを抜ければ、また必ず明るい人生が目の前に
広がる。トンネルに入ったら、抜けるしかないんだよ。』

人なんか怖くないですよ。

社会なんか怖くないですよ。

学校なんか怖くないですよ。

あなたは、あなたらしく堂々と前に進みましょう。

その恩師がもうひとつ言ってました。

『人生は戦いなんだ。戦って戦い抜いて、死ぬ瞬間に“俺は勝った”と思える人生が最高の人生だ。
人生は、“何歳まで生きた”とかではなく、“どう生きたか”が大切なんだ。』

負けずに頑張れ!

投稿日時 - 2012-11-14 01:30:37

お礼

ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2013-04-15 13:45:04

ANo.1

対人恐怖は自転車の練習に似ています。最初の一歩の勇気だけで、自分と他人なんて似たもの同士。たいしたものではないです。思春期はどうしても視野が狭いのは仕方ないですが、自分の可能性を信じてチャレンジしてください。

投稿日時 - 2012-11-14 00:05:11

お礼

ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2013-04-15 13:44:41

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