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現代では、宗教は科学をどのように捉えているのか

ガリレオの地動説や今でも議論の続いているダーウィンの進化論など、
宗教と科学は度々対立の歴史を繰り返してきました。

そこで以前から疑問だったのですが、
現代では宗教は科学をどのように捉えているのでしょうか?
どの宗教でも構いませんが、できればキリスト教、イスラム教、仏教のいずれかまたは全てについて教えていただきたいです。

例えば、世界は神が創造したと固く信じている聖職者でさえ
現在の世の中ではテクノロジーの恩恵の上に生きているわけです。
そしてテクノロジノーの土台には、
神の存在を含まないどころか宇宙はインフレーションやビッグバンで創造されたと主張する科学があるわけです。
過去にも現在にも神の存在を信じている科学者は大勢いましたが、
依然として科学理論は宗教的な世界観とは多くの点で対立しているはずです。
そのような土台を持つテクノロジーの恩恵をあやかることに聖職者や信者の方々は抵抗を感じないのでしょうか?

また、以下の2chからの引用記事では
学校の理科のテストで"The earth was created by ...?"という設問に対して、
"Big Bang"と回答した生徒がバツをつけられています。
そして正解は"God"だと書かれています。
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3615328.html

この出来事に対するイギリスの牧師の反応は、
この採点をした教師を批判するものでした。
私のような宗教に関してほとんど無知のものからすれば、
むしろ牧師は教師をほめたたえるのが自然ではないかと感じます。

なぜ聖職者たちは神の存在を無視した科学と徹底的に戦おうとしないのでしょうか?
自分たちの聖典や信じる神が絶対だと思うのならば、
堂々と科学者たちと論戦をすればよいのではないでしょうか?

投稿日時 - 2012-11-17 00:33:07

QNo.7801453

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

たまごがさきか にわとりがさきか

それさえわからず さきにすすむかがく

いな さきにすすもうとする かがく

そのかがくに ろんせんしても  いみはないのです


びっぐばん? それこそ だれがおこしたものなのか?

などという ろんせんに いみはないし

しゅうきょうはそもそも そこにいみを もたせるものでもない


おおきくかんちがいしていることは

かがくとは いみづけ(したいだけ)であり そのことによって

わかったふりを したい よっきゅうが もとだとするならば


それこそ しゅうきょうかんには あてはまらないものである


かかれているとおり ぜったいにたいし ぜったいではないものと

ろんせんなんて おきる わけがないのです


さいごに

しゅうきょうは うちゅうのはじまりとか うったえていませんので・・・

投稿日時 - 2012-11-17 01:07:33

補足

他の方々の回答で参考になったものもあり、悩みましたが
sutoramaさんの回答が僕にとっては最も新鮮な考え方で
一番面白かったのでベストアンサーを差し上げます。読みづらいですが。

投稿日時 - 2012-11-18 16:53:20

お礼

ご回答ありがとうございます。
ただ、読みづらいので普通の文章でお願いします。

たしかに科学は意味づけをしたいだけだというのは、大体当たっていると思います。
(正確には意味づけというよりも、自然界を記述する理論体系を構築したいのでしょうが。)
そこで次の質問ですが、では宗教は何をしたいのですか?

また、メインの質問である「宗教は科学をどのように捉えているのか」という質問にも答えていただけたら幸いです。

投稿日時 - 2012-11-17 01:34:11

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回答(7)

ANo.7

No.6です。
最初に断っておきますが、私は特定の信仰を持っているわけではありません。
またこれまで勉強してきたのは科学や技術が中心です。ただアメリカに少し暮らしたことがあって、日本にいるときには経験しないような交流を通じて宗教的な生活を送っている人たちを何人も友人に持っています。

そして自分ももしかすると、いつかは宗教に頼るときが来るかもしれないな、と思い始めています。
そういう前提で答えると
>>ある宗教を信仰している人は、自分の宗教と科学の間に矛盾を発見した時、どのようにその矛盾を解決するのか?
ということは自分の場合には起こりません。

科学的に証明されたものがあるならば、それが是です。宗教に頼るとしても、信じる価値のないものは信じないからです。
科学的に明らかにおかしいなら信じる価値はないと言えるでしょう。そういう姿勢を貫いていれば矛盾は決して起こりません。

それが答えです。

投稿日時 - 2012-11-17 17:14:25

お礼

再びありがとうございました。
宗教に頼ることはあっても、宗教のすべてを信じてしまうことはないということですね。
科学者が科学が万能だと信じているわけではないのと同じ事なのですかね。

投稿日時 - 2012-11-17 17:19:36

ANo.6

宗教者は科学者と論戦なんかする必要はありませんし、戦う必要などありませんよ。科学と宗教は対立するものでもないし、矛盾するものでもないと思います。そもそも存在理由が異なるからです。

もちろん科学がこれほど進歩する前から宗教は存在していましたから、宗教の考え方の中には科学的でない部分も含まれています。それは仕方がありませんよね。一方の科学だって、一度定説として確立したものが後に否定される、なんていくらでもあります。ニュートン力学も微小世界では量子力学に置き換えられたし、巨視的な世界では相対性理論に置き換えられました。科学のすべてが正しいなんて考え方は傲慢でしかありません。

そして宗教的な考え方すべてが科学によって否定されるわけではないし、科学がいくら進歩しても科学が宗教にとって代わることはありません。

宗教の存在理由は人々に心の安定を図り、社会を平和に導くことだと思います。科学も真理の探究という側面はありますが、やはり人々の生活の向上につながるから存在し続けられるのでしょう。宗教者たちは科学から得られた知見を自らの主義(生き方)に基づいて解釈すればいいだけです。それ以上何も対立はありません。

一方、科学者たちも真理を追究していくうちに自然法則の美しさに気付いて、やはりこの世を創ったのは神に違いないと悟ることも多いようですよ。それを無理に対立軸の中で捉える利益は何もありません。

投稿日時 - 2012-11-17 14:49:34

お礼

ご回答ありがとうございます。

他の回答者の方々の回答なども見て思ったのですが、僕の質問の仕方が悪かったようです。
まず、僕は宗教対科学という構図を提示したつもりはありませんでした。
さらに科学が絶対的に正しくて宗教は科学によって否定されるべきなどということも全く考えていません。

疑問点は、
ある宗教を信仰している人は、自分の宗教と科学の間に矛盾を発見した時、どのようにその矛盾を解決するのか?
という事です。
例えばその答えの一つとして、宗教的な立場から科学を批判するというようなことが実際に起こっていますよね?あくまで一例ですが。

これを踏まえたうえでもう一度お答えいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2012-11-17 15:55:34

ANo.5

キリスト教原理主義者達は、神の教えに合致しない
部分では科学を否定していますよ。
だから彼らは進化論も認めません。
人類の歴史が何万年もある、などということも
認めません。
あれは間違い、ないし無神論者が造り出した
ウソだ、で終わりです。

”学校の理科のテストで"The earth was created by ...?"という設問に対して、
"Big Bang"と回答した生徒がバツをつけられています。
そして正解は"God"だと書かれています。”
    ↑
宇宙はビックバンによって創られたとしても、
なぜそのビックバンがあったのか、といえばそれは
神がやったのだ、ということになるのでしょう。


仏教が科学と対立した、という話はあまり聞かないですね。
それは仏教という宗教が、そもそも科学と対立するような
性質のものではないからでしょう。
輪廻転生など、今の科学では否定も肯定も出来ませんし、
そもそも仏教は、教育的側面が強い宗教です。
人は死ぬものだ、と教えたのはお釈迦様です。
我欲を無くせば幸せになれる、とも言いました。
科学と対立する要素が少ないのです。

投稿日時 - 2012-11-17 07:59:01

お礼

仏教に関してはたしかに科学と対立しないようにうまくできていると思います。
キリスト教に関してはやはり謎が多いですね。
ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-11-17 13:39:57

ANo.4

前に見た「レリギュラス」とかいうドキュメンタリー映画で、
バチカンの枢機卿が
「聖書は科学の時代のはるか前に書かれたものだから、
聖書の記述が科学的事実と考えるのは馬鹿げている」
というような発言をしていました。

ひとつの宗教でさえ意見はひとりひとりバラバラです。
「科学の捉え方が全信者で統一されてる宗教」というのは
よほど強い洗脳をしてないとないと思います。
ので、「宗教は科学をどう捉えているか」という質問には
答えようがないと思われます。

ちなみに「教師を批判した牧師」についてですが、
「牧師」はプロテスタントの司祭で、
プロテスタントは大体「宗教が精神以外の問題を扱う事」に
批判的です。

投稿日時 - 2012-11-17 02:46:21

お礼

>ので、「宗教は科学をどう捉えているか」という質問には答えようがないと思われます。

僕の表現が悪かったですが、宗教対科学という構図を提示したつもりはありませんでした。
個々の宗教、個々の信者の方からの意見を聞ければそれで充分です。

>プロテスタントは大体「宗教が精神以外の問題を扱う事」に批判的です。

そこが疑問で、精神以外の問題を扱わないはずのプロテスタントが、
聖書の中の神話などを歴史的な「事実」としているように思えます。
そしてその「事実」は科学的から見たときの事実とは真っ向から対立する部分もあります。
プロテスタントの目的が精神的な問題を扱う事であるならば、
心のありようだけを書いた書物を聖典とすべきではないのかと思ってしまいます。

ご回答ありがとうございました

投稿日時 - 2012-11-17 13:36:10

現在は世界中で情報を交換でき、個人もネットでほとんどの情報を知ることができるようになりました。今日までも宗教と科学は切磋琢磨して発展した事も否めません。病気に関していえば祈りで全ての病気や問題が解決するわけではないし、心とか精神的な目に見えない世界を無視して治療するのは、かえって非科学的といえます。

今は、宗教も科学を必要としているし、科学もつきつめていけば精神世界に突入していかざるをえないと思います。答えは1つとは限りませんし、時代と共に変化する事もあります。

私の知っている限り、偉大な科学者は神の存在(宇宙の意志)を認めていたと思います。ミクロからマクロまで秩序正しい運行を見れば人間の細胞から宇宙に至るまで神秘的な世界に驚かされます。偶然にしては出来過ぎです。

太陽を時速10万kmで回っている地球に乗っかって我々も回っているんです。でも今宵も静かに眠れるんです夢を見ながら。
不思議なことや、わからない事がいっぱいあっていいんだと思います。聖書に「希望は失望に終わらない」とあります。

協力もよし、論戦もよし、ゆらぎもよしだと思います。
答えになってなかったらゴメンネ。

投稿日時 - 2012-11-17 02:04:50

お礼

ご回答ありがとうございます。
おっしゃる通り僕の質問に対する答えになっていないので、何と言ったらいいのかわかりませんが。
宗教をやっている方のこのような煙に巻くようなあいまいな主張が気に食わないのかもしれません。
(聖書の内容について言及されているのでキリスト教信者の方だと想像しました。間違っていたらごめんなさい)

投稿日時 - 2012-11-17 02:26:21

ANo.2

あえて書くならば

「現代では宗教は科学をどのように捉えているのでしょうか?」

についても その答えはないと思います

宗派の数の分だけ 答えはあるでしょうし 無いような気もします


例えば・・・

科学者同士でも 見解が異なるのに

なぜ 大きな枠で 科学対宗教 のような疑問が生まれるのかさえ

論理的な思考とはいえないと 思います


仮に、言い換えるなら

そこに領土問題は存在しない という立場に近い思考だと思います


最後に

この場所は議論するような場所ではなく

議論の場にすることは規約に違反しますので よろしくです

投稿日時 - 2012-11-17 01:58:56

お礼

議論にならないようにこれ以上質問はしませんが、いくつか意見を言わせてください。

まず宗教対科学という構図を提示したつもりはありませんでしたが、誤解が生じたなら表現が悪かったのでしょう。
もちろん宗教ごとに考え方は違うでしょうから、一つの宗教の立場からでも良いのでなにか宗教をやっている方からの意見が欲しかったです。

また、前ローマ法王は宇宙物理学者のスティーブン・ホーキングに対して
「神の御心を暴こうとするような研究をすべきではない」と言ってほとんど明確に彼の研究を批判しました。
少なくとも、そこに「領土問題」は存在したのです。
ですから一概に論戦に意味がないと決めつけてしまうのはいかがなものかと思いました。

いずれにしても、お付き合いいただきありがとうございました。

投稿日時 - 2012-11-17 02:14:21

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