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中国にロシア人

こんにちは。
戦前の満州が舞台のアニメを観ていたらロシア人家族が出ていました。(この家族はとても貧しかった)
また、中国人がロシア語を勉強していしました。

何故、中国にロシア人が住んでいたり、中国人がロシア語を勉強したりしていたのでしょうか?

宜しくお願い致します。

投稿日時 - 2013-02-08 17:37:23

QNo.7934829

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

満州は、満州族の故地でしたが19世紀末期退潮の清は、ロシアの南下政策に際して領土を維持できなくなっていたのです。清は政策的に漢民族の満州への移住を禁止していたので、極めて人口希薄地帯で、未開発のままだったのです。

19世紀前半のロシアは主にバルカン半島方面の南下政策に注力していたので極東には余り目を向けていなかったが、1853年から1856年にかけてのクリミア戦争でロシア帝国は、オスマン帝国+英仏の連合軍に負けることで政策を転換します。相手がオスマン帝国だけならロシア帝国の方が有利でしたが、南下しすぎて英仏の利権に抵触することになってしまって英仏がオスマン帝国側についてしまったのです。産業革命で近代化した英仏を敵に回したら勝てない。そこでロシアは、バルカン半島方面の南下政策を中断して英仏とは協調路線に転換し、極東方面の南下政策に注力することになるのです。

その第一弾が1858年のアイグン条約です。外満州をロシア・中国の共同管理地と定めたのです。共同管理地とは何か。ロシア領土でもないし中国領土でもないが、ロシア人も中国人も住むことができるという土地です。しかしそれは一時の方便であって、未来永劫そういう中途半端な形態にしておくつもりはロシアにはありませんでした。ロシアは満州侵略の一歩として、そういう既成事実を作ったというだけです。その外満州が今のロシア領の沿海州です。わずか2年後ノ1860年に北京条約を結んでロシアは外満州を獲得しました。そうしてロシアはウラジオストクを建設に着手します。今でこそ50万都市になっているが、当時は野生のトラが出没するような未開の原野状態だったのです。

ロシアが外満州を侵略した手口は、樺太を侵略した手口と同じです。1855年の日露和親条約で、樺太は日露の混住の地と定められました。そう定めたものの寒がりの和人は、夏の一時期、漁をするぐらいで定住できませんでした。樺太は寒すぎて冬は凍死しそうになるからです。北海道だって江戸時代は、南端の一部をのぞいて未開拓のままでした。ところが寒い樺太でも、それ以上に寒いところの出身のロシア人にとっては南国の楽園のように暖かく感じるのです。

1860年の北京条約でロシア領になった沿海州から樺太へは間宮海峡は冬には凍結してしまうから犬ぞりで移動できます。そうしてロシア人が増えすぎて、様々なトラブルが起きるようになり、1875年の樺太千島交換条約で日本は樺太を手放したのです。

さて話を戻します。質問者さんが満州と認識しているのは、外満州を除いた内満州のことだと思います。
1894年に日清戦争が起きます。李氏朝鮮の独立を巡って両国が対立したのが原因です。清にとっては李氏朝鮮は最後に残された朝貢国でした。しかし清の立場を認めると、今度は1876年に日朝修好条規を結んだ日本の立場がなくなる。それが戦争の理由です。それぞれメンツにこだわって引けなくなってしまった。

それに便乗したのがロシアです。ロシアは三国干渉を恩にきせて露清密約を結ばせます。この条約は、日本に対抗するには内満州を露清両国で共同経営しましょうという条約です。日本はロシアの満州侵略の口実に利用されたのです。そうして設立されたのが、東清鉄道でした。名目は、露清両国の共同経営ということでしたが、技術と資本はロシアが投資し、中国人は単純労働しかできませんでした。

ロシアが東清鉄道を設立した目的はシベリア鉄道と連絡してモスクワと軍港ウラジオストクをショートカットで結ぶ為でした。要はロシア兵を運ぶ為です。内満州も朝鮮半島もいずれはロシア領にしてしまうつもりで、その一里塚として露清密約を結んだのです。

ロシアの野望は、日露戦争の敗北で頓挫しましたが、そんな風に内満州へもロシア人の移住は進んでいたのです。ポーツマス条約で東清鉄道の南満州支線は日本に割譲しましたが満州北部の本線(シベリア鉄道とウラジオストクを結ぶ)はあいかわらずロシアのものでした。

そんな訳で内満州もロシア人が住んでいて、東清鉄道に雇ってもらう為にロシア語を勉強する中国人だっていたのです。

現代の日本だって同じこと。外資系企業に雇ってもらうために英語を勉強する日本人だっています。

投稿日時 - 2013-02-08 21:29:41

お礼

ありがとうございます。
勉強になります。

投稿日時 - 2013-02-19 04:59:05

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回答(3)

ANo.3

現在中国に住むロシア人は、オロス族と呼ばれ、主に中国東北部(旧満州)とウイグル自治区に居住しています。
中国に住むオロス族の大半は、白系ロシア人で、ロシア革命の時にロシアから逃げてきた人達です。
そのため、ロシアとの国境に近い地区に住むことになります。

白系ロシア人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E7%B3%BB%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA

日本において白系ロシア人として有名なのは、モロゾフ株式会社の創始者一族がいます。

オロス族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%82%B9%E6%97%8F

投稿日時 - 2013-02-09 00:32:19

お礼

ありがとうございます。
勉強になります。

投稿日時 - 2013-02-19 04:59:27

ANo.1

日露戦争以前から鉄道沿線沿いに、ロシアの租借地でき、
ロシア人が進出、
日露戦争で北満がロシア、南満が日本と勢力圏を分け合いましたが、
ロシア革命のため、
共産主義を嫌い、亡命してきた、いわゆる白系ロシア人が
多数、満州に定住しました。
 中国人も、ロシア語会得すると色々、商売などの時便利ですからね\(^^;)...

zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz

投稿日時 - 2013-02-08 19:00:51

お礼

ありがとうございます。
勉強になります。

投稿日時 - 2013-02-19 04:58:34

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