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解決済みの質問

論理力を鍛えたいです

私は、言語がすごく苦手です。どうしたら克服できるか、考えても分からずに困っています。
受験で失敗して、国公立の電通大を目指していましたが、結果は東京電機大に入学することになってしまいました。理系の大学ですが、第一志望の電通大は国公立なので、センターまでは、文系科目の国語も勉強していました。
当時の受験勉強で使った教材は、国語(現代文)も英語も、これさえやれば誰でも試験本番で高得点を取れる、又は偏差値が上がるというものでした。
まず現代文ですが、出口先生のシステム現代文の、「ベーシック編」「バイブル編」「センター編」を一通りやり終えたのに、今年度のセンター試験本番の点数は酷いものでした。今年は難しかったと言われていますが、去年度の問題でも、それ以前の過去問でも、現代文は8割に届きませんでした。
ちなみに、センター試験の現代文で8割を取れないということは、「基本ができていない」ということと同じだと言われています。つまり、現代文ができないということと同じだといえると思います。
英語でも、「英語長文ハイパーレーニング」をやっていたのに、偏差値55を超えることはできませんでした。
そして、2次試験で扱う理系科目でも、成績がなかなか最後までのびませんでした。
学力が上がらなかった大きな理由のうちの一つは、勉強の基礎である論理力がなかったからだと考えています。
出口先生によると、「言葉=考え、言葉=感覚である」そうです。
なので、論理力と言語の勉強の得意不得意は直結すると思います。言葉が苦手、つまり論理力がないと、この先の大学の勉強できっと苦労すると思います。
とある人からは、「君は、日本語がわからないのです。だから、あなたはエリートにはなれない人間だ」と言われました。確かに日本語がわからないと言えるほど、現代文の成績は当時は確かに悪いものでしたが、諦めようとは思いません。ただ、これからどうすればできるようになるか・・・それが分かりません。
大学生ならば、自分の勉強するべきことは自覚してしっかり把握できている筈だと思っていますが、受験が終わってから、考えて考えて・・・それでも打開策というか、その克服できそうな教材が分かりません。
出口先生の、大学受験用の現代文の教材を使って勉強しても、私は現代文ができるようにはなりませんでした。どうやったら、私は現代文ができる、すなわち言葉の勉強の不得意を克服し、論理力をつけることができるでしょうか?おすすめの教材などあるのでしょうか?すみませんがどうか、ぜひ教えてください。
それとなるべく、安い値段で。大学に入る前の今から、TOEICの勉強もしながら、両立して克服しようと考えています。
論理力をつけることは、これからの人生でも、理系科目の勉強でも、絶対必要不可欠だと思うからです。論理力をとにかく鍛えたいです。ぜひ、お願いします。

投稿日時 - 2013-03-11 00:56:25

QNo.7987261

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質問者が選んだベストアンサー

 丁寧な「お礼」ありがとうございました。
もう一度質問文を読み返して感じたことですが、
>2次試験で扱う理系科目でも、成績がなかなか最後までのびませんでした、とのことから、恐らくは「数式を解いたり」「計算をしたり」との「答が『予め』用意されている」問題には相応の実力を発揮できるのでしょう。
 これらの領域で試されている要素を別な言い方で表現するならば「テクニック」や「手段」ともなります。けれどもこれらの要素に条件反射的な対応をしているだけでは「なぜこの数式を使うのか」といった「問題と答えを橋渡しをしている意味」を理解していないことと同じです。
 他の回答者様がお話しされている「なぜ~なのか」に対する「~だから」との「問題の捉え方」こそが「学び」にとっては最も大切な部分です。『日本の思想』は丸山眞男の手になる「ものごとをどう考えるかを問うためのスタイル」をイギリスのそれと日本の近代(明治以降)に即して考察した一般向けの書物として知られる著名な作品です(中学校や高校の国語教材に「歩きながら考える」などの形で一部が扱われていますので、恐らく目にしたこともあるでしょう)。
 理系の分野でも「その数式や実験データが示す意味」が大切です。高校の数学でも「根の吟味」などがあったことも憶えていらっしゃるでしょう。「そうした作業」と「論理」の関係を質問者様は少しばかり見失っていただけと僕は理解しています。野球やサッカーでも「得点」は結果です。でもその「結果」も「プロセス」がなければ生まれることはありませんね?。
 この「プロセス」こそが質問者様のお求めになっている「論理を具体的な形に表したもの」にあたります。慌てず焦らず少しずつ「言葉に接する」こと続けていけば着実にゴールに辿り着くことは適いますので、大きく構えてみては如何でしょうか。

投稿日時 - 2013-03-13 19:11:18

お礼

なるほど!答えだけしか意識してない欠点は塾の先生からも注意されました。
プロセスを大切に、結果にとらわれずに地道にやっていこうと思います。

投稿日時 - 2013-03-13 21:45:03

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回答(8)

ANo.8

結果を出せるように思考しなかったから結果も出ないし思考力もつちかわれないですよ。
説明のためにレッテルを貼るのをお許しください、質問者さんはむしろ手段であるテクニックを行使すれば結果が出るという思考だからでしょ。結果が出る事をしなければ結果は出ません。そこを考えるのです。方法論の研究ではなく、結果を出すためにどうするでしょ。数学なら証明問題ですよ。歴史的な難問を解いた偉人たちは方法論なんか研究していませんよ。結果が出ればいいじゃんだから万有引力も相対性理論もポアンカレ予想も最高の理論を発明したのです。方法こそが結果論なのです。方法論をいくらやっても言論活動にしかなりません。何の価値も生んでいません。たとえば僕は第一志望に合格できなかったがこれを肯定する思索をするとかになりますが単なる批評です。次に向かわない思考にいくら努力してもまた失敗します。そして僕は論理力がないのだとさ迷うのです。そんなことなら考えるだけ無意味です。自己満足でどうにでもなる理論なんて理論じゃありません。自然科学なら現実の自然が理論の正しさを証明するように自分の理論の正しさを確かめられる取り組みをしなければ虚構です。本の中や社会科学の議論に何の意義がありますか。
家庭教師でもやって教え子を合格させるべきです。こうすればという机上の空論では頭の中だけ合格しても実際上は成立していない理論になりえます。
読書は読者です。自分で文章を書かれるべきです。なんでも自分が実践者になるから自分の!論理力が鍛えられるのです。誰の論理力ですか?

投稿日時 - 2013-03-13 23:53:22

お礼

「こうすればできる」ということを考えるのではなく、「どうやったらできるか」を考えるんだということ。それは確かに、今までの僕には欠けている部分でした。そして自己満足で終わらせないために、その方法を、自分の理論を確立するために、家庭教師を・・・ですか。
さらに、自分でなんでもやってみる・・・確かにそれは重要なことですよね。
ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-14 09:30:03

ANo.6

#4ですが追伸です。

> 少しやってみて効果が出てきたら続けようと思います。

続ける必要はないです。1回真剣に考えるだけでも十分です。
「何のために・・・」「なぜ人を・・・」は教科書に答えが書いてない問題
であり(倫理関係の本に載っているかもしれないが)、かつ考えるのに
難しい専門知識を必要としないので、純粋に思考力が試される問題です。
ですから思考力のよいトレーニングになります。

投稿日時 - 2013-03-13 16:24:03

お礼

じゃぁ、思考力のトレーニングとして考えればいいのですね?
分かりました。繰り返しありがとうございます。

投稿日時 - 2013-03-13 21:46:21

ANo.5

 こんにちは、大学教育に携わる者の一人です。
困りましたね、ここまで勘違いがひどいとは。質問者様が前提としていらっしゃるのは、恐らく「A=B」「B=C」ならば「A=C」となり、その逆は「A≠B」「B≠C」ならば「A≠C」である、との単純な論理でしょう。これは「真か偽か」を判別するための論理であり、国語や文章が表現の根拠とする「論理」とは質を異にするものです。
 国語の設問で問われるのは「なぜ筆者はこの様に考えるのか。それを示す部分を抜き出しなさい」などの形です。それが苦手であるということは、質問者様が「出題者および筆者の言葉」を理解せずに「自分の頭で」考えてしまうから、に他なりません。
 人と会話をする時に、質問者様は「相手の言葉の意味」を考えて「応え」ますね?。そうでなければ会話が成り立たないことになりますね?。
 国語の設問も同じ原理です。であるならば、「出題者ならびに筆者の目線で」その文章を読む以外に、その文意を的確に理解するには至らないとの結論になります。
 小中高とこれまでの課程で「聴く力と話す力、読む力と書く力」が密接な対偶関係にあるとの言葉を散々聴いてきたことと思われますが、そうした「基本」を思い出してみて下さい。
 理系の学者といえども「達意の文章」を数多く遺してきた先学がいることもご存知でしょう。こうした先学達は何よりも「言葉を大切にして」います。一片の文章に息吹きを吹き込むためには、枝葉を取り払い簡潔な表現がなされていることをご覧になっていただければお分かりになると存じます。
 寺田寅彦をはじめ湯川秀樹などは何れも、一つ一つの言葉を日常的な表現の仕方を用いて、読者に誤解を与えない工夫をしていますので、一度お読みになってみてください。
 今年のセンター試験では多くの受験生が「国語」でパニック状態に陥っていたとのニュースもみていますが、小林秀雄の文章も「落ち着いて読めば」何の違和感もない普通の文章です。ただ「小林秀雄の言葉の遣い方」が普通の文章に比べて「少し捻りがある」ことで「独特の言い回し」になっていたことで違和感を感じただけの話です。
 「論理力」と大きな括りをされても困りますが、入学までにまだ時間がありますので何冊か読書をお勧めしますので、気が向いたら読んでみて下さい。

(1)『日本語練習帳』大野晋
(2)『日本語雑記帳』田中彰夫
(3)『文章のみがき方』辰濃和男
(4)『舟を編む』三浦しをん
 (1)~(3)までは全て岩波新書で読みやすく書かれています。また(4)の三浦しをんさんの作品は間もなくロードショー公開もされますので、映像をご覧になっても良いかと存じます。
 これからの大学生活を、思いっきり「言葉の海」を泳いで、言葉の息吹にひたっていただければと存じます。またTOEICをお取りになるならば、手元に『O.E.D』などの「紙辞書」を置いて参照することも大切です。
Good luck!

投稿日時 - 2013-03-12 16:48:22

お礼

論理がちがうのですね。それは考えてもみませんでした。
なぜ筆者はこう考えるかという「筆者目線」を大事にしたいと思います。
紹介された本をちょっと読んでみようかと思います。
ご回答して頂きありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-13 15:04:28

ANo.4

あなた様は男性でしょうか、女性でしょうか。

女性は比較的に語学が得意で、その代わり論理力が不得手という傾向があるそうです。
男性はその逆。
だから語学力と論理力は必ずしも一致しないと思います。
私は英語が苦手ですが日本語での論理的思考は比較的得意(というか好き)です。

ただ、論理は世界共通言語であり、無国籍言語とも言えるので
論理が思考のベースであることは確かです。

論理力を鍛えたいということであれば、論理力トレーニングの本
を買って勉強するというのも手でしょうが、こんな手もあります。

『人は何のために生きているのか?』
『なぜ人を殺してはいけないのか?』

このような問題をあなたなら何と答えるかを思いつくだけ考えては否定して、
ひたすら自問自答を繰り返していくと、自然と論理的思考が身につくと思います。
逆に『そんな正解のない面倒くさい問題は考える必要ない』とあなた様が思う
ようなら論理力を鍛えるのは難しいかと思います。

たぶん私の回答は的を射てない(あなた様の抱えてる問題解決にならない)と
思いますが、「論理力を鍛えたい」というタイトルに反応してみました。

投稿日時 - 2013-03-12 08:54:59

お礼

え~っと、とりあえずやってみようと思います。
少しやってみて効果が出てきたら続けようと思います。

投稿日時 - 2013-03-13 15:01:29

ANo.3

もう受験は終わったのでしょ。
家庭教師のアルバイトが出来るように理系得意科目のコツを完璧にしてみては。失敗者ほど人を救える。

論理力がないと誰が決めたの?論理力のない人がでしょうか。
戦略戦術に劣るのですよ、今さら言語の試験を自分に課そうとしている辺り。
もう次へ向けての努力に切り替えないと。また戦略に劣る展開の繰り返しではありませんか。
現代文も文系英語も求められないのです。求められるものを人より先に達成するのが成功者です。

人文社会科学の言葉遊びの無意味さを悟れないのが愚かしいです。そんな文章を読めたり書けたりして頭がよくなるわけないでしょう。数学(数理言語)だって同じ事で、それがどんなに得意な人でも馬鹿は馬鹿ですよ。これから大学生になって無駄な事ばかり学ばされるでしょうから大変ですよ、もっと馬鹿になるかもしれない。東アジアの高学歴現象は大量の馬鹿アジア人を増やしてキチガイ社会を作っていると思います。無駄ではない事を考える習慣が人を価値ある論理的思考者にするのです。役立たない理論家でもあなたは憧れるのですか。世界中からルービーと思われている鳩山さんだって理論畑のエリートなんじゃないの。
現実的な思考に徹すれば受験でも何でも後悔の誤算は減ります。○○したのに成績上がらなかったという理屈は形式論(宗教)の極みです。効くという事をしたのに効かないのはおかしいというのは単なる理屈キチガイのノイローゼです。現実的に精神活動していきましょう。観念的な現代日本社会においてそれは努力のいる事なのです。若い頃から学問遊びを極めていた鳩山博士は結局勉強を通じて身に付けた論理力ではなく鳩山家の財力で成功できたのです。日本が日本人だけの国でないのならばなぜ鳩山家の財産は鳩山家だけのものではないと言わないのか。読み書きできる人たちによる詐欺社会ほど論理重視の現実軽視だったりします。現実と同期しない論理力(空論)などは人を騙す場合にしか効用はありません。これを読んだらとキャッチで本を買わせるのも、貴方は日本が分かっていないと即席料理してあなたを語学のコンプレックスにおとしいれるのも、非建設的な騙し合いです。
質問者さんは大学に合格された実績の次にどんな実績を残すのか。その現実的な取り組みの中での創意工夫と試行錯誤だけが質問者さんに実践的な思考力を確実に与えてくれると思います。テキトーな本読みなどは現実を見る目を悪くするばかりです。

投稿日時 - 2013-03-11 03:47:10

お礼

戦略戦術に劣る・・・おっしゃる通りだと思います。そのことを良く考えて、無駄にお金を使ってテキストをやろうとするのではなく、もっと必要なことに力を入れ、その中で実践的な思考力、それこそ、これまで学んできたものを、大学で生かす、または、社会の常識も把握できるように、努力していこうと思います。
回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-11 09:30:36

ANo.2

僕は今年、進学先が決まった浪人生です。

僕は典型的な文系で、幸いなことに今年のセンター国語は8割。現代文は9割ほどあります。
しかし、それに反して理系科目はとても苦手で、点数もあまり誇れるものではありません。

質問を読んで思ったのですが、質問者さんは読書はしますか?
僕は本を読むことが好きで、読書は習慣です。現代文の勉強は去年も今年も、一切していません。言い換えれば、読書でそれを補ったと言えます。
もし、読書をしないのであればしてみてください。僕もTOEICの勉強は今からしていて、在学中に交換留学に挑戦してみようと思っています。ですが、外国語をやるにしても、コミュニケーションの手段としてある言葉の奥に存在する人というものを理解しようとしなければ、何の意味もありません。
僕も論理力があるとは思いませんが、別段、鍛えようとは思いません。そんなことをしても自分自体の本質というべきものは何も変わらないからです。

でも、質問者さんの気持ちはわかります。僕もそれで悩みました。
しかし、どんな手段を試そうが、目的や意味や価値がなければ、無駄です。
ですが、読書はしてみてください。受験勉強よりも、学ぶことは沢山あります。

岩波新書の「現代論理学入門」や「日本の思想」は、あるいは質問者さんの求めているものかもしれません。気になったのなら読んでみてください。テキストなんかよりずっと安く、濃い内容が詰まっています。

投稿日時 - 2013-03-11 03:04:32

お礼

普段、読書をするのと、現代文の問題を解くこと、それは全く違う次元であり、同じではないと思いますが・・・論理力を鍛えても、自分自体の本質は変わらないとおっしゃっていますが、論理力のある人間とない人間は、人の思考力に関する面で大きな差があるとも思いますが・・・
でも、これまでに確かに自分はなかなか読書をしてきませんでした。その少なすぎる読書量も今回の失敗の原因なのかなと思います。ぜひ参考にさせて頂きます。

投稿日時 - 2013-03-11 09:36:20

こんばんは、
質問者様が、論理力がない、とおっしゃる根拠は、


「当時の受験勉強で使った教材は、国語(現代文)も英語も、これさえやれば誰でも試験本番で高得点を取れる、又は偏差値が上がる」という伝説がある、「出口先生のシステム現代文の、「ベーシック編」「バイブル編」「センター編」」

をしたのにもかかわらず、現代文で8割が取れないこと、

から来ているようです。


つまり、

現代文で、8割が取れない=基本ができていない=論理力がない。

という構図になっています。


そして、論理力がないから、ほかの科目もうまくいかないのだ、という展開になります。


以上において、気になる点があります。


そもそも、論理力というものは、なんなのか?ということです。

言い換えれば、論理力は、科目で8割に届き、ほかの科目も伸びるという、魔法の力なのか?

ということです。

たとえば、小説の登場人物の気持ちや立場を考える際に、論理記号を駆使すれば、数学のように記号的な解決ができるだろうか?ということを考えなければ、論理力=点数である、ということはわかりません。


そして、論理力はどうすれば養うことができるか?ということを考えなければ、何を勉強すればよいのかも分かりません。出口先生の教材において、一体何を学ぶべきか?ということです。



論理力についての、質問者様の考えは、以下のようになっています。

(1)、言葉は、感覚であり、かつ、考えでもある。
(2)、現代文で、8割とれないのは、論理力がないからだ。

だから、論理力がないことは、考えや感覚の不足である。


ここで重要なのは、論証ではなくて、論理力の定義がなされていることです。

つまり、論理力とは、考える力や感覚の力の不足である、という定義がなされています。

そこで、考え、感覚とはなんだろうか?ということになります。


感覚とは、聴力や触感のことでしょうか?
たぶんそういう、部分的なものではないでしょう。ここからは僕の私見ですが、
イメージを意味するのだと思います。イメージとは、想像を意味します。

論理力を構成する要素の1つに、想像力がある、ということにしましょう。

すると、想像力を、どう養えばよいか?という問題が生じます。

たとえば、論理命題(~ではない。すなわち。だから。)を学べば、想像力は養われるでしょうか?
僕はNOだと思います。想像力は、相手に感情移入をすることで生まれると考えるからです。
そういうものは、文学や小説を読んだ方が、よっぽど養われると思います。手塚治虫さんの漫画や、白土三平さん、坂口尚さんの漫画を読んだ方が、想像する力はつきます。


そして、もう一方の考える力、とはなんでしょうか?
考える力とは、論理を展開する力だと思います。

ある前提から、論理記号を用いて、推論をしていく、ということが、自分でできるかどうか。
というのが、考える力の基本になると思います。それは数学的な素養でもあります。そして、容易にものを信じたりしない。鵜呑みにしない。劣等感や、希望を主張に含めたりしない。というのが、考える力なのだと思います。


さて、本題に戻ります。

出口先生の、大学受験用の現代文の教材を使って勉強しても、私は現代文ができるようにはなりませんでした。

ということでしたが、

あなたの主張する、論理力、すなわち、考える力と想像力は、この教材を使うことによっては養われなかった。ということだったのでしょうか?


他の教材に手を付ける前に、そのことについて考えてみるとよいと思います。
それが、考える力を養う、ということではないでしょうか。


長くなりまして、かなり醜くなりました。駄文失礼いたしました。

投稿日時 - 2013-03-11 02:37:24

お礼

まさにおっしゃる通りです。分かりにくい質問文で申し訳ありませんでした。
私は考えるべきものが違っていたと思います。よく考え、今後に生かしていきたいと思いました。
本当にお世話になりました。

投稿日時 - 2013-03-11 09:23:55

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