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欧州における1848年の歴史的意義(その1)

世界史論述の問題集を解いていて気になった点があります。

『東大合格への世界史』山下厚 著の1983年 東京大学の問題に関して、

<1848年(二月革命)の意義>
1830年から 工業化で産業資本家階級(ブルジョアジー)と労働者階級(プロレタリアート)が台頭。
「ブルジョアジー」と「プロレタリアート」は二月革命までは絶対主義への反体制派連合として、

(1).体制派(君主) VS 反体制派(ブルジョアジーとプロレタリアート)

であったのが、ブルジョアジーが政権をとったため保守化して、

(2).体制派(君主、ブルジョアジー) VS 反体制派(プロレタリアート)

となった。ということが書かれてあります。

そこで疑問なのですが、
”1848年の意義”の中での(1)や(2)の構図はフランス辺りの話だけではないのかと思える点。

著書の設問では”ヨーロッパ”での変化が問われています。つまり全ヨーロッパでの動向が(2)だとしてています。

ドイツでは産業市民主導でフランクフルト国民会議が開催されるものの、共産党宣言による社会主義への脅威で産業市民からユンカーに主導権が渡ってしまい萎縮・失敗した事(塾で教わったもの)があろうかと思いますが、特に他の国で同じことが起こったという記述はあまり見かけません。


ちなみに『詳説世界史研究』(旧版1997年ですが)に「二月革命とその意義」の項目があり、その締めくくりに、
(a)労働者が政治世界に登場、社会変革を志向
(b)産業資本家と労働者が政治経済での対立が深刻化
(c)欧州各国に影響を与え、ナショナリズムや自由主義運動を高揚させた
(d)ウィーン体制は完全に崩壊
とあります。

別段(2)の構図は示唆されていません。

また、イタリア・アイルランド・イタリア・オーストリア・ポーランド・ベルギー・ハンガリーで産業革命が起きていたのでしょうか?
・イタリア:サルデーニャの統一運動はオーストリアに敗れて失敗。ローマ共和国はローマ教皇の反動で崩壊
・アイルランド:(詳細不明...イギリスにより鎮圧とは思うものの)
・オーストリア:反動勢力の成功を背景に反撃に転じて鎮圧
・ポーランド:ロシア・プロイセン・オーストリアの3軍により鎮圧
・ベルギー:(詳細不明...一部選挙法改正のみ成功)
・ハンガリー:オーストリーおよびロシアの介入で失敗

他の民族による鎮圧などがほとんどの様です。

1848年以降のヨーロッパでは(2)の構図が取り巻いていたのでしょうか?

投稿日時 - 2013-03-12 23:25:19

QNo.7990520

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質問者が選んだベストアンサー

 冷戦時代の歴史学は唯物史観が主流でしたので、支配階級と被支配階級の対立を軸にしか歴史を語れない又は無理矢理こじつけていました。それが東大の受験問題にですら影響が出ています。
 91年にソ連が崩壊してマルクス史観(唯物史観)も衰退し始め、実証主義が台頭してきます。それが後者です。

投稿日時 - 2013-03-13 09:20:09

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2013-03-13 18:42:37

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回答(1)

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