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解決済みの質問

解りよいしっくりくる表現で医師に伝えていいか。

実は今月、精神科の診察で医師に「報告書は自分の言葉で綴ったほうが良いと指摘された」ことを言いました。
(このことについては主治医は特に何も仰らなかったです。)

しかし僕は適切な表現が思いつかないことなどが理由で、他人からご回答を戴いて解りよいしっくり来る表現があればその言葉で医師に伝えたい気持ちが強いのです。

ここで質問です。
適切な表現が思いつかなかったりするためにokwaveなどで誰かから表現を教わり、その表現が解りよいしっくり来る表現だったとします。
その表現(=解りよいしっくり来る表現)で医師に伝えても構わないかどうかを教えて下さい。

投稿日時 - 2013-05-27 15:51:45

QNo.8107362

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

自分の心の中のことは自分が一番知っていると思います。その内容を医師に伝えた後、客観的に判断し、診断してくれるのが医師であると思います。どういう時にどういうふうに自分が思ったか、どのような行動をしたのか、色々な心の出来事や実社会での出来事などは自分の言葉で綴った方がいいと思います。診断が納得のいかないものであった時、その時は医師に口で伝えたらいいと思います。

投稿日時 - 2013-05-29 22:04:59

お礼

ご回答有り難うございます!

なるほど、自分の言葉で綴るのが一番なのですね。
身内の方も同意見で、自分の言葉で伝えることが重要とのことでした。
しかし僕は口で伝えることはできません。

投稿日時 - 2013-05-31 05:37:11

ANo.2

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回答(4)

No.1,3です。お礼をありがとうございます。
また、長文となりましたことを先にお詫びいたします。

返信の順番が前後しますが、No.3の補足から返答いたします。
高機能自閉症を診断した方は現在の主治医とは別の方だということですが、症状の改善があり、主治医との意思疎通も良好ならば、先の診断医(高機能自閉症を診断した医師)と連絡を取ることもないと思います。
主治医と意思疎通が上手く行かなくて、どうにもこうにもしようがなくなったときに、先の診断医に頼るということで良いと思いますし、ご質問者が仰るように、連絡するときは先ずはご家族と相談してからが良いと思います。


続いてNo.3のお礼の最後の箇所について返答いたします。
>No.2さんの仰る自分の心の中のことを医師に伝えた後、客観的に判断し・・・の「客観的」というのは、例えば僕が『まるで操られたような感じがした』と伝えたとします。
それを医師が『自分の中で起きた出来事(客観的な判断)なのですね。』と考えたというのが客観的な判断に思いました。
そういうのも仕事の一つだと聞いたような気がします。

これは、できればNo.2さんに直に訊いていただきたいです。
『まるで操られたような感じがした』というのは確かに、『自分の中で起きた出来事』ですが、問題なのは「本当に操る人がいるのか」という点です。
医師がそれ(本当に操る人がいるのかどうか)を客観的にみて、その様な人物はいないと判断すれば、それは「症状として判断され診断が下ります」。

私は、それらの一連の行為が医師が行う客観的な判断であり、診断だと思います。
客観視なくして正確な診断(仕事)は出来ないので、「報告書は自分の言葉で伝えることが大切」なんです。誰かの視点や意思が混入すると不味いのです。
外国の映画や小説が和訳されるとき、下手な訳者が和訳すると、作者が伝えたかったこととニュアンスが変わってしまうことがあります。そして作品の評価までも下がってしまうことがあり、作者に不名誉を負わせることになりかねません。

それと同じことが、ご質問者の文章を添削するときにも起こりかねないのです。
(作者を ご質問者に、そして訳者を回答者に、観客や読者を医師に、そして、不名誉を誤診に置き換えて考えると解りやすいと思います。誤診が起きた場合は、もっと複雑でデリケートな問題です。医療問題に発展し、ご質問者と主治医、ご家族に掛かる精神的なダメージと金銭的な被害は膨大です。特に主治医にとっては、信用問題に関わってきますので経営や社会的名誉にも影響します。)
それがあるので、ご質問者が添削を依頼することに手放しで賛同する人がいないのです。

これまでも何度かご質問者から回答者側への問がありましたが、添削に対しての意見は、全面的に反対か、条件付きで賛成(ご質問者が書いた原文を必ず添付する)のどちらかしかなかったと思います。
それは、診断が不正確になることに対して懸念があったからです。


最後になりましたが、No.3での最初の二つの質問に返答いたします。
>「報告書は自分の言葉で伝えた方が良い、いや、寧ろ そうするべきだ」と考えている方が圧倒的に多いからだと思います。~ご質問者が自分で「報告書は自分の言葉で伝えたい」と本気で思わなければ、いくら「報告書は自分の言葉で伝えるべきだ」と回答しても、ご質問者の心に言葉が届かないので意味がないと感じたからなのでは。

この箇所が解らないということでしたが、要するに、このご質問を閲覧した人の多くは、「なるべくなら報告書は自分の言葉で伝えた方が良い」または「自分の言葉で伝えるのが当然だ」と考えている人が多いと思います。しかし、それを言ったところで、ご質問者にその考えを受け入れる気持ちがなければ、回答したところで何も変わらない、そう考えた人は意義が見出せないので、参加しないだろうということです。

もっと短く明確に言うと、
「これは他人がとやかく言うことではなく、ご質問者自身の問題であり、ご質問者が自分で決めることだ」そう考えた人たちが多いので、この質疑に参加する人が少ないのだろうということです。

実際はこれだけではなく、先の返答でも書いた「医療問題」が大きく関わっていると思います。
ご家族が添削に反対なさっているのも、「医療問題」があるからでしょう。


>>これは、なかなか良いアイディアだと思います
―――ということについてですが、身内の方はそれはおすすめしないと言いました。

No.2さんのお礼の中でご質問者は、
>自分の言葉で綴るのが一番なのですね。
身内の方も同意見で、自分の言葉で伝えることが重要とのことでした。
しかし僕は口で伝えることはできません。

と仰っています。
このこともそうですが、以前も私個人に宛てられたお礼の中でも同様のことが書かれていました。
ですから、ご質問者がここで添削を依頼しているのは、診察のときにご質問者が独力で書いた報告書を医師に見せたときに理解できなかった箇所をあれこれ訊かれても、口頭で上手く説明できなくて困ることがあったので、そういう不備がないように、予め理解しやすい内容に添削して貰うという目的あってのことだと思っていたのですが、

No.3の補足では、
>僕の言葉が主治医の先生に伝わったことが今まで多かったと思いますよ。

と仰っていますので、現状としてはそれほど困っているのではなく、ただ添削して貰うことが趣味や習慣の様になってしまっているということなのですか?

ご家族が他人が添削することに反対なら、他人に添削を依頼するのはやめるべきでしょうね。どうしても、診察には添削文が必要だというのなら、ご家族がするよりないでしょう。そして、ご質問者が診察時に口頭で主治医に上手く説明できないのなら、ご家族が、あなたに代わって返答するよりないでしょう。
添削も代弁も、ご家族が拒否していて、診察がどうにもこうにもならないというのなら、他人が報告文の添削を手伝うのは仕方のないことですが、それすらもご家族が反対だというのなら、その辺の事情を主治医に理解していただいて、診察時間を長く取って貰うよりないでしょう。


結論としては、
1)診察に特に不都合がないのなら、
「ご質問者が誰の力にも頼らずに自力で報告文を書く。」

2)不都合はあるけれど、ご家族の意向を汲みたいのなら、
「極力添削は避けるように心掛け、ご家族が読んでも意味が解りにくい箇所だけ、ご家族に添削を協力していただき、診察には ご家族が付き添い、ご質問者が口頭で上手く説明できない箇所を代弁していただく。」

3)不都合はあるが、ご家族に添削や付き添いに協力していただけないのなら、
「主治医に、ご家族から他人の添削は反対されていることを説明した上で、診察時間を長く取っていただけるようにお願いし、自力で書いた報告文を読みこなしてもらう努力をしていただき、ご質問者も説明に尽力する。」

それが今、考え得る対処法です。
私も本当のところは報告文の添削には手放しでは賛成はできません。
「主治医と意思疎通が殆ど出来ないという困難な状況にあるときにだけ、ご質問者の原文を添付した上での条件付きで、なおかつ、ご質問者とご家族が添削文を更に添削するという条件付きでの賛同」という立場です。

「多少の時間が掛かろうとも、最終的には言葉が伝わるのであれば、添削の必要は全くない」そう考えていますし、ご質問者のご病気も、人に自分の言葉を伝える力が向上すれば、快方に向かうものと思っています。
ご家族もご質問者に報告文を自力で書くことを勧めているのも、ご質問者が「自分の力で自分の言葉を人に伝える力を身につけて行くことを望んでいる」からではないでしょうか。

一見遠回りのようですが、しばし報告文から離れて、純粋に読書(ネットには『青空文庫』もあります)をして、あるいは新聞のコラムを読んで、解らない文章の意味を身近な人に質問する、それを日々重ねることでご質問者の報告文を書く力は自然と向上するものと思います。それが、この医療問題を抱えた出来事で、誰もが悩んだり苦しんだりしない最善の策だと思います。

投稿日時 - 2013-05-31 11:37:28

お礼

再度ご回答有り難うございます!

『まるで操られたような感じがした』と言うと、妄想的なニュアンスがない表現だと思うし、本当に操られた感じがしないという解釈から医師は自分の中で起きたことだと客観的に判断したのだと思います。
この時、操る人はいるように感じました。
頭の中の主が操っているように感じたし、テレビで出演者たちが操っているように感じたし、色々です。
以前質問した内容についてで思ったのですが、僕を操った人の主の名前が勝手に浮かんだことがあったということもこういう解釈だと思いました。
操る人がいるのもいないのもpo-ria1さんは症状だと判断したのだな、と思いました。

それと報告書は下手でもそうでなくても自分の言葉で綴ることが大切だと身内の人は言いました。
今回はpo-ria1さんとは別人物のご回答をベストアンサーにします。

投稿日時 - 2013-06-02 08:33:04

>本質問に対するご回答が少ない原因は何なのかが知りたいです。

「報告書は自分の言葉で伝えた方が良い、いや、寧ろ そうするべきだ」と考えている方が圧倒的に多いからだと思います。
けれども、ご質問者が悩んでいるご様子が質問文から覗えるので、(添削目的で質問することに対して否定もしづらくて)回答しづらいと感じている方が多いのではないでしょうか。

それと、ご質問者が自分で「報告書は自分の言葉で伝えたい」と本気で思わなければ、いくら「報告書は自分の言葉で伝えるべきだ」と回答しても、ご質問者の心に言葉が届かないので意味がないと感じたからなのでは。


>今後報告文は自分の言葉で伝えることにして、それプラス「誰かから教わった添削文はこうだった」と言うことを担当医師に伝えることはオッケーかどうかが知りたいです。

これは、なかなか良いアイディアだと思います。

(以前、回答したときにいただいたお礼から感じたことで、これは私の推測ですので、違っていたらすみません…)ご質問者は、ご自身の力で真剣に書いた報告文が、主治医には理解していただけなかったことがショックだったので、こういったサイトで添削を依頼することをお考えになったんだと思います。
この推測が当たっているのなら、ご質問者が添削に拘ることは理解できます。
一所懸命書いた自分の文章が無駄になるくらいなら、誰かに添削して貰ってでも、自分が言いたかったことを伝えたい、そういうことなんだろうと。

でも、ご質問者が自分の言葉で主治医に伝えること、これはとても大切なことだし、以前は主治医には上手く伝わらなかったこともあったけれど、今なら誰の力を借りずとも言葉が伝わるかもしれず、主治医もご質問者との付き合いが積み重なった分、以前よりも、ご質問者の気持ちも言葉も理解できるかもしれないですよね。

近頃のご質問文を読んでいると、「ご質問者が思い悩むほど、ご質問者の言葉が主治医に通じないということはないのでは?」と思えることが多々ありました。
どうしてもと言うのなら添削できないことはないけれど、「そのままで充分、訴えたい事柄は理解できるけれどな」と。

ですから、私はご質問者の提案に賛成です。
最初にご質問者ご自身の言葉で報告をして、それで主治医に上手く伝わらなかったときだけ、「実は添削してもらった文章もあるのです。僕はこういうことを伝えたかったんだと思っていますので、こちらも参考にしてください」
そんなふうに、話を進めたら良いのではないでしょうか。

**

ところで、ご質問者を統合失調症だと診断した方は今の主治医だと思いますが、この方は高機能自閉症についても理解が深い方、つまりは、発達障害に関する専門医でもあるのでしょうか?
高機能自閉症を診断した医師と統合失調症を診断した医師は同一人物なのでしょうか? それとも別の方なのでしょうか?
高機能自閉症を診断した医師と統合失調症を診断した医師が別人だった場合ですが、高機能自閉症を診断した医師から統合失調症を診断した医師へ申し送りはあったのでしょうか?

もし、それぞれの診断をした医師が違う人であるならば、今の主治医とコミュニケーションを取るのが難しければ、高機能自閉症を診断した医師に一度、そのことについて相談してみては如何でしょうか。
高機能自閉症を診断した方が小児神経科医や児童精神科医だった場合、ご質問者が受診するのは難しいと思いますが、一度その方の勤務する病院の方へ手紙か電話(電話だと込み入った話はしづらいので、手紙の方が良いと思います)で連絡を取ることで、今後のことを含め何か良いアドバイスをしていただけるかもしれませんよ。

投稿日時 - 2013-05-30 00:24:25

補足

補足です。お礼で忘れていたことがありました。

僕の言葉が主治医の先生に伝わったことが今まで多かったと思いますよ。

高機能自閉症と統合失調症を診断した医師は同一人物ではありません。
高機能自閉症は障害発達センターで、統合失調症は精神科で診断されました。
精神科で統合失調症を診断され、薬を増やしてから、症状が軽くなったように思います。
僕は電話だと苦手なので、手紙で良いと思いますが、身内の方にまずこのことを相談すると良いかもしれません。

投稿日時 - 2013-05-31 05:48:59

お礼

再度ご回答有り難うございます!
しかしpo-ria1さんの仰る内容が理解できませんでした。

>「報告書は自分の言葉で伝えた方が良い、いや、寧ろ そうするべきだ」と考えている方が圧倒的に多いからだと思います。
けれども、ご質問者が悩んでいるご様子が質問文から覗えるので、(添削目的で質問することに対して否定もしづらくて)回答しづらい《中略》
自分で「報告書は自分の言葉で伝えたい」と本気で思わなければ、いくら「報告書は自分の言葉で伝えるべきだ」と回答しても、ご質問者の心に言葉が届かないので意味がないと感じたからなのでは。
―――という内容のご回答文の意味が分かりません。
具体的に教えて下さると助かるのですが・・・

>>今後報告文は自分の言葉で伝えることにして、それプラス「誰かから教わった添削文はこうだった」と言うことを担当医師に伝えることはオッケーかどうかが知りたいです。

>これは、なかなか良いアイディアだと思います
―――ということについてですが、身内の方はそれはおすすめしないと言いました。

No.2さんの仰る自分の心の中のことを医師に伝えた後、客観的に判断し・・・の「客観的」というのは、例えば僕が『まるで操られたような感じがした』と伝えたとします。
それを医師が『自分の中で起きた出来事(客観的な判断)なのですね。』と考えたというのが客観的な判断に思いました。
そういうのも仕事の一つだと聞いたような気がします。

投稿日時 - 2013-05-31 05:44:54

>「報告書は自分の言葉で綴ったほうが良いと指摘された」こと
文章の言い回しなどにも精神状態が現れるので、本来なら“報告文はご質問者のもとの文章のままで提出するのが良いと”いうのは当然のことであり、それが理に適っていると思います。

しかし、
>このことについては主治医は特に何も仰らなかったです。
というのも、主治医はご質問者が、
>適切な表現が思いつかないことなどが理由で、他人からご回答を戴いて解りよいしっくり来る表現があればその言葉で医師に伝えたい気持ちが強い
――ということに理解を示していて、なおかつ、ご質問者が以前 明かしていらっしゃったように、ご質問者が独力で綴った報告文が主治医には難解で診療時間内に読みこなせず、現実には添削を要する内容に感じられたので、現状としては“折り合いを付ける”よりなかったんだと思います。

(“折り合う”とは、もともと「互いに譲り合って解決する」という意味ですが、ここでいう“折り合いを付ける”とは、ご質問者が独力で綴った報告文を主治医が診療時間内で読みこなすという「理想を追求するよりも」、他人の添削が入っていても、ご質問者が症状として訴えたかったことを把握するという「実益を取る」ことで意思疎通をスムーズにしたいという、ご質問者と主治医、双方の欲求を満たすということです。)

主治医は理想としては「報告書は自分(ご質問者)の言葉で綴ったほうが良い」と考えているけれど、現実問題として、ご質問者が独力で書いた報告文を読みこなせなければ、充分な診察も診療も行えないので、ご質問者がご家族や回答者に「報告書は自分の言葉で綴ったほうが良いと指摘された」ことを告げても、それを肯定することも否定することも出来なかったのでしょう。

私は主治医から禁止されているのではない以上は、ご質問者がここで回答として得られた添削に対し、主治医に伝えたかったことと合致していると心から思えるのならば、回答を参考にしても構わないと思います。
しかし、手直しされたものである以上は、報告文の提出の仕方に工夫があった方が良いと思います。
例えば、明らかに添削である箇所(原文にはなかった表現や語句が付け足された箇所や、本当に言い換えて良いものか疑問を感じている箇所など)にはカラーペンでアンダーラインを引いておくとか、報告文には必ずご質問者が独力で書いた原文を添付するなど、主治医とご質問者の間で予め約束事を決めておくと良いと思います。

報告文に関しては、ご質問者が信頼している身近な方に一度読んで貰って、表現が大袈裟であるかどうかということよりも、「意味の通る文章になっているかどうか」という点についてチェックして貰うと良いと思います。(気心の知れた人以外と会話する上でのアドバイスとしてならば良いのですが、大袈裟と言われたことを恥じて書き換えてしまっては症状の書き換えになってしまうので、報告行為として考えたとき、あまり良いこととは思えないからです。)
そして言い換えを一緒に考えていただいても、どうしても合致する表現がみつからないときだけ、こういったサイトを利用したら良いと思います。

投稿日時 - 2013-05-28 01:06:14

お礼

詳しいご回答有り難うございます!
本質問に対する回答が少ないのにも関わらず、po-ria1さんからご回答が来てくれただけでもスッキリしました。
本質問に対する回答が少ない原因は、po-ria1さんが仰るように自分の言葉で症状を医師に伝えることも精神状態が現れるということなので、それが原因かと思いました。
質問文の意味は全体的に理解できる内容ですが、皆さんは自分の言葉で伝えたほうが良いということを考えているように思いました。
po-ria1さんに、再度ご回答してもらいたいことがいくつかあります。

本質問に対するご回答が少ない(po-ria1さんだけしか回答が来てません。)原因は何なのかが知りたいです。

それと
>ご質問者がここで回答として得られた添削に対し、主治医に伝えたかったことと合致していると心から思えるのならば、回答を参考にしても構わないと思います。
―――とのことで質問なのですが、今後報告文は自分の言葉で伝えることにして、それプラス「誰かから教わった添削文はこうだった」と言うことを担当医師に伝えることはオッケーかどうかが知りたいです。

お手数ですが、再度ご回答戴けると助かります!

投稿日時 - 2013-05-29 18:27:29

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