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日本にとって天皇陛下とは

私は、天皇陛下、皇后陛下のご様子やご発言をテレビで観るたび、とてもお優しく感じ、大好きです。大好きという言葉は、天皇陛下、皇后陛下に対して使う言葉ではないかもしれませんが・・・
最近、NHKで古事記に関する番組を観てから、日本にとって天皇陛下ってなんだろうと不思議に思うようになりました。
外国の王様は、戦争で負けたら殺されたりしてて、日本の天皇陛下のように古代から現代まで続いていることってあるのでしょうか?
戦国時代や江戸時代も天皇という立場だったということ。
日本にとって、また日本人にとっての天皇陛下は、過去から現在まで、どのような存在だったのでしょうか?
すみませんが、お教えくださいますよう、お願いいたします。

投稿日時 - 2013-10-20 10:31:07

QNo.8313014

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

>日本の天皇陛下のように古代から現代まで続いていることってあるのでしょうか?
ありません。
>日本にとって、また日本人にとっての天皇陛下は、過去から現在まで、どのような存在だったのでしょうか?
時代や立場によって大きくかわります。
現在のように国民(庶民)が親しみを持って接していた時代はありません。

古事記の番組でもお判りの通り、平安時代以前は統治者としての権力を持っていましたが、以降は実質的な統治業務には携わっていません。
鎌倉時代の末期に、後醍醐天皇が実質的な統治権力を取り戻そうとしましたが上手くいきませんでした。

一方で、どの時代でも実質的な統治権力を手に入れる為には、天皇を頂点とする組織の一員として認められる必要がありました。
いわゆる、官位と呼ばれるものです。
このようなことは、諸外国では有りませんでした。
実質的な統治権力を持つ人は常に最高の人(国王)で、誰かに認めて貰うという形は取られませんでした。
日本でのみ、このような制度がなぜ古代から現代まで続いているのかについては、無数の議論が拡げられていますが、未だにこれだという定説はありません。
現在でも、形式的ではあるのせよ、総理大臣をはじめ内閣の諸大臣は皇居で認証式という儀式を執り行いなす。

戦国時代には、武力で統治権力を手にしようとして争いましたが、最終的には京都へ行き、天皇から官位を貰うことを目指していました。
豊臣秀吉も関白という官位を手にすることで、実質的な統治者として認められました。
徳川家康は征夷大将軍という官位を手にすることで実質的な統治者として認められました。
以降は、子孫が征夷大将軍という官位の継承を認めてもらうことで各藩の上に立つことができました。

天皇は、実質的な統治者ではなかったことから、経済的には非常に苦しい時代が続きました。
酷い時には、京都御所の塀が崩れ、中で食事をされている姿が道から見えたということもありました。

明治維新の際に大政奉還ということが行われたのは、この実質的な統治権を天皇に返しますという意味です。
薩長軍が江戸庶民に天皇を教えるのに
「お稲荷さんは正一位だ、徳川様は征夷大将軍だ、この位をお授けになったのが天皇だ、つまり天皇はお稲荷さんや将軍様より偉い人なのだ」
と説明したそうです。

天皇が諸外国の国王と大きく違うのは、平安時代以降軍事力を持っていませんでした。役職として検非違使というものがありましたが、これはあくまでも天皇の身辺を警護する役割でした。
武力が必要な時には、平家や源氏のような武力集団を使いました。
明治時代になり、統帥権という権力を天皇の権力として設け、内閣とは独立させていました。
これが、古事記の時代以来久しぶりに手にした武力でした。

天皇を神格化したり、最高権力者だと宣伝したりしたのは、昭和に入ってからです。
天皇は、国家統治の為の一つの機関であるという考え方は明治時代の半ばから昭和の初めまでは、学会でも広く認められていました。
中国大陸で戦争が長引き軍部が苦しくなり出した昭和10年以降この考え方は禁止されました。

ネトウヨが天皇がどうの国体がどうのと言いているのは、昭和初期の僅かばかりの時代の状態を闇雲にありがたがっているだけの話です。

投稿日時 - 2013-10-20 12:25:14

お礼

ご回答、ありがとうございます。
私は天皇皇后陛下にとても親しみを感じるのですが、このような時代は過去になかったのですね。
確かに古事記の番組では天皇は統治者として描かれていました。
平安時代以降は実質的な統治業務には携わっていないのですね。
どの時代でも実質的な統治権力を手に入れるためには、天皇に認められる必要があったのですね。
外国では統治権力は持つ者は最高の人で、誰かに認めてもらうという形ではなかったのですね。世界史に詳しくありませんが、たしかにいろんな国王がいたと習ったと思います。
戦国時代でも、最終的には天皇から官位をもらうことを目指していたのですね。
明治維新の大政奉還は実質的な統治権を天皇に返しますという意味だったのですね。
天皇を神格化したり、最高権力者だとしたのは、昭和に入ってからなのですね。私は明治時代から太平洋戦争が終わるまで、ずっとそうだったのだと思っていました。
いろいろお教えいただきまして、ありがとうございます。
心から感謝いたします。

投稿日時 - 2013-10-21 21:17:02

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回答(8)

ANo.8

小林よしのり氏の漫画「天皇論」「昭和天皇論」を

Amazonで買われて読んで見られたら、貴女がお求めの答えが

得られると思います。

漫画ですから、すごく読みやすく、また、とても理解しやすいですよ。

日本人なら、一読してほしいですね。

投稿日時 - 2013-10-22 22:12:11

お礼

ご回答、ありがとうございます。
小林よりのりさんのお坊ちゃま君は、ネットカフェで少しだけ読んだことがあります。
ぜひ、天皇論、昭和天皇論を読んでみたいです。
いろいろお教えいただきありがとうございます。
心から感謝いたします。

投稿日時 - 2013-10-22 22:36:14

ANo.7

マッカーサーと並んでる有名な写真があるよね。マッカーサーはノーネクタイで腰に手を当ててなかったっけ。
ローマ法王やイギリスの女王より偉いとそうなるのか。
近代化した土民を思考停止させるタブーの守護神みたいなもんです。
京都じゃ天皇さんなわけでしょ。それが正しいよ。非政治的・非宗教的には、天皇さんでしょ。足りねえ感じがするよね。
先述の写真にある昭和天皇のようなご苦労もないまま、民間の令嬢と恋したジミーさんは特別尊敬する要素はありません。
まさにダメ日本を象徴しています。お上品なだけ。
サヨク的(冷血)な視点を、非サヨク的(上品)に言えば、もはや思考停止装置の一つですかね。

考える価値はないですよ。和歌と生物学の勉強でもした方が天皇家の良さを感じられるのでは。天皇家自体の本音は自分の家系を存続させる商売ですから。韓国とのスポーツ大会とか韓国人が人助けして死んだ「きみを忘れない」プロパガンダ映画とかに顔を出してるようなら、いにしえに習って御簾の奥に引っ込んでいた方が御家のためだと感じますね。

投稿日時 - 2013-10-22 02:25:23

お礼

ご回答、ありがとうございます。
マッカーサーと昭和天皇が並んでいる写真は、映画のコマーシャルで観ました。
でも、昭和天皇のことは、まだ私は勉強不足でよくわりません。
いろいろお教えいただきありがとうございます。
心から感謝いたします。

投稿日時 - 2013-10-22 22:33:13

ANo.6

明治維新を境に、天皇のポジションが変わっている点。
それまでは、陰陽師が主体で国政を行っていたようです。
 
明治政府移行、国家神道を用い国民を洗脳し続け、神風特攻隊など「死を恐れない兵隊」へ繰り広げて来ました。

誰が原因といえば、李(イ)家の考え。
 
 
 
世界にコリアン王朝を切り開かんとする趣旨があったと考えられます。
 

投稿日時 - 2013-10-21 14:33:00

お礼

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2013-10-22 22:26:35

ANo.5

天皇陛下は、過去の古代においては、日本の統治者であったわけですが、基本的に日本神道の祭儀士の長です。

他の方も説明なされていますが、天皇家は平安時代末期には関白や摂政政治により、実質的な統治権を持っていない存在になってしまいました。
その後、武家の台頭により日本各地に所領を持つ大名が誕生し、それらを束ねる幕府制度が成立していきました。(もっとも、平安時代から荘園制度として各地は各地で自治していたわけですが)
形式的には武家は、朝廷(天皇)から統治権を委託された存在という位置づけだったわけです。

似た存在という事であるなら、中世ヨーロッパでも、王が統治権を認められるためには、キリスト教の法王から戴冠してもらう事が必要でした。キリスト教の神にその地を治める権威を授かるという事ですね。
国王といえども破門されると統治権を失い、それでも破門された王に従う領民(キリスト教徒)は同じく法王から破門されるということで、誰も従わなくなるのです。

中世においては直轄地を広大に持ち、そこを統べていた時期もあるようですが、基本的に神の代理人たる法王は権威はあっても統治権はない存在ですから、宗教者の長であるという点では天皇陛下に似ているといえるかもしれません。
ただ、法王はバチカン(ローマ)におられますが、イタリア一国の存在ではなく、キリスト教圏(それもカソリック)での存在なので、国に属していないですが、天皇陛下は日本国独自の存在であるというところが大きな違いになると思います。
他の方も説明されていますが、明治維新で日本国として纏まる為に、他の国(主にヨーロッパ)の皇帝などを模して国を代表する権威とした事が、宗教者ではなく日本の国を代表する存在となった大きな原因ではないかと思います。

もちろん個人的には私も天皇陛下の国民を慈しんで下さるご様子にはとてもありがたいと感じています。

投稿日時 - 2013-10-21 12:13:18

お礼

ご回答、ありがとうございます。
形式的には武家は、朝廷から統治権を委託されるという存在だったのですね。
中世ヨーロッパでも王が統治権を認められるのには法王から戴冠してもらう必要があったのですね。知りませんでした。戦争に勝ったら、王として統治してしまうものだと思っていました。
基本的の法王も権威はあっても統治権はない宗教の長という存在だったのですね。
ですが、法王は国に属していないので、天皇陛下は日本国独自の存在なのですね。
明治維新で日本をまとめる存在として主にヨーロッパの皇帝などを模して国を代表する権威としたこと、すごいと思います。
いろいろお教えいただきまして、ありがとうございました。
心から感謝いたします。

投稿日時 - 2013-10-22 22:24:52

ANo.4

”日本にとって、また日本人にとっての天皇陛下は、
 過去から現在まで、どのような存在だったのでしょうか?”
     ↑
良くも悪くも、日本と日本人を特徴づけた存在です。

1,独自性
中国に対する独自性の発露の為、天皇という呼称にしたのです。
天皇では中国の皇帝よりも偉そうだ、というので中国は激怒し
日本討伐の話しまで出ましたが、丁度その時、朝鮮と揉めていたため
取りやめになりました。
現代では、欧米に対する独自性の徴表という意味を持っています。
独自性を持たない国は衰退します。
欧米の真似では、二流の欧米人にしかなれません。
一流の日本人になる必要があります。
韓国では、朴正煕大統領が、何とかして自国の独自性を出そうとして
漢字を廃止し、ハングルだけにしてしまいました。

2,歴史を観て下さい
幕末、天皇がいなかったら日本は列強の植民地にされていたかもしれません。
維新後、政府は国民をまとめるのに苦労しました。
それは、当時の人間は藩人という意識が強かったからです。
それで山県有朋と西周が相談して天皇を持って来ることにしました。
お前等は、薩摩藩人、会津藩人という以前に、天皇が治める日本という国の
国民である。日本国民の誕生です。
これを国民国家といいます。
国民国家は国家の総力をあげて事に当たれますので、強力なのです。
世界で最初に成功したのが西洋です。だから西洋は強かったのです。
アジアで最初に成功したのが、日本です。
イラクやアフガンは、いまだにもめていますが、これは彼らにイラク国民だ
アフガン人だ、という意識が乏しいからまとまらないのです。
ああいう国に、天皇みたいな存在があったら、どんなに便利なことか。
中韓の反日には、国家を意識させ国民を団結させるねらいも
ある訳です。

3,公、という概念
国家は、国民という意識を国民に植え付けるのに苦労しています。
米国はその典型です。
米国という国は、人種、出身国、宗教、文化が異なる人間が集まってできて
いる国です。だからまとめるのが大変です。
その為、国旗を大切にし、何かというと愛国心をかき立てる行動に出ます。
時には戦争もやります。戦争ほど国民をまとめるのに適したものはありません。

オリンピックや国体とかの催しものはみな、国家を国民に意識させる為に
行われているのです。
だから税金を使ってまでやるのです。
国旗や、国歌などもその類いです。
その中でも、天皇というのは強力なツールです。
天皇は生きている歴史であり、歩く国家なのです。
人々は天皇に接し、想うとき否応なしに日本国家や日本の歴史を
想起します。
米国もこれを羨ましがり、天皇の存在は17個師団の軍隊に
相当する力があると分析しています。

4,汚職だらけのアジア諸国の中で、日本は比較的清潔でした。
それは、刑法学者に言わせると、天皇の存在と関係します。
汚職は天皇に対する犯罪で、絶対に許せない、という考え方が
強かったのです。
その反面、警察などによる職権濫用は大目に見られました。
戦後はそれが逆になっています。

5,かつて官僚は、政治家などは選挙区の代表に過ぎないが
我々は天皇の官吏として、日本全体の事を考える立場にある、
と誇り高く仕事をしていたのです。
その活躍が日本をここまでにした大きな要因の一つです。
現代でも、天皇に対する官僚の想いというのは相当強いですよ。

6,戦後、社会主義革命の嵐が吹き荒れました。
その前に立ちはだかったのが天皇制です。
社会主義は平等を理念としますので、天皇制とは相容れないのです。
それで米国も天皇制を残すことにしたのです。
天皇は社会主義に対する防波堤としての役割を果たしました。

7,中国などは易姓革命の歴史でした。
つまり前政権を根こそぎひっくり返し、新政権を打ち立てると
いう形式の歴史を繰り返してきました。
新政権≒新国家の設立 みたいなものです。
そのため、人口が1/3に減ったことが何度もありました。
残りの2/3は殺されたか、死んだか、海外に逃げたかした訳です。
海外に逃げたのが華僑です。
こういう歴史の為、中国人は政府や国家など信じません。
信じられるのは己とせいぜいが一族だけ。
だから、中国人は国家のいうことを聞かない国民性になったのです。
犯罪も多く、まとまりもありません。
孫文も言っています。
「日本人は粘土みたいだ。すぐに固まる。中国人は乾いた砂のようだ」
また、ある中国人学者は次のようなことも言っています。
「中国は靖国を批判しないで見習え。日本人の団結力はああいうところ
 から養われるのだ。祖国の為に戦死した人々を中国人は参拝
 したりしないではないか。だからいつも日本に負けるのだ」
こういう中国と比較すると、日本の歴史は比較的平穏でした。
それは形式的にせよトップに天皇がいて、その下で権力闘争をやる
という形だったからです。
これもある中国人学者が言っていることです。
「日本は大東亜戦争で、大きな打撃を受けたが、中国はあれ以上の打撃を
 600回も受けてきた」

8,権威と権力を分離し、もって独裁を防止する。
 こういう機能を、天皇制は持っています。
 権力は徳川将軍が手にしていたが、権威は天皇にあった。
 征夷大将軍という地位は、天皇から将軍に与えるものである。
 現在でも、内閣総理大臣を任命するのは天皇です。
 国会は指名するだけです。
 池田大作が政権をとり、独裁を敷こうとしても、天皇制は大きな
 障害物になるでしょう。

9、象徴性
選挙で選ぶとなると政治家みたいな人が選ばれることになります。
そうなると、政治的対立が生じ、全国民の象徴であるべきなのに
右側の人だけの、左側の人だけの象徴になりかねません。
非常に生臭くなります。
その点、天皇は政治的対立が少なく、全国民の象徴にふさわしい
いえます。

投稿日時 - 2013-10-21 06:56:06

お礼

ご回答、ありがとうございます。
王とか皇帝ではなく、なぜ天皇という呼称なのかと思っていました。
中国に対する独自性の発露から天皇としたのですね。
ハングル文字というのは、昔からあったのではないのですね。知りませんでした。
天皇陛下の存在は、汚職は天皇に対する犯罪だという気持ちを持たせたり、官僚が日本全体を考える立場にあるという誇りをもったり、社会主義の防波堤になったり、いろいろな役割を果たしたのですね。
その役割が今日の日本をつくったのですね。
山形有朋や西周というひとはすごい人だったのですね。
維新後、政府は国民をまとめるのに苦労したのですね。藩人より先に天皇が治める日本国家の国民であるという考えすごいと思います。
権威と権力の分離という考えもすごいと思います。
いろいろお教えいただきまして、ありがとうございます。
心から感謝いたします。

投稿日時 - 2013-10-21 21:53:17

ANo.3

天皇が代々続いてきたからこそ日本はどこの国からも侵略を受けなかったのだと思います
かつてペリーが開国を迫ったとき彼は言いました「アメリカが日本に唯一勝てないもの それはエンペラーの存在だ」と

日本のようにひとつの王家が代々続いているくには今はありません
日本だけです
日本の天皇は世界で唯一「エンペラー」の称号を国際的に使うことが認められています

シューキンペイもパククネも天皇陛下を前にしたら黙るでしょう
それだけものすごい存在感と存在意義があるのです

投稿日時 - 2013-10-20 18:25:56

お礼

ご回答、ありがとうございます。
ペリーが、アメリカが日本に唯一勝てないもの、それはエンペラーだといったのですね。
知りませんでした。
確かにアメリカの歴史で王様がでてきません。
ペリーもすごい人だったのですね。
いろいろお教えいただきまして、ありがとうございます。
心から感謝いたします。

投稿日時 - 2013-10-21 21:24:25

ANo.2

NHKの番組は見ませんでしたが、私の聞いた話では、
古事記の中では、神の一派が地上に降りて天皇家となった。日本国民はすべてその子孫である。
と書かれているそうです。(古事記物語は読んだことがあるのですが、このあたりはよくわからなかった。やはり「物語」でなく原文で読まないといけないのかな)
つまり、「天皇は神の子であり、アダムとイブである。」ということらしいです。

古事記は最初の体系化された神話と歴史の書なので、いわばバイブルですから、その後、何かにつけて物事の標準とされたのでしょう。どうみても天皇の立場は「一番偉い人」に祭り上げるのに、都合がよいですよね。

天武天皇が指揮して編集したのですから、天皇に都合のよい内容になっているとはいえ、この設定を考えた天武天皇(あるいは編集長の太安万侶)は、よほど頭の良い人だったのでしょう。

投稿日時 - 2013-10-20 13:22:17

お礼

ご回答、ありがとうございます。
天武天皇は、すごい人だったのですね。
太安万侶という人は、今でいう編集長なのですね。
私は古事記を全然読んでないのですが、NHKの4回シリーズ番組を観て、すごいなと思いました。
いろいろお教えいただきまして、ありがとうございます。
心から感謝いたします。

投稿日時 - 2013-10-21 21:20:52

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