こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

締切り済みの質問

科学と魔法の違いを述べよ

『科学と魔法の違いを述べよ』

とうい問いに対してあなたはどのように答えますか。
「魔法を定義できない以上答えようがない」という回答以外でお願いします。

投稿日時 - 2013-11-20 13:40:15

QNo.8354815

暇なときに回答ください

このQ&Aは役に立ちましたか?

1人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(33)

ANo.33

意味は通じますよ。通じなくなる人はみんな同じ類いです。

具体例というか存在しているかどうかからの議論でしょうに。
いきなり比較してるじゃん。
どういう前提ですか。
神の意志と宇宙の法則を比較してください。神の意志は存在します。どの現象が宇宙の法則でどの現象が神の意志のみかを教えてください。
神のせいで頭を悪くしてるじゃないですか。もちろん科学で頭をおかしくしている人もいますが、神の方は頭を良くする場面がないのです。悪くするばかりの意味が分からないのですか。
話になってないのに科学にかまってもらうための書き込みはやめましょう。魔法はないですよ。学校や文部省で魔法が認められますか。現実社会はそうでしょ。なのにここの科学カテゴリだけが魔法を認めるなら非現実的な質問サイトですね。逆を言うと魔法好きが多いというのを質問者が証明していますね。そこをあてにしているわけです。科学者の堕落暗黒面です。

→質問者が具体例を一つもあげられないならどうなるのこの質問は?魔法は行方不明ですか。その質問は健全な精神上に成立していますか。

投稿日時 - 2013-11-25 16:33:01

お礼

すみません、本当に回答の内容が分からなくなりました。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-11-25 17:28:45

ANo.32

魔法の具体例を聞いている質問じゃないでしょ。ないのに問答してたの?
魔法?そんなのないよ。
あるというなら具体例を出してくれでしょ。どこにもないのに無価値でしょ。
この論理が成立しないなら終わりですよね。話にならない人は哲学カテゴリ行きですよ。そういう人らのためにマホーという言葉がある、それだけでしょ。それが魔法だと説明しましたがそのまんまじゃん。
魔法好きはバカだという判定が正しいじゃないですか。魔法詐欺で利益を得ているのならともかく自分の頭をおかしくする以外の力はありませんよね?

投稿日時 - 2013-11-25 00:13:18

補足

それとバカかどうかの話は哲学ではなく人生相談のカテゴリですね。

投稿日時 - 2013-11-25 01:12:51

お礼

ご回答ありがとうございます。

>魔法の具体例を聞いている質問じゃないでしょ。ないのに問答してたの?

同じことだと質問者の私は思いますよ。
具体例が挙げられれば科学との違いを比較検討できるのですから。

>自分の頭をおかしくする以外の力はありませんよね?

ちょっと意味が分かりません。

投稿日時 - 2013-11-25 01:01:41

ANo.31

『魔法は魔法を理解するための思考方法と言えますか?
とすればテレビは魔法としても科学としても理解可能ということですよね。』

魔法を独自の哲学的思想と解釈すればその通りです。
前の回答でも書きましたが魔法は元々は全く別物の色々なヨーロッパの概念をひとまとめに「魔法」という言葉で翻訳してしまったものですので。

そもそも魔法が何か知りたかったのなら『魔法ってなんですか?』と質問されればよかったと思うのですが。


では改めて魔法とは何か答えましょう。

『ヨーロッパの非キリスト教系の宗教から発生した哲学だったり、古代の迷信だったり、単純に知恵者を表す言葉だったり、さらには近代のフィクションの中に登場するご都合主義的な超能力だったり、いろんな概念をひとまとめにして『魔法』って翻訳しちゃった言葉』です。

なので魔法を一言で『これだ』と答えることは不可能です。今までの他の回答者さんたちの答えもまちまちでしたよね。
つまり1人1人魔法という言葉から得られるイメージが様々な訳です。
一方、shift-2007さんも他の回答者さんたちの答えに対して否定したり肯定したり色々ですが、もはやshift-2007さんが頭の中でイメージする魔法と近似した回答を求めてるだけになっているように思います。
さて、私の回答はshift-2007さんの魔法のイメージにどの程度近いでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-24 23:15:56

お礼

ご回答ありがとうございます。

「科学は魔法ではない」

結局はっきり言えるのはこれだけのようですね。

投稿日時 - 2013-11-25 00:57:52

ANo.30

科学の延長線上に魔法があるなら必ず科学で魔法を再現することができます。(人間の能力、技術力は関係なしで)もしそれが出来ないのなら科学と魔法は区別されるべき存在だと思います。

個人的に魔法とは意識で作用させる力だと思います。

投稿日時 - 2013-11-24 10:06:17

お礼

ご回答ありがとうございます。

古い漫画で恐縮ですが、「コブラ」という漫画がありました。
その主人公はサイコガンという精神エネルギーを利用した武器を持っていました。
そういう時代になったとき魔法と科学は融合するのかもしれませんね。

投稿日時 - 2013-11-24 20:36:42

ANo.29

shift-2007さんとcustomarさんとのやりとりを見てて思ったのですがshift-2007さんって科学の限界とshift-2007さん個人の限界が頭の中で混乱してませんかね?
shift-2007さんが理解できないからテレビや宗教家や量子力学は魔法、という論調がみられますけど、単にそれはshift-2007さんがこれらを理解できないから魔法だって言い張ってるだけなのかなと思います。

分からないものを論理的に分析する姿勢が科学な訳ですよ。テレビが科学ではないんですね。テレビってどういう仕組みで映像が映るんだろう、と考えて調べる姿勢が科学です。祈祷師やお坊さんを魔法使いという言葉で片付けて思考停止せずにお坊さんが実際にどんな人たちなのか、神道とか仏教って何なのかを調べることが大切な訳です。
分からなくてもいいんですよ。科学は理解するための思考方法なのです。理解できなければ科学じゃない、というものではありません。

一方、shift-2007さんの仰る魔法ってなんですか?科学は科学だけで科学足りえます。魔法は魔法だけじゃ魔法足り得ないんでしょうか?shift-2007さんは科学じゃないから魔法、という風に魔法は単独では存在しえない存在として考えられてるのでしょうか。
実際のところ、魔法ってヨーロッパの非キリスト教系の宗教から発生した哲学だったり、古代の迷信だったり、単純に知恵者を表す言葉だったり、さらには近代のフィクションの中に登場するご都合主義的な超能力だったり、いろんな概念をひとまとめにして『魔法』って翻訳しちゃったんですよね。なので、前の私の回答でも描きましたが、迷信色が強く思考停止の言い訳に使われる言葉ともなっているわけです。
では、shift-2007さんの言う魔法って何でしょう。customarさんが仰るように、何が魔法かを具体的に仰っていただければshift-2007さんの仰る問題は解決しやすいと思うのです。
科学にはできないこと、ってだけじゃそれは科学でも魔法でもない全く別のものかもしれませんからね。

投稿日時 - 2013-11-23 23:39:11

お礼

ご回答ありがとうございます。

>shift-2007さんの言う魔法って何でしょう。

先のご回答にも書きましたがそれが分かればこんな質問は立てないわけです。

>科学は理解するための思考方法なのです。

ということは魔法は魔法を理解するための思考方法と言えますか?
とすればテレビは魔法としても科学としても理解可能ということですよね。

投稿日時 - 2013-11-24 20:33:26

ANo.28

お礼ありがとう。
マホー好きはただの馬鹿だ、科学の公式でメッキされていても、マホー好きは脳の深い所が馬鹿なんだというオチは望んでないでしょう。

仮に魔法が実在したとしても科学に出来なければそれは魔法であるにはなりませんよね。どうですか。
マホーはマホー単独で自力で実在証明も出来ないのかよ(^^)出なければ魔法であるなんて論法はないよ。魔法がしたという証明、説得力がなければ、原因はミホーでもモホーでもいいだろ。
魔法は単なるめちゃくちゃになるだけだから無価値なんですよ。
ネットが普及している科学時代に未解決の現象を魔法だと宣言して何になるの?哲学カテゴリの議論と同じ無価値でしょ。無価値好きなんですよ。そういう気分屋のために芸術とかいう感情論の価値世界があるわけです。

逆に何が魔法かを具体的に教えてよ。それで一つ解決するんじゃない?

投稿日時 - 2013-11-23 21:51:13

お礼

ご回答ありがとうございます。

>逆に何が魔法かを具体的に教えてよ。それで一つ解決するんじゃない?

私がそれを聞いているのです。

投稿日時 - 2013-11-24 20:23:47

ANo.27

魔法=因果関係の存在も説明も一切不要。

投稿日時 - 2013-11-23 18:23:57

お礼

ご回答ありがとうございます。

必ずしもそうはならないはずです。
呪いのわら人形が魔法だとすれば、
丑の刻、わら人形、五寸釘、等々の小道具が必要なわけでそれを決められた手順に沿って使い相手を呪い殺すわけです。
そういう因果関係はあるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-24 20:51:03

ANo.26

科学にできなくて魔法にできること、それ科学と魔法の最大の違いですね。
すなわち、魔法は理由を具体的に説明せずにごまかせる、ということです。
魔法は現実世界では具体的な何かは何もできません。テレビは作れませんし物を触らずに動かすこともできません。それが出来るのは漫画やアニメとかの中だけです。
しかし何かの現象の説明を求められた時に科学は具体的になぜかどうしてか再現可能なレベルまで追求しなくてはなりません。
しかし魔法は「魔法だから」ですませます。
雷が落ちたら科学者は雷はなぜ発生するのか、どういう因果関係で閃光や轟音が発生し、雷に打たれた物は壊れるのか、調べなくてはなりませんし、間違っていたら訂正する義務があります。
しかし魔法使いは「魔法です」と言えば終わりです。これは科学には不可能です。楽でいいですね、魔法って。

投稿日時 - 2013-11-23 17:24:00

お礼

ご回答ありがとうございます。

>魔法は理由を具体的に説明せずにごまかせる、ということです。

いえ、そうではないと思います
魔法には魔法の理論があってそれが科学の理論とは異なるということではないでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-24 20:21:35

ANo.25

質問の不備の反省よりも質問動機を提示すべきです。
魔法を肯定したいというのがすでに対立です。科学は科学内に魔法を認めません。科学カテゴリです。魔法との違いではなくて魔法は無いのです。
つまり神はいるのかと同じ質問なんですよ。だから動機が答えなのです。←意味分かりますか?マホーと言いたいからだけ。言葉とはそういうものです。科学もそうですがそんな科学はないという判定がなされます。過去の科学に対しても未来の科学に対しても常にです。もはやマホーはそこから逃避したグループです。つまり魔法は不必要なのです。トイプードルではなくサムライが魔法です。陰陽師でもいいですが。完全に科学的な集団には魔法は不要ですよ。

質問動機が全てであり、それ以外の問答は魔法という概念に関する机上の空論なんですが、質問者の価値観や動機が科学的ならば、例えばですね、ある現象に対して科学的に説明困難な場合それは魔法ですかという質問になると思います。魔法ではありません。科学が無能なだけです。科学をより有能にさせない障害物は魔法ではなく科学への信仰です。魔法は毒にも薬にもならない、無価値です。
ただし人を心理操作する力が魔法にはあります。馬鹿利口は定義も含めて判定が難しいとされますが魔法への強さで決まると思います。
じゃあ質問者みたいのは魔法に弱いかというと、もっとひ弱に弱い連中がいます。反体制である魔法を好きだと言えずに、自分は魔法好きという自覚のない連中です。科学の中に腐るほどいます。上から下までです。完全に科学的な立場を利用した詐欺師=魔法使いの魔法を科学的だと信仰している愚民のヒエラルキーです。精神科とか典型でしょ。きりありません。温暖化とか。よくわかりません。断言している連中はかなり魔法使いだと思います。燃えないゴミ、燃えるゴミ。

投稿日時 - 2013-11-23 02:27:38

お礼

ご回答ありがとうございます。

動機ですか・・・
魔法を肯定したいというよりは科学には何ができて何ができないのかをはっきりさせたいという感じでしょうか。
科学にはできないこと、それが魔法でしょうね。
何か思いつきますか?

投稿日時 - 2013-11-23 16:54:33

ANo.24

>目の前にあるテレビ、これが科学によって作られたものなのか、魔法によって作られたものなのか、
それこそ「魔法を定義せよ」という問題になりますね。テレビを魔法によって作られたものだと定義しても別に間違いではないんですよ。その定義の範疇にテレビの製造や開発などの条件が入るなら「テレビは魔法の産物であり、なおかつ現代の科学技術の産物である」と言えますので。魔法の産物だから科学とは違う、と言いたければ魔法の産物は科学技術の産物ではないことを証明するかあるいはそう定義しなければなりません。
そもそも科学自体複合的かつ曖昧な概念ですので言葉遊びにしかならないと思いますけどね。


>・魔法は自然法則を無視したもの
では質問者さんは魔法は自然法則を無視したものと個人的に定義するわけですね。この定義は一般化可能なのでしょうか?あくまでも質問者さんの個人的な考えではないでしょうか?例えばですが他の人は魔法を一見超能力に見えるが実際はまだ一般に知られていない自然法則を利用した技術だと考えているかもしれません。小説なんかだとよくある設定です。あるいは魔術は西洋の迷信や自然崇拝などから生まれた宗教的哲学的思想と考えているかもしれません。魔術結社を実際に創設した実在の人物アレイスター・クロウリーなんかはそういう考え方だったみたいですね。

しかも質問者さんはお坊さんや祈祷師を

>十分魔法使いの部類に入ると思います

と仰っておりますが、私は真言宗系や浄土真宗系のお坊さん、神道の神主さんと交流を持っていますが彼らは自然法則を無視した超能力は使えませんよ。
質問者さんは魔法をどのように考えてどのような考えから彼らを魔法使いだと仰っているのでしょうか?


>なるほど、必ずしも相反するものではないということですか。

質問者さんが魔法とは科学と相反するものと定義すれば質問者さんにとっての魔法は科学と相反するものになります。しかしながら魔法とは科学と相反するものではないと考えている人もいるということです。どっちが正しいというものでもありませんよ。私が先に書いたとおり、魔法は曖昧な概念ですから。


>そうなると我ながら意地悪な質問を立ててしまいましたね。
まーたまた(笑)。もともと意地悪な言葉遊びにしかならないとわかってて質問したんでしょ。
個人個人の魔法の定義があいまいなところを利用して回答の上げ足を取って楽しんでいたようにしかみえませんでしたよ。
もしまともにこの質問がしたければ「魔法とはどう定義すべきであり、それを科学とどう区別を付けるべきか」と質問すべきでしたね。
ご自分で『「魔法を定義できない以上答えようがない」という回答以外でお願いします』と言っているということは魔法の定義は明確ではなく、それを定義するのは難しいということを分かっていたんですよね。
これって 『x+1=?』の答えを教えてください。ただし「xが分からないから答えようがない」という回答以外でお願いします。 って質問するようなものじゃないですか。本当に自覚がなかったんですか?
なかったのならちょっと問題な気がしますね。

投稿日時 - 2013-11-22 20:03:36

お礼

>まーたまた(笑)。もともと意地悪な言葉遊びにしかならないとわかってて質問したんでしょ。

フフフ

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-11-23 16:44:36

ANo.23

NO.22 です。付記します。

「これは魔法だ!」と驚くひとには科学も魔法なのだという立場です。
逆に言えば

現代の科学者全員が「不思議だ!」といったものでも、いずれ理屈が分かるかもしれませんが、しかし厳密にこれらを仕分けることはできないのではないでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-22 17:56:58

お礼

ご回答ありがとうございます。

理屈を理解したからと言って魔法が消えたわけではない。
そんな感じだと面白いです。

投稿日時 - 2013-11-23 16:37:34

ANo.22

科学:出来事やしくみを可能な限り理屈で説明しようと努力する学問
魔法:特定のやりかたを踏めば実現する現象のなかで、それを見た他人が驚いたり不思議に思うもの、行為。

科学の中にも魔法のようなものはあるようですので、違いというより定義を立ててみました。違いをいえば、理屈にこだわらない(魔法)かどうかという一点ではないでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-22 17:46:50

お礼

ご回答ありがとうございます。

科学はプロセスを問題にし、魔法は結果を問題にする
そういうことなのかもしれません。

投稿日時 - 2013-11-23 16:35:18

ANo.21

えらい盛り上がってますな。盛り上がっているのを見ると参戦したくなります。
これまでの回答とは方向性を少し変えているつもりです。

で、「魔法を定義できない以上答えようがない」がダメなら、まずは魔法とは何かを考えなければなりません。

魔法とは何かと考えた場合に、既存の科学で解明できない現象が何者かによって引き起こされることだと思います。
だとすれば、現象を引き起こす人(物でも良いかもしれません)が存在することと、説明不能な事象であることが条件になると思います。
しかし、誰にとって「説明不能」であるかということは極めて曖昧です。科学的に説明可能なことであっても、ある人にとって理解不能であれば、それは魔法に見えます。この、「見えます」ということが重要だと思います。つまり、魔法自体は特定の現象をさすものではなく、見る人がどう思うかということに強く依存します。ということは、魔法とは何かをということを考える時には、「誰にとっての魔法なのか」ということも考える必要があります。したがって、魔法と科学を二分することはナンセンスで、どちらに見えるかと言う、個人の感覚の問題に収束すると思います。

例をあげますと、手品は魔法か?種がわかっていれば魔法ではありません。種がわからなければ魔法に見えます。しかし、多くの人は魔法だとは思いません。それは科学的に説明できる種があるからだろうと思うからです。テレビの仕組みを明確に説明できる人は少ないです。しかし、それが魔法によって見えているとは思いません。結局は自分が説明出来なくても誰かが説明できるだろうと思うのであれば魔法には見えません。

要するに、ある人がある現象を見た時に、それが科学的に説明できないと感じたら、「その人にとっては魔法」です。ただし、別の人が同じ現象を科学的に(あるいは合理的に)説明できるのであれば、「その人にとっては科学」です。要するに人の感じ方の違いに過ぎません。

投稿日時 - 2013-11-22 15:00:05

お礼

ご回答ありがとうございます。

そうなんですね、言い換えれば心理的には現代科学はもはや魔法と区別がつかないレベルになってきているともいえるのかもしれません。
その仕組みが科学なのか魔法なのかは観察者しだいですかね。

投稿日時 - 2013-11-23 16:33:40

ANo.20

>>現実に実現可能なもの=科学
>例えば人間が再現できない現象は非科学となってしまいます。
再現でなく実現です。実現とは「実際にある」という意味です。(実際に作る、行うという意味もありますが)
たとえば、「太陽」を今の人間が再現することは不可能ですが、太陽は実現していて、これは科学です。
実現しないものの例としては、「魔力のかたまり」とか。

投稿日時 - 2013-11-22 14:27:46

お礼

ご回答ありがとうございます。

>太陽は実現していて、これは科学です。

それは少し飛躍していませんか。
科学で扱う対象であるということと太陽の実在とは別の話じゃないでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-23 16:21:28

ANo.19

>要は魔法でも科学でもないものがあるということですね。
>おそらく世界の大部分がそれに属すると。
>だから魔法と科学を比べることにあまり意味はないということでよろしいでしょうか。

 いえ、少々違います。
 科学であるか科学ではないのかという事と、魔法であるのか魔法ではないのかという事は別の話であり、科学と魔法は対立している事柄という訳ではないのですから、科学ではあるが魔法ではない事柄や、魔法ではあるが科学ではない事柄は無論の事、魔法であると同時に科学でもあるという事柄もあったとしてもおかしくは無い筈なのですから、「この様な場合は科学である」とか「この様な場合は魔法である」という区別を決めるための相違点を見つける事は出来ないのではないか、という意味です。
 例えば、三角形と緑色の相違点を問う様なものではないかと思います。

投稿日時 - 2013-11-22 05:03:17

お礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど、必ずしも相反するものではないということですか。
そうなると我ながら意地悪な質問を立ててしまいましたね。

投稿日時 - 2013-11-22 13:45:58

ANo.18

科学は自然法則に従ったもの
魔法は自然法則を無視したもの

と定義できると思います。

例えば手から炎を出す場合自然法則なら燃える燃料が要りますが魔法ならどんな物質も燃料に出来ます。また、炎の温度は自然法則なら燃料により決まってしまいますが、魔法なら自由に温度を変えることができます。魔法は原子一つ一つを移動させたり消したり自在に操ることができるともいえます。

魔法は自然法則を無視していますがそれが魔法を否定する根拠にはならないと思います。人間に出来ないだけかもしれませんので。

投稿日時 - 2013-11-22 03:48:13

お礼

ご回答ありがとうございます。

私もこのQ&Aを通してそんな気がしていたところです。

・魔法は自然法則を無視したもの

もし明確に科学か魔法かの判定ができる部分があるとすればここかもしれません。

投稿日時 - 2013-11-22 13:42:47

ANo.17

フィクションでは対となる概念のように扱われがちですが、そもそも両者は全く別の概念なので「トイプードルと恋愛の違いを述べよ」というくらい答えづらい質問ですよね、これ。
本質的な違いではなくあくまでもそれぞれの特徴を答えるくらいしかできない。
しかも両者ともに歴史的に多様な解釈があるのでどんな答え方をしても上げ足取りが可能なあたり意地が悪い。

その上で何か答えるとしたら「科学は科学、魔法は魔法。具体的な違いはWikipediaか辞書でも読んでろ」と言ったところですかね。

投稿日時 - 2013-11-21 20:29:09

お礼

ご回答ありがとうございます。

概念がいくら違っていても結果としての現象は同じなんですよ。
そこだけ見ればどんな結果論も可能になっちゃう
だから答えづらいんですね。

投稿日時 - 2013-11-22 13:34:21

ANo.16

俺設定ですが。

科学:世界の仕組みを知ろうとする学問。
魔法:人間の考えが世界の仕組みに影響して、その結果起こる現象。
 ・魔法のある世界(異世界):世界の仕組みが人間の考えで決まる世界。

◆我々の世界
 ・まず宇宙があって、その中に人間がいる。
 ・魔法は存在しない。(多分)
  → 科学が魔法を否定するのは、我々の世界に魔法が存在しないから。
 ・科学では、Wikipediaの「科学的方法」のような方法で、世界の仕組みを知ろうとする。

◆魔法のある世界(異世界)
 ・まず人間がいて、人間の認識によって、世界ができあがる。
 ・科学と魔法は対立しない。
  → 科学とは、世界の仕組みを知ろうとする学問であるため、当然魔法の研究もする。
     → 我々の世界と違い、魔法が明確に存在するため、研究対象にできる。
※よく魔法の世界の物語では、大魔法使いや賢者といった存在が世界の真理を求めていたりしますが、つまり魔法使いにとって科学は必須科目ということになる、と私は考えます。
 ・我々の世界とは世界の仕組みが違うため、「科学的方法」もまた我々の世界のものとは違うものが必要になる。
※例えば我々の世界では、日本でもアメリカでも月でも隣の銀河でも物理法則は一定であると思いますが、魔法のある世界では別にそうでなくても良いはずです。
そうすると、アメリカで発見した物理法則が日本では再現しない、ということもありうると思います。
  → そもそも「物理法則」などというものが、無くても構わないはずです。
※「ニセ科学」と呼ばれるものがあります。私の思う「ニセ科学」では、まず人間のイメージがあって、それに物理法則を付き合わせようとしている、そう私は思っています。
魔法のある世界では、実際その通りに物理法則が決まっていくのだと思います。
※人間の認識によって世界が決まるので、人間が「世界は人間の自由にならない」と認識していれば、人間の自由にはならないのだと思います。


科学と魔法は、よくマンガやラノベなどでは対立するものとして扱われますが、No.7さんの言うとおり分類が違うので、そもそも並べるものではないのだと思います。
 科学 → 学問
 魔法 → 現象


俺設定ですが。

投稿日時 - 2013-11-21 18:09:17

お礼

ご回答ありがとうございます。

私は結構現実的な話をしているつもりなのです。

目の前にあるテレビ、これが科学によって作られたものなのか、魔法によって作られたものなのか、その判断はどのようにしたらいいでしょうか?

という質問です。
テレビはちゃんと機能しているので、科学によるものでも魔法によるものでも結果としての現象には違いはないのです。
多くの人はテレビの動作原理を知りません。
同じように多くの人は魔法の動作原理を知りません。
どのように判断したらいいでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-22 13:22:41

ANo.15

No.9に賛成ですが、

現実には実現できなくて、物語の中だけで可能なもの=魔法
現実に実現可能なもの=科学

昔は魔法だったが、今は科学になっているものは、たくさんあります。

投稿日時 - 2013-11-21 16:13:43

お礼

ご回答ありがとうございます。

>現実に実現可能なもの=科学

例えば人間が再現できない現象は非科学となってしまいます。

非科学=魔法

というわけではないですがかなり科学の分が悪くなってしまいますね。

投稿日時 - 2013-11-22 13:10:56

ANo.14

4度目の投稿なので、これで最後にさせて頂きます。

>シャーマン、祈祷師、坊主

この人達は、『魔法使い』だったのですか?。
初めて知りました。

ここは、質問に対して回答するコーナー。
私の回答に納得しろなんて書きませんが、イチャモン付けるダケなら、もう質問自体締め切った方が宜しいと思います。

投稿日時 - 2013-11-21 16:10:56

お礼

ご回答ありがとうございます。

十分魔法使いの部類に入ると思います。
何度もご回答いただきありがとうございました。

投稿日時 - 2013-11-22 13:03:29

ANo.13

No.3、No.12です。

>それができない場合、あるいはそれを理解できない場合はどうでしょう。

「テレビ」や「飛行機」の構造を理解出来ない。
「テレビの画面は魔法だ」
「飛行機が飛ぶのは、魔法だ」
そう考える人が「いない」とは言えませんね。
「迷信」という言葉は「死語」で無く「生きてる」と思います。

>それに学ぶことが可能という意味では魔法も同じじゃないでしょうか。

「テレビ」や「飛行機」は、設計図通りに学んで組み立てれば、ほぼ間違いなく「画像が映る」し、「空を飛ぶ」と思いますよ。
「魔法」は、学べば誰でも使えるように成るのでしょうか?。

投稿日時 - 2013-11-21 14:58:14

お礼

ご回答ありがとうございます。

誰でもかはわかりませんが、シャーマン、祈祷師、坊主などの技術は人から伝授されていくものではないでしょうか。
やはりここでも製造者と使用者の問題が出てくると思います。
坊主が使う袈裟や木魚は坊主が作ったのではありませんから小道具(部品)さえそろえば魔法を使うことは簡単だとおもいます。
テレビの製造方法(組み立て方ではなく)ゼロから学ぶことと、霊を成仏させるための呪文を覚えるのとどっちが簡単でしょう ^ ^

投稿日時 - 2013-11-21 15:21:56

ANo.12

No.3の回答者です。

>製作者と使用者が別であった場合どうでしょうか。
>普通の人がテレビを使うのは何の苦労もありませんが、テレビを作るとなれば話は別です。

「テレビを作る」、「飛行機を作る」。
これは、専門家と素人では雲泥の開きがあるでしょうけど。
「知識がゼロ」でも、科学の場合は「学ぶ」事が出来るでしょう。

>テレビを例にとればテレビの使用者にとってテレビが映る原理が科学なのか魔法なのかの判断は果たしてできるでしょうか。

はい。
専門家に学べば、「魔法」で無い事が解ると思います。

投稿日時 - 2013-11-21 10:27:45

お礼

ご回答ありがとうございます。

>専門家に学べば、「魔法」で無い事が解ると思います。

それができない場合、あるいはそれを理解できない場合はどうでしょう。
それに学ぶことが可能という意味では魔法も同じじゃないでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-21 14:24:47

ANo.11

この宇宙は何故存在するのか?永遠の謎ですね、宇宙が存在することそれ自体が魔法だと思う、それを理屈的に解明しようという行為が科学だと思う

投稿日時 - 2013-11-21 06:36:52

お礼

ご回答ありがとうございます。

確かに存在理由は科学で扱える分野ではないでしょうね。
そういう意味では魔法は残ったままになるのでしょう。

投稿日時 - 2013-11-21 14:20:12

ANo.10

 例えば『シンデレラ』には魔法使いが登場しますが、その「魔法」も時間が来て解ければ効力を失ってしまいます。そして元の形に戻ってしまいます。
 けれども「化学」では必ずしも元の形に戻るとは限りません。元はAだったものがBに変化して、その形を留めるともいえます。ですから「魔法は元の形を残すが、化学は元の形を残さない」といえるかもしれません。
 或いはこんな考え方もできるかもしれません。小説や演劇そして映画や絵画などを観ていますと、「恋=マジック」の様な表現にもしばしば出会うことも珍しくはありません。「恋愛感情」を論理的に説明するなど凡そ不可能でしょう。好きだから好きなの!どうしようもないでしょ!と言われてしまえばそれまでです。それを態々と、Aが○○であって、そのためにBとなり云々などと説明されても、その話を聞かされる側からすれば「何よ、それ!」との言葉に続いて平手打ちのも一つもバチーンと飛んでくるかもしれません。「恋している当事者達」にとってはそれが夢心地であってまさに魔法に掛けられた時間ともいえるでしょう。それをあれやこれやと饒舌に説明するノは如何にも野暮な話です。
 少し冗談も挟みましたが、「魔法」には魔法を使うことのできる「人物」と「それを行うための儀式や道具」が必要ですが、「科学」には必ずしもそうした特定の要件が必要ではないこともあります。社会科学系や理学系などの基礎科学領域ではひたすら分析と総合を繰り返すことで一つの仮説なりモデリングを行う形ですので、参考になるや参考にすべき見解はあっても「魔法の杖」的な特別な道具は必要もありません。

投稿日時 - 2013-11-21 00:26:43

お礼

ご回答ありがとうございます。

別の言い方をすれば可逆性があるというのが魔法の特徴かもしれません。
DNA分析などにはかなり特殊な魔法の杖がいるんじゃないでしょうか^ ^

投稿日時 - 2013-11-21 14:18:40

ANo.9

リアルかファンタジーか。
それだけです。

ファンタジーではないことを証明された瞬間、魔法は科学に成り下がる。

投稿日時 - 2013-11-20 22:10:19

お礼

ご回答ありがとうございます。

私には素粒子云々もファンタジーのように思えます ^ ^

投稿日時 - 2013-11-21 14:12:52

ANo.8

お礼をありがとうございます。
確かに先の回答だけでは 魔術⊃科学 と思えたと思いますが、私はそうは考えません。
魔術の発達は、行き当たりばったりで、その分必要な要素の確立に時間がかかったり解釈や発達に回り道も多かったと思います。
例えば自然界における究極物質は何かについての見解ですが、魔術などに出てくる5大要素を根底としてきたままの解釈では現代の科学発達はあり得なかったでしょう。
五大要素の呪縛から解き放たれて元素という概念、更に周期律表まで究極物質についての見解が進んだからこそ、現代物理学の素粒子理論、そして統合理論の完成へと進化することができたのです。

歴史的に見れば、魔術の発達失くして科学技術の確立はあり得なかったのは確かですが、理論を組み立てて実験と観察をして理論を確認し、理論と相反するように思える現象を観察、実験を繰り返すことによりさらに一歩進んだ理論を組み立てていく現代の科学的手法が確立したことにより、魔術と化学は袂を分かつことになったのではないでしょうか。

その意味において、 魔術⊃科学 とはなりえないと思います。

投稿日時 - 2013-11-20 18:07:10

お礼

ご回答ありがとうございます。

>魔術と化学は袂を分かつことになった

本当に科学(化学)は自信を持ってそういえるのかなと感じます。
例えば磁石の原理がわからなくてもそれを人類はそれを利用してきました。
利用できている範囲においては科学かもしれませんがそもそも磁石とはなんぞやという魔法は解けないままだったのではないでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-21 14:10:09

ANo.7

 広義の意味での科学とは、体系化された知識や経験の総称の事です。
 ですから、一部のファンタジー小説、例えば「ハロルド・シェイ」シリーズ(著:L.S.ディ・キャンプ及び F.プラット)等に登場する様な一定の原理・原則に従って発動するタイプの魔法が、もしも実際した場合には、それは(そのタイプに分類される一部の魔法に限っての話ですが)魔法であると同時に、科学の一分野でもあるという事になります。
 ですから、もしもその様な魔法が確認されていた場合には、科学と魔法は必ずしも違うとは言えなくなります。
 勿論その場合も、あくまで科学の一分野であって、科学の全てではありませんから、「科学と魔法は同じもの」という事にはなりません。
 又、もしも、その様な一定の原理・原則に従って発動するタイプの魔法以外にも、一定の原理・原則が存在しないタイプの魔法が実在した場合には、魔法の全てが科学の一分野という訳ではないという事になります。
 尤も、現時点においては「魔法の定義」、即ち、、「何をもって魔法と呼ぶ事が出来るのか」という事が不明である以上、魔法の全てを体系化する事は出来ない事になりますから、現時点においては、「魔法は科学ではない」という事は出来ると思います。
 但し、科学ではないものは全て魔法なのかと言えば、勿論そんな事は無く、歌や詩、絵画、彫刻などの芸術は、科学によるものでもなければ、魔法によるものでもありませんし、権力なども科学の力でも、魔法の力でもありません。

 例え話をしますと、「金属製品と乗り物の違いを述べよ」という問いがあるとします。
 自動車は乗り物の一種で、その多くは金属製ですし、同じく乗り物である飛行機も又金属製のものが多くありまし、船についても同様です。
 では、乗り物とは金属製品の一種であるかと言えば、そんな事は無く、強化プラスチック製の飛行機や自動車船なども沢山ありますし、木製の船や飛行機も存在します。
 一方、釘や鉄塔など乗り物ではない金属製品も幾らでもあります。
 結局の処、「金属製品」とは「材質の違いに基づいた分類」であるのに対し、「乗り物」とは「用途の違いに基づいた分類」であり、異なる基準によって名付けられている種類同士を比較しようとしているのですから、意味のある「違い」など存在する訳がありません。

 『科学と魔法の違いを述べよ』という問いも同様で、「何をもって科学と呼ぶ事が出来るのか」という事と、「何をもって魔法と呼ぶ事が出来るのか」という事は、全く別の問題なのですから、そもそも対比する事が間違いであり、せいぜい「科学とは『体系化された知識や経験の総称』であり、魔法とは『常人には不可能な手法で結果を実現する力』である」等という、それぞれの定義(らしき事)を並べる事が出来る程度で、本質的な「違い」の有無を問う事に意味は無いと思います。

投稿日時 - 2013-11-20 18:05:26

お礼

ご回答ありがとうございます。

要は魔法でも科学でもないものがあるということですね。
おそらく世界の大部分がそれに属すると。
だから魔法と科学を比べることにあまり意味はないということでよろしいでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-21 13:58:25

ANo.6

西洋魔術は、「金を作る触媒を得たい(金を作りたい)」「不老不死になりたい」などのキーワードで発達してきました。そのための触媒となりえる特別な素材があるはずだと。エリキサー、ソロモンの指輪、色々な名前で呼ばれるアイテムがありますが、呪文であったり修行であったり、そういう技術を通して経験を積み重ねることによって発達してきた西洋魔術が、物質とはなんであるかという根源的な哲学と融合して一つの統一見解を得たときに、呪文や修行やいくつかの余計なファクターがそぎ落とされて「科学」になりえたのだと推察します。

医学にしてもしかり。瀉血や様々な薬草、まじないといった古式の医療行為が、魔術やまじないの域から医学に発展するまでの経緯の中に、経験的に行われてきた行為から、科学的裏付けを得て効果のある要素だけを取り出して、意味のない行為が取り去られた結果、効率の良い現代医学へと発達したのでしょう。

なので、私としては魔術を研究してきた経緯があって、科学が発展したのだろうと推察します。
その違いは、魔術は経験的に術式や呪文を積み重ねてうまく行った時に存在したものは理屈はどうであれ採用され、確立されて行きます。
科学の場合にはその背景にある理論が組み立てられ、実験的客観的に観察して、理論と観察結果が一致することで立証されて科学理論は確立していきます。
理論の裏付けがあることで、本来必要でなかった呪文や術式がそぎ落とされ、更に別の応用分野への転換が可能になることが自然科学のメリットではないでしょうか。

あくまでも私見です。

投稿日時 - 2013-11-20 16:37:12

お礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど、そうなると魔術が先で科学はそれを理論で後追いしているとも言えますね。
理論的でなければならないという縛りが科学にはあるでしょうから。

魔法⊃科学

こんな感じでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-20 17:39:07

ANo.5

RTO

術者の腕、素質で効果が変わるのが魔術  (ラリホー)
誰でも同じことができるようになるのが科学  (レンジでチン)

投稿日時 - 2013-11-20 14:17:50

お礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど、ただそれはユーザーインターフェイスが優れているかということかもしれないとも思いました。
ボタンを押せばラリホーがかかるようなインターフェイスが開発されていないだけかもしれません。

投稿日時 - 2013-11-20 17:29:09

ANo.4

明示された条件に従って事を行えば、誰がやっても(程度の善し悪しはあれ)同じ結果が得られるのが科学(化学)

魔法使い(という特定の人間)にしか出来ないモノが魔法

要は普遍性・再現性がアルかナシか

投稿日時 - 2013-11-20 14:10:23

お礼

ご回答ありがとうございます。

確かに魔法使いは特別な『職業』かも知れませんが職業であれば訓練次第では誰でもという気もします。

投稿日時 - 2013-11-20 17:25:14

【魔法】
誰でも同じようには使えない。
長年の研究や修行によって魂を清めた人間にしか使えない魔法もあるだろう。
正しい心を持つ人間にしか使えない魔法もあるだろうし、その逆もあるかも知れない。
或いは、使う人間の「善悪」によって違う力が作用したりするかも知れない。

【科学】
誰でも同じように使える。

投稿日時 - 2013-11-20 14:03:45

お礼

ご回答ありがとうございます。

製作者と使用者が別であった場合どうでしょうか。
普通の人がテレビを使うのは何の苦労もありませんが、テレビを作るとなれば話は別です。
魔法の場合は製作者と使用者が同じである場合が多いのかもしれませんので確かにその人の資質が問われるのかもしれないですね。

テレビを例にとればテレビの使用者にとってテレビが映る原理が科学なのか魔法なのかの判断は果たしてできるでしょうか。

投稿日時 - 2013-11-20 17:22:34

ANo.2

人類の能力で理解不能なら魔法です。

投稿日時 - 2013-11-20 13:51:30

お礼

ご回答ありがとうございます。

では、現時点で理解不能な現象はすべて魔法ということになりますね。

投稿日時 - 2013-11-20 13:57:03

ANo.1

原理をきちんと説明できるかどうか

投稿日時 - 2013-11-20 13:50:34

お礼

ご回答ありがとうございます。

それは科学でも言えませんか?
どこまで科学で説明できるのか、科学で説明できないならそれは全て魔法ということになります。

投稿日時 - 2013-11-20 13:55:57