こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

第三章 特異な内容のオシエ(宗教) 

 ○  神および信仰ならびに〔信仰の偽造物なる〕宗教についての一般理論

 第三章 特異な内容のオシエ――イエス・キリストという補助線説明について――

 1. 神とは何であるかについて説明するのが 補助線としてのオシエです。(ちなみに 《神》というコトバも 補助線です。《かみ》というコトバ・文字・発音は 神そのものではありません)。

 2. 聖書の神は 新約に到って――もとからのあり方がいっそう明らかになったごとくではありつつ―― 一般的に見て 特殊である。《ふつうの人間イエスは 同時に 神の子でありみづからも神なるキリストである》と想定している。

 3. 神は 《真理》として これを人間が信じるものである。人間イエスは存在としての《事実》であり そしてそのオシエは 《キリスト・イエスの主観真実が表わされたコトバとしての命題(考え・判断)》である。つまり 考えるものである。

 4. ここでは この特殊な神学について 聖母と呼ばれるマリアをめぐって 説明し得たらと願う。

 5. すなわち マリアは 一方で神の貌(かお・かたち)としての議論においては 神なる聖霊によってみごもった。また一方で人間の貌としては 許婚のヨセフとのコイトスをつうじて受胎した。

 6. 聖霊によるものと人間の精子によるものとふたつの受胎が同時に起きたという物語である。明らかにおとぎ話である。

 7. このほうが しかしながら 人びとには 元気をあたえる。人びとがそれぞれ元気が出ることをささえる。のではないか?

 8. もしゴータマ・ブッダのように 法身としてのブッダ――すなわち《真理》――と そして必ずしも百分の百においてではないと考えるが応身としての――ひとという事実存在としての――ブッダとに分かれているならば 人びとにとっての元気は――つまりブッダター(仏性)の発現は―― その場その現在においてただちには のぞみがたい。ということになるのではあるまいか?

 9. マリアなる女性における聖霊によるイエス・キリストの身ごもり この奇妙奇天烈な物語のほうが 人間にとっては よりいっそう現実的である。のではあるまいか。

 10. なお ゴータマ・ブッダによるオシエは 考えてみるに必ずしも補助線ではないと思われる。それは 向こう岸へ渡す筏であり 渡ったあとは捨ててしまってよいというように補助線のごとくではあるが どうもそうでもないようだ。

 11. それは けっきょく足場でしかないように思われる。足場がいかに立派に組まれていたとしても 本体の家が 立派に建てられる保証はまだない。のぞむ家とはまるで違ったものが建つかもしれないし または何にも建たなかったということもあるかも知れない。

 12. つまり 《家》としての法身なるブッダ(真理)が そのオシエなる補助線によって指し示されたとは なおまだ言い難い。単に家の出来上がると想定されたところに ただ足場をこしらえただけであったと成らないとも限らない。

 13. つまりは ブッダターの発現としてのさとりなる状態が――つまり肝心の家本体が―― まるでさだかでも明らかでもない。二千年を超えて永遠に 分からない状態でありつづけている。と言わざるを得ない。(むろんこれは ブッダ批判です)。

 ☆ 以上の趣旨説明について 当否・是非を問います。思いっきり自由なご見解をどうぞ。

投稿日時 - 2013-12-09 10:55:46

QNo.8379231

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

B様、こんにちは。


100点と0点の間に、50点があります。50点。

そこから?100点を目指す道もあります。・・・険しいです。
(全部「正解!」を求められます)

一方、0点への道は、、、
どうですか。限りなく自由であると思いませんか?


マリアが100点なら、ブッダは0点でいいんじゃないかな。

投稿日時 - 2013-12-12 15:52:27

お礼

 こんにちは。ご回答をありがとうございます。


 ブッダは 0点かも知れませんが マリアは 点数のつけようがないと思いますよ。

 ゴータマ・ブッダは 能書きが 多くの人びとにとって 100点満点であって しかも中身は 0点と来ています。(多くの人は それでも 100点満点であって欲しいと いつまでも・いつまでも 夢を追いかけているようです)。


 マリアは そんな努力や修行やを超えています。とびっきりの物語です。と思いますよ。どうでしょうか。

投稿日時 - 2013-12-12 16:36:29

ANo.2

このQ&Aは役に立ちましたか?

1人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(5)

ANo.5

こんばんは。


>「それぢゃ 意味を成しません。よ。

 何かを言ったことには成りません。さまざまな場合があるとだけ言っています。そんなことは あたりまえです。言う必要がありません。そのあと みづからの見解をしめすのが 回答です。


 あまりふざけ続けるのは 相手の問う意志をないがしろにしているということで 人権侵害に成り得ます。」

そもそも「信教の自由」という事だと思うので。
信教の自由(すなわち、限界「他者の人権を侵害しない!限りにおいて」がある)、
という確認の作業でありまして。

仰る「みづからの見解を示せ」というのは、「みづからの信仰を示せ」というのと
同義、なんでしょうか?

投稿日時 - 2013-12-17 00:45:46

お礼

 ご自身で考えて回答してみてください。

投稿日時 - 2013-12-17 09:27:36

ANo.4

>「ブッダは0点。マリアは点数のつけようがない」

了解しました。


>「そんなにかんたんに。いいんですか。」

いいと思いますね。


真にブッダを知る者は、「0点」でも、と思うでしょうし、
「マリアは点数のつけようがない」という人だって、居るでしょう。

投稿日時 - 2013-12-15 01:30:39

お礼

 それぢゃ 意味を成しません。よ。

 何かを言ったことには成りません。さまざまな場合があるとだけ言っています。そんなことは あたりまえです。言う必要がありません。そのあと みづからの見解をしめすのが 回答です。


 あまりふざけ続けるのは 相手の問う意志をないがしろにしているということで 人権侵害に成り得ます。

投稿日時 - 2013-12-15 08:24:11

ANo.3

B様。


>「ブッダは0点。マリアは点数のつけようがない」

了解しました。

投稿日時 - 2013-12-12 17:34:47

お礼

 そんなにかんたんに。いいんですか。


 ご回答をありがとうございます。




 これも クリスチャンですとか 専門のひとからも回答が来ないようです。

投稿日時 - 2013-12-12 20:04:58

ANo.1

私の頭が悪いのだと思いますが、内容が理解できません。
と言うか、内容を読み解くのに時間を費やす気になれません。

難しい概念の神髄を抽出し、万人にわかりやすく説明できる人が本当に頭がいい人だと思いますが、いかがでしょうか。

ややこしい比喩を繰り返して、人を煙に巻いて、自己満足に浸っているだけの様に感じました。

失礼!

投稿日時 - 2013-12-10 16:36:26

お礼

 そうですか。そうだったら まづいですね。よくありませんね。

 んととぅんさん こんにちは。ご回答をありがとうございます。


 イエスは ふつうの人間で キリストは 神なんです。そのことが 同時に存在する。ゆえに イエス・キリストと呼ばれます。

 マリアは イエスという人間の母親であると同時に キリストなる神の子を聖霊によって身ごもって産みました。


 真理と事実と真実など あとは 姉妹編の質問をごらんになってください。

 【Q:神 信仰および宗教についての一般理論】
  http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8376397.html

  神および信仰ならびに〔信仰の偽造物なる〕宗教についての一般理論

  第一章 《信じる》と《考える》とを分けること

 【Q:第二章 オシエは 考えるもの。信じるものではない。】
  http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8378421.html


 ブディズムの法身および応身は むつかしいです。

投稿日時 - 2013-12-10 17:00:47

あなたにオススメの質問