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解決済みの質問

この事案は車の窃盗、人=殺人でも、同じことなの?

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/snk20140414513.html

このケースは"窃盗罪"で対象は"車"ですが、これが"殺人罪"で対象が"人"だったら。
こんなもん被害者本人は勿論のこと被害者家族やらは、たまったもんじゃないでしょ。

「車見てたら欲しくなる」→「人見てたら殺しとなる」

どうなっているのですか?
こんな奴を世の中に解き放つ理由は何なのですか?
そうしたことの結果に対して解き放した側の人は何らの責任も問われないのですか?

車は盗られ損ですか?
で、
人の命も殺され損ですか?

こりぁなんぼ何でもアカンでしょ。
教えてください。

投稿日時 - 2014-04-14 18:41:29

QNo.8554434

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

起訴しないなら野放しか。そんなわけがない。世の中の仕組みや、法律を作る偉い人たちをなめてもらっては困る。そういう私は全然偉くないのだが、ああ偉くなってみたかった……。
「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」という法律を読んでください。


精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和二十五年五月一日法律第百二十三号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO123.html
[引用開始]
第五条  この法律で「精神障害者」とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう。
[中略]
第二十五条  検察官は、精神障害者又はその疑いのある被疑者又は被告人について、不起訴処分をしたとき、又は裁判(懲役、禁錮又は拘留の刑を言い渡し執行猶予の言渡しをしない裁判を除く。)が確定したときは、速やかに、その旨を都道府県知事に通報しなければならない。
[中略]
第二十七条  都道府県知事は、第二十三条から前条までの規定による申請、通報又は届出のあつた者について調査の上必要があると認めるときは、その指定する指定医をして診察をさせなければならない。
[中略]
第二十九条  都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。
[引用終り]

つまり、第5条により知的障害は精神障害に含まれ、第25条により検察官は不起訴処分などを都道府県知事に通報しなければならない。条文を解釈すれば分かるように、下記の4種類の場合である。

不起訴処分
無罪判決が確定
執行猶予判決が確定
罰金刑が確定

そして、「他人に害を及ぼすおそれがある」と診断された精神障害者は、強制的に入院させられる。これを措置入院という。
その措置入院患者数であるが、昔に比べればかなり減って、今は千数百人らしい。開放病棟や短期入院や通院治療などが増えている。
それでも、重大な犯罪を現実に行った場合は、やはり措置入院させられているようだ。要するに、野放しなどではない。完全に拘禁されているとは言い切れないにしても。

投稿日時 - 2014-04-17 01:13:02

お礼

再びありがとうございます。
なるほど、でもなんか、ちょっと微妙な感じですね。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-04-17 09:12:23

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回答(5)

ANo.4

添付なさった産経新聞の記事に書いてあるが、この知的障害者の男(36歳)は「20歳を過ぎてからは、刑務所で暮らさなかった日がほとんどなかった」。「塀の内と外を行き来してきた」。ただし、「前回の自動車盗は、精神年齢が4歳7カ月という鑑定結果に基づき平成25年8月、京都地裁で無罪が言い渡された」ということである。
この記事では「男は、重度の知的障害」と書いてあるが、仮に、どう見ても被疑者が重度だった場合、検察は起訴しないことが多い。重度という言葉の定義にもよるが、重度ならば心神喪失、心神喪失ならば無罪だから、起訴する意味がないのである。
重度より軽ければ中度と言い、中度の人は「完全責任能力あり」と判断されることが多いのが実状である。つまり、罪は軽くならない。たまに、中度でも心神耗弱(罪一等を減ずる)などが認められるケースがあり、ニュースになるから世間に印象付けられるが、統計を見れば、日本ではいったん起訴されると心神喪失や心神耗弱が認められるケースはごく少ないことが分かる。
鑑定するのは専門の医師であるが、精神鑑定をするか否かは裁判官の裁量であり、精神鑑定の結果が出てもそれを採用するか否かは、これまた裁判官の裁量である。「精神鑑定は裁判所を拘束しない」という最高裁の判例がある。

以上から分かるように、知的障害者でも重度以外は、刑罰を免れないことが多いのだ。この記事の男について言うと、前回の自動車盗の裁判では重度に相当する精神鑑定が出たので、無罪になったのだろう。逆に言うと、それまでの裁判ではろくに精神鑑定してなかったのではないか(前述のように裁判官の裁量で決まる)。
さて、「なぜ『心神喪失ならば無罪』なのか」とゴネる人もいるだろう。しかし、そんな人には「もう一度学校へ行って物事の基本から勉強してください」と言うしかあるまい。

それにしても、私も頭はよくないが、自動車盗から衝動殺人を連想するのは、飛躍し過ぎだということにすぐ気付く。累犯者は同じ犯罪を繰り返す性向があるということを、知らないのだろうか。記事にも、前回も自動車盗だった(今回は未遂)ことが記されているではないか。
残念ながら、この男は将来にわたって自動車盗を繰り返すおそれが強いだろうが、だからと言って衝動殺人を犯すおそれも強いと判断するのは根拠に欠ける。
だいたい、法とか理屈とか勉強してない人、あまり学校へ行ってない人は、逆に実社会や犯罪社会の傾向についてご存知だと思うのだが。理論も実際の傾向も両方知らないって、あんまりではないだろうか。
さて、「もう一度学校へ行って」で終わるのも何なので、分かりやすい新聞のコラムから引用しておく。著名な五十嵐二葉弁護士による連載である。

南日本新聞 「『人を裁く』って何? 裁判員になるあなた なりたくないあなたへ」 第63回 被告の責任能力
http://373news.com/_original/shiho/63.php
〔引用開始〕
被害者や遺族には「加害者が精神障害者だと、どうして普通に罰してもらえないの?」という不満がある。
皆さんは「どうして」だと思いますか。
実はこれは人類の「人間」についての考え方の深い部分と関係している。
「心神喪失者は罰しない」という考え方は昔はなかった。ただ「犯罪をしたか、しないか」で罰するか、罰しないかをきめていた。
17世紀末ヨーロッパで始まり、世界に広まった「啓蒙思想」は「理性ある人間」こそが人間であり、世界を担っていくのだという理想に燃えた思想で、近代の法律はその思想を根底に「正義」の実現を目標に作られた。
1908(明治41)年に作られた日本の刑法もこの潮流の中で、理性の無い者の一つとして「心神喪失者」は罰しないと決めている。
〔中略〕
「心神喪失者は罰しない」ルールは、「理性を失っている状態の人間」をミッソカスとして扱ってあげようという啓蒙思想の考え方だ。
〔引用終り〕

これは法学の教科書的な知識に沿ったもので、別に五十嵐弁護士だけが主張していることではない。「心神喪失者は罰しない」というルールは日本のローカルルールではなく、「啓蒙思想」から来ている。その他のルールも含め、近代的な刑法思想は啓蒙思想の産物なのである。

東京裁判と罪刑法定主義(島田征夫、国際法、元早稲田大教授)
https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/handle/2065/32804
〔引用開始〕
 中世において恣意的な刑事手続が行なわれていたのは,何もイギリスに限ったことではなかった。中世の刑罰の厳しさについて,シーグルは言う。
「こうして(中世の-筆者注)刑罰制度は,国家の組織した1種の私刑法となり,しかも,民間での私刑よりはるかに残忍なものであった。
〔中略〕
 こうした中世の刑法の特徴とは,罪刑専断主義と呼ばれるが,これについて,佐伯は言う。
〔中略〕
「18世紀のフランスといえば,他の点では随分進んだ文化をもつ社会だったに拘らず,刑事司法に関しては中世その侭の『惨酷さと野蛮さ』(ガルソン)が殆んどその侭残っていたのである。」
 ところで, 18世紀になると,ようやく変化の兆しが見え始める。フランスにおいて生まれた啓蒙思想がその最たるものであったが,
〔中略〕
 フランスの啓蒙思想の影響を受けて,当時としては画期的な近代的な刑法思想、を体現する書物が, 1764年についに世に出た。べッカリーアの主張は,当時の時代思潮と著しく異なったため,その公表には幾多の困難がともなっていた。彼は言う。
〔中略〕
「現在を遡る2,3世紀の間の歴史と我々の時代とを知っている者にとっては明白なことだが,人類愛,慈悲心,人間の過ちに対する相互の寛容等,最もやさしい徳は豊かさとおだやかさの中から生まれるのである。だがこれと反対に,大したわけもなく昔風の『信義』とか『単純さ』とか呼びならわされているこれまでの『徳』とはいったいどんなものだったか。/人間性は,執念深い迷信の無知の下で泣かされ,少数権力者の食欲と野心は国庫や玉座を人間の血で汚してきた。これこそ,影の叛逆であり公然の殺人にほかならない。
〔中略〕
このフランス憲法や刑法の規定は漸次ドイツ諸邦に影響を及ぼした。つまり,1794年にプロイセン一般ラント法(刑法)が制定され,罪刑法定主義,刑法の世俗化,刑罰の自由刑化が実現され,1813年にはフォイエルバッハが起草したドイツ最初の近代的刑法典であるバイエルン刑法典が完成した。イタリアでは,フランス統治(1796-1814年)によりナポレオン刑法典がイタリアの大部分の地域にまで及ぼされた。そして1810年の勅令により,フランス刑法典がそのまま施行されたのである。
〔引用終り〕

投稿日時 - 2014-04-16 13:28:54

お礼

ご丁寧にご回答いただきありがとうございました。
ひとつ勘違いされているような気がしました。
この自動車盗の男が次に殺人を…ということではありません。
この男は「車を見たら欲しくなる」知的障碍者でしたが、「人を見たら殺したくなる」知的障害者なり精神異常者も同様な扱いになるのですか、もしそうなら物騒でたまったもんでありませんが、という疑問です。
そして、そんな殺人狂障碍者をそもそも起訴することすらできないし、しないということだとすると、世の中に野放し状態で、この状態というものが普通に当り前とのことですが、ということは、殺された被害者や遺族には、仕方ありませんね、運がなかったね、ということでよろしいでしょうか。
本当にそんなことでよろしいのでしょうか、と思い感じた次第です。

投稿日時 - 2014-04-16 18:36:43

こんな奴を世の中に解き放つ理由は何なのですか?
そうしたことの結果に対して解き放した側の人は何らの責任も問われないのですか?

裁判官は刑法の規定に縛られますからね
窃盗以外での刑罰の判決は下せませんね
罪刑法定主義ですから

刑務所の所長も判決で下った刑期を勝手に延長なんて出来ません

知的障害者でも人権はありますからね
知的障害者だからと云えども人権を無視するわけにはいきません

憲法で法の下の平等が定められていますからね
知的障害者も基本的人権はあります。憲法の25条に書いてあります

既に回答がありますが、今度出所したら施設に入ってもらうのが理想的ですね

施設に入ってもらって、二度と犯罪を犯さないようにすることが彼のためでもあります

施設生活には税金を使わざるを得ませんが、これは社会的要請でもあるし、日本は福祉国家でもあるし、一義的には本人のためでもあります

彼が殺人した場合も、基本的には今回と同様です。殺人の場合だったら、起訴→心神喪失→無罪→精神病院送り、となるでしょうね

投稿日時 - 2014-04-14 20:01:22

お礼

まぁ、今回の場合の車窃盗であれば何回も放免されて犯罪を繰り返そうが、まぁ車のことですが、これが人の命であれば事の意味合いが全然違うでしょ、と思った次第です。
精神病院送りで完治しない限りは精神病棟に隔離され続けるということであれば、何で我々国民の血税でもってこんな奴の衣食住を賄ってやらなければならないのかという憤り感はあるものの、自由放免とされるよりは何万倍も危機管理的にはマシかなという感覚は確かにあると思います。
で、しかし、例えば、ヒグマが山から村里に出没して人を襲って殺す、そんなことを繰り返したら殺処分されますが、ヒグマの知能が人の4~5歳児より上か下かは知りませんが、おそらく同程度のものでしょう多分、であればヒグマと同様に殺処分したらどうですか、「人を見たら殺したくなる」4~5歳児知能しかない殺人狂者なんかはと思いますし、思う人の方が思わない人よりは遥かに多いのではないでしょうか、と思った次第です。
ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-04-14 20:40:51

ANo.2

”こんな奴を世の中に解き放つ理由は何なのですか?”
    ↑
有名な、人権思想です。
人間は、人間である、というだけで人権を有すると
憲法で定めているんだそうです。
そう解釈されております。
人間ですから、どんなに鬼畜でも凶悪でも
危険でも、法に定めがない限り、解き放つしか
ありません。


”そうしたことの結果に対して解き放した側の人は何らの責任も問われないのですか?”
    ↑
監護権者などが責任を問われることは
あり得ます。
無罪判決を出した裁判官が責任を負うことは
ありません。
彼を弁護した弁護士も責任を負いません。


”車は盗られ損ですか?
で、人の命も殺され損ですか?”
   ↑
車の所有者は車を帰してもらえます。
ただ損害賠償請求が出来ないだけです。
殺されたら、政府から金一封が出る場合が
あります。


”こりぁなんぼ何でもアカンでしょ。”
    ↑
アカンですね。大いにアカンです。
人権の過度の保障をやめ、立法で解決するしか
ありませんが、左派の人権屋が必ず反対します。

投稿日時 - 2014-04-14 19:42:19

お礼

「人を見たら殺したくなる」という4~5歳児知能しかない人間は何回人を殺しても罪に問われることもなく無罪放免で世の中に出されてまた人を殺しても無罪放免で……、これを繰り返すことができてしまうということなんでしょうか。

それに加えて、無罪放免を主張したコイツの弁護士も無罪放免と判決した裁判官も何らの責任も問われないのですか。
本当ですか?何回も何回も繰り返し繰り返し殺された人達に対して、わしゃ知らん、ですか。

こりゃなんぼ何でもアカンと普通の感覚の人なら感じるのが当り前なのに、このアカンことを直そうとはしないのは何故ですか?

増々ワカランようになってしまいます。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-04-14 20:12:32

ANo.1

「法律の限界」の話しの一つじゃないですかね?

たとえば、窃盗でも死刑になり得る中国なら、その加害者も死刑になるかも知れません。
この件に限っては、中国の方が、質問者さん好みでしょう。

とは言え、中国の法律の方が日本より優れているか?と言えば、そうでは無いです。

まあ施設で保護すべきだとは思いますが、ソレも税金だし・・。
難しいトコです。

投稿日時 - 2014-04-14 19:00:53

お礼

早々にご回答ありがとうございました。
中国の法システムと比較する気など毛頭ありませんが、こんな奴は少なくとも世に放免してはいけないでしょう、かといって隔離すればコイツは労せず衣食住を得られてしまう訳でコイツにとっては天国でコイツの家族や親族や関係者は厄介払いでハッピー状態、何でこんな奴らに我々の税金を無駄遣いしなければならないのか、至極尤もな感覚だと思います。

投稿日時 - 2014-04-14 19:45:09

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