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解決済みの質問

現実から勉強に逃げている気がします。

私は現在高校一年生です。
自分から言うのも妙なのですが、勉強が好きで、成績や模試の結果も平均に比べるとかなり上の方だと思います。
しかし、私は友人とのコミュニケーションが苦手で友達もまともに出来た試しがありません。
特に趣味は無く、強いて言えば読書と勉強(特に数学)で友達と話す話題もありません。
その上かなり不器用で、制服を着こなす事が出来なかったり忘れ物が多かったりと教師や親にいつも怒られます。(数回ではなく、何十回の話です)
中学校時代から「お前は勉強しか出来ないのだからスポーツやら部活やらで頑張っている人間の方が偉い」「いくら勉強が出来ても俺はお前が嫌いだ」などといつも言われ続けてきました。(精神はある程度強い方だと自負していますが、集団に言われると表には出ないものの胸が締め付けられるような感じがします。)
このように私は無能の烙印を押され、自分から表に出る・発言する事をやめました。
そして、私から見てもやはり私は無能な人間であり、自分の存在意義が見出だせないのです。

ただ私が唯一起こす気になる行動は勉強で、特に大好きなのは数学です。延々と計算をしていると落ち着きます。問題の解法、公式の証明方法、定理の成り立ち方などを考えていると落ち着きます。全ての現実であった悪い事を忘れる事が出来るのです。
他の科目も好きです、単語帳や社会科目・生物の暗記、化学の問題を解いていると落ち着きます。ただこの世界でだけは自分は他の人間と比べても「悪」と評価される事は無いと考える事が出来るのです。
言うならば私は勉強に逃げているのです。
勉強に逃げる事は悪い事なのでしょうか?勉強に逃げる事をやめ、全ての言葉を真摯に受け止め行動すれば私は何も言われる事の無い普通の人になる事が出来るのでしょうか?

私はどう行動すれば良いのか分かりません。
個人的には、誰とも関わらずに静かな生活を送りたいです。誰とも関わらず、誰にも馬鹿にされない生活があれば私はそれで十分なのです。

投稿日時 - 2014-04-25 23:32:16

QNo.8568896

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

高校生ということですが、とても上手な文章を書かれるんですね。素直に考えていることを書いていてひねくれたところや一人よがりなところがなく、好感を持って読ませていただきました。

つらいことが色々あるようですが、数学や化学の勉強が心から好きでやっているならそれは「逃げている」とは言わないでしょう。仮に多少は「逃げている」部分があったとしても、つらい思いをしている人がそのつらさを多少なりともやわらげるために何かをすることを非難することは誰にもできませんし、自分を非難することでもありません。東日本大震災で被災したお年寄りが「これをやってると何も考えなくてすむから」と手芸を新たな趣味にしていましたが、それが悪いことのはずはありませんよね。
また、数学なんて何が面白いんだとしか思えない人が多い中で、それほどの楽しみを数学に見いだせるというのはそれだけでひとつの才能です。先々数学者になるかどうかはともかく、好きなことがあってそれに打ち込めるというのはとてもいいことだと思いますよ。
様々な分野で活躍した人の中には、自分のやっていることが楽しくてたまらずに熱中する反面、それ以外のことには無頓着だったり、多くの人にとっては簡単なことが苦手だったりという人もたくさんいると思います。
私は宇宙の成り立ちなどについてわかりやすく書かれた本を読むのが好きですが、そこに出てくる物理学者や数学者をWikipediaで調べてもちょっと「変わっている」人がかなりいるようです。
よかったらあなたも、自分の好きな分野の研究に熱中した(またはしている)人についての本を読んでみてはいかがですか。
また、同じような趣味を持つ人が身近にいれば、話もあうでしょうし、友達になることもできるかもしれません。
今は周囲に見当たらなくても、先々そういう人と出会えるといいですね。
とはいえ、数学と同様人づきあいについても得手不得手というのはあるので、数学嫌いの人が無理に数学を好きになる必要がないのと同様、人づきあいが苦手なら無理に交際の幅を広げる必要もないのです。

いずれにしてもご質問の文章を読む限りあなたが無能だとはとても思えませんでしたよ。

投稿日時 - 2014-04-26 13:08:15

お礼

ありがとうございます、やはりこれからも今までと変わらない生活を送りたいと思います。
数学者で変わっている人は多いと思います。岡潔氏やラマヌジャンなどの話を聞いているとどこか少し普通の人とはズレた感覚を持ち合わせているという感じがしますね。

ただ、私自身は数学者になるほどの才能は持ち合わせていないので、将来は黙々と作業を行う技術者になりたいと思っています。

投稿日時 - 2014-04-27 02:45:14

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回答(9)

ANo.8

出る杭は打たれますが、出過ぎた杙は打てません。

好きで勉強されているのであれば、没頭された方が良いと思います。
ただ年齢を考えると体作りをある程度はしておかないと後々影響して
くるかもしれません。

お気を悪くされないでほしいのですが、何かに突出している人は何か
欠けている事が多いと思います。
何でも満点にできるスーパーマンなんてそうそうはいないのではない
でしょうか。

世の中はいろいろな人のバランスで成り立っています。

バットを振ってないと落ち着かない人と勉強してないと落ち着かない
人の違いが私にはわかりません。


好き嫌いは誰にでもあり、仕方ありません。

逃げてるでも良いと思います。
逆に逃げるところがあるだけ幸運なのではないでしょうか。
nickf87138021さんのお年頃だと自分は何をすれば良いのだろうかと
悩む方が多い気がします。
どうせ逃げるなら逃げ切ってしまいましょう。

どの時点でできた友達が一生の友なのかは人によります。
幼馴染の人もいれば、大学や会社に入ってからの友達が腐れ縁になったり
する事もあります。
この人は趣味や性格が合うなと思った人だけまず仲良くなってそれから
交流の輪を広げていけば問題ないのではないでしょうか。
高校で仲良くしても卒業すれば疎遠になる人なんてたくさんいますよ。


勉強をしてマニュアルや前例に頼らずに本気でぶつかっていって体で覚え
るのは大切な事だと思いますが、好きな勉強を否定されるのは違うと思い
ます。


少し人と違うと協調性がないと言われますし、人と合わせると個性がないと
言われます。
結局どっちに転んでも言われるので好きな事をされた方が得だと思います。

残念ながら日本は学歴社会だと思いますので勉強できる人の方が最終的には
勝つと思います。

投稿日時 - 2014-04-26 11:04:32

お礼

ありがとうございます。
>バットを振ってないと落ち着かない人と勉強してないと落ち着かない
人の違いが私にはわかりません。
これについては私も非常に共感出来る面がありますね。人の趣味を批判する権利など誰にも無いし、他人に危害を加えなければ基本的に何をしても問題は無いと思います。

投稿日時 - 2014-04-27 03:07:29

>お前は勉強しか出来ないのだからスポーツやら部活やらで頑張っている人間の方が偉い」
「いくら勉強が出来ても俺はお前が嫌いだ

典型的ピラミッド底辺の言い草です。彼らはあなたのように勉強が好きになれないからこれしか言えないでしょう。集団になれるのは底辺ほど数が多いからです。こういった言葉を言う人の能力や立場も考えてあげた上で、態度だけ真摯に受け止めたふりをし、さっさと好きな勉強に打ち込んでいれば良いのです。僻みやすい人には頭をたれる稲穂の心境です。

逃げじゃない、あなた学ぶ事や知識を得る事に喜びを覚える人です。

あなたのような方、大学にはたくさんいますよ。息子(理系)の同級生などあなたのような方はいくらでもいます。エンジニア、薬学、医学、数学科の講師たちも似たような雰囲気。あなたも理系向きですね。私は海外にいますが、息子を見ていると、理系とビジネス系、ロー系、行く人の性格が全く違う。顔つきや雰囲気も違う。あなたのお話を聞いて真っ先に思うのは将来の職業を想定して好きな学科を選ぶ事です。そこには似たような人が集まります。無能じゃないですよ。適材適所にはまれば、あなたは全く問題ない。逆にそういう暴言を吐くかたがたもスクリーニングで適材適所にはまっていきます。日本ももっと自由に飛び級させれば良いのにと思いますね。

スポーツが偉いとおっしゃる人はそういう道に行けば良い。今はまだ高校だからさまざまな石が一緒に混ざっているだけです。早く将来を見据えて好きな学科に(理系)行きなさい。後数年の辛抱でそれぞれの方向性を見出して似たようなグループにめぐり合えるでしょう。制服が着れない事のスクリーニングはありません。心配無用。ただリサーチプレゼンテーションまでにはせいぜいネクタイが締められるようになって下さい、と言う程度に構えて。頑張って。

投稿日時 - 2014-04-26 10:28:51

お礼

ありがとうござます。いわゆる面従腹背の精神が大事なのでしょうか。

私自身も理系に進みたいと考えていますし、将来的には研究職やエンジニアに就きたいと思っています。
それにしてもネクタイですか…中々難しいですね。

投稿日時 - 2014-04-27 03:14:06

ANo.6

・偏差値や順位にこだわるのは×
・勉強そのものが好きで打ち込むだけなら○

もちろん嫉妬しているだけの人たちは論外なんだけど、だからといって偏差値や順位にこだわるのはよくない。
なぜかというと、
人を順位で判断する癖ができると、いざ自分の不得意な分野(芸術とか運動とか)
に自分が晒されたとき、偏差値にこだわっていない人たちとは比較にならないほどの強烈な
劣等感を味わうから。つまり優越感で勉強をやるのはよくない。純粋な興味のみでやるなら○。


それから、たとえ勉強ができることで尊敬されたりしても、それは貴方にとっての本質的な自信
にはならない。
なぜなら「貴方=勉強ができる人」というレッテルを貼られると、
それは能力や努力の結果のみで見られてしまうようになって、貴方という人間そのもの
が無視されるようになるから。

人っていうのは、肩書ではなく人間そのものが認められないと安心感や真の自信は
いつまでたっても得られないのです。

仲間の作り方は、
中高生なら親に対する秘密を共有することでグループができるって言いますよね。

これを一般化したのが
秘密を吐露したりする=心を開くと、人と仲良くなれるというやつですね。

投稿日時 - 2014-04-26 00:36:07

お礼

優越感や劣等感ですか…。
確かに、現状ではその傾向があるかどうかは別として人からの評価や偏差値などを気にしすぎるのは問題がありますね。
そして確かに昨今の学歴重視の社会にも疑問点がいくらかあります。何も全てが悪い訳では無いと思っていますが。

仲間の作り方に関しては何とも言えないです。友達を作るには簡単に言ってしまうと「誰か個人の悪口」が最も手っ取り早いのですが、私はそういう物が嫌いなのでその方法で作るのもなんだかなぁと思います。(こういう所に友達がいない原因がある事は重々承知していますが)

投稿日時 - 2014-04-27 03:23:20

・中学校時代から「お前は~」

・「いくら勉強が出来ても~」



かなり酷いことを言われていますね。
引用するのも気が引けるくらいです。
上は親御さんで、下はお友達かな。


親はできないところに目が行きがちです。そして
かつては親自身もそのように言われたのだと思います。
だからと言って許せるものでもないでしょうが、
ある程度聞き流す必要はあるかもしれません。

また、お友達はもしかしたら劣等感を感じているのかも。
あとデキル人は他と一線を画しているように見えますからね。
話し方も冷たく聞こえたりするんですよ。
頭のいい人や人より感受性の豊かな人は
小さい頃は違和感を感じているとも聞きます。



私はあなたほどできるわけではありませんが、
昔、似たようなことを言われたことがあります。
そのときは自己評価がとても低かったです。
あまり健康な状態だとは思えません。

得意な勉強に逃げているとのことですが、
自分の気持ちを守る場所があるということは大切です。
必要なときに、そこに戻ればよいでしょう。
そしてエネルギーをチャージすればいいです。


まず、一つずつ苦手を克服してみてはどうですか。
数学のように簡単ではないかもしれませんが、
忘れ物のことや、制服の着方など、
少しずつ公式を覚えていくのです。

かつてあなたが使っていた、
ランドセルは昔は軍人が使っていた鞄が
モデルになっていると読んだことがあります。

また、あなたが将来着るであろう
スーツの着方も歴史やルールがいろいろあるようです。
本当に面白いですよ。

コミュニケーションは奥が深いですが、
『挨拶』『笑顔』など簡単なことから試してみればいいです。

きっとあなたならできるはずです。


『不得意』を克服して、
『得意』以上の『魅力』や『能力』になります。

営業が得意な人は、話すのが苦手な人が多いそうです。
私も話すのが本当に緊張していましたが、
今ではお客様の対応が上手だね~と言われます。
そこまで言われるのに長い時間を要しています。
大変ですが、まずはチャレンジしてみませんか。

また、努力して上手く行かなくても、
そこで頑張ったことは、きっと他で必ず役に立ちます。
頑張った自分をほめてあげたください。
楽しい学生生活を送ってくださいね。

投稿日時 - 2014-04-26 00:33:57

お礼

ありがとうございます。私と同じような経験をしている方もやはり多いのでしょうか。
忘れ物に関してはこれからメモを用意したり、明日持っていく物を寝る前に確認したり徐々に少なくしようと思います。(ただ、その確認行為自体を忘れてしまっては元も子もありませんね。)

衣服やランドセルの歴史などについては盲点でした、今度時間が取れればそのような本も読みたいですね。

投稿日時 - 2014-04-27 03:32:00

ANo.4

社会の中で生きる以上、誰とも関わらずに過ごすことはできません。人間関係に数学の公式のようなものはありませんが他人と良好な関係を築く方法について考えた人はいます。勉強が好きならばその考え方を学んではどうでしょうか。街の図書館に行けば人間関係に関する本が並んでいるので好きなものを選べば良いと思います。本を読んでもわからないことはネットで質問しましょう。学んだことを実際の人間関係に活かせば人付き合いのコツを掴めます。

投稿日時 - 2014-04-26 00:28:16

お礼

ありがとうございます。社交辞令でも最低限他人と関わる必要がある事は何度も人生で痛感させられた事があります。
本当はそのような面が出来る限り少ない職業に就きたいのですが中々難しいので、やはり学ぶしか無いのでしょう。

人間関係の公式!何度も考えた事があります、人と会話する時の公式や人と関わる時の公式はどうにか存在しない物か!
ただしかし自分にはそのような物があっても証明を理解する事は不可能でしょうね。

投稿日時 - 2014-04-27 03:36:47

ANo.3

少なくて良いので、本心を話せる友人は必要だと思います。
そして息が抜ける趣味も必要だと思います。
あまり堅苦しい話題だけでは、楽しみがないので、会話がリラックスしないと思うので。

いろいろな人がいるので、あなたみたいな人がいることは良いと思います。
勉強が好きというのも、魅力ある才能です。

でも、類似している人が少ないと思うので、周りの理解を得ることが困難でしょう。
同じようなことで悩んでいる人が少ないというのは、何かと不便です。

自分のことをしっかり理解して、進むのがいいと思います。
比較というのが意味を成さないので、ひとのまねをしても意味がないし、
いたずらに劣等感を感じるのでなくて(劣等感を感じると、優越感に浸りたくなるので、人として危険度が増す)、
独自の軸、ものさしを用意して、自分の考え方を持つことが大切です。

数学というのは理念というか、抽象的なものを扱うので、現実から少し離れる方向であって、
逃げ場という表現は、理にかなうというか、的を得ている表現だと思います。
感覚として、理解できます。

だからこそ、なるべく現実的な泥臭いところに触れたり慣れたり、許したりというのが必要なのではないかなぁ。
と思います。

投稿日時 - 2014-04-26 00:23:28

お礼

ありがとうございます。
確かに私の会話には堅苦しい会話が多いのかもしれませんね、他人と冗談を言い合うといった事もあまり記憶にありません。
数学は一見鋼鉄の土台のような堅苦しさがある物ですが、実体は案外ふわふわとした抽象的な物の上に成り立っていたりしますよね。

劣等感に苛まされた事は小学生時代からありました。しかし不思議と優越感に浸るという事が出来た事はあまり無いのです、そもそも私自身人生で優越感を感じる機会はあまりありませんでした。

投稿日時 - 2014-04-27 03:42:38

数学を極めて研究者の道に歩まれるとよろしいかと。
普通の人生なんてつまらない。
もっと飛びぬけていいと思います。
他人を批判する人は、あなたがなにをやっても批判します。
嫌われないことより、嫌われることを恐れないことです。

あなたを批判する人なんて無視しましょう。
無能?
他人を無能呼ばわりする人こそ無能です。

あなたを批判するのは、あなたが悪いからでなく、
そいつらがあなたに劣等感をもっているからです。
勉強がんばってるあなたを見るとイライラするんです。
バカで怠け者な自分を見せられてる気がしてね。
発想がガキンチョです。
レベル低すぎます。
そんなのと張り合うのはもちろん、そいつらに劣等感をもつのはバカらしくてしょうがない。

一方、あなたのようにとても勉強なさって上で自分を無能だと思えるのは、
すばらしいことです。
勉強してる人ほど謙虚になります。
勉強に逃げてるって言ってますけど、これって単なる言葉遊びですよね?
じゃあ、スポーツに一生懸命取り組んでる人はスポーツに逃げてるんですか?
言いようによっては、オリンピック目指してるような立派な方でさえ「逃げてる」になっちゃいます。

逃げてるっていう言葉のアヤに騙されないことです。
人それぞれ才能が違います。
そして、自分に合わないなと思ってことを避けるのはあたりまえのことです。
「逃げ」だという人には言わせておけばいい。

モノはいいようです。
言葉というのは物事の一面しか表せません。
そして、単なる事実です。
いい悪いなどありません。
「逃げ」が絶対に悪いなら「ライオンから逃げた」が悪い意味になっちゃうでしょ。(笑)
いやぁ、ぼくは悪いとしても逃げますよ。

あなたの質問に答えるなら、
「逃げをいいことと思えばいいことだし、悪いと思えば、悪いこと。それから、逃げてるという部分を見れば、あなたは逃げている。逆に今集中してる部分(勉強、数学)を見れば、それは集中してるという」かな。

投稿日時 - 2014-04-26 00:01:08

お礼

ありがとうございます。
「逃げ」の感覚の捉え方次第ですか、確かにその通りかもしれませんね。
そう考えると表面上は一つの意味しか無いものの、その言葉について状況・立場なども含めて多面的に捉えると幾多の意味が生まれる、言葉とは何とも奇妙で楽しい物です。

ただ、今の日本で数学を極めるというのは何とも危険な挑戦のように思えますね…。(僕が言えた事ではないのですが)
昨今の数学は昔に比べ遥かに進歩し、残されたのはリーマン予想やBSD予想など人知を超越した難問ばかり。
相対的に随分数学者への門は狭くなったように感じます。
何よりも私自身数学には大した能力は持っていないと思っています。
興味は大きいのですが、残念ながらその興味に対応出来るほどの才能は持ち合わせていません。

投稿日時 - 2014-04-27 03:53:44

ANo.1

高校生とか大学生とか学生の本分は、勉強です。勉強ににげる、といういいかたはなのでありえませんl。部活ににげる、バイトににげる男女交際ににげるならありえます。

あとは、ゲームににげるとか・・・・やけぐいににげるとか・・・

勉強というのは努力が必要なので、なにかから逃げている人間はそれをふつうはしたがりません。

なので、これはつsりかなとおもう。

投稿日時 - 2014-04-25 23:47:33

お礼

ありがとうございます。
勉強に努力という物は必要無いと思います。昔の人の中には読書すら遊びだと考える人もいましたし、結局何が遊びで何が努力かなどという線引きは存在しないのです。
また、本分である勉強の中にもコミュニケーションや部活なども恐らく含まれているのでしょう。
そう考えると私は「学生の本分を達成している」とは言えませんね。

投稿日時 - 2014-04-27 03:57:16

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