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name と名前 は同じ発想か?

 1. / n / という音素に注目します。しかもこれに《同定相》という意義素を想定してみます。

 2. 《そのものを同定する》から 日本語《 n-a 》あるいは 英語《 n-ame 》は 《名》という語義を帯びる。

 3. 《数量の同定》として 《 n-e =値》あるいは 《 n-umber =数》であると。

 4. 同定相が 同時にみづからの対極の《否定相》の意義をも帯びるという見方を提出します。

 4-1. 或るもの( A )の同定は そのものでないもの(非A)を暗に規定します。A と非 A とを区別します。そのとき 仮りにその非 A をまちがって同定してしまうことになった場合 そのかぎりで元の A については 《否定》の相を帯びさせます。

 4‐2. すなわちこれは 非合理的ですが 言語の変化としてありうることです。
 《留守》は 外へ出かける人( A )の代わりに家にいて守る人( B )を言ったものですが そうではなく非合理的に意味が変化を受け 《外へ出かけた状態のこと(つまり≒非 B )》にかんして言うように変わったようです。かくして おそらく《非B 》ゆえに その《外出の状態》は あたかも元の A に関して言うようになった。 そうすると 《 A が家にいないこと》を表わすゆえ 否定する意義を持った。

 4‐3. 《怪しからん(怪しからぬ)》は 意味として 《怪しかる=怪しくある》ことを言います。かたちと中身とは 対極であっても 意味として一致する場合が 言語表現にあり得ます。

 4-4. すなわち 音素 / n / は 同定相のほかに《否定相》をも帯び得た。
 《 na な》:否定命令=禁止法。《 nu ぬ》=否定(打ち消し)法。および 英語《 no ・ not 》といった否定辞に現われます。


 どうぞ自由なご見解をお寄せください。






 これは お察しのように ソシュール(≒丸山圭三郎)の《言語記号の恣意性》なる説(定説?)を批判する議論です。或る程度もしくはかなりの程度まで そのくわしい内容の用意があります。

 音素が意義素と――自然で論理的なきづなを持つというかたちで――つながるなどということはあり得ないという説に対して反証を挙げようとしています。

 音素 / n / は 舌先を上の歯茎のあたりにややねちっこく当てて調音するゆえ そのものに一致するような意味合いを帯びさせ得ます。この粘着性というほぼ自然のあり方から同定相という意義素にみちびかれた。こういう反論としての仮説です。どうでしょう?

投稿日時 - 2014-07-24 10:08:03

QNo.8690394

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

「どうぞ自由なご見解をお寄せください。」
と仰っていますので、そうさせていただきます。

1.「n」:日本語でのいくつもの子守唄が「ネンネンヨ」と 「n」で始まります。「ねんねしな」も「n」ですね。イタリア語でも「ninna nanna」 ニンナ・ナンナ。他フランス語、スペイン語、ポルトガル語などロマンス語形はほぼ似たり寄ったりで、「n」で始まります。共通の音素があります。

ゲルマン系、たとえばドイツ語は「アイヤポパイヤ」(eiapopeia) とまったく違う音になります。日本語と英語の比較だけでは、例が少ないような気がいたしますが、いかがでしょうか。

2.名前と nameは同じ発想か?
英語のnameはラテン語のnomenからですね。物に「命名」する時点でおっしゃるとおり、「他のものと区別する」行為です。他の印欧語でも同類の音素ですね。分類学のnomenclatur名前をつけて他者から切り取る行為。仰るとおりだと思います。
そこで、この「n」という音素は世界共通の発想ということですか、あるいは端に英語との比較でそうであるというこのとなのでしょうか。

3.「ね」はどうでしょうか。日本語の「ね」は「稲」を交換媒体としたところから発生したものだという考えもあるようです。交換価値としての「いね」の「ね」から。numberもラテン語のnumerusからですから、直接英語との比較ではどうでしょうか。そのようにすばやくくっつけてもいいのでしょうか。漢字の「値」とは本来は関係のない語ではないと考えますが。

4.「留守」は中国語からの転用ですから、直接「日本語」として比較の対象になるのでしょうか。確かに、用法の変化としてはわかりますが、日本語との比較では少し気になりますが。

5.「ぬ」は確かに否定、打消しの助動詞と命名されていますが、これはもともと「ず」の連体形からですね。そうなると、本来の語である「ず」の位置づけはどうなるのでしょうか。「n」だけに否定や打消しの要素があり、「ず」は無関係なのでしょうか。


PS.なお、「n」の発音に関しましては、印欧語の「n」は仰るとおりですが、日本語の「n」は、必ずしも歯の裏側付近に舌がくっついて粘着質的にはならないと思います。むしろ舌の位置は下の歯茎に近くあるのではないでしょうか。まるで逆の感じですが。
おついでによろしくご教示賜ればありがたく思います。

投稿日時 - 2014-07-24 17:14:11

お礼

 かくれきりさん こんにちは。ご回答をありがとうございます。


 ★ PS.なお、「n」の発音に関しましては、印欧語の「n」は仰るとおりですが、日本語の「n」は、必ずしも歯の裏側付近に舌がくっついて粘着質的にはならないと思います。むしろ舌の位置は下の歯茎に近くあるのではないでしょうか。
 ☆ ここが先に目に飛び込んでまいりました。

 ▲ (Wiktionary:日本語の発音表記) ~~~~~  
  http://ja.wiktionary.org/wiki/Wiktionary:%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E7%99%BA%E9%9F%B3%E8%A1%A8%E8%A8%98

 § 1 音素一覧
 § 1.1 子音

  ・・・ 両唇音  歯音 (歯茎音)
  ____________________
  ・・・        t, d

  鼻音  m     n
  ・・・
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ まとめますと:

   / n / :/ t, d / と同じように
       舌先を 上の歯の裏側につけて
       / t, d / なる音素にくらべると
       割り合い粘っこくくっつけたかたちで
       調音する。

 となりませんか? 歯茎としてもよいと思っておりますし 《下の歯茎》ではないと思うのですが どうでしょう?

  / t, d / なる音は 割り合いあっさりとした《くっつき》だと思われます。むしろ突き放すように調音しますから くっつかないと言ったほうがよいかも知れません。よって ちなみに / t, d / =放出相・一回性相;不定相。 ta た(誰)。to と(引用格)。






 ★ 1.「n」:日本語でのいくつもの子守唄が「ネンネンヨ」・・・イタリア語でも「ninna nanna」 ニンナ・ナンナ。・・・ロマンス語形はほぼ似たり寄ったり・・・
 ☆ この問題は 次のご指摘とともに きちんと調べて行く必要があると思っています。とても手が回らないというのが いまの実情です。

 ちなみに・ということは 印象批評としてですが:

   / n / :同定相が 自然環界に同定するなら 次を得ます。

    na な(地); ni に(丹); ne ね(根・嶺); no の(野)

   そこから 《平ら》の意味で次を派生したか。
 
    na-re なれ(慣れ); nara-su ならす(均す); nara-hu ならふ(倣ふ・習ふ〔凸凹を無くす))
    ne-ru ねる(寝る=横になる:イ(眠)をぬ(寝))

 ★ ゲルマン系、たとえばドイツ語は「アイヤポパイヤ」(eiapopeia) とまったく違う音になります。日本語と英語の比較だけでは、例が少ないような気がいたしますが、いかがでしょうか。
 ☆ 《 eiapopeia 》が 子守唄なのですね。よく知りませんでした。語例を増やすのは これからです。





 ★ 2.名前と name は同じ発想か? / 英語の name はラテン語の nomen からですね。・・・
 ☆ 仮説の域を出ませんが 音素の / n / で そのものを同定している。ところから来るのではないか? という発想です。

  一般対象への同定: na な(名);
           na-su なす(成す); na-ru なる(成る)
  聴覚対象への同定: na / ne な・ね(音);
           na-ru なる(鳴る); na-ku なく(鳴く・泣く)
  類似としての同定: na な(ま‐な(似)‐ぶ=学ぶ);
          ne ね(ま‐ね(真似)); ni-ru にる(似る)


 ★ そこで、この「n」という音素は世界共通の発想ということですか、あるいは端に英語との比較でそうであるというこのとなのでしょうか。
 ☆ これも まだこれからであります。




 ★ 3.「ね」はどうでしょうか。日本語の「ね」は「稲」を交換媒体としたところから発生したものだという考えもあるようです。交換価値としての「いね」の「ね」から。number もラテン語の numerus からですから、直接英語との比較ではどうでしょうか。・・・
 ☆ おっしゃるようにラテン語からのようです。さらには 《分ける・配る》といった意味の語から来ているそうですね。

 ▼ (OnlineEtymologyDictionary: number ) ~~~~~
  http://www.etymonline.com/index.php?term=number&allowed_in_frame=0

 from Latin numerus "a number, quantity,"
 from PIE root *nem- "to divide, distribute, allot"
  (related to Greek nemein "to deal out;" see nemesis).
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ☆ としますと 日本語での ね(値)は 別のものとの比較評量として そのあたいを互いに同定させた。一般対象の な(名)を基礎として そこで特に数量・数値を問題にした場合の同定相ではないかと。

 印欧語では むしろその同じひとつのものをいくつかに分けてその部分どうしを互いにそのあたいとして同定させた。とは考えられまいか。といったところです。

 つまり 《分け与える》というのは 一般に《等分する》ということであり その部分どうしが互いに同定される。・・・
 


 ★ 4.「留守」は中国語からの転用ですから・・・
 ☆ ええ。そしてこれは 意味の変化だけのお話ですから。



 
 ★ 5.「ぬ」は確かに否定、打消しの助動詞と命名されていますが、これはもともと「ず」の連体形からですね。
 ☆ これは いいえです。つまり 大野晋によりますと:
 ■ (大野晋・古語辞典:ず) ~~~~~~~
  ・・・打消しの助動詞には 《に・ぬ・ね》という系列があって その方が古く 後に《ず》が発達したものと思われる。

 万葉集に 《行方知らにす》という形があり 意味上《行方知らず》と同じなので 古い打ち消しの《に》に《す》が結合して nisu > nzu > zu という変化によって《ず》という形が成立したらしい。

 (基本助動詞解説 p.1478 )
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 いちおう全体について お応えしました。保留としていることが少なからずあります。
 取りあえず こんなところでしょうか。

投稿日時 - 2014-07-24 19:06:05

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回答(6)

こんばんは。「お礼」ありがたうございました。

>>吉原源三郎
>>聞いたことがありません。

私も聞いたことがありません。

>>言語学において、この問題は解決済みです。
>>あり得ないでしょう。

回答番号4で示しました書物の100ページには、かうあります。

「一時期あれほどまでに批判された『英語語源日本語説』をもって、私が文化功労賞の栄誉を身に受けたのもそのひとつである。二年前に、私が日本言語学会の会長におされたというのもそれに類する。」

>>論証あるいはちょっとした例証
>>最低としてこれがあって欲しいと考えます。

英語と日本語が共通起源であることに対し、以下のやうな例証が挙げられてゐました。

名前 namae
汁 juice
斬る kill
だるい dull
坊や boy
負う owe
たぐる tug
疾苦 sick
場取る battle
凍る cold
抛る fall
述べる novel

これほどまでに完璧な証明があるでせうか。タミル語起源説などより、はるかに説得力があります。バートランド・ラッセルのタイプ理論のときには、私の推薦図書をお読みにならなかつたやうですが、今回はどうなさるのでせうか。たぶん、読まないほうが賢明です。

投稿日時 - 2014-07-25 23:17:47

お礼

 ご回答をありがとうございます。

 スペインに行くと 日本語のアホとバカとが通じますね。


 そうですね。
 たとえば あのネ あのナアといった場合にも 子音の / n / なる音素が用いられています。

  na; naa な・なあ(念押し法)
  ne; nee ね・ねえ(同上)
  no; noo の・のお(同上)

 念押しというムード( mood =法・判断)で言い出しています。これも  / n / =同定相ゆえだという仮説が当てはまります。疑問のかたちになりますが みづからは同定した(あるいは 同定したい)ものごとを尋ねています。



 あるいは / n / =同定相 から 比定(擬似同定)相 つまりたとえば ni-ru 似ルが派生すると見ていますが ここからさらに語の生成(派生)が得られます。

 比定または類似というのは 言わば或るもの A と別のもの B とを実際ににしろ・イメージとしてにしろ重ねてみるわけです。瓜二つだとか そっくりだとか言う場合に 似ていると言います。同一ではないのですが 広く言って同定しています。

 この場合の・或るモノを他のモノに重ねるようなかたちから 次の語が派生したのではないか。
 
   ni 荷; nö-ru 乗る・載る; nö-se 乗せ・載せ


  / r / と / s / との対比つまり 自然生成相と人為相についてもすでに提出しました。

投稿日時 - 2014-07-26 00:19:09

ANo.5

1。  数(音の単位と意味の単位)
    日本語ですと、母音がアイウエオの五つ、それにカサタナハマヤラワと濁音半濁音のガザダバパなどで、14、足して19。26あるローマ字で使わない l、q、v、x などを捨てて22。音素数は22以下でしょう。

    しかし一語の説明に1ページを割いても、日本語の意義素が、22ページの辞典では物足りません。意味の単位として目安になるのは漢字ですが、今のところ下記によると常用漢字は2000字を超えています。
    http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%B8%B8%E7%94%A8%E6%BC%A2%E5%AD%97

    英語も、音素数はいくらなんでも50を超えることはないでしょうが、50語の単語表が役立つとは思えません。

2。  普遍性
    n に、同定あるいは否定の意味が、内在するとすれば、言葉を話すヒトなら、地球上のどこに住んでいても、同じ音に同じ意味を付加することになれば、みんな同じ言葉を話しているはずです。

3。ご質問
    name と名前 は同じ発想か?

     僕は#3さんと同じ意見で単なる偶然だと思います。

4。  お考えが正しければ

     日本語と英語の違いがなくなる > 英語のクラスは要らない > 英語の試験もない > 英語の入試もない > 第二外国語を選ぶ必要もない

     また言葉を習うには音素の数の意義素を習得すればいいので、50も単語を覚えれば世界語がペラペラになる。

    と言う訳で悪いことばかりではないと思います。

    
    

投稿日時 - 2014-07-25 02:00:36

お礼

 SPS700さん お早うございます。ご回答をありがとうございます。


 ★ 1。  数(音の単位と意味の単位)
 ☆ このご議論は よくつかめないでいます。

 あらためて ここでの仮説を・そのあらましを述べます。

 (あ) 言語というものを人類が持ったとき その個々の音素は すでに発声ないし調音におけるあり方が持つ自然的な意味合いにもとづき それとして論理的な対応としての意義素をも帯びた。

 (い) この音素は 語義の単純な生成として意義素を兼ねるというとき それは子音について言うものです。
  / n /:同定相かつ否定相
  / t, d /: 一回性としての放出相;不定相
  ・濁音(有声音)は 清音の子音の言わば継続相を帯びるという想定

 (う) 母音は これも語の意義を決める要因になりますが すでに子音によって決まった意義の様相を確定するものと見ます。
  ・ ta 手(た)(た‐もと:手元⇒袂)
      (体言の不定法とも言うべき不定の様相)
  ・ ta-i > tä > te 手(て) (概念法とも言うべき概念の様相)
  ・ tö と(引用格)
     ( 母音の ö には 保留の様相がある。
      連体法(連体形)の語尾をも担った。
      保留して次の語につなぐ相。
      その場合は / ウ / なる母音として承け継いだ)。

 (え) それぞれの言語における音素=意義素の生成については 仮説としてたとえば/ n /:同定相かつ否定相という見方を 普遍的なあり方として想定しています。ただし それの進展・変化については 各言語に自由度があった。

 (お) 子音という子音 母音という母音を ひとつの言語がすべて使うことはないものと思われます。




 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~
 2。  普遍性
    n に、同定あるいは否定の意味が、内在するとすれば、言葉を話すヒトなら、地球上のどこに住んでいても、同じ音に同じ意味を付加することになれば、みんな同じ言葉を話しているはずです。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 言語によってまちまちです。自由度があります。

 (i)一般対象への同定: na な(名);
           na-su なす(成す); na-ru なる(成る)
           na-ri 也。
 (ii)聴覚対象への同定: na / ne な・ね(音);
           na-ru なる(鳴る); na-ku なく(鳴く・泣く)
           na-ri なり(《と聞いている》)
 (iii)類似としての同定: na な(ま‐な(似)‐ぶ=学ぶ);
          ne ね(ま‐ね(真似)); ni-ru にる(似る)
 (iv)自然環界への同定: na な(地); ni に(丹);
          ne ね(根・嶺); no の(野)

 このように日本語は 展開しました。自然環界と言いながら 動物や植物には同定しなかったのか? これはそれこそ《恣意性》の成せるわざでしょう。あるいはその他その他いくらでも 展開の仕方には自由度があるということだと捉えます。




 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~
 3。ご質問
    name と名前 は同じ発想か?

     僕は#3さんと同じ意見で単なる偶然だと思います。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 前項の問題にかんがみますと 英語やドイツ語あるいは印欧語で 日本語の na =名 という語の生成がその自由度において一致した。ということであり これは ほかの言語では一致しないとすれば 《偶然》のしわざであるという見方も出来る。こう考えます。

 言いかえると / n /:同定相かつ否定相なる子音の――語の生成に当たっての――活用の仕方が 言語によってまちまちなのだと捉えます。



 したがいまして:
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 4。  お考えが正しければ

     日本語と英語の違いがなくなる > 英語のクラスは要らない > 英語の試験もない > 英語の入試もない > 第二外国語を選ぶ必要もない

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ というたのしそうなことですが には ならないと考えます。


 ★  また言葉を習うには音素の数の意義素を習得すればいいので、50も単語を覚えれば世界語がペラペラになる。
 ☆ ええ。おおげさに言えば そのようなたのしみを持った仮説です。でも すでにその点につきやり取りをして来ていますが なにぶん手が回らないと言いますか まづは仮説の発端について捉えようとした。というのが 実情です。




 仮説――すなわち 子音の音素=意義素なる音韻論からの語の生成全般にわたる言語理論〔へと発展させるべきもの〕――について いまひとつ事例を添えます。

 ○ na 名 → na-su 名‐す⇒成す / na-ru 名‐る⇒成る
 ○  / s / :指定相・肯定相 // 再言・起動・人為・使役相
 ○  / r / :自然想定相・自然生成相(自発相)


 / s / なる子音は 歯を閉じ舌先をその閉じたところに置いたかたちで わづかの隙間に息の音をとおす。この吐き出す息がいくらかは継続するそのぶん ものをしっかりと指し示す意味合いがあるのではないか。人為・作為の相にも成ると考えられます。

 / r / ―― / l / もほぼ同様に見ていますが・そして世界にはいろんなこの流音があるようですが――なる子音は もし流動性を帯びるとすれば それは 何にでもその代理を成すという性格があるのではないか。他の子音のそれぞれに対して代理と成る。そのかぎりで 自然生成の相を持つと想定される。
 
 そういう意味では 日本語ないしアルタイ語族と言われた諸言語では このラ行の子音は 語頭に立たない。代理としての音素が先に来ることはないから。

 もちろん 言語ごとにまちまちだと考えます。

 言いかえると 日本語は ほかの言語にくらべると ヒトが言葉を用いるようになったとき《子音の音素が意義素を帯びた》というその始原のすがたを いまにまでよく保っているのではないかと思われます。
 音節を 一子音+一母音( CV )でつくることも 原初のすがたなのではないかと空想されます。

 ・・・

投稿日時 - 2014-07-25 07:33:09

言語学において、この問題は解決済みです。下記の書物をお読みください。

清水義範『蕎麦ときしめん』講談社文庫 87ページ

この書物で、吉原源三郎氏の『英語語源日本語説』が紹介されてゐます。まちがひなく、同一の言葉です。

投稿日時 - 2014-07-24 20:49:33

お礼

 ご回答をありがとうございます。


 ★ 吉原源三郎
 ☆ 聞いたことがありません。むろん無知であったということがあり得ますが まづにわかには信用なりません。よほどあたらしい人であるとかでないと 聞いているはずですから。


 ★ 言語学において、この問題は解決済みです。
 ☆ あり得ないでしょう。


 論証あるいはちょっとした例証 最低としてこれがあって欲しいと考えます。どうでしょう。

投稿日時 - 2014-07-24 22:19:00

単なる偶然です。。。

投稿日時 - 2014-07-24 19:45:14

お礼

 そうですね。ここは おしとやかに まだ保留したことがらがいくらでもありますと言ってつつましやかにお応えするところではないのでしょうね。

 ご回答をありがとうございます。


 そうですね。
 / n /:舌先が上の歯茎の裏側に当たって ある程度ねちっこくくっつくかたちで調音する。ゆえに 音素がそのまま意義素の役目を帯びて ものを同定する相をになう。また ちょうどその対極の否定相をも同じくになう。


 No.1でのやり取りですでに次の例証を提出しています。

  一般対象への同定: na な(名);
           na-su なす(成す); na-ru なる(成る)
           na-ri 也。
  聴覚対象への同定: na / ne な・ね(音);
           na-ru なる(鳴る); na-ku なく(鳴く・泣く)
           na-ri なり(《と聞いている》)
  類似としての同定: na な(ま‐な(似)‐ぶ=学ぶ);
          ne ね(ま‐ね(真似)); ni-ru にる(似る)
  自然環界への同定: na な(地); ni に(丹);
          ne ね(根・嶺); no の(野)

      ・そこから 《平ら》の意味で次を派生したか。
 
         na-re なれ(慣れ); nara-su ならす(均す);
         nara-hu ならふ(倣ふ・習ふ〔凸凹を無くす))
         ne-ru ねる(寝る=横になる:イ(眠)をぬ(寝))

 

 ☆ ところで 英文との対照をかがけます。


  / n /: 同定相と否定相の交じった意義素として 《完了相》を挙げる。

  / t, d /: 放出の相から 不定相をみちびく。そのような意味合いでやはり《完了相》を派生すると見る。


 両者のちがいは 日本語の補充用言(助動詞)の ヌとツとの違いにすでにあらかじめかんがみるかたちになりますが ヌなる完了相は いくぶんか完了したあとの状態への同定が入っているかも知れない。その意味では 必ずしも人為的・作為的な動作にはなじまない。自然史的な過程として捉える。
 ・ 夏は来ヌ。

 言いかえると ツの / t, d / なる音素が一回性の相を持ってのように放出の相としてそのあと不定相をみちびいたとすれば ぎゃくに人為的・作為的な動作に使われる。
 ・ ~~~~~~~~~~~~~~~
 http://kobun.weblio.jp/content/%E3%81%A4

 竹取物語 かぐや姫の生ひ立ち
   「秋田、なよ竹のかぐや姫とつけツ」
 [訳] 秋田は、(かぐや姫に)なよ竹のかぐや姫と(いう名前を)付けた。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 と見た上でですが 英文でもこの / n / と / t, d /のそれぞれ完了相を用いているとおぼしき語例があります。

 ・ go --- went ---- gone
 ・ do --- did ---- done
 ・ see --- saw --- seen
 ・ show---showed---showed / shown
 ・ take--- took ---taken
 ・ make ---made---made


 取りあえず この種の例を提出します。どうでしょう?
 完了(過去)分詞は 受け身の相を帯びるので 自然相の / n / のほうが似つかわしい。

 
 

投稿日時 - 2014-07-24 20:41:49

ANo.2

否定、打消しの助動詞「ぬ」についての大野晋の考えのご紹介、有難うございます。私は逆だとばかり思っていました。

なお、「n」については、母音をつけない単独の「ん」のことなのかと、私が勘違いしておりました。な、に、ぬ、ね、のとなると、仰るとおり上の歯の裏側あたりに舌端がきて、粘着的になりますね。謝謝。

投稿日時 - 2014-07-24 19:32:01

お礼

 ありがとうございます。

 保留を別とすれば だいたい共通の理解に立てたでしょうか。

 さらに何かありましたら いつでも言って来てください。展開を見守っていてください。

投稿日時 - 2014-07-24 20:06:26

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