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解決済みの質問

満州国が結果的に中国の領土を守った

満州国建国は私は間違っていたと思っております。
朝鮮はともかくとして、中国は攻め込まれて大きな被害を蒙りました。中国は日本を恨んで仕方がないと思います。

しかしながら
満州国建設によってソ連は満州に手を出せませんでした。日本の敗戦が決定的になった1945年8月9日に突然ソ連は満州になだれ込みましたが、一段落した後は、大人しく引き上げています。連合国同士では領土を分捕ることはできませんでした。

でも・・・
もし1900年代の前半、日本がロシアに睨みをきかせていなかったらソ連は満州を手に入れていただろうと思います。

つまり中国は多大な被害を蒙りましたが、日本のおかげで現在の国土を確保することができました。
これは敗戦国日本が言うにはあまりにも厚かましいので誰も言いませんが、日本に対し中国が過去の恨み事を言うのであれば、この点も挙げられるべきではないでしょうか?

投稿日時 - 2014-09-14 08:58:08

QNo.8753799

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

国体維持が第二次世界大戦前の日本の国是です。
上海で中国人がヨーロッパ人の理不尽な要求に応じて奴隷化しているのも見た薩長の武士は欧米列強の植民地になることを避けるべく富国強兵を目指し、ヨーロッパ列強に侵食されていた朝鮮半島が隣国ではいずれ日本もヨーロッパ列強に侵食されかねないので清に対して朝鮮半島の開拓を迫ったところ既に国家として体をなしてなかった清はこの要求に答えられず、日清戦争で清を倒して
朝鮮半島の自立を促します。ところが自力での自立は無理なところから朝鮮王が日本に依頼して日韓併合がなされ日本が朝鮮半島を開拓します。弱い朝鮮半島を放置するのは、日本の国体維持に懸念があったので朝鮮半島を強靭化したのです。
朝鮮半島は太平洋に出たいロシアが常に狙っていました。ロシアは満州に進出してきました。その脅威から逃れるために日本はロシアと開戦して勝利し満州の権益を得ます。
そこに清の滅亡
日本は清の王朝をそもそもの出生地、満州に移して
満州国を建国します
これはロシアの南下も防げる一石二鳥のプランでした
ここまでの流れは国体維持の観点から日本に正当性がありました

しかし、満州国設立に対しては世界の考え方は違いました

アメリカは中国進出を目指していたので、中華民国を承認することで
中国との関係を強化し日本が満州を建国することに牽制をしました

その後、不安定な中華民国は中国共産党と内戦になり中国在住の日本人に危害を及ぼすようになり

日本は治安維持のために中国と交戦します

しかし、アメリカやイギリスが中華民国にロシアが中国共産党に手助けする状況で日本は勝ち抜けず戦況は泥沼化します

その後、中華民国を支援するアメリカから日本軍の撤退要求があり
一方的な日本の正当な利益をご破算にして石油の禁輸による強引なもので日本は生存権をかけて米英と戦争をするというシナリオになります

そこで、負けたことにより、未承認国家満州は、中華民国と次に政権をとった中華人民共和国のものに
なってしまいます
中国にとっては
大国の駆け引きの中で生まれた漁夫の利であって
中国での覇権を狙う各国の思惑が
結果的に中国の得になったわけです
中国が日本を恨むと言うのはおかしなとこがあります
国としての体をなしていなかった中国を放置すれば
ロシアの侵攻や
米英のさらなる植民地化が進行しただけの結果に終わり、中国は分裂国家になる運命で
あったものを
日本と交戦し
ヨーロッパ列強が日本を悪者扱いしたがために中国が正当になっただけの話で

中国は実際に通州などで日本人の大量虐殺をしているわけだから
中国に正義が立つと言う考え方は
非常におかしいです

この際、はっきり言えば、アメリカの世界戦略に日本が巻き込まれて
日本が悪者にされ満州の正当性が認められなかったがために

中国が漁夫の利で領土にすることができたことを
改めて認識する必要があります

その点は質問者さんと同意です

ROM専の方のために流れの説明も
つけ加えました

投稿日時 - 2014-09-14 13:41:32

お礼

素晴らしいご回答ありがとうございました。

このような解釈が通用する時代が来るのはいつごろですかね~

中国は大発展を続けるのか、あるいは七つくらいに分裂するのか?
非常に関心を持って見守っています。

中国はいまのところ不平等を共産主義のたがで抑えつけていますが、いずれは共産主義を捨てるでしょう。
自由にものが言える時代が来れば中国は民族の違いがあるし、言語の違いがあるし、宗教の違いがあるし、内陸と沿岸部の格差も大きい。

国家分裂となれば日中関係の歴史解釈もまた違ってくると思います。

投稿日時 - 2014-09-14 14:03:36

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回答(5)

ANo.5

そんな考え方は
盗人猛々しいとか
恩着せがましい
というのです。
日本人の恥の文化はどこへ

投稿日時 - 2014-09-14 22:14:10

お礼

>日本人の恥の文化はどこへ

恥の文化とこの問題は違うと思います。
日本は敗戦国としてまた戦犯国としてしばしば中国からバッシングを受けています。たとえば国連の常任理事国に立候補しても中国から「敗戦国は理事国になれない」と突っ撥ねられています。

中国は被害を受けた国でありますが、日本のせいで広い国土を得ることもできた。プラス面マイナス面をともに知って欲しいということです。

盗っ人猛々しいって、貴方、日本人の言う科白ですか? 盗っ人だったのは貴方の先祖や貴方のお友達の先祖なんですよ。ご先祖に失礼と思わないんですか? 理解に苦しみます。自分の先祖が何人であったのかを考えてご発言願います。私には到底言えない科白です。私は自分の先祖の名誉を守りたいと思っております。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-09-15 07:07:54

ANo.4

ぶっぶ~!

そもそも満州国は、清がクーデターで中華民国に簒奪されたので、日本政府が、愛新覚羅溥儀の為にわざわざ作ってあげた国です。

それこそ膨大な開発事業を行い、新京は中国でもっとも栄えた都市でした。

愛新覚羅溥儀は、戦後は中国へ送致されましたが、余生は周恩来に保護されて幸せだったといいます。
※洗脳されて、中国共産党委員にも選出さてています。

満州国からソ連が撤退したのは、当時国民党と争っていた中国共産党との盟約で、ソ連が共産党に支援して武器弾薬を供与しました。
しかし、国民党は逆にアメリカの支援が滞り、中国大陸から追われ、台湾へと逃げます。

ソ連は満洲から撤収する際に、日本の残した工業施設のあらゆる機材を奪取して撤収しました。

毛沢東はそれを当てにしていたので、さそかし悔しがったそうです。
これが、ソ連と不仲になった原因です。

中国の多大な被害のほとんどが、この中国共産党と国民党の戦いによる内戦です。
毛沢東は満洲の繁栄※インフラが整備された都市が丸々手に入ると思って喜んで、中国全土は犠牲にしても戦っていたのです。

戦後に北京が首都になったのも、北平が、日本の疎開地で安全区として栄えていたから、インフラがそのまま無傷で手に入ったからです。

なお、1800年代は、満州はロシア領だったんですけど?
日露戦争で日本が手に入れただけです。

投稿日時 - 2014-09-14 18:38:49

お礼

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-09-15 06:58:06

ANo.2

歴史上、漢民族が満州を支配したことはないんです。
満州の女真族が中国を支配して清を設立させたので
中国に新しい政府が出来れば
もといた土地である満州に里帰りをするのは極めて当然で、そこに政権を樹立するお手伝いを日本がすることはロシアの南下も妨げられるので利益が一致したから満州を建国したわけです

満州に製鉄所を作ったり鉄道網を整備したり、それらのインフラは中華人民共和国設立当時に大きな財産になります

元々、中国の正当な支配権があった土地ではないので
満州に関しては
棚ぼたで中華人民共和国が得をしただけで

日本は言われる
筋合いにないと
思います

投稿日時 - 2014-09-14 10:33:43

お礼

ご回答ありがとうございました。

私の主張は、
中国は日本の帝国主義をいつも非難しますが、日本の帝国主義のおかげで旧満州が貴方がたの領土になったじゃないかということです。

投稿日時 - 2014-09-14 12:42:39

ANo.1

そもそも満州国は清が滅亡した時に溥儀が日本に亡命してきたことから始まります。シナでは王朝の交代の時は、易姓革命といって、皇族に少しでも血筋のある人を皆殺しにしてきた歴史があります。その残忍性といったら、記録を読むだけで吐きそうになるほどです。革命軍に捕まれば溥儀もこの世の地獄を味わった末に惨殺される運命でした。

日本はロシアと革命後のソ連の南下を防ぐためには、満州と朝鮮半島を実効支配する必要があったのです。そこで清の最後の皇帝の生まれ故郷に国を建てるという名目で満州を建国したのです。「傀儡」と批判されることもありますが、これは当時の欧米では普通にやっていたことなので、後に批判に回ることには矛盾があります。

そして日英同盟によってロシアの関心を西側に向けるのと同時に、ソ連とは不可侵条約を締結することで、満州の安全を図りました。

この時代の中国は列強との不平等条約に苦しんでいました。99年にもわたって港を割譲されていたのです。これに「扶清滅洋」を唱えて反旗を翻したのが義和団でした。清は義和団を支持しましたが、欧米は不平等条約を解消する訳にはいきません。この時の中国と列強の紛争が義和団事件です。

ロシアは兵力を満州に差し向けようとしましたが、それを拒んだのが英米でした。英国は南アフリカ、米国はフィリピンと交戦中で、極東の兵力が手薄だったのです。

しかし、英米などは他国との戦争中だったので兵力を義和団に向けることができません。そこで日本に『派兵の依頼』が舞い込んだのです。ロシアがこれに乗じて南下したら、欧州列強は清国での利権を奪われてしまうことになります。そこで、日本に対して義和団を抑えるとともに、ロシアの南下を防ぐための出兵の要請が来たのです。

満州は日本が支配することになりましたが、北京を初めとする主要都市は侵略から守られたのです。

ただし、辛亥革命後の中国は内戦に続く内戦のため、自分の国を自分で壊滅させました。元も子もないとはこのことです。

投稿日時 - 2014-09-14 10:14:57

お礼

詳しいご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-09-14 12:45:31

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