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締切り済みの質問

続【「ので」と「ため」の違いについて】

 以前下記のスレッドが立ちました。
【「ので」と「ため」の違いについて】
http://okwave.jp/qa/q8625598.html

 何がなんだかわからないうちに話が終わった気がします。
 その後いろいろ調べて、わからないなりにいろいろ考えました。
 現段階では、下記くらいに考えています。
【「だから」「なので」の違い その2 「~から」「~ので」「~で」「で」「から」「ので」】
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-11932114478.html

==============引用開始
 とりあえず、【ので】の制約は5つありそうだ。詳しいことはわかりません(泣)。
1)「~のは~{から/ので/ため}だ(です)」の文型だと「ので」が×になる
例 3 遅刻したのは、電車が遅れた{から/×ので/ため}です
※語順を入れかえるとOKになる
電車が遅れた{から/ので/ため}遅刻しました

2)「だろう」の後にはつかない(ほかの推量ならOKのときもある)
例 4 明日は晴れるだろう{から/×ので/×ため}洗濯をした
※前件が推量でもOKの例
明日は晴れそう{だから/なので/なため}洗濯をした

3)後件が命令形(OKのときもある)
例 5 よい子{だから/△なので/×のため}おとなしくしなさい
例 6* お願い{だから/△なので/×のため}静かにしてください
※後件が命令形でもOKの例
あの子はよい子{だから/なので/×のため}仲良くしてあげなさい

4)理由は不明。後件が推量だと×になることがあるのかも。
例 7 あれほど繰り返すの{だから/×なので/×ため}、本当なんだろう
※後件が推量でもOKの例
電車が遅れた{から/ので/ため}遅刻したのだろう

5)デスと相性が悪いのかも
例 9 期限はあしたです{から/△ので/×ため}お忘れなく
==============引用終了

 不明な点があまりにも多くて……。 
 何かわかりやすい解説をしている文献はないでしょうか。
 辞書・サイト・論文など、教えてください。


 なお、↑のリンク先に書いたように、下記の3点の説明には、個人的に強い疑問をもっています。ネット上で見られる論文などは、ほとんどがこういう考え方を否定しているように読めます。下記のような考え方をしているサイト・論文などがあるのでしょうか。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/17210/m0u/%E3%81%AE%E3%81%A7/
==============引用開始
「ので」は、前件と後件との間に客観的な因果関係が認められる場合に用いられやすい。==============引用終了

http://kotobank.jp/word/%E3%81%AE%E3%81%A7?dic=daijisen&oid=14449700
==============引用開始
デジタル大辞泉の解説
ので 【ので】
(中略)
◆ 近世中ごろから用いられ、明治に入って一般化した。また、前件が理由となって後件のような結果の生じることが、だれの目から見ても当然と思われるような場 合に用いられるとされる。「から」に比べるとあらたまった感じを伴うが、くだけた表現の場合、「あまり暑いんで閉口した」のように「んで」となることもあ る。
==============引用終了

==============引用開始
大辞林 第三版の解説
ので
(中略)
〔理由・原因を表す接続助詞「から」との相違について。「ので」は因果関係が客観的事実に基づいているような場合に用いられるのに対し,「から」は,推 量・禁止・命令・質問など,話し手の主観に基づくような場合に用いられる。一般に,「ので」は,「から」に比べて,条件としての独立性が弱い場合に用いら れる〕
==============引用終了

投稿日時 - 2014-09-29 21:53:03

QNo.8773212

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回答(30)

ANo.30

#29です。

> 当方にはむずかしいと思います。
 :
しかし、それを避けている限り現代の国文法の素晴らしさを味わうことなく、徒に文法など詰まらんとノタモウ「有識者」であり続けますでしょう。
どだい、
>「個人的に強い疑問をもっています。ネット上で見られる論文などは、ほとんどがこういう考え方を否定しているように読めます。下記のような考え方をしているサイト・論文などがあるのでしょうか。」
 :
などと既に国文法論者風味の発言をされていらっしゃるではありませんか。

>「何かわかりやすい解説をしている文献はないでしょうか。
 辞書・サイト・論文など、教えてください。」
 :
それが、実際には渡辺実「国語文法論」/小池清治「現代日本語文法入門」/芳賀綏「日本文法教室」などなど紹介したって読む意向などちっとも感じられず、応えはいつも「ア・ト・デ」どころか「当方にはむずかしい」の一点張りなのではありませんか。是非読んでいただいて、このような問題をご一緒に学び合う関係が構築できたらと願うことはこの一点です。

>これを「新しいので丈夫だ。」や「高いから買えない。」にかえると×なのでしょうか? 文の意味は大きくかわるのでしょうか?
 :
そのままの置き換えは×というべきでしょう。「大きくかわる」とはどの程度の想定なのか大げさなだけにいやみにも聞こえますが、そうではなく本当にどのようなニュアンスの変化や述語の表現の変更が求められているものとして、以下に例文を提示します。

<判断の根拠>
「から」は話者の判断なので断定調で良いのだが、「ので」では聞き手の同調を考慮した上での独断を避けた、推量の「だろう」が欠かせない。
「からには」「のだから」は「から」の強調形。

新しいから(きっと)丈夫だ。
(根拠 → 話者の推論)
新しいからには(おそらく)丈夫なはずだ。
(根拠 → 話者の確信)
新しいのだから(間違いなく)丈夫に違いない。
(根拠 → 話者の主張)
新しいので(おそらく)丈夫だろう。
(根拠 → その特性のありよう)

<ことがらの理由>
「ので」は手持ちの金や想定費用に対して高価だったという事情を明らかにして、その結果としての話者の対応の取り方を聞き手に対し明らかにしている。
片や、「から」にした場合は、聞き手に関係なく、結果としての話者の判断・対応を述べている。
また、「せい」や「ため」など形式動詞の接続用法の場合は、「ので」と違って聞き手への配慮もさほどではないが、一方で話者としての主張も「から」に比べてずっと薄めで、対応の取り方を結果として伝達を図っている、そんな中間レベルにある。

高いので(とても)買えない。
(事情 → 対応の取り方)
高いため(どうしても)買えなかった。
(事情 → 対応の結果)
高いせいで(つい)買いそびれた。
(理由 → 対応の取り方)
高いおかげで(結局)買ってもらえなかった。
(原因 → 恩恵の有無)
高いから(とても)買う気になれない。
(根拠 → 話者の意思)

> 細かなニュアンスとしては下記のような傾向がある。 
1)話し言葉的か書き言葉的か
2)「ので」のほうがやや少し丁寧
3)主観的か客観的か
 :
これでは質問の最初にまた戻されてしまいます。
これらの標準的な回答はいの一番の#1において既にきちんとなされています。
しかしせっかくここまでツリーを展ばしてきたのですから。たとえ質問者に「当方にはむずかしいと思います。」「本題とはあまり関係ない気がするのでパスさせてください。」「当方の語感だと、やはり」を繰り返されようと、この質問に付き合っていらっしゃる読み手の皆さんへの誠意としても以下に解説してみます。

1)読み手を意識した書き手の記述表現としての「ので」と、聞き手に対する話し手の自己表現としての「から」
2)読み手への配慮面では「ので」が丁寧だが、これが話し言葉では彼我の位置がずれることもあり、話し手の自己表現面では逆転し「から」の方が素直で「ので」は押しつけがましいトーンが混じる。
「私、失敗しないので!」
3)哲学や心理学ではあるまいに、いまどき国文法での「主観・客観」論議は、具体的に例文の提示内容やその度合いの識別があいまいなタームとして、ほとんど使われなくなっています。
代わりに例えば、「モドゥス、ディクトゥムという用語は、はじめ、スイスの言語学者C・バイイが使い、その後、小林英夫・金田一春彦・川上章・川本秀雄‥といった語学者によって採用されています。」(芳賀綏「日本文法教室」)
また、「ので」は従属節において述語成分と相関する「玉葱型構造」の「ので節」としてテンスまでであり、「から」は前段と後段を連関させる「天秤型構造」の「から節」としてモードを表すといった見方。
あるいは、「ので」にもモドゥスがあるが「述定文中における中核(断定・推量など)と外郭(感動)」の範囲であり、「から」ではさらに「伝達文での中核(命令・呼び掛けなど)と外郭(もちかけ)」が加わる所が異なるとか。
さらには「主観性の言語化されたものをモダリティと見る立場」からすれば、「から」の方は、そもそも話し手のモダリティが制限なく使用可能だが、「ので」ではごく限られているなど。

そして私の見方では、上の中学文法のテキストの例文説明を行ったように、「から」は<判断の根拠>としての多様な表現が可能だが「ので」では相手を配慮した推量など婉曲表現に限られる。一方、「ので」は<ことがらの理由>としてストレートな表現ができるが、「から」では話者の意思の表現に限定される、と。

この側面はわざと避けてきたのですが、実は従属節での「ので」は「の」「で」とも格助詞の役割だが、それが述語においては、また終助詞的には、あるいは間投詞的な簡略接続詞としては「で」は断定の助動詞「だ」の連用中止形(言い止し)と見做す方が順当なのかもしれません。
また、「逆接確定条件の「のに」はなお語源的性格を濃厚に持っていて、「静かなのに」のように連体形につこうとする傾向が強いけれども、それでも「こんなに静かだのに、ぜいたくだぞ。」などと、終止形(独立形)結合を化膿しつつある。…ただし「のに」と同じ語源的性格を有する順態確定の「ので」の方は、今なお「とても静かなので、落付いて仕事ができる。」のように連体形に下接するばかりで、「とても静かだので、落付いて仕事ができる。」といった終止形(独立形)下接の言い方を可能にする方向へ、動こうとする気配を見せない。」(渡辺実「国語文法論」)
「ので」論については、このような問題などまだまだ取り残されたままなのですが、「本題とはあまり関係ない気がするのでパスさせてください。」

投稿日時 - 2014-10-25 10:01:24

お礼

「現代の国文法の素晴らしさを味わう」境地にはとうてい到達できそうにありません。〈徒に文法など詰まらんとノタモウ「有識者」であり続けます〉……当方はそこまでも到達していないので、「あり続け」る心配はないかと……。

>是非読んでいただいて
 時間ができたら読んでみたいとは思います。
 当方の質問が、これらを読まなければ理解できないような難問ならば、あきらめるほうがいい気がします。

 今回のやり取りで、ハッキリ理解できたと思えることは、さほど多くありません。
 多くの部分でモヤモヤした感じが残っています。
〈新しいので丈夫だ。」や「高いから買えない。」にかえると×〉になる理由はわからないままです。
 <判断の根拠>の解説は、一読するとわかった気になれます。
 しかし、下記の1)【ので】を2)【から】にかえると意味がどうかわるのか、当方には説明できません。2)は×なのでしょうか? 〈推量の「だろう」が欠かせない。〉か否かは保留します。
  1) 新しいので(おそらく)丈夫だろう。
  2) 新しいから(おそらく)丈夫だろう。
 <ことがらの理由>も同様です。「高いので(とても)買う気になれない。」は×なのでしょうか?
 これでは当方には〝限定〟できるか否かの判断はできません。


>これらの標準的な回答はいの一番の#1において既にきちんとなされています。
 No.1の回答なら多少理解できる気がします。
 以下、〈 〉内はNo.1の回答にある言葉です。当方の解釈に間違いがあればご指摘ください。
〈女性に好んで「ので」を多用する傾向がみられる〉など、微妙な違いはあるようです(「女性」と言えるか否か、「好んで」「多用」とまで言えるか否かはわかりません)。
 当方は「話し言葉的か書き言葉的か」と考えています。それは丁寧度の違いと考えることもできます。「主観・客観」と考える人もいるようです。ただしNo.30のコメントによると
>いまどき国文法での「主観・客観」論議は、具体的例文の提示内容やその度合いの識別があいまいなタームとして、ほとんど使われなくなっています。
 ということなのですね。共感できます。一概には言えないのかもしれませんが、ほかのテーマでも理解に苦しむ「主観・客観」を持ち出す人がいて、当方はウンザリしています(No.20の「お礼」参照)。
 あるいは、kine-oreさんがお書きなったように「文体」の問題と考えるほうがよい場合もある気がします。

 ただ、そういった微妙な違いはさほど大きな問題ではないでしょう。
〈違いを明確に区別できない〉〈これもある面までは同義的に重なり合つているものとみるべき〉
 ですから、ある面まで(実質的には「多くの場合」の気がします)はどちらも同じような意味で使えるはずです。
「ので」は〈「から」に比べて、その文の陳述とはかかわりあいが薄く、従属的である〉とのこと。【ので】の制約1)が生じるのはそのためでしょう。

 ただしNo.1やNo.4の「お礼」にも書いたように、現段階ではNo.1のコメントの後半部には疑問も感じています。いろいろ調べながら精読してみます。

投稿日時 - 2014-10-26 12:00:03

ANo.29

#27です。

>当方が最初に書いた【ので】の制約1)は、こう考えたほうがよいということでしょうか。
 :
そうです。
>制約1) 例3 遅刻したのは、電車が遅れた{から/×ので/ため}です
 :
これは{から/ので/ため}の部分が異なるだけの同じ文型なのではありません。

ここでの{から/ため}は接続助詞ではなく副助詞「から」の準体助詞用法、また名詞「ため」の形式名詞用法での名詞述語文(同定文)ですから反転できます。A=Bです。→B=Aです。
私が遅刻したの=電車が遅れたから です。(遅刻した理由として電車の遅れを述べる)
電車が遅れたから=私は遅刻したの です。
私が遅刻したの=電車が遅れたため です。
電車が遅れたため=私が遅刻したの です。(遅刻した原因として電車の遅れを述べる)

一方、「ので」は従属節を受ける接続助詞として、
電車が遅れたので→私は遅刻したのです。(遅刻を申し立て、その理由を述べる)

ですから「ので」はやめて、ほかの助詞でも準体助詞用法に置き換えれば名詞述語文にできると付け加えただけの意味です。それ以上の深い意味はありません。
私が遅刻したの=電車が遅れたの です。
私が遅刻したの=電車が遅れたせい です。
私が遅刻したの=電車が遅れたおかげ です。

>ただ、〝専用〟とまで言えるか否かは疑問も感じますが。
 :
〝専用〟と言い切るのは、あくまでも初心者に語用を分からせる近道としてであり、その骨子の断定的な説明、つまりは方便です。
それを習得する過程で、あらためて有効な疑問が芽生えるなら、それは進展の証しです。
ただし、その骨子を理解しようとしないで、ひたすらアラさがしを求めるようならその生徒は窘めなければなりません。初心者に限った教育的指導です。

例えば、球の体積を求めるのに、
S=4/3πr^3が分からない生徒なら、半径を三回掛けて12倍すると教えるようなものです。
あるいは、点音源の防音効果について、微積分を用いず、三角法での距離減衰で教えるようなものです。
それを、点音源などあるかとか、音の高さはどう考慮するんだとか、障壁の吸音や反射効果を見逃すわけにはいかないだろうなどと言えるようなら、その子にはもっとレベルを上げれば善いだけです。

>例文を見る限りは、「そういう傾向がある」くらいしか言えない気がします。<せい>の位置づけも……。
 :
ならば、どうぞご自分でそうではない例文を「せい」「から」「ため」「ので」「て」を総て入れた単一の例文を是非お見せください。それが、明らかに私のそれより優っているようならこの主張は取り止めましょう。

>冒頭の2段落の記述はほぼそのとおりだと思います。
>感覚的にはわかる気もしますが、あまりにも微妙でなんとも言えません。当方なら、△にする理由が見つからないので、全部○にするかもしれません。
 :
「冒頭の2段落の記述」が理解できるのなら、より相応しい「から」○があるのだから、「ので」は次点△になるだけです。副詞用法とはつまりは単一文のそれであり、つまりは「ので」がもっともベーシックに生きる従属節を持つ複文ではないだけの理由です。

>こういう考え方ならわかります。これが永野賢説までいくと、首を傾げてしまいます。

一つの文を見て、品詞分解する。またその違いにだけ着目して、その違いを解き明かそうとするという手法は、もはやその有効性を失いつつあります。
 雪は降る
 雪が降る
ーーーーーー
差異=はorが(つまり、助詞の性質の違い)

今や、こんな「文の意味は語の意味の総和である」といった感覚では解き明かせないことが指摘されています。
「その助詞やその文型と状況との間に、あるダイナミズムが働いた結果、文にそのような意味が生ずるのであって、状況が語用論的に外から文に意味を付加するのではないからである。」(尾上圭介「文の形と意味」(「現代日本語必携 2000年」學燈社))

むしろ構文論においては、遥か昔、松下大三郎が区分した「主観的表現」と「客観的表現」という呼び分けがありました。一方、スイスの言語学者が使ったラテン語のディクトゥム(言表事態)を包み込むモドゥス(言表態度)という観点が育ち、やがてその容れ物としてのモドゥスにも、述定文中における中核(断定・推量など)と外郭(感動)、そして伝達文での中核(命令・呼び掛けなど)と外郭(もちかけ)など多層の「包み紙」があり、その色合いによって老若男女の位相の異なりも生まれているとされています。
参考:芳賀綏「日本文法教室」(東京堂)

それはまた拡大して、「主観性の言語化されたものをモダリティと見る立場」(益岡隆志「モダリティ」(「現代日本語必携 2000年」學燈社))も生まれてきました。

一方、山田孝雄以来の、述部と叙部の諸要素の相関については、「北原保雄は「日本語助動詞の研究」1981年において精密化している。叙部の各要素と述部の各要素とは、同心円状に結び付き合う関係にあるので、叙述構文の構造を比喩的に「玉葱型構造」といい、一方、題説構文は題目部と解説部が平衡関係にあるので「天秤型構造」という。」(小池清治「現代日本語文法入門」ちくま文庫)

単純に「主観的」といったところで、少なくとも以上のような、その後の「文の成分」をめぐる研究について学ぶべきことが教える側には残されていると言えます。

一方、中学生や日本語初級者に対しては、「ば」や「から」また「ので」は「順接の確定条件」として次のように使われるという言い方になるでしょう。

新しいから丈夫だ。
(新しい+(しかも)(新しいという根拠からも)丈夫だ)
高いので買えない。
(高い→(それが理由で)買えない)
解けば、難しい問題ではなかった。
(解いてみた=簡単な問題だった)

また、次の序詞の種類に注意しましょう。
月が出てから出発しよう。(格助詞)
月が出たから明るい。 (接続助詞)

参照:「基礎からよくわかる「文法」の学習」
http://www.itsuki-s.co.jp/material/05.htm

投稿日時 - 2014-10-23 10:01:39

お礼

>ですから「ので」はやめて、ほかの助詞でも準体助詞用法に置き換えれば名詞述語文にできると付け加えただけの意味です。それ以上の深い意味はありません。
 この点に関してはよくわかりました。ありがとうございます。

>その骨子の断定的な説明、つまりは方便です。
 そう考えることにします。

>それが、明らかに私のそれより優っているようならこの主張は取り止めましょう。
 本題とはあまり関係ない気がするのでパスさせてください。

>単純に「主観的」といったところで、少なくとも以上のような、その後の「文の成分」をめぐる研究について学ぶべきことが教える側には残されていると言えます。
 当方にはむずかしいと思います。

>より相応しい「から」○があるのだから、「ので」は次点△になるだけです。
 両方ともふさわしい場面もあると思います。その場合は当然「ので」も○ですよね。
 たいていの場合、なんらかの制約があって「ので」がやや不自然に感じられる場合でも、×にはならないと思います。
 すでに話が出ている〈女性に好んで「ので」を多用する傾向がみられる〉(No.1の『日本文法大辞典』の記述)などの傾向も無視できないでしょう。これも極論すれば単なる好み{なので/△ですので/だから/ですから}、「から」が×ということではないはずです。
※当方の語感だと、やはり「ですので」は△になります。≒【ので】の制約5)。当方の語感がヘンなのかもしれません。

>一方、中学生や日本語初級者に対しては、「ば」や「から」また「ので」は「順接の確定条件」として次のように使われるという言い方になるでしょう。
「ば」の話はパスさせてください。

>新しいから丈夫だ。
(新しい+(しかも)(新しいという根拠からも)丈夫だ)
>高いので買えない。
(高い→(それが理由で)買えない)

 これを「新しいので丈夫だ。」や「高いから買えない。」にかえると×なのでしょうか? 文の意味は大きくかわるのでしょうか?
 当方は「新しいので丈夫だ。」は少し不自然に感じます(理由はいまだにわかっていません)が、×とは思えません。意味も大きくかわりはしないと思います。
 当方の元々の疑問は、このあたりの単純なことなんだと思います。

 ほぼ同じように使えるが、【ので】の制約1)のような場合は「ので」は使えない。
「から」は「格助詞」と間違えないように注意する。
 細かなニュアンスとしては下記のような傾向がある。 
1)話し言葉的か書き言葉的か
2)「ので」のほうがやや少し丁寧
3)主観的か客観的か

 くらいでは説明になっていませんか?

投稿日時 - 2014-10-24 17:41:26

ANo.28

1、難しいことでも、誰にでもわかるようにやさしく説明できる。最高ですね。
2、易しいことを易しく説明する。当たり前。
3、難しいことを難しく説明する。あまり良くないですね。
4、易しいことを難しく説明する。最悪!こんな説明をする人は、頭が悪いか、根性が悪いか、その両方か。

さて、これだけ長文の回答が集まっていながら、

>たとえば、中学生や日本語学習者に〈「~から」と「~ので」はどう違うのか〉と訊かれたら、どのように答えればよいのでしょうか。

こんなセリフが出てくるということは、ここには、少なくともこの問題について、あなたをすっきり納得させてくれる回答者なんかいないということです(もともと解答の出にくい問題だったという面もありますが)。あきらめて「締め切り」にしてしまわれたらいかがでしょう。

投稿日時 - 2014-10-20 20:58:49

お礼

 1~4は、一般論としてはそのとおりだと思います。

>あなたをすっきり納得させてくれる回答者なんかいないということです(もともと解答の出にくい問題だったという面もありますが)。
 もともと回答しにくい質問であることは承知しています。
 当方の理解力不足の面も否めません。

>あきらめて「締め切り」にしてしまわれたらいかがでしょう。
 貴重なアドバイスとして承りました。

投稿日時 - 2014-10-22 13:36:03

ANo.27

#25です。

>たとえば、中学生や日本語学習者に〈「~から」と「~ので」はどう違うのか〉と訊かれたら、どのように答えればよいのでしょうか。
 :
それではズバリ相手への答え方を教えろという、禁止マナーの「丸投げ」要求そのものでしかないと感じられませんか。これまでご自分で学び考えるための回答をと心がけてきたつもりだったのですが…。

「どう違うのか」はあまり意味がありません。ただ、どう使い分けるかの課題なるでしょう。

1. 従属節専用と述語用法の違い
「ので、…」は、主節文に用いません。重文の従属節専用です。
(だから主節文の主語(総主語)「は」とは共存できません。)
例1)雨が降ってきたので、傘を持っていきましょう。(誘導)

「から」は主節文の述語用法「…からだ。」が主体です。
(だから主節文の主語(総主語)「は」と共存できます。)
例2)傘を持っていくのは雨が降ってきたからです。
これを反転文にしたものが「ので」の用法と似てくるだけです。
ただし「ので」は従属節として主節への誘導指向がはっきりしていますが、「から」は主節文内での副詞的役割(述語修飾性)の面が色濃いでしょう。
例2`)雨が降ってきたから傘を持っていくのです。(判断)

このように「ので」が従属節専用であること、「から」が主文用であることは次の例で確かめましょう。
例3)頭が痛かったので学校を休んだ太郎は、昨日の事件のことはまだ知らない。
「頭が痛かったので学校を休んだ」太郎は、昨日の事件のことはまだ知らない。
頭が痛かったため学校を休んだので、太郎は昨日の事件のことはまだ知らない。

例4)頭が痛かったから学校を休んだ太郎は、昨日の事件のことはまだ知らない。
「頭が痛かったから」学校を休んだ太郎は、昨日の事件のことはまだ知らない。
太郎が昨日の事件のことはまだ知らないのは、頭が痛くて学校を休んだからだ。

2.接続助詞の現れ順
「て」→「ため」→「ので」→「から」
例5)雨が降ってき<て>濡れる<ため>、傘を取りに戻った<ので>、その分だけ手間が余計にかかった<から>遅くなってしまいました。
例6)台風の影響でバスと電車の遅延が相次ぎ、その<せいで>車中の混雑が激しくなってしまったこと<で>気分が悪くなってしまった<ため>、已むを得ず途中下車した<せい>もあって、ますます時間を食ってしまった<ので>、そんなこんなで大幅なタイムロスが生じた<ため>出社が遅刻になってしまいました。

3.副詞用法での混用
両方を副詞句として用いた場合は、「から」の方が主節文中での役割として筆者の主張が濃くなって主観性が強まり、「ので」の方は従属節としての誘導性が希薄になるので、その結果は客観性を帯びた印象が現れやすいでしょう。
結局は、どちらも大差ないのですが、長めの文で句点を入れるなら「ので」もありですが、短い文では「から」の方が文としての主張がはっきりするのでより望ましいでしょう。ただし相手次第ではその主張の明解性のために疎ましく感じられる向きもあるので、やんわり狙いなら「ので」が無難な場合も。

例3’)頭が痛かったので、学校を休んだ太郎は、昨日の事件のことはまだ知らない。
例4)頭が痛かったから学校を休んだ太郎は、昨日の事件のことはまだ知らない。

例7)
○危ないから止めてください。○止めてください、危ないから。
△危ないんで止めてください。△止めてください、危ないんで。
?危ないため止めてください。?止めてください、危ないため。
例8)
○危ないから止しなさい!○止しなさい、危ないから。
○危ないんで止しなさい!○止しなさい、危ないんで。
△危ないため止しなさい!?止しなさい、危ないため。
例9)
○台風が来るから気を付けよう。○気を付けよう、台風が来るから。
○台風がくるんで気を付けよう。△気を付けよう、台風が来るので。
△台風がくるため気を付けよう。?気を付けよう、台風が来るため。

投稿日時 - 2014-10-19 09:50:30

お礼

>それではズバリ相手への答え方を教えろという、禁止マナーの「丸投げ」要求そのものでしかない
「禁止マナー」とは知りませんでした。そういう質問はよく目にします。
 たしかに、当方もそういう質問者をやんわりとたしなめたことはありますが……。
 理解したうえで、「答え方」は自分で考えるべきなのでしょう。


>1. 従属節専用と述語用法の違い
>「ので、…」は、主節文に用いません。重文の従属節専用です。
 当方が最初に書いた【ので】の制約1)は、こう考えたほうがよいということでしょうか。
 No.5では〈全て体言相当にすればそれなりに整合します。〉とのことでしたが……。
「の」にして自然なものと不自然なものがある理由を考えていました。「重文の従属節専用」と考えるほうが簡明そうですね。
 ただ、〝専用〟とまで言えるか否かは疑問も感じますが。

>2.接続助詞の現れ順
>「て」→「ため」→「ので」→「から」
 例文を見る限りは、「そういう傾向がある」くらいしか言えない気がします。<せい>の位置づけも……。

>3.副詞用法での混用
 冒頭の2段落の記述はほぼそのとおりだと思います。
 こういう考え方ならわかります。これが永野賢説までいくと、首を傾げてしまいます。

 例7)例8)例9)の「ので」(んで)の判定は、あれでよいのでしょうか。感覚的にはわかる気もしますが、あまりにも微妙でなんとも言えません。当方なら、△にする理由が見つからないので、全部○にするかもしれません。
例7)
△危ないんで止めてください。△止めてください、危ないんで。
例8)
○危ないんで止しなさい!○止しなさい、危ないんで。
例9)
○台風がくるんで気を付けよう。△気を付けよう、台風が来るので。

投稿日時 - 2014-10-22 13:32:33

ANo.26

#23です。

ここではこのような接続に関わる幾つかの要点に触れてみます。

1.「から」の語用変遷
1)(形式)名詞…奈良期
「から【柄】(名詞)(1)原因や理由の意を表す。ゆえ。ため。「あにもあらじおのが身の柄(から)人の子の…」万葉集3799」(「古語大辞典」小学館)
「から【故】(名詞)《多く「からに」の形で用いる形式名詞》原因・理由を表す。ため。ゆえ。」(「古語例解辞典」小学館)
2)格助詞…平安期
「から (1)(ゆえ(故)の体言「から(故)」から転じた語)」(「古語例解辞典」小学館)
3)接続助詞…室町末期
「から(接続助詞)平安時代を中心に、活用語の連体形+「からに」の形で用いられた接続助詞「からに」から「に」が脱落して鎌倉時代に発生をみ、室町時代後半以降一般化して用いられた語)」(「読解古語辞典」三省堂)
4)関東弁…江戸期
「畿内近国の助語に「さかひ(さかい)」と云詞有 関東にて「から」といふ詞にあたる也」(「物類称呼」岩波文庫)
「から(助詞)(1)理由・原因を表す接続助詞。ので。」(「江戸語の辞典」)
「サカイ(助詞) から。ので。よって。「大言海」に「さかひ。境の義にて、書状文に、何々に候間と用ゐると同じかるべし」」(「大阪ことば事典」講談社学術文庫)
「からだから、からさ、故といふことよ。そしてまた上方のさかいとはなんだへ。」(「浮世風呂」)
5)万能的用法…明治期
文頭の接続詞であり、文末の述語用法として、しかも接続助詞でも順接確定のみならず逆接確定や逆接仮定にまで使える万能用法となって行くに連れ、むしろ文意が曖昧となり不明瞭で切れの悪い側面が浮き上がってきたと思われます。

2.「ので」の語用変遷
明治期に筆記文体の試行錯誤の結果、「だ・である体」へと定着を見せるとともに文末が「のだ・のである体」へと移りつつあった。その結果、「のです」「のであります」「ので御座る」「のではない」「のであろう」「のでござんす」などと多様に現れた断定の助動詞「だ」とつながる末尾用法「のだ」の連用中止形「ので」も頻繁に用いられるようになり、やがて格助詞「で」由来の接続助詞「で」との合体とも見做せる接続助詞「ので」が、「から」本来の「理由・原因を表す接続助詞」として、また本来の「順接確定」に限った用法として発達してきたと思われます。

この辺の事情については現代日本語の礎を築いた夏目漱石の作品、たとえば「永日小品」の中に見ることができるでしょう。
1)接続助詞を使わない簡潔表現の作品「行列」
「袖も手も足も見えない。影は廊下に落ちた日を、するりと抜けるように通った。」
「行列は静かに自分の前を過ぎた。開け放しになった戸が、空しい日の光を、書斎の入口に送って、縁側に幅四尺の寂しさを感じた時、向うの隅で急にヴァイオリンを擦する音がした。」

2)「から」だけが現れる作品「儲口」
「旨く行くと一升二円以上につくんですから、さっそくやりましたよ。」
「いまいましいから、みんな打遣って来ました。」
「すると商館の番頭がいうには、否契約書には二十五日とあるけれども、けっしてその通りには厳行しないからと、再三勧めるもんだから、ついその気になりましてね。」

3)「ので」「から」が現れる作品「火鉢」
「胃が悪いのでこの頃は朝飯を食わぬ掟にしてあるから、紅茶茶碗を持ったまま、書斎へ退いた。」
「ころが敷物が狭いので、四方とも二尺がたは、つるつるした板の間が剥むき出だしに光っている。」

4)「ので」だけが現れる作品「下宿」
「赤煉瓦の小じんまりした二階建が気に入ったので、割合に高い一週二磅の宿料を払って、裏の部屋を一間借り受けた。」
「引き移った当日、階下から茶の案内があったので、降りて行って見ると、家族は誰もいない。」
「自分は少し見当が外れたので、そうですかと云ったきりであった。」
「石炭を燃してくれたので、幾分か陽気な感じがした。」

このように、漱石は作品ごとに文章の調子をアレンジながら、その表現の可能性を求め高みを究めて行った大いなる先駆者であるだけに、「ので」「から」の差異や互換性などに悩んだ場合には、まずは学び直すべき最高のお手本なのではないでしょうか。
そもそも、日本語学習者向けのテキストをこの「永日小品」から採れば、へたな主観客観論争より遥かに素直に受け取ってもらえるのではないでしょうか。語用論だけでなくそれはむしろ文構成論であり、ひいては文体そのものに至るのだという意味で、私自身に省みれば漱石に学べという結論になるのかも知れません。

投稿日時 - 2014-10-14 11:40:10

お礼

>最高のお手本なのではないでしょうか
 たしかに↑の分析のとおりなら、みごとに解説できる気がします。

>日本語学習者向けのテキストをこの「永日小品」から採れば、へたな主観客観論争より遥かに素直に受け取ってもらえるのではないでしょうか
 そのとおりかもしれません。しかし、実際にはそういう教え方をするのはむずかしい気がします。

投稿日時 - 2014-10-15 16:07:04

ANo.25

#23です。

これまでは、「から」と「ので」や「ため」の単なる語用性のレベルだけでは見えてこないもの──中学文法で言えば「複雑な文の組み立て」の二つの方法に準じて、その欠けている構文論の視角の必要性に触れたつもりです。

ここでは、これまでの前提を踏まえた上で、個々の質問内容にあたっての解き明かしを試みてみます。

>とりあえず、【ので】の制約は5つありそうだ。詳しいことはわかりません(泣)。

>1)「~のは~{から/ので/ため}だ(です)」の文型だと「ので」が×になる
例 3 遅刻したのは、電車が遅れた{から/×ので/ため}です
 :
これは接続助詞の比較にはなっていません。
1)遅刻したのは、電車が遅れたからです。…副助詞の準体助詞的用法
2)遅刻したのは、電車が遅れたので、です。…「だ」の分離で倒叙構文化へ
3)遅刻したのは、電車が遅れたためです。…形式名詞の述語用法

>※語順を入れかえるとOKになる
電車が遅れた{から/ので/ため}遅刻しました
 :
単文の形式名詞述語文を、本来の重複文の接続用法に戻したからOKになっただけです。

>2)「だろう」の後にはつかない(ほかの推量ならOKのときもある)
例 4 明日は晴れるだろう{から/×ので/×ため}洗濯をした
 :
この例文は因果も時制もバラバラな非文ですから全て×です。
1)きっと明日は雨降りだろうから、今日の内に洗濯干ししておこう。…△
→きっと明日は雨降りだから、今日の内に洗濯干ししておこう。…○
2)きっと明日は雨降りだろうので、今日の内に洗濯干ししておこう。…×
→きっと明日は雨降りなので、今日の内に洗濯干ししておこう。…○
3)きっと明日は雨降りだろうため、今日の内に洗濯干ししておこう。…×
→きっと明日は雨降りになるため、今日の内に洗濯干ししておこう。…○

>※前件が推量でもOKの例
明日は晴れそう{だから/なので/なため}洗濯をした
 :
これは名詞「相」の形式名詞化として、既に了解済みです。

>3)後件が命令形(OKのときもある)
例 5 よい子{だから/△なので/×のため}おとなしくしなさい
例 6* お願い{だから/△なので/×のため}静かにしてください
 :
後段が命令では不適。「していなさい」と状態指示なら可。
1)よい子だからおとなしくしなさい。…当為条件での当為命令
→いい子だからおとなしくしてなさい。状態認識での状態指示
2)よい子なのでおとなしくしなさい。…当為条件での命令
→よい子なので彼はおとなしい。…状態認識での状態認識
→よい子なんで彼はすぐおとなしくなる。…状態認識での状態推定
3)よい子のためおとなしくしなさい。…「よい子」への目的を指す名詞「為」と混同
→よい子であるためおとなしい。…形式名詞式の接続用法に

>※後件が命令形でもOKの例
あの子はよい子{だから/なので/×のため}仲良くしてあげなさい
 :
1)あの子はよい子だから仲良くしてあげなさい。
→あの子はよい子だから仲良くしてもらいなさい。…相手に貰う
2)あの子はよい子なので仲良くしてあげなさい。
→よい子なのであの子には仲良くしてあげなさい。…従属節で組む
3)あの子はよい子のため仲良くしてあげなさい。
→よい子のあの子のためにも仲良くしてあげなさい。…連体形で組む

>4)理由は不明。後件が推量だと×になることがあるのかも。
例 7 あれほど繰り返すの{だから/×なので/×ため}、本当なんだろう
 :
1)あれほど繰り返すのだから、本当なんだろう。
2)あれほど繰り返すので、本当なんだろう。
→あれほど繰り返すので、本当だと思った。…時制のマッチング
3)あれほど繰り返すため、本当なんだろう。
→あれほど繰り返すためには、本当でなければおかしいだろう。…前提用法

>※後件が推量でもOKの例
電車が遅れた{から/ので/ため}遅刻したのだろう
 :
1)電車が遅れたから遅刻したのだろう。…後件の事情の根拠を開示
2)電車が遅れたので遅刻したのだろう。…時制不合
→電車が遅れたので遅刻した。…後件の事態を来たした原因を説明
3)電車が遅れたため遅刻したのだろう。
→電車が遅れたため遅刻してしまった。…後件の結果を齎した原因を提示

>5)デスと相性が悪いのかも
例 9 期限はあしたです{から/△ので/×ため}お忘れなく
 :
1)期限はあしたですからお忘れなく。…副詞用法(後件を確認)
2)期限はあしたですので、お忘れなく。…接続助詞用法(後段へ誘導)
→期限はあしたなのでお忘れなく。…副詞用法(後件を念押し)
3)期限はあしたですため、お忘れなく。…接続助詞用法として誤用
→期限はあしたのためお忘れなく。…「の」で受けた連体用法(準強制)
→期限はあしたであるため、お忘れなく。…「である」での連体用法(前件を強調)

投稿日時 - 2014-10-14 00:04:59

お礼

 また回答のレベルが上がった気がします。
 これは、当方の最初の質問をベースにしていますよね。
 できれば改訂版のNo.8の「お礼」の書いたバージョンで解説していただきたかった……。
 微調節して解釈します。
 
 ただ、これではやはり難解です。
 たとえば、中学生や日本語学習者に〈「~から」と「~ので」はどう違うのか〉と訊かれたら、どのように答えればよいのでしょうか。

投稿日時 - 2014-10-15 16:06:18

ANo.24

「しかし世間ではAは主観(的)で、Bは客観(的)のような考えをする人が多いようです」

そうみたいですね。

でも、「国産の食材だけを使っております」というひとつの事態が、なぜある場合には客観的根拠となり、またある場合には主観的根拠になるのか、私にはわかりません。

投稿日時 - 2014-10-12 12:38:13

お礼

>私にはわかりません

 当方にもわかりません。
 でも、わかる人もいるようです。
 この話は平行線になる可能性があるので、当方はパスします。
 詳しくは前編http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8625598.htmlをご参照ください。

投稿日時 - 2014-10-15 16:03:42

ANo.23

#19です。

>中学生や日本語学習者がこの説明で理解できますかね。だとすると、当方は小学校にまで遡る必要がありそうで……。
 :
少なくとも日本語学習者には無理でしょうね。
その点、中学生なら「文の組み立て」の1)と2)の示す意味が分かるでしょうから、その流れを辿れるなら十分理解可能だと思います。
そもそも、童らが「かえるがなくからかえろかえろ」と囃し立てるのは、1)「蛙が鳴く」と雨が降るという知識の共有、2)この場合の接続助詞は「から」である認識、3)「帰(かへ)ろ」と鳴き声「クェロ」のシンクロ、などの言葉遊びであり、元歌は大正期の唱歌「小がくれの歌」でしょうから、もちろん歴史的仮名遣いですが…。
これが、「蛙が鳴く<ので>帰ろ帰ろ」では語感が不自然であることを小さい時から刷り込まれたネイティブと、後になって理屈で区分しようとする者との埋めようのない乖離のそれでしょう。

>これが結論と考えてよろしいでしょうか。だとすると、強く同意いたします。せいぜい「少し不自然になる」程度でしょう。少し文をイジれば「不自然」でさえなくなることもあると思います。
 :
本来の骨子は#8で述べた通りですが、あえて分かり易くという御要求の側面だけに絞れば、「文の組み立て」2)に関しては、その野田尚史「文構成」からの引用に凝縮できるでしょう。

>少し方向性をかえませんか。
 No.15さんの試みに関してどのようにお考えでしょうか。
(安全のためハンドルは伏せ処理しました)
 :
この切り貼りレベルでは、結果として筆者のそれのままが一番落ち着くでしょう。数か所を除いては弄(いじ)りようがない気がします。個別の文のレベルではなくその文体と関わる側面が欠落できないと思われてならないからです。

これを筆力の高い芥川龍之介で例を取れば、「トロッコ」と「蜘蛛の糸」では真逆になっています。
ここでは、個別にみてここは「から」と「ので」が入れ替え可能かどうかといった語用論どころか文構成レベルでさえなく、まさに文体そのものに組み込まれているのが接続助詞だからであり、であればこそこの接続助詞の連用修飾力(連用副詞性)は更に、述語としての言い切り形にも、また自立して接続詞にもなれるということなのかも知れません。
「…から、~だ。」→「~からだ。」「だから、~だ。」
「…ので、~だ。」→「~のだ。」「なので、~だ。」

A.「トロッコ」では「から」だけ(「ので」は無し)…
・「トロッコは山を下るのだから、人手を借りずに走って来る。」
・「良平はもう好いと思ったから、年下の二人に合図をした。」
・「その後のち十日余りたってから、良平は又たった一人、午過ぎの工事場に佇みながら、トロッコの来るのを眺めていた。」
・「良平は彼等を見た時から、何だか親しみ易いような気がした。」
・「「登り路の方が好い、何時までも押させてくれるから」――良平はそんな事を考えながら、全身でトロッコを押すようにした。」
・「「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」」
・「その内に懐の菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側へ抛り出す次手に、板草履も其処へ脱ぎ捨ててしまった。」
・「すると今度は着物までも、汗の濡れ通ったのが気になったから、やはり必死に駈け続けたなり、羽織を路側へ脱いで捨てた。」

B.「蜘蛛の糸」では「ので(ございます)」8か所だけで(「から」は次の1点のみ)…
・「それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。」

投稿日時 - 2014-10-11 09:44:11

お礼

 返信が滞っている間に、どんどんコメントが増えていきます(泣)。
 申し訳ございません。
 順番に書いていきます。

>本来の骨子は#8で述べた通りですが、あえて分かり易くという御要求の側面だけに絞れば、「文の組み立て」2)に関しては、その野田尚史「文構成」からの引用に凝縮できるでしょう。
 #8の骨子がよく咀嚼できない者としては、こう考えるしかない気がします。
 そうなると、下記のような永野説やそれに準じる辞書の記述は勇み足と考えたほうがよいのでしょうか。個人的には、永野説のような傾向はあるので「間違い」とまでは言えないとは思いますが……。
==============引用開始(コメントNo.1から)
 たとえば、その判断が主観に属する面の強い、意志や推量を表わす表現、いい・悪い・好き・嫌いなどの個人的な感覚・感情に支配される表現や、また、正当な理由づけをもって相手に何らかの行為を要求する、命令・禁止・勧誘・依頓その他、それに類する表現などには、「から」がもっぱら用いられ、「ので」は一般には用いられないというわけである(永野賢「『から』と『ので』とはどう違うか」『国語と国文学』(昭和二七・二)。
==============引用終了

>(安全のためハンドルは伏せ処理しました)
 ハンドルを記載すると、何かマズいことがありますか。後学のためしっておきたいのですが。

>個別の文のレベルではなくその文体と関わる側面が欠落できないと思われてならないからです。
 たしかに文学作品の場合はそう考えるべきかもしれません。
 文体的には「○○」がふさわしいが、「△△」に置きかえても意味に違いはない、という考え方もあるとは思いますが……。

投稿日時 - 2014-10-15 11:42:00

ANo.22

#21を読み直していて考えた「おまけ」。

・「○○から△△」⇒「○○という主観的根拠によって現状から△△という状況へ移行する(した)こと」に重点を置いて述べる場合の表現。

・「○○ので△△」⇒「△△という状況に至る(至った)のは、○○という客観的根拠がある(あった)からだ」ということに重点を置いて述べる場合の表現。

投稿日時 - 2014-10-10 23:27:41

ANo.21

#16、#17ですが、またお邪魔します。(ほんと邪魔なんだよね・・・とかいう突っ込みは無しでお願いしたい・・・とつぶやきつつ)
#16で、
>しかし、「主観/客観」という本質に論理的な正当性はあるように思われますし、

と述べたものの、その理由をもう少し補足しておく必要性を感じたからですが、まあ、今回もひとりごとですから、気楽に目を通してみてください。(むろん、スルーもオッケー)

1.
まず、#19さんのご見解に関して。
>「だから」は関係付けのムードと相関、「から」は命令・依頼のムードと相関する機能がありますから、結果の一端として単なる語用論の視点からすれば「主観的」と見られやすいでしょう。そしてムードとテンスまでで相関し得ない「ので」は「客観的」とされ兼ねないだけなのでしょう。
ただし、第一義的に主観客観の意味付けや語法を持ち合わせているわけではなりません。あくまでも従属節の内部構成次第であり、またそれに続く述語成分の構成との相関次第なのですから。

『「から」は命令・依頼のムードと相関する機能がありますから』とおっしゃっていますが、なぜ、そうした機能が備わっているのか、という点が問題になると思います。
三木説の場合、
-----------------------------------------------------
●『 x(原因・理由)から y(結果)』の表す意味。
a.事態 x は事態 y の【発生する出所】であり、つまり「から」は、事態 x に事態 y への【移行】を予期させている。
b.このため、事態 x と事態 y との【因果関係は直接的で明白】となり、それゆえ、話者が【因果関係を主観的に強調したいとき】に用いる。
-----------------------------------------------------
という論拠が示されています。因みに【移行】というのは、格助詞「から」を出自とする接続助詞「から」の属性である、ということ。
http://www2.dokkyo.ac.jp/~esemi008/kenkyu/miki.html
このように、「から」という語は、本来、「因果関係が直接的で明白である機能」を備えており、それゆえに、「から」で接続された文は、「因果関係を主観的に強調する」という機能を必然的に持つことになる、と述べているのであり、これは筋が通っていると思います。
つまり、なぜ『命令・依頼のムードと相関する機能』があるかといえば、そうした主観的に強調する機能を持っているからなわけです。
これが逆もまた真なり、とならないことはご理解いただけるでしょうし、その場合、『従属節の内部構成』とは関係なく、こうした機能を持っていることになります。
逆に、「から」の機能に不適の従属節の内部構成を取るからこそ不自然な文になるわけです。
同様に、『それに続く述語成分の構成との相関次第』で主観・客観が決まるわけでもありません。
逆に、「から」の機能に不適の述語を続けるからこそ、その相関に違和感が生じるわけです。
『「から」は命令・依頼のムードと相関する機能があります』の根拠はどの辺りにあるのか、興味深い点ではあります。

また、#19さんご自身の見解なのか、野田尚史氏の説なのかは判然としませんが、
>「「…ので」は事態に対するムードと相関すると見られる。「安いので買った」は自然だが、「安いので買ったらしい」や「安いので買おう」は少し不自然になるように、事態に対するムードに制約があるからである。」

についても少々。
「ので」に関する三木説の骨子は次のようになります。ご本人は「~という考え方を私も採用したい」と述べているので、おそらく永野氏の説でもあるのでしょう。
-----------------------------------------------------
●『 x(原因・理由)ので y(結果)』の表す意味。
a.「ので」は、事態 x を体言化することによって、事態 y が起こる【原因・理由として限定】している。つまり、事態 x は事態 y の【依拠場所】を表わしている。
b.このため、「から」における<原因>から<結果>への移行と比較すると、その因果関係ははるかに弱いものとなる。従って、「ので」は【因果関係を前面に押し出したくないとき、因果関係を客観的に述べたいとき】に用いられる。
-----------------------------------------------------
・「安いので買った」⇒事態 x(安い) は事態 y(買った) の【依拠場所】を表わしているため、自然な表現になります。しかし、
・「安いので買ったらしい」⇒事態 x(安い) は事態 y(買ったらしい) の【依拠場所】を表わしているわけではないため不自然になる。
#19さんの言葉を拝借すれば「らしい」というのは推量のムードですが、「安い」という事実が、そうした推量を行なう心理の【依拠場所(依拠する根拠)】になっているわけではない、ということです。
端的に言うと、「安い」が「らしい」という推量を惹起したわけではありません。
『「安いので買った」ということらしい』という構文にして、はじめて自然な表現になる。
そして、重要なことは、こうした「ので」の持つ属性は、三木氏の説にあるように【a.「ので」は、事態 x を体言化することによって、事態 y が起こる【原因・理由として限定】している。】という『客観的論理』から必然的に生じているものだ、ということでしょう。
むろん、「体言化」は「準体助詞+断定の助動詞」によって為されているわけです。
・「安いので買おう」の場合は、本来、客観的属性を持つ「ので」を主観的な意志表現に使用しているため違和感を生じる結果になる。
以上が「ので」を使うと不自然になる論拠であり、「事態に対するムードに制約があるからである」という(たぶん)野田説は、ほとんど論拠を示していないも同然です。
なぜ制約があるのか・・・、この点が重要なんじゃないでしょうか。

2.
#20さんの挙げておられる例文もなかなか面白いので、少し触れさせてください。
  (ア)こちらは国産の食材だけを使っておりますので、安心してお召し上がりください。⇒「安心してお召し上がりください」なぜなら「こちらは国産の食材だけを使っております(ので)」というニュアンス。客観的根拠を強調することに重点を置いた表現。
  (イ)こちらは国産の食材だけを使っておりますから、安心してお召し上がりください。⇒「こちらは国産の食材だけを使っております(から)」ですから「「安心してお召し上がりください」というニュアンス。「国産の食材だけを使っている(から)」を主観的根拠として持ち出し、ですから、安心して召し上がるという動作に移行してください、と言っている。
以下も同様で、
  (ウ)電車が参りますので、白い線より下がってお待ちください。⇒「白い線より下がってお待ちください。」なぜなら「電車が参ります(ので)」、というニュアンス。下がって待つ理由に重点を置きたい場合の表現。
  (エ)電車が参りますから、白い線より下がってお待ちください。⇒「電車が参ります。」ですから「白い線より下がってお待ちください」というニュアンス。下がって待つという動作を促すことに重点を置きたい場合の表現。
  (オ)みな元気に過ごしておりますのでご安心ください。⇒「ご安心ください。」なぜなら「みな元気に過ごしております(ので)」というニュアンス。安心できる理由を強調的に述べたい場合の表現。
  (カ)みな元気に過ごしておりますからご安心ください。⇒「みな元気に過ごしております。」ですから「ご安心ください」というニュアンス。安心するという動作を促すことに重点を置きたい場合の表現。
  

投稿日時 - 2014-10-10 23:01:10

ANo.20

まず、前提として、
1、現代日本語では「から」と「ので」との意味・用法は重なる部分が多くかなり互換性があり、したがって「ので」には使用に際して制約があるとする説が有効か疑問を感じます。

続いて、「から」と「ので」との違いについて思い付くままに書いてみます。

2、「から」に比して、「ので」のほうが改まった場面や公共の場、手紙などで使われることが多い。
  こちらは国産の食材だけを使っておりますので、安心してお召し上がりください。
  電車が参りますので、白い線より下がってお待ちください。
  みな元気に過ごしておりますのでご安心ください。
このケースで「から」は使いにくいですね(例文が「……ください」に偏ってしまいました)。

3、「なんでいきなり殴ったりしたんだ」という問いに対して、
  奴の言い草に腹が立ったからつい殴っちゃった。
この例は、
  奴の言い草に腹が立ったからさ。
のように、原因・理由を独立させることもできます。このことから「から」は原因・理由を前面に出したいときに用い、結果より原因・理由に主眼を置いた表現ということが言えるのではないでしょうか。改まった場面で、
  彼の言い草に腹が立ったので、つい殴ってしまいました。
とは言えますが、「ので」は原因・結果を独立させることはできません。
  彼の言い草に腹が立ったので…………。
はあるでしょうが、明らかに口ごもっている印象です。

4、「から」は「こそ」などによって強調されることがありますが、「ので」にはそれがありません。
  ○わからないからこそ聞いたんです。
  ×わからないのでこそ聞いたんです。
たぶん「ので」は原因・理由を前面に押し出さない表現であるため、強調表現はそぐわないのではないでしょうか。

蛇足ともいえる憶測ですが、「ので」が「から」と意味・用法がかなり重なるようになったのは、「ので」のくだけた言い方とされる「「んで」の多用に原因があるのではないかと思っています。

私は長ったらしい回答を書くのが嫌いで、むしろ言葉足らずになることがままあるのですが、とにかく自分自身の言葉でまとめてみました。他の回答者の回答内容と重複している部分もあると思います。言葉の問題を考える際、主観(的)、客観(的)の使用は慎重でなくてはならないという思いもありました。



  
  
  
  

投稿日時 - 2014-10-10 21:03:22

お礼

 コメントありがとうございます。
 初めてコメントされるかたですよね。
 ご指摘いただいたことのなかには、すでに話題になっていることがあります。
 ただ、これだけ長くなると「先行コメントをご確認ください」とは言えない気がします(泣)。
 そういう点に関しては、先行コメントから当該箇所を転載することで、コメントにかえさせていただきます。できるだけ話を拡散させたくない{から/の}です(この場合は「の」は少し言葉足らずのような……)。
 
>1、現代日本語では「から」と「ので」との意味・用法は重なる部分が多くかなり互換性があり、したがって「ので」には使用に際して制約があるとする説が有効か疑問を感じます。
 現実には「ので」が使いにくい例が少数ながらあるようです。一般に言われるものよりずっと少ないとは思いますが。
 当方は質問文に5つの制約を書きました。No.8の「お礼」に改訂版に近いものがあります。

>2、「から」に比して、「ので」のほうが改まった場面や公共の場、手紙などで使われることが多い。
 そのとおりだと思います。「~から」と「~ので」は丁寧さの度合いが違い、多少のニュアンスの違いがありそうです。ただし、あくまでも「使われることが多い」程度のことでしょう。「~ので」が使えないわけではないと思います。
 No.1の「お礼」から転載します。
==============引用開始
1)話し言葉か書き言葉か
2)丁寧さの度合いか
3)主観か客観か
 いずれにしても決定打ではなく、「しいて言えば」くらいのことではないかという気がします。ほとんどの例で両方が使えるのですから。
==============引用終了
 
>3、
「つい殴っちゃったのは奴の言い草に腹が立った{から/の}だ。
 と変形すると、【ので】の制約1)とほぼ同じ主張になるかと思います。この場合は「の」でもOKか否か微妙な気がします。
 ただし、No.19のかたのコメントによると、このような変形をすると「から」の働きがかわってしまうようです。

>4、「から」は「こそ」などによって強調されることがありますが、「ので」にはそれがありません。
【ので】の制約のひとつだと思います。No.15の「お礼」から転載します。
==============引用開始
十一.住みにくい<から>とて
 これは↑の【「だから」「なので」の違い〈6〉 「~から」「~ので」「から」「ので」「~で」「で」】の最後に書いたものの一種と思われます。おそらく「~カラこそ」と同類でしょう。
==============引用終了


>言葉の問題を考える際、主観(的)、客観(的)の使用は慎重でなくてはならないという思いもありました。
 同感です。
 しかし世間ではAは主観(的)で、Bは客観(的)のような考えをする人が多いようです。
 当方が疑問に感じているのは下記のような例です。
「理由」は主観的で、「原因」は客観的
「怖い」は主観的で、「恐ろしい」は客観的
「得意」は主観的で、「じょうず」は客観的
 前の2例は「そうかも……」と思いますが、3つ目には強い異和感があります。

投稿日時 - 2014-10-11 20:25:01

ANo.19

#14です。

>電車が遅れた{から/ので}遅刻しました の違いはどう考えればよいのでしょうか。「確認」「念押し」とは思えません。
 このように、ひとつひとつの例文で考えていかなければ、「から」の「ので」の違いを説明できないのでしょうか。
 :
今は文と文の関係をめぐる接続詞の問題なのですから、それは当然でしょう。
前段が「期限は明日でございます」という取り立て文、後段は「忘れるな」という指示語(命令・依頼のムード)です。
ですから、この場合には次のように「から」は「(継時的かつ)同列的並列接続」として一番自然な「確認」になります。
ところが一般には記述に使われる「ので」を取り立て文に付けて、このような命令・依頼のムード語に繋げた場合には、その「継起的並列接続」の特性から、むしろ「継起」するのが当たり前のニュアンスが加味され「当為」となります。

その点、対比された例文はまったく構成が異なるもので、次のようになります。
電車が遅れた(テンス)から、遅刻しました(テンス)。
電車が遅れた(事態)。だから(継起=継起的並列接続)、遅刻した(帰結=結果として生じた事態)。

電車が遅れた(テンス)ので、遅刻しました(テンス)。
電車が遅れた(事情)。だから(根拠=継時的かつ同列的並列)、遅刻した(当為=当然の結果として生じた事情)。

このように、その時々の接続語の意味やその対比だけに目が注がれていると、確かに「だとすると気が遠くなりそうです。」となりかねません。
ここでは「文の組み立て」をもっと大きく捉える側面が必要になります。

中学文法のレベル「文の組み立て」に即して、その1「文節相互の関係をとらえ、さらに文の成分をおさえていく。」については#14で触れたので、ここではその2「反対に、文の成分を大きくとらえてから、文節相互の関係をつかむ。」に及びます。

中学文法で「接続部」と呼ぶのは接続語を含む文節を指します。
手をひたすと(接続部)、流れる水は(主部)指がちぎれるほど冷たく痛い(述部)。

これは主文「流れる水は指がちぎれるほど冷たく痛い」に掛かった、いわゆる従属節であり、「手を」(対格)「ひたす」(述語)「と」(接続語)の構成として、この中にも主語(暗に書き手)と述語の関係が含まれている形です。

なお、ここからの基調は野田尚史「文構成」(「講座日本語と日本語教育1」明治書院)を参考にしたもので、引用は全てそこからの出典になります。
1)副詞成分
単なる句に付いた接続助詞の場合は、「ので」も「から」もその持ち味が発揮し切れないせいで、後段次第で似たり、あるいは異なったりもします。
雨なので、太郎は外出を中止した。
→太郎の外出の中止のわけは、雨なのだ。
位置を動かすと、この場合の「ので」の「で」では、「接続助詞」のその要素は希薄で、単なる「断定の助詞「だ」の連用形」と見なされます。

雨だから、太郎は外出を中止した。
→太郎の外出の中止のわけは、雨だからだ。
位置を動かしたこの場合の「から」は、「接続助詞」のその要素は希薄で、「根拠を表す形式名詞「から」」になっています。

つまり、「一文の中に幾つかの副詞的成分が現れる時の順序も、それぞれの副詞的成分がどのカテゴリーと相関するものかによって決まるようである」と。

2)従属節の内部構造と繋がる述語成分との相関
「ので」節の場合は、ボイス・状態のアスペクト・肯否の成分に加えテンスまで包含する意味では記述的事項の表記には事欠かないが、「関係付けのムードと相関するものとしては、「だから(あのとき教えてあげたんです。)」「つまり」(その契約は無効になるわけです)」「だけど(私は諦めなかった)」など、確度のムードと相関するものとしては「たぶん(喜ぶだろう)」「ひょっとすると(見つかるかもしれない)」など、命令・依頼のムードと相関するものとしては「どうか(貸してください)」「頼むから(黙ってて)」などである」と。
「だから」は関係付けのムードと相関、「から」は命令・依頼のムードと相関する機能がありますから、結果の一端として単なる語用論の視点からすれば「主観的」と見られやすいでしょう。そしてムードとテンスまでで相関し得ない「ので」は「客観的」とされ兼ねないだけなのでしょう。
ただし、第一義的に主観客観の意味付けや語法を持ち合わせているわけではなりません。あくまでも従属節の内部構成次第であり、またそれに続く述語成分の構成との相関次第なのですから。

「「…ので」は事態に対するムードと相関すると見られる。「安いので買った」は自然だが、「安いので買ったらしい」や「安いので買おう」は少し不自然になるように、事態に対するムードに制約があるからである。」と。

投稿日時 - 2014-10-09 08:59:45

お礼

 ウーン。
 中学生や日本語学習者がこの説明で理解できますかね。だとすると、当方は小学校にまで遡る必要がありそうで……。

>「「…ので」は事態に対するムードと相関すると見られる。「安いので買った」は自然だが、「安いので買ったらしい」や「安いので買おう」は少し不自然になるように、事態に対するムードに制約があるからである。」と。

 これが結論と考えてよろしいでしょうか。だとすると、強く同意いたします。せいぜい「少し不自然になる」程度でしょう。少し文をイジれば「不自然」でさえなくなることもあると思います。
 それを〈命令・禁止・勧誘・依頓その他、それに類する表現などには、「から」がもっぱら用いられ、「ので」は一般には用いられないというわけである〉とまでしてしまったのは永野先生の勇み足でしょう。それをほぼそのまま踏襲する辞書もどうかと思います。

 少し方向性をかえませんか。
 No.15のOKATさんの試みに関してどのようにお考えでしょうか。

投稿日時 - 2014-10-10 18:15:51

ANo.18

助詞の使い方は文法から入ると、良い〇か悪い×の話になります。
例 洗濯する前にチョウチョが一匹一匹、洗濯する前をチョウチョが一匹一匹。
文法的にはどちらも良い〇です。
後のほうが師匠の訂正です。
〇×は感性として身につけているべきです、その上で〇の場合でも伝わるニュアンスがどう変わるのか、が助詞の難解たるところでもあります、そのあたりを整理したのが文法です。
ので、から、ため、も使用がなじまないものは感性で身に付いているはず、伝わるニュアンスがどう異なるのかが重要になります。
私見では前後の状況、対象等により、ほとんど差を感じない、違和感なく伝わる場合から、そうでない場合があります。
れる、られる、なんかは、その状況により、使役、可能、受け身が同じ言葉でもその高低で変わることがあるように思います。
すべて網羅すれば、1巻から何巻まで必要か・・・。

投稿日時 - 2014-10-07 17:54:20

お礼

 できれば「~ので」と「~から」の違いに関してもう少し具体的にお願いできませんか。

投稿日時 - 2014-10-08 10:45:04

ANo.17

#15さんのご提案に応じてみましょう。
ほとんど置き換え可能だと思うので、不可の文だけ抜き出します。
まず、「から」と「ので」の違いについては主観・客観が本質だと思っており、下記サイトがそれを極めて論理的に説明していると思います。
http://www2.dokkyo.ac.jp/~esemi008/kenkyu/miki.html
要点を#2でまとめましたが、今回のご提案に対する回答の根拠となっていますので再掲します。(一部編集)
わたしなりに表現すると、「から」=(主観的ゆえに)動的因果関係、「ので」=(客観的ゆえに)静的因果関係といった感じでしょうか。
-------------------------------------------------------------------------
●『 x(原因・理由)から y(結果)』の表す意味。
a.事態 x は事態 y の【発生する出所】であり、つまり「から」は、事態 x に事態 y への【移行】を予期させている。
b.このため、事態 x と事態 y との【因果関係は直接的で明白】となり、それゆえ、話者が【因果関係を主観的に強調したいとき】に用いる。

●『 x(原因・理由)ので y(結果)』の表す意味。
a.「ので」は、事態 x を体言化することによって、事態 y が起こる【原因・理由として限定】している。つまり、事態 x は事態 y の【依拠場所】を表わしている。
b.このため、「から」における<原因>から<結果>への移行と比較すると、その因果関係ははるかに弱いものとなる。従って、「ので」は【因果関係を前面に押し出したくないとき、因果関係を客観的に述べたいとき】に用いられる。
-------------------------------------------------------------------------

<次の表現のように置き換えることができないと考える文>
×11’風邪でも引いたかといふ鹽梅に頭がはつきりしない<から>一旦目は醒めたがまた寢込んでしまつた

「寝込んでしまった」は「意志に反して」というニュアンスを含むので、主観的強調の「から」を使うと不自然な印象を与える。
「風邪でも引いたかといふ鹽梅に頭がはつきりしない<から>一旦目は醒めたが、もう一度寢た」なら可。

×12’あんまり今の女の声が高かつた<から>、思はずわれも其話しの方に釣り込まれた。

「釣り込まれた」という受身形が主観的強調の「から」にそぐわない。
「あんまり今の女の声が高かつた<から>、思はずわれも其話しの方に注意を向けた。」なら可。

×15’少し前に帰朝された人に、「年寄達に様子を話して下さい」とお頼みでした<から>、その方が訪ねて下すつて、親切にいろいろ話して下さいました。

因果関係が直接的に移行しているかのような印象を与えるため「から」を使うと不自然になる。
『「頼んだ」結果として「訪ねる」のは必然である』と言っているような印象を与えるため不可。
「ある人に無理やり頼まれましたから、(わたしは)仕方なくその方を訪ねていったのです」などなら可。

×19’雪を知らなかった子供の狐は、あまり強い反射をうけた<から>、眼に何か刺さったと思ったのでした。

「強い反射を受けた⇒思った」という事態の移行を主観的に述べるシチュエーションではないため不自然。
あくまで、「思った」理由に関して、その依拠場所を述べる意図。
「雪を知らなかった子供の狐は、自分が悪い子だった<から>眼に何か刺さった、と思ったのでした。」なら可。
この場合は、「悪い子だった⇒眼に何か刺さった」という主観的因果関係。

×四’○口頭の文章が、一回きりにとほり過ぎる運命<ので>、ある期間の生命を持つ事になるのは、此時を最初とする<ので>である

前者は格助詞なので置き換え不可。
後者の場合、意味的な違いは当然出るが置き換えは可能。客観的な意味を持たせても不自然ではない、ということ。ただ、文法上の制約から、この位置で、そのままの形で置き換えるのは不可。
文法上の制約とは、#2でも似たようなことに触れましたが、『「ので」は、「で」は断定の助動詞「だ」の連用形の「で」からとも言われる』からで、断定の「で」が重複するからだと思います。
六と七も同様の理由で不可。

他はすべて置き換え可能と思います。
意味の違い、と言いますか、冒頭お示ししたような意図の違いによって(無意識的に)使い分けているということです。
  

投稿日時 - 2014-10-06 19:19:24

ANo.16

#11です。
冷却期間を置きたいとのことですので、今回の回答はスルーしていただいて構いません。ご返事も不要です。
ただ、一応のことは述べるだけ述べさせていただきます。

> 当方としては、何度もリンクを張ったサイトをあらためて紹介されて戸惑いました。しかもそのサイトに対する当方のコメントはまったく無視されて……。

前回も申し上げましたように、≪「から」「ので」≫でネット検索すると、一番最初に三木氏の【「から」と「ので」の使い分け】という論説がヒットしました(今でもするでしょう)。そして、
「 不明な点があまりにも多くて……。 
 何かわかりやすい解説をしている文献はないでしょうか。」というご質問の意図に沿えるものとしてご紹介したわけです。
トビさんのブログにあるコメントを意図的に無視したわけではありませんので、その点誤解なきよう。
また、無視されては困るようなコメントであれば、いつもなさっているように「引用開始==引用終了」で要点だけでも明記すべきでしょうね。
もっとも、文脈上、参照が必須という場合には、いちいち記さなくても参照はするでしょうが。

遅まきがなら、そのコメントというものにも触れてみたいと思います。
> (三木氏の論説http://www2.dokkyo.ac.jp/~esemi008/kenkyu/miki.htmlに関して)互換性がないのは「17」くらいだろう。「推量」だろうが「命令」だろうが、「ので」にできる。こういう例文を見ていても何もわからない。「一方は×」という例をあげないと、違いが見えてこない。いったい何を考えてこういう例文を並べるのか意図がわからない。
 今回は主として文型(・接続)の面から考えたい。

わたしも#2で回答はしましたが、これは、あくまで、『「ので」と「から」の接続に差異があるのは、単に文法的な制約があるからにすぎない』ということを説明するためでした。
なぜ「ので」を使うのか、という疑問に対する本質的な答えにはならないだろう、ということ。
両方とも接続可能な場合も多数あるわけで、接続対象を分類しても殆ど意味はありません。

>基本的に「~から」「~ので」の意味の違い、「主観/客観」に関しては考えない。先の〈5〉資料編を見ればわかるように、当初はそういうことも言われていたが、近年はそういう考え方はしないようなので。

「主観/客観」についての新しい論文が少ないのは、それが正解だという証明になっているという捉え方も可能でしょう。
反論だからこそ論文になるのであって、正しいことを二度三度と繰り返す必要はないわけです。
こうした反論が出るのは、おそらく永野説(というのも良くは知らないのですが)に不備があるからなのでしょう。詳しくは調べていませんが、永野説には、言わずもがなというか蛇足的な記述も見られるようで、反論者は、そこを突いているような気がします。
しかし、「主観/客観」という本質に論理的な正当性はあるように思われますし、永野説の不備を(おそらく)補う形での三木氏の論説なのだろう、というのがわたしの見解(主観)です。
  

参考URL:http://www2.dokkyo.ac.jp/~esemi008/kenkyu/miki.html

投稿日時 - 2014-10-06 16:23:47

ANo.15

まず、質問に答えておきましょう。

>「全国民が人質の無事を願っています」を尊敬語にして
「全国民が人質の無事をお願いです」と言えるか否か……ちょっと無理でしょうね。

 尊敬語じゃなく、謙譲語ですね。この言葉の中に謙譲語が必用とは思えません。敬意の向かう先がわかりません。キリストやアラーの神ならともかくも、共通の神を持たない日本人には敬意の対象になるようなものはないので、そのまま「願っています」でいいと思います。それに「お願いします」と言えば、全国民の代表のように聞こえるし。


>大事な話{だから/なので/×のため}静かに聞いてください

 問題なく通用します。

>「例)遅刻したのは私の責任ではなく、電車が遅れた{から/の/ため}です」
 だと異和感はほとんどないのですが。理由は……。

 「のです」も通じるということでしょうか。

>「だから、あれほど注意しておいたのに」
「だから言わないことじゃない」
 などだと「それで」には置きかえられない気がします。

 「だから言ったじゃないの」(歌詞、わたしは歌が下手なのに、不思議に歌詞が出て来るのです)
「多分そうなると思ったから、前もって注意したのに、聞かないからこうなってしまったじゃないの」という気持ちが「だから」の意味合いでしょうか。「それで」は「ので」に対応しますから、「から」に対応する「だから」が来て当然でしょう。

 さて、今回は新しい試みです。わたしは「ので」「から」の使い分けがよく分かっていません。いろいろ読んではみるものの、更に最近大学の研究紀要などをめにすると、待遇表現(敬語)と結びつけて研究する人も増え、それなら、相手次第で使い分けも必要になるのかという疑問もあって、混乱に陥っています。そこで、毎回で済みませんが、「青空文庫」からの検索で「ので」と「から」の使用例をあげました。
 二語とも別の意味の用例が多く、(「ので」の場合は「のである」が多いし、「から」の場合は「格助詞」が圧倒的に多い)実際の用例は驚くほど割合が少ないのです。とりわけ「から」が非常に少ないのです。ご存じのように、検索画面は
切り替えられます。(それを1ページと呼んでおきます) 「から」の場合は15ページまで、「ので」は5ページまでです。それほど差がありました。
 皆さんにお願いしたいのは、「から」「ので」は置き換え可能か、という問いかけに答えてくださることです。使いやすいように、番号を付けました。置き換え可能なら「○」で表現してください。もし、コメントがあれば付け加えてくださっても結構です。なお、「から」の内、接続の関係で置き換えできないと思われる文には○印を付けました。
 これもご承知のとおり、「青空文庫」は著作権の切れたものが原則ですので、明治初期から昭和40年(1965)までのものが収録されています。
 質問者に断りなくて、失礼ですが、参考にはなると思うのでよろしくお願いします。この結果は質問者に利用していただいて結構です。

     「ので」

1.私は日本海沿岸に近い所に生れた<ので>、幼い時から夏になると殆ど毎日のように海へ入った  「栄螺」 田畑修一郎

2.帰ろうとすると、もう一度握手された<ので>私は嬉しかった。  「レコード夜話」 宮城道雄

4.といふよりもその女は男に何の夢想も仕事もさせないたちの女な<ので>、大変困惑してゐた時な<ので>、
「我が生活」 中原中也

5.けさは仕事しなければならぬ<ので>早く起きて、台所へ顔を洗いに行き、ふと見ると、 「酒きらい」 太宰治

6.直木は、だまっているくせに、客好きな<ので>、客が多い方が好きな<ので>、執筆の邪魔になっても、お客が来た方がよかったらしい。 「碁の手直り表」 菊地 寛

7.私には子供が生れないと思っていた<ので>、家族のつもりで犬を飼っていた。 「人の子の親となりて」 阪口安吾

8.碁、将棋の類は好きであるが、友人との交際がない私は、めったに手合せする相手がない<ので>、結局それもしないじまいでいる次第だ。 「秋と漫歩」 萩原朔太郎

9.前にいた人がのぞき込む様にして時計がわかるのか、盲人用の特別の時計かと尋ねた<ので>、盲人用のもあるが、私は普通の時計をさぐって針の見当で三十秒までわかる。 「雨夜の駅」  宮城道雄 .

10.ここで歌はれてゐる水の流れといふのは人生の象徴にもなつてゐる<ので>、そこで一種洒脱の人生觀をもうたひ得てゐるのであらう。 「雪解水」  今井邦子

11.風邪でも引いたかといふ鹽梅に頭がはつきりしない<ので>一旦目は醒めたがまた寢込んでしまつた  「栗毛虫」  長塚節

12.あんまり今の女の声が高かつた<ので>、思はずわれも其話しの方に釣り込まれた。 我は少し用事があつた<ので>神戸の伯母さんの家へ、暑中休暇に成るとすぐから行つて居たのであつたが  「夜汽車」 尾崎放哉

13.一枚の絵でもって何千何万の児童に良い影響をあたえられるとすれば画業にたずさわるものとして、この上もない悦ばしいことである<ので>、わたくしはお引受けしたのであるが、 「税所敦子教養図」 上村松園

14.長島は私の精神史の中では極めて特異な重大な役割を持っている<ので>、私の生きる限りは私の中に亡びることがないのである。 長島の死  坂口安吾

15.少し前に帰朝された人に、「年寄達に様子を話して下さい」とお頼みでした<ので>、その方が訪ねて下すつて、親切にいろいろ話して下さいました。 兄の帰朝  小金井喜美子

16.私たちはかねてから、先生の昔ばなしを聴きたく希望していた<ので>、二、三年ほど前からこの事を先生にお願いしてあったが、この頃になってやっとその時機が来たのである。 幕末維新懐古談  田村松魚

17.これらは顕微鏡撮影とか、微速度撮影とかを用いて、普通の人間の眼では見られない現象までよく見せてくれる<ので>、大変面白い  「科学映画の一考察」 中谷宇吉郎

18.右腕の神経痛が始まつた<ので>、私はここ数日床の中で朝夕を送り迎へてゐる。  「烙印をおされて」 北條民雄

19.雪を知らなかった子供の狐は、あまり強い反射をうけた<ので>、眼に何か刺さったと思ったのでした。 「手袋を買いに」  新美南吉

20.矢鱈な區切から改めて讀み出す勇氣を鼓舞しにくかつた<ので>、つい夫限ぎりに打ち遣やつたやうなものゝ、腹のなかでは私かに作者の根氣と精力に驚ろいてゐた  「土」に就て  夏目漱石

21.こんどなども、ちよつと氣分が惡かつた<ので>、二三日安靜にしてゐたら、それからずつと微熱が續いて、もう半月ばかりになるのに、いまだに寢込んでゐる始末です。 「緑葉歎」 堀辰雄

22.どうも私は、「北方の百姓」の血をたつぷり受けてゐる<ので>、「高いのは 地聲 ( ぢごゑ ) 」といふ宿命を持つてゐるらしく、 義務  太宰治

23.しかもわたしの旧宅地附近は元来が住宅区域であった<ので>、再築に取りかかった家は甚だ少い。「九月四日」 岡本綺堂

24.こんど、國民新聞の短篇小説コンクールに當選した<ので>、その日のことを、正直に書いて見ようと思ふ。 「當選の日」 太宰治
          5ページまで

    「から」

一.君は格別僕の手紙を予想しているとも思われない<から>その点だけは甚だ安心している。 「第四の夫から」 芥川龍之介

二.夏のことで暑い<から>ふと紙のつめたさを胸に押し当ててみる気持になつただけのことであるが、心臓の上へ小説を押し当ててゐると、 「土のなかからの話」 坂口安吾

三.あんまり降る<から>、とある農家に雨やどりして、そこの老人と世間話をする、 「大田から下関」 種田山頭火

四.○口頭の文章が、一回きりにとほり過ぎる運命<から?>、ある期間の生命を持つ事になるのは、此時を最初とする<から>である  『「しゞま」から「ことゝひ」へ』 折口信夫

五.室を二つ三つ明けてあげる<から>当分それへ入っていて、ゆるゆる空家を探すのがいいだろうと親切に云ってくれた。 「鍵から抜け出した女」 海野十三

六.○私が単語の組織を分解するのは、単語の研究が実の処、日本の詞章の本質を突きとめて行くことになると思つてゐる<から>である。 「熟語構成法から観察した語根論の断簡」 折口信夫

七.○悦ぶごときことに悦ぶ私のそれと心情をともにする世の隱れたる未知の兄弟姉妹を思ふ<から>であつて、 「展望」 福士幸次郎

八.雨降りだと、雲煙が深く山を封してゐる<から>、折角山へ入つても山を見ることはできず、よほど厳重な雨支度をしてゐない限り、からだはびしよ濡れになつて 「霧ヶ峰から鷲ヶ峰へ」  徳田秋聲

九.よしやれるとしても、今のようじゃ人の前へ出て教育を受けたと威張れない<から>つまり損になるばかりだ。 「坊ちゃん」 夏目漱石

十.ただしこの権利は、他人に売り渡すことができます<から>、譲渡された場合、〈使い方〉を決める資格は、買い取った人に移ります。 「本という財産とどう向き合うか」  青空文庫

十一.ただの人が作った人の世が住みにくい<から>とて、越す国はあるまい。 「草枕」  夏目漱石

十二.始めのうちはただ読みっ放しにしていたが、あまり面白い<から>途中からは時々手帳へ覚え書きに書き止めておいた。  「マルコポロから」  寺田寅彦

十三.クリームのやうににほふ<から>、 ――朝の空気はにほふ<から>、 通風筒は深呼吸。 とても一ぱいすひこんだ。

投稿日時 - 2014-10-06 14:14:23

お礼

 貴重な例文をありがとうございます。
 当方の感覚だと。「ので」の1~24はすべて「から」にできそうです。
「ので」を「から」にかえると意味に大きな違いが出るか否か……このあたりは、OKATさんやほかのかたの判定を待ちます。ニュアンスの違いが出るものはある気がします(違う言葉ですから当然です)。
 いくつかかすかに引っかかる気がするもの(たとえば2.)もありますが、単に当方の感覚の問題でしょう。

「から」の一~十三のうち、下記のものは「ので」にできそうにありません。おそらくOKATさんと同じ判定です。
四.(1つ目の理由はパスします。)「する<から>である」
六.「ゐる<から>である」
七.思ふ<から>であつて
十一.住みにくい<から>とて
 
 このうち四.六.七.が「ので」にできないのは、【ので】の制約1)のせいでしょう。
 この3つは「の」にしてもほとんど異和感がありません。「の」に異和感を覚えるのはどういう場合なのかはまだ不明です。単純な文だと「の」にしにくいのかな、という気がしています(言葉足らずな印象になるため)。

十一.住みにくい<から>とて
 これは↑の【「だから」「なので」の違い〈6〉 「~から」「~ので」「から」「ので」「~で」「で」】の最後に書いたものの一種と思われます。おそらく「~カラこそ」と同類でしょう。

投稿日時 - 2014-10-08 10:39:51

ANo.14

#8です。

>申し訳ありませんが、もう少しレベルを下げて、例文を交えてご説明いただけませんか。できれば日本語学習や中学生が理解できるレベルでお願いします。
 :
中学の文法テキストの「コーヒーブレイク欄」に、三重県に「赤目四十八滝」というたくさんの滝のある峡谷があり、その中に「赤目にない滝」があります、という話が載っています。いわゆる「文節の区切り方」の難しさと、「赤目荷担滝」と漢字にすれば一目瞭然という日本語の便利さに触れていますが、ただし、これにはせめて「荷(に)担(な)い」という漢字が読めるレベルにあることが前提されています。
ちなみに「になう」の漢字は普通「荷(にな)う」か「担(にな)う」ですから、「荷担」ではおかしいのではないかと生徒から聞かれたらどう答えるでしょう。あるいは「荷う」「担う」のどちらが正しいのかと聞かれたら。そもそも「荷」+接尾語「なう」に由来するということならば送り仮名は「荷なう」とあるべきではないかと聞かれたら…。
しかし「になう」にはこの二種のほかにも、「任う(負う/担ぐ)」「何う(背に負う/荷う)」「儋う(肩に載せる/担ぐ)」「挑う(天秤棒に引掛けて擔う)」「賀う(台や肩の上に乗っけて担ぐ)」など、辞書を調べて、様々な漢字があるのだと知る作業を行なった者だけが、つまり日本語の歴史の深さやそこで消長した表現の多様性を感じ取りつつある者だけが、このような疑問を止揚することが叶うのではないでしょうか。

とまれ、中学文法のレベルに即して説明を試みてみます。
ポイントは「文の組み立て」です。つまり単純な語用論や意味対比論ではなく文構成論です。
「文節相互の関係をとらえ、さらに文の成分をおさえていく。または、反対に、文の成分を大きくとらえてから、文節相互の関係をつかむ」という確認事項がそれです。

取り敢えず次の説明ではいかがでしょう。
「順態条件接続」での前段と後段の相関特性

a) ぬれて、寒い。(単純接続)
b) ぬれたので、寒かった。(継起的並列接続)
c) 寒いから、クーラーを切った。(継時的かつ同列的並列接続)
  ↓↑<連文節を二文に>
a)' ぬれる。すると、寒い。
もしぬれるとしたら(仮定条件)、寒い(帰結)。
b)' ぬれた。そのせいで、寒かった。
ぬれてしまった(原因となる事態)。そのせいで(及ぼされた確定結果)、寒かった(帰結・併合)。
c)' 寒い。だから、クーラーを切った。
その当人にとって寒い(被った事情)。だから(後段への誘導)、クーラーを切った(当為・合体)。

このような視点から次の例に触れてみます。
>「期限は明日でございます{から/ので/ため}お忘れなく。」
 :
二文にしてみます。
a) 期限は明日でございます。ですから、お忘れなく。(当為・合体)…確認
b) 期限は明日でございます。ですので、お忘れなく。(帰結・併合)…念押し
c) 期限は明日でございます。そのためには、(対応を)お忘れなく。(帰結)…念押し・強制

日本語教師のこのWSで、日本語学習者に対して「教えようとしている日本語が、いったい 「どのような言語なのか/どのように語を並べていく言語なのか」 という基本的なことを学ぶことができます。」として勉強会用教科書を挙げていますが、これなどに目を通されていはいかがでしょう。
「渡辺文法論-1」(泉原省二ウェブサイト)
http://blog.livedoor.jp/s_izuha/archives/3902335.html

この渡辺実 『国語文法論』 笠間書院の、特に「五 連体の職能」「六 並列の職能」「七 接続の職能」そして、それらが有機的体系化で表される「八 誘導の職能」の章の図解には呻らされます。 分かって感嘆するというのはなく、難解で呻吟させられるという意味です。それでもその構図の凄さは感じられ、大げさに言えばパラダイムシフトです。 

投稿日時 - 2014-10-06 09:59:34

お礼

>a) 期限は明日でございます。ですから、お忘れなく。(当為・合体)…確認
>b) 期限は明日でございます。ですので、お忘れなく。(帰結・併合)…念押し

 当為、帰結はたぶんわかります。「合体」「併合」は文法用語のようなので、素人解釈は控えます。
 a)は確認のニュアンスがあるのかもしれません。
 b)は念押しのニュアンスがあるのかもしれません。

 では
電車が遅れた{から/ので}遅刻しました

 の違いはどう考えればよいのでしょうか。「確認」「念押し」とは思えません。
 このように、ひとつひとつの例文で考えていかなければ、「から」の「ので」の違いを説明できないのでしょうか。だとすると気が遠くなりそうです。

 ご紹介いただいたリンク先http://blog.livedoor.jp/s_izuha/archives/3902335.htmlを拝見しましたが、どこを読めばよいのか見当がつきません。もう少しポイントを絞っていただけませんか。


{から/ので}と{だから/なので}の前に来る品詞別に見てみました。結論としては、当方ほレベルでは何もわかりません(泣)。
 以下デアル体で失礼します。
 番号がついているのは、下記のサイトの例文を加工している。いわゆるタ形を過去形と呼ぶのは正確ではないのだろうが、ここでは「過去形」と呼ぶ。
資料7【「から」と「ので」の使い分け】
http://www2.dokkyo.ac.jp/~esemi008/kenkyu/miki.html

A「から」「ので」……動詞/形容詞
・動詞(現在形)
(22)-2強い風が吹く{から/ので}、みんな注意した。
・動詞(過去形)
(22)強い風が吹いた{から/ので}、あちこちの看板が倒れたりとばされたりしてしまった。
・形容詞(現在形)
(18)危ない{から/ので}そっちへ行ってはいけないよ。
・形容詞(過去形)
(16)天気が良かった{から/ので}楽しかったでしょうね。

B「だから」「なので」……名詞/形容動詞
・名詞(現在形。後件の時制は不問)
(17)よい子{だから/×なので}おとなしくしなさい
 ↑のサイトには〈「から」を用いる主な例〉〈「ので」を用いる主な例〉として多くの例文が出ているが、実際にはほとんどの例文で{から/ので}の両方が使える。
 唯一「なので」が使えそうにないのがこの(17)。理由はいまだにわからない。
 よく似た文でも下記(17)-2~(17)-4なら異和感がない。
 前件が極端に短いと不自然になるのかもと考えたが、(17)-2を見るとそんなことはない。↑のサイトでは後件が命令形だからとしているが、(17)-3(17)-4なら不自然ではない。
(17)-2 よい子{だから/なので}お菓子を{あげる/あげた}
(17)-3(あの子は)よい子{だから/なので}仲良くしてあげなさい
(17)-4 大事な話{だから/なので}静かに聞いてください

・名詞(過去形。後件の時制は不問)
よい子{だったから/だったので}お菓子を{あげる/あげた}

・名詞と形容動詞の近似形
 シンプルな形で比較しても、差異がわからない。そもそも下記の「きれい」は名詞と考えることもできなくはないからだろうか。
美人{だから/なので}人気がある
きれい{だから/なので}人気がある

・AB(動詞と名詞)の近似形
明日は晴れる{から/ので}洗濯をした。
明日は晴れ{だから/なので}洗濯をした。

投稿日時 - 2014-10-08 10:35:54

ANo.13

~ので、~ため。
文法的なものは別にして、私の受ける感じ。
~ため、は直接の因果関係?。
~ので、は因果関係というより、必然的な成り行きと言うい感じ、間接的には因果関係に相当するかも?。
例 痛い
痛いのでやめる=痛い事が予想されるからやらない。
痛い=原因、とすれば、即結果=やめる、では無く、原因に基づき、頭で考え判断した結果やめる。
痛いためやめる=試みようとすると、痛い、だからやらない。
やめるのは、頭で考え判断した結果では無く、条件反射的、考えた結果はむしろ、無理に試みようとするも、できない。
~ので、の場合はやれば可能だが・・・・。
~ため、はやろうとしても不可能・・・・。
もちろん、日常会話等では、いずれでもほぼ同じ感覚で伝わるとは思います。
文法では、「ので」接続助詞、「ため」品詞は?、利益を表す(例 あんたのため・・)、因果関係を表す、と有りました。
「ので」は接続助詞のため、因果関係と捉えても、原因と結果の間に他要素が入り込む余地が十分有ります、風が吹けば桶屋が儲かる、一つの因果関係にも見えます。
風が吹くので桶屋が儲かる(内容は疑問が大いに有るが表現としてはあり得る)。
風が吹くため桶屋が儲かる(内容的にも理解しがたい、直接の因果関係は思い当たらない故)

投稿日時 - 2014-10-04 23:33:46

お礼

 申し訳ございません。
 この質問のタイトルは前編を踏襲して〈続【「ので」と「ため」の違いについて】〉にしました。
 しかし、実質は「~ので」と「~から」を比較しています。

「~ため」も似た使い方をするようですが、違う部分があまりもに多いので、比較がむずかしい気がします。

投稿日時 - 2014-10-05 22:41:58

ANo.12

>「のだ」は
1)準体助詞「の」+格助詞「で」 2)準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」
 どちらなのでしょう。
 辞書を見る限り、〈2)準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」〉は「これは君のだ」のような使い方が主の気がします。

 1)2)は「ので」という接続助詞の成立由来を言うためのものでした。
そのため 2)は、 準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」(の連用形「で」)と書きました。
 「のだ」は、 準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」です。おっしゃるとおり、「これは君のだ」のような使い方です。
 しかし、その時の「の」は明らかに体言のかわりをしていますが、
     「かれはどこまでも歩き続けるのだった」
 のような一種の感動を含む断定表現の場合には「の」は体言と関係なく、「つなぎ役」のような働きをします。「の」はこのようなつなぎ役の場合が多いようです。

>ちょっと気になるのは、〈2)準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」〉と解釈すると、「なのだ」はどうなるのでしょう
 「な」は断定の助動詞連体形ですから「の」を挟んで「だ」に続くわけで「断定」+「断定」の形です。その点では、「なのです」も似たようなものです。

>一概には言えない気もします。たとえば〈【ので】の制約1)〉の例文の場合は少し不自然な気が。
  遅刻したのは、電車が遅れたのです

 わたしも少し不自然さは感じます。それを辛抱して慣れるか、「からです」や「ためです」へ行くかですね。


> 「それで」は「ので」と対応しますかね。
 ピッタリのものがなくて、そこに入り込んだのが「なので」の気がします(最近一部の辞書で接続詞になったようです)。「から」に対応するのが「だから」と「ですから」(これは新しい言い方?)でしょう。
 さらに言うと、「だから、あれほど注意しておいたのに」の「だから」はちょっと意味が違う気がします。

 すっきりした対応ではないけれど、「それで」という接続詞があります。(前述の事柄を理由として次の帰結へ続ける場合に用いる語。それだから。そのために: 大辞林の説明)「だから」はいうまでないでしょう。「日本文法大辞典」(昭和46年初版)は「なので」という接続詞は載せていません。

投稿日時 - 2014-10-03 17:01:13

お礼

>>一概には言えない気もします。たとえば〈【ので】の制約1)〉の例文の場合は少し不自然な気が。
> 遅刻したのは、電車が遅れたのです
>わたしも少し不自然さは感じます。それを辛抱して慣れるか、「からです」や「ためです」へ行くかですね。
 感覚の問題という気もするので、強く主張する気はありません。
 No.8の「お礼」に書いた
「例)遅刻したのは私の責任ではなく、電車が遅れた{から/の/ため}です」
 だと異和感はほとんどないのですが。理由は……。

>すっきりした対応ではないけれど、「それで」という接続詞があります。(前述の事柄を理由として次の帰結へ続ける場合に用いる語。それだから。そのために: 大辞林の説明)「だから」はいうまでないでしょう。「日本文法大辞典」(昭和46年初版)は「なので」という接続詞は載せていません。
 本題とは関係ない気がしますが、ちょっとだけ。
「だから、あれほど注意しておいたのに」
「だから言わないことじゃない」
 などだと「それで」には置きかえられない気がします。

 個人的には「なので」の接続詞的用法はまだ俗用だと考えています。
 用例があまりにも増えてきたので、妥協する辞書が出てきた……と考えています。詳しい事実関係を調べていないので、なんとも言えませんが。

投稿日時 - 2014-10-05 22:40:42

ANo.11

#6です。

> hakobuluさんは前編のときも今回も、当方がリンクを張った先を読まずにもっぱら自説を主張していたということですね。

何か問題でもありますか?
1311tobiさんは、引用開始===引用終了 と要点を抜粋して明記するのが常ですし、それはちゃんと読んでますよ。
それだけでは不足だから、リンク先の文を全て読めとおっしゃっているんですかね。この辺りをちょっとはっきりさせていただきたいと思います。
その内容について詳しく論ずる必要があると思えば、今回のように込み入ったリンク先を辿ってまで見解を述べることもありますけどね。
まあ、肝心の論点に関して全く応じないのは、何か他に意図があるのでしょうから、あまり深くは追求しないでおきましょう。
それと、「もっぱら自説を主張」とおっしゃいますが、自説を主張しない回答などないと思いますよ。
以前から、「それは主観ですよね」とよくおっしゃっていましたが、主観を述べない質問者、あるいは回答者などいない、というのは当たり前のことです。

> hakobuluさんと込み入った話をすると、話が食い違ったり、堂々巡りになったりする理由が少しわかった気がします。
 非常に残念です。

「話が食い違う=自説が食い違う」ですから、お互いに自説を述べ合う場合には当然起こる現象じゃないでしょうか。大事なことは、自説の根拠を論理的に展開することだと思います。ただ、「論点が食い違う」のは困りものですね。
「堂々巡り」というのは、たぶんですが、解釈の相違でしょう。
わたしの場合、同じひとつの問題についても、視点を変えて何度も論ずることはあります。一度言ったことは二度と繰り返さない、という主義では特にありませんので。いちいち、「視点を変えて」とか「見かたを変えて」と注釈するわけではないので勘違いされるのかもしれません。
視点が変わるからといって論点が変わるわけでないことはご理解いただけると思いますが、逆に、同じことの繰り返しに(視点が変わっていないように)見えるとすれば、おそらくわたしの表現不足なのでしょう。

以上、瑣末な問題について触れてきましたが、#6、#7で述べた内容について具体的な反論をご自身の中で形成なさってみるとよろしいでしょう。
  

投稿日時 - 2014-10-03 16:08:55

お礼

 当方の書き方は、質問者の態度としては失礼でしたかね。
 その点はお詫び申し上げます。
 当方としては、何度もリンクを張ったサイトをあらためて紹介されて戸惑いました。しかもそのサイトに対する当方のコメントはまったく無視されて……。

>リンク先の文を全て読めとおっしゃっているんですかね
>その内容について詳しく論ずる必要があると思えば、今回のように込み入ったリンク先を辿ってまで見解を述べることもあります
 ケースバイケースでしょう。ただ、前編と今回は、コメントの量から考えてあのサイトに関する記述は当然お読みになっていると思っていました。

 誠に勝手ですが、少し冷却期間を置きたいと思います。
 別のテーマで意見を交換できれば幸いです。

投稿日時 - 2014-10-06 01:20:03

ANo.10

接続についても、一応わたしの見解を述べておきます。すでにあるNo.2、No.5の回答と重なる部分には、(参照)と記入しました。別途いただいた質問には、改めて答えます。

>3 遅刻したのは、電車が遅れた{から/×ので/ため}です

「のでです」が使えないのは共通認識です。使用を避けるか、「のです」の言い方を採用するかです。
『「です」は準体助詞の「の」につらなり、「のです」「なのです」の形で、原因・理由・根拠などの説明を強調する』(日本文法大辞典「です」現代語の項)

>4 明日は晴れるだろう{から/×ので/×ため}洗濯をした

 「推量」は「う」であり、その連体形には制限があるとされ、「ので」には付かない。「ため」という名詞にも付かない。(No.2参照)
                                            
>※前件が推量でもOKの例
明日は晴れそう{だから/なので/なため}洗濯をした

 「そうだ」は「推量」でなく「様態」の助動詞(相+だ)明日は晴れそうだ(な){から/ので/ため}と考える。(No.5参照)

> 例 5 よい子{だから/△なので/×のため}おとなしくしなさい
これは「坊やよい子だ、ネンネしな」のパターンが浮かんできます。「よい子なので」のように言う気は全くありません。後件がが命令であろうとなかろうと、口に出てきたことをそのまま発言しますね。同じ日本語話者でも、わたし以外のみなさんはそこまで考えて口に出すのかしら。(素朴な疑問)
 
>例 6* お願い{だから/△なので/×のため}静かにしてください

 「お願いだ(です)」は、最近見た質問にあった「お待ちです」(尊敬語)に対する「謙譲語」でしょうか。これも「お願いだから」が自然な流れです。関西だったら「頼むで静かにしてくれんか」ですね。

>※後件が命令形でもOKの例
あの子はよい子{だから/なので/×のため}仲良くしてあげなさい

 ここでの上下の違いがよくわかりません。

>4)理由は不明。後件が推量だと×になることがあるのかも。
例 7 あれほど繰り返すの{だから/×なので/×ため}、本当なんだろう 

 あれほど繰り返す{から/ので/×ため}、(多分)本当なんだろう
「のだ」「のな」を使わずに言えばどうでしょうか。 

>※後件が推量でもOKの例
電車が遅れた{から/ので/ため}遅刻したのだろう

 これは普通の使い方です。

>5)デスと相性が悪いのかも
例 9 期限はあしたです{から/△ので/×ため}お忘れなく

これはむしろ逆で、 『連体形「です」は,助詞「のに」「ので」などに連なる場合にだけ用いられる』と大辞林にあるように「ですので」は普通の用法です。ただし連体形が体言にはかからないので「ため」は×です。(No.2参照)

 最後に「ため」を同列で比較するには無理があります。「よい子のために」とくれば「本を読んであげましょう」となりやすいのです。「為」にはいくつかの意味用法がありますから。

投稿日時 - 2014-10-03 13:24:09

お礼

 途中までは、細かい点は別としてほぼ納得です。
 順調に読み進んで、ここで引っかかりました。

>「お願いだ(です)」は、最近見た質問にあった「お待ちです」(尊敬語)に対する「謙譲語」でしょうか。これも「お願いだから」が自然な流れです。
 例の質問の「お待ちです」は尊敬語ですよね。「お願いだ(です)」は「お」が謙譲語っぽいので、たぶん謙譲語ではないかと。
「全国民が人質の無事を願っています」を尊敬語にして
「全国民が人質の無事をお願いです」と言えるか否か……ちょっと無理でしょうね。

>ここでの上下の違いがよくわかりません。
 下記の2つのことでしょうか。
 当方の感覚だと、後者の「なので」はOKです。理由はうまく説明できません。

例 5 よい子{だから/△なので/×のため}おとなしくしなさい
あの子はよい子{だから/なので/×のため}仲良くしてあげなさい

 No.8の「お礼」に書いた下記ではどうでしょう。
例)大事な話{だから/なので/×のため}静かに聞いてください

>最後に「ため」を同列で比較するには無理があります。「よい子のために」とくれば「本を読んであげましょう」となりやすいのです。「為」にはいくつかの意味用法がありますから。
 たはり「ため」は異質ですね。それはわかっていたのですが、前編のタイトルと合わせてつい……。申し訳ありません。

投稿日時 - 2014-10-05 21:11:53

ANo.9

文法にぜんぜん詳しくないのですが、「ので」は助詞「の」+助詞「で」?
少なくとも「ので」と「から」は名詞ではないですね。

一方「ため」は名詞、のような気がします(あやふや)。

例に挙げておられる「制約」の多くは、それで説明できるのでは。

投稿日時 - 2014-10-03 01:55:35

お礼

「ので」の解説に関しては先行コメントにあるかと思います。
「から」は今回のテーマ外では。

「ため」に関してはNo.2への「お礼」に書いたとおりです。
==============引用開始
 まずお詫びから。
 この質問のタイトルが〈続【「ので」と「ため」の違いについて】〉になってますね。
 当方が本当に知りたいのは「ので」と「から」の違いです。「ため」はちょっと異質なので、比較するのは難しいと思います。
==============引用終了

>例に挙げておられる「制約」の多くは、それで説明できるのでは。
 そうなのかもしれません。
 他のかたのコメントが詳しいと思います。

投稿日時 - 2014-10-05 20:49:57

ANo.8

#5です。

>仕様がかわって、質問期間(1か月)が設定されたようです。
 :
それは知りませんでした。
これからは、必要なら設問を更新つつつ質疑応答を繰り延べていくやり方をとるという側面からすれば望ましいように思われます。

>期限はあしたでございます{から/ので/×ため}お忘れなく
 :
この質問No.8773212は2014-09-29 21:53:03にアップされたのですから、期限はまだ25日以上あるのではないですか?

1)
>「整合します」は「の」ならOKというご判断でしょうか。
 :
そうです。このような名詞述語文(同定文)の用法での「から」は名詞(準体助詞)です。そしてもちろん「ため」は名詞です。
一方「ので」は接続助詞ですから述語にはなりませんが、その前語「の」だけなら名詞(準体助詞)なので、構文上は体裁が取れるという意味です。決して単純な、文の前後の入れ替えなのではありません。
電車が遅れたので、遅刻しました。
⇒遅刻したのは、電車が遅れたのです。
⇒遅刻したのは、電車が遅れたんです。
同定文(AはBです)では接続助詞を必要としません。ですから名詞であれば、「ので」の「の」の代わりに、根拠を示す「から」、理由を示す「わけ」、原因を示す「ため」などが任意に選べます。この場合は接続助詞として機能する「から」節ではありませんから。

2)
>明日は晴れるらしい{から/ので/×ため}洗濯をした
なら「推量ならOK」の例になるでしょうか。
 :
この場合の「明日は晴れるらしいので洗濯した」は×です。
ただし、前段の名詞を「な+ので」で受けるなら問題ありません。
例)~晴れるそうなので、~晴れるようなので、~晴れそうなので

つまり、重文を作る本来の接続助詞「ので」に対し、名詞を受ける「なので」は接続性においてではなく副詞的機能が勝ったものという大きな違いに気を付けましょう。


3)4)
>「この場合は」でしょうか?
 そうでないと、下記が△や×になる理由が不明です、
 :
まず、基本的なことですが、「ので」はテンスまでの述語文を受けて従属節として後件の主文に繋ぐものです。
例)ここでは誰も皆んな静かにしていなければならない場所なので、君もしばらく大人しくしていなさい。
一方、ここでの例のような名詞を受ける「なので」は主文内での副詞的用法(修飾法)になっています。取り上げるべき接続助詞の機能とはもはや離れています。

5)
>例 9 を下記のようにかえるとご判断はどうかわりますか。
 これだと「ので」もアリの気がします。
 :
「ので」を従属節(いわゆる「重文」内での)として使う場合にテンスまでという意味ですから、例のような丁寧語をめぐる単文においては、有っても無くても大勢に影響はありません。

>ところで、「ので」と「から」の違いに関してはどのようにお考えでしょうか。
 :
こちらこそが本題になるでしょう。
見かけは同じ「から」でも名詞としての根拠を示す「から」や、理由を示す「わけ」また、原因を示す「ため」などの有効性は名詞文や単文においてであって、また断定語「だ」の意味での「ので」との違い(こちらでは接続助詞ではない)など、余りに混乱というか混合がありすぎます。

単純化すれば、これらは単文においてではなく、重文や複文を構成する際の<条件>接続の機能において、次のような違いがあります。

「ので」…テンスまでの連体形での従属節を受けて条件化し、後件の主文に対し論理的順序に則った、継起的にして確定の接続を行う。もともと江戸期から「で」だけだったが、明治後期あたりから「ので」の形に収束されるようになったもの。主張文の述語をなす「ので」との混同は避けたい。

「から」…逆接の「が」同様、事態のムードまでの終止形での従属節を受けることで話者の主観をも導入可能であるため、その条件化にあたって、時間的順序に則っりつつも、1)単純接続(条件性の消失)、2)継起的並列接続、3)同列的並列接続など、このような幾段階かでの並列と接続の相互機能をも果たすことができる。名詞文での準体助詞用法との混同は避けたい。

「から」の2)時間上での継起的並列接続については、「ので」の因果律上での継起的確定接続と比べて、表現スタイル次第では相互に交換可能な場合も見受けられますが、その他の場合はそれぞれの差異は明確です。









                     

投稿日時 - 2014-10-03 01:34:23

お礼

>必要なら設問を更新つつつ質疑応答を繰り延べていく
 それはアリかもしれません。

>この質問No.8773212は2014-09-29 21:53:03にアップされたのですから、期限はまだ25日以上あるのではないですか?
 エート。これは何かの冗談でしょうか?
「期限はあしたでございます{から/ので/×ため}お忘れなく」は例文です。


 No.5のコメントはほぼ理解できたと思うのですが、No.8のコメントは、当方には難解です。
 疑問点を書きはじめたところかなりの量になりそうで、(本当の)本題からどんどん離れるような気がします。当方の個人的な課題にさせていただけませんか。申し訳ない。
 おそらく、接続助詞の「ので」と、名詞を受ける「なので」はきっちり分けて考える必要があるのでしょう。ここが当方にはよくわかっていません。

 何回読み返しても前に進めそうにありません。
 少しでも前進するために、【ので】の制約に関して下記のように考えたいと思います。
 不備がありましたら、ご指摘ください(乱暴なやり方で済みません)。
 以下、デアル体で失礼します。

1)「~のは~{から/ので/ため}だ(です)」の文型だと「ので」が×になる
→「の」にすれば、体言相当なのでOKになる。
例)遅刻したのは、電車が遅れた{から/の/ため}です
 これだとちょっと言葉足らずに感じますが、下記なら自然になる。理由は……。
例)遅刻したのは私の責任ではなく、電車が遅れた{から/の/ため}です

2)「だろう」の後にはつかない
「ので」は終止形にはつかないため、「だろう」にはつかない。
 前件が推量ウンヌンとは無関係。名詞を「な+ので」で受ける形なら問題がない。
例)~晴れるそうなので、~晴れるようなので、~晴れそうなので

3)原因不明(うまく説明できません)。例文自体が不自然なのでは……。
 6*は一種の慣用句を考えるほうがいいかも。「後生だから」なども。
例 5 よい子{だから/△なので/×のため}おとなしくしなさい
例 6* お願い{だから/△なので/×のため}静かにしてください
 後件が命令ウンヌンは無関係。後件が命令でOKの場合もある。
例)あの子はよい子{だから/なので/×のため}仲良くしてあげなさい
例)大事な話{だから/なので/×のため}静かに聞いてください

4)原因不明(うまく説明できません)。例文自体が不自然なのでは……。
 後件が推量ウンヌンは無関係。後件が推量でもOKの場合もある。
例)電車が遅れた{から/ので/ため}遅刻したのだろう

5)デスと相性が悪いのかも←ほかのかたのコメントを読むと、これは当方の勘違いだった気がします。〈「です」まで受けようとすると無理が生じてしまいます〉か?
例 9 期限はあしたです{から/ので/×ため}お忘れなく


 さて、(本当の)本題に関して。
 いただいたコメントのこの部分がほとんど理解できません。
 申し訳ありませんが、もう少しレベルを下げて、例文を交えてご説明いただけませんか。できれば日本語学習や中学生が理解できるレベルでお願いします。
 お手数ですがよろしくお願い申し上げます。

投稿日時 - 2014-10-05 20:45:04

ANo.7

#6の続きです。
山本氏の
資料6【接続助詞「から」と「ので」の違い -「丁寧さ」による 分析-】
https://soar-ir.shinshu-u.ac.jp/dspace/bitstream
について。

1.
(4)-a.親密形:母→息子『林檎II』
 母:(パジャマ姿で階段の方から現われ)あら食べてた?
 息子:(インスタントコーヒーとパンをかじっていて)そりゃ、食べるよ。
    飯抜きでやれるような仕事じゃないんだから。
という例文が挙がっていますが、これは、
(4)-b.丁寧形:社長→社員
 社長:おう、食ってたか?
 社員:(インスタントコーヒーとパンをかじっていて)そりゃ、食べますよ。
    飯抜きでやれるような仕事じゃありませんので。
のような言い換えになるでしょうから、山本氏の言いたいこともわかります。
しかし、
(4)-c.親密形:母→息子『林檎II』
 母:(パジャマ姿で階段の方から現われ)あら食べてた?
 息子:(インスタントコーヒーとパンをかじっていて)そりゃ、食べるよ。
    飯抜きでやれるような仕事じゃないんで。
のように言うこともあると思います。
これは、「仕事じゃないので」のくだけた表現ですが、「仕事じゃないんだから」や「仕事じゃないから」とは、明らかに意図の異なる表現と認識されるのが妥当でしょう。
(4)-aが、「飯抜きでやれるような仕事じゃない」⇒その結果として「食べるのは当然だと思うよ」という意図であるのに対し、
(4)-cは、「飯抜きでやれるような仕事じゃない」というのが「食べる理由だよ」という意図。

2.
ここで、大学女子寮でのひとコマとして、次のようなシチュエーションを想定してみましょう。
丁寧形として、
先輩女子:「卵が一個残ってたよね」
後輩女子:「さっき、落として割ってしまったので、もうありません」
という会話が想定可能でしょう。しかし、これを親密形にした場合に、
友人女子A:「卵が一個残ってたよね」
友人女子B:「さっき、落として割ってしまったから、もうないよ」
と表現するのはどうでしょうか。
文法的に間違いではありませんが、丁寧形の場合とは別の意図になってしまうと思います。

丁寧形のほうは、「落として割ってしまった」という事態が原因で「もうありません」という状況にある、と言っている。
つまり、「もうない」という状況の原因を作ったのは、わたしが引き起こした「落として割ってしまった」という事態なんです(ごめんなさい)、という意図が含まれています。
親密形のほうは、「落として割ってしまった」という事態の結果として「もうない」という状況にある、と言っている。
「もうない」という状況の発生する出所として、「落として割ってしまった」という事態を単に示しているにすぎません。
言い方を変えれば、卵に関して、「落ちた」という事態から「割れた」という事態に移行した、という経過説明をしているだけのような印象を与えてしまう。
「落ちたんだから割れるのは仕方ないとわたしは思うよ」というニュアンスにもなり得るはずで、仮に「ごめんなさい」の言葉を続けても空々しく響くことでしょう。
しかし、自身に責任があるという意図を込めるにしても、友人に対して改まった言い方はどうも・・・、と考える人は、大辞泉の注釈にもあるように、
友人女子B:「さっき、落として割ってしまったんで、もうないよ」
のように表現すると思います。
これであれば丁寧形の場合と同じく、「さっき、落として割ってしまったんで、もうないよ(ごめん)」という意図にもなり得るでしょう。
「わたしが落としてしまった(ので)」というのが、「もうない」という状況の原因なんだよね、という意味が含まれているので。

以上、1と2では、三木氏言うところの【事態の移行】ではなく【事態の依拠場所】に重点を置きたい場合には、親密形であっても「のだ(んだ)」という形を取る、ということ。
少なくとも「から」では伝えきれない意図がある(←ここ重要!)わけで、単純に置き換えることはできないのではないか、ということを述べたつもりです。
 
3.
では、丁寧形であっても「から」を使う場合に関してはどうか、ということになるでしょう。
これに関しては、「手のひらを太陽に」の歌詞を取り上げてみたいと思います。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/tenohirawo.html
「生きているから 歌うんだ」「生きているから かなしいんだ」
これを目上の人に対して丁寧に表現したいからといって、「生きているので 歌うのです」「生きているので かなしいのです」と表現するのが適切だろうか、ということ。
これも文法的には何ら間違ってはいませんが、やはり文意が違ってしまうのではないでしょうか。
理由はくどくなるので繰り返しませんが、上記と同様です。
「生きているから 歌うんだ」は、生きているという事態(状況)があるからこそ、歌うという事態に自然に移行するんだ、というニュアンス。
「生きているので 歌うのです」の場合は、なぜ歌うかと言えば、それは生きているからです、というニュアンス。
まあ、微妙と言えば微妙なのですが、原文の意図をしっかり伝えるためには、丁寧形であっても、「生きているから歌うのです」ぐらいにするべきでしょう。

投稿日時 - 2014-10-02 17:11:10

ANo.6

#2です。

なるほど。三木氏の論説は読んだが納得できない、ということですね。
わたしの場合、≪「ので」「から」≫でネット検索して、偶然、一番トップにヒットしたのがこの論文で、いや、ずいぶんわかりやすい論理を展開している人がいたものだと感心してご紹介した次第です。
ただ、若干、煩雑な表現にもなっているため、わかりやすく要点を整理したつもりでした。
これは、かなり優れものの論説だと思いますよ。【】内に留意して再読なさることをお勧めいたします。

リンク先を辿って、ご自身のブログ【「だから」「なので」の違い〈5〉 資料編】も拝見しました。なかなか充実していて読み応えのあるブログですね。論の進め方に関して筋が通っていますし、非常に読みやすい構成になっていると思います。主観的・客観的説を否定している論文も挙がっていますので、そのリンク先についても、若干、感想を述べてみます。

(ア)資料4【「から」「ので」「て」 : 日本語の原因・理由を表す表現について】
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/45574/1/BISC003_002.pdf

筆者である北大の山下氏は、勘違いされていますね。たとえば、2ページでは、日本語教科書 An Introduction to Advanced Spoken ]apanese の例文と解説を取り上げ、次(【】内)のように批判しています。

A:昨日、行きましたか。
B:いいえ、嵐邪を引いたから行きませんでした。
 いいえ、風邪を51いたので行きませんでした。
Node is preferable to Kara in this example, because Kara places
emphasis on the speaker's personal point of view, sounding slightly
self-defensive and therefore less polite than the more objective Node.
という説明を加えている。だが、そもそも「話者の判断」ということに「主観的J とか「客観的」というようなレッテルを貼ることは可能なのだろうか。「話者の判猷」であるかぎりどちらも「主観的」にならざるを得ないのではなかろうか。

このような認識では、「ので」と「から」の本質を解析するのは無理だと思います。英文の解説内容は、『この例文では、「から」よりも「ので」を使うほうが好ましい。なぜなら、「から」は話者の主観的視点に重点を置いており、若干言い訳めいた表現になるため、どちらかといえば客観的な「ので」に比較して丁寧さに欠けることになるからである』といった意味になのでしょう。(独自訳なので、若干の紛れはあるかもしれないが)
これは、かなり正鵠を得た解説と言えます。
山下氏は、「いいえ、風邪を引いたので行きませんでした。」でも、自分の見解であることに変わりはないのだから主観的と解釈すべきであり、「ので」は客観的と言う説は誤りである、と言っているわけです。
しかし、この文は、「いいえ、風邪を引いたので(、通常、客観的に考えても風邪を引いたら外出を控えると思うのですが、わたしも、そのように判断して)行きませんでした。」という意味なのです。
つまり、「風邪を引いた→行かない」という因果関係自体を客観的なものとして捉えている、ということ。
「いいえ、風邪を引いたから行きませんでした。」の場合は、「いいえ、嵐邪を引いたから(当然、行くべきじゃないと私自身が主観的に判断したので)行きませんでした。(私の判断に、なんか文句ある?)」といったニュアンスになってしまうので丁寧さに欠ける、というわけです。

(イ)資料5【待遇表現から見る原因・理由を表す「カラ」「ノデ」】
http://www.lc.osakafu-u.ac.jp/Lng_Clt/2009LC/09_zhou.pdf

こちらは、大阪府立大の周 升 干氏ですね。トビさんの引用文を活用させていただきますと、「主観・客観説で説明できないケ ース」として次の例を挙げています。

(1) (日本語母語話者が親しい先生の誘いを断る場面)
明日テストがあるのでいけません。すみません。
(2) (日本語母語話者が親しくない後輩の誘いを断る場面)
ごめん,ちょっと用があるから行けない。

周氏も勘違いなさっているようです。
「テストがある→行けない」は、誰でも同じですから、客観的な因果関係と言えます。先生に対して断る際には、その客観的因果関係を前提にするほうが差し障りがありませんし、断るのは決してわたしの意志ではないのです、という表明になるため「ので」を使うわけです。
ですから、後輩に対して、「明日テストがあるからいけない。」と言うことも当然あります。この場合は、客観的な因果関係を前提にわざわざ持ち出すほど、気を使わなければならない相手ではないので、「俺が困るから行けないんだ」という主観的因果関係を前面に出すため、「から」が使われるのです。
【 日本語教育においては,「目上」に対して,あるいは場面において丁 寧さを表したい時「ノデ」を使い,それ以外の時「カラ」を使うよう, 学習者に説明し,練習させれば無難であろう。】ともおっしゃっていますが、まあ、一理はあるでしょう。しかし、本質ではないことも確かでしょう。(後ほどまとめて反証します)

(ウ)資料6【接続助詞「から」と「ので」の違い -「丁寧さ」による 分析-】
https://soar-ir.shinshu-u.ac.jp/dspace/bitstream/10091/1843/1/InternationalStudent02-02.pdf

山本氏に関しては前編でも述べましたが再度触れてみたいと思います。(字数の関係で回答欄を改めます)
骨子としては、「ので」が丁寧表現のストラテジーとなるのは、あくまで客観的な認識である旨を表明できるからであり、だからといって、客観的な認識であることを表明しさえすれば、すべてが丁寧表現になるというわけではないだろう、ということです。

(エ)資料7【「から」と「ので」の使い分け】
http://www2.dokkyo.ac.jp/~esemi008/kenkyu/miki.html

三木学氏のこのサイトは非常に有用だと思います。
理由は、#2で十分に述べたつもりですので、くどくならないよう、これ以上は述べません。
ひとつだけ補足させていただくと、「この先、道路の幅が狭くなっていますから、徐行してください。」が全く不自然になる、というわけではない、と思います。
しかし、微妙な違いはありますよね。
a.「この先、道路の幅が狭くなっていますから、徐行してください。」⇒「この先、道路の幅が狭くなっています。ですから、結果として、あなたに徐行する必要が出てくるとわたしは思います。」
◎[この先、道路の幅が狭くなっている]という事態が、[徐行]という事態へ【移行】する必然性を動的に表わしている。
b.「この先、道路の幅が狭くなっていますので、徐行してください。」⇒「徐行してください。なぜなら(誰もが理解されることだと思いますが)、この先、道路の幅が狭くなっていますので」
◎[この先、道路の幅が狭くなっています]という事態を体言化することによって、[徐行すべき]という事態が発生する【理由を限定】している。

投稿日時 - 2014-10-02 17:04:58

お礼

>なるほど。三木氏の論説は読んだが納得できない、ということですね。

 そういう問題ではありません。それ以前の話ではないでしょうか。
 hakobuluさんは前編のときも今回も、当方がリンクを張った先を読まずにもっぱら自説を主張していたということですね。
 だとすると、申し訳ないとは思いながら、コミュニケーションがしにくい気がします。
 リンク先が煩雑だったせいもあるのかもしれませんが……。

 hakobuluさんと込み入った話をすると、話が食い違ったり、堂々巡りになったりする理由が少しわかった気がします。
 非常に残念です。

投稿日時 - 2014-10-03 12:06:28

ANo.5

1)
例 3 遅刻したのは、電車が遅れた{から/×ので/ため}です
 :
全て体言相当にすればそれなりに整合します。
遅刻したのは、電車が遅れた{から/×の/ため}です

2)
※前件が推量でもOKの例
明日は晴れそう{だから/なので/なため}洗濯をした
 :
この場合の「そう」は推量の助動詞ではなく名詞「相」だから「な(名詞を受ける助動詞「だ」の連体形)+ので」が整合します。

3)
※後件が命令形でもOKの例
あの子はよい子{だから/なので/×のため}仲良くしてあげなさい
 :
「ので」は特に後件に影響を及すものではないから。

4)
※後件が推量でもOKの例
電車が遅れた{から/ので/ため}遅刻したのだろう
 :
3)と同じ理由から。

5)
例 9 期限はあしたです{から/△ので/×ため}お忘れなく
 :
「ので」の受ける従属節はテンスまでなので、聞き手のムードと相関する「です」まで受けようとすると無理が生じてしまいます。

投稿日時 - 2014-10-02 12:00:13

お礼

 まずお詫びから。
 先般は下記の質問にお答えくださってありがとうございます。
【「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8499357.html

 No.3(ならびにNo.13)のコメントをベストアンサーにしたかったのですが、仕事でバタバタしているうちに質問が締め切られてしまいました。
 仕様がかわって、質問期間(1か月)が設定されたようです。
 不手際をお詫びするとともに、重ねてお礼申し上げます。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。

 さて、本題です。
1)
>全て体言相当にすればそれなりに整合します。
>遅刻したのは、電車が遅れた{から/×の/ため}です
「整合します」は「の」ならOKというご判断でしょうか。
 それとも「それなり」でしかないので、やはり「×」でしょうか。

2)
>この場合の「そう」は推量の助動詞ではなく名詞「相」だから「な(名詞を受ける助動詞「だ」の連体形)+ので」が整合します。
 ご指摘のとおりですね。ありがとうございます。
明日は晴れるそう{だから/なので/×なため}洗濯をした
明日は晴れるらしい{から/ので/×ため}洗濯をした
 なら「推量ならOK」の例になるでしょうか。

3)
>「ので」は特に後件に影響を及すものではないから。
4) 
>3)と同じ理由から。
「この場合は」でしょうか?
 そうでないと、下記が△や×になる理由が不明です、
例 5 よい子{だから/△なので/×のため}おとなしくしなさい
例 6* お願い{だから/△なので/×のため}静かにしてください
例 7 あれほど繰り返すの{だから/×なので/×ため}、本当なんだろう

5)
>「ので」の受ける従属節はテンスまでなので、聞き手のムードと相関する「です」まで受けようとすると無理が生じてしまいます。
例 9 を下記のようにかえるとご判断はどうかわりますか。
 これだと「ので」もアリの気がします。

期限はあしたでございます{から/ので/×ため}お忘れなく


 ところで、「ので」と「から」の違いに関してはどのようにお考えでしょうか。

投稿日時 - 2014-10-02 20:16:32

ANo.4

>前編(↑の【「ので」と「ため」の違いについて】をこう呼ぶことにします)のNo.14で〈「信州大学」のサイトにある山本もと子氏の考え方にはわたしは同調出来ません〉と書かれた理由をご説明いただけませんか。

山本氏の論文の紹介 PDF文書が見られません。あるいは今回の噴火事件(実際には水蒸気噴出)の影響で別の研究へのアクセスが増えたためでしょうか。次の所までは入れました。その要旨は下記のとおりです。
http://jairo.nii.ac.jp/0028/00001450

《原因・理由の接続助詞「から」と「ので」の意味と用法の違いは、これまで永野(1952)以来「から」は原因・理由を主観的に説明するものであり、「ので」は因果関係を客観的に描写するものであると分類されてきたが、未だ統一的な見解に至っていない。本論では、これらの意味と用法の違いはBrown and Levinson(1978,1987)が論じる「丁寧さ」のストラテジーによって生じるのではないかという仮説を立て、シナリオや漫画などにおける日常的な会話では「から」と「ので」がどのように使い分けられているかを検証する。その分析をもとに、これらの違いは話し手が聞き手や話している場面や発話内容に応じて、無意識に表現の使い分けをしていると結論付ける。》

 ここで重要なのは、「これまで永野(1952)以来「から」は原因・理由を主観的に説明するものであり、「ので」は因果関係を客観的に描写するものであると分類されてきたが、未だ統一的な見解に至っていない。」という部分です。

 前回書き出した「日本文法大辞典」の倉持氏の文の引用にも、「(永野氏の論文を紹介しながら)しかし、上述のことは、その表現形態上の特徴をごく概括的にみていえることであって、平叙文などにおいては、個々の文脈から整然と「ので」と「から」を機能的に異質なものとしてとらえるのは困難であり、(中略)これもある面までは同義的に重なり合つているものとみるべきだろう」とあるように、国語学の中で統一見解には至っていないということが言えるようです。
  
 そこで、山本氏の論文ですが、記憶がそれほど確かではありませんが、「親密さ」と「丁寧さ」により、「ので」「から」が使い分けられるとして、その例証としてあげてあるのがほとんど敬語のない文(親密さ)と、対照的に敬語の多い文(丁寧さ)で、当然のように親密さの中では「から」が使われ、丁寧さの中では「ので」が使われるという構造になっているでした。それを読んだわたしは、ただ敬語だけで「から」「ので」の使い分けを論じようとするのを、むしろ否定的に見ていました。
 しかし後で考えてみると、敬語を必要としないような気の置けない仲間ならある程度の自己主張や、主観的な発言も許し合えるのではないか、それに対して敬語を必要とするような「気の置ける」人々には「ので」のような客観的な発言も必要になるだろうと思われ、これは永野氏の「主観・客観説」を別の側面から擁護する考えのように、思われてきました。あまり共感は持たない点に変わりはありませんが、見方が少し変化しました。

 《接続の問題について》
 わたしが書くつもりであった内容は、(ある一点を除いて)No.2の方が書いていらっしゃるとおりです。その一点というのは「ので」が「です」に直接接続できない理由は、「ので」の成立が一般に辞書に書かれているような準体助詞「の」+格助詞「で」よりという説が一般的であるのに対して、準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」(の連用形「で」)よりという一説が有力であると考えました。
 後者の考えは、昨今日本語文法で言われる「ノダ」文の変化形である「ので」の形ということになります。
   「お腹が一杯な<ので>、もう食べたくない」
という形から成立したということです。そうであるなら「ので」の「で」の部分は「断定の助動詞」であり、その直後に「だ」や「です」という断定がもう一つ続くことはない、という考えでした。このような「ので」の成立説は詳しい辞書には出ています。
 このような考えをとってきましたが、最近ある理由から通常の説、すなわち準体助詞「の」+格助詞「で」の方も無視できないように思いはじめました。それは格助詞「で」はもともと「原因・理由」を表していました。この助詞はもともと「にて」から生まれました。この用法が文献で最初に現れたのは「平家物語」のようですが、その後関西を中心にこの用法が見られ、現代に至っています。
 例えば「君がそんなこと言う<から>駄目なんだよ」は、関西では「君がそんなこと言う<で>あかんのや」というふうに使います。勿論現在では「事故で骨折した」のように普通に「原因・理由」を表します。「ので」の「で」をこのようにとれば、分かってもらえると思います。
 
それでは、「ので」の後になぜ「です」が付かないのか。その理由をわたしは「ので」の成立を考えることで説明しようとしてきたわけですが、文法上の説明であっても、それは「後づけ」の説明でしかあり得ないのです。ましてや単語の成立事情にまで立ち入ってこの言い方は使っていいのかどうか判断する人はまずいないでしょう。わたしの過去の発言は今にして思えば単なる理屈でしかあり得なかったことに思い当たりました。
 しかし、それではなぜ「のでです」という言い方を日本語話者はしないのかというと、感覚的なものでしかないと言うことになります。「そこでですね」「ここまでです」とは言うのに、「のでです」は言わないと断言するより仕方ないのですね。

 そのことは別に、最近「日本語文法」というより、大学における「国語学」の研究の中で「のだ文」というものがとりあげられています。例えば下記サイトを参照してください。

 http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/11509/1/KJ00005399839.pdf
    (p.73)

 「のだ文」とは「風邪を引いたのです」のような「のです」「のだ」形で、準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」と考えられます。ここにあげたような文は、「どうして休んだのですか」に対する答になると考えます。同様に、「なぜ遅刻したのですか」「電車が遅れたん(の)です」という形があります。 「のでです」が使えなければ「のです」で済ますことも可能になります。

 

投稿日時 - 2014-10-02 10:34:25

お礼

>山本氏の論文の紹介 PDF文書が見られません
 一時リンクが切れていたのに、復活しましたね。OKATさんが張ったリンク先からもたどれるようです。

>ここで重要なのは、「これまで永野(1952)以来「から」は原因・理由を主観的に説明するものであり、「ので」は因果関係を客観的に描写するものであると分類されてきたが、未だ統一的な見解に至っていない。」という部分です。
 そのとおりだと思います。
 倉持氏の解説を見ても、ほかのかたの論文を見ても同様に見えます。Web辞書の類いが、なぜ永野説にのっとったと思われる記述のままなのか疑問です。
 
 当方の現段階の考えは、No.1に「お礼」に書いたとおりです、同根か否かは別にして、現状では3つの考え方がある気がします。いずれも決定的なものではなく「しいて言えば」くらいの気がします。

>《接続の問題について》
 やはり当方は文法が×のようです。「のだ」は
1)準体助詞「の」+格助詞「で」
2)準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」
 どちらなのでしょう。
 辞書を見る限り、〈2)準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」〉は「これは君のだ」のような使い方が主の気がします。当方には何がなんだか。
 ちょっと気になるのは、〈2)準体助詞「の」+断定の助動詞「だ」〉と解釈すると、「なのだ」はどうなるのでしょう。

>「のでです」が使えなければ「のです」で済ますことも可能になります。
 コロンブスの卵かも。ただ、一概には言えない気もします。たとえば〈【ので】の制約1)〉の例文の場合は少し不自然な気が。
  遅刻したのは、電車が遅れたのです

 ちなみに……。
 あまり辞書に逆らうものではないし、引用していただいた記述にケチをつけるようで気が引けるのですが。 
『日本文法大辞典』の下記部分はどうなんでしょう。
==============引用開始
すでに一語の接続詞と化している、「それで」と「だから」の間にも、この「ので」と「から」と同様の関係がみられる。つまり、「ので」に対応するのが「それで」であり、「から」に対応するのが「だから」である。
==============引用終了

「それで」は「ので」と対応しますかね。
 ピッタリのものがなくて、そこに入り込んだのが「なので」の気がします(最近一部の辞書で接続詞になったようです)。「から」に対応するのが「だから」と「ですから」(これは新しい言い方?)でしょう。
 さらに言うと、「だから、あれほど注意しておいたのに」の「だから」はちょっと意味が違う気がします。
http://kotobank.jp/word/%E3%81%A0%E3%81%8B%E3%82%89?dic=daijirin&oid=DJR_dakara_-010
==============引用開始
大辞林 第三版の解説
だから

( 接続 )
〔助動詞「だ」に助詞「から」が付いたもの〕
それゆえ。そんなわけで。 「なに,壊した。-,注意したのに」 「 -言わないことじゃない」
==============引用終了
『大辞泉』の記述も同様です。
「なので」と同様の意味の「だから」は「それゆえ」「そんなわけで」の意味でしょう。
 しかし、「だから、あれほど注意しておいたのに」は意味合いがかなり違います。あえて書きかえるなら「そうなる(のがイヤだ)から」くらいでしょうか。まだ「それゆえ」ならアリかもしれません。「だから言わないことじゃない」だと一種の慣用句のような……。

投稿日時 - 2014-10-02 19:49:11

ANo.3

主として助詞の使い方ですね。
文法でも最後のほうで習います、かなり難解です。
先に文法から、入ると非常にこんがらがります。
その時の状況による意味の違いは理解できている用ならば。
文法で整理すれば、どうなるか?等の開設を参考に自分なりにどこまで理解・整理・納得できるかではとおみます。
ネットなら「助詞」で検索。

投稿日時 - 2014-10-01 18:48:34

お礼

 コメントありがとうございます。

 具体的にはどう考えればよいのでしょうか。
 ネットで「助詞」で検索しても何がなんだかわかりません。

 当方がネット検索した結果については、↑のリンク先の冒頭のリンクをご確認ください。
【「だから」「なので」の違い〈5〉 「~から」「~ので」「~で」「で」「から」「ので」】資料編
 に資料1~7があります。ほかに何かよい資料があったら教えてください。

投稿日時 - 2014-10-02 12:52:42

ANo.2

1.「ので」と「から」の違いについて。
(ア)下記サイトが上手く説明しているように思います。
http://www2.dokkyo.ac.jp/~esemi008/kenkyu/miki.html
詳細は本文を参照していただくとして、以下にわかりやすく編集してみます。要点は【】で囲いました。
-------------------------------------------------------------------------
●『 x(原因・理由)から y(結果)』の表す意味。
a.事態 x は事態 y の【発生する出所】であり、つまり「から」は、事態 x に事態 y への【移行】を予期させている。
b.このため、事態 x と事態 y との【因果関係は直接的で明白】となり、それゆえ、話者が【因果関係を強調したいとき】に用いる。

●『 x(原因・理由)ので y(結果)』の表す意味。
a.「ので」は、事態 x を体言化することによって、事態 y が起こる【原因・理由として限定】している。つまり、事態 x は事態 y の【依拠場所】を表わしている。
b.このため、「から」における<原因>から<結果>への移行と比較すると、その因果関係ははるかに弱いものとなる。従って、「ので」は【因果関係を前面に押し出したくないとき、因果関係を客観的に述べたいとき】に用いられる。
-------------------------------------------------------------------------
表現が適切かどうかわかりませんが、「から」は動的因果関係で、「ので」は静的因果関係と言っても良いかもしれません。
このサイトには、「から」の例文として次のようなものが挙がっています。
「から」を用いる主な例
(15)おいしいからもうひとつ食べたい。 (話者の意志) 『日本文法大辞典』明治書院
(16)天気が良かったから楽しかったでしょうね。 (話者の推量) 『日本文法大辞典』明治書院
(17)よい子だからおとなしくしなさい (命令) 『広辞苑』岩波書店
(18)危ないからそっちへ行ってはいけないよ。  (禁止) 『日本文法大辞典』明治書院
(19)暑いから窓を開けてくれよ。 (依頼) 『日本文法大辞典』明治書院
(20)遅くなるから帰ります。 (正当性の主張) (尾方:1993)
(17)以外は「ので」で置き換え可能ですが、ニュアンスがどのように変化するのか検証してみましょう。上手く説明できていないかもしれませんが、「から=移行」「ので=依拠」という要素に着目して見ていただければ、と思います。

(15)おいしいからもうひとつ食べたい。⇒おいしい。だから、わたしは必然的にもうひとつ食べたい。
(15)おいしいのでもうひとつ食べたい。⇒おいしい。これが、誰でも、もうひとつ食べたくなる理由です。
(16)天気が良かったから楽しかったでしょうね。⇒天気が良かった。だから、あなたは必然的に楽しかったとわたしは思う。
(16)天気が良かったので楽しかったでしょうね。⇒天気が良かった。ということは、楽しいという結果をもたらしたのでしょうね。
(18)危ないからそっちへ行ってはいけないよ。⇒危ない。だから必然的に、私はそっちへ行くことを禁止する。
(18)危ないのでそっちへ行ってはいけないよ。⇒危ない。これが、そっちへ行ってはいけない理由だ。
(19)暑いから窓を開けてくれよ。⇒暑い。だから必然的に窓を開けてほしいと頼んでいる。
(19)暑いので窓を開けてくれよ。⇒暑い。これが、窓を開けてくれるよう頼んでいる理由だ。
(20)遅くなるから帰ります。⇒遅くなる。そうなるとまずいと私は思うので帰ります。
(20)遅くなるので帰ります。⇒遅くなる。これが帰る理由です。

(イ)両者の差異について、主観的・客観的、丁寧か否か、書き言葉・話し言葉などが言われますが、これらはすべて同根でしょう。
「ので」は、客観的であるからこそ丁寧な(改まった)印象も与え得るのであり、また、叙述としての書き言葉に適してもいるわけです。
仮に、丁寧だから、あるいは、書き言葉に適しているから客観的、のような論理があるとすれば、それは逆でしょうね。

2.
「ので」と「ため」の違いについては、前回と変わりません。
どちらも前件と後件の因果関係を表わしますが、「ので」は後件に、「ため」は前件に重点を置いた表現と言って良いでしょう。
・「忙しかったので、昼食をまだ食べていません」→「昼食をまだ食べていない」という結果に重点を置いた表現。
・「忙しかったため、昼食をまだ食べていません」→「忙しかった」という理由に重点を置いた表現。
  
3.【ので】の制約について。
1311tobiさんのような緻密な分析は、わたしにはとても無理ですが、例によって辞書を基にして考えてみます。
1)「~のは~{から/ので/ため}だ(です)」の文型だと「ので」が×になる
例 3 遅刻したのは、電車が遅れた{から/×ので/ため}です。

「ので」は、「で」は断定の助動詞「だ」の連用形の「で」からとも言われるため、断定の助動詞「だ」の丁寧語である「です」と重複してしまうから×。

2)「だろう」の後にはつかない(ほかの推量ならOKのときもある)
例 4 明日は晴れるだろう{から/×ので/×ため}洗濯をした。

「だろう=断定の助動詞「だ」の未然形「だろ」+ 推量の助動詞「う」」であり、「う」は基本的に終止形より無い。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%86&match=exact&itemid=DJR_u_-150
「ので」は連体形により付かないため×。

3)後件が命令形(OKのときもある)
例 5 よい子{だから/△なので/×のため}おとなしくしなさい。
例 6* お願い{だから/△なので/×のため}静かにしてください。

たしかに「なので」は微妙ですね。話者の主観的要望を伝える場面なので、客観的な「ので」は不向きということなのかもしれません。
例文の骨子は後項の要望部分ですが、「のため」は前項の理由に重点を置いてしまうため不自然になります。
「よい子のため、みなからかわいがられる」などであれば自然でしょう。この場合は、かわいがられる、という後項に重点が置かれた表現ではないからです。

4)理由は不明。後件が推量だと×になることがあるのかも。
例 7 あれほど繰り返すの{だから/×なので/×ため}、本当なんだろう

「なので」は、〔助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形語尾「な」に,原因・理由を表す接続助詞「ので」の付いたもの〕となっています。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%A7&match=exact&itemid=DJR_nanode_-010
助動詞「だ」は基本的に体言に接続するほか、色々な語にも接続するようですが、「の」(たぶん準体助詞)は下記の注釈の中には含まれていないのでしょう。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%A0&match=exact&itemid=DJR_da_-070
「あれほど繰り返すことなので本当なんだろう」であれば可と思います。
また、この文の骨子である「本当なんだろう」を前項に持ってきて、「本当であるため、あれほど繰り返すのだろう」とすれば自然になります。理由は 3) で述べたとおりですので繰り返しません。

5)デスと相性が悪いのかも
例 9 期限はあしたです{から/△ので/×ため}お忘れなく。

下記には、【 (1) 連体形「です」は,助詞「のに」「ので」などに連なる場合にだけ用いられる】という注釈があります。「期限はあしたですのに、まだ提出なさっていないのですか」など。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%A7%E3%81%99&match=exact&itemid=DJR_desu_-010
この場合の「です」は終止形ということになりそうですが、「ので」は連体形にしか付かないので×、ということになるのでしょう。

ご質問の意図に副えていたかどうかわかりませんが、多少なりともご参考になれば、と思います。
具体的な用例に関して疑問点をもう少し絞れば、それに対する見解を、他の方も述べやすくなるかもしれません。
  

投稿日時 - 2014-09-30 18:27:23

お礼

 コメントありがとうございます。

 まずお詫びから。
 この質問のタイトルが〈続【「ので」と「ため」の違いについて】〉になってますね。
 当方が本当に知りたいのは「ので」と「から」の違いです。「ため」はちょっと異質なので、比較するのは難しいと思います。
 回答くださったかたは、さすがに理解力があって、「ので」と「から」の話を主にしてくださっているようで、助かります。


1.「ので」と「から」の違いについて。
〈(ア)下記サイト〉は『「から」と「ので」の使い分け』(三木学)ですよね。
 これは当方が↑のリンク先でふれている論文だと思います。
【「だから」と「なので」の違い〈4〉】
【「だから」「なので」の違い〈5〉 「~から」「~ので」「~で」「で」「から」「ので」】資料編の〈資料7〉をご確認ください。〈3)後件が命令形(OKのときもある)〉の例文はここからひいています。
==============引用開始
 なぜこういう結論に至ったのかは当方には理解できない。
 ただ、結論に関しては同感。
 ただし、この先、道路の幅が狭くなっていますから、徐行してください。」に置きかえられないことはないと思う。
==============引用終了

 さらに、【「だから」「なので」の違い〈6〉 「~から」「~ので」「から」「ので」「~で」「で」】でもふれています。
==============引用開始
 やはりほとんどの「から」と「ので」は互換性があるような気がする。
 かえられないのは(17)よい子だからおとなしくしなさい (命令)くらいだろう。
 同じ命令でも「危ない{から/ので}おとなしくしなさい 」なら互換性がある。それ以前に例文がおかしくないか? 「お願いだからおとなしくして」くらいではないか? これは特殊な用法って気がする。
 (20)と(23)ってこんなふうに対比して何が言いたいのだろう。
 どちらかしか使えないのは、きわめてまれなケースでは。
==============引用終了

 さらに言えば、この論文に関しては前編(↑の【「ので」と「ため」の違いについて】をこう呼ぶことにします)のコメントNo.2のリンク先でも同様のことを書いています。
 いまさらこの話を出されてこのような書き方をされても非常にコメントがしにくいのですが。


2.「ので」と「ため」の違いについては、前回と変わりません。
 この件に関しては、今回はパスします。申し訳ございません。


3.【ので】の制約について。
>1311tobiさんのような緻密な分析
 そんなことができていれば、このような質問はしません(泣)。 

 丁寧な解析ありがとうございます。当方は文法が苦手なせいか、正直言ってよくわかりません。このような文法的な解析が適切か否か、当方にはとても判断できません。保留にさせてください。
 ちょっと疑問に思ったのは下記の部分です。
>「ので」は、「で」は断定の助動詞「だ」の連用形の「で」からとも言われる
 ↑この件に関してはNo.4のかたのコメントである程度理解できた気がします。

投稿日時 - 2014-10-02 12:48:51

ANo.1

 質問者の疑問は、「ので」・「から」の使い分けにあるのか、あるいは接続の方に問題を感じていらっしゃるのかが、はっきりしません。あるいは、両面にわたっているのかも知れません。
 取り敢えずは、「日本文法大辞典」の「ので」の項目にある説明を転載しておきます。(長文)

「ので」は概していえば、事態の客観的な叙述、つまり、既定の事実として、因果関係などか事柄自体に内在するものと認めたうえで、それをそのままに表現するのに用いられる傾向がある。したがって、同種の接続助詞「から」と比較した場合、話し手が主体的な立場である事柄を原因・理由に取り上げたうえで、それから順当な帰結として導かれる判断と結びつけようとする表現には「から」が用いられ、「ので」は用いられないのが普通だとされる。
 たとえば、その判断が主観に属する面の強い、意志や推量を表わす表現、いい・悪い・好き・嫌いなどの個人的な感覚・感情に支配される表現や、また、正当な理由づけをもって相手に何らかの行為を要求する、命令・禁止・勧誘・依頓その他、それに類する表現などには、「から」がもっぱら用いられ、「ので」は一般には用いられないというわけである(永野賢「『から』と『ので』とはどう違うか」『国語と国文学』(昭和二七・二)。
 しかし、上述のことは、その表現形態上の特徴をごく概括的にみていえることであって、平叙文などにおいては、個々の文脈から整然と「ので」と「から」を機能的に異質なものとしてとらえるのは困難であり、格助詞「へ」と「に」について、動詞「行く」「来る」などとの結びつきでは、その違いを明確に区別できないのと同様に、これもある面までは同義的に重なり合つているものとみるべきだろう。
 ただ、「ので」が素材間自体に見られる因果関係の客観的な表現であり、「から」に比べて、その文の陳述とはかかわりあいが薄く、従属的であることは次の点から明らかである。すなわち、「頭が痛いので委員会に欠席するから、よろしくお伝えください」のように、「から」に導がれる従属文中にさらに「原因」「埋由」などを述べる事柄がある場合には、それは「ので」によつて表わされるが、その逆はないということや、「から」のように、あとに「は」「も」「こそ」などの係助詞を伴う用法が「ので」にはないこと、あるいは、「から」には、「……からだ」のように、原因・埋由・根拠などだけをその結果と結びつけずに取り立てて述べる用法があるが、「ので」にはないことなどである。
 ところが一方、「から」は、前件を主体的に取り立てて後件に結びつけるために、表現主体の立場が強く前面に出てきて、押しつけがましい印象を聞き手に与えると感じられるためか、一般には「ので」が用いられないとされる、依頼表現などにおいても、「試合終了後は大変混雑いたしますので、お帰りの切符は今のうちにお求めになっておいてください」「工事中何かとご不便をおかけすることと思いますので、何とぞ暫くの間御辛抱願い上けます」のように、表現を丁寧にしようとする場合にはしばしば用いられる。
 また、男性に比じて、女性に好んで「ので」を多用する傾向がみられるのも、いかにもそうなる、あるいはそうするだけのやむをえない理由がそこにあるといつたニュアンスを「ので」が負っていることによるものとみられる。
 すでに一語の接続詞と化している、「それで」と「だから」の間にも、この「ので」と「から」と同様の関
係がみられる。つまり、「ので」に対応するのが「それで」であり、「から」に対応するのが「だから」である。
 「いいつけを守らなかつたばかりに、こんなことになつてしまいました」に対し、「だから、あれほど注意しておいたのに」と応じるわけであつて、「それで」とは応じない。また、「電車が事故を起こしました」に続けて、「それで、三十分遅刻しました」といったほうが、「だから、……」というよりも、いかにも自分の責任の及ばない問題であるといったニュアンスを帯び、弁解がましい点が少なくなるわけである。                                              (倉持保男)

投稿日時 - 2014-09-30 17:29:59

お礼

 コメントありがとうございます。毎度ややこしい話で申し訳ございません。

>「ので」・「から」の使い分けにあるのか、あるいは接続の方に問題を感じていらっしゃるのか
 おそらく両方になるかと思います。
 もしかすると、〈「ので」・「から」の使い分け〉を考えると、意味の違いはほとんど関係ないのでは……と言う気がします。
【ので】が使えない例を考えると、〈接続〉の問題でしかないような……。

『日本文法大辞典』ですか。
 やはりこういう話だと、このテのものをひく必要がありますかね。長い記述をありがとうございます。
 永野賢氏の論文に関する記述も、いままで目にしたものよりずっと詳しい気がします。
 予想どおり、辞書の類いはこの論文からもってきていますね。

>「頭が痛いので委員会に欠席するから、よろしくお伝えください」のように、「から」に導がれる従属文中にさらに「原因」「埋由」などを述べる事柄がある場合には、それは「ので」によつて表わされるが、その逆はない
 ウーン。
「頭が痛いから委員会に欠席するので、よろしくお伝えください」
 は×ですかね。「委員会ヲ」にすればさほど問題はないような。
 かなり難解なので、何度か読み返してみます。
 
 ひとつお願いがあります。
 前編(↑の【「ので」と「ため」の違いについて】をこう呼ぶことにします)のNo.14で〈「信州大学」のサイトにある山本もと子氏の考え方にはわたしは同調出来ません〉と書かれた理由をご説明いただけませんか。
 あれ? リンクが切れてますかね。
 山本もと子氏が〈丁寧さのストラテジーによって生じると言える〉としているのは極論めいていると思います。

1)話し言葉か書き言葉か
2)丁寧さの度合いか
3)主観か客観か
 いずれにしても決定打ではなく、「しいて言えば」くらいのことではないかという気がします。ほとんどの例で両方が使えるのですから。

投稿日時 - 2014-09-30 21:16:04

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