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解決済みの質問

「眼鏡をかける」の使い方を教えてください

日本語を勉強している学生です。
「眼鏡をかける人」と「眼鏡をかけている人」の違いや使い方がよく分かりません。

例えば(仮想の状況です)
1 私が街の中を歩いていて、遠いところから眼鏡の人が歩いているのを見て、その人のことを「眼鏡をかけている人」と言いますか、それとも、「眼鏡をかけた人」と言いますか?
【私は直感的に「かけている」を選んだのだが、同じく日本語を勉強しているクラスメートは「かけた」のほうがいいと言っています。ここで、この二つの表現はどっちも使えるのでしょうか?】

2 私は友達と一緒にバスに乗る。バスの中で二人の男の子を見かけた。一人が青い服を着ている。もう一人は眼鏡をかけている。友達が「青い服の男の子、かっこいいな!」と言った。私は眼鏡の人のほうがかっこいいと思った。そういう時、
(1)眼鏡をかけている男の子のほうがかっこいいと思うわ
(2)眼鏡をかけた男の子のほうがかっこいいと思うわ
のどっちを使ったほうがいいのでしょうか?

3 (状況2の)バスから下りて、家に戻った私は日記を書く。「今日、バスの中で二人の男の子を見かけた。青い服の男の子もかっこいいが、私は眼鏡を(??)男の子のほうがもっとかっこいいと思った。」 こういう場合、「かけている」と「かけた」と、どっちを書くべきですか?また、過去のことですから、「かけていた」はありえますか?

質問が多くて本当にすみません。
教えていただければ嬉しいです!^^

投稿日時 - 2014-10-30 08:16:34

QNo.8807597

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

#4です。

メガネが「かける」で、コンタクトレンズが「使用する」と表現が異なる事情を説明しましたが、補足コメントを読み直すと時制の扱い方が異なることを尋ねていることに気づきましたので、ここに改めて回答いたします。

対象となる文章では、前段は地震のあった時点に立った表現なので<そのとき>「眼鏡をかけていた人はそのまま避難できた」となっています。ところが、そのあとの接続助詞「が」以降は、「その後使用できずに生活がままならずに困った人も多い」と、つまり時制は「その後」として、暗に文章を書いた「現在」までの経緯において「特にソフトレンズを使用している人や使い捨てレンズを使用している人は」としています。
この文章はあまり分かり易いとはいえないでしょう。次のようにしたら2文にしたらいかがでしょう。
また「眼鏡をかけていた人」では、普段からメガネの人とメガネとコンタクトを併用している人の内でその時はメガネだった人も含まれるのかなど余計なニュアンスがこもってしまいますので、ここは単純に「メガネの人」とした方がすっきりするでしょう。

例文)
「東日本大震災は昼間に発生したケースだったので、普段からメガネの人はそのまま避難できたものです。ところが、コンタクトレンズ、特に親水性レンズであるソフトレンズや使い捨てレンズをその時点で使用していた人の場合は、その後の装用ケアが困難なため実際には使用が続けられず、そのため被災後の困難な生活において視力確保さえままならずに大いに困った人という人が多かったものでした。」

ところで、「メガネをかける」は、「服を着る」「帽子をかぶる」「ネクタイをしめる」「手袋をはめる」「靴をはく」と同様、その動作の結果が身体に装着された状態の継続性も言い表わす、いわば「着装動詞」なので、名詞を修飾する場合は「メガネをかけた」で、主文の述語となる場合は「メガネをしている」と遣うのが一番落ち着きます。
赤いセーターを着た人 ⇔あの人は赤いセーターを着ている。
分厚い手袋を嵌めた男 ⇔あの男は分厚い手袋を嵌めている。

片や、「コンタクト(レンズ)を使用する」は一般的な継続動詞なので、どちらの場合も「…ている」にしなければなりません。
コンタクトを使用している人 ⇔あの人はコンタクトを使用している。

ここで、コンタクトレンズも「着装動詞」として「コンタクトをはめる」「コンタクトを付ける」とできるのに、あえて「使用する」と「継続動詞」にしているのはなぜでしょう。
それはコンタクトレンズの装用には、付けたり外したりの一時性があるという側面を強調したかったからでしょう。メガネは体の一部として、付けたらそのままの状態性が濃いのですが、コンタクトの場合はその付けた状態が外観から見えないので状態性となじみにくく、またケアのための着脱動作が前提の、いわば仮初めの意味合いが与えられているのでしょう。
ですから、メガネでも老眼鏡や拡大鏡の場合には「使用する」の方が表現として落ち着くケースもあります。

メガネをかけた男の子、メガネをした子、メガネの彼 ⇔彼はメガネをかけている。
老眼鏡をかけた父、老眼鏡を付けた父 ⇔父は老眼鏡を使っている。
拡大鏡を使う母 ⇔母は拡大鏡を使っている。
コンタクトを使う妹 ⇔妹はコンタクトを使っている。

投稿日時 - 2014-11-02 08:28:33

お礼

返事遅れて申し訳ありません。詳しい説明ありがとうございました!
時制って複雑ですね。
つまり、「眼鏡をかけていた」は震災が発生した時の出来事であることを表す。一方、「…を使用している」は震災から文章が書かれる「現在」までずっとコンタクトを使用していることを指しますね。
動詞の選択(?)についての解説も面白かったです。外観からその状態の変化を確認できるかどうかにも関係があるとは、この角度から考えたことがありませんでしたので、とても新鮮でした。
非常に勉強になりました!

投稿日時 - 2014-11-05 20:00:55

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回答(6)

ANo.6

#5です。
次の表現を訂正します。

>コンタクトを使う妹 ⇔妹はコンタクトを使っている。
 :
コンタクトを使っている妹 ⇔

なお、拡大鏡はごく一時的なので、「(ときどき)拡大鏡を使う母」ともいえますが、このコンタクトの場合は装用なので、動作の一時性と動作の状態性の中間的扱いのニュアンスが落ち着くと言えるでしょうか。(身体への装着としてはその状態が視認できないという意味合いももちろん含まれます。)

投稿日時 - 2014-11-02 08:42:39

ANo.4

#3です。

>ネットでこういう文を見かけましたが、なぜ前半に「眼鏡をかけていた人」を使い、後半に「ソフトレンズを使用している人」で「している」を使っているのでしょうか?この使い分けよくわかりません。
 :
コンタクトレンズはその名の通り、目の角膜の表面に直接密着させる「接眼レンズ」ですから、耳や鼻など体の外部に突出した部位に単純・簡単に「掛(か)け外(はず)し」するだけのメガネと大きく異なる、人体と一体式のいわば「医療機器」なのです。
ですから、レンズを「目に嵌(は)める」「目に入れる」といった言い方は略式で、本来は角膜に装着使用する意味から一般には「コンタクトレンズを装用する」と言い、さらに平たく言えば「コンタクトを使用する」というわけです。

そして、ソフトコンタクトレンズや使い捨てレンズの場合は、特に素材が「含水性プラスチック」でできた親水性レンズであり、それだけに雑菌の繁殖や汚染による感染症などに対するケアが欠かせないため、地震被害など非常事態に遭遇すると、日常的な清潔を保つべき装用ケアが困難になり障害も出やすいわけなのです。
参考:
http://support.bausch.co.jp/care/lenscase.html

投稿日時 - 2014-11-01 14:54:33

ANo.3

まず、「メガネをかける」や「メガネをする」は、「瞬間動詞」ですから「かけた」や「した」動作を行ったその瞬間には結果として「かけている」「している」という状態になりますから、どちらも同じ意味合いを示します。

1.連体法では瞬間動詞は完了形で。
名詞への形容として使う場合には、普通は「かけた」や「した」で済ませます。
わざわざ「かけている」「している」というのは述語用法の場合です。
この場合の「かけた」「した」は単純過去ではありません。結果の状態を表します。
例)
A.形容(連体形)用法
メガネをかけた男の子
メガネをした男の子
メガネの男の子
(「青い服を着た男の子」をすでに「青い服の男の子」と呼んでいる、その簡略のやり方です。)
B.述語用法
その男の子はメガネをかけています。
その男の子はメガネをしています。

2.実際での頻度は次の順でしょう。
メガネの方(ほう)
メガネの男の子
メガネをした男の子
メガネをかけた男の子

3.
「メガネの男の子」か「メガネをした男の子」が納まります。
>過去のことですから、「かけていた」はありえますか?
 :
瞬間動詞はそれが完了した瞬間には「かけている」状態へと続くだけの、つまりいわゆる「結果動詞」でもありますから、これは普通は過去形にはしません。
あえて、過去形にした場合とは、さらに別の動作が加わってその結果が変更された場合、例えば「メガネをはずした」「メガネをとった」結果、その後は「メガネをかけていない」「メガネをしていない」状態が生じたときに初めて、それ以前は「メガネをかけていた」と言えることになります。

投稿日時 - 2014-10-30 14:53:08

補足

丁寧なご回答ありがとうございました!これまで詳しく説明していただいて、感動です!^^
「かけている」は述語用法で、「かけた」は動作の結果を表すのですね。「かけていた」の説明もすごく納得がいきました。
あと、もうちょっと質問してもいいのでしょうか?
ネットでこういう文を見かけましたが、なぜ前半に「眼鏡をかけていた人」を使い、後半に「ソフトレンズを使用している人」で「している」を使っているのでしょうか?この使い分けよくわかりません。><
「東日本大震災は昼間に発生したので眼鏡をかけていた人はそのまま避難できたが、コンタクトレンズでも特にソフトレンズを使用している人や使い捨てレンズを使用している人はその後使用できずに生活がままならずに困った人も多い。」http://bizex.goo.ne.jp/column/ip_19/127/682/

投稿日時 - 2014-11-01 12:36:39

ANo.2

1.ここで、この二つの表現はどっちも使えるのでしょうか?

はい。

2。どっちを使ったほうがいいのでしょうか?

 どちら(で)もいいと思います。

3。 こういう場合、「かけている」と「かけた」と、どっちを書くべきですか?

 どちらでもいいです。

4。また、過去のことですから、「かけていた」はありえますか?

 はい。

5。僕なら「眼鏡の人」で済ませます。「青い服を着ていた/着ている/着た」と言わないで「青い服の男の子」と言うのに似ています。#1さんのおっしゃる通り短いのを使います。

投稿日時 - 2014-10-30 09:06:45

お礼

一つ一つの質問を全部答えていただき、本当に本当にありがとうございました!^^
どちらを使うかって結構悩んでいましたが、どっちも使っていいということでしたね。なるほど、普段は短い言い方を使えばいいということですよね。
勉強になりました!

投稿日時 - 2014-11-01 10:53:03

ANo.1

日本語には曖昧な表現や無駄とも思える言い回し、敬語や丁寧語の使い分けなど、文法以外に用語法が重視される傾向があります。
同じ語法なら通常は簡易な方を選びますが、語調を整えるなどから、わざと長めの言葉を選ぶ場合もあります。
眼鏡を「かけている」のは、「かける」という動作を終えて、そのままの状態でいる、過去完了形でもあり、「かけた」状態が継続中という現在進行形でもあります。
どちらを選ばれてもほぼ同じですが、語調を整えるのに適切と判断なさった方を使用して下さい。
日本人の一人として、面倒な日本語の用法、外国の方には申し訳ないと感じますが、これが日本の言語文化なので、馴れて戴くしかありません。
早く使い慣れて下さい。

投稿日時 - 2014-10-30 08:41:17

補足

親切なご回答ありがとうございます。^^
なるほどね、語調のことなどまったく思いつきませんでした。語調を整えるのに適切な形式を使うのですね!またひとつ勉強になりました!
小説の中で、「眼鏡をかけている人」と書かず、「眼鏡をかけた人」と書くのもやはり語調への考慮なのでしょうか。

投稿日時 - 2014-11-01 10:48:30

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