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【人生】不快なモノを排除し続けると最後に幸福だけが

【人生】不快なモノを排除し続けると最後に幸福だけが残るとは思えません。

不快なモノを排除し続けると最後に何が残ると思われますか?

投稿日時 - 2014-11-30 12:07:53

QNo.8842296

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

究極最後は自分の命を絶ちかねないですね
そして観測者のいない「無」が残る

投稿日時 - 2014-11-30 12:32:33

お礼

みなさん回答ありがとうございます

投稿日時 - 2014-11-30 22:33:56

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17人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(7)

だれかが不快なものを排除し始めると、

まつさきに、私が排除されますので、

そのあとのことは、確かめることができません。

投稿日時 - 2014-11-30 17:03:11

ANo.6

不快なモノがあるから快を感じ取ることが
できるのです。

不幸を経験したひとでないと、幸福を感じ
とることはできません。

だから不快なモノを排除したら、快も感じ
られなくなります。

その結果、灰色の世界が延々と広がるだけに
なります。

投稿日時 - 2014-11-30 16:53:46

ANo.5

短絡的な本能的快楽と異なり、長期的なビジョンに
基づく意志によって苦痛を乗り越える事の方が、
より大きくて持続的な精神的充足感=幸福につな
がるのだ。
もし、「排除」というのが乗り越えるのではなく
回避する事であれば、残るのは目先の快楽に流され
長期的にその「快楽」期間を短縮する、麻薬漬けの
快楽主義者になるだけだ。
生きる事は惰性と戦う事であり、その苦痛を幸福に
変える深い認識に基づく意志を持つ事が、「生きる
目的=人生を通算した精神的充足量の最大化」に
つながる。

投稿日時 - 2014-11-30 16:17:05

ANo.4

>【人生】不快なモノを排除し続けると最後に幸福だけが残るとは思えません。

 不快なモノを排除することはできないと思います。けれども、快と不快の波の揺れ幅を小さくすることはできる。それができた状態では、その振幅の度合いに応じて、快も不快もあまり感じない。

 ヘレニズム期に、このような状態を、アパティアとかアタラクシアといって推奨された。その源流はプラトン『ピレボス』に見られる。感覚的快楽の生活を去り、叡智・思慮の生活、精神的な快がよいものだとされている。

>不快なモノを排除し続けると最後に何が残ると思われますか?

 快と不快の波の揺れ幅を小さくして何が残るか? 快と不快の波が小さいまま持続する可能性と再び大きくなる可能性。それに、(精神的快楽を求め)その波を小さなままで持続させたいのか、(感覚的快楽を求め)大きくしたいのかというような内容の意思。

 この残り物の意思が、条件
(1)自分自身のことが好きであること
(2)主体的に生きているという感覚を持てていること
(3)楽観的であること
(4)外向的であるこ
 と整合的であれば、幸福感を持つようです。

統計的、精神医学的調査・研究
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E7%A6%8F

投稿日時 - 2014-11-30 14:20:08

ANo.3

 虚しさ、という気持ちではないでしょうか。

 不快なものを排除し続けても心は満たされず、その結果“虚しさ”という気持ちに襲われると思います。

 不快だと感じる心“自我”は満たしきれぬものだから・・・・・

投稿日時 - 2014-11-30 13:54:38

ANo.1

 
不快、愉快、は相対的なもの
だから、不快な物を全て取り除いても新たな不快な物が現れる
 

投稿日時 - 2014-11-30 12:26:18

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