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解決済みの質問

時代劇による、歴史監修

朝日放送と、松竹(京都映画、現在の松竹撮影所)が、昭和56年(1981年)前後に、制作して本放送した、連続テレビドラマとしての時代劇、「新必殺仕事人」。


このシリーズで、もうすぐ、最終回となる頃に、放送された、「主水金魚の世話する」と、言う題名の回で…


「この回は、世相反映重視型として、「個人が、飼育する高級の金魚を、金儲けの手段として、悪用した、悪の一味が、登場した」回で、ある。


必殺シリーズには、必ずある、クライマックスシーン。


藤田さん扮する、主水は、悪の一味である、永野辰弥さん扮する悪の旗本を、始末する事になった。


主水は、悪の旗本宅に行った。

そして、「居間に、明かりを付けてから、畳を2枚裏返したり、居間にあった屏風を、ひっくり返す、「探さ屏風」にした後、ひっくり返した畳に、紙を敷いた三宝を置いて、刃が出たままの脇差しを、1本置く」体制により、あらかじめ準備した。



その後、誰も居ないはずの居間が、明るくて、音がしたのに、不審に思った悪の旗本は、居間を見回したら、出て来た主水に対して、「お前は、何者だ…?」的な内容で、言った。


すると、主水は、「切腹の介錯しに、参りました」と、返事した為、悪の旗本は、逆ギレした。
そして、三宝にあった脇差しで、主水を襲った。
しかし、結局は、その脇差しを、主水に、取り上げられた挙げ句、刺し殺されて、切腹で死んだ姿に、見せかけられる事で、始末された」シーンが、登場してました。



そこで、「日本史に、詳しい」方に、質問したいのは…


「新必殺仕事人で、問題の回の問題のシーン。

「居間で、畳をひっくり返したり、逆さ屏風にする。
そして、紙を敷いた三宝に、脇差しと言った刃物を、載せて置く…」部分だが、歴史監修の点から見れば、本当の話なのか?」に、なります。

投稿日時 - 2014-12-06 17:51:12

QNo.8849231

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

ご指摘の場面はドラマの時代考証としては概ね正しいと考えて差し支えはありません。
下記サイトをご参照ください
切腹 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/切腹
抜粋
4.切腹の場所は上輩であれば6間四方、中輩であれば2間四方にもがりを結い、南北に口を開いておく。南は「修行門」、北は「涅槃門」と呼ばれている。そこには逆さに返した畳二畳(土色の畳白縁の物)を撞木に敷き、縦の畳に浅黄色ないしは青色の布か布団尺4幅を敷き(場合によってはその上に白砂をまく場合もある)、その四隅に四天を付け、畳の前に白絹を巻いた女竹を高さ8尺、横6尺の鳥居形に立て、四方に4幅の布を張る。後方には逆さに返した(あるいは引き方を逆にした)屏風を立てる。

幕末に英国領事館書紀が目撃記録した抜粋が下記のサイトにあります
切腹
ikuji.g.ribbon.to/seppuku.htm

以下のようなサイトもありますので時節柄覗いてみて下さい
赤穂四十七義士切腹之図
www.library.pref.kagoshima.jp/honkan/files/2011/05/002_赤穂四十七...

図書館の珠玉:エメ・アンベール『幕末日本図絵』初版 - 雄松堂書店
www.yushodo.co.jp/pinus/59/library'santiq/contents2.html
本文中頃の図のうち「シルヴァーが用いている絵画とアンベールの挿絵 腹切り」と説明のある図をクリックして見て下さい。


切腹の作法というのは身分や状況に応じて色々ありました
畳も裏返したりそのままだったり、積み上げたりといろいろでした。
三宝も刀を取り上げた後で、正座した姿勢で腰を浮かせて尻のしたに挟み込む使い方もありました。
前傾姿勢になりますので介錯人が首を切り落としやすくなります。

作法がうるさい割には実際刀を突きさすようなことはしなかったようです。
激痛で動き回ると介錯しにくくなります
場合によっては木刀や扇子を使いました。
要は腹部を切っても即死できないということです。

作法通り刀の先を腹に当てたらその瞬間首を落としました。
相当に腕の立つ介錯人が必要でした。

じたばた見苦しくないようにこんなことを教えていたようです

歴史/武士の魂・切腹の作法 (吉村外喜雄のなんだかんだ)
www.noevir-hk.co.jp/magazine/2014/09/post_1113.html

幕末以降このようなことを知らない連中が修羅場を演じていたようです。

投稿日時 - 2014-12-08 20:12:51

お礼

詳しい回答、有難うございます…。

「求めた内容で、詳しく回答されたので、BAにしたい」と、思います。


又、質問した時は、よろしくお願い、致します…。

投稿日時 - 2014-12-10 01:46:32

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回答(3)

ANo.2

そりゃあ兄さん、ミステリー小説やミステリードラマやコナン君に出てくる殺人トリックを実際にやるやつがどれだけいるかってことを考えりゃあ、時代劇に現実味を求めるのは野暮ってものです。

もし現実の江戸時代だったら、マスコミがあったわけではないので「切腹をした」ということにすれば済んじゃった話だと思います。
忠臣蔵ってありますでしょ?あれね、一般的には吉良上野介が討たれた時点で「目的達成」と思われていますが、本当は違うのです。実はあの後、泉岳寺で大石内蔵助が浅野内匠頭の墓前に吉良上野介の首と脇差を置いて、「いざ、無念をおはらしくださいませ」とやったんですね。で、しばらく何も起きないので、大石内蔵助が「では、代わりを勤めさせていただきます」といって脇差を抜いて吉良上野介の首をえい、えいっと斬る真似をしたのです。
実はこの「儀式」が赤穂浪士にとっては最も重要だったのです。だから彼らが最も恐れたのは、吉良上野介の息子が上杉藩の藩主になっていたので、精兵で知られる上杉軍がやってきて吉良上野介の首を奪回されてしまうことだったのです。
最近の研究では、彼らがあの槍の穂先に掲げていた首はダミーで、本物の首は密かに船で泉岳寺に送られたのではないかといわれています。

つまり、もしその旗本の名誉を傷つけたくなければ、遺体に脇差を握らせて腹に刺せば「彼は切腹した」ということになったと思います。北町(あるいは南町)奉行が「これは切腹である」といえば、それが幕府としての公式見解になります。
ただそれでは視聴者が納得しないので、そういう演出をしたわけですよ。

蛇足:
あのライブドア事件で、懐刀ともいわれた副社長が沖縄で死にましたが、その様子は両手を切って腹を切って喉を包丁で刺したんじゃなかったかな。彼の死は「自殺」として処理され、司法解剖も行われなかったそうです。

投稿日時 - 2014-12-06 19:50:22

補足

「切腹の視点から、見た忠臣蔵」により、一口メモ的な回答、有難うございます…。

私も、確かに「切腹の視点から、見た忠臣蔵」により、日本史には、多少興味あります。

投稿日時 - 2014-12-08 18:11:04

ANo.1

勝手に自害したようにみせるために、

・あらかじめ血しぶきが飛ぶところを裏返しておく
・切腹用の三宝+脇差を懐紙なりの上に置いておくお決まりの準備をする
・介錯という名で斬りつけたあとの血しぶきなどは、畳も屏風も裏がえしにして、見た目は自害そのものに

というだけではないのですか。

それ以上を、必殺仕事人や大江戸捜査網などに求めてはいけません。

投稿日時 - 2014-12-06 18:13:40

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