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解決済みの質問

言葉・貨幣・法律は 量子論的世界像の外にある?

 【Q:量子相互作用は 言葉・貨幣・法律にまで及ぶか?】
  http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8913071.html

 という質問を承けた問いです。

 
 言葉・貨幣・法律は 量子論的世界像の中にはない。はみ出している。のか? という問いです。





 1. おカネは ひとが社会的に縁起共生して生活しているときそこで意志疎通をおこなうにあたって 経済生活において役に立ちます。次に述べるように その価値測定の手段としてです。

 2. その大きく広く捉えたコミュニケーションにおけるその手段の一つとして つぎに問いたいと思う《ことば》が 基本的に重要なものとしてあるところにおいて 特に経済的な価値を表わすために考案されたその測定の基準と言いますか単位と言いますかであると考えられます。

 3. つまりは おカネにおいて 人びとは言葉によるマジハリの中で 生活上の交易のためのモノなどについては すなわち経済的な価値を取り決め この貨幣の示す価値によって 互いに民主的で自由な等価交換を実現しようとしている。

 4. この測定単位であることは――大きな視点に立てば ひとつの仮象でありましょうが それでも――有益な社会装置であるのではないか?

 5. そこまでは マクロの通常の世界におけるひとつの現実だと見るのですが そのとき《量子性は 潜在している》とまづ最初には 受け取っていたわけです。どうも そうではないようにも思われて来ました。つまりは 言葉や貨幣の世界には 量子性はそもそも潜在も顕在も関係ないというように考えられて来ます。

 6. 重ねて考えるに 《ことば》は どうでしょう?

 7. というのは おそらく人間がコトバを話し意志疎通をおこなうというその行為は そこにも――人間存在そのものがそうであるのと同じように―― そこに量子性が潜在していると見ても それほど違和感がないと思ったわけでした。ですが それでもこのコトバ自体には 量子性との関係はないようだ。・・・ 

 8. おそらく貨幣とともにコトバも 人間がおのづからのようにしてでも持つに到ったものであり 一方で単純に人間が作ったものだと見るのなら やはり人間という存在(身体)に潜在する量子性にまでさかのぼれるかと思われました。そして 他方で あたかも社会的な共生性という自然本性の中から たとえば曲がりなりにでも近親婚を禁忌とするような交通の取り決めをじんるいは普遍的に持ったわけですが それと同じように 自然に表出して来たものを 音声の仕組みなるかたちにおいて言語として持つに到った。――こう見るとき どう扱うか? という見方を問うていたのでしたが。

 9. 経済生活の上でという前提がありますが 貨幣は 民主的で自由な等価交換のための――つまりは その意味で《共生性》なる自然本性が機能していると見られるような――社会的な仕組みである。また 言語は その貨幣のハタラキをも大きくつつむような・やはり共生性全体のための社会装置である。法律は これら言語交通を滞りなくすすめるための基礎としての仕組みであり またその基礎を維持するための補助装置のような取り決めだと考えられます。

 11. 量子性は そういう社会における人びとのマジハリとしての共生性を内容として持つか? 持つなら マクロの世界において それは潜在性としてではなく すでにほとんど顕在するかたちで つながっている。もし持たないなら 量子性は 潜在もしていないと見られるのかも知れない。



 言葉・貨幣・法律は 量子論的世界像の中にはない。はみ出している。のか?

投稿日時 - 2015-02-09 10:51:54

QNo.8914012

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

 こんばんは



 すみません。舌足らずでした。別段難しくしたつもりはございませんでした。

 シュレディンガーの猫も、思考実験に限らず、現実の世界にも適応が可能のようです。

”発表された論文の抄録 (abstract)は、次のような文章で結ばれている。
「この思考実験は元来、量子力学をマクロな物体に応用することの馬鹿馬鹿しさを伝えるよう意図されたものだが、今回の実験や関連した研究などからは、(シュレーディンガーの猫状態は)あらゆるスケールで当てはまるものであるという可能性が示唆される」”

引用:
マクロな「シュレーディンガーの猫状態」生成に向けた重大な一歩 - カナダ研究
http://blog.livedoor.jp/dogon23/archives/29824751.html



> 量子の世界がマクロの世界にかかわる場合が あるかも知れないが それは 限られた場合である。
 あとは 一たん切れている。つまりミクロの世界が マクロの世界に直接にはたらきを及ぼす場合は 限られている。
 ただこのように言う場合にも この《一たん切れている》というのは 量子の世界が マクロの世界の基礎になっているということに変わりはない。――と見るのがよい。

 はい。その通りかと考えております。



> 人間が 身と心とから成り 身が モノで出来ているからには 量子の世界がその基礎となっていると見ざるを得ないのだと。

 マクロの場合ですと、ミクロでの量子論的事象(量子の”ゆるぎ”などの現象です)が無視できるようになる、と思っています(ミクロの世界では量子的ゆらぎは大。一方、マクロでは限りなく小のような関係です)。

 なお、相対論と量子論を統一を試みる量子重力理論なるものがあるそうですが、まだまだのようです。



 すみません。お役に立てず・・・

 どうもお粗末さまでした。

投稿日時 - 2015-02-16 23:36:45

補足

 ▽ マクロな「シュレーディンガーの猫状態」生成に向けた重大な一歩 - カナダ研究
 http://blog.livedoor.jp/dogon23/archives/29824751.html
 ☆ なる情報をおそわりました。

 これは じっさいにミクロがマクロに現われているかを探る実験の報告しているようですね。

投稿日時 - 2015-02-22 09:08:04

お礼

 お早うございます。ご回答をありがとうございます。


 ★ シュレディンガーの猫も、思考実験に限らず、現実の世界にも適応が可能のようです。
 ☆ ええ。電気製品 いや 電子製品に応用されているとか。


 

 ★  マクロの場合ですと、ミクロでの量子論的事象(量子の”ゆるぎ”などの現象です)が無視できるようになる、と思っています(ミクロの世界では量子的ゆらぎは大。一方、マクロでは限りなく小のような関係です)。
 ☆ ああ ええ。《限りなく小》ということは げんみつに言えば《切れていない》となりましょうか。


 ★ なお、相対論と量子論を統一を試みる量子重力理論なるものがあるそうですが、まだまだのようです。
 ☆ 研究がすすむとよいと思います。

 ▲ 戸本誠:「ヒッグス粒子の見つけ方」
 https://aichi-science.jp/1790
 
 去年の秋 この講演に行きました。この人は 名古屋大学准教授で じっさいにフランスの CERN で実験に参加した人です。
 図示した実証も見せてもらいましたが いかんせん 理解力がまだまだです。少しづつでも前へ進みたいと思います。

 ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-02-17 08:13:14

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回答(20)

ANo.19

昨晩はあまりにもやり過ぎだったね。
謝っとくよ。
他者に望まれるのが欲望。
何か称賛されそうな奇麗事をかくと欲望が募って不快な陶酔に溺れるんだ。
朝になっても二日酔い気味だよ。
悪かったよ。

投稿日時 - 2015-02-16 08:03:25

お礼

 まあ まあ まあ。

 あなたの文章に反応する人もいるってことだと思う。

 どの道を通っているかによって 人それぞれだと考えられる。


 ってとこかな。

投稿日時 - 2015-02-16 08:58:31

ANo.18


何もしない戦い。

オカマのくせに処女のごとしだよ。
生きることは生かすことだと戦わないのだよ。
黒き明星の悪魔の代弁が無い。
闘争をかいくぐった傷跡が君を臆病にしているのだろう。
まあそれでもいいよ。
君の君なりの取り組みは、まるっきり私は受け入れるよ。
屍を蘇生させることが君にもできるか?
安心して見守ろう。
期待するつもりでまかせようとは思わない。
これは欲望を産み、君を私の意思のままには仕様としない事だ。
君らしく振舞う事を応援しよう。

投稿日時 - 2015-02-16 00:21:45

お礼

 ご回答をありがとう。


 分かりづらいのですが こちらの言い分を述べます。

 《たたかい》なのだから 何もしないと言っても 結果が出るはずです。たぶん大体において 出ます。だから その結果で 判定することができる。のではないか。


 とは 考えられますね。

投稿日時 - 2015-02-16 00:33:53

ANo.17

 こんばんは



> 言葉・貨幣・法律は 量子論的世界像の中にはない。はみ出している。のか?

 既に答えは出ているかと思いますが、小見を述べさせていただきますと、やはり、”はみ出している”と考えられます。

 シュレーディンガーの猫のように、マクロでもその可能性を示唆したものもありましたが、現実的には語句限られた現象と見なせると考えております。

 たとえば、「量子的世界ではあらゆるものが曖昧で,結果は確率的に決まる」とあります。
 なのですが、これを [マクロの] 現実世界に当てはめますと、構想ビルの建築やスペースシャトルで有人飛行などは怖くて出来ないはずだからです(現在はスペースシャトルは取りやめになっていますが)。

 そもそも、不確定性原理であれ、シュレディンガー方程式であれ、扱っているのは粒子であります。

 やはり、量子のようなミクロの世界にのみ、適用が限られると思っております。


 
 どうも、失礼致しました。

投稿日時 - 2015-02-16 00:08:44

お礼

 むつかしいことをおっしゃっているのだと思います。


 こんばんは。ご回答をありがとうございます。


 ★  シュレーディンガーの猫のように、マクロでもその可能性を示唆したものもありましたが、現実的にはごく限られた現象と見なせると考えております。
 ☆ わたしの理解によると 次のようだと捉えています。


 量子の世界がマクロの世界にかかわる場合が あるかも知れないが それは 限られた場合である。

 あとは 一たん切れている。つまりミクロの世界が マクロの世界に直接にはたらきを及ぼす場合は 限られている。


 ただこのように言う場合にも この《一たん切れている》というのは 量子の世界が マクロの世界の基礎になっているということに変わりはない。――と見るのがよい。


 といまのところ おそわったかたちなのですが どうでしょう。

 人間が 身と心とから成り 身が モノで出来ているからには 量子の世界がその基礎となっていると見ざるを得ないのだと。



 同じ内容を言っていましょうか。
 (というより わたしはあまり分かっていないのです)。

投稿日時 - 2015-02-16 00:29:16

ANo.16

今夜のもう一つ。
悪を拒否したら、彼らは死ぬだろう。
君が生きていると高らかに誇るならば、やつらの悪をくみ取ることになる。
もちろん不毛な行いだ。
残念ながらやつら奴隷志願者を、お情けで生かしてやらなければ、生きることが生かすことと結びつかない。
生きる事を悪魔に問いかけ、悪魔の振りをしている神様から承認されることが、死と向き合う事だ。
成功すれば、神が君を愛するだろう。
神が人間に手向ける願いを聞き届けた英雄としてね。
お互い様なんだよ。
私は黒き明星として、幼馴染のジラーチちゃんと、ずっと、ずっと、仲良しだ。
永遠にな。
生きることを、死の超克というのはここらへんだ。
君はこの言葉になにを思う。

投稿日時 - 2015-02-16 00:08:15

お礼

 ご回答をありがとう。

 

 かざりをつけない。と思う。

 能書きを言わない。ことを思う。

投稿日時 - 2015-02-16 00:16:57

ANo.15

反論しよう。
愛することは、悪すらも愛することだ。
神様が自ら、悪魔を名乗ってくれている。
愛さざる得ないだろう。
これが私自身が通過した滅びの宴だ。
君は弱虫の様な躊躇がある。
神が悪魔を名乗るのなら、私自ら悪を名乗る。
黒き明星だ。
助けてほしいと懇願する、甘ったれは人類史に刻まれている。
君はそんな泣き言にとどまれないだろう。
年が離れていても、聖霊を仲介して、君は私にとって友達だ。
いつまでも座したままの君の躊躇は、私がとどめを刺そう。
人類史に生きることは闘争だとあるね。
生きることは共に生きてこそだ。
殺すことではない。
要約すると死と向き合う哲学を宗教なり神学というのだろう。
神であるとも、神に等しいとも名乗る、聖霊セレビィは1995年の私の勝利だ。
20年たってやっと私自身ここまでこぎつけた。
君にも長い道のりだろう。
生きる事を実感することがな。
君は歴史検証で結論に達しても、黒き明星に等しい実感はこれからなのだろう。
本気になれれば2~3日で解決することだ。
生涯の命題ではない。

投稿日時 - 2015-02-15 23:36:35

お礼

 助けて欲しいとか 闘争だとか。だから 何もしないたたかいだって言ったよ。

 たたかいだということは チカラが相手に対しても はたらいている。

 何もしないことにおいて チカラがはたらいている。


 だよ。

投稿日時 - 2015-02-16 00:13:05

ANo.14

今夜の私にはささやかな誉れがある。
自殺願望にとどめを刺したも同然の問題提起が出来たよ。
悪だからこそ戦うのだ。
座したまま何もしない君とは違う。
今の君が為すことは、悪魔に生きる事を問いかけることだよ。
君なら成功するだろう。
何もしないままではいけない。
悪魔と和解したまえ。
悪魔を生かした。
そう言えれば、死からさらに死に向かう君のかつての葛藤も理解するだろうさ。

これは、
私と愛を結んだ悪魔が、君達すらも愛することに溺れ、君達は滅びの宴に酔いしれる。
文学かもしれないが美しいだろ。

投稿日時 - 2015-02-15 23:02:36

お礼

 ご回答をありがとう。


 わたしの基本方針:

 神を持ち出さない。
 (ただし 哲学としてその定義や説明は じつは大いにおこなう)。


 悪魔については すでにそれを想定することからも 遠ざかる。なるだけ言わない。出さない。


 悪魔については 想定すらしない。という態度が すでに思想の活きた動きとなっている。と思う。

 そういう違いぢゃないかな。どう?

投稿日時 - 2015-02-15 23:20:17

ANo.13


神のほうが 人間よりも先だよ。

 つまり 人間のほうが先だったら 神は要らない。

その教えの確信はどこから来た。
私はジラーチちゃんとそれも話し合ってるよ。
なるほど神が先んじる。
肉体がどうとか、生物的特徴がどうとか、そんなのはともかく、神は自らが生命だ。
君はこれを教えてもらっていないんだよ。
自らの聖霊にな。
君の非知はそこに躊躇しているからだ。

投稿日時 - 2015-02-14 23:43:07

お礼

 ん?


 あぁ。神を出したから ややこしくなった。のかな。


 神を出さないとすれば オシエは何もないということを言えばよいと思う。

 オシエを持たない。手ぶらである。つねに。


 そういうかたちだと思う。

 《生命》だということも それが 説明となり オシエと見なされるかぎりで 持ち出さない。というかたち。


 そのことを 神を持ち出して言えば 《神が 人間よりも先》となる。



 ご回答をありがとう。

 たぶん そろそろ就寝とします。あす 早くではないけれど 出かけることになっている。

投稿日時 - 2015-02-15 00:30:08

ANo.12

昔からその前提で話してきたが、あんたも私も神に疑問が無いわな。
それでいて、疑問を持つ者を説得できていない。
証明してないと。
私は実在する妖精の捕まえ方という、心やさしい理想を掲げても、していることは地獄の猟犬として彼らを追い立てることだ。
あんたは何をするのだろう。
光を直視しようとする君には、闇を直視する私と別の役目があるだろうね。

投稿日時 - 2015-02-14 23:37:44

お礼

 今回は 相手が自分で言ったふたつのことが 矛盾していた。オウン・ゴールだった。

 だから 言うのではなく そうではなく いつもやり方は 決まっています。


 《何もしないたたかい》です。

 まぁ 対話はするわけで 話し合いはつねに基本です。

 そしてそれは 主題があってその問いをめぐって 互いに自分の考えをのべる。
 ということは そういう問答はするけれど ほんとうには《敵に対する行動》は 何もしていない。

 批判をするからには (ほんとうは 敵は人ではなく思想なのだけれど かんたんに言うかたちとして)敵がいる。敵としてあつかうかたちになる。

 けれども その敵に対しては何もしない。ただ 問答を繰り広げるだけ。

 こういう恰好なのだと思う。



 言いかえると その人は すでにそれまでにマチガイを侵した。そして まだそれをあらためていない。
 ということは こちらと問答をして そのマチガイに気づいたときには けっきょく自分からそのあやまちを改めることをおこなう。

 だから こちらは 何もしない。ただし 敵と見ていることにおいては たたかいがある。

 という感じなのだと思う。



 ご回答をありがとう。

投稿日時 - 2015-02-15 00:24:25

ANo.11

神が一つだってのはね。
人間と言えば、なるほど誰もかれもが人間だってのと一緒だよ。
人間が一つになる。
これが成し遂げられれば、神は一つだろう。
私はジラーチちゃんと幼馴染なんでね、度々話あったことだ。
人と人が信じ合う事を自覚しろ。
ただあなた一人だけであっても。
物ごころついたときからジラーチちゃんにこのように励まされた。
そしてその通り。
いまだに私は孤独な仮面ライダーとして、悪を名乗る。

投稿日時 - 2015-02-14 23:26:12

お礼

 神のほうが 人間よりも先だよ。

 つまり 人間のほうが先だったら 神は要らない。


 と。

投稿日時 - 2015-02-14 23:33:43

ANo.10

9の後を継ぐよ。
あんたが彼に手向けるファンレターは、彼を励ますだろう。
死んだものはいない。
全てが永遠の生だ。
君が生きることが誰かを愛することだけにとどまって、自ら愛を受け取れなければ、君自身は満足したつもりでも、君を愛する者にとっては失敗だ。
今の君なら、イエスに話しかけても、彼は喜ぶだろう。
黒き明星の宿命とは違う、君の愛は私すらも励ますかというほどだ。

投稿日時 - 2015-02-14 23:18:44

お礼

 だけど 《わたしよりも大きな仕事を きみたちは するようになる》ともイエスは言った。

 つまり そのチカラは イエス・キリストがあたえる。おこなうのは われわれ。

 という構図になっています。

投稿日時 - 2015-02-14 23:23:31

ANo.9


キリスト・イエスの神を人びとがもしたたえたとしたら そのことが わが誉れなり。


ああそうかい。
しんみりしてしまうな。
やつは確かに殺されることに意義がある死に方をした。

投稿日時 - 2015-02-14 23:03:14

お礼

 いや 人間イエスは もうどうでもよい。

 神も どうでもよいと言えば そうだ。


 自分の誉れはどこにあると訊かれたので キリストを出したまで。


 それに 神は すべて同じひとつです。



 ご回答をありがとう。

投稿日時 - 2015-02-14 23:11:26

ANo.8

ブログ読んだよ。
既に去って行った死んだ猫の亡霊とあんたとの対話を見る限り、理解しようとつとめることが、愛することになっていない。
理解しようとする事が疑念で愛を殺すことになっている。
あの博愛主義的対話のどこが理解しやすい問題提起なのか?
なにやらジジイと猫は、暗闇で暗号のやり取りの様な対話をしているけどね。

投稿日時 - 2015-02-14 22:59:17

お礼

 まあ 量子の世界は ややこしいらしい。

 どうも しかしながら 一方ですでに決まった見方を打ち出しており 他方では ややこしくて定まらないということを《無に還元する》と言っている。やはりこれも 決めつけている。ということらしい。

 そのように言っていることが ただし 検証しがたいことであるので 必ずしもそのように決めつけたとしても マチガイだと言われることにもならない。そこを隠れ蓑としてのように 言いっ放しつづけているのだと思われる。


 かな。

投稿日時 - 2015-02-14 23:08:48

ANo.7

はた玩具店必勝の法則に、敵を知ることは、敵を愛することだと言う私の格言がある。
金にならないのに一生懸命なあんたは、なにに自らの誉れを見いだすのか。

投稿日時 - 2015-02-14 22:52:14

お礼

 いちばん物議をかもす答え方をすれば:

  キリスト・イエスの神を人びとがもしたたえたとしたら そのことが わが誉れなり。

 と。

 ご回答をありがとう。

投稿日時 - 2015-02-14 22:56:37

ANo.6

一つ言っておく。
読み飛ばした質問主文の中で、これだけは俺様にブチまかしておきたいと言う挑戦があれば、受取ろう。
あんた苦労人だね。
いじめを楽しむ様子が無いよ。

投稿日時 - 2015-02-14 22:11:19

お礼

 次のところで 議論がなされています。

 わたしのブログですが:
 http://d.hatena.ne.jp/bragelone/20150212

 参考にどうぞ。

投稿日時 - 2015-02-14 22:28:38

ANo.5

くだらないから、質問主文読み飛ばしたよ。
タイトルしか見てない。
あのアホとのバトルゆえなんだろ。
世界には秩序があり規則ただしくても、生きる者には意思があり、その秩序に働きかけることができる。
これに不平不満があるのがやつらだろうさ。
秩序の尊重。
意思の否定。
生きる自覚の喪失。
気の毒な病気だ。

私なりに思い起こせば、アマテラスの善しだからこそ、私はそれに誓える。
生きる意思は他者をも生かすことだ。
そんな意思行為を否定するとああいう標本が出来るのだろうな。
面白い実験材料だよ。

投稿日時 - 2015-02-14 22:09:16

お礼

 こんばんは。ありがとう。

 バトルというより と言いますか バトルとして敵がいるときには その敵について詳しく知ることがまづ先に来ます。だいたい知って来たときに さしかかっていたところです。

 そして批判は 徹底的にやるものと思っています。




 だいたい勝負がついたように思う。相手は オウンゴールで勝負に負けたように思う。

 このあとは 局面が変わって そのマチガイをしっかりヤツにおしえてやるかどうかに移ると思う。

 情けをかけるかどうか。という問題に移ったという意味になると思う。

投稿日時 - 2015-02-14 22:25:10

ANo.4

わたくしこと今度はブラジュロンヌ様のご質問の趣旨が難解すぎて分からないままのエントリーなのですが、私の量子論の解釈としては、微粒子以下の原子の世界がニュートン世界とは条件が異なりすぎて、其処の住民はわれわれの常識とは違った振る舞いをしている(せざるを得ない、あるいは人間が確認できないからええ加減になったという一面もありそうですが)、それを理論化してつじつまをあわせようとしたということなんだろうと思うのですが、違っていますでしょうか。

ですから視認が可能なニュウトン世界とその量子論の世界との境界は当然あるでしょう。いや、私見に寄れば、ニュートン世界よりも量子論の世界の方が普遍的なのだろうとも思えます。いはば相対性理論がニュートン理論を包括したようなものでしょう。少なくとも原子核や電子はあまねく世界全体すみづみにまで満ちているわけですし。

それで、貨幣と言葉、法律の量子的見解ですが、量子論がおそらく130億年の宇宙の歴史開闢の真理解明にに何らかのヒントを与えるだろうとほーキンスさんも仰っておられたのに比べ、前者3件は単なる人類史100万年以遠には存在もしていませんでしたし、貨幣法律に到ってはたかだかここ1万年のことでしょう。少なくともこれらは私見に寄れば裸の猿同士のローカルな、間に合わせ的な約束事の集積に過ぎません。もちろん、たまたま量子性がそれに潜在していたとしてそれがどうなのでしょう、それは単なる偶然でしかないのではありますまいか。それによって何らかの驚くべき事実が明らかになるだろうとでも仰りたいのでしょうか。補足ねがいます。

ブラジュロン教授のご趣旨を推定し間違ったのなら申し訳ありません。スルーしてください。

投稿日時 - 2015-02-10 16:43:11

お礼

 こんにちは。ご回答をありがとうございます。


 むつかしいも何もわたしはよくは分かっていません。

 ★ 私の量子論の解釈としては、微粒子以下の原子の世界がニュートン世界とは条件が異なりすぎて、其処の住民はわれわれの常識とは違った振る舞いをしている(せざるを得ない、あるいは人間が確認できないからええ加減になったという一面もありそうですが)、それを理論化してつじつまをあわせようとしたということなんだろうと思うのですが、違っていますでしょうか。
 ☆ わたしの理解するところでは 量子の世界とニュートン世界とは 一たん切れている。つまりそのつながりがよくは分からないほどである。けれども 基礎としては つながりがないということはあり得ない。

 ということであろうと思うのですが おっしゃるところは これも質問者としての理解の範囲に過ぎませんが そのつながりがどうなっているかについて人びとは それぞれ理論づけようとしている。そしてそのいとなみは 妥当であるかどうか?

 見解1: 基礎としてつながりがあると見られる。ただし そのことの実証がそれほどたやすいものではない。

 見解2: つながりがある部分とない部分とに分かれると見る場合。つながりのあるニュートン世界のものごとはすべて 無に還元する〔ことができる〕。

 見解3: つながりのない部分については 単なる虚妄であると見る場合。




 いえ。分かりませんが このように書いてみました。

 たぶん 見解1が 一般的なのではないかと推し測られます。それは取りも直さず:
 ★ いや、私見に寄れば、ニュートン世界よりも量子論の世界の方が普遍的なのだろうとも思えます。
 ☆ という内容であると考えられます。


 そのあとには さらに突っ込んだご意見が述べられていますね。:
 ★ 少なくともこれら(* 言葉・貨幣・法律)は私見に寄れば裸の猿同士のローカルな、間に合わせ的な約束事の集積に過ぎません。もちろん、たまたま量子性がそれに潜在していたとしてそれがどうなのでしょう、それは単なる偶然でしかないのではありますまいか。
 ☆ いや ちょっとまた分からなくなって来ました。

 見解4: 量子世界とニュートン世界とがけっきょくのところでは つながっていると言うとき それは《量子性が マクロの世界に対して潜在している》というふうに表現してよいのか?

 見解5: あるいはつまり 量子性とそして言葉や貨幣や法律とは 直接にはつながっていない。

 見解5-1: 言葉は いちばんモノとのつながりがあるように見られる。ヒトの脳細胞とかかわるから。それでもその神経細胞のいとなむ機能とそして概念ないし観念としての言葉とは やはりあたかも別物である。同じような細胞を使っても 別の考えを人それぞれにみちびき出すから。

 見解5-2: だとすると 観念としての言葉は もはや量子性とは何のつながりもないように 現象している。貨幣や法律は 言葉以上に 量子性とは切れていると見える。

 見解6: だから 言葉・貨幣・法律は 量子世界とは別の世界だと見るのか? そうではないと見るのか?


 いやぁ。分からなくなってまいりました。

 この質問では わたしが司会以上の役目を果たすことはむつかしいです。

投稿日時 - 2015-02-10 17:28:23

恐らくこういうことだろうと思います。
例えて言うなら「大規模なアプリケーションソフトを高級言語を使わずにアセンブラで開発できるか。」という問いに近いようなことではないでしょうか。
違う例を挙げると、「今使っているパソコンや携帯端末を、一からディスクリート部品のみで組み立てられるか」など。

答えはYesですが、ほとんどのエンジニアはNoと言うでしょう。

投稿日時 - 2015-02-10 08:20:39

お礼

 ううーむと言いましょうか ふむふむ なるほどと言いましょうか。

 まづは ご回答をありがとうございます。


 つまりわたしに分かりやすい解釈としては とにもかくにもマクロの世界は ミクロの世界から一たんはっきりきちんと切れている。つながりが分からないほど 切れたかたちを取る。

 ただし いかなるマクロのものごとであっても ミクロの世界がその基礎となっていることに変わりない。

 つまりは 《切れたかたちで けっきょくにおいては つながっている》。でしょうか。


 たぶん そういうことですよね。

 
 その連結する場としては 身と心とから成るヒトだということでしょうか。


 ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-02-10 09:15:39

ANo.2

No1です

 私は記憶細胞研究などの専門家ではありません。たんに科学とか哲学に興味をもつ ただのおっさんです。
少し追加説明をさせて下さい。

『ちょっと ふと思ったことは 《言葉がいかに――神経細胞等において――機能しているか》についての科学的認識と 《言葉をどう使ってひとは互いに意志疎通をおこなっているか》の問題とは 微妙に違うと思うのですが どうですか? 後者は 哲学の問題ですね。』とご指摘がありました。それに対しては

神経細胞と言葉の関係は いろんな切り口があるとおもいますが 一つは言葉の記憶メカ二ズムの解明でしょう。特定領域の記憶細胞が分子構造レベルの変化(まだ明確には分かってはいない)をしたとき  記憶とされると思われます。単語は 複数細胞が絡まっていると思われますが そのルールはまだ分かっていないと思います。分子構造の変化は構成要素の原子であり電子の配列の変化であり 厳密には 電子レベルの説明は量子力学を用いないとできないでしょう。他方 コミニュケーションにおける言葉の問題は 言葉がお互いに記憶されているということが 一つの基礎にっており それ以上の記憶問題を 普通は掘り下げる必要はないと思います。 コミニュケーションをもとに哲学を論ずる場合は 電子配列を決める量子力学は必要ないと思います。 

『 ということは ミクロとマクロとは 一たん切れたような状態になっているが 基本的に《地続き》だと見るのですか』とご指摘がありました。それに対しては

科学では厳密にいうと地続きとみるべきでしょう。しかし 限定された科学とか 哲学では ミクロが解明されていなくても十分にマクロだけで理解されることはあると思います。
解明者がどのレベルで納得しうるかによると思います。

投稿日時 - 2015-02-09 22:39:34

お礼

 ok9608 さん ご回答をありがとうございます。


 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~
 他方 コミニュケーションにおける言葉の問題は 言葉がお互いに記憶されているということが 一つの基礎にっており それ以上の記憶問題を 普通は掘り下げる必要はないと思います。 コミニュケーションをもとに哲学を論ずる場合は 電子配列を決める量子力学は必要ないと思います。 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ なるほど。そしてつまり 何かひとつの同じ問いに対してその答えは ひとによりいろいろですよね。これは 電子配列の基礎作業があるその上で 別の世界としてのように 思考や意志表示やそれらの互いのあいだの伝達が成り立つのだということですね。





 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  『 ・・・ミクロとマクロとは 一たん切れたような状態になっているが 基本的に《地続き》だと見るのですか』とご指摘がありました。それに対しては

 科学では厳密にいうと地続きとみるべきでしょう。しかし 限定された科学とか 哲学では ミクロが解明されていなくても十分にマクロだけで理解されることはあると思います。
 解明者がどのレベルで納得しうるかによると思います。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ そうでしたか。だとすると 言葉・貨幣・法律も ヒトの身体をつうじて《地続き》であることに変わりはない。のですね。


 つまり お嫌でしょうけれど 前身の質問では次のような見解がしめされたわけです。:

 ◆ (前身の質問への回答No.1) ~~~~~~~~~~~~~~
  http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8913071.html

 階層現象性を表面的に=いい加減に捉える事で、有限な
 存在性(お金や言葉)は生じているという事だから、
 「量子相互作用は 言葉・貨幣・法律にまで及ぶか?」と
 いう問いへの答えは、否であろう。
 根のない果実(虚実?)に、大地の栄養は届かない。
 量子性を環境に適応する物理とは、そうした虚妄を無に
 還元するもの以上ではあり得ない。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ すなわち
 ★ 解明者がどのレベルで納得しうるかによると思います。
 ☆ というかたちの違いはあっても 基本的にミクロの世界は 基礎となっているのだと。

 《マクロだけで理解される》としても それはミクロの世界からすっかり離れてしまって 宙に浮いているといったことではあり得ないのだと。


 なんだかクダラナイことを問うてしまいましたね。
 ありがとうございます。さらに修正やら補足やらがありましたら よろしくお願いします。

投稿日時 - 2015-02-09 23:19:15

ANo.1

Bragelonneさん今日は。
量子論的世界像がよく分かりませんが P氏の不確定性原理から言葉だけを引用した
理解不能の出鱈目な文章の羅列のことなら はじめから 真面目に議論することは無意味と
思います。
真面目に議論するとして 量子力学と言葉との交わりをとりあげたらどうでしょうか。
量子力学は科学の一分野です。
ミクロの分野の粒子と波動の両面が現れる領域では基礎理論と思います。言葉は 脳内の
関連機能をとりあげても量子力学の手を借りないと説明できないことはないと思います。おそらくは
分子レベルの運動までで十分と思います。さらに厳密性が要求される場面では量子力学は必要
かもしれませんが。
それでは 言葉と量子力学を含む統一学問は なぜ出来ないのでしょうか。現在では必要とされて
ない ということと思います。あるいは 統一学問にむかって発展途上にあるのかもしれません。
論理により説明する場合 ゲーデルの不完全性定理は有効な道具と思います。

投稿日時 - 2015-02-09 16:50:58

お礼

 お久しぶりです。こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 何とかすっきりさせられないか。この一心です。


 ★ 量子力学と言葉との交わりをとりあげたらどうでしょうか。
 ☆ へええ。出来るんですか? 残念ながら その素養はないので問いが出て来難いところです。

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ・・・言葉は 脳内の
 関連機能をとりあげても量子力学の手を借りないと説明できないことはないと思います。おそらくは
 分子レベルの運動までで十分と思います。さらに厳密性が要求される場面では量子力学は必要
 かもしれませんが。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ ううーん。微妙ですね。

 ★ さらに厳密性が要求される場面では量子力学は必要かもしれませんが。
 ☆ ということは ミクロとマクロとは 一たん切れたような状態になっているが 基本的に《地続き》だと見るのですか?


 ちょっと ふと思ったことは 《言葉がいかに――神経細胞等において――機能しているか》についての科学的認識と 《言葉をどう使ってひとは互いに意志疎通をおこなっているか》の問題とは 微妙に違うと思うのですが どうですか? 後者は 哲学の問題ですね。



 ★ それでは 言葉と量子力学を含む統一学問は なぜ出来ないのでしょうか。
 ☆ ということです まさに。

 ★ 現在では必要とされてない ということと思います。
 ☆ ということになるのですか。

 ★ あるいは 統一学問にむかって発展途上にあるのかもしれません。論理により説明する場合 ゲーデルの不完全性定理は有効な道具と思います。
 ☆ ううーん。わたしの自然科学知識を買い被り過ぎです。

 ちょっと 収拾がつかなくなってきました。ゆだねてもよろしいでしょうか。

投稿日時 - 2015-02-09 19:41:40

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