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締切り済みの質問

クウキ教たる一神教としての日本教をどうあつかうか

 たたき台です。自由に哲学としてたたいてください。



 日本人にとっては ムラムラにおける自然との共生を生きる古くからの―- 一人ひとりにとっての――信仰が息づいていると見ます。生活の問題です。

 ただしこれを基礎として 社会形態が国の家というごとく二階建ての構造となったときには それとしての民族宗教がつくられました。あるいはつまり 民族としてのひとつにまとまった神をまつる実質的に一神教が――空気のごとく――形成されてきた。

 ムラびとたちは これに くにゆづりをした。ムラムラのマツリは お二階さんたちのマツリゴトによって吸収されるかたちを採った。ムラびとたちどうしのヨコの助け合い寄金が――あるいは神々とのタテの祀りの品が―― お上なる二階とのタテの関係(国家財政)の中へ吸収されて行った。



 民族宗教とは 日本教であり 実質的にクウキ教である。
 クウキによるコミュニケーションを 守るべきオシヘとする。

 このわれらがシュウキョウを これから どうするか?



 《クウキ教》は 守り遵うべきオシへの役割りをも帯びている。
 しかも言葉としては何ごとにも・何ものにも精霊を感じてのようにおよそアニミズムとしての多くの神々をも持っていますが これ(クウキ教)は いわゆる多神教のままには留まっておらず そうではなく すでに――国家が出来てからは――あくまで《日本教》として一神教を成す。

 ヒンドゥー教は その名もヒンドゥー=インドであるごとく多神を擁していてもそのまま全体として一神教としてのインド教です。よその神々を受け容れても 民族宗教としてまとまり 対外的には あたかも唯一神をいただくのと同じ振る舞いにおよびます。

 ユダヤ教は 明らかに対外的にも対内的にも 唯一神をオシへとして共有する生活様式を形成する民族宗教です。

 あるいは アマテラシテたる王をいただくイギリス教のごとく日本教は 対外的には一神教としてまとまった民族宗教です。その中にいろんな神々をよそからも受け容れているという――対内的には――多神教であったとしてもです。

 この日本教=クウキ教には 神道をベースにして 仏教の諸仏を採り入れ そしてキリスト教の姉妹編としての唯物論教(つまり 無神論教)をもじゅうぶんに有益にはたらくかのような異端分子としてやはり採り入れています。


 日本教・総本山
  神道
  仏教支部
  儒教支部(?)
  キリスト教支部
  マルクス教支部
  無神論教支部
  《お花畑》平和教支部


 護憲平和教派は さすがにキリスト教の神を持ち出すことはないようですが そのベースには同じ排他的な一神教の神(《無い神》)が祀られているかのようであり じゅうぶんにほかの多神と対立しつつも大きく日本教の一環として根を張ろうとしています。


 日本人は 知らず知らずのうちに 宗教(じつは 信仰)への関心を育み生活を息づかせて来ており ただしそれがお二階からクウキ教の浸透によって絡め取られるときには いわゆる排他的な一神教としての民族宗教を形成するようになります。その中に入れば 排他的ではなく馴れ馴れしくなあなあ主義的になります。


 ふるくからの個人個人にとっての信仰を保つ日本人は――第十代崇神ミマキイリヒコイニヱのミコトやその時の市民オホタタネコをあたかも代表とするかのごとく《イリ歴史知性》たる日本人は 応神ホムダワケや雄略オホハツセワカタケルさらにあるいは継体ヲホドの《ヨセなる超歴史知性》によって《全国制覇大作戦なる雄略》を実行されて それに対して国ゆづりをしたとしても―― そのような宗教現象をなおただウワベのこととして その優勢に対して まさにくにゆづりをした出発点を保って生きて来ています。
 
 それらの人たちは 宗教から・オシへを垂れるあらゆる宗教から 自由です。ユヅリアヒの生活を千五百年おくって来ています。(はっきりと二階建てとなって行った継体ヲホドの頃からと見ての時間です)。

 いちどゆづったのだから 口が裂けても 返せとは――大政奉還せよとは――言えないであろうか。どうでしょう?
 

投稿日時 - 2015-08-11 10:08:25

QNo.9028197

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回答(8)

ANo.8

B様、こんばんは。


>「日本人は 知らず知らずのうちに 宗教(じつは 信仰)への関心を育み生活を息づかせて来ており ただしそれがお二階からクウキ教の浸透によって絡め取られるときには いわゆる排他的な一神教としての民族宗教を形成するようになります。その中に入れば 排他的ではなく馴れ馴れしくなあなあ主義的になります。」


「あれは、怪しい」「あれは、怖い」

・・・人権を侵害しなければ、それで良いのです。

投稿日時 - 2015-08-15 03:45:17

補足

 よかあねえよ。

 ひとの意志を踏みにじるというかたちで ほかの人間を踏み台にしている。

 ひとに慈悲だの人を愛せだのと言っているその楽屋事情がそれだ。

 自己欺瞞である。

投稿日時 - 2015-08-15 07:18:15

baragelloneさん 反論します。

私は現在、philosophyという、外国語を、日本語で「哲学」という翻訳語にして、現在においても、「哲学」という翻訳語が使われている、西周(にしあまね)を勉強中です。

西周は「学問」と「宗教」、「真理」と「信仰」は相反すると説く。

つまり「非魯蘇比(philosophie)」と「所謂抵於廬義(theologie)は相反する。

非魯蘇比(philosophie)の定義は「天とは何かを知覚し、神とは何かを探求する批判的精神の活動で、日々新たな発見をして、学説を真理に接近させるもの。」

所謂抵於廬義(theologie)の定義は「神聖な「古典」に合致するか否かを唯一の証拠として物事の真偽を判定し、天という絶対者を崇拝し、神という超自然の諸力に応えることを主とする精神の活動。」

として、

「所謂抵於廬義(theologie)は旧態依然として、教説は変化しないが、非魯蘇比(philosophie)は、真理は、日々新たな発見により、増加するとして、所謂抵於廬義(theologie)は文明の未発達な時代のもので、非魯蘇比(philosophie)は、所謂、西洋の中世以降の人文主義における文明開化期のものであるとしたようです。

たしかに、西周が生きた明治時代は、西洋文明の輸入という面で「文明開化」という言葉がしっくり来て、非魯蘇比(philosophie)に重きを置かれてることは、明治時代においては肯定しますが、現代という時代においては、私は西周の考えに真っ向から反対します。

この非魯蘇比(philosophie)なるものは、現在においては「哲学」だけではなく「科学」と訳しても良いと思います。

現在の日本において、「科学」は科学立国と呼ばれえるまで成熟してますが、「哲学」はどうでしょう。西田幾多郎や田辺元に勝る、哲学者は日本にいるでしょうか?

また科学の発達は、利便性の良い世の中を作り出しましたが、古代人が畏れ敬った、日本における自然というものを破壊してしまいました。日本がバブル期の頃を良く思い出していただきたい。私の大学の生態学の教室を卒業し、環境コンサルティング会社に入社しましたが、とにかく「開発」に有利なデータを出すように強いられ、会社に幻滅して、辞めました。

そして、今頃になって、日本は環境問題などと危惧する。すでに昭和40年代に川端康成は、このままでは、日本の美は失われると、東山魁夷に忠告し、東山魁夷は、「京洛四季」という連作を何とか絵画という形で残しました。

私が生まれた頃の話で、罪は、bragelonneさんの世代にある!

仏教は、朝鮮から日本に「与えられた」。朝鮮も中国から「与えられた」。中国もインドから「与えられた」。日本との関係が、これらの国において、先の大戦の問題で悪化してますが、それぞれの国のトップは、昔から友好関係にあったことを思い出し、へりくだり合い、なおかつ、戦争の当事者でない、私達ら下の世代に禍根を残さないように、現在、高齢の戦争体験者が生きている間に、この問題を終結し、発展的な関係の国とすべきだと思います。

そして、日本という、豊かな自然の中で、仏教は育まれ、独自に熟成しました。キリスト教も江戸時代の禁教の中、敬虔な信者が稲藁を結んで「ロザリオ」を作り、鎖国が終わって宣教師が来てみると、長崎の五島列島に、いまだ信者がいることへの驚きは相当なものでした。

まとめると、日本に仏教や伝来する前のような状態の、自然というものが残り、神道という、かたちでも、大いなる自然にへりくだるという姿勢があれば、人々は西周の非魯蘇比(philosophie)なる、真理に個人個人が至れるかもしれません。

しかし、現在においては、科学の発達により自然は破壊され、なおかつ、古代の人々が恐れた、美しくもあるが、病気、台風、地震、火山の噴火などの牙もむく自然は、科学の発達により解消できると、科学信仰にしがみつく。

bragelonneさんのクウキ教たるものは、現在においては、私は、上述の理由で反対の立場をとります。

宗教による衝突で世界において「戦争」なるものが発生していますが、現在という時代においては、どの宗教でも共通な、宗教による「祈りの力」が世界を平和にすることを願うばかりです。

クウキ教は、古すぎるか、新しすぎ、「人間の理性の暴走」を現代では、招くことでしょう。

投稿日時 - 2015-08-13 16:38:21

お礼

 ご回答・ご批判をまことにありがとうございます。



 ★ また科学の発達は、利便性の良い世の中を作り出しましたが、古代人が畏れ敬った、日本における自然というものを破壊してしまいました。
 ☆ すなわち
 ★ 古代人が畏れ敬った、日本における自然というもの
 ☆ については 思い入れの行き過ぎがあります。

 古代にあっても 次のごとく 自然開発は盛んでありました。:

 △ (万葉集 十九巻4260番)
  大君は神にしませば赤駒の腹這ふ田居を都と成しつ
  http://infux03.inf.edu.yamaguchi-u.ac.jp/~manyou/ver2_2/manyou_kekka2.php?kekka=19/4260

 △ (同上 4261番)
  大君は神にしませば水鳥のすだく水沼を都と成しつ
  http://infux03.inf.edu.yamaguchi-u.ac.jp/~manyou/ver2_2/manyou_kekka3.php?kekka=4310





 ★ 私が生まれた頃の話で、罪は、bragelonneさんの世代にある!
 ☆ ベイジンの空の問題も いっしょにとがめてやって欲しい。むろん空だけでなく 川や土地の汚染や食品製造やにおいても。




 ★ 戦争の当事者でない、私達ら下の世代に禍根を残さないように、現在、高齢の戦争体験者が生きている間に、この問題を終結し、発展的な関係の国とすべきだと思います。
 ☆ しっかりと歯に衣着せず何ごとについても 事実を究明し合い 考え直すべきところはやはりしっかりと指摘し合うこと。自由で徹底的な批判を互いにやり通すこと。を希望します。




 ★ まとめると、日本に仏教や伝来する前のような状態の、自然というものが残り、神道という、かたちでも、大いなる自然にへりくだるという姿勢があれば、人々は西周の非魯蘇比(philosophie)なる、真理に個人個人が至れるかもしれません。
 ☆ 《真理に個人個人が至れるかもしれません》という捉え方は 非常にあやふやな態度であると考えます。よわすぎます。

 わたしは すでに次のように書いています。:
 ☆☆ (No.4お礼欄) ~~~~~~~~~~~~~
 たしかに知性を――時間を知ったという知性を――得てからは その知性がさかしらに成り過ぎたときには 《世界》が分からないとか 世界の本質はどうなっているのかとかの疑問を持つようですが それはあくまで 知性と心性にとっては道草の問題です。

 道草を食うなという意味で言うのではなく そうではなく 道草における何とも言いがたい《あまったるさ》や《へんなゆとり》をとうとぶ場合もありましょうが それは やはり道の途中でありその先をすでに見なくなったときに その・さかしらなる頭による《世界観》や《本質論≒存在論》をすでに最終の課題であるとしてのようにいじくっている。いじくり続けている。そういう場合にだけ その似非哲学としての問い求めや そこでの答えを欲して何かに縋りつくためとして人間がこしらえた《観念の神》が 流行します。

 
 つまり早い話が 原始心性からそのまま《ひとは移ろいゆき朽ちざるを得ない時間的存在である》というふうにイリなる歴史知性に突入したなら もうそこでは――きよらかなおそれを抱きつつ そのおそれの対象(じつは 非対象)としての――世界のナゾを知ったという経験を持つのです。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 最後の《世界のナゾ》とは 神のことであり真理のことです。

 ヨリ原始心性から――その眠りから目覚めて――イリ歴史知性に到ったときには すでに自己還帰をも得ている。そのときには きよらかなおそれを得て(つまりむしろ あたえられて) 神を見てもいるのです。

 ヨセなる超歴史知性は あなたの言う《へりくだり》をいさぎよしとしなかった。したくなかった。つまりは 道草主義であり 観念論をいじくりたがるヤカラであり あたかもその考えでお花畑をつくったと言いこれをかかげ しもじもの者よ おれたちの哲学たるこのお花畑によくまなべと言っているヤカラです。

 イリ知性の《 In-der-Welt-Sein 》なる人格で すでにあたかも完成です。ヨセは 余計な付けたし。真理は シンプル。





 ★ bragelonneさんのクウキ教たるものは、現在においては、私は、上述の理由で反対の立場をとります。
 ☆ わたしは クウキ教礼賛者になっているわけ?




 ★ どの宗教でも共通な、宗教による「祈りの力」が世界を平和にすることを願うばかりです。
 ☆ いのりのチカラあるいはいのりの姿勢 これは 素朴単純なイリ歴史知性にあってすでに成就しています。

 自然破壊するなと言いつつ あなた自身が 樅の木なる自然本性――その自覚が イリ知性――に何とかかんとかピロソピアなるカザリをつけたがっているぢゃないですか。



 ★ クウキ教は、古すぎるか、新しすぎ、「人間の理性の暴走」を現代では、招くことでしょう。
 ☆ クウキ教の特徴は ふたつです。

 ひとつは それはあくまでコミュニケーションの手段に 以心伝心のデンパ術を使うということ。

 言いかえると 何を伝えるか・つまりはこの場合なにを指示してそれを実行させるかについては もともとは何もない。せいぜいが 求愛の感情をつたえたかったという程度のことでしょう。

 二つ目の特徴としては ただし ヨセ超歴史知性ヤロウがクウキを使うという場合です。《神のごとくいかなる者の下にも立つまいと堅く誓った》人間が そのお二階なる住み処についてだけは死守したいと欲しているということ。

 そのためには 理性を暴走させてでもがんばるし 理性をうまく使って危機を切り抜けようとする。でしょう。

 左を首相に押し立ててでも 苦難を切り抜ける。この首相になった男は おわびをしっからかした。そのツケがいまに回って来ている・・・のかどうなのか。

 株価維持政策も為替の切り下げも 形振りかまわずおこなって 自分たちの居心地のよいアマテラストゥームの死守を図ります。(これは クウキ教とは別かも知れませんが)。

投稿日時 - 2015-08-13 22:58:58

回答番号1,2,5のplapotaです。

>宗教としてじっさいにおこなわれるのは つねに一神教であるということ。

はい、これがぶらげろさんの聖書解釈の基本ですね。

>倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)とフルネームでおねがいします。

すこし前の箇所は「倭迹迹日百襲姫命」ですが、引用部分では略記されてゐます。宇治谷孟氏の翻訳は優れてゐると思ひます。

>オホタタネコの母は イクタマヨリヒメ。

大多田猫の母は、「活玉依姫」ですね。
「ねこひこ」の名の天皇は、ねこさんの御先祖なのですか。
孝霊天皇(こうれいてんのう) 大日本根子彦太瓊天皇(おおやまとねこひこふとにのすめらみこと)
孝元天皇(こうげんてんのう) 大日本根子彦国牽天皇(おおやまとねこひこくにくるのすめらみこと)
開化天皇(かいかてんのう) 稚日本根子彦大日日天皇(わかやまとねこひこおおひひのすめらみこと)

>諸説はありません。

聖徳太子、推古天皇、舒明天皇、用明天皇などの説があるやうです。「ひこ」といふくらゐですから、男と解釈するのが自然だとおもひます。

投稿日時 - 2015-08-12 19:37:12

お礼

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~
  >諸説はありません。

 聖徳太子、推古天皇、舒明天皇、用明天皇などの説があるやうです。「ひこ」といふくらゐですから、男と解釈するのが自然だとおもひます。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ それは 遣隋使を派遣した人のことでしょう。

 神のごとくいかなる者の下にも立つまいと堅く誓ってそのあとの人生を 神を寄せ世界を寄せ人びとをたばねるアマテラス指導者になるかそれとも死かという生き方をする《ヨセなる超歴史知性》 この思想を思いつき実践し始めたのは 神功オキナガタラシヒメであったろうという問題です。

 あらゆるものごとに精霊を見るというアニミズムのヨリ原始心性を――自分が死すべき存在であるという自覚を得て――抜け出てイリなるふつうの歴史知性に一たんは立ったそのあと 先ほどの《この上なく高いところにみづからの身と心とを置くアマアガリ・シンドロームに邁進する》ヨセ超歴史知性は 具体的な日本の歴史の中では タラシという名を帯びる人びとであった。

 そしてそれは イリ系の知性たちを 或る時は政略結婚をつうじて手なづけ或る時は容赦なく暗殺して その悲願を達成した。

 そのとき イリ系の人びとは かれらにくにゆづりをしたのだ。――と言っています。







 宗教がつねに一神教であるというのは 聖書解釈の問題とは筋がちがいます。
 対内的には多神性を持っていても 対外的にはつねに しばしば排他的な一神教となる。という意味です。




 名前にネコヒコが入っているのは おもしろいとも感じます。

 まったくの推測ですが そのことが 世界との未分化なる原始心性から歴史時間を知ったというイリ歴史知性への変身とかかわるのではないかと。

 まづ ネコとは 根子であり 大地の子といったほどの意味です。
 ヒコは 日子。ヒメが 日女。何らかのヒラメキを得たであるとかあるいは理性による思考というほどの精神力を物語るのかと推し測られます。

 〔ネメ=根女 はありません。沖縄には ニッチュと呼ばれる巫女のような存在がいます。ネヒト(根人)からの音韻変化です〕。

 つまり 早い話が ネコは 大地の子として スサノヲ市民であり ヒコは 高く天がけるアマテラス公民のことをその後発展的に言うように成ったのではないかと。

 世界は時間(時空間)であると知ったのが イリ歴史知性です。
 したがって 崇神ミマキは イリヒコを名乗りました。
 それが 平屋建ての家(ムラ)における公民だとすると 市民は オホタタネコでした。

 タタは 製鉄のタタラ(蹈鞴・多々良)かまたは タタ(田田)かだと思われます。
 稲と鉄は あたらしく入って来て弥生時代をつくった二大要素だと考えられます。


 では ひとりの人間に ネコヒコというように二つともが入っているのは どういうことか?

 ヨリ原始心性:身も心も世界も人も自然もみんな互いに未分化
  ↓
  ・ われ(我)となれ(汝)の分化が捉えられて来る。
  ・ 世界とわれとの合わさった感じが溶けて来る。
  ・ 身と心 あるいは 自然と人為(その意味での文化)が分かれたかたちで捉えられて来る。
  ・ つまりは 人たるわれは ネコ(根子)の部分とヒコ(日子)の部分とがあるようだ。
  ↓
  ・ 名前に 《ネコヒコ》という呼び名が 考えられるようになった。
  ↓
 イリ歴史知性の出現:世界への入り
  ・ ネコなる身とヒコなる心とを分けた自覚としての存在
  ↓
 ヨセ超歴史知性:世界を寄せ束ねる
  ・ スーパー・ヒコ / ヒコのアマアガリ
  ・ 《ひと》の階層化によって 社会をも二階建ての構造とする。

  
 《ひと》の階層化とは:
   ネコヒコの自覚無き未分化
   → ネコヒコの自覚
   → ネコとヒコとの分化
   ⇒ 《ネコ‐ヒコ》連関なる存在
   ⇒ 《スサノヲ市民‐アマテラス公民》連関
   → 《 S - A 連関》なる存在としてのヒトを超えようとするアマアガリ
   ⇒ 《スサノヲ市民( S-A 連関)‐アマテラス公民( S-A 連関)》なる階級分化





 ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2015-08-12 22:36:49

一神教と多神教の単純な対比による議論よりも、ぶろげろさんの論旨のほうが面白みがあります。ただし今回の記述は内容がわかりません。仮面ライダー教のやうな論述でしたらよろしいのですけれど。

>ムラムラ

質問文に二度あらはれたこの表現の意味は『日本書紀』の以下の記述にもとづくものであることは理解できました。
「倭迹迹日姫命は仰ぎみて悔い、どすんと坐りこんだ。そのとき箸で陰部を撞いて死んでしまわれた。」
(129ページ)

>『隋書』「東夷傳俀國傳」は高祖文帝の問いに遣使が答えた様子を載せている。

質問文の
崇神天皇(すじんてんのう) 御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらみこと)
応神天皇(おうじんてんのう) 誉田天皇(ほむたのすめらみこと)
雄略天皇(ゆうりやくてんのう) 大泊瀬幼武天皇(おおはつせのわかたけのすめらみこと)
継体天皇(けいたいてんのう) 男大迹天皇(おおどのすめらもこと)
から、時代が下つてきました。
『隋書』には、南京大虐殺とか、集団自衛権反対とか、尖閣諸島中国領説とか、記載されてゐないのですか。阿蘇山の噴火の話でしたらあります。
「阿蘇山がある。そこから噴き出した石(火山弾)は、(ただの石でしかなくて)特段の理由がないのに(家などに)火つけてしまう。」
(『隋書』「東夷伝倭国条」松尾光訳『現代語訳 魏志倭人伝』角川・新人物文庫所収154ページ)
それはともかく、
「(文帝の)開皇二十年(600)、倭(俀)王で、姓は阿毎、字は多利思比孤という者が」
(149ページ)
の箇所ですね。

>タラシは 神功オキナガタラシヒメから来ていると思う。

諸説があるやうですが、「たらし」と名のつく天皇が多く、特定不能に思へます。

投稿日時 - 2015-08-12 11:53:15

お礼

 ★ 一神教と多神教の単純な対比による議論
 ☆ いいえ。多神教なり汎神論なりの複数の神々の存在 これは 《ひとつの神》のただの分身であって けっきょく多神性や汎神性は そのまま宗教をかたちづくることはない。ということ。

 宗教としてじっさいにおこなわれるのは つねに一神教であるということ。こう言っているに過ぎません。



 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~
  >ムラムラ

 質問文に二度あらはれたこの表現の意味は『日本書紀』の以下の記述にもとづくものであることは理解できました。

  「倭迹迹日姫命は仰ぎみて悔い、どすんと坐りこんだ。
  そのとき箸で陰部を撞いて死んでしまわれた。」

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)とフルネームでおねがいします。

 梭(ひ: shuttle of a loom )でほとを衝いたという話もありますよ。機織りの小屋の屋根に穴をあけてそこから 皮を剥いだ馬を投げ入れたら 機織り女のひとりが そうなってしまったと。

 神武カムヤマトイハレビコのきさきは ヒメタタライスズヒメ(媛蹈鞴五十鈴媛命)であり 『古事記』では比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)と記し、別名、富登多多良伊須岐比売(ホトタタライスキヒメ)としています。

 そのとき神武イハレビコとその供は 顔に入れ墨をしていたとか。


 箸墓は 昼は人がつくり 夜は鬼がつくったととか。

 卑弥呼は ヒめのミコと(日女の御言) のことですよ。(中国人が日本語をよく文字に写しづらかった)。百襲姫命のことかも分かりません。

 オホタタネコの母は イクタマヨリヒメ。父は オホモノヌシの神。つまりは 聖霊によって身ごもり生まれた子であり 日本版イエス・キリストなり。





 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~
  >タラシは 神功オキナガタラシヒメから来ていると思う。

 諸説があるやうですが、「たらし」と名のつく天皇が多く、特定不能に思へます。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 諸説はありません。


  ヨリ(憑り)原始心性:世界と未分化:アニミズム;シャーマニズム

  イリ(入り)歴史知性:世界への入り( In-der-Welt-Sein )

  ヨセ(寄せ)超歴史知性:世界を寄せ束ねる(束= fascio )


 名前に《いり》が現われるのは 西暦300年頃(つまりは 三世紀半ば卑弥呼や台与のあとの時代です)の崇神ミマキイリヒコイニヱのときからです。その子孫には 男も女もみなイリがついています。

 そしてその以前に とくに女の名前として《より》が目立ちます。ヒメタタライスケよりヒメ。イクタマよりヒメ。

 《よせ》は 名前に出て来るのではなく 古事記の記事に出ます。


   その(仲哀タラシナカツヒコ天皇の)大后 オキナガタラシヒメのミ
  コトは 当時(そのかみ) 神を帰(よ)せたまひき。
  
 これは タラシヒメの子の応神ホムダワケのときすなわち400年ごろのことだと推測されます。具体的には 筑紫方面のクマソもしくは半島の新羅を討つというくだりで出て来ます。要するに 神をも人をも何でもを《寄せる・寄らしむ》という思想です。

 タラシという言葉じたいは 仲哀天皇の名にも出て来ています。

 この《神を帰(よ)せたまひき》なる歴史的事件が ヨセという超歴史知性の始まりでしょう。そういう意味です。




 ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2015-08-12 14:09:25

ANo.4

日本的な神道=アニミズムは、西欧的な個人主義的な
性格をして社会性に従わせるための強固な教義(モラル)を
持つ一神教と異なり、宗教などなくとも協調性を発揮する
集団主義において、その意識の周縁における、分からない
世界の本質や届かないものへの祈りを担う、儀式宗教である。
同じものを信じ、共通のまつりごとを催す事で、元来の
集団主義を補助するだけの共同幻想。

投稿日時 - 2015-08-12 11:39:35

お礼

 ★ 日本的な神道=アニミズム
 ☆ 古代人は 日本人にかぎらずたいていは 世界のすべての《もの》に憑く原始心性から出発していましょう。

 つまりは 精霊をものごとに見るということすらまだ認識し得ていない段階にあって 世界と心とは未分化であった。のでしょう。

 むろんこれは 精霊としての憑依たる心性であり アニミズムです。


 ただし それには限らないとも言わねばなりません。

 アニミズムをアニミズムとして何とか自覚しつつ アニミズムの感覚に自分から意識的に努力してすすみ入って行くところのシャーマニズムもあります。

 その意識ないし心が行き着くところまで行き着けば そこから何らかの《神のお告げ》が得られるといった心性なのでしょう。そして あるいは 一般のアニミズムのままの人たちに対して 何らかの指導的立ち場に立とうとしている。


 ★ 西欧的な個人主義的な性格
 ☆ とひと言で言いますが これだって けっきょくモノに・つまりは《個人》なら個人という観念に取り憑いている。と言って言えなくない。さほど変わりませんよ。


 ★ 西欧的な個人主義的な性格をして社会性に従わせるための強固な教義(モラル)を持つ一神教
 ☆ それは ものごとの一面だけを見ています。

 一神教としてのオシへには 確かに有無を言わせぬ説得力兼〔強迫神経のごとき〕強制力もがあるように思われますが そんなことだけで人間が従うとは限りません。少なくとも そのオシへをタテマエとして ホンネないしウラの顔としては しっかりと裏切りをおこなっている。

 あるいはつまり オシへによってオキテや法律を守るように従わせる〔だけな〕のではなく けっきょく人びとを どうしてもそう〔守ることを〕せざるを得ないように仕向けるというわざが たくみに考えられて来ています。

 権限関係において上にある者が 下にある者に対して 人事権や賞罰の権利をちらつかせて 言うことをきかせるというのは ありふれた手です。

 その限りで 
 ★ 強固な教義(モラル)
 ☆ の問題は ものごとの半分にだけ(あるいは オモテにだけ)当てはまるのではないか。それに 誰が実際にはどういう意味で言ったのかほんとうには知りませんが すでに《神は死んだ》のだそうです。


 ★ 宗教などなくとも協調性を発揮する集団主義
 ☆ こんな薄っぺらな世界認識しか持っていないのですか? 協調性が 発揮されればよいとか 宗教のオシへがなければ 協調性が発揮されないとか いったいどこからそんな命題をみちびいて来ましたか?


 ★ 日本的な神道=アニミズムは、[・・・]集団主義において、その意識の周縁における、分からない世界の本質や届かないものへの祈りを担う、儀式宗教である。
 ☆ そうではないでしょう。たしかに知性を――時間を知ったという知性を――得てからは その知性がさかしらに成り過ぎたときには 《世界》が分からないとか 世界の本質はどうなっているのかとかの疑問を持つようですが それはあくまで 知性と心性にとっては道草の問題です。

 道草を食うなという意味で言うのではなく そうではなく 道草における何とも言いがたい《あまったるさ》や《へんなゆとり》をとうとぶ場合もありましょうが それは やはり道の途中でありその先をすでに見なくなったときに その・さかしらなる頭による《世界観》や《本質論≒存在論》をすでに最終の課題であるとしてのようにいじくっている。いじくり続けている。そういう場合にだけ その似非哲学としての問い求めや そこでの答えを欲して何かに縋りつくためとして人間がこしらえた《観念の神》が 流行します。

 
 つまり早い話が 原始心性からそのまま《ひとは移ろいゆき朽ちざるを得ない時間的存在である》というふうにイリなる歴史知性に突入したなら もうそこでは――きよらかなおそれを抱きつつ そのおそれの対象(じつは 非対象)としての――世界のナゾを知ったという経験を持つのです。

 儀式宗教もそうでないあらゆる宗教も クソくらえです。自己矛盾によって精神錯乱に落ち入るへんな道草でありお花畑でしかありません。だって すでにおそれとしてのナゾを知っているのに その一歩前の段階で山の頂きは目指さず 尾根や谷を歩き回っている。ことになるからには 自己矛盾であり すでにそれでよいのだと言うならば 精神錯乱でしょう。


 ★ 同じものを信じ、
 ☆ この認識ほど 哲学から遠い思考も感性もないでしょう。

 《信じる》の対象は わかるわけがありません。《共通》なのは 言葉として神なら神という代理表現(補助線)だけです。きよらかなおそれの対象は 非対象なのであって 仮りにそれを神と言い表わすなら それは 《かみ》という言葉ではなく その文字でもなければその意味内容でもありません。

 同じ神という言葉を使っているから 人びとは《同じものを信じ》などということが どうして知性による認識として現われて来るのか? めちゃくちゃである。


 ★ 共通のまつりごと
 ☆ ムラのマツリは マツリなのです。神にその年の初穂をささげます。生活の糧にめぐまれたことにありがたさを感じるからです。

 ところが マツリゴトというのは これらムラムラのマツリをぜんぶ寄せ束ねて その土地の産物から人びとの労力から何までを ムラビトたちやその神々のためにではなく 国をまとめおさめるお二階さんのために捧げ奉るという制度をいうのです。


 ★ 共通のまつりごとを催す事で、元来の集団主義を補助するだけの共同幻想。
 ☆ どうして《幻想》なのか? 幻想なものか。ムラのマツリの神々に代わって みやこに神が人間として現われたというその神にすべてをみつぐこと これがどうして 幻想か?


 共同幻想というのは 国家が それなりに――鉄道を敷いたり税を再配分したりするといったように――よいところもあるというので 必要悪と見なされ その必要性・歴史的必然性があるというのは まぼろしだという捉え方から来ています。

 ですが それは かんたんです。一階の市民らが ヨセなるスーパー歴史知性のアマアガリ願望に対して くにゆづりをした。つまり お二階をつくってやった。ただ これだけの論理であり じっさいの歴史的事実であろうと考えられるものにしか過ぎません。


 ★ 元来の集団主義
 ☆ ったって 国はまとまっていないではないか。

 ☆☆  護憲平和教派は さすがにキリスト教の神を持ち出すことはないようですが そのベースには同じ排他的な一神教の神(《無い神》)が祀られているかのようであり じゅうぶんにほかの多神と対立しつつも大きく日本教の一環として根を張ろうとしています。
 ☆ 集団にしたがわない心性が 現われて来ているではないか。もしくは 安倍内閣が 集団に従わないのか。《元来の集団主義》とは 何だ?





 ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2015-08-12 13:07:40

ANo.3

一神教を基軸にする研究手法だね。
伝統文化に染まってると、仏教的になってね、何言ってるか判らないだろう。
前段階として、古事記の神学的検証を自らの立場を明白にしたうえで語り、そこに意見する常連さんを中心として発展させるといいだろう。
君にしてみれば、今回の論述は必要十分を満たしているだろうが、判らなかったら回答するなとやっていると、参加者は今までどおりだ。

日本教の性質は、神とは心であり、語らない事こそ信仰だ。
宗教にうつつを抜かす、ファンクラブ会員は、神様に身勝手な懇願をする、廃人かつ裏切り者。
このようにして、古臭い伝統宗教も、新興宗教も軽蔑する風潮があって、あんた自身その神国の空気を吸って生活している。
やあ。
ブタもおだてりゃ木に登る。
この標語は、おもちゃ屋の私は造詣があってタツノコプロダクションと言うアニメ製作会社が流行らせた言葉だがそれはさておき。
無宗教こそ仏陀のごとき極みである。
無宗教であってこそ自らが信仰していると言えるのだ。
こんな罠からはじめて、猿回しすると、自らの思索が先に進む。
私はさんざんやっていて、君からも恨まれたよね。
私は結果報告をする良心があるよ。

投稿日時 - 2015-08-11 23:46:52

お礼

 ★ 君にしてみれば、今回の論述は必要十分を満たしているだろうが、判らなかったら回答するなとやっていると、参加者は今までどおりだ。
 ☆ これはですね。むしろ いままでが甘やかしすぎたという内省をいま持っています。
 
 ほとけの顔も三度までで 去って行ったのではないかとさえ思っています。

 つくづく たましいの阿呆にはつきあいにくい。と思う。




 ★ 日本教の性質は、神とは心であり、語らない事こそ信仰だ。
 ☆ 原理原則にこだわるのも どうか。


 ▲ (柿本人麻呂歌集:しかれども 言挙げぞわがする) ~~~~~

 葦原の 瑞穂の国は 
 神ながら 言挙げせぬ国
 しかれども 言挙げぞ我がする


 言幸(ことさき)く ま幸(さき)くませと
 障(つつ)みなく 幸くいまさば
 荒礒波(ありそなみ) ありても見むと
 百重波(ももへなみ) 千重波しきに 
 言挙げす我れは
 
 (万葉集 巻十三 3253番)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 船出する長き旅のひとを元気づけている。






 わたしは ブッダがふるいと言っている。

 ブッダを言わずに 同じ趣旨を語ることができたら そのときは ほんものだ。



 《無宗教》は 無宗教ゆえに あたかも無宗教と同じようだと受け取られているクウキ教に絡め取られると もう身動きができない。

 目に見えない電磁波作戦の手の中にくるめ取られて みづからもその手法をやるハメになる。踊らされる。

 自分から踊るようになる。♪踊る阿呆に 見る阿呆・・・という照れ隠しまで用意している。

 たましいの阿呆のベルトコンベヤー式大量生産。

 まぁ 阿波踊りは 人びとに向けて反面教師となってやろうとしたんだろうよ。





 ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2015-08-12 07:18:44

回答番号1のplapotiです。コメントを拝見いたしました。あれから『日本書紀』を読んでみたのですが、「一晩中酒宴をして、三輪の......」(125ページ)あたりの酒の話しか理解できませんでした。

>その中に入れば 排他的ではなく馴れ馴れしくなあなあ主義的になります。

おつしやるとほりです。

>いちどゆづったのだから 口が裂けても 返せとは――大政奉還せよとは――言えないであろうか

はい、ゆづるとは、さういふことです。私は、もらつたものは返しません。教えて!gooで、さきほど質問者が私のアホ回答を、まちがへてベストアンサーに選んでしまつたやうです。いちど決定したベストアンサーは取り消しできませんので、私のやうなアホには有利なシステムになつてゐます。

投稿日時 - 2015-08-11 23:17:00

お礼

 千五百年前からついまだ一世紀も経たない昔まで ついぞ誰も主権の在り処が変動するとは 思っていなかった。

 主権は すでに二階にはなく一階に移ってしまった。


 この現実をふまえると その昔ゆづられた〔第二次発進の・ワケ=タラシ系の〕アマテラストゥームの住民は さぞや居心地が――良心があるなら――わるいであろう。と一階=スサノヲシャフトの人間は たまには察してあげなければならない。


 イリ系による第一次のアマテラシザシオンは まだなお一階のみの社会つまり平屋建てであったのであって そのスサノヲ市民らのあいだにプロト・アマテラスびとたちも位置していた。

 そこへ世界のすべてを寄せ束ねてやろうという――ワケタラシ系の――ヨセ・スーパー歴史知性が現われた。





 南北朝の分裂と合同ではないが――つまり分裂する前の〔政略結婚による〕血筋の統合の段階であるから 南北朝の問題とは筋が違うのであるが―― このタラシ系が どうもイリ系の知性社会の乗っ取りを敢行し成功したらしい。



 ▲ (ヰキぺ:遣隋使) ~~~~~~~~~~~~~
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E9%9A%8B%E4%BD%BF

 『隋書』「東夷傳俀國傳」は高祖文帝の問いに遣使が答えた様子を載せている。
  
   「開皇二十年 俀王姓阿毎 字多利思北孤 號阿輩雞彌 [省略] 」

   :開皇二十年、俀王、姓は阿毎、字は多利思北孤、阿輩雞弥と号(な)づく。


 俀王(通説では俀は倭の誤りとする)
 姓の阿毎はアメ、
 多利思北孤(通説では北は比の誤りで、多利思比孤とする)はタラシヒコ、
 つまりアメタラシヒコで、天より垂下した彦(天に出自をもつ尊い男)の意とされる。
 阿輩雞弥はオホキミで、大王とされる。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 タラシは 神功オキナガタラシヒメから来ていると思う。





 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  >いちどゆづったのだから 口が裂けても 返せとは――大政奉還せよとは――言えないであろうか

 はい、ゆづるとは、さういふことです。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ この清論を――したがって しかも――より高い次元にあってやぶり棄てるという選択肢が 出て来ているのではないか。

 すなわち 帝国憲法までの時代であれば 主権が自分たちの手の中にあったので もしその気を起こしてゆづり返すということになれば そういう自由な意志行為として大政奉還が成就する。自分たちのほこりを保つことが出来る。

 けれどもすでに主権は アマテラスびとの手には無い。とすれば かんたんには言い出しにくい。だって 自分たちのものではないのだから。言い出したとしても・つまり 預かっていたのだから そろそろ返しますよと話を持ち出しても 一階の人びとは いえいえ まだまだ思う存分おやりになってくださいと答えるであろう。と見越して アマテラスびとからは言い出しにくい。

 だから ひょっとしたら 一階のスサノヲたちは そのことを思いやって 口火を切ってやらねばならない。のかも知れない。





 ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2015-08-12 06:50:02

質問文に「ムラムラ」といふ単語が登場しますが、いやらしいことが念頭にあるのですか。

>《お花畑》平和教支部

ちようちよ支部はないのですか。

> 護憲平和教派は さすがにキリスト教の神を持ち出すことはないようですが そのベースには同じ排他的な一神教の神(《無い神》)が祀られているかのようで

これは御指摘のとほりです。まさしく排他的で一方的な主張を叫ぶだけで、対話をしたがりません。話しあひを拒否する、平和とは無縁の態度です。

>日本人は 知らず知らずのうちに 宗教(じつは 信仰)への関心を育み生活を息づかせて来ており

これは至言ですね。宗教を否定する人にほど、私は宗教的な姿勢を感じます。特にこのQ&Aサイトではさうです。

>第十代崇神ミマキイリヒコイニヱのミコトやその時の市民オホタタネコをあたかも代表とするかのごとく

『神皇正統記』は物置にしまつてあるので、参照できません。『日本書紀』(宇治谷孟訳 講談社学術文庫 上121ページ~)にそれらしいことが書いてありました。さつき一杯飲んだので、内容が把握できません。飲まなくてもアホは把握できません。

>ユヅリアヒの生活を千五百年おくって来ています

トラックを運転してゐるときは、1台か2台なら前に入れます。3台となると後続車が怒るかもしれないので、ゆづりません。

投稿日時 - 2015-08-11 19:46:01

お礼

 ヤマト・ミワのイリ政権とカフチ(河内)のワケ(またはタラシ)政権とのせめぎ合いです。

 イリなる歴史知性(世界への入り= 世界-内-存在たる知性)とさらにその上をアマガケリゆくヨセなるスーパー歴史知性とのたたかいです。


 ゆづってやったら 千五百年 神だなの上なる住み処は よほど居心地がよいみたいです。





 ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2015-08-11 22:10:11

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