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解決済みの質問

死後の世界はあると思いますか?

表題どおりですが、私は厳然と霊魂、霊界の存在を確信しています。

今までこういうサイトで聞いたり、他の人の同様の質問をいろいろ見てきました。
この種の話はどうしても肯定否定がはっきり分かれやすく賛否両論ですが、否定派の意見もかなり幅があることがわかります。オカルトだと決め付け頭ごなしで否定する人、はっきりわからないが科学的に証明できないのでどっちとも言えないという人、様々です。

結局いくら議論しても、生前に証明は不可能ですから最終的には個人個人が信じる信じないの世界になってしまうのは仕方ないでしょう。そこで、死後の世界、霊魂があると信じた場合のメリットデメリットを考えてみました。この場合、生前の行いに応じて、死後の行き先も異なることが前提です。

メリット・・・死後も霊魂が霊界で生きて、現世での行動への裁きがあることを知っていれば、自ずとこの世での行いに注意する。自分さえよければ他人を犠牲にしても知ったことじゃないという考えの人が多い殺伐とした現世がかなり優しくなると思います。

デメリット・・・あまり思い浮かびませんが強いて言えば、友人と議論してけんか腰になることがたまにある程度かな?でも友人も完全否定派ではなく、もし存在するならいずれ科学で証明されるだろうからと言っています。半信半疑よりやや信じないほうに近い感じですが。

私自身は別に霊感とか全く無いので何か見たとかもほとんどありません。若いころたまに金縛りに会ったくらいです。ですが、いろんな本を読んだり考えたり、テレビや映画などの見聞からやはり死後の世界や霊魂は必ずあるという結論です。

生前なにしようが死んだら無に帰すると思えば、この世では欲望むき出しで生きて物欲金欲丸出し、したい放題で恥ずかしい生きかたしてもお咎め一切無しと思い込みその通りの人生を送ってしまう人が多いでしょうね。現に、今のアメリカや日本などそんな人が特に多い気がします。まあ、他国でもいろんな人がいますが。もちろんアメリカ、日本でもそうじゃない人もたくさんいますが。

私もそんなに偉そうなことは言えませんが、なるべくやれる範囲で寄付したりとかしています。
人間だれしもいつかは100%死ぬので、その後どうなるか誰しも一度や二度は考えたことあると思います。どう思いますか。(頭ごなしに無いとかはご勘弁ください。)





・メリット・・・・この世の人生を終えても

投稿日時 - 2016-04-16 22:14:37

QNo.9159550

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

科学的、論理的、客観的には「わかりません」
それを前提に考えるなら、
「(何らかの形で)ある事を前提に考えて良い」
と思います。

例えば、無い・ありえないという結論は、
その方の知り得た範囲の(多くは伝聞の)情報が前提です。
が、それが全てである保証は、どこにもありません。

現象でも生物でも、発見・確認されるまではありえない、
存在しないと言われていた例は、いくらでもあります。

また、もし、死後の世界が存在すると仮定し、
人は(肉体の一部である)脳が無くとも精神活動が継続出来る
(もしくは、すぐに0=全てなくなって無。にはならない)と仮定しても、
脳の一部が損傷して精神活動に影響が及ぶ事、
現実に高次脳機能障害という現象が存在している事と、
必ずしも矛盾はせず、高次脳機能障害が無い証明にはなりません。
「ある・なし」と「影響が及ぶ・及ばない」は、別のお話だからです。

そして、いわゆる臨死体験と言われているものの中には、
大脳皮質が機能していなかったため、
幻覚を見る事すらできない状態であったはずなのに、
鮮明かつ複雑な内容の映像が現れた、
エベン・アレグザンダーのような例や、
全盲者が臨死体験中にのみ、視覚的体験をしたというお話もあります。

誤解してはいけないのは、
「報告や話があったので死後の世界は実在する。」
「死後の世界の実在が証明された。」
ではないんですよ。

が、一方では、それなりに信頼出来る、
専門家や複数の証言、状況でも、報告はある以上、
死後の世界を肯定しなくては説明する事が出来ない現象が、
現実に“報告され続けている” …一方、
死後の世界を肯定しても、
高次脳機能障害という、現実に存在する現象等が、
否定されたり、説明出来なくなるわけでは、ないと思うんですよね。

そして科学的、論理的、客観的には、
「ある・無いとは言えない」と考える人と、
「ない・あるとは言えない」と考える人が、
どちらもいるという、厳然たる事実こそが、
「わかりません」になっていると思います。

科学や客観で「ない」なら、
心情的、個人的には、どんなに死後の世界が大好きな方でも、
事実としてはない。と、世界中で認められているはずです。
「俺は、水が凍ると氷になるのは、どうしても嫌なんだが、
 確かに水の温度を下げれば、0度で氷にはなるのは認めるよ。」
と、言うようなのが科学で、
客観・理性では全員が認められるからこそ、科学と思うんですよ。


で、「ある・無い」どちらもいる・わからない、である以上、
今の時点では、科学的にすべてが、判明しているのではなく、
無いなら無いなりの、あるならあるなりの、
まだ何かわかっていない、理由があるように思います。

すると(人の心や精神活動、生死について)、
「まだ何か未発見の理由によって無い」よりは、
「まだ何か未発見の理由によってある」方が、
私ならありそうに思います…が、
そこまで含めて「わからない」と思います。

投稿日時 - 2016-04-17 11:57:42

お礼

どちらの立場の人も納得できるご名答と思います。

結論は「あるほうに分がある気がするが、わからないというのが正解だろう」ということですね。
私がなんとなく考えてることを非常に論理的に分かりやすく書いていただいた気がします。文章構成力がないとなかなか、うまく表現できないものです。

>現象でも生物でも、発見・確認されるまではありえない、
存在しないと言われていた例は、いくらでもあります。

この部分は特に共感します。今でもまだたまに新種の生物が見つかりますね。霊界などが将来的に科学的に証明されるかどうかはわかりませんが、
目に見えないものは一切認めないという意見にはちと同調しかねます。

思うに、無いと思うよりあると信じて生きるほうが、いろんな面でよりよい生きかたができると思いますね。それだけでも意味がある気がします。

投稿日時 - 2016-04-17 14:21:30

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回答(13)

ANo.12

因みにNo.8の
「もし死後の世界を否定しつつ墓参りをしているのだとしたら、ただの阿呆かダブルスタンダードですからね。」
という話に関しては興味があります。世間の人がどのくらい本気で拝んだりしているのか気になります。

私は多く見積もっても5%くらいしかそういうものを信じていので、拝みつつ「石の前で何やってるんだろうなあ」という気持ちになります。

投稿日時 - 2016-04-17 07:16:40

お礼

なるほど、判る気がします。本当は死後や霊魂など信じていないが、世間一般がやってるので世間体でしぶしぶ墓参りするというご意見ですね。
同様の人もけっこういるかもしれません。もちろん心からやられる方も大勢いるでしょうが。
こういう慣習については、大昔から連綿と続いてきたことを考えると、やはり何らかの意味があるのでしょう。昔の人は今より霊性が高かったので、霊の存在をよく理解しており、墓参りなども疑問を持たず当然のこととしてやってきたようです。時代が進み科学の発展と共に、霊とか死後などは非科学的ななんの根拠もないものと否定する意見が強くなり、形式的なものに変わってきた面も多少あるでしょう。
私などは墓に行くとなんとなく凛とした気持になりますが、なにかがあるせいかもしれません。

投稿日時 - 2016-04-17 14:37:23

ANo.11

あって欲しいけど、無さそうだと思っています。

単純に述べると

脳で物を考えている。死んだら脳は無くなる(形を失う)。だから死んだら意識は無くなる。意識こそが世界だ。だから死んだら無になる。

という感じに考えています。人間は動物の延長に過ぎないと思っています。

無になるのはこわいので否定して欲しいのですが、今まで霊魂や死後の世界が存在するという話で信じるに値すると思うものに出会ったことがないです。

ただ、意識や自我というものが存在するのが不思議です。

投稿日時 - 2016-04-17 06:59:01

お礼

あなたのようなお考えのかた多い気がします。

「死ねば脳がなくなり意識もなくなる。よって無になるだろう。
死後はあるかもしれないが、わからない」

もっともな疑問だと思います。この点は人間は霊魂と肉体からできていることから説明できます。死ぬと霊魂は使い古しの肉体から抜け出し霊界へ帰っていく。この霊魂は性格や考え方が生きてた時と全く変わらない。

>人間は動物の延長に過ぎないと思っています。

この点は、私のつたない研究によると、神様は人間には霊格の向上を目指すという特別の試練を課してるようです。この目的のため、輪廻転生を繰り返し、この世と霊界を行き来して魂を修行させる。
死んで霊界で暮らす霊魂は非常に居心地がよいので(地獄は除く)、金輪際この世に行きたくないと思うようですが、ずっと霊界にいても修行にならないため、一定期間過ぎると、いやいやながら再びこちらに戻されるようで
す。別に人間が他の動物より偉いとかそういうことはありませんが、少なくとも霊的な観点から見るとそういう存在です。

>無になるのはこわいので否定して欲しいのですが、今まで霊魂や死後の世界が存在するという話で信じるに値すると思うものに出会ったことがないです。

上記のとおり死んでも無にはなりません。また、後半については、私の場合は昔よく本屋に行っては関連本を買い込み、読みまくりました。また、テレビ等から得た情報なども考え合わせ、信じるに至りました。
自然体で生きて、信じられるようになれば信じればよいのではないでしょうか。

>ただ、意識や自我というものが存在するのが不思議です。

これこそ、私が霊魂、死後に興味を抱いたそもそもの原点です。
なぜ、自分はここにいるのか。生まれる前はどこにいて、死んだらどこへ行くのか。ものを考える自分の本体はなんなのか。
そんなことを考え始め、研究した結論が上記のようなことです。

余談ですが、最近自民党が大学の文系学部を廃止して、理系中心にしろというとんでもないことを言い出しました。法学部、経済学部、文学部等は直接
生産活動に役に立たないからいらない。これは正しく金儲け至上主義に毒された資本主義の本音むき出しの暴論です。心や精神を蔑ろにした物質至上主義の極致でしょうね。
連中のねらいは2つあり、1つは企業から見れば理学部工学部などを出て
すぐに研究開発などで儲けるのに役立つ人材が欲しい。得てして、彼らは
理系の学問バカが多いので、広い視野で物事を考えることが苦手な人が多く
企業側としても使いやすい。
2つめは、関連しますが、文系学部で歴史、文学、哲学など幅広い視野を身に付けた人は国のやることの是非もよく理解できるので、理不尽なことをすれば反対運動をするから、国から見れば邪魔臭い。こんなところでしょう。
なお、理系文系の性格については、あくまでそういう傾向があるということですから全員がそうだというわけではありません。

話を戻せば、死後を頭から否定する人は、実際死んであの世からお迎えの霊が来ても、理解できず頑として受けつけないため、お迎え霊もあきれて帰ってしまうそうですよ。そうなると、本来いるべきでないこの世に残ってしまい、自縛霊となって苦しむようです。ですから、生きてる間に勉強することは大事なようです。

投稿日時 - 2016-04-17 12:21:44

ANo.10

あなたが生まれる前にも(この)世界があったと思うかどうかを考えるのも参考にならないでしょうか。

投稿日時 - 2016-04-17 02:02:24

お礼

そうですね。当然あったと思います。
輪廻転生を繰り返して、この世と霊界を行き来し、魂の向上のための修行を積み重ねるのが人生の意味のようです。

投稿日時 - 2016-04-17 10:21:50

ANo.9

死後の世界が存在しないことは、科学・物理学、信仰、オカルト、などを持ち出さなくても、論理的に証明できます。
背理法で論証しましょう。
死後の世界が存在するとしましょう。
ということは死後の世界にも、時間・空間が存在しなければなりません。
なぜって、時間・空間は何ものかが存在するための絶対条件だからです。
時間がなかったら、変化できません、動けません、運動できません。
言い代えると、変化とか、動くとか、運動するためには、時間が必要です。
そして空間がなかったら、形がありません、面積もありません、広がりがありません、何ものかが存在するための場所がありません。
逆に言うと、形とか、面積とか、広がりとか、場所というのは、空間があって初めて存在するものだからです。
そして時間・空間がなかったら、何も見えないし、感覚できません。
そして死語の世界があることは、この私たちの住む世界の時間・空間と、死後の世界の時間・空間の二つがあることを意味します。
では、時間が二つあるとして、その境目ってどうなっているのでしょうか?
また、二つの空間があるとして、その境目に、幕でもあるんでしょうか?
二つの時間・空間があることは時間・空間の定義に反します。
時間・空間は一つでなければなりません。
時間・空間が一つということは、時間・空間はこの世界にあるか、それとも死後の世界にあるか、どちらかです。
そして私たちは、この世界に時間・空間があることを知っています。
ということは死後の世界に時間・空間がない、ということになります。
よって、結論、死後の世界は存在しない。
論理的に言って、そう言えます。
あなたは「私は厳然と霊魂、霊界の存在を確信しています」と言っていますが、それはあなたの信仰ですネ?
信仰だというのなら、私はそれを否定しません!
信仰は人それぞれ、自由ですから・・・・・・・

投稿日時 - 2016-04-17 01:21:30

お礼

内容からかなり理系に詳しい方かとお見受けします。
ひょっとしたら、大学の教授とかでしょうか。
背理法など専門的なお話は、残念ながら私の理解範囲を越えますので
お答えしようがありません。数学や物理の範疇だと思いますが、学生時代
この2つが何より苦手で嫌いだったのを思い出します。

なぜ嫌いかと言いますと、これらの学問は唯一の回答を得る目的で小難しい論理を重ねていきますが、そこに人間性とか幅の広さが感じられず、感情の無い無機的な冷たさむき出しと思うからです。
世界史が大好きですが、こちらは過去の人類の営為を感じ様々な思いに浸りながら、感情を持つ人間の息吹を感じることが出来るので、歴史上の史実も興味深く読めるのです。

良い悪いではなく、人間の頭脳には文系と理系がある気がします。
文系の人は感情中心、理系の人は論理中心でこれは歴史や文学と物理数学の
違いそのままでしょう。
有名なホーキング博士がちょっと前に「やはり死後や霊魂は存在しない」と言って物議を醸しましたが、彼も宇宙物理学者です。目に見える宇宙の研究では素晴らしい成果を挙げましたが、目に見えない精神世界のことには
残念ながら疎かったと言わざるを得ません。

私のつたない勉強によれば、あの世には時間の観念が無いそうです。
従ってこの世の論理は通用しない世界と言えそうです。
数学的な難しい理屈は上記のとおり、私には理解不能ですのでいくら
説明されてもわかりません。

否定派の人から見れば、信仰に見えるかもしれませんね。それでいいんじゃないでしょうか。真実は実際自分が死ぬまでははっきりとはわかりませんから。

投稿日時 - 2016-04-17 10:18:38

聞くまでもありません。日本人ならみんな信じています。

お盆もお彼岸も死後の世界があることを前提とした行事です。
つまり日本人の大多数は表向きはともかく内心は死後の世界があると信じていなければなりません。
もし死後の世界を否定しつつ墓参りをしているのだとしたら、ただの阿呆かダブルスタンダードですからね。

本件は今のところ科学的に証明するすべがありません。
そのような事案に白黒つけるには多数決しかありません。
そして上記の通り、多数決の結果として、議論の余地なく、日本においては死後の世界は「有る」と決しているのです。

投稿日時 - 2016-04-17 00:51:45

お礼

わかりやすいご回答ありがとうございます。

おっしゃるとおり、お盆やお彼岸の墓参りは、霊魂が存在することが大前提ですね。日本人がみんなそれを否定していたら、昔から続くこの慣習も無かったに決まっています。それどころか、お墓すら作らず、亡骸は適当に捨てられて終わりだったでしょう。死後に穴を掘って埋める習慣は、縄文時代より前の遺跡からも見つかるようで、太古の昔から人類はなんとなく、死後や霊魂があることを認識してたようです。

科学者の人たちは否定派が多いですが、表面上は立場があるためそんな「非」科学的なことは言えないというだけで、心の底では半信半疑の人もいると思います。

投稿日時 - 2016-04-17 13:18:58

ANo.7

 残念ながら死後の世界というものは存在しないと考えられます。

 まず死後の世界が存在するためには、死後も精神活動が継続されていなければならない筈だと思われます。
 何故なら、この死後の世界とは、人が死後に体験する世界の事なのであり、精神活動が無ければ、人格は存在出来ませんし、人格が無ければ、"その人"が何かを体験する事など出来る筈もないからです。
 ところが、死後にも人間の精神が継続している事を肯定してしまったのでは、説明がつかない現象が、現実に存在している事が確認されてます。
 例えば、病気や怪我などの様々な原因で脳が損傷する事により、時には高次脳機能障害と呼ばれる、精神活動(記憶、知覚、認識、思考、性格、etc.)における機能的障害が発生する場合がある事が知られています。

【参考URL】
 高次脳機能障害若者の会「ハイリハ東京」>「ハイリハ東京」入口>2.高次脳機能障害の実態(症状の説明)
  http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Ayame/7001/dainou/koujino-shoujo.html

 脳髄の一部が損傷しただけで、精神活動を行うために必要となる機能に障害が発生して、精神活動の一部が機能しなくなるのであれば、脳髄が全損する肉体的な死の後には、精神や人格は存在しないとするのが自然です。
 例えば、眼球は肉体の一部ですが、眼球が失われれば人は見る事が出来なくなりますから、もし死後の世界 が存在すると仮定した場合でも、死者は物や光を見る事が出来ないという事になります。
 同様に耳が無ければ音を聞く事は出来ませんし、鼻が無ければ臭いを嗅ぐ事が出来ませんし、舌が無ければ味を味わう事は出来ませんから、もし死後の世界 が存在すると仮定した場合でも、死者は音を聞く事も、臭いを嗅ぐ事も、味を味わう事も出来ないという事になります。
 又、感覚神経が機能を失っていれば、触覚や熱い冷たい、痛みなども感じられなくなりますから、もし死後の世界 が存在すると仮定した場合でも、死者にはその様な感覚を感じる事も無いという事になります。
 又、アルツハイマー型認知症は脳組織の一部の異状によって起きる疾患ですが、その症状として記憶障害や言語障害が現れる事からも明らかなように、脳の機能が失わればものを覚えたり、思い出したりする事は出来ませんから、もし死後の世界 が存在すると仮定した場合でも、死者には生前の記憶も無ければ、新たにものを覚える事も無いという事になります。
 又、事故などで脳に物理的な損傷を受けた後、それまでは温厚だった人物が、性格が一変して粗暴な人間となったり、凶暴な人間がロボトミー手術によって脳の前頭葉を切除されると従順な人間となったりといった例が知られており、これらの事から、もし死後の世界 が存在すると仮定した場合でも、その死者の性格は生前とは全く異なっているという事になります。
 又、脳の損傷によって植物状態になる場合がある事が知られており、植物状態の人間の大半には意識がありませんから、脳が無ければ意識を保つ事は出来ないと考えられますので、もし死後の世界 が存在すると仮定した場合でも、その死者には意識が無いという事になります。
 又それ以外にも高次脳機能障害には患者ごとに異なる様々な症例が報告されており、脳の障害によって認識能力、知覚能力、言語能力、概念、思考能力等々、様々な精神活動が失われる例が多数確認されています。
 何も感じず、何かを認識する事も無く、何も思い出せず、新たに何かを憶える事も無く、何も考えない、その様な状態を精神が存在すると呼べるとは思えません。
 もし、死後の世界が存在すると仮定しますと、人は(肉体の一部である)脳が無くとも精神活動が継続出来るという事になりますから、脳の一部が損傷しても精神活動に影響が及ぶ事は無い筈で、現実に高次脳機能障害という現象が存在している事の説明がつかなくなります。
 これに対して、霊の目撃は幻覚や錯覚、心霊写真は「人間の脳のパターン認識の誤作動」や「光学的な現象」、といった具合に、死後の世界を肯定する事なく、科学的に説明を付ける事が可能です。

【参考URL】
 ASIOS-超常現象の懐疑的調査のための会->調査レポート>心霊写真の解明と再現
  http://www.asios.org/ghost_photo.html

 死後の世界を肯定しなくては説明する事が出来ない現象が現実に確認されている訳ではないのに対して、死後の世界を肯定すると、高次脳機能障害という現実に存在する現象を説明する事が出来なくなる以上、死後の世界は存在しないと考えられます。

投稿日時 - 2016-04-17 00:44:38

お礼

長文の非常に科学的なご回答、ありがとうございます。

察するに医療関係などのお仕事されてる方かとお見受けします。
文章全体から、「死んで肉体が滅びれば、視覚、聴覚、味覚など一切の感覚も無くなる。脳が機能しなくなれば、当然何もわからなくなり無となる。」

こういう主旨と理解しました。

私の考えでは、この世で生きてる間は人間は霊魂と肉体が重なり合って存在している。目、耳、鼻、精神活動等全て、肉体の感覚器官を使っているため、それらが損傷してしまうと見えない聞こえないなど不自由極まりない生活を強いられる。
しかし、死んで肉体から霊魂が離れると、霊魂に備わってる器官が活動を始めるため、生前不自由だった目、耳なども見え聞こえるようになる。
実際、研究によると死後、五体満足に戻り驚く霊が多いとのことです。

心霊写真については、実際のものを見られたことがあるかどうかわかりませんが、どう考えても説明つかないものがごまんとあることは否定できないと思います。

私は科学が人間の生活を便利にしてきたことや、真理探究に役立ってきたことは否定しません。ただ、科学万能主義が行き過ぎて、精神的なことが蔑ろにされる傾向が強まり、物質至上、金儲け中心に流れてきたことは否めないと考えています。同時に全ての事象は科学で解明できるという考えは、神への冒涜であり人間の傲慢さの象徴であると思います。

いずれにしても、生きてる間はどちら側の考えにしろ、あるないをいくら論じても推測の域を出ないのは事実です。真実は自分が死んで初めてはっきりしますから、その時期を楽しみに待つつもりです。

投稿日時 - 2016-04-17 13:04:54

ANo.6

「最終的には個人個人が信じる信じないの世界」
つまり、議論の原点には、人間の立ち位置をどう捉えるかという問題が関わってきます。
霊魂、霊界という言葉自体が言語を持つ人間ならでは観念であり、世界観であると思うからです。
たしかに、人間は他の動物とは明らかに違う巨大な脳をもち、そこから死生観という人間独自の世界観を生み出した歴史があります。
しかし、私は人間は自然の一部に過ぎないという考えを持つ者であり、霊魂や霊界といった概念自体も人間が生み出したものであるという立場に立っております。
別な言い方をするならば、キリスト教ならば人間は神をも創造してしまうということです。

勿論、こうした宗教観は人間が生きる上で、とても有用であり、一方で、その信心深さの程度によっては人間の想像力を麻痺させるほどの影響力を持ち得ることも承知しております。

ただ、それも人間自身が自ら創造したものに過ぎません。

私の立場は一貫しています。
人間には、確かに他の動物とは明らかに違う能力を備えていることを認めた上で、あくまでも、単なる動物の一種、自然の一部という考え方に収束します。

そうなると、霊界も神の世界も、単なる人間の想像の産物ということにしかならないですね。

投稿日時 - 2016-04-16 23:52:04

お礼

霊魂、霊界という概念も所詮人間が頭で考えた概念に過ぎないというご意見ですね。
人間も動物の一種だから特別な存在ではないのでということと理解しました。

おっしゃること、わかります。私も人間を他の動物より一段上に見るのは好きでありません。しかし現にその力を利用して勝手し放題、他の生き物や地球を破滅させようとしています。全く、愚かとしか言えません。

いろいろ研究した結果ですが、数ある生き物の中で神様が人間には霊格向上のために特に輪廻転生を課したり、試練を与えてるようです。
また人と共に暮らす犬猫は人についで霊格が高く、いずれは人間に生まれ変わる存在だそうです。

しかし今のような状況では神もあきれ果てて、人類を見放して大異変が起きるかもしれませんね。

投稿日時 - 2016-04-17 02:45:12

ANo.5

> メリット・・・死後も霊魂が霊界で生きて、現世での行動への裁きがあることを知っていれば、自ずとこの世での行いに注意する。自分さえよければ他人を犠牲にしても知ったことじゃないという考えの人が多い殺伐とした現世がかなり優しくなると思います。


まさにこれに尽きると思います。
「現世で悪い事をすると、たとえそれがバレなかったとしても死後の世界で酷い目に遭う」と言う事を信じて、悪い事をする人が減れば、世の中は少し平和になります。
世の中を少しでも平和にする、これが本来の「宗教」の目的です。

つまり、人々の気持ちの問題ですから、現実に物理的にそれが存在するかどうかはどうでも良いことです。

投稿日時 - 2016-04-16 23:15:16

お礼

おっしゃるとおり、実在云々は置いといてそういう気持がある人が多ければこの世はかなり良くなると思います。

昔は「誰も見て無くてもお天道様が見てるぞ」という言葉もよく聞きましたが最近は皆無です。お天道様=神様と考えれば正しくそのとおりです。

そういう規範、倫理が無くなってしまった結果が今の日本でしょう。
環境破壊、権力者の横暴、金儲け最優先、弱者踏みつけ、燦々たる状況です。
生きてるこの世が一番地獄と言っても過言ではないでしょうね。

投稿日時 - 2016-04-17 02:25:59

ANo.4

>私自身は別に霊感とか全く無いので何か見たとかもほとんどありません。

「幽霊の正体みたり、枯れ尾花」という、有名な川柳があります。

>若いころたまに金縛りに会ったくらいです。

レム睡眠の時に、脳と神経の異常(タイムラグ)で意識とは関係なく体が動かなくなります。

>テレビや映画などの見聞からやはり死後の世界や霊魂は必ずあるという結論です。

テレビ・映画などは、そもそも「主題によって、霊魂の存在を決める」のです。
霊魂の世界を否定するテレビ番組・映画も、存在します。

>その後どうなるか誰しも一度や二度は考えたことあると思います。どう思いますか。

質問者さまも理解している通り、誰も霊の存在を肯定・否定出来ません。
天国・地獄から、生還した人がいないのですからね。
ただ、死後の世界が無いのであれば「宗教・霊場の存在は無い」ですよね。
仏教・キリスト教・イスラム教でも、天国・地獄が存在します。
「天国に行ける様に、生きている間は正しい事をしましよう」
これが、社会秩序を守っていたのでしようね。
今では、宗教の教えよりも法律が優先します。
心の法律が、宗教でしようね。

投稿日時 - 2016-04-16 23:01:20

お礼

おっしゃるとおり、証明する手段が無いので死後の世界や霊魂を必ずあると断定しても意味は無いでしょう、「じゃ、目の前に出してくれ」と言われれば、不可能ですから。

なので基本的には個人の信じる信じないになるのは仕方ありません。
ただ、臨死体験した人の話は相当多く、かなり調べても説明つかない事例が多いようです。これは、死に掛けたけどまだ寿命が来てないのでこの世に戻されるということらしいですよ。
実際、臨死体験者の多くがあちらですでに亡くなってる親兄弟、配偶者友人と会い、「お前はまだその時期じゃないから、あちらへ戻りなさい」と言われ気を失い、気がついたら病院のベッドの上だったという話が非常にたくさんあります。

また、言われるように実在を前提とせず、悪いことをさせないために天国地獄の概念を教えてきた側面もあると思いますが、やはり厳然として現世での行いで死後の行き先が決まるようです。非常に細かく分かれていて、普通に生きた人は可もなし不可もなしの場所へ行くとのこと。また、あまりに悪行がひどかった人間はやはり地獄しか行く場所がないそうです。

法律については、あくまでこの世だけのもの。「悪法も法なり」という言葉がありますが、所詮時の情勢によって、権力者が反対を押さえつけるために
無理やり作った変な法でもその権力者が支持されてる間は生きていて、利用されてしまいます。しかし、それは人類平和、愛、助け合い、協同、博愛などとは正反対の、自分たちの勝手し放題を決定付ける手段として作る場合がほとんどです。過去も現在も地球上至る所でやられてますよね。

あの世は明文化された法律などは無い代わりに、厳然たる法則「愛」を基本とした世界だそうです。私利私欲まみれの輩が牛耳ってる現世とは比較にならない素晴らしい世界みたいですよ。

投稿日時 - 2016-04-17 02:11:25

ANo.3

無いです。
死ぬとゆうことは、人間として「無」になるとゆうことです。
いえ、「無」なのだから「なる」とゆうのも変な言い方ですね。
とにかく、無なのだから何も無くなる訳で、その後の世界など有り得ないです。
それがあるなら、この世に生まれて死んでいった過去の何百億、何千億の人がいる場所、スペースがあることになりますね?
この地球上にでしょうか? そんな場所は無いです。
その人たちは何を食べているのでしょうか?
それを誰が、どこで作っているのでしょうか?
それを考えても有り得ないことだと分かりますね。

投稿日時 - 2016-04-16 22:57:34

お礼

無いとストレートに断定されると、ある意味清々しいですね。

日本は諸外国と比較しても、かなり無神論者=死後否定論者が多いと聞きました。アメリカも同様らしいですが、ヨーロッパは概して、神や霊魂を信じる人が多いようです。キリスト教徒が多く、その教えがまだ浸透してることもあるかもしれません。アメリカはあまりにも物質主義が進みすぎて、国益のために戦争仕掛けたり、TPPやらなんやらで一部の富裕層をより一層儲けさせる無理強いを平気でやってますが、まあ正気の沙汰ではないですね。
日本も戦後、そんなアメリカ様の支配化になり、同じような非常に偏った方向に行ってしまいました。

閑話休題、話を戻します。死んだら完全に無になると本当にお思いですか。
もしそうなら今現在、物を考えたり泣き笑いしてる自分とはなんでしょう。
単なる肉体、脳みそであり死ねば全てなくなり、脳も機能しなくなって意識すら消えてしまうということですよね。

過去の無数の人はどこにいるかという疑問はもっともです。輪廻転生という言葉を聞いたことはないでしょうか。「人間は肉体と霊魂から出来ていて、死ぬと霊魂が抜け出し霊界に帰る。一定期間(霊魂の進化の程度により違う)経つと、再び修行のためにこの世の別の肉体に宿り、新たなこの世の人生を生きて修行する」ということです。

これを何十回、何百回と繰り返して霊格を高める修行を積まされる。従って、一度死んであちらへ行った霊魂も順次再び生まれ変わるので、あの世とこの世を行ったり来たりしてるからあちらが満杯にはならないようです。

霊魂の住む場所(霊界)は、次元は違いますが(現世は3次元、霊界は4次元)地球を取り巻く上空にあるといいます。ただし、次元が違うので、生きてる人間からは霊は見えないし、声も聞こえません。逆に霊からはこちらは全て見えてるが、いくら話しかけてもこちらは聞こえないようです。

食べ物については、死後しばらくは幽界という場所にとりあえず住むのですが、そこはこの世とそっくりで、なんと頭でこれが食べたいと思うと目の前にぱっと現れるとのことです。当然お金は不要。そもそもあちらはお金そのものが存在しないので。しかし、肉体が無いから基本的に食べる必要もなく、だんだん慣れて来ると食事しなくなるそうです。当然排泄もありません。さらに夜がないので寝ることもないそうです。

そんな世界を作ったのはやはり神様のようですよ。
以上書いたことは、いろんな本とか資料を見ての結論です。荒唐無稽と思うかもしれませんが、それはご自由です。
いずれ、死ぬときを迎えたら真実が明らかになりますね。

投稿日時 - 2016-04-17 01:29:44

ANo.2

こんちには。

やはり精神世界的な話しなので意見は分かれます。

質問者さんは多分、心優しいのですよ。否定する人を批判するのでなく意見は意見として受け入れているところがあなたの素晴らしいところではないでしょうか。
たぶん、この手の話しに答えはないんでしょうね。
この手の話しはやはり商売にされている方がいるので胡散臭いと思われます。
やはり「心のあり方」の問題だと思います。
俺はあまり非科学的な事は信用しないけれど、もし死後の世界みたいなものがあるとしたら、あっちに行ったら怒られるような生き方しかしていないので褒められるような生き方をできるようにしたいと思います。

投稿日時 - 2016-04-16 22:45:57

お礼

おっしゃるとおり、この種の話は数学と違い正解は無く考え方は百人百様です。
心優しいかどうかはわかりませんが、以前は自分の考えを押し付けるような書き方を結構してました。その結果きつい反論もたまにありましたが、考えて見ると、誰も目に見える証明はできないことをいくら強弁しても仕方ないと思うようになりました。

かといって、もちろん考えの基本は変わっていませんが。
言われるように、一部の心無い人がこういうことで金儲けしてるのは事実で残念極まりないです。こういう輩は下の下としか言えません。本当に人々に真実を伝えて啓蒙し、幸せになってほしいと思ってる人は決してそれで金は取らないようですから。

あまりおこがましい言い方はしたくないのですが、もし回答者さんが私のつたない文章を見てそう考えてくださったなら本望であり、とても嬉しいことですね。

追伸  私もあまりほめられた人生生きてません。従って、ちょっと死後が心配です。

投稿日時 - 2016-04-17 00:33:43

ANo.1

物理学的に、知れば知るほど、そんなものが
もぐり込む余地はない。
「科学にも分からない事はある」と言う輩は、
単に“その人が知らない”というだけの事。
(楽をして勉強せずに、自分が楽になれる
都合のよい事は信じる怠慢さ)

投稿日時 - 2016-04-16 22:31:21

お礼

科学万能主義だとそういう結論になるでしょうね。
私は高校時代、数学物理が大の苦手なのに、就職に有利という根も葉も無い噂に載せられて理系コースに進んで結果受験全滅し、浪人しました。
考えた結果、本来歴史が大好きなのに気持を偽り理系を選んだことを大後悔し、文系に変えて無事大学合格。授業も興味が持てるものが多く、有意義な4年間を過ごせました。

思うに、「科学でこの世の現象全てを説明できる」とは全く思いませんので残念ながら、その点はご意見が一致しないですかね。
心霊写真、臨死体験、など一度は聞いたことあると思いますが、詳しく調べても説明つかないことが無数にあることはご存知でしょうか。これは別に霊魂とか以外でも、UFO,未知の生物、不思議な出来事など枚挙に暇がありません。それらを全て、全否定するのはさすがに無理があると思います。

有名なホーキング博士が「やはり死後は無だ」と何年か前に言い、論議を呼びましたが、得てして物理学者、数学者は特に否定派が多い感じがします。
長年、表面的な現象ばかりだけを研究してて、目に見えない心や精神といったことまで物理的に解明できると思ってしまうのでしょうか。全て、脳内物質の働きのせいと断定するのも無理があるでしょう。

科学が人間の便利さを推進してきたことは否定しません。しかし、反面それが行き過ぎて目に見えないものを蔑ろにする傾向が強まり、物質中心、儲け優先の資本主義に結びついてるのは否めない気がします。

最後に怠慢と書かれてますが、勉強もいろいろありますよ。なにも科学だけが学問ではありません。哲学は、そもそも人間が生きる意義などを深く考える学問であり、ソクラテスの昔から現代まで実に多くの哲学者がいます。
思想も様々でかなり難解なことを言ってる人から、わかりやすい文章で明快な人までいろいろです。しかし、共通してるのは、みんな人生や生きる意味、この世のあり方、死後などを深く考えてることです。それほど深く研究してませんが。

友人と、科学と哲学の関係について議論した時、「哲学は科学も包含する幅広い学問だ」と言っていたのを思い出します。死後を肯定しない彼も、哲学の有用性は理解してくれてるようでうれしかったですね。

投稿日時 - 2016-04-16 23:50:51

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