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解決済みの質問

「歴史的事実」とはなにか?

数日前、わたしのFacebookのドイツ人の友人が、「最近のヨーロッパでの極右の台頭が怖い」といってきたので、「ヨーロッパだけじゃなく、日本でもアメリカでも同じだよ」と返信しました。

ところで、そのドイツの友人と、『顔のないヒトラーたち』という映画が話題になりました、
彼女やその友人のドイツ人も知らなかったということですが、わたしも未見ながら見てみたいと思っています。

そこで、彼女は「一部の極右を除いて、ナチスの犯罪はほとんどのドイツ国民が知っている」ということばに考えさせられました。

先日姉妹サイトの「哲学」のコーナーでのやり取りで、わたしと議論していた物理学者の言葉、

『現代史の難しさは、その事象に関わった人々の存命中は、彼らの利害関係が執拗に絡んで来るので、利害関係を排除して客観的に俯瞰することを大前提とする学問的態度を取ることが不可能であるところにあります。

歴史が学問としての信用を保証されるためには、利害関係に絡んだその当事者とその直接の関係者が存命中は無理で、従って、少なくとも100年は掛かると良く言われています。

ここが歴史学の面白くも複雑な所です。当事者がいなくなってしまうと、事実関係の詳細の多くの部分が消失してしまう。一方、当事者及びそれと直接繋がった人がいる限り、歴史学の本来の目的である客観的な歴史認識が出来なくなってしまう。』

そこでこの物理学者の言葉と、先のドイツ人の友人の言葉から浮かんだ疑問です。

貴方はドイツの一部極右、あるいは「ホロコースト」を知らない人に『ホロコースト』『アウシュウィッツ』があったということを認めさせることができますか?

(1) できる

(2) 不可能

(3) どちらともえいない

(4) できない。なぜならそれはユダヤ人のデッチアゲだから。

理由を添えてお考えをお聞かせください。

投稿日時 - 2016-07-01 01:51:06

QNo.9195329

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

こんばんは。お元気でしたか⁈。此れは難しいですが
(1) 出来る。途方にくれる困難さで、時間は掛かりますが。
洗脳を解く技術は不可欠。専門的な詳細は存じませんので私の経験ですが、独我的に閉じて、情報遮断し聞く耳持たぬ人には、何か強力な真実と思える言葉一言、植え付ける、或いは無意識に働くように忍び込ませる。~カントの定言命法の様なもの、証明は不能だけど、確からしい事です。其れしか出来ないが、何年か後に効き目が出る事も有りました。
議論が可能なら、先づは主張を認めます。歴史の事象に関しては対立する双方に、正論と誤認とが供に見受けられるでしょう。
戦後のドイツは日本以上に、建て前 社会だと言われ、Political-correct,コードに依って、ナチス再評価などタブーでしょう。関連のワーグナー曲が戦後初めてイスラエルで演奏されたのは2001年、バレンボイム と E.サイード、
http://hiroomikes20120501.blogspot.jp/2013/09/ara-guzelimian201392.html
~斯様に 立場を跨ぐ当事者で越境者の尽力は有効でしょう。
フランスでもナチス支持者の大文学者の復権は大変でしたね、セリーヌ、Aアルトー、ドリュラ.ロシェル、、彼らはホロコーストを知らなかったのですが、台頭期のNazisの正当性と緑の自然観、社会民主主義、吝嗇ユダヤ資本に対する反感などは広く共感されてたでしょう⁈。~其れは先づ認めなければ為らない。でも此れ言うとファシズムだ対独協力だ、典型的Frenchイデオロギだとレッテル貼られる。別段リビジョニストではない。ベルクソンやドゥルーズも言われた。詰まらぬ唯の人権派で親ユダヤ派のヌーボーPhilosophe達に。
~南京虐殺も当初の発表は三千人が、漸次百倍になって居り此れは公正な調査によるのでなく、共産党による政治利用でしょう。
一方、収容所で思想洗脳された捕虜ではない日本兵もリンチや殺戮を証言されてるので、大抵の人は認めてるでしょう、虐殺は無かったとは言えない。
只、極右と言われる中にはナイーブで純真な人が居て、先人の悪事を認めたくない。~どの戦争にも虐殺や略奪、強姦は付き物で特別な犯罪ではない。それを我が邦だけは正当な事しかしてないとし、民族の理想像に想像的に現在の自己を同一化して溜飲下げるのは、何かの不満の吐け口であり実は先人を慮るのでなく自己正当化したいだけで、ネオナチや英国の排外主義の青年も同様でしょう。美と崇高の問題ですね。
国家が組織した軍隊は、自覚ある戦士とは言えない素人兵隊の集団です、綺麗事だけで済む筈は無い。コソボでの国連部隊のレイプも有名ですし、米海兵隊の素人並の戦闘とPTSDが、160人狙撃のAmericanスナイパーの主人公によって報告もされてる。
時効でも戦時の汚点は話し難い。私も貴方だから言いました、人肉食べたと、詳しく言わないと総スカンでしょ。大岡昇平の小説や、神軍’’の奥崎謙三の映画でも兵士はやっとこさ重い口を開くのが人肉食の話。~特攻崩れと戦後罵られた兵士も最近告白し始めた。~平和主義者でも、広島の被爆者がやっと伝えた「横たわり必死で水を欲しがる人々を見殺しにし踏み越えて私は生き延びたのです..」
未だ先ですね、前世紀の戦争が歴史として確定するのは。特に東亜は遅い。
歴史学へは、映画と哲学からの明答が有るので間に合えば再記します。

投稿日時 - 2016-07-02 21:00:41

お礼

お久しぶりですね。

「ホロコースト」を否定することは「洗脳」であるとして、それは誰かから洗脳させられたのか?或いは自ら「否定する」という途を選択したのか?

>フランスでもナチス支持者の大文学者の復権は大変でしたね、セリーヌ、Aアルトー、ドリュラ.ロシェル、、彼らはホロコーストを知らなかったのですが、台頭期のNazisの正当性と緑の自然観、社会民主主義、吝嗇ユダヤ資本に対する反感などは広く共感されてたでしょう⁈。

この点だけを採るならば、彼らの共感も分からないではないですね。

自分も含めて、人間て、そんな崇高なものじゃない。彼がやったことを何故われはやらないと言えるのか?何故やったことを「やらなかった」ことにしたがるのか?それとも「やったこと」を「やらなかったことに」したわけではなく、はじめから「なかったこと」なのか?
そこで「ホロコースト」に戻って、「歴史とは宗教(信仰)である」と言えるのか?
つまり歴史的事実は「神」の存在同様「不可知」の領域であるから、「ある」というひとにはあり「ない」というひとにはない。それが限界なのか?

>国家が組織した軍隊は、自覚ある戦士とは言えない素人兵隊の集団です、綺麗事だけで済む筈は無い。

極端な話ですが、戦争をしたければすればいい、けれども東日本大震災や熊本の震災、或いはフクシマの事後処理のマズさと隠蔽体質とを見ると、やったところで勝てっこないと思わざるを得ない。
やれば勝てるような戦争を知悉したリーダーは、可能な限り諍いを避けようとする。そんなパラドクスが成り立つように思えるのです。

>広島の被爆者がやっと伝えた「横たわり必死で水を欲しがる人々を見殺しにし踏み越えて私は生き延びたのです..」

これは真実だと思います。綺麗ごとではない、人が人を殺害するだけではなく、一般人が隣人を見殺しにしなければならない状況を生み出すこと、これが戦争です。

>未だ先ですね、前世紀の戦争が歴史として確定するのは。特に東亜は遅い。

そうですね。

>歴史学へは、映画と哲学からの明答が有るので間に合えば再記します。

よろしくお願いします。

marcさんの議論は難解できちんとしたお礼も覚束きませんが、興味は付きません。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-03 01:49:37

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回答(22)

ANo.22

今晩は。~難解と言われるのは承知してますが、其れは私でなく世界の記述が難解なのです(^^;。単純な事実は在るけど、積み重なる全体は、知り得ず 表象も不可能。でも相対主義に陥らない [歴史的事実]は、証明の問題とは別次元に存在すると想う
◉主体としての『歴史』と云う事。/利害関係で,biasの罹った当事者でもなく又、実情と縁無い後世の解釈者でもない、 仮象ではあるけど明らかに機能してると思える、歴史主体なる物の判断。在ると私は思います
ヘーゲルは「理性の狡智」と言った。彼は東洋を捨象するので私は好みませんが、歴史の狡智’なる事態が確かに出来する。例えば、
⚫︎原爆開発の、マンハッタンproject=前方に投げる, 意味ですが遠く時を超え、其の場に帰結した,Manhattanリザルト とも言えるのが9.11の事件と取れます
此れはアメリカが原爆投下の責任に向き合わず放置して、総括避け歴史を確定して来なかったツケとも言える。その証拠に彼らはあの地を,groundZERO、と名付けてた。言うまでもなく長崎がオリジナル。戦争の歴史は終結してなかった
エノラゲイかリトルBoy号の関係者で責任に向き合った唯一の関係者は記録報道官であり、彼は自殺を図ったか精神に異常を来した、誠実な人柄でした。~向き合えない軍人は「早期終結の為だった!」と自己正当化しないと事実に耐えられない。チキンホークでもないマッチョな米軍人でも耐えられぬ責任と云うのが有る。
~歴史を確定しないと、未来まで潜在する出来事が続いてる事がある、その帰結か。~広島オバマは70年目のスタートとしては有意義でした。歴史には潜勢力virtualiteが在るです
⛰主体としての歴史は、巨大な山塊の様な物か、象は確定して不動に見えますが、内部地下はマグマか、非火山でも感知され得ぬ隆起や沈下が進行してる。埋蔵資料も出るし
⚫︎Islāmiaステートも、100年前の英仏の三枚舌外交; バルフォア宣言とサイクス=ピコ協定,の帰結と取れます。~エルサレムを除くレパントの地に、イスラム国を建設すると約束した侭ですから。IS側はnetでそう明記してる。あの責任を明確にしないと歴史は動く。
~確定できる事実を超えて、歴史は斯様に機能す。全人類的な理性とも言えるかも、漸次的に確からしい真実哉。全世界なので、国益=interest,の出る幕は無い。
⚫︎歴史の無意識’ とも言えるか⁉︎、其れも事後的に見出される物ですが、フロイト博士が「モーゼと一神教」で展開した,自民族ユダヤの無意識も其の類いで、畏るべき物です。
超自我とか、カントの〈超越論的統覚X.〉統覚: aperception。決して表象はされず、経験的な知覚でもないですが、確実に機能してると思える、その集積としての歴史主体⁉︎
抽象力の高い思考は、事実以上に 真実を衝く事が有るですね~。
仮構作用=function fabulatrice.~作り話の機能。ベルクソン+ドゥルーズの概念。~イスラエルが建国された事により、其れまで存在しなかった,パレスチナ民族が出来してしまった事が例示されてた。彼等はユダヤ含めてセムハム民でした。古代のペリシテ人パリサイ人は別の民と言われてます。
歴史の抽象力とは、斯様に現実に働く物で、絵空事の観念論ではないですね。~其れは、映画的知性にも言える事なのですが、次回に致しましょう

投稿日時 - 2016-07-03 20:00:56

お礼

一旦締め切ってしまいましたが、映画については是非お話を伺いたいと思います。
ところで、2回にわたり興味深い貴重なご考察を頂きましたが、その裏のmarc2さんの政治的な立ち位置というものがいまひとつ見えてきません。(笑)
亀次郎さんは選挙に行くと言われていましたが、marc2さんは行かれるのでしょうか?わたしはどうも気が乗らないのです。

ところで、

>利害関係で,biasの罹った当事者でもなく又、実情と縁無い後世の解釈者でもない、 仮象ではあるけど明らかに機能してると思える、歴史主体なる物の判断。在ると私は思います

そうですか?しかしわたしたちはそれをどのように知りうるのでしょう?

また歴史的事実とは完結した物語ではなく、それは動態でしょうか?

続きはもしよろしければ
http://okwave.jp/qa/q9196438.html

に書き込んでください。

難解ながらとても参考になりました。

暑くなりましたがお身体お大事に。

投稿日時 - 2016-07-04 03:36:46

ANo.20

>やりとりのあったアメリカ在住の日本人物理学者は、「戦後の日本の歴史は徹頭徹尾勝者からの洗脳である」という立場です。

ではその方に、日本の歴史マニアからこの言葉を贈ります。「歴史とは、勝者の記録である」とね。
欧米のナチス全否定は、ナチスが「敗者」であるからに他なりませんよ。当時はイギリスやアメリカでもヒトラーは大人気だったんですから。だからヒトラーはイギリスとアメリカと講和ができることを最後まで望んでいたんです。自分の人気はアメリカやイギリスでも自国と負けず劣らずだから「ソ連が迫っている。これは危険だからドイツと講和しよう」という世論が高まることを最後まで期待していたのです。でもチャーチルもルーズベルトもヒトラーが個人的な感情として大嫌いだったのは間違いないと思います。特にルーズベルトは思想的にもほとんど社会主義者に近いですからね。スターリンをどう思っていたかは分かりませんが、ソ連という国は嫌いではなかったと思います。
みーーーーんな知らんぷりしてるだけ。そこが白人の腹黒いところなんですよ。日本人は人が好すぎるんですな。

>事実と認識され得るかは、「証拠」=その事実を明らかに証明するもの・人の多寡ということでしょうか。

「科学」って、そういうものなのではないでしょうかね。科学のたぶん9割くらいは仮説です。地震の原因がプレートの移動にあるというのも、完全に証明されたわけではありません。私には理解できませんが、相対性理論も完全に証明されたわけでもありません。100%、絶対、間違いなく正しいと断言できるのは物理学でもニュートン物理学くらいだという話も聞いたことがあります。だから、最終的には信じるかどうかは証拠の積み重ねになると思います。
ただ歴史の場合は「その資料にどれだけ信憑性があるかどうか」ということも重要になりますから、科学ほど「科学的」ではないというのはありますね。

そもそも「客観的な歴史」なんて存在しないのですよ。相対性理論と同じです。物体の速度はそれを観察する地点によって変わるというのと同じで、その歴史的事実も観察する視点によって意味が変わるのです。物理の法則は万物に当てはまりますが、歴史にも当てはまる、というところで、へい、お後がよろしいようで。

投稿日時 - 2016-07-02 11:53:48

ANo.19

>あるいは誰と誰の間の「利害」なのかがわかりません。

たとえばリビジョニストは、差別をつかって利を得ているので、認めなかったり認めても規模を小さくみつもって印象づけようとします。
たとえば「戦時中どこそこで30万人が虐殺された」という情報への反応は2つあります
・虐殺はいけない。あれは間違いだった。謝らなければ。
・30万は多すぎる。せいぜい300人だ。みんな、そうだろう?

後者は人気(利)を簡単に手放せないからこんな論法になってしまう。

投稿日時 - 2016-07-02 10:19:15

お礼

こんばんは。

>たとえば「戦時中どこそこで30万人が虐殺された」という情報への反応は2つあります
・虐殺はいけない。あれは間違いだった。謝らなければ。
・30万は多すぎる。せいぜい300人だ。みんな、そうだろう?

なるほど。ただ「100人ならまずいけれど1人ならいい」といった、人命の「数量化」は結局は自分自身をも含めた「人間存在」への冒涜という気がしてならないのです。

再度のご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-03 00:41:57

ANo.18

おはようございます

質問をされておられた?
今、眺めておりまして少しお話させていただこうかと
ただあまり難しい話をされても知恵熱が出ますのでまあ雑談と言うことで

映画「顔のないヒットラー」、はて?面白そうな映画だことと思いましたが
10月公開なのですね?
「武蔵野館」、今もまだあるのですねえ実に懐かしい
新宿駅中央口から直ぐでしたが「中村屋」の裏手にあたる
私も良く通ったものですが広い意味でのシリアスな映画をかける
今はどうなのでしょうかね?

極右の台頭はアメリカはいざ知らず日本も同じなのですか?
はて?何を指して極右の台頭と言われるのでしょう?
「日本会議」を言っておられるのですか?
議論するつもりはないのです、
ただあの会議に名前を連ねる方々を眺める時に極右とは私には思えない
純粋に日本を愛する方々であろうかと
「誇りある日本を取り戻そう」、これを極右と言われるのなら
私は平凡な一市民ではあるが極右と言う言葉を甘んじて受ける

現代史の難しさ?
それはまあ仰るとうりでしょうが
客観的かつ俯瞰的に見ることがそれほど難しい事でしょうか?
私はそうは思わないしそれが出来ないのなら
学問などと言うべきではない
学問とは俗世界の利害とは無縁であるはずです
私はあなたの言葉に驚く

私はこの「歴史学」と言う言葉に馴染みがありませんでね
私の頃は世界史、東洋史それと日本史でしたかね?
その上で言わせていただけば
歴史学は面白いとは思いますがそれほど複雑なことなのですか?
私はこう思うのですが
失われた過去の歴史の欠片を拾い集めて現代に復元する
それが歴史学であろうかと?
あなたの言う「歴史的事実」があるいは見つかるやも知れませんね

さて最後に「ホロコースト」と「アウシュビッツ」
質問はその事実があった事を認めさせる事が出来るか?
この下でsqさんも言っておられるが無理と言うか不可能でしょう
「アウシュビッツ」の存在を認めさせることは可能でしょう
これは建物も現存してある訳ですから
「ホロコースト」についてはそれを証明する写真もある訳ですが
そう言った事実はないとの前提からの議論ですから受け入れませんし
「盗人にも三分の理」で理屈はいくらでも付けられる
不毛の議論と言うしかありません
これは本来「ニュールンベルグ裁判」で決着はついているはずなのですが
ゲーリングは明快に言っておりますよ
私は直接に関与はしていない、ただその事実があった事は承知している
これで充分と思うのですが、ただね疑義があれば
それを主張することはあっていいと私は思う
現代の我々にとって過去の歴史とはそれほど確かなものでもないでしょうし

ジョン・プライスが言う
「歴史とは常に勝者のものである」
現代の我々はこの言葉を心に刻んでおくべきでしょうね

投稿日時 - 2016-07-02 06:57:48

お礼

こんばんは、(おはようございます)かな?

『顔のないヒトラー』はDVDが出ているようですね。機会があれば見てみたいと思っています。

>「誇りある日本を取り戻そう」、これを極右と言われるのなら
私は平凡な一市民ではあるが極右と言う言葉を甘んじて受ける

わたしも議論をするつもりはありませんが、
おそらく、亀次郎さんとわたしとの違いは、「公」=「国家(国体)」を優先するか?「個人」「わたし」「あなた」を優先するかの違いではないかと思います。マルクスは「プロレタリアートは祖国を持たない」と言いましたが、わたしは自民党を支持する人たちのように裕福ではないので、愛国心というものを持ちません。言い換えれば受け容れてくれる国があればすぐにでも行くという「プロレタリアート」です。祖国がスペインであろうと、パラグアイであろうと生きて行ければいいのです。

>「ホロコースト」についてはそれを証明する写真もある訳ですが
そう言った事実はないとの前提からの議論ですから受け入れませんし
「盗人にも三分の理」で理屈はいくらでも付けられる
不毛の議論と言うしかありません

その通りですね。

雑談ついでに亀次郎さんは今度の選挙に行かれますか?
わたしは多分(いつもの通り)行かないように思います。
理由は単純で、主義主張に共鳴できる候補者がいないということです。

だんだんと暑くなってきましたね。

お付き合いくださりありがとうございました。

お身体ご自愛ください。

投稿日時 - 2016-07-03 00:36:39

ANo.17

 #7です。補足です。

>>>ということは「歴史的事実」とは「未知」の領域であるというご意見でしょうか。

「未知」ではなく、「不可知」とします。

 おっしゃる通りだと思います。

投稿日時 - 2016-07-02 03:15:20

お礼

再度のご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-03 00:20:13

ANo.16

早速お礼を頂き、ありがとうございます。
>事実を認めさせることができない以上、彼らの事実つ認識が正当なのでしょうか?
これを拝見して、歪んだ宗教観を思い出しました。
例えば教祖が教義に則った治療と称して、病人に食事を与えなかったり荒療治をしたりなどで亡くなってしまう事件がありますね。
社会通念上・一般的な感覚からしたら、無謀、無茶、荒唐無稽に映る治療法でも、その教祖からしたら「立派な信仰・教義に則った治療」と言って、頑として過ちは認めないでしょう。
ここではいくら社会的な常識を被せたところで、「自分が正しい・正当」と主張し続けると思います。
仰っている件ですが、社会的には明らかにおかしいけど、彼らの世界では当たり前のこととして受容されてしまうということだと思います。
事実を認めさせることが出来ないのではなく、「事実と認識していない」のですから、ここは社会的常識という尺度で、どれだけ彼らが乖離しているかで判断するしかなさそうです。
乖離しているなりの付き合い方を続けていくしかなさそうです。こちらから拒絶することが=彼らの間違いを共有することにつながります。

投稿日時 - 2016-07-02 00:20:09

お礼

こちらこそ、再度のご回答をありがとうございます。

>仰っている件ですが、社会的には明らかにおかしいけど、彼らの世界では当たり前のこととして受容されてしまうということだと思います。

しかし、同時にじゃあ絶対に我々=社会的に常識とされていることが正しいのか、ということになると、結局「正しいことはひとつではない」ということになるのでしょうか。

これを敷衍すれば、「ホロコースト」も「南京虐殺」もあったと思う人にはあり、
否定する人には「事実ではない」という完全な相対主義になってしまいますね。

ですから「歴史とは宗教か?」という命題が持ち上がってきます。

投稿日時 - 2016-07-02 02:00:25

ANo.15

 アンケートにしては難しい話ですが、(3) どちらともいえない?

 極右ってイメージ的に、排他主義者的に感じます。排他的とは仲間以外を排除することなので、いくらこちらが真摯に説明しようとしても、こちらを仲間と見なさない限り、聞く耳を持たないように思われます。「馬の耳に念仏」ですね。極右とは仲間になれそうもないし。「ホロコースト」の歴史は間違いないと思いますが。

 世界的に排他主義の時代なのでしょうか。イギリス、トランプ、ネオナチ、IS、ヘイトスピーチなどなど。グローバル化の中で、それはどういう流れ、意味合いなのかですね。

投稿日時 - 2016-07-01 21:01:38

お礼

こんにちは。

>アンケートにしては難しい話ですが、

アンケートのコーナーにはいろんな知識を持った人がいるので、かえって狭い専門分野のコーナーに質問するよりも多様多彩な意見が聞けると思います。

> 世界的に排他主義の時代なのでしょうか。イギリス、トランプ、ネオナチ、IS、ヘイトスピーチなどなど。グローバル化の中で、それはどういう流れ、意味合いなのかですね。

おそらくそれは何十年も積み重なった歴史の結果なんでしょうね。
特にシリアやイラクなどは冷戦時代から欧米及びソ連が背後で様々な利権にかかわっていますから、IS、シリアの難民なども今になって、欧米がそのツケを払わされているように見えます。

ですから政治は先の先まで考えて行動しないと、あとでツケを払うことになるということでしょうか。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 01:50:44

ANo.14

grassroots さん、こんばんは。


(3)です。ドイツの右翼の台頭は別にヒトラー崇拝が問題なわけではありません。移民の人たちに自分たちの職が奪われる。とか、自分たちが普通のドイツ人たちから差別を受けているのを他の外国人を差別することでうっぷん晴らししているのです。もちろん、これ以上力を蓄えると昔の時代と変わらない全体主義時代になるかもしれませんが…

投稿日時 - 2016-07-01 20:09:33

お礼

こんばんは。

仰るように、結局難民問題は自分たちの被差別感、社会からの疎外感と関連しているのかもしれませんね。しかし世界中に極右政権がそれぞれの国を担ったとしても、なにも解決はしないのですけれどね。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 01:41:53

ANo.13

GRさんこんにちは。

・・>があったということを認めさせることができますか?

すでにこれです。
つまり、できますか?と問われているので、4と答えようと思いました。でも「なぜなら」以下は同意できないのではてどうしたものかと・・そうしたら改めて2が有る事に気付きました(皮肉で言っている訳ではありません、あしからず)。

人はしばしば決めつけをしてしまう。自分の想っている物しか見えてこないし見ていない。

決めつけ、思い込みの最たるものが恋愛であり結婚です。恋に落ちるとは言い当てて妙で、つまりは錯覚である要素が強い。必然として破局・離婚の多い事よ。この国ばかりではなく全世界的に。

>貴方はドイツの一部極右、あるいは「ホロコースト」を知らない人に『ホロコースト』『アウシュウィッツ』があったということを認めさせることができますか?

改めて、2番です。

無いと思い込んでいる人に逆を知らしめようとする事は不可能です。

異なる例を挙げます。
NY9・11同時多発テロ。少数(でもないか?)の「あれはでっちあげだ」説を取る人々がいます。

その一例はペンタゴンへの旅客機突入爆発です。
国内線旅客機B757が犯人達に乗っ取られペンタゴン1階へ突っ込みました。旅客機の横幅と同じかそれよりも大きい穴が空くのが普通です。ところが穴は小さい。

中型機B757とはいえ人が見上げる高さを持ちそれは3階建てのビルに匹敵しますが、突っ込んだ1階に穴が空いたのみで2階以上は無傷・損傷無し。ペンタゴンも仕事を続ける必要があるものですからね(笑)

ペンタゴンビル前の芝生の庭にも残骸が飛び散るのが普通の筈が、全然四散せずきれいな芝のまゝ芝が焼け焦げた痕跡もない。

何よりも登場していた乗員乗客は何所へ消えたのか?

これが「でっちあげ」説を取る人々の主張です。それに反対する多数派も言うでしょうね。本当に「でっちあげ」だったとすればこちらこそ聞きたいと。「乗員乗客全員は何所へ消えたの?」。

9・11に関しては他にも幾らでもあります。キリがないので一つだけ・・いや2つほど。
WTCにおいて旅客機が突っ込んだ階が爆発炎上したのは分かりますが、かなり下の階でほぼ同時に爆発が起こっている様子が分かる証拠写真がある。何故?何でしょう?

WTCのビル群の最も外側に位置するビルがWTC崩落直後にやはり全壊している。何故一番遠いビルが全壊しより近くのビルは崩れ落ちない?

「でっちあげ」説の少数派も譲らないしテロだと断定する多数派も譲らない。
この件、最後の審判はGRさんに委ねます(笑)

人は思っている様に現象を視てしまう傾向があります。

投稿日時 - 2016-07-01 14:49:25

お礼

こんばんは。sqqrcxvxさん。

常々、アンケートのコーナー侮るべからずと思っています。
ここはいわゆる吹き溜まりではなくて、いろんな知識を持った人たちの梁山泊...といえば大袈裟ですが、それにちかいという感じです。

エロエロさんの「神はサイコロを振らない」も知らなかったし、ミチヨさんの「鳴門の第九」もしりませんでした。そして、この9.11のデッチアゲ説も。

>決めつけ、思い込みの最たるものが恋愛であり結婚です。恋に落ちるとは言い当てて妙で、つまりは錯覚である要素が強い。必然として破局・離婚の多い事よ。この国ばかりではなく全世界的に。

ははは!
そうですね(笑)でもまあ、これは人間の素晴らしさと言っていいとおもいます。


「でっちあげ」説の少数派も譲らないしテロだと断定する多数派も譲らない。
この件、最後の審判はGRさんに委ねます(笑)

(笑)

うーん。ということは、複数の回答にあるように、歴史的事実はおそらくひとつであろうけれど、それは「不可知」であるし、同時にわれわれはそれらの事柄を様々自分にあるいは党派的に都合のいいように「解釈」するだけだ。という結論になってしまうのでしょうか。

改めて、じゃあ歴史と言われているものってなんだ?なんて考えてしまいます。

いつもお付き合いいただきありがとうございます。

とても興味深いお話でした!

投稿日時 - 2016-07-02 01:36:18

ANo.12

大真面目に回答するなら、2ですね。無責任な言い方になりますが、当事者ではないですから。もちろん、ホロコーストがあったかどうかについては疑いなく信じていますよ。信じているというか、事実だから信じるも信じないもないと思っています。東日本大震災を信じますかって聞かれるようなものですよ。
なぜ自分で経験してもいないのに事実と思うのか、と聞かれればアウシュビッツを始めとした膨大な物的証拠と、他ならぬ収容所を経験して生き延びたユダヤ人が存在していることからです。当事者が全員鬼籍に入ってから「ホロコーストはなかった」なんて話が出てくるならまだしも、生きてるうちにそんな話が出てくるなんてとてもとても哀しいことですよ。だって、もしアメリカ人が「原爆投下はなかった。日本人のでっちあげだ」って言い出したら日本人なら誰だって腹が立つじゃないですか。もし目の前のアメリカ人がそんなことを口走ったらそいつの鼻先に一発お見舞いしてやります。

ただ、世の中にはある一定数「事実を受け入れようとしない人」は存在することもまた事実だと思います。物理学者を例にするならば、あのアインシュタインでさえ「神様はサイコロを振らない」と現象を受け入れることを拒否しましたからね。まだ完全に証明はされていませんが、「どうも神様はサイコロを振るらしい」が有力となっています。

投稿日時 - 2016-07-01 14:10:13

お礼

こんばんは、エロエロさん。

言うまでもなくこの質問は、「ホロコースト」「アウシュウィッツ」を認めさせることができるか?という問いかけですが、当然その背後には、これらに匹敵する物的証拠及び証言者が存在しない事実に関してのわれわれのスタンスを知りたいという意図がありました。

やりとりのあったアメリカ在住の日本人物理学者は、(他の方のお礼欄にも書きましたが)「戦後の日本の歴史は徹頭徹尾勝者からの洗脳である」という立場です。そして大東亜戦争は結果として欧米列強からアジアを解放したのだ、から、そのことをもっと誇りに思うべきで所謂自虐史観はいずれ改められるべきというスタンスです。

そこにわたしはドイツの戦後との大きな懸隔を見るのです。

つまりご回答をまとめると、事実と認識され得るかは、「証拠」=その事実を明らかに証明するもの・人の多寡ということでしょうか。

>「神様はサイコロを振らない」についてはよくわからないのですが(汗)

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 01:22:35

2

私には学が無いもので難しいです

ふと思ったんですが、ドイツ人のどのぐらいの人が鳴門の第九をご存知なんでしょうか?

本当は学徒出陣の歌だったのに、いつの間にか年末の大コーラスに変わってしまったと言うことです

投稿日時 - 2016-07-01 14:04:20

お礼

こんばんは、michiyoさん。

鳴門の第九、わたしも知りませんでした。日本人もドイツ人もほとんど知らないのでは?などと勝手に想像してしまいます。

http://www.city.naruto.tokushima.jp/contents/daiku/about.html

>本当は学徒出陣の歌だったのに、いつの間にか年末の大コーラスに変わってしまったと言うことです

へえ、なるほど、これは面白い回答ですね。

とても参考になりました。どうもありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 01:07:09

ANo.10

50代♂
> 最近のヨーロッパでの極右の台頭が怖い
何が問題なの?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%81
ネオナチ (英語: neo-Nazism、ドイツ語: Neonazismus)

2. と 3. かな?
当事者では無い…第三者に過ぎないのでその資格は無いです。

『ホロコースト』と『アウシュウィッツ』は本当の事です。

特にアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は、世界遺産で
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%EF%BC%9D%E3%83%93%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%8A%E3%82%A6%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80
博物館に成っている。

投稿日時 - 2016-07-01 11:34:27

お礼

こんばんは。

>特にアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は、世界遺産で博物館に成っている。

ええ、しかしそのようなほぼ全世界が認めている、或いは認めざるを得ない場合はともかく、ここまで世界規模で周知されていない無数の事例に関して、わたしたちはそれらをどこまで「歴史的事実」として認識し得るのか?という疑問でした。

無論質問が「ホロコースト」と「アウシュウィッツ」ですので、このお答えで問題はありません。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 01:01:30

ANo.9

(2) 不可能

認めさせるには、相手も私も学術的議論ができることが最低条件で、私にそれができないからです。

ホロコーストやアウシュヴィッツは物的証拠も多いでしょうから、相手が極右であっても学術者であり、学術的に証拠を突きつければ認めさせることはできるかもしれません。


>歴史が学問としての信用を保証されるためには、利害関係に絡んだその当事者とその直接の関係者が存命中は無理で、従って、少なくとも100年は掛かると良く言われています。

>当事者がいなくなってしまうと、事実関係の詳細の多くの部分が消失してしまう。一方、当事者及びそれと直接繋がった人がいる限り、歴史学の本来の目的である客観的な歴史認識が出来なくなってしまう。』

これは本当に難しいジレンマですね・・・

私は日中戦争において、中国側が主張するような戦争犯罪を旧日本軍が本当にやったのかどうかが気になっています。南京での便衣兵の疑いのある中国人の裁判無し処刑はあったんだろうと思いますが、大虐殺や強姦殺人なんてことが本当に行われていたのか・・・学術的に証明されていないので、「無かった」という立場を取りますが、南京大虐殺紀念館などで既成事実のようにされてしまい、中国人を説得するのはもう不可能のように思います。慰安婦問題もしかり。

戦争犯罪を犯した将兵が日本に復員し、そしらぬ顔で私たちの優しいお爺ちゃんとして余生を生きていたなんてとても信じられません。しかし軍人会でお互いを監視し合って箝口令を敷いている、という話も少し説得力があります。それにしたって完全に封じ込められるはずはなく、告白しちゃう人もいるだろうと思うと、それはソ連に捉えられてコミンテルンの洗脳を受けて有りもしない事を有ったと思い込まされているのだと言う。

・・・研究者でも何でも無い私には論じる資格もありませんし自分の中での判断もできません。7・80年前の事ですら何が事実かわからないのですから、そうした積み上げである千年単位の歴史的事実も、私は疑わしいように思います。

ではそんな歴史を学ぶ意味があるのかどうか・・・ひとつひとつの事件の真偽はわかりませんが、大きな潮流は事実であり学ぶべきだと思います。

投稿日時 - 2016-07-01 11:28:21

お礼

こんばんは。

「歴史的事実」なんて簡単に言いますが、実はとても難しい領域ですね。
敢えて、「哲学」や「歴史」ではなく「アンケート」に質問したのは、学術的、学問的な知識を持つ少数の人の意見よりも、わたしと同じ一般の人たちが、このような問題を前にどのように考えるだろう、と考えたのと、専門分野より、より多くの意見をきけるのではないか、という思いからです。

日本の朝鮮・中国に対しての「南京虐殺」「強制連行」などには、「戦争文学」というものがあります、(石川達三の「生きている兵隊」武田泰淳の「審判」「汝の母を!」それから堀田善衛の「時間」など)
けれども、われわれはそれらを「事実だ」と証明する術を持っていません。
無論「嘘だ」とも言えない。

『顔のないヒトラーたち』でも、「自分の親を裁くのか!」というセリフがありますね。

ただわたしはなにか同じ1945年に終戦を迎えたドイツと日本の戦後71年間には大きな隔たりがあるように感じられるのです。

>ではそんな歴史を学ぶ意味があるのかどうか・・・ひとつひとつの事件の真偽はわかりませんが、大きな潮流は事実であり学ぶべきだと思います。

仰るとおりですね。

わかり得なくとも、わかろうと努めること、その上で自国に、或いはユダヤ人に、(日本ならば朝鮮・中国人に)、戦勝国に、どのようなスタンスを取るかという、国民のコンセンサスの有無、そのような立ち位置の違いを知りたいと思います。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 00:55:26

ANo.8

grassrootsさん、お早うございます。

>貴方はドイツの一部極右、あるいは「ホロコースト」を知らない人に『ホロコースト』『アウシュウィッツ』があったということを認めさせることができますか?

う~ん、私は日本語しか話せないので、現実的には、彼らに『ホロコースト』『アウシュウィッツ』の存在を認めさせることは不可能です(涙)

もし、ドイツ語が話せたと仮定した上で考えてみると、認めさせることの可能性については、
私の恩師(社会科の先生)の言葉にヒントがあるような気がします。

師いわく、「現在の学校教育では、権力者側から見た歴史教育ばかりですが、被権力者側から見た歴史の方が重要かもしれませんよ。」

恩師は、同じ歴史事実でも、権力者側から見た事実と、農民等の被支配者側から見た事実は違うと言いたかったのかもしれませんが、それを応用、拡大解釈すれば、被支配者側の当時の資料が1冊でも存在すれば別の見方が出来る?
もしかすると、認めさせることが出来るかもしれないと思いました。

『アンネの日記』、これって、連合国側、またはユダヤの権力者が捏造した資料では無いですよね。
それから、リトアニアでユダヤ人を救った杉原千畝(すぎはらちうね)さん関係の当時の書類は、第三者的立場から書かれたものというよりは、三国同盟でドイツ寄りだった日本人側から出た資料なので、より真実味があるかもしれません。

ただし、物証が無ければ、説得するのは本当に難しい、それにもし物証があったとしても、洗脳された狂信者の方に、それを認めさせるのは不可能に近いと思います。

最後に、既に御存知かもしれませんが、興味深い映画をご紹介致します。
https://www.youtube.com/watch?v=9ljj_M71oKM
(↑)
『THE WAVE ウェイヴ』
どうも、本当に行われた実験を映画化したらしい。
狂信者の方が、この映画を観て、独裁者に踊らされている滑稽でかつ恐ろしい姿を客観的に冷静に見ることが出来るかどうか?
(また、極右の人は、逆に、「差別は当然のこと」と開き直ってる可能性はありますが、)
でも、極右ではない一般人の方ならば、「もしかしたら、そういった差別が行われた可能性はあるかも」と、思い直すかもしれません。

投稿日時 - 2016-07-01 11:04:03

お礼

こんばんは、oya_zicoさん。

>「う~ん、私は日本語しか話せないので、」 オイオイ!(笑)

>師いわく、「現在の学校教育では、権力者側から見た歴史教育ばかりですが、被権力者側から見た歴史の方が重要かもしれませんよ。」

いい先生との出会いは貴重ですね。

ただ、この先生のお言葉についてではなく、所謂リビジョニスト(修正主義者)たちは正に、わたしと議論をしていた物理学の先生もそうですが、現在の=戦後日本の歴史教育は徹底して勝者=アメリカからの洗脳的教育である。いまこそ、われわれはそのような「自虐史観」を脱し、自らの手で、歴史を作り替えなければならない。「正しい歴史」を。

視点は常に複数ある。
じゃあ、結局上の幾つかの回答にあるように、「正しい」或いは「ほんとうの」歴史的事実とはなにか?というところに舞い戻ってきてしまいます。

ご紹介の映画は知りませんでした。TV壊れているので(笑)
前の「es」は見ましたけれど、こちらも「実話」を基にした作品なんですね。

地元の図書館に「プロフェッショナル」(だったかな?アイヒマン裁判の映画)や「ハンナ・アーレント」があるので、早くテレビを何とかしなければと思っています。

>極右ではない一般人の方ならば、「もしかしたら、そういった差別が行われた可能性はあるかも」と、思い直すかもしれません。

これを観て何かを感じるのはやはり日常の問題意識があるか無いかのような気がします、突きつけられた問題提起に見合う問題意識があるか?そんな気がします。

興味深いご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 00:26:59

ANo.7

どれでもないでしょう。歴史的事実はありますが、それが何かは誰も知らないからです。〇〇が、あったという立場も、なかったという立場もほとんど又聞きですから。

投稿日時 - 2016-07-01 11:00:45

補足

訂正です

>ということは「歴史的事実」とは「未知」の領域であるというご意見でしょうか。

「未知」ではなく、「不可知」とします。

投稿日時 - 2016-07-02 00:34:11

お礼

こんにちは。

ということはやはり行きつくところは

「事実というものはない、あるのは解釈だけだ」というニーチェの言葉に集約される、ということでしょうか?

>歴史的事実はありますが、それが何かは誰も知らない

ということは「歴史的事実」とは「未知」の領域であるというご意見でしょうか。

>あったという立場も、なかったという立場もほとんど又聞きですから。

これはその通りで、では「歴史」とは「歴史」を学ぶとは、結局「あることへの解釈を学ぶ」ということになりますね。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-02 00:03:03

ANo.6

(1)できる

うまくすれば、一時はできるけれど、一部利害がからむ人というのは、態度としては認めない可能性はありますよね。それで意図的なリビジョニストになっていくと思います。

投稿日時 - 2016-07-01 10:21:00

お礼

こんばんは。

うーん、この「利害」というのがいまいちよく理解できていなくて、
例えばホロコーストで死んだ人の遺族、或いは生還者、
原爆の被爆者、戦死者の遺族、

そういうひとたちにとっての「利害」とはなにか?
あるいは誰と誰の間の「利害」なのかがわかりません。

いえこれは反論ではなく、純粋な疑問です。

よろしければもう少し突っ込んだご意見を頂けると助かります。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-01 23:58:05

「歴史を学ぶ」とは 認めさせる事では無い・・

事実かどうかよりも 悲惨な出来事を後世に繰り返す事の無い様にすれば良いだけ・・

酷い歴史なら ホロコーストだけじゃ無い・・

原爆も戦争も・・身近な処では犯罪も交通事故死や自殺までも・・

そういったのを未来に持ち込まない事の方が大切な だけ・・

投稿日時 - 2016-07-01 09:30:12

お礼

こんばんは。

仰ることはその通りです。

ですが「彼らは」「わたしたちは」その時「何をしていたか?」
そのことを見つめなおし、なぜそうなったかを検証しなければ、同じ過ち、同じ愚行が何度でも繰り返されるのではないか?という気持ちです。

事実を踏まえた上で、はじめて、「その後」「次回」が起きないように対策を講じられるのだろうと思います。
それは交通事故でも、殺人でも、自殺でも同じことではないでしょうか?

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-01 23:47:52

ANo.4

説明自体は出来ると思いますが、それは私が学んだ歴史の知識の範囲内においてです。
ただ極右連中は、「そういう歴史自体がない」「そういう大袈裟なことではない」「事実としても必然的かつ合理的な理由があった」「当時の社会情勢からは正当な行為であった」・・・という前提の思想観なので、そういう連中に対していくら言ったところで理解させることは出来ないと思います。
したがって2にします。
ましてや、私の歴史の知識レベルでは難しいでしょうね。
これは日本においても同じですね。“それが正しい・正当”と思えば、どんな説明をしたところで入口でシャットアウトするような気がします。

投稿日時 - 2016-07-01 09:13:21

お礼

こんばんは。

仰るとおりですね。「そういう事実自体がなかった」といった単純なものよりも、

>「事実としても必然的かつ合理的な理由があった」
「当時の社会情勢からは正当な行為であった」
このように言われると、普通人に説得は難しい、というか不可能でしょうね。

ではどうでしょう。その事実を認めさせることができない以上、彼らの事実つ認識が正当なのでしょうか?

あるいは「見る人の数だけ歴史的事実が存在する」といえるのでしょうか?

言い換えれば、「歴史」とは「宗教」のようなもので、なにを信じるかは人それぞれで、強制はできない?

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-01 23:42:27

ANo.3


歴史を書くのは勝者

投稿日時 - 2016-07-01 08:52:04

お礼

こんばんは。

3)どちらともいえない。

>歴史を書くのは勝者

この場合は負けたのがドイツで、勝者は英・仏・ソ・米を中心とした連合軍ということですね。

ではユダヤ人はこの場合どのような立場になるのか?などと考えてしまいます。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-01 23:34:30

ANo.2

恐らく出来るでしょう。

アウシュビッツ収容所は残されており、

見学出来るから。

ただし極右は信じないかもしれず認め

させられるかは定かではありません。

投稿日時 - 2016-07-01 06:47:04

お礼

こんばんは。

>ただし極右は信じないかもしれず認めさせられるかは定かではありません。

そうですね。それすら、「デッチアゲだ!」と言われてしまえば論破は難しいですね。

そうなると「極右」とは、なにを信じている人たちなのか?という疑問が湧いてきます。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-01 23:30:35

ANo.1

おはようございます
知らない人に認めさせることができますか?
(2)
理由:人それぞれ考え方、捉え方は違いますので。
興味を持てる人
信じやすい人
疑り深い人
ドイツ側の人
ユダヤ側の人
興味の無い人

投稿日時 - 2016-07-01 05:40:36

補足

すみません。

自分で質問に

>「ホロコースト」を知らない人に、と書いていますね。

大変失礼しました!

投稿日時 - 2016-07-01 23:51:41

お礼

こんばんは。

>知らない人に認めさせることができますか?

知らない人、というよりは、この場合、ネオナチのように、「アウシュウィッツ」とか「ホロコースト」とか言われているけれど、そんなものはなかったと信じている人たちに対して、それを論破できるか?ということですね。

お答えが「不可能」で理由が「人それぞれ考え方、捉え方は違いますので。」

ですね。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-07-01 23:26:29

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