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解決済みの質問

ネット上のトラブルで困っています。

適切なカテゴリーがわかりませんので、とりあえずここに質問します。

東京都在住の53歳男性、精神に障害を持ち、無職、未婚です。

相談の場はインターネットのQ&Aサイト(仮に「O」とします)

登場人物はわたし、G。(グラスルーツ)。サイトO上で出会ったB氏、そして同じくAさん、さらにわたしとここ、Okwaveで知り合い、(ネット上での)友達で、B氏とも交流のあるFさんです。

さて、わたしはこの春から、ここOkwaveとOというサイトを利用し始めました。Oでは主に『哲学』のQ&Aコーナーを使っています。B氏も10年ほど前からそこの常連=大御所です。Aさんも同様。そしてわたしとFさんがネット上で親しいように、B氏とAさんも(ネット上では)親しい間柄のようです。

先日わたしの投稿した質問にB氏が執拗にからんでくるので遂にB氏をブロックしました。
B 氏は直接わたしに回答という形で接触することが出来ずに、わたしの質問に関する質問を続々と立てて、賛同者を募るという、昔からよくAさんが使っている手をつかってきました。

例えば、『ブロックというのは実に非民主的なやり方ではないでしょうか?』或いはわたしが『言葉は場合によっては凶器になる』というようなことを言うとすかさず『言葉が凶器になるなんてありえない』という質問を立てるといった具合です。

先にも書いたようにわたしはFさんと古くからの知り合いで、彼女のブログも時々閲覧し、コメントを残すこともあります。Fさんのブログには彼女が購読しているいくつかのブログへのリンクが貼られていて、その中にB氏のブログへのリンクも含まれていました。

わたしはブロックを掛けた後、何か書いているかと先日B氏のブログを覗いてみると、朋友であるAさんと、わたしのことについて、読んでいて愉快な気分にはなれないことが縷々書かれていました。(例えば「Gはキ〇ガイだ」など)

OサイトでのB氏の執拗な外部攻撃とブログ内での中傷にもうんざりですが、それ以上にわたしを憂鬱にさせるのは、最近久しぶりにサイトOに復帰したSという人と、わたしGは「同一人物だろう」というAさんの説にB氏が納得し始め、以前からB氏のブログに「あらし」のような書き込みが為されるのもひょっとするとGではないだろうか?というところまで話が進んでいるということです。

Aさんはわたし=グラスルーツという人間はもともと存在せず、Sさんの複数あるアカウントのひとつの架空の人物であると考えているようです。(ちなみにAさんは日仏を活動拠点に持つ精神医学者です)さらにAさんはご自分で「文章を見ればその自分仏像を裸にすることができる」と言っているくらいで、ご自分の見立てには絶対の自信があるようで、最近は以前(おそらく「O」で)やり取りのあった「V」さんという方も同一人物であろうと言い出しました。
つまりSさんイコールわたしイコールVさん、そしてB氏はそれプラス「おそらくあらしも同一人物」ではないか。。。と。

B氏に「キチ〇イ」と呼ばれることに関してはまだしも、A、B両氏から、グラスルーツという人間は創作上の人物、或いはSでありVでありひょっとしたら「アラシ」でもありえますねと言われているのを聞いているととても参ってきます。

そのことについて、「じゃあもう”O”を利用しなければいいだろう」という意見もあるかと思いますが、例えば学校は好きだし友達とも上手くやっている、でもAさんBさんというふたりにいじめられているから「学校に行かない」という方法をとるのか?

学校という比喩が適切でないとしたら、社会人のサークル活動でもいいのです。

Fさんに困っていることを訴えたところ、FさんはB氏のブログにあまりGさんを攻撃するのはやめてもらえないかと書き込みました。するとAさんは「これは給湯室の噂話だし、実名(この場合グラスルーツ)を出しているのでもないのだから、そう言われてもねえ。」という受け応えでした。そしてついにはSさんのあら探しを二人でやり始めました。

質問としては

一般に誰でもが閲覧可能なものでも、個人のブログ内であれば、また実名を出さなければ、読んだものが話題の人物を特定できない場合は、「個人攻撃」「悪意を持った中傷」は許されるのか?

このような状態になってしまった以上、A、B両氏の攻撃を避けるには仮に他のユーザーと極めて友好的な関係があったとしても「サークルを去る」以外に道はないのか?

精神科通院歴23年の障害者からの質問です。

カテゴリーも含め適当な相談場所、或いはその他このような状態から脱するためにお考えがあればお聞かせください。

尚、「名誉棄損」「精神的損害」など、法的措置を講じるという考えは持っていません。わたしが「O」を去って、二人の目に見えなくなれば何も言わなくなるでしょう。

引きこもりのわたしにとって、「O」は人と話す数少ない場所だったのですが。

投稿日時 - 2016-10-04 01:07:13

QNo.9237879

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

 はじめまして。

 同じく精神に障害を持っています。ネットのトラブルも結構経験しているつもりです。大学では哲学を学びました。インターネット利用歴は20年を超えました。

 結論から言います。「O」を去るしかありません。
 哲学ということからだけではどんな哲学がご専門なのかはちょっとわかりませんが、古代ギリシャの「アゴラ」がどういうものだったかは大体お分かりだと思います。都市国家内での通商の場所であり、議決の場所であり、そして議論の場所でした。
 私もインターネットに無垢な夢を見ていたころは、ネットは現代のアゴラになり得るのではないか、と期待していた時期もあります。ですが、いまははっきり思っています。ネットはアゴラにはなり得ません。
 議論が成立するためには、いくつかの条件があります。畢竟、以下のようなところではないかと思います。
1.お互いに、どこのどういう素性の人間かを明らかにしてから話が始まること
2.中立的な立場の聴衆がいて、どちらの言い分が正しいかを裁定できること
3.聴衆の裁定には従うか、自分の意見を論理的に説明できなかったという恥を掻いて退場するかしか選択肢がないこと
4.相手が失礼なことを言った際には、物理的な力に訴えることができること
 残念ながら、インターネットは全てを欠いています。1を欠いていますので、お前は別の人物αと二役で自演をしている、とか、お前はFラン大卒の低脳だ、とか、言ったもの勝ちです。違う、という証明をする方法はネット上では存在しませんし、逆に言うとそういう決めつけが正しいという証明もできません。
 2を欠いていますので、ネット上には「俺はお前を論破した」というような言葉が乱れ飛んでいます。論破した・されたを判断できるのは第三者である聴衆です。正確に言えば、対話者の理性も本当のところ自分が間違っているかどうかはわかるのですが、負けましたといいたくなければお前はFラン大だ無職だ引きこもりだ童貞だと罵詈雑言を並べ立てれば「何か言っていることにはなる」のがインターネットです。
 重複しますが3を欠いていますので、とにかくあらん限りの罵詈雑言を並べ立てれば「その場は支配できる」のがインターネットです。
 4は理性的な話し合いというところからすると少し矛盾しているように思われるかも知れませんが、上から判断してルール違反をした者を罰してくれる存在がない以上、失礼なことを議論中に口にした者は相手から殴られでもしないと自分の過ちを芯から後悔することはないでしょう。国際社会において武力を背景に持たずに外交をするようなもので、上の立場から話者を裁定してくれる存在がない場所では、相手への物理的攻撃の余地がないところでは話し合いなど成立しないのです。

 従いまして、インターネットでは罵詈雑言語彙の豊富さが、その場の「支配権」を握る絶対的な武器となり得ます。罵詈雑言を並べ立てて、相手が「コイツには何言っても無駄だ」と諦める、インターネット上の「論客」はそれをもって「論破した」と表現します。お隣の国の「ソント(声闘)文化」と同じです。もっとわかりやすく言えば、筒井康隆氏が著書『アホの壁』で表現したとおり、アホな喧嘩はアホが勝つ、のです。
 そうやってアホが支配したコミュニティは、そのアホが飽きて立ち去るまで正常化することはありません。残念ながら、ネットにおいてアホは絶対的な強者です。客観的に見れば「みんなから見捨てられてる」のですが、アホ本人は「誰も俺の理論には敵わない!」と思っています。
 オープンなコミュニティはそうやってアホが荒らしていきますので、そういう場所は気の合う人と繋がりをつけるだけにしておいて、その後のお付き合いは自分の好みに応じて閉じることのできるSNSで行うのがいいでしょう。

 それではアホの天下になってしまう、と思われるかも知れません。はっきり言って、そのとおりです。インターネットの議論はアホのためにあります。逆に言えば、インターネットで議論なんかしようと思う人間はアホですので、今後はなさらない方がよろしいかと思います。
 そういう主観的な「無敵の論客」=客観的には「アホ」が全く見ていない事実があります。インターネットは目の前の箱で完結しているのではなく、どこかの誰かが見ている端末を通して実社会とつながっている、ということです。
 汚い言葉は精神を汚す、と私は考えています。そういう罵詈雑言語彙でネットを汚して、自分の精神も汚している人物は、いつかどこかで現実社会の中において「汚れを振りまいている存在」であることを指摘され、そしてそのとき後悔してもしきれないものを失っていることに気付くのでしょう。
 私の知っているネット限定「無敵の論客」も、しばしば「それは私ではありません」と言い逃れることすらできないほど派手に汚い言葉をまき散らしています。そんなことをしておいて、現実世界ではなかったことになるほど世の中甘くはありません。敢えて古い言い方をすれば「お天道様が見ています」。

 長くなりましたが「O」を去るのが残念ながら唯一の解決です。

投稿日時 - 2016-10-04 02:03:08

お礼

はじめまして。

仰ること、よくわかります。わたしは「哲学」のコーナーに出入りしていますが、別に「専門」ということではないのです。ただあれこれ答えのでないことを考えるのが好きというだけです。

お答えの1、に関しては、例えばカフェや居酒屋などで偶然となりあった人と、いろんな議論を交わすことは、仮に相手が何処の誰かを知らなくてもできるとは思います。「今目の前にいる現実のその人」と話しているのですから。けれどもそれはご指摘の通り、インターネットとはまるで違いますね。
仰る通り、ネット上では、わたしがいくら言い張ったって、お前はおまえじゃない!と信じているものの確信を覆すことは不可能ですね。。。

2、に関しては、わたしは基本的に例えば「愛」についてとか「エロス」についてとか、AさんBさんCさんDさんの多様な視点からの意見が聞ければいいと思っています。議論は嫌いではありませんが、あくまでも友好的に出来ている範囲内でのことです。件のB氏は「議論の鬼」とでもいうべき人で、決して自説を曲げません。B氏の質問で、「あなたの勝ちでいいですよ」と言って去っていった人をどれだけ見て来たかわかりません。敢えて勝ちを定義するなら、「多様な意見を採り入れることが出来た」人の勝ちでしょう。

>インターネットでは罵詈雑言語彙の豊富さが、その場の「支配権」を握る絶対的な武器となり得ます。罵詈雑言を並べ立てて、相手が「コイツには何言っても無駄だ」と諦める、インターネット上の「論客」はそれをもって「論破した」と表現します。

仰るとおりですね。一言もありません。

さすがにご自身が経験されていることもあり説得力がありますね。
「無敵」。。。正にわたしはB氏Aさんをそのように見ています。

そして無敵の彼らはこのようなShirokumaXさんとわたしのやり取りすら、
「障害者ならではの発想」などと鼻でせせら笑うのでしょうね。

わたしが精神疾患の患者として悲しいのはAさんが他ならぬ精神科医ということです。

ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2016-10-04 02:33:15

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