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解決済みの質問

男子の本懐

浜口雄幸 そして 井上準之助 を描いた同名の小説がありますがそれはともかく、 井伊 をそして一人の女を守る為に、逆臣の汚名を着たまま刑死の道を選んだ 小野但馬 ( 幼名 鶴 ) ・・、 NHK大河 『 女城主 直虎 』 での一幕です、相当グッときました。

当時の 井伊家 は恐らく 1 ~ 2 万石程度の小領主、少しでも家政の舵取りを誤れば恐らく消える運命にあった、それが後年徳川譜代の筆頭格として幕閣に於いて権勢を振るう事となる、つまり類稀なる極悪人 = 小野但馬 という正史に抗うかの如き本作のストーリーが仮に事実であったとするならば、彼こそが 井伊家 最大の忠臣であったという事です。

他に目を転じれば、例えば 石川数正 の出奔そして忠臣蔵に於ける 大野九郎兵衛 の逐電・・、それもまた世上伝えられているものではなかったとするならばどうでしょう、主君の面前で華々しい討死を遂げるのとはまた違った種類の忠義、ただそれは歴史の闇に葬られ決して報われる事は無い、これも男子の本懐というのでしょうかねぇ。

さて来月 井伊谷 に行って参ります、その折 小野但馬 = 鶴 の墓があれば是非手を合わせて来たい、そう考えている私に、男子の本懐とは?、またそれと思える歴史・業績をお教え下さい。

投稿日時 - 2017-08-24 19:33:42

QNo.9366768

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

isokenさんこんにちは。お久しぶりです。

男子の本懐には2種類あると思います。歴史を動かす何かを遂げた人。一方でちっとも有名ではないけれど、自分だけが納得尽くの人生を終えた人。しかし後者は我々には分かりませんし、気付く術がありません。

既にいろいろな回答が出ています。東条英機まで出てしまいました。
そこで、本題からは少し(かなり)外れますがご容赦ください。

インラック(丘英楽)
この人のファン(のつもりだけ)なんです。25日に最高裁の判決が降りると言うので気にしていました。彼女が収監される姿だけは見たくないと気に病んでいましたが、その2日前、23日に国外逃亡。

ホッとしています。陸路カンボジアへ逃れたのか、一旦カンボジア領の小さな島
へ行ったのかはっきりしませんが、ハッキリし過ぎると逃亡になりませんから。

そこからシンガポールへ、そして現在はドバイにいる兄タクシンの下に。半世紀前とは違い、途上国へ渡るとはいえ審査無しで国境を超えるのは至難。そこでタイ暫定政府が手を貸したのではないかと?この辺り、isokenさんは先刻ご承知でしょうが。

暫定政府=軍にとっては、厄介払いをしたい。判決次第で暴動が起きますので。一方インラックにとってはそんな小部屋に入りたくない。両者の思惑が一致しすんなり国境を超える事が出来た?

数年前に来日し、安倍総理との晩餐会にも臨みましたが、いつも単独行動。夫はどこに?と思っていましたが、事実婚であり入籍はしていないそうです。男子が一人あり15歳ですが、今回は子供を残して一人でドバイへ。

首相時代も誰もがその力量に期待などしていない訳で。国外にいるタクシンの言うがまま、指示される通り、リモコン首相である事は分かり切ってましたから。

タクシンの作戦は分かります。タイ本流のエスタブリッシュメントは華人である自分たち一族に必ずしも好意的ではない。政治を牛耳るにはタイの発展から取り残されている農民や下層階級に取り入る事。何しろ彼らは数が多いですので。そして民主主義は数の力で決まりますから。

観光バスを何台も仕立てて歌舞伎座か明治座へ連れて行き、結構な弁当を食べさせてハイ次の選挙で一票お願いします、と何処かの国でありますが、基本は同じではないですか。

今回の裁判の争点となっている米農家への価格保証制度、市場価格より有利に買い上げますよ、というのはタクシンの大票田に対するヨイショに他ならない訳で。

タクシンはロンドンとドバイを行き来しているらしい、2大拠点ですか。インラックは最終的にはロンドン居住を望んでいるようです。

インラックは、表情アップにすれば年相応かなと思う時もありますが、とにかく綺麗です。一度お願いしたいものです。
あっ、そうそう、せめて明け方に夢の中で「男子の本懐」を遂げたいものですね。
やっと今回のテーマに繋ぐ事が出来ました(笑)

投稿日時 - 2017-08-28 10:17:30

お礼

sq さん、こんばんは。

お礼が遅くなりました。

>インラック(丘英楽)
>この人のファン(のつもりだけ)なんです。25日に最高裁の判決が降りると言うので気にしていました。彼女が収監される姿だけは見たくないと気に病んでいましたが、その2日前、23日に国外逃亡。

う~~~ん・・と唸りました、勿論女性に対する sq さんの趣味の良さにです。

国家元首クラスとして例外的に、超弩級の美貌の持ち主でしょうねぇ、私も随分以前から彼女のファンでした、理由は簡単・・お美しいから、もっとも御指摘の通り最近容姿に衰えが見えるかも知れませんが。

私が知るタイは美人不毛の国、すれ違った瞬間にはっとして振り返る幸運を得る事自体、タイでは決して容易い事ではありません、 例えば サイアム の高級デパートでショッピングしていても、 バッポン や タニヤ を冷かしても、ちょっと可愛い子はいるが美人が少ない国・・というのが、長らく私の認識でありました。

その印象を インラック が劇的に変える事となる、そりゃ政治的な定見が無く、兄貴である タクシン 元首相の100% パペット であるのは百も承知ですが、他国の女性政治家の質など、我々にとって無関係で言っちゃ悪いがどうでもいい話です。

>タクシンの作戦は分かります。タイ本流のエスタブリッシュメントは華人である自分たち一族に必ずしも好意的ではない。政治を牛耳るにはタイの発展から取り残されている農民や下層階級に取り入る事。何しろ彼らは数が多いですので。そして民主主義は数の力で決まりますから。

兄である タクシン 元首相を一言で表現すれば、タイの 田中角栄 と言って差し支えなかろうと思います、類似点は幾つかある、先ずは共にエスタブリッシュメント階層の出ではない事、次いで一代で財を成した点、更には角さんの個人的集票マシーンであった 越山会 と類似する、 タイ東北部を中心とする貧しい支持層(赤シャツ派)の存在、sq さんが仰る通りでそのキーワードは、既得権益を有するエスタブリッシュメントとの戦いという事です。

他方タイという国家は、恐らくクーデターのアジア記録保持者・・かどうかは分かりませんが、少なくともそういう印象を与える国家、但し政治的安定とは無縁ながら外国からの投資が引きも切らず、経済が上手く回っている例外的な国でありまして、その辺りが似た印象を与えるフィリピンとの最大の相違点でしょう。

その根底には、先年亡くなられたブミポン国王の存在があったのだろうと思います、この正月私がバンコク訪れた際にも、高級ホテルを含めた市内の主要ヵ所には、同国王等身大の遺影が掲げられておりましてね、今更ながら故ブミポン国王の影響力の大きさに思いを馳せたものです。

いまだ不敬罪が存在するこの国の民から、圧倒的な尊敬を受け続けたこの英邁な国王は、長らく国内統治の要であると同時に対外的信用機構の重石的な存在であられました、つまりブミポン国王がおわす限り、国が引っくり返るほどの政治的空白は生まれないだろうという。

釈迦に説法を承知で申し上げれば、タイは民主的な選挙を政権の存立基盤とする立憲君主制でありながら、国民の心情的には殆ど絶対王政に近い国家、・・というその点を理解せねば、未来永劫タイの事は恐らく分からないでしょう。

つまり国王の支持が無ければどんな内閣だって保たない訳で、幾ら先進国の通信社が政界の力学を検証したところで、国王というフィルターを通して見なければ理解不能な国家なのです。

それとこれは100 % 個人的な推測ですが、タクシン 首相は ブミポン 国王に嫌われたんじゃないかと思います、少なくとも積極支持は受けられなかった、故に選挙結果と支持勢力を背景にその地位に居直ろうとしてもそれが不可能であった、・・とすれば全ての辻褄が合う。

さてあれは 7 ~ 8 年前だったでしょうかねぇ、 タクシン 退陣後の 赤シャツ派 ( タクシン支持派 ) と 黄シャツ派 ( 反タクシン派 ) の対立は、勿論日本国内で報道されておりましたが、過去の経験から大した心配をせずにバンコクへと旅立った私達夫婦です。

その我々が見たものは、王宮近くの道路沿いに無数に設営された両陣営のテント、 「 なるほど、これか~ 」 とは思いましたが、そこに緊張感は皆無な様子でした、治安維持部隊も出動しておりましたが緊張感の無さは右に同じ、私は銃を持った若い兵士と肩を組んで写真を撮ったりしましてね・・、ところが我々が帰国した3日後に起こった両陣営の衝突で、何人か死んだようです、市内中心部が閉鎖にもなったとの事で驚きました、だって普通に観光客が闊歩する、バンコク有数の繁華街と言っていいエリアですから。

>そこからシンガポールへ、そして現在はドバイにいる兄タクシンの下に。半世紀前とは違い、途上国へ渡るとはいえ審査無しで国境を超えるのは至難。そこでタイ暫定政府が手を貸したのではないかと?この辺り、isokenさんは先刻ご承知でしょうが。

そこいらの事情は全く知りませんでしたが、恐らく有り得る話でしょう、そもそもタイ人というのは政敵を排除はしても、完全に息の根を止める抹殺は好まない、心優しい国民なのです。

過去一連のクーデターを見ましても、何ともぬるい結末に終わっている例が多々あります、甚だしくは政府の転覆を試みたクーデターの首謀者が、前職に留まっているケースすらありまして・・。

>インラックは、表情アップにすれば年相応かなと思う時もありますが、とにかく綺麗です。一度お願いしたいものです。

いや~本当ですねぇ・・とにかく美しい、裏を返すとまでは言いません、一度でいいからお願いしたいものです。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-31 22:49:58

ANo.10

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回答(10)

ANo.9

こんばんはisoken さん

少し別の話をしたいのですがその前に
誤解をされてもいけませんので
まあisoken さんのこと、私が何を言いたいのかは分かっていただけてる
私は水野政次の筋立ては小説では当然許される事でしょうし
史実はこうであるからとかそんな野暮ではありません
あるいはドラマのような事であったかも知れません
はるか昔の人間の内面の心の動きなど現代の我々には分かりようもない訳ですし
ただ歴史には厳然とした事実と言うものはある訳で
いくら小説家、脚本家と言えど白いものを黒くは出来ない
それをきっちり踏まえたうえで想像を働かせていくのが小説家なり脚本家である
私はそう思っております
歴史学者と歴史作家の明快な違いはそこでしょう

私は現代史はともかく過去の歴史は欠けた骨董に良く似てると思ってましてね
不明な欠片があるのはもうどうしようもない
そこに小説家なりの想像を働かせる余地もある
ただそれは司馬遼太郎さんのような一級の修復師でなければいけない

さて、少し松方さんの自伝の話をしてみたいのですが
正直、はて?と思うような話もなくはありません
私の好きな俳優さんへの批判ととれるような話もありますし
まあisoken さんのこと、これだけでピンとこられる
人間と言うものは中々これで難しいもののようです

先日来からHULU で「仁義なき戦い」がラインナップに入ってる事は話しましたが
以降も「北陸代理戦争」なり「日本の首領」の三部作が入っておりましてね
これから健さんの唐獅子牡丹、藤純子のシリーズもと思えば楽しみなのです
東映は権利を手放したのでしょうかね?
CS の東映チャンネルでしか観ることが出来ませんでしたけど

投稿日時 - 2017-08-27 20:36:34

お礼

kamejrou さん、こんばんは。

お礼が遅くなりました。

例えば 吉川英治 さんの 『 新書太閤記 』 と 山田風太郎 さんの 『 妖説太閤記 』 、同じく 吉川英治 さんの 『 三国志 』 と 陳舜臣 さんの 『 秘本三国志 』 、共に骨格となる史実は同じであっても、作家と切り口が変わるだけで、 本能寺の変 も 赤壁の戦い もテイストが全く変わって来る、だから小説は面白いのでしょう。

そもそもタイムマシーンがある訳じゃなし、歴史の細部が後世に生きる我々に分かるはずがない、一方に於いて言われる通り厳然たる事実があるのもまたその通りでありまして、その辺りの兼ね合い・・つまりフィクションとノンフィクションとのコーディネーションこそが、仰る通りで作家の腕の見せ所だと思います。

>私は現代史はともかく過去の歴史は欠けた骨董に良く似てると思ってましてね
>不明な欠片があるのはもうどうしようもない
>そこに小説家なりの想像を働かせる余地もある
>ただそれは司馬遼太郎さんのような一級の修復師でなければいけない

蓋し名言ですねぇ、ただただ首を縦に振るだけで、何も言えません。

>さて、少し松方さんの自伝の話をしてみたいのですが
正直、はて?と思うような話もなくはありません
私の好きな俳優さんへの批判ととれるような話もありますし
まあisoken さんのこと、これだけでピンとこられる
人間と言うものは中々これで難しいもののようです

恐らく健さんとの事を言っておられるのだろうと思いますが、 松方弘樹 さんが全くの出鱈目を言われる方だとは思わない、恐らく彼自身そう感じた事があったんだろうと思います。

・・であるとすれば、当時既に東映の看板であった 健さんが、まだ駆け出しの 松方さんが持つ何かにジェラシーを感じた事があったのかも知れません、神ならぬ身ですからねぇ・・しかも当時まだ30代ぐらいですか?、そりゃない方がおかしい、だからといって我々を魅了し続けた 高倉健 の名に何等傷がつくものではありませんが。

ずっと封印して来た因縁、ところが健さんが亡くなり自身も健康を害しいつあの世に召されるかも分からない・・、それでパンドラの箱を開ける気になったんでしょうね、何せ生前も亡くなられた今も、 高倉健 への誹謗中傷は芸能界最大のタブーでしょうから。

最後になりますが 岩尾正隆 さんって・・、いやいやあの人でしたか、 『 竜二 』 の先輩役と言ってもらえれば一発で分かります。

或いは 『 仁義なき戦い 』 第一作、飲み屋で暴れて山守から盃を貰う前の広能に射殺された旅人と言って頂いてもいい。

顔は知っておりましたが名前が一致しなかった、東映やくざ路線のクレジットは死ぬほど見ておりますから、しょっちゅう出てた名前は覚えているのですが、そのうち何人かは悲しいかな顔と一致しないんですよね。

仰る通りで、東映やくざ路線の為に生まれて来たような顔ですよねぇ、思えばああいった方々の活躍の場が少なくなった、悲しい事です。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-30 20:00:18

「夢を追うとき、そこにはいつも仲間がいた。」
これは、10年前雑誌「ゴーギャン」の阿久悠追悼特集号の表紙のコピーです。
70歳で亡くなった阿久悠は、生涯を通じて5000曲以上の詞を残し数え切れない賞を受賞した稀代の天才。彼のように自分の才能を生かして時代に名を残すような仕事をすることこそ「(男子の)本懐」ではないでしょうか。
昨日の24時間テレビで阿久悠さんを描いたドラマをやっていました。阿久悠さんは、本人の努力と才能はもちろん、戸倉俊一、笈田光則 そしてなにより奥さんに恵まれて才能を開花できた幸福な人なのだと思いました。松下奈緒が奥さん役を好演していました。「青春時代」の詞を読んで、「素敵な詞ね」と微笑んだり、初対面で「才能のある人」と見抜く彼女はまさに、天才作詞家を育てたミューズなのだと思いました。劇中阿久が奥さんに「君は僕の戦友だから」というセリフがあります。
夫が天命を信じて広告代理店を辞めて放送作家に専念するときも、作詞で生きていこうと決めたときも勇気を与えてくれたのは奥さんであったと思います。「貴方の書く詞は皆好きよ」と言い、子供がピンクレディのUFOの歌詞を「ヤバイ(かっこいい)」というのをうれしそうに聞くシーンも印象的でした。
言葉で時代を紡いだ作詞家阿久悠の人生は戦後の男子の本懐を果たした生き方であっただろうと思います。自分の才能を生かし切って、あんな風に生きられたら最高ですね。

投稿日時 - 2017-08-27 10:55:03

お礼

ex さん、こんばんは。

>「夢を追うとき、そこにはいつも仲間がいた。」
これは、10年前雑誌「ゴーギャン」の阿久悠追悼特集号の表紙のコピーです。
>70歳で亡くなった阿久悠は、生涯を通じて5000曲以上の詞を残し数え切れない賞を受賞した稀代の天才。彼のように自分の才能を生かして時代に名を残すような仕事をすることこそ「(男子の)本懐」ではないでしょうか。

後述されておりますが、先日 KAT - TUN の 亀梨君主演で、何やら 阿久さんのドラマをやっておりましたねぇ、当時は 阿久悠 と 都倉俊一 のゴールデン・コンビが、芸能界を席巻していた時代でした。

私にとっての 阿久悠 とは、ピンキリのアイドルを濫発した 「 スター誕生 」 での怖い審査員というのが全て、小学校の高学年から中学に掛けて夢中で観ておりました、 ex さんは既に仙台にいらした頃でしょうか?

あの番組のお蔭で芸能界への参入障壁が低くなり、勘違いしたそこいらの芋兄ちゃん・芋姉ちゃんが多数押し掛けた、笑っちゃう事に私の友人知人も何人か予選に出たのです、勿論枕を並べて討死しましたが。

>松下奈緒が奥さん役を好演していました。「青春時代」の詞を読んで、「素敵な詞ね」と微笑んだり、初対面で「才能のある人」と見抜く彼女はまさに、天才作詞家を育てたミューズなのだと思いました。劇中阿久が奥さんに「君は僕の戦友だから」というセリフがあります。

仰る通りで、素敵な奥様とは旦那のポテンシャルを引き出す御婦人、少なくとも腐らせる事はないでしょう、私も随分助けられて来た気がします。

世に御主人の悪口雑言を並び立てる奥様は少なくないが、じゃあ貴女の側に全く責任無しと言えるのか?、目糞鼻糞の類ではないのか?、だって仮に奥様が魅力的であれば旦那は自然とインスパイアされるものですから。

夫婦はお互いのファンであって欲しい、少なくとも我が家はそうですよ、 ex 家もそうではないですか?

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-29 20:30:11

ANo.7

こんにちはisoken さん

あら、木曜日から質問しておられた?
私もこの2~3日高校野球も終わりましたのでフラフラ出掛けておりましたら
耳の気圧が変わり脂汗が出まして倒れそうになりましてね
死ぬような思いをしております

ああ、伊井谷ですものねえ
行かれる事は聞いて承知しておりましたが来月になりましたか?
どうぞご無事で良い旅を
奥様も楽しみにされてるでしょう
もしですが小野政次の墓がありましたら私の分も手を合わせてきてください

さて、男の本懐ですが
これはまあ人それぞれ価値観を何処に置くかでも違ってくるものでしょう
例えば功なり名を遂げ富、名声を得ることが男の本懐と考える人もいるでしょうし
あるいは在野に身を置こうとも自分の信念のもと
人生を全う出来れば本懐と考える人もいるでしょうしね

小野政次に少し触れたいのですが
実は先週の「復活の火」でしたか?録画はしてあるのですがまだ見ておりません
明日の放送分とまとめて観ようと思っています
この度の質問で皆さんの回答を拝見させていただいていて
少し気になったのが
NO 3の回答者様が森下佳子さんの言葉として紹介されておられますが
彼女云々、
伊井家の菩提寺に小野家の墓がある、あるいは幕末家老職にも小野の名前が見える
それを以てあるいはロマンチックな話しがあったのではないか?
それがあの筋立ての動機であると
彼女は40代なのでしょうか?
若いが故と言うつもりはありませんが彼女は武家社会の基本的な事を分かってない
主殺し、あるいは主家への謀反は武家社会にあっては大罪中の大罪です
もし政次のお家乗っ取りが史実の通りであるならば
政次の血筋が臣下の列に連なることなど考えられないことです
よし百歩譲って直政が許したにしましょう
家康がそのような筋を違えたことを許すとは到底私には考えられない

Isoken さんご存知のように家康は家臣によって父親を殺されております
武田に内通しお家の転覆を図ったとして
大賀弥四郎なる家臣などは鋸引きの刑罰に処されておりますし
同じ嫌疑で我が妻築山御前を手にもかけております
Isoken さんも良くご存知の忠輝の例を出すまでもないことでしょう
その家康が黙認する訳がない

小野家の墓なり家老の列に名前がある事は、それはあるでしょう
確か政次には玄蕃と言う弟がいたはずですし
このような事は別に小野に限ったことでもありませんでしょう
私は観ておりませんが去年の大河の真田信行と幸村が良い例です
玄蕃に子供がいれば孫も出来るでしょうし
中で優秀な子孫が家老職についたところで何の不思議もない
ロマンチックな話にしたかったで良いのです
私もそのほうが好きですし

ついでですから女性作家で宮尾登美子さん
「鬼龍院花子の生涯」などでは実に頓珍漢なことを書く
彼女は任侠の世界と言うものを分かっていないのです
「篤姫」などは事実と想像を織り混ぜて見事なものです
作家としての力量は素晴らしいとは思いますが任侠の世界は知らない

城山三郎さんについても少し触れたいと思いましたが長くなりましたし
またお話する機会もあるでしょうが少しだけ
一時期、城山三郎さんの本ばかりを読んでいたことがあります
いわゆる経済小説の先駆けとも言える人でしたでしょうね
今でも思い出すのでは「総会屋錦城」あるいは「官僚たちの夏」
「官僚たちの夏」は確か大蔵省の事務次官?
あとは渋沢栄一と岩崎弥太郎のタイトルは忘れましたが

城山さんは晩年に奥様を亡くされ
「そうかもう君はもういないのか?」を著された
田原総一郎にも同じような一冊があるようですが私は彼のものを読みたくはない
私はおそらく城山さんのものを読めば泣くでしょうが
いずれそのうちにと思っております

最後に石川数正を挙げておられるので
数正の話をして終わりにしましょう
先日もお話しましたが
数正、家康と暗黙の了解あって本多作左エ門と別杯をかわし出奔したと言う
これは山岡荘八さんの恐らくは創作なのでしょうが
ただ報われない忠義もあるでしょうね
Isoken さん仰るとおりで
何も主君の前で華々しい討ち死にだけが忠義でもないでしょうし
人にそしられようと一人、墓に抱いて持っていかなければならない忠義もある
それが武士道と言えるものでしょうか?
私は数正の出奔はそう考えたいのです

であれば
秀吉の御前で直政、数正を面罵するのですが
数正、心のうちで「小僧ずれに何がわかる?」そう思いもしたでしょうか?
数正、目を瞑る時に家康に
「殿、天下を取りなされよ数正あの世とやらで見守っております」
私が小説家なら数正にそう言わせるのですがアハハハ

北条のこともと思いましたがここいらで

投稿日時 - 2017-08-26 19:02:53

お礼

kamejrou さん、こんばんは。

やはりこの手の話には、 御大に御登場頂かねば座が締まりません。

あれは エウスタキオ管 というのでしょうか、実は私もあの耳管が直ぐに閉まっちゃうんです、高地に行った時や飛行機の中で困った事に・・。

さて3連休を利用して行って参ります、宿だけ決まってまだ詳細の計画を立ててませんが、やはり「 龍潭寺 」が目玉でしょう、勿論 kamejrou さんの分まで手を合わせて来ます。

>NO 3の回答者様が森下佳子さんの言葉として紹介されておられますが
彼女云々、伊井家の菩提寺に小野家の墓がある、あるいは幕末家老職にも小野の名前が見える
>それを以てあるいはロマンチックな話しがあったのではないか?
>それがあの筋立ての動機であると
>彼女は40代なのでしょうか?
>若いが故と言うつもりはありませんが彼女は武家社会の基本的な事を分かってない

正直言って私はそこまで気が回りませんでしたが、反逆者と認定された武将の直系が、再び浮かび上がる事は確かに稀でしょうね、飾るのは構わないが、少なくとも前後の整合性を取るべきだというのは仰る通りだろうと思います。

他方中国との比較に於いて、我が日本では一族の末まで遍く誅殺というのは稀ですね、依って細々とでも血脈は残る事となる。

>主殺し、あるいは主家への謀反は武家社会にあっては大罪中の大罪です
>もし政次のお家乗っ取りが史実の通りであるならば
>政次の血筋が臣下の列に連なることなど考えられないことです
>よし百歩譲って直政が許したにしましょう
>家康がそのような筋を違えたことを許すとは到底私には考えられない

直政 は寵童上がりですから、主君 家康 の意に逆らう事は考えられません、それ以前に 徳川家康 という人物を考えますと、幼少より苦労を重ね生な感情を押し殺して来た人でありまして、情はあるが筋を違える事を最も嫌うという印象です。

依って 小野政次 直系の子孫が、 後年とは言え 井伊 の柱石となるのは考え難いでしょう。

ここで私なりの家康論を申し上げたいのですが、派手さや華やかさとは無縁の人物でありましたから、私自身好きかと問われれば首を振らざるを得ない、ただあの時代に信長ではなく秀吉でもない・・、最終的には 徳川家康 という人物に天下の権が落ちたのは、日本の歴史にとって幸運であったろうと思うのです。

何せ徳川260年を通じて、格別取り上げるほどの腐敗も無く、吉良上野介 のあの程度の事が問題視されるといった、世界史との比較に於いて驚嘆すべき清廉な政権を築き上げたのは、紛れも無い家康の功績でしょう、彼の性格が伝承されたと言っていいのかも知れない。

>Isoken さんご存知のように家康は家臣によって父親を殺されております
>武田に内通しお家の転覆を図ったとして
>大賀弥四郎なる家臣などは鋸引きの刑罰に処されておりますし
>同じ嫌疑で我が妻築山御前を手にもかけております

確か 村正 だったでしょうかねぇ、徳川に仇為す名刀・妖刀は・・、歴史を描く作家には、最低限この程度の常識は確かに知ってて欲しいものです。

>ついでですから女性作家で宮尾登美子さん
>「鬼龍院花子の生涯」などでは実に頓珍漢なことを書く
>彼女は任侠の世界と言うものを分かっていないのです

鬼頭良之助 さんの事ですか、山口組初代とは兄弟分ですよね、つまり実子の二代目にとっては叔父貴に当り、当然ながら粗略に扱う訳がない、確かにいい映画なんですが、その辺りの機微が女性には分からない、それこそ 俊藤浩滋 さんが腰を抜かしたんじゃないでしょうか。

>数正、家康と暗黙の了解あって本多作左エ門と別杯をかわし出奔したと言う
>これは山岡荘八さんの恐らくは創作なのでしょうが
>ただ報われない忠義もあるでしょうね

石川数正 と 鬼作左 との御指摘の交誼に関しては、何故か子供の頃から知っておりました、割と早い時期に 山岡荘八 さんの大作 『 徳川家康 』 読んでいたんでしょうかねぇ、自分でも分からないのですが・・。

排他的な三河気質・・、その中にあってすら 本多作左衛門 のアクの強さは恐らく群を抜いておりますから、殊更印象的であったのだろうと思うのです。

>秀吉の御前で直政、数正を面罵するのですが
>数正、心のうちで「小僧ずれに何がわかる?」そう思いもしたでしょうか?
>数正、目を瞑る時に家康に
>「殿、天下を取りなされよ数正あの世とやらで見守っております」
>私が小説家なら数正にそう言わせるのですがアハハハ

家康 から他家との外交交渉を任され、比較的社交性があると言われた 井伊直政 にしてそうですから、他の三河者は推して知るべしであった事でしょう、もっともそれが徳川家をして、天下を取らしめたのもまた事実であったろうと考えはするのですが。

最後になりますが、賜った回答の内容を問わず、入れられた不支持が各々2つある、まあ心の卑しいクズを相手にしてもしょうがないとは思いつつ、腹が立ってしまうのです。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-27 22:41:03

ANo.6

身も蓋もないことをいえば、男子の本懐なんてのは本人の自己満足に他ならないと思います。だから、生きているうちに何か歴史に残る業績を残してその賞賛を受けた人はみんな本懐を遂げただろ、なんて思ってしまいます。

生きてるうちには全く世間に相手にされず、死後に評価が高まった人なんかは可哀想だよなーなんて思ってしまいます。ゴッホとかね。
逆に、生きている間は賞賛されたり有名だったけれども死後は忘れられた人に対しては「生きてる間に賞賛を受けたんだからいいじゃねえか。贅沢いうなよ」なーんて思ってしまいます・笑。

投稿日時 - 2017-08-25 20:56:09

お礼

eroero さん、こんにちは。

>身も蓋もないことをいえば、男子の本懐なんてのは本人の自己満足に他ならないと思います。だから、生きているうちに何か歴史に残る業績を残してその賞賛を受けた人はみんな本懐を遂げただろ、なんて思ってしまいます。

結局そういう事なんでしょう、ただ自己満足の物差しにも2種類あって、かたや他人の羨望と称賛、こなた単に己の世界、違いといえばそこいらでしょうかね。

例えば田舎出の芸能人に多いのですが、一代でそれなりの財を成し、周囲に誇示したくてたまらない元貧乏人が、分不相応な豪邸を建て且つ自身が持つ負のDNAを断ち切るべく、子供を慶応や青学の幼稚舎に入れたがるのが前者なら、貧乏なふりして実は億を遥かに超える箪笥預金をし、夜な夜なそれを数えるのが趣味というのが後者かな?、怒られちゃいますね。

>生きてるうちには全く世間に相手にされず、死後に評価が高まった人なんかは可哀想だよなーなんて思ってしまいます。ゴッホとかね。

それこそ典型ですね、その点を以って幸・不幸を議論するのは、全て現代に生きる我々ですが・・。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-27 18:42:25

ANo.5

政次、衝撃的な最期でしたね。あれは小説版とは違い、ドラマオリジナルだそうですね。辞世の句にキュン死しました!

悪役になって主君を守ったという点で、やはり東條英機と重なりました。同じ高級軍人でも、山本五十六は英雄視される向きがあります。東條に比べて格段に頭が良く先見の明があるのは間違いありませんが、ミッドウェーの大敗後は死に場所を求めて、ブーゲンビルで撃墜され殉職。しかし最近では墜落後命があったのに自決したと言われています。

片や国葬、片やA級戦犯として処刑。山本はさっさとあきらめ美しく散り、東條は自決に失敗しみっともなく生きながらえるも、東京裁判で日本の立場を訴え、敗戦の責任を負い戦犯の汚名を着て天皇を守って絞首台を登りました。

昭和天皇は靖国神社に東條が合祀されてから参拝しなくなったということですが、東條が祀られている殉国七士の墓の近くのホテルにわざわざ宿泊して、墓に向かって黙祷をしたとも伝えられています。

私は昭和天皇の戦争責任は少なからずあり、筋から言って退位はするべきだったと考えるのですが、昭和天皇は全国巡幸をして、焼け野原に立つ日本人を励まし続けました。他国の敗戦した王は、国民に処刑されるか亡命するのが普通なのに、天皇は護衛もつけずに国民と親しくふれ合い、全国で熱狂的に歓迎されました。

昭和天皇と東條英機、自身に与えられた役を放り出さずに最後まで演じ命を使い切って日本の復興の礎となった事は、男子の本懐と言えるのではないでしょうか。対外的にはA級戦犯の東條ですが、そんな昔の事を今でも言ってるのはお隣の国くらいですし、そろそろその生き様を評価するべきだと思います。

投稿日時 - 2017-08-25 11:38:38

お礼

mikasa さん、こんにちは。

>政次、衝撃的な最期でしたね。あれは小説版とは違い、ドラマオリジナルだそうですね。辞世の句にキュン死しました!

ああそうでしたか、向こう受けを狙ったという事なんでしょうかね、何れにしても全然知らなかった。

ただあのシーンは、互いに究極の愛情表現という事でしょう、友情に近いのかも知れませんが・・、亀鶴そしておとわ、3人のジャリ時代を引っ張るだけ引っ張った演出の意図が、今分かったような気がします。

そもそも歴史の本流であればともかく、一譜代大名に過ぎない井伊家の消長を知る人など圧倒的な少数派でしょう、私だってそうです、この大河が放映されなければ一生知らなかったはず、いや~勉強になりますね。

>悪役になって主君を守ったという点で、やはり東條英機と重なりました。同じ高級軍人でも、山本五十六は英雄視される向きがあります。東條に比べて格段に頭が良く先見の明があるのは間違いありませんが、ミッドウェーの大敗後は死に場所を求めて、ブーゲンビルで撃墜され殉職。しかし最近では墜落後命があったのに自決したと言われています。

戦死・敗戦後も帝国海軍を象徴する人物として、或る種肯定的評価を受け続けて来た 山本五十六 、一方戦争に関するネガティブ・イメージのほぼ全てを負わされた感のある 東條英機 、この2人を隔てた悲劇の根っこは、典型的な軍事官僚の 東條英機 が、政治家としての任を負わされあまつさえ総理大臣の印綬を帯びざるを得なかった、その一事に尽きるのではないでしょうか。

ただ 東條英機 他戦犯の処刑が、天皇制の保持とセットであったと仮にするならば、彼としても浮かぶ瀬があったかな・・、そう考えるところです。

>私は昭和天皇の戦争責任は少なからずあり、筋から言って退位はするべきだったと考えるのですが、昭和天皇は全国巡幸をして、焼け野原に立つ日本人を励まし続けました。他国の敗戦した王は、国民に処刑されるか亡命するのが普通なのに、天皇は護衛もつけずに国民と親しくふれ合い、全国で熱狂的に歓迎されました。

この天皇制という古より続く実質的統治二元論に関しては、外国人特に欧米人には理解不能だと思うのです、建前上とはいえ明文化された主権者であり統帥権は飽く迄も天皇にありましたから、彼等が天皇の戦争責任に言及するのは当たり前であったでしょう。

マッカーサーだって最初はそうでしたね、だから最低限廃位という方向性だったはずです、ただ当初優勢だった天皇処刑論を退けたものは、 昭和天皇 への マッカーサー の個人的感動と天皇制の本質に関する理解、その2つであったろうと思います。

マッカーサーは気分屋であると同時に感激屋でもあった、故に天皇との会見で遭遇した感動が、全てのネガティブな意見を排除に向かわせた、そう捉えて宜しいのではないでしょうか。

ただ天皇の戦争責任は、退位という形で問われるべきであった、私としても正直そう考えるところでありまして、陛下が終生背負い続けた苦悩を少しでも楽にして差し上げたかった、‥と同時に戦争で衣食住を失って尚陛下の身の上を案じる日本国民というものを以って、実は国民の側から見た天皇制の本質を如実に物語るとも思うのです。

>対外的にはA級戦犯の東條ですが、そんな昔の事を今でも言ってるのはお隣の国くらいですし、そろそろその生き様を評価するべきだと思います。

あそこは相手にしてもしょうがないでしょう、無視です。

それにしても国家間の信義などどこ吹く風・・まあ色々とやってくれるもの、今度は慰安婦像をバスに乗っけて走らせるとか、性懲りもなく次々と生み出すそのナイスなアイデアを、泥沼化し低迷著しい自国経済浮揚にこそ生かせないものかと思うのその一方で、毎度ご苦労様・・精々頑張って下さいね!と申し上げたい、お捻りも必要でしょうかね。

ところで我が国が拠出したあの10億円は一体どうなったのかと言えば、何せ政府が基金を宰領する財団に予算を付けないものだから、彼等も困って運営費に流用し人件費その他に化けた挙句理事長が辞任に至った、つまりその一部は既に食い荒らされているというのが真相らしいのです。

日本に対する牽制の駒として必要を見出していた中国も、例の THAAD 問題他でさすがに堪忍袋の緒が切れて、中国では既に韓国系のサブカルは全て排除の方向性ですね。

一時鎮静化していた韓流系コンテンツが、性懲りもなく再び我が国を目指している背景にはその点があるのでしょうが、我が国も中国へ右に倣えでいいのではないでしょうか。

とにかくあの国だけは、信義もへったくれもあったもんじゃない、ばっさり切っちゃうとただただ 「 汚らわしい 」 の一言。

さて何年か前、お孫さんであった 東條由布子 さんが亡くなられましたが、祖父に対する彼女の主張と想いは私のそれとほぼ合致する、その点を以って全てを御賢察頂きたいと存じます。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-27 18:11:33

すみません。私の中では、「遂げる」という動詞がとても卑猥な意味で記憶されていて、「思いを遂げる」とは、ことに及んで、いたしてしまう、あまつさえがまんしきれず、中で果ててしまう。そのイメージなのです。
懐という字も着物の胸の内側の部分で、中学生の私は「本懐」と「遂げる」が並んで出てきただけで、柔らかな胸元に射精する絵が浮かんだものです。

城山三郎は『逆名利君』で書いたように好きな作家なのですが、
『男子の本懐』というタイトルをを見た時、スゲー名前の本だな。と驚きました。
源氏物語の柏木が女三宮の寝所を襲うイメージが真っ先に浮かんでしまいました。

大学一年の頃、まだ童貞だった私は、なかなか男子の本懐が遂げられず、苦労した思い出が頭をよぎります。酒を飲ませて部屋に連れ込み、服も脱がせて、説得に及んでも、堅く閉じた両足は天の岩戸のごとく開かず、背を向けて眠ってしまった女の子の隣でまんじりともせず朝まで過ごしたことを思い出します。
浪人時代にすでに「本懐を遂げて」いる友人のHは、「バカだなぁ。女の内股に手を入れると、女は余計に力が入るものなんだぞ。そうじゃなくて、足下に回って左右の親指を持って開くんだ。」
まるで、ミカンの皮を上手に剥く方法を語るかのように私に言ったものです。

さて、高橋一生、見事な生き様です。泣かせる辞世など残して、kamejrouさんのいうとおり、近年まれにみる儲け役。死をかけたラブストーリーならもっとしっかり見ておくのでした。
井伊谷は実は私の生まれ故郷のすぐ近く。親父の墓参りのついでに行ってみようかな。

投稿日時 - 2017-08-25 10:49:15

お礼

ex さん、こんにちは。

>私の中では、「遂げる」という動詞がとても卑猥な意味で記憶されていて、「思いを遂げる」とは、ことに及んで、いたしてしまう、あまつさえがまんしきれず、中で果ててしまう。そのイメージなのです。

中で果てる云々はともかく、世間の半分ぐらいはそのイメージなのではないでしょうか、男子の本懐 = 好きな女と事に及ぶ・・と言って差し支えないのかも知れません。

>源氏物語の柏木が女三宮の寝所を襲うイメージが真っ先に浮かんでしまいました。

道ならぬ恋 そして 因果応報 ・・、 源氏物語 を自在に操る美女とバーの片隅で恋愛論を語らうとしましょう、源氏の一節で口説くこちら、それに対して故事に即したシニカルな迎撃ミサイルを発射する彼女・・、きっと楽しいでしょうねぇ。

カウンター・カルチャー ・・それはそれでいいのですが、意外性と言えばやはりベーシックな教養に勝るものはない、ただ口説きの小道具としての文学論が、機能しなくなり久しいという現実があるのは確かなようです。

>大学一年の頃、まだ童貞だった私は、なかなか男子の本懐が遂げられず、苦労した思い出が頭をよぎります。酒を飲ませて部屋に連れ込み、服も脱がせて、説得に及んでも、堅く閉じた両足は天の岩戸のごとく開かず、背を向けて眠ってしまった女の子の隣でまんじりともせず朝まで過ごしたことを思い出します。

さすがと唸らせるのが、この手の文章に於いて際立つ ex さんの品格。

婉曲的な比喩が鏤められた直截的な描写・・、私が知る限りこと下半身を格調高く語れる方は少ない、且つ後年何度も天の岩戸をこじ開けたその手腕は、正直口ばかりの私に アイロニー すら感じさせてしまう事が少なくないのです。

まあ 深草少将 とは辛いものです、それ以上に股間の滾りが為せる業とはいえ、「 百夜通い 」 すら知らないレベルの女性を必死で口説く自分が辛い事もあった、我が人生最大の自己嫌悪はそういう時でありました。

それにしても女性の股間という扉は、時に アルカトラズ の刑門以上に固く閉ざされる時がある、私だって何度も苦い経験はありますが、それ以上に不思議なのは、悶々とした狼の隣でああも無防備に眠る事が出来る赤ずきんちゃんの存在・・、永遠の謎ですらあります。

>井伊谷は実は私の生まれ故郷のすぐ近く。親父の墓参りのついでに行ってみようかな。

そうでしたか、 ex さんの御実家が静岡である事は承知しておりましたが・・。

故郷というものは須らくそうなのでしょうが、ことに 駿河 ・ 遠江 は、我が日本列島に於いて最も神の恩寵に恵まれた豊穣の地と言われておりますね。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-27 11:25:45

ANo.3

 「嫌われ松子の一生」・・・ ではなくて、「嫌われ政次の一生」ですね。最近、NHKはパクリ題名が多いなぁと笑いながら見ていましたが、やがてジーンと来てしまいましたね。

> 小野但馬 = 鶴 の墓があれば是非手を合わせて来たい

 その回の解説に、あったのですが、

 政次についてあのような描き方になったのは、
(1)小野家累代の墓は、今も井伊家の菩提寺「龍潭寺」の入口付近の、一等地に置かれている。
(2)小野家は、江戸時代も、井伊家の家老を務めている。
から、「お家乗っ取りをたくらんだ」単なる悪人とは違うんじゃないか、と思ったから。

ということでした。

 つまり、小野但馬の墓が小野家累代の墓(一等地)の列にの中あるかどうかまではわかりませんが、そのあたりを探してみられてはいかがでしょうか。

 男子の本懐ですが、闇に葬られてもいい、というくらいの本懐は珍しいと思います。「誰も俺の才能に気がつかなくてもいい」とかね、単なる自己満足でしょう。

 私が「男子の本懐ここにアリ」と思うのは、石田三成に、その禄高(4万石)の半分(2万石)で召し抱えられるほど必要とされ、自分の能力を制約されずに発揮することができた「島左近」ですね。

 主家を退散した後、他を断って三成に仕えることになったときは、きっと罵詈雑言、軽蔑の嵐だったんだろうと思いますが、三成を筆頭に、分かる者は分かってくれた。それでこそ男子の本懐ではないでしょうか。

投稿日時 - 2017-08-25 00:39:46

お礼

fujic さん、おはようございます。

ところであれは 「 信州と真田一族」 という拙問であったでしょうか、以前見識の高い御回答を賜ったと記憶しておりますが。

> 「嫌われ松子の一生」・・・ ではなくて、「嫌われ政次の一生」ですね。最近、NHKはパクリ題名が多いなぁと笑いながら見ていましたが、やがてジーンと来てしまいましたね。

或る回答者様から、今回の大河は映画のタイトルをパロっている旨御指摘頂きまして、鈍感な私としてはその時初めて 「 ああ成程 」 ・・と感心した次第です。

それにしても嫌われる事・誤解される事・・、更に言い換えれば孤高を厭わない人間とは気高いものです、私にはとても真似出来ませんが・・。

>つまり、小野但馬の墓が小野家累代の墓(一等地)の列にの中あるかどうかまではわかりませんが、そのあたりを探してみられてはいかがでしょうか。

御指摘ありがとうございます、「 龍潭寺 」 は今回の旅行の目玉、先年上田城を訪れた時もそうでしたが、きっと凄い人出でしょうね、それにしても自分がどれだけぼ~~っとしてテレビを眺めているか分かりますね。

> 男子の本懐ですが、闇に葬られてもいい、というくらいの本懐は珍しいと思います。「誰も俺の才能に気がつかなくてもいい」とかね、単なる自己満足でしょう。

御指摘の点は全くその通りで、自己顕示欲とは、古来より男を突き動かす最大の動力と言っていいでしょう、特に武家の世界ではそうです、故に現世に於いてそれが叶わぬと見るや、後世に名を残すというベクトルに切り替わり、時に嬉々として死んで行く、 道明寺 に於ける 後藤又兵衛 は明確にそうですね、つまり歴史や世間に向かって芝居をしているのでしょう。

モテたい・いい女と一緒になりたいという欲望も、或いはその延長線上にあるのかも知れません。

> 私が「男子の本懐ここにアリ」と思うのは、石田三成に、その禄高(4万石)の半分(2万石)で召し抱えられるほど必要とされ、自分の能力を制約されずに発揮することができた「島左近」ですね

我がDVDコレクションの一角に鎮座しておりますが、奇跡のキャスティングと称された、 司馬遼太郎氏 原作のTBSドラマ 「 関ヶ原 」 での 島左近 は、 三船敏郎 さんが演じました、もう30数年も前の事です。

その他主演の 石田三成 を 加藤剛 さん、 徳川家康 を 森繁久彌 さん、本多佐渡 を 三國連太郎 さん、 北政所 を 杉村春子 さんが演じましてねぇ、錚々たる・・を通り越し考えられない配役、通常であればトップかラストのクレジットを飾るはずの大物 丹波哲郎 さんが、当作では端役と言っていい 福島正則 役であった事が、その証左かと思われますが・・。

あれを見ちゃうと大変申し訳ないが、今回封切りされた 岡田准一 さん主演の同名映画は、金を出して観に行く気になれないというのが正直なところです、余談が過ぎました。

さて巷間余りにも有名ですが、 「 三成に過ぎたるものが二つある。島の左近に 佐和山の城 」 、後世の創作にしろ何にしろ、男冥利に尽きるのではないでしょうか、まああの当時万余の軍を差配出来る侍大将は諸侯垂涎の的ですから、当然と言えばそうでしょう。

逆の見方をすれば、それほどの将 島左近 が臣下の礼を尽くした 石田三成 という男の魅力・・、私などはそう考えてしまうのですが。

余談ついでにもう1つ、御存知かも知れませんが、左近の血脈は続いておりまして、左近の末娘は 柳生但馬守 の 甥 兵庫介利厳 に嫁ぎ、 生まれた倅が尾張柳生随一と名高い 柳生連也斎 その人です。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-27 09:34:40

ANo.2

isokenさん、こんばんは。

嫌われ政次の一生ですよね。
私も、恥ずかしい話ですが、あの、槍で突いた、突かれたシーン、涙がこぼれ落ちました(涙)
『何も言わなくても、心が通じ合っている』『俺の本当の気持ち、分かってくれたか』
そして、自分のやるべきことを成し遂げたという充実感。直虎を城主として自分と同じ高見(ものが見える)にまで育てたという自負・満足感もあったのかもしれません。

話は変わりますが、そういえば、『愛と青春の旅立ち』に出てきた鬼教官も、
戦場で生き残ることが出来る軍人を育てるため、真剣に憎まれ役を演じてましたね。
そして、その気持ちが生徒に伝わったとき・・・もう、その時は生徒の方が上官になってて、逆に敬礼しなければならなくなってはいたのですが、自分の仕事をやりきったという満足感、自分の本当の気持ちを分かってくれているという充足感、男の本懐だったと思います。

う~ん、部下に嫌われてナンボ!!!
ふ~う、良い上司って難しい!!!

投稿日時 - 2017-08-24 21:19:30

お礼

zico さん、こんにちは。

>嫌われ政次の一生ですよね。
>私も、恥ずかしい話ですが、あの、槍で突いた、突かれたシーン、涙がこぼれ落ちました(涙)

我が家は夫婦して泣きました、我々夫婦は今でも仲良しですが、私が最も好ましいと思うのは、涙と笑いのツボがほぼ重なる点でありまして、涙を堪えた私がふと隣を見やると、家内は既にハンカチを握りしめ肩を上下させている、もっとも昨日今日の付き合いじゃありませんし、当然と言えばそうなのでしょうが。

ところで前年との比較になりますが、作品自体の面白さは 『 真田丸 』 の方が上だったかも知れません、ただ両作併せた瞬間最大の感動シーンは今回の 「 嫌われ政次の一生 」 、それはもう間違い無く。

>話は変わりますが、そういえば、『愛と青春の旅立ち』に出てきた鬼教官も、戦場で生き残ることが出来る軍人を育てるため、真剣に憎まれ役を演じてましたね。

黒人の鬼軍曹ですね、まあ文句無しの名作でしょう、何度観ても面白いですから。

>う~ん、部下に嫌われてナンボ!!!
>ふ~う、良い上司って難しい!!!

きっと zico さんは優しい上司なんでしょうが、根底に愛情がある厳しさって誰にでも出来る芸当じゃありませんね、思えば私は真逆・・厳しくもない代わりに部下を育てようという意思も皆無でした。

悪気は全くないんですただ面倒臭いだけ、では自身のペーペー時代に、上に世話にならなかったかといえばそんな事は無くて、恐らく私ほど尻を拭いてもらった若手はいなかったんじゃないかと思う、つまり自分勝手の極みなんでしょう。

ただ村八分にされるでもなく、そういうパーソナリティを周囲に認めさせる、何等かの努力はしたんだろうと思います、左遷されるでもなくそこそこ優遇してもらいましたから・・。

以下余談になりますが、 ithi さんへのお礼でも触れさせて頂いた、『 それからの三国志 』 ( 内田重久氏著 文芸社文庫 ) 、結構面白い作品です。

孔明亡き後の魏呉蜀鼎立時代は、或る意味歴史のエア・ポケットといっていいのでしょうが、テイストは 吉川英治 さんの 『 三国志 』 に似ておりましょうかね、 孔明 の秘蔵っ子であった 姜維 が主人公だと言っていいと思います、御参考までに。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-26 19:38:57

ANo.1

isoken さん、こんばんは。

井伊谷はその後、井伊家がくにがえをいえやすからいわれて、井伊家の家臣であった近藤氏によって治められます。この人はその後も井伊直政の与力のような役を演じていましたが、直政の扱いがとても厳しかったので、家康の死後に秀忠にお願いして直参に取り立てられます。その後多くの分家を作ってみんな旗本になったという事です。ある感じでは小野但馬の下で今川の直参になって、直政を苦しめたこともある男であるため、そんな経緯になるのかもしれません。

男なら一国一城の主というのがこの時代の本懐なのかも知れませんからね。

近藤秀用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%97%A4%E7%A7%80%E7%94%A8

投稿日時 - 2017-08-24 19:51:46

お礼

ithi さん、こんばんは。

>井伊谷はその後、井伊家がくにがえをいえやすからいわれて、井伊家の家臣であった近藤氏によって治められます。

近藤と聞いてピンと来ました、やはりというか今調べたら 秀用 は 康用 の倅ですね、当初 今川方の目付として 井伊 を虐め抜き、先週の放送分では 徳川 に寝返り 政次 を罠に掛け磔に処したあの 近藤康用 ・・のです。

まあ歴史と言う物は、如何に正史であろうと盲信するものではないとは思っております、ただ仮に 『 女城主 』 のストーリーが真実に近いものであったとするならば、後年 井伊直政 が 近藤秀用 に為した意趣返しは辻褄が合う事になる。

いや~歴史の連鎖というものは本当に面白い、実は最近 『 それからの三国志 』 という本を読み終わりました、つまり 諸葛孔明 亡き後の 魏呉蜀 の興亡史でありまして、魏が蜀を滅ぼし・・その魏を 司馬炎 が簒奪して 晋王朝 を樹立、その後晋が呉を滅ぼし中国大陸が統一された事を以って物語は終わる事となります。

吉川英治 さんの 『 三国志 』 では、 孔明 死後の歴史はほんの付け足し・・駆け足で触れられているに過ぎず、若干欲求不満気味でしたが、本書を読破したお陰で凡その感じが掴めました。

それにも増して、有為な情報をありがとうございました。

投稿日時 - 2017-08-24 21:50:24

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