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解決済みの質問

本はネット検索より優れているという主張をどう思うか

「ネットだとワードで調べたものしかヒットしないという面があるのに比べて、本は検索では結びつかないようなものも拾ってこれる。」
これについてどう思いますか?

正直私は、HTMLの元来の構想と真逆の認識を持っていることには驚きました。
「検索では結びつかないものも拾ってこれる」という期待を満たす効率もWEBのが上でしょう。

サーバ上の文書を結びつけるのが我々の利用する情報収集ツールとしてのネットの本質なのだから、”拾う”ということに関してネットが本に劣るはずがありません。
比較するべきはネットのデータと書籍になっているものの、それぞれの冗長さを排除した情報量だろうが、これは証明しようがないでしょう。
そういうわけでこの主張は無根拠であり、こういった考えが立派な見識として評価されることに対しては本に対する有難屋が増えていった結果でしかないのでは率直な感想です。

上記主張をテーゼとした皆様の意見をお待ちしています。

冒頭の主張はここから拾ってきました。
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3592/1.html

たとえば最近のWikipediaを見てみてください。
文章中の言葉の中には、カーソルをかざすだけで意味が、クリックすることでその単語記事へと飛べる箇所が大量にあるでしょう。
軽く知りたい場合もカーソルを合わせるだけですし、深く知りたい場合はクリックして飛べばよい。
よく知った概念を説明する記事も新鮮な気持ちで見直してみると思いがけない言葉に出くわすこともあるでしょう。
しかも、知らなかった言葉について詳しく知りたいと飛んだ先で、また知らなかった言葉の存在に気づかされるということもあるかもしれない。
そしてこれはwikipediaで完結するようなことではなく、先の通りネットとは無限につながっているものだから、wikipediaの解説で納得できなかったことについてはそのキーワードをGoogleの検索窓にコピーアンドペーストして出てきたサイトでまた知識を深めて、下部の当たりに他のサイトへの関連リンクも見る、などといったことで国境を越えて知識が深まっていく。
そういった言葉に適宜こうした使い分けをしていくことでネット上の知識という情報は広がりを見せます。
対して、国会図書館といえでも、そこにある情報というのは見渡す限りの書籍が限界。新刊もすぐに入ってくるわけではありません。
インターネット上のデータは分進秒歩で加筆されていきますが。

インターネットにはそうした機能の両面性があります。

投稿日時 - 2018-05-01 12:23:02

QNo.9494030

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

半世紀前、梅棹忠夫氏が仮名タイプを推奨していました。
非常に合理的な説得力のある論でしたが、これは相当な漢字能力を持った人でなければ、仮名の文書を読み解けず、梅棹説のようにはいきません。ハングル文字の社会で、マニュアルの説明を反対にとらえたり、官庁の文書でも担当者でなければ正しい解釈ができないことがあると聞いたことがあります。
その後のワープロの出現を、梅棹氏が知れば、また違った論があったと思います。
web検索でも、同じことでしょう。
読書を土台に思考力を養っている人であれば、ご意見のとおりと思いますが、ご提示された学生の事例のとおり他人のデータを並べることしかできない、立花隆氏の指摘がしっくり腑に落ちます。

投稿日時 - 2018-05-02 11:02:37

お礼

おっしゃる通りでしょう。

投稿日時 - 2018-05-07 12:37:13

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回答(5)

ANo.4

90年台は,ネットにはまともな情報はほとんどなくて,エロ画像ばっかりでした。でも00年台はまともな情報がどんどんネット上におかれるようになって量的に拡大していきました。今ではネット化に積極的でない分野以外は最新の情報も専門的な詳しい情報もすべてネットで手に入ります。(まあ,大事な情報は有料ということも多いですが...)
「ネットだとワードで調べたものしかヒットしないという面があるのに比べて、本は検索では結びつかないようなものも拾ってこれる。」というのは,私に言わせればネットでの検索のしかたが悪いんじゃないの?としか思えません。要するにどんなキーワードで調べればよいのかをわかっていないのでヒットしないだけだと思います。適切なキーワードを思いつくには広範囲で知識が必要です。
でもネットばかりに頼っていると細切れの情報になりがちということはあります。そういう点については意識的に知識を体系化する必要があります。それこそ
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3592/1.html
に書いてある用語で言えば,スループットをあげるのではなく,ゆっくりと深く考えることは重要だと思います。

投稿日時 - 2018-05-01 19:28:30

お礼

回答ありがとうございます。
「ネットにばかり頼っていると細切れの情報になり”がち”」というのはおっしゃる通りだと思います。
ウェブバカとかネットバカとかいう書籍も出てきていますね。

投稿日時 - 2018-05-10 11:04:48

ANo.3

必要とする知識の深度によると思います。
広く浅く、概念のようなものだけをを理解するには便利ですが、それなりの専門的な知識を得るのは無理です。
リンク先から新しい知見が得られるかも知れませんが、リンク先も同様に浅い情報がほとんどです。
学生ならその程度でもいいかもしれませんが、数百ページ数冊分に相当する専門書を仕事で利用するような人にとっては、ウェブの情報なんて前書きのようなものです。

誰が書いたかわからないような情報をツギハギして、自分の知識を完結させるような方法はちょっと安直じゃ無いですかね。

投稿日時 - 2018-05-01 13:35:21

お礼

回答ありがとうございます。
以下のページは到底「前書き」と揶揄するべきものではないほど充実していて、著者も明かされていますが、こういったものをじっくり読んで関連領域の知識の深化を図るのも、安直でしょうか?
http://tmcosmos.org/cosmology/cosmology-web/
http://www.kogures.com/hitoshi/index.html

電子辞書などもそうでしょうが、便利になって学問を怠けるような人がいたところで、そういう人がいるというだけではないでしょうか。 私は学ぶ手段が本でもネットでも人生80年学びに溶かす自信があります ネットが出てきて少しでも効率的に学べるようになって有限の生涯に学習の濃度を詰めていけるようになったことは素晴らしいと私は考えますが。
なんでもそうですが、道具は使いようではないでしょうか?
本が絶対的に優れているといえばそれは至上主義というものだろうし、逆も然りでは?
それなのに「一方が優れている」というような主張を見ると、両論併記の理念が私にネットの良さを説くように突き動かしてしまいます。
そうでないと本ばかりが優れているという印象が広まってしまい、均衡が崩れると思いますから。

投稿日時 - 2018-05-01 13:52:35

ANo.2

たとえで言うしかないのですが、料理を作るとき、鍋とかフライパンを使わないと、具材が集まって一つの料理にならないはずですが、本は表紙から各ページまでしっかり鍋の役目を果たしています。一方ネットでは個々の具材は十分すぎるほど集められますが、これをまとめる鍋がないというような感じと思います。あるいは皿だけで完成できるような物しか作れないとか。

投稿日時 - 2018-05-01 12:54:29

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-05-01 13:43:21

ANo.1

Q、本はネット検索より優れているという主張をどう思うか?
A、真っ当な主張。

だが、その意味するところは質問者の理解とは途方もなく違います。

>「検索では結びつかないものも拾ってこれる」という期待を満たす効率もWEBのが上でしょう。

そういう利便性を比較しての話じゃーないでしょう。

投稿日時 - 2018-05-01 12:45:56

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-05-01 14:01:35

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