こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

締切り済みの質問

ノーベル賞受賞者について

 中韓は、ノーベル賞は取れないと、よく言われます。留学をしたり、研究をしたり
していますが、何故ですか。
 客観的、偏見の無い意見を聞かせて下さい。

投稿日時 - 2018-10-01 21:36:42

QNo.9543307

暇なときに回答ください

このQ&Aは役に立ちましたか?

0人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(8)

ANo.8

目先の利益・実績追求目的が主流だからでしょう

投稿日時 - 2018-10-09 12:45:41

ANo.7

これは私の偏見です。
中韓の人は辛抱強く何かを続けることができないようです。
ノーベル賞を取るような人は、基礎的な知識をしっかり身に付けてた上で特定の分野で可能性を追求して10~20年以上成果が出なくても洞察力と目標を持って研究し続けて発見、発見にたどり着きます。
中国や韓国の人と働く機会もありましたが、早く仕事が終わるように適当に取り繕っているように見えました。
こらは今の日本でもその傾向がありますが、小保方氏のようにすばやくまとめて研究成果を認められれば良いという考え方のようです。
これではノーベル賞には到底たどり着けないでしょう。
もちろん全ての人がそうではないでしょうが。

投稿日時 - 2018-10-03 08:20:56

ANo.6

韓国はとにかく日本に追いつき、追い越せの気質ですからノーベル賞受賞を国家事業として国を挙げて受賞を目指しています。しかしそれが逆に韓国をノーベル賞から遠ざけているような気がします。
韓国はノーベル賞が狙えるような逸材を若いうちから育成しようと考え、飛び級制度を用意しています。何年前だったか、10歳くらいの少年が大学に合格したとかどうとかやっていました。

けれど、どこの国であれ飛び級をしたエリートの子が大成したってないんですよ。アメリカで飛び級をしたような子がその後どうなったか追跡調査した論文がありまして、それによると全員が「明けの天才、ただの人」になっていたか身を持ち崩してむしろダメな人になっていたかどちらかだったそうです。

もうひとつ、韓国人には「せっかち」という気質もあります。これは研究という分野で考えるととにかく結果を求めるせっかちな気質ではなかなか大きな結果が出ないというのがあります。どうしても目先の結果になりがちですよね。
ここの回答で昔見かけたのですが、韓国人は1、2、3、4、5と順番立ててやるのが苦手で、2までいったら3と4を省略していきなり5に行ってしまうことがよくあるそうです。これは研究は上手くいかないですね。
もうひとつ。かつて韓国がノーベル賞にリーチをかけたことがあります。生物学者のファン・ウソク教授です。リーチはかけていたのですが、捏造が発覚して夢と消えました。まあ捏造については同じ分野でその後日本が例のあのSTAP細胞をやったので日本がとやかくいえる話ではありません。ちなみにSTAP細胞で自殺した理研の副センター長氏は、ファン教授が研究していたES細胞研究の日本の第一人者と呼ばれた人でした。
私が問題にするのは、捏造の問題ではなく、国民のフィーバーの問題です。確かに当時ファン教授はノーベル賞にリーチをかけていたし国民も期待していましたし、既に国民の間では有名人でした。しかし、ファン教授は韓国では既に前祝いとして韓国警察による大統領レベルの警護、教科書にも載り、大韓航空は10年間ファーストクラス乗り放題の権利を与え、朝鮮民族が大好きな大きな銅像も作りました。
日本人の感覚からすれば、受賞してから国賓・国宝扱いするならまだしも、とる前からやるって気が早すぎないか?と思いますよね。そこもせっかちなんですよね。そこらへんの事情が重なって、韓国はなかなかノーベル賞にたどり着かないのではないかなと思います。

中国は今でこそまだそんなに目立たないですが、いずれはバンバン受賞者を出すであろうということは私も思っています。ただ、当の中国人が外国の賞であるノーベル賞をそんなに重視していない気もします。中国人は腹の中では中国こそが世界一と思っていますから、西洋人の権威が気に食わないっていうのもあるのではないかしら。
ただ中国人て本質的に商売人だから、カネにならない研究を権威のためだけに(しかも外国の権威に)どこまで本気でやるのかなとは思います。中国の大学教授って、話をしてもビジネスマンにしか見えないですからね。愚直な研究者というのは中国では教授にはなれないのではないかなとも思います。

日本の研究の行く末に関しては、私はどうも昨今の日本の世論が「ノーベル賞をとるため」とか「社会の役に立つため」というのを極端に重視しているのが気に入りません。学問というのは、本質的に役に立たないものです。というか、学問に役に立つとか何かの権威ある賞を取るためということを重視することが不純です。それは「儲かる研究ならやる」のと変わりません。
学問というのは、根底にあるのは「真実はなんだろう?」という知的探求心、知的好奇心です。だから私は、純粋に学問を追及したら結果的になんか面白くなってしまったイグノーベル賞のほうがよほど学問の本質ではないかと思うのです。

投稿日時 - 2018-10-02 15:40:50

ANo.5

韓国という国には頭の良い人もいますが、頭がいいと
1.サムソンに入って高給をもらう。
2.医学部に入って整形外科医になり高給取りになる。

基礎科学研究などといった高給とは無縁な分野などぜ~んぜん、コリアンは関心をもちません。いかにもお金がもうかりそうな研究なら別ですが、基礎科学などという地味で薄給が匂って来るような分野にコリアンは関心がありません。
コリアンは上っ面ばかり気にします。だから整形美女が多いのです。
見かけは日本人と似ていますが心掛けにおいてダンチです。
日本人は薄給でも目立たなくても科学の追究のために頑張ります。
コリアンは高給の保証がないかぎり頑張りません。まして、ノーベル賞をゲットする確率が非常に少ない現実では、誰一人として基礎科学なんてあほらしくてやってられません。コリアンがノーベル賞をもらうのは駱駝が針の穴を通るのと同じくらい難しいです。み~んなサムソンか整形外科医です。(笑)

投稿日時 - 2018-10-02 14:15:45

ANo.4

 ノーベル賞は、平和賞や文学賞以外は、1歩1歩研究を積み重ねる必要があります。

 韓国では、「大人物や有能な人間は、読書し、天下国家を論ずるのが責務で、A剤にB剤を1滴混ぜたらどうなるか、2滴ならどうか、などというチマチマとした作業を繰り返すことのは下僕のすること」という思想で成り立っています。

 韓国ドラマに、一人のボスが敷物に座って、後ろにその部下たちが何十人も座る。で、ボスが「王様、○○策は間違っております。お考え直し下さい」とか叫ぶと、後ろの者たちが声を揃えて「お考え直し下さい」とシュプレヒコールを繰り返す。

 ドラマは変わってもそういうシーンは頻出するのです。韓国では一般的なシーンなのでしょう、ドラマ解説などでも、批判はありません。大物が叫ぶと、家臣一同がそれに唱和する。「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」・・・ 1匹の人がウソを言うと、多くの人々がそれを真実として伝える(広辞苑)。

 先人の教えを疑わない。これでは科学は進歩しません。

 また、韓国では、科学よりも自分たちの「都合」が大切にされます。例えば、先日ようやく、ソメイヨシノと韓国のナントカ桜(王桜?)が遺伝子的に違う桜だと認める新聞記事がでました。遺伝子が解析されて何年たったのか分からないほどの年数が経っての記事。

 彼らにとって、世界に散らばったソメイヨシノが韓国で自生する桜と別種であって欲しくなかったのです。自分たちの都合に反する科学は説得力を持たない、科学やそれを言う者は黙殺される。

 これでも科学は発展しません。

 韓国では、古来の言い方をハングルで書き表しています。日本で言うと、たおやかなヤマト言葉の表現を、平仮名で書き表しているようなものですから、字数の割に内容が空疎になります。

 しかも、韓国人の発想は韓国独特の発想であり、普遍性がありません。なので、韓国人は感動しても、他国民には分からない。それを避けようとすれば、日本で売れている小説を焼き直ししたような文学になる。

 まあ文学賞は、一人の天才が現れれば歌詞のような短いものでも受賞できるので、韓国人はもらえないということはないと思います。もらったからと言って、韓国人一般がホコリに思えることでもないですが。

 とにかく韓国では、平和賞・文学賞以外は獲得しにくいと思われます。今年も、同じ民族同士の和解で平和賞をもらえるかもしれません。トランプさんに行くかな。

 中国は、そのうち取ると思いますよ。ただ、いまは、「今日儲かるかどうか」という拝金主義が横行していますんで、無理かもしれませんが。

投稿日時 - 2018-10-02 02:22:29

ANo.3

それは勘違いです。
中国人は
物理学賞 アメリカ国籍のダニエル・ツイ 1998年、英米多重国籍のチャールズ・K・カオ 2009年
文学賞 莫言 2012年
平和賞 北京師範大学文学部講師 劉暁波 2010年、ノーベル平和賞を受賞。
生理学・医学賞 抗マラリア薬であるアルテミシニンとジヒドロアルテミシニンの発見者 屠呦呦 2015年 
の5人です。
韓国人はいません、おそらくですが、歴代中国の属国だったためか、一番は働かない人が偉い人、研究開発を無駄だと考え、弟分の日本が教えてくれるのが当然と言う、儒教の思考が強いからだと思います。
まあアメリカが361人、日本が24人、イギリス121人、イタリア14人、オーストリア13人、オランダ17人、カナダ14人、スイス23人、スウェーデン32人、ドイツ82人です。
中国国籍の受賞者が2010年より前は居なかったので、それより前に言われた言葉をそのまま引き継いでいる方が言っているのでしょう。

投稿日時 - 2018-10-01 23:13:20

ANo.2

自然科学や生理学・医学分野でのノーベル賞の選考には、各分野での有力な学者の推薦や論文の参照数などが加味されると言われています。そうなるためにはまずは国に基礎研究の下地があって優秀な研究者をたくさん輩出することと、その研究や論文が国際的になる必要があります。英語で優れた論文が書かれていることも重要だし、海外の大学との共同研究も重要。
野球に例えれば、子供の頃からメジャーリーグで活躍したいと言う子が増えて、リトルリーグのチームが強化されて高校野球でしのぎを削りプロ野球を経てメジャーリーグで活躍する選手が続々と生まれるようなシステムが必要です。
日本は今そう言う状態にありますが、野球と違って脈々とした研究とその成果が実証されたり世の中で役に立ったりして認められるまでに時間がかかることもあり、今日本でノーベル賞受賞者が連発している下地は数十年前に作られたものでだからこれだけノーベル賞受賞者が出ているのに基礎研究への補助金が削られ、一方中国の基礎研究への投資や論文のレベルの向上で、今後は日本からはノーベル賞受賞者が出なくなり中国が大量に受賞することになると言う危機感がうまれているのです。
日本のノーベル賞受賞第一号は1949年の湯川秀樹博士ですが、これは大変なことで敗戦国のしかもアジア人の若造の突飛な理論に反発も相当あったようですが、世界とのネットワークがまだ強くなかった時代に欧米の科学者から多くの推薦を受けての受賞だったそうです。その後湯川秀樹とともに京都大学で研究を重ねた朝永振一郎が受賞しましたが、それまで見向きもされなかった日本の学者に注目が集まったと言う意味では無関係ではないと思います。この二人が日本で基礎科学を目指す子どもたちや若者を育て国が支援したのは間違いなく、今のノーベル賞受賞者の量産もその流れと無関係ではないと思います。
そう考えると、中国や韓国でノーベル賞受賞者が出ないのはある意味当たり前で国力がついて基礎研究に注目し始めた歴史が違いすぎます。日本は湯川博士の前にも明治の時代から優秀な物理学者や医学者が育っていましたから。中韓はずっと国難や戦争に退治してきて、まともに基礎研究に没頭できるようになったのはごく最近です。
ただ残念ながら日本の科学者たちが危惧している、今後は中国がノーベル賞を大量受賞し、日本が受賞できなくなると言うのは間違いないと思います。日本の大学は少子高齢化もあって国が大学や研究の仕分けをして補助金も大幅に減らそうとしています。そうなると博士号を取っても大学にいることはできず大学に残っても企業を回ってお金を取ってこないと研究ができません。しかも短期的に企業に役立つ研究しかできなくなります。そんな職業を子どもたちが選ぶかと言うと選ばんでしょう。それこそ高校野球もプロ野球も経ずにいきなりメジャーリーグを目指すくらいの志がないと。一方で中国は基礎科学分野での論文数では日本を抜き間もなくアメリカも抜いて世界一になります。質も高いそうです。しかも日本の研究者が喉から手が出るほどほしい測定機材が大量に買い与えられるそうです。それともう一つ中国が有利な部分は、遺伝子分野で日本や欧米に比べて倫理的な規制が甘いこと。今のゲノム研究は資金が豊富にあるアメリカと、臨床データを豊富に集められる中国が圧倒的で日本は歯がたたないそうです。
一方韓国はと言うと、厳しい状況が続くと思います。中国のような地盤の強化があるわけでもなく、今後衰退する日本と人口比での確率的な受賞に頼るしか無いと思います。
ノーベル賞はそう言う研究環境やネットワークを含めた下地、土壌が重要で今後大きく状況が変わると思います。せっかく長年かけて良い土壌ができたのだから国はそれを捨て去るような方策は取ってほしくないです。

投稿日時 - 2018-10-01 22:25:51

ANo.1

KGS

取れないのは取れるような研究ができる環境でないことが一番大きな原因だと思います。

まったく何も無いところから人類の役に立つ発明、研究成果を出すことがノーベル賞の受賞理由の一番大きなものなのです。

山の物か海の物か分からない研究をして生活もできる環境というのは国家レベルか大企業に限られるし、地味な研究を苦痛に思わない人間性や周囲の理解があってこそと言えるでしょう。

中韓はすでにある技術を利用して儲けるのは得意なものの、目先の利益を優先する国民性もあって、長時間に渡って努力を続けることは苦手というより非効率と考えます。

50年がんばって研究して受賞できるか分からないものに投資するより、すでにある技術を使い倒して50年間儲かる方を選んだ結果です。

日本人だって50年間ずっと受賞できるか分からないものを研究するより、儲けを出すことを重視する人がほとんどなのではないでしょうか。

投稿日時 - 2018-10-01 21:54:41

あなたにオススメの質問