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解決済みの質問

父親の性暴力は何故無罪なのでしょうか

 本年(2019年)3月、名古屋地方裁判所岡崎支部は、当時19歳の実の娘に性的暴行をした罪に問われた父親に、無罪を言い渡しました。

 父親の主張は「娘は性行為に同意していた。抵抗できない状態ではなかった」というものでした。

 裁判所の判断は、娘は父親の行為に同意していなかった、しかし、「心理的に著しく抵抗できない状態だったとは認められない」というものでした。

 結局、無罪の判決を出しました。

 この事件は、父親が娘と性行為をしたことです。通常は、してならないことです。
でも、裁判所は無罪と判断したのです。
 
 結局、法律で「父親は自分の娘に姦淫してはならない」という法律がないから、このような判決が出たと思います。

 法律に暮らしい人の、ご意見を聞きたいのです。これは、法体系としてただしいのでしょうか。

投稿日時 - 2019-04-29 09:50:23

QNo.9611694

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

法体系としては、残念ながら、と言うべきか文句なく正しいです。
この件はweb上でも物議を醸しましたが、非常に重要な点はこの件が「準」強制性交等で起訴されたという点です。
この「準」とは、一般に想定されるレイプ、つまり暴力や脅迫による性行為強要ではなく、『抵抗することが不可能又は極めて困難な状態にある人に』性行為を強要する罪です。
睡眠中や泥酔状態の人が被害者の場合の性的強要と言えば分かりやすいでしょうか。
この場合、「抗拒不能」つまり抵抗することが不可能か、極めて困難な状態であったかどうか。それに加えて、抵抗の意思を被害者が示せていたかどうかが問題になります。

そもそもセックスとは両者の合意によってなされるものですが、この「合意」とは別に書面を交わしたりは、まあしないですよね。ハッキリと言葉で確認し合う場合も稀でしょう。
とすると、加害者(セックスに積極的な側)は被害者(同消極的・否定的な側)の意思表示を誤解する可能性があります。

例えば夜、バーで一緒に呑んでいる男女で、女性の方が飲みすぎて気分が悪くなったので部屋に送ってもらった。しかし男性はそれを性的アピールと誤認し、性交渉に至った、というようなケースです。
このように誤解による性交渉と、準強制性交とは極めて曖昧な境界線にあります。
よって、抵抗の意思表示と抗拒不能が極めて重要な条件になるわけです。

今回のケースで言えば、長年虐待が行われていた事自体は裁判所も認めています。また、また親子関係という事で、精神的経済的理由で抵抗が難しい状態にあったという事も認めています。
ただし「抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するにはなお合理的な疑いが残るというべき」としています。

さらに重要なのは「抗拒不能ではなかった」と断言はしていません。
「抗拒不能と断定できない」から「抗拒不能が成立しない」ので「準強制性交等としては無罪」としたのです。
この辺りは、司法としての「疑わしきは無罪」「100人の真犯人を逃しても1人の冤罪を避ける」という精神の表れで、これはこれで大変重要な部分です。

今回のケースは、言うなれば法律と性習慣・文化と司法というものの隙間に落ち込んだようなケースです。この隙間を無くしていこうとする事自体は重要ですが、短絡的に「ひどい判決だ!」「こんな裁判所は間違っている!」と言うべきケースではありません。

投稿日時 - 2019-04-29 12:48:54

お礼

 丁寧なご回答、有難うございました。
良く理解できました。

 娘さんが、合意ではないことを父親に分かるように、抵抗しなかったから、このような判決になったということですね。

 しかがないからと思って、意思表示をしなかったのでしょうね。法律の問題ではなくて、人間として、深くかんがえさせられる問題ですね。

 ありがとうございました。

投稿日時 - 2019-04-29 13:30:11

ANo.3

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回答(3)

ANo.2

うん確かに、私もその判決は正直疑問に思いました。
千葉の虐待死事件も、あれだけの執拗な虐待というか、私はあれは拷問だと思っているのですが、あれだけ拷問して死に至らしめたら相手が他人なら確実に殺人罪が適用されると思うのですが、あくまで傷害致死です。殺意までは認定されていないんですよ。それは「親子だから」だと思います。日本では「親が子供を殺したいなんて思わないものだ」という性善説で成り立っているのです。

さて、名古屋の事件ですが、私がその事件の報道を見て気になったのが「親子というのは、あくまで戸籍上(法律上)の親子っていうことではないか?」ということです。
日本では、出生届が出されると親子関係は確定します。これを覆すのは容易ではありません。有名なのが大沢樹生さんですね。自分の息子だと思っていたけれど、どうもおかしいと思った。だからDNA鑑定をしたら血が繋がっていないことが判明して、彼は親子関係を解消するために裁判所に書類を送りました。それでようやく裁判所が親子関係の解消を認めたのです。この手続きをしないと親子関係が解消できません。

法律上(戸籍上)は「実の父親が娘を姦淫した」ということなのですが、DNA上は「親子ではない」ということではないでしょうか。
それは昔から分かっていたことなのか、それとも鑑定すればそうであることは明らかだけれどあえてそのようなことはしていなかったのかは分かりません。しかし父子の間でDNAが一致しないというのはしばしばある話です。もしそうなら、父親にとっては娘は「妻の連れ子」という存在にしか過ぎません。

質問者さんの怒りの源は「実の父親が娘を姦淫するなんておぞましい」ということだと思いますが、そこはそういうことなんじゃアないかな、と。
あ、ちなみに千葉の虐待死事件は実の親子だと思います。娘さんの鼻の形が父親とそっくりですから。

投稿日時 - 2019-04-29 11:31:26

ANo.1

法律に暮らしいかどうかはわかりませんが、裁判所は法律をもとに裁くところです。

法律が正しいかどうかではなく、法律が正しいとして考えます。

何らかの善悪を先に決め、それを確実に実現するために、プログラミングのように詳細なルールを決めて実践すれば、ほぼ確実に正しい結果となるとは思いますが、その部分だけです。

今の法律だと判決のような結果になることがわかりました。

それが嫌なら政治に参加して法律を変えましょう。

でもそんなに簡単には変わらないよね。そのために労力使うより、自分の利益を優先した方が良いよね。

と言う考えがベースに社会はできています。

投稿日時 - 2019-04-29 10:12:09

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