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解決済みの質問

知識が深い知能が高い?

知識が深い・浅い
知能が高い・低い
この表現が不思議です。

なんだかすごく不思議な説明になるのですが、
知能が高い・低いは、y軸においてx軸より上の値においてプラスが優、0が劣
知識が深い・浅いはy軸においてx軸より下の値においてマイナスが優0劣
という真逆の表現だと思うのですが、なぜこのような違いが生まれるのでしょう?
知能が浅い、深いとかでもよかったのでは?とか思ってしまいます。
ふと気になったので。

投稿日時 - 2019-07-20 03:49:50

QNo.9637174

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

まぁ、イメージの問題なんでは?
日本人の潜在的なものか、中国や英語の影響なのかは知らんが、そう定着してしまった、と言うのが実情でしょう。

外国には、全く違った概念もあるかもですね。

知識は神に近づくものなので、遠い近いで言うとか、そんなの。しらんが。

知識は水のようなものと考えたために、広さや深さとなったのでしょう。
プラスマイナスだと、知能は高い方がプラスですが、知識はあってもなくてもプラスになるわけでもないとかの理由があるかもですね。

ヨーロッパに行くのに、中国語の知識がたくさんあっても、あまり役には立たないので、必ずしもプラスではないので、広さや深さでで、表現する、とか。

質問者のことを考えて、納得しやすいように書いたつもりですが、どうでしょうか?

投稿日時 - 2019-07-20 12:14:09

補足

イメージ、そうですねこういうのが言語的な豊かさなんでしょうね。
これが悪いとかではないんですけど、ふと気になりました。

投稿日時 - 2019-07-20 15:49:29

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回答(10)

ANo.10

知能は元々備わったもの、知識は後から身に付けるもの・磨くもの。

投稿日時 - 2019-07-21 10:45:00

ANo.9

質問における「高い、低い」「深い、浅い」等の言語表現は量的認識に基づく。

認識が相対する事柄においても、認識が近い事柄についても、量的認識に基づいて表現されている。

言語表現においては、相対する事柄にも違う表現を用いることで、
概念が「一致できる」ものか「相対する」ものかを判断、認識する為の解釈に用する。

「深い、浅い」も「多い、少ない」も、「高い、低い」と同様に量的認識に基づいて解釈することになる。

今質問提起においては、提示された言語表現の違いが何を示しているのか、その違いを理解する「能力」が求められている。

「知能」とは「知識」と「能力」によって成り立つもの。
「知能」と「知識」は量的に相反するものでないことは既に理解できてる筈。

ならば、数値表示にこそ「+、-」という「相反する」表現が用いられることに疑問を抱くべき事柄。
その便宜的理由こそが、既に先回答や他回答にて示されている。

投稿日時 - 2019-07-20 17:18:56

ANo.8

高さや深さは言語上の概念。
元々は自分や地面、海面などを基準に程度を表現する為に生まれた言語。

高い低いは地表より上の概念。
それを「知能」の表現に当てたもの。

深い浅いは地表或いは海面より下の概念。
それを「知識」の表現に当てたもの。

後に数値を図表上に表す考え方が登場した時、
質問のような疑問や誤解などの不都合が生じる可能性が生まれた。

そこで、地上の概念における高さを基準に捉え、その数値を地表より高い0+と認識することにより、
高さと深さを比較する場合においては高さの+数値に対して深さを-数値で表示することにより、同一図表に示すことを可能にした。

人間の感覚においては自分の位置を基準とする場合が多く、
その意味では上を+数値、下を-数値で表すのは、ある意味正しい。

高さや深さの認識は言語が生まれた時代の表現であり、数値における「-」の概念が生まれる以前の表現。
「-数値」の概念がないことにより、「高さ」と「深さ」という対立する表現が先に生まれた。

相反する事象を同一図表に示す場合は、一方を「+」、もう一方は「-」で示すのは常識。
だからといって言語上の相反する表現を統一しろと言うのは、数値表示を全て「+」にしろと強制するに等しい。

質問の疑問と主張は既に矛盾を孕んでいる。

高さ深さという表現は人の認識を表す言語上の概念であり。
「+-」という表示は図表上に数値化する為の手法。

言語は人の「知能の高さ」により情報伝達手段として生まれたものであり、
図表数値は「知識の深さ」によって情報表示手法の一つとして生まれたもの。

知能と知識は合い成り立つものであり、一方により一方が駆逐される本末転倒は有りえない。

知識について「深い、浅い」と言語表現するのが嫌なら、
「(知識量が)多い、少ない」という表現も存在する。

さて、「多い、少ない」という言語表現なら数値表示は如何なる説明になるのか?
質問の指摘にて矛盾を如何に説明できるのか、もう少し考えてみてもらいたい。

投稿日時 - 2019-07-20 15:01:50

補足

説明がわかりにくかったようで数値に関する回答をいただいたのですが申し訳ありません。
質問文でも不思議な説明と合理性に乏しい表現であることを注釈している通り、この説明には矛盾も齟齬もあることでしょう。これはあくまで認識共有のための説明として便宜上数値座標の概念を用いただけで、言語概念の数学的運用だとか数学的に説明されるべきであるというような主張がしたいわけではなく、質問の根幹とも特に関係ありません。前回の補足で少し違うとさせていただいたのはその点でした。

>「(知識量が)多い、少ない」という表現も存在する。
その通りで、すべてのこういう表現は大小あるいは多寡で表現すれば混乱も何のになぜ違うのかなというような疑問です。

投稿日時 - 2019-07-20 15:46:29

ANo.7

数学上のX軸、Y軸の発見より先に「知識が深い」という言葉は生まれていたんじゃないでしょうか。
「知能」という言葉は、比較的最近に作られた言葉ではないかなと思います。少なくとも明治以降じゃないかな。それ以前は「知識」「知恵」という言葉が一般的でした。例えば、江戸時代に頭がいい人に対してつけられていたのが「知恵者」という言葉でした。
そして「知能」という言葉は主に「知能検査」など、教育や検査の方向になったので数字が伴います。そうなれば(点数が)高い、低いの表現にはなると思います。

知識も知恵も「高い、低い」ではないですよね。知恵も「深い」でいいと思いますよ。しょうもない企みのことを「浅知恵」といいますからね。

投稿日時 - 2019-07-20 14:36:00

補足

知恵も多い知識も多い知能も多いでよさそうなものですが

投稿日時 - 2019-07-20 15:48:09

ANo.5

知識は広いを多く使いますがこれは単なる情報として知ること。
深いとなると専門分野で掘り下げた知識であり、これを得るにはかなりの研究が必要であり基礎的な部分まで理解することで地面を掘り進むような努力の結果です。
知能は努力して得られるようなものではなく深さはない。
トランプは自分が知能が高いと自慢しているが、その言動は浅はかであり深さはない。
単にビジネスで身につけた相手を威圧して勝利を勝ち取る強引なやり口を知っているだけだ。
知能が高いと思える東大卒は官僚は多いが、大したことを成し遂げることはあまりない。

投稿日時 - 2019-07-20 08:12:54

補足

なぜそのように表現するか自体はわかるのですが、違う表現だったとしてもそれなりの説明がついてただろうなっていうか、根本的な部分ではないような

投稿日時 - 2019-07-20 11:44:53

ANo.4

y軸x軸というのは図表上の表現。

高さ深さは言語上の表現。
数値の大小は0以上の数値のみで認識される。

高さ深さを同一図表上に示す場合、
高さは+値、深さは-値で表現される。

言語上0以上と認識されるものが、一方は+値、もう一方を-値で表現した前提であるからには、

図表上の-値は「-×-=+」であるとして、
言語上の認識に変換する必要がある。

例えば、
正方形の紙を上下の中心線を軸に二つ折りして、
二つ折りした状態で見るか、
開いて折り目を気にするか、
…「違う条件の下においては違って見える」という大前提は排除できない。

地面を掘って脇に積み上げる場合も同じことが言える。
掘った量と積みあげた量が「一致」しても、
一方は地面より「低く」なり、もう一方は地面より「高く」なる。

このような疑問を解くには、情報を現実化して捉える能力が求められる。

投稿日時 - 2019-07-20 07:20:25

補足

要するに絶対値ですね。
ただ自分が質問していることとは少し違います。

投稿日時 - 2019-07-20 11:39:34

ANo.3

その考えで言うなら、プラスの方向がどちらか、ということではないでしょうか。

知識とは、外部から取り入れて蓄積されるものです。いわば、水のように貯めるもの。であれば、池や湖のように「深い」方が豊かである事になります。実際、知識は「深い」だけでなく「広い」「豊か」という表現もしますね。言い方を変えれば、「量」で評価すべきものです。

一方で、知能は自ら磨き、高めて行くものです。いわば、塔のように積み上げるもの。だから、「高い」方が優れていることになります。実際、高い、だけでなく「鋭い」とか「優れている」とかの表現もありますね。言い方を変えれば、「質」で評価すべきものです。

ですので、湖と塔とで「プラス」の方向が違うから、一見真逆のように見えますが、こういう表現になるのでしょう。

投稿日時 - 2019-07-20 06:34:58

補足

たしかに概念をものに置き換えるとそういうことかもしれないですね

投稿日時 - 2019-07-20 11:37:24

ANo.2

漠然とした印象ですが
「知能が高い」は、単一の高度な問題が解ける印象です。
「知識が深い」は、知識の成り立ちを深く掘り下げていて
それが、関連した知識にも及び、ある程度の広さも感じます。
所謂、「教養」や「リベラルアーツ」ほどには広くないかもしれませんが
広い範囲を持つ錯綜した問題を解くのに役立つ感じがします。

投稿日時 - 2019-07-20 06:05:27

補足

わからないんですけど、どう説明しても後付けっぽくなる気がするんですよね。

投稿日時 - 2019-07-20 11:35:26

ANo.1

なるほどですね。愚考するに知識というのは共通のもので知能のほうは個別的だからではないでしょうか。知識のほうは金鉱が眠る一つの山で鉱脈を求めて掘りすすんでいくようなもので、知能のほうはより良い景色を求めどのルートをえらんで登るかというような。

投稿日時 - 2019-07-20 03:59:56

補足

自分の欲しいもの堀り当てるわけですね

投稿日時 - 2019-07-20 11:33:17

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