こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

荀に日々に新たなり

日に新たなり
日々に新たなり
荀に日々に新たなり

皆さんがご存知のこの成句の順序は上記の順序と違うでしょう。
これは無論、『大学』の中の殷の湯王が心に刻んでいた銘辞ですね。
私は70年前に下村湖人の論語物語の中の注記で出会いました。
(*私は浅草生まれ育ちの82、男性)

〖質問〗或はご披歴くださいというべきか。
殷の湯王のこの言葉に思い当るご経験はないでしょうか?
こういう意味だよと教えてくださることはないでしょうか。
実は今朝の行でこの言葉がすぅいと胸に頭に浮かんできてとても嬉しい気持ちになりました。
毎日が新しい日なんだなぁと、思ったものですから。
どうかよろしくお願いします。

投稿日時 - 2019-11-28 10:50:48

QNo.9684091

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

天乙のは荀ではなく苟ですね。
荀ではたけのこです。いやしくもという意味の苟です。

日々が新しいというより日々を新しくしようと心がけるのが良いのでしょうね。
何年生きれるつもりで生きてるかなんて普段考えないですから。

投稿日時 - 2019-11-28 13:59:39

お礼

素晴らしいご回答をありがとうございます。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2019-11-28 15:17:22

ANo.2

このQ&Aは役に立ちましたか?

0人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(2)

ANo.1

その件の知識は有りませんが、

日々、前に向かって進んでいれば、
常にその時々の新たな何か(少なくとも景色の変化)が目に入って来る。

後ろを見れば、
過ぎた事しか目に入らない。

立ち止まっていれば、
遅々たる変化に気づくのは難しく、雲のの流れも単なる繰り返しにしか感じられなくなる。

人生、一つの事ににこだわり続け立ち止まっていれば、
いずれは変化の無さに飽きが来て、そのうち快楽も苦痛に変わる。
終いには生きる意味さえ見えなくなる。

その時になってふと気付いてから前を見ても、周囲の大きな変化に我が身の置き場所さえ見つけられなくなってしまう。

「前を見ながら生きる」こと、
…そこに人生の意味を知る喜びも見つかる。

ほんの小さな事にも似たような事が言えます。
…先日テレビで見たのですが、
中国の若者が駅のホームでスマホ歩きをしていたところ、
自分が斜めに歩き始めたことに気付かず、ホームから足を踏み外して線路に転落。
周辺に人が数名いたため幸い助け上げられたが、その数十秒後に電車が…。
当然ながら若者は怪我をして救急搬送された。

…上記のような事は実際の行動における一場面の、ごく限られた事例ですが、

質問のような事柄は人生の全てに当てはまるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2019-11-28 12:44:20

お礼

素晴らしいご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2019-11-28 15:18:45

あなたにオススメの質問