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巨大兵器

旧日本軍が計画していた巨大戦艦「超大和」、戦略爆撃機「富嶽」、少数製造された大型潜水艦「伊400」、ドイツ軍の「巨大列車砲」、巨大戦車「ラーテ」など劣勢だった日独が巨大兵器の構想を多数持っていたのはなぜでしょうか。冷静に考えて戦力にならないことくらい気付かないとは思えないのですが。

投稿日時 - 2020-08-03 09:45:33

QNo.9780724

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回答(5)

ANo.5

うーん日独が常識的な兵器を作って、国力に勝る英米が常識的な兵器を日独の倍作ってそれで戦争に勝てますか?弱い側は数が相手より少ない分相手より強い兵器をどうしても作りたがるんです。そこで無理が産まれるのです。
とはいえアメリカもとんでも兵器はたくさん試作してますけどね。

ただし戦艦に関しては5万トン3隻より7万トン二隻のほうが安くて強いんです。
だから大和型戦艦があのサイズになるのは必定で、日本はただ時代に合わせて戦艦を手堅く作っただけです。
戦艦が無駄になったというなら米国のほうが多く作って多く無駄にしています。
アメリカの戦艦が小さいのはパナマ運河を、ドイツはキール運河を渡れる幅にしたかった、英国は作りすぎた在庫の38cm砲を使いたかったとたまたま?各自の事情があっただけです。

投稿日時 - 2020-08-05 09:06:27

ANo.4

>劣勢だった日独が巨大兵器の構想を多数持っていたのはなぜでしょうか。

戦備計画時点では、どの国々も「大艦巨砲主義」だったのです。
「大きい事は、いい事だ!」
ところが、日本海軍の「真珠湾攻撃」の戦果で「航空機を主力」とする方が効率が良い事に気が付いたのですね。
当時の連合国(UN)の中心であったアメリカなどは、直ぐに「空母建造」に力を入れて作戦方針を変換。
ところが、ドイツ・日本(特に日本)の場合は「一度決めた計画の変更は、まかりならん」という考え方が根本にありました。
今の日本でも、「閣議決定した事項は、変更しない」のが一般的ですよね。
旧軍部も、同様です。
赤城・加賀などの空母が撃沈するまで、大和型戦艦「信濃」を建造中でしたからね。
空母が無くなって初めて、信濃を急遽空母に改造する事を決めたのです。
刻刻変わる状況の変化が、軍部では把握・理解できなかったのです。
変更を試みる事は、作戦を考えた元上官の命令を無視する事にもなりましたから・・・。

投稿日時 - 2020-08-03 22:32:24

ANo.3

 試行錯誤の黎明期。今の時代から振り返れば、間違っていたと言い切る事は簡単ですが、当時はそれが最善だと思われていた。大艦巨砲主義が間違いだと気付いた日本軍は大和3番艦の信濃を空母に造り直したりしたいる。
 潜水艦「伊400」とかでのアメリカ本土攻撃は、幾分かアメリカ本土やパナマ運河防衛に戦力を割かせる事に意味があるように思う。

投稿日時 - 2020-08-03 21:19:14

ANo.2

 当時は火力が大きいほど攻撃力や破壊力が大きくなると考えるのが通例で、軍産複合体が求める理想だったようです。

 巨大戦艦があれば、巨大な大砲が搭載出来るので、砲弾の射程距離が長くなるので、戦力が増すと考えていたわけです。実際には、ソ連が長距離ミサイルを開発したのが原因で、大砲の軍事的価値が無くなり、巨大戦艦は不要になりました。鉄道砲も同様の理由で潰れています。

 大型潜水艦は戦略原潜のように超大型の潜水艦が現在も使われているので、例外でしょうね。戦車も超大型戦車が開発されて使われています。ミサイルも超大型ミサイルが開発されています。大きいから役に立たないのでは無くて、技術の方向性が変わったから不要にあっただけです。潜水艦、戦車、爆撃機は、現存する物の方が昔よりも大きいですよ。

投稿日時 - 2020-08-03 17:16:44

ANo.1

冷静じゃなかったからじゃないですかね

投稿日時 - 2020-08-03 11:10:06

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