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解決済みの質問

”やってこれた” は「ら抜き」言葉?

”やってこれた”、この言い回し、何の気なしに口にすること ありますよね 例えば ”資源は無くともこの国、日本 はその民族固有の美質、勤勉さにより 何とかかんとか やってこれた” とか
この言い方 ひょっとしたら ら抜き言葉 なのではないか、とふと思ってしまったものですから この質問をいたします
急ぎませんので 広くご高察、ご高説をいただきたくお願い申し上げます

投稿日時 - 2020-08-04 19:05:38

QNo.9781257

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

やってこれた《ら抜き表現》やってこれた

上記、一太郎で変換したら、添付画像のように表示されました。

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投稿日時 - 2020-08-04 22:23:40

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回答(2)

ANo.1

そのとおり、ら抜き言葉です。

可能の意味に限った話ですが。
五段活用の動詞は可能動詞という形で可能を表せます。
表す→表せる 泳ぐ→泳げる 歩く→歩ける
それ以外は「られる」をつけて可能を表します。
見る→見られる 開ける→開けられる 来る→来られる
で、この五段活用以外の動詞のときに「られる」でなく「れる」をつけてしまったのがら抜き言葉です。来る→来れる のような。

ちなみに、五段活用には「れる」をつけますが、それは可能以外の、受け身、自発、尊敬をあらわします。可能は可能動詞がありますから、そういう使い方をしないのです。

ら抜きがいいとか悪いとか、可能と尊敬を分けられるので便利だとかは別の観点です。上記は、これまではそういうふうに使われてきた、ということでしかありません。これでお答えになったでしょうか。

投稿日時 - 2020-08-04 20:15:40

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