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解決済みの質問

なぜ哲学では結論がでないのか?

最近は新しい実在論が流行っているようです。哲学は存在論に関して長い論争の歴史を持っています。この根本的な「存在」に関してさえ結論が出ないのはなぜでしょうか?私は素朴実在論とか科学的実在論で十分だと思うのですがダメですか?
存在論に関していまだに結論が出ないとすると、そもそもこれは結論が出ないタイプの問題なのでしょうか?
ここで結論が出ないとするとこの先の問題に進めないと思いますが、それでいいのでしょうか?

投稿日時 - 2020-10-18 13:06:40

QNo.9812721

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>哲学は学問として成立するのか?という疑問がわきます

ですよね、同じです

例えば心理学は、統計学です

統計学(学問)であるからこそ、例外もあるのですが、なぜか世間では、この例外を認めないような傾向も強く感じます

哲学は、統計学ではなく分析学と現象学に分かれます

たとえば、こうであったら・・こうなる、といった感じです

映画などで表現すると、このような効果を与えて、このような展開にもちこめば、多くの人が追随(追体験)し共感する・・といった感じでしょうか

そのための分析が哲学であり、心理学とは違う観点だと思います

なので、映画構成や小説など構成は、哲学に基づいた構成がされていて、人類共通の分析をしていると言えます

そうなると・・やはり学問なのか?芸術なのか?と、確かになります

では、芸術分野ではなく、教育現場に目を向けると、このような手順で指導、カリキュラムを組めば、目標に達するというのは、哲学だと思います

これは、認知科学の分野ではありますが、その起源は哲学に存在します

哲学から派生した学問(科学など)には、認知科学・認知心理学・人工知能・認知人類学・認知考古学・神経科学・・・など多岐にわたります

つまりは・・・哲学自体に結論を求めるのは難しく、数学などと同じ基礎学問として捉えたほうが良いのでは?と、私的に感じるところです

投稿日時 - 2020-10-18 14:22:07

補足

実存哲学のように私にとってということが問題なら哲学の回答も統計的に考えたらいいのかな?と思いました。

投稿日時 - 2020-10-20 21:22:32

お礼

回答ありがとうございます。哲学は答えそのものより、考える過程がその中身なのですね。考える力を鍛えるというようなことですね。それは確かに意義があることだと思います。
ただ、哲学の専門家は哲学を使ってこの世界が何なのか明らかにしようとしているように思えます。

投稿日時 - 2020-10-18 20:50:42

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回答(5)

ANo.5

「人間は考える葦」という哲学的解釈がある。

人間は「物理的現象」結果を、考えて解釈するという精神的行動によって「結論」しようと試みる「動物」。

「考える葦」論は、
「動物」でありながら「葦」という植物に例える矛盾によって、人間を結論しようと試みている。

「考える」という人間的論証行動によって結論を得ようと「試みる」事を「学問」するのが「哲学」。

「事実に基づく検証」によって「結論を得る」のは「別の学問」。

「解釈に基づく論証」から「結論を試みる」のが「哲学」。

人間が関わる現実社会は人間の「考える」という精神行動によって様々な影響を受けている。
その影響によって現れている現象を、論証から結論を導き出そうと試みる学問。
…それが「哲学」なんじゃないかな。

事実に基づいた検証から結論を得た事柄は、
「論証による結論の試み」は終了して「哲学」の域から離れる。
…そういう解釈も成り立つのではなかろうか。

例えば「脳科学」や「物理学」の分野では、似たような現象が起き始めてる気もする。

投稿日時 - 2020-10-18 18:55:10

お礼

回答ありがとうございます。実証をもとにしなくて結論がでるのかな?という疑問が湧きます。実証なしに、世界を明らかにすることが可能なのかどうかは哲学的に考えたら結論がでそうな気がします。もともと解ける問題なのか、無理な問題なのか。
ただ、それはそれとして、実証なしに世界を解明しようとする努力が哲学なんですね。

投稿日時 - 2020-10-18 20:58:37

ANo.4

お礼

ご回答ありがとうございます。wikiを読んでも私には難しいです。「本質を積極的に認めない傾向があるため」とありますが、要するに「何が真実かなんて話より、私たち個人が今どう考えているかの方が重要じゃないか」という考え方なのかな?人間は、時代や社会の影響を受けて変化しますよね。個人の人間について考えるなら、それは変化しますね。
何が真実なのかを捨てた哲学なのかな?

投稿日時 - 2020-10-18 20:44:05

ANo.2

過去の哲学は 絶対不変の真理を追究するものでしたが 進化論が出現して以降 その影響を受けてできた実存主義が 真理も進化して変化していくものだとしたので 結論がでなくなりました。

投稿日時 - 2020-10-18 14:12:52

お礼

回答ありがとうございます。真理が進化するとはなじみのない考えです。「当初、真理と考えられていたものが間違いだとわかる」ということではなくて、真理自体が変化して進化していくという話ですね。じゃあなぜ真理が進化するのでしょうか?何かの影響を受けての進化ですか?少なくとも物体の存在に関しては何か固定の真理がありそうな気がしますが・・・。物質が人間の影響を受けたら変ですよね。

投稿日時 - 2020-10-18 14:34:32

ANo.1

哲学は追体験のようなものです

例えば、俳句は自分感じた情景や感情を伝えるものだとしたら、短歌などは読み手に追体験を感じさせて、楽しむ感じです

つまりは、経験の多い人と経験値が低い人に同じ「哲学」を与えても、理解の共通が得られません

また、平安の世に詠まれた短歌を現代の人が読んでも、追体験は難しいように、その時代においても解釈が、かわるかと思います

哲学で言えば、ギリシャ哲学の時代には、ネットもスマホもSNSもありませんから、ギリシャ時代に想像をはせなければ、追体験や共感も一般人には難しいと思います

つまり、時代や受け手によって、解釈が曖昧なものですから、結論にも至らず、ひとそれぞれにおいて、理解の共通が得られません

が、人によっては、人生を進める・楽しむ、手助けなどにはなるかと思います

投稿日時 - 2020-10-18 13:48:31

お礼

回答ありがとうございます。自分が考えていたより深い回答をいただきました。
そうすると哲学の結論とは文字で表現した場合に一定の意味にならないものであるというこでしょうか?
専門家の間でも意見は一致しないということになるのでしょうか?だとすると哲学とは芸術に近いように思います。
哲学は学問として成立するのか?という疑問がわきます。

投稿日時 - 2020-10-18 13:53:28

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