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解決済みの質問

真珠湾を攻撃すると国家として公式に決めたのは。

昭和16年(1941年)12月1日、第8回御前会議において。米英蘭との開戦を公式に決めています。

「公文書に見る日米交渉―開戦への経緯」
https://www.jacar.go.jp/nichibei/popup/pop_27.html

この資料には攻撃地点・目標は書いてありません。
しかし、連合艦隊は、11月26日にヒトカップ湾を出撃しています。

質問です。
1.真珠湾を攻撃することを天皇に、どのような形で、いつ、誰が知らせた(奏上?)のですか。
2.海軍の計画段階ではなく、国家の方針として開戦劈頭に真珠湾を攻撃すると公式に決めた資料はありますか。
昭和16年11月5日の御前会議の決定事項にも記載ありません。

よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2020-10-26 20:03:30

QNo.9816170

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質問者が選んだベストアンサー

>1.真珠湾を攻撃することを天皇に、どのような形で、いつ、誰が知らせた(奏上?)のですか。

戦史叢書によると11/03に陸軍の杉山元 参謀総長と海軍の永野修身軍令部総長が並立して昭和天皇に開戦となった場合の作戦計画を上奏しております。
 (なお、これは允裁を仰いだのではなく、11/05の御前会議での御決意に資する為に行っております。)

>2.海軍の計画段階ではなく、国家の方針として開戦劈頭に真珠湾を攻撃すると公式に決めた資料はありますか。

 戦史叢書でも真珠湾攻撃が決まったのは、9月末と曖昧にしか言っていません。
(つまり当事者ですら何時決まったのかハッキリと分かっていない。)

 なお、1月に山本五十六連合艦隊司令長官が作戦検討を指示し、9/24にハワイ作戦計画採否に関する特別討議が軍令部において行われたのですが、承認はされておりません。
 (軍令部第一部長福留繁は、「やるかやらないかは中央で決める」と発言しており、10 /19に参謀を再度派遣して空母参加を強硬に申し入れています。)

 ただ、9月末から10月初頭に関して海軍の作戦都合により開戦時期を12月初頭に延期しており、通説では空母翔鶴・瑞鶴の戦力化(瑞鶴竣工は9/25)と水深の浅い真珠湾でも使用可能な九一式改造魚雷の製造完了(11/14)を待ったとされます。

 なお、三菱兵器製作所へこの魚雷100発の発注されたのは6月ですし、真珠湾へのスパイ派遣は5月だったりするので、山本五十六連合艦隊司令長官の個人的な人脈(軍政畑からのアプローチ)を生かした暴走(軍令部を無視する)が始まっていた可能性はあります…。

 ただ、9/24の時点で海軍軍令部は否定的だったにもかかわらず、10/01 ~05 日まで陸軍大学校において行われた兵棋演習では、すでにハワイ奇襲を前提とした計画が練られております。

 陸軍まで巻き込んで外堀を完璧に埋められたから、海軍軍令部も現状追認をせざるを得なくなった為、真珠湾攻撃の正式化が良く分からなくなってしまったのだと思います。

>昭和16年11月5日の御前会議の決定事項にも記載ありません。

 御前会議には、政府の文官(政治家や官僚)が参加しますから、軍の最重要機密(作戦計画)は記載されません。
 確か御前会議の補足資料でも、軍の作戦は別に定めるという旨の記載しかなかったと思います。

 因みに、戦前戦中は、文官たる政府首脳(内閣総理大臣を含む)は勿論の事、陸海軍大臣(軍政担当)ですら、大本営では作戦面では発言権事態が無い程、排他的な会議だったと言われれています。
 → このせいで東条英機首相は、陸軍大臣と参謀総長すらも一人で兼任することに成ります…。

投稿日時 - 2020-10-27 00:16:48

お礼

ご回答ありがとうございます。
よく分かりました。
陛下には、御前会議の前に御決意いただくために、最高機密である作戦計画(この場合は真珠湾攻撃)の上奏があったのですね。

一か所だけ分からないところがあります。
 (軍令部第一部長福留繁は、「やるかやらないかは中央で決める」と発言しており、10 /19に参謀を再度派遣して空母参加を強硬に申し入れています。)

これはつまり、この時点で軍令部としては、ハワイ作戦の実行を認めないが、軍令部第一部長福留繁は、ハワイ作戦に同意していたということですか。
回答は急ぎませんので、よろしくお願いします。

投稿日時 - 2020-10-27 19:15:29

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回答(2)

ANo.2

1
最高国家機密ですから、開戦後に「海軍は真珠湾に奇襲攻撃を行った」と聞いたのではないかなと思います。
そもそも空母機動部隊が単冠湾に集結したのも、人目を避けてのことです。

2
誤解があると思うのですが、国家は軍事作戦に介入する権限はありません。国家(政府)は軍に対して「ついてはアメリカと戦争することになったから、上手くやれ」というまでです。どこを攻撃しろとかを命ずることはできません。そこは軍の役割であり、権限なのです。
逆にいうと、軍がどんなに「相手の軍はチョロいす。3日で片づけてみせますよ」といっても政府が認めなければそれ以上は先に進めないのです。ただ日本軍の場合は、満州事変やノモンハン事件のようにしばしば軍が勝手に暴走することがありました。ノモンハン事件のように勝手に軍が爆撃作戦を行ったら、アメリカ軍を始めとして他の国の軍隊なら命令違反(命令されてないことを勝手にやった)で指揮した連中(辻政信ら)は軍法会議にかけられていたでしょう。
国家は日米開戦を決定しただけです。そしてそれに基づいて、日本海軍は真珠湾奇襲作戦を実行に移したのです。

投稿日時 - 2020-10-27 15:55:50

お礼

ご回答ありがとうございます。
天皇は、真珠湾攻撃を知っていたのか、という疑問が出発点です。
重要作戦の節目節目で政府・軍部が内奏していましたから、どこかの時点でハワイ作戦の内奏があったはずだと思いました。
統帥権を有する、大元帥である天皇を無視できませんから。

開戦後に聞いたとは、申し訳ないですがちょっと信じられません。

投稿日時 - 2020-10-28 19:20:32

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